女「人様のお墓に立ちションですか」 (295)

男「アルコールで自分を慰めるような友人だったんだ。ビールが三度の飯よりも好きでさ」

男「"ビールのつまみにビールを飲みたい"そんなことを口癖のようにいつもつぶやいていたよ」

男「こいつの命日になると、俺は毎年ビールを奢ることにしているんだ。未成年だけど、死後にお酒を飲んだって法律違反じゃないだろ?」

男「こうやって、夜闇の中だと君の位置からはよく見えないかもしれないけど、俺は彼に」

女「小便ですよね?」

男「ん?」

女「かけてるの小便ですよね?」


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女「なんかいい話を咄嗟に創作して誤魔化そうとしてるんだと思いますけど」

女「墓標に立ちションしてますよね?」

男「ふ、不謹慎な!」

女「不謹慎で不衛生ですね」

男「そんなに離れた位置から断言するのか」

女「確かにこんな真夜中だと視覚はあまり働きませんが」

男「においは暗闇でも伝わってきますし」

男「今臭いで判別したと言ったのか?」

女「そ、そうですけど」

男「君は自分以外の人間の小便の臭いを嗅いだことはあるのか」

女「あるわけないじゃないですか」

男「なのにどうして小便の臭いだと判別できたんだ」

女「あの、何を言いたいのでしょうか…」

男「僕の小便の臭いと、君の小便の臭いが同じだと言いたいわけなんだな?」

女「!?」

男「つまり、こういうわけだ」

男「”私は、私が生まれてから垂れ流してきた汚水の臭いと一致する臭いを、あなたに見出しました”」

男「おそろいだというわけか」ニヤリ…

女「き、気持ち悪い!!」

女「そもそも、手にビール瓶も缶も持ってないじゃないですか!ここからでもそれくらいわかりますよ」

男「じゃあ何を持っていると思ったんだ」

女「えっ?」

男「臭いだけが判断材料ではなかったということだろう?」

男「君は僕の手にしている何かを見て、私が墓標にかけた液体がビールではなくて小便だと主張するのなら、私が手に持っていたものは何だと思ったんだ?」

女「べ、べつにここからじゃ、遠いですし…」

男「何だと言うんだ?」

女「月明かりくらいしかないから暗いですし…」

男「さぁ、答えよ!私が今持ってるこれは!」

女「えっ!今も持ってるんですか!」

男「さぁ!!さぁ!!!」

女「と、とにかくビール瓶はここから見えないほどそんなに小さくありません!!」

男「    」

男「    」

女「まだ持ってるならしまってください」

男「    」

女「先にセクハラしてきたそっちが悪いんですからね」

男「    」

女「というか、墓標に小便してたあなたがわるいんですよ」

男「    」

女「自分が何をしたかわかってます?どれだけ心の闇抱えてるんですか」

男「    」

女「私が通報してないだけありがたいことだとおもってください」

女「今のあなたを見て、あなたの全てが異常だとは思いません。私だって心が苦しい時に、理性の欠片もないありふれた犯罪をしたこともあります」

女「悪いことををしても心が満たされないということもわかってます。だから、今のあなたが異常な人でも、昨日と明日は友人の前で笑い笑わせてる関係であると言われても信じます」

女「あなたの気持ちも少しはわかります。だから今日はもう帰って……」

男「立ちション趣味あるんですか!?えっ!?えっ!?」

女「どんだけ食いつきいいんですか気持ち悪い!!心のはなしです!!」

男「それにしても、惜しいな。今日がスーパームーンだったら、もっと明るかった。君も私に生まれつきついているビール瓶の大きさにさぞ驚いていたと思う」

女「何を今更見栄張ってるんですか。というか認めましたね。見栄をはるためにわかりづらい例えを用いながら小便かけてたこと認めましたね」


男「男は狼だというし、狼男は月明かりを見ると狼になるというが、女性は月の日に限って交尾ができないという矛盾についてどう考える?」

女「よくわかりません。言葉の意味はわかりますが、そういうことを日頃から考えているあなたの思考回路が」

男「それをいうなら君だってどうしてわざわざ丑三つ時にこんな墓地で露出プレイをしようとしたんだ。冬にコート一枚では火照りも冷めてしまうだろう」

女「しようとしてません!」

女「律儀に会話に付き合っているのが不思議に思えてきました」

男「俺も、凄い怒られるんじゃないかって内心びびってた。立ちションしてないけど」

女「まだ認めないんですか。さっきの友人のエピソードだって全部即興の妄想じゃないですか」

男「あれは本当だ。ただ、本当は小便が好きな友人だったんだ。ただその事実をありのままに女性に伝えるというのは亡き友人に悪いと思って、ビールという文字に置換していただけなんだ」

女「何をめちゃくちゃな。ありのままを告げたらどうなっていたと思いますか」

男「どうなってただと?」

男「小便で自分を慰めるような友人だったんだ。小便が三度の飯よりも好きでさ」

男「"小便のつまみに小便を飲みたい"そんなことを口癖のようにいつもつぶやいていたよ」

男「こいつの命日になると、俺は毎年小便をかけることにしているんだ……」


男「って男になんてこと言わすんだ///痴女か!!」

女「小便かけてた部分は本当ですね」

男「だから何を根拠に」

女「その墓標にかかれている名前見てみてください」

男「見た」

女「どんな名前でした?」

男「女性の名前だな」

女「男性であることを前提として話していましたよね」

男「そうだったかな。どうだったかな。こうだったかな」

男「というか、そこから名前が見れるなら俺のアレも本当は見てたんじゃないか?」

女「それは見てません!」

男「……」チッ

女「どうして今舌打ちしたんですか。あなたこそ露出狂なんじゃないですか」

女「墓標に小便かけるのは犯罪ですよ。もっと後ろめたそうにしたらどうですか」

男「墓標に小便かける精神状態の時点で、もう底なしの状態にいってるのを承知して欲しい。かけてないけど」

女「犯罪者になるほどつらい目にあったから犯罪するのを許してくれってかなりおかしなはなしですよ」

男「むぅ……」

女「かわいくないです。もう見逃してあげますから去ってください」

男「去ったあと警察に通報しませんよね?」

女「こんな時間にお墓に訪れるほど私も世界に失望しているので、世界がどうなろうが知ったこっちゃありません」

男「墓標に小便かけるほど俺も世界のこと知ったこっちゃない。かけちゃいないけど」

女「お墓は手始めなんじゃないですか?そのうち無差別小便かけ魔になって逮捕されてしまえばいいんです」

男「そんな発想が……」

女「え、ちょ、本当にやんないでくださいよ」

男「世界に関心がないんじゃなかったのか?」

女「…………」

女「世界に未練たらたらなのを無関心って言い聞かせてごまかしてる乙女心くらい読み取ってほしいです」

男「俺だってそうだよ」

女「…………」

男「俺だって、乙女だよ」

女「えっ、そこが同じなんですか」

男「というか、そっちこそ去らないの?」

女「はて」

男「こんな時間にお墓うろついている男がいるだけで怖くない?」

女「大丈夫ですよ。だってこんな時間にお墓にうろついてるんですよ?」

男「ん?」

女「そんなの、幽霊に決まってるじゃないですか」ニヤニヤ

男「えっ?どういうこと?この人怖い」

女「触れようにも触れられないんですもん。掴もうが殴ろうが」スタスタ

男「(あれ、俺幽霊だと思われてる?)」

男「(たしかに卓球部の幽霊部員ではあるが)」

男「(A.幽霊だから殴ろうがかまわない)」

男「(B.卓球部員の幽霊部員だから殴ろうがかまわない)」

男「(多分Aの思考回路だろう。Bなら人間として最悪だ。いずれにせよ俺は殴られそうになっている)」

男「というか、普通幽霊であること自体に恐怖を感じないか?幽霊と生者間で暴力が通じる通じないの話の前にさ」

女「何をしても何も起こらないから何をしてもいいって最低の贅沢ですよね」

男「ちょ、うわ、近い近い!怖い」

女「えへへ。何してみようかな」

男「落ちつけ!!卓球部員は触れられるし痛覚もある!!」

女「あ、当たり前じゃないですか!何を馬鹿にしたようなこと言ってるんですか!!」

男「気づいてくれたか!!よかった!!さぁその拳を下ろ…」

女「か、身体つきでわかるものなんですかね…でも私途中で部活行かなくなったし…もしかして雰囲気とか…」

男「ん?」

女「べ、別に卓球だっていいじゃないですか!バドミントンをやるだけが女の子の全てじゃないですよ!!」

男「(卓球部員だったのか…しかも幽霊の)」

女「あなたみたいな人は目潰しされればいいんです」

男「ちょ、うわ、落ち着け」

女「全国の幽霊卓球部員に謝罪して下さい」

男「身体を180度曲げればいいのかな!っていうか足元!!」

女「足元?幽霊に足がないっていうのはある時期を境に流行り始めた演出なんだそうですよ」

女「幽霊なら蹴ろうが踏もうが……」ビチャッ

男「あっ」

男「大丈夫。大丈夫大丈夫」

男「大丈夫だよ」

女「…………」

男「だってそれ、ビールだから。あんたが今踏んでる液体」

女「…………」

男「だってそれ、ビールだと思えば、ビールだから」

女「…………」

男「うん。雨水だって元はくじらや人間のおしっこが蒸発したようなものだしね」

男「まぁ、どっちにしろそれビールだからね。雨水を濾して水にして、麦とか使って発酵させたビールだからね」

男「だから、ビールももとをたどればおしっこみたいなものなんだ。ビールを飲んだ人間が放尿して生まれた雨水によってできたビールだから。うん、よくわかんないね」

女「…………」

男「さっ、そろそろ帰ろうか。丑三つ時ももう過ぎた。昼夜逆転した幽霊部員もお家に帰る時間だよ」

男「ということで、さよなら。ビールを踏んだお嬢さん」

女「ちょっと」

男「おっと?」

男「いてぇええええええ!!!!」

女「いたぁあいぃいいい!!!!!」

女「ちょっと!!なんで殴れるんですか!!しかも硬い!!」

男「俺ただの幽霊部員だからね!!幽霊部員も頭蓋骨はかたいからね!!まぁあんたも幽霊部員だけど……っていてぇえええ!!!!」

女「馬鹿にしないでださい!!しかもまた痛いです!!」

男「そりゃあお前が殴って来るからな!!右の頬をうたれたら左の頬をさしだすまでもなく、殴った方の拳も痛いからな!!」

女「うぅううう、もう帰ってください!!!」

男「帰ります!!!そちらこそお気をつけて!!」

女「あなたといる以上に危ない目になんてあいません!!」

男「そりゃどうも!!小便踏みつけたお嬢さん!!」

女「ああああっ!!ついに認めました!!!認めてほしくなかった最大の瞬間に認めました!!!」

男「今度はスーパームーンの時にあいましょう!」

女「この変態!!」

学校に行かない日は、趣味でもないのに映画を観ていた。

名作と呼ばれる映画のヒーローとヒロインの出会いはどれも最低か最悪だった。

例えば雪の上を裸足で立っているところや、いじめっこに見立てた大樹をナイフで刺しているところを見られる、等。

私と彼の出会いがそれ以上に滑稽だったのは、私はヒロインではなく、彼もヒーローではなかったからなのだろう。

けれど。

救う人のいない世界で、救われない二人が出会ったことは、丑三つ時の墓地に到底似合わぬ明るいはじまりを迎えた。

雨のあとの、虹のように。

次回「そんなにカリカリするなよ。もしかして今日……、スーパームーンの日?」

お互いを救い合おうとした丑三つ時のはなし。

男「社会人1年目の女性を二日間監禁してさ、パソコンとプロジェクターを使ってプレゼンテーションをしてみたいんだ」

女「おまわりさんこいつです」

男「う、うわ!な、びっくりした!今の独り言聞いてたの!?」

女「今の独り言だったんですか!?」

男「さすがに女性に自分の性癖をぶちまけたりしないよ」

女「なかなか欲求を満たすのが大変な趣味をおもちですね」

女「というか、なんでまたいるんですか。こんな真冬の、こんな夜中の、こんな墓地に」

男「今の因数分解したほうがはやいよ。『こんな カギカッコ 真冬の 夜中の 墓地に』」

女「わかりづらいですよ」

男「数字のマジシャンと呼ばれているからな」

女「数学が得意なんですか?」

男「嫌な奴足す嫌な奴、つまり18782足す18782をしてみな」

女「皆殺しってやつですよね。テレビでやってました。というか、知らない人5桁も暗算できないですよ」

男「それでだ、黒色のワンボックスカーに乗って、深夜帰りの新入社員をだな」

女「もう数学の話題終わりなんですか。また性癖の話題に戻るんですか。これ以上下がらないと思ってた高感度が現在進行形で下がり続けています」

男「現在進行形とは話が違うが、enjoyとfinishという単語にかぎってTo不定詞の目的語にはなれず、動名詞ing形しか用いない理由をしっているか」

女「高校入試でよくみかける問題ですね。ただ暗記してました。どういった理由なんですか?」

男「目が覚めると薄暗い部屋の中にいて、手首を鎖でつながれているんだ」

女「またすぐに性癖の話しに戻っちゃっいましたよ。この人5教科の話題に飽きるのはやすぎですよ」

男「パニック状態でいると、突然目の前が光る」

男「プロジェクターから映し出されているのはプレゼンテーション資料」

男「そこで俺が足早に女性に近づき参考資料を配る。そして挨拶もそこそこにプレゼンテーションをはじめるんだ」

男「『このインタラクティブなソーシャルで、アトラクティブなパーパスにコミットするワンハンドレッドのハウトゥー』。これがタイトル」

男「このプレゼンの凄いところは、喋る言葉の8割がカタカナ」

男「『1』と大きく数字が描かれたスライドの次にカタカナが書き込まれたスライド。しばらく喋ると「2」と描かれたスライドに変わり、また新たにさっきとは違うカタカナだらけのスライドが現れる」

