提督「艦娘脅威論?」 (261)

c1/7


夏の夕暮れ。

私は桟橋に立っていた。

吹き込む磯の風。揺れるさざなみの音。

オレンジ色の水平線にもう水柱は立たない。遥か遠くから轟いていた爆音も随分前に鳴りを潜めた。

終わったのか……

いや――

低い砲撃音が、鼓膜を震わせた気がした。

あとに残ったのはさざなみの音で……

やがて日が沈み、海が黒く染まった。

私はようやく理解した。これで彼女たちの戦争が終わったのだと。



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*****


夜。

深夜に近い時間帯。

コンコンと控えめに執務室のドアを叩く音が鳴った。

提督は促した。


提督「入れ」

加賀「失礼します」

提督「加賀か。どうした、こんな時間に?」

加賀「いえ、夜風に当たって涼んでいたら執務室の明かりが見えたので。こんな遅くまで仕事ですか?」

提督「仕事はもう終わったよ。ただ少し、ぼーっとしていた」

加賀「そう」

提督「わざわざ手伝いに来てくれたのか?」

加賀「いいえ。小言の一つでも言ってやろうかと思ってたけど、当てが外れたわ」

提督「うん?」



加賀「今日はもう秘書艦は必要ないなんて言って私を追い出しておきながら、こんな時間まで仕事に追われているようなら、呆れもするでしょう?」

提督「残念だったな。あと30分早く来ていたら、私の尻を叩けたぞ」

加賀「叩くんじゃなくて、蹴っ飛ばしてあげたわ」

提督「おお、怖い怖い」


提督はおどける様に言ったが。

加賀は僅かに不機嫌の色を出しながら、両手を腰に当てて訊いてきた。


加賀「それで、どうするんです?」

提督「どうする、とは?」

加賀「まさか明日も秘書官は必要ないなんて言い張るつもり?」

提督「うーむ、哨戒任務と遠征だけなら私一人でなんとかなると思ったが、想像以上に手間取ったな……」

加賀「当たり前よ。最近は目に見えて出撃頻度が減ってスクランブルも無くなったけれど、だからと言って一人で賄える量じゃないわ」

提督「そうだな。一人でこなせる量になるまでには、もう少し時間が必要だな……」



深海棲艦との戦争もひと段落ついて――

以前に比べ、仕事の量は格段に減った。大本営からの発令される任務は全盛期の4割程度に落ち込み、たまに来る重要な任務と言えば中規模泊地の制圧が精々だ。

普段やることと言えば、もっぱら近海の哨戒か輸送船の護衛、もしくは小規模泊地の制圧ぐらいしかない。

しかし流石にこれを一人で捌くのは無理があったようだ。そのことを認めて言う。


提督「悪いが加賀、明日も秘書官を頼んでいいか?」

加賀「良いも悪いもないわ。それが私の仕事よ。今日だってあなたが余計なことをしなければ、もっと早くに終わったのよ」

提督「それは分かっている。だが一人で捌けるならそれに越したことはないだろう?」

加賀「なら明日は私一人に任せてもらいましょうか。もしかしたら、提督より早く終わるかもしれないわね」

提督「それもありだな。私はそこのソファーで寝転がって、お前の奮闘ぶりをお菓子でも食べながら眺めているとしよう」

加賀「蹴っ飛ばされる覚悟があるならどうぞ」


加賀はいつもの澄ました表情であしらってくるが。

彼女がここに来た理由を知って、提督は礼を言った。



提督「ありがとう。心配して見に来てくれたんだな」

加賀「そういう訳じゃないわ。あなたの仕事の遅れは、シワ寄せとして私たちに回って来るの。早めに対処できるなら、それに越したことは無いだけよ」


もっともな理屈を言ってくる。

しかし、それが彼女の優しさの表れだということは長い付き合いで知っている。


提督(まあそもそも)


と、提督は加賀に視線を向けた。彼女は寝間着姿だった。軍から支給される白く質素なものだ。夜風に当たっていたと言っていたことから、風呂上りなのだろう。しっとりと髪が濡れている。

もし本気で陳情する気ならば、こんな無防備な姿で来ることはあるまい。

提督は嘆息した。


提督「そうか。それは迷惑をかけたな」

加賀「まったくだわ……何を笑ってるの?」


加賀は半眼を向けてきたが、流石に寝間着姿では威圧感も何もない。

なんでもないと、かぶりを振るう。



提督「ともあれ、今日の仕事はもうおしまいだ。また明日からよろしく頼む」

加賀「ええ」


話を切り上げる。

加賀はそのまま退室すると思ったが、そんな素振りも見せず執務室に留まっていた。

提督は首を傾げた。


提督「どうした?」

加賀「あ、いえ。では私はこれで……」


少しだけ歯切れ悪い様子を見せて、ドアノブに手をかける。

その姿を見て、提督は彼女を呼び止めた。



提督「加賀」

加賀「……なにか?」

提督「その……お前が良ければ、少し話をしないか? もし疲れているのなら、断ってくれて全然構わないんだが」

加賀「疲れているのは私じゃなくて、あなたでしょう? でも、そうね……まだ寝るには早い時間だから、少しだけなら話し相手になれます」

提督「よし。なら、ほら。立ってないで座れ。何か飲み物を淹れよう。夜だから確かカフェインの無いものが良いんだったな?」

加賀「ええ。でも私が淹れるので提督は座っていてください」

提督「駄目だ、たまには私にやらせてくれてもいいだろう? いつもはお前たちが勝手に淹れてしまうからな。ほら座った座った」

加賀「……どこに置いてあるか、分かりますか?」

提督「ああ大丈夫だ。任せてくれ」


言って、立ち上がる。

長年居座った執務室だ。流石に何処に何があるのかは分かっている。

提督は目的のものが入った戸棚を開けた。まず初めに紅茶の缶が目に映り――はたと手が止まった。



提督「……」


いつもは艦娘が飲み物を淹れてくれる。だから自分からこの戸棚を空けるのは久しぶりだった。

その紅茶の缶は、提督に強く誇り高い艦娘を思い出させた。彼女はもうここには居ないが、その名残はまだここに残っている。

固まった提督を怪訝に思ったのか、加賀が呼びかけてきた。


加賀「提督……?」


はっとする。

硬直を振り払って、提督は訊ねた。


提督「なんだったか……カモメールだっけ?」

加賀「カモミールです」

提督「そうそうそれだ。それでいいか?」

加賀「はい」


提督はティーカップを加賀に渡して対面へと座った。

彼女はそれを口につけて、味わう様に吐息した。そして、やや間を置いてから切り出してきた。



加賀「レイテ沖の決戦から、もう1年ね」

提督「ああ……長かったか?」

加賀「いえ……過ぎてみれば、あっという間だったわ」

提督「そうだな。私も同じように思っているよ」


加賀はティーカップの中身を見つめながら、遠くを見る眼差しをしている。 

恐らくはあの戦いを思い出しているのだろう。  

レイテ沖決戦――恐らく後世には歴史の転換点として記録される戦いで、人類と深海棲艦の戦争において最大規模にまで発展した戦い。

多くの艦娘と深海棲艦が海に沈んでいった。それはこの鎮守府も例外ではなく、その戦いで重要な任務を与えられていた提督たちは、鎮守府の過半数以上の艦娘を失う結果になった。

だがその犠牲もあって、人類と深海棲艦の総力戦は人類側の優勢のまま幕を閉じた。それ以降、その力関係は崩れることなく現在まで繋がっている。

加賀が話を続けた。




加賀「最近はどこもかしこも既に戦勝ムードね……」

提督「気が早いというかなんというか。新聞もラジオも、どの情報媒体も人類の快進撃だなんだのと景気のいい言葉ばかりだ」

加賀「まあ……でも実際そうでしょう。深海棲艦はまだ泊地を作るぐらいには勢力を保っているけれど、それも時間の問題よ。ここから形勢をひっくり返す隠し玉があれば話は別だけど、
   そんなものがあるとも思えない。私たちはこの戦争に勝つわ」


気負った様子もなく、加賀は事実を口にするようにそう言った。

その様子に、提督は眉を上げた。


提督「珍しいな……慎重なお前が言い切るとは」

加賀「油断してる訳じゃないの。私たちはあの戦いで多大な犠牲を払った。だからこそ決して油断はしないし、勝利を信じてるのよ。暁の水平線の向こうにある、勝利をね」

提督「軍のお偉方も、お前と同じ見通しだよ。彼らの頭の中は既に勝利の向こうにある戦後の事を考えている。この時期に軍縮をはじめるなどと、一体何を考えているのか……」


まだ深海棲艦との戦争も終わっていないというのに、軍上層部は既に軍縮の動きを見せ始めている。

提督の苦言を聞いても、意外なことに加賀はかぶりをふった。



加賀「未来を思い描くのは人類の特権よ。いいことだわ」

提督「私としてはもう少し現状の解決に注力してほしいがね。深海棲艦の脅威は依然としてあるんだ。ここで足元をすくわれては元も子もない」

加賀「私たちが勝つって信じてくれないの?」

提督「信じているさ。ただそれと油断は別物だ」

加賀「けど……どうしても終わりというものはあるでしょう? それを始まりに変えるためには、先の事を考えないとならないわ。だから……」


そこまで口にして、加賀は先の言葉を飲み込んだ。

怪訝に思いつつ、提督は促した。


提督「だから?」

加賀「提督は……どうするつもりですか? 戦後、この戦いが終わった後のことです」

提督「……」



問われて、思う。

つまりは、加賀はこのことを訊きたかったのだろう。

提督とて何も考えていなかった訳ではない。先ほど執務私室でぼーっとしていたのは、そのことに思いを巡らせていたからだ。

だが選択肢はそう多くない。肩をすくめて言う。


提督「軍に残るのが一番安泰だろうな。幸い上からも残留を望まれている」

加賀「……そう」

提督「なんだ、不服そうだな。私が残ると困るのか?」

加賀「そういうわけじゃないけど……提督、貴方には夢は無いの?」

提督「なに?」



加賀「提督の意思で残るのならば、それで良いと思うわ。でも、貴方にもこの戦争のせいで捨てざるを得なかったものがたくさんあるでしょう?」

提督「それは誰にだってあるさ。まさか、この歳でまた夢を追いかけろとでも言うのか?」

加賀「もし取り戻せるものなら、そのことを考慮して欲しいと思ってるんです」


加賀の目が冗談を嫌っているのを察して、提督は目を瞑って少しだけ考えてみた。

沈黙が漂った。気まずくはない。むしろお互い必要以上には口を開かない性質のため、一緒にいる時は静寂のほうが多い。言う。


提督「私が戦災孤児なのは知っているだろう?」

加賀「ええ」

提督「昔から深海棲艦を倒すことだけを夢見てきた。お前たちと同じだ。だから夢と言うのならば、もうすぐ長年の夢が叶うのかもしれないな」

加賀「……」


告げるも、加賀は浮かない表情だ。どうやら望んでいた答えではなかったらしい。

逆に訊ねる。



提督「加賀。そういうお前はどうなんだ?」

加賀「私ですか?」

提督「先日、軍が希望解体者を募集しているという旨を全員に伝えただろう? 廊下の掲示板にも貼り紙を貼ったんだが」

加賀「ええ。見たわ。望めば多額の報奨金と国からの身分・生活保障を受けて退役できるって話ね」

提督「ああ。別に今に今ではなく、終戦宣言の後に解体という話だが……内容は知っての通りだ。少なくとも戦後の生活に不自由はしないだろう」

加賀「大袈裟なぐらい気前の良い待遇に思えたわ。ここまで保障するのかって」

提督「これは内緒だが、正直提督の希望退役より破格に条件が良い。私が艦娘だったなら飛びついたかもしれないな」

加賀「だとしても、あの条件はやり過ぎだと思ったけれど」

提督「まあ、そうだな……これはかなり気の早い話ではあるが、お前たちはこの世界を救った立役者で、世間では英雄扱いだ。軍とてはした金でさよならという訳にはいくまい。望むのなら、正当な報酬として受け取っておけ」

加賀「……」


告げると、加賀は押し黙った。

何かを思うように目を瞑り、切り出してくる。



加賀「提督、そのことなんだけど……」

提督「希望解体の事か?」

加賀「……はい」


うなずくも、加賀は再び言葉を飲み込んだ。

なにやら言いあぐねているようで、なかなか続きを言ってこない。

彼女が悩んでいるのは見て知れた。普段表情を表に出さない分、加賀の表情の変化は意外と分かりやすい。促しておく。


提督「加賀。お前はこの鎮守府の航空戦力の要だ。だから残留しなければならないと思っているのなら、それは無用な心配だからな」

加賀「……そうなの? 普通に考えれば、鎮守府の主力を残すのは当然だと思うのだけれど」

提督「無論、上ではそういった話も上がっている。だが私の裁量に委ねられている部分もある。我々はあの決戦で本当に多くの犠牲を払った。誰がどんな判断をしようと、文句は言わせんさ」



加賀の相棒はもういない。

あの戦いで第一艦隊を率いた赤城は、刺し違える形で敵主力深海棲艦に致命的な一撃を与え、後を加賀達に託した。

第一艦隊は全滅。赤城を守る護衛艦たちもまた、その役割を全うして沈んでいった。長門が率いた第二艦隊も、金剛の率いた第三艦隊も、壊滅と呼んでもいい被害をだした。

結果、人類と深海棲艦の総力戦は人類の勝利に終わった。世界中が歓喜に満ち溢れる中、提督たちは喜びと同じぐらい深い失意に沈むことになった。

ややあって、加賀は諦めたように息をついて訊ねてきた。


加賀「提督はどうしてほしいですか? 特別残留を望む娘がいたりするのですか?」

提督「解体の件に関しては、私は口を挟むつもりはないぞ。お前たち個人の意思で、望むままにすると良い。それを叶えるだけの成果をお前たちは上げているんだ」

加賀「……聞くまでもなく、あなたならそう言うに決まってるわよね」


愚問だったとばかりに、加賀。

提督は眉を上げて言った。



提督「なんだ、私に戦後の事を訊ねておきながら、当の自分は考えていなかったのか?」

加賀「……いえ。そういうわけではないけれど……」

提督「別に詳しく話す必要はない。残留か、否か。それだけでいいんだぞ?」


加賀は眉根を寄せた険しい表情を見せた。

よほど言いにくい事なのだろうか? ともあれ提督は身を乗り出すと、対面に座る彼女にデコピンをした。

加賀は目をぱちくりしたあと、じと目で睨んできた。言ってくる。



加賀「……なにをするの」

提督「まったく、そんな難しい顔をするな。お前がどんな選択をしようと、未来は明るいぞ。退役するのなら、今はどこもかしこも人手不足だ。何にだってなれるし、生活に困ることもない。
   軍に残るのならば、今以上の待遇を用意されている」

加賀「……」

提督「気楽に考えれば良い。軍の予測では、終戦宣言が出るまでまだ2年はかかるとのことだ。それまでいろんなものを見て考える余裕がある。決断を急かしたりはしないさ」


加賀は窺う様に訊いてきた。


加賀「提督は……例え私たちがどんな選択をしようとも、それを受け入れてくれますか?」

提督「当たり前だ。前線に出て、死と隣り合わせに生きてきたお前たちは、誰よりも幸せになる権利がある。お前たちの意に沿えるよう、私は最善を尽くすつもりだ」

加賀「そう……本当にそうなら、いいのですけど」


加賀は小声でぽつりとそうこぼした。

この言葉の意味を、提督はまだ理解していなかった。



c2/7


しばらくが経ち。

相変わらず深海棲艦との小競り合いは続いているが、世間では大きな変化があった。

復興作業が本格的に行われるようになったのだ。今まで深海棲艦の襲来が多い沿岸地域は簡易的な補修しかされていなかったが、国が制海権を確保したと認定した地域では復興作業の許可がおりた。

