乃莉「線香花火の君へ」 (32)

ひだまりスケッチSSです。地の分有りです。
なずな「打ち上げ花火の君へ」(なずな「打ち上げ花火の君へ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1476263941/))の続編となります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1476445438

玄関のチャイムが鳴った。
私はヘッドホンを外すと、一旦パソコンをスリープにしてから玄関に向かった。
宅配便とか、そんなんだったら別に付けっぱなしでもいいんだけど。
でも、手が勝手に電源ボタンを押していたのは、なんとなく予感めいたものがあったからなんだと思う。
これから楽しいことが起こるような、そんな予感が。


なずな「乃莉ちゃん」

乃莉「あ、なずな」


ドアを開けると、なずなが立っていた。

乃莉「どうかした?」

なずな「別にどうってわけじゃないんだけど……」


的中した予感に、私は自分の口元が緩むのを感じた。
ただ単になずなに会いたかっただけ。なずなが会いに来てくれたらな、なんて思ってただけ。
こうしてなずなを目の前にしたら、そんな予感の正体がはっきりと分かった。

なずな「あのね、いまお買い物行ってたんだけど」

乃莉「うん」

なずな「ねえ、これ」


手に持ったビニール袋から中身を半分出して、それを掲げて私に見せる。
でも私には、袋の中身より、満面の笑みのなずなの方が気になってしまった。


なずな「花火買ったんだ。乃莉ちゃんと一緒にやりたくて」

乃莉「花火?」

なずな「うん、線香花火」

乃莉「……まだ昼だけど」

なずな「うん、暗くなったら一緒にやろう?」

乃莉「……うん」


あ、もしかして、この間の花火大会のお礼のつもりなのかな。
私から誘ったってだけで、別にお礼されるようなことは何もないんだけど。
ほっとした表情のなずなを見ていたら、ふとそんな風に思った。


乃莉「……上がってく?」

なずな「いいの?」

乃莉「もちろん」

なずな「乃莉ちゃん、何してた?」

乃莉「ん?まあちょっと」


そう言ってパソコンの方を指差した。なずなは真っ黒な画面を見て首をひねっている。
電源ボタンを押してスリープを解除すると、元の画面が現れた。
画像編集ソフトで開いているのは、お世辞にも上手く撮れたとは言えない打ち上げ花火の写真。
ちょっと加工すれば少しは見栄えするかな、と思ったけれど、私の腕ではどうにも上手くいかなかった。


なずな「あ、こないだの」

乃莉「うん、全然上手く撮れてないけど」

なずな「そうなの?綺麗に見えるよ」

なずな「本物のほうが全然綺麗だったけど……」

乃莉「そりゃそうだけど」

乃莉「まあ、ちょっと加工かけてあるから」

乃莉「花火大会の時に撮ったやつそのまま見せたでしょ?それよりは良くなってるかもね」

なずな「加工?」

乃莉「うん、例えば……花火の写真じゃ分かりにくいかな」


適当なフォルダを開く。その中に、私となずなが二人で写っている写真を見つけた。
いつ撮ったのかも誰に撮ってもらったのかも思い出せないけど、ふと気になって開いてみる。
そこにはひだまり荘の庭で眩しそうに目を細める私たちが写っていた。後ろには雲ひとつない青空が広がっている。


乃莉「例えば……まあ、白黒にしたりは一瞬でできるんだけど」

なずな「へえー、すごーい」

乃莉「いや、全然すごくないんだけどね、このくらい」

乃莉「こんな感じで色味変えたりしたらいい感じにならないかなって思ったんだけど、あんま上手くいかなくて」

なずな「いろんなこと、できるんだね」

乃莉「うん。人物を消そうとかすると、かなり大変かな。技術もいるし」

なずな「ふーん」

なずな「でもこの写真、せっかくいいお天気なのに、白黒にしちゃうともったいないね」

乃莉「あはは、確かにそうかも」


窓の外を見る。101号室から庭に下りたところがちょうど写真を撮った場所だ。
何故だか視線の先に、2人が並んで立っているような気がした。その向こうにはモノトーンの雲がかかっている。
一面の雲のせいで青色が少しも見えない空は、白黒に加工した写真に似ていた。


