女の子「今宵はそろそろ、お別れですね」 (13)

男「もうか」

女「はい。もう、時間が来てしまいました」

男「少しばかり、早過ぎはしないか」

女「いえ、そんなことはありません」

男「そうか」

女「はい」

男「思えば、随分と長い夜であった」

女「私にとっては、全てが一瞬でございました」

男「そうか」

女「はい」


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男「結局最後まで、お前とは気の合わないままであったな」

女「つれないことを言わないでください。意見は合いませんでしたが、わたしはそれも幸せでございました」

男「そうか」

女「はい」

男「私もだ」

女「はい」

男「折角だ、最期になにか言いたいことはあるか」

女「最期などと、きっとまた逢えましょう」

男「ああ、私もそう信じている」

女「ですが、それならば、二、三だけ、我儘を」

女「また逢えた時は、再びわたしと同じ夜を過ごして頂けますか」

男「二度と言わず、何度であろうとも」

女「また逢えた時は、今度はわたしも共に連れて行ってください」

男「それは」

女「やはり、つれないのですね。私は、貴方と共に歩みたいと、常々そう思っていましたとも」

男「分かった。約束しよう」

女「ありがとうございます」

男「そのような顔をされては断るものも断れん」

女「涙は女の武器と言いましょう」

男「なるほど、これは一本取られた」

男「そこらの茶屋の娘が、随分と強かになったものだ」

女「今は、貴方の妻ですので」

男「言いおる。今の言葉、黄泉まででも追い掛けて後悔させてやろうか」

女「はい。追い掛けて来てください、どこまでも」

男「それで、願いはそれだけか」

女「まだ、許されてしまうのですか。それならば、ずっとこのまま居てしまいましょうか」

男「それは、私の願いだ。お前の願いがまだあるのなら、聞かせてみろ」

女「嬉しい言葉を頂きました。それだけで満足してしまいそうです」

男「言葉だと。それだけで満足などさせるものか」

女「いいえ、それだけで良いのです。貴方と語らったこの夜こそ、私にとっての全てでした」

男「語らう、ということ以外、私はお前にしてやれなかったのだな」

女「はい。ですが、きっとそれで良かったのだと思えます」

男「それはまた、何故だ」

女「何もかも満足してしまえば、ここで我儘を言って貴方を困らせることは出来ません」

男「そうか。ならば幾らでも困らせるがいい」

女「ありがとうございます。であれば、最後に一つだけ。欲しい言葉があるのです」

男「欲しい言葉と」

女「はい。契りを結んだあの日から、ついに貴方の口から聞くことのできなかった言葉を」

男「それは、なんだ」

女「何だと思いますか」

男「分からん。さっぱり分からん。お前とは散々語り合ったが、言ったことのない言葉など」

女「それが、あるのです。わたしが欲しいのは、その言葉なのです」

男「それは」

女「それが何か、わたしからは言えません。言って欲しいとは言いましたが、言わせてしまっては意味のない言葉なのです」

男「全くお前は、困らせてくれる」

女「折角だから、と仰ったのは貴方でございます」

女「話は変わりますが。今宵は外が随分と明るいのですね」

男「ああ、ひときわ大きく満月が浮かんでいるのだ」

女「なるほど、やはり」

男「それで、その月がどうしたというのだ」

女「いえ、一つ四方山話を思い出しまして」

男「ほう」

女「何でも何百年も昔の人々は、月の光は死に近く、悪いものであると考えて居たそうなのです」

男「あんなに美しいのにか」

女「それほどに美しいからこそでしょう」

女「ぼうっと月を眺めていると、あまりの美しさに時を忘れ、まるで月に溶けて消えてしまうように感じてしまった夜があります」

男「それは妬けてしまうな」

女「あら、これは珍しい御言葉を聞くことが出来ました」

男「ああ、この怒りに任せて、あの丸を斬ってしまえればと思ってしまって仕方がない」

女「怒っているのですか」

男「怒っているとも。お前を連れて行ってしまう月にも。行ってしまうお前にも」

女「仕方のないことなのです。怒りに任せてわたしを追ってきてはいけませんよ」

男「そんなこと、するものか」

男「私は生来、一人旅が好きなのだ」

女「はい。しかし次はわたしも連れて行って下さると」

男「ああ。だからそれまでにまた土産話を用意しておくことにしよう、うんと沢山のな」

女「それは楽しみです」

男「思えば、昔もそうやって旅の話を聞かせてやっていたものだな」

女「はい。まだ幼いそこらの茶屋の娘であったわたしには、まるで夢物語でございました」

男「あの頃は、私が訪ね、私から別れを告げていたが」

女「わたしはいつまでの貴方の話を聞いていたかったのです。別れが惜しかったのは、あの頃から既に、でした」

男「しかし今度は、お前が私の家に嫁いで来て、そして去っていくのか」

女「別れが惜しい気持ちは変わりません。ですから、必ずまた逢えましょう」

男「ああ」











男「女よ」


女「はい」







男「私も、別れが惜しい」






女「その言葉が、お聞きしたかったのです。」









男「…………」

女「…………」

男「…………」

女「…………」


男「…………」

女「…………」



男「…………」

女「…………」



男「女よ」












男「さらばだ、また逢える日まで」

以上です

「 I love you 」をそう訳した友人がいたので

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