【ガルパン】華さんボンバイエ (44)

地の文あり
キャラのイメージと違う部分が多々あるはずです
みほゆか
まこさお
主役は華さん

それでも良いと言ってくれる方、読んでもらえるとうれしいです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1478793898

『そこでしか咲けない花がある』

時の流れというのは本当に適当なものだと思う。
時計の針が10を指してから、ゆうに30分が経過している。
もちろんこれは私の体感によるものだが、事実は置いといて、主観的にはよほど目で見る時計なんかより正確なものだ。
遅々として進まない長針を睨みつけていると、思わずため息も出てしまう。

「だからここにね、線を一本引いてね、やるんだねぇ」

この教師の訥々とした喋り方はいつもなら分かりやすく、疲れている時は心地よい睡眠導入剤になるのだが、この時間帯ではそうもいかない。
いらいらいら。
思わず鉛筆でとんとんと机を叩き出しそうになる。はしたない。
そもそも、理系科目というのはどうも苦手だ。いや、苦手ではないが、好かないのだ。
大体例題の通りにやって、たまに例題と例題を組み合わせて、……ようはどれだけ知ってるかどうかだけだとすら思う(曰く、考えれば知らないことでもちゃんと分かるらしいが、学園創設以来の天才の言うことだからノーカウントというやつだ)
気分を変えようとふと窓から外を眺めると、見える景色も段々、寒々とした様子を呈してきた。
校庭に植えられた木々が次の芽生えに向け、少しずつ力を蓄えているのが分かる。
学園艦に乗っていると、航行ルートによっては雪が降ったりする季節。

一人身には染みる季節というやつでもある。

キーンコーンカーンコーン

「!!」

予鈴が聞こえた瞬間、身体に力が満ちるのが分かった。

「はい、じゃあ今日の授業ここまで。次からは三元連立……」

ここまで、という言葉が聞こえた瞬間勢いよく椅子を蹴り、飛び出す。

「あ、こら、まだ終わってないよ!」

何を言っているんですか、戦争なんですよ!

咎めてくる先生に視線と宙への手刀で答えると、ドアを思い切り開け、階段目指して駆け出した。

「うおー、頑張れ!!」

「磯部さんに負けちゃダメだよ!!」

「あんたの勝ちにバナナオレ一本!」

背中からの声援も、慣れたものだ。
後ろ手に二本指を閉じて、頭から星を飛ばすと、声援が何故か黄色みを増した。
なんででしょう。

「華!あほ華!なにやってんのー!!」

「あはは……」

さあ、戦いだ!!!

「っしゃあああああ!!!」

「ぐわああああああ!!!」

両拳を握りしめ腰だめに激しく前後させる。
今はこれこそが作法。
勝った。勝ったのだ。

久方ぶりの勝利だった。
ハングリーモンスター二号と呼ばれる磯部さんは、やはり強かった。(なんで二号なんだろう)

足の速さが勝敗を分ける全てではない。
体力勝負だけなら私に勝ち目はないだろう。しかしこれは、スポーツではないのだ。
最後の直線を制する違いは、ひとえに先生達や風紀委員からの注意にどれだけ耳を貸さないかだ。
つまり、どれだけ純な食欲が己を動かしているかが肝要だ。

「はぁ……はぁ……」

震える手で薄い投入口に札を入れ、万感の思いとともにスペシャル定食(※戦車道履修特典外)と書かれたボタンを押すと、売切の二文字が赤く光る。
この瞬間がたまらない。

「……見事だ、五十鈴さん」

「はぁ……い、磯部さん。今日もやはり、お強かったですよ」

「よせやい。敗者が味わえるのは涙と鉄の味さ」

崩折れて拳で食堂の床をどんどこ叩いていた磯部さんは、「今日はこの味を?みしめるよ」といいながら、本日のおすすめ定食であるホルモン定食のボタンを押していた。(その後裏メニューである大盛り三回を押すのはいうまでもない。当然のことだ)
磯部さんはでてきた食券達を摘むと、小さなそれをしげしげと眺めている。

