城ヶ崎美嘉「カリスマの恋」 (65)


かなり遅れましたが、美嘉ねぇ誕生日SSです。

地の文、美嘉視点。だらだら書いてたら、長くなりました。許してください。

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「美嘉ちゃん。来月始まる美嘉ちゃんのコラム宛てにお便りが来ているので、少しお時間いいですか」
 
 レッスンを終え、事務所に戻ってきたアタシをちひろさんが呼び止めた。
 
 今日は基礎的なボーカルレッスンだけで、体力があり余っていたアタシは二つ返事で引き受ける。

「いいよー 今日は軽めのレッスンだったから余裕★余裕★」
「ありがとうございます。これがお便りです。できれば今日中にお願いします」
 
 さーて、さっさと終わらせちゃうよ♪

 意気込みながら見渡すと、ちょうどソファが空いていたので、
 アタシはラウンドソファの真ん中に座り、一枚一枚手紙を読んでいく。

 たくさん届いたアタシへの手紙は、まさに十人十色だった。
 文字の形や文体、そして内容も。一つとして同じものはなかった。
 
 どんな子がこの手紙を書いたのかなぁ……
 と差出人の姿を想像しながら、アタシはペンを動かし、返事を書いていく。

「美嘉ちゃんの大ファンです!いつも応援しています!これからも頑張ってください★」

 うん♪応援ありがとー!これからも一緒にナンバーワン目指していこうね★

「美嘉ちゃんのファッションはいつも素敵で、毎日参考にしています!
 何かファッションで意識していることありますか?」
 
 自信のある部分を積極的に出してアピールするとか。
 意識しているところはたくさんあるけど、一番意識しているのは、清潔感かな?
 派手で目立っても、下品に見えたら意味ないっしょ★

「好きな人がいます。同じクラスの男の子なのですが、どうやったら振り向かせることができますか?」
 
 …………
 
 さっきまですらすらと動いていたペンがぴたりと止まる。


 


 アタシのファンはアタシと同年代くらいの女の子が多い。
 年頃の女の子の悩み事は主に二つ。

 一つは服装や髪形、ネイル、などのファッションのこと。

 カリスマモデルであるアタシはファッションのことに関してなら自信がある。
 相談をされたら、その子にぴったりなアドバイスができる。と思う。


 そして残ったもう一つ。
 それは彼氏、彼女、告白、などの恋愛のこと。

「どうやったら好きな人を振り向かせることができるか」という質問に、
 アタシはうーんと頭を抱え、止まっていたペンを回し始めた。

 アタシは恋愛経験が少ない。
 
 17年も女の子として生きてきたが、異性とお付き合いをした経験どころか、
 自分の気持ちを誰かに伝えたこともなかった。

 もちろん告白をされたことはある。
 
 先日も久しぶりに学校に登校したと思ったら、その日の放課後に体育館裏に呼び出された。
 蝉と剣道部の声がこだまする、少し暑いけれど、青春の匂いが充満した、告白にはもってこいの場所だった。

「好きです。付き合ってください」
 
 丁寧に頭を下げ、アタシの方へ手を差し出す、初めて見る男の子に、
 アイドルを理由にアタシは丁寧に告白をお断りした。

 たぶん告白された数は多い分類に入るんじゃないかな。
 今まで受けた告白の内容がアタシの頭の中をくるくると回り始める。

 それは、面と向かった情熱的な告白から手紙に愛を綴ったおしゃれな告白まで、
 告白の方法は、目の前にある手紙と同じようにさまざまだった。

 でもアタシは誰とも付き合うことはなかった。

 アタシに告白してきた彼らはアタシ、城ヶ崎美嘉のことを好きなのではなくて、
 アイドル、城ヶ崎美嘉が好きな気がしてならなかった。

 だってそうじゃん。そんなに話したこともないのに、アタシのどこを好きになるの?

「いい人そうだからとりあえず付き合った」

 同じクラスの女の子がよくそういうことを口にする。アタシにはその言葉の意味がわからない。

 好きでもない人と付き合うの?
 好きでもない人とデートして、キスするの?

 アタシにはわからない。



 って話が脱線しすぎた。
 回していたペンをとめ、紙と向き合う。
 
 これが「モテたいです。どうやったらたくさんの人を振り向かせることができますか」だったら、
 まだ的確なアドバイスができるのになぁ……。ペンが再びくるくると回り始める。

 でもそうじゃない。好きな人。紙には確かにそう書かれている。

 名前も顔もわからない、この女の子の気持ちが、少し丸みを帯びた文字からひしひしと伝わってくる気がした。

 わかる。わかるよ。
 振り向いてもらいたくて、必死でおしゃれしたり努力してるのに、全く振り向いてくれなくて。
 
 それなのに、自分は相手のことをどんどん考えるようになっていって。
 それで自分じゃわからなくなってこうやってアタシに助けを求めたんだよね。

 やっぱりこれがほんとの恋だよと、
 女の子の思いに共感すると同時に、
 返事をかきたくてもかけない、アタシを頼ってきてくれている女の子の助けになれない、自分に胸が痛んだ。

 紙は白紙のままだった。
 
 そのまま出すわけにはいかないので、
 結局アタシは以前聞いた先輩アイドルの恋愛観や恋愛ハウツー本の中身を参考に返事を書くことに決めた。
 自分の言葉じゃない言葉をいかにもアタシらしくアレンジして、アタシ風の返事を書いていく。

「おう美嘉おつかれ。何やってるんだ」
 
 声をかけられると同時にぽんと肩に手を置かれた。
 返事を書くことに集中していて、気配に全く気付いてなかったアタシは変な声をあげ、飛び跳ねた。

「ぷ、プロデューサー!いきなりもう!びっくりするじゃん!」
「ごめんごめん。それで何やってるんだ」
「……雑誌のインタビューに答えてる」
「見ていいか」
「今はダメ!」
 
 記事の内容が最終的にプロデューサーの目に入ることはわかってはいたが、
 面と向かっている時に見られるわけにはいかなかった。

 アタシ風恋愛観が途中まで綴られた紙を見ようとするプロデューサーをアタシは必死に止めた。


「なんだよー 美嘉が変なこと書いてないか、俺がチェックしようと思ったのにー」
 
 アタシの必死の抵抗にプロデューサーは口をとがらせた。

「まだ書き終わってないの!終わったときにチェックしてもらうから!」
「はいはい」

 口がとがったままのプロデューサーの背中を押し、デスクまで運んだ。
 しっかりと椅子に座るのを見届けてからアタシはソファに戻る。
 
 なんかどっと疲れた。身体も熱いし。

 鞄の中から最近はまっているコンビニのカフェラテを取り出し、一息ついたら、
 
 さっきのはあまりにも可愛げなさすぎたのでは?ちょっときつく言いすぎちゃったかも……。
 と思えてきて、アタシはばれないように、そっと横目でデスクの方を見る。
 
 プロデューサーはもうすでにアタシのことなどお構いなしで、仕事モードに切り替わっていた。
 口もとがっていない。
 
 その姿を見て、今度はアタシが口をとがらせる。
 
 気にしてるのコッチだけでバカみたいじゃん。
 
 とがった口のままアタシはカフェラテをやけ飲みしていく。
 砂糖もミルクもたっぷり入っているはずのカフェラテはいつもより味気なかった。

 きっかけはコートだった。

 当時、といっても半年前の冬の話だけど、
 アタシはアイドルとしての人気が出始めたところで、この流れを逃してはいけないと意気込んでいた。
 若くてカッコいい女性像の理想となるべく、その日も肌の出る派手な服装をしていた。
 
