森久保乃々「二人いっしょが」 (142)

森久保乃々「二人そろって、」  森久保乃々「二人そろって、」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1481292165/)
という作品の続きみたいな感じの短編集です。

地の文あり
キャラ崩れてたらスイマセン




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1481988102


「もりくぼ、もう帰ってもいいですか?」

初めて会った時、ああ、この子と離れちゃいけないと強く感じた。

賢く、可愛く、優しい女の子。

つとめて自らを客体化し、観察していて。
でも、その評価が周囲のそれと全く違って。

そんなところまで、全部含めて、俺にとっては一番、一番可愛い女の子。

君の叔父に紹介されて会ったあの日から数日は、次の約束にちゃんと来てくれるか。
本当にそれしか考えられなかった。


約束通りに再会できて、すぐに辞めたいと言われた時には柄にもなく引き留めてしまって。
優しいきみにつけ込むような、少し卑怯な頼み方までして。

それでも、離したくなかった。

いつか俺に似ているなんて言ってたけれど、それは違うよ。
ただの怠け者の俺と、優しさと恐怖で動けないきみは、似ているようで、違う。

今はきみの優しさを必要としているのが俺くらいだけど。
きっといつの日にか、他の誰かに向けられてしまうのではないかなんて思ってしまう。

でも、もしこのままずっといれたなら。

そのときは、俺の気持ちを伝えるよ。

初レッスンの時に、伝えた言葉。
実はあれ、結構本気の意味だったり。


こっそり二人で帰る道。
繋いだ手と手、寄り添う肩と肩。

少し思い出に浸ってたと言ったら、ぢゃあ一緒に思い出話でもしましょうか、と。
恥ずかしいですけど、とそっぽを向きつつ忘れず付け足すところが、また可愛らしい。

とりあえず、夜ごはんのものだけ買って帰ろうと、少し遠回りのスーパーへと続く道へと歩みを向ける。

懐かしい、取り留めもない思い出話をはじめながら。
思い出したごとに、季節も順序も関係なく、ゆっくりゆっくり話していく。

今日は、きっと夜までこの話。

小さな君と、小さな家への帰り道。
小さなコタツが待っている、いつも通りの帰り道。


******


******

「ぁつぅーぃー……」

「そりゃあ、夏だからなあ」

そんなの、この暑さのなか言われなくても分かってるんですけど。

いくらめんどくさがりでも、壊れたクーラー直さないで3年経ったとか信じられないです。

いつも以上にむり、むり、と言っていたらなんとか修理の電話をしてくれましたけど、予約で一杯だからもう秋になる頃になるって言われてました。

なので、この夏一杯はクーラーなしで生活です。


我慢できずにのそのそ這って、ガタガタいいながらクビを振ってる扇風機を無言で固定し、私に風が来るようにしました。

暑さにやられて、あなたの声もいつも以上にけだるげ。

「……ののぉ、なにしてんだよー」

ばたりと無言でまた倒れて、涼しい風を独り占め。

少し快適です。もりくぼ、ちょっとだけ生き返りました。

大の字に倒れたままいたあなたは、ごろごろと風を求めて私の方へ。


私の右足と、あなたの左足がぴったりくっ付き、残りの足が左右から残り少ない涼を求めてバタバタとポジション争い。

こんなにくっ付いて動きまわったら余計に暑くなるなんて、分かっているのに。

それでも、いつもよりあなたの側にいられて嬉しく思っちゃいます。

おんなじように、思ってくれていますかね。


ちょびっとくっつく腕と腕。でも、繋げず手持ち無沙汰な手と手が今の私達っぽかったり。

お互い上手く足と足がおさまって、しばらく。
扇風機の風より、くっついてるもりくぼたちの体温の方が勝って、結局。

「やっぱり、ぁつぅーぃー……」

と、なってしまう私でした。

***


***

「あの後、押入れからビニールプールを出してアパートの裏庭で入ったっけな」

「あの時は、整理整頓とおそうじをめんどくさがるところに感謝しました」

「水着姿のののも、やっぱり可愛かったよ」

と、繋いだ手と反対の空いてる左手で頭をクシャクシャ撫でてくる。

恥ずかしくなって、今まで以上に地面を見ちゃいます。


「また、プールしような」

「うぅ……。むーりぃー……」

楽しかったから、いいですけど。

……でも、来年までにクーラーは直しといてください。


******


******

今日のレッスンは特別大変だったらしい。

レッスンを始めてはや数回。
少し慣れてきた様子だったので負荷を今までより強くかけるものにしたそうで。

気にはなっていたのだが、森久保と契約して以降スカウトという名の散歩がし難くなったことと、出せ出せ言われる報告書と企画書を作らないといけず、泣く泣くデスクワークをしていた。

