みほ「トライアウト」 (85)

「戦車道」

「女性の嗜みとして長年親しまれたこの競技にはプロのリーグが存在する」

「その戦車道に10年前、革命児が現れた」

「彼女はプロでの活躍が約束されていた」

「はずだった」

バース・デイ

戦力外……反骨の軍神、どん底からの復活
妊娠中の妻は元チームメイト

東山「西住みほ、27歳」

東山「彼女は高校時代、軍神として世に名を知らしめました」

東山「1年生では全国大会準優勝。2、3年生では優勝」

東山「大学では六大学戦車道で4連覇という偉業を達成しました」

東山「そんな彼女が今、苦境に立たされています」

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「とある2LDKのマンション、そこに彼女は住んでいる」

―「おはようございます」

みほ「おはようございます」

「西住みほ、27歳、職業はプロ戦車道の選手」

―「今日は契約更改の日ですね」

みほ「はい……あ、中どうぞ」

―「失礼します」

「中に入ると、お腹がふくらんだ女性、そして小さな子供がいた」

「彼女の名は西住優花里、みほの妻である」

「彼女のお腹には二人目の子供がいる」

優花里「おはようございます」

―「おはようございます」

―「今のお気持ちはどうですか」

みほ「そうですね、出来ればまだ現役を続けたいとは思っています」

優花里「大丈夫ですよ、みほさんなら」

??「ママー!」

優花里「はーい、どうしたの」

??「ボコ見るボコー!」

優花里「ちょっと待っててね。今パパの大事なお話してるからね」

??「えー!」

「子供の名は西住りほ、4歳」

「二人の愛の結晶として生まれた子供である」

みほ「じゃあ行ってくるね」

優花里「はい!いってらっしゃい!」

りほ「いってらっしゃーい!」

ガチャンッ

―「素敵な家族ですね」

みほ「はい。家族がいなかったらもう戦車道辞めてたかもしれないですから」

「スーツを着こなす彼女の笑顔は10年前、全国高校生戦車道大会で優勝した時のあの笑顔そのままである」

「西住みほ、現在27歳」

「戦車道の名家、西住流の次女として生まれ、小さい頃から戦車道を続けている」

「そして高校は名門黒森峰女学園に入学、1年生としては異例の副隊長を任せられる」

「しかし、全国大会の試合がきっかけで黒森峰を退学」

「戦車道がない大洗女子学園へと転校してしまったのである」

―「戦車道を辞めたいって思ったことはありますか?」

みほ「やっぱり1年生の全国大会ですね。あの時は全部が嫌になっちゃって、学校もやめましたし」

―「でも、その次の年に優勝してますよね?」

みほ「はい。当時の生徒会長だった人が戦車道を復活させるって息巻いてて」

みほ「経験者が私しかいなかったので無理やり……って感じですね」

「当時無名だった大洗女子学園を全国優勝へと導いた西住」

「愛らしいルックスと相まって、彼女は一代ムーブメントを起こすことになる」

みほ「あの時はすごかったですね、買い物行くだけで記者の人が付いてきて」

みほ「本当に外も歩けなかったですから」

「翌年、3年生になった西住はまたもや全国大会で優勝」

「そして秋。プロか、大学進学か。当時、世間は西住の進路の話題一色となっていた」

―「大学に進んだことは後悔してないですか?」

みほ「はい、全く」

みほ「すぐプロに入ればこういう結果にはならなかったって人もいますけど」

みほ「そんなの結果論ですから」

「結果、西住は黒森峰大学へと進学」

「前年、姉のまほが大学の推薦が決まっていたにも関わらずプロ入りを表明したため、その尻拭いの為の進学とも揶揄された」

「まほは現在ドイツリーグでプレーしている」

みほ「お姉ちゃんはすごいですよ。私とは才能が違い過ぎます」

みほ「本当に手の届かないところに行っちゃったなぁって感じです」

みほ「でも私だって家族を食べさせないといけないんです」

みほ「死に物狂いでなんだってやるつもりです」