「ねぇ、やっぱりカルビ一枚だけ……」

「だめです」

「そこをなんとか……」

「だめです」

この勝利の味は分けるものではない。
ぐぬぬと歯をくいしばる磯部さんを見ると思わず笑みも出てくる。

「私にもくれなかったじゃないですか」

磯部さんは再びがっくり崩折れた。
昨日までのささやかな仕返しでもあった。

「今日は五十鈴さん、勝ったんだな」

私が三本目のあつあつサクでかエビフライに箸をつけたところで、不意に横合いから声がかけられた。
むむ。

(もぐもぐもぐ……)

「……あぁ、すまん、今は喋れないな」

「もー、華、急に飛び出すし、作法とか以前にそんなに食べて、太るよ?」

「沙織が言うか?」

「うっ、うるさいな!私は気を付けてるの!でもついちゃうの!」

ぷに、ぷに、べしべし。
目の前で展開されるいちゃいちゃパラダイス。
ごはんが美味しくなくなる……とまでは言わないが、全く、二人とも鈍くて困る。
エビの甘さと大きな歯ごたえ、ころものサクサク感、ソースの塩味と酸味を存分に堪能して、飲み込む。

「沙織さん、麻子さん、すみません、お先に頂いてました」

「いや、構わない。その量だしな」

麻子さんが私の正面の椅子を無造作に引くと、沙織さんが特に下も後ろも見ずに座る。
当然椅子は合わせられる。
うへぇ。

「今日はエビフライにハンバーグにカルビにチキンソテーにホルモンにサラダにポテトにポタージュに……1日一食限定とはいえ1000円でこれは捨て身だよね~」

「……沙織さんはまた納豆定食ですか?」

「うん、麻子が重い重いってうるっさくて……」

「ごほん」

うへぇ。
麻子さんの顔が赤くなり、沙織さんは小首を傾げている。
かわいいですねぇ、もう。
二人の関係はいわゆる公然の秘密であり、「華だけには言っておきたいの」なんてやりとりがあったのはもはや無意味と言えた。
沙織さんだけはみんなには気づかれていないと思っている。
まこと我が校の誇る恋愛マスター(笑)の面目躍如といえた。

「全く、このバカ。少しは頭を使えばカロリーも使うぞ」

「もー、またバカにする!あ、みぽりんゆかりーん」

沙織さんがふりふり手を振るので、視線の先を見ると、みほさんと優花里さんが仲良く並んで歩いてきていた。

「わぁ~華さん、今日は勝ったんだね」

「これは、今日の放課後は大量のジュースが飛び交いますねぇ」

賭け事にするなんて、いいのかなぁ。なんて言いながらみほさんが私の隣に腰掛け、……ようとして、更にその隣の椅子がガタガタすることを確かめると、後ろの空いている席と椅子を交換した。
優花里さんは軽くお礼を言うと、二人してこれまた同時に仲良く座る。

「でも、もはやお二人のバトルはうちのお昼の名イベントですよ。参加出来ないまでも関わりたくなる気持ちは分かりますねぇ」

「うーん、まぁ、確かにこう、毎日密かに楽しみだよね」

「ねー」

なんなんですか。二人して。
お互いを見る目の優しさたるや。
一見ぬるぬるなようで芯からアツアツなお二人の関係は、もはや公然の秘密といえた。
カルビのご飯巻の脂が何故か口中で濃いめに感じてしまう。
恐ろしいことにこの方々、二人ともがあんこうチーム以外には一切バレてないと信じきっている。
こわっ!あなた達だけですよ!おバカ!

「……どしたの、華、難しい顔して」

「悩みなら沙織に言ってみるといい。もちろん私たちみんなでも聞くが」

「やっぱり賭け事、嫌なんじゃないの?」

「そ、そうなんですか?じゃあ、やめるようお願いしてみましょうか?」

ああ、優しさのシャワー。
悪意のかけらもないのがじくじく沁みる。
いっそみなさん、もう少し性格が悪かったりしたらなぁ。
嫌いになれたりすれば楽なのかもしれないが、この四人を嫌いになるなんて大嫌いなナマコを生きたまま食べるより、ずっとありえないのだ。
だから私は、大袈裟目に困り顔を浮かべる。

「うーん、お肉とお肉で、お肉が被ってしまっているのですわ」

うおおん、私は人間動力機関です、と言ってはしたなめに箸を進めると、きゃいきゃいと笑い声が上がる。
私も大好きなこの空気、壊すわけにはいかないのだ。
味はおぶっちゃけ、もうわからない。