提督たちの鎮守府がある街もその地域と見なされ、近々復興作業が始まろうとしている。

そしてそれを祝うために、街では祭りが開催されることになった。元はこの街に根ざしていた祭りで、深海棲艦が現れてからは自粛していたために、実に十数年ぶりの催しになるとのことだった。



長門「着る度に思うんだが、着物と言うものはどうにも動きづらくて敵わんな」

瑞鶴「慣れの問題よ。一度着慣れちゃえば、これほど機能的で動きやすいものはないわ」

長門「かもしれないが、やはり生地が重すぎるのが玉に瑕だな。私はもう少し軽いほうが良い」

瑞鶴「これはお祭用の衣装だからね? まあそうじゃなくても、貴方の普段着に比べれば殆どのものは重くなっちゃうわよ」

長門「ふむ……それもそうか。着慣れたものが一番ということだな」

瑞鶴「今日は戦いに行く訳じゃなくてお祭りに行くんだから、これでいいの」

長門「何を言うか。祭りもまたある種の戦だと聞いた。この長門、何事であれ負けるつもりはないぞ」

瑞鶴「いったい何と戦うのよ……まあ楽しんだもの勝ちってことなら、私だって負けるつもりはないけどねっ!」


浴衣姿の長門と瑞鶴が、浮かれた気分を隠そうともせず談笑している。

そんな様子をじと目で眺めながら、提督は口を開いた。



提督「楽しむのは結構だが……何故執務室に居るんだ。そろそろ出る時間だろう?」

瑞鶴「あら、一人さみしくお留守番の提督さんに、少しでもお祭り気分を味わって欲しいっていう私たちの気持ちが分からない? ほら、どう~? お祭り気分?」


浴衣衣装のまま、瑞鶴はくるりと器用に回って見せた。袖が綺麗に揺れて、遅れてツインテールが靡いた。

からかいに来たのだろう。提督はぐぬぬと唸った。


提督「瑞鶴~……」

瑞鶴「あははっ、ごめん、ごめんってば! 冗談だって」


椅子から腰を上げて詰め寄ろうとすると、瑞鶴は長門の背中に隠れた。

気にした様子もなく、長門が続ける。



長門「提督。私たちだけじゃなくて、皆来るぞ」

提督「何?」

北上「おい~っす」
 
大井「失礼します」

提督「なんだ、お前たち。まだ行かなくていいのか?」


怪訝に尋ねる。

今日の祭りの主役は、彼女たち艦娘だ。

今回復興作業が行われることになったのは、近海の制海権を確保した彼女たちあってのことなのは言うまでもない。

その感謝と復興を祝う祭りなのだ。前々から主催側とは打ち合わせをしていて、彼女たちは御神輿や軽い演説など、様々な催し物に参加することになっている。

北上は手をひらひらと振って軽い調子で口を開いた。




北上「そんな急かさなくてもまだ時間はあるよ~。大丈夫大丈夫」

提督「そうなのか?」

長門「ああ。時間には十分余裕を持っている。心配ない」

提督「お前がそういうならいいんだが」


提督は鎮守府で待機の為、祭りの段取りや細かな調整は長門に一任してある。

彼女がそう言うのなら間違いないだろう。


北上「それよりどう。これ変じゃない?」


身体を振って浴衣衣装を見せてくる北上。

大井が大袈裟な仕草で頷いた。


大井「ええとっても似合ってますわ北上さん! 花屋に並ぶ花がそこいらの雑草に見えるほど咲き誇ってます! ああ眩しい後光が……」


そう言って、よよよと崩れ落ちるが。

北上は首を傾げた。



北上「どう? 提督」

提督「うむ。変なところは何処にも無い。似合ってるぞ」

北上「そっか。じゃあこれでいいや」

大井「え? ちょっと北上さん? どうして提督に聞くの? 提督より私のほうがよっぽど美的感覚に優れてますよ?」

北上「だって大井っち、私が何着ても大体同じこと言うじゃん」

大井「それは何でも着こなす北上さんがいけないんです! 私はただありのままを答えてるだけです!」

提督「大井も似合っているぞ。髪、後ろに束ねたんだな。いつもと違って新鮮な感じだ」

大井「え? はあ……どうも」


大井はまるで興味が無さそうに目をそむけたが。



北上「提督、分かりにくいだろうけど大井っちのこれ、実は照れてるんだよ。知ってた?」

提督「ああ、お前にそう教えてもらったからな」

北上「よかったね大井っち、褒めてもらって」

大井「北上さんに褒められるのならともかく、提督に言われても私は微塵もうれしくありません!」

北上「またまた~」

大井「なっ!? 本当です!」


大井はきっぱりと言い放ったが、北上はいつもの軽い調子で流すだけだ。

分が悪いと察したのか、大井はあからさまに話を変えてきた。


大井「それよりも……提督は本当にお祭りに来ないんですか?」

提督「ああ。前にも言ったが、これは軍の広報活動の一部でもある。私が出るよりも、お前たちが前に立ったほうが華があるのは言うまでも無いだろう」



彼女達が浴衣姿なのもその為だ。いつもの衣装に艤装をつけた仰々しい装いでは、お祭りに来た民衆を怖がらせてしまう。

それは軍の広報戦略の一環でもあったが、提督も賛成だった。見た目自分たちと変わらない艦娘という存在が、命を張って戦っていることを、より多くの人に知ってもらいたいという気持ちがあった。

瑞鶴が指を顎に当てて考える仕草で言った。


瑞鶴「そうかな? その真っ白い軍服でびしーっと立ってれば問題ないと思うよ?」

長門「うむ。私もそう思うぞ」

提督「そういう問題ではなくてな……。まあ他にも、私はやることが残っているし、そもそも責任者がここを空けるわけにはいかないだろう」


と。


雷「しれいかーん!!」

川内「夜戦だーっ!!」


どっばーんと、執務室の扉が勢いよく開け放たれた。



榛名「ああ駄目ですよ! あんまり急いで走るとまた転んじゃいます!」

加賀「失礼します」


遅れて、榛名と加賀が入って来る。

長門の言う通り、これで全員が執務室に集まったことになる。


雷「じゃーん! どう司令官、この浴衣! 似合う? 似合う?」


唐突に入室してきた雷が、飼い主を見つけた犬みたいな様子で駆け寄って来てその場でくるりと回った。

驚きつつも、口を開く。


提督「あ、ああ。かわいいぞ」

雷「ほんと!? えへへ。私の事、もっともーっと褒めてもいいのよ?」


ふふんと胸を張っている。

そんな雷を両手で押しつぶすようにして、川内が詰め寄ってきた。


川内「そんなことより提督っ! 夜戦! 今日は夜戦だよっ!」


上にのしかかられた雷は重い~!と抗議の声を上げているが。



提督「川内……残念だがまだ午前中だし、今日は夜戦は無い」

川内「あれ~? もしかして知らないの提督? 今日はすっごい大規模な夜戦があるんだよ?」

提督「夜間演習は一週間後だぞ?」


何故か得意げな顔の川内に、事実を突きつける。

川内はかぶりを振って、大袈裟に両手を広げてみせた。


川内「そうじゃなくて夜にでっかい祝砲が上がるんだよ! それも特大の祝砲が何発も! たくさん! これはもう夜戦だよ!!」

提督「……うん?」

加賀「花火の事では……?」

川内「極一部ではそうとも言うね」


そうとしか言わない。

川内の中の夜戦の定義はよく分からなかったが、どうやら花火がものすごく楽しみなのは確かなようだった。

提督は祭りには参加はしないが、主催側と打ち合わせや調整には居合わせていたために、大まかな進行内容は把握している。川内の言う通り、国内でも最大規模の花火を打ち上げるそうで、それが目玉なのだそうだ。

川内から解放された雷が口を開いた。



雷「あーあ、響も来ればよかったのに……」

提督「なんだ、来られないのか?」

雷「うん。哨戒任務があるみたいで、今日は駄目だって」


雷の姉妹艦である響は他の鎮守府にいる。

ここからそう遠く離れた鎮守府ではないために、合同演習の折に何度か顔を合わせたことがある。休日の際は雷は向こうに遊びに行っていたりしているようだ。


提督「なら彼女の分も楽しんで、土産話を聞かせてやると良い」

雷「もちろんそうするわ!」

提督「うむ。いや、というかお前たち、ここへは何しに来たんだ?」

榛名「いえ……提督は今日お祭りに来られないとのことなので、一言言ってから行こうって、みんなで……」

提督「それでわざわざここへ?」

雷「そうよ! 行ってきますの挨拶は大事なんだから!」

提督「そ、そうか……それはなんというか、律儀だな。だが私の事は気にせずともよい。私は私で静かな鎮守府を満喫するつもりだ」


告げて、提督は帽子を目深にかぶりなおした。

その仕草を見て、北上が言った。



北上「大井っち。提督のこれ、実は顔を見られたくないときにするものなんだよ。知ってた?」

大井「ええ北上さん、それはこの鎮守府の艦娘なら誰でも知ってます。よかったですね提督、皆に気にかけてもらって?」


先ほどのお返しとばかりに、にっこりと大井。


瑞鶴「あはは、提督さん照れてる照れてる」

提督「こら、からかうんじゃない」


軽く嘆息してから、提督は言葉を続けた。


提督「ともあれ、流石にこの執務室に全員は窮屈だから、もう行ってこい。
   それと……この祭りも広報活動の一部とは言ったが、そんなことは二の字で良い。日々戦っているお前たちの楽しんでいる姿がきっと、民衆にとってなによりの励みになるはずだ。……長門」

長門「ああ分かっている。こちらの事はこの長門が責任をもって行おう。提督は何も心配しなくていい」

榛名「提督、お土産にりんご飴買ってきますね」

川内「じゃあ行ってくるね~!」


それぞれ挨拶を告げて、艦娘たちは執務室を去っていった。

彼女たちの浮かれた様子を見て羽目を外し過ぎないか心配になったが、長門がいるのなら問題ないだろう。

静かになった鎮守府で、提督は一息ついた。

提督「もうこれで私がやる事はないな……後は次代を担う若いもの達が私達軍人が暗くした世の中を明るく未来を夢見れる世界にしてるれるだろう……」

提督「天皇陛下ばんざーーい!」パーン




*****


夕方になり、仕事が一区切りした。

早めに終わったのは、今日の日の為に調整をしていたためだ。急な案件もない為、取り立てて急ぐようなことも無い。

暇になったため、提督は鎮守府を歩き回ることにした。


提督「当たり前だが……がらんどうだな」


ぐるりと鎮守府を巡って、そう評する。

当たり前といえば当たり前だ。現在この鎮守府はすべての艦娘が出払っているのだから。

制海権は確保しているため、深海棲艦が現れる心配はない。スクランブルがあっても、連絡は別の鎮守府に行くようになっている。鎮守府としての機能を果たしていないが、それでも問題は無いのだ。

最後に工廠に向かう。



かつては活気に溢れていた工廠は、今では耳鳴りがするほどしんと静まり返っていた。

艦娘の希望解体を募ってからしばらくして、大本営は新たな艦娘の建造を禁止した。さらには遠征による資源の採取も原則禁止とした。

戦力が足りない場合や資源が必要な時は、近隣の鎮守府から接収することになっている。これには各方面から苦情が出ているようだが、現状はこの体制でなんとか回っている。そして近々、新たな装備の開発も禁止するとのことだ。

本格的な軍備縮小が、既に始まっているのだ。


提督「早急過ぎるとは思うが……まあ喜ばねばな」


それが散っていた者たちの望みなのだから。

提督はそう自分に言い聞かせ、工廠をあとにした。



門衛「何をしているんです?」

提督「いや、何も」

門衛「はあ……」


しばらくして、正門前にはうろうろと徘徊する提督の姿があった。

見かねた門衛が話しかけてきたが、適当に言う。ちなみに門衛が話しかけてきたのは、これで3回目だ。


提督「今日は祭りだそうだな」

門衛「ええ。近くやってるのでここまで活気が伝わってきますよ。すごい賑わいですね」

提督「人が多いと、何かと物騒なこともある。不審人物は居なかったか?」

門衛「今のところ貴方が一番の不審人物ですが……」

提督「そうか……鎮守府の代表が不審者とは、困ったな」

門衛「はい」


言われても、提督は徘徊を続けた。

門衛が再び遠慮がちに聞いてくる。



門衛「その……暇なんですか?」

提督「良く分かったな……実を言うと時間を持て余している。……遊ぶか?」

門衛「いえ、遊びませんよ……自分は仕事が残ってるので。……ちなみに、遊ぶとしたら何をするんです?」


提督はしばし考えてから言った。


提督「……けんけんぱ?」

門衛「絶対にやりません」

提督「意外に面白かったりするかもしれんぞ」

門衛「大の大人が二人でけんけんぱって、どんな光景ですか。職質必至ですよ。自分だったら間違いなく連行します」

提督「そうか……」


門衛は断固拒否の姿勢を見せた。

提督も冗談で言ったので別に残念ではなかったが。



門衛「もしかして、艦娘の心配をしてるんですか?」

提督「うん? ……いや。あいつらのことだ、心配はしていない。だがこうも時間があると、気にはなる」


素直に認めて言う。

門衛はそうですか……と頷いたが、ややあって含みを持たせた口調で告げてきた。


門衛「自分はこれから休憩に入るので、その間誰が通ろうとも分かりません」


門衛の言わんとすることを察して、提督は言った。


提督「私はそういうつもりでは……」

門衛「……行かないんですか?」


提督は少しだけ考えたが、答えはすぐにでた。



提督「すまない……ありがとう」

門衛「いいんですよ。この街の復興を祝う祭りだっていうなら、本来なら貴方だって参加するべきなんです」

提督「すぐに戻る」

門衛「司令官!」

提督「なんだ?」


呼び止められて、振り返る。

門衛は指をさして


門衛「もしかして、その軍服のまま行くつもりですか?」


そう指摘した。



鎮守府から祭りの場所までは、そう遠くない。

車で行けばすぐだが、停める場所はまず無いだろう。かといって徒歩で行くには少し時間がかかる。だから自転車に乗るのは久しぶりだった。

街中を走りながら、腕時計を見る。


提督「たしかこの時間は、艦娘の演説だったな。もうそろそろ終わりそうだが……せめてそれだけでも聞ければ」 


近くの駐輪場に自転車を停める。

演説と言ってもそこまで大仰なものではなく、たしか広場で行われるはずだったのを覚えている。

大通りには屋台が軒を連ねていて、人混みと食べ物の匂いに溢れていた。だが、思っていた以上に人の数が少ない。

その理由はすぐに知れた。向かった広場には檀上が設置されていて、そこでは艦娘が話をしているようだった。まわりは艦娘の話を聞こうとする人でごった返している。

百や二百ではきかない数の聴衆が溢れていて、とてもではないが壇上へは近づけそうもない。





司会「以上、榛名さんからでした。素敵なお言葉をありがとうございました!」

榛名「はい。ありがとうございました」


ぺこりとお辞儀をする榛名の姿が遠目に見えて、一際大きな歓声と拍手が鳴り響いた。

辺りからは様々な声が聞こえた。


「すっごい美人ね~……」

「美しい……ハッとするほど綺麗な人って、本当にいるんだな……なあ今からでも遅くない。俺も艦娘になれないかな?」

「いや無理だろ……何で艦娘なんだよ」

「じゃあ司令官で我慢するからさ……」

「諦めろって」

「お姉さんが亡くなったんだってな。だというのに気丈だ」

「ねえねえ、わたし将来かんむすになりたい! 大砲つけてばーんって敵をやっつけたい!」

「艦娘になるのは、ちょっとムリね。でも彼女たちのように立派な人になることはできるから、がんばろうね」

「うん!」



声を掻き分けて、提督は隙間を見つけては前に進んだ。

しかしすぐに人垣に阻まれて進めなくなる。辛うじて艦娘の顔は見えるからまあいいだろうと、そこで話を聞くことにした。


司会「最後は雷さんです。一言、会場の皆さんにお願いします!」

雷「暁型3番艦、駆逐艦、雷よ! よろしく頼むわねっ!」

「見て見て! あの娘すっごいかわいい! めちゃくちゃちっちゃいわ! きゃ~こっち見て~!」

「あんな小さい子供も、おっかない深海棲艦と戦うのねぇ……」


どうやら雷が締めのようだった。他の艦娘は既に終わってしまったらしい。

最後はてっきり長門が話すのかと思っていたが、違うようだ。



雷「私は、今日このお祭りに参加できたことを誇りに思うわ! そしてみんなにも、同じように誇りに思って欲しいの」


一拍の間を置いて、雷は言った。


雷「みんなも知ってると思うけど……私たちはこの戦争でたくさんの仲間を失ったわ。その中には、私の姉の暁と妹の電もいる」


続く言葉で、色めきだっていた会場はすぐに静まり返った。

構わずに、彼女は口を開いた。


雷「姉の暁は、私を守りながら沈んでいったわ。いつもは頼りないのに、お姉ちゃんだからって、強がって。姉に守られながら、私は敵を討ちとった。
  妹の電もそう。一航戦の護衛艦として仲間を守り抜いて、その役割を全うして沈んでいったわ」


