京太郎「俺たちの……」マホ「可能性……?」 (360)

※京太郎スレ
※非安価
※IH終了後から
※京太郎とマホは面識なし


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8月下旬のある日の事――


いつもの雑用の一つ――買い出しが終わり、

京太郎「ただいま戻りましたよー、っと」

優希「お、戻ったか京太郎。――よしっ、ツモだじぇ!トップ、和了り止め!」

久「お帰り、お疲れ様。アイス頼んでたわよね」

京太郎「はい、買ってありますよ。今すぐは食べませんよね?」

久「ええ、冷蔵庫入れといて。――あ、そうだ。今日、もう一人来るんだった」

京太郎「もう一人?」

ガチャ、ともう一度ドアが開く。

マホ「こんにちはー!」

京太郎(……誰?)

優希「おぉーマホ!よく来たな!」

まこ「そういえば来るんじゃったな。ムロは今日は居らんのか?」

マホ「はい!今日はマホ、一人で来ました」

和「……一人で、大丈夫でしたか?まあ、咲さんでもなければ、迷うような道ではありませんが……」

咲「私だって、さすがに迷わないよ!?毎日通ってる学校なんだから!」

京太郎「……嘘つけ、こないだ寝ぼけて中学のほう行きそうになってただろ」

和「咲さん……」

マホ「大丈夫です!マホ、よくドジとかアブナイ人とか言われますけど……」

京太郎(アブナイ人って……)

優希(危なっかしい、って言いたかったんじゃないのか?)

京太郎(こいつ、直接脳内に……!)

マホ「宮永先輩みたいに方向オンチってわけじゃありませんから!」

咲「違うもん!」

優希「咲ちゃん……いい加減認めた方がいいじょ……」

マホ「途中、迷いかけましたが!道を行く人に何度も聞いて、ちゃんと自力でたどりついたのです!」

まこ「……それは自力とは言わん」

久「というか、道を尋ねられた人からしたら、迷子以外の何者でもないわね」

和「……迷子になった、と自覚出来る咲さんの方が、まだ良いのでしょうか……」

京太郎「いや、その子の方がマシだな。人に聞ける分」

久「咲は人見知りするからねぇ」

咲「……皆、酷いよ……」

咲はいじけモードに以降。まこが慰めにかかるが、あまり効果は無いようだ……。

京太郎「えーっと、マホちゃん?で合ってるよね?」

マホ「はい、はじめまして!夢乃マホと言います!」

京太郎(元気な子だなぁ……)

京太郎「俺は須賀京太郎。一年生だ」

マホ「マホは、高遠原中学の二年生です!」

京太郎「高遠原ってーと……確か……」

優希「私とのどちゃんの母校だじぇ」

京太郎「――そうだったか」

京太郎(てことは、先輩に会いに来たのか)

久「ねぇ、須賀君」

京太郎「はい、何ですか?」

タイミング良く久に呼ばれた。……別にマホと話したくなかった訳ではないが、

京太郎(優希たちに会いに来ただけだもんな。あんまり邪魔しちゃ悪い)

久「……さっきの買い出し、アイス何本買って来た?」

京太郎「あー……六本ですね。いつも通り」

久「よねー。……仕方ない、私が我慢しますか」

京太郎「えっ……いやいや、俺が我慢しますよ」

久「でも須賀君だって食べたいでしょ?」

京太郎「それはそうですけど、先輩に我慢させてまで食べるのは……」

久「でも……今日マホちゃんが来るのを私は知ってたのよ。須賀君に買い出しを頼んだ、私の伝達ミス……」

京太郎(うーん……ハンド部だった頃のクセで、俺が上下関係を意識し過ぎなんだろうか)

マホ「話は聞かせて貰いました!」

京太郎「マホちゃん?」

マホ「その、アイス……マホも、食べたいのはやまやまですが。え、遠慮させて――」

優希「ちょっと待ったー!」

マホ「え!?」

和「優希!?」

優希「マホばっかりに、良いカッコさせないじぇ。マホは、私の分を食べるといい!」

京太郎(……多分、後輩の前で先輩らしい事がしたいんだな)

久「だからー、私が譲るって」

優希「いや、私が」

マホ「マホが!」

京太郎「じゃ、じゃあ俺が――」

三人『どうぞどうぞ』

京太郎「あれ!?」

久「冗談はさておいて……」

優希「このままじゃ埒が明かないじぇ」

マホ「そうだ!和先輩に決めて貰いましょう!」

和(なんでしょう……変な流れに……)

和「咲さん、私はどうすれば……」

咲「どうせ私は方向音痴ですよー……いっつも迷子になって皆を困らせる問題児……」

まこ「だから、誰もそこまで言うとらんじゃろ……」

和(咲さん……)

京太郎「――和、なんか良くわかんねーけど、そういう事らしいから。誰か一人、選んでくれ」

和(選べって言われても……)

優希「さあ、のどちゃん!」

和「……っ、そうです!麻雀!」

久「え、麻雀?」

和「はい、麻雀で決着をつけましょう!ちょうど四人ですし、雀士なら麻雀で決着をつけるのは当然です!」

京太郎(なんだその決闘者みたいな思考!?)

久「なるほど、確かに……」

優希「妥当だじぇ」

マホ「マホ、たとえ先輩が相手でも、負けませんよ!」

京太郎(……俺が、おかしいのか……?)

――――
東一局
優希(親) 25000
久(南) 25000
京太郎(西) 25000
マホ(北) 25000

京太郎(……どうしてこんな事に……)

和「ルールは、食いタン・後付け有り、喰い替え無し。
流し満貫は有りで、成立させた人全員のツモ和了扱い……」

京太郎「ちょ、ちょっと待ってくれ和。
書き出してくれないか、覚えてられん」

久「大丈夫、今のところいつも通りのルールよ。
夢乃さんのためのルール説明じゃないかしら」

マホ「へ……?」

和「連荘の最低条件は流局時に親のテンパイ。
オーラスの和了り止めは有り、責任払いは大明槓からの嶺上開花も含めて全て有り。
ダブロン・トリロンは両方頭ハネ。ダブル役満、トリプル役満有り」

優希「だいたいいつも通り、だじぇ」

和「四家立直は流局なし、九連九牌は流局ですが、親は流れません。
四風連打と四開槓は流局、親流れです」

京太郎「ローカルルール多過ぎィ!」

久「麻雀なんてこんなもんよ」

和「半荘一回勝負で、最下位の人はアイス抜きです。
……そして、いつもと違い、赤ドラは無しです」

マホ「???マホ、何がなんだか……」

優希「まあ、高遠原で打ってた時もほぼ同じだったハズ、だじぇ。
赤ドラが無い、って事だけ覚えとけばいいじょ」

マホ「あか、どら……あかどらってなんでしたっけ……?」

京太郎「……あれ、もしかして初心者?」

和「いいえ、麻雀歴は須賀君より長いはずですよ。……まあ、今は混乱してるだけでしょう。
赤ドラがわからないって事は……無いと、思います……けど……」

久「……一応言っておくと、こういう牌のことね」コト

マホ「ああっ、思い出しました!赤い牌!大事に持っとけって教わりました!」

久「ま、今回は使わないんだけどね」

マホ「!? が~ん、ショックです……」

京太郎「にしても、なんで今回に限って赤ドラ抜きなんだ?」

和「たまには、良いでしょう?……部長、私の顔に何か付いてますか?」

久「いいえ、なにも。……ただ、和らしいな、と思っただけよ」

京太郎(和らしい……?)

優希「よーし、それじゃ始めるじょ!サイコロ、回れ~!」

よくもまあ飽きないね
ただの脇役が好きとかホモなんじゃねーの?

――――
優希(さぁて……ドラは三筒、か)

2349m2345s2447p南中

優希(今回は赤ドラ無し――そして、さっきの部長とのどちゃんの意味深な会話から察するに、
恐らくのどちゃんの狙いは、ランダム要素を減らす事!)つ南

久「……」チャッ

優希(マホの今の実力を見極めるために、運に左右されにくいルールにしたってところだろうけど……)

コト……トン……

優希(ふっ、甘いじぇのどちゃん……)タン

タン……パシッ……

優希(麻雀と運の要素は切っても切れない……見せてやる!)

優希「リーチ!」つ七筒

――――

京太郎(うげ、五巡目リーチか……今日も絶好調だな、優希)

久「ふむ……」つ中

京太郎(部長は現物か……オリてるかはまだ分からないが……)チャッ

京太郎(さて……優希の捨て牌は……)

南、9m、中、9m、7p(リーチ)

京太郎(安牌少ねー……現物はこれだけか)つ九萬

マホ「うーん……」チャッ

京太郎(考え込んでるな、マホちゃん……)

マホ「じゃあ、これで……」つ南

久「ポン」つ七索

(久)南南南

京太郎(南……部長にとっては場風か。攻めるつもりなんだろうか……?)チャッ

京太郎(さて、この手牌……)

135m55677s89p北北北 ツモ4p

京太郎(親リー相手にツッパるような手じゃないな。オリるか……)つ七索

マホ「……」つ五索

京太郎(ん……良くあんな中の牌切れるな……安牌無いのか?)

優希「ふふ……」スッ

優希「ツモ!裏ドラ……乗らず。2600オール!」

234m233445s2344p ツモ1p

京太郎(うわっ……四筒切らなくて良かった、ていうか――)

優希「部長、その程度じゃ私の和了りは潰せないじょ」

久「うーん、龍門渕のあの子のようにはいかないわね……」

京太郎(……あの鳴きが無かったら、倍満だった……!)

マホ「先輩、かっこいい……!よし、マホも!」ゴソゴソ

京太郎(ん、鞄を探って……タコス!?え何、流行ってんのか!?)

優希「一本場!」チャラッ

――――
東一局一本場

優希(上家のマホからタコスぢからの充足を感じるじょ……)

優希(でも、マホの人真似は一日に一局上手くいくかどうかってレベルだったはずだじぇ。
そうそう上手くは……)

マホ「よしっ、リーチ!」タンッ

優希(……良かろう、ならば勝負だじぇ!)

優希「通らば、リーチ!」タンッ

京太郎「うわ、まだ三巡目だぞ……?」

マホ「来ました、ツモ!リーチ、一発、イーペーコー、白、ドラドラ……裏、一枚!3000-6000です!」

京太郎(マジか、えーっと3000点……)

優希「……マホ、私を相手に和了った事は誉めてやるじぇ」

マホ「えへへー」

優希「けど、チョンボ癖は直ってないようだな」

マホ「ええっ!?マホ、何かしちゃいましたか?」

優希「……点数申告。もう一度考えてみるんだじょ」

京太郎(え?なんか違ったか?)

マホ「え~?リーチ、一発、白、イーペーコー、ドラ3……七飜だから跳満、じゃないですか?」

京太郎「……ん、あ、そうか」

久「……須賀君、気付いてなかったの?」

京太郎「はは、恥ずかしながら……」

優希「マホ、役を一つ忘れてるじぇ」

マホ「役……?うーん、この手に他に……」

和「……役は手牌だけが全てではありませんよ」

マホ「……あ、わかりました!ツモ、面前ツモです!」

久「ん、正解」

マホ「この役、良く忘れてしまうので注意しないと……」

京太郎「以外と見落とすよなー、面前ツモ。わかるわかる」

マホ「……! 須賀先輩も、初心者さんですか?」

京太郎「……ま、そうだな。この部じゃ一番初心者だ」

マホ「じゃあ、マホとおんなじです!
最近入部したんですか?」

京太郎「いや、前からいたけど……?」

マホ「……そうなんですか?合宿で会わなかったような……」

久「あー……」

京太郎「……まあ、女子の中に俺一人男子ってのも気まずいからな。留守番だよ……」

マホ「そう、だったんですか……」

優希「あー、ゴホン。ではマホ、改めて点数申告を」

マホ「あ、はい!リーチ、一発、ツモ、白、イーペーコー、ドラ3。4000-8000です!」

和「……一本場ですよ」

マホ「……!!よ、4100-8100です!」

――――
東二局

久「夢乃さん、それロンよ」

マホ「あうっ……」

久「タンヤオのみ、1500」

――――
東二局一本場

優希「ツモ!喰いチャンタ東ドラ3、2100-4100!」

――――
東三局

マホ「カン!嶺上……」

京太郎(!?)

マホ「ツモならず……です……」トン

京太郎(……条件反射でビビっちまった……)

優希「今度は上手くいかなかったようだな……」

マホ(うぅ……役無し……この白を鳴かなきゃ……)

優希「よおし、リーチ!」

久「んー、通るかな?」つ白

マホ「それ、ポンです!よし、これで……」タン

優希「マホ、ロンだじぇ。8000」

マホ「……はい」

――――
東四局

京太郎(ここまで焼き鳥だが、正直慣れっこだぜ!)トン

久「ツモ、800-1600」

京太郎(……ネト麻なら、もう少し和了れるんだけどな……)

――――
南一局

優希(親)39200
久(南)18900
京太郎(西)15400
マホ(北)26500

マホ(かなり削られちゃったけど、それでも二位!
トップとの点差は12700点。配牌は……)

149m228s35p西北北白發

マホ(……ぇえっと、何向聴でしょうかこれ。いち、にい、さん、しい、……5?)

トン……タン……

マホ(いや、でも……国士無双なら……六向聴。じゃあやっぱり五向聴だ!)※四向聴です

京太郎「……次、マホちゃんだぞ」

マホ「はひゃっ!?す、すみません、考え込んでて……あっ!」

京太郎「……?どうかしたか」

マホ「……いえ、なんでも……ないです……」

マホ(向聴数を数えているあいだに……もう、北が二枚切れちゃってます……)

マホ(せめて、須賀先輩が切ってくれていたら、今からでも鳴けたのに……)チラッ

京太郎(ん、なんか見られてる……?何か嫌われるような事したかな……)

マホ(……あ、でもツモは白!よしこれを鳴けば……!)つ西

――――

久(表情で分かりやす過ぎて困るわね、この子……ん)

久「チー」

久(これで一向聴……)つ發

久(まだ二巡目だし、いけるかしら……?)チラ

優希「……(北に發、か……)」

久(……優希は今、ちょっとだけ河を確認した……オリを考えてるわね。
そしてこっちは……)

京太郎「……」チャッ

久(見事なポーカーフェイスね、須賀君……)

京太郎「……」つ一萬

――――
九巡目

和はマホの後ろからそっと手を見ていた。

和(ふむ……ツモは良いですね。もう一向聴……)

1499m22s335p北北白白

和(しかし、一萬は一枚切れ……途中でツモったドラの八筒と入れ換えれば、有効牌も増えたのに……)

マホ「チー!」

和(!?)

マホ(よぉし、二向聴!)つ三筒

和(チートイを捨てて、役無しの二向聴……。やはり、まだまだ……)

優希「……」つ二萬

和(いえ、何か彼女なりに考えが有るのかも知れません……。
まだ南一局、これだけで判断するのは早い……)

和(じっくり、見させて貰いますよ……!)

――――

十一巡目

京太郎(うーん……どうすっかな。白を切ればテンパイなんだが)

567m45678s2488p白 3p

京太郎(平和ドラドラ、高目ならタンヤオも付いて、出和了り最低3900……)

京太郎(部長が張ってそうなんだよなー。とはいえ最下位だし、ここは攻めたい)

京太郎(生牌だけど、通るか……?)つ白

マホ「あっ、それ」

京太郎(――ダメだったか?)

マホ「ポンです!これで……」つ四萬

京太郎(ロンじゃなかったけど、結果的に役牌鳴かせちまった……多分張ったな、マホちゃん)

優希「……」つ四萬

京太郎(優希は完オリに徹してるな……)

久「……」チャッ

京太郎(二人張ってるとしたら、俺もやっぱりオリるべきか――?)

久「……通るかしら?」つ九索

京太郎(……っ、和了り牌!でも、待て……!)

京太郎(この手はもっと、高くしたい……!)チャッ

京太郎(分かってる、今はスピードで勝たなきゃいけない状況だって事は……)

京太郎(だけど……)チラ

久「……」

優希「……」

京太郎(この部の面子相手に、テンパイまで漕ぎ着けたんだ……。
この手、3900で済ませられるかよ!)

京太郎(リーチは掛けない……けど、高目を待つ!)つ東

マホ「……」チャッ

――――

マホ(あ、白……。カン出来る……)

マホ(けど……)

『安易なカンは、逆に自分の首を締める事になります』

マホ(和先輩……。どうしましょう……)

マホ(カン、しても今は和了れるかどうか……)

マホ(でも、私の手はこのままじゃ白のみ、1300……。
トップを捲るには、12700点の差を詰めなきゃいけません!)

マホ「カン!」

優希「お、二回目か……!」

マホ(来て下さい……!)スッ

だがやはり、そう上手くはいかないのである。

マホ(――七索、ですか……)

なんとなく、分かっていた。この牌で和了れない事は。

マホ(でも、ドラは……!)

山を崩さないように、慎重に新ドラをめくる。

マホ(三筒……つまり、槓ドラは四筒。マホの手牌では、一枚だけ……)

マホ(でも、これで1300の手が3200になりました!無駄なカンじゃなかったはずです)

マホ(これは、和先輩に胸を張れるカン――)タンッ

京太郎「――ロン」

マホ「――え?」

京太郎「タンピンドラ3……満貫だ」

――――

優希(ふむ、あの表情……。マホは自分だけの世界に入り過ぎてたみたいだな)

優希「マホ、カンするかどうかちゃんと考えたのも、前回よりは成長してるじぇ」

マホ「はい……」

優希「……けど、振り込んだら意味ないじぇ」

マホ「はいぃ……」

優希「……ま、失敗して覚える事もあるじょ。次は頑張れ」

――――

和(須賀君……確か最後に切った東は、ツモ切りだったはずです。
つまり、直前に部長が切った九索を見逃して、マホちゃんが出した高目を狙った……)

京太郎「ぃよーし、二位浮上!」

和(彼もまた、確実に成長していますね……以前のような不用意な振り込みも減りましたし)
\

――――

久(ちょっと、狙い過ぎたか)

久の手は、三筒の辺張待ちだった。

久(夢乃さんが一枚晒して一枚切って、残り二枚になった時。
つい「悪待ち」にしたくなっちゃったのよね)

結果、残り二枚は王牌と、京太郎の手牌に有った。

久(やっぱりダメね、悪待ちは――あくまでここ一番、って時じゃなきゃ)

久「さて、私の親ね」

久(……でもね、私だって普段は合理的に打てるのよ?)

――――
南二局

久「ツモ!リーチ、ツモ、ホンイツ、イッツー!6000オール!」

優希「くっ、南場とはいえ……さすが部長だじぇ!」

久「これで私がトップね。連荘、一本場」

――――

南二局一本場

優希「ツモ!2000-3900の一本場は、2100-4000!」

久「あら、捲り返されちゃった……」

――――

南三局二本場

久「ツモ。2000-4000」

京太郎(部長、安定してるな……)

優希「きっちり捲ってくるじぇ……!」

――――
オーラス

優希(南)39400
久(西)40900
京太郎(北)11300
マホ(親)8400

マホ「マホの親……ラス親です!」

優希「……やけに喜ぶな」

マホ「だって、オーラスで連荘して逆転なんて、カッコいいじゃないですか!」

和(それが出来れば、ですけど)

マホ「マホ、逆境にも負けません!……そして、アイスも頂きます!」

久(……そういえば、アイス賭けてたんだっけ……)

――――

京太郎(……アイス、完全に忘れてたな。自分で買いに行ったのに)

京太郎(さて、アイスを食うためにはこの2900点差を守り切る必要がある。
ドラは發か。配牌は……)

458m79s112356p東西

京太郎(平和三向聴、まあ悪くない……)

――――

マホ(最下位でも、くじけません!親なんだから、ここから巻き返せる……)

マホ(せめて、和先輩に、一回ぐらいはカッコいいところを見せたいです。だから……)

678m3589s779p東北白中

マホ(教わった事には、忠実に……!大丈夫。
先輩は今まで、勝つための麻雀を教えてくれたんですから)つ北

優希「1500点の差、華麗に捲って魅せるじぇ」つ白

久「ええ、ぜひ魅せて欲しいわね」つ北

マホ(先輩たちに教えてもらった事を、ちゃんと意識して。自分で考えて打つ……)

京太郎「……」つ西

マホ「……」チャッ

678m3589s779p東白中 ツモ9m

マホ(河を良く見て……一枚切れの、これですね。先輩!)つ白

――――
六巡目

和(効率的な打ち回しですね……。かと言って私の真似をしている訳では無いようです。)

マホ「……」タン

和(マホちゃんなりに、考えて……その結果として、この打ち方を実現している。
良い傾向ですね……)

――――

十巡目

京太郎(……一向聴……)

23458m79s112356p ツモ1p

京太郎(とりあえず、これだな……)つ八萬

マホ「……」ブツブツ

京太郎(ん……?)

マホ「大丈夫……基本に忠実に。教えてもらった通りに……」チャッ

京太郎(マホちゃん……?)

マホ「そう……そうすればきっと……牌が応えてくれる……」ブツブツ

京太郎(……!)

マホ「来ました、リーチです!」つ七筒

京太郎(……そうか、マホちゃんは……まだ、『牌が応えてくれる』って、信じてるんだな……)

――――

マホ(リーチを掛けたら、他家からは出ないかも知れない。
けど、きっと――牌は、来てくれるはず!)

優希「……」つ白

マホ(……お願いしますっ!)

久「……」つ七筒

そして、マホの願いが神に届いたのか――

京太郎「……通るかな?」つ七索

マホ「――それ、ロンです!」バラッ

66789m34589s789p ロン7s

マホ「リーチ一発、三色!12000です!」

――――

京太郎「うわ~、通らなかったか」

マホ「これで20400点、さぁ連荘――」

久「いや、もう終わってるわよ?」

マホ「えっ?」

京太郎「俺がトビだな。マイナス700点」

優希「連荘して逆転、そのための計算は出来るようになってる……。
けど、京太郎がトぶ事は計算出来なかった」

優希「あの加槓の後の振り込みといい、他家の事に意識を向けるべきだじぇ」

久「今後の課題ね」

マホ「はい……」

まこ「しっかし、部長と優希の捲り合いも凄かったのぉ」

久「まこ、見てたの?」

まこ「途中からな。咲もこの通りじゃ」

咲「部長!私、方向音痴なので、これからも皆にいっぱい頼っていきたいと思います!」

和「……開き直りましたね」

優希「そんな事より、アイス食べようじぇ!体がほてって……」

久「私も、半荘一回だけど随分熱くなっちゃったわ」

京太郎「それじゃ、持ってきますね。アイス」

和「あ、卓はしばらくこのままで。マホちゃんに教えるべき点を纏めるので」

京太郎は自分の手牌だけ伏せ、席を立った。

――――

マホ「ふー、美味しいですね、勝負の後のアイスは!」

和「ふふっ、良かったですね……あむっ」シャリシャリ

優希「京太郎!哀れなお前に一口だけ与えてやろう!」

京太郎「いらねーよ、てかお前それ食べ差しじゃねえか!」

優希「なんだと~、私の食べ差しは食べれんと言うのか!このこのー!」グリグリ

京太郎「うわっ、ちょっやめ、アイスを押し付けんなアイスを!」

まこ「今日も平和じゃの……」シャクシャク

久「う~ん……」パクパク

咲「部長、どうしたんですか?難しい顔して」シャリシャリ

久「いや、さっきの対局で思ったんだけど」

咲「はい」

久「須賀君にも、もっといっぱい打ってもらいたいと思ってね……」

咲「京ちゃんに?それって――「あっ!」――?」

和「どうかしましたか、マホちゃん――あら」

マホ「当たりです!当たり棒です!」

優希「アイスに当たり棒とは、今どき珍しいじぇ!」

まこ「ほう、そんなんあったんか。どれ、わしは――何も書かれとらんの」

久「へえ、当たり。……どうやら、夢乃さんだけみたいね」

マホ「これ、何が当たったんですか……?」

京太郎「もう一本、同じのじゃないか?店に持ってけば交換してくれるはずだ」

マホ「じゃあ、これで須賀先輩の分も足りますね!」

咲「やったね京ちゃん!アイスが増えるよ!」

京太郎「……そうだな、俺もホントは食べたかった」

マホ「それじゃ、行きましょう!そのお店!」

京太郎「え?いや、俺の分だし、俺一人で行くけど……」

マホ「マホ、こういうの当てるのが夢だったんです。
……せっかく当たったので、自分で持って行きたいです」

京太郎「そうか。なら一緒に行くか」

マホ「はいっ!」

京太郎(なんと言うか、人懐っこいなぁ……。咲とは逆の性格だけど、見てて不安になる……)

――――

二人は、炎天下の道を歩いていた。

マホ「あ゛づい゛ですー……」

京太郎「……言うな、意識すると更に暑く感じるぞ……」

マホ「ごめんなさい、でも、やっぱり暑いです……」

京太郎「何か、別の話題は無いのか……」

マホ「別の……話題……。
さっきの対局、どうでした……?」

京太郎「どうって……言われてもなぁ……」

京太郎(まさか、勘づかれたか?差し込みに……)

マホ「マホ、和先輩みたいにカッコ良く打ちたくて……でも、上達の道のりって遠いじゃないですか。
だから、ついついブレてしまって……」

京太郎「ブレる?」

マホ「はい。和先輩だけじゃなく、強くて尊敬出来る先輩がたくさん身近にいるんです。
優希先輩とか、宮永先輩とか……。そういう人が近くにいると、つい自分もってマネしちゃうんです」

京太郎「あー、分かる気がするな。俺も一時期、タコス食ってみたりカンしまくってみたりしたもんだ」

マホ「――そうなんですか?」

京太郎「もちろんそれで上手くいく筈もなくってな。どうすればあいつらに追い付けるか、悩んだもんだ……」

マホ「先輩が?」

京太郎「俺には、優希みたいなツキもセンスも無いし、咲の打ち筋なんて――麻雀の勉強をすればするほど、理解出来なくなる。
そのくせ、その訳わかんねー打ち筋に、一度たりとも勝てた試しが無い。
……いや、順位でたまたま上になった事は有るけどな。咲が狙い打ちされてる時とか」

マホ「……」

京太郎「だから、俺も和に憧れた。唯一、俺でも到達出来そうな地平で、和は戦っていたからな。けど……」

マホ「……けど?」

京太郎「これは和だけに言える事じゃないけど……和は、小学生の頃から麻雀を打ち続けてきたんだ。
長い時間をかけて、少しでも勝率の高い打ち方を探して……そうやって積み上げた物が、今の和を形作ってる。
同じ一年生だから負けられない、なんてプライドだけじゃ、絶対に埋められない差が有った……」

マホ「……それじゃ、マホも……」

京太郎「?」

マホ「和先輩みたいには、なれないんでしょうか……」

京太郎「そうだな……すぐには、無理だろうな」

マホ「……」

京太郎「でも、な」

マホ「……?」

京太郎「人は元々、誰だって他の誰かにはなれない。自分だけだ。自分がやった事、してきた事だけが自分を形作るんだ」

マホ「自分、だけ……ですか。他の人には、なれない……」

マホ(それじゃ、マホのしてきた事は……)

京太郎「……けどな」

マホ「?」

京太郎「だからって、人の真似をするのが無駄だった、って訳でもない。
タコス食ったり、カンしまくったり、ネト麻でひたすら打ち続けてみたり……。
それもまた、今の俺を形作ってる。具体的にどこが、って言える訳じゃないけど、俺の中にもちゃんと、俺だけの物――他の人に無い、俺だけの積み上げた物が有るんだ」

マホ「……マホにも、……あるでしょうか?」

京太郎「有るさ、それこそ和にも優希にも無いような物が。――着いたぞ、この店だ」

――――

マホ「あの、須賀先輩~?」

京太郎「ん、どうした?交換して貰えなかったか?」

マホ「いえ。お店の人に聞いてみたら、今ちょうどこのアイス切らしてるって……」

京太郎「……そうか」

マホ「だから、代わりになんでも一つタダでくれるそうです」

京太郎「え、マジ?」

マホ「マジです!」

――――

数分後、二人は近所の公園のベンチを物色していた。

マホ「先輩、ここちょうど木陰になってます!」

京太郎「おぅ、じゃ、ここにするか」

二人並んで、ベンチに腰掛ける。

マホ「でも、どうしてこんな所で?帰ってからでも食べれますよ」

京太郎「部室はクーラーが効いてて快適……しかし」

マホ「?」

京太郎「俺だけこんな、明らかに格の違うカップアイス食べてたら……優希がなんて言うか……」

京太郎(この前なんか、一口だけよこせって言って弁当の半分ぐらい持ってかれたからな……)

マホ「わざわざ、一番高いの選びましたからねー」チラッ

京太郎「……ん、まあタダって言われたらな」パクッ

京太郎(それにしても、蝉うるせーな……)

ジーワ ジーワ……ホーシツクツクホーシツクツク……ホーホケキョ……

京太郎(あれ、ウグイス……?)

マホ「―れ、おいし――すか?」

京太郎「え?ごめん、なにか言った?」

マホ「あっ、いえ!なんでも、なんでもありません!」プイッ

京太郎(蝉の鳴き声で聞こえなかったけど……)

マホ「……」チラッチラッ

京太郎(なんかもう、目は口ほどに……って言葉を体現してるな)

京太郎「――ひと口、食べる?」

マホ「えっ、良いんですか!?」

京太郎「……優希たちには、内緒だぞ?はい、あーん」

ほんの冗談のつもりだったのだが。

マホ「あーん……。ん、美味しいです!」

京太郎(……あれー?)

マホ「ありがとうございます!満足しました!」

京太郎「……マホちゃん、あーんとか抵抗ないんだな……」

マホ「――へ?」

数秒間を置き、

マホ「――ハッ!い、いえこれはその、違うんです違うんですー!」ブンブン

京太郎「ちょ、落ち着いて落ち着いて!」

マホ「だ、誰とでもこんな事する訳じゃ……違うんです……」

京太郎(真っ赤……。ちょっとかわいそうだが……イジり甲斐が有るな)ゾクゾクッ

マホ「か、貸して下さい!」バッ

京太郎「のわっ!?」

突然スプーンをひったくり、カップの中に突っ込む。

マホ「あ、あーんっ!」ズボッ

京太郎「ふごっ!」

マホ「どうですか、美味しいですか!?」

無理矢理口の中に押し込まれる。――味なんて分からない。

マホ「これで、おあいこです!」

そう言うと、残ったカップの中身を全てさらってしまった。

マホ「……ふう、ごちそうさまでした。……捨てて来ますね!」

火照った顔を隠すように、その場から逃げて行く。

京太郎「……どうして、こうなった……」

顔を伏せた京太郎の呟きは、誰の耳にも届く事なく――ただ、蝉の声に掻き消されていった。

一方その頃、部室にて

和「ふむ……」

和(マホちゃんの打ち回しは、この局ではほとんど問題ありません……。
強いて言うなら、牌を切った順番には少し疑問が残りますね……)

和(さて、咲さんたちは……何か熱心に話し込んでますね)

咲「……アハハ、それは疑っちゃいますね!」

久「ホントよ、全く。そんな大事な話、わざわざエイプリルフールにしなくたって良いじゃない、ねぇ?」

和(――はっ。聞き耳を立ててる場合じゃありません。今の内に、確認を――)

卓の全体を観察するふりをしつつ、京太郎が伏せた手牌をそっと立てていく。

和(マホちゃんの事を理由にしましたが、本当は彼の手牌が見たかった……)

和(さあ、どんな手牌だったのでしょうか――)

手牌を立てきる。

2345m9s1112356p北

和(――微かな予感が、当たってしまいました……)

手牌をすぐ伏せ直す。――咲たちが気付いた様子は無い。

和「部長、確認は終わりました」

久「ん、じゃあ次の対局いこっか。咲とまこ、和は入って。優希はどうする?」

優希「さっき負けたし、トップの部長に譲るじぇ」

久「ん、ありがと」

まこ「次は赤ドラ、入れるんか?」

久「もっちろん!」

――――

京太郎「ただいま、戻りましたー」

マホ「失礼しまーす」

久「お帰り、遅かったわね――リーチ」つ四筒

咲「お帰り二人とも。あ、部長、それカン――ツモ!」

2366677889p 1p (4444p)

優希「出た!咲ちゃんの嶺上開花コンボだ!」

京太郎「……何やってんだ、優希」

優希「いや、暇だから適当に茶々入れて場を盛り上げようと……」

京太郎「(暇なのか……)良かったな、話し相手が帰って来たぞ」

マホ「優希先輩、暇ならマホとお話しましょう!」

優希「お、おう……」

まこ「……で、アイスはどうしたんじゃ結局」

京太郎「ああ、食べて来ました。だから帰りも少し遅くなったんです」

まこ「なるほど、そういう事か。――んー、これ」タン

和「……」スッパシッ

京太郎(……相変わらず、和は打牌に迷いが無いな……ん?)

和「……」

京太郎(今、一瞬目が合ったような……いや、そんな訳無いか。
対局中の和が卓から目を離して俺を見るなんて、自意識過剰も良いとこだ)

――――

対局終了

咲「やった、私がトップですね!」

久「1200点差で負けた……。どうやら咲も靖子……藤田プロと同じ、勝つための点数調整が出来るようになったみたいね」

まこ「あのロン見逃しからの大明槓、そして嶺上開花じゃな。ロンしていたらオーラスで部長を捲り切る事は出来んかった……」

久「でも、良いものを見せてもらったわ」

咲「はい――今度、衣ちゃんにも見せてあげようっと」

久「今度、ていうか明後日ね。皆、準備は出来てるかしら?」

京太郎(明後日から三日間、龍門渕に泊まり込みで練習するんだよな、皆……)

優希「あっ、忘れてたじぇ!」

和「優希……。帰ったらすぐ、忘れない内に用意するんですよ」

まこ「保護者か。――他に、準備出来とらんヤツはおらんか?」

久「須賀君、出来てる?」

京太郎「……え?俺、連れてってもらえるんですか!?」

久「当たり前じゃない。IHも終わったんだし、私たちに気を使う事もないでしょ?」

久「むしろ逆――須賀君にもっと打って欲しい。龍門渕との合宿の目的は、そこにあるのよ」

京太郎「……部長!」ジーン

久「……ゴホン。――ちょっと、らしくないわね。
まああれよ、須賀君にももっと強くなってもらわなくちゃ、困るのよ。IHで結果を残した学校としての、面子がね……」

まこ(照れ隠しじゃな、全く)

久「それに、ほら?須賀君も初心者に近いから、龍門渕の子たちと打ったデータはまこのレベルアップにも……」

京太郎(……しかし、複雑な気分だ。龍門渕はハギヨシさんが居るけど、それでも男女比5:1……あれ、清澄と変わらないな)

久「明日は休みだから、今の内に日程確認しとくわよ」

京太郎(なんにせよ、打たせてくれるって言うんだから、素直に喜んどくか――)フイッ

目を逸らしたその時。視界の隅に、引っ掛かるモノが。

マホ「……」ジー

京太郎(あー……マホちゃん……)

久「それで、1日目は顔合わせと挨拶……麻雀は、2日目から本格的に始める感じで――」

マホ「……」ジー

京太郎(……ったく、その目は反則だろ)

物欲しそうな目。アイスの時と同じだ。

京太郎(口に出して言う以上に、思いが伝わるんだよなぁ……)

久「……以上、何か質問はある?」

京太郎「部長」

久「何かしら?」

京太郎「将来の入部候補者を強化する事も、清澄にとってプラスになる……そう思いませんか?」

久「……もしかして、入部希望の知り合いが居るの?」

京太郎「えぇ。――マホちゃんです」

咲「あぁ、なるほど……」

マホ「えっ、マホですか!?」

久「……夢乃さん、行きたいの?」

マホ「いっ、行きたいです!でも、良いんですか?先輩たちの合宿にお邪魔して」

久「前は私たちの都合で呼んだしね。良いわよ、一人増えるぐらい」

マホ「ありがとうございます!マホ、期待に添えるよう、頑張ります!」

咲「……京ちゃんってさ」ボソ

和「はい?」

咲「なんか、……マホちゃんに甘くない?」

和「……そうですね。大丈夫、後で私が注意しておきますよ」

――――

久「――はい、じゃあ今日はここまで!」パンッ

京太郎「だー、結局今日も全部ラスか……」

まこ「後ろから見とる分には、悪くない打ち回しじゃったぞ」

マホ「和先輩~!やっぱり、いつ見ても和先輩の麻雀はカッコいいです~!」

和「……何か、参考になりましたか?」

マホ「いえ、全然!何がなんだか!」

和「」

優希「ま、仕方ないじぇ」

咲「和ちゃん、第一打以外は全部即切りだからね。後ろから見てても、初心者には速すぎるよ」

和「……まさか自分のスタイルが邪魔になるとは……」

久「さ、暗くならない内に、さっさと片付けて帰りましょ!」

――――

マホ「失礼しましたー!」

優希「お疲れ様だじぇ!マホ、京太郎に送ってもらうと良いじょ」

マホ「良いですか?須賀先輩」

京太郎「別に送ってくのは良いけど……ちょっと待っててもらうぞ。和に話があるって呼ばれてるんだ」

優希「なにおーう!?のどちゃんに、だと!?全く、私というものがありながらー!」

京太郎(いつものネタなのはわかるけど、この場合どっちに嫉妬してるんだ……?)

