多分、素直になると、死んでしまう病気(艦隊これくしょん) (153)

――執務室

叢雲「何やってんのよ、アンタは。こんなミスして……書類が倍になって帰ってきてるじゃない」

曙「ホントクソ提督ね。なんでこんなのが提督なんかやってんのかしら」

満潮「あーあ、こんな司令官のところに配属されるなんて……」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1476636126

叢雲「それ、一人で終わらせておきなさいよ。いい? じゃ、みんな帰りましょ」

曙「反省することね。ま、クソ提督には無理かもしれないけど」

満潮「二度とこんなミスしないで」

――三人の艦娘が部屋を出て行く……

――数時間後 執務室の扉が開いた

叢雲「……まだやってんの? ほんとダメなんだから……」

叢雲「哀れになってきたから、手伝ってあげる。……なによ、言いたいことがあるなら言えば?」

――二人で書類に取り組むことになった……

叢雲「…………」

叢雲「あのさ……」

叢雲「その……さっきはああ言ったけど。でも、たまにはミスもあると思うわ」

叢雲「けどね、こういうミスが続くと、こうやって夜遅くまで仕事する羽目になるから……」

叢雲「べ、別にアンタがどうなろうと構わないんだけど、アンタが体調を崩すとみんなが迷惑するのよ!」

叢雲「……そういえば司令官、夕食の時にいなかったけど……。はあ? 何も食べないで仕事してるわけ? ……仕方ないわね……」

叢雲「特別に、私が夕餉の用意をしてあげる。感謝しなさいよ?」

――叢雲が食事を用意してくれた。彼女は自分が食べる姿をじっと見ている。

叢雲「……何よ。味に文句があるわけ? ……美味しい? ふーん……そう……。……よかった」

叢雲「……あっ、上手に作れてよかったって意味よ。勘違いしないでよ。……何も言ってない? だから何よ! さっさと食べて残りを片付けるわよ!」

――全ての書類が片付いた。

叢雲「……ふう、終わったわね。お疲れ様。……お礼? 何よ、改まって。そんなものいらない……」

叢雲「ケーキ!? ふ、ふーん。まあアンタにしては上等じゃない?」

叢雲「ま、たまにはアンタと一緒に休日を過ごしてあげるのも悪くないかしら。……そういう顔、やめてよね、もう……」

――翌日。廊下で曙が話しかけてきた。

曙「……あ、いた。昨日のことだけど……」

曙「聞いたわよ、叢雲と一緒に徹夜したって」

曙「はあ……ったく、他人にまで迷惑かけて、ほんとクソ提督ね」

曙「何も徹夜なんかしなくてもいいじゃない。……終わらせないと他人に迷惑? うざいわね、あたし達はあんたがいるだけで迷惑なのよ!」

曙「だから……まあ……もうちょっとぐらい迷惑かけられたって大して変わんないわよ、あたしは」

曙「……わかんないの!? ほんと頭カラッポね! あたしに言えば手伝ってやったって言ってんのよ!」

曙「あーもう、なんでここまで言わなきゃわかんないのかしら。……それともなに? あたしが嫌いだから頼りたくない?」

曙「そうでしょうよ、どうせあたしはこんなだし、嫌われたって全然構やしないんだけど」

曙「……そんなことはない? ふん、口では何とでも言えるでしょ。別にあたしのご機嫌取りなんかする必要……」

曙「……!? な、なに言ってんのよ……バカじゃないの!?」

曙「……わ、わかったわかった、わかったわよ……」

曙「と、とにかく、そういうことだから。今度があったら、ちゃんと言いなさいよ。……無いのが一番? あ、当たり前でしょ!」

曙「じゃ、あたしは行くから」

――曙は振り向いて、去ろうとして……立ち止まった。

曙「…………」

曙「…………あの……」

曙「別に、さっきの、本気で言ったわけじゃないわよ……いるだけで迷惑、とか……」

曙「それだけ。じゃあね」

――曙は走って去っていった……。

――夜、仕事をしていると満潮が執務室に入ってきた。

満潮「司令官? 何してるの、こんな時間まで……」

満潮「は? 書類のチェック? そんなもの、いつもはもっと早く……」

満潮「ひょっとして、この前のこと気にしてるの?」

満潮「……」

――なぜか満潮が、隣に座った。

満潮「終わってない書類はこっち?」

満潮「……なんなの、その目。ただでさえ司令官みたいなのがいる鎮守府なんだから、わたしがちゃんとしなきゃ仕方ないでしょ」

満潮「……うるさいな、お礼なんか言わなくていいからさっさと黙って手を動かしなさいよ」

満潮「……」

満潮「……」

満潮「……」

満潮「何でずっと黙ってるのよ!」

――急に満潮が怒り出した。

満潮「……黙ってろって言った? じゃあなに? 司令官はわたしが死ねって言ったら死ぬわけ?」

満潮「……そ、そんな顔しなくてもいいじゃない。……言わないわよ、死ねなんて……」

満潮「ただ、なんか……なんでも真に受けて、無理されたら……嫌だから」

満潮「……べ、別に心配なんて……。一応、ここの司令官なんだから気を使ってあげてるだけ! それだけ!」

満潮「……そんな嬉しそうな顔しないでよ、これじゃ憎まれ口も叩けないじゃない……」

満潮「……気持ちを汲み取れるように努力する? ……そんなことしなくても……今のままでも……わたしは……」

満潮「……わけがわからないって顔しないの! 女は複雑なのよ!」

満潮「とにかく! 司令官は無理せずちゃんと仕事してればいいのよ。……大変だったら、言ってくれれば手伝うから」

満潮「はい、これ終わった分! それじゃ、わたしはもう行くから!」

――満潮が立ち上がって、部屋を駆け出すように出て行く。

――工廠

明石「なるほど、艦娘の気持ちがわかるようになりたい、ですか」

明石「そういうことでしたら、この眼鏡がおすすめです!」

明石「これは艦娘の気持ちを読み取って、文字の形で表示してくれる逸品!」

明石「元々は戦闘時に個々が的確に目標を定めて、高度な連携をするために感情パターンを読み取る装備のつもりだったのですが……なぜかこうなっちゃいまして」

明石「……プライバシー的に問題? んー、まあ……バレなきゃいいんじゃないですか?」

明石「まあまあ、物は試しだと思って! ダメだと思ったら返してもらって結構ですから!」

――強引に眼鏡を押し付けられた……。

続きはまた書きあがったら投下します
読んでくださった方、レスをくださった方ありがとうございました

あー霞ちゃんの目の前で自殺してぇなぁ

>>21
わかる

――翌日。今日は叢雲に先日のお礼をするため、一緒に間宮へと向かう日だ。

叢雲「なによ、その眼鏡? まあどうでもいいんだけど」
(きゅ、急に眼鏡なんかかけて、雰囲気変わっちゃったからびっくりした……)

叢雲「……は? 似合ってるか? 知らないわよそんなの」
(すごく似合ってる……。ずっと見てたいくらい)

叢雲「……どうしたの、急に眼鏡外して。……え? そんな、ひっくりかえして見なくても、眼鏡が壊れてたら一発でわかるでしょ、間抜けなこと言わないでよ」

叢雲「結局またかけるのね。ふーん……」
(眼鏡を外す時とか、かける時とかの仕草って……ちょっといいかも)

叢雲「もう眼鏡はいい? じゃ、ちゃんと私にお礼をしてよね」
(……あんまりじろじろ見てたら変に思われるかも、話をそらしちゃおう)

叢雲「……は? 今日が楽しみだった? 何言ってんの」
(えっ!? 楽しみって、ど、どういう意味で!?)

