提督「秘書艦の大井さんはいつも不満顔」 (62)


重雷装巡洋艦の大井さんはこの鎮守府の秘書艦です。
毎日提督のお仕事のお手伝いをしています。

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けれど大井さんの提督はつい最近着任したばかり。
大井さんもお手伝いしますが、なかなか上手くお仕事が進みません。
思うようにいかない提督の姿に、大井さんは今日も不満顔です。

そんな時は鎮守府の仲のいい艦娘達につい愚痴を零してしまうのでした。


「作戦が悪いのよ」

艦娘達の怪我を治す入渠ドック。ここには毎日たくさんの艦娘がやってきます。
大井さんも今日はその一人。 けれどそのお肌は綺麗なままです。

今日は出撃の日。提督の指揮の下海へと飛び出しました。
ひとつ、ふたつと、少しずつ目的地へ近づきます。
そうしてみっつめ。敵からの砲撃が少しだけ肌をかすめました。

「これくらいなら大丈夫」
そう思っていた大井さんでしたが、待っていたのはこのお風呂。
まだまだ進撃するつもりだった大井さんはとっても不機嫌です。

「この程度何ともないのに。 何ですぐ退きかえしちゃうのかしら」


「まあまあ。無理に進撃するのはよくないですから」

そう大井さんをなだめるのは 一緒に着任した駆逐艦の吹雪さん。
大井さんと一緒に出撃していた彼女も 一緒にお風呂に入っています。

「まだ私達の練度も高くないですし。慎重を期すのはいいことですよ」

次は頑張りましょう!そう吹雪さんはむんと気合をいれますが、大井さんはため息をついてしまうのでした。

「私には、あいつが臆病なだけにしか思えないわ」


秘書艦の大井さんは今日も不満顔。
この日は姉妹艦の球磨さんに文句を言っていました。


「まったく……こんな時間までかかるなんて」

そう言って大井さんは少し遅めのお昼ご飯を頬張ります。

秘書艦である大井さんは海へ出撃しなくともたくさんのお仕事があります。
そのなかで一番大切なお仕事は提督のお手伝い。
遠征部隊の見送りや出迎え、書類のチェックもしています。

けれど提督はまだ着任したばかりでまだまだ上手く出来ません。
終わったのはお昼も大分過ぎた頃。大井さんのお腹はペコペコです。

「長い時間お疲れ様だクマ」

そう言って球磨さんは 大井さんを労うのでした。


「何回も何回も同じところ間違えて。あの人、物覚え悪すぎなのよ」

資材の数を間違える、申請書類の書式を覚えない。
たくさんの不満を口にしながらご飯を食べる大井さんですが、一緒にいる球磨さんは何だかニコニコしてお話を聞いています。