雷が言うのは、レイテ沖決戦でのことだ。

あの戦いで、電は身を挺して赤城を守り抜いた。その赤城は敵に致命的な一撃を与え、加賀へと役割を託し沈んでいった。

多くの犠牲のもとに勝利は得られた。だがそれは、生涯離れないであろう痛みを伴うものだった。



雷「ここにいる人もきっと、深海棲艦との戦いでたくさんの大切な人を失ったと思う。私たちの司令官も、戦争で両親を失ってる。
  みんなは今日は私たち艦娘が主役だって……それでこの壇上に立ってると思ってるかもしれないけど、それは違うわ。
  今、私がここに居るのは、みんなの支えがあったから。たくさんの仲間の犠牲と、あなた達の支援があったから。この復興は、みんなで勝ち取ったものなの」

 
海軍だけで、鎮守府と艦娘だけで戦争をしているわけではない。

軍を動かすには当然莫大な資本が必要で、それは国民全員が負担しているのは言うまでもない。そして艦娘たちが戦う後方では様々な民間の支援があり、今なおこの戦いを支えている。

この戦争に無関係な人などいないと、雷はそう言いたいのだろう。

彼女は声を上げて締めくくった。


雷「だから、主役は艦娘じゃなくて、私たちみんなだってことを忘れないで! 亡くなった人たちの思いを繋いで、今日ここにいることを誇りに思って! 
  もう午前中で疲れちゃった人もいるかもしれないけど、まだまだお祭りは続くから、いっぱい楽しまなきゃ駄目よっ!」


しんと静寂の帳が下りて……




遅れて、割れんばかりの歓声が会場を包んだ。


「ちっこいお嬢ちゃん! よう言ったー!」

「騒げ騒げー! 今日はめでたい日だ! 騒ぎまくって深海棲艦の野郎を追い出せー!」

「雷ちゃーん! 結婚してくれー!」

「酒だー! 酒! 酒! 祝杯を持って来ーい! 今日からの復興に乾杯するぞー!」

「胴上げだー!」

「ワッショイ! ワッショイ!」


何故か関係のない人が、胴上げされたりもしていたが。

声援を何処か遠くに聞きながら、提督はここに来られたことを感謝していた。あの門衛には、もう一度礼を言わなければならないだろう。

雷は周りの反応に驚きつつも、恥ずかし気に手を振って応じていたが。


雷「あれ、司令官……?」


ふと、そんなことを口にした。



北上「ん? どこどこ?」


雷のマイクが、近寄ってきた北上の言葉を拾う。

雷はこちらを指さしてきた。


雷「ほら、あそこ」

北上「んー……? あーほんとだ。提督いるじゃん。お~い提督~」

川内「えー、どれどれ? あほんとだ、提督だ。ははあ、さては抜け出してきたなー?」


川内も寄ってきてそう言う。

そのやり取りを司会が目聡く見つけた。


司会「ん? おっと……どうやら彼女たちの司令官さんがお越しくださっていたようですね。せっかくですので、前に出て来て貰いましょうか?」

雷「しれいかーん! ほらこっちよー! おいで~!」


両手をぶんぶんと振りながら、雷。



提督の顔は青ざめた。

壇上からはかなり距離が離れていて、かつ私服だったのに自分を見つけられたことは脅威だったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

本来自分は鎮守府にいなければならず、ここへはお忍びで来たのだ。だからこそ軍服を脱いで、わざわざ私服に変えた。公に姿を現してはいけないのだ。


「あの娘、なんかここらへん指さしてない?」

「あたし、あの司令官前に見たことあるよ。真っ白いからすぐに分かるよ。ほんと白いからマジで」

「それ軍服でしょ?」


聴衆がざわつくが、壇上からは距離が離れているため、特定は出来ていないようだった。

隙を見て、提督は壇上にいる艦娘に合図を送った。誰かあいつらを止めろと。即興のものだったが、長年共に戦火を潜り抜けてきた仲だ。伝わるはずだ。

が。

長門は神妙にうむと頷くだけで、加賀はふいと顔をそむけた。榛名はにっこり笑って小さく手を振り、大井に至っては、口元を袖で隠してにやにやと笑っている。

間違いなく意味は伝わっているはずだが、どの艦娘も素知らぬ振りをしている。

やばい。提督は逃げることにした。



雷「あ、司令官何処行くのっ!? ちょっとそこの人達、うちの司令官掴まえてっ!!」

「え、どこどこ?」

「ここらへんだって」

「白い人探して白い人」

「俺が……俺が司令官だ!」

「おーい、この人だって! ちょっと道開けてくれ~!」

「はいはい通して通してー! 司令官さんを壇上に通してー!」

「ちょ、通れないって! 無理無理!」

「痛い痛い、押すのやめて! 無理だって!」

「胴上げだ……」

「……え?」

「胴上げだー!」

「ワッショイ! ワッショイ!」

「うわあああ! 艦娘にはなれなかったけど、司令官にはなれたぞー!」

「ほらほら前に送れー!」

「ワッショイ! ワッショイ!」



北上「お~ニセ提督が空を飛んでる」

瑞鶴「ぷっ、うくくく。あははははっ! な、なにあれ!? 加賀さん、あれ見てあれっ! こっちに来るよっ!」

加賀「どうやら新しい提督が着任するようね」

雷「ちがーう! その人は司令官じゃないわ!」


その隙に提督は人混みを抜けて会場をあとにした。

後ろでは、楽しそうな喧噪がいつまでも続いていた。   


切り。



早々に鎮守府に帰ってきたことに、門衛は驚いたようだったが。

提督は門衛にもう一度礼を言うと、夜が更けるまで大人しく仕事に取り掛かることにした。

そして時間になり、鎮守府の屋上へと向かう。川内の言っていた花火を見るためだ。フタフタマルマルに始まるとのことだが、まだ少し時間はある。


北上「あ~いたいた。やっぱ花火をみるならここだよね~。むしろその為にある感じじゃん?」


しばらくすると、一応名目上の任務を終えた艦娘たちがやってきた。

別段、屋上で花火を見る約束をしていたわけではなかったが、驚きはしなかった。

なんとなくだが、来るような予感はしていた。恐らくは彼女たちも自分がここにいることは分かっていたのだろう。



提督「お、戻ったのか?」

長門「ああ。もう私たちの出る幕は無いから、先に上がらせてもらった」

提督「そうか。広報の任務ご苦労だった。なにも問題は無かったか?」

長門「まあいろいろと面白いことはあったが、つつがなく終わったと言っておこう」

提督「うむ。大事なくてなによりだ」

雷「もう司令官っ。勝手にいなくなったりしたら駄目じゃない。せっかくのお祭りだったのに!」

提督「何の話か分からないな」


詰め寄ってきた雷が、ぷんすかといった様子でぽかぽかと叩いてきたが提督は白を切った。



瑞鶴「提督さんが行っちゃったあと、すごい面白かったんだよ~。ニセ提督が何人も空を飛んで壇上に上がってきてさー」

大井「最初に上がってきたニセ提督なんて、榛名さんにいきなり求婚してましたからね……」

北上「いやあ、あれは流石の私もびっくりしたよ。でも、盛り上がったね~」

提督「……榛名、大丈夫だったのか?」

榛名「はい、榛名は大丈夫です。申し出は嬉しかったのですが、お断りしておきました」


そう言って微笑む榛名。

まあこの笑顔で断られるなら、それはそれでありなのかもしれない。

加賀が訊ねてきた。



加賀「……で、あなたはいつからあの場所でこそこそしていたの?」

提督「何の話だ。私は今日はずっと鎮守府にいたが」

大井「思いっきり会場にいたじゃないですか」

提督「仮に、あの会場にいたとしよう。私は本来は鎮守府にいないといけないから、当然身分がばれないように私服で行くはずだな」

瑞鶴「ぱっとしない服だったね~」

提督「察しの良いお前たちならば、当然私の事情は理解しているだろうし、もし会場で私を見つけても見て見ぬ振りをするはずだ。
   声を掛けたり、名指しで指さしたり、ましてや公の場に引っ張り出すなど、そんな馬鹿な真似はするはずがないと、私は信じていいな?」

長門「ふふ……それはどうかな、提督」

提督「……何?」

長門「祭りについては私に一任されていた。私には会場を盛り上げる役割もある。盛り上がりそうなことがあるならば、率先して採用するのは当然のことだ。
   まして、本来提督はあの場にいるはずがないのだからな。例え提督を引っ張ってきても、それは別人なんだから問題ないだろう?」


そう言われてしまうと、提督は二の句が告げなくなった。



提督「……わかった、私の負けだ」


素直に手を挙げる。

そもそも不用意にあの場に行った自分に非があるのは言うまでもないことだ。

しかし長門も変わったなと、思う。昔ならば、規律を重んじて寧ろ叱り飛ばしてきただろう。


加賀「それで、いつからいたの?」

提督「最後だけだ。私が行った時点で榛名が終わっていて、雷の話だけを聞いて撤退してきた。だがそれだけでも行く価値は十分にあった……よかったぞ、雷」

雷「ありがとう。でも司令官も参加すればもーっと面白くなったのよ?」


雷はまだ納得がいかない様子だったが。

まあ実際、今考えてみれば参加してもそこまで問題はなかったかもしれない。

上からは何かしら言われるかもしれないが、このめでたい時期だ。口頭注意ぐらいで済んだはずだ。

瑞鶴がいたずらな笑みを浮かべた。



瑞鶴「へえ、じゃあ加賀さんの話は聞かなかったんだ?」

提督「ん? 加賀はどんなことを言ったんだ?」

瑞鶴「ええとねー」


頬に指を当てて言葉を思い起こそうとする瑞鶴。

加賀の目線がすっと細まった。


加賀「そこの五航戦……無駄口を叩くようなら、貴女が口を滑らしたことも明るみになるわよ」

瑞鶴「げっ。わ、わたし知ーらないっ」

提督「なんだ……気になるではないか」

加賀「本来提督は聞けるはずはないのだから、知る必要は無いわ」


なにやら瑞鶴の口を封じたらしい加賀は、涼しい表情でぴしゃりと言う。

提督は北上に耳打ちした。



提督「北上……あとでこっそり教えてくれ」

加賀「……聞こえてるわよ、提督」

北上「いや~あたしはちょっと感動しちゃったけどね。けど加賀っちが怖いからダメかな~」

瑞鶴「あ、あ~そういえば川内も結構面白い事言ってたよ? ……というか、みんな意外な事喋ってたよね?」


瑞鶴が矛先を川内に向けたが。

当の川内といえば、先ほどからぼうっとしていた。


提督「川内、どうした? 上の空だぞ?」

川内「えー……?」

榛名「もうすぐ待ちに待った花火……じゃなくて、夜戦ですよ?」


榛名が丁寧に言い直して、大井が呆れた口調で言った。


大井「今日は朝からずっと夜戦夜戦騒いでたので、疲れちゃったんじゃないんですか?」



北上「あー遠足が楽しみで、当日寝坊するアレね」

提督「子供か。でも、お前たちも楽しめたようでなによりだった」

川内「うん……楽しかったねぇ。御神輿上げたり、歌ったり踊ったり、みんなでいろんなことしてさ。夢みたいだよね、こんな日が来るなんてさ……」


どこか夢うつつな様子で、川内。

彼女は遠くを見つめながら、独り言のようにぽつりとこぼした。


川内「那珂がいたら、もっと面白かったんだろうな……」


ふと漏れた言葉に、皆が押し黙った。

恐らくはそれは、誰もが思ったはずだ。祭りの打ち合わせの最中、提督でさえこんな時あいつがいたら面白いことをしただろうなと考えた。

姉妹艦である川内なら、なおさらだ。そのことを考えずにはいられなかったのだろう。

長門がふっと笑った。



長門「確かにもしあいつがいたら、今日の催し物はもっと騒々しいものになっていただろうな」

榛名「那珂さん、水を得た魚みたいになっていたでしょうね……」

雷「司会さんのマイク奪って、段取りとか無視していろいろやっちゃいそうだわ。しかもすっごいノリノリで」

北上「わかるわかる。那珂っちのゲリラライブ会場になってただろうね~」

大井「進行とかめちゃくちゃになっても、構わずに続行しそうですよね。というか自分が満足するまでやめないわ、きっと」

提督「やめてくれ。私の首を飛ばしたいのか?」

加賀「提督の首1本で済めばいいんですが」

瑞鶴「5本くらいさらし首になりそうね」


好き勝手言い合って、笑い合う。



川内「あはは、そうだね。あいつがいたら、ほんと大変なことになってたんだろうな……ごめん、変な事言って」


川内は罰の悪い笑みを浮かべて頭を掻いたが。

榛名はかぶりをふって、優しい口調で言った。


榛名「いいえ、変な事なんかじゃありません。私だって、今日はずっと金剛お姉さま達の事を考えていましたから」

長門「私も、陸奥の事を考えていた。……きっと皆も、同じことを思っていたはずだ」

加賀「そうね……」

瑞鶴「うん……」


加賀や瑞鶴も頷いて。

艦娘たちは、胸中で思いを馳せるように口を閉じた。

提督も口を噤んだ。何も言う必要はないだろう。今はただ、沈黙がこの場に染み入るのを待てばいい。



そうして時間になり、花火が打ちあがった。

観客の度肝を抜くためだろうか。最初の一発からして、夜空一面に広がるほどの盛大な花火だった。


提督「おお……」


感嘆の言葉しか出ない。

どうやら打ち上げ場所が近かったらしく、更には屋上ということもあり、かなりの迫力と音だった。

息をつく間もなく、今度は何発も立て続けに花火が打ちあがった。夜空に光がほとばしり、空気が重く揺れる。

その様を呆然と眺めながら、提督はふと艦娘たちを見やった。彼女たちもまた、ただただ夜空を見あげるだけだった。川内も騒ぐことを忘れ、何も言わず大きく目を見開いている。

この街の復興を祝うための花火。それはまた、命を懸けて深海棲艦と戦う彼女たち達への深い感謝の表れでもある。そのことが、ちゃんと伝わっているだろうか?

