聖來「スプートニクの描く夢」聖來「スプートニクの描く夢」 (24)

随分と間を空けてしまいました。

前作
聖來「夢と現とあたしと貴方と」
聖來「夢と現とあたしと貴方と」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1477412740/)
の続きです。

以下諸注意や要点
※アイドルマスターシンデレラガールズのCool属性、水木聖來のssです。
※元ネタはSR[ハートビートUSA]水木聖來です。
※キャラクターブレてないか凄く心配
※聖來かわいいよ聖來


前々作
聖來「プロデュースな日々」
聖來「プロデュースな日々」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1476460369/)

ssデビュー作
聖來「Doggy's heart」
聖來「Doggy's heart」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1476028118/#footer)

間が空いてしまったので残り二編を纏めました。
が、結果、結構な長さになってしまいました。
何とかお付き合い願います。
申し訳ない。

では、参りましょう。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1479314729

目を開けると、暗闇だった。

ボンヤリと灯る禁煙マークを見詰めながら欠伸を一つし、伸びをしようとして腕が支え、自分が機上の人間なのだと思い出した。

ビジネスシートの寝心地はエコノミークラスとは比較にならないほど良いのだが、寝返りをうてないのには正直参った。

お陰で身体中バキバキである。

座って半畳、寝て一畳の慎ましい小部屋型シートから遮光板を少し上げると、すでに宵闇を朝日が切り裂いていた。

カーテンを開けて立ち上がり、大きく伸びをしていると、すぐ後ろの小部屋のカーテンが開いた。

「……よう、おはよう」

「うん、おはよう」

眠たげな聖來が腫れぼったい瞼を擦りながら俺を見上げていた。

寝汗をかいたのか、襟足がクシャリとよれた短髪は、コクリコクリと今だに船を漕いでいる。

「眠れたか?」

「うん、少し……あふ……寝れた気がするよ」

欠伸混じりの言葉には、まだまだ睡魔の影響が色濃かった。
取り敢えず、夏美さ……じゃない、キャビンアテンダントさんにブラッドオレンジジュースとアイスコーヒーを頼み、喉を潤す。
昨晩、嬉しそうにChickenを選択して食べた機内食以降、特に何も飲んでいないのか、聖來は美味しそうにブラッドオレンジジュースを飲み干した。

「ちょっと苦いけど、おいし♪」

センシティブな寝起きの男には少々刺激的な発言だったが、スルーして頷く。
畜生、何で白くないんだブラッドオレンジ!

それにしても、Chicken or Fish?とは中々珍しい二択だったが、中々どうして美味い魚だった。

何故か聖來には裏切り者扱いされたけど。

「皆様、当機は間もなくジョン・F・ケネディ国際空港に到着いたします。現地は只今6:45、空港周辺の天候は晴れとの事です」

機内アナウンスを聞いて窓の外に目を向けると、マンハッタン島の影が見えていた。

「見えて来たね」

頭上から降り注ぐ声に顔を向けると、ワクワクを絵に書いたような表情の聖來が壁の上から覗いていた。

全く、離陸前は色々怯えていた癖に、と弄りたくなった。

「ああ、そろそろ着陸だから降りる準備しとけ、シートベルト忘れるな」

「わかった」と返事をするや否や顔は消え、後方からシートベルトを閉める音がする。

さて、いよいよ大仕事の時間だ。

「うおお……」

「おっきいね、何もかも」

いや全く、何もかもがデカい。

無事ジョン・F・ケネディ国際空港に降り立った俺たちは、入国審査やバゲージ回収も難なく済ませ(夏美さんヘレンさん真奈美さん色々教えてくれてホントありがとう)、合流したニューヨーク支部の黒人現地スタッフ(日本語ペラペラ)のタイソンさんに連れられてハイウェイをひた走っていた。
ちなみに、待っていたのはリムジンだ。

タイソンさんの計らいでドライブスルーしたドリンクの容器を見て、俺たちは絶句した。
何だ?この国の人間は、鯨の生まれ変わりなのか?