「でも大井、最後まで提督に付き合ってたクマ」

大井さんは提督が終わるまでずっと待っていてくれたのです。
言葉は厳しくとも、最後まで丁寧に提督のお手伝いをしていたことを球磨さんは知っていました。

「なんだかんだ優しいクマね。流石球磨の妹だクマ」

「ちゃんとしてくれないとみんなが迷惑するじゃない。仕方なく、よ!」


秘書艦の大井さんはいつも不満顔
この日もぶつぶつと不満を零しています。


「少しくらい自分で勘付けないのかしら」

髪を梳きながら大井さんは呟きます。

「大井さんが毎日不満を言っているらしい」
そう誰かから伝え聞いたのでしょうか、提督はこの日、大井さんに一つ言い渡しました。

『何か思うことや不満があれば包み隠さず言って欲しい』
突然のことに眉をひそめる大井さんに、提督は続けます。
『これは命令です』と。


「提督なんだから少しくらい自分で考えて欲しいのに、もう」

けれど提督から命令された以上、従わない訳にはいきません。


「こうなったらお望み通り 何でも言ってやるんだから」

皆からの要望や日頃の不満、提督へのお小言などなど。話の種はたくさんあります。
何を言ってやろうかと考える大井さんはとても楽しそうです。

「程々にしてあげてにゃ。提督は不器用なだけにゃ」

やんわりと多摩ちゃんが提督をフォローします。
そんな言葉に、大井さんは「わかってるわよ」、そう返しました。

「ま、こんな形でも考えようとするだけマシかもね」


いつもは不満顔の大井さん。
ですが今日はなんだかとても嬉しそうです。


「北上さんと会えるなんて、いつ以来かしら?」

球磨さんと木曾さん、三人で部屋の中を掃除しながら、大井さんが嬉しそうに話します。

重雷装巡洋艦の北上さんは大井さんの大親友です。
これまではそれぞれ別の鎮守府に所属していましたが、この度北上さんがこの鎮守府に着任することになりました。

「これで球磨型5隻、全員鎮守府に揃うんだな」

「妹たちを呼んでくれるのはお姉ちゃんとしても嬉しいクマ~」

「提督もやればできるってことね。ちょっと見直したわ」


「そう言えば、提督はどこ行ってるんだ?大井姉は今日休みみたいだが……」

「別の鎮守府へ研修です。今回の事についても話をするみたいよ」

いつもなら提督がお出かけするときは大井さんも一緒について行きます。
けれど北上さんをお迎えする準備が必要とのことで、今回は特別に大井さんはお休みを貰っていました。

「大井。北上が来て嬉しいのはわかるけど、程々にするクマよ?」

大好きな北上さんと一緒にいたい気持ちはわかるけど、秘書艦としてのお仕事はキチンとやること。
そう球磨さんは念押しします。けれどそこは大井さんも承知の上です。

「心配しなくても大丈夫よ。やることはちゃんとやるから。それに―――」

「天下無敵の重雷装艦が二隻もいるんだもの。どんな奴だって、目じゃないわ!」

北上さんと一緒なら、どんな敵が相手でも大丈夫。
大井さんはそう信じて、部屋をピカピカに磨くのでした。


秘書艦の大井さんはいつも不満顔。
けれど今日はなんだか様子が違います。


大井さんが今いるのは入渠ドック。
作戦が終わり大好きな北上さんと一緒に入渠しています。
しかし今日の大井さんはどこか暗い表情です。

「いやー。大変だったね、大井っち」

そうお話してくれる北上さんへの返事もありません。
何か思いつめたように水面を見つめるばかり。

「作戦が、悪いのよ」

そう時折呟いて、きゅっと唇をかみしめています。


「まあしょうがないよ。こんな時もあるって」

大井さんは、何も答えません

「今回は相手の方が上手だったんだよ。また次やり返しちゃおうよ」

大井さんは、何も答えません。

「そういえば提督は大丈夫かな。今回の件で呼び出されたみたいだけど……」

「…………何で」

北上さんには答えず、大井さんは口を開きました。

「何であいつは、何も言わないのよ!」


今回の作戦では大井さんと北上さん、それぞれ別の敵を狙うはずでした。
しかし大井さんは、北上さんと一緒の敵に合わせて狙いを定めたのです。
その方が相手の数を確実に減らせる。そう考えての行動でした。
けれどその打ち漏らした敵からの攻撃で大井さん達は撤退せざるを得ませんでした。


「ごめんなさい、大井さん。僕のミスです」

ただ一言そう言って、提督は大井さんを責めることはありませんでした。


「これは提督のミスじゃない、私のせいなのに」

「なのに……なんであいつは 何も言わないのよ!!!」


「まー、提督らしいと言えば提督らしいよねー」

「ホント、馬鹿みたい。命令違反した艦娘を庇うなんてありえないわ」

「じゃあさ。もう一つ命令違反、しちゃう?」

そう言って北上さんが取り出したのは 高速修復剤。
大井さん達艦娘をすぐに直してくれる優れもののバケツです。

「着任したばっかりだけどさ。提督があたしたちのこと考えてくれてるのは何となくわかるよ」

「けど大井っちも心配してるならちゃんと言ってあげなきゃ」

「別に私は心配なんて……」

「それに命令されてたんでしょ?『思うことがあれば何でも言うように』って」


「……でも、どんな顔して行けばいいか」

俯く大井さんのほっぺたを、北上さんがつつみます。

「だいじょぶ、大井っちはすっぴんでも綺麗だから」

ほんわか笑う北上さんをみて、ようやく大井さんも顔をほころばせるのでした。

「ほら、早く追いかけてあげて。提督、行っちゃうよ?」

大井さんは北上さんからバケツを受け取ると、少しだけ考え込みます。
けれどすぐに中身を被ると入渠ドックを飛び出しました。

「提督も大井っちももうちょっと素直になればいいのにね」

大井さんが走り去った後にそっとそうつぶやいて、北上さんはお風呂に浸かるのでした。


秘書艦の大井さんはいつも不満顔
今日も忙しそうに海の上を駆け抜けます


「お疲れ様です、大井さん」

ようやく休憩に入った大井さんを、間宮さんが労います。

大きな作戦を前にして鎮守府は大忙し。艦娘は出撃や演習、遠征に追われています。
秘書艦の大井さんはそれに加え、提督のお手伝いもしなければなりません。
今日も朝からずっと働きっぱなし。流石の大井さんもクタクタです。

