小松伊吹「カラミ奏」 (18)

伊吹「もやしを買いすぎた」

奏「なに、藪から棒に」

伊吹「ほら、もやしって安いじゃん? 一人暮らしの強い味方じゃん?」

奏「一人暮らししたことないからわからないわ」

伊吹「むう、この都会っ子のもやしっ子めー」

奏「あと数年もしたらひとりで暮らし始めるから、それまで我慢してね」

伊吹「え、そうなの?」

奏「ええ。一応、高校卒業したら実家を出ようかなって」

伊吹「ええー? 実家暮らしのほうがいいと思うけどな、いろいろ楽だし」

奏「あなたどっちのスタンスなのよ」

伊吹「んー……一人暮らしの大変さは共有したいけど、先輩として苦労はしてほしくない、みたいな?」

奏「複雑ね」

伊吹「まあね。これも先輩の葛藤ってやつかな!」

奏「先輩ねえ」

伊吹「先輩は敬わなきゃだめだぞ?」

奏「なら、先輩に数学の宿題でも教えてもらおうかしら」

伊吹「それは他の先輩に頼んで」

奏「頼りにならない先輩は敬えないわね……」



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奏「それで? もやしを買いすぎてどうなったの?」

伊吹「あ、そうそう。もやしの話をしてたんだった」

伊吹「もやしって安いけど、賞味期限短いんだよ」

奏「まあ、日持ちのするものじゃないわね」

伊吹「この前ついつい買いすぎちゃって、腐っちゃう前に使い切れるかどうか微妙なんだよね」

奏「……もしかして、押しつける気?」

伊吹「うーん……まあ、ぶっちゃけそんな感じ?」





その日の夜 伊吹の部屋


伊吹「というわけで、今夜はふたりでもやしパーティー! さあさあ召し上がれ♪」

奏「いただきます」

奏「最初は余りのもやしをそのまま押しつけられるのかと思ったけど、こういう押しつけられ方なら歓迎ね」

伊吹「へへ、でしょ?」

奏「でも、誘うなら他の子でもよかったんじゃない? どうして私を」

伊吹「なんだかんだ『しょうがないわね……』って言いながら来てくれそうだったから」

奏「私、そういうふうに見えているの?」

伊吹「アタシ的には、頼りになると思ってるよ」

奏「ふうん」モグモグ

伊吹(あ、食べるペースが上がった)