五十鈴華16歳。
毎日割と幸せです。でも、ちょっぴり生きづらいです。

とりあえず今日はここまで

途中になってしまっている話を気にしてくださってる方がもしいれば、申し訳ないです
どうしても納得する締め方が出来ず、現在悩み中なんです。すみません

必ずそちらも完結させるので、今しばらく待ってもらえると嬉しいです

続きは、出来次第上げていきます

よろしくお願いします

「やー、ごめんね五十鈴ちゃーん、急に呼び出しちゃってさぁ」

菜箸を空中でふりふりしながら、会長がすまなそうに笑う。
とんでもない。私はもう、目の前の大洗の宝石箱に夢中だ。
土鍋の中には名バイプレイヤー1番センター白菜を筆頭に、2番セカンド人参、8番ライトエノキダケ、6番キャッチャー豆腐に7番ショート椎茸と隙がない布陣で固められており、その大きな一角をどどんとしめる4番ピッチャー鮟鱇は、ぷりぷりとその身を躍らせている。
土鍋の蓋がプレイボールされてから、私の箸は止まらない。
隅の方に何故かいる干し芋は、迷い込んだフーリガンか何かだろう。敬遠敬遠。

(むしろ、こんなご馳走に呼んでもらえて感謝しかありませんわ)

「あぁ~、その笑顔は料理人冥利につきるねぇ。はい、おかわり。どんどん食べてねん」

「五十鈴、お前ほんとに遠慮を知らんな」

「むぐ……」

「くら~っ、かぁしま~、そんなこと言うとお前のは干し芋マシマシだぞ~」

「あぁっ!あぁっ!やっぱりさすがにこれは無理だったんですね会長……」

会長がよそうたび河嶋さんのお椀に殺到するフーリガン達。
ちょっとかわいそう。

「全ての食材に感謝しろよかぁしま~」

「押し付けないでくださいよぉ……」

「あらあら。桃ちゃん、私ちょっと引き受けよっか?」

小山さんが優しく声をかけると、河嶋さんは口をムっと一文字に結び、手のひらを突き出した。
珍しいこともあるものだ、河嶋さんはもっと小山さんにべったりだと思っていたけれど。

「あん……会長が作ってくれて、私によそってくれたものだからな、私が責任もって全部食べる」

「かぁしま、意味わかんないよ」

「えぇっ、私的には胸キュンポイントのつもりだったんですが」

「自分で言うあたりさすがかぁしまだよね~」

会長をみると、言葉とは裏腹に、鍋の熱さにあてられただけとは思えないくらい顔が赤くなっていた。
これは、ははぁ、これは。

(そういうことなのですか?)

「そういうことなのよね」

私の目線に気づいた小山さんは、細く小さくそう呟いた。
ははぁ。

傍目からはよほどちゃんと見ていないとわからない程度に、小山さんは微かなため息をつき、視線を移した。
その先にいた河嶋さんはあぐ、だのおぐ、だの言いながらフーリガンを処理しており、会長はそれをけらけら喜んで眺めている。
箸が止まる。
この構図、覚えがある。
奇数って、ロクなものではない。

「おろ?どしたの五十鈴ちゃん、お腹いっぱい?」

「あ、とんでもありませんわ。大洗のゴローちゃんこと五十鈴華、当然まだまだ行けますとも」

「おふぁえ、おぐっ……おむぁえ、ふたあいてからはじめてまとおにしゃえったな」

「桃ちゃん、はしたないよ」

「むぐ……桃ちゃんゆーな!!」

その言葉を聞いた小山さんは眉を小さくハの字に曲げると、ごめんごめんと呟き、静かに箸を置いた。

「……それで、なんのお話だったんでしょう?」

会長がお鍋を流し場に片付け、再びこたつに潜り込んで弛まったタイミングで話しかける。
半目だった会長のまぶたが、ぱちりと開いた。

「んあ、むむ、五十鈴ちゃん、鋭いねぇ」

「会長が何の用もなく私をこのような会に呼ぶわけがありませんわ」

「そのセクシーポーズでなければ結構かっこいい雰囲気だったんだけどねぇ」

セクシーポーズ?