「こうもやることが多いと、ゆっくりお茶も飲めないわ……」

折角の美味しい間宮羊羹も、こう時間に追われていてはゆっくり味わえません。


「それじゃ、私もう行きますね」

「あら……暫く休憩の筈では?」

大井さんが来たのは10分前。 休憩時間はまだまだあります。
ゆっくりして行って下さいと間宮さんも勧めますが、用意されたお茶を一口で飲み干してしまいました。

「提督の方手伝ってあげないと。あの人、朝から缶詰だから」

急いで席を立つ大井さんに、間宮さんが小包を手渡します。
その中には間宮羊羹とお饅頭が入っていました。

「提督と召し上がってください。お忙しいかもしれないけれど……」

「ありがとうございます、時間は必ず作りますから」

無かったら私が提督の口に入れちゃいますね。
そう大井さんは悪戯っぽく笑って、小包を大事そうに抱えるのでした。


秘書艦の大井さんはいつも不満顔
けれどこうボロボロにされてしまっては無理もありません。


「本当にもう、何なのよアイツら」

先日二回目の改造を終えたことで、これまで以上に戦えるようになった大井さん。
旗艦として自慢の酸素魚雷片手に大活躍の毎日です。
けれど同時に敵に狙われることも多くなってしまいました。なんと本日3回目の入渠です。

「じろじろこっちばかり見て……大人しく魚雷の餌食になってればいいのよ」

「ホントホント。急に湧いて出てきたりするし、やんなっちゃうよね」

一緒に入渠していたのは正規空母の瑞鶴さん。
出撃が増えて仲良くなった艦娘の一人です。

「提督さん言ってたよ。今日はもうおしまいだから、ゆっくりして良いってさ」


出撃が無いのなら次に大井さんがやることは休むこと。
身体を湯船に浮かべると、疲れがじんわり溶けていくようです。

「それにしてもさー。大井さん、最近言わなくなったよね」

「何をですか?」

瑞鶴さんが目元を吊り上げます。大井さんのモノマネでしょうか

「『作戦が悪いのよ。北上さんまで入渠させるなんて』」

そうです。確かに大井さんは入渠する度に提督への文句を口にしていました。
けれど今はあまり口に出すことはありません。北上さんがいないからでもありません。

「作戦が良くても、それが出来なきゃ意味ないでしょ」

「ふーん?」

「やるのはあくまで私達なんだから。やることはやらなきゃ、ね」

ま、あの人がまだまだなのは変わりないけど。
そうつぶやいて、大井さんは肩までお湯に浸かるのでした


秘書艦の大井さんはいつも不満顔。
台所の片隅でうんうんと頭を悩ませています。


「辛いのが苦手なら最初から言いなさいよ」

今日の大井さんは艤装ではなくエプロンを身に着けてジャガイモの皮を剥いています。

鎮守府には甘味処間宮以外にも、ご飯を食べられるところがたくさんあります。
提督も普段はそこでご飯を食べていましたが今は大きな作戦中。
執務室から外に出ることもなかなかできません。

「でしたら提督、私がお食事を用意します」

「すみません。お手間をお掛けします」

「……人の善意や好意に詫びで返さないでください」

大井さんは腕によりをかけて自慢の特製カレーを振る舞います。
すこし時間はかかりましたが、提督に残さず綺麗に食べてもらえました。

けれどそのカレーをおすそ分けしてる最中、伊良湖さんがすこし不思議そうに首をかしげます。

「わ、美味しい。けどこれ、提督よく食べきれましたね」

「どういうこと?」

眉をひそめる大井さんに 伊良湖さんは水を飲んでから答えます。

「だって提督、辛いの苦手って仰ってましたから」


「食べる時まで無理してたら意味ないじゃない、もう」

大井さんは辛いカレーばかり作っていたので、甘いカレーは得意ではありません。
ああでもないこうでもないと、お鍋を前に試行錯誤を重ねます。

「あのう……もしよろしければ、私が用意しましょうか?」

「いいのよ。これも秘書艦の仕事だから」

「けれど大井さん、今休憩時間ですよね?お休みされた方が」

お食事の用意なら私もできますから。
そう心配する伊良湖さんでしたが、私が言い出したことと大井さんも譲りません。

「それに……やる以上は、喜んでほしいもの」

気持ちだけ受け取っておきます。
そう言って、大井さんは玉ねぎを刻むのでした。


秘書艦の大井さんはいつも不満顔。
折角のお休みだというのに、ちっとも嬉しそうではありません。


「提督が執務室にいるってどういうことよ!?」

大きな作戦が終わったことで慌ただしかった鎮守府も少しずつ落ち着きを取り戻してきました。
作戦後のお仕事にも目途がたち、鎮守府のみんなは順番にお休みを貰えることになったのです。

