ウルトラマンオーブ 【宵と暁の魔王】 (60)


(プロローグ)


 午後六時十一分。駅から出た道尾賢介は自宅への帰路についていた。

 八月も中旬の十四日、そろそろ秋への下り坂に差し掛かるべきだと思うのだが、一向に猛暑は収まる気配を見せない。
 夕方でも街中に籠る熱気でシャツが汗ばむ。道尾はネクタイを乱暴に解いて鞄に突っ込んだ。

 これから家へ帰る。その事実が彼を苛立たせていた。
 家には家族がいた。二か月前浮気が発覚した妻と、自室に引き籠っている十七の息子が。

 同じ大学で過ごし、二十五で結婚。翌年には妻が妊娠、一人息子が生まれ、草加に一軒家を建てて移り住んだ。
 あの頃は幸せな未来が見えていたはずなのに。一体何が彼を狂わせたのだろう。
 不況による無情なリストラか。息子が小学校で同級生から受けた虐めか。それとも職探しで家庭を顧みなかったことなのか。
 何にせよ夫婦が三十代半ばに差し掛かる頃には家の中は冷え切っていた。そして息子は部屋から出なくなった。

 はあ、と息を吐いた。毎日のように足取りが重い。
 自慢の一軒家は憩いと安寧の象徴のはずだったのに。帰るべき場所のはずだったのに。
 まるで――そう思って、道尾は空を仰いだ。

 ――まるで、この空のような。

 西に浮かぶ雲は落暉を浴びて燃え上がるような赤に染まっていた。
 瑠璃色に落ちかけた空に浮かぶ紅蓮は、まるで、地獄のような退廃的な色彩。

 そうだ。――俺は、地獄へ帰るのだ。

 この世には既に帰るべき場所などない。あるのは鬼が支配している地獄しかない。
 血のように燃える太陽の最期の姿を見ながら、彼は痛切にそう思った。


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 家の前に辿り着いた時には日は完全に没していた。
 西に残る朱色も薄まり、血の一滴が混ぜ込まれたような濁った夜色が時の流れに抵抗している。

 逢魔が時という言葉がふと頭を過ぎった、その時だった。

 ドアノブから手を離して道尾は振り返った。
 背後から光を当てられたのだ。懐中電灯か何かがこちらに向けられている。そう思った。

道尾「……?」

 しかし門の外に至るまで彼の背後には誰もいなかった。向かい側の家の塀が見えているだけ。
 彼は顔を上げた。光は真後ろからではなく、上から降り注がれていたのだ。

道尾「…………」

 光が、あった。
 蛍のように柔らかく優しい光でありながら、色は昼間の太陽のように真っ白。

 それが、中空に浮かんでいた。瑠璃色の宵の空を、背景にしながら。

 よく見ると、その光の上空には不思議な色彩のカーテンが揺らめいていた。
 ――オーロラ。淡い光の揺曳。そこから光の塊が降りてきた。まるで、北欧神話に伝わるワルキューレのように。

 その光がゆっくりと大きくなり、そして形作っていく。
 色は白色のように見えていたのが、薄い青色に。蒼ざめた太陽という表現が思い浮かんだ。

道尾「…………」

 道尾は――自分の頬を温かい感触が滑り落ちたことに気付いた。
 嗚咽もなく彼は涙を流していた。この美しい光を目にして。

道尾(これは……神だ)

 両膝を地面に突き、両手を握り合わせて光を仰いだ。
 この世に居場所がなく、地獄へ帰らねばならなかった俺を救済しにきてくれたのだ。そうとしか考えられなかった。

 突然、光の中から橙色の光線が飛び出て来た。それが道尾の全身を覆った。
 彼は感動で打ち震えた。神が慈愛を恵んでくださったのだ。
 瞳の中の明滅も身体の熱さも気にならなかった。そして、次の瞬間――



 ――彼の身体は、砕けて消えた。


※ウルトラマンオーブのSSです。

※地の文があります。

※エセ古文があります。

※時系列的には、7話「霧の中の明日」(8/19)の5日前(8/14)という設定です。

※過去怪獣のリメイクという形でオリジナル怪獣が登場します。

※リメイク度合ですが、かなり大幅な変更と独自の解釈・設定を付け加えています。

※また、オーブにもオリジナルの必殺技などの要素を加えています。

※以上が苦手な方はご注意ください。


(一)


ナオミ「やっぱり夏はソーメンよね~♪」

シン「…………」

ジェッタ「…………」

ガイ「…………」

 ガイとSSPのメンバーは事務所で狭い食卓を囲んでいた。
 八月十四日の夜、時計は七時半を指している。夜風が網戸から吹き込んで風鈴をチリンと鳴らした。

ナオミ「うーん♪ まさに日本の夏って感じ。涼しくていいわね~」

 上機嫌のナオミ――といっても無理にそう振る舞っているようにしか見えないが――とはまるで逆に、他の三人の顔は渋かった。

ジェッタ「……だからと言って一週間連続でソーメンってどうなのさ……」

シン「しょうがないですよジェッタ君。夏場はただでさえ電気代が馬鹿にならないのに」

ジェッタ「そうだなあ」

 とは言いつつもジェッタはテレビの電源を入れた。
 アンティーク物のテレビである。しばらく待たないと映像も音声もはっきりしない。


ガイ「……何?」

 ――が、そのノイズのような音を耳にしてガイは突然低い声を上げた。

ナオミ「どうしたの?」

ガイ「…………」

 ノイズが徐々に晴れていく。騒音の波――そして声高な叫び声。
 ジェッタは一瞬野球の実況とさえ思った。しかし鮮明になった画面に映っていたのは全く別の光景だった。

 16:9の縦画面が揺れている。空いたスペースには『投稿動画』とテロップが表示されている。
 映っているのは市街地のようだった。喚き声を上げながら道路いっぱいに人の波が走っている。
 カメラが動く。空中を映す。そこには光があった。街灯ではない。夜空を背景にして巨大な光の玉が浮かんでいた。

ナオミ「…………」

 一同声も出せずにその映像に見入っていた。
 が、やがてその映像は途切れ、スタジオの方に移り変わった。

アナウンサー『先程の映像は避難した市民の方から提供していただいた映像です』

アナウンサー『繰り返します。今日夕方六時半頃、埼玉県草加市松原に謎の発光体が出現』

アナウンサー『発光体が放った光線を浴びた人間が消失したという証言が寄せられています』

アナウンサー『市民からの通報を受けたビートル隊は七時頃出動、現在応戦している模様です』

アナウンサー『なお、これを受けまして半径二キロ圏内に緊急避難指示が出されました。現場付近の住民の皆さまは迅速に避難してください』

アナウンサー『繰り返します。今日夕方――』


ジェッタ「大変だ……大事件だよキャップ!」

ナオミ「そうね。あれは怪獣?」

シン「恐らくそうでしょう」

ジェッタ「人を消失させる謎の光……。行こうよキャップ! 大スクープだ!」

 ナオミは頷いて立ち上がった。それに続いてシンとジェッタも腰を上げる。

ナオミ「サムシングサーチピープル――出動!」

シン・ジェッタ「「了解!」」

ナオミ「……あ、そうだ。ガイさんは――」

 思い出したようにちゃぶ台を振り返る。

ナオミ「……あれ」

 しかし、いつの間にか彼の姿は消えてしまっていた。

ナオミ「ちょ、ちょっとガイさんー!? どこ行ったのー!?」

ジェッタ「いつものことでしょキャップ! それより早く行かないと!」

ナオミ「そ、そうね。よし、改めて――SSP出動!」


ガイ「っ!」

 一方、事務所を抜け出したガイは路地裏に回っていた。
 オーブリングを取り出す。構えると、リングが淡い光の粒子を放った。

ガイ『――ウルトラマンさん!』

『ウルトラマン!』

ガイ『ティガさん!』

『ウルトラマンティガ!』

 二枚のカードをリードしたオーブリングが、青と金の色に光る。

ガイ『――光の力、お借りします!』

『フュージョンアップ!』

『ウルトラマンオーブ スペシウムゼペリオン!』

 立ち昇った光が弾け、中から巨人の姿が現れる。

オーブ「――シュワッ!」

 オーブは宙を蹴り、怪獣のいる現場へと猛スピードで向かった。


 埼玉県草加市松原は夜の静寂を取り戻していた。

 家屋の電気は灯っているが、笑い声も話し声もない。
 そんな異様な家々がひっそりと立ち並び、街路樹のイチョウも花壇のツツジもまた沈黙を守っていた。

 応戦に出たゼットビートルは全滅。
 住民は避難できた人間もできなかった人間も、一人としてこの世にはいない。

 僅か一時間かそこらで町は完璧なゴーストタウンと変貌していた。
 原始時代でもあり得なかった不気味な静けさは一帯を支配し、まるで宇宙のような無音空間を創り上げていた。

