たかし(5)「死ね~」 母「コラッ、そんな言葉を使っちゃいけません!」 (40)


たかし(5)「えー。ダメなの?」

母「そうよ。死ねなんて汚い言葉を使う人間は、ロクな大人になりません!」

たかし(5)「そうなんだー」

母「……ちなみにドコで覚えたの、そんな言葉?!」

たかし(5)「うん。テレビで言ってた~」

母「まぁっ。本当に役に立たないマスゴミだこと!」

母「たかしちゃんが不良になったらどうしてくれるのよ!」

母「死ねなんて汚い言葉は、社会の総力をもって封じ込めなきゃダメよね~」


たかし(5)「大丈夫だよ、ママー。僕らは不良になんてならないよー」

母「いいえ、たかしちゃん。子どもっていうのは、思った以上に周囲の環境に影響されるものよ」

たかし(5)「ふーん」

母「いいこと。これからは、テレビなんて見ちゃいけません!」

たかし(5)「えーっ」

母「えーっ、じゃないの!」

母「私の言うことを聞きなさい、貴方の為なんだから……」

たかし(5)「……はーい」

たかし(8)「ただいまー」

母「あら、たかし。おかえりなさ~い」グツグツ

たかし(8)「わ、どうしたの。お母さん、こんなご馳走……」

母「それはね、今日が日本にとって最良の日だからよ!」

母「あぁ、まさかこんな日が来るなんて夢にも思わなかった……」

たかし(8)「えっ、なになに?」


母「ええ。何と、日本にあるテレビ局と新聞社が全て潰れたのよ♪」

たかし(8)「ありゃりゃ~。かわいそー」

母「可哀想なものですか。あんなゴミクズども、自業自得よ」

たかし(8)「で、でも。これからニュースとかどうやって知ればいいのかなぁ」

母「心配しなくても大丈夫よ。日本には“まとめサイト”っていう存在があるから」

たかし(8)「まとめサイト?」


母「そう。テレビや新聞社みたいな反日機関を通さず、」

母「愛国“ボランティア”の方々が無料奉仕して、国民に知るべき情報をまとめて教えてくださるの!」

母「それも、一切偏向することなく、情報を無垢のまま、純粋に!」

母「ものすごく、カッコいいでしょう!」

たかし(8)「うんうん、愛国ってカッコいいー」

母「ええ、そうでしょうとも!そうでしょうとも!!」

母「愛国者で何が悪いって言うの! 保守でなくちゃ日本人じゃないわ」

たかし「そーか」


たかし(8)「お母さん。僕、大きくなったらまとめサイトの人か、愛国者になりたい!」

母「ええ。穢れのないたかしなら、きっとなれるわ!」


母「……」

たかし(11)「……」

母「たかし。私がどうして怒っているか分かるわね」

たかし(11)「……エッチなイラストを写メに撮って、隠れて見ていたからです」

母「……こんなエッチなもの、ドコに飾ってあったの?」

たかし(11)「……駅の、待合室に、ありました」

母「まぁ駅に、なんてこと!」

母「PTAと教育委員会に訴えて、スグ取っ払って貰わなくちゃ!」


たかし(11)「で、でもこんなの普通でしょ。美少女アニメキャラがミニスカ着てるだけじゃない!」

母「普通じゃありません。これを普通と思うアナタの感覚は、どうかしています!」

たかし(11)「で、でも。表現の自由が……」

母「でもじゃありません。お母さんの言うことが聞けないの!?」

母「こんなアニメキャラに夢中になっちゃってれば、そのうちロリコンになって、生身の女性を愛せなくなるわよ!」

たかし(11)「……ごめんなさい」

母「……私は、立派な人間になって欲しくて、貴方に厳しくしてるのだからね」


たかし(14)「お母さま、何処へ行かれるのですか」

母「えぇ。市民会館でEM菌普及の講習会があるの。ご近所さんたちと婦人部で参加するわ」

たかし(14)「EM菌……」

