フレデリカ「唇は、何の為に?」 (15)


これはモバマスssです
地の文が多いです


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「ねーねー、ポッキーってなにする物か知ってるー?」


カタカタ、と。
キーボードに疲れを与えるべく指を打ち付けディスプレイとにらめっこしていた時。
ふとそんな事を、真後ろの誰かから問われた。


振り返れば見返り美人。
窓から射し込む夕陽に照らされた金髪を惜しげもなくさらすフランスハーフのフリーダムガール。
いや、見返っているのは自分自身なのだけれど。
ついでに振り返らなくても誰かぐらいは分かっていたけれど。





ポッキーが何をする物か、か…


さて、まずは質問の意味を考えるべきだ。
最後まではチョコが塗り切られていない細長のお菓子について思案する。
勿論最後までチョコに覆われていたら持つ場所が無くて食べられないのだけれど。
その問題点をスタイリッシュにクリアしたかのお菓子の発案者は天才といえよう。


次いで、何をすべき物なのか、という点。
当然ながらお菓子なのだから、食べる物と言うのが最適解だろう。
けれど、だ。
そんなありふれた回答を彼女が求めているとは思えない。
もっとこう…変化球で攻めるべきだろう。


「…山を登る時、効率良くカロリーを摂取するものかな」


「それチョコだけでいーんじゃない?」


「じゃあ最後までチョコたっぷりなあのお菓子はまさに登山用って訳だ」


「ポッキーは1箇所手で持つ部分あるもんね~」


…話が進まない。
つまり一体なんだったのだろう。
彼女の事だから、本当に何の意味も無かったのかもしれないけれど。





「でもさー、ポッキーって別に手を使わなくても食べられるよねー?」


「まぁ口さえあれば、食べようと思えばな」


「じゃー口が二個あれば速度も量も二倍食べられるねー!」


速度はともかく、量は胃と食欲の問題じゃないだろうか?


そんな事を考えてるうちに、気付けば目の前にポッキーが用意されていた。
此方に向けられているのはチョコ側。
つまり俺に手を使わず食べろ、と言う事だろうか。


「早速実験だねー。口が二個あったら本当に二倍の速度で食べられるのか!」


「おいおい、俺の口は一つだぞ。まるで反対側からお前が食べるみたいじゃないか」


「そう!俗に言うポッキーゲーム!ポッキーはポッキーゲームの為にあるんだよ~」




なんと、世紀の大発見。
食用のお菓子は遊ぶ為にあったのか。
食の神様が見たら怒り出しそうだ。


…そうじゃなくて。


「恥ずかしいから遠慮しておくよ」


「まったくもー、プロデューサーの唇はなんの為に付いてるのかな~?」


「そりゃポッキーを咥えたり食べる為にだよ」


「なら最大限に有効活用しないとね~」


…これが誘導尋問と言うやつだろうか。
物の見事に嵌められてしまった。
齢19にして、流石なものだ…





なんてアホな事を考えるのもソコソコに、果たして俺はこのままポッキーを咥えてしまっていいのだろうか。
一度口にすれば間違いなく反対側から彼女が迫り出すだろう。
スプラッタ系映画にありがちなプロペラに巻き込まれる人の様に、一瞬で二つの口を突っ張り棒するポッキーはガリガリと削り取られてしまう筈。
良し悪しではなく、とても恥ずかしいではないか。


と、そんな思考をしているうちに、気付けば俺の口にはポッキーが少し突っ込まれていた。
口に食べ物が入っているから喋る訳にもいかず、チョコ側だから手で取る訳にもいかず。
そして反対側を咥えられてしまった事で、自分の意思とは関係無しいポッキーがスタートしてしまった。


…ものすっごく距離が近い。


全国の男性諸君、実際にポッキーゲームをやった事があるだろうか?
無ければ想像して欲しい。
ほんの10センチ程度の目の前に、女性の顔があるのだ。
更にそれが超美人だとしよう。
…恥ずかしくて心拍数が跳ね上がる。


そして何故早く食べないんだ。
速度が二倍になるか検証するのではなかったのか?
何もせず見つめ合うだけだなんて、これかなり恥ずかしいぞ。






「ふふーん、いくよー」


ポキッ、と。
心地よい音と軽い振動と共に、顔が更に数センチ近くなる。
これで手で持つ部分はなくなり、引き下がれなくなってしまった。


まずいまずい、ポッキーは美味しい筈なのに味が分からない。
心を落ち着ける為に水の凝固点の絶対温度を頭に浮かべたが、ほんの5桁で終わってしまった。
そしてそんな凝固点なんて知らんと言うかの様に、恥ずかしさは沸点を越えてしまっている。


やられっぱなし、と言うのは性に合わない。
そもそもポッキーゲームとは言わばチキンレース。
此方からも攻めなくてどうする。
そう意気込み、此方も一口ほど距離を詰めた。
若干チキって少ししか進めなかったけれど。


また膠着状態に陥り、お互いの顔を凝視するハメになった。
おそらく此方は物凄く赤くなっているだろう。
それに比べ、随分と余裕そうな表情をされてしまっている。
耳が赤いのは、部屋が暖房で暑いからだろう。




一口、また一口。
少しずつ短くなるポッキーに反比例するかの如く顔が熱くなる。
もしかしたら心臓の音が聞こえてしまうかもしれない。
それ程の距離にまで、近付いてしまった。


俺達は見つめ合う。
互いに、目をそらす事もなく。
目が合っていると言うだけで気恥ずかしくなるのに、この距離と言う事も相俟って更に恥ずかしい。
あとほんの少し、噛み出せば。
唇が、触れ合ってしまうのだから。


そんな時、突然目と目が合わなくなった。
正確には…目を、瞑られた。
まるで、キスをせがむかの様な、そんな表情で。
王子様のキスで目を覚ます時を待つ、白雪姫の様に。


此処で俺が、もう一口。
ポッキーを、噛み進めれば…





ポキッ


「あっ」


「あれー?」


力み過ぎたからか、ポッキーはぽきっと折れてしまった。
たったそれだけで二人の間は引き裂かれる。


「…俺の負けだな」


「ねー、唇って何の為に付いてるんだっけー?」


「さっきも言ったけど、ポッキーを…」









チュッ、と。


離れた距離を再び戻す様に。
唇の距離が、0になった。


「…ふふーん。チョコを食べる為、だよねー。唇についてたよー」


軽い調子で言っているけれど、きっと。
その覚悟と勇気は、並大抵のものではなかったんだろう。
それを証明するかの様に、顔は真っ赤だった。


…きっと、俺も凄く顔が赤くなってるだろう。


「…残念だけど、チョコじゃなくてポッキーだよ」


恥ずかしさを誤魔化す為に。
そんな言葉で戯けてみせる。


…いや、正直。
俺は期待していたから。
彼女なら、きっと。


「じゃー…もう一回、ポッキーゲーム、やるー?」


そう、言ってくれる、と。


けれど、彼女は。
やっぱり、俺の予想を越えていた。


よし、やってやろう。
次はもう、負けるつもりはない。
そう思って、俺が袋からポッキーを取り出すよりも先に。


更に、その先への一言。


「それとも…ポッキー無しで、やる?」





お付き合いありがとうございました

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