どうか伝わって欲しいと、提督は切に願った。

やがて花火も中盤を過ぎたところで、袖を掴まれていることに気が付いて振り向く。



提督「雷……?」


その声は、花火の音にかき消されて届かなかっただろうが。

見やれば雷が袖をぎゅうと掴んでいた。顔は腕に押し当てられて分からなかったが、彼女は泣いていた。腕からも身体が震えているのが伝わってくる。

雷だけではない。加賀や榛名達も、時折目じりを拭う仕草をしている。


提督「……」


恐らくは皆、思うことは同じだろう。

今日のこの光景が、たくさんの犠牲がなくては成り立たなかったのは理解している。

だが叶うなら……この光景を、今はもういない人たちと一緒に眺めたかった。寄り添い手を取り合って、共に祝い、笑いたかった。そう思わずにはいられないのだろう。

腕に温かさを感じながら、提督は空に目を向けた。はじけて消えた光には、鎮魂の想いも込められていた。

切り。



c3/7


大本営から招集を受けた。

通常、定期報告は書類で済ませているが、大本営は直接報告を聞きたいとの旨を伝えてきた。
 
取り立てて珍しい事ではないが、大本営に出頭するのは久しぶりの事だった。


秘書官「お待ちしておりました。執務室までお通しします。こちらへ」


応接間で待っていると、秘書官がやってきた。   
 
艦娘ではなく人間の秘書官で、提督も何度かあったことがある。

彼女に案内されて、執務室に入る。中には壮年の男が待っていた。


中将「久しぶりだね」

提督「御無沙汰しております、中将殿。定期報告の命を受け、出頭いたしました」  
 
中将「ああ。待っていたよ」





いくつか儀礼的な挨拶を交わし合う。

この中将は大本営の作戦立案や、各鎮守府のまとめ役の立場にある。いわゆる上層部の人間で、艦隊指揮をしないため艦娘を一人も保有していない。

彼は手を振って秘書官の退室を促すと、口を開いた。


中将「まあ、かけたまえ。早速ではあるが、始めようか」

提督「はっ」


定期報告は質疑応答の形で行われた。  

中将は主に鎮守府の内情を訊いてきた。提督が質問に答えると、彼はその内容を紙に書き留めていった。

その仕草はいかにもマニュアルをこなしているようにみえる。恐らくは質問自体も予め定められたものなのだろう。

しばらく取り決められたような応答を重ねていき、定期報告はつつがなく終わった。


提督(こんなものなのか……?)


胸中で疑問符を浮かべる。




わざわざ大本営に出頭を命じるのだから、踏み込んだ質問をされると思っていたのだが、簡易的な質問だけに留まった。出向いた意味があるとは思えないが……

中将は机の上に出ていた書類を整理すると、一息ついた。


中将「問題は無いようだね。事前に提出された資料との食い違いも無い。君の事だから、心配はしていなかったが」

提督「はっ、ありがとうございます」

中将「そう固くならないでくれ。といっても、君はいつもそんな感じだったか」

提督「はい。中将殿が砕けすぎているだけかと」

中将「そうそう。そんな感じで頼むよ」


中将は一拍の間を置いて訊ねてきた。



中将「最近はどうだね? 艦娘との関係は良好かね」

提督「ええ、特に問題はありません」

中将「そうか。だがまあ、平和に向かっているといえども、戦時中ともなればいろいろあるものだ。彼女たちが最近、何か不満や不平を言っているのを耳にしたことはないか?」

提督「取り立てて報告するようなことは、何も」

中将「ふむ」


提督は中将に視線をやった。

彼は先ほどと違い、書類も何も見ていない。世間話……なのだろうか?

中将は続けてきた。



中将「以前、希望解体の触れを出しただろう? 戦後……この深海棲艦との戦争が終わった後のことを、艦娘たちから聞かれなかったか?」

提督「聞かれました。戦後、自分はどうするつもりなのかと」

中将「ほう。君はなんて?」

提督「軍に残る可能性が高いと答えました」

中将「それは喜ばしい。……艦娘たちは、戦後どうすると答えたかね?」

提督「答えませんでした。なにか悩んでいる様子でしたから、まだ結論を焦る必要はないと伝えましたが」


こちらの答える様子を、中将は観察するような目で見ている。

提督の返答を書き留めるようなことはしていないが、先ほどの質疑応答とは打って変わって、そこには機械的な様子はない。

質問に答えながら、提督は不穏な気配を感じていた。



中将「上層部が今、軍縮を推し進めているが、それについて艦娘はどんな反応を見せていた?」

提督「資源を別の鎮守府に輸送するのは手間だとは言っていましたが、不満を言う者は意外と少なかったですね。中には好意的な意見もありました」

中将「では君はどう思っている? 軍縮について」

提督「深海棲艦との争いも下火になってきた今、妥当なことかと」

中将「そろそろ気が付いていると思うが、これは公式には残らない応答だ。だから評価に影響するものではないし、忌憚のない意見を聞きたいね」


釘を刺す様に告げられる。

なるほど思う。今日自分が出頭したのも、恐らくはこの為なのだろう。提督は言い直した。




提督「性急過ぎるかと。いくら現状優勢側に立っているとはいえ、我々は深海棲艦について余りにも無知です。その成り立ちも、目的も未だ分かっていない。未知の要素に対する備えは必要です。   
   軍備を拡張しろとは言いませんが、現状の強行過ぎる軍縮には少し不安を覚えます」

中将「それを聞けて安心した。軍縮ついては上でも意見が対立していてね。新たな艦娘の建造、そして資源採取の禁止。それから近々行われる新装備の開発禁止。
   近代化改修の禁止も話に上がっているが、流石に性急すぎることは否めないのは我々も十分承知している。しかしそうしなくてはいけない理由もまたあるのだよ」


提督「……というと?」


その理由の見当もつかず、提督は促したが。

中将は十分に間を空けてから、前置きのように言った。




中将「私は君を評価している」

提督「……」

中将「あの決戦の時……最も危険で困難な任務に君を推薦したのは、艦娘の練度の高さと、君の判断力を買ってのものだ」

中将「君は期待以上の戦果を挙げてくれた。普通の指揮官ならば、自分の艦娘が沈みそうになると必ず二の足を踏む。
   だが君は躊躇わなかった。多くの自分の艦娘が沈んでなお攻めの姿勢を崩さず、ついには深海棲艦を守勢に追い込み、活路を開いてくれた。それは君がやるべきことを遂行できる、公私を分けられる人間だからだ」


中将の物言いに、提督は胸中で苦虫を噛み潰すような表情を浮かべた。

彼の言うことは間違ってはいないが、正確ではない。

確かに自分は躊躇わなかったが、それは艦娘達も同じだ。彼女たちは分かっていたのだ。戦えばあの海で沈むことになると。

それでも彼女たちは戦いを引き延ばし戦火を広めるより、あの場で決着をつけ勝利することを願った。提督もそこに勝機があると信じ、艦娘たちの背を押した。ただそれだけだ。

中将は続けた。



中将「そして感情ではなく、道理を重んじた行動ができる。だからこの場に呼んだのだ。分かっていると思うが今日のこの場の話は、一切口外無用だ。いいね?」

提督「はい」

中将「艦娘脅威論というものが、今上で問題になっている」

提督「艦娘脅威論?」

中将「額面通り捉えてくれていい。艦娘が、我々人類の脅威になるかもしれないという問題だ」


艦娘が脅威になる……? 

いきなり何を言い出すのか、提督は訝ったが。


中将「いったい何を言っているのか、という顔をしているな」

提督「ええ」


素直に頷く。


切り。



中将「突拍子もない話に聞こえるだろうが、この問題自体は最近のものではない。前々からあったのだよ」

提督「それは陸軍の嫌がらせでしょう?」


思い当ることを告げると、中将は頷いた。


中将「そうだ。戦争初期、深海棲艦に呼応するように艦娘が現れた。それで困ったのは陸軍だ。今までの優位性がすべて艦娘を保有する海軍に渡ってしまったからね。
   彼らは艦娘の脅威を訴えた。もし彼女たちが我々に敵意を持っていた場合、内側に入り込んでいる分、深海棲艦以上の脅威になる可能性が高いと。
   まあもっともな懸念だと、当時の私は思っていたよ」

提督「……」

中将「だが、それでも我々は艦娘に縋る他なかった。そうでなければ、深海棲艦に傷一つ付けられないのだからね。一方の彼女たちは献身といっていいほど我々に協力的だった。
   もはや深海棲艦との戦争は彼女たち無しには成り立たない。その理解が深まるにつれ、次第に艦娘脅威論は薄れていった」

提督「では、何故に今になって再燃を?」

中将「戦後、彼女たちの取る行動が分からないからだ」

提督「希望解体を募ったでしょう?」

中将「半年以上前にな。何人希望者がいたと思うね?」

提督「破格の条件を提示してましたからね。かなり集まったのでは?」

中将「0人だよ」



提督「……」

中将「誰一人として志願しなかった。君のところは希望解体者はいたかね?」

提督「……いえ、誰も」


しばし言葉を失う。

提督は艦娘たちに希望解体について、よく考えろと言った。急いで答えを出す必要はないと。

だからまだ志願者が出ないと思っていたのだが、全ての艦娘がそうだったのだとしたら、それはどういうことなのだろうか?

中将は続けた。



中将「深海棲艦が、人類と艦娘にとって共通の敵なのは間違いない。だがその深海棲艦がいなくなった後、彼女たちがどんな行動をとるか予測がつかない」

提督「……まさか、艦娘が人類に対して敵対するかもしれないと考えているのですか?」

中将「その可能性はある。この戦争において人類が艦娘を必要としたように、彼女たちもまた人類を必要としていた。何故だかわかるか?」


中将は問いを投げかけてきた。

艦娘が人類を必要とする理由。彼女たちが自分たちに求めた役割。思い当ることはひとつある。身に覚えのあることだ。


提督「……指揮官ですか?」

中将「そう。艦娘は人類に君たち提督のような、艦娘の能力を存分に活かせる存在を求めた。そうでなければ敵を倒せないと分かっていたからだろう。
   だから彼女たちは人類に献身的な姿勢を見せ、共生関係を築いていたのかもしれない。だが、その必要ももうすぐ無くなる……深海棲艦が滅べば、艦娘は人類を必要としなくなる」

提督「……」



中将「加えて言うのなら……我々は艦娘に対して常に誠意ある態度を取ってきたとは言い難い。劣勢だった頃は尚更だ。
   君のところは良好な関係を築けているようだが、酷いところは酷い。鎮守府として機能しなくなったところもある。何が酷いのかは、言うまでもないな?」


話には聞いたことがある。

艦娘は指揮官に対して献身的だ。どんなに理不尽で無茶な命令であろうと、基本的には応えようとする。中にはその善意を悪用するものもいるだろう。

提督は苦く訊ねた。


提督「……恨みを買っていると?」

中将「私は馬鹿げたことを言っていると思うか?」

提督「……」


正直に言えば頷きたいところではあったが。

その言い分も、分からないわけではない。

だが提督は食い下がった。



提督「ですが、彼女たちとは話し合えます。我々と同じ道理を持っている。深海棲艦とは違うでしょう」

中将「だが分からないことも多い。例えば君は、艦娘達がかつて経験したという“あの戦争”のことが分かるかね?」


それは艦娘たちがよく口にする話だ。

提督も詳しくは知らないが、確かなことは彼女たちはその戦争で負けたということだ。

そしてこの世界は、彼女たちがかつていた世界と非常に似ているらしい。彼女たちの世界ではカレー洋やバシー島、ジャム島等は別の呼ばれ方をしていたそうだ。


中将「彼女たちの存在がその戦争に起因しているのは間違いないだろう。だが我々はその艦娘の根源さえ、彼女たちの口からしか知る術はないのだ」

提督「……」

中将「もし艦娘が人類と敵対した場合、どうなると思うね?」

提督「考えたくもありませんね」

中将「では考えてみたまえ。上層部と言うものは常に先の事を見据えなければならん。好き好んで下からの不満を買っているわけではないのだよ」



多少の皮肉を込めて告げてくる。

提督は自分の艦娘が艤装を向けてくる可能性など考えたくもなかった。

それでも嫌な想像を働かせて、答える。


提督「艦娘がまだいなかった戦争初期と同じことになるでしょう。制海権を奪われ、内地を好き勝手荒らされていたあの頃と。ただ今回は、対抗手段がありません」

中将「そうだ。深海棲艦に人類の兵器が一切通じなかったように、艦娘もまた同様なのは、もはや公然の秘密だな。その場合、どうなる?」

提督「……勝ち目はありませんよ。我々は彼女たちを止める術を持ち得ません」

中将「だが何もしないわけにはいくまい?」

提督「その為の軍縮ですか?」

中将「君も言ったことだぞ。未知に対する備えは必要だと……。深海棲艦と同様、我々は艦娘に対して全てを理解しているとは言い難い」


つまり上層部の進めていた急激な軍縮や、破格な条件の希望解体は、戦後の艦娘の力を削ぐためのものだったということだ。

上層部は深海棲艦と艦娘、どちらの動きにも備えをしている。どっちつかずにもなりそうでもあるが……

提督は本題を切り出した。



提督「それで……私に何をしろと?」

中将「艦娘の意図を探って貰いたい。何故解体を志願しないのか、彼女たちがいったい何を考えているのか知りたい」

提督「もしかしたら全て深読みで、艦娘たちは単純に解体が嫌がっているだけかもしれませんよ」

中将「敵対の意思がないのなら、それに越したことは無いさ。我々はそれを願っているよ。だがどの道、艦娘の数は減らさないとならない。それは分かるだろう」


戦争が終われば、当然現状の艦娘の数は過剰になる。だから解体せざるを得ないというのは、当たり前の話だ。

何にせよ、中将の言う通り艦娘の意図を知らなければならないのは確かであり、彼がこの話を聞かせた時点で自分に拒否権が無くなったのも確かなことだった。

提督は頷くほか無かった。



提督「正直、気は乗りませんが……分かりました」


物分かりの良い部下に、中将は安心したような表情をみせた。


中将「報告は定時報告に紛れさせて出してくれ。それと言うまでもないことだが、くれぐれも艦娘たちを刺激したり挑発するような行いは避けてくれ。頼むよ」


そんなことするはずがないだろうと提督は思ったが。

他の鎮守府では、そういう風に艦娘を扱ったりすることもあるのだろうか……?

それから中将はいくつか注意事項を述べてから、解散を告げた。

切り。



c4/7


執務室で提督はミンチの可能性を考えていた。

中将の命令は一言でいえば、艦娘が人類から離反する意図があるのかどうか探れ、というものだ。

彼の懸念は分からないでもない。だが提督は、艦娘が人類に敵対するなど微塵も思っていなかった。


提督(なら聞けばいい、直接。簡単な事だ)


ちらりと秘書艦に目を向ける。加賀は積もった書類を手早く分けていた。

提督は想像してみた。

直接聞くならば、こうだ。

ぱらぱらと書類をめくる加賀の机を、手でばんっ!と叩く。彼女はきっと訝しげな眼を向けて言ってくるだろう。


加賀「なんです、いきなり?」


仕事の邪魔をするな、そんな感じのじと目に違いない。だが構わず、提督は言うのだ。



提督「吐け」

加賀「は?」

提督「お前たちが裏でこそこそしているのは分かっている。なぜ誰一人として希望解体をしないのかもな」

加賀「何の話?」

提督「とぼけても無駄だ。何年の付き合いだと思っている。お前たちは人類を抹殺しようとしている!」

加賀「なるほど……バレてしまっては仕方ありません。しかし直接問い質すとは、良い判断とは言えなかったわね。死んでもらいます」


艦載機ばるるるー


提督「ぐああああ」


提督はミンチになった。

……あり得るだろうか?