男「女の子は恐怖を感じながらも勇敢にどういうことなんだと尋ねる」

男「生き生きとした表情でプレゼンしていた俺は、突然鬼の形相になり『質問は質疑応答の時間にお願いします!!』と怒鳴りつける」

男「女の子は"とりあえずよくわかんないけど、100回続くんだな”と悟り脱力する」

女「あなたの話を聞いてる律儀に聞いてる私が脱力しそうです」

男「以上で私のプレゼンテーションは終了になります。質問がある方はいらっしゃいますか?」

女「…………」

男「…………」

女「…………」

男「…………」

女「……えっ、私が言う感じなの?え、じゃあなんて言おう…」

女「このままお家に返してもらえますか?」

男「はい、ポッシブルなディマンドといえるでしょう」

男「そして君は鎖を外してもらい、そのまま走って人が大勢いそうな場所に走っていく」

男「一夜限りの不思議な体験でしたね」

女「あの、あなたは何が満たされたの?」

男「ここまでおかしなことをできるのに、けれど所詮この程度のことしか自分はしないんだなという確認ができたこと」

女「お墓に立ちションした人がよく言えますね」

男「ところで、こんばんわ」

女「あ、はい。こんばんわ。えっ。なんですかいきなり」

男「あいさつをし忘れていた。天気の話題も」

女「そこまで王道のコミュニケーションに律儀な人なら2回目に会った人にいきなり自分の性癖を絡めたプレゼンテーションの話なんかしないでください」

男「流れというものがあるだろう。ほら、次に天気の話題」

女「今日も真っ暗ですね。とても寒いですね」

男「もっと明るい話題はないのか」

女「あなたが言ったんでしょう」

男「今日は月が明るいですね」

女「ええ」

男「きれいですねとは言ってないよ?」

女「別に言ってほしくないです」

女「今夜も立ちションしにきたんですか?」

男「今夜も立ちション見に来たのか?」

女「見に来てません。私を痴女にしようとするのいい加減やめてください」

男「人にばかり性癖を語らせて、自分だけ話さないのはずるい痴女だと思います」

女「あなた最初独り言語ってたでしょう」

女「私は痴女じゃないからそもそも話して面白いような性癖もありません」

男「話しても退屈なような極普通の性欲しかわかないってことか」

女「そっちの方が生々しいんでやめてもらえます?」

男「なんかあるだろう、今流行りのやつ。壁ドンとか、親子丼とか、姉妹丼とか」

女「正答率3分の1です」

女「壁ドンなんてされても怖いだけですよ」

男「じゃあなんでこんなに流行語になってるんだ」

女「好きな人から特別なことをされると嬉しいという気持ちの表れではないでしょうか」

女「世の中にいる女性の大半は、色んな女子から人気の男の子に片想いをしているのでしょう」

女「彼氏ではなくクラスメートという程度のその距離感を保ちつつ、彼氏でもしないような激しい行為をされることが妄想しやすく刺激的でいいんじゃないでしょうか」

男「その理論だと片想いしている男の子から誘拐されて監禁プレゼンされたら昇天するほど喜ぶことになるぞ。やはり俺は正しかったのだ」

女「世の女性の気持ちを簡単に理論づけようとした私が間違っていました」

男「墓ドンとかどうかな。墓に押し付けて壁ドン」

女「壁でよくないですかそれ」

男「もう一回遊べるドン。一度壁ドンしたあとに、もう一度壁ドンをする」

女「恐喝しているみたいです」

男「天ドン。ボケながら壁ドンをすることを素早く何度も繰り返す」

女「天丼ってお笑い用語ありましたね。というかそれ恐喝レベルあがってます」

男「テポドン。めちゃめちゃ威力の高い壁ドンをする」

女「もはや政治に関わるのでそのくらいでやめてください」

続きはまた明日。おやすみなさい。

男「よくも真夜中からくだらない雑談に付き合ってくれるものだ」

女「本当ですよ。むしろ昼間なら全くはなしを聞いてないと思います」

男「こんな遅くまで起きてて昼間寝不足にならない?」

女「寝不足だったらこんな遅くまで起きていませんよ」

女「眠いんだったら帰ったらどうですか」

男「あんたはまだ帰らないのか」

女「あなたとは違って、私は用があってここに来たんです」

男「用を足しにきたのか?俺と同じじゃないか」

女「用事があってきたんです。ていうか、あなた用を足しにきてるんですか」

男「そうだな。昨日はたまたま近くにあったあのお墓で用を足したからな」

男「今日からは世界への恨みを誰にも咎められずに果たすために、毎日一番端にあるお墓から順番に立ちションしていこうと思う」

女「退屈な道徳観でわるいのですが、お墓参りする人の気持を考えたことあります?」

男「俺だって祖父や祖母の墓参りをしたことはあるさ。あまり話したことはなかったけどな」

女「自分のお母さんが亡くなったとして、お母さんの墓標に立ちションしている人がいたらどう思います?」

男「仮定の話はやめよう。"もしも貧困国の子供に生まれて、日本の大学生が募金もせずに漫画を買ってたらどう思うか"と聞かれたって、募金する気にはなれないだろう?」

男「俺の立ちションは誰にもとめられないのだよ。ふははは!!」

女「警察に通報すれば簡単にとめられますけどね。尿という証拠も残ります」

男「でも通報しないんだろ?」

女「はい。通報もしないし咎めません。あなたの特殊な百度参りが達成できるといいですね」

男「じゃあ今からしてくる」

女「いってらっしゃい」

男「あんたは見にこないのか」

女「なんで私が見たがってると思ったのか疑問しかわきません」

男「なぁ、むしろ一緒に立ちションしないか?」

女「いってらっしゃい」

男「なんだよ連れねえなあ。連れションだけに」

男「それにしても、なかなかに広い墓地だな」

男「この町で育って今までも何度も見かけたはずなのに、全く意識を向けたことがなかったな」

男「本当、暗いし寒い。民家も少し離れてるし。小学生のときの自分じゃ絶対来れなかっただろうな」

男「いつの間に夜中が怖くなってしまったんだろうな。夜中の不気味さよりも嫌いなものに昼間が囲われてしまったんだろうな」

男「世界が悪いんだ」

男「よし、これかな。名前から察するに、お爺ちゃんの墓だろう」

男「誰も見てないよな」

男「チャックをおろして…」ジィー…

男「女はもうどこにいるかすらよくわからんな」

男「わるいな、爺さん。あんたには恨みがないが」

男「ここで、放尿されてもらうよ」






ジャー……

女「用は済みましたか?」

男「ああ。最高の気分だった」

女「本当に人の気持を考えないんですね」

男「朝墓参りする人が何事もしらずに済むように、こうして夜中に小便かけてるじゃないか」

女「都合の良い言い訳をまたすぐつくって」

女「放尿される故人は何を考えてると思います?される方の気持ちこそ考えたらどうですか」

男「知るかよ。死後も自分を心配してくれる人がいていいですね、としか思わない」

女「ああそうですか」

男「そうだよ。ところで、あんたは用は済んだのか?」

女「あなたに話す義理はないです」

男「いつからこの墓に来てるんだ?」

女「嫌な人が現れる前からは」

男「さっきより一段と機嫌が悪いな」

女「私もう帰りますね」

男「そんなにカリカリするなよ。もしかして今日……、スーパームーンの日?」

男「殴りもせず帰りやがった」

男「…………」

男「生理だったらそういえよ」

男「…………」

男「あいつ、いつも何しに来てるんだ」

男「こんばんは」

女「また来たんですか」

男「百度参りが終わるまでは」

女「そうですか。どうぞご自由に」

男「あんたこそ毎晩何しにきてるんだ」

女「お墓への用事なんて普通1つでしょう。まぁあなたみたいな人を除いては」

男「お墓参り?」

女「正解です。では、今日はこの辺で」

男「こんばんは」

女「また来たんですか。本当に100個のお墓に放尿する気ですか?」

男「しちゃ悪いかよ」

女「悪いでしょう」

男「俺は悪いことをしにきてるんだよ」

女「その、響くの恥ずかしくないんですか?あなたの音」

男「俺の何の音だ?心臓?」

女「もう少し下ですよ…」

男「足音?」

女「もう少し上」

男「へそ?」

女「もう少し下」

男「ふともも?」

女「わかってるくせに…」

女「それじゃあ私は用があるので」

男「つれねぇなぁ。用があるって同じ墓地だろ」

女「独り言をまた楽しんでいればいいじゃないですか」

男「はいはい。独り言と尿による真夜中のオーケストラを楽しんでおくよ」

女「吹奏楽部の人が聞いたら怒りますよ」

男「幸いここには卓球部しかいないからな」

女「卓球部の人も放尿の音は聞きたくありません」

男「なぁ、あんた」

女「こんばんは。また来たんですか」

女「その継続性を人生の早いうちから役に立つことに使っていれば、こうやってお墓に放尿する人生を送らずに済んだのではないでしょうか」

男「大人はみんな勉強しろってうるさいだろ。でもその大人達がある日突然中学生や高校生に戻っても勉強以外の後悔を取り戻そうとすると思う。そういうことだ」

女「なんかかっこいいことおっしゃってますけど、最後は全部あなたの放尿の正当化につながってしまうんですよね」

男「今日はもう用事は済んだのか?」

女「いえ、これからです。あなたは?」

男「俺もまだ用を足すという用を達してない」

女「んんーわかりにくい」

男「あんたと会話する前に放尿してはいけない気がしてな。あんたに放尿の許可を取らないといけない気がしてしまう」

女「許可してないですし!なんですかその毎晩の儀式みたいな」

男「俺は今自分の中にある罪悪感と戦っているんだ」

女「それこそ負けるが勝ちですよ。それが本心なんです」

男「本心に逆らって放尿してるのか俺は」

女「人間は複雑ですね」

男「あんたも何か隠してないか?」

女「隠すも何もさらけ出そうともしてません。あなたと違って」

男「冬風に自分の分身を晒すのはなかなかいいぞ」

女「心のはなしですからね。ところであなたは私の何を疑っているんでしょう」

男「ふっふっふ。あんた、墓まいりしていないだろう」

女「じゃあ何をしていると?」

男「丑の刻まいりだよ」

女「ほう」

男「こんな真冬の、こんな丑三つ時の、こんな墓地」

男「あんたには失礼な表現になるが、よっぽど頭のおかしいやつしかそんな時分に訪れない」

女「言葉が跳ね返ってますよ」

男「丑の刻参りは人に儀式をしている姿を決して見られてはいけない」

男「だからあんたはわざわざこの時間を選んでやってきたんだ」

女「…………」

女「死んでしまえばいいっと思ってた人がいたんです」

男「やっぱり…!」

女「その者の身体を確かに消滅させることはできました」

女「けれど、魂だけはどうも消滅しきらないようです」

女「毎晩、毎晩、ここに通いつめても、しぶとくこの世に縋り付いているんです」

男「な、何を言ってるんだ」

女「丑の刻参りは、その姿を誰かに見られたら呪いが自分自身に跳ね返ると言われています」

コツ…コツ…

男「ちょ、まって、ストップ!!」

女「そして、丑の刻参りを目撃した人はすぐさま逃げなければならないと言われています。何故だかわかりますか?」

男「ちょっと止まれ!!尿!!尿かけるぞおらぁああああ!!!」

女「目撃者を殺せば跳ね返りがなくなるからです」

男「俺は見てない!!本当だ!!信じてくれ!!」

女「知られてしまえば同じことです」

女「もう底無しの精神状態だって以前言ってましたよね」

女「本当に底無しかどうか、試してみましょうか」

グググ……

男「ぐお……」

女「ふふふふっ」

男「ぐおお…」

女「ふふ…」

男「息が……」

女「ふぅ…ふぅ…」

男「息が……」

女「はぁ…はぁ…」

男「息ができる」

女「うぅ…よいしょー!」

女「こらしょー!どっこらしょー!!」

男「そっちの方が苦しそうだぞ?」

女「はぁ!はぁ!」

パサッ

女「今日はここくらいまでにしてあげます。死を前にして生のありがたさを実感したでしょう」

男「握力3くらいの実感した沸かなかったんだけど」

女「どうせ卓球部ですもん」

男「それは関係ない」

女「丑の刻参りって神社でするものですし、よくテレビで見かけるような白装束や特別な髪型などが必要なんじゃないでしょうか」

女「こんな現代的なぬくぬくのコート着たまま人を呪おうだなんて贅沢ですよ」

男「えっ、でも中は裸体じゃ…」

女「隙あらば露出魔にしようとするのやめてもらえます?」

男「なんか重大な隠し事があるんじゃないかと中2心がワクワクしていたと言うのに」

女「丑の刻参りを疑われるなんて思ってもみなかったです」

男「なんだか安心したら小便したくなってきた」

女「はいひあ。いってらっしゃい」

男「漏れそうだからもうここでする。見たいならご自由に」

女「私も用事があるのでしたいならご自由に。よく飽きませんね」

男「なんだかマスゲームをしてるみたいな気分になるんだよ。オセロみたいに黒く塗りつぶしていくというか」

女「挟まれたお墓がひっくり返って死者が蘇らなければいいですね」

男「今どき死体の埋まっている墓なんかないだろう」ジー

女「会話しながら平然とチャックを下ろすのもないでしょう」

男「さて、放出するか。ここからだと女が普通に見えるな」

男「音が響くのは恥ずかしいが、それよりも尿音を聞かれる興奮がまさるな」

男「うう、とかいってる間に出る…」

ジャー…

男「ああ…というか大事なこと聞けてなかったじゃないか」

男「あいつ、結局どうしてこんな時間に…」

男「って、お、おい、あいつ、まさか」

女「どうされました?」

女「ズボン、びしょびしょじゃないですか」

男「急いで尿を引っ込めようとして」

女「放尿の途中で我慢するプレイにでも目覚めたのですか?ますます上級者ですね…」

男「そうじゃない。そうじゃなくて…」

女「そうじゃないんですか」

男「本当に、すみませんでした」

女「何がですか?」

男「だって…」

男「あんたがお祈りしているその墓」



男「俺があの時小便をかけてた墓じゃないか」

女「……はぁ」

女「らしくないですね」

男「らしくない?」

女「急に罪悪感に苛まれちゃって。出会った夜の変態度を忘れたんですか」

男「だ、だって……」

女「つまらないですね。まぁ、世界はつまらないと思っている二人ですものね。面白いわけがないですね」

男「は、墓参りに来てただなんて」

女「墓地ですから、普通はその用事くらいしかありません」

男「家族の墓なのか?」

女「私が殺してしまったんです」

男「えっ?」

女「私、殺人者です。陽の光のもとを歩くことはもうありません」

男「…………」

男「やっぱり隠し事をしてる」

男「殺人を犯したなら刑務所にいるはずだろう」

女「逃走中かもしれませんよ?」

男「君が人を殺すわけもない」

女「まさか私だって私が人を殺すだなんて、人を殺すまでは夢にも思いませんでした」

男「煙にまいて…」

女「けれど、たしかにそうですね。あなたの言う通り、あなたに大切なことは話していないし、話すつもりもありません」

男「何故だ?」

女「何故って……」

女「真夜中の墓地に放尿する出会ったばかりの男性に、心を開く女性ってゲームの世界以外にいますか?」

男「多分ゲームでもいない」

女「はい」

男「はい」

男「俺はさ」

女「はい」

男「実は、これといった悩みがないんだよ」

男「お父さんも、お母さんも、必要なものは買ってくれるし、時には厳しく叱ってくれるし、それでもいつでも愛情を感じるし」

男「学校での友達だって、お腹がよじれるくらいに笑わせ合う関係だし」

男「墓で放尿をしても同情されるような苦しみなんて抱えていないんだ。ただ」

女「…………」

男「ずっと好きな人がいて、その恋が叶わなかった」

男「その恋の代わりになるような女性からも好かれるような自分ではなかった」

男「それだけ」

女「…………」

男「風が吹くと桶屋が儲かるってのと似てる。もてなくて墓標に尿をかける」

男「いや、なんだろうな。本当に。まして、女性に言うことじゃ……」

女「赤くなってますよ」

男「え、え?」

女「あなたの顔、とても赤くなってます」

女「尿だの小便だの散々言って立ちションしてた人が、どうしてこんなに綺麗な話をする時が1番恥ずかしそうなんでしょうか」

男「うるさいな」

女「全然同情なんかしませんけどね。思い通りにいかない腹いせに罰当たりな行為をするような人だから、思い通りにいかなかったんでしょう」

女「運とかツキって存在すると思いますよ。それは周囲の『なぜだかこの人を応援したい』っていう気持ちのようなものだと思いますが」

女「私とあなたにはまるで存在していないようですが」

女「お互い用もすみました。そろそろお開きとしましょう」

女「あなたの過去を聞かせてくださってありがとうございます」

女「今が汚ければ汚いほどに、思い出は綺麗だったという証に思います。裏切られた人は全て、信じた人であったのと同じように」

女「私も今を呪い続けます。まぁ、綺麗な思い出なんてろくになかったんですけどね」

女「それではお元気で。元気にならなくとも、心配はしませんけど」

男「俺は」

男「俺は!」

女「もう謝らなくてもいいです…」

男「世界で1番、不謹慎な存在になってやる!!!!」

女「はい?」

男「そばにいるだけで、こんなことしたら先生に怒られるんじゃないかって恐怖の100倍の気持ちを味わわせられるくらいに」

男「不謹慎なぁあああ!!!存在にぃぃいいい!!!!」

男「のわぁああああああ!!!!!!!」

タッタッタッタ……

女「…………」

女「そばにいる存在が、私じゃないことを願いますが…」

女「今日も寒いです」

カン カン

女「…………」

ポン カン

女「何の音でしょうか」

スパン!

女「痛っ!」

男「よう!おまたせ!」

女「待ってないです。何しにきたんですか」

男「俺と、卓球しようぜ!!!」

男「ラケットも2つ分持ってきた」

女「…………」

女「鳥肌が立ちました」

男「そんなに感動することかよ」

女「いや、気持ち悪さで」

男「いいから。運動して身体をあたためないと」

女「あの、どこでやるんですか?」

男「ここでに決まってるだろ。ほら、ラケット」

女「あの、何を開き直ったふりをしているかは知りませんが、私はあなたの不謹慎に付き合うつもりなど…」

男「ほい!」ポン

女「わっ、いきなり、やっ!」ポン

男「ほい」ポン

女「ちょっと、こんなこと、あっ」ポン

男「上手上手。俺よりうまかったりして」

男「はい。アウト。この暗さだと見失ったら大変だな」

女「あの、やめましょう。気が乗りません」

男「こっちのサーブね。はい」

女「きゃっ!だからやらないって」

男「口ではそういいつつ身体は反応しちゃってるぜ?」

女「罰当たりですよ!こんなところで!んっ……でも、見かけによらずに……ああっ…」

男「これでもレギュラーに選ばれてたからな。今じゃ幽霊部員だけど」

女「一体どうして」

男「3サイズと引き換えに教えてやろう」

女「自分の3サイズなんて知りませんよ」

男「男はちゃんと測ってるんだけどな」

女「3サイズを?」

男「14cmだった。大きいときで」

女「なにが?」

男「ナニが。あっ、またアウトだぞ」

女「はぁ…はぁ…」

女「疲れました…寒くて息がすぐあがります」

男「不謹慎なことをした気分はどうだ?」

女「うーん、あまり実感がわかないものですね」

男「卓球をした気分はどうだ?」

女「実力差があって悔しいです」

男「精進したまえ」

女「幽霊部員に言われたくないです」

男「幽霊部員に言っても仕方ないか」

女「なんですと」

女「…………」

男「…………」

女「…………」

男「よっこらセック」

女「好きな異性の話などはないのですが、好きな先生がいました」

男「(危ねぇ大事な話をしはじめる雰囲気を壊すところだった)」

女「中学時代の女性の担任です。明るくて、やさしくて、快活で、なにより容貌が美しいひとでした」

女「たまたま二人きりになったことがあるんです。私は憧れている女性といるのが気まずくて、部屋から出ようとしたのですが、先生から話してくれたんです」

女「学校の先生は、学校が嫌いだった人がなるべきなのに、学校が好きだった人しか先生になろうとしないと」

女「その先生も学校が昔嫌いだった時期があったそうです。だからこそ、理想の先生像を思い浮かべたり、学校が嫌いそうな生徒の気持ちにもよりそうことだげきるとおっしゃっていました」

女「私は先生がますます好きになりました。私もいつか、学校の先生になろうとしました」

女「しかし、先生の受け持つクラスでいじめがおこってしまいました。被害者は誰だと思いますか?」

男「もしかして、あんたか?」

女「その答えを期待していましたが、不正解なんです。被害者は、先生でした」

女「先生は、日に日に疲れていく様子が見えました。そして卑屈に馴染もうとしたり、無理やり笑う回数も増えていきました」

女「学校が大嫌いだった頃の先生に戻ったかのようにみえました」

女「そして、私の夢から学校の先生はなくなりました」

女「以上です」

男「後味悪っ」

女「そうでしょう」

男「でも話してくれてありがとう」

女「あら、こちらこそ」

女「今日はもう帰りましょうか」

男「ああ、そうしよう。もう遅いしな」

女「それをいうなら会った時点で丑三つ時でしたけどね」

男「そろそろひきこもりが眠りにつく時間だ。じゃあ、また明日」

女「明日もここに来るんですか?」

男「来るよそりゃ」

女「何をしに?」

男「何もしない」

女「それは、いいですね」

男「いいだろ」

女「私も明日、ここにきて何もしない予定です」

男「うん。じゃあまた」

女「また」

今日は寝ます。おやすみなさい。

物凄く気になる
はよ

男「こんばんわ」

女「こんばんわ」

男「あっ、髪型少し変わったな」

女「変えてないです。というか、こんなに暗いのにわかるわけないじゃないですか」

男「今日は曇り気味だからな。夜の天気なんて、ろくに気にしたことなかったけど」

女「なんで髪型変えたなんて言ったんですか」

男「見てるってことを伝えることに意味があると思って」

男「床屋に行った帰り道、前髪が切られすぎたことを気に病んでしまうんだけど、翌日学校に行ってみると自分が髪を切ったことにすら気づかないやつさえいる」

女「女同士ならそんなことないですけどね」

男「自分にとってだけは自分の変化というのはとても大きいものだ。だから、たとえ髪を切って無くても毎日全く同じ髪型というのは自分ではないと思うものじゃないか」

女「そうですね。たしかに、変えたって言われると今日は髪の調子がいいのかななんて思っちゃいますね」

女「あなたがそんな恋愛テクニックを使うとは思いませんでしたけど」

男「でも、なんか昨日までとは違う感じに思ったんだけどな」

女「もしかしたら、あなたの私を見る目が変わったんじゃないでしょうか」

男「ん、どういう意味だ?」

女「さ、さぁ、そのくらい自分で考えて下さい。せっかく昨日爪も切ったようですし」

男「……うぉっ!よく気づいたな!俺でさえ忘れてた!」

女「自分が思ってることを相手もそうだと思い込むことはよくないことですね」

男「どういうこと?」

女「世界は簡単に裏切るということです」

男「なるほどなるほど」

女「本当にわかったんですか」

男「世界って言葉不思議だよな」

女「どんなところがでしょう」

男「よく使うじゃん。世界が広がった、とか、世界が悪い、とか、世界を救う、とか。どの範囲までを指してるんだろうって」

男「曖昧で、漠然とした言葉の割には、みんなちゃんと同じ範囲を想定して使えてる気がしてさ」

女「たしかにそうかもしれませんね」

男「日本なのか、六大陸なのか、地球なのか、宇宙まで含むのか。死後の世界まで含むのか」

男「よくわかんなくなってさ、結局最後は"自分"って言葉に置き換えるとしっくりくるんだよ」

男「"自分が広がった""自分が悪い""自分を救う"」

男「周囲に目を向けなくたって、自分の喜怒哀楽の原因は、やっぱり半径1m以内の自分の中にあるんだよ」

女「よく考えてますね、世界のこと」

男「自分のこと、だな。おかげで、社会のなかじゃめちゃめちゃ孤独な存在だ」

女「孤独っていうのも不思議な言葉ですね」

男「今日は国語の授業をするのか」

女「あなたが5教科にすぐ飽きないか心配ですが」

男「一人で何ができるかで、その人の孤独具合が決まると思う」

女「一人でご飯を食べてるから、友達がいないということですか?」

男「そういう場合もあるだろうけどさ」

男「一人でボーリング行ったことある?」

女「友達ともないです」

男「一人で焼肉行ったことある?」

女「友達ともないです」

男「一人でカラオケ行ったことある?」

女「友達とも……」

男「えっ、ないの!?」

女「あ、あるんですか!?」

男「え、う、うん…どうだったかな…」

女「いいですよ気を遣わなくて……で、何の話でしたっけ」

男「孤独から遠ければ遠い人ほど、これらのことができるというわけさ」

男「自分を認めてくれる恋人がいる人や、周囲が羨むような容姿を持って生まれた人は、独りで行動しても平気なんだよ」

女「すみませんねいつも自分の殻に閉じこもってばかりで」

男「べ、べつにあんたがどうだと言ったわけじゃないさ」

女「深夜のお墓で一人だって平気な人はどうなんですか」

男「それは、うーん」

女「モテますか?」

男「モテるモテる」

女「あなたと一緒だから説得力無いです」

男「ちくしょお慰めようとしたのに」

女「うふふ」

男「そういえばさ」

女「はい」

男「どうして敬語なの?」

女「最初そうだったので」

男「俺は最初からタメ口じゃなかったっけ」

女「普通初対面の人とは敬語で話すものですよ」

男「でも今初対面じゃないじゃん」

女「たしかに、そうだわ」

男「えっ」

女「ほら、違和感あるでしょ」

男「別にいいけど」

女「まぁ敬語だと距離感も置けますしね」

男「ちょっとちょっと、俺ら連れションの中じゃん」

女「その様なことは決してございません」

男「うわ、さらに距離感開いた」

女「でも、話している限り私の方が年齢高い感じはしますね」

男「そんなこたぁない」

女「まぁまぁ、女性の方が精神年齢が5才高いとも言うじゃないですか」

男「その考えってどうなの」

女「どうなんでしょうね」

男「あんた何歳なんだろう」

女「これで私があなたより年上だったら、あなたはもう次のターンから微妙に敬語を使い始める気まずい展開になるかもしれません」

男「うわ部活で同じ新入部員だと思って話しかけたら先輩だった時にあるパターンだ……」

女「別に私は言うのは構いませんよ。年齢にかかわらずそのままタメ口で話されることも」

男「うーん、服装はコートにズボンかぁ……女子大生なのかなぁ」

女「不登校のJCかJKかも」

男「ああ!たしかに!」

女「いやそこは納得した表情しないでください」

男「この時間に起きてるようだから、昼間勤務のOLではないよな。でも夜勤のナースかも」

男「うーん……もしかしたら……たしかに……」

女「絞り込めそうですか?」

男「寝込んでいるところを夜通し世話してくれるメイドの服装をした妹がいいな」

女「いつの間にあなたの願望の話になったのでしょう」

男「あんたは俺の年齢わかる?」

女「高校3年生が受験勉強もせずに、大事な冬の時期にこんなところで油を売ってていいのかなとおもっています」

男「あれ!?話したっけ!?」

女「あなたのズボンは学校の制服でしょう。カバンに校章も入っているし」

男「どうして三年生だって」

女「女性は色んなものを見ていますよ」

男「うう、参った……」

男「あんた、やっぱり年上?」

女「教えましょうか?」

男「うーーーん……」

男「じゃあ、精神年齢を」

女「そうですねぇ」

女「じゃあ、23歳で」

男「なら、高3?」

女「肉体も23歳かもしれません」

男「23歳のJKってこと?それはそれで興奮……」

女「どうしてそうなるんですか…性への執着度合いは中学生と変わらないですね…」

女「受験勉強、しなくていいんですか?」

男「しないとまずい」

女「でもしてないんですか?」

男「そうだな」

女「不思議ですよね。受験勉強なんて、絶対にしたほうがいいに決まってるじゃないですか。なのに、ただめんどくさいという理由でやりたくないんですよね」

男「あんたは勉強好き?」

女「まぁ、運動よりは」

男「体育の授業、男子生徒で嫌いなの俺だけだったろうな」

男「『体育の授業だけを楽しみに学校来てる』みたいな友達も多いよ」

男「バレーボールのサーブもろくに入らない、敵のアタックも打ち返せない、俺からしたらプチ地獄だったよ」

女「でも卓球は得意だったんでしょう?」

男「玉遊びには自信がある。今はピンポン玉2つで毎晩遊んでるぜ」

女「下ネタ中にすみませんが、自分が褒められそうな話題になったから、恥ずかしくて誤魔化したでしょう?」

男「え、いや、別に…」

女「あなたには得意なこともたくさんあるのに、あなたの性格がそれを押し隠そうとしてる、みたいなことがとても多いと思いますよ。あなたには人より優れた能力や感性があると思います」

男「う、ええ…うーん……」

女「おやおや、やはりレシーブは苦手なようですね?」

>>80
寝ちゃおうか迷ってましたが、嬉しくて書きました。
読んでくれている人、ありがとう。
完結するまで書きます。
今日はおやすみなさい。

男「そういえば、もうお墓参りしなくていいのか?」

女「こうやって今日もお墓に来てるじゃないですか」

男「あの、あんたの家族のお墓に祈らなくていいのかってこと」

女「家族かどうかはさておき、しばらく放置しておくことにしたんです」

男「そっか」

女「墓標に対して波阿弥陀仏を唱えることを、やはり祈ると表現するのですかね」

男「拝む、だと少し違う感じもするよな」

女「そうですね」

男「それにしても、ちょっと眠くなってきたな」

女「今日はもう帰りましょうか」

女「おやすみなさい」

男「おやすみ」

女「…………」

男「かえる、かぁ」

女「どうしました?」

男「俺は今からお家に帰る」

女「はい」

男「死者の魂が、帰宅の帰るだと現世へ戻ってくるイメージなのに」

男「生還や帰還の還るだと、常世へ行くイメージ」

女「つまり…?」

男「俺は今、寝ぼけているということだ」

女「そうかもしれませんね。今度こそおやすみなさい」

男「おやすみ」

女「…………」

女「やっぱり何もないなんてこと、ないと思いますよ」

女「今のあなたをここまで絶望させるくらいに、あなたの中にある美しい思い出のヒロインは素敵な人なのでしょうか」

女「ずっと遠くで見ていたのでしょうか。それとも、ずっとそばにいて手を出さずにいたのでしょうか」

女「ふふっ、こんなんじゃ嫉妬深き宇治の橋姫みたいになってしまいますね」

女「もしもあなたが結ばれるようなことがあったら、もう真夜中に立ちションするような迷惑行為は終わるのでしょうか」

女「それとも、やはり立ちションは単なる性癖で、これからまた再開するのでしょうか」

女「まったく。あなたのせいで、1人の時間に考えることがまともではなくなってしまいましたよ」

女「はぁ。いずれにしても」

私はわかっています。

これは、終わりのある物語だということを。

絶望が終わらない苦しみよりは、希望が終わってしまう悲しみを私は選ぶでしょう。

あなたが、同情なのか、哀れみなのか、些細な好奇心なのかはわかりませんが、私にかまってくれることの恩返しとして。

私も、気まぐれを動機にして、残りの時間にあなたの役に少しでも立てたらと思います。

次回「な、何してるって……墓ニーだよ…」

さて、今日は、どんな不謹慎なことをするんですか?

