天津風「ワインと月と龍驤さん」 (18)


龍驤「ん・・・?なんや?」

時刻はフタマルマルマル、入浴を終え部屋へ戻る龍驤の目に奇妙な影が移った。

白い影がちょうど自分の部屋の扉の前をうろうろしていたのだ。

まさか幽霊ではないかと思うも、近づくにつれ正体がわかりほっと息を吐く。

龍驤「天津風、なにしてるん?」

天津風「ふぇ!龍驤さん!どうしてこんなところに!」

心底驚いた顔の天津風は髪を下ろし寝間着に着替えていて、龍驤と同じ姿になっていた。

龍驤「いやここウチの部屋やし、なんか用事あったんとちゃう?」

苦笑しながら天津風に質問をする、普段冷静なこの子が取り乱すほどとは何事かと思いながら。

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天津風「あ、あの・・・これ」

見ればワインの瓶を持っていた。

天津風「良いワインを頂いたから、良かったら一緒に飲まない?」

龍驤「ウチを誘ってくれるん?嬉しいなぁありがと」

龍驤は宴会に誘われることは多かったが――ほぼ某軽空母からだが――天津風からは初めてだった。

龍驤「勿論行くわ、どこでやるん?他は?」

天津風「あ、あの・・・」

消え入りそうな声を天津風は絞り出す。

天津風「もし良かったら・・・二人きりで」

龍驤「・・・ウチと?ええけど」

天津風に誘われるのも初だが二人きりで飲むのも初だった。

天津風「そ、そう・・・じゃあどこで」

龍驤「良かったらウチの部屋で飲まへん?」

単に部屋の前だったからという簡単な思いつきだが天津風には衝撃だったらしく

目を見開かして驚いていた。

天津風「お邪魔・・・させてもらうわ」

顔が赤いのは風呂上がりだからだろうか、と龍驤は見当違いをしながら部屋を開けた。

龍驤「散らかっててごめんなぁ」

龍驤の部屋はタンスに本棚、作業用と食卓用のテーブル二つというシンプルな部屋だったが

天津風は落ち着かないのか部屋をキョロキョロ見回していた。

龍驤「ええと・・・そんな見られると恥ずかしいんやけど」

グラスを用意しながら龍驤は話しかける。

天津風「ご、ごめんなさい!!」

龍驤「ええってそんな、じゃあ開けるで」

ワインを手に取るとたしかに良いものらしかった、二人で飲むには贅沢な気もしたが

あの天津風が自分なんかを誘ってくれたのだ、無下にはできない。

龍驤はそう思いながら栓を抜いた。


トクトクと、ワインがグラスに注がれる音だけが部屋に響く。

いつもは騒がしいあの軽巡洋艦も今日は大人しくしているようだ。

龍驤「ええ香りやねぇ」

天津風「そ、そうね」

まだ緊張している様子の天津風は、ワインを注ぐ龍驤から目を離せずにいた。

龍驤「ほい、じゃあ乾杯しよっか?」

天津風「えっあっはい!」

慌ててグラスを手に取ると

龍驤「かんぱーい」

天津風「か、乾杯・・・」



夜の鎮守府に小さな乾杯とグラスがぶつかる音が拡がった。

龍驤「んっ・・・トー、美味しいなぁ」

天津風「あっほんと、良かったわ」

緊張もだいぶ溶けた天津風は素直に感想を漏らした。

龍驤「ウチはあんまワインは飲まないんやけど、これはイケるなぁ」

天津風「ふふっ気に入ってくれてよかった」

いつもはみんなが飲むのを見ながらちびちび飲みつつ、酔いつぶれた子を介抱するため

単純に酒の味を楽しむのは久しぶりかも知れない・・・

そう龍驤は思いながらふと、一つ気になることがあった。

龍驤「なぁ天津風」

天津風「なに?」

龍驤「こんなええワイン貰ったのに、なんでウチなんか誘ってくれたん?」

わざわざ自分なんかを誘う前に友達や姉妹、あわよくば司令官を誘えばいいのに

どうして自分を、しかも二人きりで、不思議に思わずにいられなかった。

天津風「あっ!それは・・・」

天津風は更に顔を赤くしながら、言葉を紡ぐ。

天津風「このワインを貰った時、貴女の顔が浮かんだのよ・・・」

顔を朱に染めながら、潤んだ瞳で見つめながら紡いだ言葉は

龍驤「・・・そっか、ありがとなぁ」

きっと龍驤はその意味も、真意を半分も理解していないだろう。

天津風は小さく息を吹いた。

龍驤「ええ月やな」

時刻は日を跨ぐ少し前、ポツリと呟く。

天津風「えっ・・・ああ、ホント綺麗」

窓から月が部屋を照らしていた、冬が近い秋の月は幻想的で蠱惑的だった。

天津風「弓張月、だったかしら?」

なぁ、と龍驤が話す、部屋の明かりを消していいかと。

天津風「・・・どうぞ?」

明かりを消し、更に輝きを増したように感じる月明かりだけになった部屋は

静かな時が、ゆっくり流れていくように感じた。

龍驤「・・・なぁ天津風」

そっと囁く。

天津風「なにかしら?」







龍驤「月が綺麗やね」






天津風「・・・!?」

なぜ。どうして。いま。ここで。

気づいて。私、貴女。感情が爆発する。

天津風「わ、私・・・」

天津風「もう・・・死んでもいい・・・」

龍驤「へっ?なんで?」

思わず机に頭をぶつけてしまった。

そうだ、こういう人だったのだ。

天津風はグラスを飲み干した。






龍驤「じゃあ、おやすみ」

時刻はマルヒトマルマル、飲みすぎてはいけないと貴女が言うから今日はおひらき。

私は寂しく思うもおやすみ、と言葉を返した。

歯磨き忘れんなや、笑う貴女に目を奪われてしまい、この不安定な機関はまたトクンと暴れだす。

天津風「子供扱いしないでちょうだい」

ああ、言いたいことはそうじゃないのに。

私を見つめて欲しい。抱きしめて欲しい。髪に触れて欲しい。

言いたい言葉を言おうとするだけで、思うだけで。

この機関は壊れたようにドクンドクンと早くなる。

龍驤「余ったワインはどうするん?」

天津風「あげるわ、その代わりにまた飲みましょう」

龍驤「了解、アイツや新入り重巡に取られないようにせんとな」


今日も駄目だった、でも次は・・・

そう思いながら別れて・・・

龍驤「天津風」

振り返る、窓の月が貴女を照らして

龍驤「今日は楽しかったわ、ありがとなぁ」

ああ。もう。ずるい。

人の気も知らないで。そんな笑顔で。そんなにドキドキさせて。

私は胸に飛び込んでやった。

龍驤「へ?天津風?」

貴女の香り、温もり、柔らかさ、心臓の音。

今だけは私のもの、私はそっと


 「今度は私が月が綺麗って言うからね」


そう言ってやって、私は駆け出した。

龍驤「は?あっ天津風!」

どうせ何のことか分かってないんだろう、でもそれでいい。

私は振り返ってやらなかった、立ち止まってやらなかった。

今日はもう寝てやろう、きっといい夢が見れるから。



月が眩しいほど私を照らしているのだから。

終わり

ワインボイスが良かったので天津龍驤で短いのを書きたくなった

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