なずな「乃莉ちゃん、雨……降らないよね?」

乃莉「んー……」

ブラウザを立ち上げて、検索ウィンドウに「天気予報」と入力する。叩いたEnterキーは、普段よりもちょっとだけ重いような気がした。
少しだけ遅れて、検索結果が表示される。


乃莉「降水確率50%だって」

なずな「そっかあ……花火、できないかもね……」

乃莉「そうかもね……」


モノトーンの空を見上げて、なずなの表情が曇る。
無意識のうちに私はその横顔を見つめていた。


乃莉「でも、大丈夫だよ。何となくだけど」

なずな「……?」


だって、そんな予感がするんだ。

乃莉「そういえば、さっき線香花火って言ってたけど」

なずな「うん」

乃莉「セットの花火って、いろいろ入ってるんじゃないの?」

なずな「ううん、セットのじゃなくて、全部線香花火なの」

乃莉「へえー」


なずなが花火のパッケージを取り出した。
確かによく見る大袋のセットじゃなくて、紙箱に入っている。


乃莉「何本入り?」

なずな「えっとね、20本入りだよ」

乃莉「20本?多くない!?」

なずな「やっぱりそうかな」

なずな「でも、そのほうが乃莉ちゃんと長くいられるでしょ?」

ふわっと笑うなずなを見て、顔が熱くなるのを感じた。
ごまかすように目をそらした先に、さっきの花火の袋を見つけた。


乃莉「ちょっと見せて」

なずな「うん、いいよ」


一通り眺めた後、適当にパッケージをひっくり返してみる。
そこに色々と説明書きが書いてあるのに気付いたなずなも、私の手元を覗き込んできた。
ほのかに漂う髪の匂いに、どきんと心臓が鳴る。


なずな「……乃莉ちゃん、ロウソク持ってる?」

乃莉「へっ?」


急に話しかけられて、ちょっと声が上ずってしまった。

なずな「ほらここ、必ずロウソクで火をつけるようにって」

乃莉「ほんとだ、マッチとかで付けるんじゃないんだね」

なずな「うん、だからね、ロウソク持ってないかなって……」

乃莉「私は持ってないけど……」

なずな「そっかあ、どうしよう」

乃莉「あ、マッチか何かで付けようと思ってた?」

なずな「ううん、マッチも持ってない」

乃莉「え」

なずな「ごめんね、全然火をつけること、考えてなかったから」

乃莉「そっか……まあうちには火つけられそうなものは無いなあ」

乃莉「なずなんちにも無いんだよね?」

なずな「火をつけられそうな……コンロくらい?」

乃莉「いや、それはヤバいでしょ……」

なずな「買ってこないとダメかなあ」

乃莉「そうかもね」


なずなが横を向いて窓の外を見た。つられて私もそちらを見る。
曇り空はいっそう暗く見えて、窓の外はモノトーンの世界が広がっていた。
そこに何かキラキラとしたものがあることに気づいて、私は思わず立ち上がる。
窓に付いた水滴、それはつまり…

なずな「乃莉ちゃん、ロウソク、一緒に買いに行こうよ」


雨、降ってるね。私が言葉にする前に、なずながそう言った。
振り向いた私に微笑みかけるなずなは雨のことなんて気づいてもいないようで、
モノトーンの世界のなかでなずなの周りだけは鮮やかな色彩に彩らているように思えた。

大丈夫だよ、って言ったのは私のほうだもんね。
嫌な予感を精一杯振り払って、なずなに向かって笑顔を作る。


乃莉「うん、行こう」


そう言って、雨のマークが表示されたブラウザを閉じた。

乃莉「じゃ、行こうか」

なずな「あ、傘持ってかなきゃ。のりちゃん、ちょっと待ってて」

乃莉「え、あ、うん」


なずなはぱたぱたと自分の部屋に駆け戻っていった。
……雨が降ってること、なずなも分かってたんだ。
それでもロウソクを買いに行こうっていうのは、きっとなずなにも大丈夫だっていう予感があるってことかな。
ポケットに財布だけ入れて、傘を手に取り外に出る。
傘を開くと、ばん、と小気味良い音が響いた。分厚い雲を背景に、なんだか花が咲いたように見える。
そのうち、おまたせ、という声と一緒に、階段を下りる足音が聞こえてきた。