怪獣「――――――」

 その静寂に響く、弦楽器のような高く澄み切った声。
 それは夜空に浮かぶ怪獣が発するものだった。

 外見はテトラポットのような形をしており、しかし巨大な全身は隈なく発光していた。
 その光は優しく、柔らかく、まるで昼間の太陽のようだった。それが不相応にも夜の空に君臨しているのだ。

怪獣「――――――」

 美しい声を奏でながら宙をつーっと滑るように移動していく。
 しかしその声を遮るようにして――

オーブ「――ジュワァッ!!」

 飛来したオーブの雄叫びが響き、怪獣にキックを喰らわせた。
 反動で逆宙返りし、地面に降り立つ。怪獣の方は全く応えておらず、揺らぎもしなかった。

オーブ『……俺の名はオーブ。闇を照らして、悪を撃つ!』


オーブ「――ジュアッ!」

 オーブが右腕を掲げ上げる。胸の前に構えた左腕を水平に開くと、彼の身体の前に光の輪が出現する。

オーブ『――スペリオン光線!!』

 両腕を十字に組み、必殺光線を繰り出す。
 一条の青白い光線に紫色の光線を螺旋状に巻き込みながら、夜空に浮かぶ怪獣に命中する。

怪獣「――――――」

オーブ「……!」

 しかしオーブはすぐ光線の照射を止めた。
 放つそばからそれが怪獣の体内に取り込まれ、しかもダメージになっている様子がなかったからだ。

怪獣「――――――」

 美しい声を上げながら、すーっと降りてくる怪獣。
 地面には接触せず、数メートル浮いたところで止まり、そのままオーブに向かってくる。

オーブ「! デアッ!」

 応戦するオーブは怪獣にチョップを入れるが、

オーブ「グアッ……!」

 そのあまりの硬さで逆にダメージを受けてしまう。
 キックをしても同じことで、まるで人間がビルに向かって攻撃しているかのよう。相手は微動だにしない。


オーブ「――テャッ!!」

 攻撃と共にオーブの身体の赤い部分が光る。
 力を借りているティガの能力で、攻撃力を強化したのだ。

怪獣「――――――」

 しかし――怪獣は涼し気な歌声を響かせるのみ。後退させることすらできない。
 ならばとオーブは無数の歯が並ぶ光輪を手のひらのに形成し、それを怪獣に叩きつけた。

オーブ『――スペリオン光輪!』

 甲高い音が鳴り響き、激しい勢いで火花のような光が飛び散る。
 しかし突然、それが止んだ。見ると、光輪の歯が全て折られていた。対して怪獣のボディには一切の瑕がない。

オーブ「グッ……ハァッ!」

 一歩飛び退いたオーブが額のランプと胸のカラータイマーを光らせた。
 金色の光の粒子がその全身を包み込む。それが弾けると、彼は赤の姿“バーンマイト”にその身を変えていた。

オーブ『――紅に、燃えるぜっ!』

怪獣「――――――――――」

 オーブが拳に炎を溜めると、怪獣は美しい声で、長く鳴いた。

オーブ「オオッ……ラァッ!!」

 その拳で思いっきりに殴りつける。びくともしなかった怪獣の体が大きく後退した。
 バーンマイトのパワーなら戦える。確証を得たオーブは地面を蹴り、飛び上がった。

 高速で全身を捻り、怪獣に向けてスワローキックを放つ。

怪獣「――――――」

 すると怪獣が突如光線を放った。


 それを当てられたオーブが逆側に身体を捻り出した。
 まるでビデオを逆再生しているかのように綺麗に先の動作をなぞり、最後には元通りに着地した。

オーブ「ジュアッ……!?」

 驚き狼狽えるオーブ。怪獣は続けて二発目の光線を放った。
 オレンジ色のそれが当たると、オーブの体躯が同色の光に包まれていく。

オーブ「グッ……ジュアァッ……!!」

 全身が焼けるような痛みに襲われる。肌の表面から自分がひとつひとつ剥がれていってしまうような。

オーブ「グアッ…………ジュワッ!!」

 このままではまずい。そう予感したオーブは、今度は青の姿“ハリケーンスラッシュ”に変身した。
 赤と青の光が一瞬光ると同時にその巨体が消える。ハリケーンスラッシュのワープ能力で怪獣の背後に瞬間移動したのだ。

オーブ『――オーブスラッガーショット!』

 怪獣の光線から逃れたオーブが反撃に出る。頭部のスラッガーから二本の光刃を飛ばす。
 だがガキン!という音と共にそれらは弾かれた。オーブはそれをコントロールし、身体の前に渦を巻かせた。

オーブ『オーブスラッガーランス!』

 その渦の中から三叉槍“オーブスラッガーランス”を形成する。
 レバーを一回引き怪獣に向けると、その先端から光線が放たれた。

オーブ『オーブランサーシュート!!』

 しかしスペリオン光線の時と同様に、それもまた怪獣の体内に飲み込まれていく。


オーブ「ジュアッ!」

 今度はレバーを三回引く。エネルギーが槍の先端に集う。それを手に怪獣に突進する。

オーブ『トライデントスラーーーッシュ!!』

 一か所を狙い撃ちするように斬撃を続けざまに繰り出す。
 金属音のような甲高い音が連続するが、八撃目、九撃目、と繰り返すたびに鈍くなっていき――

オーブ「!」

 十三撃目で刃に纏ったエネルギーが霧散してしまった。
 しかし直ちにレバーに手を掛ける。先程集中的に狙った場所に槍を突き立てる。

オーブ『ビッグバンスラスト!!』

 刃は食い込みすらしないがエネルギーは確実に伝わっている。
 このままエネルギーを送り続ければいずれ怪獣は内側から爆破される。そう信じて槍を握り直したその時。

怪獣「――――」

 怪獣が鳴くと同時に、その全身が閃光を放った。

オーブ「! グアァッ……!」

 オーブの全身に痺れが走る。集中が解け、思わず柄から手を離してしまう。
 地面に落ちた槍は光の粒子となって砕け散る。しまったと思う間もなくオーブは怪獣の体当たりを受け、背後に吹っ飛ばされた。

オーブ「グッ……シュアッ……」

 よろめきながら立ち上がるオーブはダメージと疲労の蓄積を隠せない。
 リング状のカラータイマーが赤く点滅を始めた。


怪獣「――――――」

 身を斬る吹雪のような声で歌いながら怪獣が橙色光線を放ち、オーブは咄嗟に横に飛んでそれを躱した。
 光線が団地のアパートに命中する。するとその建物が光に包まれ、粒子となって砕けた。

オーブ「!」

 その粒子は怪獣の体内に取り込まれた。
 ニュースでは怪獣の光を浴びた人間が消えたと言っていたが、恐らく同じようにしたのだろう。

オーブ「オォ……サアァッ!!」

 オーブが走り出す。青い風を巻き起こしながら回し蹴りを喰らわせるが、効果がない。

オーブ「ジュアッ! サァッ! セェヤッ!!」

 間を置かず背後にワープしてチョップを、かと思うと横に回って掌底を、連撃を矢継ぎ早に繰り出し続ける。

怪獣「――――――――」

 怪獣が清廉なバイオリンの音色のような声を出す。

オーブ「!」

 すると突然、オーブの視界がおかしくなった。
 色彩。文様。色相。幾何学模様。それらが混ざりに混ざり合った混沌の世界に放り込まれた。

オーブ「グアッ! デアアアアッ!!」

 それを払いのけるように手足を遮二無二振り動かすオーブ。
 しかし一向にやむ気配がない。まるで、脳の内側にべったりと張り付いてでもいるかのように。

 呻きながらもがく。張り付いた狂気は脳を侵食する。それを振り払おうとするオーブの挙動はしかし、皮肉ながら狂人のそれにしか映らない。
 と、突然視界に光が射し込んだ。狂った色彩から解き放たれたと思うと、今度は全身が燃え上がるように熱くなる。