すっかりお気に入りになったらしいブラッドオレンジジュースを飲みながら、聖來は俺とタイソンさんのスケジュール確認を聞いている。

豪奢な装飾を施しただだっ広い車内にチョコンと座る彼女の姿は人形めいて見え、何とはなしに雪美ちゃんを連想させた。
彼女のようなゴシック系の衣装も、もしかしたら似合うかもしれない。考えとこう。

「なので、二人、先にホテルにチェックイン……聞いてますか?」

「ああ、ええ、はい、ホテルですね。会場からは近いですか?」

「Yes、練習のスタジオはもっと近いよ、ホテルの地下が、そう」

「おお〜」と担当アイドルと仲良くハーモニーすると、タイソンさんは愉快そうに笑った。

旅にトラブルは付きものだ。
それを楽しむのも、旅の醍醐味と言えるのだろう。

だが、楽しめないトラブルこそ、楽しもうとする者の前に立ちはだかるものだ。
それはきっと、人生の醍醐味なのだろう。

そうであってくれ。

顎に手を当て、タイソンさんが告げる。

「No……困りました、明日になれば修理、来るそうです」

「他のホテルとか、とにかく空きはないんですか?」

「むつかしいですね。今、ホリデーシーズン。何処もホテルはいっぱい」

なるほど、ホリデーシーズンだけに仕事も放りでーってか?業者の野郎。

ジュエリークールの性なのか、すぐにダジャレが思い付く。
って、そんな事考えてる場合じゃない!
これは緊急事態だ。かなりマズイ。

「かなり古い(ホテル)ですから、仕方ない。よくあるよ、水漏れ」

そう、タイソンさんは気持ちのいい笑顔でいった。
愚痴も言い辛い完璧な笑顔だ。

状況としては、俺の眠るはずだった部屋が配管故障で水浸しになった、といった具合だそうだ。

嘘だろ、主発前に聖來と一緒に茄子さんに旅の安全祈願して貰ったのに……。
聖來に至っては両手握って貰ってまでご利益高めたのに……。

「ねえPさん、この際仕方ないよ」

気の毒そうな(でも何故か口角の上がった)顔で聖來が俺にいう。

「アタシと同じじゃ嫌?」

馬鹿言うな良すぎるから問題なんだよ。

おいコラ何をいきり立つ準備を始めてるんだ。
おいちょっと理性!保てよ理性。保てよ節制。まかり間違っても間違えるなよ俺!