叢雲「アンタが私におごるのよ、そこんとこ忘れてない? ……なら、いいけど」
(そ、それってつまりケーキを食べたかったってこと? それともまさか、私と一緒に過ごすのを楽しみにしててくれたってこと? だったら嬉しい……!)

――叢雲は急に顔を背けて歩き出した。

叢雲「ほら、さっさと行きましょ。もたもたしてるとケーキがなくなっちゃうかもしれないから」
(顔、赤くなってないかな? 見られないようにしないと……。……さりげなく手を繋ごうかな、なんて考えてたけどあきらめよう)

叢雲「……!? な、な、なに手つかんでんのよ、私はそんなに子供じゃないわよ! 離して!」
(ウソ!? ひょっとして声に出てた!? ど、どうしようどうしよう……!)

叢雲「……あっ……。ふ、ふん、それでいいのよ。急に手を繋いだりするから焦ったじゃない」
(離しちゃった……。もっと繋いでたかったな……なんで離してなんて言っちゃったんだろう……)

叢雲「……えっ、な、なんでまた繋いで……?」
(やっぱり声に出してる!? それとも顔に出ちゃった……? 恥ずかしい……)

叢雲「そ、そんなに私と手を繋ぎたいわけ? ……なら、いいわよ別に。繋いであげる……から……。……代金はこれからもらうからね」
(恥ずかしいけど……やっぱり離したくない……)

――叢雲と手を繋いだまま、間宮へと向かった……。

――叢雲はケーキのメニューを開いている。戦いももうすぐ一段落つくという戦況だが、まだまだケーキは割高だ……。

叢雲「うーん……」
(前よりはずいぶんと安くなったけど、まだまだ高いわね。こっちのチョコレートケーキも食べてみたいんだけどな……)

叢雲「そうね、じゃ、私はこのシフォンケーキでいいわ。これが好きなの」
(高いのを頼むと図々しいって思われるかもしれないし、いつもこうやって艦娘にご馳走してる司令官にも悪いし。いつも通り一番安いシフォンケーキにしよう……)

叢雲「……チョ、チョコレートケーキ!? 何言ってるのよ、私はシフォンケーキが好きだからこれを選んだだけで!」
(そ、そんなに物欲しげに見てた? 今日はすごく司令官が鋭い気がする)

叢雲「……あ、自分で頼むの? そう、じゃあいいわ」
(びっくりした……。結構高いのに、司令官もケーキ好きなのかしら)

――注文をしてしばらくすると、二皿のケーキが運ばれてきた。

叢雲「あ、きた。……おいしそうね」
(チョコレートケーキもやっぱりいいなあ……)

叢雲「いただきます。遠慮なくおごってもらうわね。んー、おいしい」
(司令官がご馳走してくれたからかしら、シフォンケーキもいつもよりおいしい気がする)

叢雲「こんなに美味しい想いができるなら、毎回手伝ってあげてもいいわよ? ……ちょ、ちょっと、冗談よ」
(仕事を手伝うくらいで、毎回ご馳走になったら悪いし……)

叢雲「そっちのケーキはどう? ……ふーん、おいしいの。よかったわね」
(……やっぱり目の前で食べてるのを見てると、気になる……)

叢雲「……た、食べるか、って、いいわよ私は」
(あ、あんまり見ないようにしてたのに……)

叢雲「……シフォンケーキも食べてみたい? そ、そうなの? じゃ、じゃあ、えーっと……。……お皿を交換したい? あ、そうね、そうしましょ! もう、わがままなんだから。感謝してよね!」
(なーんだ、そういうことだったのね、うん。……びっくりした、食べさせてくれるのかと思っちゃった)

叢雲「……うん、こっちもおいしいわね」
(チョコレートケーキ、おいしい! もっと食べたい……!)

叢雲「……え、良かったらもう一皿ご馳走してくれる……? って……。いいわよ、そんなに食べると太っちゃうし。……もう、わかったわよ、おごられてあげるから」
(うう、まるで心が読まれてるみたい……。そんなにわかりやすい顔してるかしら。恥ずかしい……でもうれしい)

叢雲「……あー、でも、そうね。私だけ食べるのもなんだか気が引けるわ。アンタも食べなさい。これは私がご馳走してあげる! ……遠慮なんかしなくていいの、私が気分良く食べたいってだけなんだから。……うん、よろしい」
(……我ながらこういう言い方しかできないのかしら。でも、ありがとう……司令官)

叢雲「アンタは何を頼むわけ? ……フルーツタルト? ふーん……」
(……これもおいしそう)

――この後、もう一度叢雲とお皿を交換した……。

――翌日、廊下で曙と顔を合わせた……。

曙「あんた……!? なによ、その眼鏡!」
(ひょっとして、ずっと一人で仕事して、目を悪くしたんじゃ……!)

曙「視力が落ちるまで仕事を抱え込むなんて無能の証よ、クソ提督!」
(そんなことになる前に誰かに、あたしに、頼ってくれればこんなことにはならなかったのに!)

曙「前も言ったけど、あんたにちょっとぐらい迷惑かけられたって構いやしないのよ!」
(……なんて言ったけど、こんな言い方しかできないあたしを頼ったりはしないわよね……。もっと他の艦娘にも相談して、提督の負担を減らすようにしなきゃ)

曙「……え? 伊達メガネ? ファッション? ……はあ、紛らわしいことするんじゃないわよ!」
(よかった……。でも、目を離すとすぐに無理するから心配。もっとあたしが提督の力になれればいいのに……)

曙「……なにメガネ外してんの。それであんたが美形になったりはしないわよ。……はあ? どこが壊れてるってのよ」

曙「……似合ってるかって? どうでもいいわ」
(……結構似合ってるかも。そういえば、モニターの光を低減するメガネとかあったわよね……。今度買って、誰かに渡してもらおうかしら)

曙「……え? きゅ、急になによ、気持ち悪い」
(なに? なんなの? メガネで歪んであたしが美少女にでも見えた? ……こんな口が悪けりゃ美少女もないか)

つづきはまたそのうちです
ありがとうございました

曙「……お礼をしたい? だから急になんなのよ……。お礼って言われても、ううん……」
(そんなこと言われても、急に思いつかないわよ! というか、さっきから何のお礼なの? いつもあたしは提督をののしってるだけなのに……)

曙「……何かをおごる? ふん、あんたの財布なんかあてにしやしないわよ。食堂でうどんでも……」
(……そういえば、この前はじまった映画……とか……。でもいわれの無いお礼なんか貰うわけにはいかないし……)

曙「え? 映画? べ、別にそんなもの観たくないわよ!」
(ど、どうしてわかったの!? 誰かに聞いた!? あたし、誰かに喋ったっけ!?)

曙「……ああ、そういうこと。って、自分が観たいからつきあってほしいって、あんた、小学生か何かなの?」
(なんだ、びっくりした……。でも、一人で映画を観にいくのが恥ずかしいって結構かわいいかも……)

曙「で、どんな映画なの? ……れ、恋愛映画? 一人じゃ恥ずかしいって、そういうわけ……?」
(……ええっ、これってどういう意味……!? い、いやいや、意味なんかないわよね?)