 昼は特にその格好でも問題はなかったのだが、仕事を終え外に出ると、
 日が暮れ始めていて、あまりの寒さにアタシは可愛いくしゃみを一つこぼした。

「おいおい。美嘉大丈夫か?」
「ちょっと寒いかな。昼間は全然大丈夫だったんだけど……」
「全く。派手な服装でかっこよく着飾るのはいいが、それで風邪ひいてたら元も子もないだろ」
「うん。ごめんね。今度から気を付ける」

 アタシが寒さに震えながらに、反省の色を示すとプロデューサーは
「仕方ないな。今日だけだぞ」と自分が着ていたコートをアタシにかけてくれた。


「いいの?プロデューサー寒くない?」
「寒くないといえば嘘になるが、美嘉に風邪をひかれる方が俺はつらい」

 少し寒そうに、でも笑いながらプロデューサーが言った。

 その時のことは鮮明に覚えている。

 黒のビジネスコート。

 それは今まで着た服の中で、一番地味で、サイズも合ってなくて、
 臭いも女の子の匂いとは遠く離れたものであったけど、今まで着た服の中で一番あたたかかった。

 プロデューサーがアタシのことをいかに大事に思ってくれているかが、
 このコートの温もりに込められている気がして嬉しかった。

 以来アタシは、冬の間は一か月に2,3回上着を持ってくることを忘れたし、
 冬が終わってからも、何かと適当な用を作ってはプロデューサーの顔を見に行くようになった。

 そう。カリスマモデルのアタシは、今時、少女漫画でもやらないような王道パターンで恋に落ちてしまったのだ。

★★★

「続いては城ヶ崎美嘉ちゃんです」
「はーい★今日はよろしくお願いしまーす」

 場所は六本木にあるテレビ局のBスタジオ。時間は夜の8時を少し回ったくらい。
 
 人気歌番組の収録にアタシはきていた。
 いえーい★と、アタシがカメラにピースサインを送ると、拍手と歓声の波がおこる。

「今日はこの前と違って一人だけど大丈夫?緊張してない?」
「確かに横が寂しい感じはしていますけど、緊張はしていません。大丈夫です」
「そっか。今回はどういった曲なの?」
「はい。恋する乙女の止められない思いを歌った、夏らしいアップテンポな歌です」
「それは美嘉ちゃんの実体験?」

 興味ありげに司会者が聞いてくる。

「内緒です」

 アタシはとびきりの笑顔を作り、答える。

「わかりました。では時間のようですので、準備お願いします」
「はーい★」

 ひな壇を立ち、司会者に一度頭を下げてからアタシは移動を始めた。

 
 

 アイドルの歌の歌詞はその子を特徴づけるものが多い。

 
 例えば、かわいい後輩アイドルの卯月のS(mile)ING! 
 普通と言われていた彼女、笑顔が素敵な彼女らしい素晴らしい歌詞だと思う。

 
 例えば、同期アイドルでモデル仲間でもある、佐久間まゆちゃんのエヴリデイドリーム。
 一途な女の子の一途な思いがこれでもかと詰め込まれている。

 アタシの歌も、歌詞を見たとき、
 作詞家の人がアタシの心を覗き見ながら書いたのかと思えるような出来だった。

「いい曲だな」と担当アイドルのソロデビューを喜ぶプロデューサーの横でアタシは素直に喜べなかった。

 プロデューサーにもこういう風に見られているのかと思うと凄く恥ずかしかったのを覚えている。


 ステージに向かう途中、たくさんのスタッフがいる中で真っ先にプロデューサーの顔が目に入った。
 なるほど。一番星とは言い得て妙である。
 
「美嘉大丈夫か?緊張感してないか?」
「大丈夫★全然緊張してないよ」

 一番星から受け取った水を飲みながら答える。

 緊張は本当にしていなかった。
 
 この番組に初めて出演したのが約1年前。そのときのアタシだったら心臓ばくばくだったが、今は違う。
 この1年の間にアタシはたくさんのことを経験した。こういったお仕事は何回もあった。


「そうか。ならいいんだ。俺はここで見てるから、楽しんでこい」
「う、うん」

 プロデューサーが特に何も考えずに言ったであろう発言でアタシは取り乱した。

 もう。緊張をとくはずが逆に緊張させてどーするのさ……。
 ちゃんとずっと客席の方を見ていられるかな……。

 さらにもう一口水を飲んでから「ありがと」とプロデューサーに返し、アタシはステージに上がった。


「お疲れさま。今日は時間もあるし、家まで送っていくよ」

 そういってプロデューサーはキィを回す。車は咳き込み、冷房がかかり始めた。

「えっ。そんなわざわざ悪いよ」

 アタシの家は東京ではなく埼玉にある。
 都心部のここからだと家まで一時間以上はかかってしまいそうなので、アタシは気おくれしてプロデューサーをとめた。

「気にするな。それに最近、美嘉のご両親に挨拶できていないから、それも兼ねようと思ってな」
「そういうことなら……まぁ」
「ん。決まりだな」
 
 登録してあるアタシの家を目的地にナビを設定し、車は動き始めた。


 夜の東京の道路は意外と車は少なかった。
 聞けば「朝と夕方は渋滞に巻き込まれるけど、夜は特定の場所以外は込み合わないよ」とのことらしい。
 車は都心部をスイスイと進んでいる。

「そういえばさ」

 高速に入ると、外の灯りは少なくなり、同じような景色が続くようになったので、
 アタシは窓の外を見るのをやめ、口を開いた。

「うん?」
「今日のアタシどうだった?」

 少し退屈そうに運転していたプロデューサーは「んっ」と軽く伸びをする。

「曲の前のトークはちゃんと事前に考えていた通りの受け答えができていたし、
 表情も笑顔がキープできていてよかった。
 歌の方はいつもより少し感情的だった気がしたが、
 生放送ということもあって、あれくらいアドリブがあった方がかえって盛り上がってよかったかもな」