優希「ふん、もう良いじぇ!二人仲良く帰れば良い。末永く夜道に気を付けて帰るんだな!」

マホ「? どういう意味ですか?須賀先輩」

京太郎「多分、言ってる本人も分からんと思うぞ」

優希「行くぞ、マホ!私が送っていってやる!」

咲「あ、ちょっと待って優希ちゃん。私も一緒に帰るよ」

まこ「気ぃ付けて帰りんさいー」

マホ「はーい!先輩も、夜道にはお気をつけてー!」

――――

旧校舎、とある一室

京太郎(ん、和はまだ来てないか)ガラッ

京太郎「いきなり呼び出して、何の用だろ……?」

京太郎(わざわざ人気の無い場所を指定して……。メールで済まさない、ってことは直接会って話したい内容……)

京太郎「……まさか、な」

ガラッ

和「すいません、呼び出したりして……」

京太郎「和。問題無いぞ?用事が有ったんだろ」

和「はい。――今日の、アイス争奪戦の対局の事です……」

京太郎(……!バレたか)

和「オーラスの、最後の振り込みについてです」

和「須賀君は、マホちゃんの親リー直後に、マホちゃんが一度も捨てていない索子を切り、振り込みました。
――理由を、聞かせて下さい」

京太郎「……ボーっとしてたんだよ」

和「……へえ……」ジトッ

京太郎(うっ……)

和「……では、話を少し変えましょう。
須賀君が和了った局が、一局有りましたね」

京太郎「あ、あぁ……マホちゃんが加カンした局だな」

和「あの時、須賀君は一度和了りを見逃していましたね?」

京太郎「……ああ」

和「部長が出した当たり牌……それを見逃したのは、安目だったから。違いますか?」

京太郎「いや、違わない。……それが?」

和「……私は、つい最近まで、あなたを初心者だと思っていました。
そのあなたが、期待値を計算して和了りを見逃した……正直、驚きましたよ」

京太郎「……もしかして、俺誉められてる?」

和「安心して下さい。これから怒りますから」

京太郎「……」

和「思えば、須賀君は最近振り込むことも減りました。チョンボもしなくなりましたし、牌を切るまでの思考時間も短くなりました。
今の須賀君は初心者ではなく、中級者と言った方が適当でしょう」

和「――それだけに、あの振り込みは納得出来ません。あなたの手牌は確認しました。
現物の北を抱えて、危険牌の七索を切った。……ボーっとしていたとしても、あり得ない手です。」

京太郎「……うん。和の言う通りだ。俺は、マホちゃんの親リーに、差し込んだ……」

和「何故そんなことを?」

京太郎「……それは……」

和「どんな理由が有って?あの卓で打っていた人、全員をバカにするような真似を……!」

京太郎(馬鹿に……?)

京太郎「――あぁ、そうか。俺がした事は……そういう事に、なるのか……」

和「……わかりましたか?」

京太郎(一位を死守しようとする人も、それを捲ろうとしている奴も、自分の力でトップになろうとしている子も――。
俺は、全部纏めて馬鹿にしたのか)

京太郎「……なぁ和。俺、次は本気で打つから」

和「……そうして下さい。本気でやらなければ……明後日の合宿、意味が有りませんから」

京太郎「……」

和「……帰りましょうか」

京太郎「もう暗くなったし、送って行くぞ」

和「はい、よろしくお願いします」

――――

龍門渕邸

一「透華、何の用?」

透華「今、清澄の部長からメールが来ましてね……」

純「清澄?明後日の合同合宿の話か?」

透華「ええ……一人、追加メンバーがいるとの事ですわ」

純「男子が一人来るんだろ?聞いたぞ、その話は」

透華「いいえ、そちらとは別にもう一人、追加があるようですわ。その方が……」

智紀「……何か、気になることでも?」

透華「夢乃マホ……どこかで聞いた名前だと思いません?」

一「……うーん、ボクは無いかなぁ」

純「オレも無いな。新入部員か?清澄の」

透華「いいえ、中学生ですわ」

衣「……前の四校合同合宿の折に、そんな名前の中学生が来ていたな」

透華「――そうっ、それ!それですわ!」

一「あー、高遠原の!原村和がいた」

智紀「透華が、過剰反応してた……」

透華「してませんわっ!」

純「ああ、いたな」

衣「それで、その中学生は強いのか?」

透華「それは知りませんわ。……後で、大会のデータを調べてみましょう」

一「あの清澄の部長がわざわざ呼ぶぐらいだし、ただの雀士じゃないんだろうけど……」

純「あんま期待し過ぎんなよ?衣。お前と張り合える中学生なんて、そうそういないって」

衣「……むう。儘ならぬものだ……」


清澄編 終

スレはたてた……さあ、もう後戻りは出来ないぞ……。
冗長だったり描写足らずだったりするかも知れないが、それでも構わんと言う人向けって事で。

……キツいなあ……


京ちゃんカッコいいじゃないか

乙!

>>42
あんまりこういう自己陶酔じみた吐露はやめといた方がいいよ

乙!
期待

初めてss書く側に回ったけど、普段何気なくしてる「乙」がここまで励みになるとは……

>>45
わかった、気を付ける

乙ー


続きが楽しみ

次回予告

透華「心まで守備表示になってたら、楽しい麻雀なんか出来るはずありませんわ!」

衣「楽しくなかったぞォ!お前との麻雀ゴッコォ!」

怜「もう、やめよーや……未来に希望なんてあらへんのや……」

京太郎「でも引いたら面白いよなぁ!」

咲「さあ、京ちゃん!有効牌を引き当てて!」

次回、『京太郎 死す』。麻雀スタンバイ!

※怜はまだ出てきません

明日か明後日に投下予定。

待ってます

アカンころたん顔芸してまう

――――

合宿当日、集合場所にて

マホ「須賀せんぱ~い!おはようございます!」

京太郎「マホちゃん。おはよう」

スマートフォンから目を離す京太郎。マホが声をかけるまで気付いていなかったようだ。

マホ「まだ、誰も来てませんね……」

京太郎「少し早過ぎたみたいだな」

マホ「それ、何してたんですか?」

京太郎が持っているスマートフォンを指差す。

京太郎「麻雀だよ、ゲームのな。マホちゃんもやってみる?」

マホ「はい!やりたいです」

京太郎「ん、それじゃ……」

まだ対局の途中なのに、アプリを終了してしまう。

マホ「良いんですか?」

京太郎「ネト麻じゃないしな。再起動っと……」

マホ「マホ、ネト麻は苦手ですが、CPUが相手なら、あるいは!」

――――

『終局』

マホ「」チーン

京太郎「……ドンマイ」

マホ「うぅ、やっぱりゲームは苦手です……」

京太郎(配牌やツモを自動で行うから、多牌や見せ牌、山を崩すとかのチョンボは心配しなくていいけど……)

京太郎「敗因は、操作ミスか」

マホ「チョンボと同じです……。直しようがありません……」

京太郎「それは仕方ないかもしれないけど、直せる所もあるぞ?」

マホ「マホの麻雀の中に、ですか?」

京太郎「うん。防御が薄いんだ、全体的に。例えば南三局……」

――――

咲「……ふう。集合場所はここで……大丈夫だよね、うん。時間は――」

集合時間、20分前。

咲(道に迷って集合に遅れたりしないように、って早く出たけど……)

辺りを見回す。

咲(もしかして、まだ誰も来てな――あ、金髪だ)

京太郎だろうと当たりをつけて、ベンチの方へ――

マホ「――でも、あの時は中をポンしないと役が付かなかったです」

咲(……マホちゃん?)

足が、止まる。

京太郎「そうだな、役がなきゃ和了れない。でも和了りに向かわなくたって、あと三巡もすれば流局だろ?
他家がリーチかけてるし、オリれば良いと思うぞ」

咲(……あれ、なんで私隠れてるんだろ)

いつの間にか、近くの影から二人の様子をそっと窺っていた。

マホ「でも、あの時は安牌が……」

京太郎「いや、よく考えてみろ。中を鳴かなかったら、手牌に二枚残るだろ?それは当然、安牌になる」

マホ「あ……なるほどです!」

咲(なんだろう、この感じ……。二人を見てると、胸がざわつくような……)

マホ「やっぱりまだまだ、和先輩たちには追い付けません……」

京太郎「それは俺もだ。――だから、この合宿でレベルアップして、和たちを驚かせてやろうぜ」

マホ「はい、先輩!またアドバイス、よろしくお願いします!」

京太郎「ああ、俺に出来る事ならな。でも良いのか?俺で」

マホ「須賀先輩が、良いんです!」

咲(……仲、良いなぁ。一昨日初めて会ったとは思えないくらい――)

優希「咲ちゃん、何してるんだ?」ポン

咲「ひゃあっ!?」ビクッ

優希「おう!?どうした!」

京太郎「……何やってんだお前ら」

呆れた声に、何事も無かったかのように堂々と立つ優希。

優希「よう京太郎!タコスの手配は出来ているか!」

京太郎「いや、知らねーよ!なんで俺が手配することになってんだ!?」

優希「全く、使えないじぇ!」

京太郎「……この前の合宿ではどうしてたんだよ……」

優希「マホも、おはよう!早いな!」

マホ「おはようございます、優希先輩」

京太郎「咲、お前も何やってたんだ?」

咲「……後ろからこっそり近付いて驚かそうかな、なんて」

京太郎「……優希、咲を巻き込むなよ……」

優希「私は何もしてないじょ!言いがかりはやめてもらおうか!」

京太郎「優希に言われてしたんじゃないのか?咲」

咲「う、うん……」

咲(らしくないって思われてるかな……)

京太郎(どっちとも取れるような返事して……ま、優希に指図されてたとしても言いづらいだろうし、仕方ないか)

優希「……で、お二人は仲睦まじく何を話してたんだ?」

マホ「麻雀です!須賀先輩に教えてもらってました」

優希「……京太郎、変なこと教えてないだろうな」

京太郎「ねーよ。守りの意識が薄いって指摘をしてたんだ」

咲「マホちゃん、一昨日もそんな感じの注意されてなかった?」

優希「一昨日言った事は、微妙にニュアンスが違うじぇ」

マホ「他家の事も考えろ、ですね!マホ、ちゃんとメモを取ってますから……えっと……」ゴソゴソ

カバンの中を漁る、漁る……

マホ「……忘れたみたいです……」

優希「……今日もマホは、通常運行だじぇ……」

――――

清澄メンバー、電車にて

マホ「漫画、で『が』です。次は竹井先輩です!」

久「が?……学生議会。で、い」

まこ「い、いか……。イメージ」

和「じ……雀卓、で『く』です」

優希「喰いタン、……だとダメだじょ。喰い下がり」

咲「り?嶺上開花!」

京太郎「う……ウマ」

マホ「麻雀!……あ、終わっちゃいました!?」

久「そもそも、なんで途中から麻雀用語縛りになってたの?」

優希「のどちゃんが雀卓なんて言い出すから、つい?」

和「……雀卓はまだ一般的な単語だと思いますけど」

咲「その流れで『り』って言われたら嶺上開花しかないよね!」

マホ「でも、須賀先輩は普通でしたね!」

京太郎「……一応『ウマ』も麻雀用語だぞ。後で教えるよ」

――――

龍門渕邸

透華「ようこそおいで下さいました!」

久「今日から三日間、よろしくね」

メイド「お部屋へご案内致します、どうぞこちらへ」

――――

京太郎(広いなぁ……)

通された部屋は、まるで高級ホテルの一室だった。

京太郎「良いのかな、俺一人でこんな広い所使わせてもらって……」

コンコン

京太郎「? はーい」ガチャ

久「ハァイ。どう、須賀君。問題無い?」

京太郎「なんですか問題って。この部屋に不満を付けるとしたら、俺一人では使い切れないってことぐらいですよ」

久「そう。くつろいでた所悪いけど、もうすぐご飯の時間よ」

京太郎「……少し早くないですか?さっきメイドさんから聞いた時間まで、もうちょっと有りますよ」

久「ご飯の時間には、ね。でも、食べる前に龍門渕の子たちに自己紹介してもらうから、少し早めにね」

京太郎「分かりました」

――――

智紀「ではそちらから……どうぞ」

マホ「はい!高遠原中学二年、夢乃マホです!好きな食べ物はりんごです!
それから、えっと……誕生日は、12月20日です。よろしくお願いします!」

京太郎「清澄高校一年、須賀京太郎です。誕生日は2月2日、あとなんだっけ、好物?」

一「別に言いたい事がなければそれで良いと思うよ?」

京太郎「では、これから三日間、よろしくお願いします」

透華「では次は私が!」バッ

純「はいはい、どうぞどうぞ」

透華「龍門渕透華!二年生ですわ!」

衣「因みに、ここにいる龍門渕の麻雀部員は皆二年生だ」

京太郎(事前に調べてたから知ってるけど、こんなマホちゃんより背の低い人が年上って言われても信じられねー……)

衣「……何か失礼な事を考えてはいまいな」

京太郎「いえいえ、滅相もない」ポーカーフェイス

衣「ふん……」

透華「――聞いて驚きなさい、私の誕生日は9月10日!」

マホ「近いですね、もうすぐ!」

透華「なんなら祝って頂いても良くってよ?」

京太郎「おめでとうございます、まだ二週間早いですが」

透華(ふふ、誕生日の話は好都合でしたわね。お陰で目立つことが出来ました)

一「透華……衣の方が誕生日近いよ?」

透華「ハッ!?私としたことが!」

一「……まあ透華は置いといて。ボクは国広一、誕生日は9月21日です」

マホ「国広先輩も、近いですね!」

一「一で良いよ。……あ、この手枷は別にボクの趣味って訳じゃないから。勘違いしないでよ?」

京太郎(敢えて突っ込まないでいたのに……)

純「井上純。誕生日は9月14日」

京太郎「誕生日……近いですね、井上さんも」

純「純で良いぞ」

マホ(背、高いなぁ……須賀先輩と同じくらい?マホ、羨ましいです……)

衣「天江衣だ。生辰は長月の6日」

マホ「せいしん……?」

京太郎「長月は確か……9月。天江さんも近いですね!」

衣「そうだ。皆近いんだ、智紀以外」

智紀「……私、沢村智紀。誕生日は3月10日。……別に疎外感とか、感じてないから」

京太郎(反応に困るな……)

――――

昼食後

久「さて……それじゃ、軽く打ちましょうか」

透華「組み合わせは自由ですの?」

久「とくに決めてはないけど……」

透華「では原村和!卓に付きなさい、勝負ですわ!」

和「……ということなので、衣さん。エトペンをこちらに」

衣「ああ、また触らせてくれ!」

和「構いませんよ」

まこ「……ま、こうなるわな。部長、一緒に打たんか。沢村さんも」

久「良いわね」

智紀「」コク

純「ちょうど十二人か……」

優希「だじぇ。という訳で、勝負だノッポ!」

純「おう、お前の速攻、鍛え直してやるよ。……おい、そっちの二人も。さあ入った入った」

京太郎「はい、よろしくお願いします」

マホ「よろしくお願いします!」

――――

純「おっ、俺の起家か」

優希「ぐぬぬ……やはりタコスぢからが不足しているじょ……」

京太郎「さっきハギヨシさんにタコス頼んどいたから、今は我慢しろ」

マホ「あ、赤ドラは入ってないんですね」

純「自分の手牌見ながら、そんな事言うなよ。手が透けるぞ……」

マホ「わ、はい。すいません」

優希「悪いが、マホは初心者だじょ」

純「……そうか」タン

純(知ってたけどな。透華に昨日見せてもらった牌譜……ありゃ初心者そのものだ。
透華は原村和がするような合理的な打ち回しも稀にあると言ってたが、何局も打ってればそう見える牌譜も出てくるだろ)

トン……トッ……

純(こりゃ須賀君の方も期待出来ないかね……ま、オレとしちゃタコスと遊べれば満足だけどな)パシッ

トン……タン……

純「ん、良いねぇ……やっぱ流れが来てるぜ」スッ

純「リーチ!」チャラ

京太郎「……」ストッ

純(こいつ、全然顔動かさねーな……)

タン……トン……

純(しかし、なんだこの気配は……?)トッ

マホ「……」タン

純(こいつか……?しかし、張ってるようには見えない……)

トッ……タン……

マホ「……カン」パタ

純「何……?」

純(親リー相手にカンだと?)

優希「おっ、これはまさか……」

京太郎「?」


マホ「――ツモ!嶺上開花、ツモ、タンヤオドラ4!3000-6000」

――――

純「なっ……!」

京太郎「嶺上開花だと……!?」

優希「あれ?京太郎も知らなかったのか?」

純「どういう、ことだ……」

マホ「宮永先輩の真似です!」

京太郎「優希……」

優希「マホは私やのどちゃん、それに咲ちゃんみたいな憧れの人の打ち方を再現出来るんだじぇ。……まあ、せいぜい一日に一局って所だけどな」

京太郎(んな……そんな事出来るんじゃ……)

京太郎「天才、じゃないか……」

優希「ふっ、私ほどじゃないけどな!」

純「なるほど……面白いな、こいつは」

京太郎(マホちゃん、俺なんかよりよっぽど強いんじゃ……というか)

――そうか、マホちゃんは……まだ、『牌が応えてくれる』って、信じてるんだな……

京太郎(うっ……)

――だからって、人の真似をするのが無駄だった、って訳でもない。

――有るさ、それこそ和にも優希にも無いような物が。

京太郎(めちゃくちゃ恥ずかしい……!一昨日マホちゃんに、お前は何を悟ったように語ってたんだよ!?
あぁくそ、過去の自分を消し去りたい……)

優希「京太郎?ツモ番だじぇ」

京太郎「……認めたくないものだな、若さ故の過ちというのは……」チャッ

優希「?」

京太郎(ったく、俺が言うまでもなく、マホちゃんの人真似は無駄になんかなってない。
――俺がしてきたような猿真似とは全く違う)タン

トン……タン……

京太郎(つまり――また俺一人、取り残されるのか……)ストッ

――――

純「ロン。へへ、まだまだだな」

優希「くっ……次は負けんじょ!」

京太郎(終局、か……)

順位は上から純、優希、マホ、京太郎の順番だった。

マホ「よしっ、チョンボはしなかったです……!」

マホの言葉に京太郎は、

京太郎(……あの、流局直前のマホちゃんのゴミツモ……)

一応、教えておきたい事は有った。しかし――

京太郎(俺は負けたんだ、マホちゃんに。――その俺が、俺よりより強いマホちゃんに、何を上からケチ付けるんだよ)

京太郎「凄いな、マホちゃん……」

マホ「え?」

京太郎「優希や和に、届いてるんじゃないか。俺よりも先に……」

マホ「先輩……」

京太郎「さ、他の卓は……まだやってるな」

話を一方的に打ち切り、京太郎は久たちの卓へ向かった。

――――

京太郎「全然……和了れねぇ……」

咲「京ちゃん、今日ツモ切り多くない?」

京太郎「いつにも増してツキが無え……」

一「そういう日もあるよねー。後ろから見てても、尋常じゃないくらい裏目引いてて悲しくなってくるよ」

智紀「まるで、満月の夜に衣と打ってるみたい……」

京太郎(衣……そういえば、まだ天江さんとは打ってないな……)

衣「また衣の勝ちだー!」

マホ「また飛んじゃいました……」

京太郎(……今日はやめとくか、絶対勝てないし……)

――――

衣「マホ、お前はまだ未熟だ!」

マホ「はい……」

衣「その模倣は、驚嘆に値するが……しかし、身が追い付いていない」

マホ「追い付いて、ない?……ですか」

衣「ああ。サングラスを掛けて打った、あの局は……」

マホ「染谷先輩の真似ですけど……」

衣「そう、恐らく真似自体は出来ていた。しかし、衣には通じなかった……何故かわかるか」

マホ「……」

衣「視界を狭め、卓上の牌をイメージとして捉える。……それが出来ても、引き出すデータが足りなくては意味が無い」

マホ「……よく、分かりません」

衣「そうか。……お前がその打ち筋を理解しなければ、借り物の力のまま、ということだ」

マホ「……」

衣「研鑽を積め。衣と勝負出来るように……期待しているぞ」

マホ「……はい!」

透華(……衣がここまで言うのも珍しいですわね……)

――――

久「今日はここまでにしましょう」

透華「明日もよろしくお願いしますわ」

久「こちらこそ」

――――

翌朝


久「今日も勝たせてもらうわよー!」

純「昨日のリベンジ、させてもらうぜ!」

透華「さあ原村和、今日も付き合ってもらいます!」

京太郎(皆やる気に満ちてるな……)

一「須賀君、打とうよ」

京太郎「はい、よろしくお願いします」

――――

京太郎(ん、今日は牌が来てるな……)タン

智紀「ロン」

京太郎(うわ、単騎待ち……こりゃ仕方ないな)

――――

京太郎「ロン!」

一「以外とやるね、須賀君」

京太郎「ありがとうございました。ま、二位ですけどね」

――――

久「須賀君、結構良い感じね」

純「おう、IHの地区予選の時より格段に成長してるみたいだな」

久「牌譜、見たの?」

純「ああ。……そんじゃ、いっちょ揉んでやりますか」

――――

マホ「リーチです!」パシッ

優希「高そうな感じだじぇ……」タン

マホ「――ツモ!6000オール、頂きます!」

智紀「途中までデジタルっぽかったけど……もしかして透華の真似?」

マホ「はい!」

――

透華「――夢乃マホ、目立ち過ぎですわ!私が後で、本物の龍門渕透華を教えて差し上げます……!」ドッ

和「ロン」

透華「」


――――

京太郎「ふう……」

京太郎(一さんや沢村さんとは結構良い勝負出来たな……)

純「おーい。やろうぜ、須賀君」

京太郎「……はい、よろしくお願いします!」

――――

京太郎(よし、張った……!)トン

純(ポーカーフェイス、崩れないねぇ……だが、流れはわかる)

純「チー!」

京太郎(まだ攻めてくるか……うわ、迷うなこれは)タン

純「ロン」

京太郎「……はい」

――――

京太郎「完敗、です……」

純「そう気を落とすな。相手がオレじゃ仕方ないって」

京太郎「はぁ……」

純「ま、スジは良いかもな。なんなら指導してやるぞ?」

京太郎「……」

溜め息を飲み下し、明後日の方を見やる。

マホ「……これで!」

透華「甘いですわっ、ロン!」

マホ「うぅ……」

京太郎(目立ってるな、あの卓……)

――――



マホ「須賀先輩!」

京太郎「……なんだ?」

マホ「マホ、こんなに打つのは初めてです!」

京太郎「俺もだよ」

マホ「でも、いっぱい打てば打つほど、集中力が無くなって……多分、今日はもう誰の真似も上手くいきませんし……」

京太郎「……そうか。なら……」

少し考える。――だが、マホが勝つために必要な事は、もう思い付けなかった。

京太郎「……逆に、成長するチャンスだって思えば良いんじゃないか?」

マホ「チャンス?」

京太郎「ああ。絶対に上手くいかないって分かってるなら、その打ち筋に対して諦めもつくだろ。
……つまり、今は自分だけのスタイルを探すのには持って来いの状況って訳だ」

マホ「……分かりました!マホ、頑張ります!」

京太郎「……ああ、頑張れ」

マホがごそごそとポケットを漁る。

京太郎「……何してるんだ?」

マホ「メモを取っておこうと……あ、有りました!」

京太郎「忘れたんじゃないのか?」

マホ「新しく買ったんです、いつアドバイスをもらえるか分からないので!」

頭が少し痛くなってきた。

京太郎(……良いのか?俺の言葉が、そんなにこの子に影響を与えて)

くらっ……

マホ「へ? きゃっ!」

どさっと音がする。――だか、京太郎は倒れていない。マホが支えてくれていた。

京太郎(今の音は……?)

マホが筆箱を落としていた。口が開いて、中身が散乱している。

マホ「須賀先輩……?だ、大丈夫ですか?」

京太郎「っ……悪い」

直ぐに身体を起こそうとして――

マホ「あっ、倒れっ!」

――こんどこそ二人仲良く、床に倒れ込む。

京太郎「……ごめん、そっちこそ大丈夫――」

マホ「は、はわ……っ」カァッ

至近距離に、真っ赤になったマホの顔が有った。

京太郎「……っ」バッ

飛び退くように離れる。

京太郎(くそっ、意識するなっ……)

顔はマホと同じくらい赤くなっている。

京太郎「その、すまん。ちょっとした、立ちくらみだと思う。心配ない……」

しどろもどろ。

マホ「こ、こっちこそ……ちゃんと受け止めれなくてごめんなさい……」

真っ赤になった顔を伏せる。……お互い数秒間無言だったが、やがてマホが散らばった文房具を片付け始めた。

京太郎(俺も手伝わないと……)

妙に文房具の種類が多いが、手早く集めてマホの顔を見ないようにして手渡す。

京太郎(分度器、コンパス、カッター、それに瞬間接着剤とか……何に使うんだろ)

気になるが、聞く事も出来ない。

衣「おーい、マホ。一緒に打とう」

午後もまた、ひたすら麻雀だ。遠くから衣に呼ばれて、離れていくマホの背中を見送る。

京太郎(全く、適当な事言って……頑張るべきは自分だろ)

自己嫌悪。マホに対してアドバイスする前に、自分がもっと強くならなければならない。

衣「どうした、顔が赤いぞ?」

マホ「いえ、何でも……大丈夫ですから!早く打ちましょう!」

京太郎(……マホちゃん、俺も頑張るよ)

透華「……須賀さん、お手合わせを、お願いしますわ」

京太郎「ええ……お手柔らかに」

――――

透華「ふむ……防御は、中々のものですわね」

京太郎「麻雀は、攻撃より防御の方が重要だと思ってるんで」

透華「なるほど……しかし、打ち方に覇気がありませんわ。振り込む事を恐れるあまり、弱気になっていません?」

京太郎(え……?)

京太郎「そんな事言われたの、初めてです……」

透華「そうですか……私の思い過ごしでしょうか。ですが、時には打ち方を変えてみるのも良いと思いますわ」

京太郎「打ち方を……」

京太郎(今まで、和みたいなブレない強さこそ本当の強さだと思ってたけど……)

透華「さぁて……お、ちょうどあそこの卓が終わりましたわね。――誰か、私と打ちません?」

京太郎(龍門渕透華さん。この人みたいに、ブレが有るからこそ強い、そんな人もいるのか)

衣「……おい」

京太郎「え?ああ、すいません。使いますよね」

衣「いや……ちょうど良い。お前とはまだ打っていなかったからな……確か、須賀と言ったか」

京太郎「はい、須賀京太郎です。よろしくお願いします、天江衣さん」

衣「……では、はじめと……手が空いているのは、ノノカか」

一「うん、やろっか」

和「……よろしくお願いします」

――――
東一局

京太郎(親)25000
一(南)25000
衣(西)25000
和(北)25000


京太郎(起家か……。親で稼いどきたいな。まあ配牌は悪くない……)タン

一「……」チャッ

京太郎(さっき龍門渕さんに言われた事……。確かに、俺は自分が和了る事に対して消極的になってるのかもしれない)

タン……トッ……

京太郎(どうせ、今のままの打ち方に拘ってちゃ、強くなんかなれない)タン

トン……ストッ……

京太郎(……よし、ツモも良い。このまま和了りを目指すぞ!)

――――

七巡目

京太郎(一向聴……)トン

一「……」タン

京太郎(よし、後はもう一枚有効牌が来たら、この牌を切ってテンパイ……。リーチもありかも知れないな)

衣「……」トン

和「……」ヒュッ

京太郎(……ん、要らないな。ツモ切り)タン

一「……ん、ツモ」バラッ

京太郎(え?張ってたのか)

一「タンヤオのみ。500-1000だね」

見れば、一の和了り牌は、さっき京太郎が切ろうと考えていた牌だった。

京太郎(うわ、安手とはいえ……もう少しで振り込む所だったのか)

――――

東ニ局

京太郎(ニ向聴……だけど)チラッ

和「……」
西西西

京太郎(和が、ドラの自風を鳴いてる……。最低でも7700の手、オリるべきか……?)

打ち方を明確に決めていない分、京太郎には迷いが生じ易くなっていた。

京太郎(いや、まだ四巡目だ。和が張ってるとは限らない……)

そして迷いは、京太郎の打ち筋を鈍らせていく。

京太郎(俺なら、自風が鳴ける状況なら『とりあえず』鳴いておく。それがドラなら尚更だ。
つまり、和が張っている確率はそう高くないはず)

意を決し、不要牌を切り出す。

京太郎(ここは攻める!)タンッ

和「ロン。7700です」バラッ

京太郎「……はい」

京太郎(これは痛ぇ……)

――――

京太郎(くそっ、何やってんだ俺は……!)

衣「……」ポチ コロコロ……

京太郎(不要牌は、他にも有ったろ!完全な安牌とは言えないでも、和の切った牌のスジの牌とかが!
それなのに、攻めるって決めた時、俺はそこで思考停止しちまった……!)

そして馬鹿みたいに突っ張って、和の両面待ちに振り込んだ。

京太郎(いつも通りの打ち方をしてれば、絶対に振り込まなかったのに……!)

衣「……存外に、つまらないな」

京太郎「え……?」

対面の――衣の雰囲気が、変わる。

――――

一(衣……?)

衣「夢乃マホが面白い打ち手だったから、期待していたのだが……。遺憾だよ」

京太郎「……っ!」

一(様子がおかしい……。そう、まるで満月の夜みたい――)

チカッ、と視界にフラッシュが起こる。

一(電灯が……明滅した!?)

――――

咲「」ブルッ

咲(この感じ……まさか!)

自分の対局が終了し、京太郎の卓を見物していた咲もまた、気付く。

咲(あの夜と一緒だ……!あの県予選大会の決勝戦と!)

京太郎「……期待外れですか、俺は……」

衣「ああ、そうだ。だが、衣は気に入らない玩具は壊してしまう質でな……」

衣の顔に、酷薄な笑みが広がっていく。

衣「どれだけ嫌いな玩具でも、壊すとなると、これが中々面白い。
あっさり壊れてしまうやつもあれば……極限の状況に追い込まれてから、逆に衣に牙を向いたやつもあった」

過去を思い返すように、目を眇める衣。

衣「須賀京太郎。お前にあの『猫の玩具』程の結末は期待出来ないが……。
せめて、あっさりと壊れてはくれるなよ?」

――――

東三局

衣(親)24500
和(南)32200
京太郎(西)16300
一(北)27000


京太郎(手が、進まねえ……)チャッ

もう、十巡くらいツモ切りしかしていない。

京太郎(一向聴までは、普通に進んでたのに……そこから全く有効牌が来なくなった)タン

山も残り少ないが、形式テンパイを取ろうにも鳴く事すら出来ない。

京太郎(俺だけじゃない……この卓に付いてる全員、もうここ五、六巡はずっとツモ切りだ)

タン……パシッ……

誰が張っているかも分からない緊張の中、ただ牌を切る音だけが響く。

京太郎(……なんだ?この感じ……)トン

ツモ切りを続けるに連れて、京太郎の胸に得体の知れない不安感が湧いてくる。

京太郎(まるで……先の見えない暗闇を歩いているような――)

衣「クックック……引いてしまったよ……」

京太郎「」ビクッ

その声を聞いた瞬間、京太郎の身体に悪寒が走った。

衣「ツモ。4000オール」バラッ

京太郎「……!」

衣の手は――何の事はない、お手本のようなタンピン三色だ。しかし京太郎にとって重要なのはそこではない。

京太郎(ロン和了りを、見逃してる……!
それも、上家の一さんが捨てた当たり牌だけじゃない。トップの和が出した牌もだ……!)

特に安目でもないのに、二人からのロンを見逃した。その意味する所は――

『――せめて、あっさりと壊れてはくれるなよ?』

京太郎(俺を、狙い打ちしようとしているっ……!)

顔を上げて、衣と――目が、合う。

衣「ふふふ……どうした、顔色が悪いぞ」

言われるまでもなく、京太郎には見えていた。
衣の目に映る自分の顔――ポーカーフェイスは、とうに崩れている。

京太郎(どうした、慣れてる筈だろ!?自分だけ凹むのなんて、いつもの事だ!)

そう、部内でもいつもの事――だからこそ、京太郎はポーカーフェイスを身に付けた。
清澄で負けが込んでも、咲や優希に嫌な顔は見せたくなかったから。

京太郎(なのに、くそ……!こんなに、違うのか!
純粋に勝利を目指す人と打つのと、俺を負かそうと意識してる人と打つのは!)

――――

東三局一本場

京太郎(配牌、六向聴……!くそ、もうベタオリしかねえ!)

今や京太郎の心は、衣への恐怖に支配されていた。

京太郎(なんとか防いで……それで、誰かが和了るか流局にでもなって、せめてあの人の親が流れてくれれば……)トン

――――

一(だめだ、怖がっちゃだめだ……!)

そして一もまた、恐怖と戦っていた。

一(ボクは衣の家族だ。友達だ!衣の事は、理解しなければ……いや、理解したい!)タン

今の衣は、心を閉ざし、人を遠ざけていたかつての衣によく似ている。まるで、魔物として恐れられていた頃に戻ったかのようだ。
だが、一はそうは捉えなかった。

一(今でも、衣を遠くに感じる事はある……。でも、少しずつ進んで来たんだ!ボクも、衣も!)

京太郎「……」トン

一(だからこそ分かる。衣には、きっと何か考えがある……)タン

衣「……」ダンッ

京太郎「っ……!」

相手を威圧するかのような衣の強打に、京太郎の肩が震える。だが一は怯まなかった。

一(ボクは信じてるよ、衣……!)

――――

咲(京ちゃん……大丈夫かな……)

明らかに怯えている京太郎は、後ろから見ている咲の存在にも気付いていないようだった。

咲(いくら配牌が悪くても……まだ四巡なのに、もうベタオリで安牌しか切らないなんて)

京太郎「……」チャッ

咲(いつもは、こんな打ち方はしないのに。牌をツモってからの思考時間も、長くなってるし……)

京太郎「……」トン

――――

京太郎(未来が、暗い……)

先が見えない。僅かな情報を頼りに、安牌を切ってその場を凌ぐ。

京太郎(まだ、九巡しか経ってないのかよ……)チャッ

ツモは悪くないのに、配牌からベタオリを続ける京太郎の手牌はぐちゃぐちゃだった。

京太郎(安牌……とにかく、振り込みだけは回避しないと……)トン

――――

十四巡目

京太郎(安牌……無くなった……)チャッ

ニ巡前に和が捨てた牌は有る。衣はその時からツモ切りしかしていないから、普通に考えればそれは安牌なのだが……。

京太郎(俺以外からは出和了りしないんだ、信用出来ない……!)

他家の捨て牌は構わず、衣の切った牌だけを凝視する。

京太郎(……片スジだけど、これはどうだ……?)つ六筒

衣「……」

一「……」チャッ

京太郎「」ハァ

京太郎(通った……!よし、今のは片スジだったけど、これで次の巡は三筒がスジになる)

一「……」タン

衣「……」パシッ

そして衣は、またツモ切りだ。

京太郎(これで、安牌が出来た……)

和「……」ヒュン

京太郎「……」チャッ

もはや京太郎はツモ牌もろくに見ず、安牌と確信した三筒を切る。

京太郎(これしか無い、これなら通る……!)タン

しかし。

衣「ロン」バラッ

京太郎「……っ!」

衣「タンピンドラドラ、イーペーコー。12000のニ本場は、12300……!」

京太郎(平、和……?そんな馬鹿な!)

一巡前、確かに衣はツモ切りをした。その前に切った六筒が通ったのに何故、三筒で平和に振り込むのか。
開かれた衣の手牌は――

223344m4455688p ロン3p

京太郎「な、そんな……!」ガタッ

あまりの衝撃に、思わず卓から立ち上がる。

京太郎(一巡前に出た六筒で和了れば、リャンペーコーが付いて跳満。俺を飛ばす事が出来たのに……!)

衣「久方ぶりにやったが、案外上手くいくものだな……」

衣(親)36500→48800
和(南)28200
京太郎(西)12300→0
一(北)23000

京太郎(点棒が……ゼロにっ……!)

衣「さあ、どうした?払えるだろう。早く座って、展望を失え」

――――

東三局ニ本場

咲(一緒だ……あの時と……!)

衣(親)48800
和(南)28200
京太郎(西)0
一(北)23000

思い出す、あの夜の事を。

『塵芥共 点数を見よ』

  風越女子 0

『汝等に生路無し!』

咲(打点を下げて、相手の点数をゼロに……!)

無論、この対局のルールでも0点ジャストならハコシタにはならない。

優希「……うわ、またあれやってるじょ」

咲「……優希ちゃん」

いつの間にか、その卓の周りに人が集まっていた。

まこ「咲、今来たんじゃが。この点数は……」

咲「ええ、衣ちゃんの調整です……」

久「じゃあやっぱり、大将戦の時と……?」

咲「……いえ、あの時と状況は似ていますが……決定的に違う点があります」

実際にその窮地を経験した咲には、すぐにその違いが分かった。

まこ「違い?」

咲「二位・三位とトップとの点差です。
あの時の私や加治木さんと違って、今の和ちゃん、国広さんは一回の和了で衣ちゃんを捲る事が出来る」

優希「あの時も、ダブル役満さえあればって話をしたじょ」

まこ「……つまり、和や国広さんに取っては、あの時のお前さん程に切羽詰まった状況ではないんじゃな?」

咲「……ええ。その二人に取っては、ですがね」

ハッ、と久が息を飲む。

久「そっか……!逆に須賀君に取っては……!」

咲「……そう、あの時の池田さんと違って、トップ以外の二人の和了でも飛ぶ可能性が有る……」

つまり、華菜よりも更に死に近い位置に、京太郎は生かされていた。

咲(大将の池田さんには、チームの勝敗が委ねられていた。そのプレッシャーは私も知ってるけど……)

京太郎「……」

死人のような目で、配牌を茫然と眺める京太郎。

咲(責任とか義務とか……そういうのとは違う、純粋なプレッシャーは、今の京ちゃんも相当大きい……!)

京太郎に掛かる重圧を思い、咲は静かに息をついた。

――――

京太郎(なんだよ……これ……)チャッ

手牌

456m113888s35p北北 ツモ9p



南、1m、8p、中、中、5m、6s、1m……

京太郎(配牌からずっと、手が一枚も変わってない。ベストな打牌をしてるはずなのに、結果として全部ツモ切りになる……)トン

もう、自分の頭で考えても考えなくても、同じなんじゃないか――そんな思いが頭をよぎる。

京太郎(これは、本当に麻雀か……?配牌からツモまで、全部『打たされている』みたいだ)

チャッ……タン……

京太郎(また俺のツモ……)チャッ

そしてまた、ツモ切り。

京太郎(変わらない……不要な牌しか来ない……)トン

和「ポン」

京太郎「」ビクッ

突然の声に、体が跳ねる。

京太郎(ロンじゃ、なかった……。でも、このままじゃいつか振り込むかも……)

いつ飛ぶかも分からない極限の状況の中、牌を切る度に京太郎の精神は摩耗していった。

――――

一(須賀君……配牌からずっとツモ切りしかしてない……)

と言っても、それは一もほぼ変わらないのだが。

京太郎「……はぁ、はぁ……」

肩で息をする京太郎。かつて一が味わった絶望が、そこには有った。

一(これが天江衣、これこそが『支配』……。須賀君……今にも折れてしまいそうだ)チャッ

さっきの和のポンから、京太郎の様子は明らかに振り込みへの恐怖を増大させていた。

一(しかも、今のポン……これで衣に海底牌が回る事になった)チラッ

衣「……」

一(鳴いてズラす事も、出来そうにない……もう十巡目なのに)

そして、海の底が見えてくる――。

――――

十五巡目

京太郎(このままじゃ……ノーテン罰府で飛んじまう……)

だが、それ以上に今の京太郎を襲っていたのは、振り込みへの恐怖だった。

京太郎(流局間際のこの巡目まで、本当にツモ切りしかしてない……。
これが天江さんの力に依るものなら、狙われているはずの俺は、ツモ切りを続けたら絶対に振り込む事になる……っ!)