曙「……ん? 最近やってる映画って、それってひょっとしてあの? ……ふーん。ま、いいわよ。あんたに付き合ってあげても」
(あの映画を提督も観たがってたなんて、すごい偶然じゃない? ……ここでナシにしちゃうのは、もったいないわよね)

曙「で、いつ行くの? ……明日ぁ!? べ、別に問題なんかないわよ! はいはい、明日ね。時間は……近所の映画館で朝の回? わかったわ。遅れたら承知しないわよ、クソ提督」
(この前買ったワンピースどこにしまったっけ! ああ、急いで潮も呼んでコーディネートをチェックしてもらわなきゃ!)

――何事もないかのように曙は歩き去った……。



――廊下の角を曲がった瞬間、激しく靴が床を叩く音が連続して響き、遠ざかっていった。


――他の艦娘とも眼鏡をかけて対面してみることにした。


雷「あら? 司令官、どうしたの?」
(何かあったのかしら。……眼鏡、似合ってるわね)

雷「え? その眼鏡? とっても似合ってると思うわ!」
(眼鏡って、ちょっと頭がよさそうでかっこいいわ)


初月「ん、どうかしたのか、提督。なんだ、その眼鏡は」
(急に目が悪くなるということもないだろうし、何があったのか気になるな)

初月「……お洒落? ふうん……。うん、悪くないと思うぞ」
(そういうものもあるのか……。なかなか似合っているな。僕もかけてみたい)


吹雪「こんにちは、司令官! ……あれ、眼鏡ですか?」
(普段はかけてなかったのに……ひょっとして、コンタクトレンズだったのかな?)

吹雪「え、伊達眼鏡? ……はい! とっても似合ってると思います!」
(いつもの司令官もいいけど、眼鏡の司令官もいいなあ……)


――本当にこの眼鏡は壊れていないのだろうか……?

――翌朝、着替えて廊下を歩いていると潮に声をかけられた……。

潮「あ、あれ? おはようございます、提督?」

潮「……何かあったのかって、その。朝早く、曙ちゃんが出ていったから、私、てっきり……」

潮「……約束の時間まで、二時間もあるんですか? それじゃあ、街に何か用事があったのかな……」

潮「……いつごろ出て行ったか、ですか。えっと、二時間くらい前です」

潮「あっ、提督……!?」

――予感があった。慌てて外へと走り出した……。

――街中の噴水広場。約束の場所でワンピース姿の曙が座っていた……。

曙「……ん? えっ、えっ! な、なんであんたがここにいるのよ! まだ約束の時間まで、あと1時間半はあるのに……」

曙「……え、あたしもいる? あ、あたしはその、別に……。時間に遅れるようなマヌケになるのが嫌だから、早めに来ただけよ!」

曙「あ、言っておくけど、今ちょうど来たところなんだからね。別に待ってなんか……え、潮が……? さ、さっきまで街中を歩いてたの!」

曙「ん? そういえばあんた、メガネはどうしたの?」

――忘れていた。一応、かけておくことにした……。

曙「……忘れてたの? ま、どうでもいいんだけど」
(……ふう、話を逸らせたかな……。絶対に遅れちゃいけないから4時間前に鎮守府を出たなんて、言えないし……)

曙「ま、いいわ。じゃあちょっと早いけど、映画館に行きましょ。……朝食? あ、忘れ……じゃなくて、あたしはダイエット中なの」
(昨日の約束から何にも食べてなかった……。それどころじゃなかったからだけど、気づいたらお腹空いてきちゃった……)

曙「……どこかで食べていくかって? だ、だからあたしはダイエット中だから!」
(そんなにお腹が空いていそうな顔してた? 恥ずかしい)

曙「……そ、そりゃ無理はよくないけど、でもあたしは無理なんか……。……ああ、わかったから、もう。あんたにつきあってあげる! 感謝しなさいよ」
(うう、何やってるんだろう、あたし……。でも、変なところでお腹が鳴ったりしたら恥ずかしいし……。ちゃんと食べられてよかったのかも。うん、きっとそう)

――近くの店で軽く食事を済ませた。曙は強引にこちらの分まで支払った……。

――映画館

曙「……そろそろ始まるわね。あ、照明が落ちたら、喋るんじゃないわよ。わかってると思うけど」
(……映画が始まるまでの、この時間が好きなのよね。……隣に提督がいると思うと、いつもよりドキドキするけど)

――映画が始まった。恋愛映画であるという以外の内容を知らない。タイトルは『海面 ―みなも― 』というらしい……。

――驚いたことに、この映画は艦娘が在籍している架空の鎮守府が舞台だった。そして、描かれるのは艦娘と提督の恋愛模様だ……。居心地の悪さがある。

――曙の様子を見ると、真剣な表情でスクリーンを見つめている。映画に集中しているようだ……。

――驚いたことに、この映画は艦娘が在籍している架空の鎮守府が舞台だった。そして、描かれているのは艦娘と提督の恋愛模様だ……。

――曙の様子を見ると、真剣な表情でスクリーンを見つめている。映画に集中しているようだ……。

――映画が進むにつれて気がついたが、舞台となっている鎮守府の内装はどこかで見たことがある。かつて自分が訪れたことのある、他の鎮守府をモデルにしているようだ。

――取材を元に作られたのであろうセットは、細部まで再現されていて、よくできている。すぐにでもここで仕事をはじめられそうだ。

――……しかし、出演者演じる艦娘たちは、なんと全員かしこまった様子で敬語を使って提督と話している。まるで軍人のようだ。取材時にはどれほどしっかりと猫をかぶっていたのか……。