「提督は最初に取られたんじゃなかったんですか?」

戸惑っているのは最初の頃一緒に着任した吹雪さん。
改二にまで改装された彼女も、今回の作戦で立派に活躍しました。

「そんなわけないじゃない!今日明日って提督はお休みの筈よ、私がちゃんと念押ししたんだから!」

大声を張り上げる大井さんを吹雪さんがなだめます。
けれど吹雪さんも困っているようでその顔は晴れません。


「提督、今日はお休みの御予定ではありませんでしたか?」

「変更になったんですよ。それに僕は十分休みましたから」

今朝の定例報告の様子を聞いて大井さんは頭を抱えました。
予定の変更はありませんし、提督は作戦が終わった後もたくさん働いています。
それは秘書艦の大井さんが一番よく知っている事でした。

「吹雪さん。今日はあなた一人でも十分可能よね?」

「は、はい。大丈夫だと思います」

「そう。なら今日のお仕事はこのままあなたにお願いするわ」

そう言うが早いか大井さんは執務室へと足を向けました。そのままずんずんと歩いて行きます。
その尋常ではない様子に慌てて吹雪さんが呼び止めました。

「どうするんですか?」

「提督を外へ連れ出すのよ。無理矢理でも休ませてやるんだから」

そう息巻く大井さんは、少しさみしそうでした。


重雷装巡洋艦の大井さんは 提督の秘書艦です。
提督がこの鎮守府に来てから、ずっとお手伝いをしてきました。

朝は提督の隣でみんなへの言葉を聞いています。
昼は提督のご飯の支度をします。
夜は提督と一緒に出撃したみんなを出迎えます。

秘書艦である大井さんはずっと提督と一緒でした。
けれど今日、提督の隣に大井さんはいません。


「大井っち、はいるよー」

北上さんが部屋に入り明かりをつけると、ベッドの上に動く影があります。
大井さんです。

「どしたの?調子悪いの?」

北上さんの言葉にもぞもぞと動く大井さん。
けれど顔はあげず「大丈夫です」と、それだけ返します。

「みんな心配してたよ。今日全然大井っちのこと見かけなかったって。どこか調子悪いの?」

北上さんが心配そうに覗きこみますが、大井さんはまた「大丈夫です」と返すだけ。
起き上がる気配はありません。

「実は今日帰ってくるの遅くなっちゃってさー」

そう北上さんがそういったとき、くぅ、と小さな音が聞こえてきました。

「ね、良かったらご飯食べない?お腹膨れたら、気分も変わるって」

ニコニコと笑いかける北上さんに、大井さんは漸く顔を少しだけあげました。

「……ご一緒します」


いつもは騒がしい食堂もこの時間では人もまばら。
そんな時でも鳳翔さんが用意してくれた食事は出来立てです。

けれど美味しそうに食べる北上さんに対して、大井さんはどこか元気がありません。
嬉しい筈の北上さんとのおしゃべりも、今日はどこか上の空。
北上さんが食べ終わっても、ご飯は半分も減っていませんでした。