いや、でも待て。

「ベッドの数足りないんじゃ」

頑張った俺の理性が素晴らしい質問をリリースした。

が。

「……?大丈夫、Ms.セーラさんの部屋、ダブル。しっかり眠れます」

タイソンさんは「何言ってんのお前?」みたいな顔で理性の抵抗を粉々に打ち崩した。

いやいやいやタイソンさんや、それは駄目って言うんだよ。
アイドルとその担当プロデューサーが同じ部屋の同じベッドでお泊まりとか、もう字面だけでアウトだ。

「そもそもね」

おう何を言う気だいタイソンさんや、何か嫌な予感がヒシヒシとするよ。

「女性一人、危ないです」

「え?いやそうは言っても」

「No、ホテルのスタッフだってお客さんの顔全員は分かりません。それにMs.セーラさん、とてもとてもキレイ。魔が差すスタッフ、いるかも」

海を渡ったことで認知度が下がったと判断した聖來は、出立時の変装を解いていた。

そのためだろう。
付近を通る男性の10人に10人は振り返って聖來を見ていく。

「ニューヨーク、色んな人いる。みんないい人?Noです」

「Pさん」

何とか抵抗しようと粘る俺の袖を、聖來が引いた。
顔を向けると、怯えた仔犬のような(でもちょっと目が怖い気がする)聖來が涙を溜めて俺を見ていた。

「怖いから一緒にいてよ」

俺の意地を折るには、充分な表情だった。

「はぁ……分かったよ、もう仕方ないからそれでいいよ」

「よかった♪これで安心だね」

ホッと笑う聖來の右手が、グッと拳を固めていた。

あ、でも部屋にソファあるよね?俺そこで寝るわ。

部屋に荷物を置き(メッチャいい部屋&ソファあった!)、ここからは、しばし聖來とは別行動となる。

今夜の公演を前に、聖來は地下のレッスンスタジオで軽く体をほぐし、俺は舞台設営に立ち会い、スタッフに挨拶し、そのまま打ち合わせ、その後合流して午後からはリハーサルだ。

まずはレッスン担当のトレーナーさんに挨拶に行こうと聖來に同行し、俺たちは思わず顔を見合わせた。

褐色肌に黒い短髪のプエルトリコ系のトレーナーは、自らをアリソンと名乗った。年齢は23歳と聖來と同い年だそうだ。

脳裏に、成田空港で出会った少女、ナターリアの姿がチラついた。
果たして彼女はオーディションに受かったのだろうか。

聖來も同じことを考えているだろうと思い、別れ際に一言いっておいた。

「ナターリアの件は確認しとく、お前はまずこっちに集中、いいな?」

「わかってるよ。大丈夫、きっとナターリアは通ってる」

そう断言する聖來の横顔は、俺の知るアイドル水木聖來の顔だった。

キリッとした凛々しい目元に確かな自信を宿したのを確認すると、ようやくいつもの仕事の領分に事がはまった気がして、俺の中のスイッチも完全に切り替わった。

どこに行こうとやる事は同じ。

ここからは、しばらく背中合わせの戦いだ。

舞台監督や照明監督、音響監督や衣装監督、中継してくれるテレビのカメラマン達との挨拶もそこそこに、最終打ち合わせは始まり、呆気なく終わった。

事前にネット会議で擦り合わせておいたプランを現場で確認する作業は、丁寧な現地スタッフの仕事で瞬殺された。

流石ショービジネスの本場だ、舞台も簡易照明も、見事に共有イメージを具現化している。

通りからは見えないように暗幕で覆われた舞台が放つ爆発しそうなエネルギーに、俺は久しぶりに心の底から唸った。

「よし、想定内は完璧だ。問題は聖來がどうぶっ壊すか、だな」

「ぶっ壊す!?」

随分驚いた様子で、通訳のタイソンさんは叫んだ。

ライブとは、一度きりのものだ。
その場に戻ることは出来ても、その時間を取り戻すことは出来ない、泡沫の夢のようなものだ。

俺たち裏方は、当然ベストを尽くしてそのライブを成功させる積りではいる。

だが、全てが完璧に計算され、パッケージングされた音源や動画と遜色ないライブが出来たら成功なのかと言うと、それは違う。

今日この場で、日本から来たアイドル水木聖來が確かに公演したのだ、と示せるライブ。

それが本件の成功条件だ、とスタッフには伝えている。

型に嵌めた聖來らしさは、完璧に形作られた。

みんながイメージする、規格に落とし込まれた聖來が、舞台として、照明として、衣装として、音源として、ここにはいる。

しかし、どれだけ再現しても、どれだけ近付けても、水木聖來そのものには及ばない。

そう客に言わせなければならない。

そのためには、計算しつくされたこの完璧な舞台という枠を、一度メチャクチャに壊さなければならない。
自らその枠を破って行く、想定外の水木聖來を見せなければ。

当然、そんなことは聖來本人も理解している。

だから、彼女は時にプランにないことをするのだ。

(さて、今日はどこで崩しを入れて来るか……)

聖來が新しい自分を見せ付けるために、俺ができることを考える。

彼女のアドリブを必死に探る。

ふと、舞台演出用花火の噴射機が視界に入った。

振り付けの共有のために撮った資料映像を、頭の中で舞台上に落とし込む。

ポップの王様をリスペクトしたステップに、彼女が最も得意とする上体をバウンスさせる振り付け。

ライブのラストナンバー中盤、この曲最初のキメがやって来る。

アクロバティックにジャンプしてからのしゃがみ。

想定なら、ステージ中央で展開されるであろう、そのキメで、俺は一時停止を命じた。

(そうか、ここだな)