 怪獣が橙色光線を放ち、オーブを捕えていたのだった。

オーブ「グッ……オオッ……!!」

 引きも切らず襲い来る攻撃に抵抗する力は残っていなかった。
 オーブの身体はぐったりと崩れ落ち――同時に、カラータイマーが光を失った。


怪獣「――――――」

 光線の中からオーブが消える。
 怪獣は再び浮き上がり、次の標的を探しに飛んでいった。

ガイ「ぐっ……」

 その場に残されたガイは、徐々に遠ざかっていくその後ろ姿を見ていることしかできなかった。

ガイ「くそっ!」

「無様だなあ、正義の味方さん」

ガイ「!」

 その時、背後から声がした。ガイが振り向くと、建物の影からそれはにゅっと現れた。
 まるで今の今までその影に同化していたとでもいうかのように。

ガイ「ジャグラー……! やはりお前か!」

ジャグラー「おいおい勘違いするなよ。あの魔王獣は俺が目覚めさせたものじゃないぜ」

ガイ「何……?」

ジャグラー「知りたいか? あいつを呼んだ奴がいったい誰なのか」

 ガイは無言でジャグラーを睨んでいた。フフッと口元を吊り上げると、

ジャグラー「人間、さ」

 皮肉をたっぷりに込めた一言を、彼は言い放った。


ガイ「……人間?」

ジャグラー「そう。奴は北極の氷の中に封印されていた魔王獣。だがこの星は今風邪をひいているようでなあ、その熱で溶けちまったのさ。
      風邪の原因はそう……人類という名の黴菌、かな? フフフッ」

ガイ「……」

ジャグラー「『パンドラの箱』って何か知っているか? ガイ」

ガイ「人間がパンドラの箱を開いたとでも言いたいのか」

ジャグラー「フフッ。……なあガイ。お前は本当にそんな人間たちを守る必要があるのか?」

ガイ「……何?」

ジャグラー「お前が力を失ったのはくだらない人間共を守ろうとしたからだ。
      だがな、その人間はありがたいウルトラマンさん方が封印してくだすった魔王獣を自らの手で解き放ったんだ。
      そんな奴らは本当にお前の力を犠牲にしてまで守る価値があるのか?」

ガイ「…………」

ジャグラー「フン……まあいい。奴の復活は俺にとっても不測の事態だ。俺は大人しく観戦に回ることにするさ」

 そう言うとジャグラーはガイに背を向けた。そして首だけ回して、こう言うのだった。

ジャグラー「あんまり俺をがっかりさせるなよ。……ガイ」

 次の瞬間、彼の姿は闇に溶けていなくなった。

ガイ「…………北極、か」


(二)


ジェッタ「や、やっと着いたあ~……」

 運転手を務めていたジェッタは疲れ切った様子でSSP7から降りた。
 続いてシン、ナオミも助手席、後部座席から外に出た。

シン「ずいぶん時間取られましたね……」

 事務所から草加市まではシミュレーション上では30分やそこらで着く予定だった。
 しかしビートル隊による道路封鎖、それによって発生した予定外の渋滞、迂回など諸々の状況が重なり、結局現場に到着したのは八時間も後になったのだった。

ナオミ「さ……さあ。スクープを撮るわよ……!」

ジェッタ「でも怪獣どこにもいないな……ビートル隊もいないし、オーブも来てないのか……?」

シン「移動したのかもしれません。もうちょっと探す必要がありますね」

ジェッタ「えーまだ運転するの~……シンさん変わってよ~」

シン「人には必ずひとつは決められた役割というものがあります」

ジェッタ「なにどうしたの突然」

シン「ジェッタ君。SSP7を運転するというのが、君に与えられた使命です」

 ぽんと肩を叩くと、シンは軽やかに後部座席に滑り込んだ。
 見れば、ナオミは既に助手席に陣取っている。

ナオミ「さあ! 行くわよ!」

ジェッタ「……。へーい……」


 町中を走るSSP7。辺りは閑散としていて、猫の子一匹として姿を見かけない。

ジェッタ「みんな避難したのかな……」

ナオミ「怪獣ももうここにはいないようだけど……シンくん、ニュースで何か言ってない?」

シン「怪獣は現在川口市の方向へ移動中、というのが最終更新ですね。ジェッタ君、西です」

ジェッタ「りょーかいっ!」

 西に舵を切り、しばらく進むと、突然ナオミが声を上げた。

ナオミ「ジェッタ! ストップ!」

ジェッタ「な、何?」

ナオミ「あれ、マスコミの車じゃない? 誰かいるかも」

 ナオミが指さした先には確かに中継車のようなものが停められていた。
 近づいて見てみるが、中には誰もいなかった。周囲に呼び掛けてみても返事はなかった。

ナオミ「中継車置いて遠くに行くなんて変ね……」

シン「もしかしてこの車の人も避難したのかもしれませんよ」

 そういう結論を出してその場を後にする三人。
 しかし同じような車を二度、三度と目撃するたびに段々と不気味になっていった。


ナオミ「あ、これって――」

シン「ビートル隊のワゴン……ですかね?」

 川口市との境に来たところだった。
 進入禁止のテープが張られ、ビートル隊のロゴが入っている車がそばに停まっていた。

ナオミ「テープが張られてるってことは、避難は完了したってことなのかしら」

ジェッタ「でも……どうしてビートル隊のワゴンが放置されてるんだ?」

シン「怪獣が移動したからでしょう。こちらの方面に」

ナオミ「……行こう」

ジェッタ「……うん」

 再び車を走らせる。川口市に入っても人っ子一人いない。
 怪獣がこちらへ来たので避難したのだろうが、どうもそれだけではないような気がしてきた。

ジェッタ「人を消す……怪獣……」

ナオミ「…………」

シン「怪獣はいったいどこへ……?」

 「川口市方面へ移動」より新しい情報は更新されていなかった。
 しかしどれだけ走っても怪獣の影も形も見当たらない。そして同時に人も動物も全く見かけることはなかった。

ナオミ「もしかしたらもうどこかへ消えたのかも?」

 そう呟いてみるが、二人の返答はなかった。
 怪獣が消えたのなら町に戻ってきている人がいてもおかしくはないからだ。


シン「ジェッタ君。本町小学校へ行ってみましょう。川口市に怪獣が侵入したのなら、恐らくそこが避難場所になっているはずです」

 全くひとけがないのが延々と続いたので、シンの提案で避難所へ行くことになった。
 しかし、到着すると同時に三人は声をなくした。

 車を降りる。校門には確かに「川口市立本町小学校」とある。
 だが――校舎がなかった。体育館がなかった。敷地に広がっていたのは荒涼とした更地だった。

ナオミ「場所は合ってる……よね」

ジェッタ「間違いないよ。だってここに書いてあるし! 絶対何かあったんだ。ここも怪獣に襲われたんだ……」

シン「避難していた人たちは逃げられたんでしょうか……」

 三人が呆然と目の前の光景を見詰めていた時――

「――――――」

 弦楽器のような音が聞こえた。それと共に、背後から柔らかな白光が射し込んできた。
 三人が振り返る。そこに浮かんでいたのは――

怪獣「――――――」

 ――ニュースで見た、謎の発光体だった。


ジェッタ「……!」

 慌ててハンドカメラを構えるジェッタ。
 怪獣はゆっくりと近づいてくる。ナオミが彼の袖を引っ張った。

ナオミ「に……逃げるよジェッタ!」

ジェッタ「りょ、了解!」

 三人で車に乗り込む。しかしエンジンを掛けようとした瞬間、ガラスに橙色の光が満ちた。

シン「うわっ!」

ナオミ「!」

 ナオミは目を見開いた。車が融けている。ガラスも天井も座っているシートも何もかもが同時に。

ナオミ「SSP、総員退避ーーー!!」

 その叫び声で一同は転げるように車から飛び出した。
 SSP7が弾け、粒子と化す。それが怪獣の方に向かい、その体内に取り込まれていく。

シン「……あの怪獣は、人や物を吸収してるんですよキャップ!」

ナオミ「……!」

 怪獣はそのまま近づいてくる。怪獣というよりは無機物のような外見。一体何を考えているのかわからない。
 その目的は。人や物を消してどうするのか。分かるのは、今からナオミたちを光にして食おうとしていることだけだ。