「提督と何かあったんでしょ」

「……どうして、そうおもうんですか」

「大井っちがそこまで考え込むなんて、提督のことしかありえないからさ」

ふんわりと笑いかける北上さんをみて、大井さんも少し笑顔を返します。
そうして、ぽつりぽつりと、この前あったことを話し始めたのです。

「提督から、申し出を受けたんです」

「なんの?」

「……ケッコンカッコカリの」


大井さんが最大練度にまで達したその日。
大井さんは提督に執務室まで呼び出されました。

秘書艦である大井さんが呼ばれるのは珍しい事ではありません。
一日のお仕事は毎日二人で相談しながら決めているからです。

今日もそうだろうと思って、大井さんは執務室へ向かいました。
けれど提督の口からは、全く予想していない言葉が飛び出したのです。

「大井さん。これを、受け取って頂けませんか」

差し出されたその箱には、小さな指輪が治められていました。

「それで大井っちはどうしたの?」

「……なんにも言えないまま、飛び出してきちゃったんです」

予想外の出来事に対処しきれず、大井さんはそのままお部屋に戻ってきてしまったのです。
北上さんは漸く、朝から大井さんが部屋に籠っていた訳を知りました。


「分からないんです。何で提督が、私なんかを選んだのか」

艦隊をもっと強くしたいなら、私よりももっと強い人がいます。
可愛い人を傍に置きたいのなら、私よりももっと可愛い人がいます。

私は……口も悪いし、愛想も良くないし、素直でもない。
口を開けば提督の文句ばかり。命令違反だってしました。

それなのに、何で提督は私なんかを選んだんだろう。
そう呟く大井さんは、ずっと顔を伏せたままです。

「大井っちは提督のこと、好き?」

北上さんが尋ねます。

「それは……」

けれど、大井さんは答えません。

「じゃあ、嫌い?」

もう一度、北上さんが尋ねます。

「嫌いなわけじゃないです」

大井さんはすぐ答えます。

「そっか。好きかどうかはともかく、嫌いじゃないんだね」


「じゃあさ。それ、あたしが受けてもいいかな?」

「え」

「練度だったらあたしも充分だし、大井っちにも引けを取らないと思うんだよね」

「え、え……?」

「提督はあたしのことどう思ってるか分かんないけどさ、あたしは提督のこと、いいなーって思ってるんだよね」

「だから大井っちが断るなら、そのお話あたしが受けても―――」

「だ、だめ!!」

見せたことも聞いたこともない、遮るような声でした。
北上さんは目をぱちくりとさせますが、一番驚いていたのは声を出していた大井さんです。

「あ、その。私―――」

「ごめん、大井っち。冗談だよ。意地悪言っちゃったね」

頭を下げる北上さんは、とても優しい目をしていました。


「ね。大井っちはもう、答えを持ってるんじゃないかな」

北上さんが、大井さんの胸に手を当てました。
とくん、とくんと。少し早い鼓動が伝わってきます。

「大井っちは素直じゃないからね。上手く言葉に出来なくて、ちょっと頭がぐるぐるしちゃってるんじゃないかな」

「ぐるぐるしちゃうなら行動あるのみだよ。顔合わせて、パッと出てきたことを言えばいいと思う」

「でも……もし、うまく伝えられなかったら」

「大丈夫だよ。私達の提督だもん」

「それにさ、今なら提督を引っぱたくチャンスかもよ?」

散々大井っち悩ませたみたいだしね。一発くらいなら大丈夫だって。
そう鋭いジャブを繰り返す北上さんを見て、少しずつ大井さんの表情が和らいでいきました。

「そう……そうよね。私をこんなに悩ませたんですもの、一発入れなきゃ気が済まないわ」


大井さんは立ち上がりました。提督がいる場所へ戻る為に。

「北上さん」

「?」

「ありがとう」

ひらひらと手を振って、北上さんは大井さんを見送りました。

「あーあ。提督ったら幸せ者だよね」


鎮守府に桜が舞うようになりました。
相変わらず鎮守府は忙しいですが、提督の側にはいつも秘書艦の大井さんがいます。

けれど大井さんはまたも不満顔。
今日も仲のいい艦娘にぶつぶつと文句を言っていました。


「ありえないわ。何なのよ、あの人」

午後のお仕事も落ち着いた頃、間宮にはたくさんの艦娘たちがおやつを食べに来ています。
大井さんもその一人。けれどその机には、たくさんのお皿が積み重ねられていました。