「彼女のプロ1年目の成績は6勝7敗」

「大卒1年目の選手としてはまずまずの結果を残している」

「しかし2年目、悲劇が彼女を襲った」

みほ「ターニングポイント……やっぱり2年目のケガですかね」

みほ「あの時はちょうど子供も生まれた時だったので」

みほ「本当に悩みました」

「2年目のオープン戦でケガ、シーズンを棒振りリハビリに費やした」

「3年目、試合の勘は戻らず成績は2勝8敗。ついには2軍落ちとなってしまったのである」

「4年目、2軍での成績は3勝8敗。そして5年目の今期は2軍での出場機会も与えられなくなってしまった」

みほ「着きました」

―「では、いってらっしゃい」

みほ「はい、行ってきます」

「このビルには西住が所属するチームの親会社が存在している」

「今年で契約が切れる西住、全てはこの契約更改にかかっている」

………

―「結果は?」

みほ「はい……あなたは来期の戦力構想に入っていないと言われました」

みほ「つまりはクビですね」

―「そうですか……」

みほ「でも一応他のチームが獲得してくれるか待って、どこもなかったらトライアウトを受けるつもりでいます」

「トライアウト、西住と同じ戦力外通告を受けた選手が受ける試験のことである」

「そのトライアウトでスカウトのお眼鏡にかなえば、晴れて再契約、という流れになっている」

みほ「はぁ……」

「その日、西住の足取りはとても重かった」

―――

みほ「ただいま」

優花里「おかえりなさい!……どうでした?」

みほ「うん……まぁ……」

優花里「そう……ですか」

優花里「大丈夫ですよ!みほさんなら他に取ってくれるチームがあるはずです!」

優花里「トライアウト受けるんですよね?一緒に頑張りましょう!」

「西住の言葉を待たずに全てを察した妻、そんな彼女も戦車道経験者である」

「二人の出会いは高校時代、西住が転校してきた大洗女子学園にいたのが現在の妻、優花里さんである」

「戦車道のチームメイトとして2年間ともに戦っていた二人は大学入学を機に交際をスタート」

「西住のプロ入り1年目で結婚、一人の子供を儲けた」

優花里「じゃあ私行ってきますね、りほのことよろしくお願いします」

みほ「うん、ごめんね」

優花里「もう!謝らなくていいですから!」

―「どこかへ出かけれられるんですか?」

優花里「はい。産婦人科に行った後、美容院に行きます」

―「髪を切りに?」

優花里「いえ、職場です」

「優花里さんは家計を助けるために週3回、美容院でアルバイトをしている」

「しかし優花里さんは妊娠7か月、働くのには少しお腹が大きすぎるかもしれない」

優花里「いってきまーす。よいっしょっと……」

みほ「うん。ほら、ママいってらっしゃーいって」

りほ「ママいってらっしゃーい!」

バタンッ

みほ「……」

みほ「ホント、情けないですよね」

みほ「何やってるんだろうって。二人目も生まれるのに」

「そう自分を責める西住の目には涙が浮かんでいた」

―――

「戦力外通告を受けた1ヶ月後、西住はとある練習場に来ていた」

エリカ「なかなか仕上がってるじゃない」

みほ「うん、だいぶ修正出来てきたよ」

「彼女の名は逸見エリカ。黒森峰大学時代は西住の右腕となり副隊長を務めていた」

「大学時代、西住と同じく逸見もプロ志望届を提出。しかしどのチームからも指名されず社会人のチームへと入団した」

「社会人リーグで仕事をしながらプロからの指名を待つも、昨年にチームを退団。会社も退職」

「今年から黒森峰大学でコーチを務めることになった」

「戦力外通告を受けて、練習場がなくなった西住に母校のグラウンドを貸したのも、逸見であった」

―「西住選手の調子はどうですか?」

エリカ「悪くないわね。ケガももう完全に治ってるみたいだし」

エリカ「でも・・・」

―「でも?」

エリカ「みほは、戦車乗りとして一番大事な物をなくしてしまったかもしれないわ」

「戦車道が女性に親しまれた理由、それは単純な体格差、腕力の差が勝敗に左右されないからである」

