ちひろ「その日私はアイドルになる夢を見た」 (19)

事務所の総力を挙げた周年ライブが終わったと思ったら、アニバーサリーイベントの準備である。

浮き沈みの激しい芸能界、お仕事があるだけ良いほうだとは思うが、こうも連勤や事務所での泊まりが続くといかに好きなことでも、さすがに身体に堪える。

「もう歳かな……」
と、川島さんたちに聞かれたらぶっ飛ばされそうなことを思わず呟いてしまった。

いけないいけない。
「まだ若いまだまだ若い、ピチピチピッチ」
とこれまた川島さんたちに教わった若返りの魔法の呪文を唱える。

魔法の効き具合は明日の私の顔を見て判断してください。

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最寄りの駅は事務所がある駅まで1本で行けるし、乗り換えも多いし、近くに遅くまでやってるスーパーもある。
遊ぶ場所もお酒を飲む場所もそこそこにあると良いこと尽くしなのだけども、私が住んでる家まで徒歩で15分ほどかかるのが一つ惜しいとこだ。
普段なら「事務で歩かない分だけここで運動~♪」とするとこだけども、さすがにこれだけ疲れてると遠く感じるし、実際しんどい。

タクシーに乗ることもかすかばかり考えたが、お財布の中身が仮払いのせいで寂しいことを思い出し我慢した。

街はすっかりクリスマスの装いだ。
あちこちにクリスマスツリーやサンタクロースなど見られる。
今年のクリスマスはどの子にお仕事ってプロデューサーさん言ってたっけなー、とか。
さすがにクリスマスのサンタさんだと興ざめだから今年はちょっと変わったコスプレしよっかな、とか。
でも衣装作ってる暇なんてあるかな、とか。

そんなことをぽやぽや考えながら家賃68000円の我が家へ向けてテクテク歩く。

「うげっ」
と思わずはしたない声が出てしまった。

ようやくたどり着いた我が家の郵便受けが溜めに溜めたDMやチラシなどでパンパンに膨らんでいたからだ。

「こういう読まれもしないチラシを減らしたら少しは地球温暖化も遅まるんじゃないかしらね」
なんてお偉いさん方に1分と見られないだろう40ページくらいの資料を毎回紙で刷ってる私が言ったところで説得力はないだろう。

とりあえず捨てるにしろ何にしろ部屋に入れなければならない。
引っこ抜こうとした時に勢いあまって一枚ひらひらと下に落ちてしまう。
もうめんどくさいなぁ。
そう思ってかがんで、そのついでに何が書いてあるかと眺めてみる。

驚きのあまり、もう一度落としてしまいそうになった。
なんせそこには、「今月お誕生日のあなたへ」と書かれているのだから

誕生日を忘れるだなんて、物語の話と思っていたが、まさか自分の身に起こるとは。
日付感覚が狂ってしまうほど仕事をさせた事務所に怒るべきか、それとも忘れてしまってた自分に呆れるべきか。
乱暴に靴を脱ぎながらしばらく考えてみる。

一応癖として「ただいまー」と言ってみるものの、返ってくる言葉はない。
いや返ってこられてもそれはそれで怖いのだけれど。

生まれてこの方男性とお付き合いなんてしたことないし、働いてるのだって女性比率の高いので職場での出会いは期待できない。
プロデューサーさんは、……まぁ倍率高そうだし。

小さい頃は純粋に誕生日を喜んだものだ。

一年に一度のこの日だけは、お父さんもお母さんも私のワガママを聞いてくれる、そんな特別な日。

この歳になってみると誕生日なんてそんなに喜ばしいものでもない。

単純に歳をとってしまったことにガックリしてしまうし、そして去年の誕生日から特に変化ない自分にもガックリする。

身長が伸びるわけでもないし、体重は……頑張ってる。
夜だけ糖質を抜くとか色々と。
お腹周りは、あーうん、頑張る。

いけないいけない。
「まだ若いまだまだ若い、ピチピチピッチ」
老いってのはね、老いを感じた瞬間に一気にとるのよという先輩方の言葉を今噛み締めてる。

魔法の言葉をどんなに唱えようとも、今日この日、私は生まれてからまた一つ歳を重ねたんだ。

誕生日なのだ、今日は。

例え忘れていたって、覚えていなかったとして、それでも一年に一度の私の誕生日なのだ。

他の人には何てことない日だろうし、アイドルやプロデューサーさん達にはアニバーサリーイベントの初日だとしても、世界でただ一人私には特別な日なんだから。
……ささやかだけども、私の誕生日を祝っちゃおう。

やっぱりケーキ?
いや、この時間にケーキはマズイ。
さっきお腹周りを頑張ると決めたばかりなのに。
誕生日といえば、やはりスポンジが生クリームにコーティングされて上にイチゴが乗っかってるそんなケーキが欠かせないこと。