 デビューの時からずっと、アタシはプロデューサーに仕事の出来について毎回尋ねていた。
 
 プロデューサーはそのたび、アタシに適当な評価を下した。
 
 アタシがダメだったところは、はっきりここがダメだったと叱ってくれたし、
 良かったところは、ここが良かったとちゃんと褒めてくれた。
 
 最初の頃は、叱られるは苦手だったけど、アタシは次第に叱られるのが苦ではなくなっていった。
 
 叱られながらもプロデューサーがいかにアタシに真剣に向き合っているかが、
 伝わってきたし、それがアタシには嬉しかった。
 
 この人の期待に応えたい。
 叱られるたび、アタシは反省し、同じミスをしないよう努めた。

「そっか★」
「うん。今日も美嘉はかっこよかったよ」

 最近、アタシは叱られることが少なくなった。
 
 昔はダメ出しされることの方が多かったのに、今はほとんどない。
 一年以上もこの人にプロデュースされてアイドルをやっているからお仕事も付き合い方もわかってきたのだろう。

 プロデューサーは叱らなくなった分、アタシを褒めるようになった。
 
 今日のように、どこがよかったかをアタシにもわかるように説明し、最後に「かっこよかった」と付ける。
 それが最近の仕事終わりの二人でのお決まりのやり取りだ。

 プロデューサーはアタシの成長を素直に喜んでいる。
 アタシも叱られるよりは褒められる方が嬉しい。ただ、

「美嘉はかっこいい」
 
 デビュー当初は気にも留めなかった、この褒め言葉が、今ではアタシの心にチクりと刺さる。

「かっこいい」

 アタシの周りにいる人達はみんな、アタシを褒めるときによくその言葉を使う。
 それは、ファンのみんなだったり、アイドル仲間だったり、妹の莉嘉だったり、プロデューサーだったり。

 アタシはカリスマモデルだ。 
 みんながアタシにかっこいいを求めるから、アタシもかっこよさを求める。
 かっこよくなくてはならない。
 
 でもそれ以前にアタシも女の子だ。
 それも他の女の子たちよりもちょっぴり純情で、ちょっぴりめんどくさい女の子。
 
 かっこいいより、かわいいと言われたいときもある。

 プロデューサーが今日の歌番組のことについて語っている横で、アタシはそんなことを考えていた。

 家につくと莉嘉とママがアタシたちを出迎えた。
 時間は10時を過ぎたくらい。うん。予想よりだいぶ早かった。

「わざわざありがとうございます。プロデューサーさん。外で話というのもなんですから、どうぞ中へ」
「P君。ご飯まだでしょ?一緒に食べようよ☆」
「それはいいわね莉嘉。どうですか?今日は主人が仕事で帰ってこられないのに、
 いつもと同じ4人分作ってしまったので、食べていってもらえると、こちらも助かるのですが」
 
 プロデューサーはアタシの家族からも評価が高い。
 
 ママも莉嘉も「あんないい人めったにいないから、あんたちゃんと捕まえなさいよ」
 って、アタシの気持ちを知ってか知らずか、アタシをよくからかう。

「じゃあいただいていこうかな。すいません。ごちそうになります」
「遠慮しなくていいですよ。実家のようにくつろいでください」
「一名様ごあんなーい☆」

 プロデューサーは靴を丁寧にそろえて上がり、リビングへと案内される。
 実家のようにと言われても、やはり緊張しているようだった。いつもより動きがぎこちない。

 ぎこちないままのプロデューサーがリビングに入るのを見届け、アタシは部屋着に着替えようと階段を上がる。

 

 ドアを開けてすぐ、変装用の眼鏡と帽子を外し、髪をほどく。
 そのままベッドに飛び込みたくなる気持ちを抑え、タンスの中から部屋着を取り出す。
 
 絶賛愛用中のグレーのスウェット。
 ……違う。これじゃあ少しだらしなく見えてしまうかも。
 
 慌ててアタシは別の部屋着を探しだす。

 タンスの奥の方からパステルオレンジのパーカーと、同じ色のショートパンツを見つけ、
 うん。これにしようと、キャミソールの上から着こむ。



「美嘉ご飯できたわよ」

「いまいくー」 
 
 下から呼ぶ母の声に返事をし、アタシは再び鏡で自分の姿を確認する。

 
 ちょっと過激すぎるかな?キャミソールの上に着たパーカーのジップを上げては下げ、下げては上げ。
 
 どこまで上げるべきか、それとも外しておくべきか……

 新たな問題にアタシは直面していた。

「お姉ちゃん。早く来ないと全部食べちゃうよ」

 今度は下から莉嘉の声。どうやらタイムリミットらしい。
 
 自信のあるところで勝負をする。
 アタシは自分のポリシーに従い、ジップを外し、部屋を出た。

 リビングに入ると、3人が一斉にアタシの方を見た。
 
 莉嘉とママはいつもと違う部屋着のアタシにニヤつき、プロデューサーはすぐにアタシから目線を逸らした。

 あー、どうやら外してしまったらしい。身体中がじわじわと熱を帯びていく。もちろん悪い意味で。
 
 今すぐにでもジップを上げたかったけど、
 ここで上げたら、プロデューサーの目を気にしすぎていることがばれる気がして上げられなかった。
 
 莉嘉とママに後でからかわれるのも嫌だし。

 結局、ジップは開けたままアタシは食事の席に着いた。

 それからのことはあまり覚えていない。ご飯の味も会話の内容も。
 
 多分ママがアイドルとしてのアタシの様子をプロデューサーに尋ねて、
 それにプロデューサーが答え、アタシや莉嘉が相槌をうつ、そんな感じだったと思う。
 
 正面に座っているプロデューサーを見るのが恥ずかしくて、
 アタシの目はお皿とママの顔を行ったり来たり繰り返した。


「もうこんな時間。すいません。そろそろ失礼します。ごちそうさまでした」

 食後のコーヒーを一気に飲み、プロデューサーは立ち上がった。
 
「いえいえ。ほら美嘉。プロデューサーさん帰るって。お見送りしましょ」
「う、うん」

 莉嘉、ママ、アタシ、プロデューサー。4人そろって家を出る。
 
 夏の夜は少し肌寒かった。
 夜風をあびながら、アタシは今しかないとジップを一番上まで上げた
 
「いつでも遊びにきてくださいね」
「P君またねー☆」
 
 プロデューサーはママにもう一度、軽く頭を下げ、莉嘉の頭を2回ほどやさしく撫でた。

「P君。お姉ちゃんも撫でてあげてよ☆」
 
 撫でられて、上機嫌な莉嘉が、羨ましそうにしているアタシをちらっと見て言った。
 プロデューサーは困った様子であははと笑いながらアタシを見た。
 
 やっぱりジップを上げて正解だった。と久しぶりに目があったことに安心を覚えると同時に、
 家に戻ったら、お姉ちゃんをからかわないように教育しないと、とアタシは心に決める。