提督(ないだろ)


胸中で断言するが。

それでも踏み出せずにいるのは――やはり頭のどこかで可能性を考えているからだ。

そして中将は、恐らくは自分のそんなところを観込んだのだろう。


提督「……」


舌打ちでもしたい嫌な気分だった。腹立が立つのは、自分自身にだ。


加賀「……督」

提督「……」

加賀「提督」

提督「んあ?」


話しかけらていたことに気が付いて、はっとする。

訊ねる。



提督「どうした?」

加賀「どうした、は私の台詞よ。さっきからずっとこちらを見てるけれど、何か用?」

提督「ああ……いや、なんでもない。悪い、ぼーっとしていた」

加賀「そう」


気にした様子もなく、加賀はそのまま元の作業に戻った。

提督もかぶりを振って気を取り直した。しばらくは積み上げられた書類を消化することに時間を費やしていたが。

……恨みを買っていると?

ふいに蘇った自分の言葉に、手が止まった。



この戦争で、自分は本当にたくさんの艦娘を沈めてしまった。加賀の相棒も……赤城もそうだ。

あの決戦は、本当は引き返すことだって出来たのだ。そうすれば、きっと彼女たちはまだ生きていただろう。

例え彼女たちが決着を望んでいたのだとしても――もっと上手いやり方があったのではないだろうか? あんな多くの犠牲を出さずとも、平和に向かう道があったのではないか……? 

間違いなくあったはずだ。可能性を探れば、きりがない。


加賀「提督」

提督「……」

加賀「提督」

提督「……なんだ?」


加賀はこれ見よがしに大きくため息をついてみせた。

言ってくる。




加賀「何かあったの? ここのところ上の空のようだけれど」

提督「私がよくぼーっとしているのは知っているだろう? 癖なんだ」

加賀「そうね。目の前に大きな作戦や任務が控えていると、特にそう。でも今あるのは2日後の小規模泊地の制圧ぐらいでしょう? 今更あなたが不安になるようなこととは思えないわ」

提督「む。まあ確かに……そうだな」


流石は秘書官と言うべきか、見抜かれている。元より内偵の真似事など、似合わないのは分かっていたが……

対する自分はどうだろう? 彼女の真意を見抜くことが出来るだろうか?

中将は言った。我々は艦娘のすべてを知っている訳ではないと。それは当然だ。だからこうして互いに時間を積み重ね、息を合わせていったのではないか。


提督(加賀に聞いてみるか? 私を恨んでいるかと……)


きっと彼女は首を横に振ってくれる。あの時はああする他なかったし、誰もがそれを望んでいたと。そんな風に言ってくれるかもしれない。

だが、もし恨んでいると言われたら……? 加賀だけではなく、他の艦娘たちも同様に答えたとしたら……自分はどうすればいい?

その覚悟をもって決断したというのに、想像すると提督は恐怖で動けなくなった。



加賀「……提督?」


いつの間にか、加賀が席を立って近づいてきていた。

怪訝な表情は消え、こちらを心配そうに覗き込んできている。

慌てて考えを振り払い、言う。


提督「あ、ああ、なんかな……これが平和ボケというものかもしれない。もう半年以上スクランブルもないから、気が抜けているのかもしれん」

加賀「……」


加賀はじっと覗き込んでくる。その言葉を信じていないのか、探るような視線だ。

彼女のお菓子を食べて素知らぬ振りをしていると、こんな目を向けられる。あなたが食べたことは分かってるの、白状しなさい。

大体はその眼力に屈して自白するが、提督は目を逸らさずに眼差しを返した。

やがて、加賀は再びため息をついた。



加賀「まあ、いいわ……。いえ、よくはないけれど。平和ボケはやることをやってからにして下さい。それなら誰も止めないわ」

提督「ああ。気を付ける」


加賀は席に戻っていった。

果たして誤魔化せたのかどうか、疑問ではあったが……

気を紛らわすために、提督はつぶやいた。


提督「目……」

加賀「……なんです?」

提督「お前の瞳の色、茶色なんだな。知らなかった」


当たり前でいて、気が付いていないこともある。これで艦娘を知っているなど、どの口が言えるのだろうか。

返答がなく加賀を見やると、彼女の頬は朱に染まっていった。肌が白い分、それは顕著に見えた。

咎めるように言ってくる。



加賀「なにを言うの。いきなり……」

提督「あ、いや……すまん」

加賀「いえ……別に怒ってる訳じゃありません」


加賀は視線を逸らしてそう言ったが、


提督「……すまん」


他に言いようもなく、提督は謝った。

切り。

>>加賀「提督」

>>提督「んあ?」

このやり取りにちょっと反応してしまった……大丈夫だよね?



遅めの昼食を採りに、食堂へ足を向ける。

食堂はがらんとして、静寂に包まれていた。

時間帯がずれているせいもあるが、そもそもこの鎮守府にはもう人がいない。

かつてはどんな時間帯でも誰かしら居て賑わいに溢れていたが、今では静まり返っているほうが多い。まあそれも見慣れた光景ではあったが。


提督(雷?)


誰もいないと思っていたが、食堂の隅に一人だけいるのに気が付く。

提督は彼女に歩み寄った。気づいて貰えるようわざと足音を立てたが、雷は気づかず、静かに食事を進めている。

隣りに立ったところで、ようやく雷は顔を上げた。



提督「こんな時間に昼食か?」

雷「……司令官?」


ぼんやりとした様子で、雷。


提督「美味しそうなカレーだな」

雷「司令官もこれから?」
 
提督「ああ」


頷くと、雷は咎める口調で言ってきた。




雷「駄目よ司令官、こんな遅くに昼食だなんて。ごはんは毎日規則正しい時間にとらないと身体に悪いんだから」

提督「なんだ、お互いさまじゃないか。固いことを言うな」

雷「私は良いの。でも司令官はちゃんとしないといけないわ」

提督「どんな理屈だ……」

雷「いーい司令官? こういうのはね、若い時は大丈夫だけど、年を取るにつれてどんどん身体に悪い影響が出てくるものなの。後になって直してももう後の祭り。遅いの。
  だから若い時から常日頃健康への意識を……」


自分を棚に上げた雷のお説教が始まった。

人差し指を立てて食生活の講義を垂れる雷の言葉を適当に聞き流しながら、辺りを見回す。

辺りに人の気配があった様子はない。今日は殆どの艦娘が、ほかの鎮守府に戦力の補填として出向している。

雷はずっと一人で食事をしていたのだろう。この広い食堂で、ぽつんと一人。静かに。

別段、珍しいことではないが……

提督はつぶやいた。



提督「今日はカレーか」

雷「って、聞いてるの司令官?」

提督「聞いて流してるぞ」

雷「流さないの!」

提督「私もよそってこよう」


雷の静止の声を無視して、提督はカレーを持ってきた。

対面に座ろうかと思ったが、雷が自分の隣をばしばし手で叩いて促して来たため、そこに座ることにした。

トレーを置いて、尋ねる。


提督「雷の食生活講座はもう終わったか?」

雷「これから2限目が始まるわ」

提督「私は休学するから関係ないか」

雷「もー!」


雷は頬を膨らませたが、本気で怒ってるわけじゃないのは分かっている。

そのまま食事を進めていくが、ふと雷が気が付いた。



雷「司令官、じゃがいもは?」

提督「ん?」

雷「司令官のカレー、じゃがいもが無いわ」

提督「ああ除けてきた」

雷「……なんで?」

提督「炭水化物はご飯があるだろう」

雷「司令官。好き嫌いしたら大きくなれないのよ?」

提督「嫌いなわけじゃないさ。それにもうこれ以上は大きくならない」

雷「身長じゃなくて、人としての器が大きくならないって言ってるの」


初めて聞いた説だったが。



提督「悲しいが、それももう大きくならんな」

雷「そんなんじゃ駄目よ! 男の子はもっと大きな夢を持たなきゃ。はい、私のじゃがいもあげるね。どんどん食べて!」

提督「おい待て、いらん。じゃがいもなどいらん。あ、こら乗せるな!」

雷「いらないだなんて、カレーの具にいらないものなんてないのよ?」


雷は自分のじゃがいもをスプーンですくってこちらの皿に乗せてくる。

止めるも、ごろごろとジャガイモが入ってきた。提督はうめいた。


提督「雷、私の事は良いから、自分のことを心配しなさい。そもそも私よりお前のほうが食べないとだめだろうに」

雷「え? どうして?」


きょとんとして、雷。



提督「どうしてって、育ち盛りだろう。これからどんどん大きくなるんだから、もりもり食べなさい」

雷「……」


告げると、雷は何とも言えない表情を見せた。

困ったような、小骨がのどに突っかかったような、そんな曖昧な表情だ。

提督は疑問に尋ねた。


提督「雷?」

雷「ううん、なんでもないわ」


小さくかぶりを振るう。

そのまま妙な沈黙が出来てしまい、提督はこっそりとじゃがいもを雷のお皿に戻した。



雷「あ、こら司令官! 一度とったものを元に戻すなんてお行儀が悪いわ!」

提督「とった覚えはないのでな。ほらもりもり食べろむくむくデカくなれ」

雷「駄目ったらだーめ! 返品は受け付けないわ!」

提督「別にいいだろう。見咎める者なんかいないし、誰も困らん」

雷「私が困るの!」

提督「私だって困る」


しばしじゃがいもを巡る攻防が続いたが、結局は妥協案に落ち着いた。

つまりは半々にするというものだ。提督はそれでも渋面を見せたが、雷は満足したようだった。

そうして食事が終わった。

腹も膨れたため、人心地ついてお互いにぼうっとする。静かな時間だ。

ややあって、提督はつぶやいた。



提督「……榛名かな」

雷「え?」

提督「今日のカレー当番」

雷「……どうしてそう思ったの?」

提督「玉ねぎが具として残ってた。大体みんなと溶かしてしまうからな」

雷「半分正解よ」

提督「残りの半分は?」

雷「私も榛名さんと一緒に作ったの。といっても、お手伝いなんだけど……」

提督「そうか……えらいぞ」


提督はふたりが一緒に厨房に立つ姿を想像してみた。

しっかり者の榛名に、何かと世話を焼きたがる雷。なんとも微笑ましい組み合わせのように思える。

雷がぽつりと言った。



雷「じゃがいもは私の担当だったんだから」

提督「……お前、そういうのは」

雷「もっと早く言えって? でも言っちゃうと、司令官は張り切って食べちゃうでしょ?」

提督「む。そんなことは……」


ない、とは言えないだろう。

間違いなくいつも以上に食べていたはずだ。午後の仕事がちょっと辛くなるぐらいに。

雷はそれを見通して言わなかったのだろう。それでも少しぐらいは食べて欲しくて皿に乗せてきたということだろうか。

じゃがいもを邪険に扱ったことに、提督は後悔した。取り繕うように言う。


提督「美味しかったぞ、カレー」

雷「ほんと?」

提督「ああ。世界で一番上手いカレーだった。また食べたいな」

雷「もう大袈裟なんだから。ふふ、でもありがと。榛名さんにも伝えてあげないとね」


雷は嬉しそうに笑った。



そうして穏やかな時間が流れて、やがて提督は意を決した。訊ねる。


提督「雷」

雷「なーに?」

提督「戦後……希望解体についてなんだが」


ピクリと雷が動くのを見えた。

構わずに、提督は続けた。


提督「私は今まで、希望解体については一切口を出さなかった。というのも、お前たち個人の事だし私がとやかく言う問題じゃないと思ったからだ。
   それは今も変わらずそう思っているが……募集の告知を出して半年以上が過ぎた。そろそろどうしたいか、決められたか……?」


訊くと、雷は困ったような表情をして口ごもった。


雷「あー、えーと……」



提督は彼女の言葉を待ったが、雷は否定も肯定もせずただ視線を彷徨わせた。

しばしの間を置いて、諦めて言う。


提督「まあ……今後を左右する難しい問題だからな。迷うのは無理もないことだが……軍に留まるか、退役するか。どっちに傾いてるとかは、あるのか?」


ややあって、雷は躊躇うような口調で言ってきた。


雷「多分だけど……退役ってことに、なるのかしら……?」

提督「……多分?」


どこか他人事のような台詞に首を傾げるが。

雷は視線を逸らして、ぽつぽつと喋りだした。



雷「みんなとね、いろいろ話し合ったの。深海棲艦がいなくなった後、どうしようかって……
  不思議な気分だったわ。だって私たちは、深海棲艦を倒すために生まれたんだもの。それがいなくなっちゃった後の事なんて、これまで考えてこなかったから……」