乃莉「どこ行こうか?ロウソクってコンビニとかでも売ってるのかな?」

なずな「んー……お仏壇にお供えするようなのなら見たことある気がするけど」

乃莉「でもそういうのだとロウソク立てが必要だよね」

なずな「うん、そうかも」

乃莉「あれかな、インテリアっぽいやつなら直接置けるのかも」

なずな「インテリア?あ、アロマキャンドルみたいな感じの?」

乃莉「そうそう」

なずな「てことは……駅のほうまで行く?」

乃莉「ちょっと距離あるなあ……まあでもしょうがないか」

なずな「うん」


ぱらぱらと小雨が降る中、2人で並んで歩いていく。
そういえばちゃんと目的地を言ってなかったな、と気づいたのは、出発してからだいぶ経ったときだった。
……まあ、いいか。頭に思い描いている場所は、たぶん同じだから。

駅のそばの雑貨屋さんに着いて、2人同時に傘をたたんだ。
小雨の中だからなのか他にお客さんの姿は見えなくて、扉を開くとかすかにアロマの香りが漂ってきた。


なずな「あ、なんかいい香り……」

乃莉「うん、なんだろ、柑橘っぽい感じかな?」

なずな「そうだね、みかんの香り」

乃莉「オレンジって言わない?アロマの場合」

なずな「この辺キャンドルだ」

乃莉「ふーん、結構種類あるんだね。どれがいいのか分かんないや」

なずな「うん、値段もばらばらだし」

乃莉「まあ安いのでいいんじゃない?火つけるだけなんだから」

なずな「うん……乃莉ちゃん、こういうのでいいのかな?ティーライトキャンドルっていうんだって」

乃莉「なんか箱大きくない?」

なずな「えーと……100個入り?」

乃莉「だからなんでそう大量購入しようとするの」

乃莉「あ、こういうのは?グラスに入ってるやつ」

なずな「それなら置いとけそうだね、あ、あとマッチもあったよ」

乃莉「あとは……なずな、他に見たいものある?」

なずな「ううん、私、これ買ってきちゃうね」


レジに向かうなずなを見送って、私は店の窓から外を眺める。
カラフルなマグカップが並んだ窓際の棚の向こうには、やっぱりグレーの空が広がっていた。
でも、キラキラ光る水滴は、私の部屋で見た時よりも綺麗に見える。それが何でなのかは分からないけど……
なんとなく気になって、一番手前にあった白いカップを手に取ってみる。
そういえば、なずなんちにあるカップはもう見かけない。売り切れたのか、商品が入れ替わったのかは分からないけれど。

なずな「おまたせ。あ、何か見てた?」

乃莉「ううん、そういうわけじゃないけど」

なずな「乃莉ちゃん、今焚いてるアロマね、お店の人に聞いたらやっぱりオレンジの香りだって」

乃莉「そうなんだ」

なずな「いい香りだよね」


大きく息を吸い込む。柑橘系のさわやかな香りが、じめじめした雨の日の空気を追い出していく。
それはなんだか、自分に色が付いていくような感覚だった
雑貨屋さんを出て、傘を開く。濡れた傘が道に水しぶきを飛ばした。


乃莉「さ、行こうか」

ひだまり荘が見えてきた。普段は賑やかな学校も、今日は静まり返っている。
その静けさがちょっと不思議な気がして……それでようやく傘を鳴らす雨の音がしなくなっていることに気付いた。
手のひらを空に向ける。遠くの空は僅かにラベンダー色に染まっていて、雲の向こうで日が沈みつつあることを伝えていた。