「お、大井さん。ちょっと食べ過ぎじゃないですか?」

「いいのよ。どうせ提督には私なんて必要ないんだし」

吹雪さんの言葉も気にせず、大井さんは目の前のお皿をどんどん空にしていきます。

「いいの?バルジ、すごいことになるよ?」

「出撃の時に厄介にゃ。程々にしておくにゃ」

「いいんです。出撃するなら他の人がいますもの」

瑞鶴さんと多摩さんも止めますが、まだまだ空にしてしまいます。

「提督なんて、他の子に構ってもらえればいいのよ」


「大井さん、今日のお仕事は……?」

「提督が終わらせてくれます」

おかわりを持ってきた間宮さんも、大井さんにちょっと困り顔です。

「けどさー」

一緒に来ていた北上さんが、ずんだ餅をひとつ頬張ります。

「提督がお仕事している時にこそ、秘書艦って一緒にいるもんなんじゃないの?」

「……う」

北上さんの言葉に、ようやく大井さんの食べる手が止まりました。


「だって……提督、一人で全部終わらせちゃうんだもの」

今朝のお仕事は新装備の開発です。
けれど書類は提督一人で書き終えてしまったので、大井さんの出番は殆どありませんでした。
お昼ご飯は大井さんが用意することになっています。
けれど今日は他の鎮守府の提督が来ていたので、大井さんが用意することはありませんでした。
お昼ご飯の後は、他の艦隊との演習です。
けれど大井さんの練度は十分なので、大井さんは見ているだけでした。

「それにあの人、他の艦隊の艦娘ばっかり構うのよ!?」

演習が終わった後、提督は熱心に他の鎮守府の提督や艦娘さんたちと話をしていました。
ようやく二人になれると思っていた大井さんは、そのまま長い間待ちぼうけです。

「ホントありえない。提督にはみんながいるのに。私だって―――」

「……それってさ。提督さんに構ってもらえなくて、寂しいってこと?」

大井さんは何も答えず、瑞鶴さんの口にパフェを押しこみました。

「べたぼれクマ……。お姉ちゃん予想外クマー……」

見たこともない妹の一面に、球磨さんもただ言葉を失うばかりです。


「あの。勘違いしないでほしいんですけれど」

「私そんなに提督にべたべたしてる訳じゃないですから。あくまでみんなのためです」

「あ、提督だ。やっほー」

大井さんは残っていた甘味を木曾さんの口に入れると、積み重なっていたお皿を瑞鶴さんに押し付けます。
抗議の声も無視して鏡を取り出すと、髪と服装、口元を整えます。
なんということでしょう。あっという間に秘書艦としての佇まいになっていました。

「すげー早業……」

つい先日第二改装を終えた木曾さんですが、その見事さに驚くばかりです。

「それで、提督はどちらですか?」

「ごめん大井っち。冗談」

ひらひら笑う北上さんですが、大井さんの顔は見る見るうちに顔は真っ赤に染まります。

「北上さん!!!!!」

「もー、悪かったって」


「大井さん」

後ろから大井さんを呼ぶ声。
北上さんよりも大きくて響く声です。

「今度は何ですか、もう――――」

聞き覚えのある声に振り返った大井さんでしたが、その姿をみて固まってしまいました。

「な、な、な」

「よかった、ここにいたんですね」

少し霞んだ白い軍服に大きな背中。そして左手薬指には、大井さんとおそろいの指輪。
大井さんが秘書艦を務めているこの鎮守府の提督です。

「い……何時からいたんですか」

「今さっきです」

「いるならすぐ声掛けてください!」

「美味しそうに食べていたので、つい」

提督はほんわりと笑いますが、大井さんの心中は穏やかではありません。

「大井さんは洋菓子がお好きなんですね。今度執務室に置いてもらえるように頼んでみます」

「そうじゃないです!いえ、それは嬉しいけど―――」

「??」

「……なんでもないです!!」


「それより大井さん、今お時間よろしいですか」

「……何ですか」

「次の任務のことで、相談したいことがあるんです」

「提督はもう一人前ですから、私の力なんて必要ないのでは?」

「大井さんの意見を聞きたいんです。僕の秘書艦で、その……大切な人ですから」

「―――」

「ダメ、でしょうか」

「……そんなこと、いちいち聞かないでください」

「よかった」と笑顔を見せる提督を、急かして連れ出す大井さん。
耳まで真っ赤なその姿を、みんなはニコニコしながら見送るのでした。


提督の秘書艦である大井さんはいつも不満顔。
提督への不満や文句を、ついついみんなに口にしてしまいます。
けれどお話を聞いているみんなは、それを止めようとはしません。

何故なら、提督と一緒にいる時の大井さんは。
とても優しい目をしていることを、みんな知っているからです。

以上でお終いです。ここまでありがとうございました。

大井さんは一度気を許したらとんでもなくベタ惚れしそう。
ペースを乱されて真っ赤になる大井さんとても可愛いと思います。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年12月12日 (月) 07:29:59   ID: JEmBGGGA

素晴らしい!今回のイベントもお世話になりました。

2 :  SS好きの774さん   2016年12月13日 (火) 07:31:25   ID: dORXZ4Xq

大井は純愛系がよく似合う

主、乙!

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