奏「………」シャキシャキ

伊吹「………」シャクシャク

伊吹「もやしって、この食感がくせになるんだよね」

奏「確かに、いいアクセントにはなるわね」

伊吹「しかもだいたいの料理に出張できるし。今日だって、炒め物に味噌汁に大活躍」

奏「これで安いのだから、確かに一人暮らしの味方なのかも」

伊吹「そうそう。これで栄養たっぷりなら言うことないんだけどね」

奏「栄養、ないの?」

伊吹「ないことはないけど、他の野菜に比べて勝ってるわけじゃないらしいよ」

奏「へえ、そうなの」

奏「でも、全然ないよりはいいじゃない。塵も積もればなんとやら、よ」

伊吹「かな」

奏「誰かさんみたいにうっかり買い込みすぎて、いっぱい食べていれば栄養もとれると思うわ」

伊吹「それは言わない約束」

奏「ふふっ」


奏「………」シャコシャコ

伊吹「………」

奏「……? どうしたの、急に黙り込んで」

伊吹「……奏って、一口が小さいよね」

伊吹「もぐもぐ食べるっていうよりも、もきゅもきゅって感じでかわいいかも」

奏「かわいい? もきゅもきゅ?」

伊吹「というか絶対かわいい。十人に見せたら十人かわいいって言う!」

奏「そうなの? 伊吹ちゃんが一口大きいから、相対的に小さく見えるだけじゃなくて?」

伊吹「アタシは別に、一口が大きくも小さくもないくらいだし」

奏「でも、この前あなたのプロデューサーさんと――」

伊吹『あ。P、アイス食べてるの? 一口ちょーだい♪』

伊吹『はむっ……ん~♪ 甘くておいしい!』

伊吹『え? 食べ過ぎ? あはは、ごめんごめん。アタシ一口大きいからさ』




奏「みたいなことがあったと思うんだけど」

伊吹「それはそれ、これはこれ」

奏「ちゃっかりしてるわね」

伊吹「ふふふ、オトナだからね」

奏「ちなみに、あの時思い切り間接キスしていたことになるけれど。そこは平気なの?」

伊吹「………」

伊吹「………あああっ!?」カアァ

奏「オトナというよりオトメよね、伊吹ちゃんは」

奏「ごちそうさま。おいしかったわ、ありがとう」

伊吹「こっちこそありがとうだよ。おかげで食材無駄にせずにすんだし」

奏「Win-Winね」

伊吹「だね♪」



伊吹「あ、そうだ。面白そうなお菓子見つけたから買ってきたんだけど、奏も食べる?」

奏「今ごはん食べ終わったところなのに?」

伊吹「そこはほら、お菓子は別腹ってやつ?」

奏「太るわよ」

伊吹「そのぶん運動すれば大丈夫だし」

奏「清々しいわね」

伊吹「それで? 食べる? 食べない?」

奏「……食べる」

伊吹「さすが奏! それでこそJK!」

奏「JKは関係ないと思うけど」

奏「で、どんなお菓子なの」

伊吹「それはね……じゃーん! 世界一の激辛ポテトチップス!」

奏「………」

伊吹「本当に世界一かどうかは知らないけど、こういう宣伝されると食べたくなっちゃうよね」

奏「世界一……激辛……」

伊吹「? どうかした?」

奏「いいえ、なんでも」

伊吹「そう? じゃあ、早速食べよっか」

伊吹「………」ポリポリ

伊吹「うわっ、辛っ! これは食べる時に水が必須だ……用意しておいてよかった~」

奏「……そんなに辛いの?」

伊吹「うん。世界一かどうかは知らないけどね」

伊吹「さ、次は奏の番」

奏「………」

奏「そうね。いざ」

伊吹(なんでライブ直前の時みたいな目つきしてるんだろう)

奏「はむっ」

奏「………」

伊吹「………」

奏「………」

伊吹「あれ、意外と平気だった――」


奏「~~~~っ!!!」ゴクゴクゴク

伊吹「と思ったらものすごい勢いで水分補給しだした!?」

奏「~~~っ!!」

伊吹「おかわり? 水のおかわりだね! 了解!」

奏「……ふう。やっと落ち着いたわ」

奏「まだ舌が疼くけれど」

伊吹「辛いの苦手なら、最初から言ってくれればいいのに。奏の涙目、初めて見た」

奏「………」

伊吹「子供っぽいと思われるのが嫌だったとか?」

奏「そういうわけじゃないわ」

伊吹「目線がそっぽ向いてるんだけど」

奏「………」

伊吹「奏」

奏「なに」

伊吹「正直すっごいかわいい」

奏「………」プイ

奏「いつか、リベンジするわ。私が辛味を克服したその時に」

伊吹「それ、いつになりそう?」

奏「五年後くらいかしら」キリッ

伊吹「顔は強気なのにだいぶ弱気な目標設定だな……」





伊吹「で、あれから本当に五年経ったわけだけど」

奏「あら。この激辛スープって面白そうね。伊吹ちゃん、一緒に注文する?」

伊吹「克服どころか、辛いのが好きになるまで成長するとは」

奏「もう成人して数年だもの。味覚だって変わるわ」

奏「お酒だって、甘くないものを飲めるようになったし」

伊吹「奏は向上心が高いからね」

奏「そういうものでもないと思うけど。ふふっ」

奏「それはそうと。このお店のお酒、おいしいわ」

伊吹「よかった。連れてきたかいがあったね」

奏「ええ」ゴクゴク

伊吹(とまあ、そんなわけで、辛味を克服した奏なんだけど)

数十分後


奏「ねえ伊吹ちゃん? 伊吹ちゃん、いつになったらプロデューサーさんにアプローチかけるの?」

伊吹「あ、アプローチって」

奏「もう出会って五年でしょう? たまには大胆に攻めてみてもいいじゃない。ね?」

伊吹「大胆って……そもそも、アタシはアイドルで、あいつはプロデューサーだし」

奏「ね?」

伊吹「いや、だから」

奏「ねえ?」

伊吹「………」

奏「ねえ? ねえ?」トローン



伊吹(奏、絡み酒なんだよね……酔うとすぐ耳が赤くなって、べたべたしてくるし)

奏「ねえ、伊吹ちゃん? 聞いてる?」

伊吹「はいはい、聞いてるって」

伊吹(ま、これはこれで無防備でかわいいんだけど)

伊吹(辛味苦手な奏から、絡み酒の奏に……なんて)

奏「今すごくくだらないダジャレ考えてなかった?」

伊吹「なんだよエスパーか!?」



おしまい

おわりです。お付き合いいただきありがとうございます。伊吹と奏の絡みが好きです

前作
小松伊吹「ハラミ奏」
速水奏「小松菜伊吹」

関係ない過去作
藤原肇「佐藤さん、佐藤さん」 佐藤心「はぁとって呼べよ☆」
橘ありす「雪ですね」 佐城雪美「呼んだ……?」

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