「つまりそれ以外の技術、戦術、精神力が勝利への鍵となっている」

エリカ「あれだけ大ケガしたんだもの。イップス、いやPTSDになってもおかしくないわ」

エリカ「教え子にも似たような症状の子がいるの」

「西住は2年目のオープン戦で頭蓋骨を骨折する大怪我を負った」

「リハビリで後遺症は残ることがなかったが、それ以降西住の緻密な戦術や大胆な攻めは鳴りを潜めてしまった」

―「トライアウト、厳しいですか?」

エリカ「……頑張ってはもらいたいわよ、同期の星なんだから」

エリカ「でももうこれ以上みほが苦しむ姿を見たくないっていうのも本音よ」

エリカ「まぁみほがやるっていうならとことん最後まで付き合うけど」

エリカ「一応数年前まで隊長と副隊長だったんだから」

ピーンポーン

優花里「はーい」

まほ「私だ」

優花里「お義姉さん、お世話になります」

まほ「グーテンターク、優花里」

「黒森峰大学で自主トレをしている西住の変わりに臨月の優花里さんのお世話役を買って出たのは姉のまほだった」

りほ「……」モジモジ

優花里「ほら、ちゃんと挨拶して」

まほ「久しぶり、大きくなったな。覚えてないか?」

まほ「おばさんでいい」

りほ「……」モジモジ

優花里「すみません、この子ちょっと人見知りするみたいで」

まほ「このぐらいの子はみんなそんなものだ。それにしても小さい頃のみほそっくりだな」

まほ「とりあえずご飯でも作ろうか?食材も買ってきた」

優花里「すみません。あまり食欲がなくて……」

まほ「そうか。じゃありほの分を作ろう」

りほ「ごはんー!」

すみません>>22の前に

りほ「パパ?」

優花里「いや、違うでしょ。パパのお姉ちゃんのまほお姉さんだよ」

を入れ忘れました

……

まほ「ほら、特製ブルストだぞ」

りほ「うわー!ソーセージ!」

優花里「……」

まほ「食欲出ないか?」

優花里「はい……逆に戻しそうです」

まほ「そうか、背中さすってやろう」

優花里「あ、ありがとうございます。楽になります」

まほ「予定日はいつなんだ?」

優花里「来月の15日です」

まほ「となると……」

優花里「はい、みほさんのトライアウトと同じ日です」

まほ「そうか……」

優花里「こんな大事な時期に傍にいてあげられないなんて妻失格ですよね」

まほ「そんなことはない。出産は待ってくれない。失格とか合格とかそういう話じゃない」

まほ「厳しいことを言うが、こんな時期にクビになったみほが一番悪い」

優花里「それも、もしかしたら私のせいかもしれないです」

優花里「私たち家族がプレッシャーになって、それで悪循環になってるのかもしれないです」

まほ「優花里」

優花里「は、はい」

まほ「出産やみほの再就職のことで悲しい気持ちになるのはわかる。だがみほはそんなに弱いやつじゃない」

まほ「家族の応援を力にできないような奴はプロに向いてない」

まほ「だからお前たち家族だけは純粋にみほを応援してやってくれ。遠慮なんてするな」

優花里「は、はい。すみません。変なこと言いました」グスッ

まほ「お前も不安なんだろう。でも今は元気な子供を生むことだけを考えろ」

りほ「おばちゃん、おかわりー!」

まほ「はいはい、いっぱい作ったからな。ちょっと待ってろ」

「そして1ヶ月後、運命のトライアウト当日」

ー「おはようございます」

みほ「おはようございます」

―「調子はどうですか?」

みほ「きちんと睡眠も取れましたし、バッチリです」

エリカ「1ヶ月も部屋貸してあげたんだから絶対どっかに引っかかりなさいよ」

「この1ヵ月半、西住は黒森峰大学で自主トレを行い、大学生に混ざり練習をしてきた」

「最初は寮に寝泊まりしていたが、在学生以外が寮を使うことを大学側が問題視」

「半月が経過した後は逸見の部屋に移り住んでいた」

エリカ「あんたねぇ、家事とか全部奥さんにやらせてるでしょ」

みほ「いや、ウチの私がキッチンに立つと怒るから……」