しかし、今のツモ牌は衣と一に対しては現物。

京太郎(結局、ツモ切りしかないのか……)つ西

一「……」つ九筒

衣「……」つニ索

和「……」つ四萬

京太郎(また……俺のツモか……)

山に手を伸ばす。……牌を持った瞬間、微かな予感。

京太郎(――!ついに、引いちまったか……)チャッ

生牌の白――しかも、ドラ。

京太郎(絶対に……天江さんは張ってる。捨て牌を見る限り、恐らく筒子の染め手……)

衣だけでは無い。和と一も、打点次第では京太郎から出和了る可能性がある。

京太郎(そう、打点次第……ドラなんか、特に狙い目だ!こんなの、掴まされたようなものじゃないか……)

死の息吹を間近に感じる。意識が朦朧としてきた。もう、早く切ってこの場から逃げ出したい。

迷いの末、京太郎は手牌の一枚をつまみ上げ――


「……っ!」

手を、止めた。

――――

京太郎(誰か……居る?)

牌を切る直前、京太郎は確かに聞いた。声にならない声、誰かが『それは駄目だ』と息を飲む音を。

京太郎「咲……?」

振り返ると、いつ来たのか咲が居た。咲だけではなく、久やまこ、優希、それに純や透華たちも京太郎を見ていた。

京太郎(皆に見られてるのに……気付かなかったのか、全然)

自分がどれだけ余裕を失っていたか、京太郎は気付く。そして改めて自分が手に持つ牌を確認し――

京太郎「……っ!?」

気付く。――自分が、確実に死に向かって歩いていた事に。

京太郎(何考えてんだ俺は!こいつだけは切っちゃいけないだろ!?)

――四萬。今まさに、上家の和が切った牌。
京太郎の手牌において、唯一の完全な安牌。しかし――

京太郎(これを切ったら、俺の手はニ向聴になる!
あと一巡で流局になるこの状況で手を崩したら、流局した時に俺が張っている可能性は限りなくゼロに近くなる……)

このまま副露が無ければ、京太郎のツモは残り一回。
そしてニ向聴というのは文字通り、有効牌を二枚引き入れないとテンパイ出来ない状態なのだ。

京太郎(今の俺はノーテン罰府で飛ぶ、そんなことは分かってただろ!
誰かが張ってるとしたら、振り込んでもノーテンになっても同じ事だったんだ……!)

『振り込む事を恐れるあまり、弱気になっていません?』

透華の言葉を思い出す。

京太郎(弱気……俺は今、文字通り気持ちの面でも完全に負けていた。だけど、それだけは負けちゃいけなかったんだ!)

キッ、と対面を鋭く睨む。

衣「……ほう……」

京太郎(強く……!)

衣「そうだ……その顔だ。漸く面白くなってきた!」

その言葉に背中を押されるように、京太郎は――


十七回目のツモ切りをした。

――――

一(そうか……。衣は、須賀君を試していたのか)

勢い良く切られた白を見て、一は全て理解した。

京太郎「……和了りますか?」

衣「いいや……残念ながら、誰もその牌では和了れないよ。どこぞの嶺上使いならば、話は別だがな……ははっ!」

京太郎「そこまで言って良いんですか?手が透けますよ」

一(……全く、楽しそうに笑って……)チャッ

気付けば、一も笑っていた。

一(衣、良かったね……)タン

――――

咲(京ちゃん、笑ってる……)

楽しそうに衣と話す京太郎に、咲は感慨を覚えた。

咲(最近は、麻雀を打ってる時は全然笑わなくなってたのに……)

和のように集中してるだけ、というわけでも無いようなのに、無表情で麻雀を打つようになった京太郎。

咲(楽しい?って聞いたら、その時だけは笑って答えてくれたけど……)

今、分かった。
本当は楽しくなんか無かったのだ。

咲(だって、今、京ちゃんは……あんなに楽しそうに打ってるんだから)

――――

衣「本当はノーテン罰府で殺してやるつもりだったが……気が変わったよ」

高揚した気分と合わせるように、高らかにツモ牌を掲げる。

衣「リーチ!」ダンッ

駄目押しのツモ切りリーチ。

京太郎「……っ!」

衣「どうした、今になって臆したか!」

京太郎「……!有り得ませんよ、そんなこと。今更!」

衣(そうだ、全力でこい!お前の可能性を見せてみろ!)

――――

京太郎(そうだ、状況はなにも変わってない。今更びびってどうする!)

むしろ、分かりやすくなったぐらいだ。衣がリーチを掛けたという事は、考えるまでもなく張っているという事で。

京太郎(つまり、次のツモで有効牌を引けなかったら俺の負け。ノーテン罰府で終わり……)

和「」ヒュッ

京太郎(さあ、引け!)

手を伸ばす。

京太郎(ああ……これだ。この感覚……)

――自分の中で、何かがカチッとはまったような。

京太郎(今、俺は……『麻雀』を打っている!)

そして、打ち破る。

456m113888s35p北北 ツモ北

京太郎(張った……!)ダンッ

京太郎の覚悟が、天江衣の支配を打ち破った。

一「……」チャッ

山は、残り一枚。

一「……」トン

一が牌を切り、そして――

衣「須賀京太郎……合格だ」

京太郎「!」

衣「だから……華は衣が飾ってやろう」


衣「――ツモ!」

2344456789p白白白 1p

衣「リーチ・一発・ツモ・ハイテイ、役牌・一通・ホンイーソー……ドラ3!48600!」

――――

京太郎「――ハッ!?」

目が覚めると、知らない部屋だった。

ハギヨシ「気が付きましたか」

京太郎「ハギヨシさん……。って、あれ。もしかして、夢……?」

ハギヨシ「いいえ、衣様との対局なら、夢ではありませんよ」

上半身だけ起こしてみる。体に異常は感じない。

京太郎「……今、何時くらいなんですか?」

ハギヨシ「5時27分3秒です。ご気分はいかがですか」

京太郎「特に問題は――って、結構寝てたんですね、俺」

ガラッ

マホ「先輩っ!」

ハギヨシ(私は少し外しておきましょうか)シュンッ

マホ「大丈夫で――きゃあっ!」ツルッ

ドサッ

京太郎「げふっ!?」

マホ「ごっ、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

京太郎「あ、あぁ……。無事だ」

マホ「良かった……!」

何事も無かったかのように起き上がって見せ――盛大にむせる。

マホ「わわっ、先輩、寝てた方が……」

京太郎「いや、大丈夫。ホント大丈夫だから」

止めるマホにも構わず、完全に立ち上がる。

マホ「先輩、急に倒れちゃうから……」

京太郎「ごめん、心配かけたよな。昼も立ち眩みあったし、やっぱり寝不足は駄目だなー」

マホ「……本当に、もう平気ですか?」

京太郎「ん、オッケーオッケー。ばっちりだ」

マホ「……」

なおも心配そうな目で見てくるマホに、京太郎は少し考え、

京太郎「……腹が減った」

健康体アピールをした。

――――

久「今日はごめんなさい、うちの和が……」

透華「いえいえ、そんな!こちらこそすみませんわ、衣には私たちでよく言っておきますので……」

久「では、明日も」

透華「ええ、よろしくお願いしますわ」

――――

夜、純の部屋にて

コンコン

純「開いてるよ、入って来い」

ガチャ

京太郎「……夜分遅くにすみません、須賀です」

純「来ると思ってたよ……いやなに、あの月を見ていたら、お前が来るような気がしてな」

少し欠けた月……四日後には満月だ。

純「で、何の用だ?」

なんとなく用件は分かっていたが、敢えて聞いてやった。

京太郎「……麻雀を、教えて下さい……」

純「ほう……中々、殊勝な態度じゃないか。麻雀を、ね……ハッハッハ!」

パン、と手を打つ。

純「良いだろう。本当は来るのが遅すぎるって文句を付けてやるつもりだったが……許してやるよ」

京太郎「ありがとう、ございます……!」

純「礼を言うのはまだ早い。ほら、卓に付けよ……オレたちが打ってる、『麻雀』ってのを教えてやる」


To be continued……

次回予告

衣「おい、麻雀しろよ」

京太郎「無様にもなろう、汚くもなろう!」

純「それズルじゃん!」

咲「受け取れ、私のポンサービスを!」

マホ「何カン違いしてるんですか……まだマホの同名牌は終了してませんよ!」

次回、『ヘルカイザー京』。お楽しみに!

なんだこの次回予告は?まるで意味が分からんぞ!

乙!
ヘルカイザーとか久しぶりに聞いたなw

乙!

次回予告が意★味★不★明なのはネタバレを避けるためなので……
>>50も読み返せばある程度理解出来るはず……

寒さで筆が進まない……。
次の投下は一週間後くらいになる……かな?

待ってる

まってる

明日か明後日に投下予定。
ただ、次回予告で言った分の半分の内容になります……

めっちゃ待ってる

翌日

京太郎(結局、ちょっと寝不足気味だな……)

手鏡を使って顔をチェック。

京太郎(……うん、ポーカーフェイスは出来るな)

久「須賀君、大丈夫?」

京太郎「はい。……昨日倒れたのはほら、あれですよ。
あまりにも天江さんの和了りがあり得なかったんで、ショックが強すぎたんです。体は異常ありませんよ」

久「そう……。なら良いけど。無理はしちゃ駄目よ」

京太郎「……はい」

そして久は皆に振り返り、

久「さあ、今日が最終日。悔いの残らないよう、しっかり打ってね!」

「はい!」

皆、各々に卓を囲み始める。

京太郎「……優希、東風やろうぜ」

優希「? 良いだろう、ウォーミングアップだじぇ!」

――――

優希「――ツモ!ふふん、東場だけなら、我に敵無し!だじぇ」

終局。

京太郎「せっかく時間空いたし、他の卓見に行くか」

優希「……待てーっ!もう一局ぐらい付き合え!」

京太郎「ほぅれ、取ってこーい」ヒョイ

優希「なぬっ、タコス!」ダッ

京太郎「……さて、観戦するか」

――――

久(マホちゃん、今日は静かね……)パシッ

マホ「……」トン

和「ロン。2000点です」バラッ

マホ「はい」チャラ

京太郎「……」

久「ん、須賀君。見てく?」

京太郎「はい」

――――

京太郎(この卓、全員清澄か……。まあ、色んな組み合わせでやってるし、おかしくはないか)

マホ「……」タン

咲「……んー、これ」トン

京太郎(にしてもマホちゃん、無表情だな……。和の真似か?模倣は一局しか持たないって話だったけど……)

マホ「……」チャッ

京太郎(あるいは、昨日打ちまくったお陰で、集中が持続するようになったのかもな。
……全く、どんどん成長して……)

マホ「ツモです」パラッ

京太郎(――俺も、負けてらんねーな!)

――――

純「京太郎、やろうぜ。見てばっかじゃつまんねーだろ」

京太郎「純さん。はい、東風で良いですか?」

純「なんだ、そんなに見学に時間取りたいのか?……まあいいさ。
衣にまた挑もうってんだから、むしろ褒めてやりたいくらいだ」

京太郎「褒めるのは、まだ早いですよ。……俺が天江さんに、勝ってからです」

純「言うねぇ」

マホ「あ、先輩!見学しても良いですか?」

京太郎「……ん、良いぞ。こっちも見せてもらったしな」

――――

――終局

京太郎「ありがとうございました」

純「うん、やっぱ『理解』すると違うな。昨日も言ったけど、基礎は出来てるし」

京太郎「……まだまだ、分からない事だらけですよ。だから、見に力入れてるんです」

純「そーかい。
ま、お前が強くなるために、ちゃんと考えてしてる事なら何も言わねーよ。あいつらに追い付きたいんだろ?」

京太郎「……あいつらって、まるで他人事ですね。純さん」

純「なんだ、オレも目標にしてくれるのか。嬉しいこった」

――――

そして京太郎が一番熱心に観察したのは……

京太郎(天江さん、振り込まないな……)

衣「……」タン

京太郎(『能力』の存在を受け入れて、理解する……。
純さんはヒントしかくれなかったけど、天江さんの力には絶対どこかに限界がある)

たとえ山全てを支配していたとしても、牌の数は限られている。

京太郎(三人がそれぞれ十七枚もツモって、一回も有効牌を引かせないなんて有り得ない。どこかに隙があるはず……)

衣「……智紀、その牌だ。ロン」バラッ

京太郎(事実、昨日の終盤。俺は飛ばされる直前、十八回目のツモで一向聴地獄から脱した!
天江さんの力が、完全じゃない証拠だ)

衣「リーチ!」タン

京太郎(見極める……得体の知れない、『能力』ってやつを!)

――――

京太郎「……」

マホ(先輩、凄く集中してる……)

一「あ、マホちゃん。今日はあんまり打たないんだね?」

マホ「はい。……というか、実はまだ一回しか打ってません」

一「へえ……。須賀君も今日はあんまり入らないし、何か心機一転するような事があったのかな?
――衣と打って、麻雀が嫌いになった、とかじゃなきゃいいけど……」

マホ「……」

マホ(先輩……)

――――

衣「流局。ノーテンだ」パタン

久「これで終局……」

久(やっぱり強いわね、天江さん……)

衣「……いい加減、見るのをやめて打ったらどうだ?そこの」

京太郎「……」

久(須賀君……)

衣「早く打とう。元よりそのつもりだったのだろう?」

京太郎「……少し、待って下さい。心の準備をしたいので」

衣「……そうか」

その応えに、何を感じたのか。

衣「興醒めだよ。お前は、衣などと打ちたくないのだろう?
――衣が壊してきた雀士たちも、今のお前のような顔をしていた」

京太郎「……後で、」

衣「もういい。後など、あるものか!――咲、打とう」

京太郎「後で、必ず!勝負して下さい!」

衣「――うるさい男だ。そこまで言うなら……」

ギロッ

衣「この対局の後、もう一度誘ってやろう。――逃げるなよ?」

――――

京太郎(逃げるなよ、か……)

先程あれだけの言葉を浴びせられたにも拘わらず、京太郎は衣と咲の勝負をそばで見ていた。

咲「……」チラッ

衣「……」タン

咲は京太郎が居る事で気が散っているようだが、衣の方は完全無視を決め込んでいる。

京太郎(逃げたと思われても、まあしょうがないな。だけど、びびったわけじゃない)

咲「……」トン

京太郎(ただ、本当に準備が出来ていないと思った。そして、この対局を見届けて、準備を終わらせる)

咲「カン。……ツモ!」

衣「流石だな、咲」

――――

衣「――ロン!」

咲「ああ、負けちゃった……。ありがとうございました」

衣「うん、楽しかったぞ!またやろう!」

京太郎(……よし、準備は整った……)

――――

衣「――では、やろうか」

京太郎「……はい。今、暇そうなのは……優希!それと……龍門渕さん!」

優希「呼んだか?」

透華「……衣と再戦しますの?」

京太郎「はい。入ってくれますか?」

透華「もちろん!」

優希「私も、当然入るじぇ!」

衣「よし、では――」
マホ「先輩!」

席順を決めようとした所に、声がかかる。

優希「? どうした、マホ」

マホ「あ、いえ……優希先輩じゃなくて、須賀先輩……」

京太郎「俺?」

見れば、マホは小さく手招きしていた。

京太郎「……すみません、多分すぐに済むので」

衣に断りを入れ、マホのもとへ。

――――

京太郎「どうしたんだ?マホちゃん」

小声で尋ねる京太郎に、マホは答えなかった。
代わりに、自分より大きな京太郎の手を両手で包むように取り、胸元に抱き寄せる。

京太郎「マホちゃん……?」

そのまま目を閉じ、一秒、二秒……。

マホ「……先輩、恐くないですよ」

京太郎「え?」

マホ「麻雀は、恐くなんてないです。負けるのは辛いし、上手くいかない日もあるかも知れないけど……
それも含めて、マホは麻雀が好きです。楽しいんです。だから……」

目を開き、マホは真っ直ぐに京太郎を見た。

マホ「先輩も、楽しんで下さい。……マホ、見てますから」

そして、手を離す。

京太郎「マホちゃん……」

自由になった手を、マホの頭に乗せる。

京太郎「ありがとな。でも、大丈夫だよ。別に麻雀が恐くなったんじゃない」

マホ「……そうなんですか?」

京太郎「ああ……」

ゆっくりとマホの頭を撫でる。

京太郎「むしろ、その逆……。俺は今、打ちたくてしょうがないんだ。
麻雀を、俺より強い人たちと打つ事が楽しみでしょうがない。だから……」

そこで言葉を切り、振り返る。――全国レベルの猛者達が、京太郎を待っていた。

京太郎「……だから、見ててほしい。俺は……勝つ!」

東一局

優希 (親)25000
京太郎(南)25000
 衣 (西)25000
透華 (北)25000

まこ「わしも観戦するかの」

マホ「染谷先輩。打たないんですか?」

まこ「その言葉、そっくり返すぞ……っちゅうか、ちょうど十ニ人なんじゃから、抜ける奴が居れば当然打つ相手も居らんじゃろ」

マホ「あ、そうですね。……マホのせいで……」

まこ「なぁに、おんしだけのせいじゃない。ほら、見とる人は他にも居るじゃろ」

純「……」

マホ「……あの人も、マホのせいじゃ……」

まこ「いやいや、仮にそうだとしても、見学は大事じゃからな。おんしはなんも悪くない。
どうじゃ、一緒に見んか?」

マホ「一緒に?」

まこ「ああ、解説しちゃる」

マホ「じゃあ、早速良いですか?質問」

タン……トン……

マホ「なんで今日は、赤ドラ有りなんですか?」

まこ「……ルールの解説からとは、本当にプロの試合解説みたいじゃな。
まあ、深い理由は無いと思うぞ?最終日くらい、ルール変えてみるかって感じじゃろ」

マホ「なるほど……」

まこ「……ただ」

マホ「?」


優希「よし、リーチだじぇ!」

京太郎「チー」トン


まこ「優希はドラを絡めて手を高くする事が多い。赤ドラ四枚というのは、優希には有利かも知れんな」

優希「――ツモ!リーヅモ平和ドラ2、4000オール!」

――――

京太郎「……」チャラ

純(さっきのチー……ツモずらしか。だがその次、透華の牌をポンする事も出来た)

無論、それをした所で優希のツモを一度飛ばす事しか出来ないが。

純(オレなら鳴いたな。直接同卓してる訳じゃないから、流れははっきりとは分からないが――)

優希「一本場だじょ」カチャ

純(今のあいつなら、一回鳴いた程度じゃ和了りは潰せない。一発消しにはなったが、詰めが甘かったな)

――――

東一局一本場

衣(不思議な物だ。力が満ちている……昨日もそうだったが、まるで満月の夜のようだ)タン

透華「チー」カシャ

衣(トーカは速攻か?ユーキの親を早く流したいのかもな)

トン……タン……

衣(――お、来たか)チャッ

789m112378s789p北 ツモ北

衣「リーチ!」つ一索

衣(さて、まだユーキの力が強い東場の序盤だが……どちらが早く和了れるかな?)

――――

優希(リーチか……)

透華「ふむ……」つ三索

優希(ん……通ったか)チャッ

そして優希も、テンパイ。

優希(対面の捨て牌を見る限り……余ったこの牌は通りそうだじょ)

しかし、東場――自分のホームとはいえ、衣のリーチは充分な脅威でもある。

優希(ここはリーチせず、様子見で行くじぇ。この牌は今、暗刻だから、これを通せばオリる時も楽になる)つ七筒

――――

衣(む……この気配、ユーキも張ったか)

京太郎「……」チャッ

衣(リーチをかけていないから、定かではないが……。もし張っていたら、大体、満貫か跳満といった所か)

京太郎「……」トン

透華「それ、ポンですわ!」タン

衣(ん、もしやトーカも張ったか……?)

優希の気配に紛れて分かりにくいが、自分の感覚は今までほとんどハズれた事はない。

衣(まあ、安手だろう。それよりも――)

今の鳴きで、本来は衣がツモる筈だった牌が優希に流れた。

優希「……」チャッ

衣(さあ、どうする?ユーキ……)

優希「……」つ三索

手出しの現物。

衣(これはオリたか。気配も弱くなったし……)

京太郎「……」トン

衣「……」チャッ

衣(三筒か……。やはり、あの透華のずらしが効いたか)トン

優希「ロン!平和ドラドラ、6100だじぇ!」

衣「……!」

345(赤)m456789s45(赤)77p ロン3p

衣(……なるほど、気配が弱まったのは衣の和了り牌を取り込んで打点が下がったからか。
テンパイを崩したのではなかった……)

気配の変化に注目しすぎて、絶対値を見誤ったのだ。

衣(しかし、仮にそうだと気付いていても、既にリーチをかけていたからな……)

そこでふと、違和感を覚える。

衣(待てよ、あのポン……)

優希「よし、ニ本場だじぇ!」

――――

東一局ニ本場

優希 (親)44100
京太郎(南)21000
 衣 (西)13900
透華 (北)21000

京太郎(展開は早いが……まあここまでは悪くない)トン

トン……トッ……

透華「……」トン

京太郎(龍門渕さん、手が高くなったな……)

昨夜の純との特訓の成果で、今の京太郎にはある程度『流れ』が分かる。

京太郎(しかし、この流れを具体的にどう断ち切ればいいのかは……分からない。
流石にそこは経験不足だ。ただ鳴けば良いってモンでもないしな)

タッ……トン……

透華「――ツモ!3200-6200ですわ」バラッ

――――

東ニ局

京太郎「……」トン

衣「……」パシッ

透華「……」タン

優希「……」トッ


マホ「……急に静かになりましたね……」

まこ「ふむ……天江は手を少しずつ変えているようじゃが、他三人はツモ切りが多いな……」

マホ「昨日と、同じ……。天江さんの必殺技って、海底ですよね?」

まこ「必殺技?まあ、確かにそんな感じはするな」

マホ「誰も鳴かなかったら、海底牌を引くのは南家……。
そう考えると、天江さんの上家は、海底ツモの親かぶりを受ける可能性が高くないですか?」

まこ「しかし、それは誰も鳴かなかったら、の話……いや、確かに天江の支配はそれを可能にするな」

事実、この局は誰にも鳴く機会が訪れないまま、海の底を迎えようとしていた。

――――

十七巡目

衣(当然、衣だけが張っているわけだが……)

リーチを掛けるか掛けないか、それを迷っていた。

衣(リーチを掛ければ一発・海底で三飜上乗せ出来るが、前々局の振り込み……)

透華のポンで衣のツモが優希に、優希のツモが衣に流れ、リーチを掛けていた衣はその牌で優希に振り込んだ。

衣(トーカがそこまで考えていたかは分からないが、少なくとも東場のユーキは侮れない)

衣はリーチを掛けるべきではない(無言のツモ切り)

――――

透華(無言……衣の事だから、リーチするかと思いましたが)チャッ

ツモは有効牌。とはいえこれでようやく一向聴である。

透華(形式テンパイは取っておきたいですわね)トン

優希「……」タン

透華「それ、ポンですわ」トッ

形式テンパイ。――同時に、これで衣の海底は消えた。

――――

優希「……」タン

京太郎(ズレたか……)チャッ

25899m2244s66p西西 ツモ5m(赤)

つまり、この赤五萬が海底牌――本来の衣のツモ。

京太郎(要するに最悪の危険牌……。そしてテンパイを取れば打ち出されるのはその五萬のスジ……)

出せる訳もない。抱え込み、安牌切り。

衣「流局……テンパイだ」

透華「テンパイですわ」

優希「ノーテン」

京太郎「……ノーテン」

京太郎(天江さんの手牌は――)

1111235577888m

五・七萬のシャボ待ち。

京太郎(……テンパイ、取っておくべきだったか?――いや、焦るな。結果論だ)

もし衣がリーチをかけ、透華がポンをしなければ――数え役満に届いた手だ。

京太郎(天江さんは基本的に、高火力の打ち手――さっきリスクを取ったのは、間違いじゃない)

東三局一本場

純(さて……衣の親だが、どう抑える?)

衣「……」ジャッ

衣が牌を立てる。

純(うお、配牌テンパイ……しかもダブリー掛ければ跳満確定かよ)

衣の恐ろしい所は、ここだ。

純(速攻で和了る事もあれば、他家の手を遅らせて悠々と海底で和了る事もある)

その緩急は変化が激しく、純でさえ流れを読めないほどだ。

純(しかも速攻だろうが変わらず高打点だから手に負えない)

衣「……」タン

しかし衣は、意外にもリーチをかけなかった。

純(衣らしくないな……)

トン……タン……

京太郎「チー」カシャ

純(ん……速攻で流す気か?だが……)

京太郎「ポン」タン

純(上家のお前が鳴けば、衣のツモも増える事になるぞ……)

衣「……」トン

それぞれの手牌が見えている側からすれば、いつ衣がツモるかとヒヤヒヤさせられる。

京太郎「――ツモ、400-600です」

――――

東四局

透華 (親)34700
優希 (南)36000
京太郎(西)17700
 衣 (北)11600

衣(衣の親を流すか……念のため、リーチをかけずにいたのは正解だったようだな)チラ

京太郎「……」

無表情は変わらないが、やはり昨日とは違うようだ。

衣(感覚で分かる……本気で打っているかどうか。
昨日のこいつは、ただ萎縮していただけでなく……本気で打つ事にためらいを感じている気配があった)

だが今は違う。今の京太郎は、本気で衣と勝負をしに来ている。

衣(しかし、それだけに妙だ……。何故こいつは一度、衣からの勝負の誘いを断った?)

そこで一旦思考を切り、配牌を見る。理牌は無意識の内に済んでいた。

衣(一向聴……親は流されたが、ツキは依然こちらにある。この程度の点差、すぐに覆してやる!)

――――

純(親を流した程度じゃ、衣は止まらない。さあ、次はどうする?京太郎)

京太郎「……」チャッ

九種八牌、六向聴。後ろから見ているだけでうんざりするような配牌だ。

純(ほんと、良くポーカーフェイスでいられるよコイツは……)

京太郎「……」トン

――――

衣(ふむ……三巡目テンパイか。他はまだ追い付いていない……これはもらったな)

衣「リーチ」タンッ

透華「……」チャッ

支配が卓の隅々まで行き渡っているのを感じる。

透華「……」トン

衣(今は誰も鳴けまい……)

優希「……」トッ

京太郎「……」スッ

衣(ん?)

今、上家の手がブレたような――


バラッ

京太郎「……っ、すいません」

見れば、京太郎の伸ばした手が対面の山を崩していた。焦って直そうとし――

ガチャッ

――今度は腕が自分の山にあたり、更に崩れる。

京太郎「……」

そろり、と他家の顔を窺う京太郎。――誰がどう見ても、満貫払い確定のチョンボだった。

――――

純(まさか……今のはわざとか?)

謝りながら罰府を払う京太郎――チョンボをした割りには、あまり動揺していないように見える。

優希「……」チャラッ

純(誰も突っ込まないか……ならば何も言うまい)

衣がリーチをかけ、その直後にチョンボで仕切り直し。これがわざとなら、イカサマも良い所だ。
しかし、衣たちは満貫払いで納得している……なら外から言う事は何も無い。

純(なんにせよ、ここまで場を荒らされたら衣も堪ったもんじゃないな)チラ

衣「……」

――――

東四局仕切り直し


マホ「この場合、流局とかではないので、一本場にはならないんですよね」

まこ「ルールにもよるが、大体それが一般的じゃろうな……良く知っとるな?」

マホ「はい!マホ、チョンボには詳しいです!自分でよくするので!」

まこ「自慢にならんな……。さっき天江がリーチをかけとったが、そのリー棒はどうなる?」

マホ「えぇと、どうなるんでしたっけ?」

まこ「……まだまだじゃな。まあこれもルールによるが、仕切り直しじゃから持ち主に返されるぞ」

マホ「なるほど……」メモメモ

――――


透華(罰府の得点差で、結果的にトップにはなりましたが……複雑な気分ですわ)タッ

優希「……」チャッ

二位との点差は僅か700。

透華(片岡さん、集中が持続しないとの事でしたが……
本人の言っていた『東場のあいだ』というのはどのくらい厳密な数字かしら……?)

優希「……」タン

――――

優希(さて……京太郎が9700点か)

自分の弱点は分かっている……南場の失速だ。当然、短期決着を狙いたい。

優希(この手、和了りも近いけど……跳満まで伸ばせれば、京太郎を直撃でトばす事も出来る)

衣「……」トッ

さっきの仕切り直しから、衣の『支配』の影響もさほど感じなくなった。

優希(よーし、この卓に南場は来ない!)

トン……タンッ……

――――

優希(七巡目にしてテンパイ……けど、まだツモ次第で三色もイーぺーコーもドラ取り込みも狙える)タンッ

リーチかけず。東場の自分なら、もっと手を伸ばせる筈だ。

京太郎「……」チャッ

優希(ん、まさか……?)

少し逡巡した後、京太郎は手出しの牌を起き――曲げる。

京太郎「リーチ」チャラ

衣「……」チャッ

優希(ほう……京太郎が来たか。なら……)

卓に意識を集中。今この瞬間にすべき事は――

衣「……」トン

透華「……」トッ

優希(……悪いな、京太郎。リーチは流す!)スッ


優希「――ツモ!タンピンドラ1、1300-2600!」

――――

南一局

京太郎(リーチは失敗だったか……)

流れを掴んだかと思ったが、どうやら勇み足だったようだ。

京太郎(もっと、自然体……流れを見切ろうとするんじゃなくて、自然に感じ取るように……)

純の教えを頭の中で繰り返す。

京太郎(配牌が悪い……今は耐えよう。多分もう少しで来る、流れが……)

――――

十七巡目

衣「……チー」

透華(これは……来ますわね)チャッ

タン……トン……

衣「――ツモ。海底タンヤオ三色、ドラ5。4000-8000」

透華(ドラ5……全く、それでこそ、ですわ)ジャラ

――――

南二局

京太郎(親)3400
 衣 (南)28300
透華 (西)32100
優希 (北)36200

京太郎(かなり削られたが、待った甲斐は有ったな……)

配牌は二向聴。

京太郎(……流れが来てるかどうか、正直自信は無い。……けど、もうこの親で仕掛けるしかない)タン

トン……トッ……

京太郎(大丈夫だ……なんとなく、いける気がする……)タン

なんとなく、の感覚を大事にしろ――純はそう言っていた。

京太郎(悲観し過ぎず、楽観もし過ぎず……なんとなく、和了れる気がしている)

京太郎「ポン!」

タッ……トン……

京太郎(感覚は、間違ってなかったみたいだな……)

今の自分は、流れに乗っている――それも、なんとなく分かる。

京太郎「……ツモ。3200オール

――――

南二局一本場

衣(……なんだ?先程の倍満といい、いつも通りに打っている筈なのに……)

何か、違和感がある。

京太郎「……」タンッ

衣(こいつのチョンボからか……?リズムを崩されたような……)チャッ

手は三向聴、更にこの局は海底コースだ。

衣(……今は、南場だ。ユーキの気配も、弱くなっている。なのに……)

――今は、海底に辿り着ける気がしない。

衣(……そういえば以前、ジュンが言っていたな)タン

『流れってのはもちろん、良い流れと悪い流れが有るんだが……悪い流れってのも色々有ってな』

『悪い流れの時に、無理やり和了ったりしたら、もっと悪い流れになる事がある』

タンッ……パシッ……

衣「……」チャッ

『そして……そうなったら、オレでもその悪い流れからは中々抜け出せなくなるんだ』

衣(……つまり、前々局の倍満ツモが良くなかったのか?確かにあの時、ユーキを削ろうとして少し無理をした)トン

自分で鳴いてまで海底コースに入ったのも、そうすれば和了れそうだったからだが――逆に言えば、

衣(そうしなければ和了れる気がしなかった。いつもの衣なら、自然に和了れた筈なのに……)

タン……トッ……

衣(……いや、唯我を保て。それはジュンの考え方だ)チャッ

自分は純のように流れを読む事は出来ないが、然りとて純に遅れを取る訳ではない。

衣(衣は衣らしく、いつも通り打たせてもらうぞ!)パシッ

――――

京太郎(うん……良い感じだ)チャッ

一向聴。

京太郎(多分、今……俺は流れに乗ってる)タン

トッ……タン……

京太郎(それに比べて……天江さんはあんまり良くなさそうだな)タンッ

衣「……」トッ

だが、油断はしない。

京太郎(適度な緊張感……意識すると難しいけど、今は出来てる。このまま……)

――――

衣(……この気配。須賀、手が伸びたな)

京太郎「……」タン

手が進んだのとはまた違う。恐らくドラと入れ換えたのだろう。

衣(しかし、それでも高くない……4000点前後か)タッ

透華「ポン」トッ

衣(……あれ?)

海底コースからずれた。もちろん、それぐらいならよくある事だ。しかし――

衣(戻れそうに、ない……)

下家の牌をポンするか、暗カンで海底コースには戻れる。だが、手には対子が一つだけ……。

衣(いや、関係無い。衣は海底だけじゃない!)

普通に和了りを目指す。それで良い、何も問題は――

衣「」ハッ

京太郎「……」チャッ

上家の、テンパイ気配。

衣(さっきの透華の鳴きといい、衣の支配が弱くなっているのか……!?)

京太郎の手はそう高くはなさそうだ。しかし――

衣(……致し方無い、ここはオリる!)

捨て牌を曲げる姿を見て――弱気に、流される。

――――

京太郎(今、昨日と同じ感覚だ……)

麻雀を、打っている。

京太郎「リーチ」チャラ

衣「……」チャッ

京太郎(そう、昨日のオーラス……あの時、分かったんだ。自分が無くしていた物が)

蘇る、純の言葉。

『あいつらに追い付きたいんだろ?』

京太郎(違う……)

タン……トン……

京太郎(そうじゃない。俺は……勝ちたいんだ)パシッ

――それだけだった。

京太郎(強くなりたい、追い付きたい、そんなのは全部飾りだ。ただ、勝ちたい……!)

ストッ……タッ……

京太郎(俺は、勝ちたかったんだ!咲や優希、和たちに最初に負けた時……一番に思ったはずなんだ。
追い付きたいとか、並び立ちたいとかじゃなく、こいつらに勝ちたいって!)

――いつから、忘れてしまっていたのか。
昨日、衣に絶望させられた時?マホとの対局で差し込みをした時?ポーカーフェイスを覚えた時?
あるいは、もっと前――清澄で京太郎が負ける事が、当たり前になっていた時。

京太郎(だけどもう逃げない。全力で取りにいく!今、この瞬間の勝利を!)

久しく失っていた、勝利への渇望。それだけを胸に、京太郎は戦う。

透華「……」ストッ


京太郎「ロン!リーチ平和ドラドラ、裏……二枚!18300!」

――――

南二局二本場

京太郎(親)31300
 衣 (南)25100
透華 (西)10600
優希 (北)33000


優希(京太郎、ノってるな……。さっきまで飛ばす事も考えてたのに、今や二位だじょ)

しかも、点差は1700。南場は守りに徹して逃げ切りたかったが……。

優希(仕方ない、ちょっと無理してみますか!)

――――

衣「ロン。5200の二本場は、5800」

優希「……駄目だったじょ」チャラッ

京太郎(これでトップにはなった……。でも僅差だ、油断は出来ない……)

――――

南三局

透華「リーチですわ!」タンッ

京太郎(龍門渕さん、攻めるな……当然か。最下位、それも一人沈みだもんな)

トン……タッ……

京太郎(けど、あの表情……)

透華「……」パシッ

堂々とした態度。

京太郎(龍門渕さんは、負けてても堂々としてる事が多いけど……。今は、自信が有りそうな感じだな)

恐らく、ここから巻き返せる具体的な根拠があるのだろう。


透華「――ツモ!リーチ・ツモ・ホンイツ・ドラ1!」

222345(赤)66778s南南 ツモ5s

京太郎(うおっ、何面待ちだこれ……四面か?)

透華「裏は――ひとつですか。点数は変わりませんわね、3000-6000です」

――――

オーラス

透華 (親)22600
優希 (南)24200
京太郎(西)28300
 衣 (北)24900


京太郎(平らだな……。二位との点数はさっきより広がったけど、最下位の龍門渕さんとの点差は5700……)

ツモなら1500オール、ロンなら2900で捲られてしまう。
飜数にすると、ツモなら三飜、ロンなら二飜程度。もちろん府が高ければそれ以下の飜数でも有り得る。

京太郎(この卓のルールには、西入は無い。安い和了りでもトップに成りさえすればそこで終了だ)

つまり、このオーラスはスピード勝負になる――少なくともこの時は、京太郎はそう思っていた。

京太郎(気を引き締めて、いくぞ!)

――――

八巡目

透華(無駄ヅモばかりですわ……)チャッ

手が進まない……誰の仕業かは、明らかだ。

衣「……」

透華(衣の支配……ここに来ていっそう強くなりましたわね)タン

スピード勝負。初めは透華もそう思っていた……だが。

透華(衣は元々、高火力の打ち手……。和了率より打点を優先する傾向がある。
早和了りも出来るとはいえ、他三人が全員早和了りを目指している今は、先に和了れる保証がありませんわ)

だから、衣は実に単純な対策を打った。

透華(一向聴、地獄……!自分の早和了りを狙うのではなく、他家の手を強引に遅らせて、先に和了る。衣らしい手ですわ)

衣「……」つ東

少し逡巡してからの、手出し。

透華(重い手を、ゆっくりと進めているんでしょうね……)チャッ

――――

衣(……これは、まいったな)

透華の予想に反し、衣は既にテンパイしていた。

222m12378s33388p (ドラ:二索)

衣(さっき引いた一索、これでテンパイにはなったが役が無い)

今は安手で十分、しかし安すぎては意味が無い。

衣(リーチをかけても裏が乗らなければ出和了り2600の手、ツモか一位からの出和了り以外に選択肢が無くなる。
リーチはかけない……)

トン……タン……

しかし、そんな判断をした時に限って。

衣(……!九索……っ)チャッ

さっきリーチをかけていれば、と思うも後の祭りだ。当然これで和了ってもツモ・ドラ1で2000点にしかならない。

衣(一位との点差は3400、捲るためにはやや足りない)タン

断腸の思いでツモ切り。まさかツモ和了を見逃すことになるとは思わなかった。

衣(だが、まだ八巡目だ。落ち着いて、手変わりを待てばいい……)

どうせこの局は、誰も和了る事が出来ないのだから。

――――

十二巡目

衣(くっ、来ない……)タン

中々、手を変えるための牌が来ない。
四索か六索が来ればタンヤオ、七・八索、八筒が入れば三暗刻を狙えるのだが……。

透華「……」チャッ

衣(それでも、まだ五回ツモれる。卓を支配しているのは衣だ、他家が和了る事は無い!)