「どこ行きますか?」

「ちょっと客席中央まで」

カメラケーブルを跨ぎ、TVカメラを躱し、観客との境となる柵を掴む。

緻密な3Dミニチュアで打ち合わせを重ねた事もあり、暗幕の向こう側が透けて見えるようだ。

お陰で、気付いた。

(……あり得るな)

ダンサーはエンターテイナーだ。
客を喜ばせるパフォーマンスは欠かさない。

聖來がアドリブパフォーマンスで狙っているターゲットとはつまり、聴衆であり……
「タイソンさん、演出監督に伝えて下さい。花火の噴射機、場所替えです」
視聴者だ。

ウォームアップのレッスンを終えた聖來がアリソンと共に舞台袖にやって来たのは、午後に入ってすぐだった。

すっかり打ち解けて笑い合う様子は、年相応の女性らしさに溢れている。
よかったな、付け焼き刃とは言え英語勉強して来て。

「よう、身体はあったまった?」

「あ、Pさん!」

見送る時に見せたストイックな表情とはまるで違う、リラックスした笑顔で手を振って来た。

軽く手を挙げて応えると、アリソンが俺と聖來を交互に見て独りごちた頷きを見せた。

アリソンは何かしらのアンテナで何かしらの情報を掴んだようだが、いや、あの、違うんだよ?

「飯食って来た?」

「うん!本場のハンバーガー美味しかった!」

なるほど、ご機嫌なもう一つの理由はそれだな。

「太るぞ」と揶揄うのも大人気ないので、俺は一通の封筒を聖來に渡した。
金糸で船をあしらった上品な封筒だ。

「ちゃんと夜までには腹空かせとけよ」

「何これ?」

「ディナーの招待状」

出発挨拶しに行ったら渡された、得難き我らが専務様の労いの品。
機内で船上レストランでのディナーだと分かった時は大層驚いた。

ポカンと封筒を眺めていた聖來は、最高の笑顔を咲かせた。

「うん♪」

アリソンと女子の女子による女子のための盛り上がりを見せて、23歳コンビはメイクルームとなるトラックコンテナに入っていく。

本番衣装にはまだならないが、本番で使用する靴を履いてのゲネプロが迫っていた。

ゲネプロがまもなくと言うタイミングで、下地のメイクだけを済ませた聖來が、ワインレッドのイブニングドレスに太腿まである編み上げのブーツを履いて舞台袖に現れた。

「……どしたの?そのドレス」

「あ、アリソンがこれ着てパーティー行けって言うから……」

思わずガン見する俺を前に、恥ずかしいのか肩を抱いて、聖來が真っ赤な顔を伏せる。
肩なんか抱いちゃうもんだからアレが寄せられて、贔屓目なしにセクシーだった。

どうやら、トラックコンテナの中で軽くファッションショーが開かれていたようだ。

しかし、げに恐ろしきは聖來のキャラクターだろう。
今やこの場にいる女性スタッフたちはみんな彼女の友人であり、ファンになっていた。
まだ30分も経っていないのに、だ。

「はあ……まあでも、後で返すようだから余り汚すなよ?」

「うん……でもこれ、ニューヨーク支部からのプレゼントだって……言われたんだけど」

瞬間、ある人物の顔が思い浮かんで、思わず手で顔を覆ってしまった。

(専務の仕業だ)