男「今夜も冷えるな」パチ

女「そうですね」パチ

男「マッチを擦ったら温かいご飯の夢を見れないかな」パチ

女「マッチを買うお金でおにぎりでも買ったらどうでしょう」パチ

男「夢がないなぁ。うう、それにしても冷える」パチ

女「家に帰ったらどうですか」パチ

男「勝ったら帰ろうかな」パチ

女「それじゃあ一生帰れないかもしれませんね」パチ

男「うわっ、また角取られた」

女「それにしてもよくオセロなんて持ってきましたね」

男「折りたたみ式だからな、案ずるな」

女「いや、墓地にそぐわないという意味なのですが」

男「じゃあ墓地にそぐうボードゲームってなんだよ!!」

女「何故ボードゲームにこだわるのでしょうか。何故半ギレなのでしょうか」

男「あーあ。負けたから仕方ない。罰ゲームを甘んじて受け入れよう」

女「そんな話ありましたっけ」

男「何したい?」

女「えー、じゃあ…でこぴんとか?」

男「手繋ぐとかじゃなくていいの?髪に触れさせてくださいとか。ほらほら、照れてないで…痛っ!!」

女「セクハラです」

男「いててて…」

女「それに、これは罰ゲームですから…」ゴニョゴニョ…

男「人狼ってゲームしってる?」

女「そういうのが流行ってたということだけは」

男「人狼、村人、占い師とか色んな役割があるんだ」

女「やったことあるんですか?」

男「それが一度もない。世間であれだけ流行ってたのに、ちっともやったことない」

女「それなりに面白いんでしょうね」

男「悔しくないか?」

女「別に。今更ルール覚えるのもめんどうですし」

男「だから、イメージでやってみようではないか」

女「イメージで?」

男「じゃーんけーん」

女「わっ、ポン!」

男「俺の勝ち。俺人狼ね」

女「それじゃあ、私は占い師で…」

男「グルルル…」

女「あれ、これって最初に正体明かしていいんでしたっk」

男「アオーーーン!!!!!!!!」

女「ひぇっ!?なにっ!?」

男「アオーーン!!キャンッ!キャンッ!」

男「ガルルル……ワァゥウ……」

女「きょ、今日満月じゃありませんよ!!」

女「というか、犬の鳴き真似とてもお上手なんですね…」

男「バウッ!!バウバウッ!!!」

女「やめて、くださ…恥ずかしい…」

女「お腹いたい…んふふっ…」

男「バウッ!!!」

女「ひい…ひい…

女「んふっ……ふぅふぅ……」

女「……久しぶりにこんなに笑って?が筋肉痛になりそうです」

男「くぅーん♪」

女「別に撫でたりしてあげませんからね」

男「なんだい」チッ

女「あっ、元に戻ってしまいました」

男「俺の勝ちだな」

女「今回は完全敗北でした」

男「占い師はどうした」

女「未来を視ようとする前に狼が襲ってきましたから」

男「いつか来る時のことばかり考えてたら、今に足元をすくわれるっていう教訓を学んだな」

女「はい、そうかもしれませんね」

男「でだ」

女「はい?」

男「罰ゲームは何をしようかなぁ…」ニタァ…

女「まだ続いてたんですかそれ」

男「ぐへへへ」

女「お手柔らかにお願いしますよ」

男「それじゃあ」

男「……連絡先教えてもらってもいい?」

女「できません」

男「 」

女「わたし、携帯電話持っていないんです」

男「ほっ」

女「驚かれるものかと思ってましたが安心されるとは」

男「君の友好電波基地局の圏外にいるのかと思って」

女「なんですかそれ」

男「とかなんとか言ってる間に朝日が出てきそう」

女「それじゃあお開きといたしましょうか」

男「おう。気を付けて帰って」

女「気を付けます」

男「また今晩」

女「はい、また今晩」

女「こんばんは」

男「こんばんは」

女「今日も寒いですね」

男「火が欲しいところだな」

女「今日もなにやら持ってきてるようですね」

男「中身は開けてからのお楽しみ」ガサゴソ

女「もう開け始めてますね…」

女「それって……線香花火じゃないですか!」

男「いけね。線香と間違えて買ってきちまった」

女「どんな間違いですか!」

男「しょうがない。今夜はこれで夜を凌ごう」

女「もう、相変わらずの不謹慎さですね」

女「よく見たら律儀に火消し用の水も何本か買ってありますし」

男「飲み物用は一本しかないから、あんたが飲み終わった後に出したのを俺が飲もう」

女「そして相変わらずの変態度合いです」

パチパチパチ…

女「うわぁ、懐かしいです」

男「冬でも花火ってできるんだな」

女「意外と火つきますね」

男「どうして冬に花火をする風潮がないんだろう」

女「やっぱり寒いからじゃないですかね」

男「火は寒い時につけるものなのに」

女「願い事はしましたか?」

男「願い事?」

女「線香花火の火の玉が落ちなかった時、込めた願いが叶うと言われているそうです」

男「初耳。どうしようかなぁ」ジュッ…

女「うふふ、もう落ちちゃいましたね」ジュッ…

男「そっちもな」

女「あら」

女「今日も不謹慎な1日の終わりを迎えそうですね」

男「夏休みの宿題が終わってないことを夏休み開けに先生に伝える気分になってきただろう」

女「私はちゃんと夏休みの半ばにはほとんど終わらせていました」

男「えっ、なにそれ、なにそれ。賞金でもかかってたの?」

女「夏休みの友、ぐらいしか友達がいませんでしたからね。うふふ」

男「えっ、あっ、そうなんだ…」

女「冗談です。友達くらいいました。失礼な」

男「夏休みの日記、みたいな宿題はどうしてたんだ?」

女「未来を描いていました」

男「か、かっこいい」

女「あの頃はまだ未来を描けていたんです」

男「切なくなるこというなよ」

女「あなたはどうしていましたか?」

男「そりゃあ最終日に30日分まとめて書いてたよ」

女「大変ですね」

男「それでも俺はまとめて日記を書くことを割と楽しんでいた」

男「日記の中では、俺は過ごしたかった夏休みを過ごすことができたからな」

女「切なくなること言わないでくださいよ」

男「大雨の日に外で遊んだことにしてたのに先生に怒られなかったからな。どうせ見てないんだって思ったよ」

男「まぁ今思えば、40人近い生徒の宿題なんて目を通すこと自体とても大変なことだったんだよな」

女「私は精神年齢が高いので当時からそういう同情を抱いていましたよ。しかし驚いたことにですね、誤った未来を怒られたことがあるんです」

男「誤った未来を怒られたことがある、ってセリフ生きてる間に一度は言ってみたいな」

女「生きてる間に言えなかったら死んでから言えば大丈夫です」

男「俺はゾンビか何かか。それで、なんなんだ、その、"誤った未来"、ってやつぁ」

女「キザな言い方で聞くほど気に入ってくださってなによりです」

女「中学の時の宿題で、それこそ日記のようなレポートの提出の宿題が出されました」

女「小学生の頃にそうしていたように、私は夏休みの半ばにはほとんどの宿題を終えて、日記形式の宿題は未来の日付とともに想像で書きました」

女「想像した未来の内容が現実と違っていたので注意されました。それも、晴れの日が雨の日だったなんてものではありません」

男「雨の日が、晴れだった?」

女「それ全然レベル変わってないですからね」

女「星です。私が空想で描いた星の描写に疑いを持ってくれたんです」

男「前に言ってた先生か?」

女「はい。担任兼理科の先生でした。途中までは素敵な人でした」

男「その人が生徒からいじめられるまでは、か」

女「いじめられ終わるまで、です」

男「?」

女「美人なのに近寄りやすさを出し過ぎていました。人はみな、自分より格上の存在を、隙あらば引きずり落とそうとしますからね 。特に、賢さと美貌に関しては」

男「人気が出るような気がするけどな」

女「人気者でしたよ。運動神経がかなりにぶいことが判明しても、むしろ好感度が上がっていました。矛盾するような言い方になりますが、完璧な人の欠点は、その完璧さにより拍車をかけるんです」

女「彼氏いるんですかー、って、色んな生徒から聞かれていました」

女「いなかったって言ってましたが、生徒の大半は信じていなかったみたいです」

男「そんな人を引きずり下ろそうなんて、やっぱり女子の世界は怖いんだな」

女「美人を悪口の対象にする傾向は確かにありますね」

男「じゃああんたも大変なんだな」

女「おやおや、言うようになりましたね。女慣れしてる人みたいです」

男「暗くてよかった。顔真っ赤だよ」

女「そーですか。まぁ、私もですけど」

男「その人に嫉妬してる、リーダー格みたいな人がいたのかな」

女「続きが気になるところでしょうけど、もういい時間ですよ」

男「ちょっと早い気もするけどな。まぁ今日はお開きにしよう」

女「花火楽しかったです。お金は大丈夫でしたか?」

男「釣りはいらねぇ」

女「申し訳ないです。あいにく、手持ちが全くなくて」

男「気持ちがあれば充分よ」

男「なぁ」

女「なんでしょう」

男「こうやって、真夜中の墓地で2人で花火してるなんて、ありえない光景だよな」

女「珍百景にすら入りそうもありませんね」

男「もしかしたらさ。俺らという存在も、どこかの小学生が日記に書いた幻なのかもしれない」

女「…………」

女「冬だからその可能性はないですよ」

男「ロマンがないぞ!」

女「それじゃあ、私からも一つ」

男「なんだろう」

女「線香花火をしながらなんやかんやと会話してる時に、一つだけ火の玉が落ちませんでした」

男「まじか、すごいな。なんか願いを込めた?」

女「叶ってからのお楽しみです。おやすみなさい」

男「気になって眠れそうにないが、おやすみ」

女?男「また明日」

ずっと下げ忘れてたことに気づきました、ごめんなさい。
読んでくれている人ありがとう。
ここにはやっぱり、最終日に終わらせる人が多いんだろうなって、失礼なことを想像しました。
おやすみなさい。

男「こんばんわ」

女「こんばんわ」

男「今夜も真っ暗ですね」

女「今夜も手がかじかみますね」

男「よろしければ、私のズボンのポケットに手を入れませんか?」

女「えっ」

男「って言って手を入れたら、ポケットの底に穴が空いててノーパンっていう痴漢を考えたんだけど」

女「…………」

男「手を入れる間柄の人にしかできないというのが残念なところ」

女「……最低です」

男「度が過ぎたかな、これは失礼…」

女「まぁそういう冗談を言うくせに、いざ性に対峙した時はピュアな自分を捨てきれない浅はかなところがあるのは知っています」

男「うっ、冷たい言葉が心に刺さる」

女「寒いのはこちらの手ですよ…」

男「?」

女「もうすぐ年明けですね」

男「その前にクリスマスイブがあるだろ」

女「そうでしたっけ」

男「その後にクリスマスがあるだろ」

女「そうなりますね」

男「そのあとに年明けだ。イベント続きでうんざりするよ」

女「クリスマスはお嫌いですか?」

男「クリスマスは嫌いじゃない。クリスマスに自分が嫌いになるだけだ」

女「片想いしてた人に今から連絡を取ってみたら?」

男「急だな。そしたらクリスマスに過ごす相手探しみたいに思われるだろ」

女「現実的な考えですね。まだ未練はありますか?」

男「もうほとんどないよ。夜中にお墓で立ちションする程度」

女「まぁ、重症じゃないですか。クリスマスを言い訳にしたら、年明けも言い訳にするし、年明けには受験を言い訳にして、4月からは浪人を言い訳にしますよ」

男「浪人前提かよ」

女「夜中に墓地で甘えてる人に現実はやさしくしてくれませんから」

男「この空間は俺にやさしいんだけどな」

女「そうですね。ここは非現実的な空間です。だから私も離れられないのでしょう」

男「嫌だな。この間の世界って言葉と一緒で、現実って言葉も"自分"という単語に置き換えられそうだ」

女「今の自分を愛している人は、真夜中のお墓に来くることはなさそうですね」

女「そういえば、クリスマスイブのイブってどういう意味だか知ってます?」

男「前日って意味?それともアダムとイブのイブと関係があったり?」

女「夜、って意味らしいです。24日の日没から25日の日没までがクリスマス。その間に訪れる夜は24日だけですので。ほら、今でもイブニングって英語があるじゃないですか」

女「いつの間にか24日の一日中がクリスマスイブだと思われるようになってしまったそうです」

男「へぇー、知らなかった。朝のニュース番組の特集みたい」

女「深夜の墓地の特集です。以上、現場からお伝えしました」

女「そういえば、昔朝に見た番組で街頭インタビューしているものがありました」

女「『地球が滅びるとわかったら何をしますか?』というものでした」

女「それに対して町中の人は『昨日と同じように過ごす』と答えていました」

女「どう思います?」

男「本当のことかもしれないと思う」

男「世界が滅亡する系の小説だとさ、金属バットで街中のガラスを割ったり、綺麗な女性に襲いかかってる描写があってさ。そうなんだろうなぁって思いながら読んでた」

男「けれど、やっぱり今日に至るまでの選択の集大成が今日という一日なんだ。”死後も人々から愛されたいから”という理由で、病死や自殺を目前にした人は死を前にして大人しくしているわけじゃない」

男「明日世界中が粉々になってしまってしまうことが確実だとわかっていても、人は今までの生き方を死の直前まで捨てられないんだ。残り50年あって変えられないままなら、50秒後滅ぶとしても何もかわらないままなのだろう」

女「なんだか、襲いたいのに襲う勇気がない人が多いみたいな言い方に聞こえてしまいました」

男「今までの生き方を変えられないってだけだよ。ちゃんと愛されて生きてきて、その愛をそのまま守ろうとする人も多くいると思ってるよ」

男「あるいは、傷つけられて生きてきたのに、そのまま傷つけられたまま終えようとする人も」

男「そして、最後の日くらい、復讐してやり放題やってやろうって人も。けど、割合的にはかなり少ないんじゃないかって思う」

女「あなたはどうですか?」

男「わからない。けれど、ここに来るんじゃないかな」

女「だけど、わかりませんよ。滅亡を前にしたあなたが、昨日までと同じあなたである保証なんてない」

男「そうかな。人間そんな簡単に変われたら苦労しないよ。悪い人間が良い人間に変わることが難しいのと同じくらいに、いやそれ以上に、良い人間が悪い人間に変わることも難しいことなんだ。って、なんだか自分は良い人間だって言ってるみたいになっちゃったけど」

女「犯罪者だって、ある日突然犯罪者になるわけじゃないですか。昨日までは犯罪者じゃなかったのに、今日積み重ねたものによってコップの水が溢れ出してしまうんですよ」

女「世界の滅亡や、自殺したいという気持ちが、その最後の大きな一滴に充分なり得るとおもいますよ。ある日まではお墓に来なかったあなたが、翌日にはお墓で立ちションをしていたように」

男「それは、そうだけど」

女「まぁ、ただでさえ寒くて暗いんですし、明るい話題に変えましょうか」

女「今さっきまで好きな人への想いを未練たらたらに思っていたあなたが、もう10秒後にはメールでデートの約束を取り付ける可能性だってあるってことですよ」

男「いつから恋のお悩み相談室になったんだここは」

女「他人の恋を責任持たずに楽しむのは多少不謹慎なことですから。私に不謹慎なことをさせるって言ってたじゃないですか」

男「人を呪わば穴2つだな。やばい、想像しただけで汗が出てきた」

女「穴があったら入りたいですか?」

男「墓穴だろうからやめておく…」

女「おお、じゃあさっそく今から運命を変えましょう!」

男「人を呪わば穴2つだな。やばい、想像しただけで汗が出てきた」
女「穴があったら入りたいですか?」
男「墓穴だろうからやめておく…」

このへん妙に上手くて好き

男「ちょ、ちょっとまって。今何時だと思ってるんだ」

女「メールは今作成して、明日のお昼に送信しましょうよ」

男「ラブレターは夜に書いちゃ駄目だって聞いたことがあるぞ」

女「伝わらなければ0点です。悪いことを伝えたらマイナス100点かもしれません。けれど、どうせ合格点である60点以上にしか意味はないんです。だったら昼間に書かないラブレターよりも、夜に書けるラブレターの方に価値があるんです。合格になるかはわかりませんが、選択としては正解です」

男「何年離れてると思ってるんだ。アドレスだってちょっとしたノリで交換したきりだ。向こうだっていきなり連絡きたら嫌だろう。ストーカーだって思われるかも」

女「嫌かもしれないって話はやめませんか。言ってたじゃないですか、不謹慎な存在になってやるって」

女「不謹慎とは慎みや考慮、思慮分別の欠如のことをさす言葉でしょう?」

女「まさに、恋愛のことじゃないですか」

男「本当に、ちょっと、待ってくれよ」

女「いいですよ。何分待ちますか?」

男「文章を作成する気になるまで」

女「パソコンを使ってる時にたまに見られる、ずっと動かないダウンロードのバーみたいなのはやめてくださいね」

男「せっかく文章を作成しても、アドレスだって変わってるかもしれないし。多分そうだよ。他のSNSアプリでも知り合い欄に表示されないし。それに、恋人がいるかもしれないし」

女「他のSNSアプリで知り合い欄に表示されないから送らないんですか?恋人がいるかもしれないから送らないんですか?」

女「良い企画マンになれますよ。社会人一年目のOLを拉致してプレゼンでもしたらどうですか?『私が想い人に告白できない100の理由』」

男「……挑発して単純に乗るほど馬鹿じゃないぞ」

女「馬鹿になってくださいよ。思慮分別があったから、何もできずにいたんでしょう」

男「思慮分別があったらお墓で立ちションなんてしない」

女「お墓で立ちションできるならメールくらい送れます」

男「メールすら送れないからお墓で立ちションする目に遭ってんだ」

女・男「ぐぬぬぬ……」

男「もう、一体何なんだよ。世捨て人が集まる場所じゃなかったのかここは。青春コーナーにに分類されている本も映画も一切避け続けてここまで逃げてきたってのに」

女「あなたが好きだった人が今現れて、そして明日には地球が滅亡するとしたらどうしますか?」

男「強引にキスをしたあと、金属バットで街中の窓ガラスを割ってやるさ」

女「思ってもないことばかり」

男「告白出来るほど親密だったことなんてない。会話なんて数えるほどしかない。向こうは俺のことなんて覚えてないかもしれない」

男「幻想だよ。あの子の本当の姿なんて知らない。あの子よりも美人で、あの子よりも性格が良い女の子なんて、失礼だけどやまほどいるはずだ」

男「なのにあの子が1番だと思ってるのは、脳の錯覚だろ。好かれてるわけでもないのに、好きになってるのは、やっぱり勘違いだろ」

男「あの子のこと、好きになっちゃいけなかったんだよ……」

男「…………」

女「気は済みましたか?」

男「疲れた…」

女「じゃあメールを送りましょう。会って喋りたいと」

男「あんたはさ、どうしてそこまでして」

女「質問は質着応答の時間にお願いします!!!!!!」クワッ!!

男「は、はい……じゃなくて。せめてクリスマスイブが過ぎるまで待ってくれないか。さっきも言ったけど記念日を過ごす相手探しだと思われるって」

女「メールは明日にでも送って、会うのは年末とかにすればいいじゃないですか」

男「俺が明日送信ボタンを押すと思う?」

女「押したらかっこいいですよ」

男「押さなかったら?」

女「特に何も」

男「じゃあ押さなくても良さそうじゃん」

女「特に何もない今までの人生どうでした?」

男「……クソクソ、アンド、クソ」

女「クソクソ、アンド、クソ、ですか」

男「親の愛も、友達との笑いも、恋が実っていればもっともっと素直に感謝出来ていたと思う」

男「けれど今から一発逆転ホームランなんか、そんな都合のいい話あるとは思えないんだよ」

女「数年間に及んで毎日落としてきた後悔の水滴の粒が、今やっとコップから溢れて勇気に変わったんですよ。一発逆転なんかじゃありません」

男「はぁ……」

男「疲れた。心が疲れた」

女「元気を出しましょ。こんな言葉を例の先生から聞いたことがあります」

女「"他人に幸福を求めて話しかけてはいけない。自分が幸せな時に他人に話しかけなさい"」

女「いい言葉でしょ?」

男「その先生はしばらくしてからきっとこうも言ってたぜ。『疲れた。心が疲れた』」

女「それは先生のせいじゃありません……」

男「疑問に思うんだけど、そんなに素晴らしい先生をいじめようとしたやつらって一体どんな」

女「質問は質着応答の時間にお願いします。今考えるべきはメールの文章の内容ですよ」

男「人のプレゼンネタパクるなって。反省しましたよ。俺もいつか人にものを教える立場になったら『質問がある人』ってちゃんと聞く人になるよ」

女「さぁさ、早くかきましょう」

男「あんたが考えてくれるよな?」

女「何を言ってるんですか」

男「女性の方が女性の気持ちがわかるだろう」

女「女性を口説くのは女性ではなく男性ですよ。ほら、今も夕陽を背景に、イタリアで8人の男が情熱的な告白をしました。あっ、今はフランスで男が3人告白をしていて、二人が告白準備中です。おや、デンマークでは既に告白を終えた男が3人いるみたいです」

男「墓地で考えたメールの文章を送って数年越しの片想いが実った男性は?」

女「…………」

女「涙とともにパンを食べたものにしか、人生の本当の味はわからないとゲーテがおっしゃっていました」

男「不吉な未来を名言で覆おうとしたよね。しかも振られたら何も喉を通らないからな」

女「その調子でどんどん文章も考えて下さい」

男「それができたら苦労しないよ」

女「苦労しましょう。今までそれが足りなかったんですから」

男「耐え忍んできただけだったな」

女「過去も偲んでいましたよ。オセロみたいに、連なった黒が全部白にひっくりかえるといいですね」

男「…………どうかな?」

女「いいと思います」

男「うまくいくかな」

女「どう思いますか?」

男「付き合えたらどうしようって思う」

女「そうですね」

男「同時に、脳内で今までの自分が言い訳をしまくっている」

男「パーフェクトベビー願望っていって、出産に苦労した母親は、生まれた子供に過度な期待を抱くらしい」

男「俺も、数年間自分を呪ってきた恋が終わるなら、それはとてつもないハッピーエンドになるものだと思いこんでしまっている」

男「と、自分を自分で客観的に把握していることを意識して、プライドを保とうとしている。聞きかじった知識さえ盾にしようと必死だ」

女「明日送信ボタンを押しさえすれば、あなたは過去に打ち勝つのですよ。昨日まで生きてきた18年間のあなた全てに」

女「それとも、時間指定して送信する方法でも探しますか?携帯電話でできるかはわかりませんが」

男「いや、自分で送るよ」

女「そう思ってました」

男「申し訳が立たないからな」

女「誰に対してですか?」

男「過去の自分に」

女「そろそろ夜がふけます」

男「さきほどのイタリア男はどうなった?」

女「5人振られて、3人成功しました」

男「そうか」

女「でもその3人も、"あの時告白していれば"という後悔をすることはなくなりました」

男「告白しなければよかったとはならないかな」

女「そんなの未来次第です。成功した5人の中でも"告白しなければよかった"と将来結婚してから後悔する人もいるかもしれませんからね」

男「さすが、未来を描いていた女だけある」

女「どうも。あなただって宿題でそうしてきたように、過去の思い出は楽しい思い出で塗り替えてしまえばいいんですよ」

男「なんだか今日は、久々に生きてるって感じがするなぁ。緊張するけど」

女「ふふっ、私もです。なんだか生きてるって感じです。他人事なので緊張はしません」

男「おのれ、楽しみおって。私は、現代に蘇りし小便小僧なるぞ」

女「ふふふ。我は、をのこ と めのこを繋ぐ月の橋姫なるぞ」

男「をのこって何?」

女「男の子って意味です」

男「あー、中3のとき覚えたかも」

女「……恋が終わったら受験勉強もはじめましょう」

男「おう!なんだか、勉強でさえやる意味が感じられてきた。やる気はおきないけど」

女「共学よりも男子校や女子校のほうが概して勉強してますからね」

男「まぁいいんだよ勉強なんて。明日地球が滅亡するなら、勉強じゃなくて恋をするからな」

女「もう、調子に乗って」

男「頭の中は、ちゃんと不安でいっぱいで、フラグメーカーにならないようにかなり緊張してるから大丈夫」

女「どうなんでしょう、それ」

女「それでは、今夜はこのへんで」

男「今日は本当にありがとう。おやすみ。気をつけて帰ってね」

女「そちらこそ気をつけてくださいね」

男「お墓で立ちションする以上に、暗い未来なんてないよ」

男「再会して幻想を崩されても、気味悪がられて振られてショックで寝込んでも、それは誰もが経験するようなありきたりな痛みじゃないか」

男「あり得たかもしれない幻想をずっと抱き続けていること以上に、つらいことなんてきっとないよ」

女「……そうですね」

男「これが一段落着いたら、次はそっちの番だからな」

女「えっ」

男「お墓に来てた理由。ちゃんと話して貰うからな」

女「私は、いいですよ、別に」

男「楽しんでいるわけじゃないよ。あんたの抱えてるものは、死、だから」

男「好きな人に告白できずにうじうじしてた、なんてのとは比較にならない出来事だろうから」

男「だけど、できることをしてあげたい。それが無理なら、できないことを見守ってあげたい」

男「それは、今まで俺が他人に求めていたことで、そっちが求めていることとは違うかもしれないけどさ」

男「誤っていた俺の過去をあんたは正してくれた。だから、あんたが送りたいと思ってる未来に導けるように少しでも役に立ちたいんだ」

男「迷惑、かな?」

女「…………」

女「迷惑じゃないですよ。ましてや不謹慎でもない」

女「そうですね。お気持ちうれしいです」

女「けれど、今はあなたのことに集中しましょう。早く寝て、携帯も充電しましょう」

女「あなたがうまくいったら私も励まされますから」

男「そうか。そうかもな。ありがとうな、ほんと」

男「おやすみ。またな」

女「はい。おやすみなさい。素敵な明日を」

今日の分見返したらイタリア人告白成功人数とか誤字がありますね。気を付けます。
読んでくれていつもありがとうございます。
おやすみなさい。

男「……うあっぁあああああ!!!!」

男「おくちったおくちったおくちったぞ!!」

男「ぎにゃああああ」

生徒A「なにあの人……」

生徒B「電話でもしてるんじゃない?」

男「(結局、昼間に送る勇気は起きなかった)」

男「(付き合ってという文言はいれなかったけど、会って話したいということは書いた)」

男「(深夜のお墓に来る女性に恋の応援をしてもらうこと以上に、好きだった人と会って話すというのは可能性の低いことなのだろうか)」

男「それにしても、久しぶりの学校だったな」

男「30人のクラスなのに、8人しか来てなかった」

男「出席日数を今まで律儀に稼いでいた真面目な生徒が、入試直前になって今更ワアワア喋りだす実力不足の担任や教師に嫌気がさして、ほとんど家か予備校で自習してるんだよな」