母「最近のEM菌は凄いらしいわね。どうやら放射能物質も無害化するとか」

たかし(14)「……」

母「EM菌さえあれば、原発の事故や放射能漏れも怖くないわ。反原発どもは涙目ねw」


たかし(14)「……お母さま。今日は何の日か覚えてらっしゃいますか」

母「さぁ、何だったかしら?」

たかし(14)「今日は、お父様の命日です」



母「……」

たかし(14)「……そんな会など出ず、一緒に墓参りに参りましょう」

母「……いいえ。墓参りより講習会の方が大切です」

たかし(14)「……お母さま」

母「……」

たかし(14)「前々から伺いたかったのですが……」

母「……」

たかし(14)「お父様は、本当に自殺だったのでしょうか」

母「……もちろんよ」

母「……警察発表やまとめサイトでは、練炭自殺だそうね」

たかし(14)「しかし遺体は、身体中キズだらけ、顔面はしちりんの火で炭化した状態でした」

たかし(14)「……時期も、勤めていた会社の給与ピンはねや公文書偽装を文春に内部告発した直後で」

たかし(14)「あれを自殺と考えるのは不自然です」



母「……何が言いたいのかしら」

たかし(14)「……お母さまは以前、死ねという言葉は、社会全体で否定されるものとおっしゃいました」

母「……」


たかし(14)「それなのに、高止まりしてる自殺数や、実際に起きた不審死事件……」

たかし(14)「それに貴女……いえ、日本社会が現実の死に注意を払わないのは、」

たかし(14)「どういう事なのでしょう……」

母「……さぁ、分からないわ」

たかし(14)「……」

母「……もう二度と、そんな事は考えてはいけませんよ」

母「事件について調べるのも、 絶 対 に してはなりません」

たかし(14)「……はい」


たかし(17)「母上、私は高校卒業を期に、家を出て、働こうと思います」

母「い、いけません。あなたはF欄でもいいから大学に行って、どこか適当な会社の経理部に入るのです!」

たかし(17)「……僕の意思は堅いです」

母「そ、そんな。今どき大学進学せずに、どんな仕事に就けるというの……」

たかし(17)「……美術の先生のツテで、陶芸家に弟子入りしようと思います」

母「と、陶芸家ですって! なりません!!」

たかし(17)「……僕は、日本の伝統工芸を守り後世に伝えていくことに、自分の人生を費やしてみたくなったのです」


母「なりません!日本の伝統文化など、何の価値がありましょうか!」

たかし(17)「……価値はありますよ」

母「いいえ。韓国や中国に文化的マウンティングを取れる以外、ありません!」

たかし(17)「それは、母上が本当の価値を見つけていないだけです」

母「あ、あなた。私に反論するつもりなのね!」

母「高校卒業と共に陶芸家に弟子入りなんて、絶対に許しませんから!」


たかし(17)「……では、今すぐに、この家を出ていきます」

母「えっ」


たかし(17)「母上が何をしようとも、僕が『 そ う 思 っ て し ま っ た こ と 』」

たかし(17)「それだけは、どれだけ押し付けようと、どんな美辞麗句でも、変えられないのです」

母「そ、そんな」

たかし(17)「今までありがとう、母さん。どうかお元気で」

母「待って、たかし!たかしーっ!」


母「お、おのれぇ……日教組の寄生虫がぁ」


母「私のたかしをよくもぉ……」


母「恨んでやる、死ぬまで恨んでやる……」


たかし(18)「はい、師匠。よろしくお願いします」


たかし(19)「くそぅ、うまくいかないなぁ……」


たかし(20)「ようやく、自分の作品が小さな賞を取れた。もっと頑張ろう!」


たかし(21)「……ええっ! 師匠のムスメさんを、僕に!?」


たかし(22)(はやく、一人前にならなければ!)