エリカ「だからってまともに料理もできないってどういうことなのよ!?」

みほ「高校時代はやってたんだけどねー」

みほ「久しぶりすぎて忘れちゃってて」

エリカ「まぁでも大学時代思い出して懐かしかったわ」

みほ「うん、ありがとうエリカさん」

「プロ戦車道合同トライアウト」

「プロ戦車道連盟に属するチームが合同で行う、自由契約選手を対象とした入団テスト」

「掘り出し物を探すべく、国内外から集まった戦車道チームのスカウトが目を光らせている」

「一般人にもその様子は公開されており、コアなファンはこぞって観戦に来ている」

ファン「西住選手!握手してください!」

ファン「大洗時代から応援してます!頑張って!」

みほ「はい、ありがとうございます」

「知名度は抜群の西住、トライアウトの時でも自然とファンが集まってきた」

エリカ「ちょっと!ダメダメ!今ナーバスになってるんだから終わった後にしてちょうだい」

みほ「いいよ全然」

みほ「一応まだプロだから。ファンは大事にしないと」

「10分ほどファンの対応をした後、西住は会場へと入っていった」

エリカ「みほ……頑張れ」

「今から1週間前、とある人物が西住へと電話をかけてきた」

みほ「もしもし」

まほ「みほか。私だ」

みほ「お姉ちゃん、優花里さんどう?」

まほ「うん、安定している」

まほ「二人目だし大丈夫だと本人も言ってる」

みほ「そっか、ありがとう」

まほ「ところで本題なんだが」

まほ「優花里と話し合った結果、出産の結果は試験前に伝えないことにした」

みほ「え!?なんで!?」

まほ「一応予定日はトライアウト当日だ。しかしこういうのはどうしたって前後するものだ」

まほ「当日までに生まれればいいが不安な気持ちのまま試験を受けるのは良くないと思ってな」

まほ「試合前日や当日に電話を待つのは嫌だろう」

まほ「よっぽどのことがない限りお前には連絡を取らない」

みほ「……うん」

まほ「今はトライアウトのことだけに集中しろ」

まほ「医者も問題ないと言っていたそうだ」

みほ「わかった」

まほ「頑張れ、お父さん」

―「誰からのお電話ですか?」

みほ「姉からです」

みほ「今はトライアウトに集中しろと、出産のことではもう電話はしないと言われました」

みほ「優しい姉です」

………
……

「トライアウトでは10対10の殲滅戦、フラッグ戦を1回ずつ行う」

「西住のポジションは車長だが適性を見るために全選手が全てのポジションをこなすことになっている」

「車長としてプロに入り後に他のポジションに転向し成功をおさめた選手も少なくないためこのような措置が取られる」

みほ「まずは通信手ですね」

「西住は車長のイメージが強いが、大学時代は一通りのポジションをこなしており、そのユーティリティーにも期待されている」

審判「それでは試合開始!」


………
……



審判「試合終了!」

審判「2試合目は午後1時から行います。それまでに各自ポジションを確認しておいてください」

みほ「あー、緊張した……」

―「どうでしたか?」

みほ「はい、バッチリでした!」

「午前中の初戦は殲滅戦が行われ、西住は通信手、操縦手、砲手を務めた」

「1対1となった最終局面、西住の砲撃により赤チームが勝利を収め、勝負強さを見せる結果となった」

エリカ「よかったじゃない!」

みほ「うん!」

エリカ「やっぱりあなた砲手向いてるわよ」

「西住は大学2年生の時、1年間砲手を務めていた」

「実は車長を務めていた3年生、4年生の時よりもチームの勝率は上というデータもあり、意外な適性を見せている」

エリカ「ご飯食べましょうか、午後からは車長やるんでしょ?しっかり食べとかないと」

みほ「そうだね」

……


審判「試合開始!」

……

審判「試合終了!」

審判「これで今年度トライアウトの全日程を終了します」

「「「お疲れ様でした!!」」」

みほ「………」

エリカ「お疲れさま」

みほ「……うん」

「午後の試合、西住は装填手と車長を務めた」

