鷹富士茄子「不運で幸運な雨」 (14)

 しんしんと雨が降っています。

「飴じゃなくて雨ですよー……なんて」

 自分の言葉に、私はくすくすと笑ってしまいました。もしも本当に飴が降ってくるなら、それはとても素敵なことだと思います。

 そう言うと「いや、危ないだろ」と冷たく返されました。そういうわけじゃないのに……Pさんには乙女心がありません。

「まあ、乙女じゃないからな」

 Pさんが言って、傘をこちらに傾けます。……私から見て反対の肩が濡れています。

「Pさん、肩、濡れてますよ」

「気付かれたか」

「はい。ですから、もうちょっと近寄りましょう♪」

 私がぎゅっとPさんの腕に抱きつこうとすると、傘を持っていない方の手で押し返されてしまいます。……むぅ。

「せっかくの相合傘なんですから、二人とも濡れないようにもっと近寄った方がいいと思うんです」

「だとしても、抱きつく必要はないだろう」

「抱きついたらあったかいですよ?」

「そこまで寒くないから問題ない」

「私は寒いんですー」

「ならコートを貸す」

「それじゃあPさんが寒くなっちゃうじゃないですか」

「じゃあどうしろって言うんだよ」

「私がPさんに抱きつけば問題ないです」

 ふふん、と胸を張ると「あるわ」と軽く頭にチョップされてしまいました。……痛い。


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「プロデューサーがアイドルにチョップはしちゃいけないと思います」

「アイドルがプロデューサーに抱きついちゃいけないと思うぞ」

 それを言われると弱ります。どう返せばいいでしょうか。私は考えます。……あ。

「アイドルとプロデューサーが相合傘をするのもダメじゃないですか? だから、今さらですよ、今さら」

「……それもそうだな」

 お? この反応は……Pさんもやっと折れてくれた、ということでしょうか。これで思う存分Pさんの腕に抱きつけ――

「相合傘、やめるか」

「それはダメですー!」

 傘を私に押し付けて私から離れようとするPさんの腕を掴んで引き寄せます。……ち、力、強い……。こ、これ、結構本気で離れようとしてる……!

 数分間の引っ張り合いの結果、「こんなことをして風邪を引いたら本末転倒だから抱きつくかどうかは保留にしてとりあえず相合傘は続行」ということになりました。……ふぅ、良かったです。

「でも、茄子と一緒に出て雨に降られるとは思ってなかったな」

「? どういうことですか?」

「ほら、雨に降られるなんて不運だろ? それも、傘も一本しか残ってなかったし」

「私としては、Pさんと相合傘ができているので幸運です♪」

「……だからか」

 はぁ、とPさんが呆れたように溜息をつきます。呆れられても困ります。相合傘ができて嬉しいとは思っていますが、雨を降らせたのは私ではないですから。

「……んっ」

 寒気がして、少し震えてしまいます。この季節にこの雨だと、一気に寒くなりますね

「茄子、やっぱりコート、着るか?」

 そんな私を見て、Pさんがそんなことを言います。Pさんのコート……着たいという気持ちはありますが、その前に、

「ていっ」

 私は傘を持つPさんの手を触ります。……冷たい。

「Pさんも寒いんじゃないですか。それじゃあダメです」

「ダメ、って……なら、どうしろって」

「だから、私がPさんに抱きつけば」

「それ以外で」

 むぅ。Pさんは頑固です。それとも、そんなに私に抱きつかれたくないのでしょうか。

「Pさんは私のことが嫌いですか?」

「は?」

 Pさんが固まって私を見ます。一緒に足も止まったので私は傘から出そうになっちゃいます。が、「っと」とPさんが傘を持っていない方の手で私のお腹のあたりを抑えて、雨に当たらないようにしてくれます。やっぱり、Pさんは優しいです。

「……いきなり、どうした?」

「だって、私が抱きつくのダメ、って」

「それがどうして嫌いってことになるんだよ……」

 Pさんが大きく溜息をつきます。困っているようです。そんなPさんがかわいくて、私は思わず笑ってしまいます。

「……お前、俺に嫌われているかも、なんて欠片も思ってないだろ」

 じろっ、とPさんが私のことを睨みます。いえいえ、私も不安になったりするんですよ?