「そういえば」
 
 この微妙な空気に耐えられなかったのかプロデューサーは話題を変える。
「なになにー★」とアタシもそれに乗っかる。

「美嘉、最近忙しかっただろ?だから来週の土日はオフにしといたぞ。
 2日間あるし、しっかりリフレッシュしてくれ」
「ほんと?なんか久しぶりの休日だから、なにしようか迷っちゃうな」

 土日両方とも休日なのは、本当に久しぶりだった。まだ1週間も先の事なのに、今からその日が待ち遠しくなる。

「P君は?」
 
 頭を差し出しながら、莉嘉がプロデューサーに聞いた。
 
 またこの子は……。今日はいつも以上に怒るからね。

「俺か?土曜は休みで、日曜日は仕事だな」
 
 莉嘉の頭を撫でながらプロデューサーが答えた。

「じゃあ土曜日はお姉ちゃんと二人でどこか遊びにいけばいいじゃん」
「へ?」

 アタシとプロデューサー、二人ほぼ同時に素っとん狂な声をあげた。

「あら。いいじゃない。いってらっしゃいよ」
 
 さっきまで黙っていたママはここぞとばかりに身を乗り出し、すかさず莉嘉の援護に入った。

「ですが、その……。アイドルとプロデューサーが休日に出かけるというのは……」
「美嘉に変装させれば、大丈夫ですよ。
 それにアイドルのリフレッシュに付き合うのも、立派なプロデューサーのお仕事だと思いますけれど」

 母は強しってこういうときに使う言葉だっけ?
 こんなにたじたじなプロデューサーも珍しい。

「美嘉は、美嘉はどうなんだ?」
 
 ママには勝てないと踏んだプロデューサーがアタシに助けを求めた。
 
「ア、アタシ?」
「そう。美嘉はどうしたいんだ?」

 3人が一斉にアタシの方を見る。
 大丈夫。今度は絶対外さない。

「アタシ、アタシは……」




「じゃあ土曜日までに行きたい場所考えといてくれよ。俺も少しは考えておくから」

 プロデューサーはそう言って車のドアをばたんと閉めた。
 
「お姉ちゃんよかったね。デートだよデート」

 プロデューサーの乗った車が見えなくなってから、
 莉嘉が目を輝かせながら、自分の事のように嬉しそうに言った。全くこの子は…… ほんといい妹だよ。
 
 アタシは莉嘉の頭をわしゃわしゃっと軽く撫で、家に戻った。

 夜風で冷えていたはずのアタシの身体は再び熱を帯びていた。
 今度はもちろん。良い意味で。

★★★

「美嘉ちゃん大丈夫?今日どこか上の空だよね」

 同じユニットメンバーの周子ちゃんがキツネのような瞳で覗き込んでくる。

「そうかな?昨日寝るのが遅かったから、ちょっと寝不足なのかも」

 とアタシは嘘をつく。まぁ寝不足なのは事実なのだけれど。
 根本的な原因は寝不足でないことをアタシは知っていた。

 行きたい場所を考えておけ。とプロデューサーに言われてから、
 アタシの頭はプロデューサーとどこにデートに行きたいかで一杯になっていた。

 ショッピング、映画、カラオケなどなど。
 候補はたくさん浮かんで、一つ一つ何度も脳内でデートを行った。
 
 結果、どれもプロデューサーと一緒ならすごく楽しい時間を過ごせる。
 それは間違いないことなのだとわかったけれど、アタシはどれか一つに絞り切れないでいた。

 ショッピングは男性はあんまり好きじゃないって聞くし、映画も恋愛映画は恥ずかしいし、
 かといってコメディも何か違う気がするし、ゲーセンもちょっと子供っぽいかも……

 一つの候補が消えてはまた浮かんで、また消えて。そんなことを金曜の夜から繰り返している。

「大方、今週末のPさんとのデートのことでも考えているんでしょう」

 ふふふと笑みを浮かべながら、奏がアタシと周子ちゃんの会話に入ってくる。
 奏が言っていることが図星だったので、アタシは絶句した。

「なっ、かな、かなで!」
「ふふ。今日、あなたのところのPさんが私のプロデューサーさんのところに来てね。
 女の子ってどういうところに連れて行けば喜ぶか、尋ねていたからピンときたのよ」
「え、ほんまに?美嘉ちゃんどういうことなん?」
「えっ、あっ、その」

 アタシが慌て始めたのを見て、いつもの美嘉ちゃんいじりが始まったと、
 レッスン室の端で音楽を聞いていたフレちゃんと志希ちゃんも、
「なになにー」「どうしたのー?」とイヤホンを外し、アタシ達の輪に加わる。今、大注目のユニットLiPPSの結成である。

 逃げられないようにと、輪の中心に閉じ込められたアタシは観念して、全てを話すことにした。
 
 デートに行くようになったきっかけ。行く場所が決まらなくて悩んでいる。デートなんて初めてだ。
 
 包み隠さず洗いざらいアタシは白状した。

「ほんまにデートやん。お土産よろしくー」
「なんでデートでお土産買わないといけないのさ!」
「えっー!?フレちゃんこの前お土産買ったよー?
 美嘉ちゃん、私たちのことなんてどうでもよくてPさんのことしか考えられないんだ。およよよよ」
「フレちゃんが買ってきたのは、パリでのお土産でしょ!アタシもどこかロケに行くときに買ってくるから!」

 思い思いのことを口にするメンバーの中で、やっとまともなことを言い始めたのは奏だった。

「水族館はどうかしら」
「水族館?」
「えぇ。館内は照明が少し薄くなっていると思うから、美嘉自身も目立たないだろうし、
 他のお客さんの目もあまり気にならないでしょう。それにたくさん魚がいるから話題にも困らないと思うわ」

 水族館か。子供の時、家族みんなで行った以来だっけ?でも確かに悪くなさそうだ。
 他のLiPPSのメンバーも「水族館か、さすが奏。いいかもー」とみんなアタシと同じような反応をしている。

「わかった。ならプロデューサーに水族館に行きたいって言ってみる。ありがとう奏」
「あら、いいのよ。大切なユニットのメンバーのお願いなんだもの。それに結果報告も楽しみだしね」
「結果報告?」
「えぇ。だって告白するんでしょう?」
「「えぇー!?」」

 アタシを含む、奏以外のメンバーが驚きの声を上げた。

「あら?だってデートなんでしょう?
 夜景をバックに愛を告白して、星たちに囲まれながら口づけを交わすものじゃないの?」

 そういうものでしょう?と奏はいたずらな笑みを浮かべた。

 そこからは混沌そのものだった。

「城ヶ崎さん。告白するとのことですが、愛の言葉は考えているのですか?」
「美嘉ちゃんひどい!フレちゃんとは遊びだったのね」
「にゃははー美嘉ちゃん今日もいい匂いだね」