――終盤。主人公の提督と艦娘は、両想いとなっているが、立場を気にかけてお互いに想いを伝えられない。そのまま危険な大規模作戦へと参加する艦娘。それを見送る提督。

――そして艦娘は無事に帰還し、二人は結ばれた。スタッフロールが流れはじめる……。

曙「………………」

――……映画が終わっても曙は無言のままだった。はじめて見る表情をしている。

――はずしておいたメガネをかけるのはやめておいた。そのまま、二人で映画館のすぐ側の喫茶店に入ることにした……。

曙「……あたしはアイスコーヒー。あんたは? ……同じでいい? そう」

――曙は何かを考え込んでいるようだ。何を思ったのだろう……。

曙「あのさ……。映画、どうだった?」

曙「……ああ。ふーん……アンタらしい感想ね」

――なぜか曙はため息をついている。どこか呆れたような顔をしている……。

曙「……あたしは……さ、なんていうか……」

曙「…………」

曙「あたし、あんたのことが好きなの」

当時使っていたトリップを完全に忘れたので新しいのでやります
もうしわけない

曙「あたし、あんたのことが好きなの」

曙「…………」

曙「どういう意味ってそのままの意味よ」

曙「……なんか最近、鋭くなった気がしてたんだけど。気のせいだったわね。ちょっと安心した」

曙「……本当は、言うつもり、なかったんだけど。……言う勇気がなかっただけかな」

曙「でも、今の映画……みたいに……生きるか死ぬかって時が、きたら……」

曙「そう思ったら……だから……」

曙「一人で見てたら、こんなこと思わなかったのかもしれない。でも、今日は違ったから……」

曙「…………」

曙「……何も言わなくていいわ。ううん、何も言わないで」

曙「……あたし、きっとダメになるから。だから全部終わってから……お願い」

曙「わがままだけど……」

曙「…………」

曙「……帰りましょ。ね、提督」

――曙と、少しだけ映画の話をしながら鎮守府に戻った……。

――1週間ほど経ったある日、満潮が執務室に入ってきた。なぜか扉のカギをかけ、こちらに歩いてくる……。

満潮「……あのさあ、単刀直入に聞くけど。何があったわけ」

満潮「何のことって、曙と司令官。何かあったんでしょ」

満潮「……そんなの、見ればわかるわよ」

満潮「噂されてるの気づいてないの? 二人で出かけてから、様子がおかしいって。無理やり手を出したんじゃないのかー、とかね」

満潮「……違う? それはわかってるわよ、だからこうして聞いてるの」

満潮「……話せない? ……私だから?」

満潮「……そうじゃない。ああそう。……わかった。この話は終わりね」

満潮「じゃあ別の話をするわ。司令官、メガネかけてたらしいわね」

満潮「私は見てないんだけど。なんで今はかけてないの?」

満潮「……ふうん。そうなんだ」

満潮「嘘ね」

満潮「……なんでって? ……そうね……ん……」

満潮「……明石さんに聞いたの」

満潮「……そう、そういうことよ。全部わかってる。ほら、そのメガネ貸して」

――満潮がメガネをかけた……。

満潮「どう、似合ってる? ……そう? ま、そんなことはいいわ」

満潮「これで私たちのことを見てたんでしょ? どうだった?」

満潮「……ふうん……そんなに私たちのことを知りたかったんだ」

満潮「……ねえ。明石さんに聞いたんだけど。知ってた? 司令官がこのメガネをかけたら、私たちのことがわかる」

満潮「だから、私たちがかけたら、司令官のことがわかるのよ」

満潮「……そんなに驚くようなことじゃないでしょ? むしろ当たり前なくらい」

満潮「ねえ、司令官?」

――レンズ越しの満潮の視線が刃となり、自分を切り分けるように感じる……。

満潮「後悔してるのね? こんなメガネをかけたこと」

満潮「そうよね。もちろんそう。でも、わかってたのよね、最初から」

満潮「そうせずにはいられなかった。……どうして?」

満潮「怖いから? 不安だから? ……好きだから?」

――満潮は、言葉と共にゆっくりと顔を近づけてくる……。

満潮「…………」

満潮「……やっぱりね」

――満潮がメガネを外した。

満潮「……あーあ、つまらない……」

満潮「…………」

満潮「曙と話をしたほうがいいんじゃないかしら」

満潮「多分、早いほうがいいわ。だって……」

――廊下から激しい足音が近づき、ドアがノックされる。

潮「し、失礼します! ……あれ? 開いてない!?」

満潮「……遅かったかな。今開けるわ!」

――満潮が鍵を開くと、潮が蒼白な顔で飛び込んでくる。

潮「て、提督……! 曙、曙ちゃんが……!」

――白い病室で、病衣の曙がベッドの上で目を閉じている。

――見えている頭や腕の多くが、白い包帯で包まれている……。

曙「…………」

曙「ん…………あ…………」

曙「……あれ? ……あたし……」

曙「……あっ。……何変な顔してんのよ、クソ提督……」

曙「あたし、生きてるみたいね。よかった」

曙「さすがに……あんなこと言った後に死んじゃったら、あんたも目覚めが悪くなるでしょ……だから、よかった」

曙「……無理するなって……? ん……そうね……」

曙「………………」

曙「………………でも、ひとつだけ」

曙「あたしは、ここまでみたい」

曙「……退役するわ。艤装は煮るなり焼くなり好きにして」

曙「……ううん、たぶん、身体は大丈夫……このくらいのケガなら、今までだって……」

曙「でも……」

曙「……んっ……」

曙「ごめん。続きはまた後でね……ちょっとだけ、休ませて……」

曙「……謝ることないわよ。まったく……」

曙「来てくれて、嬉しかった。……うん。おやすみなさい」

――曙は再び目を閉じた……。

――病室を出ると、そこで満潮が待っていた。

満潮「曙、どうだった?」

満潮「……そう。身体は問題ないの。よかった」

満潮「で? それだけ?」

満潮「……それだけじゃないでしょ。何か曙に言われた? いいから言いなさいよ」

満潮「……え……。そう……」

満潮「…………」

満潮「ねえ、曙がどうして退役するって言い出したか知りたいわよね? ……気になるでしょ?」

――満潮は手に持っていたメガネを自分に見せた……

満潮「……欲しい? 司令官が一番知りたいことがわかるわよ。あの娘は多分、気づかないわ」

――…………

満潮「……そ」

――満潮は両手でメガネを掴み、真っ二つに折って、そのままゴミ箱に放り込んだ……

満潮「…………」

満潮「……勘違いしないでほしいんだけど、責めてるつもりはないわよ」

満潮「司令官は間違ってたわけじゃない」

満潮「ただ、たまたまこうなっただけ。運が悪かったのね」

満潮「ひょっとしたら、良かったのかもしれないけど。……知らないけど」

満潮「…………」

満潮「なんにせよ、決めたのは曙でしょ。……曙が後悔してるとは限らないんじゃないの?」

満潮「……ふん。せいぜい今度こそ、ちゃんと話すのね。司令官もどうするつもりかは知らないけど、ちゃんとしなさいよ」

満潮「……じゃ、わたしは行くから。あーあ、まったく司令官がこんなだと苦労するわ、ほんとに」

満潮「……だから、わたしにお礼とかいらないから。それより曙のことでしょ。それじゃ」

――満潮は足早に去っていった……

――真っ二つになったメガネを持って、明石に会いに行った……

明石「あれ? 提督、どうしたんですか?」

明石「……ああ、あのメガネですか。うわ。真っ二つですね。さすがにこれは直せないかも……」

明石「……直さなくてもいい? ……そうですか」

明石「で、どうでした? 使ってみて」

明石「……いやいや、壊れてませんでしたって。少なくとも真っ二つになるまでは」

明石「もー、私を信じてくださいよ。……もしくは、提督が見た誰かを信じてあげてくださいよ。誰に使ったのかは聞きませんけど、ふふふ」

明石「……え? え? どういうことですか?」

明石「……なんで満潮ちゃんに喋ってしまったのか、ですか……?」

明石「……ん、んん、んんん~~」

明石「それはそのー、とってもシンプルですけど答えるのが難しい問いですね……」