男「真面目な学級崩壊とでも呼べばいいのか」

男「数十人の思春期の学生を束ねることなんて、やっぱり難しいことなんだよな」

男「俺はろくに勉強すらしてないけど」

男「…………」

男「なりたかった自分に本当になろうとすることの大切さこそ、毎日授業してもらいたかったよ」

男「けれど、それを教えられる自信を持っている大人の絶対数が、とても少ないんだろう」

男「メールはちゃんと送信できた。相手には届いているはずだ」

男「嫌だな。さっきから無意味なところをずっとあるきまわってる」

男「もう帰ろう。昼間から登校したとはいえ少し眠い。仮眠をとって夜中あの子に会いにいこう」

男「成功に終わっても、失敗に終わっても、あの子に尽くそう。そんな自分に生まれ変わろう」

男「今からやり直せるかな。まだ取り返しがつくのかな」

男「こんなに心が騒ぎながら人生について考えるのなんて、いつぶりだったかな」

男「放課後の学校は、やっぱり青春って感じがするな」

男「校舎には吹奏楽部の練習の音が響き渡る。校庭ではサッカー部が走り回っていて、グラウンドでは野球部がノックをしてる」

男「俺は、この人達を見下していた。自分にとっては叶わぬ恋が人生の全てで、それ以外のものなんて無価値だと思ってたから。その無価値なものに熱中している人たちを見て、否定してあざ笑っていたんだろう」

男「いつの間に、そんな人間になっていたんだろうな。ちゃんと、自分に積み上げられるものを積み上げていればよかった」

男「どっちも、やってればよかったな。もっと早くにメールも送って、卓球も続けてればよかったな」

男「2つの選択肢があるときには、2つの選択肢をちゃんと追うべきだった」

男「二兎を追うものは一兎も得ないこともあるかもしれないけれど。一兎だけを追って捕まえた人だって、もう片方の兎も追っておけばよかったと後悔するかもしれない」

男「恋ともう一つの選択肢が与えられた時に、いつも自分に都合の良い方を選んでいた。今は○○があるからって言って、好きな人から向き合うことを避け続けた」

男「そうやって片方のものだけを積み重ねてきても、本当に一番欲しかったものに挑戦してこなかったことを思い出して、虚しくなって、今まで積み重ねてきたものの価値さえ否定してしまっていた」

男「両方のものを追えばよかった。ほしいもの全部を手に入れようとすればよかった」

男「仮に、2つの選択肢が与えられた時に、2つとも得る実力が自分にないことがわかっていたとしても。その時に諦めるものが、決して恋であってはならなかった」

男「ダメだ。一人だとズブズブ沈んでいきそうだ。はやく、かえって、お墓に行こう」

男「家に帰ったけどそわそわがとまらない」

男「うううううう。携帯が手放せない」

男「まだ20時か。あと6時間って、半日もあるじゃないか」

男「いつもお墓にいったらあの子が先に待ってるよな。もっと早くから来てるのかな」

男「夜も危険だし、俺が先に着いているべきだったのかな。でもあの子に大切にしたい独りの時間もあっただろうし」

男「あああああああああ」

男「ダメだ。お墓に行こう」

男「将来コピーライターになったら、このセリフを広告にしよう」

男「うん。ダメだ。お墓に行こう」

男「この時間だと真夜中ほど寒くないな。会社帰りの人なのか、通行人もちらほらいる」

男「もうお墓にいるんだろうか。そしてメールの返信はくるんだろうか」

男「昨日まで虚無の人生だったのにな。それはそれで楽だったな」

男「ああ嫌だな。嫌だ嫌だ」

男「幸せが目の前にある時が、1番苦しいな」

男「着いた。さすがに民家から離れてるだけあって、この時間でもここには誰もいないな」

男「入口付近にはいないな。もしかしたら、あの子が祈っていた墓の所にいるかもしれない」

男「いろんなことをはなしたい。幸せの定義とか、恋と愛の違いとか、答えのない問題について一緒に考えて欲しい」

男「それとも。今の俺の恋が成就したら、そんなことどうでもよくなってしまうのかな」

男「あの子ならなんていうかな」

男「幸せとは、幸せについて考える必要のない状態ですよ。恋と愛の違いは、受け取ることを喜びとするか、与えることを喜びとするかの違いですよ」

男「うーん、なんだか俺っぽい答えかな」

男「メールの返事、まだかなぁ。ああ、そわそわするなぁ」

男「あの子もやっぱり。あと何時間待てば……ん?」

男「花だ。花が供えてある」

男「あの子が置いたのだとしたら、もうここには来ていたのか」

男「やっぱり、毎日お祈りしていたのかな。俺が来る前にいつもお祈りしていたのかな」

男「今夜聞いてみよう。わざわざ、俺が来てる時に隠してるなら、そんな必要ないって」

男「まだまだあの子についても知らないことが多いからな」

男「それでも。何年間も思い続けてきたあのひとよりも、今ではあの子のほうが……」

男「って、着信が来た。メールだ」

男「…………」

男「やばい。あの人から返信が来た」

ちょっと席を外します。

女「…………」

男「…………」

女「あの、何してるんですか?」

男「何してるって、墓ニーだよ」

女「何の略ですか」

男「お墓に寄生するニート」

女「寝袋の中でガサゴソしてたので」

男「あんたが想像してることも今してるかもな」

女「……そうだとしても、墓標にはかけないでくださいね」

男「墓標、には?」

女「にも」

女「じゃあ、改めまして、こんばんは」

男「あんた3日も来なかった」

女「今夜も寒いですね」

男「おかげで寝袋まで準備して長時間待つ羽目になった」

女「風邪引いちゃいますよ」

男「あんたのせいだな」

女「男さんにだって責任はあります」

男「はじめて二人称以外で呼ばれた」

女「この間好きな人へのメールを作成する時に、冒頭にご自分の名前を書いてたじゃないですか」

男「俺はあんたの名前を知らないぞ」

女「話しましたよきっと」

男「聞いてたら忘れるか。好きな食べ物も、出身地も、心に残った映画さえも知らない」

女「私の友達はそれらを知っているかもしれませんね。でも、今夜私がここにくるであろうことは、全世界であなたしか知らなかったんですよ」

男「来なかったかもしれない」

女「来ますよ。気になりますから」

男「駄目だったよ」

女「駄目でしたか」

男「当たり前の結果だよな」

女「結果は予想できたことです。でも、勇気ある行動はご自身でも予期せぬ出来事だったんじゃないですか」

男「結果より過程か。聞き飽きたよその言葉」

女「でも本気で体験したのは初めてでしょう」

男「まぁ、そうだな」

男「何度かメールを交わしてるうちに、返信がこなくなった」

男「いっそのことバサっと切ってくれればよかったのに」

女「これで片想い終了ですか?未練はありますか?」

男「俺、振られたら死ぬのかなって思ってたんだよ」

男「なのに、長年の片想いに終止符をうつってことが、こんなに清々しい気持ちになれるなんて」

女「よかったですね。墓ニーはしてますけど」

男「墓ニーぐらいさせろよ」

女「寝袋から顔だけ出して、凄くかっこいいことを言ってる姿って、かわいいですね」

男「どっちだよ」

女「どっちもです」

男「ボロンッ」

女「キャッ!!」

女「って、ゲーム機ですか。窮屈にゲームやってたんですか」

男「墓ニーだって言っただろ。お菓子もあるぞ」

女「私はけっこうです。家でしてればよかったのに」

男「家出してあんたを待っていたんだよここで」

女「今行方不明者ですか?」

男「毎日夜中限定でな」

女「捜索願いは出されそうにもありませんね」

男「指名手配の方が出されそうだな。このビール瓶に、ピンときたらヒャクトウ番」

女「一体何の画像なんですかね」

女「こんなに今はふざけてるのに、よくやりましたよ」

男「ほんとだよ。よくやったよ、俺」

男「何年も前に置き去りにした勝率のない戦いによく挑んだよ」

男「携帯電話を1日操作するだけの戦いに、1000日近い俺が避け続けてきたのに。1001日目の俺は、ちゃんと勝負に出れたんだ」

女「本当に凄いです。それはそれとして、寝袋から出ないんですね」

男「一緒に入る?」

女「大きなビール瓶が入ってそうなので遠慮しておきます」

男「そんなことない!本当はピーナッツだよピーナッツ!」

女「あら、そうなんですね」ニヤニヤ

男「いや、うーん、やばいよ俺のビール瓶。寝袋今も裂けそうだよ」

女「ピュアな部分との落差が相変わらず激しいです」

明日続きを書きます。
あと次回予告2,3回分くらいの予定です。

男「今日何の日か知ってる?」

女「あなた風に表現すると、自分が幸せかどうか結果発表される日ですか」

男「俺がいいそうだな。そう、クリスマスイブだ」

女「今幸せですか?」

男「幸せかどうかでいうと地獄」

女「不幸突き抜けましたね」

男「小学生のの時から少年漫画を読んで、ヒロインと青春物語を繰り広げる様々なヒーローに憧れて俺にもこんな冒険が待ってるのかなって思ってたけど」

男「クリスマスイブに寝袋でお墓に寝てる未来はさすがに想像してなかった」

女「クリスマスイブに寝袋でお墓に寝てる主人公の少年漫画があったらぜひ読んでみたいです」

男「ヒロインからは先日振られちゃったけどな」

女「……あーそうですか。残念ですね」

男「痛っ!寝袋踏んでる!」

男「なんだか、この前の話を聞いてからクリスマスの意識が変わったな」

女「この前の話?」

男「24日の日没から25日までの日没がクリスマスだってはなし」

男「今は24日の深夜だからまさにクリスマスイブだろ。だとしたらクリスマスはあと18時間くらいで終わっちゃうってことだ」

女「終わったっていいじゃないですか」

男「どうして人はクリスマスになると焦るんだろう」

女「何かやり残した気がするからじゃないですか。とりわけ、美しいイルミネーションに囲われると、この景色に見合う自分でなくてはならないと」

男「ここお墓だから。今の俺にはまさにお似合いだな」

女「お墓はいつもと同じですね」

男「飾り付けでもするか。虹色に光る豆電球でお墓をデコろう」

女「そうしましょっか。あなたが最初に小便かけたお墓にでも」

男「もはやとめないのな」

女「いいじゃないですか。今日は最高の不謹慎日和って感じがしません?」

男「お墓からあんたと出るの初めてだな」

女「そうですね」

男「この3日間何してたんだ」

女「お墓から出ていました」

男「どこにいってたの?」

女「尾行していました」

男「誰の?」

女「お墓に花を供えてくれる人」

男「例の墓か。てっきりあんたが供えてたのかと」

女「私は逆ですよ。あの花を撤去していました」

男「恨んでるやつに墓が供えられてるのが気に入らないからか」

女「そうです」

男「あんた俺より不謹慎かもな」

女「そんな誉めなくても」

男「そういう風には見えないんだけどなぁ」

女「見えるかどうかと実際どうかは違いますからね」

男「コンビニついた。何か食べたいものある?」

女「食欲は全然ないです」

男「夜にケーキ食べるとふとっちゃう~、みたいな乙女心とか?」

女「食欲の前に、お金を持ってないんです」

男「今日は俺の奢りだ」

女「いつもわるいですよ。ここで待ってますから、好きなものを買って下さい」

男「外で待ってたら寒いだろ。中に入れよ」

女「えっ、でも」

男「いいからいいから」グイッ

女「わ、わかりましたわかりました」

店員「いらっしゃいませー」

男「ケーキと、シャンパンと、ろうそくと、デコレーションを買おう。火はこの間花火で使ったライター持ってる」

女「豪華ですね」

男「でもデコレーションはパット見売ってなさそう」

女「しょうがないから食べ物だけにしましょうか」

男「これで全部だな。じゃあちょっと買ってくるから待ってて」

女「はい」

女「…………」

女「少し立ち読みでもしてましょうか」

女「あっ、この漫画最新巻出てる」

女「懐かしいな。へー。やっと舞台が新しい街に移ったんですね」

女「へー。へー」

男「買う?」

女「わっ。びっくりした」

男「買う?人生救ってもらったお礼に」

女「いつも漫画は、古くなった巻の立ち読みを古本屋でしてるので」

男「それじゃあ最新巻読むのずっと先になっちゃうよ?」

女「そ、そうですけど」

男「はい。お金は出世払いでいいから」

女「払えませんよいつまでたっても」

男「墓ニートじゃあるまいし。はい」

女「…………」

男「グルメ漫画?」

女「そうです」

男「食べ物は食べないのに」

女「まぁ、今は…」

男「夜中だもんな。ほら、買ってきな」

女「あの、男さん」

男「どうした?」

女「私の代わりに…」

女「いや、失礼ですよね。はい、買ってきます」

男「ん?」

女「買ってきます!」

男「おう、買ってらっしゃい」

男「意外な趣味を知れたな」

男「というか、かっこよく奢ってるけど、全部お母さんから貰ってるお小遣いなんだよなぁ」

男「そのお小遣いもお父さんの給料からだし」

男「今思えば、お父さんってすごいよな。家ではあんなんだけど」

男「あいつの家族ってどんな感じなんだろ」

男「深夜に女の子が一人でお墓に来れるってことは、やっぱりあまり心配されてないんだろうか」

男「うちの親はそもそも俺が外出してることに気づいてないみたいだけど。でなけりゃあの母さんが俺に説教してくるはずだもんな」

男「さりげなく聞いてみようかな。単にあいつもこっそり抜けてるだけかもしんないし」

男「どんな性格のお父さんとお母さんなのか…」

店員「うわぁああああああああ!!!!」

男「何だ!?」

女「!」

タッタッタ…

男「ちょ、ちょっと待てって!一体何が!」

店員「て、て、……!!」

男「どうしたんですか!?」

店員「て、てが、てがすり……」

男「手が?」

店員「お、お釣りわたそうとしたら…」

店員「手が、すり抜けて……」

男「手がすり抜けた!?」

店員「か、監視カメラ。店長にも電話しないと」

男「監視カメラの画像俺にも見せて下さい」

店員「き、君にはみせらんないよ。それと、け、警察も…」ブルブル…

店員「君は…あの子の知り合いなのか…だとしたら君も…」

男「おらっ!」バチ!

店員「痛いっ!」

男「んなわけあるか!」

店員「ご、強盗…!幽霊と強盗!」

男「これはまずい…」

男「…………」

女「…………」

男「それ、俺の寝袋なんだけど」

女「…………」

男「お金、落としてたから置いとくね」

女「いりません。返せません」

男「出世払いでいいから」

女「…………」

男「あ、いまのはこの世から出るって意味ではなくて!」

男「募金ってこと!!」

男「あ、墓にお金じゃないよ!墓金って言ってるんじゃないよ!」

女「ゲームのデータ全部消してもいいですか」

男「それはダメ!!!!それは絶対ダメ!!!!」

女「あなたはいつもと変わりませんね」

男「あのさ、店員の人が驚いてたこと、本当なの?」

女「何が本当なのでしょう」

男「君の手がすり抜けたってこと。あのさ」




男「君って、幽霊なの?」

女「どう思います?」

男「どう思うって」

女「釣り銭渡す時に手しっかりつけてくる店員の人」

男「あっ、そっち?」

男「俺はさ、気にし過ぎかもしんないけど、店員が女性でお釣り渡してくる時に一切手を触れないように返されるとちょっと傷つくかも」

男「自分が女で、男の店員が手を触れさせてきたらちょっと嫌かもなぁ」

女「女の人は全然気にしてませんよ。店員の立場でも客の立場でもたいてい気にしてません。友達もそう言ってました」

男「じゃあニギニギしてもいい?」

女「そういう人がたまにいて気持ち悪いという話題でした」

男「ごめんなさい」

女「反省して下さい」

男「…………」

女「やっぱり、そうなんですかね」

男「ん?」

女「私、幽霊なんですかね…」

男「あ、自覚症状そんな感じなんだ」

女「いつも真夜中の墓地から一日が始まるんですもの」

女「しかも手も擦り抜けますし」

男「どれ」ピタ

女「ちょ、ちょっと」

男「触れるぞ」

女「触れてますね」

男「…………」

女「…………」

男「…………」

女「…………」

男「…………」

女「…………」

男「さ、触れるぞ」

女「さ、触れてますね」

男「は、はなすぞ」

女「は、はい。女だから全然気にしませんけどね」

男「姿は店員からも見れる」

女「はい」

男「漫画も持てるし線香花火もできる」

女「できます」

男「俺以外の人に触れる?」

女「さわれません。あなたにも会う以前に、人にうっかり触れてしまったことがあるんです。というより、触れそうになったのに擦り抜けてしまいました」

男「だから最初俺のこと殴った時にあんなに驚いていたのか」

女「触れたことに対する驚きもありますが、あなたの頭の硬さに驚きました」

男「誰が石頭だ」

女「痛かったですよ」

男「頭と手は触れるみたいだな。ふともも付近はどうなんだろう。へその下らへんとか」

女「触ってみますか?」

男「そうだな。ためにし触ってみてくれ」

女「グーで叩いてみますね」

男「ごめん。セクハラごめん」

女「私、死んじゃったんですね」

男「だけどこうして話してる」

女「あなたも死んでるんじゃないですか」

男「ははは。まさか」

男「…………」

男「えっ!!?」

男「だ、大丈夫だよ!店員も殴れたし!」

女「なんてことしたんですか」

男「監視カメラにもばっちりとられた」

女「暴行の容疑で捕まっちゃいますよ」

男「何が膀胱だ!俺が立ちションしたことは誰にも知られないはず…」

女「ぼうこう違いです」

女「私のせいで、男さん捕まっちゃうんですかね」

男「ちょっとはたいただけだから。先っちょだけだから」

女「とか言って思いっきり叩いちゃったやつですね」

男「それよりあんたこそ、夜7時のテレビの心霊動画特集に出されてスタジオで悲鳴あげられるぞ」

女「いつもは悲鳴上げる側だったのに。自分が悲鳴あげられると思うと地味に傷つきますね」

男「でも誰も信じないけどな」

女「そうですね。でも私が毎晩ここに出現するのがばれたら観光名所になってしまいます」

男「線香花火でも販売して一儲けしようかな」

女「不謹慎ですから誰もやりませんよ」

男「興味本位で幽霊見に来てるくせに」

女「まったくですね」

女「今何時ですか?」

男「3時よりちょっと前」

女「いつも丑三つ時あたりに出現して、明け方あたりに意識が途絶えるんです」

男「寝てるだけじゃないの?」

女「まさか」

男「俺てっきり、紫外線に凄く弱い体質なのかと思ってたりもした」

女「太陽を浴びたら死ぬか、死んでるから太陽を浴びれないかの違いです」

男「大きい違いだな。なんで昼間は意識が途絶えるんだろう」

女「私が昼間を拒んだからじゃないですか」

女「死ぬときのこと、うっすら覚えているんです。まだやり残したことがあるって。でもそれを成し遂げたくないって」

女「だから一時的にこの世に戻ってこれたけど、誰もいない夜中限定になったんじゃないですか。なんて、荒唐無稽ですね」

男「深夜のラブレターだな」

女「深夜のラブレター?」

男「昼間に考えた方がいいのに恥ずかしくてできなくて、夜じゃないと恥ずかしくて書けない」

男「極めて人間の摂理に則った地縛霊なんだよ」

女「ふむふむ…」

男「だろ?」

女「地縛霊って言い方より、幽霊って言い方のほうがかわいいです」

男「おかしな所にこだわるな」

男「どうして俺のことは触れるんだろう」

女「似た者同士じゃないからですかね」

男「似たもの?」

女「死に近い所」

男「やめろって」

女「たかが青春に失敗しただけのあなたですが、夜中に墓標に立ちションするくらいに追い詰められていたじゃないですか」

女「死の淵にいたんですよきっと。あなたなりの自傷行為がすでにはじまっていたんでしょう」

男「なるほど……確かにこんな話を聞いたことがある」

男「死にたいと思った時に、女の子はリストカットをするけれど、男の子は身体を傷つけるようなことはしない」

男「ただしめっちゃオナヌーをして発散しようとする」

男「ははは!!死にたい時に、女は自傷行為、男は自慰行為ってか!!やることは正反対じゃないか!!痛っ!」

女「あ、やっぱり叩けるんですね」

男「シモネタが嫌ならそう言って」

女「それともう一つ判明してるのが、食べ物には興味が無くなったということです」

男「もしかしてずっと食べてないのか?」

女「そうですね。食欲がまったくわきません。もちろん水分補給も必要ないです」

男「じゃあ!!じゃあ一緒に立ちションできないじゃん!!!」

女「すると思ってたことに私が驚いています」

男「このケーキどうおもう?」

女「なんとも思いません。ふでばこを差し出されて『食べる?』って聞かれてるような感じです」

男「体力とかはどうなってる?全力で走り続けられる?」

女「それは生前と変わりません。疲れて息切れします。空を飛んだり、浮遊することもできません」

女「思うに、大きく2つのことを制限されているのでしょう」

女「生きるために必要な行為。人に触れる行為」

女「だから睡眠も必要ありません。まぁ消滅してること自体が睡眠代わりなのかもしれませんが」

男「でも今寝袋にくるまってる」

女「寝袋に人がくるまりたがるのは寝るためではありませんよ。寝袋にくるまりたいからです」

男「深い」

男「物理学研究所とかにつかまったらエラいことになるな」

女「実験材料にされちゃいますね」

男「ものは触れる。でも人はすり抜ける」

男「でも人は衣類というものを身に付けているだろう?だったらコートや手袋に触れることはないのか?」

女「できないみたいです。誰かが脱いだコートには触れられるのですが」

男「壁を人間だと思いこんですり抜けることは?」

女「抜けれません」

男「確かに俺も性欲が凄い時期に弥勒菩薩半跏思惟像を裸の女だと思って抜こうとしたけどできなかった」

女「発想がずば抜けていることは認めます」

女「私も色々実験してみました」

女「椅子に座っている人の椅子には触れられるけど、コートだとすり抜けてしまう」

女「小学生の帽子を持って被せてあげると、被せた感触がわかりそうになるあたりで擦り抜けてしまう」

女「人のお腹に顔を突っ込んでみても、身体の内側が見れるわけではなく真っ暗になる」

女「つまるところ、人の感触を感じる行為が必要ないとされているのでしょう」

女「生前の私が生きてきた世界というデータを体験してるといえばいいのでしょうか」

男「ゲームの世界に紛れ込んだバグのような存在かもな。女湯の建物に主人公がめり込んだことあったけどやっぱり視界は真っ暗だったよ」

女「それは残念でしたね」

男「気になってたんだけどさ。もしかしてあのお墓って」

女「はい。私のお墓です」

男「勘違いとかじゃない?」

女「フルネームも一緒ですし、確かに死ぬ前はこの街にいましたから」

男「どうやって死んだか覚えてる?」

女「あっ、死ぬなって思って、本気を出せば死ななくて済んだんでしょうけど、やる気が起きなくてそのまま死んじゃいました」

男「なんだそりゃ。やる気出せよ」

女「夏休みの宿題をちゃんとやらないあなたに言われたくないです」

男「もともと死にたかった人間に、死ぬ機会が訪れたって話だろ。電車に飛び降りて死ぬ人も、その日たまたま1番前に立ってたから飛び降りたわけで、二番目に立ってたら死ななかったんじゃないかなって思うよ」

女「私だって、自分に自殺願望があったとは思いませんでした。ただ、とても疲れていたんです」

女「こうやって地縛霊になってるからには、この世に強い執着があったのでしょう」

女「あの時ああしておけばよかったという後悔は一生抱えるほど強いエネルギーを持っているのに、それらを実行することはさらに強いエネルギーが必要なんですね」

男「俺の先日の告白もそうだったな。うちの親父も学歴コンプレックスなんだけど、学生時代はあまり勉強しなかったらしい。母さんも、痩せたいと言ってる割にはよくお菓子を食べてるよ」

女「程度の差こそあれ、みんな同じ気はしますね。幸せになる方法はわかっているのに、その方法を実行できないところ」

あけましておめでとうございます。
明日続きを書きます。

男「これは、君の名前だったんだね」

女「そうです。決して、尿を飲むのが趣味のあなたの友人ではございませんでした」

男「はは、そっか。俺、あんたの墓標に立ちションしてたんだな」

女「そうですね」

男「なぁ、女さん」

女「な、なんですか」

男「本当に、ごめんなさい」

女「謝らなくてもいいですよ」

男「ううん。本当に、申し訳なかった」

女「私は私のお墓に愛着なんてまるでありませんでしたからね。自分で自分を成仏させるためにナンマイダを唱えていたくらいですもの」

男「謝りたいんだ。許されなくてもいいから」

女「だから許すも何もないですって。自己満足のためですか?」

男「自分のためだ。でも、満足なんてしない」

女「やっぱり悪いことはしちゃだめなんですよ。放尿なんてもってのほかです」

男「すまなかった」

女「もういいですって」

男「うん……」

女「丑三つ時で誰が見てなくとも、自分が見ているんですからね」

男「うん……」

女「わるいことは自分に跳ね返るんですよ」

男「うん……」

女「尿だけに!なんちゃって!」

男「うん……」

女「もう!!」バシッ!

男「痛っ!」

女「これで終わりにしてあげます」

男「……もっと叩いて欲しい」

女「いつもなら『もっと叩いてくださいまし!』ぐらいの勢いがありましたよ」

男「もっと叩いてくださいまし」

女「叩きません」

男「そうか」

女「代わりに、背中をさすってあげます」

男「…………」

女「男さんは、凄いですね」

男「凄いところなんてないよ」

女「ごめんなさいが言える人です」

女「あなたの人生の後悔の原因が"好き"の一言を言えなかったに集約されるのだとしたら」

女「私の人生の後悔の原因は"ごめんなさい"の一言を言えなかったことに集約されます」

女「男さん、あなたは線香花火の火の玉になんと願いを込めていましたか?」

男「あの子との過去が精算されますようにって。好きだという未来は考えてもいなかった」

女「そうだったんですか。実は私も、自分の抱えてるものについて願いを込めていたんです。こんな風に」




女「私の陰湿な嫌がらせが原因で学校を辞めてしまった先生に、謝りたい」

男「女が!?だって、尊敬してたって……」

女「私の墓にお花を供えてくれる人、誰だと思います?」

男「女の家族じゃないのか?」

女「私には血の繋がった家族はもういないんです。中学生のある時期からは継母と、彼女の恋人の男性と3人で生活を送ることになりました」

女「実母がなくなった後に実父が再婚した相手が今の継母です」

女「最初は3人で暮らしていたのですが、二人の口論がやがて増えるようになりました。実父は心の病になって、二人は離婚をしました。実父が今どこにいるのかは知りません」

女「親戚も祖父母の家も私を預かれる状況ではありませんでした。私は赤の他人の男女の家に転がり込むような状況になったんです」

女「暴力こそふるわれないですが、継母から疎まれているのはありありとわかりますよ。自分を嫌っている大人に生活の面倒を見てもらう後ろめたさったら、凄いストレスなんです」

男「そのストレスがどうして先生に向けられたんだ」

女「先生にお願いしたんです。私の、お母さんになってくれませんかって。先生の家に住まわせてくださいって」

女「そんなことはできないと言われました。まぁ、当たり前ですよね」

女「そのあたり前のことが許せずに、私は先生を追い込むことばかり考えるようになりました」

女「男性関係についてあることないことを言いふらしました。いや、ないこと尽くしでしたね。ですが、ただでさえ美しい人でしたから、その悪評の真偽を確かめずに楽しもうとする女子生徒も、女性の教員も数多くいました」

女「男さん。人が恨むのって、どういう相手に対してだと思いますか?」

男「嫌なことをしてきた人?」

女「やさしくしてくれた人です」

女「今まで与えてくれていた人が、与えてくれなくなった時に、どうして与えてくれないんだと恨んでしまうんです」

女「ここで男さんの質問に戻りましょう。私の墓にお花を供えてくれる人は誰なのか。そして、あなたが寝袋にくるまって待ってくれていた三日間、私は何をしていたのか」

女「お花をくれたのは私の同居人ではありません」

女「私は事実の意味を受け容れきれずに、お花を捨てていました。私なんかが受け取ってはいけないという気持ち、今更やさしくしてくれることに対する恨みの気持ち、また花を買って供えてきてくれるのでないかという歪んだ期待の気持ち」

女「夜中の3日感を費やして、その人の家をなんとか見つけることができました。もともと、昔近所まで行ったこともあったので」

女「けれど、怖いですね。おかしな言い方になりますが、それこそ死ぬほど怖いです」

女「いつでもできたんですよ。でも、ずっとやってこなかったんです。謝ることも、真実を尋ねにいくことも」

女「夜中にお墓に放尿してまで現実から目を背けていた人が、現実と向き合うのを見て、私の中の何かが観念してしまったんでしょう」

男「それじゃあ」

女「はい。私の墓にお花を供えてくれた先生に、謝りたいです。そして、何を考えていたのか、聞きたいんです」

女「男さん。来てくれるだけでいいんです。私と、一緒に先生の家まできてくれませんか?」

男「断る理由なんかない。幽霊部員のかよわい女の子を、ちゃんとエスコートしてあげないとな」

女「男さん……!」

男「よっしゃ。次は、あんたの日記を修正する番だな!」

よろしくの一言が言えなくて、春。

すきですの一言が言えなくて、夏。

さよならの一言が言えなくて、秋。

ごめんねの一言が言えなくて、冬。



大丈夫。

大丈夫だよ。

きっと、大丈夫だよ。

全部、大丈夫になるよ。




P.S.
駄目でも、僕がそばにいてあげる。


次回「あ、あの!私一月近くお風呂に入っていないんですよ!」


たとえ何もかもが手遅れであったとしても。
好きとごめんの一言だけは、言う価値のある言葉なんだ。

男「…………」

男「…………」

男「…………」

女「こんばんわ」

男「うわっ!!!!」

女「大きな声出さないでくださいよ」

男「1時53分!!丑三つ時まであと7分!!ちょっと幽霊が出るには早いぞ!!」

女「遅刻するよりいいじゃないですか。私が出現したのってどんな感じでした?」

男「気づいたら目の前にいたって感じ」

女「それにしてもやっぱり頭がぼんやりします。生きてた頃の起床後の感覚ほど寝ぼけてはないですが」

女「それよりも動画は撮影していましたか?」

男「そうだ!早めにまわして置いてたんだよ。見てみよう!」

男「再生……ちょっと早送りして……この辺だな」

女「うわぁ、我ながらドキドキします…」

男「もうそろそろかな……」

女「…………」

男「…………」

女「キャッ!!!」男「うぉっ!!!」

男「めっちゃびびった!!!」

女「い、いきなり現れましたね!!!」

男「ちょ、ちょ、もう一回みてみよ!」

女「はい!」

男「再生!」

女「…………」

男「…………」

女「出た!!」男「おわっ!」

女「すごい!!本物の心霊動画ですよ!!」

男「すげぇえええええ!!!まじか!!!」

女「本当どうなっているんでしょう。出現空間にも元素が存在するはずなので摩擦が生じると思うのですが…」

男「俺の寝てる寝袋の中に出現しないかな」

女「意地でもしません」

男「にしても本当にびびった。もう夜中に一人でトイレ行けないよ」

女「どの口がいいますか」

女「やはり出現は丑三つ時周辺ですね」

男「困ったな。先生はさすがに寝てるだろうし」

女「私がインターホン押して呼びかけたら飛び起きてくれますかね」

男「ドアの覗き穴から亡くなった生徒が立っている姿が見えた時の先生の心情を10字以内で答えよ」

女「怖い漏れそう」

男「立ちション仲間が増えるな」

女「私なら絶対ドアを開けませんね。叫んで近所に助けを求めながら110番と119番に電話するレベルです」

男「やはり俺の出番か」

女「どうするんですか?」

男「ピンポーン。宅配便でーす」

女「それこそ暴漢か何かだと思われますよ」

男「ちわー、三河屋でーす」

女「夕方だと騙す作戦ですか」

男「深夜2時にいきなり訪れてもドアを開けてくれるシチュエーションって存在する?」

女「一人暮らしの女性ならまず開けないでしょうね」

男「彼氏と同棲してたら彼氏を利用できないかな」

女「うーん、どうなんでしょうか。ずっと同じところに住んでいるので結婚はしてないみたいですが」

男「もしも情事に耽ってたら近所の住人のふりして、おいうるせーぞ!!って怒鳴り込みにいく口実ができる」

女「そのあと私が現れて過去の過ちを謝罪すると」

男「駄目かぁ」

男「朝は何時までいられるんだ」

女「朝日が登っているのは見たことがありません。男さんと別れてからいつも30分ぐらいだと思います」

男「4時台か5時台かな。今日測ってみよう」

女「やはり消滅しているんですかね。朝方無理やり起こして話せたとして、話の途中に消滅したくはないです」

男「今まで消える所見ておけばよかったな」

女「現れるところも消えるところも今まで見られたことありませんでしたね」

男「寝袋で待ち伏せてた時は基本ゲームやってたからな」

女「三日間待っててくださったんですよね。正直初日は気づきませんでした。2日目は、気づいたんですが涙を飲んで無視しました」

男「するなよ!」

女「だって泣いてたんですもん」

男「…………」

男「泣いてるときこそだよ……」

女「猛省してます。ですが私も、ちゃんと行動で示そうと思ったんです。自分一人でできることは、自分でやっておきたいって」

男「今日は罰として、消えるまでの待ち時間色んなグラビアのポーズしながら撮影させてもらうからな」

女「撮影はもういいです!」

男「じゃあグラビアポーズだけか」

女「本当にやり始めたら止めるくせに」

男「ちっ、ちっ、まだ俺の事わかってないな」

女「じゃあ教えて下さいよ。残りの1週間で」

男「おじさんが何でも教えてあげよう」

女「はい」

男「……残りの1週間?」

女「どうかしました」

男「残りの1週間ってなんのこと?」

女「そうですね、言われてみれば……」

男「一週間後には何がある?」

女「うーん、まぁ年末ですよね」

男「走れば疲れるし、物を触れる幽霊を、自分意以外に見たことはある?」

女「ないですよ」

男「もしもさ。女以外にも、この世に未練を残して、たまたま地縛霊になれた人がいたとしてさ」

男「その人達で現代が溢れかえらないのは、消滅していくからじゃないのかな」

女「期間限定ってことですか?」

男「そういうことだ」

女「……1つだけ確信していたことはあるんです」

女「もしも、あの人に謝罪することができたなら、私は成仏するということです」

女「謝りたいけど会いたくない気持ちで一杯で、このお墓に毎晩しがみついて」

女「ある日突然不審者が現れて、くだらないやりとりに巻き込まれて、久しぶりに心の底から笑ったりもして」

女「でもそれは私が"生きてて"いい理由にはならない。私はなすべきことをなすためにこの世にしがみついているんだって」

女「その期限がもしかしたら、12月31日なのかもしれません」

女「生きることは時間との戦いです。夏休みの宿題に期限があるのも、人間に寿命があるからなんですよきっと」

男「だとしたら、なおさら早くしないと」

女「そうですね。このままでは死んでも死にきれません。まぁ、今がまさにその状態なのでしょうが、今度こそ本当に」

女「けれど、それだけでは無い気がするんです」

女「信心深くは無い私ですが、神様のような大きな存在が、私に何かを気づかせようとしているのかもしれないって」

女「私、男さんを初めて殴ったあの時から、自分が幽霊だってことを隠そうとしたんです」

女「自分が死者だとわかった日からは、出来る限りひと目につかないようにすることを意識していました」

女「しかし、生者だけには触れられない存在としてこの世に縋りついてる自分に嫌気がさして、ちょっと自暴自棄になっていたんです」

女「だから、あなたにもつい話しかけてしまいました。『人様のお墓に立ちションですか』って」

女「あなたに触れられることがわかった時に、こう思いました。"この人と話しているときだけは、私は生者でいられる"」

女「やっぱり、生きていたかったんですね、私」

男「女……」

女「あなたに話しかけたこと、あなたが唯一触れられる生者であること。何か、意味があると思うんです」

女「残り数日間ではありますが、よろしくおねがいしますね」

男「……うん」

男「こちらこそ、よろしく」

女「すみません。なんだかしんみりしちゃいましたね。作戦会議の続きをしましょうか」

男「そうだな」

男「やっぱり、おっぱいムーン大作戦しかないのか」

女「……はい?」

男「俺が狼人間の真似をする。なんだなんだと近所中の人がでてくる」

男「今夜の満月はとびきりだぜ!!と俺は目を血走らせながら叫ぶ」

男「女の胸部を凝視してる俺に先生が気づいて一言」

男「それ、満月じゃなくて、おっぱいよ!」

男「ああ、なんだ、おっぱいか。そうして俺は人間に戻りすごすごとおうちに帰る。近所の人も、なんだおっぱいと勘違いしたのか、ガハハ、と笑って帰る」

男「先生だけがあんたに気づいて話しかける」

男「完璧じゃないか?」

男「いったぁああ!!!」

女「痛い!!!!!」

男「なんで殴るんだ!」

女「死者に殴られるあなたがわるいんです!!こっちが真剣に話してる時に何考えてたんですか!!」

男「一生懸命に作戦考えてやってただろ!」

女「そんな作戦通用しますか!」

男「うーーん……コートの上からだとちょっとわかりづらいなぁ」

男「あー、でもやっぱり満月と勘違いするにはちょっと……」

女「次はグーで叩きますよ」

男「さっきもグーだったからね?」

女「でもあれですね、私が露出魔の被害に遭ってるふりして大声で助けを求めればあの人はでてきてくれるかもしれません」

男「その露出魔役誰やるの?」

女「感謝します」

男「できません!」

男「だったらあんたが双子の姉妹だって設定にするのはどうだ?」

女「深夜2時に遭う理由はどうしますか?」

男「勤務時間がどうのこうのって言えばわかってくれるんじゃないか」

女「自分に嫌がらせした生徒の姉のために丑三つ時に会ってくれますか?」

男「お花だって供えてくれてるんだろう?」

女「そうですけど」

男「そういえば、相手の家までどれくらい時間かかるんだ?」

女「昨日は明け方直前に見つけたのですが、そうですね、ここからだと走り込みで2時間くらいかと」

男「えっ!?そんな遠いの!?」

女「急行の電車でいえばここから3駅分の場所です。やはり夜中は交通機関がないので」

男「先生の家に直接出現できないの?」

女「お墓以外に現れたことありませんね」

男「セーブポイント一つだけか」

女「ゲームじゃないんですから」

男「だったらタクシーを当日呼んで」

女「お金がないですよ」

男「出世払いで。あっ、今のはこの世から出るって意味じゃなくて」

女「またそのネタですか」

男「でもこれこそ心霊タクシーになっちまうな」

女「お金のやり取りはもうしたくありません」

男「自転車に乗るのは?」

女「私の家にはもう自転車がなくて…」

男「二人乗りすればいいよ」

女「2時間分も大変じゃないですか?」

男「俺軽いから大丈夫だよ」

女「私が漕ぐんですか!」

男「だって……」




……



…………



………………


男「一通りグレイバープランの内容が決まったな」

女「初めて聞きましたその作戦名」

男「Grabe(墓)と勇者(Braver)を掛けてるんだよ」

女「もっとかわいい名前が良かったです」

男「作戦名チワワ、じゃ締まらんだろう」

女「ふふっ、いいじゃないですか、チワワ」

男「その場合の作戦内容はこうだな。さっきも話に出たが、俺が露出魔役をやり、俺が女の前でコートを広げて『こんにちわわ!!』って」

女「ぶふっ!!!」

男「…………」

女「…………」

男「…………」

女「笑ってないです」

男「吹き出したよな」

女「吹き出してないです」

男「こんにちわわ!!」

女「ぐふっ…!げふげふっ!!」

男「まぁくだらない話題は置いといて本題に戻るとして」

女「はぁはぁ…そうですね」

男「作戦名チワワについてなんだけど」

女「ぶふぉっ!」

男「…………」

女「吹いてない!」

男「下ネタで爆笑しているのを誤魔化している女とかけまして、年末になっても大掃除を終えてない人とときます」

女「なんですかいきなり」

男「その心は?」

女「うーん……」

女「ええ……答えは?」

男「どちらもふいてない」

女「…………」

女「ちょっと悔しい!」

男「窓ふきは丁寧にしましょう」

女「掃除機しか使わない人もいると思います!」

男「掃除機しか使わない人とかけまして」

女「!?」

男「さらに年末の競馬で走る馬と掛けまして」

男「さらに競馬場にいるおじさんとかけまして」

男「私とときます。その心は?」

女「ええええ!?」

男「5・4・3」

女「ちょっ!タンマです!!」

男「2・1」

女「すとっぷ!なんだろなんだろ」

男「いずれもカケルのが好き、でした」

女「…………」

女「ああ……」

男「私は2つの意味でかけるのが好きです」

女「えっ?」

男「いや、なんでもないです」

女「じゃ、じゃあ私からも!」

男「どうぞ」

女「ええと、ええと……そうだ!」

女「年末年始に実家に帰っている人と掛けまして、親のスネをかじってる男さんとときます。その心は?」

男「ええ、なんだ」

女「カウントダウン!!5・4!!」

男「墓ニーと関係あるのかな」

女「3・2!!」

男「ちょ、もしかして、あっ!!」

女「1!」

男「わかったわかった!」

男「あれだろあれ!」

男「どちらもキセイしています!!」

男「ふははは!!これが掛け王の実力よ!!」

男「はーっはっはっは!!」

男「ふっはっはっは……」

男「…………女?」

男「…………」

男「4時18分。思ったよりも早いな。ちゃんとメモしておかなくちゃ」

男「本来丑三つ時が2:00からの30分であることを考えると、長いって捉えてもいいのかな。まぁ、幽霊って言うより、ただの幽霊部員だからな」

男「…………」

男「女。あんたが消える前に、必ず先生の元へ連れて行くから。あんたに掴めないものがあったら、俺が代わりに掴むから」

男「残酷かもしれないけど、生きててよかったって、幽霊のあんたに最後にそう思ってほしいんだ」

男「早く乗って!」

女「はぁ…!はぁ…!」

男「お待たせしました!出発して下さい!」

運転手「こんな時間に予約までしてなんかあんの?始発の電車に乗っていけばいいじゃない」

男「うちの家族、ちょっとした宗教に入信していまして。年末が近くなると家族毎に深夜の3時に集会所にあつまってですね。父と母は泊まり込みで手伝いをしていて」

男「あの、全然危ないやつじゃありませんよ!無理やり勧誘したりもしませんので!大学の友達とかにもよく勘違いされちゃうんですけどね。あはは」

運転手「ああ、そう」

男「そうなんです。あはは」

女「…………」

運転手「…………」

男「そうだよなぁ、我が妹よ」

女「……そうだね、お兄ちゃん」

男「ごめん、ちょっと聞き取りづらかった」

女「そうだね、お兄ちゃん」

男「ごめん、もういっか……いてっ。やっぱり何でもない」

男「ありがとうございました!」

男「無事たどり着いたな。信じてたかはわかんないけど。車中無言で気まずかったなぁ」

女「あの」

男「どうした」

女「私、姉の設定だったと思うんですけど」

男「さすが、そこは上手くアドリブをきかせてくれたな」

女「シスコン」

男「違うって!妹が欲しかっただけで妹はいないからシスコンではない!!決してお兄ちゃんと呼ばれたかったわけでは」

女「はいはい。行きましょお兄ちゃん」

男「うおお!!いくぞおお!!!」

女「先行き不安です…」

男「ここから歩いて五分くらいだな」

女「男さん、具合が悪そうですが大丈夫ですか?」

男「ちょっと寝不足かもしんない。でも3時間後には寝れるだろうから大丈夫」

女「昼間に下見してきてくれたんですよね」

男「うん。他にも先生の連絡先を探したり、SNSのアカウントを特定しようとしたけど、どれも駄目だった」

女「徹夜してるじゃないですか」

男「お礼に寝袋で一緒に寝てくれてもいいんだぜ」

女「もう。でも、本当にありがとうございます。お化け騒ぎになってもいいから、ちゃんと目の前で謝ります」

男「うん」

女「あの……男さん。未だに不安なんです。例えば、もしも男さんの家族を殺した人がいるとして。その人が心の底から自分の罪を悔いて、数十年後に謝りにきたらどう思いますか?」

男「許せないって思う。反省しなくても許せないけど、反省するのも許せない。とにかく、苦しみながら死んでほしいって思う」

女「ストレートな物言いですね。苦しみながら死んでほしい、ですか」

女「でも、確かにそう思いますよね。この点で言えば、私は激しい痛覚とともに死んだ記憶があるのでクリアしていますかね」

男「罪だって二種類あるだろ。"程度の差こそあれ 重罪"というものもあれば"ものによる 重罪か軽罪"」というもの。今回はさ、人一人の人生を狂わせたことには違いなくて、"程度の差こそあれ"の部類に入ると思うんだ」

男「取り返しのつくことであれば謝罪はするべきだって誰もが言える。だけど、取り返しのつかないことは、謝っていいことなのかすらわからない」

女「はい……やっぱり私……」

男「でも、味方になるよ」

男「女が悪いんだとしてさ。世間の倫理観や、自分の倫理観から見ても、女がこれからやろうとしていることが間違っているんだとしてもさ」

男「女自身でさえためらっていることの、背中を押してあげたい」

男「女が間違ってていても、最後まで女の味方でいたい」

男「ほら、ゲームの主人公もよく言うじゃん。たとえ世界を敵にまわしても君を守る!!って。その世界の中にはヒロインのようにやさしい女の子が何億人もいるはずなのにも関わらずだぜ?」

男「それで世界が滅んでもいいだなんてさ。まったく、不謹慎な話だ」

女「男さん……」

男「今日までだって不謹慎なことをやってきたんだ。だから今日も、一緒に不謹慎なことをやろう」

男「ちゃんと、謝りに行こう」

男「ついに玄関まで来たな」

女「物凄く逃げ出したいです」

男「チャイムは俺が押すから、女はこれを持って、ドアスコープの前に立って」

女「本当に大丈夫なんですか?」

男「駄目ならまた明日伺えばいい。あと5日間位あるだろ。うらめしや~って言いながら毎晩立てば出てきてくれるさ」

女「恨まれてるの私ですけどね。塩なげつけられたら物理的に痛いので効き目ありそうです」

男「だからこそこの親父から借りてきた現代的なアイテムだよ。顔も光るし、幽霊っぽくないし」

女「青白くひかって不気味じゃないですかね?」

男「ものは試しだ。じゃあ、押すぞ!!」

女「ちょ、ちょっと待って!!」

男「カウントダウン!5・4・3・2・1!!」

男「おりゃ!!」





ピンポーン

ピンポーン

ピンポーン

ピンポーン


女「も、もうその辺にしておいたほうが…」

男「しっ、物音が聞こえた」

男「…………」

男「多分インターホンでくるぞ」

女「は、はい」

先生『…………どちら様ですか?』

女「!!」

女「ちゅ、中学生の時に先生の受け持つクラスの生徒だったものです。都合上どうしてもこの時間にいきなりお邪魔することしかできず申し訳ございません」

女「大事な話があるんです。決していたづらではありません。」

女「先生の握力が女子中学生の平均を下回っていることも、給食のあげぱんじゃんけんに参加して他の教員から怒られたことも知っています」

女「秋の星座に詳しいことも、生徒が吹いたリコーダーの音階をあてた現場にも居合わせたこともあります」

女「要求があれば、そちらの指示に従います。ただ、今から二時間未満しかここにはいられません」

女「ど、どうにかお話できないでしょうか?」

女「あの……」

先生『インターホン越しには話せない内容なの?』

女「直接でなければ意味が無いんです」

先生『こんな時間に女の子一人で来たの?』

女「男子高校生が一人います」

先生『何やってるのよ。こんな時間に』

先生『あのね、あと4時間後には出勤なの』

女「でしたら30日金曜日の深夜か31日土曜日の深夜は空いておりますか?」

先生『29日に仕事が終わって、実家に帰省するから駄目よ』

先生『あのさ、自分がどれだけ非常識なこと言ってるかわかってる?』

女「先生……」

女「先生、なんだか、変わってしまいました……」

先生『…………』

先生『あなた達が変えたんでしょ』

女「そのことを謝りに来たんです」

先生『…………』

女「…………」

女「先生?」

男「返事がないね。ノイズはまだ聞こえるのに」

女「あの、先生、聞こえてますか?」

先生「聞こえてるわよ」ガチャ

女「うわっ!」

先生「なによそれ。やっぱりふざけてるんじゃない。今流行の動画投稿とかだったら本気で許さないわよ」

男「いや、ただのノートパソコンです。開いてるのはパワーポイントの画面と自己紹介文です」

先生「穴越しに見たわよ。そのふざけた自己紹介文」

先生「なんて不謹慎なの。ねぇ、あなた、一体……」

先生「うそ…そんな、まさか……」

女「結論から言います」

女「私、幽霊です」

先生「っ!?」

女「ノートパソコンは持てますし、この男も触れます」

男「いてっ!」

女「だけどそれ以外の人間には触れることができません」

女「私が私であることを証明するには先生が私に触れようとするしかありません」

女「チェーンを外して出てきてくれませんか?」

先生「……指示には従うんじゃなかったかしら」

女「はい、従います」

先生「指だけドアに差し込んでくれる?私が好きなタイミングで触るから」

女「わかりました」

女「…………」ゴクリ…

先生「引っ込めないでね」トン

女「わっ」

先生「あら。これは…」

先生「本当にこんなことが。ありえない。ありえないわ」

先生「…………」

先生「あなた、本当に」

女「はい。女です」

先生「私が理科の授業を初めにする時に言ったこと覚えてる?あなただけが吹き出して恥ずかしそうにしていたこと」

女「理科の授業では、おばけを否定するところからはじめたいと思います」

先生「……どうやら私が間違っていたみたいね」

女「先生はいつだって正しかったんです。私が間違った存在なだけで」

すいません。しばらく外出してきます。

先生「そこにいるあなたも私の教え子かしら?彼女とはどういう関係?」

女「えーと、それは…」

男「いいえ。高校で先輩後輩の関係です。彼女も僕も卓球部の幽霊部員です」

女「あれ、男さん…」

先生「そうよね。私、教え子の顔くらい全員覚えているもの。いじわるな質問してごめんなさいね」

先生「どうしましょうかしら。近くに深夜もやってるファミレスがあるからそこで話す?」

男「そこで話せる内容か?」

女「そうですね…話す場を与えてくれるだけでありがたいことですので」

先生「わかったわ。じゃあ……あら」

男「雨が降ってきましたね」

先生「困ったわね。私、今手元に傘2本しかないの」

先生「お二人、相合傘でもしていく?」

男「かまいません!!」女「濡れていきます!!」

男「はぁー!?」女「えぇー!?」

男「過度な照れ隠しは相手を傷つけるぞ!」

女「だって照れますよ!!」

男「えっ」

先生「ちょっと声静かにしなさい!わかったわよ。私の部屋に入りなさい。あまり大声で喋っちゃ駄目よ」

先生「どうぞ、いらっしゃい。今明かりつけるから」パチッ

男「わあ。お綺麗ですね」

女「ちょっと、何いきなりデレデレしてるんですか」

男「えっ、部屋すごい片付いてない?」

女「あ、た、たしかにそうですね…」

先生「二人とも付き合ってるの?」

男「最近失恋したばかりです」

先生「まぁ、そうなの」

女「私に告白したわけじゃないですよ!」

先生「残念ね」

女「べ、別に!」

先生「彼に言ったのよ?」

男「はい。ショックでした」

先生「ですって」

女「もう、調子狂うなぁ…」

先生「二時間しか時間取れないのよね?」

男「この子は朝方になったら消滅します。前回は4時18分でした」

先生「すごいわね。あなたが消える所、動画で撮っておいてもいいかしら?」

女「先生がそれまでに部屋から追い出さなければ」

男「おい、女」

先生「それはあなた次第じゃないかしら」

先生「でも私があなたを押し出そうとしても直接は触れられないのよね」

先生「地面には立っているし、ものには触れられるのよね。フライパンで叩いても駄目かしら?」

女「試しにやってみたらどうですか」

先生「久々に理科の実験でもしましょうか。科学とはほど遠い内容だけど。ちょっと取りにいってくるわね」

男「ちょっと!!いくらなんでも!女もいいのかよ!」

女「いいですよ。どうせ触れられないですし」

男「そういう問題じゃ」

先生「おまたせ。じゃあ、手を差し出して」

女「頭でもいいですよ」

先生「確信が持てないから実験するんでしょ」

女「その割にはフライパンっていうのはヘビーですね」

先生「じゃあ、叩くわよ」

女「はい」

先生「よいしょ!」

スカッ…

先生「擦り抜けたわ!」

女「生者との触れ合いにカウントされたのでしょう」

先生「輪ゴムを飛ばすのはどうかしら。手から離れるし」

女「それはどうなるんでしょう。飛ばしてみて下さい」

先生「……よし。行くわよ。えい!」

パチン!

女「いたっ!」

先生「あはは。ごめんごめん。これは当たるのね」

女「おでこにあてなくても…」

先生「撫でてあげようか?」

女「できないでしょうからいいです」

先生「あなたがフライパンで叩いたらぶつかるのよね」

男「そうですね」

先生「私がこの子の手とフライパンを重ねてる時に、あなたが掴んだらどうなるの?」

女「…………」ゾワッ

男「…………」ゾワッ

先生「やめときましょうか」

先生「面白いもの見せてもらったわ。お茶持ってくるから待ってて頂戴」

男「あの、お構いなく」

女「私も大丈夫ですので」

先生「確かにカフェインも入っているしね。喉が乾いたら言ってね」

女「飲み物も死んでからずっと飲んでいないんです」

先生「それも驚きね。のど乾かないの?」

女「うーん、普段呼吸してること意識しないじゃないですか。そんな感じです」

先生「呼吸はしてるのよね?」

女「…………」

女「あれ、これ、してるって言うのかな……」

先生「えっ、なになに、どんな感じなの?」

女「多分してると思うんですけど……」

先生「気になる気になる。どんな感じなの?」

女「例えるなら、足を動かす時に電気信号なんか意識してないと思うんですけど、今の場合……」

先生「へぇー!そうなの!」

先生「水飲むとどうなるの?」

女「試したことないですね」

先生「さぁさ、お茶持ってくるからちょっと待ってて!」タッタッタ…

女「さっきいらないって言ったのに」

男「おい、女いいのかよ。マッドサイエンティストに人体実験の材料にされちまってるぞ」

女「昔からこういうところがあるんです。私は、先生のそういう無邪気な好奇心が好きでしたから」

男「死者で実験なんて禁忌だぞ。下手したら俺以上に不謹慎なことやってるぞ」

女「ふふっ、そうかもしれませんね。心配してくれてありがとうございます。でも、私は今日中にちゃんと謝れればいいですから。それと、お花を供えてくれた理由も聞ければ」

男「まったく、綺麗で賢いのかもしれないけど、女を使って実験なんて……」

先生「おまたせ!お茶碗置くわね。ちょっと飲んでみてちょうだい」

女「はい。わかりました」

女「いただきます」ソォ…



ビチャビチャビチャ!!



女「すいません!床にこぼしてしまったみたいで…」

男「すり抜けた!!」先生「すり抜けたわね」

先生「今の見てどう思った?」

男「そりゃ、まあ」

男「エロい!」

先生「そうよね!」

女「えっ…」

男「炭酸のレモンジュースとかないですか!?」

先生「ああー、きらしてるわ!コンビニちょっと遠いのよねぇ」

男「買ってきましょうか!?」

先生「あー、だったら、トマトジュースがあるんだけど」

男「それはそれは!!それは!!それはそれは!!」

女「絶対やりませんからね!」

先生「はぁー、わらった」

女「笑い事じゃないですよ」

男「はぁー、興奮した」

女「…………」

先生「失礼失礼」

女「もう」

先生「ねぇ、女ちゃん」

女「はい」

先生「久しぶり」

女「お久しぶりです」

先生「元気はしてなかったかな」

女「元気ではなかったですね。でも、最近は元気かもしれないです」

先生「死んでからの方が生気があるなんてね」

女「先生は、あの、どうでしたか」

先生「そうねぇ」

先生「今はなんともないかな。同世代の女性が抱えている一般的なストレスを抱えているだけ」

先生「あなたが私に過度な要求をし続けて、私がそれを断り続けて、そのことであなたが私に関わる悪評を流してたあの頃よりはずっとマシ」

女「…………」

男「…………」

先生「話したいことがあるんでしょう。遮らないで聞いてあげるから、全部話しなさい」

女「先生」

女「先生は、私の憧れでした。先生のありとあらゆるところ、長所も短所も、全てが輝いて見えました」

女「顔立ちが整っているところ。いつも明るくて笑顔なところ。難解な事柄でも、ユーモアを交えながら生徒が笑ってる間に理解させる能力」

女「自分の欠点を受容しているところ。時々おっちょこちょいなところとか、極度に運動が苦手なところを、認めつつも一生懸命やるところ」

女「その能力も性格も誇示するようなこともなく、どんな生徒からも親しまれていました。活発な男の子からも、仕切りたがりの女の子からも、無口な男の子からも、ひねくれている女の子からでさえ」

女「遥か格上の先生に対して、周囲の人はこう思っていたと思います。『なぜだかわからないけれど、この人を応援したい』」

女「みんながみんな、先生という存在を認めていたんです。人を認めるという難しい行為を、周囲に行わせる魅力が先生にはありました」

女「ただ、私は少しベクトルが違っていたと思います」

女「周囲の人が先生に対して抱く気持ちが"認める"あるいは"私の長所を見て欲しい"という気持ちであったとするならば」

女「私が先生に対して抱く気持ちは"認められたい"あるいは"私の短所も受け容れて欲しい"という気持ちであったと思います」

女「私から家庭という居場所がなくなった時に、先生は救いの存在でした」

女「放課後の時間を割いて、先生が二人きりで話してくれたこと」

女「先生からも先生の悩みを聞いた時は、親友のような気持ちがしました。私のしつこいお願いに折れて休日に二人でお出かけをしてくれた時は、姉のように思いました」

女「私の家庭の事情を知ってからかって来た人から守ってくれたときは、少女漫画に現れるような、王子様のようなかっこよさすら感じました」

女「私はこの人から絶対的な愛が欲しいと思いました。いや、むしろその時既に、先生も私を愛してくれているはずだと思っていました」

女「この人は私の要求を何でも受け入れてくれるはずだ。たとえ世界を敵に回しても、私の味方でいてくれるはずだ」

女「そう思ってお願いしたんです。『私のお母さんになってくれませんか』と。先生を亡くなった母親に重ねながら」

女「どんなにしつこく、長い間お願いしても、先生は受け入れてくれませんでした」

女「生徒と同居なんてばれたら問題になるとか。自分の考え方を変えれば新しい家族と向き合えるようになるとか。どうしても今の家庭が嫌ならしかるべき施設に行くしかないとか」

女「失望しきっていた大人が言い出すようなことを言うようになってきたと感じました。少し不機嫌そうに話す表情も段々増えてきたと感じました」

女「先生に対して恨む気持ちが強くなっていき、次第に先生のやさしさが醜いものに思えてきました」

女「みんなから好かれる先生は、みんなにやさしくしていました」

女「私だけにやさしかったんじゃありません。八方美人だったんです。そんなことは初めからわかっていましたけど、そのやさしさをどうして全て自分に注いでくれないのかと不満が爆発しそうでした」

女「私は先生を少し傷つけてやろうと思いました。私が傷ついたことに気付いてほしいと」

女「あるいは、私の嫌がらせよりも私と同居するほうがマシだと思ってもらえるようにと」

女「先生の魅力を誰よりも知っていると自負していた私だからこそ、先生に憧れている人たちの羨望を、嫉妬に変えるような噂を簡単に思いつきました」

女「妙な噂が流れ始めてから。先生が日に日に疲れているのを感じました。無理やり笑顔をつくっているなって」

女「そんな精神状態でも噂を流したのは私とはまだ気づかずに、放課後に時間を取って相談に乗ってくれて嬉しく感じました。以前よりも私に弱音を吐いてくれるようにもなりました。私は心が熱くなって、先生にやさしくしてあげたいという気持ちと、もっといじめたいという気持ちが溢れてきました」

女「家に帰ってからは継母からの厳しい忠告や冷たい視線に苛まれ、実父の声を聞くことといえば深夜の一時頃以降にさえ始まる激しい喧嘩の時くらい。とてつもないストレスでした」

女「家で虐げられている分、学校では誰かを虐げていたかったんです。こんな言葉ありますよね。いじめっこといじめられっこは同一人物だって」

女「ある日、全ての元凶が私にあると先生は気づきました。問い詰められた私は、開き直って私は私がしてきたこと全てを話しました」

女「先生はこう言いましたよね。そう、やっぱりあなただったのね、って。ただそれだけ」

女「間もなく先生は学校を辞めてしまいました」

女「人を呪わば穴2つですね。悪の元凶が私であることは周囲には全てばれていました」

女「学校では激しいいじめにあいました。休むと家に連絡がいくのが嫌で、耐えて通い続けました」

女「家に帰ってからも父と継母の喧嘩ばかり。『あの子が原因なのよ』って何度聞いたかわかりません」

女「心の病気になった実父も行方をくらまして、新しく継母に恋人ができました。直接話すようなことを私はしたくなかったし、何より嫉妬深い継母は意地でも話させようとしませんでしたが。私の部屋にその恋人が侵入した形跡を見つけた時は、怒りのあまり叫んでしまいました。そのせいで、継母から酷い仕打ちを受けたのは私なのですが」

女「もう、私の人生ぼろぼろでしたよ。もしもこの不運な環境で、それでもなお周囲への思いやりに長けた自分であったなら。この人を応援したいという気持ちが自分に注がれて、ちょっとはマシになってたかもしれないのに」

女「寒い夜の道を、ふらふらと、行くあてもなく歩いていた日。眩い光が理不尽な速度で自分に向かっているなって感じて。自分が踏切の中に立ち入ったのか、自動車やバイクが飛び込んできたのかはわかりませんが」

女「思い切り逃げ出したら避けられたのかもしれませんが、身体が動くのを拒否しました。それからの記憶はありません」

女「お墓で初めて目覚めた日、視界に広がる夜空の空を見た後、死という現象を一身に浴びたことを実感し、のたうちまわりました。恐怖が体中を包み込んで、世界に対する怒りと悲しみがとまりませんでした。身体の全身からウジが沸いてきてるみたいに、自分の全身をずっと掻き毟って一日目が終わった気がします。いや、2日目も、3日目もだったかも」

女「幻想の恐怖に襲われることがなくなってからは、どうしてこんなことになってしまったんだろうって、悲しさが止まりませんでした。なのに涙が一滴も出ないのは、自分が死者であるからだと気づき、余計に悲しくなりました」

女「私だって、普通の女子生徒だったはずなんです。彼氏への異常な束縛をする子を見ては理解できないなぁって呆れていました。くらだない嫌がらせをする女子を見てはこうはなりたくないなって思っていましたし」

女「この世への未練といえば、先生への謝罪だけ。私の今までの生き方ってなんだったんだっろうなって、振り返ってばかりいました」

女「性格に対する後悔がとまりませんでした。もっと、やさしい人間でありたかった。人の気持を考えられる人間でいればよかった」

女「自分がいちばん感謝すべき人を傷つけてしまった」

女「人に求めるばかりで、自分からは何一つあげようとはしなくなってしまったこと」

女「全部ぜんぶ、後悔しています」

女「先生、ずっと怖くて言えなかった言葉があるんです」

女「先生」

女「私、先生に」

女「今更で、失礼で、自己満足かもしれません」

女「でも、先生に。ずっと、言えなかったんです」



女「ごめんなさい」

女「本当に、すみませんでした」

女「先生を傷つけてしまったこと。先生の人生を台無しにしてしまったこと」

女「いつまでも悔いています。本当に、申し訳ありませんでした」

先生「…………」

先生「はぁ、呆れた」

女「…………」

先生「ねぇ、君、ちょっと手を貸して」

男「えっ、はい」

男「一体何を…」

先生「馬鹿言ってんじゃないわよっ!!!!」

女「痛いっ!!」男「いって!!」

先生「自分のことばかり考えて何が愛よ!!」

先生「後悔なんて、生きてるうちにしておきなさいよ!!」

男「いてて…まきぞい…」

先生「最後に話した時、あなたにこのくらいの体罰を与えておくべきだったわね」

男「このご時世大騒ぎになりますよ」

先生「いいのよ。この子には必要なことだったんだから」

先生「教師を辞める覚悟でこの子に向き合うべきだったのよ。あの時の私は、教師を続ける自信がなくなっただけ」

先生「私だって、ずっと後悔し続けていたのよ。この子のことだけじゃなく、人生全般に対して」

先生「八方美人だって言ったわよね。あなた、やっぱり私を表現するのが上手ね」

先生「あなたにも打ち明けてなかったことなんだけどね。私、ストーカーされてた時期があったのよ」

先生「大学時代に恋人ができたのね。弱気で、どちらかというと暗い性格の人だったんだけど。私がその人がからかわれてるのをかばったことがあって、それ以来向こうが私に心を開いてくれるようになって」

先生「私だけに心をひらいているところや、私だけがその人の良さをしっていることが嬉しくって。弱気なその人が告白してきた時に、恋人として不安な気持ちもあったけど、断るのも申し訳なくて付き合うことになったの」

先生「最初はやさしくて、私だけにやさしくしてくれたものだから、私からもだんだん好きになってね」

先生「けど、時が経つにつれて束縛が激しくなって。私に不満を抱いた相手が別れ話をしてきた時は、私は泣いてひきとめたの。そしたらまたやさしくしてくれるようになって」

先生「けれど向こうの過剰な要求はエスカレートする一方。向こうが怒って、私が泣いて謝って、やさしくなだめられて、また怒り出しての繰り返し」

先生「ある日、また向こうが別れ話を切り出したときにね。私も、もう疲れ果ててしまって、承諾したの」

先生「そしたら必死で引き止められた。悪いところを全て治すって言われて。ドラマでよく聞くセリフだなって思ったけど、もう一度やり直そうって思った。もうその人が絶対に変わらないことはわかっていたから、強引に別れたの」

先生「それから二年間くらいストーキングが続いた。私に新しい彼氏ができてもね。ねちねちと、証拠を残さないような嫌がらせをされた」

先生「ストーキングのストレスが原因で、私は本当に好きになった彼氏から振られてしまった。でも、これは運の良いことなんでしょうけど、私以外に興味のある女性ができたみたいだった」

先生「今では結婚して子供もいるって昔の知り合いから聞いたわ。その家庭が幸せかどうかはさておきね」

先生「話が少しそれたわね。でも、女ちゃんからしつこく迫られるようになった時に思ったのよ。人生同じことの繰り返しだって」

先生「小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も、大学生の時も。そして教員時代も。私は誰からも嫌われたくなくて、やさしさをばらまいてきたけれど。そのことが原因で、時を変え、場所を変え、人を変え、自分が与えたやさしさが恨みとなって自分に跳ね返ってきてるなって気づいた」

先生「自分を本気で変えなければ、人生は今までに起きたことの繰り返しなのね」

先生「本でもネットでも、ストーカーと被害者の"馴れ初め"について調べてみなさい。ほとんど女性が男性にやさしくしたことが原因よ。どんな異性からもやさしくされたことがなかった男性に、笑顔を向けたり、悪口から庇ったりしたせいで、やさしくした女性の人生はめちゃくちゃに狂わされてしまってるの」

先生「私ももう今じゃ、今までのように誰かれ構わずやさしくするということをやめたわ。意識的にね」

先生「おかげで今までの人生で抱えていた人間関係の苦しみはなくなった。同時に、私を慕ってくれる人もずっとずっと少なくなったわ」

先生「やっぱりね、いくらつらかったといっても、20年間やさしくして、応援されてきた私だもの。人に囲まれて輝いていた時代を思い出しては、今の私は本物じゃないっていう新しく出た不満の方がちょっと大きいのよね」

女「やっぱり、先生は私のせいで学校を辞めて……」

先生「きっかけのコップの話をしたことがあったわよね。あなたは確かにその最後の大きな一滴だったわ」

先生「ただ、それも言い訳にして、逃げたのよ私。先生という職業から」

先生「クラスの子供30人、いや授業している子も含めたら何百人という子供の人生抱えてるだなんて考えたら恐ろしくってね。帰宅してからも休日も、片時も心が休まらなかったわ」

先生「授業の準備も手を抜けないけどお給料は出ないし。あんなあけっぴろげな性格だったから教員では私に厳しく接する人も多いし。かなりしんどいのよ」

先生「今じゃ普通の会社のOLよ。怖い上司も、嫌いな社員もたくさんいる。私もただの真面目ちゃんだと思われてる。全然自分をさらけ出せてない。思春期の女の子からラブレター貰ってたなんて言っても誰も信じないくらい、会社では退屈な女よ」

男「女、顔、赤くなってね」

女「……穴があったら入りたい」

男「もう入ってるだろ」

女「不謹慎さん黙って」

先生「けれど、今じゃ、普通のストレスしかないの。やさしい先輩の役に一日でも早く立てるようになりたいな、という明るい気持ちが少しあるだけ。正直、責任感なんてない。会社が潰れても知ったことじゃない。間接的に、社員の子どもたちは大変な目にあうだろうけど。フロアにいるのは30人の子供じゃなくて、自分で立って生きてる大人。しかも私はその責任者ですらない」

先生「仕事自体は覚えることがいっぱいで楽しいしね。勉強、好きだから。教えるより、学ぶほうが気楽よね」

先生「先生っていう仕事はね。責任が強くて最後までやり遂げられる意志がある人か、責任感がないからやり続けられている人にしか勤まらない」

先生「私みたいに理想ばかり強くて意志の弱い人ではまるで歯が立たなかった。私がやめたとしても、社会の歯車が崩壊することなんかなくて、私より適した人が補充されるんだろうなって考えてた」

先生「ただね、あなたが亡くなったことを偶然知らされた時にはね、やっぱり私にしか担えないことがあったんじゃないかって思ったのよ」

先生「相手の飲酒運転が原因の交通事故だって聞いたけどね」

女「先生がお花を供えてくれたことと関係がありますか?」

先生「そうね」

女「どうしてお花を供えてくれたんですか」

先生「とっても残酷な理由よ」

女「私は本当のことを知りたいんです」

先生「わかったわよ。でも、単純な理由でもあるの」

先生「あなたが、死んでいるからよ」

女「…………」

先生「それだけよ」

男「あの、死んでいるから花を供えるって、当たり前の話じゃないですか?生きてる間に机に花瓶を乗せる方がよっぽど残酷では」

女「美化したってことですよね。死んだから」

先生「そう。死んだから」

先生「あなたとの苦い思い出は全て、あなたの悲惨な死によって精算されたの」

先生「あなたから与えられた苦痛はその程度だったってことよ。20何年間も生きてきて1番つらかったことが、教え子からの嫌がらせだなんてほど幸せな人生送ってないわ」

先生「1番あなたを嫌いだった時期は、メンヘラの、かまってちゃんの、思春期の自我に溺れためんどくさい女学生という認識だった」

先生「死んでからのあなたは、家庭の不遇に見舞われ、救いの手を差し伸べられることもなく、理不尽な事故に遭って亡くなった悲しき少女という認識になった」

先生「あなたが死んでからあなたも自分の人生を後悔してちゃんと向き合ったように、あなたが死んでから私も自分の人生に後悔してちゃんと向き合い始めたの」

先生「あなたが生きたままだったら、今もこんな風に話していなかったでしょうね」

女「…………」

女「悲しいのに涙が出ません。行為の制限のせいでしょう。死んでてよかったです」

先生「これで話したいことは全部かしら」

女「はい。ありがとうございました。突然会いに来て申し訳ございませんでした。これで成仏できそうです」スタ…

男「ちょっと、女!」

男「先生も酷すぎますよ!!女は31日にはこの世から完全にいなくなるんですよ!!」

先生「そうなの。まぁ、何十年前も何百年も前からトンネルや橋に取り付いている悪霊みたいになるよりはいいんじゃない?」

男「女もいいのかよ!」

女「いいんですよ。それが先生のやさしさですから」

男「どこがやさしいんだよ!」

女「今先生がおっしゃった通りですよ」

女「この世に愛着を持った死霊ほど残酷な存在はありません。この世への希望を断つことこそ、死んだ私に対してできる最後の手向けだと思っているんでしょう」

女「そんなのお見通しですからね。あなたのその振り絞った突き放しの愛情なんて、今の私にはこの世に愛着を持つ理由の1つにしかなりません」

女「私も、中学生の時の私と違うんです。この人と出会って、他人の心の痛みにも目を向けるようになって、死んでから、ちゃんと生まれ変わったんです」

男「女……」

先生「馬鹿ね。何言ってるのよ。はやく帰りなさい」

女「同情心だけで6回も新しいお花を買いますか」

先生「もしかして、あなたが捨てていたの!?いじめの噂も聞いていたから、てっきりその延長かって……」

女「違う所にまとめておいてあります。私は受け取る資格がないと、つい今日まで思っていたんです。先生以外の人は私が死んだことなんて、同窓会の飲みの席以外では思い出しもしませんよ」

先生「何度も買いに行くのも大変だったのよ。監視カメラでもつけようかと思ったくらい。不謹慎だからやめたけど」

女「幽霊を撮影するよりはマシですね」ジー

男「あ、あはは…」

女「だから先生が今日なんと言おうと、私の中の先生は変わりません」

女「ふとした時に見せた悪い姿だけがその人の全てだと思ってはいけないと思うようになったんです」

女「放課後に何度も何度も相談に乗ってもらったのに、無茶な要求だけを聞いてくれなくて憎悪をしたり」

女「ひと目のつかないところで不謹慎なことをしていても、それがその人そのものだと思うのはやめるようにしたんです」

女「逆に、普段意地悪な人が稀にやさしくしてくれてもその人は意地悪です」

女「優等生の稀な悪行と不良の気まぐれのやさしさばかり取り上げられるのは理不尽だって先生も話していました」

女「性善説とか、性悪説とか、人の本音は際で出るとか、偉人の多くの考察がありますが」

女「私にとっての先生の姿は、憧れていた時の先生の姿なんです」

女「ちゃんと、自分に原因を求めれば単純なことだったんです」

女「自分が際にいる時に、相手をどう思うかが大事なんだって」

女「借金に追われた親友が、自分を裏切ってお金をだまし取ったらそれが親友の本当の姿、ではないんです」

女「自分が死の淵に立って親友を思い浮かべた時に、浮かんだのがお金をだまし取った姿であればそれが親友の本当の姿。浮かんだのが一緒に仲良く遊んだ日々の姿であればそれが親友の本当の姿」

女「全部、自分で決めてしまえばいいんです」

女「どうです先生、シンプルでしょ?」

女「もう、役立てる機会もないんでしょうけどね。あはは」

先生「ちゃんと自分で考えるようになったのね」

先生「私が悪い男に捕まってたときと、少し思考回路が似てるから心配だけどね」

女「ええ、そうなんですか。どおりで……」

男「おい、何故視線をこちらに向けるのだ」

先生「人の本性なんてものが本当にあるかもわからないものね」

先生「私だって、私の本性なんてわからないわ。あなたもそうでしょ」

女「自分で自分を良い人だと思う時もありますが、悪い人だと思う時もあります。だいたい負け越していますが」

先生「Aさんという人は、Bさんにとっては良い人でも、Cさんにとっては悪い人」

先生「じゃあAさんはAさん自身にとって良い人なのか、それとも悪い人なのか」

先生「先生もわからないまま、もうアラサーよ」

女「先生は、もう恋人はつくらないんですか?」

先生「来年結婚するわよ」

女「そうなんですか!?」

先生「そう。社内婚。とっても仕事ができる人なの」

先生「私は私の良さをわからないけど、あの人は私の良さを知っているみたい。一方あの人はあの人自身を高く評価していてちょっと鼻につくけど、私から見ても良い男なのよね」

先生「シンデレラも白雪姫も嫌な話よね。理不尽な目に遭っていても、美貌があれば最後は王子様と結婚。ちゃんちゃん」

女「ついに自分で美人だって認めた!!」

先生「あははは!あなただって美人じゃない」

女「そんなこと……」カァア///

先生「ちょっと、ガチ照れかい。ねぇ、あなた?」

男「まぁ……」カァア///

先生「こっちもかい」

女「先生、幸せになってくださいね」

先生「うん。めげずに」

女「今幸せの絶頂なんじゃないですか?」

先生「生きることは、つらいわよ。好きな人よりも嫌いな人が多いし、期待よりも不安が多いし、嬉しくて泣いたことより悲しくて泣いたことの方が多いわ」

先生「蚊取り線香のにおいを嗅ぎながら窓辺から見る夏空の花火や、賢い生徒が懇切丁寧に考えた空想の中の星々など、この世はありとあらゆる美しいもので満ちているのに、死にたいって思わせるくらいにね」

先生「こんなにも素晴らしいのに死んでしまいたくなる世界。同時に、そんな世界にも関わらず、今日も生きているのは、それだけの可能性がある世界だからなのよね」

先生「実際、そうね。正直結婚に関してはかなり幸せよ。いつか良いことあるかもしれないって思って生きてたら、本当にあったんだもの。困っちゃうわよね」

女「いつかいいこと、ですか……」

先生「長話してごめんなさいね。あら、4時までそんなに時間ないわね。このあと二人きりでデートするんでしょ?」

女「し、しませんよ!」

男「せいぜい二人で話したり歩いたり花火したり音楽聴いたりするだけです!!」

先生「あ、あらそう」

先生「ちょっとわるいんだけど、この子と二人きりにしてもらってもいいかしら?」

男「はい。外で待ってますね」

先生「外は危ないわよ。バスルームの中で待ってて。暖房もつけるから」

女「先生、脱いだ下着ちゃんと隠してくださいね」

先生「はいはい。見てほしくないものね」

女「見られたくないんです!」

男「どういう意味?」

先生「こっちよ。ついでに音楽でも聴きながら待ってなさい」

男「いいですね。ノリの良い曲聴いて踊ってますね」

先生「おまたせ。彼、自分で音量あげてたわよ。やさしい男ね」

女「先生ほどじゃないですよ」

先生「私のやさしさは自分のためよ」

女「さっき私が出ていこうとした時に、先生冷たいこと言いながら普通に目が泣いてましたもん」

先生「そうだったかしら」

女「あの人は変な冗談ばっかり言ってるだけです」

先生「ああいう人こそ一人の時は真剣に考えているものよ」

女「まぁ、そうかも……」

先生「それで、何かまだ話していないことがあった?」

女「いや、その…」

先生「話しづらいこと?」

女「言ったら今日の全てが台無しになってしまうような気がして」

先生「そんなことってある?」

女「はい…」

先生「じゃあさ、私からちょっと聞いてもいいかしら?」

女「はい、なんでしょう」

先生「彼とはどうなのよ?」ニヤニヤ

女「どうもこうも、見たまんま、普通ですよ」

先生「あなたが特に感激してくれた言葉があったじゃない。幸せを求めて他人に話しかけるんじゃなくて、幸せな時に人に話しかけなさい、みたいな。私のおばあちゃんの言葉なんだけど」

女「はい。だいすきな言葉です」

先生「あなた、今日、私に話しかけてきた」

先生「あなた、今、幸せ」

先生「そばに、男、いたから」

先生「そういうことよね?」

女「原人差し込んだのは理由があるんでしょうか」

先生「掴みづらい子よね。一見礼儀正しそうだけど、実はそんなことなさそうっていうか」

女「そうなんですよ!!不真面目どころか、不謹慎の塊で、変態です!」

先生「不謹慎の塊で、変態」

女「真面目なのか馬鹿なのかわからないことも多いんです」

女「この前も、あの人が寝袋にくるまりながら独り言を言ってるのを聞いたんです。多分何日間にもかけて自問自答していたんだと思いますが。『恋と愛の違いはなんだろうか』って。その10秒後には『洗濯済みの女性下着に価値がないのだとしたら、洗濯に使った水には使用済み下着同等の価値があるといえるのだろうか』ですって」

女「本当に何言ってるだろうって呆れましたよ。洗濯水に価値があるなら、女性が入ったプールの水も高値で取引されているはずじゃないですか!」

先生「ツッコミどころが4箇所くらいあるんだけど」

女「まぁつまり、変態なんですよ」

先生「どこが好きなの?変態なところ?」

女「違います!特に好きなところなんかありません!」

女「ひねくれてるし、基本頑張らないし、ニートの真似事一人でしてるし」

女「でも、重い空気をバカバカしさで壊してきたり、過去に真剣に向き合ったり、どんなことでも受け入れるというか気にしないようなところがありまして」

女「なんだか、放って置けないんです……」

先生「…………」

女「本当に危なっかしいんですよ。自分の周りをちゃんと見れていなくて。かと思えば、不謹慎の塊のくせに他人の感情に関して繊細過ぎる時があったりして」

先生「本当に、好きなのね」

女「えっ」

先生「好きなのね」

女「えぇっ!?」

女「本気で言ってるんですか!?」

先生「あなたこそ本気でわかってないのかしら」

女「好き…好きとはなんでしょう…寝袋の変態不謹慎ニートが気になることが、好きということ…??」

女「生きてたら今冷や汗凄い出てると思います…」

先生「なんでもかんでも定義付けしてもしょうがないわよ」

先生「私も、『○○とは△△である』ということを、一生懸命大学生の時に考えたわ。でもほとんどを忘れてしまったし、結局、臨機応変に考えるしかないなって」

先生「ましてや過激な言葉で表現したくなりがちだしね。例えば『生きるとは、食べて、寝て、他者と手を取り合いながら日々を過ごすことである』って感覚ではわかっていても『生きるとは、他者を自分の下に積み上げて星に手を伸ばす行為である』みたいに表現したくなるの」

先生「大学生の時の私は、こう考えたわ」

先生「あえて、セックスをしないこと。それが愛」

先生「恋と愛の違いの定義というよりは、恋と愛の性質や条件なんだけど」

女「男の人には都合の悪い回答かもしれませんね」

先生「したかったら止めないわよ?それが恋なんだから。私だってバンバンしてるし」

女「うわぁああ…今のは聞きたくなかった…今のは聞きたくなかったです…」

先生「高校生に言うことじゃなかったわね…」

女「…………」

女「セクロス、ですかぁ」

先生「なにその言い方」

女「多分、私は出来ないです。食べることも、寝ることも制限の対象です。子孫をつくるという行為にはなにかしらの形でストップがかかるのでしょう」

先生「まだそういう間柄でもなさそうよね」

女「はい。出会ったばかりですもん」

先生「そうなのね」

女「でも……」

女「もしするとしたら、やっぱりお墓でするんですかね……?」

先生「何言ってるのよ!!」

女「そ、そうですよね!あはは、何言ってるんだろ、私。冬は寒いですよね」

先生「気温の問題じゃないでしょ!」

女「あ、ああ、そうですね!丑三つ時じゃないと人が通るかもしれないし」

先生「時間帯の問題でもないわよ!不謹慎とかそういう問題でしょ!」

女「不謹慎……不謹慎!?」

女「不謹慎ですよ!つい、忘れてました…」

先生「忘れてたって……」

女「先生、どうしよう……私、変態になっちゃった」

先生「あらあら。どうしましょうかね」

先生「残りの日々も変わらず過ごすのかしら」

女「はい、何もしない予定です。たとえ世界が滅びようがです」

先生「過激なことを言うのね」

女「普通のことです」

先生「これでもうやり残すことはない?」

女「まぁ、ほとんどは…」

先生「そうね。まださっきの話の続きが残ってたわよね」

女「やっぱりやめようかな……」

先生「話すだけならただよ?」

女「でも、せっかく変われた私を見せられたのに」

先生「言ってみなさいって」

女「失望しませんか?」

先生「しません」

女「断りますか?」

先生「わかりません。いいから言いなさい」

女「先生。あの、今からちょっとだけ」

女「ちょっとだけ、お母さんになってくれませんか…?」

先生「男くん!来て!」

男「Say!Hey!俺は君に夢中!思いよ届け宇宙!営業頑張って受注!」

先生「急いで!」

男「わぁあ!先生!どうしました?てかっ、部屋真っ暗じゃないですか」

先生「恥ずかしいって言うからね。撫でてあげてほしいの」

男「あの、お二人で一体どんなプレイを……」

女「わぁぁあああんん!!おがぁさんんん!!!」

男「女!?えっ、泣いてるんですか!?」

先生「大泣きよ、涙こそ出てないけど」

女「うぇええんんん!!あぁぁああううう!!!」

先生「ほら、撫でて!」

男「いや!まずいですって!」

先生「君にしかできないことなの!ほら、手貸しなさい!」

男「おわわっ!」

サスリサスリ

女「うぅうううう……」

先生「よーしよし、良い子だねぇ」

先生「がんばったね。えらいね」

女「うううう……うぅ……」

先生「さっきより落ち着いたんじゃないかしら」

先生「よーしよしよし」

女「ううぅううう……硬い……」

先生「手に力入り過ぎよ」

男「だ、だって」

先生「もう大丈夫だよ。がんばったね」

女「うう……」

女「背中……」

男「かゆいのか?」

先生「違うわよ!さすってあげるの!」

女「お母さん…抱きしめてほしい…」

先生「だ、抱きしめるの!?」

男「どうしましょうお母さん」

先生「よ、よし!」

先生「そこの毛布身体に巻いてあげて」

男「はい!ほら、女」

女「うぅううう……」

先生「身体借りるわよ」

男「借りる?」

先生「抱きしめるの」

男「えっ、ちょっと、先生!?」

先生「よいしょ」ムギュリ

男「うおっ!!」

先生「…………」

先生「女ちゃん、感じる?」

女「……うん」

先生「落ち着く?」

女「……おちつく」

先生「つらかったね」

女「……うん」

先生「さみしかったね」

女「……うん」

先生「男くん、息してる?」

男「」

先生「時間を止めてるわね。紳士ねぇ。偉い偉い」

女「…………」

女「……先生、もう大丈夫。ありがとう」

先生「うん。離すわね」

女「…………」

女「離しました?」

先生「離したわよ……あら」

男「」

先生「半気絶してる」

女「こら、邪魔!」

男「ぬぉっ!!?」

男「あれ、俺は確か天国に行って…」

女「現世ですよ。人の身体にいつまでも抱きついて」

男「だ、だって先生が」

女「先生が離した後もよ」

男「やってることは同じじゃん!」

女「全然違うわよ!」

先生「まぁまぁ。女ちゃんもスッキリしたかしら」

女「へへへ。凄い恥ずかしかったけど、お願いしてよかったです」

女「先生、ありがとう」


先生「男くんもありがとう。女ちゃんからは甘い香りがしたかしら?」

女「あ、あの!私一月近くお風呂に入ってないんですよ!」

先生「私は触れることすらできないからなぁ」

男「ふふっ…僕だけの秘密です」

女「ちょっと!腐乱臭とか言ったらぶん殴るりますからね!」

男「大丈夫大丈夫。瓶詰めにして嗅がせてほしいくらいだよ」

女「ちょ、まじきもいです」

男「」

先生「ダメよ。そんなこと言ったら喜んじゃうわよ」

男「先生まで!」

先生「私の夫なら喜ぶわね」

女「えっ」男「えっ」

先生「男くんはどういう子がタイプなの?」

女「!?」

男「ええー、そうですねー」

男「殴らなくて、蹴らなくて、ちょっと変態な子ですかね」

女「ふ、ふーん。あー、そうですか。暴力女はごめんですか」

先生「女ちゃん、大丈夫よ。ちょっと変態って最後に言ってるわ」ボソッ

女「違いますって!!」

先生「ああ、とてつもない変態?」

女「むぅ…!」

先生「かわいい」

先生「女ちゃんあやしたりしてるうちに喉が乾いて来ちゃった。男くんも何か飲む?」

男「じゃあお茶かお水を。できれば冷たいのを」

女「はいはい。私が持ってきますよ」

先生「冗談よ。私が持ってくるわよ」

女「いえ、それくらいさせてください」トットットッ…

先生「…………」

先生「あの子の好きなタイプはどうなのか気にならない?」

男「先生みたいな人じゃないですかね」

先生「私とあなたって似てると思う?」

男「僕が全然及ばないという意味で、似てないと思います」

先生「謙遜しなくていいのに」

男「じゃあ僕が遥か格上だという意味で、似てないと思います」

先生「やっぱり謙遜して」

男「あの、女って明るい頃はどういう生徒でしたか?」

先生「賢かったわよね。しかも、素直な子だった。私がおすすめしたものを何でも吸収しようとした」

先生「今度観てきます。帰ったら調べてみます。暇な時行ってみます。社交辞令で終わらせるようなセリフを全部実行してたわね。よけい可愛かった」

男「夏休みの宿題も早めに終わらせてたらしいですね」

先生「ふふっ。そうね。あったわね、そんなことも」

先生「善い環境にいるときは、その環境を全て受け入れて成長するような純粋な子だったから。悪い環境にいるときも、心が暗い方へと早く染まってしまったんでしょう」

先生「魅力を持った子よね。あの頃はかなりモテてたんじゃないかしら」

男「へー」

先生「でも男子には目もくれず、私や勉強に夢中だったけどね」

男「ふーん」

先生「やっぱり私というよりあの子と似た者同士ね」

男「えっ?」

先生「それにしても遅いわね。迷うような広いお家ではないんだけど」

先生「…………」

先生「あらあら、ジュースが溢れてるじゃない」

先生「床までびしょびしょ。良い子なのに、世話を焼かせるわね」

男「前回測った時より消滅の時間が早いです。出現時間は遅かったんで、延びるんじゃないかって予想してたんですが…」

先生「寿命の近付いたねこみたいね。本人は消えるつもりなんかなかったんでしょうけど」

先生「本当に…あの子は…いつもいつも……」ポロポロ…

先生「ごめんなさいね…」

男「いえ」

先生「…………」

先生「あのさ、女ちゃんどんなにおいがした?」

男「無臭でした。シャンプーの艶は目で見えるのに、においだけは何も無いってくらいに」

先生「そうなんだ」

先生「男くんはどういう子がタイプなの?」

男「綺麗で、やさしくて、幽霊になっていたような子です」

先生「さっきと同じ回答だったかしら」

男「数年に及ぶ一方的な片想いが数日間の恋に敗北して、ちょっと後ろめたい気持ちです」

先生「告白するの?」

男「告白する勇気はあります。でも、するべきなのどうかわからずにいました」

男「けれど、します」

男「後悔の塊だった過去の自分が"しないことをオススメしてくる"から、するべきなんだって思います」

男「あの子が消えるまでの数日間、友達でも恋人でもない関係のまま、この世界への疑問とか、綺麗な景色についてとか、純粋な好奇心を満たす時間を2人で共有するのもとても魅力的な時間だとはわかっています」

男「けれど、好きな人には、ちゃんと好きだって伝えるべきなんだと思います」

男「非現実的な空気も好きですけど、恋人とカラオケに行ったり、ボーリングをしたり、手を繋いで星空の下を歩いたり。いかにも当たり前に見える幸せを、ちゃんと享受することが僕と女にとって必要なことだと思うんです」

男「人に触れられない女が深夜に安心して遊べる場所なんてこの辺じゃ限られていますけどね」

男「なにより、女が僕を受け入れてくれるかどうか……」

先生「いつ告白するの?」

男「明日の丑三つ時、女が現れたあとすぐです」

先生「さっそくなのね」

男「時間の大切さがわかったんです。少なくとも、残りの5日間は、人生で1番大切な5日間だと」

先生「振られて気まずくなっちゃったらどうするの?」

男「どうしましょうか。どうやったらその気まずさを解消できるのか、2人で2時間話し合うとか」

先生「いいわね、それ」

先生「それじゃあ、明日にそなえてしっかり寝ないとね。家、ここから近いの?」

男「タクシーで30分くらいでした」

先生「タクシーで来たのね。お金持ってる?」

男「あー……少しは」

先生「あのは、最初から歩いて帰るつもりだったでしょ」

男「女といる時間はどうでもいいかなって」

先生「どちらも大切にしなさいよ。あの子といない時間も大切にすることが、あの子を大切にすることにも繋がるの。ゼロサムゲームってやつではないんだからさ」

先生「タクシー呼ぶわ。奢ってあげるから。いつかあなたが大人になったら同じことを誰かにしてあげなさい」

男「すいません、何から何まで」

先生「こっちのセリフよ。こちらこそ、今日の夜に心のどこかが救われた気がするわ」

男「先生は今から仕事ですか?」

先生「休むわよ」

男「そ、そうですよね」

先生「徹夜して会社に行ったことは何度かあるのよ。有給も私用がある時以外は使わないようにしてるし」

先生「でも、今日は考えたいの。眠りたいの。それに、またちょっと泣きたいかも」

先生「生きているからね。つらいことも、大切にしたいの。時間を取って尊重してあげたいの」

先生「これでも私はね、夏休みの宿題、夏休みが始まる前に終わらせていたような人なの。自分のことだけを考えていればいい今の会社では余裕があるわ。こんな私をよく妻にしようと思ったなと、仕事中毒の彼に対して思うくらいにね」

先生「急ぎは善よ。残りの時間、2人で大切にしなさい。お礼やお詫びなんかいらないからね」

先生「タクシーもう着いたみたいね。あそこの道路よ」

男「はい。今日はお世話になりました」

先生「気をつけて帰ってね。傘、返すのめんどうだろうし、持って帰っていいわよ」

男「そんな。ビニール傘でもないのに」

先生「いいっていいって」

男「……あっ、雨止んでるみたいですよ」

先生「ほんとだ」

先生「なんだか、夜でなければ、虹が見えそうな天候ね」

男「虹ですか」

先生「夜に虹が見えることもあるのよ。日本ではなかなか無いけどね」

男「初耳です」

先生「なんだか、似てるわよね。虹と幽霊って」

男「どういうところがですか?」

先生「無いようなのに、在るところが」

お墓に菊が供えられるのには複数の理由に由ると言われる。。

実用性の面では、長い期間花が保ちやすく、枯れた花びらが散らかりにくいという理由に由る。

精神性の面では、菊は万病を避け、不老長寿をもたらす薬草として日本にもたらされてきたという言い伝えに由るとされている。

そんな菊に相応しい花言葉として「高貴」という言葉があてがわれている。

一方、色によって異なる花言葉については、触れられることはあまり無いのではないだろうか。

【数年越しの片想いに決着をつけた男】
黄色い菊の花言葉「破れた恋」

【恐怖を乗り越えて供花の理由を尋ねに行った女】
白い菊の花言葉「真実」

【そして、2人が迎える窮まりの丑三つ時は】
赤い菊の花言葉



最終話「あなたを愛しています」



さよなら、大好きな人。

12月27日 01:43

女「……おっと」フラフラ

男「大丈夫ですか」

女「あれ、男さん。こんばんわ」

男「こんばんわ」

女「今何時ですか」

男「1時43分」

女「昨日より早いですね」

男「そうだな」

女「ずっと待っててくれたんですね。寝袋もなしに」

男「もう墓場のニートは辞めたからな」

女「あの、昨日はありがとうございました。そして、消えたんですよね、私。先生に、別れの挨拶もできずに」

男「しなくていいってよ。仕事で忙しいからそんな暇ないって」

女「あの人らしい気遣いですね」

男「女。最初に確認しときたいことがあるんだ」

男「女はおそらく今年中にいなくなるんだろ」

女「そうですね、無意識のうちにそう思っています」

女「未練があるからこの世に残ったけれど、この世への執着が許されるのは今年中まで。神様が決めたのかはわかりませんが、そういう制約が自分に課せられているのは感じます」

女「先生への謝罪も済ませられましたし、正直昨日消えちゃうんじゃないかって思ってたんですけど、思い過ごしだったみたいです」

男「だとしたら、31日午前の丑三つ時が最後の時間になるんだな。31日の深夜は、来年の1月1日だから」

女「はい。一日2時間だとしたら、あと10時間しかいられませんね」

男「その10時間の中でやりたいことはある?」

女「うーん、そうですね」

女「特に思い浮かばないです。いつものように過ごせたらいいです」

男「そうか」

女「あー、でも、ちょっとついてきてください」

男「花がたくさん…」

女「花の墓です」

男「花の墓?」

女「先生から貰ったお花、ここにまとめて置いていたんです。よかった、残っていて」

女「こんなにたくさん。わざわざ買って、あの家から何度も何度も持ってきてくれてたんですよね」

女「先生、ごめんなさい。それと、ありがとう。これからは、ちゃんと飾るね」

女「お墓の奥のこんな草むらに紛れて美しさを咲かせても、誰にも見てもらえないからね」

女「本当に綺麗な色だなぁ」

男「黄色、赤、白、いろんな色があるな」

女「黄色だけでは味気ないと思ったのかもしれないですね」

男「菊の花だな」

女「お花に詳しいですか?」

男「全然。だけど、どうして菊の花が供えられているのかは、中学の時に聞いたことがあったかな」

女「どういった理由なんですか?」

男「まず。実用的な面に優れているんだ。菊の花は一年中……」

女「不老不死ですか。でも、ある意味そうかもしれませんね。お墓参りに来た生者が故人を偲んでいる時は、その故人は心の中に蘇りますからね」

女「花言葉も高貴なんですね。もっと大人しいイメージの花言葉だと思っていました」

男「それは総称としての意味でさ。色によっても花言葉が異なるんだ」

男「黄色は『破れた恋』」

女「一般的な菊のイメージは黄色ですけど、そんな意味があったんですね」

男「白色は『真実』」

女「白という色にそういうイメージがありますよね。真実を追い求める人は黒色にも染まりやすい気もしますが」

男「赤色にも花言葉があるんだ」

女「どんな意味ですか?」

男「…………」

女「どうしました?」

男「…………」

女「男さん?」

男「……あなたを」

男「あなたを愛しています」

女「へー!ロマンチックな言葉なんですね!」

男「あ、ああ、そうだな!」

女「確かに赤いバラやカーネーションも愛を伝える花だと言われて……」

男「なぁ女」

女「はい?」

男「俺はさ。女とさ。今まで……」

男「…………」

男「丑三つ時に、自分史上最低な姿を見られて初めて女と出会って」

男「それでもそんなことはお構いなしに、俺は過去を呪っていた」

男「自分以外にもこの世界に絶望している奴がいるんだなって、初めはその程度の好奇心だった」

男「けれど、一緒に話していくうちに。この子は、俺よりも自分自身を責めているんだなってわかるようになって」

男「なのに、自分の大切な少ない時間を割いて、俺の後悔をなくすように背中を押してくれてさ」

男「俺が他人のことなんかお構いなしに生きているのに、この子は自分自身のことなんかお構いなしに誰かのことを思うことができるんだって」

男「昨日一緒にいて、改めてそう思った」

男「この子は幸せになるべき人なんだって強く思ったんだ」

男「昨日で過去を精算できたのかもしれないけれど。この子はもっと、人一倍幸せになっていい女の子なはずだって、そのために自分が力になりたいって」

男「女さん」

男「好きです。俺と、付き合って下さい」

女「えっ……」

女「…………」

女「う、うれしいです。気持ちは嬉しいです」

女「でも、私、あと数日間、それどころか数時間しか……」

女「それでも、いいんですか?」

男「付き合って欲しい」

女「幽霊ですよ?」

男「知ってる」

女「他の人には触れられないんですよ?」

男「むしろ触れないでほしい」

女「最後の日、一層悲しくなりませんか?」

男「後悔したくないんだ」

女「…………」

男「…………」

女「…………」

男「…………」

女「……はい」

女「私も、惹かれていました。これから、よろしくおねがいします」

男「…………」

男「よかったー……」

女「断られると思ってたんですか」

男「思ってたよ」

女「私は告白されるなんて思ってもみませんでした」

男「どうしてだよ」

女「望んだことって手に入らないものばかりじゃないですか」

男「あんなに脳内で予行練習したのに。全部吹き飛んだ」

女「……ふふっ」

男「どうした?」

女「なんだかくすぐったくありません?」

男「まぁ、浮足立つというか」

女「さっきより景色が輝いてみえます」

女「花の色もこんなにくっきりしてましたっけ」

女「風の音も目に見えるようにはっきり聞こえる気がします」

女「男さん」

男「うん」

女「私を幸せにしてくれてありがとう」

男「こちらこそ。でも、まだまだこれからだよ」

女「やっぱり、しばらくこの花は置いておくことにします」

男「どうして?」

女「男さんといる間に、私のお墓に花が供えられているのは、やっぱりちょっと悲しくなる気がして」

女「私がいなくなったあと、供えてくれませんか?」

男「うん。わかった」

女「そういえば、男さん、眠くないですか。昨日、徹夜だったじゃないですか」

男「大丈夫。今日は昼間たっぷり寝て、そのあと勉強もしたくらいだから」

女「ええ!?大丈夫ですか!?ね、熱ないですか!?」

男「健康アピールの意味合いの勉強をすることがどうして病の兆候だと思われるのか」

女「浪人嫌になったんですか?」

男「今からじゃ遅いし、浪人するだろうな」

男「先生からも言われたんだよ。女といる以外の時間も大切にすることが、女を大切にすることにつながるって」

女「そうだったんですか。やっぱり、先生はずっと、やさしいままですね」

男「先生が俺の手を使って殴った時は驚いたけどな」

女「私もです。神様という存在がいるのなら、どうしてあなただけに触れられるようにしたのか、その時に謎が解けました。あなたの手は、女子高生を殴るためにあったのですね」

男「それ以上に聞こえの悪い手って存在しないと思うんだけど」

女「私の制服姿、見てみたかったですか?」

男「そりゃあ、まあ」

女「何度か見てるはずなんですけどね」

男「いつだよ」

女「同じ高校でしたもん。クラスも学年も違いますけど」

男「うそ!」

女「だからあなたが高3だって知っていたんです」

女「ねぇねぇ女ちゃん、あの人が実力者の幽霊部員という、漫画みたいな設定の人よ。って」

男「うわっ、いつだろう。思い出せない。顧問の人に呼び出されたときかな」

女「幽霊歴では男さんが先輩ですね」

男「そうだぞ。お前なんかあまちゃんだ」

女「触れられるし痛覚もありますしね」

女「幸せな夜です」

男「そうだな」

女「いろんなはなしをしましょう」

男「小難しい話でもいいの?」

女「下ネタでもいいですよ」

男「下ネタでもいいの?」

女「ちゃんと嫌がった後たたきますけどね」

男「叩いた方もいつも痛そうだけどな」

女「へへっ。硬いんですもん」

男「小難しい話だけどさ」

男「先生からも定義の話は考えても不毛だって聞いたけどさ」

男「幸せとは何か、って最近よく考えてるよ」

男「全然わからなくてさ」

男「女はなんだと思う?」

女「あなたと一緒にいられることですよ」

女「あれ、こういうのは定義とはいわないんでしたっけ。あははっ……」

女「ちょ、ちょっと男さん」

男「…………」

女「今度は先生じゃなくて、男さん自身の手ですね」

女「やっぱり、安心します」

12月31日 02:32

女「遅れましたよね。すみません」

男「丑三つ時終わったよ。幽霊なのに。遅刻」

女「まぁ今日は大晦日ですしのんびりしましょうよ」

男「まぁいつものんびりしてるけどな」

女「世間が騒ぎ出すのは22時間後のカウントダウンのときですね」

男「俺が世界で1番落ち込んでる時間だな」

女「楽しくやってくださいよ。都内のカウントダウンイベントに行って、警察官に飛び込むくらいじゃないと」

男「そうだな。俺も生まれ変わるか」

女「そうですよ。生まれ変わるという行為は生きてる間にこそ繰り返すべきなんですもの」

男「お昼になったら紫色のモヒカンだな」

女「ええー、見たかったです」

男「今は美容院開いて無いからな。残念」

女「くそぅ」

女「あっという間でしたね」

男「あっという間だったな」

女「カラオケも、ボーリングも、ファミレスもいくことができましたね。そして本物の卓球も。やっぱり強かったんですね」

男「人にぶつからないかドキドキしてたけどな」

女「いっそのこと人をめちゃめちゃにすり抜けて混乱させて、男さんを困らせようか迷いました」

男「まじかい」

女「男さんに迷惑をかけたかったけど、男さんがいたので思いとどまりました」

男「乙女心は複雑だな」

女「どの時間も楽しかったけれど。こうして、出会ったお墓にいる時間が1番落ち着きます」

女「花の墓にいきましょう」

男「あの草原のとこか」

女「今夜は曇り気味ですね」

男「そうだな。でもそんなに暗くない」

女「男さん。これからは、ちゃんと昼の時間を大切にしてくださいね」

男「普通に大切にしてるよ」

女「この時間に私に付き合っていたのは大変だったでしょう」

男「今まで夜も昼もなかった人生だったから。昼に意味が生まれたのも女のおかげだよ」

女「そういってくれると嬉しいです。着きました」

女「先生の選んだお花、まだ綺麗なままですね」

女「私の好きな色、どれだかわかります?」

男「赤」

女「正解です」

女「私の好きな人知ってます?」

男「…………」

女「顔が赤いですね。正解です」

男「俺の好きな人知ってる?」

女「私」

男「正解」

女「んふふ」

女「ねぇ、男さん」

女「忘れろなんて言われても、できないことはわかってますけど」

女「昼に好きな人を見つけて、その人としあわせになってくださいね」

女「私がいなくなってからも、丑三つ時の私のお墓にすがりついて、わんわん泣いたりしないでくださいね」

男「泣くけど、ちゃんと昼に訪れるよ」

女「まぁ、それなら、私も安心です。私のせいで昼間はちゃんと生きている男さんの人生を台無しにしてたら申し訳ないですもん」

男「夜は死んでるみたいな言い方だな」

女「男さんは夜も生きてます。今だって」

男「女だって、俺といる時は生者なんだろ。ちゃんと触れられる」

女「さぁ、どうでしょう」

男「どうしたんだ、花を地面に並べて」

女「よいしょっと。おやすみなさい」ゴロン

男「寝るのか」

女「寝られませんよ。幽霊ですもの」

女「男さん。こうやってお花に囲まれて目をつむっていると、やっぱり死んでるみたいに見えません?」

男「…………」

男「もったいないな。せっかく今夜は月が綺麗なのに、目をつむってたら見れないぞ」

女「あれ、今夜は曇りでは……」

女「あの、男さん?」

女「か、顔が近いですよ?」

女「あの、えーと……」

男「してもいい?」

女「私は……」

女「……はい」

男「…………」

女「…………」

女「透けてしまいましたね」

男「手は触れられるのに」

女「厳しい制限ですね。生殖行為に含まれる、ということなんでしょうか」

男「じゃあおっぱいも触れないのかな」

女「気になります?」

男「……まずはキスができるようになってから」

女「段階に律儀ですね」

男「まぁ頭は撫でるけどな」ワシャワシャ

女「うふっ、くすぐったい」

男「もう4時10分か」

女「昨日よりも遅くいられてますね」

男「また急に消えちゃうのかな」

女「そうなってもいいように話すべきことは話し尽くしました」

男「まだ話していたいよ」

女「私もですよ」

男「…………」

女「…………」

男「前に話した菊の花の話の続きなんだけどさ」

男「菊の名前は『窮(キワ)まる』が語源だって言われててさ」

男「一年の最後に咲く花、という意味があるらしい」

女「ちょうど今日ですね」

男「そう。今日は菊の花の日」

女「いいですね。世の中は大晦日。私たちは、菊の花の日」

女「それじゃあ私もこの間の話の続きを1つ」

女「私には感覚として、この世への未練が断ち切れたらこの世から成仏できるというのはわかっていました」

女「仮に未練があったとしても、今日が期限の日ということも」

女「先生への謝罪を済ませられた私が、どうして今日まで生き延びているのか」

女「何故だと思います?」

男「…………」

男「好きな人ができたから」

女「この世に未練たらたらの、乙女心を読み取ってくれてありがとうございます」

女「何もかも成し遂げて、悔いの1つも残さずに死ぬことができたら満足なんでしょうけど」

女「この世を見限って何の執着もなくなくなるよりは、未練の1つでもあったまま消えたほうがよほど恵まれているんだなって今は思います」

女「この世に希望が残ってよかった」

女「幸せになってくださいね。ちゃんと、新しく好きな人を見つけてくださいね」

男「……できないってば」

女「叩いてでも応援してあげますからね!」

男「ちょ、たんまっ!」

男「…………」

男「女?」

男「なぁ、女?」

男「おい。女。返事しろよ」

男「こんなの、あんまりだよ。生きてる俺のほうが、この世に未練たらたらになっちゃうよ……」ポロポロ…




男「……女ぁあああああ!!!!!!」

男「泣き疲れたよ。もう朝日がのぼってるし」

男「今日も世界は無い事もなく一日が始まるんだろうな」

男「チェーン、またかかってないし」

男「……ただいま」

母「おかえりなさい」

男「うわっ、起きてたの」

男「あれ、いつもおはようって……」

母「また出かけてたんでしょ」

男「お母さん、もしかして」

母「起きてたわよ。毎日。あんたが帰ってくるまで」

男「うそ……いつもちょっとしたことで怒るくせに……」

母「勉強大変だろうけどさ。自殺だけはしないでね」

母「母さん生まれてきたことを後悔することになるから。あんまり自分を追い込まないでね」

男「死ないよ。絶対しない。そんなんじゃないって」

母「今朝ごはんつくるからね」

男「うーん、いいや。ちょっと寝てくる」

母「そう。おやすみなさい」

男「考えることがいっぱいなのに、凄く眠いし、やっぱり生きてるのってやんなっちゃうな」

男「本当にもう女は現れないのかな」

男「今晩とか、そうでなくてもまた来年の冬とか」

男「もう一度、会いたいよ」

男「…………」

男「携帯電話の動画、見てみようかな」

男「再生……」

男「…………」

男「おい、うそだろ」

男「女の姿が映ってない」

男「俺が一人でふざけてるみたいになってる」

男「そんな……」

先生「あら、こんにちは」

男「こんにちは」

先生「見て。この子だけ、お花凄く豪華じゃない」

男「菊でこれだけ派手に見える墓標は他にないですね」

先生「幸せな数日間は過ごせた?」

男「幸せでした。これ以上ないくらいに」

先生「そう、よかったわね」

男「でも、だからこそ」

男「今、凄く死にたいんです……」ポロポロ…

男「女の存在が夢になっちゃったみたいで。動画からも消えてて。もう声も聞けないんだって……」

先生「そうなの…つらいわね…」

男「先生。こんなときに、思い浮かぶのって、聞き飽きたような言葉なんです」

男「こんな言葉、ずっと昔から不謹慎だろって思ってたんですけど」

男「俺、女の分まで生きます」

男「あの子が生きたかった分まで、生きます」

男「くっだらないですよ。本当。涙が、涙がとまらないですよ……」

今夜も君のお墓参りに来た。

浪人して、一生懸命勉強して、大学生になった。

人生で1番しあわせだと言われている四年間でさえ大変なことはいっぱいだったけれど。

自分のことを応援してくれる人たちと少なからず出会えた。

やがて、少年漫画を読んでいた頃の自分では想像もしなかったような、まっとうで、しかし少し退屈な仕事をするようになった。

社会の一員として、当たり前のストレスを抱えている自分を見て、笑ってしまいそうになることがある。

丑三つ時のお墓を訪れていた頃の自分は、もう死んでしまったのかな、と。

自分を好きだと言ってくれる女性も、時々ではあるが現れた。高校時代はろくに女性と会話したことすらなかったというのに。

付き合って、楽しいな、幸せだなと感じた。

なのに、どういうわけか、心を開いてくれない、と相手の女性から悲しい目で言われてしまいいつも別れてしまうのだった。

原因については、あまりにもわかり過ぎていた。



美しい人は、やっぱりちゃんと、老いて死ななくちゃだめなのだ。

美しいまま標本のように死なれたら、脳裏にその姿が鮮明に焼き付いて、その日から時間がとまってしまう。

そのせいで、1年中、僕は、冬を生きてしまっている。

男「……うぅうう」

男「真面目に、生きてきたんだよ。女がびっくりするくらいに、まっとうな昼を生きてきたんだよ」

男「なのに、心が救われないのはどうしてなんだよ」

男「君と別れた日から、夜は眠る時間になった」

男「昼間をちゃんと生きてきた。人に話しかけ、話しかけられたら受け容れて、人の痛みを想像して、見返りを求めずに背中を押すような人間になった」

男「なのに、なのに……」

男「たとえ世界が滅んでもいいから、君といたいって今でも思ってしまうんだ」

男「君のことが今でも好きなんだ……」

男「見てくれよぉ……うぁあああんん……」








「まったく、こんな真冬の、こんな真夜中の、こんな場所でなにやってるんですか」

「あっ、もしかして」







「人様のお墓に立ちションですか?」






~fin~

ご支援ありがとうございました。
コメントがとてもモチベーションになりました。

これで話はおしまいです。
誤字が多かったのが申し訳ないです。

また時間ができたら違うお話を書くつもりです。

読んでくださって本当にありがとうございました。
今日ははやめにおやすみなさい。

http://hananokotoba.com/kiku/
http://www.iz2.or.jp/rokushiki/9.html
http://rennai-meigen.com/kokuhakuhanakotoba/

参考にしたサイトのurlです。貼っておきます。

>>281
お疲れさま、凄く良かった
タイトルからは想像も出来なかったわ
トリップで検索したら同様のトリップの人が書いた作品ももう一つあるらしいけど同じかな?

たくさんのレスありがとうございます。
いやらしい話(?)ですが、まとめブログの感想コメントも見て、書いて良かったとほっとしています。

>>282
男「舞踏会なんて滅べばいいのに……」で色々失敗して中断し、新しくこの作品でやり直しました。書き直す予定は今のところはありません。


ご支援とご感想本当にありがとうございました。
HTML化の依頼を出してきます。

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