ジェッタ「キャ、キャップ! どうしよう……!」

ナオミ「…………!」

 じりじりと後退する三人だが、怪獣は速度を緩めず迫ってくる。
 走って逃げられる距離ではもはやなかった。怪獣の体が明滅する。美しい鳴き声がゴーストタウンと化した町に響く。

 その時、怪獣がぴたりと止まった。
 その全身が一際大きく光り輝く。ナオミたちは全員、覚悟して目を瞑った――

ジェッタ「…………」

シン「…………」

ナオミ「…………」

ジェッタ「……?」

 が、しばらく経っても何の異変もなかった。
 怪獣はまだ目の前に浮かんでいる。が、見上げると変わったことがあった。

 その上空に、オーロラが波打っていたのだ。

ジェッタ「え……オーロラ……?」

 怪獣の体がゆっくりと浮上していく。妖しく揺らめく帳の中にその姿は隠され――
 オーロラの消失と共に、怪獣もまた姿を消した。

ナオミ「…………」

 脱力してへたり込むナオミ。その時、視界に再び光が射し込んできた。
 見れば、東の空に太陽が現れていた。

 ――AM5:00。日の出の時刻だった。


(三)


ジェッタ「たーーだーー」

シン「いーーー」

ナオミ「ま~~~~~~~…………」

 東京の事務所に戻ってきたナオミたちは、入るや否やバッタリと倒れ込んだ。
 車をなくし、付近の電車は止まっている。帰路は往路以上の労力を払わねばならなかった。

ガイ「無事だったか。良かった」

 ガイが振り返った。夜中の間ずっと彼は、座敷でまんじりともせずに三人を待っていた。

ジェッタ「ガイさーん……スクープだよスクープ……正直死んだかと思ったけど……」

 流石に疲れているようだったがビデオカメラの映像を見せてきた。
 迫りくる発光体、そして空にたなびくオーロラと、その中に姿を消す一部始終。

ガイ「……あいつは夜明けと一緒に消えたのか」

ジェッタ「うん。どうしてかはわかんないけど……」

シン「とりあえず、ひと眠りさせてもらいますね――」

 と言ったそばから大きな音を立てて事務所の戸が開かれた。


渋川「よう、おはようさん!」

 元気よく挨拶した渋川だったが、事務所内の重い空気に気付いて怪訝そうな顔をした。

渋川「お前たち……まさか昨夜の現場に行ってたんじゃないだろうな?」

ナオミ「大丈夫よー……こうしてちゃんと戻ってこられたんだから……」

渋川「あ、やっぱり! お前たち、いつも言ってるが危険な真似はよせって――」

 と、それからいつも通りの説教が始まり、一通り終えると、彼は咳払いした。

渋川「で……まあ、民間に頼るのも何だけどな。例の太平ナントカ……」

シン「太平風土記ですかー? わかりましたよ、調べてみますよー……」

 ただでさえ疲れているところに説教を受けて不機嫌になっているのか、渋々と言った様子でシンが答えた。

ナオミ「それにしても……どうして怪獣は私たちを襲わずに帰ったんだろう……」

ジェッタ「ほら、キャップって食べても美味そうじゃないし」

ナオミ「どーーいう意味よそれーー」

渋川「襲わずに帰った? おいちょっと待てお前たちまさかそんな危険なことしてたのか!?」

ナオミ「あーはいはい、お説教はまた今度聞くから。次からはちゃんと気を付けます」

渋川「本当かー? 本当の本当にかー? ……いや、フリじゃないぞこれ」


シン「見つけましたよー……」

 眠たそうな目をしたシンが眠たそうな声で皆を呼んだ。

渋川「本当か?」

シン「この妖怪のことじゃないでしょうか」

 示されたページには確かに白いテトラポットのような怪獣の絵が載せられていた。
 そして彼の指さす場所にはこのような記述が。

『宵の刻、天波打ち、禍水精魔現る。禍々しき光にて数多の民消える。』

渋川「マガ……スイセイマ……?」

シン「『スイショウ』ですよ。クリスタルの『水晶』と同じ意味です。現代風に言い換えると……『マガプリズ魔』といった感じでしょうかねえ」

ジェッタ「プリズマ……」

シン「あ、プリズマの『マ』は魔力の『魔』ですよ~。なかなか洒落たネーミングでしょう?」

ジェッタ「いいねシンさん。それいただき!」

シン「使用料はいただきませんからね~」

ナオミ「それはいいとして! この……『マガプリズ魔』が今回の事件の犯人ってこと?」

シン「姿も似ています。恐らくはそうでしょう。……ただ、気になる点がひとつあります」

ジェッタ「気になる点?」

 シンは頷くと、タブレットを操作して次のページに移った。


『翌暁の刻、東雲の空より禍××飛来す。禍々しき炎吐き、民を喰らい、一国の地を灰に帰す。』

シン「この妖怪の名前の部分は資料の損傷により不明です。が、『翌暁の刻』というのがマガプリズ魔との連続性をうかがわせます」

渋川「ふむ……だが、ビジュアルは全然違うぞ?」

 そのページに描かれていた絵はマガプリズ魔とはまるで逆で、二足歩行の正統派怪獣の姿をしていた。
 全体的にずんぐりとしていて、どことなく亀のようにも見える。身体は白、額には一か所だけ楕円形に赤が塗られている。

ジェッタ「つまり……別の怪獣が出現するってこと……?」

ナオミ「『翌暁の刻』って……もしかして今日!?」

渋川「今日はまだ怪獣の情報は出てない。たぶん明日のことだろう」

ジェッタ「でも大変じゃん! マガプリズ魔一体だけでも大変なのに、もう一体新しい怪獣が来るなんて!」

シン「マガプリズ魔が出現するのは『宵の刻』。つまりタイムリミットは十時間ほどしかありません」

渋川「くそっ、知りたくないことまで知っちまった。ありがとな、上層部に進言してくる!」

 そう言って渋川は急いで事務所から出ていった。

ナオミ「新しい怪獣……でも、この二体はどういう関係? 外見は似てないし……」

シン「取り越し苦労で、この記述の時はたまたま連続したのかもしれませんし。でも最悪の場合は想定しておいた方がいいでしょう」

ナオミ「そうね……」


 SSPの三人とは別に、ガイは独りで考え込んでいた。

ガイ(ジャグラーは……マガプリズ魔が北極から来たと言っていた)

ガイ(奴の言う事を信じるとして、何故北極から日本にまで下りてきた……?)

 北極からなら、わざわざ日本にまで来なくてもそれより近い都市はあるだろう。
 過去に日本に現れたことがあるから、その記憶が同じルートを辿らせたのか?

ガイ(そして、マガプリズ魔は何故日の出と共に姿を消したんだ……?)