明石「……そ、そうですか。いやー、その、も、申し訳ないですアハハ……そっか満潮ちゃんかー……」

明石「……あの、そんな顔してるのは、ひょっとして後悔してるんですか? 何かよくないことが……?」

明石「……そうですか……曙ちゃんが退役……」

明石「…………」

明石「……えっと。こういうメガネを渡した私が言うのもおかしいかも、ですけど。私は提督が間違っていたとは思わないですよ」

明石「だから、曙ちゃんが決めたなら、それは……え? ……満潮ちゃんも同じことを言ってた……」

明石「あー、そうですかー……はい……。いいこと言おうとしたら、先に言われてたって恥ずかしいですねー」

明石「えーと、じゃあ私から、もう一つだけ」

明石「提督が私たち一人一人を見ているのと同じように、私たちも提督のことを見ているんですよ」

明石「だから……提督のことを見ている艦娘と、ちゃんと目をあわせてあげてくださいね」

――執務室で仕事をしていると、叢雲がやってきた……

叢雲「あのさ……もう聞いてるわよね? 曙のこと」

叢雲「なんで辞めるかって、聞いた? 私も聞いてみたんだけど、何も言わないから……」

叢雲「その代わりにね……。笑って、あんたのことよろしくね、だって」

叢雲「……ああ、悪かったわ。そんな顔させるつもりはなくて……」

叢雲「…………」

叢雲「……私たちが最初にここに来た時は、たったの二人だけだった」

叢雲「あれから、ずいぶんと艦娘も増えたわよね……。いろんな娘と出会って、一人、また一人って……。どんどんにぎやかになったわ」

叢雲「でも、その分……別れも増えていくのかもしれない……」

叢雲「…………」

叢雲「……でも、それでもね。私は……」

叢雲「えっと……」

叢雲「えーと…………」

叢雲「あー……」

叢雲「……あーあー、やっぱりごめん、なしで」

叢雲「……き、気になる? いや、大したことじゃないから、ほんとに」

叢雲「……いいのよ、そんなに気にしなくて!」

叢雲「ほら、仕事があるんでしょ! 手伝ってあげるから貸しなさいよ!」

――叢雲に強引に書類を奪われた……

潮「あの……少しいいですか?」

潮「曙ちゃんのことです」

潮「……い、いえ、違います。提督が、曙ちゃんに何かしたって思ってるわけじゃありません」

潮「でも……曙ちゃん、わたしたち……漣ちゃんと朧ちゃんにも、何も話してくれないんです」

潮「だから、提督に聞いておきたくて……」

潮「……そうですか、提督も何も聞いてないんですね」

潮「…………」

潮「あの……。お願いです、提督」

潮「曙ちゃんに、理由を聞いてあげてください」

潮「……ううん、違うんです。わたしたちの代わりに聞いてほしいんじゃなくて」

潮「きっと……。曙ちゃんは提督にしか、話さない……。もしかしたら、話せないんだと思うから」

潮「その理由は、わたし達には……いえ、誰にも話さなくていいんです。ただ、聞いてあげてほしいんです」

潮「お願いします!」

潮「……あ。……はい! ありがとうございます!」

曙「はい、これ。書類」

曙「これにハンコを押してもらえば、あたしも艦娘を卒業して、ただの一民間人ってわけね」

曙「キツイ、キケン、キモイの3K尽くしな艦娘業ともおさらばよ。清々するわ」

曙「……な、なによ」

曙「……本当に、いいのか、って?」

曙「あは、うん。ええ、本当にいいのよ。あたしはここまでなの」

曙「……どうして、か」

曙「そうね、あんたには話しておかないとね」

曙「ま、ここまでもったいぶっておいて悪いんだけど……。つまんない理由よ」

曙「というか、もう言ってるんだけどね……」

曙「艦娘はほんとにキツいし危ないし、どこまで行ってもキモい深海棲艦と殴りあわないといけない」

曙「それがつらくて、耐えられなくなったからやめるの」

曙「ま、それでも……。もうちょっと頑張ろうかと思ってたんだけどね。……この前、喫茶店で……あれ、言っちゃったでしょ、あたし」

曙「そしたら、なんだかスッキリしちゃって。それで、大怪我したのをきっかけに、もうやめようって決めたのよ」

曙「このままだと、あたしは多分死んじゃうって気づいた。そうしたら、死ぬのが怖くなった」

曙「どう? ありきたりすぎて、逆にびっくりしたんじゃない? 臆病者って笑ってくれてもいいわ」

曙「……気を使わないで。あたしは本当に臆病なの」

曙「こんな理由でやめて、みんなにさげすまれるのが怖くて何もいえないんだから」

曙「……ああ、もう。はいはい。……わかったってば」

曙「……あんたの、そういう風に妙に優しいところがよくなかったのよね。あーあ、うっかりよ、あたしも。ほんと嫌になっちゃうわ」

曙「それじゃ、ね。書類置いとくから。ハンコとサイン、よろしく」

叢雲「……あ、この書類。じゃあ、曙は本当に……」

叢雲「ねえ、アンタ、曙から何か聞いた?」

叢雲「……そう。ま、それはそれでいいわよ。私も聞かないわ。言いふらされたいものじゃないだろうしね」

叢雲「でもね、アンタはそれでい……」

――叢雲に、もう一組の書類を渡した。

叢雲「……え、なに? これ?」

叢雲「ええと……。……ああ、ふーん。なるほどね。そういうこと。はいはい。わかったわよ」

叢雲「仕方ないわね。仕方のない司令官さまのために、私が手伝ってあげる。せいぜい感謝しなさいよ?」

叢雲「……また奢ってくれるって? ふふん、当然でしょ。今度は1ホールまるごと頼むわよ。……え」

叢雲「……太らない! 艦娘は毎日運動してるから太らないの!」

――叢雲に蹴飛ばされた……

――執務室を出て、廊下を歩いていると、満潮が窓によりかかっていた。

満潮「ん……」

満潮「…………」

満潮「……大丈夫そうね」

満潮「じゃ、せいぜい頑張りなさい」

――満潮はそれだけ言うと、背を向けて歩き去った……

――今日は曙が、この鎮守府を去る日だ。

――最寄の駅から、転居先へと旅立つらしい。

――曙は一切の会も式も見送りも拒否して、黙って鎮守府を去ると言った。

――その言葉通り、同室だった潮にそっけない別れを告げ、鎮守府の敷地外へと歩き出す曙が見えた。

曙「なによ……結局来たわけ?」

曙「あんだけいらないって言ったのに、まったくもう……」

曙「ま、わざわざ提督様が貴重な勤務時間を浪費してくださったわけだし、一応挨拶はしてさしあげるわ」

曙「じゃあね」

――曙はそれだけを言うと、門扉を通って敷地の外へ出た……

――その隣に並び、歩きはじめた。

曙「……ちょっと、なにやってんのよ」

曙「仕事を放り出して、戦場から逃げ出す艦娘についてこようっての?」

曙「あんたはね、国民の血税で食べさせてもらってるのよ。それをちゃんと自覚して……」

曙「……え? 休暇?」

曙「……午後だけ? そんな急に……」

曙「……叢雲が、ね。あ、そう。はあ……」

曙「あのさあ、あんたにはやるべきことがあるでしょ。あたしなんかに構ってないで、他の子を見てあげなさいよ」

曙「それに、あたしはもう民間人なんだから、これは立派なストーカーよストーカー。110番ものね」

曙「……い、嫌なのか、って。嫌よ、嫌に決まってるでしょ。通報するわよ」

曙「……だ、だから……本当に嫌なの……」

曙「……別に……」

曙「……そんなに言うなら……いいけど……」

曙「…………ばか」

曙「…………」

――曙が、自分の袖を少しだけ掴んだ……

曙「…………」

曙「…………」

――…………

曙「…………」

――…………

曙「……あ」

――冷たい雫が頬に触れた。雨が降ってきたようだ……

曙「傘、持ってないわ。……まあ、駅なんてすぐそこだし、走ればいいだけ……」

――折り畳み傘を取り出し、曙の上に広げる。

曙「ふーん……用意いいのね。……天気予報を見た? へえ」

曙「でも、そんなにあたしの方に傾けたらあんたが濡れちゃうでしょ」

曙「……よくないってば。前も言ったけど。もっとあんたは自分を大切にしなさいよ」

曙「これからは……あたしは手伝ってあげられないんだから」

曙「……だから、もっとみんなに助けてもらうのよ。いい? ……よし」