出しては誤字やら資料不足やらで戻され、夕方やっとこさで誤魔化してレッスン場を覗くと、休憩中に目を離した隙に逃げてしまったらしく。

トレーナーに迷惑かけてすまんねと、コーヒーを買ってきて渡した後、森久保はそんなところも可愛いだろ、なんて言ってからフラフラと探しに出かけた。


事務所の中の隠れられそうな場所を探して。

近くの女性スタッフやらアイドル捕まえてトイレにいないかも見てもらい。

最後に自分のデスクに戻ってもいない事を確認してから、当てのある場所へ向かうべくタイムカードを切ってから事務所を出た。

道すがら、コンビニとかに隠れてないかチラチラと見ながら歩くことはや数分。

帰ってきた我が家のドアノブを回すと鍵が開いていた。


「森久保、危ないから鍵は閉めろよ」

「うぅ……うっかりの誰かさんが閉め忘れただけだと思うんですけど」

そーかい、と言いながら靴を脱ぎネクタイを緩めて狭い6畳の隅でカーテンにくるまって体育座りしている隣に腰を下ろす。

しばらくお互いに黙っていると、森久保の方からぽつぽつと話し出してくれる。

「やっぱり、むーりぃー……」

「今日は大変だったみたいだなあ」

「あんなにレッスンがキツイとか、もりくぼ、聞いてないんですけど……」

いぢめですか、なんてぼやいてる。


「でも、予定の半分は頑張れたんだろう?」

すごいなあ、俺なんて3分も持たず倒れちまうよ、なんて笑って答える。

「明日もおんなじみたいなのとか、むーりぃー」

「じゃあ、休んじゃうか」

え?、といいずっとカーテンに隠していた顔をやっと見ててくれた森久保を横目に、総務に電話をかける。

明日有給取りますんで、森久保も一緒に休みますと伝え、明後日申請書出しますと言って電話を切る。

「俺も書類溜まってて面倒だから休みたかったんだ」

いいんですか?と少し心配そうに聞く森久保に、やれるだけやって、しんどいなら休めばいいんじゃない、なんて笑いかける。


「にしても、ここ教えて昨日の今日で来てるとは思わなかったよ」

「ほかに、行くあても思いつかなくて……」

たしかに、事務所にもまだ慣れてないだろうしなあ。

宙を見つつ会話していたのだが、ぐぅ、と急にお腹の鳴る音がしたのでふと隣を見ると、いつも以上に恥ずかしそうに体育座りしている自分の腿へ顔を埋める森久保。

「そういえば、レッスンの途中で抜けたのか」

腹減ったろう?と聞くともごもごと別にやらでもちょっとだけやら聞こえる。


ちょいと待ってな、と言いすぐに冷蔵庫を漁るも大したものがない。

元々今日はカップ麺で済まそうと思ってたしなぁ。

仕方なしに以前デパートの閉店間際に買った切り落とし肉についていた牛脂で冷凍してとっておいた物を細かく刻んで少し萎びたネギと炒めてチャーハンをパッと作ってあげる。

「森久保、出来たぞー。貧乏メシですまんけどな」

匂いにつられたのか、包まっていたカーテンから出てきて、テーブルに前にちょこんと座る。

いいんですか?、なんて聞かれたから、当たり前とばかりに頷いてからコップに水を注いで出してあげる。


「……いただきます」

ぼそぼそとだけどいいながらちょこんと両手を合わせて言ってからスプーンを持って口をつけ出す。

そこそこ食えたもんだったのか、ちまちまとながら止めることなく食べていく。

こうやって、少しずつ近づいていけるのかな。

小さなテーブルを挟んでチャーハンを食べる小さな姿を見ながら、そういえばこんな時間までこの部屋に誰かいるのは久しぶりだなあ、なんてぼんやりと考えていた。

***


***

「休みが明けて出勤してから、凄く、怒られてましたね」

「まぁ、上司に報告せず急に休んだから……」

でも、おかげで次からのレッスンに少し気楽に行けるようになりました、なんて嬉しい事を小声ながら言ってくれる。

「今じゃチャーハン作るのも、ののの方が上手いくらいになったなあ」

隣で照れる、可愛い姿を見つつ。
さて、今日のご飯は何になるかなあ、なんてぼんやり考えていた。

******


******

「おでんが食べたい」

「急に、なんなんですか……」

そんなの、いきなりいわれてもむーりぃー……。

それに、ご飯はさっき食べたじゃないですか。

足りなかったと暗に責める、今日ご飯を作ったもりくぼへのいぢめですか?

