劇団マギカの絶望舞踏会 (10)


 繰り返す、繰り返す

 何度暗い道を歩むことになっても
 後ろにどれだけの屍を積み上げることになっても

 繰り返す、繰り返す

 望んだ景色を手に入れるまで
 永遠の迷路の中にある一欠片の、あなたの笑顔を手に入れるまで


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 白い天井を見上げる。
 薬品の臭い、サナトリウムの床、一人用の病室。


「……」

「また、ダメだった……か」


 誰も未来を信じない、誰も真実を受け止められない。
 悲しさなどとっくに麻痺した、涙などとっくに枯れ果てた、希望などとっくに見失った。
 今、私が感じているのは、繰り返される時間の中で何度も死んでいく者達に対する。
 失望と、苛立ち。


「どう足掻いても、誰も信じてくれない。いいわ、なら私もあなた達を信じない」

「今回は徹底的に利用してあげる、ワルプルギスの夜を乗り越えた後のことなんて知ったことじゃないわ」


 早朝、風見野。
 病院を抜け出した私がまずやるのは、佐倉杏子を抱き込むことだった。
 経験上、彼女は『脱落』するのが3人の中で最も遅い。
 巴マミよりも信頼できる、美樹さやかよりもずっと心強い。


「!」


 魔力の波長を辿っていると、そこに彼女はいた。
 公園のベンチに蹲ったまま眠っていた。

 1つため息を吐くと、傍に歩み寄って肩を揺する。


「起きなさい、風邪ひくわよ」

「ん……、う?」


 目を擦りながら顔を上げた佐倉杏子。
 虚ろな目をパチパチと何度か瞬きした後。
 いきなり飛び退いて、尻餅をついた。


「なっ……! あんた、なに!? 魔力を感じるけどまさか!」

「暁美ほむら、魔法少女よ」

「っ!! な、なにしに来たのさ! あたしの縄張りを奪いに来たの!?」


 おかしい、佐倉杏子はこんな小心者だったろうか?
 なにより先ほどの姿は無防備すぎる。


「違うわ、同盟を結びたいのよ」

「同盟……?」

「4週間後、ワルプルギスの夜が見滝原に来る。その時の力を貸して欲しい」

「……」


 佐倉杏子はしばし私の顔を眺めた後。
 首を傾げた。


「ワルプルギスの夜って……なに?」


 私は頭を抱えた。


 ファミレス。
 「支払いは私が持つわ」、そう言うと佐倉杏子は最初は恐縮したが。
 すぐに目を輝かせてとんでもない量の注文をした。

 結果、彼女は食べに食べた。
 コーヒーしか飲んでいない私がお腹一杯になるくらいに。


「はぁー! ごちそうさま!」

「……」


 おかしい。なんだこの佐倉杏子は。
 それに彼女は食べる前に主に祈りを捧げていた。
 私の知る佐倉杏子からはありえない行動だ。

 まさか、佐倉杏子は……。


「いくつか聞きたいことがあるのだけど」

「答える義理はないよ」

「今から支払いをあなた持ちにしてもいいのよ」

「……なにが聞きたいのさ」

「家族はいるかしら」

「っ!」


 そう聞くと佐倉杏子は露骨に目を逸らし、俯いた。


「いるよ、母さんと妹と……父さんが」

「……」


 まさか、この時間軸の佐倉杏子は。
 まだ家族に死なれる前なの?


「そう、じゃあ次の質問。巴マミを知っている?」

「ああ、確か見滝原の魔法少女でしょ? 会ったことは無いけど、凄いらしいね」

「……」


 そして巴マミと師弟関係にもない。
 嫌な誤算だ。この佐倉杏子は。

 私が知っている佐倉杏子より、格段に弱い。


 それから幾つも質問を重ね、大体のことは知ることはできた。
 この佐倉杏子は時期でいうと、父親に自分の願いと魔法少女の正体が知られた後らしい。
 父親との仲も険悪になり、家族も破綻寸前になり、帰るに帰れずよく公園で夜を明かしているのだそうだ。

 空腹だったのも、碌な物を家で食べていないかららしい。


「それでワルプルギスの夜って?」

「とある魔女の通称よ。歴史に名を残す超弩級の魔女。ただ一度姿を現しただけで何千人という人間が犠牲になる」

「……」


 佐倉杏子は目を見開き、呆然としていた。


「そしてこいつは他の魔女と違って結界に隠れる必要なんてない。それほど強大な魔女」

「そ、そんな奴が見滝原に……?」

「ええ」


 畏縮しているのか、小物め。
 佐倉杏子はふいと目を逸らす。


「悪いけど、協力はできない。そんな強い奴の相手なんて」

「怖気づいたの?」

「悪いかよ」

「そう、残念ね。魔法少女は人知れず人々のために命を懸けて戦うものではなかったの?」

「っ!!」


 佐倉杏子はテーブルを叩いて立ち上がる。


「悪いけどさぁ……! あたしはやめたんだよね、そーいうの!!」

「……」

「あんたに、あんたなんかにわかるかよ! 祈りに裏切られた奴の気持ちが、自分のせいで家族を台無しにしちまった人間の気持ちが!!」

「わかるわよ」

「なにを……!?」

「自分のせいでこんなに家族が苦労するなら自分なんて居なければよかった、
 こんなに惨めな思いをするなら自分なんて生まれなければよかった、そう思ったことくらいはあるわよ」

「……」


 佐倉杏子は意気消沈したように座り込む。


「それならそれ相応の見返りがあるならどう?」

「見返り……?」

「ワルプルギスの夜の莫大なグリーフシード、あなたの取り分が10割でいいわ」

「……佐倉杏子だ、あんたの名前は?」

「暁美ほむらよ」

今回の分は終わりです。
最初に言っておきますがバッドエンドモノです。
誰も幸せになりません。

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