 5分として真面目モードが持たなかったメンバーの対処に追われながら、アタシは告白について考えていた。

 告白かぁ……プロデューサーからはしてくれないだろうし、
 アタシから言わないといけないのかな。でも言うとしたらどんな風に言えばいいんだろう。
 それに振られたらどうしよう……

 考えれば考えるほどわけがわからなくなりそうだった。
 


「ねぇ奏」
「なに?おすすめの告白のスポットでも聞きたいの?」
「ううん。あのね…… 告白ってどうやってすればいいの?」

 恥をしのんで聞くと、訪れた一瞬の沈黙。
 最初に吹きだしたのは周子ちゃんだった。

「あはははは。美嘉ちゃん、ふふ、カリスマなのに、ふふふ」
「もう!周子ちゃん!したことないんだから仕方ないでしょ!」
「JKのカリスマなのに?」
「JKのカリスマなのに!」

「美嘉あのね」

 
 笑い転げている3人とは別の、優しい目をした奏がゆっくりと語り始めた。 

「告白なんて難しく考える必要はないの。
 確かにムードとかも大切でしょうけど、一番大切なのはちゃんとはっきり好きと伝えることなのよ。
 相手の目をしっかり見て、好きだって伝える。これだけでいいのよ」

 目を見て好きだと伝える。
 なるほど。これならアタシにもできそうだ。
 
 アタシは姿勢を正し、奏に向き合う。

「奏。何から何までありがとうね」
「どういたしまして。美嘉も頑張ってね」

★★★


「お姉ちゃん!早くしないとそろそろP君きちゃうよ!」
「わかってる!ていうか莉嘉!部屋入るときはノックしてって毎回言ってるでしょ」

 いつもなら「ちゃんとノックしたよー」などと
 口をタコみたいにして言い訳をする莉嘉からの反論がなかったので振り返ると、莉嘉は目を大きく開き、面食らっていた。

「なんか今日のお姉ちゃんいつもと全然違うね」
 
 確かに今日のアタシはいつもとは違った。
 
 服は真っ白なAラインのワンピース。ネイルも薄めの色を塗った。髪もくくらず下している。

「そう?どこか変なところあるかな?」
「ううん。いつもとは違うけど、いい感じ☆ 可愛くて、超似合ってる」
「ありがと★お姉ちゃんもう少しやることあるからプロデューサー来たら教えてくれる?」

 アタシは鏡に向き直り、ぱんぱんに膨らんだコスメ入れから道具を取り出す。
 
 いつもより大人しめのナチュラルメイクを。いつもより丁寧に施していく。

 可愛い。久しぶりに言ってもらえた気がする。今日は期待できるかも。

「お姉ちゃん!P君来たよー」

 インターフォンが鳴り、莉嘉の声が響いた。
 
 財布、携帯、緊急用の小さなコスメセット、それらを鞄につめ部屋を出る。
 
 いつもどたどたと駆け降りる階段を一段一段ゆっくり踏みしめる。
 
「お姉ちゃん頑張ってね」
「うん★帰りはまた連絡する」
 
 家族からの応援を受け取り、アタシはドアを開ける



少し離席します

「美嘉おはよう」
「お、おはよう」

プロデューサーは白のポロシャツにジーンズ姿だった。
 とりわけおしゃれというわけでもなかったが、それでもアタシには新鮮だった。
 スーツ姿以外を見るのは初めてだった。
 見惚れそうになっているアタシを「じゃあいこうか」とプロデューサーはエスコートし、助手席に乗せた。

「プロデューサーってそういう服装するんだね」

 慣れた事務所の車とは少し勝手が違う、
 わざわざ借りてきてくれたであろうレンタカーの助手席で足をぷらぷらさせながらアタシは言った。

「何か変なところあるか?」
「別にー。ただ無難だなーって思っただけ」
「無難だったらいいだろ。普段スーツしか着ないからなぁ」
「おしゃれし始めたら案外楽しいかもよ?今度アタシが服選んであげよっか?」
「……考えとく。それにしても」

いつもより運転に慎重になっているプロデューサーはアタシの方をわき見した。

「なに?」
「美嘉はいつもとは全然違うな」

 早くも到来した可愛いチャンス。慌てないように、冷静に。
 ボトルホルダーにさしていたお茶を取り、ゆっくりと口をつけてから答える。

「ま、まぁ変装も兼ねてるしね」

 ちょっと声がうわずった。

「そうか」

 プロデューサーはそれだけ言うと、すぐに前に注意を向け、慎重な運転を再開させた。
 
 ……今のは普通、着ている服見て、似合ってるとか、可愛いとか、褒めるところでしょ。

 アタシは窓の外を見やり、プロデューサーにばれないように軽くため息を吐いた。


 アタシもそうだったが、プロデューサーも水族館にくるのは久しぶりだそうで、
 
 チケットを買う列に並びながら、「俺、水族館なんて子供の時以来だよ」とアタシ以上にはしゃいでいた。
 
 まぁ普段からプロデューサーは子供っぽいところがあり、
 アタシは水族館を前にして脳内デートどおりに立ち回れるか、緊張していたのもあるけれども。

 水族館はそんなアタシたちの期待を裏切らなかった。

 イルカとペンギンのショーもあったし、館内はたくさんの魚と水槽と照明が幻想的な空間を生み出していた。

 一つ一つの水槽で、プロデューサーは
「うおっ。サメでかいな」とか「美嘉見てみろよ。ニモがいるぞ」
 と大人の男の人にしては大げさすぎるほど、無邪気な反応を示した。

 アタシは「もう、プロデューサーはしゃぎすぎだよー」とプロデューサーの反応をからかいながら、
 水槽の魚を見たり、水槽に映った自分の姿を見て、どこか変なところはないかチェックしたり、
 アタシの空いている右手を少し前を歩くプロデューサーの左手とくっつける方法を考えたりしていた。

「いやぁ楽しかった。水族館なんて久しぶりだったけど、大人でも楽しめるんだな」
「そうだね★今度は莉嘉も連れてきてあげたいな」

 結局、手をつなぐことは出来ず、シミュレーションしたとおりにはうまくいかなかったことも多かったけど、
 楽しめたし、アタシは水族館デートの内容に満足していた。

「それでどうしようか?今から近くにあるイタリアンの店でお昼を食べるとして、
 それでもまだ時間あるし、美嘉はどこか行きたいところあるか?」
「そうだなぁ……」

 お昼食べて、即解散はありえないとして。
 でもこの近くに何があるかよくわかってないしなぁ……。
 こんなことならもっと調べてくるべきだった。

「どこでもいいぞ?車あるし、ここから遠いところでも」

 次の行き先についてすっかり悩んでしまったアタシにプロデューサーは優しい言葉をかけた。
 
 白のポロシャツが陽の光を浴び、いっそう綺麗に映えていた。

「なら服買いに行こうよ!プロデューサーの!アタシが選んであげる!」
「俺のか?でも今朝言ったけど、俺休み少ないから私服になる機会少ないしなぁ」
「ならスーツに合う何かを選んであげるよ。
 よし決まり!カリスマギャルがプロデューサーをプロデュースってね★」