「装填手は問題なくこなしていた西住、しかし車長のポジションを任された後戦局は大きな変化を見せた」

みほ「やっぱり私ダメかも」

エリカ「そんなことない!」

「西住が車長へと交代したのち、そのちぐはぐな指示により部隊は混乱」

「直後にフラッグ車が撃破され、あえなく試合終了となった」

みほ「初めて言いますけど私」

みほ「車長として戦車に乗ると震えが来て汗が止まらないんです」

みほ「練習だとそんなことないのに」

みほ「カウンセリングも受けたのに全然効果なくて」

エリカ「……自分のことなんだから気付いてないわけないとは思ってたけど」

エリカ「そんな重症だったのね」

みほ「だから4年目からは砲手の練習もしてたの」

みほ「でもチームの方針で車長しかやらせてもらえなくて」

みほ「本当にずっと悩んでた、本職で砲手やってる人にもなんか申し訳なくて」

エリカ「でもこれで進む道はっきりしたんじゃない?」

みほ「うん。とりあえず結果を待つよ」

みほ「あっ、そうだ優花里さん!電話しないと!」

エリカ「それならさっきまほさんから私に電話来て生まれたって言ってたわよ。母子ともに健康だって」

みほ「ええー!?」

「それから逸見の運転によるヘリで二人は病院へと直行」

「西住が試験を受けている午前10時、優花里さんは元気な女の子を出産していた」

みほ「優花里!」

優花里「あぁ、みほさん」

まほ「おめでとうみほ」

みほ「よく頑張ったね!」

優花里「何言ってるんですか、余裕ですよ。もうベテランですから」

エリカ「二人目で何がベテランよ」

まほ「それでトライアウトの方はどうだったんだ?」

みほ「……うん」

エリカ「砲手としては100点満点でした。でも車長の方は……」

まほ「そうか、みほもよく頑張った」

優花里「パパ、赤ちゃんの顔見てきてあげてください」

みほ「そ、そうだね」

優花里「そんな悲しそうな顔しないください。一家の長でしょう」

みほ「うん。ごめん。新しい門出の日にダメだよね落ち込んでたら」

エリカ「私も見ていい?」

……

エリカ「うわあああ!めっちゃかわいい!」

みほ「うん。目元が優花里そっくり」

エリカ「一人目の子もそうだけど秋山の遺伝子強いわね!」

みほ「そう?りほは私に似てるって言われるけど」

エリカ「だってりほちゃん髪の毛くるっくるじゃない」

みほ「髪だけでしょ!」

エリカ「顔はみほで髪は秋山なのよ!」

看護師「お父さん、娘さん抱きますか?」

みほ「え、いいんですか?」

看護師「はい」

エリカ「あのー、私もいい?」

……

みほ「ちっちゃい……」

みほ「パパ、君の為ならなんでもするよ。頑張る」

エリカ「次私!私!」

エリカ「ああああ、柔らかい!私も子供ほしいなあああ!!」

みほ「……」グスッ

エリカ「ったく…」

エリカ「ほーらパパ泣かないで―って」

エリカ「パパが泣くと私も悲しいよーって」

みほ「ふっ、何言ってるのエリカさん」

エリカ「あんたのため思ってやってんのよ!!」

「束の間、家族と友人の温かさを肌で感じる西住」

「果たして彼女を獲得したいと名乗りを挙げるチームはあるのだろうか」

……


しほ「ついに追い詰めたぞプリキュア」

りほ「くっ、私はまけない!いくよ!」

りほ「クルクルリンクル!プリキュアダイヤモンドエターナル!!」

しほ「な、なにぃ!その技を使うとは……」

しほ「ぐわあああ!や、やられたあ……」

りほ「やったあ!りほの勝ち!」

しほ「ふっふっふ、甘いぞプリキュア!!」

ガバッ

りほ「くっ!まだ生きていたのね!」

しほ「今度こそ息の根を止めてやる!」

りほ「キュア頭突き!」

しほ「いたっ!」

みほ「ただいまー」

りほ「あーパパおかえりー!!」

りほ「妹はー?ねえ妹はーー?」

みほ「退院までまだちょっとかかるからね。今日から何日かはパパと二人だよ」

りほ「えーー!!!」

まほ「いい子にしてたか、りほ」

りほ「うん!おばあちゃんとプリキュアごっこしてたの!」