曙「うん。みんながいれば大丈夫よね、きっと。……そうよ、あんたなんか一番信用できないんだから」

曙「…………なんてね」

――曙は、再び言葉を切った……



――沈黙は、不思議と心地よかった。

――ただ身体を近づけて歩いているだけで、曙の熱が自分に伝わってくるような気がする。


曙「……あたしね」

曙「ほんとは、たぶん、ずっとまともじゃなかった」



曙「自分で思ってるよりもずっと……艦娘が辛くて、苦しくて、それを我慢してた」

曙「普通の女の子みたいに、誰かと映画を観たり……そういう生活にあこがれてた」



曙「そんなこと言ったらみんなが心配するから……強がってたのかな」

曙「だから、素直になれなくて……」



曙「辛くても、役立たずにはなりたくなかったわ」

曙「だからあたしはそれでよかった」



曙「いつ死んでもいいって……ううん、死にたかったのかも」

曙「きっとそう」

曙「死にたかった」


曙「………………」



曙「……あなたのために死にたかった」

曙「死んで……役に立ちたかった。力になりたかった」

曙「あたしを全部使って、そうして、そのかわり……ずっと覚えていてほしかった」

曙「でもね……あたし……」

曙「あの時……言えたから……」

曙「だから、やっぱり死にたくなくなって」

曙「そうしたら……生きたいって思えたの」

曙「ねえ、提督……ううん……」

――曙は、自分の名前をそっと口にした……

曙「返事……聞かせてね」

曙「全部、終わったら……」


――気がつけば、駅が目の前にある……

曙「あーあ。もう、着いちゃった」

曙「ここまででいいわ」

曙「じゃあ、ね」

曙「……え? 傘……くれるの? ……降りた後に、まだ降ってるかも、って。心配性ね。でも、ありがとう」

曙「ん、なによその顔。あたし変なこと……」

曙「あ」

曙「あは」

曙「そうか。初めて、言ったっけ。ありがとうって」

曙「うん。そうかも」

曙「ふふふ」

曙「ありがとう。さようなら」

――曙はほほえんで前を振り向き、改札へと歩いていった……

――切符を改札に入れようとして……

――曙は立ち止まった……

曙「…………」

――…………

曙「っ」

――振り向き、こちらに走り寄った曙が……

――……!

曙「んっ……!」

曙「……ん……は……」

曙「ふ……はあ……ん……」

――…………

曙「……はあ」

――そっと、曙が身体を離した……


曙「……不思議ね」

曙「……後悔、少しだけしてた」

曙「……でも、今は」

曙「……これでいいって思えるの」

曙「…………」

曙「……そっか」

曙「……よかった……」

曙「うん。またね」


――改札の向こう側へと消えていく姿を、見送った……

――振り返ると、駅の入り口に叢雲がいた。

叢雲「………………」



――傘を二本持っている……

叢雲「………………」

あけましておめでとうございます

叢雲「……なによ。いたら悪いわけ?」

叢雲「あーそうねそうよね、そうですね。大変悪うございました。お邪魔をして申し訳ありませんでした、司令官殿」

叢雲「何よ。バカじゃないの。まったく。バカは私か。バカ見たわ」

叢雲「ふんっ」

――叢雲は乱暴に傘を投げつけてきた……

叢雲「とっとと帰るわよ! 休暇は終わり! 仕事をする!」

――叢雲はそう言って、早足で歩き始める。慌てて後を追いかけた……

叢雲「ほんと、冗談じゃないわよまったく、やめた艦娘に、即手を出すなんて、なんなのかしらこれ、あー、もう馬鹿馬鹿しいったらほんとに……」

叢雲「そもそも急に曙がやめるって言い出したのもおかしいのよ最初からこのつもりだったんじゃもう二人の間で全部話が済んでたからきっとこうやってマヌケに仕事を押し付けて見送りにかこつけた逢引をしてたのねそそうかそうよそういうこと」

叢雲「こんなことになるなら臨時で秘書艦なんか引き受けずに砲撃訓練でもしてればよかったわよ標的に写真でも貼り付けて念入りに手足をすこしずつ吹き飛ばして最後に頭をそうだ今からでも遅くないわ今ここに本人がいるわけだし」

叢雲「いっそ手足全部と頭に魚雷をくくりつけて別方向に発射して全身を引きちぎってやるのも面白いかも最後にどの部位が身体にくっついてるかで賭けもできるしさぞ見物だわねえ聞いてる!!」

叢雲「……わかってるわよ! 悪いのは全部曙だって言いたいんでしょ! だから自分には責任がないし私は何一つ文句を言わず粛々と仕事に戻れと言いたいのね! そうでしょ!」

叢雲「あ? 違う? 違うっていうのはどういう意味よ」

叢雲「違わないならやっぱり共謀して……!」

叢雲「……………………………………………」

叢雲「…………………………………はあ……」

叢雲「なんだかな……」

叢雲「あーあ……」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「……あ?」

叢雲「何謝ってるのよ。自分が悪いことをしたって思ってるわけ? へえ? じゃ、アンタの何が悪いのよ、言ってみなさいよ」

叢雲「……ほら、そうやって口ごもって。何が悪いかもわからないのに謝るって何のつもり!」

叢雲「そうよ! 私は八つ当たりをしてんの!! だからアンタが謝る必要なんてこれっぽっちもないのよ!!」

叢雲「……だから……」

叢雲「だから、……ごめん」

叢雲「………………」

叢雲「はあ……ホント……格好のつかないこと」

――叢雲はまた黙って、前を歩いていく。しばらくそのまま無言で歩いた……

――雨が降る道に、人影はない。叢雲とその後ろを歩く自分の二人だけだ。

――前を歩く叢雲は、急に立ち止まって、こちらを向いた。

叢雲「……で、さあ」

叢雲「実際、曙のことどう思ってるの? 好きなの? 結婚とかするわけ?」

叢雲「……まだわからない? はっきりしないわね」

叢雲「………………じゃあさ」

叢雲「アンタ、好きな人、とか……っているの? ……曙以外で」

叢雲「……いない? あっ……そう……。フーン」

――叢雲はまた、前を向いて歩きはじめた。自分もその後ろについていく……

――雨が降る道に、やはり人影はない。叢雲とその後ろを歩く自分の二人だけだ。

――前を歩く叢雲は、またも急に立ち止まって、こちらを向いた。

叢雲「あのさ……」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

――叢雲はまたまた、前を向いて歩きはじめた。自分もその後ろについていく……

――雨が降る道に、変わらず人影はない。叢雲とその後ろを歩く自分の二人だけだ。

――前を歩く叢雲は、またも急に立ち止まって、こちらを向いた。

叢雲「あの、さ……」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

――叢雲は三度、前を向いて歩きはじめた。自分もその後ろについていく……

――雨が降る道には、本当に人影がない。世界に存在するのが、叢雲とその後ろを歩く自分の二人だけになったようだ。

――……そして、前を歩く叢雲は、急に立ち止まって、こちらを向く。

叢雲「あの……ええと……」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「やっぱり、何でもない……」

――叢雲はふたたび、前を向いて歩きはじめようとする。その肩に手をかけた。

叢雲「っ!?」

叢雲「な、なによ!?」

叢雲「……言いたいことがあるなら言え、って!? 別にないわよそんなもの!!」

叢雲「何でもないって言ったでしょ! だから本当に……

叢雲「何、でも…………ないの」

叢雲「本当だから……離してよ……」

叢雲「お願いだから……」

叢雲「………………」

――叢雲は弱々しく、うつむいている……

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「あのさ」

叢雲「私、アンタのことが好きなの」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「なんか言いなさいよ」

