P「頼む、ほたるを助けてくれ!」茄子「嫌です」 (46)

人間関係のギスギスはないですが話重めなので注意です。

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ライブを終えて事務所に帰ってくると、Pは私を会議室に呼びつけた。

茄子「あらら?いつもはラウンジなのに今日はこっちなんですね。何か内緒話ですかー?」
ライブ後の高揚感から、私は少しふわふわした気持ちでPに話しかけた。


P「仕事終わりに時間を取らせてすまない。実は茄子にお願いしたいことがあってだな…」
茄子「ふふふっ、プロデューサーからお願いだなんて珍しいですね。いつもお世話になっていますし、なんでもおっしゃってください!」

この事務所でアイドルを始めてから毎日がとても充実している。Pが困っているのであれば是非とも助けになりたい。

P「ほたるを助けて欲しいんだ。」
茄子「ほたるちゃんを助ける…ですか?」

白菊ほたるは事務所の後輩で、ときどき一緒に仕事をすることもある。いい子だし協力するのもやぶさかではない。他の女の子のことを頼まれたのはモヤモヤするけど。

茄子「最近は自信も付いてきたみたいで仕事も順調そうでしたけど、何かあったんですか?」
Pは口にするのをためらうような素振りをみせたが、すぐに意を決して話し始めた。


P「…先日、ほたるの母親が亡くなられた」
茄子「えっ…」
P「買い物帰りで車に撥ねられたらしい。しかもほたるが声をかけたタイミングで、だ。ほたるはそれを自分の不幸体質のせいだと思いこんでる」
茄子「…」
P「それ以降も不幸な出来事が立て続けに起きている。ほたるがこの事務所に来る前のように、いやそれ以上かもしれない」
茄子「…」
P「このままだとほたるは二度と立ち直れなくなってしまう!でも悔しいが俺だけじゃ力不足だ。頼む、茄子の力でほたるを助けてやってくれ!」


茄子「…嫌です」
P「え?」
茄子「嫌です、と言いましたプロデューサー」
P「い、いやいや茄子の幸運の凄さは何度も見てきた。それでピンチを救ってくれたことだってあったじゃないか!」
茄子「残念ですがお力にはなれません。ライブで疲れているので失礼しますね」
P「茄子!」

事務所を飛び出してからそのまま帰る気にもなれず私は街をぶらついていた。Pの頼みから逃げてきたせいか、頭からほたるちゃんのことが離れない。私ならほたるちゃんの苦痛を和らげてあげられる、それはわかっていた。できることなら助けてあげたいとも思う。

茄子「でも、今の私じゃ…」

呟きながら人気のない路地に入ったとき、見覚えのある後ろ姿が見えた。
助けたいと思う幸運からか、会いたくないと思う不幸からかはわからないが白菊ほたるはそこにいた。

茄子「ほたるちゃん…」
ビクッと肩を震わせながらこっちを見たほたるちゃんの顔はひどく歪んでいて、今にも壊れてしまいそうだった。

ほたる「茄子ちゃん…!」
声を掛けたのが私だと気が付くと、ほたるちゃんの表情は少し明るくなった。


茄子「どうしたの?ほたるちゃん。すごく辛そうだけど…」
ほたる「茄子ちゃん…。私…」
茄子「何か困ってるなら相談に乗るよ?」
ほたる「っ…」

ほたるちゃんははっとしたように口をつぐむと、笑顔で誤魔化した。


ほたる「えと…ちょっと仕事で失敗しちゃって…。でも大丈夫だから心配しないで」
茄子「そう?ほんとに辛くなったらいつでも言ってね」
ほたる「うん、茄子ちゃんの顔を見たら元気出たよ。その、それじゃあ私そろそろ帰らないと…」
茄子「あ、私も用事あるんだった!それじゃあまた仕事でね!」

表面上は仲良く、内心ではお互いを避けるように私達はその場を離れた。


茄子「しょうがないよね…」
私は敢えて事情を知らないふりをしてほたるちゃんに話かけた。Pの頼みを断りはしたが、ほたるちゃんが助けを求めてくるならそれに応えると強く決意していた。

茄子「あの子もあの頃から成長しているんだし、きっと私が助けなくても自力で乗り越えてくれるよね」
彼女に手を差し伸べたという事実にしがみつき、彼女がその手を取れるはずがないという事実に目を背けながら、私は逃げるように歩き続けた。


茄子「おはようございまーす」
あまり気が乗らないまま私は事務所にやってきた。朝のデスクには、珍しくPの姿はない

P「おはようございます、遅くなりました!」
振り返ると右腕に包帯を巻いたPがそこにいた。

茄子「Pさん!?一体どうしたんですか?」
P「いや、ちょっと昨日帰り道で転んでな」
Pは軽い口調で笑っていた。包帯の厚さから見てきっと骨が折れているのだろう


茄子「…その怪我なら、一日くらい休んでも良かったんじゃないですか?」
P「いや、片手が使えなくてもできる仕事はあるし今日はほたるに付き添ってやらないと」
茄子「…っ。やっぱりそうなんですね」
私の顔を見て何が言いたいのか伝わったのだろう。Pは真剣な目で口を開いた。