みほ「ありがとうお母さん。って鼻血出てるよ!?」

しほ「3時間連続プリキュアごっこはさすがに疲れたわ」

みほ「ごめんね」

しほ「いいのよ。で、優花里さんは大丈夫だったの」

みほ「うん。今会って来たけど全然元気そうだった」

しほ「おめでとう。で、話は変わるけど」

しほ「トライアウトはどうだったのかしら」

まほ「りほ、今度はおばさんとプリキュアごっこしようか」

りほ「えーもう飽きた!」

まほ「そうか。じゃあ向こうでアイカツでも見よう」

りほ「見るー!!」

みほ「うん……もしかしたらダメかも」

しほ「そう。でも心配しないでいいわ。あなた一人くらい就職の面倒は見れるから」

みほ「でも私ももう二児の父で27だし、コネってわけには……」

しほ「何を甘えたこと言ってるの」

しほ「家族に辛い思いをさせる方がよっぽど恥よ」

しほ「まほはいつまで経っても結婚しないから孫の顔を見せてくれるあなたには感謝してるのよ」

しほ「少しくらい甘えなさい」

みほ「…うん、ありがとう」

「そして1週間後、優花里さんと愛娘のかほちゃんが退院」

「結果を待つ西住の元には、意外にも3件のオファーが来ていた」

みほ「はい、はい。わかりました」ピッ

優花里「どこかのチームからの電話ですか?」

みほ「うん、石川の独立リーグから。でも車長としてだって」

優花里「そうですか……」

「トライアウトから1週間、プロのチームから2件、独立リーグのチームから1件、獲得のオファーが届いた」

「しかしいずれのチームも車長としてのオファー、砲手としての獲得は考えていないとのこと」

「西住のアイドル人気を利用したいのか、実力を評価されていないと考える西住は悩み続けていた」

―「車長を続けるつもりはないんですか?」

みほ「はい。もう吹っ切れました」

みほ「他のチームにそれで入っても、去年までと同じような結果になるのは目に見えてますから」

優花里「中々上手くいかないものですね」

みほ「うん……」

「そしてさらに1週間が経過、事態は急展開を迎える」

♪~

みほ「はい!はい、西住です。はい、はい」

みほ「ドイツですか?」

優花里「!」

みほ「はい、はい。え、じゃあ砲手として?」

優花里「!!」

みほ「はい、わかりました。じゃあ失礼します」

優花里「ど、どうでした?もしかして!」

みほ「うん。ドイツリーグのチームの人から。しかも砲手として戦力に考えてるって」

優花里「やったじゃないですか!」

みほ「でもね、4部リーグだって」

優花里「4部……」

「戦車道国際ランキング1位を誇るドイツには1部から5部までプロチームが存在する」

「姉のまほが所属するリーグは1部リーグ、推定年俸は日本円にして10億円」

「西住がオファーを受けたチームは下から2番目の4部、つまり4軍に相当する」

「1部リーグの選手は平均年俸が日本円にして3億円を超えるが、4部リーグの平均年俸は300万円を切っている」

「もちろん試合の移動は全てバス、部屋も相部屋、道具の支給さえままならないチームも存在している」

「4部リーグの選手は10代後半から20代前半のドイツ人がほとんどを占めており、西住のような20代後半の外国人は珍しい存在だ」

「西住は結果報告と相談のため、ある人物へと電話をかけていた」

みほ「もしもし、お姉ちゃん?」

まほ「あー私だ。結果はどうだった」

みほ「うん。一応何個かオファーはもらって」

まほ「そうか、良かったじゃないか」

「しかし車長はもうやらないこと、ドイツの4部リーグからオファーを貰ったことを報告するとまほの口振りは一変した」

まほ「で、どうなんだ。ドイツでやる気はあるのか?」

みほ「私は……」

みほ「やってみたいと思ってる」

まほ「そうか」

まほ「私は反対だ」

みほ「え……?」

「いつも自分を応援してくれていた姉の言葉に動揺する西住」

まほ「反対する理由はいくつもある」

まほ「ドイツリーグのレベルは知っているか?」

みほ「大学の国際親善試合とかでしかやったことないけど」