提督「……」

雷「でも深海棲艦が少なくなるにつれて、今まで見えてなかったものが見えきて……みんな混乱してたけど、いろいろ分かったの。だから……」


そこで雷は言葉を区切った。

提督は続きを待ったが、彼女は切り替えるように口にした。


雷「響ともたくさん話したわ」

提督「……彼女はなんて?」


促すと、雷はかぶりをふるう。



雷「響は残るって。私は……止めなかった。それが響の役割だもの。誰にも止められないし……それでいいと思ったわ。私だって人の事言えないもの」

提督「……」


雷はじっと机を見つめている。

彼女の目に何が映っているのか、提督は唐突に分からなくなった。

踏み込んだ質問をしようとしたところで、雷がこちらを見た。


雷「ごめんね、司令官……。私、まだ上手く言えないみたい」

提督「……いや、いいんだ。ありがとう」


そう言われてしまうと、言葉をしまうしかない。

彼女の言葉をそのまま捉えるのならば、雷は退役する。つまり解体に志願するということだろう。

喜ばしいことのはずだ。戦いの使命から解放され、戦後の生活は保障される。それは彼女自身の決断で、もっと浮かれてもいいはずだが、雷にそんな様子はない。

雷は窺う様に訊ねてきた。



雷「司令官は、私がいなくなったら寂しい?」

提督「まあそうだな」

雷「あ、なんか軽ーい」

提督「そりゃ寂しいが、それ以上に喜ばんとな」

雷「むー、どういうこと? お節介者がいなくなってせーせーするって言うの?」


頬を膨らませて、雷。

提督は苦笑した。



提督「ばか、そうじゃない。退役するってことは、お前もようやく年相応の事ができるようになるってことだ。私はそのことを喜びたいよ」

雷「……司令官」

提督「それに同じ空のもとにいるんだ。お互いが会いたいと思えば、いつだって会えるだろう?」

雷「……」


雷は口を閉じた。

やがて言ってくる。


雷「……そうよね。寂しいって思ってくれるより、私も喜んで欲しいって思うわ。でもそう思うのって……きっと自分勝手なのよね」


雷は独り言のようにそうつぶやくと、しばらく何も喋らなかった。

切り。

>>119


訂正


雷「じゃがいもは私の担当だったんだから」

提督「……お前、そういうのは」

雷「もっと早く言えって? でも言っちゃうと、司令官は張り切って食べちゃうでしょ?」

提督「む。そんなことは……」


ない、とは言えないだろう。

間違いなくいつも以上に食べていたはずだ。午後の仕事がちょっと辛くなるぐらいに。

雷はそれを見通して言わなかったのだろう。それでも少しぐらいは食べて欲しくて皿に乗せてきたということだろうか。

じゃがいもを邪険に扱ったことに、提督は後悔した。取り繕うように言う。


提督「美味しかったぞ、カレー」

雷「ほんと?」

提督「ああ。世界で一番美味いカレーだった。また食べたいな」

雷「もう大袈裟なんだから。ふふ、でもありがと。榛名さんにも伝えてあげないとね」


雷は嬉しそうに笑った。



夕暮れ時に、提督は波止場でひとり佇む榛名を見つけた。

今日は他の鎮守府へ出向していたが、どうやら戻ってきていたようだ。

いったい何をしているんだろうと気になって近づくが、榛名は何をするまでもなく、ただ遠く海を眺めている。

提督はそろりと忍び寄って、耳元で声をかけた。


提督「ワッ」

榛名「ひゃううぅ!?」


よほど不意打ちだったのか、榛名はこっちが驚くぐらいに飛び上がってみせた。

提督は感嘆の声を出した。


提督「おお……流石榛名、いい反応だ」

榛名「て、提督っ!? い、いきなりなんです? びっくりしたじゃないですかっ!」

提督「そりゃあびっくりさせようとしたからな。びっくりするだろう」

榛名「そっ、それは……そうですけど…………そうじゃなくてっ!」


当たり前の事を返すと、榛名は納得いかない様子を見せたが。

ひと息ついて冷静を取り戻した後、咎める口調で言ってきた。



榛名「本当に驚きました。海に落ちたらどうするんですか……?」

提督「艦娘なんだから平気だろう?」

榛名「確かに平気ですけど……だからって気軽に落として良い訳じゃありませんからね?」

提督「その時は私が飛び込んで助けに行くから問題ない」

榛名「提督が来ても要救助者が増えるだけです……」

提督「大丈夫だ、任せてくれ。泳ぎは得意なんだ。大船に乗った気持ちで救助されていいぞ」

榛名「私は海の上に立てますからね?」

提督「そういえばそうだったな」

榛名「もう……」


冗談を返すと、榛名は仕方ないといった様子で吐息した。

それから小さく笑みを浮かべると、試すような目でこちらを見てくる。



榛名「でも……提督も一緒に来てくれるなら、いいですよ? 今度やってみてくださいね。一緒に海へ飛び込みましょう」

提督「いや、本気にするな。ちゃんとお前が落ちないように注意したぞ?」

榛名「ふふ、分かってます。なら今度は榛名が提督を驚かしちゃいますね。大丈夫ですよ、提督が落ちてしまったら助けますから。ちょっと沖に連れ回しちゃうかもしれないですけど」

提督「……お前はたまーに本気でやるから怖いな」

榛名「楽しみですね?」


首を傾げて、本気とも冗談ともとれない綺麗な笑みを向けてくる。

榛名は根が真面目なため基本的には品行方正だが、たまにこちらの予想のつかない大胆な行動に出ることがあった。

提督は用心につぶやいた。


提督「背中には気を付けよう……」


ともあれ、話を切り替える。

提督は榛名が眺めていた方角を見てから訊ねた。



提督「何か、考え事をしていたのか?」

榛名「……昔の事を思い出していました」

提督「昔……?」

榛名「はい。昔……“前の戦い”の事です。あの時も私は、こうして一人海を眺めていました」


先ほどと同じように、榛名は視線を海に向けた。

ゆっくりとあとを続けてくる。


榛名「金剛お姉さまも、比叡お姉さまも、霧島も沈んでしまって……私だけが生き残ったんです。けど私は海上で動けなくなってしまって……結局そのまま終戦を迎えたんです」

提督「それは……初めて聞いたな」

榛名「私も、はっきりと思い出したのは最近の事なんです。不思議ですね。深海棲艦の数が少なくなり、終戦に向かうにつれて、薄れていた記憶がはっきりしていきました。
   私だけでなく他の人たちもそうみたいです。きっとこの身に宿る魂がそうさせるんでしょうね……」
  

胸に手を当てて言ってくる。

艦娘たちは魂という言葉をよく使う。曰く、かつての艦船の魂がその身体に宿っていると。いわゆる海軍魂とは違うもので、正直なところ言われても提督にはピンとこない。

提督は彼女たちが経験してきたという戦争のことを訊いた。





提督「前に言っていたな。お前たちはその戦争で負けたんだろう?」

榛名「ええ……私たちは負けました。戦争に勝利するために生まれてきたというのに、多くの人たちの期待を裏切り、その役割を果たすことが出来なかったんです。
   私は海の上で動けないまま敗戦を知りました。そのまま一人生き残って、最期の時までただ海を眺め続けていたんです」

提督「悲しかったのか?」

榛名「分かりません……あの時の私は艦船で、人の感情を持ち得ませんでしたから。ただ……持って生まれた役割を果たせないというのは、無念でしょう? 今の私はそう思うんです」

提督「……」

榛名「因果なものですね。今回も私は生き残ってしまいました。金剛お姉さまも、比叡お姉さまも、霧島も先に逝ってしまって……私はまた海を眺めているんです」


遠く海を望む榛名の双眸は、提督には及ぶところのない何かが込められている。

失意とも、懐古とも、寂しさとも違う。あるいはすべてが混ざったような、そんな眼差しだ。

彼女をそんな境遇に再び立たせたのは、自分の判断の結果でもある。自責の念を覚えて、提督は胸に痛みを感じた。

榛名はしばらく無言で海を眺めていたが、やがて口を開いた。



榛名「でも……やっぱり、あの時とは違いますね。今の私にはたくさんの仲間がいて、隣りには提督がいてくれる……私は一人じゃありません」


そう言ってこちらを見つめる榛名の眼差しは、いつもの優しいものに戻っている。

気を取りなおすように謝ってくる。


榛名「ごめんなさい。黄昏るには、まだ早すぎましたね? 風が心地よくて、つい……」

提督「……そうだな、良い風が吹いている。このままこの風のように、何事もなく事態が進んでくれるとありがたいんだがな」

榛名「大丈夫ですよ、提督。私たちは必ず勝ちます。お姉さまたちの想いは、この榛名が受け継ぎました。今度こそ、私は課せられた役割を果たして見せます」

提督「流石にこの状況から負けたりしたらシャレにならんからな……」


もはや深海棲艦は、小規模泊地を作るぐらいの勢力しか保っていない。

これが国家間の戦争ならば間違いなく降伏している状況だが、深海棲艦にそれはない。

深海棲艦は最後の一体まで戦い続けるだろう。それ故の粘り強さはあるが、勢いづいた趨勢までは崩せない。このまま押し切るのも時間の問題だった。



榛名「ふふ、そうですね。もしここで油断して巻き返されたりしたら、向こうで金剛お姉さま達に怒られてしまいますね」

提督「ああ。だからこの戦争には勝つさ、必ずな。でなければ、ここまでやってきた意味がない」


告げてから、提督は本題を切り出すことにした。


提督「となると、自然と先の事を考えてしまってな。……榛名、お前はその役割を果たした後、どうするつもりだ?」


問うと、榛名は動揺も見せずに告げてきた。


榛名「それは提督もご存知のはずです」

提督「……」

榛名「役割を果たしたものは、もう必要ありません。だから希望解体を募っているのでしょう?」


歯に衣着せずにそう言ってくる。

率直な物言いに、提督は同じように返した。



提督「そうだな。おためごかしは言わない。深海棲艦がいなくなれば、現状の戦力では過剰になる。過剰というのは往々にして何か悪さをするものだ。少なすぎるのも同じだがな」

榛名「……」

提督「だから艦娘の数を減らさざるを得ない。でも榛名、これは次に進むために必要な事なんだろうと私は思うよ」

榛名「次……ですか?」

提督「そうだ。戦争の後の、平和になった世界のことだ。もう艦娘としての使命に囚われることも無い。お前たちの前には、戦い以外のいろんな可能性が広がることになる。
   これまでできなかったこと、したかったこと、何をするも自由だ。それを可能にする後ろ盾もついてくるだろう」

榛名「提督は……私に解体を志願して欲しいのですか?」


榛名は意図を問うように訊ねてきた。

提督はかぶりを振った。


提督「そうは言っていない。解体に関して私は関与しないと、前に伝えただろう。ここに残るのもまた、お前の自由だ。好きに決めると良い」

榛名「……深海棲艦がいなくなった後の、自由と可能性ですか」



そうこぼすと、榛名は物思いに耽るように口を噤んだ。

かなりの間沈黙を保っていたが、やがてぽつりとこぼした。


榛名「提督が……私たちと同じだったらよかったのにって、ずっと思ってるんです」

提督「……何故だ?」

榛名「だって、そうすれば私たちと一緒のものを見て、感じて……同じところに行くことができるでしょう?」


榛名の言葉は要領を得ないものだったが。

提督は疑問を返した。


提督「私は、ずっとお前たちと同じ平和を目指して戦ってきたと思ったんだが、違うのか……?」


告げると榛名ははっとしたような顔をした。

失言とでも思ったのかもしれない。慌てた様子で謝ってくる。



榛名「ご、ごめんなさい提督! 私はそういうつもりで言ったのでは……! 私はただ――」


そこで、榛名は言葉に詰まった。

何かを言おうとして、それでも言葉が見つからなかったのか、つぶやくように繰り返した。


榛名「ただ……私は、その……」


言葉を待つも、彼女は途方に暮れたように視線を落とすだけだった。

提督は助け舟を出すように口を開いた。


提督「……確かに、時々羨ましく思うことがあるよ。海を往くお前たちの姿は、とても気持ちよさそうにみえる。そこから望む景色もまた違ったものなんだろう」

榛名「……」

提督「それに、もし沖合に釣りに行くのなら小回りが利いて便利そうだしな。いや……釣りなどと言わず、船引き網でどばーっと漁もできそうだな。漁業権を買えばいいんだろうか?」


冗談めかして言うも、榛名は笑わなかった。



榛名「……提督は、優しいのですね」

提督「何を言う。この前も加賀のまんじゅうを瑞鶴と食べて怒られたばかりだ」

榛名「ふふ……でも、そんなあなたが鎮守府で帰りを待っていてくれたから、私たちはこれまで戦ってこれたのでしょうね。今では、その優しさが恨めしくもあります……」


囁くようにそう言って、榛名は痛みを感じさせる表情でこちらを見た。

彼女の瞳に呑まれて、提督は言葉に詰まった。そのまま視線を交わしていたが……


榛名「答えを出すのは、もう少しだけ待ってくれませんか? これが我儘だとは分かっているのですが……」

提督「いや……我儘なんかじゃない。難しい問題だし、急かしている訳じゃないんだ。ゆっくり考えてくれ」

榛名「はい……ありがとうございます」


榛名はそう言って、言葉をしめた。

切り。



それから幾日か跨いで、提督は全ての艦娘に希望解体について聞いて回った。

もとより本格的な内偵ができるはずもなく、それはあの中将もしかるべき人間に任せているだろう。自分にできることといえば、艦娘たちから話を聞くことぐらいしかない。

とはいっても、流石に真正面から聞くのは迂闊だったかもしれないが……

収穫はあった。

長門、加賀、北上、瑞鶴は榛名のようにまだ迷っていると明言を避け、大井、川内は雷のように退役を仄めかした。

軍に留まると言うものは一人もいなかった。


提督(本来なら喜んでいたんだがな……)


苦く思う。



正直なところ、全員に退役を望んで欲しいというのが本音だ。

提督は、彼女たちが傷ついて泣く姿をもう見たくはなかった。今でこそ艦娘たちは落ち着いているものの、レイテ沖決戦後の様子は酷いものだった。海に出れば、嫌でも仲間が沈んでいった光景を思い出すだろう。

だから艦娘たちの返答は、提督も望むものではあったが、中将の話を聞いた後ではそれも素直に喜べない。


提督(何か隠している……とは思う)


話を聞いていく中で、分かったことがあった。

それは、彼女たちが迷っているということだ。軍に留まるか、否かではなく――何やら腹に抱えた問題を、自分に打ち明けるか、否かで迷っている。

艦娘たちとの付き合いは長い。提督といえど、そのぐらいの機微は見抜けるつもりだ。

そして気がついたこともあった。

雷、大井、川内は、退役するかもしれないとは口にしたものの、解体を希望するとは一言も言わなかったのだ。それが何を意味するのかは、具体的には思いつかないが……



提督(……艦娘脅威論とはまた違う気がする。そもそも、あいつらが人類に敵対する意思があるなら、こんなあやふやな返答はしないだろう。
   軍に留まるか、退役するか。たとえ嘘でも、どちらかに明言しておけば、こんな風に腹を探られずに済んだはずなんだ)


もし自分が艦娘ならば、曖昧な発言は極力避ける。そして深海棲艦を斃すまでは従順な姿勢を見せ、そこから人類に反旗を翻すのが順当だと考える。わざわざ疑われるような行動はしないはずだ。

とはいっても、艦娘脅威論の可能性は捨てきれない。提督が察したのは、彼女たちが何かを隠しているということだ。

そこでふと、思い出した。


提督(そういえば……前に加賀が戦後のことを訊いてきたことがあったな。それで私が逆に訊ねて……あの時、あいつは何を言うつもりだったんだ……?)


恐らくは、その時から彼女たちは何かを抱えていたのかもしれない。

だが結局、今日まで打ち明けることは無かった。それがなんなのかを考えるには材料が足りず、提督は一息つくために執務室を抜け出した。

と。



北上「おーこれお祭りの時の新聞じゃん。こんなの掲示板に貼ってあったんだ」

大井「え? これお祭りの翌日には貼ってありましたから、結構長くありますよ?」

北上「普段掲示板なんて見ないからさー。あ、長門っちがお神輿担いでる写真が載ってる。大井っちもいるよ、ほらここ」

大井「北上さんの写ってない写真に価値なんてありません。まったく……撮影者の技量が知れるというものです」

北上「えーいい写真だよ。お神輿綺麗に写ってるし、みんな楽しそう」


廊下にある掲示板を見ながら、北上と大井が談笑をしている姿が目に入った。

彼女たちはこちらに気が付いていない。提督は話しかけようと歩み寄ったが。



北上「あ、希望解体者募集中の張り紙もあるんだ。ほうほう良い内容ですな。どう大井っち? 今ならお買い得みたいだよ、安くしとくよ?」

大井「要りません。そもそも、こんなの志願する艦娘なんているのかしら?」

北上「いやぁ、いないっしょー。なんかやたら良い条件だけどさ。これが戦争が苛烈だったときならちょっと靡いちゃうかもしれないけど、流石に今となってはねぇ」

大井「お金と保障があったところで……って感じですもんね」

北上「そもそも解体とかないしなー」


会話の内容が聞こえて、提督は慌てて廊下の曲がり角に身を隠した。

幸い気づかれてはいないようだ。辺りを見回すも、誰もいない。北上と大井が話を続けたため、そのまま聞き耳を立てることにした。



北上「まあでも……どうせやるならさ、ぱーっと楽しく派手にやりたいよね」

大井「そうですね。私は前の話し合いの時に川内さんが言っていた、みんなで他の鎮守府を攻め落としていくって案は面白いなと思いましたよ?」

北上「大井っちも? だよねぇ。あれはみんな内心面白そうだなって顔してたよ。他の鎮守府も同じようなこと考えてそうだけどね」

大井「まあやったところで、この鎮守府に北上さんと私が残っている時点で、私たちの勝利は確定なんですが」

北上「そうだね~。それにこの写真のお神輿みたいにさ……提督を担いで協力して貰ったら、もっと楽しいだろうね。負ける気がしないよ」

大井「それだと逆につまらないです」

北上「えー、どうして? あたしは提督の艦隊指揮で戦いたいけどなあ」

大井「だって、あの人の戦い方って基本いやらしいじゃないですか。奇襲強襲大好きで、いかに相手の本領を発揮させずに沈めていくかーぐへへって戦い方です。
   深海棲艦相手ならそれでいいですけど、相手が艦娘なら真正面から行きたくないですか?」

北上「ああーなるほどね、そりゃそうだ」



大井「それに、ただでさえ北上さんと私で最強なのに、そこに提督が入ったらつまらないというか、台無しです。わんさいどげーむってやつですね」

北上「……大井っちさー」

大井「なんです北上さん?」

北上「それ提督のこと褒めてるんだよね?」

大井「そうですよ?」

北上「前々から思ってたけど、大井っちの提督への愛情表現は変化球過ぎて分りにくいんだよねぇ。あたしには直球しか投げないのにさ」

大井「あの人は率直に褒めても、いやもっとやりようはあった~云々って素直に受け取らないから、罵倒するぐらいで丁度いいんです。いえむしろ扱き下ろしたほうがいいです。推奨です」

北上「ほーん……」

大井「どうしました?」

北上「いや、愛情表現は否定しなかったなーって」

大井「……」

北上「……」



大井「あっ、ちっ違いますっ! これは腕は認めているって話ですっ! 愛情とかではなく、指揮官として信頼を置いているということです!」

北上「そっかそっかー」

大井「そうです。まさかここまで来て、今更提督の手腕を疑う人はいないでしょう? ですから勘違いしないで欲しいのですが……今も昔も、私は北上さん一筋ですからね? それだけは何があろうと変わりません」

北上「ふふふ、後で大井っちが大ちゅきーて言ってたって提督に教えてあげよーっと」

大井「ひぃ!? なんですそれは! やめてください!!」


じゃれ合いながら、北上と大井は掲示板を離れて去っていった。

とりあえず、大井の信頼はありがたく受け取るものとしても……


提督(他の鎮守府に攻め入る……?)