そんな風に聞くと、違う違うと、秋の夜長に夜食が欲しいんだと弁明している。


まあ、確かに明日は二人揃ってお休みですし、特段お出かけの用事もないので夜更かししてもへいきですけど。

ほら、こんぶと鰹のだしの効いたおつゆに、大根とちくわやらつまみながら、日本酒でも飲みたいじゃない?、なんて聞かれても。

もりくぼ、未成年なんでお酒とか飲んだことないです。

でも、そんな風にいわれると確かに美味しそうです……。
私も食べたくなってきました。

でもでも、買いに行くにも。

このおこたから出るとか、むーりぃー……。


古本屋で新たにセット買いしてきた少女マンガを読みながら言うと、俺も、むりぃー、ってテレビを見ながら。

言われて耳を澄ませてみれば、なるほどたしかにいいところみたい。

「今日は勝てるといいですね」

おう、なんて自分から切り出したくせに生返事。

それからしばらく。
あなたはテレビを、私はマンガを。

きりよく一冊読み終えたところで顔をあげると、丁度試合も終わったみたい。

よしっ、と声を出してから、今日はののと一緒だったから勝ち試合だったかな、なんて。

そんなこと、あるわけないですけど。
でも、嬉しそうなあなたをみれたから。それでも、いいです。


「あ、そうだ。おでんだよ、おでん」

忘れてはいなかったんですね……。
でも、私もたしかにいま、おでん気分は高まっています。

「じゃんけんして負けた方がそこのコンビニでおでん買ってくるなんてどう?」

もりくぼの心もちょっと動いているのを見透かしてか、そんなことを言ってきます。

しょうがないですね……。

分かりましたと言い、右手のこぶしを振り上げる。

じゃーんけーん、ぽん。


私が出したのはパー。
目の前にあるのは、チョキ。

うぅ……。
負けてます。いぢめですか。

いえ、まあじゃんけんなんでいぢめじゃないですけど。

仕方なくこたつからのそのそと出て、上着を羽織ったところで玄関へ向かうと、後ろからファサッ、と上着を羽織る音。

そういえば、俺他に欲しいものがあるからコンビニに用事あるんだったなんて、目線をそらしながら言ってくれます。


近くでも一緒に出掛けられることと、分かりやすくも気を使ってくれてることとが、とっても嬉しくなって。

鍵を閉めて、手をつないで。
ちょっとだけ、いつもより頭を傾けて寄せちゃいました。

ぬくもり恋しい季節になって。
こたつもいいですけど、人とくっつくのもあったかいです。

明日はおでかけしないので。
まえがりみたいな、すぐそこまでの、お散歩でーと。

***


***

「まぁ、さすがにいくら短くても夜道をのの一人で行かせられなかったよ」

「じゃあ、なんでじゃんけんなんてしたんですか」

あの時みたいに目をそらして、一緒に来てほしいなんて言えなかったって。

もりくぼもそれを聞いて、嬉しくなって。
あの時みたいに今以上に頭を寄せて。

「コンビニにも寄って、おでんも一緒に買って帰りましょうか」

今日もきっと、夜長でお話ししますから。

******

今日はここまでで。

何日かに1回、1~2話くらい短編書けるようしたいと思います。
ではでは、おやすみなさい。

ちょっと書けたんで、少し投稿します。


******

「おっ、珍しいなあ。森久保、勉強か?」

「はい。もうすぐ中間試験なんで……」

事務所にいるときは大体机の中にいるのだが、今日はソファに座って教科書と問題集を開いている。

最近は名目がスカウトという名前から営業という名前に変わった散歩を終えて事務所に戻り一息つく。

「ほーん、数学かあ」


買ってきた缶コーヒーを飲みながら、ソファの後ろから覗き込む。

うーん、うーんと唸っていたのが可愛くはあったけど、どうにもペンが止まっているみたいなので。

ほっぺたに冷たいオレンジジュースのペットボトルをくっつける。

ひゃわっ、と、今まで聞いたことない声で驚く姿も、やっぱり可愛くて。

いつも通りの涙目と上目遣いで、ともすると睨んでるくらいの顔を向けてくる。


「何するんですか……」

「いや、少し疲れてるみたいだったんでね。どれくらい続けてやってる?」

「ええと、2時間にならないくらいです」

じゃあちょっとだけ休憩しな、ともう一度オレンジジュースをぐいと胸元に押し付けてやる。

ありがとうございます、と小さくお礼を言ってから、キャップをあけてくぴくぴと飲んでいく。

「森久保は、勉強得意か?」

ふつう、です。目立たないくらいです、なんてとても彼女らしい返答。

彼女は、多分とても賢い子だと思う。
きっと、アイドルなんて始めたんだから今まで以上に上下での目立ちには気にしてるはず。


でも、あまり無理するなよ、と。
どうしても俺の目の届かないところだから。

ポン、と頭に手を置いてやる。

また、ひゃわっ、と声がする。

「なんですか、触られてると、緊張しちゃいますし……むーりぃー……」

「連立方程式か。どれ、ちょいと見せてみ?」

森久保のシャーペンを上からひょいと抜き取って、詰まっていた問題をノートの上に解いていく。


「ここはな、両方の係数を合わせてやってだな……」

いつも以上に途中式を分かりやすくして見せてやり。
どうだ、と横から顔を覗き込んでやる。

顔が近くて恥ずかしいのか、すぐに回答集を手に持って顔と顔の間に入れながら答えを確認して。

「……マイナス、付け忘れてますよ」

あれっ!?
あ、移項した時に付け忘れてる。

いかんなあ、締まらんなあ、と頭をぼりぼりと書く俺をちら、と見て。

「でも、分かりやすかった、です。……ありがとうございます」

照れながら言う、その姿を見て、また、手を頭の上に置いた。
ずっと流れていた奥のTVからは、気の早い台風1号の話題が出ていた。

***


***

「そういえば、2学期は期末試験ないのか?」

「私の学校、2期制なんで……。後期の期末試験は、2月の末です」

そっか、いつでも見せろよ、教えてやるからというと。

「今度は、マイナス……。いえ、冗談です……」

うるせぇ。

あの時とは違い、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやった。

******


******

風邪を引いたらしいです。
朝、連絡が入ってまして。

今日は迎えにいけない、ごめん、と。

今日はレッスンの予定だけでしたし。
無理しないでゆっくり休んで下さいとお返事しました。

自宅の最寄り駅から電車に乗ると、ちょうど空いていたひと席にちょこんと腰掛け小さくなって。

足元から出る熱風の量と、比例するかのように増えたマスクをかけてる人の数は、冬の訪れを感じさせます。


一人でこんな人混みにいるなんて、普通ならむーりぃー。

でも、あなたがいないからこそ。
いつもいつも心配かけていると思うんで。

ちょっとくらい、一人でも頑張ってみます。
もりくぼに頑張れるだけ、ですけど。

がたごと、がたごと。
一駅一駅止まるたび。人が乗っては降りて、乗っては降りて。

もしかしてもしかすると、もりくぼのこと、知ってるひともいるかもしれません。


昔なら、本当にむーりぃー、でしたけど。
ほんのちょこっと、だいじょうぶになりました。
あなたと一緒にいたことの、証明のような気がして。

お仕事辞めたいのは、辞めたいですけど。
あなたと一緒なら、もう少しだけ、頑張ります。

レッスン終わったら、お見舞いに行きますね。
おかゆでも、作ってあげます。

もりくぼ、最近お料理上達してるので。
きっと上手にできる、と思います。たぶん。

がたごと、がたごと。
今日は私から、あなたに会いに行きます。
いつもの二人の電車に乗って。

***


***

「そういえば、この前の風邪、よくなりましたか?」

「おう、ののの看病のお陰で次の日から万全だったよ。ありがとな」

レッスン終わりでお疲れだったのに、ごめんな、なんて。

私の方こそ、いつも色々してもらってますから。

「ののは、俺の風邪うつらなかったか?」

大丈夫でしたよ。
そう言って、地面を向きます。

看病してた時に、風邪はうつれば治る、うつす方法は……なんて、考えてたのは、ないしょです。

******

今日はここまでで。

また書けたら投稿します。
ではでは、おやすみなさい。

こんばんわ。何話か書けたんで投稿します。


いつもは能天気な顔のあなたも、ほんのちょっぴり困り顔。

困らせちゃいけないなんて思っても、やっぱり怖くて。

本番直前、楽屋の中で。

心配そうなスタッフさんに一旦外へ出てもらい。
部屋の中には二人きり。

怖くて怖くて、涙が出てきちゃいます。

ぐずる私を見かねてか、正面の肩口からキュッと、あなたが抱きしめてくれました。


ビックリしちゃって、思わず目がぱっちり開いて。

胸の中ですんすんとぐずつく私に、優しく言葉をかけてきます。

森久保、ごめんな、ごめんな。

無理なら辞めてもいいんだ。

この仕事も、アイドルも。

俺には、ののが一番可愛いから。

みんなにも見てもらいたいんだけど。

見てもらわなくても、世界で一番可愛いのはののだって、知ってるから。

無理させちゃって、ごめんな、って。


ずるい、です。
そんなこと言われてたら……。

「でも、もりくぼより可愛い子なんていくらでも……」

「森久保が。……ののが、一番可愛いよ」

ほんとの、ほんとに……?