「あ、す、すみません、私ったら……」

「いーよいーよ、楽にしてて。その方が私も楽だしね~」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて……」

会長のご厚意は思った以上にボリューミーで、さしもの私もぺたんこ座りから身体を横に流さざるを得なかったのだ。
はしたない。少しだけ頬に朱が差すのが分かる。

「こほん。改めて、なんのお話だったんですか?」

会長がんふふ、と勿体つける。
何故か満足気なお口をしてらっしゃる。

「生徒会役員決めだよ。普通ならもうとっくに決まってるんだけどね~」

そういえば。
一年前の選挙がほんのりと記憶に蘇る。
確か会長は名前も覚えていない対立候補の方に、僅差でゆるゆる~と勝っていた。
確かというのは、記憶自体がわりと朧げで、どんな選挙だったのかとか、政策はどんなものだったかとか、正直そんなに興味もなかったからだが、
今思うと、もし会長が負けていたら大変な分岐点になっていただろう。
案外、歴史の分かれ目もこんなものなのかもしれない。

「例年10月には決まってますよね?」

「うん、でもほら、色々あったじゃん、ほんと色々。後始末とかでバタバタしちゃってさ。もー大変だよ。学園祭も結局出来なかったし……」

あぁ、そういえばそうだ。
一年生の子達は残念がっていたが、廃校騒ぎの後始末をしながら、学園をあげてのイベントなどできるはずもなく。

「悪いことしちゃったなぁ」

「そんな、会長達に感謝こそすれ、悪し様に思う者が大洗にいるはずありませんわ」

「うーん、でもまぁ、やっぱり私としては最後年を楽しませたかったし、楽しみたかった気持ちもあるわけで……ゆえに!!」

唐突に、会長がずびしと天を指差した。
なんだなんだ。

「大選挙祭を開催します!!」

「はえ?だ、だいせんきょまつり?」

「いえーす!小山、フリップと企画説明!」

はーい、と答えると、小山さんは後ろの棚から板をごそごそとマスクを取り出した。
……マスク?

「選挙オォォォォォ!!プルルルルォォォォォォレェスッッッ!!!」

ガツーン!!
これ手製だろうか。異様に完成度の高いフリップが天板の上に飛び出してきた。背後には稲妻が光り、ロゴの重厚なグラデーションが目を引く。
えっ、小山さん!?

「小山はね、無類のプロレス好きなんだ」

「えっ、えっ!?」

「河嶋のワガママに限界がくるとね、小山はマスクド小山になって技をかけてたんだよ」

いつの間にかマスクを被った小山さんは中腰になってゆらゆらと河嶋さんを狙っている。
河嶋さんは怯えきって会長にしがみついている。

「あああ杏ちゃん助けて!私今なにもしてない!」

「さぁ五十鈴ちゃん、デモンストレーションだよ!」

「えっ」

「ファイッ!!!」

ゴングは小山さんの掛け声だった。
神速のタックルで河嶋さんの両脇をガシッと?まえると、そのまま大根を収穫するかの如く河嶋さんをこたつから引き抜いた。

「うわああああゆずちゃあああああ!!!」

「ンンン~~ガッチャ!!!」

マスクド小山さんは悲鳴を一切意に介さず河嶋さんをうつ伏せに転がし、その上に馬乗りになると目の前の顎をぐいと引っ張り上げた。

「~~~~~~!!!」

バシバシバシバシ!!!

「ストップスト~~ップ!!!」

河嶋さんのこれまた神速のタップを受け、レフリー角谷さんは二人の間に割って入ると、マスクド小山さんを引き離し、片腕を天にあげさせた。

「ウィナーーー!!こやまーーー!!!」

「ガッデーーーーム!!!」

「」

「勝ったら会長!」

「えっ」

「はいっ、ルール説明終わり!」

「えっ!?」

「そんで、五十鈴ちゃんには是非出場してもらいたいんだ。色んな意味で見込みがある」

「え゛っ」

「副賞に、食堂一年完全無料券をつけます」

「えっ……」

「メニューを決められる権限も持てます」

「えっ!!」

「やってくれるかな?」

そんな言い方されたら、こう返すしかないじゃないですか!