聞き捨てならない台詞だった。



一体なぜそんなことをする必要があるのか。

意味があるとも思えない。他の鎮守府を攻めたところで、何があるというのだろうか?

資材や燃料、弾薬や装備は得られるかもしれない。だがそのリスクを冒すには、見返りが余りにも釣り合わない。それなら遠征に出たほうがマシだ。

そもそも艦娘同士で敵対する意味も、理由もないはずだ。ただでさえ全盛期に比べ艦娘の総数は減っている。彼女たちが人類に敵対するつもりならば、むしろ他の鎮守府の艦娘とは協力するのが自然な流れだろう。

考えてみても、何故そんな発想に至るのか分からない。まして北上は、それを提督に協力して欲しいとも言っていた。


提督(なんだ……一体あいつらは何を考えているんだ……?)


艦娘たちの意図が分からず、提督は立ち尽くした。

切り。



深夜の食堂。

全ての艦娘がこの場に集まっていた。もうすぐ日付も変わる時間のため、皆寝間着姿だ。机の上にはそれぞれお気に入りのマグカップが置いてある。

加賀は自分のマグカップをコツコツと指で叩きながら、ラジオでも聞くようにぼんやりと話を聞いていた。


川内「やっぱり最強鎮守府決定戦を開くべきだと思うね!」


ばんっと川内が勢いよく机を叩いてそう言った。

頬杖をついたまま、北上が同調する。


北上「やっぱり、それが一番手っ取り早く楽しそうだよねえ」

長門「この前他の鎮守府に出向したとき、そのことを訊いてみたんだが……そこでも似たような意見があがっていたぞ」

瑞鶴「私も別の鎮守府で訊いてみたんだけど、みんな面白そうだって言ってたわ。どこも考えることは同じよねー」

榛名「もしそれが実現するのなら、提督にも加わって欲しいですね」

雷「いいわね。それなら絶対に負けないわ!」


盛り上がっているところに、大井が唸るように反論した。



大井「でーすーかーらー……それだとつまらなくなるって、前から言ってるじゃないですか!」

川内「でも反対してるの大井だけじゃん? わたし達はみんな提督の艦隊指揮に入りたいで一致したし」

大井「北上さん!?」


悲鳴じみた声をあげる大井に、北上は悪びれる様子もなく言った。


北上「いやぁ、だって考えたら提督がいたほうが全力出せるじゃん? やっぱり気持ちよく勝って終わりたいし。ごめんね、大井っち」

大井「くうぅぅ……北上さんに土壇場で裏切られるこの悲しみたるや……! 提督をねじり切ってやりたいわ……」


大井は怨嗟の声を滲ませつつも、切り替えて口にする。


大井「でも! こんなこともあろうかと、私は代案を用意してきました」

川内「代案?」

大井「そうです。その最強鎮守府決定戦とやらは、勝ち抜き戦みたいなものでしょう? そうではなくて、私は生き残り戦を提案します」

長門「ほう……」


長門が興味深そうな様子を見せ、大井は続けて説明をした。



大井「鎮守府同士の戦いではなく、個人の戦いにするんです。ただし組むのはありです。孤高に戦うも、徒党を組むのも自由。最後に生き残ったものが勝利です。とっても単純じゃないですか?」

長門「ふむ、なるほど。悪くはないが……」

大井「そして最後に私と北上さんだけが残って……ああ北上さん、やっぱり私達は組めば最強、誰にも負けません。でも、勝つのはただ一人……私に貴女を撃てというの? そんなことできません……!」


なにやら想像をしているのか、大井は自分を抱いてうっとりと独り言を言っている。

それを無視して、瑞鶴が不満気に口にした。


瑞鶴「面白そうだけど、それって面倒くさい駆け引きとかついてくるんでしょ? 裏切ったり裏切られたりさ。最後の最後で疑心暗鬼にかられて沈むのはやだなー」

雷「うーん、そうよね。裏切ったりするのはよくないことだわ!」

北上「加賀っちはどっちがいい?」


訊かれて、これまでぼんやりと話の成り行きを見守っていた加賀は口を開いた。



加賀「そうね……どちらかと言われれば、川内さんの案に賛成ね」


それから多数決が行われて、大井の生き残り戦案は却下された。

大井はふくれっ面で抗議するも、北上がなだめて収まったようだ。そんなことをしながら話は進んでいく。

加賀は吐息交じりに思った。


加賀(確か今回で20回目だったかしらね……この会議は)


食堂に集まったとき、川内がこれから第20回艦娘会議を始めまーす! と音頭を取っていたのを思い出す。

会議といっても司会も書記もいない、ただの井戸端会議みたいなものだが。半年以上前から、月に何度か全員が鎮守府に揃った時に開いている。

議題は戦後について。

こんな時間帯にやっているのは、当然聞かれたくない人がいるからだ。

幾つか案を持ち寄って、皆でそれを検討してわいわいと騒ぐ。こんなことをもう何度と繰り返しているが、結局はいつも同じところに落ち着く。



長門「問題はどう提督に打ち明けるかだな」


艦娘たちは慣れた様子でため息をついて、そこだよねぇと口々に漏らした。

どんな案を出そうとも、ここで躓いて先に進んだことはない。

瑞鶴がひそひそ話をするように小声で言った。


瑞鶴「みんな……訊かれた?」

川内「希望解体のことだよね……ついに来たかーって思ったよ」

大井「どうやら提督はみんなに訊いて回ったようですね」

北上「そりゃー告知を出して半年以上も経てば訊いてくるよね。むしろ今まで話題にさえ上げなかった事が驚きだよ……普通絶対気になるって」

榛名「私たちを気をつかって、提督は今まで話に出さなかったんでしょうね……」

 
加賀もため息をついて口にした。




加賀「普段はずけずけと物を言うのに、こういう問題になると必ず一歩引くのが憎たらしいわ」

瑞鶴「あはは、わかるわかる。提督さんがさ……本当に何も考えずにものを言うような人なら、私たちだってもうちょっとは気が楽だったのにね」


それから口々に提督への愚痴のようなものを言いあって、榛名が話題をもどした。


榛名「……提督は、私たちの決断を受け入れてくれるでしょうか?」

雷「むずかしいと思うわ……とっても」

長門「十中八九揉めるだろうな」

川内「でもさー……もしかしたら簡単に話が通って、とんとん拍子でことが進むかもよ?」

大井「本気で言ってます、それ?」

川内「いや全然」

北上「簡単にいく話なら、こうして益体の無い会議を何度も開いてないしねえ」


北上の言う通りで――正直に言ってしまえば、この会議自体、大して意味などない。

直視すべき問題から目をそらし、皮算用をして遊んでいるだけに過ぎない。だがそれは皆承知の上だろう。

長門が重い口調で切り出した。



長門「だが、そろそろ腹を決めないとな。深海棲艦ももうじきいなくなり、我々の役目も終わろうとしている。いつまでも提督に甘えてぬるま湯に浸かっているわけにはいくまい……」

瑞鶴「問題はどう切り出すか……よね」

雷「……率直に言うしかないと思うわ。司令官は理解してくれないかもしれないけど、思ってることを全部伝えなきゃって思うの」

長門「では誰が提督に言う?」


その問いかけに、皆が沈黙した。

誰にでもその機会はあった。それでも誰も打ち明けなかったのは、やはり長門の言う通り彼に甘えていたからなのかもしれない。

加賀はしぶしぶとそのことを認めた。


長門「……わかった。では私が――」

加賀「いえ。私が言うわ」


長門の言葉をさえぎって、口にする。

皆の視線が集まってくる。そのまま加賀は続けた。


加賀「私は秘書艦だし、一番打ち明ける機会が多いもの」

長門「……いいのか?」

加賀「流石にこれ以上先延ばしには出来ないでしょう? 近いうちに話してみるわ。誰かほかに代わりたい人がいるのなら、譲るけれど」


皆を見回しながら提案するが……



誰も手を上げなかった。当然かと思う。加賀とて気が重い。

提督に打ち明けるということは、それはこれまで築き上げてきた関係を壊すことを意味する。今のこの心地良い関係を終わらせるということだ。

そして恐らくは、二度と元には戻らないだろう。だからこそ、自分たちは問題を先送りにしてきた。

けど、誰かが言わないといけないのだ。

長門が神妙に口を開いた。


長門「では加賀……すまないが、頼む」

加賀「……ええ」


だがきっと、提督は自分たち以上の重荷を背負うことになるのだろう。

そう思えば、加賀は頷かないわけにはいかなかった。

切り。



執務室で、自分は一体なにをしているのだろうと、提督は自問した。

自分に命を預け、ともに戦場を駆けた仲間を疑い、探りを入れて回っている。

そしてその内容を事細かに書き上げた報告書を定例報告の封筒に紛れさせ、今その疑っている相手に提出させようと声を掛けようとしている。

いっそこう言ってみてはどうだろうか?


提督「加賀。この定例報告の封筒に、お前たちの不審な言動をまとめた報告書をこっそり入れておいた。決して開けずに軍に提出してくれ。頼むぞ」


この秘書艦は一体どんな反応をするだろうか?

いつもの涼しい表情が驚愕に代わるのか、それとも顔色を変えないのか……

どちらでもいいと思った。正直に言って、提督は自分の行いに嫌気がさした。



提督(確かに……彼女たちは何かを隠している。それは間違いないだろう)


他の鎮守を攻めるなどと、物騒なことも言っていた。

中将の不安も分かる。彼の言う通り、人類は艦娘に対し常に誠意ある態度を取り続けてきたとは言い難い。提督も無茶ともいえる命令を下したことがある。

だがそれでも、彼女たちは危険な任務に身を投じてくれた。自分を信頼して、命を預けてくれたのだ。ならば、今度は自分の番ではないだろうか?

たとえ彼女たちが腹の中に何を隠していようとも――何年も共に戦ってきた戦友を疑うのは、阿呆のすることだ。


提督(申し訳ないが、中将殿は人を見る目が無かったな……)


胸中で詫びを入れて、提督は封筒から報告書を取り出した。

それに折り目を入れて、びりびりと破いていく。



加賀「提督……なにをやっているの……?」


その様子に気が付いた加賀が、目を丸くして訊いてきた。

提督は正方形になった紙を折りたたみながら、淡々と言葉にした。


提督「知らないのか? 紙飛行機というやつだ。飛行機といってもお前の艦載機とは形が違うがな」

加賀「そうじゃなくて……どうしてそんなことをしているのかと訊いているんです」

提督「唐突に作りたくなってな。昔、よく近所の高台から飛ばして遊んでいた……懐かしいな」

加賀「……提督?」


訝し気な加賀に構わず、席を立ち執務室の窓を開け放つ。

そして空に向かって紙飛行機を投げた。



提督「おお見ろ、加賀。風を掴まえたみたいだ。よく飛んでいくぞ」


手を太陽にかざして遠くを仰ぐ。

陸風に煽られて、紙飛行機は海の方角へ飛んでいった。気にしてはいなかったが、結果的に証拠隠滅にはなるだろう。


加賀「……」


加賀は怪訝な表情を浮かべながらも、窓辺に寄って来くる。

紙飛行機が小さく去っていくのを見送って、こちらを振り向いて訊ねてきた。


加賀「上に提出するものだったのでは……?」

提督「いや、もうその必要はなくなった」


告げて、提督は息をついた。

最初からこうしていればよかったと、今更ながら思う。端的に言う。



提督「加賀、話がある」

加賀「……奇遇ね、私も提督に話があります」


同じように加賀も答え、じっと視線を交わし合う。

直感で、提督は苦笑いを浮かべていた。


提督「たぶん、同じことを言おうとしているな」

加賀「……そうね」


加賀は表情を変えなかったが、同様に思っていたらしい。


提督「どうする? 先に言うか?」

加賀「いえ。提督からどうぞ」


促されて、提督は白状した。



提督「さっきの紙だがな、実はあれはお前たちの不審な言動や行動をまとめたものだ」

加賀「……は?」

提督「中将殿から依頼されてな。お前たち艦娘が誰一人として解体を志願しないから、もしかしたら人類に反抗するのかもしれないと不安になったらしい。それで私は内偵の真似事をしていた。
   まあ、とても内偵とは呼べないお粗末なものだったがな……」


告げると、加賀はあっけにとられた表情を浮かべた。

彼女のこんな顔を見るのは、はじめてだった。


加賀「……反抗って、なんでそんなことをするの?」


本当に訳が分からないという様子で、加賀。

提督は言葉に詰まったが、少し考えてから説明した。




提督「そうだな、幾つ理由はあるが……一番の理由は、お前たちにはそれをするだけの力があるからだろう。深海棲艦が滅べば、もはやお前たちに対抗できる存在はいなくなる。
   わざわざ私たちのルールや法に縛られる理由もない。お前たち艦娘は、何をするも自由だ」