「どの口が言う」

「この口です」

「偉そうにするな」

 痛っ。Pさんに額を小突かれてしまいました。「うぅ……」私は額を抑えます。

「というか、寒いんだったな。……ちょっと、どこかに入るか」

 Pさんはきょろきょろと辺りを見回します。それにつられて、私もきょろきょろと周りを見ます。車、電柱、コンビニ、飲食店、何かのビル、雨宿りをしている学生さん……。

「ん」

 Pさんがそんな声を出します。何か見つかったのでしょうか。私はPさんに問いかけます。

「ああ。と言っても、ちょっと時間をつぶすだけ、だけどな」

「それで、どこなんですか?」

 私が尋ねると、Pさんが指を向けました。

 指の先には、ファーストフードのお店がありました。



      *


「はむっ」

 私はハンバーガーをほおばります。もぐ、もぐ……たまに食べると、やっぱりおいしいですね。

「……なんか、茄子がこういうところでハンバーガーを食べてるのって、面白いな」

 Pさんが真顔で言います。

 それ、どういうことですか?

「他意はない」

 そう言ったらごまかせると思ったら大間違いです。

 私はぷんぷんと怒りながらまたハンバーガーに口をつけます。ふかふかのバンズがいい感じです。ちょっとしんなりしたレタスとチープな感じのするパティも良いですね。褒め言葉に聞こえないかもしれませんが、こういうのが良いんです!

「怒るのか笑うのかどっちかにしろよ」

 Pさんがそう言って笑います。……そう言えば怒っているのを忘れていました。でも、べつに怒らなくてもいいか、とも思います。

「Pさんは食べないんですか?」

 Pさんはずっと私のことを見て、ポテトにも手をつけようとしていません。食べているところをそんなに見られると恥ずかしい、というのも含んだつもりです。

「茄子が食べ終わるまで見てるよ」

 でも、Pさんはそんなことを言います。……私の気持ち、わかっているのでしょうか?

「そんなに見られると、食べにくいです」

「だろうな。でも、見たいんだ」

 ま、まさかの確信犯……! でも、そんな風に微笑まれると困ってしまいます。ちょっとだけ、顔が熱いです。

「私の嫌がらせをするのが、そんなに楽しいですか?」

「嫌がらせというか、茄子がハンバーガーを食べているのがかわいい」

「……Pさんは、ずるいです」

「ありがとう」

 褒めてません。私はハンバーガーを食べようとして、止めます。……そんなことを言われると、さすがに食べにくいです。私はポテトを一口食べて……いいことを思いつきました。

「Pさん、Pさん」

「ん?」

「あーん」

 と私はPさんにポテトを差し出します。「……お前」Pさんが呆れたように私を見ます。「あーん」それを無視して、私はポテトを差し出し続けます。

「自分が一口食べたものを渡すってどうなんだ」

「ご利益ありますよ?」

「自分で言うな」

 まあ、さすがにこれを食べてくれるとは思っていません。私はあきらめてPさんに差し出したポテトを自分の口に入れます。ちょっとしんなりとしていて、いい塩気です。Pさんの目元がかすかに緩みます。