まほ「砲手の練習は大学2年以来やっていないんだろう?」

まほ「贔屓目に見てもお前は3部レベルだ」

みほ「3部……」

まほ「ドイツでプレーしている日本人選手は何人かいるが、みな日本で結果を残した者ばかりだ」

まほ「中には日本で大活躍しても1部で1回に試合も出ることなく退団した選手もいる」

みほ「それは、わかってるよ」

まほ「環境や練習の違いで化ける選手もいる。だがお前ドイツ語話せないだろう?」

みほ「うん……」

まほ「4部リーグの選手に通訳なんてついてくれないぞ」

みほ「ドイツ語は今から勉強する」

まほ「生活もかなりハードだ。全く戦力にならないで1000万近く貰ってた日本とは180度変わる」

まほ「大体嫁と子供はどうするんだ。ドイツに連れてくるのか?」

みほ「うぅん、単身赴任で私だけ行くつもり」

まほ「その間の生活費はどうする。子供二人抱えて優花里に働かせる気か?」

みほ「一応使ってない契約金とか貯金とかあるし……」

まほ「いくらだ」

みほ「1000万」

まほ「普通の家庭だったらそれでいいかもしれない。でも、お前娘に私立の学校に行かせるって言ってたよな?」

みほ「うん、出来れば黒森峰に行ってほしいって思ってる」

まほ「二人目の子もすぐに大きくなって金がかかるようになる。1000万なんてすぐなくなる」

みほ「……」

まほ「就職するのも早い方がいいに決まってる。仕事だって若い頃から始めた方が覚えがいい」

みほ「……」

まほ「厳しいことを言ってすまない。でもお前の人生はお前だけのものじゃないってことを深く心に刻む必要がある」

みほ「うん……わかった、ありがとう」

「姉からの思いがけぬ厳しい言葉に西住は絶句していた」

―「お姉さんからの電話ですか?」

みほ「はい。姉はズバズバ本音を言う人なので」

みほ「27歳無職の現実を知ったって感じです」

「電話が終わった後西住は座り込んで30分近く考え込んだ」

「答えが出たのだろうか、コンビニに寄った後、家族が待つ家路へと着いた」

「食事も終えた午後9時、騒がしい子供が二人とも寝た後が唯一の夫婦の時間である」

「そこで西住は優花里さんに重大な決意を伝えるつもりだ」

みほ「お疲れ様」

優花里「やっと寝てくれましたよ。はい、ビール」

「二人きりで晩酌するのは何ヶ月ぶりのことだろうか」

みほ「いつもありがとうね優花里さん」

優花里「なんですか急に。気持ち悪いですよ」

みほ「うん……」

優花里「……」

「沈黙が続く。そして西住が話を切り出した」

みほ「私さ、引退、することにした」

優花里「……」

みほ「かっこいいとこ見せられなくてごめん。これからはサラリーマン、頑張るから」

優花里「誰かに何か言われたんですか?」

みほ「……」

優花里「もうお前は終わってるとか、家族のこと考えろとか、そんなくだらないこと言われたんでしょう?」

みほ「……」

優花里「みほはいつもかっこいいよ。戦車乗ってるときも、子供と遊んでるときも」

優花里「世界一かっこいい戦車乗りで、世界一かっこいいパパだよ」

優花里「本当は引退したくないんでしょ?」

みほ「……したくない」

優花里「私たちのことなら気にしなくていいから。実家に頼み込んで働かせてもらう」

優花里「子供たちも、黒森峰じゃなくたって戦車道は出来る」

みほ「でも、それじゃ迷惑が」

優花里「迷惑じゃない!みほが頑張ってるの応援するの、全然迷惑じゃない」

みほ「……ありがとう」

優花里「みほなら絶対出来る!ドイツでも活躍できる!」

みほ「……」グスッ

優花里「泣かないの!」

みほ「うん。絶対世界一の戦車乗りになって帰ってくるから。待ってて」

優花里「うん!」

優花里「あのーすみません、ディレクターさん」

―「はい?」

優花里「これから夫婦の時間なんで……」

―「あっ、すみません。楽しんでください」

「家族の絆により引退を撤回することになった西住」

「第三子の誕生にも期待できそうな夜となった」

……