加賀「それで、人類に牙を剥くと……?」

提督「ああ。そういうこともあり得るかもしれないという話だ。……しないのか?」

加賀「しません……そもそも何のために戦ったと思ってるの? 深海棲艦から、人類を守るためでしょう?」

提督「いや……まあそうだな……」

加賀「もしかして、提督も疑っていたの?」

提督「……実を言うと、ちょっぴり可能性はあると思っていた。私はあの決戦で、たくさんの艦娘を沈めてしまった。恨まれているのなら、それも仕方ないと……」


しどろもどろになりつつ、言い訳じみた口調で言う。

加賀は言葉も出ないようだった。ややあって額を抑えて言ってくる。



加賀「……呆れた。まさかそんなことを思っていたなんて。あなたが最近おかしかったのは、その所為?」

提督「ああ」

加賀「……」

提督「……」

加賀「はぁ……」

提督「やめてくれ、そんな目で見るな。私だって、おかしいとは思っていたんだ。だからこうして白状しただろう?」

加賀「あなたが何か隠しているのは分かってたけど、まさかこんな突拍子もないことを考えていたなんて……」

提督「うぐ……だが、隠していたのはお互いさまだ。そもそも話の発端は、お前たち艦娘が誰一人として解体を志願しないことからはじまったんだからな」


加賀の冷たい視線を浴びながら、提督は取りなおすように口火を切った。



提督「で……私は洗いざらい喋ったんだから今度はお前の番だ、加賀。戦後、お前たちはどうするつもりなんだ? そろそろ教えてもらおうか」


率直に訊ねる。

加賀は心底呆れた様子を引っ込めた。

しばし躊躇いを見せたものの、観念した様子で口を開いた。


加賀「提督……私たち艦娘は、戦後、誰一人として解体を望んでいないわ」

提督「ああ、そうらしいな。それで?」


促すと、加賀はひと息入れてからこう言った。


加賀「私たちは皆、自沈を望んでいます」

切り。



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その言葉を飲み込むには、多大な時間を要したように思えたが。

実際はそれほどかからなかっただろう。提督はうめくように言った。


提督「……自沈だと?」

加賀「はい……自沈と言う言葉は正確ではないかもしれないわ。私たちは皆、海に眠りたいと思ってます」


いつもの涼しい表情を、少しだけ固くして加賀は言い直した。

言葉を飲み込めても訳が分からず、提督は手で制した。


提督「待て……意味が分からない。自沈だと……? 何故そんなことを言う?」


この質問は想定していたのだろう。加賀は落ち着いた様子で、手札を見せるように口にしてきた。



加賀「提督……私たち艦娘は深海棲艦を倒す為に生まれてきました。深海棲艦がいなくなれば、私たちはその役割を終えます。ここに残る理由が、もうないのです」

提督「だから沈みたいと? 役割を終えて不要になれば、もう自分たちは必要ないとでも言うのか?」

加賀「……はい」


静かにうなずいてくる。

提督はかぶりを振って反論した。


提督「加賀、お前の言っていることはめちゃくちゃだ。確かに深海棲艦がいなくなれば、不要になる艦娘も出るだろう。それは仕方のないことだ。
   だが、その為の解体だろう? 艦娘の力は無くなるが、私たちと同じになればいい。何故わざわざ沈む必要がある?」 

加賀「それは私たちが、艦娘として眠りたいと思っているからです。沈んでいった赤城さんや、皆と同じように……」

提督「……なんだと?」

加賀「提督……解体をすれば、それはもう私ではないの。艦船の魂と私の魂は、同じものなんです。ふたつのものがひとつになって、はじめて艦娘である加賀という存在がある。
   確かに解体をすれば艦船の魂は失われ、この力は無くなるでしょう。でもその後に残ったものは、もう私ではありません。別のなにかです」


加賀は胸に手を当てて言い足してきた。




加賀「私は私のまま眠りたい。解体して自分を失うのではなく、艦娘としての誇りを持って、皆の眠る場所に行きたい。そう思っているの」

提督「……」


めまいがした。

今度は提督が言葉を失い、額を押さえる番だった。

加賀は伏目がちに続けてきた。


加賀「突然こんなことを言ってごめんなさい……。あなたが混乱するのは分ってたけど、他に言いようが無くて……」

提督「……」

加賀「でも……どうか分かって下さい。私たちは皆、艦娘のまま眠ることを望んでます」


懇願するような声音に、提督はなんとか言葉を絞り出した。



提督「……全員だと?」

加賀「はい」

提督「皆……お前と同じように自沈を望んでいるというのか?」

加賀「はい」


躊躇いなくうなずいてくる。

提督はしばし呆けるように頭を押さえていたが……

ややあって、得心がいったように笑った。手を叩いて褒める。


提督「はは、なるほど……川内か、北上だな?」 

加賀「……え?」




提督「上手い手だ、危うく本気にするところだったぞ。あいつらなら笑い飛ばしていたところだが、お前に言われると冗談かどうか分からないからな。しかし、お前がそんな冗談に付き合うとは珍しいな?」

加賀「違うの、提督……」

提督「なら、この前まんじゅうを食った仕返しか? だがあれは私も知らなかったと言ったろう? 瑞鶴が一緒に食べようと誘ってきたのだ。
   聞けば、何やらお前も瑞鶴をからかったみたいだし、代わりに別のものを奢ったではないか。何故か瑞鶴にも奢る羽目になったが……」

加賀「……」

提督「なんだ、このことでもないのか? 他になにかあったか……?」


加賀は痛みを堪えるような表情で見つめてくる。

それを振り払うように、提督はかぶりを振って言った。


提督「加賀……残念だがその冗談は笑えないし、お前の冗談は伝わりにくいと、前々から言ってるではないか。ドッキリというなら成功だが……あまり性質の良いものではないな」


咎めるも、彼女の表情は変わらない。何も言わず、ただ眼差しを返してくるだけだ。

まるで言葉の意味が、こちらに伝わるのを待つかのように。

それが幾ばくか続き、提督は耐えきれずに疑問を返していた。




提督「……冗談だろう?」


ややあって、加賀は静かに言ってくる。


加賀「提督……私たちは長年共に深海棲艦と戦ってきました。私はあなたのことは理解しているつもりだし、あなたも私の事は理解してくれているものだと思ってます」

提督「……」

加賀「私が本気かどうかは、言わなくても分かるでしょう?」

提督「……どうかな。少なくとも、お前の口から自沈したいなどという台詞が出るとは、夢にも思わなかったが」

加賀「私は冗談でこんなことは口にしないわ」


言葉に直して、加賀はそう言い切った。

彼女に視線をやる。その瞳には痛みが滲んでいたが、いつもと同じ芯の強さも宿っている。

提督は呆然とつぶやいた。



提督「……本気なのか?」

加賀「はい」

提督「お前だけでなく――瑞鶴も長門も北上も大井も、川内も雷も榛名も……皆、自沈を願っているというのか?」

加賀「提督、私たちは戦後どうするか、ずっと話し合いを続けてきました。そのなかで、この結論が覆ったことは一度もありません」

提督「……」


言葉が見つからず、目を瞑る。

彼女が本気で言っているのは分かる。だからこそというべきか、提督にはその言葉がまるで信じられなかった。

そのままかなり長い間、言葉を失っていた。加賀は居心地が悪そうに身じろぎをするも、何も言ってこない。

やがて提督は訊ねた。


提督「今日……皆が鎮守府に集まるのは、いつ頃だ?」


話を逸らされたと思ったのか、加賀は言葉に詰まったように見えたが。

すぐに察したように言ってくる。



加賀「そうね……ヒトキュウマルマルには、川内さんと北上さんが輸送任務から戻ってきますから、その時には集まるかと」

提督「……わかった。フタフタマルマルに、全員に食堂に集まるように伝えてくれ。そこでもう一度、話を聞く……」

加賀「分かりました」

提督「加賀、お前はもう下がれ。あとの仕事は私がやっておく」

加賀「提督、私は」

提督「……少し、一人にしてくれないか」

加賀「……」

提督「頼む」

加賀「……はい」


加賀はうなずいた。

最後に気がかりでも残すようにこちらを見て、執務室をあとにする。

しばらくして、提督は自分の椅子に深く腰を下ろした。ため息しか出ないが、これからのことを考えなければならなかった。

切り。



*****


定刻になり、食堂へと向かう。

どうやら艦娘たちは既に集まっていたようだった。視線を感じながら席に着くと、全員がその周りにそぞろに座った。

居心地の悪い空気の中、誰も言葉を発しないのは、恐らく自分の言葉を待っているからだろう。

口火を切る。


提督「加賀から話を聞いた」


彼女たちの空気が変わるのを、肌で感じ取る。


提督「戦後、深海棲艦がいなくなった後……お前達は解体ではなく、自沈したいそうだな」


確認を込めて訊くが。

誰も、反論も訂正もしてこなかった。

提督はため息をついて、言葉を強くした。



提督「当たり前だが……それで、はいそうですかと頷くわけにはいかない。お前たちからきちんと話を聞きたい」


なるべく冷静に告げる。

沈黙が漂って、はじめに長門がそれを破った。


長門「提督、全ては加賀が話した通りだ。私たちは誰も解体を望んでいない。役割を終えた後、艦娘として眠りにつきたい。それだけなんだ」

提督「ああ、それは聞いた。だが私にはそもそもその理屈が理解できない。解体と自沈とで、なぜ自沈を選ぶ? 自沈がどういうことなのか、分かっているのか?」

長門「提督……解体というのは、あなたが思っている以上に、私たち艦娘にとって重い事なんだ」

提督「死ぬことよりもか?」

長門「場合によっては」


躊躇わず、長門は言ってくる。

川内が後を継いだ。



川内「解体ってのはさ、ただ艦娘の力が消えるだけじゃないんだ。これまでみんなで戦ってきたこと、楽しかったことや悲しかったこと……そういった経験が、全部なくなっちゃうってことなんだよ。
   私はそんなの嫌だ。つらいこともたくさんあったけど……提督や、みんなと積み上げてきたものを失いたくない。私は私のまま、艦娘でありたい」


川内も目を逸らさず、まっすぐにそう口にした。

いつもの明るさは鳴りを潜め、瞳の奥には意思の強さが垣間見える。


提督「……みんな、そう思っているのか?」


周りを見て訊ねる。

北上が飄々とした様子を見せた。


北上「まあ、やっぱねぇ。あたしは艦娘として生まれたし、ここまで戦い抜いてきたからには艦娘で在りたいよね。一応これでも、艦娘の誇りなんてものを持っちゃったりしてるからさ」


他の艦娘たちも肯定を見せ、同じようなことを口にした。

正直なところ、提督には彼女たちの言い分がまったく理解できていなかった。

言っていることは分かる。つまり解体と言うのは、彼女たちのこれまでをすべて否定する行為なのだろう。嫌がるのは無理もない。

だがそれは、死ぬことより重いことなのか……? 

ともあれ、提督は提案を口にした。




提督「なら、話は簡単だ。解体など望まなければいい。お前たちは艦娘としてここに残ればいいだけの話だ」


告げると、艦娘たちは顔を見合わせたが。


提督「加賀から話を聞いたかもしれないが……そもそもあの希望解体も、ここ最近の急激な軍備縮小も、上層部がお前たち艦娘を恐れての事だ。脅威ではないと証明できれば、それも収まるだろう」

長門「その件については、加賀から話を聞かせて貰った。私たちを疑い、脅威の対象と見做していたのは甚だ遺憾と言う他無いが……」

提督「……」


長門の言葉に、提督は言葉も無かった。

彼女は続けた。


長門「だが提督……その疑いが晴れたところで、全ての艦娘がそのままというわけにはいかないだろう?」

提督「それは……そうかもしれないが」


その問いに、言葉を濁す。

例え艦娘脅威論が否定されたところで、現状の艦娘の数は明らかに過剰だ。長門の言う通り、戦後、解体せざるを得ない艦娘が出るのは間違いない。

それを認める。



提督「確かに、艦娘の数は今より減らさざるを得ない。だが希望解体に関しては、私はある程度の裁量を委ねられている。だから……私が上伸すれば、お前たちを優先して残すことはできる」


言葉にしてから、背筋にぞっとするものを味わった。

長門が聞き咎めるように眉をひそめた。


長門「提督、それは……」


彼女はみなまで言うことを避けたが。

それはつまり、自分の艦娘を残すためならば他の艦娘はどうなろうと構わないということに他ならない。

間違いなく失言だったろう。しかし提督は踏み込んだ。


提督「正直に言おう……私はもうこれ以上お前たちを失いたくない。その為ならば、なんだってするつもりだ」


この戦争で失ったものは大きい。

肉親も、家族同然だった戦友たちも深海棲艦に奪われた。今の世の中、そんな人間はごまんといるだろうが……

大切なものを守る手段がこの手にあるのなら、提督は躊躇わないつもりだ。たとえそれで後ろ指を刺されることになろうとも、失うよりはずっと良い。

榛名が沈痛な面持ちをした。




榛名「提督……そこまでして、私たちは艦娘で在りたいとは思いません。それと、提督はひとつ勘違いをしています」

提督「勘違い……?」

榛名「はい。確かに私たちは解体を望んでいません。ですが、解体を拒んで自沈したいと言っているのではありません。もし役割を終えることができたら、艦娘のまま海に眠りたいと、そう言っているのです」


榛名の言葉を咀嚼して、訊ねる。


提督「お前たちの言う役割とはなんだ?」

榛名「深海棲艦を斃し、人類に勝利をもたらすことです」

提督「なら新しい役割を探せばいい。戦争の終結をひと区切りにして、生まれ変わったつもりで新しいことを求めればいいだろう?」

榛名「提督、私たちはどこまで行っても艦娘で、持って生まれた使命は変わりようがありません。かつて私たちはその為に造られ……果たせずに終わりました。
   けど何の因果か、もう一度その使命を果たす機会に恵まれました。そして今回はその宿願を全うできるかもしれない……艦娘として、これほど嬉しいことはないのです」

提督「だから……その役割を終えたら、沈みたいと?」

榛名「はい」


榛名は迷いなくうなずいた。

まただと、提督は思った。彼女たちの言い分がまるで分からない。

提督はかぶりを振るって言った。




提督「私には、お前たちの言うことが全く理解できない。艦娘だろうがなんだろうが、お前たちは生きているんだ。
   そして生きているからには、生き続けようとする意思があるはずなんだ。なのにお前たちは、役割を果したら沈みたいと簡単に言う……」


確かに、これまで艦娘と価値観の違いを感じることはあった。

だがそれは油の匂いをいい香りと評するなど些細な事で、ここまで理解に苦しむ差異は初めてだった。


提督「ここからだろう? 平和になって、やっとここからはじまるんだろう? その為に今まで戦ってきたというのに……なぜそんなことを言うんだ?」


榛名は伏目がちに、自分の胸元に手をおいた。


榛名「提督が理解できないのは、無理もありません。だから私たちも、ずっと打ち明けることができずにいたんです。この感覚は、恐らく艦娘にしか理解できないでしょうから……」

提督「そんな言い方は……卑怯だ。私には、お前たちを説得する機会さえ与えてくれないのか?」



沈黙が漂った。

提督はなんとか彼女たちを踏み止まらせる言葉を探しながら、ふと思った。

口にする。


提督「まさか、最初から考えていたのか……?」


言葉が足りなかったのか、艦娘たちは疑問の眼差しを返してきたが。

提督は言い直した。


提督「お前たちはこの戦争が始まった時から、勝ったら沈もうと、そう考えていたのか……?」

切り。

終りは書き終わっているけど中盤が…
時間とれたら書き進めるので長い目で見てください。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年11月16日 (水) 15:58:50   ID: gFV4KGsQ

続き楽しみ

2 :  SS好きの774さん   2016年11月18日 (金) 09:46:00   ID: QsR-HuWf

続きあくしろよ
オナシャス!

3 :  SS好きの774さん   2016年12月07日 (水) 19:43:54   ID: qBEEAaKA

続き気になるうううう

4 :  SS好きの774さん   2016年12月13日 (火) 11:39:34   ID: n7s8AHjH

いい作品だ。続き、期待してます

5 :  SS好きの774さん   2017年03月13日 (月) 18:03:23   ID: 8OQ7-Smb

続き待ってます!

6 :  SS好きの774さん   2017年04月13日 (木) 19:52:24   ID: pHvWQaCm

この先の展開がすごくすごーく気になる!待ってます!

7 :  SS好きの774さん   2017年07月03日 (月) 10:35:10   ID: et6M543f

やっぱこの人話の展開が上手いわ
気長に期待

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