「Pさん」

「なんだ?」

「あーん」

 そんなPさんに、私はポテトを差し出します。今度は口をつけてません。

「……まあ、それなら」

 よし、成功です。これがドア・イン・ザ・フェイス・テクニックです。まんまと私の術中にはまりましたね、Pさん。

 ぱくっ、とPさんがポテトを口に入れます。もぐもぐ……。「ん、おいしい」Pさんが言います。それでは、次は……。

「……何してるんだ? 茄子」

 Pさんが言います。どんな表情をしているのかはわかりません。

「次は、Pさんの番かな、と思いまして」

「……それ、目をつぶらなくてもよくないか?」

 確かにそうですね。目をつぶって、口を開けて、Pさんの方を向いて……。

「Pさん、今、えっちなこと想像してますか?」

「は!?」

 Pさんが慌ててそんな声を上げています。どうやら図星のようです。

「もう、Pさん、こんなところでそんなこと想像しちゃダメですよ」

「……お前もアイドルなんだからそんなこと言うなよ」

 目を開けると、Pさんの顔が少し赤いことがわかります。かわいいです。

「とにかく、あーん」

 私はそう言って、また口を開けます。……そういうことも想像できるって考えると、ちょっと恥ずかしいですね。

「……あーん」

 でも、それはPさんも同じだったみたいです。早く口を閉じろと言うように、Pさんが私の口の中にポテトを入れようとします。はむっ、と私はPさんの指ごとポテトを口に含みみます。

「なっ」

 Pさんが動揺しています。でも、まだ逃しません。私は口の中でPさんの指を舐めてみます。……なんだか、恥ずかしくなってきました。私はPさんの指から口を離します。

「……Pさんの味がします」

「何言ってんだ、バカ」

 私が舐めた指を拭きながら、Pさんが言います。顔が赤いです。たぶん、私の顔も。

「さすがにやりすぎました。ごめんなさい」

「……ああ」

 私が謝ると、Pさんがそう返します。それから沈黙。

 ……き、気まずい。私が悪いとはわかっていますが、この空気にたえられません。

 だから、その空気を壊すために私は言います。

「Pさんの、おいしかったですよ?」

「お前あとで絶対説教するからな!?」

 怒られてしまいました。場を和ませるための冗談だったつもりなんですが、失敗したみたいです。

 あ、でも、おいしかったのは本当ですよ?



      *


「雨、まだやんでませんね」

「そうだな」

 言いながら、Pさんが傘を開きます。ととと、と私が傘の中に入ることを確認すると、Pさんは歩き始めます。

 傘の上を誰かが走っているみたいに、タタタタ、と雨音が響きます。……もし誰かが走っているのだとしたら、それはとっても慌てん坊さんみたいですね。そんなことを思うとおかしくて、私は笑ってしまいます。

「どうした?」

 そんな私がおかしいと思ったのか、Pさんはそんなことを尋ねます。

「なんでもないですよー♪」

 なんだか楽しくて、私はPさんの腕に抱きつきます。「あ」反応できなかったのか、Pさんがそんな声を出します。ふふっ、今回は私の勝ちですね。

「……まあ、いいか」

 私を腕から離そうと思ったんでしょう。私が抱きついている方と逆の手を宙で迷わせてから、あきらめたようにPさんはその手を下げます。それが嬉しくて、私はさらにぎゅーと腕に抱きつく力を強めます。

「……茄子」

「なんですか?」

「当たってる」

「わかってますよ?」

「……わかってるのかよ」

「はい♪ かこっぱいをどうぞご堪能あれー」

「かこっぱいとか言うな、っての」

 呆れたようにPさんが言います。でも、私を腕から離そうとはしません。私はまたふふっと笑ってしまいます。

 雨。

 冬。

 白い息。

 伝わる体温。

 隣で歩く、大切な人の横顔。

 聞こえるのは、雨の音と息の音。それから、心臓の鼓動だけ。

「……Pさん」

「ん?」

「私、幸せです」

「……そうか」

「はい」

 それだけを言って、私たちは歩きます。

 雨はまだやみません。

 ……もう少しだけ、降っていて下さいね。

 私はそんなことをお願いしてしまいます。

 もう少しだけ、この時間を……。

 しんしんと雨が降っています。

 不運で、でも、幸運な。

 そんな、雨が




終わりです。ありがとうございました。

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