P「ほたるをこのままにはしておけない。俺はお前だけじゃなくてほたるのプロデューサーでもあるんだから」
茄子「でもPさん、このままじゃ…」
P「なーに、こんなのたまたまだよ。俺が元気なままほたるの傍にいてやれば、あいつもきっと立ち直れる」


茄子「…」

実際に危険な目にあっても、Pの意志が固いままだった。考えを変えるのは難しいだろうし、そもそもほたるを見捨てるように言葉を尽くすなんてこと出来そうにない。私は諦観しながら呟いた。


茄子「初めから逃げ道なんてなかったんですね…」
P「ん?茄子、何か言ったか?」
茄子「…私も協力します」
P「え1?ほ、本当か!」
茄子「ええ、一緒にほたるちゃんを助けましょう」
P「心強いよ!ありがとう、茄子」

私が協力すると知って、Pの表情から少しだけ緊張の色が解けたようだった。気丈に振る舞っていても、やはり不安は大きかったのだろう。


茄子「どうしようもない人ね、貴方も私も…」
握った手を震わせながら私はPと共にほたるちゃんの所へ向かった。

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ほたる「Pさん!茄子ちゃん!早く次のところへいきましょ!」
P「お、おいちょっと待ってくれほたる…」
茄子「ほ、ほたるちゃん元気すぎ…」

ほたるを助けると決めてから2か月、私達は3人で遊園地に遊びに来ていた。最初は元気になれる兆しが見えなかったが、Pと私はできる限りほたるちゃんの傍にいて励まし続けた。その甲斐あって、ほたるちゃんは仕事に復帰できるまで回復することができた。今日は仕事をやり遂げたことを祝う会だ。


ほたるが指を指したのは、塔を囲うように座席が付いたいわゆる垂直落下のアトラクションである。単体なら程よいスリルなのだろうが、さっきからほたるちゃんはこういったものばかりを選んでいる。正直内臓がシェイクされているような気分だ。

茄子「わ、私は下で見てますからPさんと楽しんでらっしゃい」
P「お、おい茄子…」
ほたる「Pさん早く早く!」
P「…よっしゃ!いくぞほたる!」

Pはほたるちゃんを連れて半ばやけくそ気味に入口へ向かっていった。


茄子「ふふっ…」

大変ではあったけどほたるちゃんがあんなに元気になってくれたのを見ると、協力して良かったと心から思えた。協力する前は3人で遊園地に来られるなんて到底信じられなかった。私が思う以上に私達はほたるちゃんの支えになれていたのだろう。


茄子「…私の幸運もまだまだ捨てたものじゃないね」
ほたる「キャーーーー!」
P「おわあああああぁっ!」

もしかしたら危険な目にあっても不幸が起きないという安堵感が、彼女を絶叫マシーンに駆り立てるのではないだろうか。そんなとりとめのないことを考えながら、私は地面へと落下してくる二人を笑って眺めていた


ほたる「今日は楽しかったですね!」
茄子「ええ、本当に」
P「また3人で来ような」

夕焼けに染まった帰り道で私達は満ち足りた気分を楽しんでいた。ほたるが本格的に仕事を再開するから、しばらくは遊びに行く暇もあまりないだろう。でも私達は週末の予定を立てるかのようにはしゃいでいた。


P「次は山か海にでも繰り出すか!」
茄子「遊び回れるところもいいですけど、動物園とかでのんびりもいいんじゃないですか?動物と触れ合えるとなお良しです」
ほたる「私、どっちも行きたいです!」


唐突に車のクラクションが鳴り響いた。遊園地帰りの渋滞に呑まれたせいか、マナーの悪い車が大きな音を鳴り響かせている。

P「っと、騒がしいなー。二人とも早く行こう」
茄子「…ほたるちゃん?」

嫌な予感がして見てみるとほたるの顔は青白くなり、今にも倒れてしまいそうだった。私とPは急に様子の変わったほたるに駆け寄ろうとした。


ほたる「こ…こないで…」
掠れる声でほたるが言った直後、反対車線からもクラクションの音が響いてきた。
夕暮れ、ほたる、クラクション。その言葉が浮かんだ途端、私は反射的にPとほたるを突き飛ばしていた。

P「茄子!」
ほたる「茄子ちゃ…」

二人の声とタイヤの擦れる甲高い音を最後に私の意識は途切れた

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ほたるちゃんと私は親友だった。

中学生の頃の私は、環境や才能に恵まれ自分が他人より優れた人間だと思い込んでいた。普通の才能ならまだしも、幸運を引き寄せる才能であったから特に努力することなく成功を繰り返し、それが当たり前の人生だった。