「いいとも!!!」

会長は、満足気にうなづいていた。
小山さんは、毅然と立っていた。
河嶋さんは、ふえええと泣いていた。(ごめんなさい。ただただかわいい)




今思えば、熱き戦いの火蓋は、この時既に切って落とされていたのだ。

とりあえずここまでです
読んでくれた方、ありがとうございます

早速誤字修正です
>>22
板をごそごそとマスクを取り出した ×
ごそごそとマスクと板を取り出した ○

>>24
つかまえると ○

基本コメディ進行で、時折華さん眉間のしわ一本分程度のシリアス分が入る予定です

よろしくお願いします

それから学園は、にわかに汗と涙とリングの熱気に包まれた。
学園内の至るところで物々しい自主練習の光景が見られ、学食では赤い顔青い顔をしながら特盛(らしい)ご飯を食べる姿が増えた。
そして、プレイヤーに楽しむ人が多ければ、ギャラリーも楽しむ人が多いのが今の大洗の校風だった。

「ねぇ、あなた誰に入れる!?」

「私はやっぱり、鈴木さん!松本さんとの学園一のイケメンコンビは最高だよぉ」

「でた、ミーハーめ。まともな政策に囲まれてポツンと歴史授業の先鋭化って書いてあるのは見逃したらだめでしょ」

休み時間の屋上階段ダッシュワークを終え、下の階の踊り場を通る度、女の子達が団子状態になり、掲示板を取り囲んでいる。
普通の雑談なら気にも留めないだろうが、カクテルパーティ効果というものらしく、どうにも話が耳に入ってきて仕方ない。

「ねぇ、誰にするの?」

「私はね、絶対磯部さんだね。体育会系への手厚い政策が……」

「いやいや、一年生ながら出てきた澤ちゃんも捨てがたいよ。何気に1番まともで……」

「な、ナード的には猫田さんの政策はとっても魅力的ぃ……」

まさに花が咲くかの如く。
姦しく話に上がる候補者の中には聞いた名前が多く、戦車道受講者の人気が伺える。
しかし中でも1番は当然、

「私は絶対、西住さん!!」

ぴたっと、脚が止まる。

「私も!あの困り顔かわいいよぉ」

「試合見たけどさ、あの人、やる時はやるよね?かぁっこいいよね~」

「ふぇぇ、って耳元で囁かれ続けたい……」

みほさん。流石の人気だ。
転校生ながら大洗を救った救世主であり、普段のぽわぽわあわあわぶりと戦車に乗っている時の凛々しさのギャップは、学園艦という閉鎖空間には決して少なくない趣向の(めしべとめしべな)子達を魅了し、そうでない子達にも並々ならぬ人気があった。
しかし、今回の人気はそれだけが原因ではなかった。

「でも、このポスターは笑えるねw」

「うん、でもそのズレっぷりがまたかわいいw」

他の候補者はいわゆるスタンダードな選挙ポスター……衣装は思い思いなのだが、普通の構図のポスターを作る中、みほさんのポスターは異彩を放っていた。

選挙ポスターなのに何故か二人登場しているのだ。
一人はもちろんみほさんで、もう一人は何故か優花里さん。
二人ともオーソドックスな制服姿で、優花里さんもみほさんも満面の笑みなのは共通していた。
しかし優花里さんとみほさんの顔はこれでもかというほど密着しており、優花里さんの顔は上気していて、いや、上下逆で、いや、全身上下逆で、みほさんの肩と優花里さんの肩はこれまたぴったり密着していて、優花里さんの両脚をみほさんの腕ががっちり掴んでいる。
つまり、筋肉バスターだった。
重力に従ってめくれた優花里さんのスカートの上から、真っ赤で荒々しい筆文字で『強い学校』とキャッチコピーが書いてある。
乙女の露出は抑えつつ、珍妙ながらセクシー路線も押さえていた。

尖っている。
尖っているし、正直笑える。
しかし、この笑えるというのは結構大きい。
実際、大洗には少ないとはいえ一定数いる『選挙とかどうでもよくね』派の浮動票は、みほさんに傾いているのが教室などでもよくわかる。
そしてポスターの右隅にちみちみと書いてある政策は、読んでみると至極まっとうなのだ。
まともな人とまともじゃない人の両派から票を得られる、完璧なポスターといえた。

ふと、予鈴が鳴って、その場にいた女の子達が三々五々散っていく。
私の話題は出なかった。
当然だ。まだポスターどころか、政策すら固まりきってないのだから。

「あ゛ぁ゛、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」

「華ちゃん、こんなところでへばってる場合じゃないよ。さぁ、次はチェストプレス!」

放課後。
選挙シフトということで特別に早めに切り上げられた戦車道講義の後、他の候補者と同じように、秘密の特訓に励む。
会長は私に特別目をかけてくれているらしく、私のコーチに小山さんをつけてくれた。