自分にそう言い聞かせるも、「手変わりをじっくり待つ」という方針に不安を感じ始めた――その時である。

透華「……」つ九筒

京太郎「ポン」パタン

衣(何……?)

――まともに打っていれば、鳴く事も出来ない筈では?

京太郎「……よっと」つ八索

衣(何のつもりだ?)チャッ

表情からは何も掴めないが、自分の(超人的な)感覚で――分かる。今のポンで、京太郎の手は進んでいないと。

衣(ズラすため、という訳でもなさそうだ。つまり、自分の手を無意味に晒しただけ――いや、まて。『晒す』?)

――晒す事、そのものが狙いか。

衣(衣には通用しないが、張っていると思わせれば他家をオロす事が出来るかもしれない)

そうやって相手に誤認させて、逃げ切ろうとしているのか。

衣(ふん、そう都合良くいくものか。この状況でオリる奴などいない!)タンッ

残念ながら、京太郎の狙いは甘いと言わざるを得ない。それどころか――

衣(今のポンで、海底まで衣に回してしまった。お陰で楽が出来る)

今まで手変わりを待っていたが、もうその必要も無い。このまま進めば、海底・ツモ・ドラ1で1000-2000の和了り、リーチも無しで捲り切れる。

衣(あとは意地でも鳴かせないように、支配力を集中させるだけだ!)

――――

マホ「染谷先輩、あの鳴きには何の意味が……?」

まこ「いや、すまん。わしにもさっぱりじゃ」

困惑。二人の目は、京太郎の手牌に向いていた。

5(赤)67m46s119p南南 999p(ポン)

京太郎「……」

元々持っていた九筒の暗刻、それを崩してのポン。
向聴数は変わっていないが、その後八索を切ったせいで有効牌の数が減ってしまっている。

マホ「なんで、九筒を切らなかったんでしょう……」

まこ「九筒をポンして九筒を切ったら、喰い替えになるじゃろ。
たとえほぼ完全な不要牌だとしても、切れなかったんじゃ」

マホ「ああ、なるほどです!」

まこ「……しかし、そうなるとますますあのポンは不可解じゃ……」

そして、再び京太郎のツモ巡である。

京太郎「……」チャッ

ツモは、八索。


まこ「おお、取り戻したな」

マホ「これで、九筒を切れば元通りですね」

だが――

京太郎「……」つ八索

ツモ切り。


マホ「???」

混乱するマホ。まこもまた、京太郎の真意を読めずにいた。

まこ(どういうことじゃ……?あの九筒ポンはまだ、分からん事もない。
ズラすためにああいう鳴きをする事はあるからの。しかし何故、あの九筒を残す……?)

――――

純(全く、ここに来てこの『支配』……本気で、他家の和了を潰しにいってるな)

京太郎「……」タン

ツモ切り。今は純の視界からは見えないが、京太郎も含め、衣以外の三人はまず間違い無く一向聴地獄の中にいる。

純(たとえ山の牌全てを操作出来るとしても、『他家の一向聴地獄』と『自分の和了』……両方を成立させるのは難しい。
さっきの京太郎の鳴きなんかは予想外だったみたいだし、その辺は衣も限界が有る)

だから、衣は自分の手を犠牲にして、他家のツモ牌に対する『支配』を優先した。

純(そのせいか、自分の打点が足りなくなったが……京太郎のポンで、その問題はクリアした)

衣「……」タンッ

他三人と同じ、ツモ切りの連続……。しかし、その顔には自信が有る。

純(衣のツモはあと二回……その間、衣の力は誰かがテンパイすることはもちろん、鳴くことも許さないだろう。
――そして最後は必ず衣が和了る)

完全なる支配。――京太郎に、それを防ぐ事は出来ない。

京太郎「……」トン

衣「……」パシッ

純(あと一巡だが、リーチはかけないか……)

透華「……」トッ

優希「……」タン

全員ツモ切り。そして京太郎も最後のツモ牌を取り――

――――

衣(……どうした?)

京太郎の手が、止まっている。

衣(早く切れ。それは有効牌ではない筈だ!)

その事実は誰よりも――牌を引いた京太郎よりも、場の支配者たる衣が一番良く知っていた。

衣「……おい、どうした?今になって、負けるのが恐くなったか?」

京太郎「……」

京太郎は全く表情を変えないまま――衣と目を合わせた。

衣「……っ!」ゾクッ

衣(なんだ、このプレッシャーは……!)

京太郎「負ける?そんな事、考えてませんよ。俺はここに、あなたに勝ちに来たんですから――カン」

九筒の、加カン。

衣「四枚目の、九筒だと……!?」

そして京太郎は、嶺上牌に手をかける。

衣「……なるほど、あのポンでわざと衣に海底を狙わせ、それを止めるためにその一枚を温存したのか……!」

カンで引く嶺上牌。それによって衣ではなく京太郎が最後の一枚をツモり、流局にする。

京太郎「――それだけじゃ、ありませんよ」

そう、それだけでは足りない。京太郎の勝利条件には――

京太郎「俺とあなたの点差は3400、ノーテン罰府で引っくり返りかねない。
――だから俺は、この嶺上牌で一向聴地獄を脱する」

衣「なに……っ!」

何を馬鹿な――そう言おうとして凍りつく。
『有り得る』。何故ならその牌は――場の支配者である衣にさえ、分からないのだから。

京太郎「ヒントは、最初から有ったんだ。昨日の対局、その最後に――あなた自身が言っていた」


『和了りますか?』

『いいや……残念ながら、誰もその牌では和了れないよ。どこぞの嶺上使いならば、話は別だがな』


京太郎「咲があなたに勝てたのは、場を支配する力があなたより上だったから。そう思ってましたけど……」

実際には、違う。

京太郎「あの時あなたは、俺の切った牌を大明槓出来た。
そしてもしあなたが咲なら、そこから、嶺上開花で和了る事が出来た……!
それを『和了れない』と断言したという事は――」

つまりそこが、天江衣の弱点。

京太郎「あなたの支配は、嶺上牌までは及ばない。……それが、俺が辿り着いた答えです」

衣「……っ!!」

戦慄。嶺上牌を引く京太郎に、自分を打ち破った咲の姿が重なり合う――敗北の、予感。

京太郎「……」チャッ

しかし――

京太郎「……」タンッ

衣(この、気配……)

京太郎「……流局ですね。ノーテン」パタン

――京太郎は、引けなかった。

衣「……テンパイだ」バラッ

ほ、っと息をつくのも束の間。

京太郎「……まだ、俺の勝ち筋は消えてませんよ」

勝ちを諦めない声が、衣の臓腑に響く。

京太郎「まだ、龍門渕さんがテンパイなら、親は流れず続行。
そして、龍門渕さんが張っていなくても優希が張っていれば、俺と天江さんの収支の差は3000点。俺の逃げ切りです」

衣(な、に……?)

負け惜しみだ。衣には分かる、直感が教えてくれる。二人の手は、張ってなどいない。
しかし、今この瞬間……衣はその感覚を、信じ切れなくなってきた。

衣(まさか……!?)

果たして、二人は。


透華「……ノーテンですわ」パタ

優希「悪いな、京太郎。ノーテンだじぇ」パタッ

 衣  27900
京太郎 27300
優希  23200
透華  21600

終局。

衣「……っは、はぁ、はぁ……」

一気に弛緩する。気付けば、緊張の余り息も出来ていなかった。

京太郎「……ありがとうございました」

透華「ありがとうございました」

優希「ん、ありがとうございました」

ばらばらと、席を立つ。――しかし、衣だけは座ったまま、ゆっくり息を吐き続けていた。

――――

マホ「先輩……!」

対局が終わっても無表情のまま、京太郎はマホのもとに戻って来た。

京太郎「ごめんな、マホちゃん。勝てなかった」

そして、そのまま通り過ぎる。

京太郎「……ちょっと、トイレ行ってくる」

マホ「……!先輩!」

呼び止めた時にはもう遅く、京太郎は走って部屋を出ていった。


To be continued……

投下終了。感想(特に闘牌について)とか有りましたら言ってくれると>>1が喜びます。
次の投下は京マホから入ります。

あ、もちろん闘牌以外でも感想はじゃんじゃん言って下さい。

この敗けが後の京太郎を大きく成長させることになるのだが、それはちょっと先の話である

ここで衣に勝てないのが京太郎らしい

京太郎が平らだな……と思ったときどうしても胸が平らだなと思ってしまった

>>137 >>138
実際凄く惜しい所まで行ってるんだけどね。ここで京太郎が勝てないのは仕方無い
この対局については後々京太郎が思い出してしっかり糧とします。

>>139
優希・透華「屋上」

衣「……?大きい方が良いのか?」

優希「……!!」

透華「そんなことありませんわ!」

衣「そうか、良かった~」

マホ(そう、マホも胸が無いから>>105のような事が出来たのです。胸なんて……うぅ……)

たのしみにまってる


この対局は衣にも糧になるんだろうな

いやぁセンター試験は強敵でしたね!(まだ終わってない)
投下はまた一週間ぐらいあとになる……かな?

>>142
そうですね。次の投下の時に京マホで解説シーン入れますけど、京太郎の勝ち筋は実は他に有って、
衣も、京太郎が最後に点差の話(透華がノーテンで優希がテンパイなら~ってシーン)した時それに気付いてたんで、それでかなり動揺してます。

まあ、次の衣VSマホの戦いの時までに、衣がすぐにそれを糧にして成長してるかと言ったら……分かりませんが。
いずれ京太郎には衣にリベンジしてもらいたいので、その時衣の成長が書けると良いな……とは思ってます。

>>141
ありがとうございます。正直このスレ立てた後になって、闘牌ってあんまり需要ないんじゃないかって不安になりましたけど……。
楽しんで頂けたら何よりです。

このスレは少年マンガのノリを目指してますが、度々変な感じになるかもしれません。
とりあえずエタらないよう頑張ります。

待ってます~

(一週間後に投下出来るとは言っていない)
遅れてすいません、もう少しかかります

期限を自分で決めたのに守れないとか
待ってられんわこんなん
しんじらんねぇ
てーれってれー

>>146
このツンデレさんめ

もうちょっと頑張れよ

てーれってれーで不覚にも笑った
投下します。次回予告はまだ書けてないけど

京太郎「……」ハァ

人気の無い廊下――壁に背を預けて、そのままズルズルと座り込む。

京太郎「……馬鹿か、俺は」

高い天井を見上げて一人ごちた。

京太郎(負けたからって、逃げ出すとか……ダッセぇ……)

余りの情けなさに涙が出る。

マホ「……先輩」

京太郎「マホちゃん……」

――わざわざ、追いかけて来てほしくはなかった。

マホ「ごめんなさい、でも……」

京太郎「……」

マホ「先輩、カッコ良かったです!……それを、伝えたくて……」

京太郎「……へ」

目を輝かせながら、マホは続ける。

マホ「マホ、全然あんな事わかりませんでした!天江さんの能力に、弱点が有ったなんて!」

京太郎「……あぁ」

その気持ちは良くわかる。――昨日までの京太郎も、そんな事は考えもしなかったから。

マホ「凄いです、誰にも聞かずにあんな事に気付けるなんて!」

京太郎「……でも、届かなかった。気付いただけじゃ意味無い、負けは負けだ」

マホ「そんな事ありませんよ!気付いただけでも凄いのに、それを実践までしたんですから!
それに、惜しかったじゃないですか!もう少しで勝ってましたよ!」

京太郎(……あぁ、そうか。俺は今、二つも下の女の子に慰められてんのか)

我ながら、本当に情けない。

京太郎「……ありがとうな、わざわざ追いかけて来てくれて」

意地も張れないで、やってられない。涙を隠し、向き直る。

京太郎「……でも、もう大丈夫だから。ほら、戻ろう。みんな待ってる」

立ち上がろうと床についた手に、マホがそっと手を乗せた。

マホ「先輩、駄目です。無理したら……」

京太郎「無理、なんか……」

静かに首を横に振るマホ。

マホ「辛い時は、思いっきり吐き出さないと……失敗や負けに、囚われちゃいます」

それは、失敗の多いマホだからこその言葉か。

京太郎「……ごめん、意地張るつもりだったけど……」

力を抜く。――自然と、言葉が溢れてきた。

京太郎「……悔しい、あれだけやって!勝つために必死に考えて、イカサマじみた手まで使って!
それでも勝てないっていうのかよ、『魔物』には!

お前の力なんか無茶苦茶、理不尽なんだよ!イカサマと良い勝負じゃねーか!咲の嶺上開花も!
優希の東初のツキも、部長の悪待ちも!皆みんなインチキだ、なんであいつらだけそんな特別が許される!?

俺には、何も!なんにも無いってのに、それでも必死に勝とうとしてるのに!
誰かに聞いたらバレるからって、一人でコソコソあの人の弱点探して!

俺が見付けた答えなんて、とっくに皆知ってたんだろ!結局俺は恥かいただけだ、
ここなら可能性が有るってカンして見せて、有効牌の一枚も引き寄せられない!

俺は咲の真似がしたかったんじゃない、ただ勝ちたかった!それだけだったのに、それすら上手くいかない!
勝つために自分の打ち方曲げて、純さんに頭下げて!最後があのザマじゃ、合わせる顔が無いっ……!」

そして、と一度言葉を切る。

京太郎「自分に、一番腹が立つっ……!勝ちたかったはずだろ、お前は!
何を満足してんだよ、楽しんでんだよ!わくわくしてんじゃねーよ、もっと悔しがれよ!」

――そこから先は、もう言葉にも出来なかった。マホに撫でられ、あやされながら、ただただ泣き続けた。

――――

京太郎「……」

マホ「スッキリしましたか?」

京太郎「……いや、一周回って自己嫌悪に陥ってる。ほんと何やってんの俺、年下の女の子に泣きつくとか……」

クスッ、と笑いが漏れた。

マホ「大丈夫ですよ。マホは気にしませんし、誰にも言いませんから」

そしてハンカチを取り出そうとポケットに手を突っ込み――

マホ「あれ?……ごめんなさい、部屋にハンカチ起き忘れてたみたいです……」

京太郎「……つくづく、締まらないな。お互い」

誤魔化すように立ち上がり、京太郎に手を貸して立たせる。

マホ「マホ、決心しました!」

京太郎「……何を?」

袖で擦って目の周りを少し赤くしながら、京太郎は尋ねる。

マホ「先輩の、敵討ちです!今度はマホが、天江さんに挑戦します!」

京太郎「……へえ。勝算は、有るのか?」

マホ「ありません!でも、これだけは言えます」

笑いながら。

マホ「挑戦しなきゃ、勝つ事もありません。……だから、先輩。また、天江さんに挑戦してみて下さいね」

京太郎「……うん、そうだな。次、勝てば良いよな……」

マホ「じゃ、約束ですよ?」

京太郎「あぁ、約束」

ゆびきりげんまん。

――――

ゆっくり廊下を歩きながら、二人で話を続ける。

マホ「マホ、分かったんです」

京太郎「? 何が?」

マホ「昨日……天江さんに言われた事です。真似だけしてても、身が追い付いてないって。
もし、天江さんの弱点を知らないまま真似してたら、上手く打てなかったと思います」

京太郎「あー、確かに」

マホ「それに、マホはマホ自身の『真似』がどういう物なのかも、良く考えたら分からない事だらけです」

京太郎「……そうだな。自分の事は、知っておかなきゃな」

――自分が、何を求めているのかも。

京太郎(勝利、対等な勝負、コミュニケーション、楽しむこと……。俺は麻雀に、何を求めてるんだろうな)

今はまだ、分からない。――なら、探していこう。
ブレながらでも、麻雀を打ち続けていれば――見えてくる物も有るはずだ。

マホ「……ところで、さっきの対局について聞いてもいいですか?」

京太郎「何?」

マホ「あの槓材、どうして最後までとっておいたんですか?」

京太郎「……どうしてその疑問に至った?」

マホ「一番は、先輩が最後に引いた嶺上牌です」

そう、京太郎は最後ツモ切りせずに手出しの安牌を切ったが――
後ろから見ていたマホは、京太郎が最後に引いた牌を知っている。

マホ「七索、でした。ポンする前の先輩にとっては、有効牌の……」

ポンする前、京太郎の手牌には『両嵌(リャンカン)』と呼ばれる形――すなわち四・六・八索が有った。

マホ「先輩が言った通り、嶺上牌なら有効牌がある可能性はあった……。
なら、テンパイする可能性を少しでも上げるために、八索がある時にカンしていれば……」

そのチャンスは二回有った。京太郎がポンをした時と、ポンをした次の巡。

マホ「四索と八索のどっちを切るか、っていう選択肢なら分かります。
あの時先輩の視界からは五索は全山で、七索は二枚切れでしたから。でも……」

そもそも、そのどちらかだけに絞る必要は無い。

マホ「両方を待てる時にカンしておけば、テンパイ出来る確率は上がっていた……。
というか、実際テンパイ出来ました。どうしてそうしなかったんです?」

京太郎「……うん、ほとんど分かってるな。素晴らしい質問のしかただ」

マホ「……先輩が最後に引いた牌が、七索じゃなきゃ気付きませんでした」

京太郎「正直だな、っていうか皮肉か?じゃあ理由を言おう。……俺はあの時、自分のツモを信じてなかった」

マホ「えっ……?」

京太郎「まあ聞け。あの時は自信満々に有効牌を引くなんて宣言したけど、
元々そんな保証はどこにもなかったろ?……咲じゃあるまいし」

マホ「じゃあ、先輩はそもそも、どうやって勝つつもりだったんですか!?」

京太郎「実に良い質問だ。俺が一番期待した物、それは……天江さんのリーチだ」

マホ「リーチ……?」

京太郎「あぁ。天江さんにとって、海底は代名詞みたいなもんだ。咲の嶺上開花と同じだな。
もちろんそれだけじゃない。他家を一向聴からそれ以上進ませない、って能力の方がよっぽど凶悪だ」

マホ「……でも、海底は天江さんにとって『特別』だと?」

京太郎「天江さんがどう思ってるかは知らないけど、少なくとも自信はかなり有るみたいだ。
……その自信の表れが、十七巡目のツモ切りリーチ。リーチ・一発・ツモ・海底で、役無しでも最低四飜は付く」

マホ「……でも、だからってあの点差でリーチは……」

そう、普通はかけない。実際に衣も、リーチをかけずに手変わりを狙い、海底もそのままツモろうとしていた。

京太郎「昨日の対局、俺が天江さんにボッコボコにされた時。
あの時の天江さんは、逆の意味で『普通はリーチをかけない点差』からリーチをかけてきた」

華は衣が飾ってやろう、とかなんとか言って、お得意のリーチ・一発・海底ツモで数え役満を和了った。

京太郎「あれは舐めプだ。どんな安手でも俺を飛ばす事は出来た、にも拘わらず天江さんはリーチをかけた。
……俺は今回、それを期待したんだよ」

マホ「……だから、最後の一巡まで加カンをとっておいたんですね」

京太郎「あぁ。あの瞬間、他二人が張っていない限り、俺はノーテン罰府で逆転される状況だった。
でも天江さんがリーチをかけてくれれば、その時点で点差が4400になる。あとは加カンで和了りを防げば逃げ切れる」

マホ「なるほど……でも、天江さんはリーチをかけませんでした」

京太郎「そこは単純に俺の読み違いだったな。海底を狙うように誘導する所までは上手くいったんだけどなぁ。
しかも、そっちに賭けずに自分のツモを信じていればテンパイは取れたんだから、分からないもんだ」

ただ、と京太郎は続ける。

京太郎「早い段階でカンをしてたら、天江さんに海底を狙わせる事は出来なかった。
……その時点でズレるからな、海底牌が」

マホ「……やっぱり、凄いです。マホ、そんなにいっぱい考えて打てません……」

京太郎「ま、そこはこれから伸ばしていけば良いさ」

――――

東一局

衣 (起)25000
純 (南)25000
咲 (西)25000
マホ(北)25000


衣「ふふっ、まさかお前も衣に挑んでくるとはな……」

マホ「あれ、対局までの流れは……?」

??『キンクリじゃ』

マホ「そんな!?」

京太郎「あ、俺はちゃんと見てるからな」

久「私も、見てるわよ~」

智紀「メタに言えば、解説役……因みに私も」

マホ「先輩方に見られてる……緊張するけど、いつもの通りに……」

咲(いつも通りって、チョンボしちゃうんじゃ……)

――――

モグモグ

マホ「よしっ、タコスぢから充填!リーチ!」

純(これはズラしておきたいな)

衣「……」スッ

純「それだ、チー!」トッ

咲「……」トン

マホ「一発ならず、です……」トン

タン……ストッ……

咲「――カン」バラッ

衣(来るか!)

咲「もいっこ、カン」バラッ

マホ「!?」


咲「――ツモ。中・ツモ・嶺上開花、2000-4000です」

56789m33s ツモ4m 8888p(暗槓)中中中中(暗槓)


久(初っ端から飛ばすわね~)

京太郎(三飜で満貫だと!?インチキ和了もいい加減にしろ!)

智紀(相変わらず、槓ドラ乗らない……)

――――

東二局

衣「リーチ!」

純「チー!」カシャッ

咲「……」トン

純「ポン!」タンッ

トッ……タン……

純「よし、ツモ!500オールだ」

京太郎(流石だな、純さん)

智紀(デジタル派の私には、『流れ』っていまいちよく分からない……)

純「一本場!」チャッ

衣(……妙なものだ。支配力が、さっきの対局から格段に落ちている。咲の存在が有るからか……?)

――――

東二局一本場

純「リーチ」タンッ

咲「早いなぁ……うーん、これかな?」トン

マホ「……」チャッ

2333m5(赤)67s245679p ツモ3p

マホ「追っかけリーチです!」つ二萬

久(あら、三面待ちを捨ててドラ単騎?しかも二枚切れだから地獄単騎ね……)

タン……パシッ……

マホ「一発ならず、ですー……」トッ

久(でも、私の真似とは限らないわね。『カン出来る』待ちを選んだ可能性もあるし……)

純「――げっ、ドラかよ……」タッ

マホ「ロン!リーチドラ3……あっ、裏ドラも九筒です!リーチドラ5で、12300!」

純「うわ、マジか……」チャラ

久(……やっぱり『悪待ち』だったみたいね)

――――

東三局

咲 (親)33500
マホ(南)34800
衣 (西)19500
純 (北)12200


衣「……」チャッ

23445677m45(赤)6s34p ツモ6p

衣「……」つ三筒

京太郎(待ちを少なくして手役を一飜上げたか……)

トン……パシッ……

衣「……ツモ。3000-6000」バラッ

23445677m45(赤)6s46p 5(赤)p

智紀(ここで赤五筒を引くのが、魔物と呼ばれる所以……)

――――

東四局

マホ「……」タッ

純「ポン!」タン

咲(四巡目だけど、もう二鳴き……オリよっと)トン

マホ「う~ん。じゃあ、リーチです!」タンッ

純「ロンだ。トイトイのみ、3200」バラッ

マホ「はい……」チャラ

京太郎(今のは突っ張るような手じゃない……まだその辺の判断が甘いな)

――――

南一局

衣「……」トン

智紀(衣は黙テン……でも高目なら24000の手、純に当てれば飛び終了か……)

トッ……タン……

咲「……衣ちゃん、張ってそうだね」

衣「さぁ、どうかな」チャンデハナク

咲「じゃあ、これ!」トッ

マホ「……」ヒュン

智紀(ツモって即切り……まるで無駄の無い打ち筋……)

衣「……」トン

純「おっ、それポンだ」タン

智紀(白ポン……純はオリてない……?)

トッ……ヒュッ……

衣(……さっきの白ポンから、やけに静かになったな、ジュン……)トン

タン……ヒュンッ……

純「……あ」

智紀(……? どうしたんだろ)

純「ツモだ、大三元」バラッ

『!?』

マホ「えぇっ!?」

純「8000-16000だな。いやー、流れが来てるとは思ってたが、まさかツモるとは……」

――――

南二局

純「……」

衣(トップになって、ジュンがオリを意識しているな。
ここまでポンでやたらとツモを飛ばされたが、もう邪魔は無い!)チャッ

衣「リーチ!」ダンッ

純「うわっ、早いな……」トッ

咲「……」トン

マホ「……」ストッ

純(鳴けねぇ……)

衣「――ツモ!リーチ・一発・ツモ、平和・三色・ドラ3!4000-8000!」

久(16000点……さっきの役満親被りを帳消しにしたわね)

――――

南三局

咲 (親)15500
マホ(南)16600
衣 (西)31500
純 (北)36400


咲「……」タン

123m123s23444p南南

京太郎(咲、この待ちでリーチかけないのか……?最下位なのに)

マホ「……」つ南

咲「……」

京太郎(しかもスルーか……こりゃ、あの四筒だな)

衣「……?」チャッ

不審そうに首を傾げる衣。しかし、そのままツモ切りし――

咲「カン」バラッ


咲「……ツモ。嶺上開花、三色。3900」

123m123s23p南南 4444p(明カン) 1p

衣「くっ、責任払いか……!」

京太郎(本来なら同巡フリテン、というかそもそも四筒じゃ役が付かないってのに……。
こいつの能力、結構応用利くよな)

――――

南三局一本場

咲「……」トン

衣(また役無しのテンパイ気配……!)

マホ「……」タン

衣「……」チャッ

衣(九索……生牌。また掴まされたか?)

流石に今度は切らない。

衣(同じ失敗は、繰り返さない……!)ストッ

純「……」タン

咲「……」つ北

そして咲が、ツモった牌をそのまま表向きに置く。

純「ツモか?」

咲「いいえ。――カン」パラッ

ゴッ

咲「ツモ。2400オール」

678m123999s5p 北北北北(暗カン) 5p


久「70府二飜かー……懐かしいわね」

衣(やはり、掴まされていたか……!)パタン

――――

南三局二本場

咲「ふふっ……リーチ」タンッ

純(勢い、止まらねーな……)

タッ……トン……

咲「――ツモ!6200オール!」

純(捲られた……!)

智紀(カンしなくても、普通に和了れるのか……衣、ちょっと調子崩れてるな)

衣「……」

――――

南三局三本場

マホ「宮永先輩、凄い追い上げです……!」

咲(とりあえずトップにはなったけど……衣ちゃんの支配、また強くなってきた?)タン

衣の力にはムラが有る。月齢や時間も関係しているらしいが、本人の精神状態にも大きく左右されるようだ。

咲(昨日、京ちゃんと打ってた時は調子良かったみたいだけど。……そういえば、三日後には満月か)

タン……トン……

一向聴のまま、六回もツモ切り。やはり、これは衣の支配――

純「リーチ」チャラ

咲(え、リーチ……?)チャッ

また無駄ヅモ。しかし――

咲(……ってことは、これは私のツモが悪いだけ?)タン

――――

智紀(基本的に衣の力は、卓全体に及ぶ。誰か一人だけ悪ヅモにしたりは出来ない)

だから、自分の手牌だけ見ていたのでは衣の調子を量り切れない。

タッ……パシッ……

咲「……」チャッ

智紀(……押すか引くか、迷ってるのかな?)

咲の手はしばらく動いていないが、今ようやく有効牌が来た。

智紀(余った牌は二枚切れだけど、純に対しては危険牌……。トップだし、私ならオリるけど……)

咲「……」トン

スジ切り。咲もまた、オリを選んだようだ。
だが、しかし――

マホ「宮永先輩。その牌――カンです」パタッ

智紀(大明カン……!)

ゴッ

マホ「ツモ。嶺上開花、三暗刻、トイトイ!8900です!」

咲「まさか、責任払いを自分がするとは思わなかったよ……」

マホ「はい!こういう使い方もあるんですね~」

――――

オーラス

マホ(親)17900
衣 (南)19000
純 (西)26800
咲 (北)36300


衣「……」

咲(ん、衣ちゃん……もしかして、今本気出した?)

『魔物』特有の威圧感。自分にも有るらしいが、意識して誰かを威圧したことは無い。……つもりだ。

咲(配牌は……三向聴だけど……)

346m67s12345(赤)p東北中

咲(ドラは……八筒か。カン出来そうにないのは、困ったなぁ……)

いつもなら、対子か刻子が最低一つは有って、その内の『カン出来そうな牌』がなんとなく分かるのだが。

咲(参ったよ……カンしなきゃ、衣ちゃんの支配からは逃れられない)

二局前は、普通に打って跳満を和了ったし、一局前も純やマホはテンパイしていた。
――しかし、それは予兆でもある。

咲(初めて闘ったあの試合でも、衣ちゃんが力を見せ始めた後に、加治木さんが普通に七対子を和了った。
でもその後から、また衣ちゃんの独走が始まったんだ)

その時と同じ状態だとしたら、この点差でも安心は出来ない。

咲(安手で流したいけど、多分テンパイもさせてくれない……)

王牌の絡まない限り、衣の力は絶対的だ。

咲(……なら、私はオリて井上さんに期待しよっかな)タンッ

――――

純(鳴けそうに……ないな……)トン

69m247s8p東南西北白發中

九種八牌――字牌が綺麗に揃っている。

純(これだよなぁ。
オレは鳴き有ってのプレイスタイルだってのに、衣と打ったらそもそも鳴かせてくれない局が有る)

これでは、衣のツモを飛ばすことは疎か、流れを変えることも出来ない。

純(根本的な所で、俺は衣と相性悪いんだよなー)

なら、相性の良いやつに任せればいい。

純(衣は徹底的に鳴きを潰してくるだろうし、それならいっそオレは国士狙ってみるか。
……衣の相手は宮永にしてもらおう)タン

――――

衣(よし、この感覚……。二人の手は『支配』の中だな)

純に鳴かれて、衣のツモが飛ばされることはもう無い。加えて、それ以上に厄介なのは咲だった。

衣(支配する領域が違う、というだけでも衣にとっては難敵だが……。
衣の咲との相性の悪さはそこだけではない)

――それはずばり、カンそのものだ。
支配の及ばない所から牌をツモられるカン――特に暗カンを、衣は止めることが出来ない。

衣(何故なら、衣の支配をすり抜ける物には王牌だけでなく――
槓材における『四枚目』の存在も含まれるからだ)

例えば周りの牌が無い牌(特に字牌)の刻子が手にある時、その同名牌――すなわち『四枚目』は、
有効牌ではない。衣の力は有効牌を相手に引かせないが、『四枚目』は引かせてしまうのだ。

衣(もちろん元々引ける確率は低く、仮に引いても、嶺上に都合良く有効牌がなければテンパイは叶わない)

だが咲は、その両方を可能にする。
槓材を集め、嶺上を支配する――衣にとって、これほど闘いづらい相手もそうはいない。

衣(しかもこの『四枚目』は感覚的に察する事もできない。
だから須賀の加カンも読めなかった訳だが……)ジッ

対面を注視。――咲の表情は、あまり明るくない。

衣(……咲は、けっこう分かり易いからな。
この点に於ては、あの男のポーカーフェイスは大した物だった)タッ

トッ……タン……

今や、場は完全支配――ポン・チーは誰にもさせない。後は咲をマークし続けるだけだ。

衣(……さて、脅威となる対象はほぼ封じたが)チャッ

トップとの点差、17300。

衣(咲から跳満を出和了る、というのは流石に傲慢が過ぎるか。倍満ツモが最も確実だな)

そして最後に衣は、マホを見遣り――すぐ咲に視線を戻す。

衣(こいつの模倣が成功するのは、多くとも一日の内、一人分を一局が限度。
咲の模倣はつい一局前に見たばかりだ。隙を突かれることは無いだろう)パシッ

――――

トン……トン……

ツモっては、切る。鳴きもリーチも無い場には、ただ単調な作業だけが続き、
いつしかそれは更に単調な作業、ツモ切りの連続となっていた。

マホ「……」チャッ

それを嫌だとも思わず、マホは考える。

マホ(須賀先輩……。先輩はあれだけのヒントから一人で考えて、天江さんの弱点に気付きましたよね。
なら、マホも……)トン

考える。京太郎から聞いた事、マホ自身が見てきた物――それらを繋げて更に奥、深くへ。


マホ(誰も副露出来ないほどの、完全な支配……今日の対局で、先輩がオーラスにポンできた理由は……?)

思考を加速させる。今日見た卓の記憶を掘り起こす。……目を眇め、手牌と卓を眺め――

マホ(あ……)

思考が止まる。もう一度頭の中でなぞり、違和感。

マホ(あれ……?途中経過は分からないけど、『こうすれば良い』っていう確信みたいなものが……)

何故、その結論に辿り着いたのかは全く分からない。しかしマホにはこの時、勝利への道が見えた。

マホ(……でも、本当に信じて良いんでしょうか……)

天恵のような閃き、それだけに迷う。それを信じて良いのか――

マホ(……! 信じる……)

『俺はあの時、自分のツモを信じてなかった』

マホ(先輩……)

『自分のツモを信じていればテンパイは取れたんだから、分からないもんだ』

マホ(……マホは、信じます!上手くいくかどうかは分からないけど、自分を信じて……打ちます!)

十六枚目の牌を切り、マホは手牌に手を伸ばした。

――――

京太郎(ん……マホちゃん、手牌を並び替えた?)

3m223344m123s778p

京太郎(三萬を一番左に……?次はあれ切るつもりかな)

タン……トン……

京太郎(もう十六巡目、でもやっぱ天江さん以外はノーテンか……)

マホ「……」スッ

京太郎(あ、当たる――)

パタッ

ツモ牌を持ってきたマホの手が、手牌に引っ掛かり――二枚を、自分の側に倒す。

京太郎(良かった、見せ牌にはなってない――)

パラッ

京太郎「……え?」

最初に倒した二枚を直そうと手を入れ――その両サイドの牌が、今度こそ向こう側に倒れた。

  二  四
■■萬■■萬■■■■■■■
   ■■

マホ「……」チャッ

直ぐに戻すが、

京太郎(もう遅い。みんな見たぞ……)

咲「チョンボ癖、治ってないね……。見せ牌のペナルティ、分かる?」

マホ「はい!えっと……見せた牌ではロン出来ない、
見せた牌を含んだ形でポン・チー・大明カン出来ない、ですね」

純「ま、この卓のルールではそんな感じか」

京太郎(この卓の、か……チョンボ一つとっても、ルール次第で大違いなんだよな。麻雀は)

――――

マホ「つまり、マホは二萬・四萬を使えなくなりました……」トン

衣「……」チャッ

マホのツモ切りを一瞥し、衣は考え込む。

衣(さて、この手……)

5(赤)5m11223s678p白白白 中

衣(白イーぺーコードラ2、四飜。リーチを掛ければ倍満に届くが……)

どうも、マホのチョンボが引っ掛かる。

衣(態とらしい……とまでは言えないな。こいつはチョンボがやたらと多い、只のうっかりかもしれない)

だが。

衣(今の見せ牌で、情報が増えたのは事実。少なくとも二・四萬が一枚ずつ有ることは確定した……。
更に、推測まで含めれば……内側に倒れた二枚の牌。見えなかったあの牌も、二・三・四萬の可能性が高い)

当然その情報を、咲や純も得た訳である。

衣(となれば……リーチをかけても、衣が海底をツモれないようにズラされるかもしれない。
かといって、リーチをかけなかった場合、もしズラしが無ければ衣は海底を見逃すことになる)

そして、そのどちらのケースでも発生する問題は。

衣(衣が和了れないという事は……必然的に、親が和了かテンパイで連荘にならなければ、衣に勝ち筋は無い)

それは勝ちの可能性を、マホに――他人に委ねるという事。

衣(……なら、迷う事は無い。衣は自分の力で和了ってみせる!)

ダンッ

衣「リーチ!」

――――

純(ラスト一巡……やっぱ来たか)チャッ

ツモ牌は、白。今の衣のツモ切りで二枚切れなので、鳴ける牌ではない。

純(……結局、一向聴のままだったか。後は一筒か九索が来ればテンパイだったのになー)つ白

――――

咲(衣ちゃんのツモ切りリーチ……。倍満ツモられたら捲られちゃう、止めなきゃ……)チャッ

3456m678s112345(赤)p 北

咲(手は崩す事になるけど……もう、これしか無いよね)スッ

手に取ったのは三萬。

咲(マホちゃんが見せた牌は二萬と四萬、そしてその間の牌は二枚。
もしそれが三萬なら――これをポンしてくれるはず)

恐らく、マホの狙いは形式テンパイ、そして連荘だろう。マホはマホで逆転を諦めてはいない。
しかしこのまま衣を放っておいたら、倍満ツモで捲られてしまう。それだけは避けたい。

咲(多分、マホちゃんは三萬をポンすればテンパイ出来る形……。
連荘になるから安心は出来ないけど、今は衣ちゃんを止めるしかない)つ三萬


マホ「……」パタッ

   三三
■■■萬萬■■■■■■■

咲「……ポン?」

マホ「いいえ、違います」スッ

咲(え――)


パタン

三  三三
萬■■萬萬■■■■■■■■

マホ「――カン」

――――

衣(何っ……!?)

大明カン。鳴きは有るかもしれないと思っていたが、

衣(上家からの大明カンだと!?)

マホ「……」スッ

嶺上牌に手を伸ばすマホ。

衣(ポンで形式テンパイを取るものだと思っていたが……そうか、こいつは衣の弱点を突くつもりか!)

驚くべき事ではない。マホは、京太郎と衣の勝負を見ていたのだから。

マホ「……!来ました……」チャッ

衣(この気配……!まさか、引き当てたか!)

テンパイの気配――ただし、役はついていないようだ。感覚で分かる。

マホ「……」つ七筒

衣(……大した物だ。咲の模倣をしている訳でもなく、自分の運で勝負するとは)

マホ「新ドラは三萬、モロ乗りです!――さ、天江さん。最後のツモをどうぞ」

衣「……あ、ああ」スッ

牌に手を伸ばす。

衣(まさかカンドラまで……だが、関係無い。どうせ役無しだ、それにもうこのツモで――)ピタッ

手が止まる。牌まであと数ミリという所で、動かない。

衣(――このツモで、終わり?)

自分が何か、決定的に間違えたという直感。

衣(なんだ、一体何を?)