そのままお互い無言のままで。
私もだいぶ、落ち着いてきました。

こんこんと、ノックの音。
ほんとうにぎりぎりの時間になっていました。


私はまだ、もうすこしだけ。
あなたと、一緒に、いたいです。

許してくれると、思いますけど。
でも、きっと困っちゃいます、よね。

「……帰ってきたら」

だから、小さくかすれた声でお願いします。

もう一度、今の一言を言ってくれますか、と。

もちろんと言わんばかりに今まで以上にキュッと抱きしめられ、それから背中をポンポンと叩かれました。


「行っておいで。無理なら、帰ってくればいいよ」

こくん、と頷き。

扉を開けて、舞台にむかって歩いていきます。

舞台袖で立ち止まり、ふぅっ、と一息をついてから。

本日があいにくの梅雨入り発表となりましたが、お足元の悪い中、ようこそお越しくださいました。
司会の方のアナウンスと共に。

いつも以上に小さな歩幅で、おどおどとしてますけど。

私は、一歩を踏み出しました。

***


***

「あの時、はじめてもりくぼを名前で呼んでくれましたね」

そう言って上目づかいで見上げると、目線を逸らしてしらんぷり。
照れちゃってます。

「しかし、今思い返すと完全にたらしです。もりくぼ、騙されてます」

騙しちゃねえよ、と。目線を逸らしたまま。
「俺は、あの時からずっとののが一番かわいいと思ってるよ」

もう一度じゃなくて、結局これまでに何度も何度も言われちゃいまして。

とっても嬉しいですけど、やっぱり照れちゃいます。恥ずかしいです。
でも、可愛いの意味が、あの時と少しは変わっているなら、嬉しいです。


俯きながら、こそっとつぶやきます。
「……あのとき、辞めなくてよかったです」

今もこうして、あなたと一緒にいられるから。

これからも、あなたと一緒にいられると、思えるから。

……たぶん、ですけど。

******


******

今日のお仕事は、衣装合わせだそうで。
もりくぼ、合わせるほどのおうとつ、ありませんけど。

それに、あんまり可愛い衣装とか、着せる相手、間違ってます……。
もりくぼには、むーりぃー……。

でも、今はまだスタイリストさんとあなたしかいませんから。
お洋服買いに来たときの、試着くらいの感覚で、まだほんのちょっと、だいじょうぶです。

衣装室で何着も合わせたあと、これが最後だと渡された衣装は。

水色の、可愛らしいドレスです。
思わず、見惚れてしまうような。

着てみても、これまでの衣装は少しずつ直すような場所があったんですけど、これはピッタリです。


スタイリストさんに手伝ってもらいながら着終えて、シャァ、とカーテンを開けてお見せします。

「ど、どうですか……」

開いた瞬間、少し驚いたような顔をして、おぁぉ、なんて声にならないような声を出してます。
それでもすぐに、すっごく似合うなって。

こんなに可愛らしいドレスなんで、もりくぼ、衣装に着られてるような感じですけど。


でも、あなたは似合うなあ、やっぱりののは可愛いなあって。

そこまで言われると、いつも以上に照れてしまいます……。

恥ずかしさがすごいので、じ、じゃあ着替えますと言うと、少し待って、と。

指差したのは私の足元。

そこに置かれていたのは、ほんの、ほんの少しだけヒールのあるシューズで。

これまた、ドレスに合いそうな、可愛らしいもの。

訳もわからずとりあえず履いたら、こっちだなんて少し強引に手をひかれて。
部屋を出て、ずんずん事務所を進んで入口へ。


事務所の前には、1台のタクシー。

乗ってる間も混乱しちゃって、いつも以上にしどろもどろに色々聞いちゃいましたけど、結局実のある答えは聞けず。

着いた先は、一流ホテルの入り口で。
今まで以上に、頭は?マークだらけ。

また手を引かれ、エレベーターで着いた先は、最上階のレストラン。

予約の……とか、今日のコースが……とか、頭に入ってこないことばっかり伝えてて。

わたしもいつの間にか、席に座ってて。


「ののはオレンジジュースで平気?」

キョロキョロ見渡しながら頷くと、ウェイターのお兄さんがワイングラスにビンのジュースをとぽとぽと。

「こ、これはいったい何なんですか……?」

「いやまあ、実は昨日はボーナス日だったんだよ」

サラリーマンだからな、一応、なんてことを聞きたいんじゃないんですけど。


「だから、ののにも、ご馳走したくて。この前の握手会成功のお祝いも兼ねて」

よく見ると、いつものよれたシャツとジャケットじゃなくて、ぴっちりときまってます。

少し騙すようなことして悪かったけど、ドッキリ成功かな、って。

そんなに裕福じゃないって、分かってます。
照れ隠しなのか、福利厚生の割引も使ったなんていらない告白までしてます。

それでも、もりくぼ、とっても嬉しいです。
あなたが私のことを、考えていてくれるんだなって、実感できて。

それじゃあ、と、グラスを持って。

「……乾杯」

コン、と、慣れない手つきで持ったグラスをくっつけました。

***


***

「この前のボーナスでもご馳走になってしまいまして。ありがとう、ございます」

「ん?あぁ、まあ、たまにはな」

そうですね。たまにでいいです。
出していただく側の言うことではありませんが。

美味しいご馳走もいいですけれど。

いつもの二人の食卓が、もりくぼ、お気に入りですから。

目的地のスーパーが近づいてきて。
足取りも一層軽く。

「今日は何にしましょうか」

待っているのは、きっといつもの二人の食卓。

******


******

珍しく入れた、オーディションの帰り道。
社用車の中から見えたのは。

「雪……ですね」

助手席に乗るののが、まさに言葉そのまま、淡く消えていくかのごとく呟いた。

「今夜は冷えそうだなあ」

ラジオをつけて聞いてみれば、何十年振りのこの月の積雪観測らしい。


「終わった後で良かったよ。慌てないで済んだ」

「遅刻しても、あんまり結果は変わらなかったんじゃないですかね……」

「それはほら、本当の結果が出てるわけでもないし。それに、落ちてたら落ちてたでもいいだろ」

仕事になったら、のの、凄いテンパるし。
この仕事、予定カツカツで俺も割と面倒くさいっぽいし。

「まぁ……そうですね」


でも、ちょっとだけ、やってみたいお仕事でした、と。
視線を窓の外にひらひらと舞う雪から外すことなく、また呟いた。

とても珍しく、ののの希望のオーディションだったから。
外で待ってる間、期待半分と、不安半分で。

帰ってきたのを見たとき、お疲れ、としか言えなかった。

そのまま車に乗り込み、今に至る。

ラジオは、交通情報に移っていた。


暫くお互い無言のままで、流れるままにそんなものを聞いていると、携帯のバイブ音が鳴り響く。

「メールか。のの、中見て読んでくれる?」

はい、と読み上げてもらった内容は、この後の天気が荒れそうなことと、積雪の可能性もあることから現段階で勤務解除する、とのことだった。

「……おしごと、終わりですね」

「……このまま送るよ。実家の方でいいか?」

声もなく、微かに頷いた姿を横目に、車を走らせていった。


またも沈黙する車内には、ラジオが響く。
失恋の便り、この初雪の便り、最近のマイブームの便り。

ののの実家に近づいた頃、まだ窓の外を見ている彼女を見て。

「なあ、この後少しだけ時間あるか?」

はい、今日は、特に、何も。

いつも以上に細々している返事を聞き取り、それから目的地を変える。

繰り返される、ラジオだけが流れる時間が四半刻ほど。

着いたのは、海岸の砂浜。


橋を渡った向こう側には、有名な観光地の島。
ただ、時期が時期だからか、こんな雪の降る日だからか。

橋を渡る観光客含めて、周りには、誰一人の影も見えなかった。

「いやぁ、寒いなあ」

来といてなんだけど。

「寒いです……。うぅ、むーりぃー……」

なんでこんなところに来たんですかと、恨めしそうな目で見てくる。

「……なんとなく、来たかっただけだよ」


なんとなく、ここでならリセットできると思ったんだよ。
溜まってしまっていた、色々なものを。

「今回は、珍しかったな。オーディション受けたいなんて」

「……なんとなく、です。わたしも」

「……そっか」

本当は分かっている。自惚れでもなく、多分、そうだと。

ウエディングドレスを着た撮影。

俺に、見せたかったんだよな。


きっと、やっぱりむーりぃーとか言って逃げ出しちゃうんだろうけど。
それでも、やりたかったんだろうな。