 それからアタシたちは水族館から車で5分ほど離れたところにあるイタリアンの店に入り、少し遅めの昼食をとった。
 悩んだ末、アタシはトマトの冷製パスタを注文した。プロデューサーは今日もナポリタンだった。
 
 食後のコーヒーとデザートのジェラートを終えると、百貨店の紳士服コーナーに向かった。
 紺のニットタイと水色のリネンタイ、どっちをプレゼントするか決めかねたが、
 リネンの方はカジュアルすぎると言われたので、ニットタイをプレゼントした。
 
 時間はあっという間にすぎていった。


「いやぁ。今日は久しぶりに思いっきり遊んだ気がするよ」

 エンジンをかけながらプロデューサーが言う。
 
 ほんとは夜ごはんも一緒に食べたかったけど、プロデューサーは明日も仕事なので、
 少し早めに帰ることにした。プロデューサーにもしっかり休んでもらいたいし。

「そうだね★アタシも少し疲れちゃったかな」
「なんなら家に着くまで寝ててもいいぞ?」
「そんなのプロデューサーに悪いよ。だから家に着くまで何かお話ししよ」

 アタシたちはいろいろなことを話した。
 
 莉嘉がアタシの服を勝手に着たけどサイズが合わなくて、結局アタシとママに叱られた話。
 奏がキスキス言っていたので、本当に頬にしてみたら、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くした話などなど。
 
 プロデューサーはアタシの話を笑いながら聞いてくれて、アタシも笑いながらプロデューサーの話を聞いた。
 
 周りを照らす街の光はどんどん少なくなっていったが、話題が尽きることはなかった。


「ねぇ。プロデューサー」
「ん?」
「今日のアタシどうだった?」

 あくまで、いつものように。
 仕事終わりに成果を確かめるように、何気ない風を装ってアタシはきいた。

 窓の外では、街の明かりはすっかり姿を隠し、見慣れた町並みが映り始め出していた。

 車の勝手がわかってきたのか、
 今朝よりリラックスした様子でハンドルを回していたプロデューサーは軽く伸びをし、姿勢を整える。

「服装は変装を兼ねているからかいつもとは全く違う、清楚系のファッションだがすごく似合ってる。
 男がそういうファッションに弱いことを知っていて、選んだのなら完璧だと思う。
 表情も、一日中笑顔が多くて、あぁ楽しんでくれているんだなぁと、こっちも安心できた。
 まぁ一つ言いたいことがあるとすれば、ご飯選ぶのに時間かけすぎだ」

「それもそんなに気になることじゃないけどな」とプロデューサーは笑った。

「そっか★」
「うん。プレゼントも貰ったし、久しぶりにいい休日を過ごせたかな。それにしてもほんとうにいつもと全然違うな」

 車が信号で止まると、プロデューサーは改めてアタシの恰好をじっくりと見つめる。

「一般的な男の人はこういう服好きだって聞いたけど、プロデューサーはどうなの?やっぱり好きなの?」

 冗談っぽく聞こえるようにアタシはきく。

「俺か?俺はどっちの美嘉もいいと思うぞ。両方似合ってるし、
 まぁいつもはカッコいい。これぞカリスマって感じだったが、今日はなんというか、年相応の可愛い女の子だな」

「なっ……」

 突然訪れた久しぶりの可愛いにアタシの思考回路はショートを起こした。

「あ、ありがと……」となんとか小さく言葉をだしたが、後は続かなかった。車内は静かさに包まれた。

 ……今じゃないの?ふっと頭に浮かんだ。
 
 好きだと言うなら今しかないんじゃないの?

 でも最初のデートで?しかも帰りの車の中だよ?ムードもあったもんじゃないよ?
 だいたい恥ずかしいし。それに……。振られちゃったらどうしよう……。

 今日はもう十分うまくいった。
 プロデューサーもアタシも楽しめた。プロデューサーにも可愛いって言ってもらえた。
 
 家に帰って、今日は良い一日だったと、振り返りながら次のデートのことを考えればいいじゃないか。
 
 堅実な、現実的な案が次々と出てくる。……ほんとにこれでいいのかな。

 悩みながらプロデューサーに視線を送る。
 
 さっきまでこっちを見て、
 可愛いと言ってくれたプロデューサーは今はもうじっと前を見つめ、ハンドルを動かしている。
 その横顔には、アタシのことをどう思っているかは書かれていない。

 プロデューサーがアタシのこと好きだって確信があればなぁ……。
 
 今日、告白をすることをほとんど諦めながら、心の中で息を漏らしていると、携帯が震えた。奏からだった。


「デート楽しんでる?
 明日はお昼の12時にいつものファミレス、メンバーは私と周子と美嘉の3人よ。
 フレデリカと志希も来たがっていたけど、あの二人はお仕事が入っているの。結果報告楽しみにしているから」

 最後につけてあるキスマークの絵文字までしっかりと読み終えるとアタシの頭に奏の言葉が思い起こされた。

「一番大切なのはちゃんとはっきり好きと伝えることなのよ。相手の目をしっかり見て、好きだって伝える」

 奏が言っていた言葉をアタシは頭の中で繰り返した。
 その言葉はすとんとアタシの中に入っていった。
 
 そうだよ。プロデューサーがアタシのことを好きかどうかわからなくても、
 アタシがプロデューサーのことを好きなんだもん。アタシが勇気を出さなくちゃ。

 アタシは小さく息を吸った。

「ねぇプロデューサー」

 プロデューサーは「なんだ」と返事をする。
 
 プロデューサーは運転中で前を見ているけれど、アタシからはしっかりとプロデューサーの目が見えている。
 それに目と目があったままだと、恥ずかしすぎて何も言えなくなっちゃいそうかもしれないので、
 これくらいがちょうどいいのかもしれない。

 心臓がばくばくと鳴り始める。その音は静かな車内でより一層大きく感じられた。
 
 プロデューサーにも聞こえているのかもしれない。でも、それでも構わない。
 こんなに心臓が鳴っちゃうくらい、アタシはプロデューサーのことが好きなんだよ。
 大好きだよ。ってプロデューサーにも伝えられる。