 昨夜の戦いでは全く歯が立たなかった。
 皮肉にも力尽きたために生き延びたのだが、次はそういうわけにはいかない。
 確実に倒すため、マガプリズ魔の弱点を探さねばならない。

 分かっていることは次の点。

 日の入りと共に現れ、日の出と共に姿を消すこと。
 人や物を光に変えて吸収すること。
 北極の氷の中に閉じ込められていたが、温暖化の影響で蘇ったということ。
 何故か日本に南下してから出現したこと。
 日本太平風土記によれば、翌日の朝にもう一体の怪獣が姿を現すということ。

ガイ(…………)

 だがどう考えてもそれが弱点に繋がるとは思えなかった。
 それどころか逆に頭がこんがらがる始末。ガイは頭を抱えた。

ガイ(いったい、どうすれば……)


 その日の夕方、渋川から事務所に電話がかかってきた。

ナオミ「はあ~い……」

 受話器を取るまでぐっすり眠っていたナオミはぼけっとしながらそれを聞いていたが、ビートル隊の作戦を聞くと一瞬にして眠気が覚めた。

ナオミ「そ、それホント!?」

渋川『ああ。埼玉県全域を停電にし、埼玉スタジアム2002にだけ照明を灯す』

ナオミ「で、でもそれじゃ病院とかは」

渋川『それは大丈夫。既に都内の病院へ移動済みだ。大変だったけどな』

ナオミ「お疲れさま。でもそれで本当に怪獣は釣られるのかしら」

渋川『わっかんねえな……ただこれしかできないのも確かだ』

ナオミ「そうね。で、怪獣を誘き出した後はどうするの? 昨夜は……その、歯が立たなかったんでしょ?」

渋川『ああ。今度は冷却弾をありったけぶちこんで奴を凍らせる。カチンカチンになったところをダイナマイトで粉砕する作戦だ』

ナオミ「それはまた大味な……」

渋川『いいか。この作戦はめちゃくちゃに危険だ。絶対に来るんじゃないぞ。いいな』

ナオミ「…………うーん」

渋川『はっ!? 「うーん」って何だよ「うーん」って! いいか!? 来るなよ!? 絶対に来るなよ!?』

 急いでいたのか、それだけ言うと電話は切れた。


ジェッタ「ふわあ~……キャップ、誰から?」

ナオミ「おじさんから。埼玉スタジアム2002に怪獣を誘き寄せるんだって」

ジェッタ「マジで」

ナオミ「うん。シンくんも起きて。今後の行動を考えるから」

シン「ふぁい~……?」

 シンを起こし、二人に電話の内容を話す。ガイも座敷でそれを聞いていた。

シン「成程……理にかなった作戦ではありますね」

ナオミ「あ。あと、おじさんこんなことも言ってた」

『二日前な、北極で異常なオーロラが観測されたっていうんだ。もしかしたらマガプリズ魔のオーロラと同じものかもしれない』

ガイ(! ということは、やはりジャグラーの言葉は正しかったのか)

シン「北極……? マガプリズ魔は北極から来たというんですか?」

ナオミ「そう考えられるって。でもどうして日本……それも埼玉まで下りてきたんだろう?」

シン「うーん……あまり寒いと活動ができないのかもしれませんね」

ガイ「活動……できない……」

 いきなり話に割り込んできたガイに少し驚きつつ、シンは続けた。


シン「生物には体内にバクテリアを飼っている場合があります。それらがきちんと活動できるための適正温度というものがあるんですよ。
   例えば、人間の腸内細菌にとっては常温の37度が一番よいとされていますね」

ガイ「……なるほど。それで温暖な日本――それも関東地方まで下りてきたのか」

シン「確証はありませんけどね。……そこでこの生体反応分析機!」

 シンが満面の笑みでデスクの下から取り出したのは、銃のような形をした妙ちくりんな機械だった。

ナオミ「何それ?」

シン「怪獣に触れなくても対象のバイタルや脳波が測定できる優れ物です! これでバクテリアの活動具合もわかるはず!」

ガイ「……もしかしてお前ら、行くつもりなのか?」

ナオミ「もちろんよ。寒さ対策しなくちゃだけど」

ガイ「…………。そうか……」

 どうせ止めても聞かないというのはわかっていた。
 ならば先に怪獣を倒すしかない。だが突破口が未だに見えていなかった。

ガイ(倒せるのか……? 奴を……)


(四)


 日没が近づいてきていた。

 夕方、午後六時二十分。既に埼玉県全域は停電しており、周辺の避難も完了している。
 これから住民たちは避難所に身を寄せ合って、冷房も照明もない夜を過ごすことになる。

 その原因である埼玉スタジアム2002での作戦の準備も完了していた。
 冷凍弾を積み込んだゼットビートル六機が周囲に待機し、怪獣の出現を待っている。

 SSPの三人はレンタカーで現場付近まで移動し、監視の目を掻い潜って路地裏に潜んでいた。
 日没予想時刻は六時三十分。徐々に濃くなっていく影の中、腕時計に目を落としながらその時をじっと待つ。

ジェッタ「あと三分で日没だ」

ナオミ「作戦、上手くいくといいけど……」

シン「……キャップ、ジェッタ君。少しいいですか」

ナオミ「何?」

シン「僕なりに考えてみたんです。何故マガプリズ魔は日没と同時に現れ、夜明けと共に姿を消すのか」

ジェッタ「わかったの!?」

 「あくまで予想ですが」と前置いて、シンは語り出した。


シン「マガプリズ魔はエネルギーを溜め込もうとしてるんじゃないでしょうか」

 ジェッタとナオミは揃って首を傾げた。

シン「マガプリズ魔が人や物を光にして吸収するのは、恐らく活動のためのエネルギーを補給するためだと思います。
   でもそうなら何故日中は姿を現さないのか? それは多分、日中は太陽光だけで十分だからなんですよ」

ジェッタ「太陽光だけでエネルギーを補給できる……ってこと?」

シン「はい。しかし夜中はそれがない」

ナオミ「だから人を光にして吸収する必要がある……」

シン「恐らく。ですが――」

 シンは顔をしかめて言った。

シン「それならば新たな疑問が浮かびます。何故マガプリズ魔は夜間、寝ないのか? というものです」

ジェッタ「そうか。夜中は活動をやめればいいのに、どうして人を襲ってまでエネルギーを補給する必要があるんだろう」

シン「他のものを絶えず犠牲にしなければ生きられない生き物なのかもしれません……」

ナオミ「そう考えると、何だか……人間と似てるね」

シン「はい……」

 沈黙が下りる。ジェッタが腕時計に目を落とすと、六時三十二分を指していた。
 空を見上げる。いつの間にか、天頂は瑠璃色に染められていた。


ジェッタ「もう来たのかな……?」

 路地裏から出ようとしたその時。三人のスマホが同時に音を立てた。
 驚きつつも各々それを確認する。一様に、その顔が青ざめた。

『東京都新宿区に怪獣出現。半径五キロ圏内に緊急避難指示発令』

ナオミ「新宿!? そんな、どうして……!」

シン「……! そうか、それもそうです! 東京の方が圧倒的に光源が多い。怪獣がそっちに行くのは当然の選択です!」

ジェッタ「くそっ!」

ナオミ「SSP! 直ちに東京へ戻るわよ!」

シン・ジェッタ「「了解!」」

 路地裏から出てレンタカーに戻ると、頭上をゼットビートルが通り過ぎていった。


マガプリズ魔「――――――」

 ビル群の間を移動するマガプリズ魔。多方向に放たれる橙色光線に捕らわれ、建物も人々も光となって消えていく。
 阿鼻叫喚の様相で逃げ惑う人の波。しかし人の群れは恰好の的だった。次々と怪獣の餌食になっていく。

VTL隊員『本部本部、こちらゼットビートルⅠ。ただ今現着!』

本部『こちら本部。作戦を伝える。明治神宮球場に怪獣を誘導せよ!』

VTL隊員『神宮球場……? しかし』

本部『どうせ建て直すんだ、壊れても文句は出ん!』

VTL隊員『了解!』

 とは言うものの避難が済んでいないこの状態での攻撃は危険だ。
 しかしこのまま人々が犠牲になる様を手をこまねいて見ているわけにもいかない。

マガプリズ魔「――――――」

VTL隊員『! くっ』

 橙色光線を間一髪で回避する。
 もうにっちもさっちもいかない状況になっていた。

VTL隊員『これは、長期戦になるな……』


ジェッタ「明治神宮球場!? 東京ヤクルトスワローズの本拠地の!?」

シン「はい。新宿で出現したとなれば、誘導するのはそこになるでしょう」

ジェッタ「了解……っ!」

ナオミ「でも、どうやって誘導するの!?」

シン「それは恐らく――」


 東京の現場。突然、マガプリズ魔の周囲の建物から光が消えた。

VTL隊員『本部、これは?』

本部『作戦を変更。誘導のため、新宿区内で一部の建物を停電にした。
    ただし病院など電力が必要不可欠な施設の停電は不可能だ。絶対に近づけさせるな!』

VTL隊員『了解!』

 目指すべき明治神宮球場には六機の照明塔が明々と光り輝いている。
 あの場所へ誘き寄せなければならない。だが、怪獣はあまり動かず、人々に向けて光線を放ち続けている。