いつか、ちゃんと見るから大丈夫だよ。
ぼそりと、呟いたその声がののにも聞こえたは分からない。

どこからその姿を見るのかはまだ分からないけれど。

願わくば、きみの隣で。


「……誰もいないしさ、なんか、歌でも歌ってみてくれない?」

きっと、ちょっとはスッキリするよ。

「無茶ぶりですか……。そんなの、むーりぃー……」

ボイトレの成果が聞きたいとか、ののの歌が好きとか、大丈夫、誰もいないし波音もあるし、とか言って。

じゃあ、ちょっとだけ、と。

歌い始めたのは、テンポの良いラブソング。
夏の、伝えられない恋心を歌に、波間にたくす、女の子の歌。

俺のためだけに、歌う4分間。

ひらひらと舞い落ちる雪の中。
寒さも忘れるくらいに、聴き入っていた。


終わり、です、と。
ぺこりとお辞儀したののに、ありがとう、って抱きしめて。

胸に埋まる顔からは、わたしこそありがとうございます、って。

敏いのののことだから。きっと気づいてるだろうな。

「じゃあ、帰るか」

必要なことは、きっと終わった。

「……そうですね」

手を繋いで車に向けて歩き出し、二人とも一度だけ海を振り返ってから、また歩き出した。

***


***

「せっかくののん家の近くまで戻ったのに、俺のうちに帰ってくりゃあ世話ないよな」

ただのドライブでしたね、なんてののも応える。

帰りの車では、いつも通りに会話できたから。

きっと、ただのドライブだったとしても、行ってよかったんだろう。

「まあ、なんでかオーディション、通ってたけどな」

徒労のような、徒労じゃないお話。

******

今日はおしまいです。おやすみなさい

今日の分、書けたんで投稿します。

******

「今日は花火大会があるから、早く帰るぞ」

昼下がり。まだおやつくらいのじかん。

事務所の近くでやる、大きな花火大会は知ってますけど。
急に言われても戸惑います。

「そ、それにいくつもりなんですか……?」

テレビとかでよく特集やってますけど。
あんな人混みに行くなんて、絶対むーりぃー。

そんなふうに言うと、行くように見えるか、って。
全然見えないので、ふるふる首を振ります。


話を聞くと、なんでも事務所の方には人の流れは来ないけれど、お家の側の道が物凄い人混みになるそうで。

しかも裏道的に家の前の道を使う人も後を絶たないから、夕方以降に外に出るのは自殺行為らしいです。

そんなんなので、もう今日はお勤めおしまいとのことで。
私も特段異論はないので、そそくさと荷物をまとめて帰り支度。

じゃあ行くかぁ、とあなたも荷物をまとめて。

あなたの半歩後ろをとことこと。


今日は銭湯、早めに行くから準備しといてくれるか、と。
帰り道の十字路で。晩ご飯、混まないうちに買ってくるよって。

もうすでに浴衣姿のカップルさんたちがちらほら。

分かりましたと私は家に、あなたはスーパーに。

15分もしないうちに帰ってきたと思えば、買ってきたものを冷蔵庫に入れた後、洗い場で何やらバケツに水を張ってます。

「お風呂の準備、できてる?」

はい、と最近買ったもりくぼ用の小さな手提げと、あなた用の手提げ。

両方を胸の前で掲げてみせると、ありがとな、って。

いつも以上にバタバタだけど、準備はおっけい、です。


段々と通い慣れてきた道を通って、いつもの銭湯へ。
今日は時間も早いから、まだ顔なじみの皆さんの姿は見えません。

どころか、なんと今日は私たちが一番風呂だそうで。

回数券を2枚ちぎって渡し。
それじゃあ後でな、と男湯女湯分かれて中へ。

通い始めてから初めてだった、誰もいない広いお風呂に入って、上がって。
入り口へ戻るともう待ち人いたりで。

「牛乳、飲むか?」

たまーに、お金出してもらって、飲みますけど。
今日はふるふる首を横に振って。


「混むって、言ってましたし」

「そうだな、んじゃあ早めに帰るか」

出ると、それでもさっきよりだいぶ増えたカップルさん。

それを尻目に反対方向へとことこ、とことこ。

途中で、人混みに流されそうになったのを見たのか、あなたから手を握ってくれました。

みんなには、どういう風に見えるんですかね。
ちょっぴり期待と、ちょこっと恐怖。
本当に聞くことは、ないですけど。

いつもより、ちょっと時間をかけて帰りました。


家についたらスーパーのお惣菜を開けて、少し早めの晩ご飯。

今日は枝豆なんて買っちゃって、ビールを飲む気、まんまんです。

ご飯を食べ終えて、テレビを見てると。
外からパーンとおっきな音が。

つられて窓から覗いてみると、おっきな花火が咲いては朽ちて、咲いては朽ちて。

こんなに綺麗に見えるなんて。
遮るものがなく、真正面からその美しさに圧倒されちゃいます。

窓を開け、惹かれるようにして小さなベランダへ。


ポーン、ポーンと上がるたび。
下から見上げて、また下へ。

言葉もないくらいの私の横には、いつの間にか、スイカを二切れ持ったあなたがいて。

「スイカ、食うか?」

頷いてから、切り分けられたものを一つ掴み、上からはむついていく。

銭湯行く前に冷やしてたんだなんて、自慢げな声。

「まさに特等席、ですね」

笑いながら、数少ないこの家の利点だよって。

言葉を交わしつつも、わたしもあなたも、打ちあがる夜空を彩る色とりどりのの光に見とれていた。


今年は、ののと見たかったんだ。
ぼそり呟くその一言も、あの花火と同じように儚く幻のようだったけれど。

いつの間にか繋がれた手と手の感覚だけが、現実であることを教えてくれていた。

***


***

「有名なだけあって、すごく、きれいでしたね」

「今度は、近くの屋台にくらい行ってみるか?」

浴衣すがたのののも可愛いだろうなあ、なんて言いますけど。

いえ、それはいいです。

人ごみがいや、というのもありますけど。

この部屋で、あなたと見た花火が、忘れられないから。

浴衣を見せるのも、あなただけですし。
お部屋の中で、着て見せます。

なので。

「来年も、あの部屋から見ましょう」

今も繋がれた手と手が、あの時から続く現実であることを教えてくれている。

******


******

寝静まった深夜。

日に日に増す寒さが肌を刺すようになりました。
最近は、少しでも近づいて暖を取ろうとお互いの布団をくっつけて寝ています。

でも、今日はなんだか眠れなくて。

「……起きてます?」

「……おう、起きてるよ」


「なんだか、寝れなくて」

「そっか。でもしゃべってると、眠くなくなるしなぁ」

「確かに、そうですね……」

「うーん、じゃあ、しりとりでもするか?」

「しりとり、ですか?」

「ゆっくりどうでもいいようなこと考えてたら、寝れるかもしれないだろ?それに、俺もすごく久々だからちょっとやってみたくなった」

「そうですね……。じゃあ、とりあえず、やってみます?」


「おう。じゃあ、しりとり の り からだな……。無難に、リンゴ、かな」

「ごーじゃす、ですかね」

「す、か……。すいか かな」

「カマス、で。おさかなの」

「す、す……。スコップ」

「プ、プリンセス、です」

「す、また す か。スマホ、とか」


「ホッチキス、ですかね」

「なんだ、また す か。のの、狙ってんなあ?えーと、えぁと……するめ!」

「メタンガス、とか……」

「くっそぉ、負けねえからなあ……。す、す、す、す……。すき!クワとかの土を耕すやつ!」

「…………」

「なんだよ、しばらく黙っちゃって。もう す が考え付かないか?」

「いえ、だいぶ眠たくなったんで、終わりにしますか……。キリン、です」


「そうか?じゃあ、寝るか。明日もあるしな」

おやすみなさい、と言い合って。

少しして寝息を立てたあなたの布団に近づいて。

「イントネーション、違うんですけど……」
ぼそっと呟きました。

でも、まあいいです。
いつか、聞かせてください。

ちゃんとしたイントネーションで。

***


***

「割と楽しかったし、またやりたいなあ、しりとり」

そうですね、と答えて。

「もりくぼ、心構えしときます」

ただでさえののは強いから、しりとりの勉強とかしないで気楽にいてくれ、なんて勘違いしてます。

私の心構えは、こんどの す で。

今度は別の、クワの仲間じゃないことばが来ても。
焦らない準備、です。

******

今日の分、終わりです。では、おやすみなさい。

ちょっと書けたんでまた投稿します。


******

今日はお鍋開きだ!