「美嘉どうした?」
  
 心臓の音が、プロデューサーへの思いがどんどん大きくなっていく。
 
 この気持ち、どうか全部届きますように……。
 
「プロデューサー……。あのね……。アタシ、プロデューサーの事……」

 アタシは初めて、好きという言葉を口にした。

★★★

 約束の時間より5分ほど早く着いちゃったけど、二人とも少し前から来ていたみたいで。
 アタシが店内に入ると、
「美嘉ちゃんこっちこっち」と周子ちゃんがテーブル席から身を乗り出して、アタシを呼んだ。
 
 そんなに大げさにされると恥ずかしいんだけど……。

 ドリンクバーとポテトを頼み、少し世間話をする。
 今日は暑いねーだの。○○ちゃんの新曲きいた?すごくよかったよだの。そんな大して意味のない話ばかり。
 
 しばらくすると店員さんがポテトを運んできて、「注文はお揃いですか?」とレシートを置いていく。
 
 さてここからが本番だ。

「それでどうだったの?」

 ポテトを一本、ゆっくりと艶やかに口に運びながら、奏がきいた。
 
「えっと……。どこから話せばいいのかな?」

「そりゃもちろん全部でしょ」と周子ちゃん。

 うん。想像していた通りの答えが返ってきた。

「時間はまだまだあるわ。だから最初からできるだけ丁寧に話してちょうだい」

 本当は誰にも、昨日のことは話したくなかった。だってそんなの恥ずかしすぎる。
 でも、みんなには相談にも乗ってもらったし……。
 
 ……まぁフレちゃんと志希ちゃんがいないだけ平和か。
 よっぽど変な方向に話がこじれることはないはずだ。

「じゃあ、長くなるんだけど……」



「そう。振られてしまったのね」

 アタシが人生で初めて好きを伝えたプロデューサーからの返答は

「俺はプロデューサーで美嘉はアイドルだ」だった。

 今にして思えば、いかにも真面目な、プロデューサーらしい返事だった。

「私が悪かったわ。告白してみたらなんて安易に提案しちゃったから」

 奏が申し訳なさそうに言った。
 いつもの、自信と悪戯っぽさに満ちた表情もどこかに消えてしまっていて、アタシのことを本当に心苦しく思っているのだろう。
 
「いいのいいの。気にしないで。奏には感謝してるんだから。
 確かに振られちゃったけどね。なんか気分はすっきりしてるんだ。
 プロデューサーのことを好きという気持ちを改めて実感できたし、
 プロデューサーにもちゃんと伝えることは出来たからさ。
 だから奏が謝ることなんてないんだよ。むしろありがとうね」

 アタシの心からの言葉だった。
 
 昨日、家に帰ってからもママと莉嘉に「楽しかったみたいね」と言われたし、
 疲れていたせいか、夜もすんなりと眠りに入れた。
 
 まぁまだ振られた実感が湧いてないだけなのかもしれないけれど。

「そう。ならよかった。……それで」
  
 表情に色を取り戻してきた奏が言った。

「美嘉はこれからどうするの?」

「これから?」
「えぇ。振られたんでしょう?美嘉はアイドルで、俺はプロデューサーだって。
 これからもプロデューサーさんのことを好きでいるの?それとも仕事のパートナーとして割り切るの?」

 片思いって、時には辛いこともあるわよ。と奏は続ける。
 そんなの知ってるよ。だって冬からずっと絶賛片思い中なんだから。

「好きでいるに決まってるじゃん★すぐ他の人のことを好きになったり、諦めたりなんてありえないよ。
 なんかね。今、やっとスタートに立てたって感じなんだ。
 自分の思いを伝えて。プロデューサーもアタシのことをそういう風に見てくれるようになって。
 だから後はゆっくりと、アタシの魅力で惹きつければいいかなって。ほらアタシカリスマだし★」

 アタシが言い切ると、奏と周子ちゃん、二人とも目を丸くしてアタシを見ていた。

「な、なに?」
「いやー美嘉ちゃん。うちが思ってたより全然大人やったわー」
「そうね。大人になったというべきかしら」
「そうかな?」
「えぇ。今までの美嘉も魅力的だったけどね。
 今日の美嘉は一段と素敵よ。まさに女の子の憧れるカリスマって感じ」

 女の子の憧れるカリスマ……。奏のその言葉をきいて、アタシはあることを思い出した。

「ごめん。ちょっと事務所行ってくる。30分あれば戻ってこれるだろうから、ここで待っててくれる?」

 事務所のドアを開けるとプロデューサーがぼうっとパソコンに向き合っていた。

 アタシが「お疲れさまでーす」と眠そうなプロデューサーにも聞こえるように声を出すと、
 プロデューサーはこっちを見、慌てて背筋を伸ばした。

「み、美嘉どうしたんだ?今日はオフだろ?」

 明らかに動揺している。
 そんなにアタシにだらしない姿を見られたのが恥ずかしかったのかな?
 それとも昨日のことを思い出したのかな?

「事務所の近くにきたから寄ったんだけど、ちひろさんいる?」
「ちひろさんなら資料室で探し物しているぞ」
「わかった」

 部屋奥にある資料室のドアを開ける前に、アタシはプロデューサーの方に振り返り、意地悪っぽく笑った。

「プロデューサー。ちゃんとお仕事しないとダメだよ。
 そんなにだらしなくしてたら、アタシがせっかくプレゼントしたネクタイが映えないじゃん!」

 プロデューサーは顔を赤くし、何か言おうとしたみたいだったが、やめて、仕事に取り組み始めた。
 
 アタシの想像以上に、紺色のネクタイはプロデューサーに似合っていた。




「あら美嘉ちゃんどうしました?今日はお休みだったはずでは?」

 資料室に入ると、ちひろさんが探し物に悪戦苦闘していた。
 ちひろさんの邪魔をするのは悪いので、アタシはさっそく要件を伝える。

「ちひろさん。この前書いたコラムの記事。あれ書き直したいところあるんだけど、まだ間に合うかな?」

★★★

「続いては城ヶ崎美嘉ちゃんです」
「はーい★今日はよろしくお願いしまーす」

 場所は六本木のテレビ局。時間は夜の8時を少し回ったくらい。
 いえーい★と、アタシがピースサインを送ると、拍手と歓声の波がおこる。

「いやー、最近すごい人気だよね。前から人気はあったけど、今ではもう爆発的というか」
「ありがとうございます♪」
「そんな城ヶ崎さん。今日がお誕生日だということで」
「え、そうなの?おめでとう」
「はい。18歳になりました」
「美嘉ちゃんが18歳か、いやー時間が経つのは早いね。で、今回はどういった曲なの?」
「はい★NUDLIE★といって、ありのままの思いを全部伝えるから受け止めて、っていう一途な曲になっています」
「それは美嘉ちゃんの体験談?」
 