「西住がドイツに旅立つまでの半年、西住家は新しい生活の準備に追われていた」

「優花里さんは子供二人を連れて、実家のある学園艦に帰省」

「実家の秋山理髪店を間借りし、前職の経験を生かしてまつ毛エクステとネイルサロンの事業を始めることになった」

「開業資金はなんと、独身時代に貯めた貯金から出すというのだ」

―「残された貯金は使わないんですか?」

優花里「これは主人が命をかけて稼いだお金です。私事では使えません」

優花里「私の貯金から生活費や学費まで出せたらいいんですが」

優花里「さすがにそうはいきませんから。そちらにはありがたく使わせていただきます」

「これが娯楽の少ない学園艦の女子高生に受け、時には理髪店の利用人数を越す日もあるという」

「長女のりほちゃんが4月に小学校へ行くため、子育てにかかる時間が半分になるということも優花里さんが仕事を始めるきっかけになった」

優花里「私の方は完全予約制でやっているので、休みも取りやすいです」

優花里「どこかに勤めるとなるとそうはいきませんから」

「とは言うものの、余裕のある生活が出来るわけではない」

「プロ選手の端くれだった西住との収入の差はあまりにも大きい」

優花里「ホント、今までどれだけいい生活をさせてもらっていたか身に沁みました」

優花里「今の目標は安定した収入と、お金を貯めて家族3人でパパの応援に行くことです」

「子供の面倒を優花里さんのご両親も見てくれるため、仕事に打ち込むことが出来ている」

―「お孫さんと一緒に暮らせて嬉しいですか?」

好子「はい、勿論。みほちゃんが日本にいる時は優花里もそっちにかかりっきりで中々会えませんでしたから」

好子「嬉しい悲鳴といったところでしょうか」

淳五郎「いないいなーーいばあっ!」

かほ「きゃっきゃっ」

「そして3月、入団テストに合格した西住は正式に契約を済ませ、ついにドイツへと出発することになった」

「成田空港、家族との別れの時」

みほ「あと30分、か」

優花里「……」

りほ「ねーパパ旅行行くのー?りほも行きたいー!」

優花里「違うよ。パパはお仕事しに行くの」

りほ「やだやだ!行きたい行きたい行きたい!」

優花里「ワガママ言わないの。ママだって行ってほしくないんだから」

りほ「うわあああああああん!」

みほ「ごめんね。全部パパのせいなの。りほは何も悪くないのに」

みほ「これからは、りほがパパの変わりにママを守ってあげてくれる?」

りほ「うー……」

みほ「ははっ、まだわかんないよね。ごめん」

みほ「かほ、今度会うときはもっと大きくなってるんだろうな」

みほ「一番大事な時に一緒にいてあげられなくてごめんね」

みほ「パパ頑張る」

みほ「優花里」

優花里「はい」

みほ「優花里には心配と迷惑かけてばっかりだったね」

優花里「いえ、そんなことないです」

みほ「それもこれで最後だよ。絶対に優花里を迎えに来る」

優花里「……はい!期待して待ってます!」

『12時30分発、ベルリン行きにご搭乗のお客様は―――』

みほ「じゃあ行ってきます!」

優花里「いってらっしゃい!」

「そうしてドイツに旅立った西住、その眼には涙が滲んでいた」

「日本のプロ戦車道選手で、戦力外になった者は去年だけで120人」

「そのうち、戦車道に関わる仕事をしているものは半分に満たないという」

「ドイツに移籍という道を選んだ彼女と彼女の家族をこれからも応援したい」

次回予告

「ドイツに渡って3ヶ月、西住はその成績が認められなんと2部リーグでプレーをしていた」

「そして、優花里さんの第三子妊娠が発覚」

「またも神様のいたずらで1部昇格をかけた最終戦は、奇しくも妻の出産予定日と同じ日になってしまった」

「戦車の神様は西住に微笑むのか」

次回バース・デイ

逆襲の軍神、戦力外からまさかの復活
ドイツと日本、遠く離れた夫婦の絆

放送日未定

終わりです

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