男「はじめての外回りに出かけた後輩が心配だから電話をかけることにした」 (20)


ある穏やかな昼下がり。

俺はオフィスでデスクワークに勤しみながらも、どこか集中できないでいた。



理由は――

俺の後輩が、今日はじめて一人だけで外回りに出かけているのだ。


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後輩は新卒でこの会社に入ったばかりの、ピカピカの新入社員だ。

素直でいい奴なのだが、素直すぎるところがあり、あと緊張しやすいところもある。
そこが心配だった。



今日挨拶に出向いた取引先で、何かやらかしていなければいいのだが……。


俺のそわそわした様子に気づいたのか、同僚の女性が話しかけてきた。


「そんなに気になるんなら、電話してあげればいいのに」

「子供のおつかいじゃあるまいし……それにあいつだって電話なんかされたら、
 自分は信用されてないのかって思っちゃうかもしれないし」

「彼はそんなこと思うタイプじゃないでしょ。
 あがりやすい子だし、一度電話してあげてリラックスさせてあげた方がいいんじゃない?」

「……まあ、そうかもな」


説得、というよりは後押しされる形で、俺は社の携帯電話を手に取った。

我ながら過保護かもしれない。


後輩に電話をかける。


「俺だ」

「先輩!」


後輩の嬉しそうな声に、俺もちょっと嬉しくなる。
きっとよほど心細かったにちがいない。


「外回りの調子はどうだ?」

「はい! 午前中にA社へ行って、これからもうすぐB社の課長さんと会う予定です!」

「おお、そりゃちょうどいい」


今日の外回りは「これからは私が御社の担当です」ということを改めて通達する程度のものとはいえ、
順調にやっているようだ。

だが、微妙に声が上ずってるのが気になる。

やはり緊張しているらしい。


「もしかして、緊張してるのか?」

「はい、してます!」


こいつのこういう素直なところを、俺は気に入っている。

だが、緊張をほぐしてやらねば、取引先でどんな失態をしでかすか分からない。


「よーし、じゃあ俺が学生時代や新入社員時代、よくやってた、
 緊張をほぐす体操を教えてやろう」

「お、お願いします!」


「いいか、簡単だからよく聞けよ?」

「はいっ!」

「まず、目をつぶる。それから両手を上に向けて、ぐーっと伸ばす。
 仕上げに地面を踏みしめるように足に力を込める」


俺は説明しながら、自分でもこの体操をやっていた。

はたから見ている分には少し滑稽かもしれないが、これで不思議と緊張がほぐせたものである。


「分かったか?」

「よく分かりました、ありがとうございます」

「じゃあ電話を切ったらすぐ、今の体操をやってみろ。じゃあな、頑張れよ」

「必ずやります! ありがとうございました、先輩!」


電話を切る。

切ってから、そういえば自分は仕事中に緊張することなんてほとんどなくなってしまった……と
少し切ない気分になった。

新鮮な気持ちで仕事に立ち向かえる後輩が羨ましくなった。


同僚の女性が話しかけてくる。


「やっぱり電話してよかったでしょ?」

「ああ、あいつすごく緊張してたよ。だけど、俺のとっておきの体操を教えてやったんだ。
 きっと大丈夫だろう」



うちの会社の営業車が、アクセル全開でB社の駐車場付近にある電柱に激突したという連絡が入ったのは、
それからまもなくのことだった。





― 終 ―

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