 司会者が興味ありげにきいてくる。

「はい★」
 
 とびきりの笑顔でアタシは答える。

「そっか。なんか美嘉ちゃん、この前より素敵になったね」
「ありがとうございます♪」
「うん。なんか女子高生から人気があることがわかる気がするよ。あ、時間みたいですので、準備お願いします」
「はーい★」

 ひな壇を立ち、アタシは移動を始める。


「美嘉緊張してないか?」
 
 そう言って紺色のネクタイは水を渡す。水を飲みながらアタシは笑顔で答える。

「大丈夫★緊張してないよ」
「そうか。なら楽しんで来い」
「うん。プロデューサーもちゃんとアタシの事見ていてね★」

 少し取り乱したプロデューサーに「ありがと」と水を返し、アタシはステージに上がった。 

「お疲れさま。美嘉この後、時間あるか?」

 キィを回しながら、プロデューサーがきく。

 ほんとはこの後、周子ちゃんの部屋でアタシの誕生日をLiPPSメンバーがお祝いしてくれることになっていたが、アタシは嘘をついた。
 ……まぁみんななら許してくれるでしょ★

「大丈夫だよ★」
「そうか」

 それだけいうとプロデューサーは車を走らせた。

「ねぇ。どこに連れていってくれるの?」
「それは内緒だ」

 考えごとでもあるのか、今日のプロデューサーは口数が少なかった。
 プロデューサーの考えごとの邪魔をしないように、アタシは窓の外を見た。

 外の世界では秋の夜風が吹いているのか、街行く人が寒そうに身をかがめていた。
 その姿を見てアタシは、もう冬がくるんだなぁとしみじみ思う。

 アタシがプロデューサーに告白した日から3ヵ月と少しが経っていた。
 アタシは積極的にアピールを重ねたが、プロデューサーの恋の牙城は崩れなかった。

 アタシたちはどこまでいっても、アイドルとプロデューサーだった。
 そしてこれからもその関係が終わる見込みは立っていない。
 このままいくと片思い一周年を迎えそうである。

「ねぇプロデューサー」

 辺りはすっかり暗くなり、車のライトだけが周りを照らしていた。
 
 山の中を走っているのかな?
 車は凄い音を立て坂道をどんどん上っていく。

「なんだ?」
「今日のアタシどうだった?」

 いつも以上に行儀よく運転していたプロデューサーは

「それも後で答えるよ。もう少しでつくはずだから」

 と答え、まただんまりを決めてしまった。

 アタシはまた窓の外に視線を戻した。
 景色は大して変わっていない、さっきと同じような山道だった。
 
 それにしても一体、どこに向かっているんだろう。
 こんなところに隠れたおいしいレストランでも建っているのかな。
 

 

「着いたぞ」

 山の開けた場所にあった駐車場に車を止め、プロデューサーは外へと降りていく。
 車内に風が入ってきた。置いて行かれないようにと、アタシはプロデューサーを追いかける。
 
 誕生日の夜。山の開けたところにあった公園で、
 冬と言われてもおかしくないほどの冷たい風を浴びながら、アタシはプロデューサーを追いかけている。

 追いかけていると、前の方に明かりが見えてきた。
 何の明かりかはわからないけれど、プロデューサーがあの明かりを目指していることはわかった。
 
 アタシは歩く速度を上げた。明かりは次第に大きくなっていった。

「美嘉。こっちこっち」

 公園の端っこ。行き止まりまで着くと、プロデューサーは振り返り、アタシを呼んだ。
 
「ほら見てみろよ」
 
 プロデューサーの元へと駆け寄り、言われたとおりに覗き込む。思わずアタシは声をあげた。

「すごく綺麗」
 
 それは美味しいレストランよりももっと素敵なものだった。
 東京のライトアップされた街がラメのように一粒一粒キラキラと光り輝いていた。

「速水さんがここはおすすめだと教えてくれてな」

 街の輝きに惹きつけられてるアタシの横でプロデューサーは続けた。

「誕生日おめでとう。本当はプレゼントも渡したかったけど、時間がなくて買えなかった。すまない」
「……いいよ。これだけでも十分素敵なプレゼントだよ★」

 プロデューサーがアタシのためにわざわざこの景色を見せに連れてきてくれたと考えると嬉しかった。
 
 涙が出そうになる。この景色の綺麗さに、プロデューサーの愛情に。

「それはよかった。それと……。その……」

 プロデューサーは言いよどむ。アタシは「なーに?」と顔を傾ける。一呼吸おいて、プロデューサーが言った。

「聞いてほしいことがあるんだ」

 夜の中でもわかってしまうほど、顔を真っ赤にさせたプロデューサー。
 背景には星のように輝く街の明かり。

 これからプロデューサーが言うことがわかった気がした。


 再び、涙がこぼれそうになる。でもまだ泣いちゃだめだった。
 
 ちゃんと笑顔で返事をしないと。アタシも好きだよって笑顔で答えないと。

「アイドルとプロデューサーなのはわかってる」
「うん……。うん……」

 涙が溢れてくる。自分ではもう止めることが出来なかった。
 ようやくアタシの片思いが終わる。長かった。ここまですごく長かった。
 でもこの人のことをずっと好きでいてよかった。

「好きなんだ。美嘉、俺と付き合ってください」

 涙が止まらない。きっとメイクも崩れている。
 でもそんなことは気にならなかった。
 
 一番大切なものが目の前にあった。
 一番大好きな人が目の前にいた。

 アタシは泣きながら笑顔で答えた。

「アタシも大好きだよ。プロデューサー★」

 冬には少し早いけど、アタシは大好きな匂いと温もりに包まれた。


 Q.美嘉ちゃんの大ファンです!いつも応援しています!これからも頑張ってください★

 A.うん♪応援ありがとー!これからも一緒にナンバーワン目指していこうね★

 Q.美嘉ちゃんのファッションはいつも素敵で、毎日参考にしています!何かファッションで意識していることありますか?
 
 A.自信のある部分を積極的に出してアピールするとか。
  意識しているところはたくさんあるけど、一番意識しているのは、清潔感かな?
  派手で目立っても、下品に見えたら意味ないっしょ。

 Q.好きな人がいます。同じクラスの男の子なのですが、どうやったら振り向かせることができますか?

 A,勇気を出して告白すること。自分の思いを相手に伝えるのは確かに恥ずかしい。
  でもとっても大切なことだと思うんだ。
  それに彼の方も告白されたら、あなたのこと意識するかも! 
  だから自分から好きだって相手に伝えてみよう!! そうすればきっと何か変わるから★


 おしまい。

すいません。書き上げて依頼だして、すぐ寝てしまいました。皆さまがよかったと言ってくれて嬉しいです。励みになります。

誤字は本当にすみません。(しかも曲名でなんて)次、何か書くときは細心の注意を払おうと思います。 

遅くなりましたが、美嘉姉誕生日おめでとう。読んでいただきありがとうございましたー!

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