たかし(23)「うん。いつも、支えてくれてありがとう」


たかし(24)「……こんな僕だけど、ずっと貴女を守っていくよ」


たかし(25)「!!!!!!」


たかし(26)「よろしくね。血の通った何かで、僕とママが君を育ててみせるから」




たかし(26)「……まともな家庭を知らない僕に、」

たかし(26)「それができるか、分からないけれど」


母「たかしが居なくなって早一年……」


母「どこで育て方を間違ったのかしら」


母「……そうですか教祖様、やはりお布施が足りなかったのですね」


母(親学というものがあるようね。まぁ、推進してる俳優さんの素敵なこと)


母(三歳児神話。きっとこれね、たかしが私から去った理由は……)


母(私のような悲劇のヒロインを生み出さない様に、正しい思想はなんでも広く拡散しなければ!)


母「いいですか、街頭のみなさん! 子供に愛を与えられるのは親だけです!」


母「今の教育・保育制度では、政府が家庭から子供との触れあいを奪い取ります。私もその被害者です!」


母「母親が子供を愛せる、まともな家庭を取り戻そうじゃありませんか!」



母「ですのでみなさん! 男性の1日16時間労働解禁法案、この成立にご協力をお願いします!」

< オネガイシマース!!!

母「人口激減の日本でなお、『男は仕事、女は家庭』という伝統を保つには、この方法しかありません!!!」


たかし(37)「お体はどうですか。母さん」

母「……あぁ、たかし。来てくれたんだねぇ」

たかし(37)「お久しぶりです」

母「……ホントにねぇ。20年ぶりくらいかしら」

たかし(37)「……早いものですね」


母「もうちょっと早く会いに来てくれても、良かったんじゃない?」

孫「ばあちゃん、元気になってねー」

母「ごめんねぇ。頑張りたいけど、私はもう余命1ヶ月ってとこなのよ」

孫「えぇ~っ」


母「水素水をあんなに沢山飲んだのに、」

母「ケイ素水も波動の水も、まとめサイトの医療法は片っ端から試したのに……」

母「心の底から信じていたけれど、どれもこれも、サッパリ効かなかった……」

孫「……そう、なんだぁ」


母「たかし……いい孫を育ててくれてありがとう」

母「立派な人間になったのねぇ……」

たかし(37)「俺なんて、まだまだだよ」

たかし(37)「上手くいかないことばかりだし、漢字を間違えたりもしてるけど、」

たかし(37)「それでも周囲の方々の手を借りて、どうにかこうにかやってるよ」

母「そう。家を出て、いい人たちに出会えたのね……」


母「本当に、本当によかった……」


母「……ふふふ。思えば、私の人生って何だったのかしらねぇ」

母「たかしを立派に育てようと、汚い言葉や、役に立たないと思ったものを排除しようとして」

母「私が美しいとか素晴らしいと思ったものを、世の中に広めようとしたけれど……」


母「今にしてみれば、何か意味があったとは思えないねぇ」


たかし(37)「……まぁ、どんなに酷い世の中でも、子どもはそれなりに育つものです」

母「うふふ、そうねぇ。いっつも誰かのせいにしてばっかりで、権威を頼るばっかりで、」


母「私自身が持ってるもので、貴方に残せたものは、何も無かった」


たかし(37)「……」

たかし(37)「俺ももっと早く、母さんに自分の意見を、真っ直ぐぶつけていれば良かったかもしれない」

たかし(37)「……血の繋がった、家族だったのだから」

母「ふふっ、そうかもねぇ」


母(あの頃の私が、聞き入れるかは、自分でも疑問だけれど)


母「とりあえず」



母「みんなが元気でいれるなら、それで良し。何だってよし」



たかし(37)「……」

母「……もうちょっと早く、それに気付きたかったわ」


くっ、殺せ


など酷い言葉をよく使う人間として、誰からの「検閲」にも反対したい


それでも「酷い言葉を使うな」「目につく場所に出てくるな」と主張するのなら、

言葉だけじゃなく、現実の酷い事件にも、それ以上に強く向き合って欲しい

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