「浅い!数じゃないの。筋繊維を苛め抜くんだよ。ゆーっくり、そう、ゆーっくり……」

「んぎぎぎぎぎ……」

小山さんのコーチングは厳しい。
厳しいが、効く。

「まだだよ、まだ!絞って絞って……おっけーい!」

「あぁ!!!はぁ……はぁ……はぁ……」

「すごいよ華ちゃん、一週間前より15キロも挙げられるようになったよ。やっぱり、恵体だね」

「そ、それは、どうも……」

小山さんは私の身体を仕切りに褒めてくれる。
どうやら私は人より筋繊維の密度が高いらしく、また、神経の通りも眠っているだけで相当良いらしい。
意味はよくわからなかったが「1やれば10引き出せる」「筋肉の神に愛されている」「極上の戦士」とのことだ。

「さ、軽ーくマッサージしたら受け身練習だよ」

「ありがとうございます」

小山さんが先ほど酷使した胸筋と肩甲骨の辺りをそっと労ってくれる。
じんわりと感じる温かみに、固まりかけていた筋肉が解れていくのが分かる。

「……は、華ちゃんってさぁ、ほんとに無防備だよね」

「??何に備えれば良いのですか?」

「いやその……身体が柔らかいのは、プロレスでは大事ってこと」

運動能力に関することで褒められるのはほんとに珍しくて、照れながらも、思わず口角が上がってしまう。
クラスに一人はいるタイプの運動音痴な私だが、ドッジボールとかにいい思い出が一切ない私だが、柔軟性には自信がある。
身体を動かすことは基本的にからきしだけれど、日舞とかは嗜んでいたおかげで、身体だけはちゃんと柔らかいのだ。
小山さんはなんでかうつむきながら、一頻りマッサージを終えると、「一番大事」らしい受け身の練習のインストラクションに入った。

「ふぅ……今日の練習はここまで!」

ぜぇぜぇと肩で息をしながら、小山さんに一礼をし、柔道場の畳にへたりこむ。
体操に使うようなマットと、トランポリンなどは和装の空間には不釣り合いで、パッと見なんの練習だったかさっぱりわからないだろう。

「はぁぁぁぁぁあ……」

もうだめ。もう体力の一滴も残ってない。
重力にはもう逆らえそうにないので、身体を投げ出して休んでいると、小山さんは私を転がして、本格的なストレッチと、マッサージを始めた。

「あああ……すみません小山さん、ありがとうございます」

「んーん、いいの。私はコーチなんだから。このくらい当然だよ」

筋肉がピシピシと痛むが、それ以上に、小山さんの手つきは優しくて、昂ぶっていた精神が落ち着くのを感じる。
首、肩、腕。
入念なマッサージを受けていると、感謝と、満足感と、一握りの罪悪感が湧いてくる。

「……なんだか申し訳ありませんわ」

「何が?」

「他の方が独力で頑張ってらっしゃる中、私だけ知識も豊富な小山さんに助けられて。私は……」

やりたいこともわかってないのに。
言いかけて、口を噤む。
それを言ってしまっては、認めてしまってはいけない気がしたから。
言葉にすれば、それに囚われるような気がした。
小山さんは何も言わないまま、ひたすらにマッサージを続けてくれる。
実に繊細に扱ってくれる。
段々と下半身に移り、最後に足裏にマッサージをしてから、脚先を持って全身をぷらぷら揺らして、それで終わりだ。

「ん」

差し出された手を取ると、全身から重力が取れたかのようにふわっと浮く。
気づくと立ち上がっている、といった具合で、練習終わりのコレは、密かな楽しみだった。

「小山さん、ありがとうございます」

「ううん、華ちゃんも、お疲れね」

「また明日もお願いしてよろしいでしょうか?」

「もちろん」

どこまでも面倒見の良い小山さんに感謝し、深く礼をして帰り支度を始める。
タオルで身体を拭き、下着……はこのままでいいか。汗が滲んでて、はしたないけど、着替えるのも少し億劫だ。
制服の袖に腕を通したところで、不意に裾がくいと摘まれた。

「ね、今日は一緒に帰らない?」

とりあえず今日はここまで

読んでくれた方、ありがとうございます

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