叢雲「……どうなのよ。私のことを好きになったとか、全然好きになってないとか、何かあるでしょ」

叢雲「……わからない? またそれ?」

叢雲「……ダメだからね、私に言わせたのはアンタなんだから。もう誤魔化させないんだから」

叢雲「ほら! 言いなさいよ!」

――叢雲は傘を落とし、両手で自分の頬をつねり、ひっぱりはじめた……

――こちらを見上げる叢雲の顔は、怒り顔だ。

――顔に雨が落ちて、目元から流れている……

叢雲「……言ってよ。……言ってったら」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「……言えないの……?」

叢雲「………………」

叢雲「………………」

叢雲「そう。わかった」

――叢雲は手を離して、傘を拾った。

叢雲「…………はあ。スッキリした」

叢雲「大丈夫よ。私は曙みたいにはならないから」

叢雲「言葉を探してるんじゃなくて、本当に言えないだけだってことも、わかった……だから、大丈夫」

叢雲「じゃ、帰るわよ。司令官」

――叢雲と、無言で雨の中を並んで歩いた……

tst

明石「あ、二人が帰ってきましたね」

明石「うーん、遠目から見てもわかる、何かあった風な雰囲気……曙ちゃんの時と同じ……」

明石「良かったんですか、満潮ちゃん」

満潮「何がですか」

明石「叢雲ちゃんに傘を渡して、仕事を代わってあげて……」

満潮「私は別にそういうのじゃないから。いいんです」

明石「……本当に?」

満潮「疑うなら、あの眼鏡で私のことを見てみたらどうです? あれで見れば艦娘が何を思ってるのかわかるのでしょう?」

明石「いやー……まあ……そうです、はい。よくわかりましたね」

満潮「あの鈍感男が、妙な眼鏡をかけたら急に気の利いたナンパ男になった。誰だっておかしいと思います」

明石「いえ、誰も思ってなかったみたいですけど……」

満潮「みんな頭が悪いんですね」

明石「提督がメガネをかけていたのは三日だけで、しかも満潮ちゃんの前ではかけてなかったんですけど……」

満潮「だから?」

明石「満潮ちゃん、どれだけ提督のことを見てたんです?」

満潮「当然でしょう? 私はあの司令官の艦娘なのだもの」

明石「……やっぱり眼鏡で見てみてもいいです? 満潮ちゃんを」

満潮「ふん」

――叢雲と共に、鎮守府の正門の前へとたどりついた……。

叢雲「あーあ、結構濡れちゃったわ。まずは軽くお風呂に入って……。……? 司令官?」

叢雲「まだ曙のこと、気にしてる? ……そうよね」

叢雲「でも、ね。ほら」

――急に叢雲に手を握られ、引っ張られる。

――叢雲はこちらを向かないまま、鎮守府の中へと自分を引っ張っていく……。

叢雲「またいつかさ。会えばいいじゃない」

叢雲「そうね。たとえば。戦争が終わったら」

叢雲「平和になったら、会えるでしょ」

叢雲「どんなに後ろを向いても、もう見えないわ」

叢雲「だから、前を向いて歩いたら、きっといつか……ね」

叢雲「だから……」


――――――――



 そして三年後。

――季節は夏。叢雲と共に、駅前へとやってきた。

――まだ少しだけ時間がある。日差しの中に、二人で並んで立った……

叢雲「はあ……」

――叢雲は妙に不満そうなため息をついている。

叢雲「……嫌ってわけじゃないわよ。ついてきたいって言い出したのは私なんだから」

叢雲「というか、司令官にだって私のため息の理由くらいわかるでしょ」

叢雲「……はあ? わからない? ああ、そう。そうですか」

叢雲「本気で言ってるのかしら、この男」

叢雲「……暑いから駅の中に入らないか? 駅の中で突っ立ってたら邪魔でしょ」

叢雲「というか、別に暑いからため息をついているわけじゃないわよ」

叢雲「あのねえ、私は……」




「お久しぶりですね、提督、叢雲」


叢雲「え」

――ふと、見覚えのない女性に声をかけられた。

――白いワンピースに、大きな帽子、手提げのカバンにも、見覚えはない。

――しかし、その茶色の瞳と黒い髪は……どこかで見た記憶がある。

叢雲「えっ……まさか」

叢雲「貴女が、曙!?」

「はい。元、ですけど。二人とも元気そうですね」

叢雲「え、え、嘘でしょ……」

――その顔には、常に気を張ったような意地っ張りな表情はどこにもなく、ただ和やかなほほえみが浮かんでいる。

――叢雲よりも小さかった背も、頭ひとつぶん大きい。

――体つきも、遥かに女性らしくなっていた……。

叢雲「た、確かに艤装を外したら成長するって聞いてたけど……」

「ふふ。自分でも、変わったなって思いますよ」

叢雲「変わりすぎでしょ」

――曙だった彼女は、やわらかに自然な笑みを浮かべている……。

「そう言う叢雲は変わってないですね」

叢雲「はあ!? ケンカを売っているのかしら?」

「いえ。羨ましいなって」

叢雲「え?」

「3年……いえ、最初から。ずっと提督と一緒にいたんですね」

叢雲「あ……」

――言葉をつかえさせた叢雲を見て、彼女は楽しそうに笑ってみせる。

「本当に叢雲は変わってませんね。悔しいくらいに」

叢雲「……そうね」

叢雲「そうよ。結局、私は変わらなかったわ。関係もね」

「あら」

叢雲「ふんだ」

――楽しそうに笑う彼女に、叢雲が不満げに鼻を鳴らした。

叢雲「……ほら、さっさと行きましょ。満潮を待たせたままじゃ悪いでしょ」

「満潮も来ているんですね」

叢雲「車を用意してくれてるの。少し先の道路で待ち合わせてるわ」

――三人で少し歩くと、道路脇に古めかしいセダンが停まっている……。

満潮「来たわね。さ、さっさと乗って」

「はい。お久しぶりです、満潮」

満潮「そうね。久しぶり、曙……今は違うか」

叢雲「……満潮は、この姿にリアクションはないわけ?」

満潮「この程度のことでいちいち驚かないわよ」

「満潮も変わってないですね」

満潮「でしょうね。……全員乗った? ベルト締めた? じゃあ出すわよ」


――叢雲が助手席に乗り、後部座席には自分と彼女が乗り込んだ……。

――車が10分ほど走ると、目的の砂浜が見えてきた。

――平和になった海で、大勢の人々が泳いでいる……。


「本当に終わったんですね。戦争」

叢雲「今更? 最後の戦闘はもう半年も前の話よ」

「本当かどうか、わからなかったので」

満潮「ま、元々、軍にいた人間なら疑うところでしょうね。でも、実際に深海棲艦はそれ以降確認されてない」

叢雲「7月には終戦宣言もあったでしょ?」

「そうですね。でも、実感がなかった……」

「……え? そんな、提督。私は」

叢雲「たまにはいいこと言うじゃない。司令官。そうよ、『私たち』が勝ち取った平和よ。あなたもね」

満潮「そういうこと。せいぜい誇りに思っておけばいいの。あんたがどう思ったって、誰も損はしない」

「……ありがとう。みんな」

――その言葉に、叢雲と満潮が吹き出した。

叢雲「ふふっ! それ、初めて言われたんじゃないかしら!」

満潮「さすがにこれは驚きね! いい響きじゃない!」

「……な、も、もう、私は真剣に……!」

「……ふん。そうね。そうよ。私は素直になったんですよ。二人と違って」

「ねえ、提督?」

叢雲「あっ! ちょっ、なに手を握ってるのよ!」

「叢雲も握ったらいいんじゃないですか? 満潮も」

叢雲「あ、あんたね!」

満潮「私はハンドルを握ってるの。というか興味ないし」

「素直になったらどうです?」

満潮「私は最初から素直なのよ」

「あーあ、素直になったら死んじゃう病気ですね」