女性が結託するとどうなるかを、再認識した。
労いは俺と聖來それぞれに用意してあった訳だ。

「取り敢えず今は別のに着替えて来な、折角のいただきものを早速汚すわけにもいかないでしょ」

「う、うん」

嫌でも目を惹くデコルテから必死に目を引き剥がしつつ、俺は聖來の肩を押す。

ああもう、ゲネプロ5分押し知らせなくては……。
と思ったら、織り込み済みでしたってところがいかにもアメリカだった。

ゲネプロは(あちらの)予定通りに始まった。

そこまでの間、俺は聖來のドレス姿の感想をひらすらインタビューされていた。
ジャパニーズスタイルの質問で絡んで来る辺り実にアメリカらしい皮肉だ。
答えなんて決まっているのに、それでも訊いて来る辺り、徹底している。

だが、そんな空気も、聖來が舞台に立った途端にガラリと変わった。

からかいの笑顔は気合の入った頼もしいものに、冷やかしの冗談はモチベーションの煽り合いになる。

その瞬間が、俺は嫌いじゃない。

ジッと暗幕を睨み、その向こう側を見る聖來の楽しそうな目も、自信に煌めいていた。


ゲネの成果は確かなものだった。

俺の想定通り、聖來はカメラの位置を念入りに確認していた。

ブーツの具合もいいようで、何度か地を蹴るように床を慣らしてからは、一切気にかけた様子もない。

本番用のメイクに向かう聖來は満面の笑みで大きく一度頷いた。

出演者、スタッフ共にOK。

いよいよ、ぶちかます準備が整った。

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

「準備出来たか?」

コンコンと、ノックする。

「う、うん、大丈夫だよ」

ややくぐもった声が許可したのでノブを捻った。

「おお…」

「どう、かな?」

見惚れた。

ワインレッドのイブニングドレスにナチュラルメイクの聖來は、普段のスポーティーさを脱ぎ捨て、見事な淑女へと変貌を遂げていた。
ギュッと引き締められた胸元が眩しい。

「凄い、綺麗だよ。うん」

「そ、そう……ありがとう」

恥ずかしげに俯いた聖來は、そのまま俺を上目遣いで見た。

「Pさんも、かっこいいよタキシード」

「……そりゃどうも」

全く、してやられた。

公演後、ライブの熱気そのままに部屋に戻ると、ソファの上には新品のタキシードが掛かっていた。
生地はランバンでオーダーメイド、しかも蝶ネクタイ付きだ。
一体どういうことだ?と混乱する俺に、聖來はサイドテーブルで見付けたというグリーティングカードを差し出してきた。

“専務のご指示で仕立てた一級品です!給料から天引きさせて貰いますからね!大事にしてくださいよー! ちひろ”

見慣れた文字列を目で追うと、本日最大級の眩暈が俺を襲った。
ってか何?聖來は経費なのに俺は自腹なの!?
ふええ…そこは何とか会社のお金で助けてよ、ちひえモン……。
にしても……タキシードに蝶ネクタイって……ジェームス・ボンドかよ。

「Oh〜Pさん!似合ってるよ!」

空港から乗ったのと同じリムジンの前で、同じくビシッと決めたタイソンさんに褒められた。

「アストンマーチンとQが待ってるんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ」

肩を竦めて苦笑する俺を、タイソンさんは大笑いで迎え、聖來は不思議そうに俺たちの会話を聞いていた。
奏ちゃんなら「似合わないわね」と笑ったことだろう。
なんかボンドガールっぽいしね、あの子。

かくして、リムジンは滑り出すように発車した。
目指すは、港だ。

それにしても、パーティホストの対応で接するタイソンさんに愛想笑いしていると、慣れない高待遇に尻の辺りがムズムズする。
渡されたシャンパングラスのシンデレラもまるで味がしなかった。
「Pさん落ち着きなさすぎだよ」と聖來に笑われたが、裏方業としては仕方がないことなのだ。

「もてなされる側の気苦労が身に染みるよ」

「Pさんはもっとアタシをもてなしてもいいと思うよ?」

「嘘つけ、そっちだって落ち着かないくせに」

「バレたか」

薄く塗ったルージュの間から、チラリと舌を覗かせる聖來に、どきっとした。
正直、これ以上なく大人っぽい聖來が何よりも俺を惑わせるんだ、とは言えなかった。恥ずかしいし。