私の家系にも並外れた幸運を持った人は何人かいたが、私はその中でも飛びぬけていたらしい。
大抵のことに強運なだけでなく自分の最も強い望みに対して、物理法則を覆すほどの幸運が発揮された。
当時の私は自分のことが他の何よりも大切だったからどんな無茶をしてもなんとかなった。


努力を必要としない才能に恵まれた私は、横柄で高圧的な態度を回りにとっていた。当然私の周りには人が寄り付かなかったし、私自身もそれが普通なのだと感じていた。


ほたるちゃんと出会ったのは私が中学生のとき遮断機の下りた踏切の中だ。朝から小学生の死体なんて見たくない、私はそんな理由からほたるちゃんを助けた。

それ以来、あの子は私にひどく懐いてきた。私の身勝手な態度に無償の好意を向けてくれるほたるちゃんにくっつかれている内、彼女は私にとって初めての親友となった、

ほたるちゃんの引き起こす不幸はあの頃が一番強烈だったけれど、私の幸運で大抵なんとかなった。20mほどの崖から落ちても無傷だったのには我ながら呆れてしまったけど。


私とほたるちゃんの間に溝が出来たのは私が中学を卒業する直前、
ほたるちゃんの家庭が転勤で引っ越すことになった日だ。

その日、車に乗ろうとするほたるちゃんを追いかけて私は車道に飛び出し、さも当然のように私は車に撥ねられた。


私はこのときまで、自分の置かれている状況に気が付いていなかった。感じたことのない激痛に体を苛まれ、私は病院へと搬送された。

単純な話だ。子供心ながら「ほたるちゃんと別れるのは死んでも嫌だ」と思ってしまったから。自分の身よりも強い望みを持ってしまったから、
私は人生で初の大怪我を負い、親友との間に溝を作ってしまった。

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硬い地面の上で目が覚める。Pは切迫した表情をしていた。

P「茄子!気が付いたか。もうすぐ救急車が来るからな、死ぬんじゃないぞ!」
上半身を抱きかかえるPの温かさと、自分の血の生暖かさで意識が朦朧とする。

ほたる「茄子ちゃん…」
茄子「ああ、良かった。二人とも無事だったんだね」
P「ああ、あとはお前が助かるだけだ。だからもう少しこらえてくれ」

Pが私を支える手に力をこめる。私はその腕を心強く感じつつも他人事のように「自分はもう助からないな」と感じていた。


それは自分の傷の深さというよりは、ほたるちゃんの心が追い詰められているからだろう。この子の目の前で3度目の事故が起きてしまった。
しかもその内の2回は私が被害者だ。まず間違いなくここから不幸が重なるだろう。

ほたるちゃんの不幸も手の付けられないレベルになってきている。このままでは彼女は2度と立ち直れない。


ほたる「ごめん…なさい。茄子ちゃんごめんなさい…!」
自分をひたすら責め立てるほたるちゃんを見て私は一つの決心をした。


『この子の不幸を私が引き受ける』


体質を移し替えるなんで奇跡みたいな話だけど、

私の一番の望みが「ほたるちゃんとPの幸せ」で、
私にとっての不幸が「Pとほたるちゃんを悲しませること」で、
そしてもし…「私が死ぬこと」がほたるちゃんにとって不幸であるなら、きっとできる。

死を間近にしながら望む私の幸運も、押しつぶされそうなほたるちゃんの不幸も今が最高潮なのだから


茄子「もし…なんて失礼かな」

この子が私を好いていてくれるなんて分かりきっている。
一緒に過ごしてあんなに笑い、私のためにこんなに涙を流してくれている。それで充分だ。


茄子「ほたるちゃん、今日はあなたの人生で一番辛い日になるかもしれない。だけど強く生きて。
   あなたが立ち直って幸せになってくれるなら、私は世界で一番の幸せ者なんだから」

ほたる「死んじゃ…嫌だよ…」
彼女は首を横に振りながら嗚咽を漏らす。抱きしめてあげたいけれど、もう腕も動かない。


P「茄子…」
茄子「Pさん、この子を支えてあげてください。理不尽な不幸なんてもうこれっきりです。これからは私の幸運が二人にずっと付いているんですから」
P「何…言ってるんだ!お前の幸運なんかじゃなくて、お前が俺たちと一緒に生きるんだよ!」

…この人はほんとにズルい。ここぞというときにこっちの決意を揺るがせるんだから。


茄子「私、Pさんのことずっと好きだったんですよ?そんな私から最後のお願いです。…私の分までほたるちゃんを幸せにしてあげてください。」
P「茄子、俺もお前のこと____」

突然、体の底に濃い靄が入りこんだような感覚。直後に五感が消失した。
ああ、なんて不幸。ここで何も感じなくなってしまうなんて。…でも…これで…二人を…。


P「茄子!?おい、茄子」
ほたる「茄子ちゃん…!茄子お姉ちゃん!」

不幸にも到着の遅れた救急車のサイレンが、赤い夕暮れの中で空しく響いていた。


以上となります。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

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