頭の中で今の状況を整理する。

衣(親の形式テンパイ、衣の一発の消失。
衣が海底牌をツモる事は変わらないが、カンのせいで海底牌そのものがズレた)

恐らく和了り牌は引けないし、仮に引いても見逃すだろう。

衣(王牌は支配出来ないからな。裏ドラが確実に乗る保証が無い以上、和了り牌も見逃す。
そして流局、親のテンパイで続行だ。次の局にも逆転の機会は有るだろう)

――まだまだ、これからだ。改めてそう結論付ける。

衣(……なのに、どういう事だ?今にも負けそうだという、この悪寒は――)チャッ

不吉な予感を振り切り、ツモ牌を確認。――九筒。

衣(やはり、引けなかったか……)タン

届かなかった本来の海底牌をちらと見る。――少し、未練があるが仕方ない。

衣「……今はこれが海底牌だ。流局だな」

――しかし、その言葉に異を唱える声が響く。

マホ「――海底、ですか?違いますよ」

衣「……?何を言って……」

マホ「河に出たんですから、もうそれは――河底と呼ぶべきです!」

バラッ

22444m123s78p 3333m

マホ「ロン!河底ドラ5、18000!」

純「――!!」

咲「捲られた……」

マホ 36900
 咲 36300
 純 26800

マホ「……やったー!勝ちました!」

衣「……衣の、負けか」

疑いようも無い。自分の点数を見れば――。

衣(皮肉なものだな。0点ジャストとは……)

対局を振り返り、衣は反省点を探す。

衣(最後の、振り込み……リーチをかけていなければ、なかったかもしれない)

十七巡目の思考の末に、リーチをかけた方が勝算が高いと思ってしまった。

衣(衣も、まだまだだな……)

マホの意図を読み切れなかった事もそうだが、衣はリーチをかけた瞬間――易きに流されていたのだ。

衣(鳴きが有るかもしれない、しかし無いかもしれない。
その二つの可能性を突き付けられて――衣は、『この局での勝利』に目が眩んだ)

鳴きが無ければリーチで勝てる。
目の前にぶら下がったその可能性に飛び付いた時点で、衣は負けていたのだ。


「「「「ありがとうございました」」」」

――――

マホ「先輩!勝ちました!」

京太郎「凄いな、本当にあの卓でトップ取るなんて」ナデナデ

マホ「えへへー」

京太郎「驚いたぞ、河底で和了るとは……」

マホ「はい!マホも驚きました」

京太郎「え?確信が有ったんじゃないのか」

マホ「先輩の嶺上狙いと同じで、確信なんてありませんでした。
最後の局は、先輩の真似でしたから」

京太郎「あー、やっぱそうだったのか。
てことは、本当に運が良かっただけなんだな、嶺上牌の四萬も、河底牌の九筒も」

マホ「はい。先輩と違ったのは、たまたま上手くいったって事だけです。でも……」

京太郎「……ああ、分かってる。だからこそ、俺にも勝ちの可能性が有るってことだろ?
大丈夫だ。諦めずに、何度だって挑んでやるさ」

マホ「はい!」

ポン、と軽く頭を叩いて手を降ろす。同時に、京太郎の顔もマホと同じ高さまで降りていた。

京太郎「……な、一つ良いか?」

マホ「?はい」

低い声に、マホもボリュームを落とす。

京太郎「あの見せ牌、あれもわざとだよな?俺の真似なんだから」

マホ「……はい」

京太郎「なら……もう二度と、俺の真似はしないでくれ」

マホ「え……」

京太郎「外側から見て、ようやく分かった。
チョンボを戦略として利用するってのが、どれだけ歪んでるか」

マホ「……」

京太郎「とにかく勝ちたい、その思いだけで打って……大切なものを見失ってたのかもしれない。
今思えば、チョンボ癖に悩んでるマホちゃんの前で戦略的にチョンボするなんて、俺はどうかしてたよ」

だから、と京太郎は小指を立てる。

京太郎「約束だ。俺ももう、あんな打ち方はしない。
だからマホちゃんも、あの時の俺の事は真似しないでくれ」

マホ「……はい。わかりました」

指切り、げんまん。

――――

そして時は過ぎ……。

衣「もう帰るのか?」

咲「うん。また、一緒に打とうね」

純「ははっ、また来いよ」

優希「くっ……次は絶対勝ち越して、その余裕ひっぺがしてくれるじぇ!」

透華「楽しかったですわ。ぜひまた」

久「ええ、もちろんよ」

各々に挨拶を済ませる。そして、いよいよ屋敷を出るという段になり――

久「さ、行きましょ」

衣「おーい、ちょっと待ってくれ!」タタッ

マホ「……?」

京太郎「俺たち……ですか?」

衣「あぁ。その……なんだ。今言うのも変だが、伝えてないと言ったらトーカが怒るのでな……」

京太郎「何ですか?」

歯切れの悪い様子に、何か悪い事でも有ったのかと身構える京太郎。

衣「夢乃マホ。それに……須賀京太郎。お前たちと打って……楽しかったぞ」

京太郎「……え?」

マホ「――はいっ!マホも、楽しかったです!」

衣「そうか、良かった。……それだけだ、じゃあな」

京太郎「……天江、さん」

きびすを返そうとする衣を、京太郎は呼び止めていた。

衣「衣で、良い。なんだ?」

京太郎「俺も……楽しかったです。またやりましょう、衣さん」

衣「……!ああ、またな。京太郎!」ニコッ


――――

帰りのバスにて。

和「ぐっすりですね、マホちゃん……」

京太郎「和。……そうだな、疲れてたんだろ」

マホ「……」スヤスヤ

衣との対局のあとは、集中が切れてチョンボを連発していたほどだ。

京太郎(それでも、上手くなりたくって……足掻いてるんだもんなぁ……)

頭を撫でかけ、止める。起こしては悪い。

和「須賀君……ごめんなさい」

京太郎「え?どうした、突然」

和「私は、マホちゃんに麻雀を教えてくれる人として……貴方に、期待してしまいました」

京太郎「俺に?」

和「はい。実は、あの日……マホちゃんと須賀君が初めて会って、卓を囲んだあの時。
須賀君は、マホちゃんに麻雀を教える上で……私に足りない物を持っていると、気付いたんです」

京太郎「和に無い物を、俺が?麻雀でか?」

和「麻雀で、と言うよりは……人に物を教える上で、と言う方が良いでしょう。それは……初心、です。
文字通り、初心者なら誰もが持っている感情、観念……そして、私が忘れてしまった物」

京太郎「……初心」

和「ええ。私は、もう随分長く麻雀を打ち続けて来ました。
初心者だった頃の気持ちが思い出せない程に……」

京太郎「……だから、マホちゃんみたいな初心者に教えるのは、上手くいかないって事か?」

和「……目標には、してくれているようですけど。
残念ながら……私は、マホちゃんがどんな風に打ちたいのかが分からないんです」

京太郎(デジタルを極めて、ブレを失ったから……ブレるマホちゃんの打ち方が理解出来ない、って事か)

和「……須賀君は、確実に成長した。あの日の対局を見て、マホちゃんの先生に相応しいのは……と。
そんな勝手な思い込みをしてしまって。そのせいで、差し込みにもキツく言ってしまいましたし……」

京太郎「いや、まあ……あれは俺が悪かったしな」

和「……そうですね。でも、私は貴方に理不尽な怒りをぶつけていたのかもしれない……と。
だから、謝らせて下さい。……勝手な期待をかけて、すみませんでした」

京太郎「……そういう事なら、俺も一つ言わなきゃならない事がある」

和「?何ですか」

京太郎「この合宿で、麻雀を打って……気付いたんだけどな。さっき言った、差し込みの事だ。
和は俺に……あの卓で打ってた人全員を馬鹿にしたって言ったな」

和「はい」

京太郎「……今なら、よく分かる。あの時俺は、同卓してる三人に悪い事をしたと思ったけど。
全員ってのは、俺も含むんだよな。俺は、俺自身の『本気』も馬鹿にしてたんだな……」

和「……そうですね。今回の合宿で……本気で打って、気付きましたか」

京太郎「ああ。本気で何かに取り組む……中学の部活以来かな。凄く、楽しいよ。
そんで、負けるのは悔しい。勝ちたいって気持ちが、前よりもでかくなってきてる」

京太郎「だから……まだ、足りないんだ。俺はもっと、もっともっと打ちたい。
麻雀で勝ちたいし、強くなりたい。お前らの本気に、いつか勝てるように」

和「……はい。頑張って下さい」

ふと、視界が陰る。

久「……ね、須賀君」

見れば、前の座席から久が顔を出していた。

京太郎「部長?」

久「もっと打ちたいのよね。なら――」


久「――鶴賀とか、行ってみたくない?」

To be continued……

龍門渕編、終。
はい、というわけで次は鶴賀編です。次回予告はまだだけど。

乙です

乙~

智美「えらいハリキリ☆ガールがやって来たじゃないか」

佳織「よーし、私だってかっこいいところみせてあげるよー」

ゆみ「死人に口有りさ」

睦月「おどろくのは まだ はやい!」

桃子「あなたの目……くすんでるっすよ」


次回、『見えるけど、見えない人』。お楽しみに!

京たんイェイ~
しかし投下はまだ先になる模様。誕生日祝いの小ネタ短編とか、地味に憧れだったんだけどね……

待つ照

待つ照(しかしお菓子は待てない模様)

まずい、既に一ヶ月が経とうとしている……
最近少し忙しくて……まだかかります

待ってます~

待ってます

夏休みも終わり、はや一週間。

京太郎「ん……」タン

優希「ふっふっふ……ツモ!2000-4000だじぇ!」

京太郎「だー!和了りのスピードでも、やっぱ勝てねぇー!」

優希「私に挑もうなど、百年早い!タコスぢからを磨いて出直してこい!」

京太郎「戦闘力みたいな誰にでもある概念じゃねーんだよ、それは……。
つーかなんで引けんだよ、俺ちゃんとその牌止めてたんだぞ?」

優希「確かに、防御面は以前から更に増したな!その調子で精進するがいい。
南場の私のダイヤモンド級防御力を見習ってな!」タンッ

和「ロン。8000」パラッ

優希「」

まこ「……ダイヤモンド級防御力(笑)」パタン

京太郎「あー、ドンマイ?」パタン

久「仕方ないわよ、ダイヤモンドは衝撃には弱いんだし」

まこ「またいつもの雑学か……」

久「雑学っていうほどにはマイナーな知識じゃないと思うわよ?……あ、須賀君」

京太郎「はい、なんですか?――ポン」カシャ

久「例の話、次の土日に決まったから」

京太郎「早っ!?」ポロッ

まこ「ローン!12000!」

京太郎「げっ……はい」チャラ

優希「例の話?なんのことだ」

和「先日聞いたでしょう。鶴賀に練習しに行くんですよ」

京太郎「それなんですけど、本当に俺だけで行っていいんですか?」

久「いーのいーの、遠慮しないで。全国前の合同合宿の埋め合わせと思って、ね?」

京太郎「はあ……」トン

和「リーチです」ヒュッ

久「それに、マホちゃんの付き添いって体裁だからね。みんなでぞろぞろ行くわけにはいかないわよ」

京太郎「……それもそうですね。っと……」ピタッ

久(お、よく止めたわねその牌)

京太郎「……これだ」トッ

まこ「残念、こっちじゃ。ロン」バラッ

京太郎「……うあー。因みに和はどんな感じだった」

和「見たいのでしたらお好きに」バラッ

京太郎「ん……やっぱあの牌でも当たってたか」

久「そうだ、咲は?」

優希「今日も部活休みだって」

久「そう……」

京太郎(……最近、休みがちだな咲。何か用事でもあるのか……?)

――――

『えー、次は――、次は――』

少し鼻っぽい声が次の行き先を告げる。

京太郎(ん……まだもう少しかかるか)

鶴賀までの道をぼんやりと思い出し、ふわぁと欠伸。どうやら眠っていたようだ。

マホ「起きました?」

京太郎「うん、おはよう。……で、良いよな?」

陽はもう高い。そろそろおはようでは通じない時間だが……。

マホ「はい、おはようございます!」ニコッ

京太郎「楽しそうだな」

マホ「はい!遠足みたいでワクワクします!」

京太郎「……そうか。言っとくけど、遊びで行くんじゃないからな?」

マホ「分かってます。麻雀を打ちに行くんですよね!」

京太郎「ん、まあ実質的にはそうだ」

マホ「楽しみです!鶴賀学園……長野における、今年一番のダークホース!
一体どんな打ち手がいるんでしょうか……」ワクワク

京太郎「……まあ、その気持ちは分かるんだが……」

正直言って、京太郎も昨夜は落ち着かなくてよく眠れなかった。

京太郎「鶴賀も清澄と同じで、団体戦に出てたメンバーしかいないぞ」

マホ「!!そうだったんですか!」

京太郎「ていうか、今年の長野の団体戦ベスト4って、風越以外どっこも選手層薄いよなぁ。
部員80人いる風越も凄ぇけど」

マホ「80人……そんなに多いと、名前を覚えるのも大変そうですね」

京太郎「そう考えると部員が少ないのも悪くない、か?……いや、やっぱり選手層は厚い方が良いよ」

マホ「えー?皆で出れる清澄とかの方が良いと思いますけど」

京太郎「いやいや、IHの団体戦だってメンバーが完全に決まってるわけじゃないだろ?交代とかさ。
交代できない学校は、必然的に同じ選手が打ち続けることになって……他校に対策されやすくなる」

マホ「ふぅん……じゃあ先輩も、鶴賀学園の打ち手の対策はバッチリですか?」

京太郎「もちろん。つっても、清澄の皆に聞いただけだがな」

――(回想)――

京太郎「なぁ優希。お前がIHの団体戦で、長野の決勝で当たった人なんだけど……」

優希「ノッポか?それとも風越のお姉さん?」

京太郎「いや、どっちでもない。鶴賀の人だ。確か名前は……津山さん」

優希「ああ。あの地味な人がどうかしたか?」

京太郎「今度、鶴賀に行って麻雀打ってくるからさ。どんな人なのか聞いとこうと思って」

優希「どんな……って言われても。落ち着いた人で、打ち方は……そんなに特徴は無かったじょ。
強いて言うなら、ノッポとお姉さんに削られて大変そうだったじぇ」

京太郎「ふぅん……分かった、ありがとな」

優希「おうっ。礼はタコスでいいじょ!」

――――

まこ「妹尾佳織か……」

京太郎「はい。何か、特徴とかは?」

まこ「特徴と言っていいかは分からんが、初心者であることは確かじゃな。
……いや、今ではもう初心者を卒業しているかもしれんが」

京太郎「ふむふむ……少なくとも、染谷先輩が当たった時は初心者だったと」

まこ「ああ。……それから、これは多分偶然じゃろうが……」

京太郎「?はい」

まこ「やつは役満で和了ることが、やけに多い。……役満和了されても、あまり動揺しないことじゃ」

京太郎(強運、って事なのか……?)

――――

久「ああ、鶴賀の元部長さんね」

京太郎「えっ、あの人が部長だったんですか!?」

久「そうよ、知らなかった?……まあ、気持ちは分かるけど。加治木さんの方が、それっぽいしね」

京太郎「それで、団体戦で闘った相手としてはどうでした?」

久「う~ん……。あ、私あの人に、遠回しに頭悪いって言っちゃったのよね」

京太郎「へ?……打ち方に、ミスが多いとかですか?」

久「どうかしら。結構、堅実な打ち回しだったと思うけど……。
まあ、一度打ってみれば分かるんじゃない?」

――――

京太郎「和、鶴賀の東横さんってどんな人なんだ?」

和「……なぜ、そんな事を?」ジトッ

京太郎「えっ!?あぁいや、
別に紹介してほしいとかそういう下心が有るわけじゃなくてだな!その――」アタフタ

和「……冗談です。優希から話は聞いてますよ」クスッ

京太郎「なんだ、心臓に悪い……」

和「でも……残念ながら、私ではあまり役に立てません。
他者を気にし過ぎるという弱点を克服した結果、私は相手の打ち筋にほとんど注目しなくなりましたから」

京太郎「……なら、麻雀に関係ないことでもいいから、何か特徴とかは?」

和(……やっぱり下心があるのでは?)ジッ

京太郎「?」

和「……はぁ。そうですね、人としての特徴なら――凄く、影の薄い人でした」

――――

咲「加治木さん?鶴賀の?」

京太郎「ああ。お前に搶槓喰らわせた人」

咲「うっ……。ま、まあ、それも含めて凄く上手い人だよね。
衣ちゃんの能力にもすぐ対応してみせたし」

京太郎「へぇ……お前にそこまで言わせるとはな。何か、特別な打ち方を持ってるとかは?」

咲「そういうのは無い、かな。相手に合わせて柔軟に対応する感じ」

京太郎「なるほど。ありがとな、よく分かったよ」

咲「ん……なんか、ヘンな感じ。京ちゃんが普通にお礼とか」

京太郎「……なんだとこのー!」ウリウリ

咲「わっ、ちょ、京ちゃんやめてよー!」

――(回想終了)――

京太郎(思えばあの日から咲の姿を部室で見かけなくなったな。……やりすぎたのだろうか)

マホ「ほぇー。なんていうか、具体的な事はよく分かりませんでしたね」

京太郎「仕方ないだろ。
咲や衣さんみたいに、言葉で説明しただけで分かるような特別性を持ってる人の方が珍しいだろうし」

マホ「衣さんといえばー、マホ色々と聞いてみたんですよ」

京太郎「え、何を?……ていうかあの合宿の後も会ってるのか」

マホ「いえ、メールとか、電話です」

京太郎(仲、良いんだな……)

マホ「衣さんの能力のこととかー、マホの真似のこととか。そんな話です」

京太郎「……麻雀の話か。勉強熱心だな」

マホ「今まであんまり、気にしてなかったんですけど……。
前の合宿で、自分のことも知らなきゃって思ったので」

京太郎「ふーん……」

マホ「あっでも、先輩のことなんかも、お話しますよ?」

京太郎「俺?」

マホ「はい!この前なんて、衣さんが『あいつは大した奴だ』って――あっ、これ秘密でした!」

京太郎「……そっか」

完敗させられた相手に、実は認められていた。嬉しいのは嬉しいが……

京太郎「……いや、やっぱり俺はまだまだ弱いと思うぞ」

マホ「なしなしっ、今のなしです!あうぅ、衣さんに怒られちゃう……」

京太郎「大丈夫だろ、俺も黙ってるし。バレないって」

――――

鶴賀学園、麻雀部部室前

京太郎「……だから、いいか?向こうさんはもう気付いてるかもだけど、だとしても名目上は――」

マホ「志望校候補の見学!ですね!」ウキウキ

京太郎「――そうだ。あくまで最初は見学、一緒に卓を囲むのはその後だからな」

マホ「はいっ!」タッタッタッ

京太郎「あっ、おい!今のちゃんと聞いて――」

マホ「頼もー!!です!」ガラッ


佳織「へ……?」

桃子「……誰っすか?」

京太郎「……」ハァ

――――

京太郎「すみません、お騒がせして……清澄の、あぁいや……この子は、高遠原中学の麻雀部員です」

マホ「夢乃マホです!」

京太郎「……で、俺はこの子の保護者みたいなもんです」

睦月「う、うむ。まあ来ることは知ってたけど」

ゆみ「久から話は聞いているよ。うちの部を見学したいんだろう?」

マホ「はい!進学先候補の一つとして!」

まだ清澄に進学すると決まったわけではないので、一応嘘ではない。

智美「あー、確かにそんなこと言ってたな……。
でも、あんな凄い勢いで入ってくるとは、気合い入り過ぎだろー。道場破りかと思ったぞー」ワハハ

京太郎「いや、本当すいません……」

マホ「ごめんなさい……」

智美「ワハハ、許す!さあ、それじゃー津山部長!鶴賀学園麻雀部のPRをどうぞ!」

睦月「う、ぅぇえっ!?いきなりですか!?」

智美「なんだ、考えてなかったかー。
なら、今から私らが自己紹介でもして時間稼ぐから、その間に考えろ!」

佳織「智美ちゃん、無茶振りしすぎだよ……」

智美「ということで、私は前部長の蒲原智美だ!」ワハハ

智美「趣味はドライブ、特技もドライヴ!
近所に美味いうどん屋があるから、時間あるなら案内してやるぞ!」

ゆみ(何故こいつはやたらと他人を乗せて運転したがるんだ……?)

桃子(私も加治木先輩となら元部長の運転は大歓迎っす)

マホ「うどん!食べたいです!」

京太郎「丁度良かったな、宿の食事は別料金だし。せっかくなんで連れて行ってもらえます?今日の夕食」

智美「ワハハ、たらふく食うといいぞ!」

佳織「止めなくて、いいんですか……?」

ゆみ「……まあ、本人たちが納得しているならいいだろう」

ゆみ「加治木ゆみ、三年生だ。津山……現部長が部長を引き継ぐまでは、
麻雀の指導、合宿の企画や、他校との折衝なんかをやっていた……」

京太郎「……どう聞いても部長ですね」

ゆみ「しかし、部長は蒲原で良かったと思っている。人を纏めるのが上手いんだ、蒲原は」

智美「ワハハ~、照れるなゆみちん」

マホ「(でも、加治木さんも人を纏めるの上手そうですよね)」

京太郎「(だな。カリスマみたいなものがある)」

桃子「(同意っす)」

佳織「二年生、妹尾佳織です。麻雀はまだ初心者で……でも、麻雀部は楽しいです。
初心者も歓迎なので、良ければ見ていって下さい」

智美「佳織、それは来年度、新入生に向けて言うべき言葉だぞ」

佳織「あ、そう……だね」

マホ「初心者さんですか~、マホもそうです!」

ゆみ「ほう、いつ頃から始めたんだ?」

マホ「えっと……二年前、ぐらいからですね」

ゆみ「……初心、者……?」

桃子「謙遜っすかね」

マホ「妹尾さんは、何年前ですか?」

佳織「何年前なんて、そんな。私は何年もやってないよ、つい最近始めたの」

京太郎「じゃあ、俺と同じくらいですかね。本当に初心者だ……マホちゃんと違って」

マホ「マホは、いつまでたっても細かいミスが無くならないから、永遠の初心者って言われてるんです」

智美「ミスを自覚できる分、佳織よりはマシだなー」ワハハ

ゆみ「蒲原、お前も昨日点数申告間違ってたぞ。牌譜を見ていて気付いた」

智美「……その場で指摘されなければチョンボではない!
それに間違っても『すいません、間違えました』でいいんだ。気にするな!佳織」ポン

佳織「えっなんで私がミスしたみたいに……」

智美「さあ、部長むっきー!自己紹介と我が麻雀部のPRを!」

睦月「すぅ……はぁ……」

マホ(どんな人なんでしょうか……)ドキドキ

睦月「麻雀部部長、津山睦月だ。わ、私は……」

マホ「?」


睦月「私は、君が欲しい!」


…………。

マホ「――えっ」

睦月「」カァッ

マホ「えっと、その……」

睦月「つ、つまり!ぜひウチに来てほしいというか……歓迎、するから!」

京マホ「……」

智美「あちゃー、スベったな。やっぱり誰にでも真似できることじゃないな、なあゆみちん?」

ゆみ「な、なぜ私に振る!」

京太郎「……中々、情熱的なアプローチですね。
マホちゃん、これだけ求められてるんだし、鶴賀にすれば?」

マホ「でも、津山さん二年生ですよね?マホ、入れ違いになっちゃいますけど……」

佳織「え?……ってことは、夢乃さんも二年生?」

マホ「はい!高遠原中学二年、夢乃マホです!よろしくお願いします!」ペコ

睦月「……中学二年で、進学先を考えてるのか。意識高いな」

マホ「それほどでも~」テレテレ

睦月「私も、今から考えといた方が良いかな」

智美「そんな難しいことは、三年のギリギリまで考えなくても、意外となんとかなるぞー?」

睦月「……そうでしょうか。兄も結構悩んだようですし、私は余裕を持って考えたいですけど」

ゆみ「……ゴホン。まあ、いつ考え始めても早すぎるということはない。時間は有限だからな」

京太郎「清澄高校一年、須賀京太郎です。マホちゃんの付き添いで来ました」

智美「清澄に男子がいるのは知ってたけど、こうやって直接話すのは初めてだな」

佳織「私は、男子がいることすら知らなかったよ……」

京太郎「ま、合同合宿のときもいませんでしたからね。
大会で成績出したわけでもないですし、記憶に残らなくても仕方ない」

ゆみ「久から、君のことはビシバシ鍛えてやってくれと言われているよ」

京太郎「うげ、マジっすか……。まぁ……」

向こうがその気なら話は早い。建前はともかく、元々そのつもりだったのだ。

京太郎「打たせてもらえるなら、ありがたいです。自己紹介も済みましたし、早速やりますか?」

ゆみ「……いや、悪い。まだ、もう一人いるんだ」

京太郎「――え?」

頭の中で数え直す。

京太郎(蒲原さん、加治木さん、津山さん、妹尾さん。ちゃんと四人全員――四人?)

ゆみ「おいモモ、良い加減隠れてないで出てこい」

ーーその呼び掛けに応えるように。

「……はい」ユラッ

京マホ「!?」バッ

二人の後ろに、その少女は立っていた。


桃子「一年生、東横桃子っす。……よろしく、お願いするっす」

――――

佳織「桃子さん!居たんですか」

桃子「……最初から居たっす」

京太郎(え、嘘だろ……?なんで俺、気付かなかったんだ)

その影の薄い少女は、無表情で京太郎の方をちらっと見た。

桃子「宮永さんの言ってた、『京ちゃん』さんっすね。須賀君でいいっすか?」

京太郎「え?あっ、ああ……東横さん。よろしく」

まるで呆けたような受け答えしかできない。慣れているのか、桃子はさほど気にすることもなく、マホとも同じようなやりとりをしていた。

京太郎(……まさかここまで影が薄いとは……)

和の言っていた意味をようやく悟る。

京太郎(まるで、そこに居ないみたいに……あれだけのモノをおもちなのに、俺が全く気付けないなんて)ジー

桃子「……私の服に、なんか付いてるっすか?」

京太郎「おっ……いや、悪い。見てただけだ」フイッ

少し目を閉じて、もう一度桃子を見る――今度は普通に見えた。

京太郎(くっ……これでも、人とコミュニケーション取るのだけは自信あったんだがなぁ)

ゆみ「やはり、見えていなかったか」

桃子「驚かせてしまったっすね」

京太郎「いえ、こっちこそすいません……気付けなくって」

智美「まあ、仕方ないと思うぞー?モモが隠れてたのが悪いんだし」ワハハ

マホ「凄いです!マホ、全然気付きませんでした!手品ですか?」

睦月「手品か……うむ。良い得て妙だな」

桃子「そんな良いモンじゃないっすよー?」

ゆみ「……ま、とにかくだ。仲良くしてやってくれ、須賀」

京太郎「はい、こちらこそ」

ゆみ「――さて、それでは早速打つか。お手並み拝見だな」

――――

智美「じゃんけん、ぽん!」

京太郎「決まりましたかー?」

最初は京太郎とマホの二人が確定で入り、残り二人を鶴賀から出すことになった。

ゆみ「ああ。一発だったな」

佳織「あれ、私の一人勝ちじゃ……」

桃子「かおりん先輩、私も勝ってるっすよ」ユラッ

佳織「あっ、ごめんなさい!気付かなくって」

マホ「……同じ部にいる人でも、東横さんに気付けないんですね……」

京太郎「あれだけ影が薄いと……色々、不便そうだな」

マホ「マホ、起家です!」ポチッ

コロコロ……

京太郎(さて……上家は東横さんで、下家はマホちゃんか)カシャ

理牌をしながら、京太郎は顔から表情を消し去っていく。
その様を見てゆみがほう、といった顔をするが、京太郎がゆみに気付くことはなかった。

マホ「じゃ、いきま~す」トッ

親のマホが三萬を切る。……そしてそのまま、少し間が空いた。

京太郎「……?次は、妹尾さんですよ」

佳織「えっ!?あ、ごめんなさい!」

対面に座る佳織は、はっとして牌をツモる。そして、それを横に置いて配牌をいじりだした。

マホ「すいません、もしかして理牌まだでした……?」

佳織「あっ、ううん……その、並び替えるのはもう済んでるんだけど、待ちが何萬になるか分からなくって」

気が動転して、余計な事まで口走っている。

京太郎(萬子が多いのか……)

佳織「えーと……それで、ツモはこれだから……あっ!」

マホ「?」

佳織「ツモです」バラッ

「「!?」」


3444555(赤)m777s222p ツモ2m

佳織「えーと、ツモ・タンヤオ・三暗刻?で……満貫、かな?」

マホ「……えぇ!?」

桃子「おぉ、凄いっすね。いきなりっすか」

智美「佳織、それは地和だ。役満だぞ」

佳織「え?……あっ、そっか。最初のツモだもんね、これ」

京太郎(本人に自覚は無し……か)

本当に初心者なんだと分かると同時に、京太郎は内心冷や汗をかいていた。

京太郎(染谷先輩が言ってた、妹尾さんは役満をよく和了るって……。
しかも、鶴賀の人たちもあまり驚いてないように見える)

つまり、本当によくある事なのだ。妹尾佳織にとっては――。

佳織「あ、次私の親か。振るねー」コロコロ

京太郎(和なら、偶然だって言うんだろうけど。俺には、とてもそうは思えない……)

あくまで表情は変えずに、京太郎は対面を注視する。

京太郎(これが、この人の『能力』なのか……?)

――――

タン……トン……

マホ(うぅ、親被り……)

東二局。まだ序盤なのに、既にマホと佳織の差は48000点ある。

マホ(つらいです……)

ほとんど戦意は折れていた。点差だけではない。マホは、本来もう負けているのだ。

マホ(さっきの局、マホの三萬を妹尾さんがロンしてたら……その時点で四暗刻、トビ終了でした)

――佳織は初心者だから、気付かなかった。にも拘わらず、地和をツモった。

マホ(同じ初心者でも、こんなに運に恵まれているなんて……マホ、こんな人に勝てる気がしません……)

佳織「あ……つ、ツモ!」バラッ

1123456678999p ツモ1p

佳織「えっと……九連宝燈?」


マホ「」

もはやショックのあまり声も出ない。

京太郎「なっ……」

桃子「ええー!?かおりん先輩、それはズル過ぎるっすよー!?」

ゆみ「まさか……ここまでとは……!」

佳織「えっ?えっ?そ、そんなに凄い?」

睦月「……うむ。積み込みを疑われても仕方ないな」

智美「あー……佳織、もう私からお前に教えてやれることは無いな」

睦月「いや、先輩……東一局の四暗刻見逃しは……」

智美「この対局が終わったら教えてやるつもりだったけど、なんかもう必要ないんじゃないか?」

佳織「??」

面倒くさそうに言う智美。マホも全く同意見だった。

マホ(麻雀はどれだけ頑張っても運が無ければ勝てない、ですか……)

やるせなかった。東一局の佳織の見逃しは、ミス以外の何物でもない。
それも、マホでさえ気付くような初歩的なミスだ。

マホ(それを、圧倒的な『強運』で……無かったことにされた。そんなの、どうしようもないじゃないですか)

麻雀というゲームの、理不尽さがそこには有った。

マホ「マホのトビ、終了ですね……」

――――

京太郎「……次、さっき入ってなかった三人が入るみたいだけど。どっちがいく?」

マホ「……先輩に、どうぞ……」

京太郎「……あー、ドンマイ。ほら、さっきのは事故みたいなもんだろ?気を落とすなって」

マホ「……はい。でも今は……」

京太郎「……そうか」

京太郎(まぁ、普通やる気無くすよな。あんな無茶苦茶な麻雀打たれたら……)

二連続役満。鶴賀の面子も、さすがに驚いていたようだ。

京太郎(しかし……マホちゃんがこんなにショックを受けてるのは珍しい気がするな)

まだ知り合って二週間しか経ってないが、なんとなくそう思える。

京太郎(もっとこう……なんていうか、『凄い!』みたいな感想の方がらしい気が……)

ゆみ「……須賀。よろしくな」

京太郎「」ハッ

気付くと、もう場決めも終わっていた。

京太郎「はは、すいません、ぼーっとしちゃって」

席に付き、意識を卓に向ける。対面はゆみだ。

京太郎(加治木ゆみさん。一番警戒すべきはこの人だな……)ゴクリ

身に纏う達人のような雰囲気に圧倒されながら、京太郎は顔の感情を殺す。

京太郎「……お手柔らかに、お願いしますよ」

東一局

睦月 (起)25000
京太郎(南)25000
智美 (西)25000
ゆみ (北)25000


マホ(……見学しようと思ってたんですけど……)

佳織「……」ポワポワ

マホ「……須賀先輩のこと、見てるんですか?」

佳織「? うん。見学……かな?」

マホ「そうですか……」

佳織「夢乃さんも一緒に見ますか?」

マホ(……この人はなんとなく苦手です……)


ゆみ「……」トン

睦月「……」タン


佳織「う~ん、動きが無いね……」

マホ「……まだ、始まったばっかりですよ」

佳織「……」


京太郎「……」パシッ

智美「……」トン

ゆみ「流局……だな。ノーテン」パタン

智美「テンパイー」パラッ

睦月「……ノーテンです」パタン

京太郎「ノーテン」パタン

佳織「……なんか、地味な闘いだね」

マホ「そうですか?」

佳織「みんな、ほとんど喋らないからますますそう思うのかも」

マホ「蒲原さんは、結構喋って……というか、笑ってましたけど」

佳織「あはは、智美ちゃんはね。でも、なんて言うのかな……いつもは、もっと喋ってるんだよね。
今は、そう……大会の時みたい。実況が欲しくなる感じ?」

マホ「でも……凄く真剣に打ってるのが伝わってきますよ」

佳織「そうだね。真面目なのは分かるんだけど……やっぱり、私は賑やかな方が見てて楽しいかな」

マホ「そう、ですか……」

正直、分かる気がする。マホも静寂には余り馴染めない質だ。

マホ(でも……この緊張感、これこそ麻雀!って感じもするんです)

マホは音を立てないように、ゆっくりと立った。

佳織「夢乃さん?」

マホ「……マホ、加治木さんの方見てます」

――――

東二局一本場

京太郎(純さんが言うには……場の流れにも緩急みたいなものが有るらしい)トッ

智美「ワハハ……」タン

京太郎(今は多分、緩やかな流れ……無理に動いても、大きな和了りは期待できない)

ゆみ「……」トン

睦月「ポン」パタッ

京太郎(……だから、まあ今回は運が良かったと思うか)チャッ

普通に打って、普通に和了れた。

京太郎「ツモ。平和ドラ1、1400オール」パラッ」

すごく楽しみにしてた

――――

東二局二本場

マホ(やりました!あんまり高い手じゃないけど、須賀先輩、とりあえず一歩リードですね)

ゆみ「……」チャッ

マホ(加治木さんは……タンピンの一向聴か)

356678m44s345(赤)78p 西

ゆみ「……」つ西

マホ(西……ドラの自風牌。最初の方と、一巡前にも切ってるから、持ってれば暗刻ができたけど……)チラ

ゆみ「……」

ゆみの顔に後悔の色は無い。

マホ(泰然自若……って感じです。意味、よく知らないけど)

――――

智美(ん~。ゆみちん、捨て牌を見る限りは裏目ってるな)トン

ゆみ「……」チャッ

智美(ん、これは……)スンッ

ゆみ「……」つ三萬

智美(――テンパイ、かな)

挙動にそれらしい兆候は無かったが、なんとなく分かる。

睦月「……」トン

智美(龍門渕の天江みたいな、百発百中の超感覚ってわけじゃないが……分かる時は分かる。匂いで)

タッ……トン……

睦月「……」チャッ

智美(おっ、こっちもか?)

睦月「……ん~……」つ七索

少し逡巡した。リーチを掛けるか迷ったのだろうか。

京太郎「……」チャッ

智美(私は三向聴……二人張ってるみたいだし、オリるか)

京太郎「……」ストッ

智美(安牌少ないけど、いけるかな?)チャッ

――――

マホ(中々、和了り牌が来ません……)

もう、ゆみが張ってから八巡目だ。

マホ(もしかしたら、もう誰か他の人もテンパイしてるのかも……)

敢えてそれぞれの手牌を直接見ることはせずに、卓に視線を巡らす。

睦月「……」タン

京太郎「……」トッ

マホ(……全然、分かりません。テンパイ気配の分かる人って、みんな能力者なんでしょうか?)

智美「……」トン

ゆみ「……」チャッ

マホ(ツモは四索――あれ?)

ゆみ「……」つ七筒

ゆみの打牌に疑問を覚える。

マホ(待ちが、少なくなっちゃいました……)

566778m444s345(赤)8p

まだ和了り牌が七枚残っていた六・九筒待ちから、二枚しか残っていない八筒の単騎待ちへ。

マホ(どういう、ことでしょうか……?)