秋も深まり、寒さも厳しくなってきた頃。

机の中の私に向かって唐突に叫んできました。

本当にびっくりするんで、やめていただきたいんですけど……。

詳しく聞けば、今シーズンはまだお鍋をやってないとのことで。

有り体に言えば晩ごはんの提案らしいです。


「じゃあ、お鍋の具材、買っておきましょうか?」

一緒に行きたそうにしてますけど、まだもう少し仕事が残ってるみたいで。
さっき上司の人にも早くしろってせっつかれてましたし。

すまんが、頼む、ってことで。
もりくぼ、お先に帰宅で、お買い物です。

スーパーに行くと、銭湯で顔馴染みになったおばさんやおじさん達とばったり会ったり。

買い物かごに、家にあるお野菜やお肉を考えながら入れていきます。

あとは、お鍋のもとを。

レジのおばさんには、今日は一人なのね、なんて言われて。
一人で買うのが、二人分の食材で。

そんなところが、恥ずかしくって、嬉しくって。


家に帰って、具材を切って。
包丁捌きもだいぶ様になってきました。

お野菜はボウルに入れて、ラップをかけて。
おにくは綺麗にしてあるプラスチック容器に移して。

コンロ、よし。お鍋、よし。
ばっちり、準備できました。

あとはあなたの帰りだけ。


ぺたんと座り込み、今ならと思い、カバンの中に潜ませているポエム帳をひろげ、少しずつ書き込んでいきます。

ひとしきり書いてみたところで昔のものを見返すと、今の方が少し、大人っぽいかも、です。

あなたにとっては短い時間かもしれませんが、もりくぼにとっては、長い時間なので。

そんなこんなで時計を見ると、はや時計の長針が1周していました。

少し遅いな、と思って携帯を見やりますが、連絡もまだ入ってません。

仕方ないですと、一旦ポエム帳はしまって、今度は途中になっていた少女漫画の続きを読み始めます。

最初は楽しかったんですけど、だんだんと気になってきて。

遅いな、まだかな、って。

ちらちらと携帯電話を見ちゃいます。
すると、メールが入りました。


ごめん、先食べといてくれ、という。

見た瞬間に、なにか、すごくがっかりしてしまって。
私はまだ子供で、あなたは、大人で。

どうしようもないことも、あると思います。

それでも、やっぱり。
お鍋、一緒に食べたかったです。

しばらく惚けてしまっていて。
いつの間にか、また時間が経っていたので。

お腹が小さくキュゥ、となってしまいました。

誰もいないので、恥ずかしがらなくていいのが、また寂しくて。


お鍋は、今度と思い、冷蔵庫の前に行ってなにか探して食べようとしたときでした。

ただいま、と。

少ししょぼくれたあなたが帰ってきました。

もりくぼの方が、しょげたいんですけど。

「ごめんなあ、ののぉ。仕事終わって、飲み行くぞって捕まっちゃって……」

普段からほとんど行かないから、逃げられなくて、と。

いつも、もりくぼと帰ってますからね。
飲み会とかも、いつも断わってましたし。

ずっとずっと、のの、ごめんなぁ、って。


「……なにを、食べて来たんですか?」

行ったのは中華屋で。でも全然食べないでずっとお酌をしてたそうで。

早く帰って一緒にお鍋したかったから。
でも、遅くなってきて、ののもお腹空いてるだろうから、隠れてメールしたそうで。

「……もりくぼも、まだご飯食べてません」

嬉しさを隠すように、俯いてからそう言って。
覗き見ると、それを聞いてあなたも嬉しそうで。


「……じゃあ、今からお鍋開きかな」

そうですね、と、目の前の冷蔵庫からお野菜とお肉を取り出して。

お出汁を持って、お皿を出して。
コタツの前に並んだら。

ちょっと遅くなりましたけど。

お鍋開きです。

***


***

あの時は上司に散々お説教されたとかで。
しかも、ご飯も食べずにお酒だけは飲んでたから酔っ払っちゃってて。

ご飯食べ終わった後、ずっとのの慰めてぇ、なんて。
抱きつかれて、ほんとに、むーりぃー……でした。

「それにしても、お鍋開きした後、あんな間隔で用意してくるとは、思いませんでした……」

うちの鉄腕リリーフエースだからな、とか言ってます。

たしかに、お野菜いっぱいとれるし、洗い物も楽ですけど。


「今日はどうします?もりくぼ、お鍋でもいいですけど」

んー、とほんの少し悩んだ後。

「今日は、普通の飯にしようか」

ののの作ってくれたご飯が食べたい、って。

作るのは、もりくぼって暗に言ってますけど。
別に、嫌ではないです。むしろ……。

嬉しさを隠すように俯きながら。

むーりぃー……、と。

了解のお返事をしました。

******


******

長い廊下の先の扉を開けると浮気現場だった。頭の底が白くなった。その場に足が止まった。

……嘘です。もりくぼ、少し盛りました。盛りくぼです。盛りくぼやすなり、です。

残暑厳しい季節。

レッスンが終わって帰ってきたら、あなたが女性の事務の方と楽しそうにお話ししています。

いつも二人でお世話になってる方ですし。
たしかに、普段からあなたとは気のあってる雰囲気でしたけど。


「……うぅ、むーりぃー」

何が無理なのか、もりくぼ自身にも分からないですけど。

いえ、たぶん分かってます。
ちょっと、しっと、しちゃってます。

そのまましばらく立ち尽くしていると、お姉さんの方が私に気付いたのか、それじゃあ、とあなたに挨拶して自分の部署に戻ろうと私の方に近づいてきて。

こんにちは、ののちゃん、といつも通りに優しくあいさつしてから扉の向こうに行ってしまいました。

そこにいてもしょうがないので、とことこと歩いていきます。


いつもいる、あなたのいる、机の方でなくて。
今日はソファにちょこんと腰を下ろします。

いつもと違うのが気になったのか。
どうしたんだよのの、なんて言ってきます。

知りません、とばかりに分かりやすくそっぽを向きます。

「のの〜?ののちゃ〜ん?」

「あぅ……むーりぃー……」

寂しいからって、もりくぼのほっぺをつんつんしないでください。


「ほんとに、どうしたんだよ。なんかしちゃったか?」

「……べつに。なんでも、ないです……」

ほっぺから手を離し、うーん、と顎と頭に手をやって考えてます。

ほんの少しして。ふっ、と。
思いついたのか、吐き出すように呟きます。

「さっきのは、用事ついでのただの雑談だぞ?」

不意に言い当てられてしまったことでビクッ、としてしまいました。

その反応を見て。なんだか嬉しそうにしています。


「……どんなこと、お話ししてたんですか?」

否定も肯定もせず。
ただ、なされるがままに頭に置かれた手のひらでわしゃわしゃと撫でられています。