満潮「それはあんたの病気だったでしょうが」

叢雲「むむむ……」

――駐車場に車を停め、全員で砂浜へと向かった。

――彼女は帽子を抑えながら、海を静かな微笑みと共に見つめながら歩いている……。


「綺麗ですね。海ってこんな色をしていたんだ」

叢雲「艤装を外すとそんな感性まで戻ってくるの? 見飽きた上に人が多いったら、もう」

「私が引っ越したのは内陸のほうで、海がありませんでしたから」

「……無意識で海を避けていたところもあったかも」

満潮「もうその必要もないわ。私たちが海を取り戻した」

「そうですね」

叢雲「だからこうして、海まで来て遊べるわけね。……まあ、私たちは飽きてるんだけど」

満潮「仕事場に休日にやってくるってのも悪くないわよ、たまには」

「仕事場、か」

「……二人は、艦娘をやめる気はないんですか?」

叢雲「あー、それ聞いてくる? んんー、どうだろ」

満潮「さっさとやめれば? で、こんな風に背でも胸でも伸ばし放題すればいいわ」

叢雲「……背とか胸とか、あんたが言う?」

「満潮はやめる気はないんですね」

満潮「私は艦娘でいいわ」

叢雲「そうなの?」

満潮「こいつを放っておけないしね」

叢雲「……そういえば、司令官はやめるつもりは?」

「……え? 考えたこともなかった? そうですか……」

満潮「いいかげんなとこがある割には仕事人間だから……」

叢雲「らしいっちゃらしいけどね……でも……」

「でも、叢雲はそのせいで3年間が何のアドバンテージにもならなかったのが不満だ、と」

叢雲「何の話よ! ……将来のことくらい考えたほうがいいって言いたかったの」

叢雲「艦娘も、それを率いる司令官も、一つの役割を終えたんだから。存続させておくのは社会にとってのコストよ」

叢雲「いきなり放り出されてから後悔したら遅い。ちゃんと考えておかないと」

「そうですね。未来を思い描く……曙だったころの私には想像もできなかった」

「だから私は、艦娘をやめたんでしょうね」

満潮「………………」

満潮「……え? どうかしたのか、って? 別に……」

満潮「……いや、今更よね。遠慮する必要もないわ。このメンツに」

叢雲「なに? どうしたのよ」

満潮「ねえ、二人とも」

叢雲「ん?」

「なんですか?」

満潮「艦娘には……未来がないと思う?」

――満潮の問いかけに、思わず三人で顔を見合わせる。

――確かに、叢雲や彼女の言葉は、そういう結論に繋がっていたように思えたかもしれない。

――叢雲は、少し考えて答えた。

叢雲「そうは言ってないけど。どうなるかはわからないとは思っている」

「確かに。でも、どうなるかわからないのは、みんな同じですよね」

「私が艦娘をやめたのは単に、私の限界だったんだから」

満潮「なるほど、ね」

――満潮が頷いて、立ち止まった。

――その視線の先には、空と海の境がある……

満潮「それなら私は、今のまま、艦娘のまま、もう少し先を見てみたいと思う」

「満潮……」



満潮「ずっと思ってた。私たちは本当に、単に深海棲艦と戦うためだけに生まれたのか」

満潮「もし、それだけじゃないんだとしたら……」

満潮「……え? そ、そうなの?」

満潮「……そっか、あんたもそう思ってたんだ」

満潮「……はあ? さすがに楽観的すぎない? まったく、これだからほっとけないのよ」

満潮「だから、付き合ってあげる! で、まあ……これからもよろしくね! あ、司令官がいつやめても私は構わないんだからね!」



「……悩みどころですね、叢雲」

叢雲「うー」



――施設を使い、全員で水着に着替え、砂浜へと降りていく。

――サンダル越しに砂の熱さが伝わってくる。

――海に、来た。実感が今更ながらに湧いてきた……。


「どうですか? この水着。……ふふ、似合ってますか。ありがとうございます」

叢雲「なぁにデレデレしてんのよ! 秘書艦を放っておいて元艦娘にかまけてるんじゃないわよ!」

満潮「まったく、隙だらけね。鼻の下伸ばしちゃって。シャキっとしたら?」


――三人はそれぞれに、自分を海の方へと引っ張っていく。


「あー! 海ですね! テンションが上がってきました! 泳ぎましょう!」

叢雲「ちょっと、その前に準備運動よ! 司令官は当然だけど、あんたも艤装を外してるんだから」

満潮「そのもう一つ前に荷物とパラソルの設置を手伝いなさいよ、こんなもの誰が用意したんだか……あ、私か」

「なんですかそれ、満潮。平和ボケですか?」

満潮「そうかもねー。昔よりも気を張らずに生きられる気はする」

叢雲「へえ。その割に、鎮守府では変わらずうるさいけど」

満潮「当然でしょ。平和だからって仕事を真面目にやらない理由にはならない」

「満潮らしいですね」

叢雲「三つ子の魂百までって言うしね」

満潮「なにそれ?」

叢雲「変わらないものもあるってこと」

満潮「ふうん。それはそうでしょ」

「……そうですね。ああ……海も空も、こんなにも青いまま……変わってなかった」

満潮「……ずっとそうだったわ」

叢雲「……ええ。ずっと、ね」


――少女たちの横顔は、青い空と海に、いつかどこかの遠い記憶を写し出しているようだ。

――水平線の向こうから吹く風が、彼女たちの髪をなびかせた。

――熱をはらんだ潮風に夏が香る。

――遠い、いつかのどこかのように、今年もまた、夏が来たのだ……。


叢雲「司令官? いつまでぼーっとしてるわけ? ほら、海に入りましょ」

満潮「しっかりしてよね、司令官」

「さあ、行きましょう。提督」


――いえ、と彼女は小さく首を振って笑う。

――耳元に顔を近づけて、自分の名前を呼ぶ。

――自分も笑って、彼女の名前を呼んだ。

――風が吹いて、三人の髪がなびくのが見える。

――それでやっと、自分も素直になれる時がきたのだと、そう思った。




おわり

最後に何を書けばいいのかずっとわからなかったのですが、数年ぶりに読み返して書けました。

最初は気軽にツンデレを書きたいなと思っていただけだったんですけど、急に曙が(自分の中で)告白したいと言い出して、させたら急に死の気配をまといはじめ……。
その結果、思いもよらぬ方向へと行ってしまった作品になってしまいました。人生というのはわからないものですね。

叢雲は長年の付き合いのある妻とか相棒
曙は恋する女の子
満潮は理不尽な妹

……みたいな書き分けを試みたのですが実際はよくわかりませんね!

ここまで読んでくれたみなさまに感謝します。ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年10月23日 (日) 09:00:25   ID: Arh5t13p

いいね!
霞が足りない気がするけど…

2 :  SS好きの774さん   2016年10月24日 (月) 13:04:30   ID: msq7BcXr

キャラごとにツンデレのタイプがちがくておもしろいです。頑張ってください。

3 :  SS好きの774さん   2017年10月30日 (月) 08:45:24   ID: ZcKWmCJm

か、かしゅみちゃんは?

4 :  SS好きの774さん   2017年12月03日 (日) 21:15:30   ID: bNnIkWIi

切なさがグッときちゃった。

5 :  SS好きの774さん   2018年12月07日 (金) 22:39:13   ID: z_zjsL9k

ぼのたん...。

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom