美優「楓さん」 楓「はい?」 (15)

美優「楓さん」

楓「はい?」


美優「思い入れのある会場でライブだから二週間前からお酒は飲まないって言ってましたよね」

楓「はい」

美優「そこに隠してあるビール缶はなんですか!」

楓「あ、ばれてましたか」

美優「軽い!アイドルとしての意識が足りません!」

楓「なんだかいつにもまして厳しいですね…」

美優「プロデューサーさんから見張っているように言われているんです!これからライブまで、絶対に飲ませませんからね!!」

楓「大丈夫ですよ、私だって場数は踏んでいるつもりですから」

楓「お酒で声が出ない、なんてことにはなりませんよ、にこっ」

美優「慢心!!心の贅肉です!!!」

楓「ひぃーっ!」

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美優「楓さん」

楓「はい…」

美優「他のお仕事と並行してライブに向けてのレッスン…」

美優「大変そうですね、大丈夫ですか?」

楓「割と、いや大分きついかもです…」

美優「ごはんとかちゃんと食べてますか?」

楓「ごはん食べる前に寝ちゃいます…」

美優「え!?だめですよそんなの!余計体壊しちゃいますよ!」

美優「(ええい仕方ない)」

美優「…今日から私、しばらく楓さんの食事作ります」

楓「え?」

美優「でででですから!これからライブまで、朝昼晩とご飯の世話をさせていただきます!」

楓「え、ええ!?…っというかなんで美優さん顔真っ赤n」

美優「うううううるさいうるさい!とっ、とにかく、楓さんが体壊さないように、私がご飯を作ってあげます!」

楓「い、いいですけど…」

美優「(よ、よかった…)」

楓「美優さんもお仕事ありますし、作れない日だって出てくるのでは?」

美優「そのあたりはなんとかやりくりします」

美優「ずっと楓さんの家で過ごすんですし、空いている時間でいくらでも作れると思います」

楓「あぁ、確かにそうですね…」

楓「すみません、住み込みで二週間もご飯のお世話していただいて…」

楓「…って住み込み!?」

美優「楓さん~」

楓「はい~」

美優「はい、朝ご飯が出来ました」

楓「うわ~、朝から凝っていますね~すごいです」

美優「はい、栄養第一ですし、朝いっぱい食べておけば昼夜と食べ過ぎないのでダイエットにもなるんだとか」

楓「へぇ~そうなんですか(すっごい考えてくれている…)」モグモグ

美優「(美味しそうに食べてくれている…よかった…)」モグモグ



~モグモグ~



楓「ごちそうさまでした、おいしかったです!」

美優「おそまつさまでした、おいしかったのなら何よりです」

美優「はい、お弁当です」

楓「す、すごいですね…いつの間に…」

美優「まぁ、朝ご飯の残りがほとんどなんですけど」

楓「いえいえ、それでもすごいものはすごいですよ!」

美優「ふふっ、そんなに褒めても晩御飯しか出ませんよ?」

楓「す、すごい…!」

美優「ふふっ、ほら、そろそろ準備しないと、今日は早いんでしょう?」

楓「あ、はい、そうでした」

美優「私は少し遅めに出る日なのであとから行きますね」

楓「はい」

美優「晩御飯の仕込みでもしておきます」

楓「理想的な妻…(へぇ、すごいですね!)」

美優「…え?妻?」

楓「え?あああいえ!いえ!あ、つまようじ欲しいなぁって!」

美優「あ、はいこれですか…って、アイドルがつまようじ…」

楓「ごく稀~にね、あははは…」

美優「あ、そろそろいかないとマズいのでは?」

楓「あ、本当だ!いってきます!」バタバタ

美優「はい、いってらっしゃい」

~バタバタ~

楓「(何とかごまかせた…)」

楓「(にしてもあの美優さん、妻にしか見えない…)」ピロリン!

楓「ん?こんな朝早くにプロデューサーさんからメール?なにかしら」



楓「…これって…」




美優「ふう、無事送り出せた」

美優「まだ住み込みで料理作り続けて三日目だけど、すごく楽しいなぁ~」ピロリン!

美優「ん?こんな朝早くにプロデューサーさんからメール…、なんでしょうか」


美優「…そんな…これって…」

美優「楓さん!」

楓「はい」

美優「これ、メール、プロデューサーさんの…」

楓「はい、私も見ましたよ」

美優「見ましたよって、なんでそんな簡単に言うんですか!」

楓「でも、仕方がないことです」

楓「突然私のライブの日に他のバンドがライブを入れたいと言ってきて、会場はそのバンドと私たちよりも強く、深い関係があった」

楓「話はシンプルです、特にああいうのは関係の強さ、依存具合が何よりもものを言います」

美優「それはそうかもしれませんけど!でも!」

美優「楓さんだって、あのライブをあの会場でできることを何より楽しみにしていたじゃありませんか!」

美優「なのに、なのに、そんな簡単にあきらめるんですか…?」

楓「ふふっ、なんで私のことに美優さんがそんなに熱くなるんですか?所詮赤の他人でしょうに」

美優「そ、そんな言い方は…」

楓「もう、家に来て料理作らなくてもいいですから…」スタスタ

美優「ちょっと、ねぇ、待って……楓さん!!!!」

美優「楓さん」

楓「はい」

楓「…もう家には来なくていいと言いましたが」

美優「それでも、一度作ると言ったからには私は自分の言葉を撤回するつもりはありません」

美優「楓さんがライブを成功させるまで、私は食事の世話をするつもりです」

楓「…」

美優「…」

楓「…はぁ、分かりました、上がってください」

美優「ありがとうございます」

楓「でも、作ったところで、ですよ?」

楓「もうライブはできません。こちらの勝手な都合で日程を変えるわけにもいきませんし」

美優「なんでそんなこと言うんですか!まだ一週間以上も残っていますし、ファンへの発表は明日と言っていたじゃないですか!」

美優「今ならまだ、間に合うんじゃないですか」

楓「でも、私が言ってどうこうなることでもありませんよ?」

美優「…それは…っ、」

楓「チケットの返金ももちろんされるそうです。でしたら日を変えてライブにこれない方が出てくるよりは、今回は諦めて、また次の機会にするのがきっといいんです」

美優「それは、理にかなっているかもしれませんけど…」

楓「ええ、ですから…」

美優「…でも、私はそれが楓さんの本心だとは思いません!!」

楓「!?」

美優「楓さん、絶対強がってます!ライブしたかったら、達観するんじゃなくて、したいって叫ぶべきです!」

美優「理不尽だ、って言うべきです!本当は私たちがライブすべきだって、大声で言わなきゃいけないんです!」

美優「みんな、楓さんのその言葉を待ってるって、なんで分からないんですか!」

楓「み、美優さん…」

美優「あっ!す、すいません、出過ぎたことを…」

楓「いえ、いえ、いいんです」

楓「…その、ありがとう、ございます」

美優「い、いえそんな」

楓「私、今から頑張っても、間に合いますか…?もう、遅くないですか…?」

美優「今からやれば間に合います!絶対間に合わせるつもりでやれば大丈夫です!」

楓「ふふっ、美優さん、茜ちゃんみたいに熱いですね」

美優「えっ、そ、そうですか…?茜ちゃんほどではないと思うんですが…」

楓「ふふっ」

楓「……ごめんなさい」ボソッ

美優「?何か言いましたか?」

楓「いえ、頑張りましょう!」

美優「はい!」

美優「楓さん!」

楓「はい」

美優「やりましたね!ライブ会場、とりもどせましたね!」

楓「はい、本当、なんて言ったらいいのか…」

楓「(美優さん、嬉しそうだけどすごく疲れてる…)」

楓「(美優さんもライブのためにいっぱい動いてくれたらしいですし…、本当この人は…)」

楓「…見ていてください。私、このライブ、絶対成功させますから」

美優「…はい!」

美優「私も、ライブまで、精一杯ご飯のお世話をさせていただきます!」

楓「ふふっ、よろしくお願いします」

美優「ですからその…」

楓「…?」

美優「…もう赤の他人だなんて、言わないでください」

楓「…!」

美優「私は、あなたのこと、大事な仲間だって思っているんですから」

楓「…」

美優「…?」

楓「……」ポロポロ

美優「えっ、ええっ!?」

楓「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい~!!!」

美優「えええ!?」

楓「私、ライブ出来ないってわかってから腐っちゃって、卑屈になって、美優さんにもきつく当たってしまって、ほんとに、本当にごめんなさい~~!!!うわ~~ん!」

美優「お、落ち着いてください楓さん!」



~~~~


美優「落ち着きましたか?」

楓「恥ずかしいところをお見せしました…ぐすっ」

美優「いえいえ、私もずっと恥ずかしいところみせてますし、とんとんってことで」

美優「それより、ごはんにしましょう?」

楓「食べます…ぐすっ」

美優「(この人かわいいな…)」

美優「楓さん…」

楓「はい」

美優「…ついに、ライブ当日ですね」

楓「そうですね」

美優「緊張、してなさそうですね」

楓「はい、今までよりも、たくさん練習しましたし」

楓「それに、美優さんが支えてくださったので」

美優「そ、そんな私は大したことは…」

楓「何言ってるんですか?美優さんがいなかったらライブすらしていなかったのに」

美優「いえ、きっと私がいなくても楓さんはライブをしていましたよ」

楓「なんでそんなに自分を下げるんですか!美優さんは素晴らしい人です!」

楓「美優さんが料理を作ってくれなかったら私は体を壊していました!」

楓「美優さんが叱ってくれなかったら私はライブを諦めていました!」

楓「この私は!美優さんがいないともうろくにライブもできなくなっているんですよ!」

美優「え、ええ、あ、その、いや、最後のはちょっと違うような」

楓「いいから!とにかく美優さんは会場で私のライブを見てください!いってきます!」バタン!

美優「…いってらっしゃい」

美優「楓さん!」

楓「はい、来てくれましたか」

美優「もちろんですよ」

美優「…もうステージ袖でスタンバイしているとは思っていませんでしたけど」

楓「待ちきれなくなってしまいまして…、メイクさんと衣装さんには無理を言ってしまいました」

美優「とはいえ一時間前って…」

楓「このステージは、今までのどんなステージとも違う、とっても重たいステージなんです。だから、いつもより長く眺めて、できるだけ克明に、記憶に残しておきたいんです」

美優「思い入れのあるステージ、でしたっけ」

楓「あぁ、そういえばそうでしたっけ、ここ」

美優「え?違うんですか?」

楓「それもそうですけど、今回はそれよりももっと大事な理由があります」

美優「?」

楓「分かりませんか?美優さんですよ」

美優「????」

楓「もう、こういうところは鈍感なんですか?仕方ないから説明してあげます」

楓「このステージは、美優さんが住み込みで私のご飯を作ってくれて、私を説き伏せてやる気にさせてくれたからできたステージなんですよ?…ああ美優さん、また『私以外の人でも同じことをした』なんて無粋なことを言おうとしていますね?わかってませんね」

楓「はぁ、ここまで言わせるなんて…。…美優さんじゃないと、家にすらあげませんよ。美優さんじゃないと、お叱りを素直に聞き入れませんよ。私は美優さんが好きだから、美優さんに助けられて、こんなに幸せな気持ちで今日を迎えられたんです」

楓「美優さん、このステージ、他でもないあなたに捧げます」

美優「…楓さん」

楓「…はい」

美優「何言ってるんですか!馬鹿ですか!」

楓「んなっ、馬鹿!?」

美優「ステージはファンの皆さんのためのものです!アイドルがそんなこと、言っちゃダメですよ!」

楓「あ、いえファンの皆さんのためっていうのはもちろんですけどその上で、という話で…」

美優「嘘ですね」

楓「うっ」

美優「…はぁ、もう、せっかく大事な場所での大事なステージなんですから、ちゃんとファンを楽しませなきゃダメじゃないですか」

楓「はい…」

美優「ま、まぁでも、楓さんの感謝の気持ちは伝わりましたし?」

楓「??」

美優「私もその、楓さんのこと、好きです。わ、わわ私はここで楓さんの勇姿を見ていますから、頑張ってきてください」

楓「…!!」

美優「…ま、まだステージ始まらないんですか?は、早く行ってきてほしいのに…」

楓「美優さん!!!!」

美優「ちょっ、なんで抱きつくんですか!!」

楓「…美優さん、私、すっごく嬉しいです。みててくださいね、私のステージ」

美優「…はい、楓さん」

楓「…ふぅ!いや~、美優さんとハグ出来て良かったです」

美優「そ、そうですか」

美優「(心臓がドキドキいってる…)」



スタッフ「スタンバイお願いしまーす!」

楓「では、いってきます」

美優「いってらっしゃい、楓さん」

美優「楓さん」

楓「はい」

美優「ライブ、お疲れさまでした」

楓「ありがとうございます」

美優「大成功でしたね」

楓「美優さんに言っていただけると嬉しいです」

美優「そうですか」

美優「ところでですけど」

楓「はい」

美優「なんで打ち上げに行かずに家に私を呼んで晩御飯を作らせているんですか?」

楓「ふふっ、私にとって一番のご褒美ですから」

美優「は、はぁ、そうですか」






美優「はい、できました~」

楓「おぉ~今日も美味しそうですね~」

美優「はい、いつも通り、腕によりをかけていますので」

楓「はぁ~、今日でこれも終わりですか~」

美優「そうですね~、思えば短い二週間でした」

楓「本当、短かったなぁ…、あ、おいしい」モグモグ

美優「良かったです」モグモグ



~モグモグ~



楓「ごちそうさまでした」

美優「おそまつさまです」

楓「美優さん」

美優「?」

楓「またライブの時はよろしくお願いしますね、ふふっ」

美優「…楓さん」

楓「はい?」

美優「スケジュール、見てないんですか?」

楓「え?」

美優「来週も、イベントでステージの予定じゃなかったでしたっけ?」

楓「…あ」

美優「楓さんもいいって言ってくださいましたし、住み込み期間、延長ですね」

かえみゆ「…ふふっ」





おわり

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