食べればきっと幸せになれる。
でも一瞬の幸福のために、明日から2週間を精進料理で生きていく?……それは嫌だなぁってことで、ごめんねケーキ。

フライドチキンも、……無しかな、同じ理由で。
志希ちゃんとかには早急に、食べても身体に油とか脂肪がつかないフライドチキンを開発してほしい。
私のと、言うより全世界の女性の叫びだ。
発明したらノーベル平和賞が確実に取れる、って言ってもあの子はきっとそんなことには興味示してくれないから、まぁ無理か。

はてさて困った。
誕生日はカロリーがとてもかかってしまう。

いろいろ考えた結果、慎ましくジュースでお祝いすることにした。

これなら、……うん、大丈夫だろう。
アパート下のコンビニで買ってきたコーラを、最近お仕事の関係で貰えた江戸切子のコップに贅沢に注いでみる。

おや?こうして見ると案外それっぽくて豪華でいいもんじゃない?

弾けた炭酸が私を祝福してくれてるみたいだと思ったのはイタいだろうか?

「ハッピバースデー トゥ ミー。ハッピーバースデー トゥ ミー。 ハッピーバースデー ディア ちひろー! ハッピーバースデー トゥ ミー」

せっかくだからと歌も歌った。

ちひろちゃん、今日までありがとう。明日からもよろしくね。

私の、一番近くて一番最初の味方のあなたへ。

コップに口をつけて一気に飲み干す。

口の中を炭酸が刺激する。
はじめて飲んだ時あまりにも未知の感覚すぎて母親に泣きついたことを不意に思い出した。

あぁ、コーラはあの頃と同じだ。

「ハッピーバースデー トゥ ミー」

コーラに酔わされて、私はもう一度そう呟いた。

「……起きとった、母さん?」

「テレビ見よったとこだった。どがんしたと、こんな時間に」

「いやお母さんにお誕生日おめでとうって言ってもらいたいなーって思って」

「あら。てっきりもうそがんこと言ったら怒られるかと思って言わんかったのに」

「女の子の心は複雑なの」

「女の子って歳でもなかろうもん。……ちひろちゃん、お誕生日おめでとう。お父さんもそう言っとらすよ」

「うん、ありがとう」

「お正月は帰ってこられると?」

「どやろ?きびしかかもしれん。お盆に帰れんかったけん、お父さんにもちゃんと参っておきたかったけど」

「気にせんでよかって、お父さんも言わすよ。どう、お仕事のほうは?」

「うーん、ぼちぼち。みんな頑張ってくれるからお仕事いっぱいだし」

「そう。そういやあんたんとこの事務所の子も最近よくテレビで見るもんね。そうだ、千鶴ちゃんたちに頑張って言っといてね」

「りょーかい。なん、千鶴ちゃんのファン?」

「千鶴ちゃんというか、ガールズビーちゃん達の。この歳になるとねー、頑張り屋さんを応援したくなると」

「そっかー、伝えとく。……それじゃあもう遅いし、きるね」

「うん。……あっ、ちひろ!」

「んー?」

「お仕事お疲れ様。明日からも頑張ってね」

「……うん、ありがと。お母さんも寒くなってきたから身体に気をつけてね」

「ありがとう。それじゃあね」

「うん、それじゃ」

ずっと何者かになりたかった。
誰にでも愛される存在の何者かに。
大学進学を機に、福岡から上京してきて、挑戦し続けたけれども失敗続きで。
そのうちにいつの間にか卒業の時期が近づいてて、私は私がなりたかった何者になれずに、でも未練たらしくて憧れの人たちが集まるような業界に就職した。
夢に挑戦するための軍資金を確保するための仕事だったはずなのに、そんなのをする暇が無いくらい忙しくて。
でもそれが嫌じゃなくて。
それが楽しくなってきてて、好きになってきて。
あの子達をサポートするのは楽しい。
これが私の天職なんだなって思う。

そんな夢を見るだけ歳じゃないことは分かってる。
ただ願ってるだけで叶うものなんて無いってことだって知ってる。
明日から私がいきなりアイドルになることなんてなくて、私は事務員として日々を生きていく。

だから今から話すのはただの夢の話。
あんな夢いいな、こんな夢いいな。
そんなもん。
魔法にかけられた私が、見渡す限り緑のサイリウムに囲まれて歌う私。
そんな夢くらい今日は見てもいいよね?
だって今日は、私の誕生日なんだから

HAPPY BIRTHDAY TO ME!

お読みいただきましてありがとうございます。
ちひろさん、お誕生日おめでとうございます。
そしてシンデレラガールズ5周年、おめでとうございます。

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