あと何さりげなく腕組んでくるの君。
若干当たってるんだけど。
寄せてる分弾力上がってるのが当たってるんだけど!
ステイ!ジョンソン!カームダウンカームダウン!と心の中で唱えていると、とどめを刺すように聖來がのしかかって来た。

「見てPさんスゴイよ!」

君モスゴイヨ!
何とか理性にカームダウンをお願いしつつ、聖來が指差す方を見ると、そこにはでかい客船が泊まっていた。

「おお、凄いな、確かに」

「おっきいねえ!」

「ウン、デカイイネ」

見たらダメだ見たらダメだ、今目線下げたら超接写の聖來の顔と魅惑のバレーの共演が待ってるけど見たらダメだ。

保て俺!理性、保て!

最早脳内指示すら片言になりつつあったが、それもここまで。
いよいよリムジンは停車し、タイソンさんと俺たちはタラップを登って乗船した。

わあ……と聖來が感嘆し、俺自身も息を飲んだ。
正直、こんな規模になるなんて思わなかった。
ってかあの人こんなレストラン行きつけだったの?

「ドレスコードのあるパーティーなんて初めて。人がいっぱいだ…どうしたの?Pさん?」

「船上レストランで、しかもパーティーまで手配とか…ヤベェ…専務ヤベェ…」

船は既に彩の中にあった。
紐状の配線で繋がれた電球が天を分け、立食形式のパーティメニューがズラリとテーブルに並び、端に寄った椅子には既に何人ものスタッフ達が正装でシャンパングラスを煽っている。

俺たちの登場はスタンディングオーベーションで迎えられ、一角の人だかりでは既に映写機とスクリーンを持ち込んで、早速今日の公演の上映会を開めていた。
淀みのない称賛の雰囲気に聖來と顔を見合わせ、顎をオーディエンスに向けて振ってやる。
頷き、笑い、手を振る彼女に、拍手の時雨は強さを増した。

これが本当のパーティータイムだ。

監督諸氏との乾杯と挨拶を終え、タイソンさんなしでも意思の疎通が取れるまで色々なスタッフと盃を交わした。

ただ、結果としてそれは食う間もなくガバガバ飲むという事態の顕れで、正直、そろそろ酔いがやばい。
夜風で醒まさねば、と人々の輪から外れ、デッキの外側に向かうと、そこには先客がいた。
男性スタッフからも女性スタッフからも大人気な、今日の主役だ。

今はたまたま空いているのか、こちらに背を向け、遠くマンハッタン島の自由の女神像を望む背中は、心なしか寂しそうに見えた。

「あー酔った」

すぐ隣の柵に突っ伏すように寄り掛かると、頭を撫でられた。

「おかえりPさん、モテモテだったね」

「主に野郎からね」

「そうでもないよ、アリソンも……」

不意に途切れた言葉に、思わず顔を上げた。

「どした?」

「何でもない」

「そっか」

バックリと胸元を晒したアリソンはとても魅力的でセクシーだった。
スカウトしとこうかな……。

でも、そんなことどうでもよくなるほど、頰を撫でる夜風が気持ちいい。
あと、さっきからちょくちょく撫でてくる聖來の手が気持ちいい。

「何考えてたか当ててみよっか」

「どうしたの?いきなり」

「わんこ」

ピタッと聖來の手が止まった。
互いに船に打ち付ける波を眺めたまま、しばしの沈黙が流れたが、聖來は俺の頭から手を離さなかった。
この寂しがり屋さんめ。

「前から思ってたけどさ、Pさん酔うと少しかわいい感じになるよね」

「え?何それ?どゆこと?」

「うーん、喋り方とか。わんこが喋れたらこんななんだろうな、って思うよ」

もうお酒は飲まないことにしよ。
ねだられない限り。

それにしても、いつもよりアルコールの回りが早い気がする。

「うう〜」

「大丈夫?ソフトドリンク貰ってこようか?」

「うん、そうしてくれると助かる」

「わかった♪待っててね」

再び頭を撫でられ、ヒールの音が遠ざかっていく。
充分に距離を置いたのを確認してから、柵に背中を預けるように体勢を変えた。
今更ながら、頭を撫でられたのがひたすら恥ずかしくなってきた。
まさか即仕返ししてくるとは……。