――幸い、今回はすぐにその意味が分かった。

睦月「……」タン

京太郎「……」トン

智美「……通るかな?」つ一索

睦月「――ロン」バラ

智美「……ワハハー、駄目だったか」ポリポリ

123567m23s123p中中中 1s

睦月「中、三色……5200の二本場で、5800です」

マホ「……!」

あっ、と声を出す所だった。

マホ(加治木さんがツモった四索は、当たり牌だったんですね。
でも、よく分かりますね……マホなら、そのまま振り込んでました)

睦月(よし、上手くいった……)

自分の捨て牌をもう一度見直す。

睦月(序盤に索子を多く切ってるのが、良い感じに迷彩になったな)

対面に座る智美には、オリようとする気配があった。
恐らく、睦月がテンパイしていることに気付いていたのだろう。

睦月(部長……いや、蒲原先輩はテンパイ気配には敏感だ。
でも当たり牌までは分からないらしいからな)

ゆみ「……」パタン

ふぅっと息を吐く睦月をちらっと一瞥して、ゆみは手牌を静かに伏せた。

――――

東三局

ゆみ「リーチ」チャラ

マホ(三面待ち……良形ですね)

タン……トッ……

智美「おっ……ツモ。チートイのみ、1600オール」バラッ

ゆみ「ふむ……負けたか」パタッ

――――

東三局一本場

智美 (親)26600
ゆみ (南)20000
睦月 (西)26800
京太郎(北)26600

京太郎「ん……リーチ」タン

智美「ワハハ、四巡目か。早いなー」チャッ


佳織(う~ん、即リーって言うんだっけ、こういうの)

678m46s677889p北北

佳織「もっと、待ちとか役が良くなりそうだけど……」ボソ

桃子「おっ、良い質問っすね」ユラッ

佳織「あれ、桃子さん。てっきり加治木先輩の方を見てるのかと」

桃子「……ずっと隣で見てたっすよ。あと、別に加治木先輩しか見ないわけじゃないっす」

佳織「へ~。それで、さっきの良い質問って?」

桃子「ああ!」

佳織「?」

桃子「……ごほん。えっと、待ちや役がもっと良くなりそうなのに、リーチをかける理由っす」

佳織「あ、それね。両面待ちとかにしてからリーチした方が良いって教わったから。
あと、須賀君のあの手牌なら……イーペーコーとか、平和とか?も狙えそうだし」

桃子「両面待ちとイーペーコーはそうっすね。平和はそんなに近くないっすけど」

佳織「あ!じゃあ、タンヤオは?」

桃子「……いや、そっちも三枚いるっすね。もっと近いのは、三色と自風の北っす。
……そして、それらを狙えるのにリーチのみの嵌張待ちにした理由は……」チラッ


智美「……」トッ

ゆみ「……」トン


桃子「――他家をオロすため、っすね」

佳織「なるほど、リーチがかかったらみんな自由に打てなくなるもんね……。
心理戦だね。私には難しそう」

桃子「……最も、今これが最善手かと言われたら微妙な所っす。
状況によるっすけど、私ならもう少し待つっすね」

桃子(――あるいは、反応を見てるんすかね。オリるか、つっぱるか……)


京太郎「……流局ですね。テンパイ」バラッ

智美「ノーテン」パタッ

ゆみ「ノーテンだ」パタン

睦月「テンパイ」パラッ

――――

東四局二本場

京太郎(う~ん……さっきのはやっぱ、もうちょっと待てば良かったかな)トン

タン……パシッ……

京太郎(まだでかい点差はついてないし、手を育ててからリーチ……っていつもなら考えてたけど。
今回はそうしたくはなかった……)

桃子が推測したように、リーチに対する他家のリアクションを観る意味もあったが――

京太郎(なんか俺、ああいう早い巡目でテンパイした時って、どうも手が伸びないんだよな。
……統計取ったわけでもないから、完全に主観だけど)チャッ

和が聞いたら呆れそうな理屈だが、実際前局でも手を伸ばせる牌はほとんど来なかった。

京太郎(ま、過ぎたことをいつまでも引きずらないでおこう。ツキが逃げる)タン

京太郎の直感では、そろそろ場が緩急の『急』……つまり荒れ始める頃だ。

京太郎(ここで流れを掴みたいが……まあ、今は我慢だ。焦らず、落ち着いて機を待とう――っと?)

タンッ

睦月「リーチ」チャラ

京太郎(リーチかぁ……)トッ

迷わずオリ。

智美「……」ストッ

ゆみ「……」トン

京太郎(流れが津山さんにいってるな。鳴いて紛れを起こしたいけど……)

睦月「あっ、ツモ!」バラッ

京太郎(……一発か。これは仕方ないな)

睦月「リーチ一発、タンヤオドラ1……いや、ドラ4ですね。4200-8200」

智美「……一発ツモの上に裏モロ乗りかー。調子良いな」

ゆみ「ふむ……倍満の親被りか。少し痛いな……」

――――

南一局

智美「ロン。7700だ」バラッ

睦月「うっ……はい」チャラ

智美「ワハハ、油断したな」

――――

南二局

京太郎(よし、良い配牌だ……親のこの局で大きいの和了っときたいな)タン

トン……タッ……

京太郎(……良い感じだ、流れが来てる……)トン

智美「よぉし……リーチ!」タン

京太郎(リーチか……でも今は、攻める!)

京太郎「リーチ!」タンッ

智美「追っかけか……負けないぞー」トッ

トン……パシッ……

京太郎「――来た、ツモ!リーヅモタンピン赤1……裏、1枚。6000オール!」

智美「中々やるなー」チャラ

睦月「くっ、捲られた……」

ゆみ「……」パタン

――――

南二局一本場

京太郎(親)41900
智美 (南)21600
ゆみ (西)4300
睦月 (北)32200


京太郎(配牌は……索子が多いな。染め手狙えそうだけど、トップだしなぁ……)つ一筒

トン……タッ……

京太郎(ん、また索子)タン

手が重くなるのは嫌だが、有効牌が来ているのだからやはり流れは悪くない。

京太郎(中か……一枚切れ。染め手なら取ってたかもしれないけど)つ中

ゆみ「ポン」パタ

京太郎(……対面!)

落ち着いた声に、緊張感を高める。

京太郎(加治木さん、ここまで焼き鳥だが……要警戒だな)チャッ

今一度河を確認する。

京太郎(加治木ゆみさん……清澄のみんなから聞いた話を総合すると、鶴賀で一番強いのはこの人だろう)トン

智美「……」つ發

ゆみ「……ポン」タン

京太郎(うわっ……)

發發發 中中中

ゆみ「……」

見える役満――大三元。

京太郎(あり得る……まだ白は一枚も見えてない)

睦月「……」チャッ

京太郎(振り込みを避けるのは当然として、ツモられても親被りが痛い)

そして今は、ゆみが鳴いたのもあって流れが読めない。

京太郎(むやみに鳴いてもしょうがないな。何か手を打ちたいけど、ここはじっと我慢だ……)

幸い、ゆみの捨て牌はほとんどが萬子と筒子……つまり待ちは索子の可能性が高い。

睦月「……」トン

京太郎(索子は今、俺が結構な枚数を抱えてる……加治木さんがツモる確率は低いはずだ)チャッ

――――

智美(ゆみちん……怖いなぁ)チャッ

幸い、智美の手牌には白が二枚有る。それさえ切らなければ大三元は完成しない。

智美(それを除いても二鳴き、しかも染め手っぽい捨て牌……)トン

ゆみ「……」チャッ

智美(私は当然オリるけど……他二人は早和了りで流すことも視野に入れてそうだ。これは荒れそうだな)

――――

京太郎(よし、あと一枚……)つ北

運が良い。ここまでほとんど安牌を切っていただけなのに、手が進んでいる。

智美「……」つ一筒

京太郎(蒲原さんは完全にオリてるな……)

ゆみ「……」つ六萬

京太郎(ドラ……ツモ切りか。やっぱり役満か、染め手か)

睦月「……」つ四萬

京太郎(ツモ切り……津山さんはよく分からないな。比較的安全な牌ではあるが……)チャッ

667m222345(赤)6777s ツモ5m

京太郎(テンパイか。六萬はついさっき加治木さんが切った……津山さん以外には完全な安牌か)

その睦月も、四萬や七萬といったそばの牌を早い段階で切っている。

京太郎(なら、ドラ切りで取り敢えずテンパイしとくか)つ6萬

待ちは一索から八索と広い。運が良ければ、先に和了ることでゆみの逆転手を流せるだろう。

京太郎(でも、深追いはしない……危険牌を引いたら、素直にオリることを覚えておこう)

トン……タン……

京太郎(よし、安牌……)つ西

智美「……」つ七筒

ゆみ「……」チャッ

京太郎(ん……?)

ゆみの動きが、ほんの一瞬止まり――しかし、すぐに動く。

ゆみ「……」つ白

――手出しの、白。

京太郎(これは……大三元は消えたと見て良いのか?)

睦月「……」つ南

京太郎(……今さら手替りってことは……)チャッ

河に白が出ていなかった以上、ゆみは自分から大三元を捨てたということである。

京太郎(ホンイツの方でテンパイしたのか……?)つ一萬

智美「……ワハハ」つ白

京太郎(蒲原さん……ずっと抱えてたのか)

ゆみ「……」つ三筒

京太郎(ってことは……加治木さんは四枚目の白を引いてカラ切りしたってわけでもない)

睦月「……」つニ筒

京太郎(もしかしたら……)チャッ

――ゆみは今、オリているのかもしれない。

京太郎(あくまで可能性の一つ……だけど。加治木さんからしたら他に見えてなかった白を切った。
そして、これまで索子を集めていて、俺のテンパイに気付いたとしたら……)つ九萬

智美「……」つ白

京太郎(加治木さんは今、手牌が危険牌ばかりになっているのかもしれない……!)

ゆみ「……」チャッ

――――

マホ(絶対絶命ですね……)

ゆみ「……」

ゆみの手牌は、緑に染まっていた。

2335888s ツモ6s (中中中)(發發發)

マホ(ニ巡前、加治木さんは八索を引いて白を切った……マホには分かりませんけど、
多分もう誰か張ってると思って加治木さんは索子を抱えた)

たが、この手では逃げ切れない。親の京太郎に振り込んだ場合、最低三飜でゆみは飛んでしまう。

マホ(安全そうなのは……津山さんが切ってる、八索?それから、蒲原さんが切ってる四・六索……。
それから、二索を切ればテンパイですね)

だが、どれも京太郎には危険牌だ。

ゆみ「……」スッ

マホが考えを巡らせている間に、ゆみは手牌の中から一枚を選び終わっていた。

マホ(え……そ、それですか!?)

タンッ

――――

果たして打ち出された牌は――

京太郎(来たっ……!)ガタッ

――五索。

京太郎「ロン!」バラッ

567m222345(赤)6777s 5s

京太郎「タンヤオドラ2、7700!」

勝った。咲も認めるような強者に、とうとう――


『そのロン、成立せず』


京太郎「――は?」

ゆみ「聞こえてなかったか。津山、もう一度言ってくれ」

睦月「はい……ロン」パラッ

22m46s778899p東東東 5s

睦月「一盃口のみ、1600……頭ハネです」

京太郎「頭……ハネ……?」

ゆみ「そういうことだ。さあ、続けようか……まだ南の二局だ」

――――

桃子「凄い!先輩、かっこいいっす~!」

佳織「え?え?どういうこと?」

桃子「かおりん先輩、さっき話したこと覚えてるっすか?」

佳織「え?えっと……加治木先輩が白を切ったのは、手牌が全部ロン牌になっちゃったからかもって話?」

桃子「そう、それっす!加治木先輩はその窮地を乗り切ったんすよ!」

佳織「でも、振り込んでるよ……?」

桃子「だから……その振り込みの中から、一番安い支出になる牌を選んだっす。一枚だけの、飛ばない牌を!」

佳織「うーん……よく、分からないけど。凄いことなんだね」

――――

南三局

バラ

ゆみ「ツモ。タンピン三色ドラ1……3000-6000」

智美「む……さすがゆみちん。早いな……」チャラ

京太郎(く……完全に流れを持っていかれた……!)

――――

オーラス

睦月(このままでは打点が足りない……)チャッ

睦月「リーチ!」タンッ

京太郎「……」トン

睦月(……急ぎ過ぎたかな)

智美「……」トッ

ゆみ「……」タン

睦月(嫌な予感が……)タン

ゆみ「ロン。タンヤオチートイドラドラ……12000だ」バラ

睦月「……はい」チャラ

――――

オーラス一本場

ゆみ (親)27700
睦月 (南)17800
京太郎 (西)38900
智美 (北)15600

京太郎(まずい……!逃げ切れるか!?)チャッ

流れは依然ゆみに有る。京太郎との点差は11200――射程範囲だ。

京太郎(くそっ、一度は勝ったと思ったのに!)つ九萬

智美「……」つ四索

ゆみ「チー」つ東

(45(赤)6s)

京太郎(鳴いてきた!安牌は無ぇし……!)

睦月「……」つ西

京太郎(駄目だ、一旦これで……通れ!)つ八筒

智美「……」つ八筒

ゆみ「……」つ二萬

睦月「……」つ二索

京太郎(安牌が増えない……)つ八筒

ゆみ「ロン」バラ

333456m4568p 8p (45(赤)6s)

ゆみ「タンヤオ三色ドラ1……6100。終局だ」

京太郎「っ……!」

ゆみ 33800
京太郎32800
睦月 17800
智美 15600

京太郎(直前の二萬切り……!四面待ちを捨てて、俺の対子落としを狙い打ったのか!?)

智美「駄目だったな~。ありがとうございました」

睦月「ありがとうございました」

京太郎「……ありがとう、ございました」

ゆみ「ああ、ありがとう。……楽しかったよ」

――――

京太郎「はぁ……」

マホ「先輩……お疲れ様です」

京太郎「やっぱ……最初から勝てないって気持ちで挑むより、勝てるかもって思えるような面子で打って負ける方が……悔しいな」

マホ「そう、ですね。でも、本当にもう少しだったじゃないですか。次はきっと……」

京太郎「ああ、そうだな。次勝てばいいんだ。……マホちゃんも」ポン

マホ「はい!絶対、妹尾さんに一泡吹かせてあげます!」

佳織「(え~!?聞こえてるんだけどっ)」

桃子「(これは面白くなってきたっすね)」

京太郎「……妹尾さんと、何かあったのか?」

マホ「いいえ……ただ」

京太郎「……?」

マホ「(ちょっと、尊敬できないだけです……)」ボソ

京太郎「?ごめん、なんて?」

マホ「いえいえ、何も!それより……そうだ、これでお互い目標が決まりましたね!」

京太郎「ああ、そうだな。まあ俺も妹尾さんにリベンジもしたいけど……今回一番倒したいのは加治木さんだな」

マホ「お互い、頑張りましょう!」

京太郎「おう!」

京太郎(……そう、鶴賀で一番強いであろう加治木さんに……!)

――この時はまだ、気付いていなかった。鶴賀にはもう一人、真の難敵がいるということに――。

――――

マホ「……ツモ!リーチ一発、ドラ3!3000-6000です!」

ゆみ「平和を切って地獄単騎にした上で、一発ツモ……まるで久だな。なるほど、これが久の言っていた模倣か」チャラ

佳織「はえー、凄い……」チャラ

智美「佳織ー、お前それ3000点しかないぞ」チャラ

佳織「あっ、そうか私親……うう、もう飛びそうだよぉ」

マホ(よしっ、僅差だけどトップ!このまま……)

ゆみ「ロン。妹尾、何点か分かるか?」

佳織「えっ、えっと……平和と一通で……3900?」

ゆみ「よく見ろ、ドラも有る。7700だ」

マホ「……捲られちゃいました」

佳織「飛んじゃった……」

マホ(……妹尾さん、強いのか弱いのかよくわかりません。役満も、あれ以来一回も和了ってないし……)

智美「モモもそろそろ入ったらどうだー?」

桃子「そうっすねー、観てるだけでも面白いっすけど」

智美「ワハハ。なら今度は私が観る番だ」

ゆみ「そうだな……私も替わるか。津山、入るか?」

睦月「はい、打たせてもらいます」

マホ「あの、マホ……続けて入ってもいいですか?」

ゆみ「? 何も問題無いが。元々この場には七人しかいないんだ、総入れ替えはできないさ」

マホ「はい!ありがとうございます!マホ、頑張ります!」

京太郎「……俺はまだ見てるかな」

佳織「あ、じゃあ私も続けてだね。よろしくお願いします」

マホ(先輩、譲ってくれたのかな……よぉし、今度こそ妹尾さん相手にトップを取ります!)

マホ「よろしくお願いします!」

睦月「よろしく」

桃子「よろしくっす」

――――

東一局

マホ(妹尾さんに津山さん、それに……そうそう、東横さん。影が薄すぎて忘れそうになっちゃいます)トン

桃子「……」ト

睦月「……」トン

佳織「うーん……」トッ

……。

睦月「ツモ。400-700」

――――

東二局

マホ(よし、良い感じ)チャッ

マホ「リーチ」タン

佳織の強運についてはまだまだわからないことだらけだが、逆に言えばこの面子では佳織以外は警戒しなくてもいい。

マホ(もちろん、侮るつもりもありません。けど……津山さんに、何か特別な対策が必要なわけじゃない)

睦月「……牌、曲がってないよ」

マホ「わひゃっ!?すす、すいません!」

まさか心を読まれたわけでもないだろうが、当人に指摘されて動揺して変な声を上げてしまう。

マホ(うぅ、でも比較的マシなチョンボで良かったです……)

トン……タッ……

マホ「それ、ロン!3900!」

佳織「あう、はい……」

――――

東三局

マホ(妹尾さん、リーチに対してあんな危険牌……ひょっとしたらマホよりも初心者さんですね)トン

自分のチョンボは棚に上げるマホ。

マホ(でも、逆に考えれば……他家の動きを気にせずに打てば、自分の手を育てることに集中できる)

あるいは、それが佳織のラッキーパンチの正体なのか。

マホ(でも要は、先に和了ってしまえばいいんです!)

高い手、それも役満手を狙おうとしているなら、必然的に手は遅くなるはずだ。

マホ(ん、いい形……このままいけば三面待ちのテンパイです!)タンッ

――だがもちろん、麻雀は一対一の勝負ではない。そんなことは分かっていたつもりだった。

「ロン」バラッ

マホ「……あっ、あれ?」

前からの攻撃に備えていたら後ろから突き飛ばされた、そんな感覚。

桃子「リーチ混一色、ドラ1……8000っすよ」ユラッ

マホ「リーチ!?そんな、いつの間に……」

桃子「ちゃんと言ったっすよ。ほら、点棒も出てるし牌も曲がってるっす」

自分が聞き漏らしただけか?と他家に目で問う。

睦月「……うむ。言っていたな」

佳織「わ、私は全然気付きませんでした……」

何故か証言が一致しない。

睦月「夢乃さん、妹尾さんの役満和了にも驚いていたけど……清澄の面子から私たちのことを聞いてなかったの?」

マホ「??」

桃子「正直、他人の打ち方を完全コピーできるひとの方が凄いと思うっす」

睦月「そう……私もそう思う。でも、やっぱり……最初の驚きはこれが一番大きいよ」

例えば、天江衣の『支配』。宮永咲の嶺上開花。元々常識の範囲外にいる存在は、逆に『そういうモノ』として納得できてしまう。

睦月「その力はまさに、うむ――手品だ。タネを知らない人は、自分に死角が有るとすら思えない」

桃子「大げさっす。まあ、ともかく――ここからは、『ステルスモモ』の独擅場っすよ」

――――

京太郎(……何が、起こってるんだ……?)

観戦する京太郎もまた、混乱の中にいた。

マホ「リーチ……!」

桃子「通らないっすよ。ロン」バラッ

京太郎(ま、まただ……!なんでこんな見え見えの染め手に……)

その驚愕は、振り込んだマホに対するものではない。

京太郎(俺も、気付いてなかった……あれが危険牌だってことに!)

京太郎も、桃子が見えなくなっていたのだ。

佳織「これ、要らないかな……」トン

桃子「ロン。リーチ一発ドラ1……5200っす」ユラッ

睦月「……!リーチ、していたのか」

京太郎(本当に、どうなってるんだ!東横さんが牌を倒す瞬間まで、あそこにリーチ棒なんか……)

しかし、妙に記憶が判然としない。リーチ棒が出ていて気付かないわけはないのに、絶対に無かったとも言い切れないのだ。

桃子「――ツモ。終局っすね」

マホ「……あ、ありがとう……ございました……」

睦月「ああ。やっぱり強いな……」

佳織「私、焼き鳥だよ……」

桃子「お疲れ様っす」

京太郎「……東横さん!」

桃子「」ビクッ

意図せず飛び出た声に、京太郎自身驚いていた。

桃子「な、なんすか。須賀君」

京太郎「……俺と、打ってくれないか」

マホ「先輩……」

桃子「良いっすよ、別に……そんなことなら」

京太郎の申し出にほっとしつつ、戸惑いを見せる桃子。

京太郎「……わ、悪い。大声出して」

桃子「大丈夫っすよ。……ちょっと、嬉しかったし」

京太郎「え?」

桃子「なんでもないっす。手加減はしないっすよ」

薄く微笑む桃子。京太郎としても望む所だ。

京太郎(どんな形でも……それが東横さんに特有の『能力』なら、打ってみればわかるはず!)

――――

十数分後。

桃子「ロン……分かったっすか?」

京太郎「……」

理解はできた。元々マホが打っていた時から、予想はしていたのだ。

京太郎「俺が、見失ってただけなのか……」

ただ、その事実を受け止めるのに――半荘一回分の時間がかかった。

京太郎(たったそれだけ……俺のプライドが、認めなかっただけ)

桃子「……仕方ないっすよ。私自身が、影の薄さを利用してるんすから」

そう、見失ってしまうのは当然のことなのだ。京太郎だけでなく、マホや鶴賀の面子も見失うほど影が薄いのだから。

京太郎「でも、そんなことは関係無い……」ボソ

桃子「えっ……?」

京太郎(勝つ。この二日の内に、必ず……!)

桃子に負けた瞬間の悔しさは、ゆみに負けた時よりも遥かに大きかった。

京太郎(どうして、こんなに悔しいのかな)

同学年だから?それとも、桃子の力が理不尽に感じられたから?

京太郎(いや、理由なんかどうでもいい……勝ちたい、とにかくこいつに勝ちたい!)

衣と打った時に自覚した勝利への渇望が、再燃していく。

京太郎「もう一戦、いいかな」

桃子「いいっすよ、何度でも」

――――

ゆみ「さて、もういい時間だな……」

紅い西空を見て、ゆみが窓を閉める。

マホ「もう終わりですか?」

ゆみ「そう残念がらなくても、明日もあるだろう。……須賀も」

京太郎「……はい、分かってます」

結局、今日は一度も勝てなかった。ゆみにはどうしても一歩及ばないし、佳織は打つたびに必ず役満を和了ってくるし――
桃子には、手も足も出なかった。明日の半日で勝てるか不安になる。

京太郎(でも、啖呵は切っておくか)

逃げ道は、作りたくない。京太郎は卓を立ち、桃子を真っ直ぐに見据えた。

京太郎「……明日は、必ず勝つ」

マホ「マホも、諦めませんよ!」

二人の宣言に、桃子はくすりと笑う。

桃子「こっちも……負けるつもりは無いっすよ」

智美「よし、じゃあ二人!うどん食いに行くか!奢るぞ!」

京太郎「マジっすか!やったぜ」

ゆみ「(……お金もらっても、蒲原の運転は御免だがな)」

津山「(……ですね)」

智美を除く鶴賀の面子の視線に、京太郎が気付くことはついに無かった。

――――

マホ「キャーッ!イヤーッ!」

京太郎「やめろー!死にたくない!死にたくなーい!」

二人が叫ぶのもどこ吹く風で、地獄の道先案内人は哄笑する。

智美「ワハハハハハーッ!これだよ、この感覚だ!田舎の道、荒い地面っ!最高だぁー!」

マホ「先輩、マホ、気持ち悪く……」

京太郎「ちょ、吐くのか!?蒲原さん!袋はっ、ゲロ袋は!?」

智美「エチケット袋と呼べ!はしたない」

京太郎「どっちでもいいですから!てかなんでそんな余裕なんですか!?」

マホ「先輩、マホもう……」

京太郎「待て、なんでこっちを向く!?俺は何もできないぞ!おい、やめ――」

――――

マホ「うう~、ごめんなさい……」

京太郎「いや、悪いのは絶対にマホちゃんじゃない……」

念のため着替えを余分に持ってきていてよかった、とつくづく思う。

智美「ワハハー。悪いなー、まさかそんなに乗り物に弱いとは」

もはや文句を言う気力も無い。

京太郎(悪い意味で、酔いが醒めた……)

マホ「でも、吐いてから……少しスッキリしたかもしれません。あと、お腹もペコペコです!」

京太郎「……強いな、君は……」

――――

智美「さあ、なんでも好きなものを頼むがいいぞ!」ワハハ

マホ「うわぁ……なんでしょう、この凄く長い名前のパフェ。気になります!」

京太郎「……今は、水が欲しい……」

智美「なんだ、無欲だな!奢りだからって遠慮しなくていいんだぞ」

マホ「マホ、この釜玉っていうのにします!」

智美「おう、たらふく食え!私はなんにしようかなー、久しぶりに来たしチャーハンにするか!」

京太郎「……そこは、うどんじゃないのか……」

お冷に口をつけ、ようやくツッコミを入れられるくらいに回復してきた。

智美「ノンノン、チャーハンうどんだ!この店の看板メニューだぞ」

京太郎「……さいですか」

マホ「先輩、メニューどうぞ」

せっかく奢りなのに何も食べないのはもったいない。適当に目に付いたカレーうどんを注文する。

智美「マホー、どうだ鶴賀は。印象」

マホ「そうですね……妹尾さんには勝ちたいです!」

京太郎「多分そういう話じゃないぞ。進学先候補としてだ」

マホ「あ、そっちは……考えてませんでした」

正直過ぎる返答。

智美「いやー、構わないぞ?ウチに来るかとかそんな話されても困るだろ」

マホ「はい、まだ決められません」

智美「まだ一年半あるんだ、ゆっくり悩め。それはそれとして……佳織に勝つなんて、目標低くないか?
今日は何度かやってトップ取れなかったみたいだけど、見たところ佳織より打ててるよ」

マホ「そう……ですか?須賀先輩なんて、対局するたびに役満和了られてたんですけど」

京太郎「うん、だから俺は妹尾さんはもう諦めた……というか、あの人より順位上にはなったしな。
……でも、まだ加治木さんには勝ってない。だから……」

智美「きょーたんの目標は打倒ゆみちんか。頑張れー」ワハハ

京太郎「ま、そうです。あと、そのあだ名は別にいいですけど、広めないで下さいね?」

智美「それで、モモはどうすんだ?」

マホ「あっ……忘れてました」

京太郎「……俺も、今完全に忘れてたよ」

二人揃ってため息を吐く。

京太郎「東横さんの対策考えようと思ってたのに……こんなんじゃそれも忘れちまうな」

智美「どうしても忘れたくないことは、手に書くのが一番手っ取り早いぞ」

マホ「手……あ、マホはいつもメモ帳持ってますから、そっちに書いときます」

京太郎「俺も、メモ帳買おうかな……」

普段はケータイのメモで事足りているが、最近は紙の方が便利な気がしてきた。

マホ「そうだ、蒲原さんは東横さんに慣れるまで、どうしてたんですか?」

京太郎(ああ、そうか。盲点だった)

智美も桃子を忘れないように、何か特別なことをしたのなら、それを参考にできるかもしれない。

智美「手には書かなかったけど、そうだな……私の場合は、匂いで覚えたぞ」

マホ「匂い……?ですか」

京太郎「香水でもつけてるんですか?」

智美「ううん、モモ自身の匂いだ」

京太郎(参考にならねぇ……)

マホ「へー……部員の匂いまで把握してるなんて、さすが元部長」

智美「あはは、モモのは必要があったから覚えただけだぞ。
それに……モモに関しては、ゆみちんの方が適役だったみたいだ」

京太郎(加治木さん……)

そういえば、桃子は練習中ゆみとよく話しているようだった。

京太郎「もしかして……『見える』んですか?」

智美「いいや、ゆみちんも同じだよ……あ、うどん来た」

それぞれ頼んだものがやってきて、一度会話が途切れる。

京太郎「……うまいっすね」

マホ「美味しいです!」

智美「だろー?……えっと、さっきまでなんの話してたっけ」

京太郎「加治木さんの話……いや、加治木さんと東横さんの話ですね」

この短時間で、また桃子の存在が意識からとびかけていた。

マホ「加治木さんも、東横さんが見えるわけじゃないって……」

智美「そうそう。モモはなー、基本的に誰にも見えないぞ?ゆみちんにもな。
けど、私たちは……モモが欲しかった。まだ名前も知らなかった頃のモモをな」

京太郎「どういうことですか?」

智美「麻雀部の部員を募集する時に、学内でネット麻雀をしたんだ。私たちとモモは、そこで初めて出会った……。
そして、その時の打ち筋を見たゆみちんがモモを気に入ってな。入部しないかって何度もチャットで誘ったんだ」

マホ「それで、説得に応じて入部した……と」

智美「いや?何度誘っても断られたさ」

ラーメンをすすりながら、なんでもないことのように智美は言った。

智美「モモはあの体質もあるからな。チャットじゃ普通に話せても、リアルの人付き合いはできないんだ。
いや、今はできてるけど、少なくとも本人はできないと思ってた――あの日までは」

『麻雀部三年 加治木ゆみだ』
『私は 君が欲しい!!』

智美「業を煮やしたゆみちんが、モモのいる教室に乗り込んでいって……見えない相手に直接呼びかけたんだ。
君が必要だ、麻雀部に入ってくれ……と」

京太郎「凄い行動力……というか。冷静沈着ってイメージだったんですけど、意外と……」

マホ「大胆な人なんですね、加治木さん」

智美「本人もらしくないことをしたと言ってたなー。でも、おかげで……」

『面白いひとっすね』
『こんな 私で良ければ!!』

京太郎「なるほど……」

マホ「凄い……良い話です」

智美「ま、ゆみちんとモモの関係はそんな感じだな」

京太郎「大体わかりました。ありがとうございます」

空になった丼を置く。マホはまだ食べ終わっていない。

京太郎「……少し、風に当たってきます」

智美「おー、わかった。じゃあ外で待ってろー」ワハハ

――――

京太郎(……そんなに風ないな。淀んでやがる)

梅雨ほどではないが、じめっとした空気が充満している。

京太郎(……ん、ちょうど良いところに)

智美の止めたワーゲンからそう遠くない位置に、ディスカウントショップがあった。

京太郎(メモは……っと。色々あるな)

特にこだわりもない。なんとなく目についたものを取って、手元で眺める。

京太郎(ゆるキャラ……っていうのか?こういうの。どっかで見たような……。
あとシャーペンは……いいか)

宿で宿題をするために、筆記用具は京太郎もマホも持ってきている。

京太郎(これにするか。そんなに時間ないしな)

一つだけ買って、京太郎は店を出た。

――――

~宿~

京太郎「ったく、帰りは死ぬかと思ったぞ……」

食ってからまた智美の運転で、吐く寸前だった。さすがにマホが行きで吐いたことや、
もう暗くなっていることを考慮して智美も大人しめだったが。

京太郎「次は、あの人の誘いは絶対に断ろう……」

宿の畳に寝っ転がる。当然マホとは別々の部屋なので、一人っきりでくつろげる。

京太郎(一人っきり、か……)

一人でいることも嫌いではない。だが京太郎は、他人と一緒にいる方が好きだった。

京太郎(うん、俺は人の輪の中で生きてく方が性に合ってる……。けど、こうして一人になると……楽だな)

この部屋には今、自分しかいない。誰にも見られてないし、誰に気を使う必要もない。
もしこの状態がずっと続くなら、それはどうしようもなく楽で、そして――寂しいだろう。

京太郎(あの人は……東横さんは、ずっとそんな感じだったのかな)

練習中にポツリと漏らしていた。麻雀部に入らなければ、私はずっと一人だったかもしれない――と。

京太郎(他人とのコミニュケーションは……面倒なこともある。東横さんの体質があればなおさらだろうな)

目を閉じる。昨夜はあまり寝ていないが、睡魔がやってくる気配は無い。

京太郎「……」

瞑目したまま考える。明日どうするか。ゆみにどうやって勝つか。桃子にどうやって勝つか。

京太郎(……よし、メモを使うか……)

どれくらい目を閉じていたか。考えがまとまり、起きて部屋を出る。


京太郎「おーい、マホちゃん。筆箱を貸して欲しいんだけど……」

――――

桃子は寝る前に、今日会った二人のことを考えていた。

桃子(真似っこさん……マホちゃんは、打ち方を真似すると真似した人の『力』も再現できるんすよね。
なら……私のステルスも、あるいは……)

明日は警戒した方がいいかもしれない。

桃子(それに、清澄のおっぱいさんも、私のステルスが通用しなかったし……。
嶺上さんも、私が切った牌の中で槓材だけはギリギリ見えたらしいっすから、要注意っす)

それから、京太郎。

桃子(京ちゃんさんは……変な人っす。なんで私なんかにこだわるんすかね)

龍門渕透華のように、桃子をライバル視する人は今までにもいた。だが、それは桃子が強いからだ。
桃子でなくても、麻雀が強い人はいくらでもいる。桃子のそばにも、加治木ゆみというわかりやすい例がある。

桃子(なのに、京ちゃんさんは……加治木先輩よりも、私に勝ちたがっている。
それに、変なこだわりを感じるっす。あの時も……)

――――

今日の練習中のこと――

京太郎「ロン!リーチタンヤオ……」バラッ

桃子「フリテンっすよ。須賀君」ユラッ

京太郎「……そうか。なら仕方ない、罰符でいいな?」チャラ

桃子「えっ……いや、でも……」

桃子(確かに普通ならこのチョンボは罰符か和了り放棄……でも、今の状況は普通じゃない)

桃子「いいっすよ、ロンだけ巻き戻しで。こんなの、私と打ってたらよくあることっす」

京太郎「いいや、ルール通りにするべきだ。どんな理由があれ、俺は誤ロンのチョンボをした。なら満貫払いだろ」

桃子「……まあ、いいっすけど」

――――

桃子(フェア精神……っすかね。でも、ちょっと頑な過ぎっす。須賀君がミスしたわけでもないのに……)

基本的に桃子は、対局相手の見逃しをその人のミスとして認識していない。
桃子の捨て牌が見えないのは、桃子がそうさせているからだ。相手は何も悪くない。

桃子(もちろん、公式試合なら相手のチョンボ扱いにして利用するっすけど……
普段の練習でいちいち罰符なんて払ってたら、私はまともに麻雀を打つこともできないっす)

麻雀もある種のコミニュケーションの上に成り立っている。その場では、桃子の力はやはりハンデとも言えるのだ。

桃子(もし私が罰符を求めるようにしたら……きっと誰も私と打たなくなる。
せっかく楽しい空間ができたのに、それを壊したくはない)

ぎゅっと目を瞑る。今日はたくさん打ったから、少し疲れているかもしれない。

桃子(今夜は……ラジオはいい。もう寝よう……)

夜が深くなる前に――桃子の意識は、夢の世界へと旅立っていった。


To be continued……

ふぅ、ようやく鶴賀編前編終了……。長らくお待たせして申し訳ない

>>205
すごく嬉しいけど、そんなに期待しないでくださいね……(小声)

次回予告

睦月「あれは役満手のような一発逆転の手のテンパイ……」

佳織「それの何がいけないのかな?」

マホ「マホはもう……妹尾さんを否定したりしない!」

桃子「今はまだ私が動く時ではない……」

京太郎「壊れろ運命!」

次回、『ピースの輪』。お楽しみに!

乙!
次も楽しみに待ってます

次回も楽しみにしています

おつ!
次回も楽しみ!

おつ
一気読みしたけど面白い、次回も楽しみ

乙乙
咲さんどうした

生存報告。
ただ今闘牌描写中……もうしばらくお待ち下さい

待ってる

1ヶ月経ったか、大丈夫かな?

リアルが忙しくて遊戯王も見れてない……
今日モモの誕生日だったから更新したかったけど、無理だった

残念 舞ってる

今作の遊戯王は面白いぞ……
続き待ってます

1ヶ月過ぎてたか、忙しいなら仕方ないし無事なことだけ祈ろう

そろそろ二ヶ月経つので生存報告。もう半年も止まってると思うと待ってくれている人に申し訳なく思います。
少しずつ進んではいるので、まだエタることはないです。

待ってる

待ってます~

待ってるぞ

もうそろそろこのスレも記念すべき一周年(白目)
多分今年のうちには投下する……したい。がんばる。
敦賀も三部構成にしておけば良かったと後悔してますが、もうかなり出来上がってるんで後編は一気にやります。

エタってなかったやったー!

生きてる?

マホ誕いぇい~
生きてるけどインフルかもしれない。
投下できない非力な私を許してくれ……

いつまででも待つぜ。

生存報告来てた

ようやく最終チェックまで終わったんでひっそり投下します

二日目、宿にて


マホ「ふあぁ……おはようございます、せんぱ――って、なんですかそのクマ!?」

京太郎「……おはよう、マホちゃん。ごめん、もうちょっとトーン下げてくれないかな……」

寝不足の頭に、マホの高い声がガンガン響く。

京太郎「昨夜は、あまり寝れなくて……」フア

マホ「……またですか」

京太郎「また……まあ、まただな。大丈夫、慣れてるから」ニヘラ

相手を安心させる笑いを心掛けたつもりだったが――マホは、表情をさらに暗くしただけだった。

マホ「先輩の普段の生活が、不安です」

京太郎「……さすがに、いつもこんなクマ作ってるわけじゃないから。いやほんと、普段は寝てるって」

マホ「……今日は、どのくらい寝たんですか?」

煙に巻こうかと思ったが、マホの真剣な顔を見てやめた。

京太郎「寝てない」

マホ「えっ……」

京太郎「寝てないんだ、昨夜は……全く眠れなかった。……なんでかっていうと、」

言葉を切って、頭を少しだけ働かせる。

京太郎「昨日、東横さんに負けたのが……結構ショックだった、というか。なんか、落ち着かなくてな……」

マホ「……」

マホの労るような視線に、申し訳ない気持ちになる。なんとか空気を変えられないものかと、声を明るくする。

京太郎「でも、おかげで東横さんと打つ算段はついた……一晩中、考えて。マホちゃんはどう?」

マホ「マホは……一応、考えてはきました。忘れないように、メモってます」

京太郎「忘れないように、な……」

マホの言葉を反芻して、今まで後ろに隠していた左手を出す。

マホ「あ、それ……」

京太郎「俺もな、買ったんだ。つい昨日」

京太郎の手はそのメモを包み込むように――否、握り締めるように持っていた。

マホ「……あまり、無理はしないで下さいね」

京太郎「……ああ。わかってるよ」

――――

マホ「先輩、ふらふらしてますよ……見てて危なっかしいです」

京太郎「はは、まさかマホちゃんに……そんなこと言われるとはな……」

軽口を叩きながら、廊下を歩く京太郎の足取りはやはり覚束ない。

京太郎(ん、もう着いた……?いや、違う。確かこの一つ上だ)

部室によく似た教室を見かけて、すぐに否定する。

京太郎(危ない危ない……こんなんで間違えてたらまたマホちゃんに心配される)

間違えそうになりつつも、マホの前を歩くことはやめない。
見られていると思った方が、しっかりできると思ったからだ……今のところ、上手くはいってないが。

京太郎(階段、意外とキツくなかったな……)

すぐそこに部室が見える。うん、鶴賀学園麻雀部で間違い無い、ドアに手を当て――

京太郎「……?」

押す。硬い感触しか返ってこない。

マホ「先輩……?」

京太郎「……いや、なんでもない」

すぐ気付く――引き戸だ。取っ手を見れば一目瞭然だ。

京太郎(……俺、相当判断力鈍ってんなぁ)

ようやく自分の状態に気付き、苦笑する。だが、ここで素直に帰るなどという選択肢は今の京太郎には無かった。

京太郎「失礼します……!」ガラ

マホ「おはようございます~」

睦月「うむ、おはよう」

京太郎「おはようございます」

ゆみ「どうした、随分と顔色が悪いぞ」

智美「もしや、きょーたんも当たったのか!」

京太郎「いえ、その……少し、眠れなかっただけです」

ゆみ「そうか。……大丈夫なんだな?」

京太郎「はい。――ていうか、なんですか『当たった』って」

睦月「部ちょ――蒲原先輩、お腹壊したんだって」

桃子「全然、元気そうっすけどね……」

智美「いやー、今朝起きたら腹がすごく痛くってな。まいったまいった……」

佳織「また、何か賞味期限切れのものでも食べたんでしょ」

智美「ワハハ、今までそんなことをした覚えは無いなー!まあ、腹痛の方はもう大丈夫だ。適当に風邪薬のんだら治まった」

ゆみ「腹痛に風邪薬……プラシーボ効果というやつか……?」ブツブツ

佳織「もう……」

――――

ゆみ「さて、津山?今日は……」

睦月「はい、準備はできています」

ゆみ「そうか。楽しみにしていたぞ」

京太郎「?」

マホ「何の話ですか?」

智美「今日は、むっきーが部長になって初の『対策会議』の日なんだ」

京太郎「対策会議……?」

桃子「そういえば、今日だったっすね。すっかり忘れてたっすよ」

佳織「他校の打ち手を調べて、その対策を練るの」

睦月「うむ。今日はとりあえず、私だけ発表する……でも、質問・意見はどんどん言って下さい」

ゆみ「ん、了解した」

――――

睦月「――つまり、突然スピード重視の打ち回しになったわけですが――」

マホ(はえー、すごいです……)

机の上に置かれている仮想敵の写真を見て、なにかの手配書のようだとマホは感じた。

ゆみ「――なるほど。しかし、それまでは――」

睦月「――はい、状況も見たのでしょうが、IH以前から考えていたことは充分にあり得るかと――」

マホ(ううん……難しくてよく分かんないです……)

鶴賀の面子が意見交換をしているのを、別世界の出来事のように見ることしかできない。

睦月「では、次に中堅、これも三年の――」

京太郎「……」

マホ(先輩、凄い集中してる……)

手元の資料を凝視する京太郎に、ちらちらと視線を向けるが全く気付かれない。

睦月「――さて、次は副将ですが……この人は大将と一緒に説明すべきでしょう」

佳織「……大丈夫?ついていけてる?」ボソ

睦月が説明を続ける中、佳織が顔を向けてくる。心配してくれているのだろうが――

マホ(むっ……そういう妹尾さんだって、本当に理解してるんですか?)