「ののがどれだけ可愛いか、って。ずっと話してたよ。途中途中苦笑いされたけどな」

なんて、自分も苦笑いしながら。

「ほんとう、ですか……?」

おう、なんなら後で聞いてみな、って言われても。


もりくぼのこと話してましたかなんて、しかも可愛い、とか、言ってましたなんて私からは聞けません。

「でも、楽しそうでした……」

「そりゃあ、ののの話だからな」

うぅ……。
やっぱり、ダメな人です。

あなたも、私も。

「私、見たい映画があるんですけど。一人で映画を見に行くとか、むーりぃー……」


明日はお休みだから。
最近話題の、映画でも。

「……じゃあ、明日、それを見に行こうか」

ほんとは、分かってます。
でも、不安になることも、しっとしちゃうことも、あるんです。

「もりくぼ、絵本と詩の専門店にも、行ってみたかったり……」

だから明日は、いつも以上にずっと一緒で。
安心させて、くださいね。

***


***

「ののが嫉妬してくれたのと、次の日のデートの話をして、ののは可愛いだろうって話ししたら、また苦笑いされたよな」

「もりくぼの前で私の話とか、ほんとにむーりぃー……」

でも、いないところで、されるのも、いやですけど。

でも、あの日をデートとさらっと言ってくれるくらいですから。

「映画、面白かったですね」

「その後の絵本の店も、思った以上に楽しかったよ」

こうして、少しずつ安心していけると、思ってます。

******

今日は終わりです。多分あと1回か2回で完結します。
では、おやすみなさい。

こんにちは。最後まで書き終わりましたので、投稿します。


******

「今日はラジオ、お疲れさまだったな」

生放送の収録帰り。初めてのラジオで、ほとんどしゃべれなかったですけど。
でも、お客さんがいるわけでもないので、まだ何とかなりました。

あまり乗る機会のない社用車ですが、今日は遅くなりそうなのと、せっかちな台風がはやくも来ているとのことで、お車での送迎です。

もりくぼ、そこまでしてもらうような大層なものじゃないですけど。

でも、夜の帰宅ラッシュは人がすごいので怖いですし、台風で電車が止まったりしたらなんて考えるだけでお仕事、むーりぃー、なので。

こうした心遣いは、嬉しいです。


窓の外を見ると、大粒の雨が窓ガラスを叩いていました。
薄暗く見辛いながらも、なんとか事務所の近くであることが分かります。

つけていたラジオからは電車の遅れや運休を報せるアナウンサーの声が聞こえてきます。

道路も渋滞が各所で発生しているみたいで。

「うーん、まいったなあ……」

もりくぼをどうやって家まで送り届けようかと、お困りのようです。

「……あの、だめなら、いいんですけど」

あなたのおうちに泊めてもらえませんか、と伝えました。
最近、行く機会も増えましたし。

台風で壊れないかは心配ですけど。


初めはしぶっていましたが、ほかに手もなく、事務所の近くで一層ひどくなる前にどうにかしたいみたいで、親御さんがいいなら、と了承をなんとかくれました。

その場でがさごそがさごそ、かばんから携帯電話をとりだしおかあさんに電話を掛けます。
遅いし台風危ないしということで伝えると、あっさりとおっけーがでました。

電話口から、スピーカーフォンにしてと頼まれ言われた通り押してみると、お母さんの電話の声が車内に響きだしました。

運転中のあなたに、普段のお礼やら今日のお礼やらいっぱい言ってます。

恥ずかしいのでやめて、むーりぃー、というのもどこ吹く風。

地獄のような1分でした。
いぢめられてる気分です。


長いような、短いような、電話も終わり。

「あ、今日の飯ないから、なんか買っていくか」

存在は知っていましたが、行ったことはなかった事務所最寄りのスーパーの駐車場に車を止めて。

晩飯と明日の朝飯何がいいなんて聞かれて。
半歩だけあなた前に出て、先に買い物かごをとって。

「今日はお世話になるので、もりくぼ、作ります」

驚くのはいいですけど、不安そうな顔をするのはやめてもらっていいですか……。
大丈夫です、私でも作れるものを作りますから。

かごに入れたのは、にんじん・じゃがいも・玉ねぎ・牛すね肉。
そして、カレールウ。


「カレーかあ。俺、カレー大好きなんだよなあ」

帰ったら俺も作るの手伝うよと、私が持っていた、食材が入って重くなったかごをするっ、と持ってくれます。

「……じゃあ、一緒に作りますか?」

嬉しいような、恥ずかしいような。
伏し目がちに、聞いてみます。

「そうだな、そうするか」

レジ前でそんな会話をしながら買い物を終え、車に戻るのかと思いきや、とんとんと肩をたたかれ何かと思い見ると、人差し指を上に向けてます。

やっている通りに上を向きましたが、天井があるだけ。

不思議そうにあなたを見ると。

「布団、ないからさ。……買って帰るぞ」


店内の階段を上がった2階には生活雑貨屋が入っていて、そこで小さなお布団を買ってもらいました。

あと、バスタオルとハンドタオルを1つずつ。
選んできなと言われたので、森が書かれてる絵柄のバスタオルがあったので、それにしました。

お会計を済ませて。
よっこらせ、と布団を担いでもらって、だいぶ申し訳なかったり。

3階の屋内駐車場に戻り、車のエンジンを入れたところで。

「森久保は、銭湯って行ったことある?」

きょとんとしましたが、いえ、ないですとふるふると首を振る。

そっか、でも温泉はあるだろ?と聞かれたので、今度はこくんと頷きます。

ゆっくりと薄暗いスーパーの駐車場を進んでいく車の中。


スーパーを出てすぐ、交差点を一折したらもう車が止まって。

「まあ、普通のお風呂のお湯が入ってる温泉くらいの気持ちでいいよ」

3台分の駐車場のうち、空いていた2台分のうちの一つに入れて

さっき買ったタオルを手に、傘をさして。

おばちゃん、こんちわー。

そう言って入ってくあなたの後ろに隠れるかのようにして入っていきます。

あらこんにちは、可愛らしいお客さんねなんて言われたものですから、余計に恥ずかしくなって。

こ、こんにちは……、と挨拶だけして、俯いていました。


お金を払ってくれて、入口が別々なのでオドオドしながら入っていきます。

広いお風呂にちゃぷん、と入っていると何かいつも以上に疲れが取れていく気がしました。
もりくぼ、想像以上に銭湯、気に入ったかも、です。

ゆっくりつかって、お風呂を出て。

また車に乗って、交差点を1回折れて家の前へ。

大雨の中、何とか家まで買ってきたものを2人で運び込みました。

そのあと、社用車をおいてくるとのことで、すぐそこの事務所まで行かれまして。

帰ってくるまで、少しぼけっと座っていました。