VTL隊員『くそっ……捕獲用電磁ネット、発射!』

 ゼットビートルが放った電磁ネットが怪獣を捕縛する。
 しかしすぐさま体内に取り込まれてしまった。怪獣が涼しい声で鳴く。

マガプリズ魔「――――――」

VTL隊員『! うわあっ!!』

 コックピットが黄昏のようなオレンジ色に染まった。
 咄嗟に緊急脱出のレバーを引く。座席ごと隊員の身体が宙に飛び出す。

マガプリズ魔「――――――」

 パラシュートを展開して浮遊する彼に向けて、マガプリズ魔は光線を放った。

VTL隊員「うわあああああああっっ!!!」


マガプリズ魔「――――――」

 マガプリズ魔の暴虐はとどまるところを知らなかった。
 ゼットビートルの応戦も空しく病院も老人ホームも襲撃し、周囲にあるものはひとり残らず光に変えた。
 ビートルも数機が墜落、これ以上は作戦に支障が出るとして応戦もできず、ただ怪獣が無機質に街を消していくのを見ていることしかできなかった。

 日を跨いでもその状態は変わらなかった。
 人が避難した新宿は後回しに、マガプリズ魔は渋谷区に移動。八時間以上も街を蹂躙した末にようやく神宮球場の方へ針路を取った。


ジェッタ「つっ…………かれたぁー……」

 一方SSPもまた長時間のドライブを終えて神宮球場に到着していた。

ナオミ「お疲れ。さあ行くわよ!」

ジェッタ「りょ……了解ぃ……」

 車を出るが、すぐさまビートル隊の隊員に止められる。

隊員「待ちなさい! ここから先は作戦区域内だ!」

ジェッタ「そこを何とか! ほら、うちのシンさん頼りになるし!」

隊員「ダメだ! 早く避難しなさい!」

 と、押し問答のようなことをしていると、

ナオミ「――あっ!」

 ナオミが隊員の肩の向こうを指さした。

ナオミ「さっき人影が……」

隊員「……そんな手に引っ掛かるか! ほら、早く!」

ナオミ「ええ!? いや、本当に見たんです!」


ガイ「…………」

 ナオミの言葉は本当で、ガイは秘かに現場に潜入していた。
 一万平方メートル以上もある広大なグラウンドを見下ろせるバックネット裏である。
 照明塔の光に釣られてゆっくりとマガプリズ魔が向かって来ていた。

 キーーーンと音がしてゼットビートル四機が頭上を通り過ぎる。
 マガプリズ魔がグラウンドに降りたと同時に、その機体から冷凍弾が投下された。

マガプリズ魔「――――――」

 瞬く間に冷気が人工芝の上に広がり球場全体に充満する。
 それに包まれてマガプリズ魔の動きが鈍るように見えた。

ガイ(いけるのか……?)

マガプリズ魔「――――――」

 マガプリズ魔が光線を放つ。ライト方面の外野席の向こうに立つ照明塔の一本がやられた。
 続けてそのレスト方面のもう一本も。残るは内野席の四本のみ。

マガプリズ魔「――――――」

 ゼットビートルが飛び回るが、しかし追加の冷凍弾はなかった。
 二機が既に墜落してしまい、火力が足りない。怪獣を行動不能にするには至っていなかった。


ガイ(――!)

 その時ガイの脳裏にあるアイデアが思い浮かんだ。
 オーブリングを取り出し、構える。

ガイ『――タロウさん!』

『ウルトラマンタロウ!』

ガイ『メビウスさん!』

『ウルトラマンメビウス!』

ガイ『――熱いやつ、頼みますっ!!』

 オーブリングを掲げ上げる。赤と白銀の光が混じり合い、リングに金色の光が満ちた。

『フュージョンアップ!』

『ウルトラマンオーブ バーンマイト!』


 明るみかけてきた空に妖光が揺らめいた。
 マガプリズ魔の体がふわりと浮き上がり、吸い込まれるようにオーロラに向かっていく。

マガプリズ魔「――――――」

 ――しかし。

オーブ「サアアッ!!」

 突如飛来したオーブがしがみつき、怪獣もろとも地上に落下した。

ジェッタ「オーブ!」

 地面の揺れに耐えながらジェッタが叫ぶ。
 オーブはすっくと立ち上がり、胸の前に両腕を交差させた。

オーブ「オオオオオオ…………!!!」

 虹色のエネルギーがその全身に満ち、それが炎となって彼の身体に纏う。
 そのままオーブは猛然と突進する。

オーブ「ストビューム――――ダイナマイトオオオオオオオオッッ!!!」

 怪獣の無機質な体に抱きつく。
 マガプリズ魔は発光しオーブに電流を流すが、それでも彼は離れない。

シン「……!? そんな、あり得ない……!」

 次第に、どんな攻撃にも瑕ひとつ入らなかった怪獣の体に罅が入り始める。
 冷えたガラスを熱すると割れるように、熱割れの原理を利用したのだ。

オーブ「デアアアアアアアアアッッ!!!」

 そして、次の瞬間――


 盛大な爆発音が、静まり返った朝の街にこだました。
 吹き荒れる熱風にナオミとジェッタは怯んでいたが、シンだけは呆然と立ち尽くしていた。

ナオミ「や……やった……?」

ジェッタ「す、すごい……オーブの大勝利だー!」

 カメラに向けて声を吹き込むジェッタ。
 しかしただならぬシンの様子に気付いて声を掛けた。

ジェッタ「どうしたの、シンさん。オーブの戦法に度肝を抜かれちゃった?」

シン「違います……」

ジェッタ「え?」

シン「僕が驚いたのは……これです」

 シンは手にしていた生体反応分析機を示した。


オーブ「…………!」

 オーブが何かに気付く。日が昇り、夜の残滓が朝焼けによって一掃されていく。
 その光の中に――何かがいた。


シン「僕が驚いたのは……オーブが炎を纏って怪獣に抱きついていた時、画面に異常な数値を発見したからです」

ジェッタ「異常な……数値」

シン「はい。怪獣の体内のバクテリアが――異常なほど活性化していました」


「――グオオオオオオオオン!!!」

 何者かの雄叫びが朝焼けの空気を震わせた。
 昇る太陽の中、逆光となって、まるで虚空をくり抜いたような巨大な漆黒が地上に立っている。

 額に光る楕円形の赤い結晶体。鋭く輝くオレンジ色の双眸。
 全体的にずんぐりとした、亀のようにも見えるシルエット。

 やがて日がその姿を照らし出す。
 羽化したての蜻蛉のように真っ白な体躯。

 それはまさしく、太平風土記に記述があった「暁」の怪獣だった。

ナオミ「つまり――」

シン「僕は思い違いをしていました。怪獣が二体いたんじゃない。『暁』の怪獣は、『宵』の怪獣の進化形態だったんですよ!」


 その光景を見ていた影が、もうひとつ――

ジャグラー「ハハハ……! まさしく新たな夜明けじゃないか!」

 あらかじめこうなることがわかっていたようにジャグラーは近場のビルの屋上に陣取り哄笑を上げていた。

ジャグラー「パンドラの箱を開けたのはお前なんだよ、ガイ」

 マガプリズ魔が光のエネルギーを蓄えていたのは体内のバクテリアを成長させるため。そしてそのバクテリアは高温によって活性化する。
 オーブのストビュームダイナマイトは確かにマガプリズ魔を粉砕したが、それは次なる怪獣を呼び出す引き金になってしまったのだ。