いつもなら素直に分からないですと言えるのに、佳織に対しては、妙なプライドが邪魔をする。

マホ「……大丈夫ですよ」

佳織「そっかぁ……私は全然ついてけないよ。あ、智美ちゃん」

智美「んー?」

佳織「スピード重視とか打点重視とかのスタイルって、変えるのそんなに難しいことなの?」

智美「あー、それはな――」

マホ(あ、れ……?)

てっきり「分かんないよねー」と同意して欲しいだけだと思っていた。だが、佳織はちゃんと分からない所を智美に聞いている。
これではまるで……

マホ(マホだけ、本当に何も分かってないみたいじゃないですか!?)

実際その通りなのだが、心のどこかで佳織を侮っていたマホにとってはショックだった。

マホ(運が良すぎるから……何も考えずに打っても勝てるとか、そんな風に考えてるんだと……思ってたのに……)

真剣に話す鶴賀の面子を見て、マホは一人取り残されたような気分になった。

――――

睦月「では、今回はこんなもので」

対策会議は一時間ちょっとで終わった。

睦月「次回はまだ未定ですが、できれば発表する側にも積極的に参加して欲しいです」

パチパチパチハ……

ゆみ「お疲れ様。良かったよ」

津山「ありがとうございます」

マホ「……」

あの後、なんとか理解しようと努力したものの――残念ながら、頭がショートしただけだった。

京太郎「……マホちゃん?」

マホ「……」

京太郎「マホちゃん!」トントン

マホ「はっ!す、すいません。ぼーっとしてて」

京太郎「……今からウォーミングアップみたいな感じで東風打つらしいけど、大丈夫?今はやめといた方がいいか」

マホ「いえっ、大丈夫です!全然いけます!」

京太郎「ん……じゃあ卓ついて。俺も打つ」

――――
東一局

マホ「起家です!」タン

佳織「……これかな」トン

睦月「……む」トッ

京太郎「……チー」パラ

――――

京太郎「ん……ツモ。タンヤオ三色、えーっと……」

睦月「500-1000だよ」チャラ

京太郎「あっ、はい。すいません」

睦月「……」

――――
東二局

マホ「ポン!」

睦月「二鳴きか……」

マホ(妹尾さんの親、早く和了らなきゃ……!)

――――

三人「「「ノーテン」」」

マホ「テンパイ……です」

佳織「あ、役無しだったんだ」

マホ(少し、急ぎすぎました……)

――――
東三局一本場

京太郎「……リーチ、しとくか」タン

マホ「五巡目……」トン

タッ……トン……

京太郎(やっぱり来ないな……字牌単騎じゃ)タン

睦月「ロン。白東ドラ2、12300」

京太郎「はい」チャラ

京太郎(取り込まれてたか……これは痛いな)パタン

――――
東三局二本場

京太郎「……」タン

マホ「……」トッ

睦月「ポン」パラ

京太郎「……」ピク

睦月(ん、あの表情……勝負手だな)トン

京太郎「……」タッ

トン……ストッ……

睦月「……ツモ。タンヤオのみ、700オール」バラ

京太郎「……!」パタン

睦月(リードしている身としては安手で連荘したくなかったが……うむ。難しい所だ)フゥ

――――
東三局三本場

京太郎(安手で清一色の三倍満を流されたか。さっきの津山さんの顔……もしかして俺、読まれたのか?)チャッ

コンディションが悪いせいでポーカーフェイスを保てていないのかもしれない。

京太郎(く……痛ぇな。でも、捨て牌の判断は絶対に間違えないようにしないと)タン

――――

京太郎「よし、ロン……チートイ、ドラ1。4100」パラ

佳織「あ……これ、だめだったかぁ」チャラ

睦月「字牌の地獄待ち……うむ、これは仕方ないな」

マホ「ですね……」パタン

――――
オーラス

京太郎(ラス親……逆転できるか?)タン

マホ「……」タン

佳織「あ、これなら……」チャッ

京太郎(……?)

佳織「……」トン

――――

マホ「よおし、カン!」パタ

睦月(まさかこれは……!)

マホ「嶺上……開花ならず、です」つ八萬

京太郎「……」フゥ

睦月「カンドラ、めくるよ……九索、つまり一索か」

佳織「あ……夢乃さんそれ、チーです」つ九萬

(789m)

睦月(む……鳴きか。珍しいな……とりあえずオリておこう)トン

京太郎「……」トッ

マホ「……」トン

佳織「……あっ!で、できましたっ、ツモです!」バラッ

111m11s11199p ツモ1s (789m)

佳織「純チャン、三暗刻、三色同刻ドラ3……4000-8000、です!」

睦月「倍満……ああ、ちょうど捲られたか」パタン

京太郎「凄い手牌ですね、相変わらず……」

マホ「あ……マホの、カンで……っ!」

佳織「うん、カンドラが増えたから、捲れるなって……えっと、清老頭?も和了りたかったんだけどね」

智美「ほー……佳織、成長したな」

佳織「ふふっ……。まあ、ともあれ……」

「「「「ありがとうございました」」」」

――――

智美「じゃあ、次は私たちだ」

ゆみ「モモ、打つぞ」

桃子「はい!三麻っすか?」

智美「人数足りてるのにそれもなー……よし、むっきー入ってくれ」

睦月「はい」

ジャラジャラ……

佳織「ふう……暑いねー」

マホ「……妹尾さん。ごめんなさい」

佳織「? なんで?」

マホ「さっきまで、その……妹尾さんのこと、『マホと同じ』初心者さんだと思ってました」

佳織「?同じかどうかは分かんないけど、私はまだまだ初心者だと思うよ」

マホ「妹尾さんは……マホみたいな初心者じゃありません。凄く運が良いのに、それだけに頼らない……マホとは全然違う」

佳織「……」

マホ「最後の局……マホは頼りました。自分の『真似』に。宮永先輩の強さに。そして……失敗しました。
妹尾さんは、マホとは真逆……。増えたカンドラを見てすぐ、役満手を崩してテンパイしました」

何も考えずに能力に頼ったマホ。状況の変化にも柔軟に対応して、与えられた幸運を有効に使った佳織。

佳織「……私だって、『幸運』ありきだよ。役満も作れるような恵まれた配牌だったからこそ、鳴いても捲りきれたんだから」

マホ「いいえ……妹尾さんは、幸運を力にできている。
それに比べてマホは、ただ真似してみただけです。嶺上牌で和了れる確信も無かったのに……」

和が言っていた。安直なカンはかえって損をする……と。マホの損は、相手のドラを増やしただけではない。
「嶺上開花ならず」……その宣言はテンパイを教えるようなもの。佳織に、早和了りを目指す理由の一つを与えたとも言える。

マホ「あんなの、ゼロどころかマイナスです。失敗ばっかりするぐらいなら、真似なんてしない方が……妹尾、さん?」

佳織「うん、ちょっと待ってね……」

佳織がゴソゴソとバッグを漁っている。

佳織「ん……あ、あったあった」

マホ「……これは……」

佳織がバッグから取り出したのは、数冊のメモ帳だった。

佳織「夢乃さん。失敗するのって、そんなに悪いことかな?」

マホ「え……?」

佳織「ううん……もちろん、絶対に失敗しないなら、それが一番良いのかもしれない。
でも、私は失敗から多くのことを学んできたと思う」

マホ「失敗から、学ぶ……」

佳織のメモ群に目を落とす。もうだいぶ使い込まれたあとのようで、角が少しすり減っていた。

佳織「これね、私が失敗する度に……智美ちゃんや加治木先輩なんかが、色々教えてくれたの。
それを、忘れたくないから……こうやって、メモしてって……」

一つ一つを開く。チョンボと罰則について、和了率を上げるためにどんな打ち方をすればいいか、オリる基準は……。
それらのほとんどが、佳織自身の失敗例から綴られていた。

佳織「失敗は成功のもとって言うでしょ。同じ失敗を繰り返すこともあるけど、それはもう一回反省すればいいだけ。
私は、そうやって成功に……前に向かって進んで行くんだと思う。だから、夢乃さんも失敗を怖がらなくていいんだよ」

マホ「……そう、ですね。失敗しても、くじけてちゃ……ダメですよね!」

佳織「うん!そう……今回の失敗から、また一つ成長できた……そんな風に、プラスに考えていけばいいんだよ」

マホ「じゃあ……妹尾さん!次こそ、負けませんよ!」

佳織「ふふ……お手柔らかに、ね?」

――――

京太郎「……」


桃子「ポン」カシャ

智美「ん……」トン


京太郎(……ダメだ、全然頭が働かない)

ゆみたちのウォーミングアップを観戦しているのだが、徹夜からくる疲労感と痛みのせいで集中できない。


佳織「へ~、能力の理解ね……」

マホ「はい、だからまだ染谷先輩のは――」


京太郎(さっきから、マホちゃんと妹尾さんは何を話してるのか……いや、気を逸らすな。加治木さんの打ち筋を見るんだ……)


ゆみ「ロン、チートイのみ」バラッ

智美「あちゃー、そこだったか……」チャラ


京太郎(昨日から見てて思ってたけど、結構チートイ和了るな……)

だが、まだ誤差で片付けられる程度だ。それよりも……


ゆみ「……」ピタ

ゆみ「ん……これだな」トッ


京太郎(うん……やっぱり、当たり牌を察知する能力みたいなのが、高いのか……?)

厳密には振り込みがゼロということは無いが、不注意な振り込みはまず無い。

京太郎(今止めた牌も、河を見ればそんなに危険そうじゃないけど、津山さんの和了り牌……どうやって判断してるんだ)


桃子「ロン。リーチ白ドラ……6400っす」

睦月「あっ……」

ゆみ「……終わりだな。津山、見失っていたのか?まだ少し早いと思うが」

睦月「いえ……普通にうっかりしてました」

智美「ワハハ、そういうこともあるよなー」


京太郎(――く、加治木さんに関しては……もう、体当たりで情報集めるしかないか……)

痛みに悩まされながら、京太郎は役に立たないメモ帳を握りしめた。

――――

睦月「うむ……ウォーミングアップはこんなものか」

佳織「時間は……お昼まであと一時間半くらいか。マホちゃんたちは何時に帰るんだっけ?」

マホ「えっと……大体12時半くらいですよね?先輩」

京太郎「ん……だな。半荘2、3回ぐらいですね、参加できるのは」

智美「いやー、悪いな。対策会議の日とたまたま被ったせいで、あんまり打つ方に時間取れなくて」

京太郎「いやいや、そっちも勉強になりましたから」

マホ「それに、一回で十分です!今日は、佳織さんに勝つのが最終目標ですから」

ゆみ「なるほど……いい気合いだ」

京太郎(いつの間に名前呼び……いや、それはさておき)

京太郎「……東横さんはいいのか?」ボソッ

マホ「はっ!?……忘れてました!」

桃子「……ま、良いっすけどね」ユラッ

マホ「い、いえっ!ごめんなさい、でも東横さんにも負けませんからね!」ビシッ

桃子「――あっ、電話……」スッ

マホ「……あ、相手にされてない……!?」

京太郎「ま、がんばれ」ポン

――――
東一局
桃子(起)25000
マホ(南)25000
智美(西)25000
佳織(北)25000

桃子「起家っすか」ポチッ

コロコロコロ……

佳織「よろしくお願いします」

智美「よろしくなー」

マホ「……よろしくお願いします」

桃子「よろしくっす……サイコロは……左四っすか……」カチャカチャ

マホ(東横さんが起家……。なら……!)

――――

トン……タン……

桃子「……」トッ

マホ(……よし)チャッ

自分は腹芸が得意ではない、とマホは自覚している。

マホ(だから様子見は無しで、最初から全力でいきます。東横さんが親の、この時に……)タンッ

智美「……」トン

佳織「……」トン

マホ(本当は、自分の親で全力を出すべきなのかもしれないけど……)

今真似しているのは、今までに真似したことの無い人物。

マホ(上手くいかない可能性を考えると……親の時はやめておこうと思いました)

桃子「……」トン

マホ(それに――この打ち方は、親じゃなくても充分な威力が出る!)スッ

考えるのは『最も近い役満』。一見して無謀な狙いこそ、愚直な初心者の特権。

マホ「ツモ!」バラッ

佳織「あっ……!」


2333466688s發發發 ツモ3s


マホ「緑一色……8000-16000!」

――ビギナーズラック。それは初心者の全てに降りかかる物ではない。

マホ(強運だけじゃない……自分のツモを信じて、まっすぐに一つの役を目指す。
そんなことができる人を――)

佳織「……さすが、マホちゃん」チャラ

マホ(マホは、尊敬します!)ゴッ

――――
東二局

マホ「親、このまま押し切ります……!」モグモグ

智美「ワハハ、タコスか……お腹空いてきた」トッ

マホ(ん、なんかあんまり……タコスぢからを感じないです。これはダメかも……)

トン……タッ……

――――

智美(もう七巡目、あのタコス娘なら張っててもおかしくないなー……)トン

佳織「ん……」タッ

智美(お、あの捨て牌……)

佳織にテンパイの香り。

桃子「……」トン

智美(マホからテンパイ気配はしない……でも、念のため流すか)

幸い、佳織は二回鳴いて、捨て牌も偏っている。どこで待っているか大体わかる。

マホ「……」タン

智美(この筋だろ!)タッ

佳織「あ、ロン。三色ドラ1、イーペーコー……は鳴いたら付かないんだった。2000?」バラ

智美「ん、そうだな。30府二飜」チャラ

マホ「……親、流れちゃいました」パタン

――――
東三局

マホ「リーチ!」タンッ

智美「攻めるなー……」タン

佳織「うーん、ちょっと待って……これ」トン

桃子「……」トッ

マホ「一発……ならずです」トンッ

智美「お、それロン。平和ドラ3、11600」バラ

マホ「ぁう……」チャラ

佳織「あ、張ってたんだ……私の、見逃した?」パタン

智美「ワハハ、まあなー」

マホ(リードしてるからって、調子に乗っちゃいました……トップの方が狙われやすいんだから、気を付けないと)

桃子「……」パタン

――――
東三局一本場

智美(親)27600
佳織(南)19000
桃子(西)9000
マホ(北)44400

智美「リーチ!」タッ

マホ「今度は振り込みません……!」

佳織「……」トン

――――

佳織「……もうそろそろ、終わり?」トッ

桃子「チー」カシャッ

智美「そうだな、もう流局だ」

マホ「……これで最後ですね」トン

智美「テンパイ。いやー、三面待ちでも中々来ないな」バラッ

マホ「ノーテンです」パタン

佳織「ノーテン……」パタ

桃子「テンパイ」バラ

――――
東三局二本場

智美「お、良いな……リーチ」タンッ

佳織「え、ダブルリーチ……?」トッ

桃子「元部長、ちょーしイイっすね」トン

マホ(四向聴……安牌もあるし、ひとまずオリです)トン

タン……トン……

――――

佳織「あ……ツモ」パラ

智美「ん、先に和了られたか」パタン

マホ「お手本みたいなタンピンですね!」パタン

佳織「うん、でも2700点……いや、リーチ棒と積み棒で5300か。でもリーチかけたかったなあ……」

少し悔しそうな佳織。

智美「私のダブリーをちゃんと警戒したか。
結果的にはリーチかけてた方が良かったけど、こういう判断ができるようになったのは良いことだ」チャラ

智美(佳織は昔から、何やらしても運が良いやつだったけど……その分、基本的な所が弱いままってことが多かった。
運の要素が強いゲームだと、あんまり考えなくても勝っちゃうからな)

昨日も京太郎を相手に役満を連発していた。横で見ていて、宝くじでも買えば良いのにと思ったほどだ。

智美(でも、佳織は確実に成長してる……麻雀はなんだかんだで、運だけでは勝てないからな)

――――
東四局

佳織「サイコロ、振るね」

ポチッコロコロ……

マホ(来ましたね……)

佳織の親。軽く目を閉じ、昨日の九蓮宝燈・16000オールを思い出す。

マホ(佳織さんが幸運を発揮するタイミングは分からないけど……親の役満だけは、絶対に阻止したい)ザワッ

ゆみ「ん……?」ピクッ

集中する。卓を、山を、押さえつける感覚。

マホ(ここは……奥の手を使います!)ゴッ

――――

京太郎(この感じは……!)ゾワ

忘れようもない、この感覚。対面側から見ているゆみも目を見張っている。

京太郎(間違い無い。この力は……)

天江衣の、『支配』。

京太郎(まさか、衣さんの真似まで……マホちゃん、いつの間に……)

戦慄する京太郎をよそに、粛々と配牌は進んでいく。

――――

マホ(この配牌……)

1299m5(赤)78s799p北發中

マホ(四向聴だけど、なぜか和了れそうな感じがします)

ドラは八筒。山の最後を見る。

マホ(海底をツモる番じゃないけど……海底で和了れる気がする)チャッ

衣の話によれば、海底で和了れる確信がある時は自然と自分に海底が回ってくるという。

マホ(自然と……つまり、普通に鳴けば海底コースに入れるはず……)つ赤五索

――――

智美(いきなり赤ドラか)チャッ

何やらヤバい匂いがする。

智美(安手の二向聴……さっさと流せるなら流したいけど)タッ

トン……タン……

智美(今回は、そう上手くはいかない気がするな……)トン

――――
十巡目

京太郎(マホちゃん……多分このスピードは、海底狙いだな)

マホ「……」チャッ

127899m789s1799p ツモ南

マホ「……」つ南

京太郎(でも、まだ誰も鳴いてない……このままだと海底はツモれないぞ)

智美「……」つ東

佳織「……」つ中

京太郎(みんなツモ切りか……やっぱ怖いな、この能力)

桃子「……」つ三萬

京太郎(お、あれを鳴けば――)

マホ「……」チャッ

京太郎(スルー?……ああ、そうか。そうだったな……)

マホ「……」つ四索

智美「……」つ南

佳織「……」つ東

桃子「……」つ九筒

京太郎(また全員ツモ切り……)

マホ「……」チャッ

――――

マホ「……」つ七筒

智美(もう十二巡目……)チャッ

三巡目に一向聴になってから、全く手が進んでいない。他家もほとんどツモ切りばかり。

智美(龍門渕の天江か……とんでもない隠し球だな)ワハハ

この状況を作り出せるのはマホしか考えられない。つまり、マホ以外は全員この状態と見ていいだろう。

智美(逆に考えれば、マホにだけ気を付ければいいってことだ。……まあ、具体的な方策は無いんだけどな)つ九筒

マホ「ポン!」つ七筒

カシャッ

智美(動いた……お)チャッ

ここに来て悪くない引き。有効牌ではないが、待ちが広がる。

智美(ようやくツモ切り地獄から解放されたか……よし、これは現物だな)つ二索

トン……タッ……

――――

マホ(まだ海底コースに入れてない……)つ八索

何か妙な違和感がある……マホは少し焦りを感じてきた。

智美「……」つ北

佳織「……」つ九萬

マホ(ん、佳織さん手出し……?あっ、それ!)

鳴ける牌。

マホ「ポン!」カシャッ

よし、これで――

マホ(あ、れ……?)

1278m789s1p(999p)(999m)

マホ(これじゃ、海底コースにはなっても一向聴のままじゃないですか……)つ一筒

さらに。

智美「……」チャッ

マホ(え?何か……下家から、変なオーラ?を感じます)ピリッ

オーラというか、気配というか。マホが今まで感じたことの無い感覚。

マホ(これが、衣さんの言ってた感覚……?だとしたら、もしかして蒲原さんが張った!?)

智美「……」つ六筒

マホ(手出し……やっぱり、テンパイした?でも、普通に打ってれば流局直前まで誰もテンパイできないはず……)

佳織「……」つ西

マホ(マホは、どこで間違えたんでしょう……)

――――

トン……トッ……

智美(さて……マホの二回ポンでツモが増えたおかげか、なんとかテンパイできたけど……)チャッ

山はあと七枚。

智美(あのポンは海底ツモのためか。もう張ってるだろうし、このままじゃ流局は期待できないな……)トン

佳織「……」トン

桃子「……」トッ

マホ「……」トン

智美(全員ツモ切り……だめだな、やっぱり。完全に海底の流れだ)トン

だが、諦めかけたその時。

佳織「……」トン

智美「あっ……それ、ポン!」パラ

マホ「……!」

最後の巡目でツモをずらせた。

智美(手を崩すハメになったけど……海底和了られるよりはマシだ)フゥ

佳織「……」トッ

桃子「……」トン

流局。

マホ「……ノーテン」パタン

智美(あれ、ノーテンだったのか?)

海底の心配など必要無かったと知り、少し戸惑う。

智美「ノーテンだ」パタ

佳織「ノーテンです」パタ

桃子「……ノーテン」パタ

――――
南一局一本場

桃子(親)9600
マホ(南)42000
智美(西)25600
佳織(北)22800

桃子「……」スッ

ポチッコロコロコロ……

桃子(対七……)スッ

努めて喋らずサイコロを振り、山から牌を取る。

智美「さっきの、天江のやつだろ?龍門渕の」チャッ

佳織「あぁ、あの……全然手が進まないと思った……」チャッ

桃子「……」スッ

周囲の会話は普通に聞く。だが、桃子自身は一言も発しない。

マホ「うーん……でも、あんまり思った通りにいかなかったです。また衣さんに聞いてみなきゃ……」チャッ

皆が理牌をすませた。桃子は静かに第一打を打つ。

マホ「……」トン

桃子(……もう、私は『消えた』っぽいっすね)

前局、マホは桃子が出した九筒をスルーし、そのすぐ後に智美の九筒をポンした。

桃子(西家で海底を狙っていたなら、私から鳴かないのはありえない)

桃子の牌を鳴けばその時点で海底コースだったのに、そうしなかった。少なくともマホからは、もう桃子は見えていない。

桃子(最近、鶴賀のみんなは私との対局で『見えてないフリ』をするようになったっすけど……)チラッ

智美「……」タッ

佳織「……」トン

この局まで、かなりの時間がかかっている。この二人も問題無いだろう。

桃子(さて、この親……配牌も良いし、ここから逆転するっすよ)

――――

トン……タッ……

桃子「……リーチ」チャラ

マホ「……」チャッ

京太郎(……これ、こっちから見てると凄く不安になるな)

マホを含む卓上のメンバーは、もう桃子を見失っている。それが分かるだけに、誰かが無警戒で振り込む未来が容易に想像できる。

京太郎(東横さん、萬子の染め手っぽい捨て牌……って、マホちゃんそれ危ない!?)

マホ「……」つ東(生牌)

智美「……」チャッ

京太郎(……ふう、通ったか……)

だが、このままでは誰かが振り込むのは時間の問題だろう。

京太郎(だけど、俺の立場から東横さんのことで警告はできない……それはフェアじゃない)

歯痒い。こんなに近くで見ていて、マホに何もしてやれない。そして卓は、京太郎の想像した未来にすぐ追い付き――

桃子「ロン」バラッ

マホ「え……あっ!」

桃子「リーチ・ホンイツ・イッツー、赤1……裏、一枚。24300」

京太郎(予想通りの染め手……これは痛い!)

マホ「ああ、また……見失っちゃいました……」

桃子「返してもらうっすよ……あの役満のぶん、利子付きで」

――――
南一局ニ本場

桃子(よし、トップになった……)

配牌は五向聴。和了るのは難しそうだが……桃子は自嘲気味に笑う。

桃子(和了るのを諦めた私ほど、厄介な存在は無いっすよ)タン

――――

佳織(うん、良い感じ……)

タンピンドラ2のテンパイ。

佳織(リーチかけたいなあ……でも、この捨て牌だと待ちがバレちゃうかも)

リーチをかければ出和了りは難しくなる……最近はそういうことにも気が回るようになった。

佳織(確実に和了りたいし、ここはそのまま!)タッ

桃子「……」トン

マホ「……」タン

佳織(あ、マホちゃんの……惜しいところ……)

あまり警戒されていないようだ。リーチを我慢した甲斐があった。

智美「これ……通るかー?」ワハハ

佳織「あ……智美ちゃん、それロン――『無理っす』……え?」

ユラッ

智美「……振り込んだかと思ったけど、モモが切ってたか」フゥ

桃子「正解っす……同巡フリテン、かおりん先輩はその牌で和了れないっすよ」ユラッ

佳織「っあ……」

佳織が改めて河を見ると、確かに桃子が最後に切った牌は智美と同じだ。

マホ「まさか……狙って?」

桃子「さあ、どうっすかね。……かおりん先輩、手は倒してないし、特にデメリット無しの続行でどうっすか?」

佳織「……えっ、あ、あぁうん。ごめん、それで……良いです……」

――――

智美「ツモ。三暗刻、南、ツモで2200-4200だ」パラ

佳織「あう……先にツモられた……」チャラ

桃子(さすがに私も、ツモは防げない……)チャラ

――――
南ニ局

桃子「リーチっすよ」タン

タッ……タン……

京太郎(うん……やっぱり、一度見失うとその状態が続くみたいだな)

先ほど振り込んだマホも、ロンを妨害された佳織も、もうそのことを忘れたように普通に打っている。

京太郎(まさに独壇場。他家の警戒すら許さない……)

智美「よし、リーチ!」タン

桃子「通さないっすよ。ロン」バラッ

三人「……!」

京太郎(全く、怖いな……あの顔)

自分も昨日、あの内の一人だった。

桃子「リーチ・タンヤオ・ドラ1……5200っす!」

――――

マホ(だめ、このままじゃ負ける……!)

持ち点、15500。ギリギリの点数、というわけではない……はずなのに、
なぜか今は『倍満に振り込むと飛ぶ』という事実がとても恐ろしく思える。

マホ(そんな、簡単に倍満や親ハネに振り込んだりしないはずなのに……!)

智美「……」ポチッ

コロコロ……

サイコロが転がるのが、やけに長く感じる。どうしても次に、自分が和了っているイメージを持てない。

マホ(佳織さんは……違う。蒲原さんも……)

自分より持ち点は高いが、この二人に対してここまでの恐怖を抱くのはおかしい。

マホ(何、この……この怖さは、何なんですか!?)

自分が何を恐れているのか分からない不安。サイコロが勢いを失い、止まりかける――

マホ(やっぱり、だめ……っ!)

こんな状態で打てない。マホは卓から逃げるように、後ろを向いた。

マホ「せん、ぱい……」

――――

京太郎(マホちゃん……)

振り向いたその顔は、追い詰められて泣きそうになっていた。

京太郎(ああ、この顔も……俺だ)

衣にボコボコにされた時を思い出す。箱下直前で、早くこの苦しさから抜け出したいと……そればかり考えていた。

京太郎(あの時は、自分一人だとやばかったな)

誰かが、逃げそうになった京太郎を止めてくれた。それが誰だったのか、今となってはもう分からないが……

京太郎(衣さんに勝つためのヒントをもらったわけじゃない。ただ、俺に考えるきっかけをくれた。だから今度も……)

左手を、上げる。

京太郎(これで充分、そうなんだろ?)

言葉が無くても、マホにはそれで通じると思った。

――――

マホ(先輩……手?)

京太郎「……」

左手の甲をこちらに突き出した京太郎。

マホ(いや、違う……手じゃない)

京太郎の握る手から、はみ出して見えている物――手帳。

マホ(!そうだ……)

ポケットに手を入れる。そこには、昨日色々と考えてマホ自身が記したメモがあった。

マホ(先輩に、頼っちゃだめです……まだ、ここにマホの作戦が残ってるんだから!)バッ

――――
南三局

桃子(手帳を、確認した……)トン

マホ「……失礼します」チャッ

桃子(無表情……そしてこの一打目からの長考)

マホ「……」パシッ

タン……トン……

桃子(ついに来たっすね)トッ

マホ「……」ヒュンッ

迷いの無い打牌。まるで次に引く牌が分かっているようだ。

桃子(でも、違う……次にどの牌が来たら何を切るか、事前に決めてあるだけ)

そしてマホの目は、常に牌の動きだけを追っている。

桃子(誰も、『見ていない』……とても人間とは思えないっすね)

この局は、気持ちを切り替える必要があるだろう。

桃子(ここだけは、ガチの麻雀っす)トン

――――

京太郎(和の真似、か……)

マホ「……」ヒュッ

風を切るような、高速の打牌が気持ちいい。

京太郎(マホちゃんが一番尊敬して、信じているのは和だけど……)

今、和を真似ているのはそんな理由ではないだろう。マホはマホなりに考えた結果、和を模倣している。

京太郎(インターハイで東横さんと当たった和は、その時も打ち筋がブレることはなかった)

マホは昨晩、それを思い出してメモ帳に記したのだろう……和の真似をしろ、と。

和『他者を気にし過ぎるという弱点を克服した結果、私は相手の打ち筋にほとんど注目しなくなりましたから』

京太郎(和は、他家の一人一人を差別化して見ていない。だから東横さんを見失うこともないんだろうな)

マホ「リーチ」チャラッ

――――

トン……ヒュッ……

マホ(今は、さっきみたいな不安を感じません……さっきと何が違うんだろう?)

牌効率、リーチの基準。そういう技術的な部分が和と同じになったことから安心しているのか。

マホ(でも、さっきまでは他家に対して、もっと……不安を抱いていた気がするんです)タンッ

リーチをかけると、できることはほぼなくなる。だが、裏を返せば今はあまり打つ方に集中しなくていい……

マホ(ぼんやりとした不安……その原因が他家にあるのなら、今のマホがそれを怖く思わないのはそれなりの理由があるはず)

その余分な思考領域を使って、マホは自分を分析する。

マホ(和先輩は、他の誰かを恐れたりはしない……なぜ?)

この際、自分が何を恐れていたのかなどどうでもいい。

マホ(答えは決まってます。和先輩にとっては、そんな気持ちは麻雀を打つのに余計なことだから)

和と同じように、他人を気にせずに打てるようにさえなれれば。

マホ「……」チャッ

模倣をやめてツモ牌を置く。手牌に目を落とし、今までの思考をまとめる。

マホ(つまり……マホが、人のことを気にし過ぎだったんですね)

辿り着いた、一つの答。次局の方策が決まった。

マホ「ツモ!リーチ・ツモ・平和・一盃口……ドラ、3!3000-6000!」

――――

京太郎(やっぱり、東横さんは振り込まなかったな……)

マホが和の模倣をすることを、最初から警戒していたのだろう。この局だけはリーチを見て普通にオリていた。

京太郎(オーラスはスピード勝負になりそうだな……つっ!)

また強い痛みを感じて、顔をしかめる。

京太郎(く……この調子じゃ、ポーカーフェイスなんてできそうもないな……)ハァ

――――
南四局

佳織(親)17600
桃子(南)31900
マホ(西)27500
智美(北)23000

桃子(さすがに振り込みはしなかったっすけど……だいぶ点差を詰められたっすね)

下家のマホを見る――もう前局のような無表情ではない。

桃子(真似っこさん、模倣は一局だけっすからね……)トン

そして、さっきの模倣でマホに対する桃子の能力がリセットされているとも思えない。

桃子(清澄のおっぱいさんは、私を見ているわけじゃない……真似っこさんが私のことを思い出せるはずがないっす)

実際マホは今桃子に視線を向けていない。目を細めて、卓をじっと見ている。
もし桃子の存在を思い出したのなら、少しぐらいこちらを見るはずだ。

桃子(……でも、この点差じゃツモでも簡単に捲られる)チャッ

幸い、手は軽い。もう一盃口が完成して、二向聴だ。

桃子(どうせ私は振り込まない……なら、全力で和了りに向かうだけっす!)タン

――――

マホ「……」タッ

トップとの点差、4400。

マホ(このぐらいなら、早和了りを目指しても充分捲れる……)

今のマホにはもう、あの漠然とした不安は無い。

マホ(和先輩の真似をして、わかりました……他家に気を取られるのは自分の責任だって)

他人を恐れていては、自分のベストを尽くせない……自分が誰を恐れていたのか、その答えはわからずじまいだが――

マホ(気にしなければいい。人と打つ意識を無くして……卓だけに集中すれば……!)タンッ

目を限界まで細める。視界が暗くなり、卓だけがぼんやりと見える。

マホ(これも、応用なんでしょうか……)

本来の使い方ではないが、今のマホには必要な技術――染谷まこの模倣。

マホ(染谷先輩と同じように……卓上の情報を集中して拾う)

経験値の足りないマホに、その情報から『卓の表情』を読み取ることはできない。だが――

マホ(牌だけを追えば……人を意識せずに済む。どうやら、上手くいったみたいです)チャッ

下家は捨て牌がバラバラで、七対子あたりを狙っていそうだ。対面からは、まだテンパイ気配はしない。

マホ(上家は……タンヤオ狙いかな?)タン

上家はトップなので、逃げ切るために早和了りを狙っているのだろう。だが、こちらももう一向聴だ。

12233m577s88p白白白

マホ(スピード勝負……負けません!)

――――

佳織(マホちゃん……さっきの局から、雰囲気が違う)トン

点が削られた直後は分かりやすく怯えていたが……今はそんな様子をおくびにも見せず、毅然として打っている。

佳織(吹っ切れた、って感じかな……今は、私のことも気にしてないみたい)

今までのマホは、佳織を意識しすぎて空回っていたように思える。
天江衣のコピーという切り札を、佳織の親を潰すために使ったこともそうだ。

佳織(幸運、幸運ってよく言われるけど……私なんて全然強くない。自分の思い通りに運を引き寄せてるわけじゃないんだから)

実際、この半荘ではまだ役満手は来ていない。昨日よりよほどやる気を出しているのに。

佳織(昨日は役満を何度も和了ったし、さすがに普通の確率じゃないってわかるよ。でも、狙って出せなきゃ偶然でしかない)

自分でコントロールできないなら、それは力とは言えない。

佳織(今も、最下位なのに……こんな安い手を狙ってる)チャッ

88m24789s134p北中中 ツモ3p

佳織(……二向聴。中を鳴いてそれで和了るしかない、か)

安手で連荘し、次の局に繋ぐ。今はそのくらいしか策がなく、他家が早和了りを狙っていればなお難しいだろう。

佳織(でも、マホちゃん。あなたが、私を認めてくれたから。だから、私……絶対、負けないから!)タンッ

――――

智美(佳織、成長したなー……)

佳織「……」ジッ

マホ「……」タン

向かい合って打つ佳織とマホ。二人だけの決闘を横から眺めているような気分だ。

智美(マホ、お前が来てくれて良かったよ)チャッ

今まで佳織には、明確に足りない物があった――競争心だ。

智美(佳織には、なまじ初心者としての自覚があるから、私らに負けても悔しがらない。それが、今……)チラッ

佳織「……」ジッ

対面のマホを、睨みつけるように見ている。智美はその目に、こいつにだけは負けないという強い意思を感じた。

智美(マホの、本気で勝ちたいって思いに感化されたのか。佳織の中で、勝負に対する意識が変わった)

ある意味、初めて自分の意思で勝利を目指しているのかもしれない。そう思うと、智美の中にも熱い気持ちが込み上げてくる。

智美(佳織の成長は嬉しいが……もちろん私も負けたくない)タン

この勝負は、二人だけのものではない。

智美(楽しいな……佳織。麻雀って、楽しいよな!)

――――

様々な思いを乗せた勝負は、しかし――綺麗な終わりを迎えることはなかった。

桃子(一萬……いらないっすね)タン

ドラ。誰に対しても危険すぎる牌だが、桃子には関係無い――そのはずだった。

マホ「チー!」バラッ

桃子「――えっ?」ユラッ

マホの手が、その牌を――存在しないはずの牌を、掴みかける。そして――

「あっ、待て!」

バラッ

智美「ロ、ロン!国士無双……48000!」

……。

桃子(え?)