手で顔を覆っていると、ニマニマとご機嫌な聖來がシャンパングラスを2つ持って戻ってきた。

「はい、ノンアルコールのシャンパン」

「……ありがと」

受け取ってから、気付いた。

「そう言えば、まだ二人で乾杯はしてなかったね」

「うん♪それそれ♪しよっか♪」

チンッと小さな音と共に、俺たちは乾杯した。
喉を潤すシャンパンは、甘くて芳しかった。

「アメリカに来られるなんて…。まだ現実味がなくてふわふわしてる…」

「ライブだってしたのに、何を今更」

遠くで歓声が上がった。
アメリカ人はいつだって感情表現がストレートだ。
聖來がアドリブで入れたカメラに向けたキメが映る度、歓声が上がる。

「Pさんはさ、クドリャフカって知ってる?」

どこか遠い目をして、聖來は呟いた。

「犬、だったっけ。ソ連の宇宙船に乗った」

アメリカと競い合う北の大国、アナスタシアちゃんのもう1つの故郷。

「そう。スプートニク号のクドリャフカ。ライカ犬の子」

「それがどうかしたの?」

「クドリャフカってね、宇宙にいってすぐ死んじゃったんだって」

そうなのか、知らなかった。
地球に戻れない運命なのは知っていたが、そんな最後を迎えたのか。

「エンジンの音にビックリして、発射の衝撃で宇宙船壊れちゃって、室内凄い温度になって……」

犬好きとしては、いや、一般に考えても、酷い話だ。
密閉空間で誰にも助けを求められず、誰にも見守られず、ただただジリジリと死に呑まれていくなんて。

「可哀想だし、悲しいけど……けどね、けどきっと、スプートニク号もそんなつもりじゃなかったんだと思う」

果たしてスプートニク号に意識はあるのか?とは訊かず、ただ言葉を待つ。
ストレートな物言いが多い彼女の、滅多にない比喩を含んだ言葉に、耳を傾ける。

「アタシは宇宙の事とか分かんないけど、それでも、スプートニク号を作った人はさ、クドリャフカに宇宙を見せて上げたかったんだと思う」

ああ、そうか。

「ねえ、Pさん。出発前にアタシにいったよね。色んな所で歌って踊って魅せて貰うって」

「うん」

「アタシPさんのこと、信じてるから。絶対着いていくから。どんな試練だって乗り越えるから。だから」

このライカ犬は信じて任せるといってくれるのだ。

「ずっとアタシのPさんでいてね」

そう、いうのだ。

いいだろう。
だったら連れてってやる。
それこそ、いつかは宇宙にだって。

ふと、懐の社用携帯電話が受信を伝えて来た。

空港で借りたルーターに支えて取り出しづらいが、何とか取り出すと、ディスプレイは添付メールの存在を匂わせていた。

送信者は。

「聖來」

俺は画面にそれを表示させて、聖來に向ける。

「俺たちもまだまだ飛ばしていかないとな」

満面の笑みでテレビ画面を指すナターリアと伊吹は、聖來のパフォーマンスにすっかりハイテンションなようだった。

「これは中々厄介なライバルが増えちまったぞ」

メッセージ欄には、短いながらも確かな主張が記されていた。

“帰国後は私たちが相手です”

リムジンを降りて、未だに大声で称賛をくれるタイソンさんに別れを告げる。

背中にクークー眠るアイドルがいるのだから、少しは静かにして欲しいところだが、まあ仕方がない。

フロントから鍵を受け取り、部屋に入ると、すぐさまベッドに聖來を寝かしつけた。

ズレた肩紐を直す作業に大分理性を削られたが、何とか耐えた。

ヒールの高い靴を脱がせた時、そっと透明な靴を履かせる仕草をしてみる。

数多くのダンスを踊って来た足の裏は硬く、それでいて滑らかだ。

この足に、いずれ透明なガラスの靴を履かせる。

そんな日を、俺はいつまでだって追い掛けると決めた。

実力派揃いのジュエリークールにおいて、チャンスが少ないのは事実だし、サニーパッションもブロッサムキュートもまだまだポテンシャルを秘めている。

だが聖來ならば必ず輝ける日が来ると俺は信じている。

本人が気にする若作りな見た目だって、裏を返せば年齢より若く見えると言う立派な武器だし、それに何より、彼女には研鑽を怠らないと言うメンタル面の強さがある。

諦めない限り、可能性はあるのだ。

「いつか絶対、な」

さらさらの肌を布団の中に仕舞い、蝶ネクタイを解く。

公演の緊張から解放されたからか、我が担当は穏やかな顔で寝息を立てていた。

全く、とんでもなく綺麗で可愛くて強い子だ。

拘りの右前髪をそっと撫でてやると、不意に聖來の目が開いた。

「あ、悪い、起こし」

「あ、わんこ…」

「へ?」

直後、解いたばかりの蝶ネクタイを引っ張られたと思いきや、世界は温かくて少しお酒臭くも甘い匂いのする、プニプニの何かに包まれた。
少なくとも、俺の眼前は。

「うぷ……ちょっ……聖來……」

少しでも逃れようとすると、後頭部に回された手がB82の谷間に俺を突き落とす。

ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ温かい柔らかいイイ匂いするヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ

胸元を顔に押し付けられながら頭を撫でられていると、少し涙ぐんだ呟きが聞こえた。

「わんこぉ……」

いや、淋しいのはわかるけど、こればっかりは容認できないからね!?

「違っ……いや待て聖來……っ!意外と力強いなお前!」

引き剥がすように腕から逃れる膝立ちになるも、間髪を容れず聖來は俺の胸に抱き付いて来た。

んにゃろ、絶対起きてるだろお前。

「はぁ……ったく」

もう、振り解く力は残っていなかった。

何と言うか、俺ももう限界なのだ。

長時間のフライト明けすぐのハードなスケジュールは、環境の違いもあって乗り切るので精一杯。

打ち上げの席であんなに酒の周りが早かったのも、疲れが溜まっていたからだ。

(そこそこ頑張ったろ…俺も」

いつの間にか溢れていた思いを、
「Pさん、このまま寝ちゃお、ね」
やっぱり起きてた聖來が拾い。

そのまま再び俺の頭を撫で始めた。

まるで犬になった気分だ。

瞼が重い。

力が抜ける。

体幹が支えられない。

俺は聖來に抱えられたまま、ボフンとベッドに倒れ込んだ。

「ありがとうPさん」

温かい。

「ゆっくり休んでね」

頭を撫でる手が心地いい。

身体が溶けていくようだ。

「おやすみ」

聖來の身体から、鼓動が伝わる。
熱くて力強い、でも優しい律動に、意識が輪郭を失っていく。

遠くアメリカの地を揺さぶったハートビートに身を委ね、俺は意識を手放した。



聖來の鼓動に身を委ねたいだけの一生でした。
取り敢えず[ハートビートUSA]のお話しはこれで一旦お終いです。
ってか何でタイトル変なんなってるんだろ……まだまだ勉強不足ですね。

最近副業が忙しくて中々纏まった時間が取れませんで、お待ちしていた方々には申し訳ないばかりです。
まあ私なんぞが書かずとも、聖來担当Pの諸氏がまた書いてくれることでしょう。

何はともあれ、水木聖來を皆様どうぞ宜しくお願いします。
担当として僕ができることなんてこんなものでしたが、彼女の魅力は本物です。
重ね重ね、聖來をよろしくお願いします。

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