ジャグラー「フフハハッ……さあ、新世界の夜明けを見せてやれ!」

 ジャグラーが高らかに叫ぶ。
 全てを“喰らい”、全てを灰に“帰す”、その怪獣の名を。

ジャグラー「全てを破壊しろ。“暁ノ魔王獣”――マガグライキス!!」


(五)


オーブ「……シュアッ!!」

 オーブが再び戦闘態勢に入る。炎を握ったパンチを怪獣の腹に見舞う。

マガグライキス「グオオオオッ」

オーブ「オォッ、ラァッ!」

 続いて二撃目を振るうが、それは空を切った。
 何が起きたか分からず狼狽える。次の瞬間、目の前にはマガグライキスが迫っていた。

オーブ「グッ……!」

 突進に弾き飛ばされ、仰向けに倒れる。
 その上を凄まじい速さで影が通り過ぎていった。

オーブ「……!」

 立ち上がって影が消えた方向を見るが、何の姿もない。
 かと思うと突然、怪獣の体当たりが背中に直撃した。

オーブ「!」

 たたらを踏みながらも体勢を整え、振り返る。しかし怪獣の姿がない。

オーブ「……!?」


マガグライキス「グオオオオオオン!!!」

オーブ「デア……ッ!」

 そして今度もまた怪獣は背後から襲ってきた。
 オーブの前方に着地し、雄叫びを上げる。どうやら体格に似合わずかなり素早いらしい。

オーブ「シュアッ!」

 オーブもまた応戦する。地面を蹴り、スワローキックを放とうと身を捻る。

マガグライキス「グオオッ!!」

 が、その途中でマガグライキスの火炎弾に襲われた。無様にも墜落してしまう。

マガグライキス「グオオオオンッ!!」

 そんなオーブに猛然と近寄り、蹴り飛ばす。
 オーブは勢いのまま転がって距離を取り、起き上がると共に反撃する。

オーブ『ストビュームバースト!!』

マガグライキス「グオオッ!!」

 しかし放った火球もすぐさま回避されてしまう。
 飛び上がったマガグライキスは旋回し、勢いをつけて突進してくる。

オーブ「デエアッ……!!」

 立ち上がり、それを受け止めるオーブ。
 しかし勢いが殺せない。足元のアスファルトを砕きながら後方へと引き摺られていく。


オーブ「! ジュアアッ……!!」

 そして遂にはマガグライキスもろともビルに突っ込んだ。
 二つの巨体がビル壁にめり込み、窓ガラスは砕け散り、バランスを崩した上階が地上に落下した。

マガグライキス「グオオオオオオオオッ!!」

 凄絶な破壊音に負けない雄叫びを上げながら、至近距離から火炎弾を吐き続ける。
 ビルにめり込んだオーブは十字架に掛けられたように身動きが取れない。無抵抗にそれを浴び続ける。

オーブ「グッ……グアッ、ジュアアッ!!」

 やがて爆発に耐え切れずビルが倒壊する。それと共に体勢が崩れたオーブは転がって怪獣と距離を取った。

オーブ「……ッ!」

 カラータイマーが鳴り始める。お構いなしに放たれる火炎弾をバリアーで防ぐ。

マガグライキス「グオオオオンッ!!」

オーブ「ハァッ、ジュア……ッ!!」

 このままでは押し切られてしまう。
 だが、バーンマイトではあのスピードに太刀打ちできない。
 しかしハリケーンスラッシュになると今度はパワー負けしてしまうだろう。

 どうすればいい――攻撃を耐え凌ぎながら必死で考え続ける。
 カラータイマーの音が残り時間を刻む。焦燥をより一層に駆り立てる。


ガイ(弱点――奴の弱点)

 昼間も考え続けていたことが、ふと頭に浮かぶ。
 あの時は結局答えを出せなかった。しかし、今は状況が違う。全く別物の怪獣になったのだから、突破口も開けるはずだ。

ガイ(マガプリズ魔と……こいつの違い……)

 それに思い当たった瞬間、ガイは息を呑んだ。
 そして覚悟を決めた。

ガイ『こうなりゃ……イチかバチかだ!』


オーブ「ハァッ!!」

 オーブが地面を蹴り、宙返りする。その身体が淡い光に包まれると、着地と同時にハリケーンスラッシュに変わった。

オーブ『オーブスラッガーショット!』

 頭部のスラッガーから刃状の光線を放つ。
 両サイドから同時に攻めるが、怪獣はいとも容易くそれを弾き飛ばした。


 ――が、それは想定内だった。

オーブ「セアアッ!!」

 オーブがいつの間にかマガグライキスの頭上にワープしていた。
 手にした槍の先端に、弾かれたスラッガーショットが装着される。
 そのまま重力に任せてオーブは槍と共に落下する。

マガグライキス「グオォッ!!」

 マガプリズ魔と全く違うところ――それは、額に露出したマガクリスタル。
 オーブスラッガーランスの刃がそれに突き刺さる。

オーブ「テヤッ!」

 レバーを二回引き、ビッグバンスラストを繰り出す。
 刃から怪獣に向けてエネルギーが流し込まれる。

マガグライキス「グァオオオオオオッ!!」

 しかしマガグライキスが反撃する。火炎弾の連射がオーブを襲い、吹き飛ばされる。
 だが槍は突き刺さったまま。やがて――

 ――パキィィィィィン!!!