6畳一間をくるっと見回して。
ここに、泊まるんですね。

なんだか、不思議な感じです。
もしかしたら、こうしてお泊りを繰り返していくと。

馴染んでいく日が、来るんですかね。
分からないですけど。

ちょっとすると帰ってこられたので、さっそくカレー作りです。


ニンジンを切って、ジャガイモを切って、玉ねぎを切って。
お肉と炒めて、煮込みます。

調理実習くらいしかやることはなかったですけど。
二人で作るお料理は、楽しかったです。

ご飯を食べて、そろそろ寝るかというときに。

差し出されたのは、黄色のパジャマ。

どうしたんですか、と聞くと、タオルを選んでる間に買っといた、って。

とても、びっくりしちゃいました。


でも、嬉しくて。

受け取って胸の前で抱きしめて、俯きながら、ありがとうございます、と。
小さくつぶやいたら、あなたも恥ずかしいのか、頭をかきながら脇を見て、気にすんなって。

外ではごうごうと、強い雨風の降る中ですが。

布団を並べて寝る、穏やかな6畳一間が。

もりくぼ、気に入っちゃったかもしれません。

***


***

今日もそのスーパーでお買い物を済ませて。

「あれから、何かにつけて泊まるようになったよなあ」

「最近じゃあ、もりくぼの家に帰る方がめずらしいくらいですから……」

いつか、私が大人になったら。

きっと、もりくぼの家に帰るが、別の意味になるんだと、思います。

そんな日がくるのが。
ちょっと、楽しみです。

******


******

お疲れ様でしたー、と一斉に声が響く。

どうにかこうにかで撮影を終えて、ののがこっちに向かって歩いてくる。

「お疲れ、水飲む?」

ペットボトルを差し出しながら聞くと、頂きます、ありがとうございます、と言ってからキャップを開けてくぴくぴと飲む。

「今日ののは一段と可愛かったなあ」

綺麗にセットしてある髪型だから頭を撫でられないのが残念で仕方ない。


水を飲みつつ、小さくなりながらそんな言葉を恥ずかしそうに聞いていたののだが。
急に、意を決したようにペットボトルから口を離して。

あの……、っと。

「どうした?」

また逡巡したように、あの、その、……と言った後。

「こ、この衣装で、一緒に、撮影してくれませんか……!」

綺麗な、ウエディングドレス。
いつも可愛いののが、本当に一段と可愛く見えて。

今日は、撮影の相手が正直、羨ましかった。


でも。
ののから、そうやって言ってくれることが嬉しくてたまらなくなって。

抱きしめようとして、周りにスタッフがいることと、せっかくの綺麗にセットされたドレスを崩したくないとで思いとどまる。

そんなののを見ていると、愛おしくてたまらなくなるので。

カメラマンに向かってちょっといいですか、と呼びかける。

帰り支度を始めようかというところに無理なお願いなんだけど、と記念の撮影を低姿勢でお願いしたところ快く引き受けてくれた。


教会の、祭壇の下。

花嫁姿の、ののと並んで。
でも、いつもより、離れて立って。

カメラをセットしてもらう間。
ののが、そういえば、と。

「嫁入り前にウエディングドレスを着たら、婚期が遅れるらしいですね……」

少しため息まじりに言って、いえもりくぼ、お嫁にいけるかも分からないですけど、なんてボソボソ呟いている。


「……まあ、大丈夫だよ」

俺が、いるから。
ガヤガヤとしているスタッフの中、ののにだけ聞こえるくらいに、そう言って。

あぅ……、なんて、真っ赤になって俯く。

そのまま俯きながら。

「……ぢゃあ、今日が」

前撮り、ですね。


そうだな、と。
返事をすると、カメラマンから声をかけられた。

準備ができたみたいだ。

うーんと、もう少し近づいて下さーい。

言われて、ちょこちょこ近づいて。
じゃあ、撮りますと言われて撮ってもらった写真は。

いつもよりまだ少し離れて立っている。

森久保乃々と、俺の、写真だった。

***


***

「……いつか、また見せてくれな」

「……はい」

行き遅れなんて、させないから。

今回ばかりは、むーりぃー……、と言わなかった。

そんなののと、今日もこうして歩いている。

部屋の隅、棚の上に置いてある写真立ての中の写真が。
明日もこうしてののと歩いていく、これからもののと過ごしていく、証人となっている。

******


******

今日はもりくぼ、オフなので。

朝起きて、顔を洗って、ご飯をつくり。
あなたを起こして、朝ごはん。

いってらっしゃい、頑張って下さい……、と。
お見送りしたら簡単にお掃除して。

コインランドリーまでとことこと洗濯ものを持って行って、お洗濯。

家に帰って、洗濯物を畳んだら。

漫画を読んで、詩を書いて。


お昼は昨日の残り物。
レンジでチンして、いただきます。

お昼からも、のんびり、ごろごろ。
ほんのちょびっとお昼寝したら、夜ご飯のお買い物。

ご飯を作って、銭湯に行く、支度をしたら。

あなたが帰ってきたので、ちょっとばかりの冗談で。

ごはんにしますか、おふろにいきますか、それとも……もりくぼ?


もちろんのので、なんて。
想像はしてましたけど、やっぱり、むーりぃー……。

冗談冗談と笑いながら、あったかいうちにご飯にしたいとのことなので、ご飯をよそってあげます。

お皿を並べてお箸を出したら。

二人揃って、いただきます。

今日の1日をお話しすると、まるで主婦みたいだなあ、って。

こんな将来もあるのかな、なんて。


ふと思いついて、あなたの将来の夢、なんて聞いてみます。

そうだなあ。
ののに将来養ってもらうこと、とか。

うぅ……むーりぃー。

また、笑ってます。
私もつられて、少し笑います。

ご飯を食べ終わり、お風呂に行くかと立ち上がり、二人揃って準備をしておいた手提げを持っておでかけします。

あなたが専業主婦のもりくぼを養うことは、ないそうなので。
どうやら、こんな将来はなさそうです。

でも。

こんな日々は、きっと、ずっと、続いていきます。

***


***

買い物を終えて、家に帰って、ご飯を食べて。

思い出話に花を咲かせて、もうすっかりいい時間。

お風呂に行くかと立ち上がり、二人揃って準備をしておいた手提げを持っておでかけします。

「じゃあ、行くかあ」

そうですね。

思い出の詰まった部屋に、鍵をかけて。
二人並んで、手をつないで歩いていきます。

二人いっしょに、これまでも。

二人いっしょが、これからも。

おしまい、です

読んで下さってた方、ありがとうございました。
では、またどこかで。

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