沈黙。役満で一発逆転という、劇的な終結に――誰も、反応しない。

桃子(……振り込んだ?私が……)

何が起こったのか。和了った智美も含む全員が混乱していた。

睦月「あの……一つ、良いですか?」

静寂を破ったのは、睦月の声。

智美「……あっ、はい。なんだ?」

睦月「その、『見えた』んですか?」

やはり、役満に対する驚きは無い。睦月は視点を何度か変えながら観戦していたので、智美の手牌も見たのだろう。

睦月「……変なことを聞いてしまったな。和了ったんだから、見えてたのは当然ですね」

智美「いや……ついさっきまで、正直モモのことは……見失ってた、けど……」

茫洋とした目が、マホを捉える。

マホ「え、マホ……ですか?」

智美「うん。マホのチーで、見つけたんだ……」

佳織「マホちゃんがチーしたから、桃子さんが見えた?」

怪訝な顔をする佳織。

智美「モモが……というより、その、牌が?かな」

ゆみ「……恐らく、夢乃の鳴きで、本来なら見えないモモの牌に意識がいったんだろう」

桃子「そんなことが、あるっすね……でも、なんで……あなたは『見えた』んすか?」

今度は、全員がマホに注目し――

マホ「ご、ごめんなさい……マホにも、分からない……です」

――結局、しばらく落ち着くまで事の真相は分からなかった。

――――

京太郎「マホちゃんの話を総合すると……染谷先輩の真似で卓に集中することで、
和と同じように、東横さんの影響を受けなくした。だから最後の局、東横さんの牌を鳴けた」

マホ「はい……そうみたいです」

京太郎「でも、鳴いたことで蒲原さんがあの一萬に気付いた。ロンは鳴きより優先されるから、後追いで和了られた、と」

マホ「……マホ、どうすれば勝てたんでしょうね」

京太郎「……あとで牌譜を見ながら考えればいい。今は、自分の頑張りを褒めてあげろ」

ぽん、と頭に手を乗せる京太郎。

京太郎「東横さんは、見えたんだろ?一時的にとはいえ」

マホ「はい」

京太郎「なら、その部分では勝ったじゃん。妹尾さんや蒲原さんは、自力では見えなかったんだしさ」

やや無理のある励ましだが、

マホ「先輩……ありがとうございます」

気持ちは切り替えられた。

京太郎「それじゃ……次は、俺が行こうかな」

立ち上がり、卓を見る京太郎。冷房は効いているが、その顔には汗が浮いていた。

マホ「……先輩も、東横さんの対策は考えたって言ってましたけど……」

今朝会った時から一度も手放さず、握りしめていたメモ。

マホ「そのメモ、どんなことが書いてあるんですか?」

もうマホの勝負は終わった。今なら聞いてもいい……そう思っての質問だった。しかし――

京太郎「っ!」サッ

マホ「?」

あからさまに左手を隠し、マホの怪訝そうな様子を見て、しまったという顔をする。

マホ「……先輩?」

京太郎「えっと、その……これは俺流というか。普通とはちょっと違うから……」

何故か目を合わせようとしない京太郎。

京太郎「ほら、前に約束しただろ?俺の真似はしないって。まだこれが正解かどうか分からないし……だから今は……」

マホ「……」

京太郎「……ごめん。秘密だ」

マホ「……」

息をゆっくり吸い込んで、止める。何を言いかけたのか、マホ自身分からなかったが――

マホ「……いってらっしゃい、です」

京太郎「……うん、行ってくる。次は、勝ってくるから」

呑み込んだ思いは、そのまま消えてしまった。

――――

京太郎(起)25000
睦月 (南)25000
桃子 (西)25000
ゆみ (北)25000

「「「「よろしくお願いします」」」」

ゆみ「……そのメモ帳、私は構わないが。マナーが良いとは言えないから、気を付けた方がいい」

京太郎「はい……けど、必要なことなので。俺が……勝つためには」

桃子「……加治木先輩に、っすか?」

鋭い目を向ける桃子。そこに込められた二重の意味を、京太郎は即座に理解した。

京太郎「もちろん、こんなメモだけで勝てるとは思ってない。加治木さんにも……東横さんにも、な」

桃子「……!」

今度は京太郎が睨み返す。

京太郎「昨日、自分で言ったことを俺は覚えてる。俺はもう、忘れない……あなたのことを……!」

ゆみ「……なるほど。だが、私のことも忘れてしまっては困るな」

京太郎「……はい。麻雀で勝つというのは、三人に勝つということですから」

睦月「うむ……もちろんだ」

――――
東一局

京太郎「……」タン

睦月「……」トッ

桃子「……」トン

ゆみ「……」タン

トン……タッ……

智美(モモがいる卓では、序盤でポイントを上げる必要がある)

終盤になるにつれ、桃子は有利に、他家は不利になる。

京太郎「……ポン」カシャ

智美(桃子は『消えて』からが本番……そしてそれまでにはいくらか時間がかかるからな)

相対的に見て、桃子の能力の影響を受けない序盤でより多く稼ぐ必要がある。

睦月「ポン」カシャ

智美(だからみんなスピードダッシュを意識する……でも)

それは、今なら絶対和了れるという意味ではない。

桃子「……ツモ。平和ドラ1、700-1300」バラ

睦月「……はい」チャラ

智美(ステルスしてなくたって、デジタル打ちでモモは強い。ゆみちんが欲しがるぐらいに、な)

――――
東ニ局

京太郎(三巡目に役無しテンパイ……運が良い、と思うべきか)

寝不足のせいか、痛みのせいか……集中できない。流れが全く読めない。

京太郎(純さんなら、こんな状態でも分かるのかね……む)チャッ

来てしまった。

京太郎「……ツモ、のみ。300-500」バラ

京太郎(やっぱリーチしとけば良かったかな……)

――――
東三局

ゆみ「リーチ」チャラ

京太郎(ん、安牌ないな……加治木さんの捨て牌は……チートイか?)チャッ

比較的筒子が多いが、かなりバラついている。

京太郎(……しゃーない、分からないなら自分の手を優先だ)タン

トン……トッ……

ゆみ「ロン。リーチ・チートイ・ドラ1。6400」バラッ

京太郎「ここだったか……」チャラ

――――
東四局

京太郎「……」タッ


マホ「タンピン二向聴……須賀先輩、良い調子に進んでます」

佳織「私、平和は苦手だけど、最近は綺麗な形だって思えてきたよ」

マホ「わかります。すっきりしてますよね」


京太郎「……」チャッ


マホ「東……生牌ですね」

佳織「んー、まだ五巡目だし……あ、切った」


ゆみ「ポン」カシャッ

睦月「ダブ東……」

トン……トッ……

ゆみ「……む、高目がきたか。ツモ、ダブ東・チャンタ、2000オール」バラ


佳織「ああ、取られたので和了られた……」

マホ「仕方ないですけど、こういうことがあると後悔しますよね」

佳織「でも、確率的にはこんなことあんまりないし……次同じような状況になっても、私なら東切るかな」

マホ「そうですね。デジタル的には……」

――――
東四局一本場

ゆみ (親)36400
京太郎(南)16400
睦月 (西)21800
桃子 (北)25400

睦月(駄目だな……急がないと)タッ

東四局でこの点差、普通はそこまで焦る段階ではない。しかし――

桃子「……」トン

睦月(まだ、大丈夫か……?いや、今霞んで見えたような……)

桃子が本領を発揮すれば、まともに打つこともままならなくなる。見失う前に勝負に出なければ。

睦月(そして、加治木先輩……)

ゆみ「……」タン

睦月(またツモ切り……それも中の方。張ってる……?)

トップ、ゆみとの点差も、絶望的なものではない……だが、睦月はゆみに対して気負うものがあった。

睦月(実質、この麻雀部を引っ張ってきたのはこの人……そしてこれからは、部長として私がその役を継ぐことになる)

人望、采配、麻雀のセンス……何一つとして、追いついているとは思えない。普段はそこまで考えないようにしているが――

京太郎「……」トッ

睦月(……他校の生徒の前だからかな。今だけは、どうしても先輩に勝ちたい……!)チャッ

タンヤオドラ2、一向聴。できれば和了りたい。

睦月(もうそろそろ流局……加治木先輩は張ってそうだし、慎重に……これは筋か)タン

桃子「……」トッ

ゆみ「……」タッ

京太郎「……」トン

睦月「……チー」パラ

睦月(よし、テンパイ……でも安牌はないか……?)チラッ

余り牌の内、かろうじて安全そうなのは筋の三筒か。

睦月(通れ……)トッ

ゆみ「ロン」バラッ

睦月(っ……!駄目か……)

ゆみ「タンヤオのみ、2300」

睦月「はい……」チャラ

――――

ゆみ「二本場」チャッ

智美(カンチャン待ちの、筋引っ掛け……さすがゆみちん、焦る人間の心理をよく分かってる)

観戦しやすい位置に椅子を動かしつつ、睦月の捨て牌を窺うと――

智美(あー……確かに、筋に頼ってるところがあるな。よく気付くもんだ)

わずかなヒントも見逃さない、ゆみの強さの一つである。

智美(……しかし、むっきーはらしくないな。流局直前に無理して攻めるなんて……)

――――
東四局二本場

京太郎(……む、ドラの東。自分で引けたか)チャッ

3m455(赤)66s789p東東南北 ツモ東

京太郎(場風にドラ4、大きいけど……)つ三萬

チラリとゆみの方を見る。

京太郎(駄目――だ、全然わからん)

またバラバラの捨て牌。オリているようにも見えるが、七対子なども考えられる。

京太郎(流れがもっと見えればなぁ……)

トン……タン……

ゆみ「……」つ七索

京太郎「……ん、それチーで」パラ

テンパイだ。あとは南か北のどちらで待つか――

京太郎(ん?)

45 6s789p東東東南北 (5(赤)67)

京太郎(……いや、あってる。南か北の単騎待ちだ)

左端に並ぶ四五索が目につき、一瞬そこで両面待ちになるイメージが浮かんで混乱した。集中力が落ちているせいだが――

京太郎(おっと、これは使えるかもしれない……)

ちょっとした思いつきだが、やらないよりはいい。

京太郎(まずテンパイして……)つ南

睦月「……」つ南

京太郎(一回、六索と七筒をまとめて触れる……で、すぐ四五索を寄せて、くっつける)スッ

たったこれだけ。しかし、他家からは晒した五六索の近くが余った、という風に映るだろう。

桃子「……」つ一萬

京太郎(北は生牌、しかも残り二枚。単騎待ちだとバレたら、抱え込まれそうだしな)

ゆみ「……」つ三萬

京太郎(全員安牌……警戒されてるなー)チャッ

――もう関係なくなったが。

京太郎「ツモ。満貫の二本付けです」バラ

ゆみ「ふむ。なるほど」チャラ

点棒を出しながら、どこか納得したような顔。

京太郎(加治木さん……余裕あるな。トップだから当然かもだけど)

――――

ゆみ(ふむ……やはり当たり牌だったか)

7889m78s45679p南北

ゆみ「親は流されてしまったな、残念だ」パタン

京太郎「いや、充分稼いだでしょう……そろそろ譲って下さい」

睦月「……うむ」

ゆみ「なに、冗談だよ」

――――
南一局

桃子(……加治木先輩が連荘してくれたおかげで、南入までそこそこ時間はかかったけど)トッ

ゆみ「……」タッ

桃子(加治木先輩は絶対に私を見失ってない……この時間では、まだ)

京太郎「……」チャッ

桃子(京ちゃんさん……も、まだ見えてるっぽいっすね)

基本、デジタル打ちの桃子は人の表情を読むというのは苦手だが――

桃子(今日は分かりやすいっすね。今のツモで、手が良くなったみたい……かな)

京太郎「……」タン

睦月「……む。リーチ」チャラ

桃子(むっちゃん先輩も来てる……)チャッ

445677m335(赤)67s56p ツモ中

桃子(私も良い手……だけど、今はまだ抑えるべきっすね)

崩すのはもったいない気もするが、ここでオリても後から取り返す自信はある。

桃子(冷静に、機を見て……)トン

――――

睦月「これで海底牌……和了れないな。これ、大丈夫ですか?」タン

ゆみ「問題無い、通しだ。テンパイ」パラッ

睦月「ふぅ……テンパイです」パラ

京太郎「……テンパイ」パラ

桃子「ノーテン」パタン

――――
南一局一本場

トン……タン……

睦月(むう……)チャッ

メンホンニ向聴の手を見て、しかし睦月の顔は浮かばない。

睦月(ここ数局、引きは悪くないのに……)トン

全く和了れない。今日はそういう日なのだろうか。

睦月(前局も、加治木先輩に和了り牌を止められて……それどころか、取り込まれていた)

ゆみ「……」タッ

睦月(完全に上を行かれてる……)

京太郎「……」タン

睦月(……うわ、四萬。また引きたくないところ……)チャッ

染め手にはいらない、別の数牌――しかし周辺の牌が切れていない上に、ドラだ。

睦月(でも切るしかないな)トン

京太郎「ポン!」バラッ

睦月「うっ、取られたか……」

京太郎「……」パシッ

睦月(怖いな……この強打)スッ

そしてその恐れに追い打ちをかけるように、

睦月(うわ、五萬……)チャッ

すぐに来る危険牌――突っ張って良い思いをしたことは少ない。

睦月(オリるか……)トン

タン……パシッ…

ゆみ「……ふん」タッ

睦月(! 五萬……通るのか)

ゆみ「……そう簡単に騙されはしない」

京太郎「……」タンッ

睦月(そうか……ブラフか。全く、敵わないな。加治木先輩には)トッ

――――

ゆみ「ツモ。1400-2700」

京太郎「くっ……はい」チャラ

和了れそうもない手だったので、せめて他家をオロそうと思ったのだが……

京太郎(加治木さんにはバレバレだったな。また差が開いちまった……うっ!)

また痛みの波が来た。歯を食いしばり、耐える。

京太郎(……こんなんで、加治木さんに心理戦なんか仕掛けられるわけない、か)

――――
南ニ局

睦月 (親)15900
桃子 (南)18800
ゆみ (西)42000
京太郎(北)23300

桃子(手が、来ないっすね……)トッ

そろそろ動き出したいのだが、折悪く無駄ヅモばかりだ。

ゆみ「……」タッ

桃子(もう、充分な時間は経った……)

京太郎「……」トン

桃子(京ちゃんさん……辛そうっすね)

顔を伏せているため、京太郎の表情は見えない……が、時折首を横に振ったり、歯ぎしりの音がしたりする。睡魔と戦っているのだろう。

桃子(『消える』までの時間は、相手の実力に比例して長くなる。それは一晩徹夜で練習しても、大きく変わることはない)

加えて、ただでさえ京太郎は集中力が落ちている。まず見えていないだろう。

睦月「リーチ」チャラ

桃子(むっちゃん先輩は……リーチっすか)チャッ

今は和了りも遠いため、オリ一択だが――

桃子(これだけ時間がかかったら、もう消えてるっすね)トン

堂々と危険牌を切る――予想通り、睦月はスルー。そして、一瞬の間――

ゆみ「……」チャッ

桃子(やっぱり、加治木先輩はまだっすか)

ゆみにステルスが通じていないと知り、むしろ嬉しく思ってしまう。

桃子(むっちゃん先輩が和了ると思って、ちょっとツモが遅れた。私の牌が見えてる証拠っす)

――――

睦月「ツモ。3900オールです」バラッ

ゆみ「ふむ。やはりそこだったか……」チャラ

睦月「はい。もしかして、また和了り牌止められてました?」

ゆみ「……いや、まあな。後で牌譜を見るといい」

適当に誤魔化しながら手を閉じるゆみ。

ゆみ(モモが、リーチ後に即切った牌だ……)

――――
南ニ局一本場

睦月(焼き鳥を回避して、この配牌……)タッ

役牌が暗刻で揃っている。

睦月(あまりそういうのは信じない質だけど、流れというのが向いてきたかな?)

トン……トッ……

睦月(来たっ……!高めで三色、絶好のテンパイ!)

ゆみが張っていそうだが、ここは攻める。

睦月「通らば、リーチ!」タンッ

睦月(どうだ……!?)チラッ

ゆみ「……」スッ

牌に手をかけるゆみ。

睦月(あ、当たったか……?)

ゆみ「……」パタン

直後、ゆみは手牌を――俯せに倒していた。

睦月(――?)

桃子「――ロン」ユラッ

睦月「――あっ……!」

桃子「こっちっすよ……リーチ・平和・ホンイツ・一通……裏、一枚」

睦月(またやってしまった……!)

桃子「――16300!」

――――
南三局

桃子(ここからはガンガンいくっすよー)

桃子「リーチ」ユラッ

もう誰にも止められない――たとえ桃子が、それを望んでも。

桃子「ツモ!2600オールっす!」

ゆみ「……追いつかれそうだな」チャラ

――――
南三局一本場

ゆみ「ツモ。チートイのみ、900-1700」バラッ

桃子(……意外と早く止められたっす)チャラ

京太郎「くっ、跳満流された……!」チャラ

睦月「点差、大きいな……」チャラ

――――
オーラス

ゆみ (親)39000
京太郎(南)15900
睦月 (西)7800
桃子 (北)37300

睦月(はあ……今回は、どうしてこう……)

457(赤)m236s399p東發發發 (ドラ:二索)

睦月(……運を、活かせないんだろう)

配牌で役牌の暗刻と、ドラ二つ。三向聴。和了を期待できる良い手だが、

睦月(……足りない。全然届かない、この点差にはっ……!)チャッ

トップ、ゆみとの点差は31200。このままではとても捲れそうにない。

睦月(何か、手を大きく変えられる牌……来て!)つ三筒

――――

睦月の祈りを嘲笑うように、四巡目――

睦月(……一向聴、か)チャッ

445(赤)m2346s99p東發發發 ツモ3m

高い手を目指すなら、染め手を作るべきだったのだろう。しかし、こうも早く有効牌が来てしまうとは思わなかった。

睦月(本当に、無駄に運が良い……)

文字通り、無駄に。あるいは中途半端に。

睦月(どうして私には、突出した能力が無いんだろう)つ四萬

こんな時、佳織が羨ましくなる。その運を少しでも分けて欲しいと思ってしまう。

睦月(……無い物ねだりか。みっともないな)

タッ……トン……

睦月(……こんな私が先輩に勝とうなんて、元々、無理だったか)

この対局中、ゆみに何度も実力差を思い知らされた。もう、諦めてしまおうか――

「カン!」

睦月(!)

(■南南■)

京太郎「ダブ南、確定……!」

睦月(須賀君……)

京太郎「……」ハァハァ

荒く呼吸しながら、新ドラをめくる京太郎。その目は茫洋とし、どこを見ているのかも定かではない――

京太郎「……」つ五索

だが、光を失ってはいない。ここではないどこかを見ながら、決して勝負を捨てていない。

睦月(その点差から……まだ本気で勝とうと思えるのか……)

新ドラは九筒。これも運良く、睦月は二枚持っている。そして――

睦月(……!これは……!?)チャッ

――四枚目の發。

睦月(……急にコレか。ちょっと出来過ぎだな。――でも、)

次はお前の番だ――そんな声を聞いた気がした。


睦月「カン!」カシャッ

(■發發■)

睦月(嶺上牌は……五索。新ドラは――)クルッ

一索、八筒に続き王牌に現れた牌は――白。

睦月(モロ乗り……っ!)

脳内麻薬が溢れる感覚。今は誰にも負ける気がしない。

睦月「リーチッ!」つ東

天が味方している。その確信を持って、睦月はゆみに勝負を挑んだ。

――――

桃子(發・ドラ4、リーチ……!むっちゃん先輩、いっきに来たっすね)

正直、こんな番狂わせがあるとは思っていなかった。

桃子(でも、私のすることは変わらない)チャッ

245667m468s2345(赤)p ツモ2p

桃子(これを最速で和了る……)つ二萬

テンパイ時に余る四・八索はどちらも危険牌。しかし当然、今の桃子には関係無い。

桃子(まるで私だけ別のゲームをしてるみたいっすね)

トッ……タン……

桃子「……須賀君。これが私の運命っすよ」ボソッ

静かに、しかし卓の面子にははっきり聞こえる声量。ゆみは制止してはくれない。

桃子「加治木先輩でさえ、熱中すれば私のことを忘れてしまう……私を求めたくれた人でさえ」

その声は、もう誰にも届かない。

桃子「私のことを忘れないって、そう言ってくれた時は……ちょっと嬉しかったっすよ。
でも、その手にあるメモが何の役に立ったっすか?」

何が書かれていたのかは分からないが、京太郎はこの卓についてから一度もメモを見ようとはしなかった。
当然だ……桃子の存在を忘れてしまったら、そのメモの存在も同時に忘れてしまう。

桃子「事前に考えた対抗策すら、あなたは思い出せない。私とまともに麻雀を打てるのは、画面の向こう側の人だけっす」

そう、これはもうまともな麻雀ではない。桃子が本気を出せば、 相手は抗うこともできないのだから。

桃子「でも、これは仕方ないこと……麻雀部の一員として、この影の薄さを否定することはできない」

それは桃子の「力」だ。麻雀部に貢献するための。

桃子「いつか、ここを卒業して……みんなが離れ離れになったら、私のことは忘れられるかもしれない。
でも、今が幸せだから……誰の記憶に残らなくっても、私はそれで良いっすよ」

一人語りを終え、何度目かのツモ……白。

桃子(ツモ切りっすね)スッ

そして何の気なしに顔を上げ、対面を見る――

京太郎「……」ジッ

桃子「え……?」ゾクッ

思わず声が漏れた。

桃子(そんな、そんなはずは……!?)

その瞬間、桃子が感じたのは本能的な恐怖。
例えるなら、自分の部屋に一人でいたはずなのに、いつのまにか誰かが隣にいたような衝撃。


――京太郎が、桃子を見ている。

――――

京太郎(……気付かれたか)

こちらを見て、桃子が固まっている。牌はもう切れているため、ゆみは構うことなくもうツモっている。

桃子「……」

京太郎(全く……そんな顔するなよ、泣きたいのはこっちだっての)チャッ

青ざめる桃子。自分が「消えて」いなかったことに相当なショックを受けているようだが、京太郎の方も既に絶望的だ。

京太郎(これじゃ、もう誰も振り込んでくれなさそうだな……)

22245(赤)77799s(南南南南) ツモ3p
(ドラ:二索、九筒、發)

三六索待ち、三倍満。和了れば勝ちだが、最大の期待だった桃子の油断はもうありえない。

京太郎(俺の捨て牌は……)

聴牌を取った時に切った五索、そしてその数巡後に切った八索。それ以外に索子は無い……染め手はバレているだろう。

京太郎(……万策尽きたか。もう天運に掛けるしかないのか?)つ三筒

ここまでずっと雌伏していたのに、この土壇場で桃子に気付かれた。もう勝ち目は無いかに思われたが――

京太郎(――いいやっ、まだだ!)ギリッ

顔を上げると、目に入ったのは対面の桃子。体の中に闘志が湧いてくる。

京太郎(こいつだけは……っ!こいつにだけは、負けない!)

それは京太郎自身のこだわり……執念に近かった。

京太郎(何か……まだ何かあるはず……!)

足掻く。疲労した体に鞭打ち、脳をフル回転させる。自分の拾える全ての情報に、全神経を集中させる。

睦月「……」つ四筒

京太郎(津山さんは……六飜確定だけど、捨て牌だけ見ると染め手っぽくも見える)

高打点を目指すならおかしくはない――が、捨て牌は萬子と筒子に偏っている。染め手なら索子か?

京太郎(索子は俺が大量に抱え込んでる……その線は無いだろ)

桃子「……」つ東

京太郎(東横さん……記憶があいまいだけど、多分ちょっと前からツモ切りばっかだったな)

桃子は今、ステルス状態になっている。危険そうな牌も切って、自分の和了りを目指していたのだろう。

京太郎(……そのまま俺に振り込んでくれれば助かったんだけどな。振り込みといえば……)

睦月と桃子の河を見比べる。

京太郎(津山さんは、もしかしたらもうフリテンになってるかもな)

四七索待ちなど、睦月の有力な待ちはまだいくつか残っている。
だが全く予想できない単騎待ちなどの場合、桃子がもう切っているかもしれない。

京太郎(……といっても、睦月さんがトップになるには、ロンだと役満を和了らなきゃいけない)

ありえなくはないが、染め手も無しで数え役満を狙うのはかなりハードルが高い。まだ三倍満ツモの方が現実的だろう。

京太郎(フリテンになってても関係なさそうだな……)

ゆみ「……須賀?」

京太郎「……あっ、すみません」チャッ

河を見るのに没頭して、自分の番が来るのを忘れていた。一応ゆみの河も見ておくが、

京太郎(……オリ、だよな)

内容はそうとしか見えない……警戒のしようがない。

京太郎(……一周したけど、特に案は浮かばなかったな……)

22245(赤)77799s(南南南南) ツモ2m

京太郎(自分の捨て牌も、見とくか)

もはや思考を止めたら負けだ、という意地だけで打っている。

京太郎(……改めて見ると、索子そのものは確かに少ないけど……)

自分だけではない。索子が少ないのは河全体だ。

京太郎(ま、俺が抱え込んでるから当然か……)

つまり、絶対値だけ見れば京太郎の切った索子が特に少ないわけではない。

京太郎(……でも、この偏り……)

他家の捨て牌は字牌が多いのに比べ、京太郎の捨て牌にはやたらと中張牌が多い。もちろん、それらの多くは萬子と筒子だ。

京太郎(こんなの、染め手ですって言ってるようなモンだよなぁ――)

二萬をツモ切りしつつ、ため息を吐いて――


京太郎「――!!」


しかし、京太郎に電流走る。

京太郎(これ、は……!?)

中張牌。フリテン。ステルス。索子。染め手。――全てが、京太郎の中で繋がっていく。そして――

睦月「……」つ九索

京太郎(これだっ……!)

転機。紛れもない、天の配剤。

京太郎「ポン!」カッ

(999s)

京太郎(さあ、行け!)

力強く打ち出した、その牌は――

――――

京太郎「……」

桃子(な……)

――赤五索。誰に対しても危険な、ど真ん中の牌。

京太郎「……和了りですか?」

睦月「いや……」チャッ

桃子(……危なかった……)

もし京太郎が睦月に役満を振り込んでいたらと、嫌な汗をかく。

睦月「……」つ白

桃子(九索ポンして赤五切り……その意味は……)チャッ

京太郎の捨て牌は中張牌が多い。加えて京太郎の晒した牌は――南、九索。

桃子(ホンローで確定っすか)

九筒はドラだ。逆転に充分届き得る。

桃子(つまり、勝負に出た、と……)

リーチをかけたようなものだ。京太郎はここから、振り込みを覚悟で打ち続けるだろう。

桃子(そうなると……)

急いで睦月の捨て牌を再確認。

桃子(一番危ないのは、四七索の筋っすか……なら)

45667m468s22345(赤)p ツモ北

桃子(私が切るのは、これっすね)スッ

静かに、息を潜めて置いたその牌は――

睦月「……」

桃子(通った……!)

――四索。

桃子(これで一つ、可能性が消えた……!)

視界の端でゆみが山に手を伸ばし――


「そのツモ……取る必要無し、ですよ」


ゆみ「……何?」

桃子(え……)


京太郎「言っただろ、忘れないって……」バラッ

2224777s(南南南南)(999s)

京太郎「ロン。ホンイツ・トイトイ・三暗刻・ダブ南……ドラ、3。24000!」ゴッ

――――

終局
京太郎40900
ゆみ 39000
桃子 13300
睦月 6800

桃子「そんな……どうして!」ガタッ

京太郎「どうして、って言われてもな」

ゆみ「……」

京太郎「ああ、まあ……そうだな。津山さんに危険牌打ったら、東横さんが急いで潰しにいくだろうと思ってさ」

睦月「……なるほど。だからあんな所……」パタン

マホ「じゃなくて!」

京太郎「おおっ」

マホ「なんで東横さんが見えたんですか!?」

桃子「そうっ、そこっすよ!」グイッ

京太郎「うわっ」

桃子「昨日打った時は、もっと早い段階で見失ってたはずっす!」

智美「……真面目に理由が思いつかないな。何か特別なことをしたんじゃ?」

ゆみ「……須賀。それを見せてくれないか」

ずっと左手に握り締めているメモ帳。そこに何かあるのかと、桃子も手を伸ばすが――京太郎はさっと手を上げて回避した。

京太郎「すいません、これはただのブラフなんですよ」

佳織「ブラフ?」

京太郎「ええ。最後まで開かなかったでしょう?」

ゆみ「……策など無い、と?」

桃子「そんなわけ――」

京太郎「まあ落ち着けって……その……」ポリポリ

桃子「?」

京太郎「……当たって、るから……」

……。

桃子「」バッ

マホ「……先輩?」ジトッ

京太郎「いや、俺は別に悪くないだろ!?」

智美「全く……だらしないな、きょーたんは」ニヤニヤ

京太郎「ぐっ……と、とにかく!」

謂れの無い罪を着せられる前に、びしっと桃子を指さす。

京太郎「特に理由なんかなくたって、見えたって良いだろ!」

桃子「えっ……」

京太郎「いいんだよ、影がどんだけ薄かったとしても。お前にだって、特徴はあるだろ?」

桃子「特徴……私にっすか?」

京太郎「麻雀強いし、口調も変わってるし、可愛いし。蒲原さんに言わせれば、匂いも独特らしいし」

あと胸もでかいし、というのは口にしないでおく。

桃子「か、可愛い……私が?」

京太郎「正直、凄くタイプだな。お友達になりたいくらい」

佳織「えっ、えぇっ……智美ちゃん、これって……」ボソボソ

智美「なんで佳織が慌てるんだよ」ワハハ

桃子「……友達……」

京太郎「だめか?」

桃子「でも、私、友達ってどうすればいいのか分からなくって……」

京太郎「そんなこと――」

ヴーッヴーッ

桃子「……バイブ、鳴ってるっすよ?」

京太郎「いや、良いんだ。今は東横さんと話してるだろ」

桃子「……ありがとう。それと……桃子でいいっすよ」ニコッ

京太郎「……うん。これからよろしくな、桃子」


智美「なんだこの甘い空気……」

ゆみ「……」

――――

京太郎「それじゃ、今回はありがとうございましたー!」

マホ「ありがとうございました、です」

ゆみ「こちらこそ、勉強になったよ――いや、こういう挨拶は部長がするものだな」

睦月「はい。二人のおかげで、この二日間は大きな発見があったし……部員一同、学ばせてもらった。
あんまり学校の紹介もできなかったけど、うちに来るなら歓迎するよ」

マホ「はい!」

智美「むっきーも、かなり部長が板についてきたな。もう私がいなくても安心して任せられそうだ」ワハハ

佳織「元々、加治木先輩に任せっきりだったくせに……」

桃子「でも、本当に頼れる先輩っすよ」

京太郎「はは……では、またいつか打ちましょう」

睦月「うむ。楽しみにしているよ」

ガラッ

マホ「さよーならー!」

バタン


智美「――さ、私らも昼ごはんとするか」

睦月「そうですね、もういい時間です」

ゆみ「」スッ

桃子「先輩?」

ゆみ「……トイレだ」ガラッ

――――
鶴賀学園・校門前

マホ「それにしても……先輩。東横さんのこと、好きだったんですね」

京太郎「……」

マホ「先輩?」

京太郎「……へ?」

勝負の後で気が抜けたのか、京太郎はどこか上の空だ。

マホ「先輩……」

京太郎「あぁ、ごめんごめん。何の話だっけ?」

マホ「もういいです……そういえば、さっきかかってきた電話、結局誰だったんですか?」

京太郎「ああ……咲の家からだったけど。あとで掛け直してみるよ」

そして、角を曲がりかけた時――

「――須賀!」

京太郎「ん?」

マホ「加治木さん?」

ゆみ「すまない、少しいいか?」

京太郎「……時間は、と。はい、五分くらいなら大丈夫です」

マホ「マホ、また何か忘れ物でもしました?」

ゆみ「……単刀直入に聞こう。どうしてモモが見える?」

マホ「え……」

ゆみ「モモは……はっきり言って、普通じゃない。ただ影が薄いというのでは、説明がつかないんだ」

本人曰く、マイナスの気配。対局中の捨て牌やリーチといった、桃子の関わったあらゆる事象すら見えなくなる。

ゆみ「私は、自信が無い……もし、モモに会うことがなくなったら、すぐにモモのことを忘れてしまうんじゃないか」

京太郎「……」

ゆみ「教えてくれ。そのメモには……何が、書いてある?」

京太郎「……後悔、しますよ……」

そう言いつつも、京太郎はもう逃げはしなかった。左手を緩めて、メモ帳の表紙に右手をかける。

マホ「先輩……?」

京太郎「……」

パラパラパラパラ……

ゆみ「……」

ゆみの目がメモ帳の中身を追う。しかし――

ゆみ「……?」

白紙、白紙、白紙――メモは全て白紙のまま、最後まで白紙だった。

マホ「本当に、ただのハッタリだったんですね……」

――しかし。

ゆみ「……須賀。私がこれで満足すると思うか?」

京太郎「……」ギリッ

顔に書いてある。「これで終わりではない」と――

ゆみ「全部だ。背表紙の裏まで……!」

京太郎「……」スッ

最後の一枚。メモ帳そのものを、めくる――

同時に、悲鳴が上がった。


背表紙の裏には、何も書かれて――否、何か書かれていたとしても、それは見えなかっただろう。
なぜなら、その背表紙には――赫く赫く、血がべっとりとついていたのだから。

マホ「せん、ぱい……」

だが、皆の視線は背表紙などには向いていなかった。更にその先――京太郎の、左手の平。

京太郎「……これが、俺の出した答えです」

トウヨコ
モモコ

ゆみ「っ……!!」

絶句するゆみの前で、京太郎は痛みに顔を歪めながらまたメモを握り締める。

マホ「どうして、そんな……」

京太郎「……こうやって、痛い思いをしてれば……絶対、忘れられないだろ?」

ゆみ「だから、自分の手に……刻んだというのか……!?」

京太郎「ええ。カッターでね……痛くて痛くて、眠れませんでした」

はは、と乾いた笑いを漏らす京太郎。

ゆみ「なぜ、そこまで……」

京太郎「……なぜ、ですか」

何が京太郎をここまで駆り立てたのか。

京太郎「もちろん――勝つため、ですよ」

ゆみ「たった一回の、勝利のために……?」

京太郎「……俺にとっては、譲れないものだったんです」

桃子は仕方ないことだと言った。だが京太郎は受け入れられなかった。

京太郎「どんな理由があれ、誰だって……他人から、そう簡単に忘れられていいわけがない」

ゆみ「……!」

京太郎「そして、どんな理由があれ……俺はそう簡単に他人のことを忘れたくない。これは……」


京太郎「自分との、戦いっすよ」

――――
数日後、清澄高校麻雀部

優希「京太郎ー!タコス一丁ぉー!」

京太郎「へいへい、ちょっと待て」

和「ロンです」バラ

まこ「む、ここじゃったか……」チャラ

久「そうだ、須賀君。鶴賀はどうだったー?」

優希「勝ってきたかー?」

京太郎「ん、まあ一応……な。ただ、結局加治木さんからは直撃取れなかったわ」

久「あー、ゆみね……」

京太郎「ま、別に直撃取らなくても勝ちは勝ちなんですけどね……」

まこ「それは別として、京太郎。その手、大丈夫なんか?前から包帯グルグル巻きじゃが」

優希「あー……」

久「そういえば、まこはまだ聞かされてなかったわね……」

まこ「?」

狂堕狼「フッフッフ、安心して下さい。この魔手(て)はもう大人しいもので……くっ!こんな時に!
静まれ、俺の左手よ!……ふう。中々、手懐けるのも楽じゃないぜ……」

まこ「……こんなキャラじゃったか?京太郎」ボソ

久「しっ、そっとしておきましょう……」ボソボソ

京太郎「……ところで、咲は?最近あんまり見かけないけど……」

……。

京太郎「え?何この沈黙」

優希「知らなかったのかー?」

久「須賀君には真っ先に話してるものだと思ってたけど……」

京太郎「え?え?」


和「咲さん、転校するんですよ?」

京太郎「……は?」


To be continued……

なんとか年内に投下完了。
また長いこと留守になると思いますが、どうぞのんびり待ってやって下さい。

それでは、良いお年を~

乙です

乙乙~

京誕じゃないか……カプスレで思い出したよ

例によって更新できません。とりあえず京太郎おめでとう

生存報告乙~

二ヶ月経ちそうなんでとりあえず生存報告。
最近カプ総合スレで闘牌がはやってるっぽいけど、
正直>>1はハイクオリティな普通の闘牌なんて書ける気がしないので
これからも能力全開な麻雀で行こうと思います。

おつ
いつまでも待っとる

ガチ闘牌描写はやらかしたときマジで萎えるからね…
舞ってる

ガチでやったらミスった時にリカバー効かないから軽めでいいぞ

二ヶ月おきの生存報告。
しかし状況がろくに進んでいない今日このごろ。

生存報告乙です

いつでもいいから待ってるぞ
100年後とかはさすがに困るが

生存報告ー……

暑いけど今日も生きてます。
熱中症に気をつけて……

生存報告乙です

久々に見たら復活してた……。
正直、このまま忘れてしまおうかとも思っていましたが、とりあえず生きてます。

生存報告来てた
舞ってます

まだぁ?

もう最終更新から一年……続きを期待してくれる人にも申し訳ないです。
まだ書きたい展開がいっぱいあるので、終わらせるつもりはありません。気長にお待ち下さい……。

お、戻ってきてる
待ってるぞー

生存報告乙です

生存報告。
ちょっとずつ進んでます

乙です
待ってます

まっ照

>>36のまこのセリフがよくわからん
ロンしても点数変わんなくね?

>>350
加槓からのツモは加槓された人の責任払いになるからでは?

生存報告
>>350
責任払いでもロンでも打点自体は変わりません
直接ロンすると立直が通らない→千点棒が場に出ない
一回カンを挟むことでリー棒一つ分の差が発生するわけです
分かりづらくてすみません

otu

>>352

生存報告。
近いうちに次回予告投下するかも

やったぜ
待ってます

次回予告
咲「迷いと後悔は別かもね……」

美穂子「ファンサービスは私のモットーですから」

京太郎「おいおいこれじゃ……Meの勝ちじゃないか!」

マホ「何?能力を持たないなら無力ではないのか!?」

華菜「お前、弱いだろ」

末春「奴を麻雀で拘束せよ!」

次回、『風を越せ!In to the kazekosi!』お楽しみに!

懐かしい
こんな次回予告だったな

やっべ余裕で二ヶ月過ぎてた
とりあえず生存報告

二年間生存報告のみで進展なし
ここから復活したら凄いな

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年01月05日 (木) 22:41:18   ID: a777qU_r

超絶期待。

2 :  SS好きの774さん   2018年01月27日 (土) 14:38:50   ID: O9fWKiG0

ゆっくりでも完結までいってほしいな

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