 小気味良い音が響き、マガクリスタルが砕け散った。

マガグライキス「グゥゥゥ……」

オーブ「ハァァッ……!!」

 暁風がさっと吹いた。粒子まで分解されたマガクリスタルの欠片が、オーブの胸に流れ込んでいく。


ガイ『……!』

 それがオーブリングを通ると、一枚のカードの形となった。
 淡い光に包まれた、今にも消えそうな……しかし強い希望を宿したカードに。

ガイ『――ティガさん!』

『ウルトラマンティガ!』

 そしてガイは、そのカードをリードした。

ガイ『――ダイナさん!』

『ウルトラマンダイナ!』

ガイ『光輝の力――お借りします!!』

『フュージョンアップ!』

『ウルトラマンオーブ ゼペリオンソルジェント!』


ジャグラー「……何?」

 ジャグラーが目元を険しくする。
 朝日をも掻き消す光輝の中から現れたのは――見た事もないオーブの姿だった。

 オーブの黒・赤・銀を基調として、ティガとダイナの体色が流れる体躯。
 胸から肩にかけては銀と金のプロテクターが備わっている。

 額に輝くクリスタルは白銀。
 ティガとダイナ、二人のウルトラマンの意匠が随所に散らされた、オーブの新たな姿。

オーブ『――光の、輝きと共に!』

 その名は、ウルトラマンオーブ“ゼペリオンソルジェント”。
 泰然と構えを取り、マガグライキスに対峙した。

オーブ「――ジュワッ!!」

マガグライキス「グオオオオオン!!」

 浮かび上がり、低空飛行でオーブに突進するマガグライキス。
 それをオーブは受け止めるが――

オーブ「グッ――!!」

 今もまだカラータイマーが点滅する体、十分な力が出せない。
 抑えきれず後方に引き摺られる。その後ろにはまたビルが。


オーブ「デリャアァッ!!」

 同じことを繰り返すわけにはいかない。
 オーブの体躯の赤が燃えるような強い光を放つ。膝を怪獣の喉元に叩きつけた。

マガグライキス「グオオッ」

 怪獣の力が緩む。飛行が止まり、地面に足をつく。そこを見計らってオーブが怪獣の腹を蹴り飛ばした。

マガグライキス「グオオオオオン!!」

 すぐさま火炎弾を放つマガグライキス。オーブの体躯の青が鋭く光る。
 次の瞬間、オーブの姿が消えた。

マガグライキス「!」

 オーブは怪獣の背後、神宮球場の近くにワープしていた。
 その内野側の照明塔に手を当てると、再び彼の青が光を放った。

オーブ「ハアアアッ……!!」

 照明塔から電流がオーブの胸に向かって流れ出す。
 点滅するカラータイマーの中に渦のように取り込まれていく。やがて――その点滅が途絶えた。

オーブ「デヤアッ!!」

 勇ましい声と共にカラータイマーに青の光が灯った。
 ダイナのミラクルタイプの力で電気を自らのエネルギーに変換したのだ。


マガグライキス「グオオオオオオン!!!」

 火炎弾を連射するマガグライキス。迫りくるそれらをオーブは手刀で、肘で、拳で、叩き落とす。

オーブ「フッ!」

 立ち昇った黒煙の中からオーブが高く宙返りしながら飛び出てくる。

オーブ「テャーーッ!!」

 怪獣の額にかかと落としを見舞う。怪獣が呻く。
 間を与えず、地上に降り立ったオーブは怪獣の懐にショルダータックルを繰り出す。

オーブ「ジュワッ!!」

マガグライキス「グァオオオオン!!」

オーブ「――デエアッ!!」

 次は喉元にアッパーを叩き込む。
 ティガのパワータイプとダイナのストロングタイプの力を同時に発揮し、頑強なマガグライキスの体にダメージを与えていく。

マガグライキス「グォォッ……グオオオオオオオンッ!!!」

 オーブの拳で後退したマガグライキスは上空に飛び上がった。オーブもまた地面を蹴り、それを追跡する。


 朝焼けの空で繰り広げられる追走劇。
 オーブは背後からソルジェント光線を放つが、素早い動きで躱されていく。

オーブ「――テャッ!!」

 体躯の紫と青が同時に光る。それと共に彼の速度はぐんぐん伸びていく。

オーブ「フッ!」

 怪獣の尻尾に手を伸ばし、がっちりと掴む。今度は赤を発光させ、怪獣の体を引き寄せる。

オーブ「デヤアアアアア――――ッ!!」

 空中でジャイアントスイングをし、怪獣を放り投げる。
 勢いによって身動きが取れない怪獣に向け、オーブは照準を定める。

オーブ「デャッ! ハアアア……!!」

 右腕を縦に、左腕を横に伸ばす。右掌には球状のエネルギーが、左腕には紫色の光が纏う。
 そして右腕は半円を描くように回して腰につけ、同時に左手をその掌に重ねた。

オーブ『――ランバルトウェーブ!!』

 突き出した左手の先から渦状の光線が放たれる。

マガグライキス「グオオオオンッ!!」

 マガグライキスも何とかバランスを戻し、火球を放った。
 空中で相殺され、爆発が巻き起こる。


オーブ「デアッ! テァアアア……ッ!!」

 額の前に両手を交差させ、それを開いていくと、胸を中心としてエネルギーが集中していく。

オーブ『――デラシウムボンバー!!』

 煙を裂いてマガグライキスが飛び出してくるのとオーブが拳を突き出したのが同時だった。
 拳に押し出され、巨大なエネルギー光球が放たれる。

マガグライキス「!」

 轟音が朝靄を弾き飛ばし、爆炎が四方八方に広がる。
 その中から怪獣の身体が落ちてくる。地面に衝突すると、その衝撃で砕けたアスファルトと土埃が数十メートルも立ち昇った。

オーブ「…………」

 悠然とした様子で降りて来るオーブ。
 怪獣も必死に身を起こす。身体に振りかかった瓦礫と埃がバラバラと音を立てて落ちる。
 オレンジ色の瞳を更にぎらつかせ、眼前のオーブを睨みつける。

オーブ「――シュアッ!」

マガグライキス「グオオオオオッ…………!!!」

 口を限界まで開き、その中に巨大な火球を形成するマガグライキス。
 気を引き締めて、オーブは身構えた。


マガグライキス「グァォォオオオオッッ!!!」

 燃え滾る大火球が放たれる。構えた両腕に命中し、大爆発が巻き起こる。
 しかし――

オーブ「ジュアッ!」

 爆炎と黒煙の中からオーブが飛び上がった。
 身体を回転させ、両腕にエネルギーを集中させる。白刃のような光が尾を引き虚空に揺らめく。

マガグライキス「!」


オーブ『マルチフラッシュ――――スライサーーーーッ!!!』


 上空から放たれた二本の光刃が唸りを上げる。
 次の瞬間――マガグライキスの背後のアスファルトが砕け散った。

 怪獣の身体には、二本の断裂線が大きく入っていた。

 再びオーブが地上に降りる。怪獣がぐらりと傾き、倒れると同時に――
 その身体が爆発し、轟音が静まり返った街の中に響き渡った。


ジェッタ「や、やったーー!!」

シン「流石です! オーブ!」

ナオミ「やった! やったぁ!!」

 地上ではしゃぐSSP。オーブが飛び立つ姿を、彼が消えるまでジェッタはカメラに収めていた。


ジャグラー「フン……まあいい。俺は、俺の計画を進めるとしよう」

 手の内にある六枚の魔王獣カードを見ながら、ジャグラーはにやりと笑った。


ガイ「――ダイナさん。お疲れさんです」

 戻ってきたガイはウルトラマンダイナのカードに礼を言っていた。
 淡い光に包まれ、カードが砕ける。無理に力を集約させたため、実体化できたのは僅かな間だけだった。

ガイ「…………」

 夏の風がさっと吹く。濃い青空と入道雲の中へ、その光は流され消えて行く。
 ガイは晴れ晴れとした顔で、それを見上げていた。


(エピローグ)


『朝焼けの死闘 オーブの新たなる力!』

ジェッタ「更新完了~~~!!」

 ジェッタは叫ぶと、ぐったりと椅子の背もたれに身を預けた。

ナオミ「お疲れ。麦茶飲む?」

ジェッタ「お願い~。でもキャップ、冷房もつけようよ~このままじゃ本当に溶けるよ~」

 SSPの事務所にもエアコンはあったが、今は稼働していなかった。
 窓を全開にして、暑苦しい風とそれに揺れる風鈴の音で何とか涼をとっている。

 だがナオミはジェッタの言葉を言下に撥ね付けた。

ナオミ「ダメよ。自分で散らかした物は自分で片付けるもの。地球温暖化が問題視されている今、ちゃんと私たち人間が意識を変えなきゃいけないの!」

ジェッタ「電気代節約のためじゃなくて?」

ナオミ「ぎくっ……そ、それもあるけど、それとこれとは話が別ー!」

ガイ「…………」

 笑い声が飛び交う事務所を、ガイは微笑まし気に眺めているのだった。


おわり


[登場怪獣]


“宵ノ魔王獣”マガプリズ魔
・体長:35m
・体重:18,000t

日没と共に現れるとされる魔王獣の一体。
透明なテトラポッドのような形をしており、無機質的。
オーブの攻撃をも物ともしない頑強さと、体表に流す電撃、幻惑の世界に閉じ込める光線など様々な特殊能力を持つ。
橙色の光線を浴びた物は光に変えられ、マガプリズ魔のエネルギーになる。
エネルギーを溜め込むのは体内のバクテリアを育てるためであり、十分な熱と光エネルギーによってマガプリズ魔は次の形態へ進化する。
太平風土記が記された時代にも現れたが、ウルトラ戦士によって北極の氷の中に封印されていた。
マガクリスタルは体内に存在し、マガプリズ魔が発光すると体内に赤い光が見える。

元は『帰ってきたウルトラマン』35話「残酷!光怪獣プリズ魔」に登場する“光怪獣”プリズ魔。


“暁ノ魔王獣”マガグライキス
・体長:54m
・体重:77,000t

夜明けと共に現れるとされる魔王獣の一体。
マガプリズ魔の体内に棲むバクテリアが進化した姿。
ずんぐりとした体格とは裏腹に身軽で素早く、飛行能力も高い。それでいて頑強なボディを併せ持つ。
無尽蔵のエネルギーから生まれる火炎弾を武器とし、飛行能力と合わせて敵を翻弄する。

元は『ウルトラマンダイナ』44話「金星の雪」に登場する“灼熱合成獣”グライキス。
元デザインの額のスフィアがマガクリスタルに変わっている感じです。


読んでくださった方、ありがとうございました。

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