なずな「雨、止んだんだ」


なずながぽつりとつぶやく。
2人で傘を閉じると、空が広く見えた。


乃莉「ね、言ったとおりでしょ」

なずな「うんっ!」


得意になって笑う私の横で、なずなはキラキラと目を輝かせている。


乃莉「じゃ、もうちょっと暗くなったら始めよっか」

なずな「うん、それまで乃莉ちゃんの部屋、いてもいい?」

乃莉「もちろん」

薄曇りの空がだんだんと深い藍色に変わっていった。
私たちはひだまり荘にの庭に出て、水を張ったバケツの隣に買ってきたばかりのロウソクを置いた。
マッチを擦り、ロウソクに火を付ける。マッチの火を吹き消すと、なんだか懐かしいような火薬の匂いを感じた。


なずな「それじゃ、始める?」

乃莉「うん」


なずなが線香花火の箱を開けて、私たちはしゃがんで1本ずつ花火を手に取った。
火を付けると、やがて火花がぱちぱちとはじけだした。
それをなずなはじっと見つめている。その横顔はかすかな金色の光に照らされていた。


なずな「あ、落ちちゃった」

乃莉「私のはまだ……って言ってたら私のも」

なずな「あはは、次やろうか。いっぱいあるから」

乃莉「うん」

なずな「けっこう減ってきたかなあ?」

乃莉「半分くらい終わったかな、まあでもまだ半分あるし」

なずな「ねえ乃莉ちゃん、写真撮らないの?」

乃莉「写真?」

なずな「花火大会の時も撮ってたから……」

乃莉「んー、でも全然上手く撮れる気がしないんだよね」

なずな「そっかあ」

なずな「……綺麗だね」

乃莉「うん」


何本目かも分からない線香花火だけど、それでもなずなの言うとおり綺麗だと感じる。
打ち上げ花火のように大きくもなくカラフルでもないけれど、それでも心が惹きつけられるのは何故だろう。


乃莉「なんていうのかな、心が暖かくなるよね、線香花火って」

なずな「うん、そうだね」

乃莉「……ありがと、なずな」

なずな「えっ?」

乃莉「いや、線香花火やろうって誘ってくれて」

なずな「ううん、私が乃莉ちゃんとしたかっただけだから」


線香花火はいつの間にか残り2本になっていた。
始める前はたくさんあるように思えたけれど、こうしてやってみるとすぐに終わってしまったような感じがする。
最後の線香花火を持ち上げたけれど、火をつけるのがなんだか名残惜しくて、なずなの顔をちらりと見た。
私に気付いたなずなが顔を上げる。


なずな「最後の2本だね」

乃莉「うん」

なずな「それじゃあ……」


二人同時に、最後の線香花火にそっと火をつけた。
なずなが金色の火花を見つめて目を細める。

私は昼に見た写真を思い出していた。
今とは構図も背景も全然違うけれど、あの時もなずなは、この場所で幸せそうに微笑んでいた。
そして今、この瞬間も……

なんだか顔が熱いのを感じた。花火の熱が届いているのかと思ったけれど、花火を持っている手は熱くないんだからそんなはずもない。
ふと、また無意識のうちになずなを見つめていたことに気付いた。
どきどきと鳴る心臓の音は、線香花火のはじける音よりもずっと強くて……
……そっか。この気持ちは、ずっと前から感じていたんだ。
なずなが隣で微笑んでいるだけで私の心が暖まること。
そう、まるで線香花火みたいに。

この胸の鼓動の正体は何なんだろう。
恋の予感?……いや、そんなものじゃない。
今日感じた予感めいたものはたまたま的中したけれど、この気持ちはそんな風に不確かで曖昧なものじゃなくて、
今ここに、私の中に間違いなく存在しているから。

なずなが視線に気づいて、こっちに顔を向けた。
花火のほのかな光に照らされたなずなと、急に目が合った。

ふっ、と光がなくなるまで、どのくらいの時間見つめ合っていたのかは分からない。
きっと一瞬のことだったのだろうけれど、私には永く永く感じられて、ようやく視線を外すと地面に落ちた火がゆっくりと消えていくのが見えた。


なずな「終わっちゃった」


なずなが立ち上がって、消えた花火をバケツに捨てた。
私もなずなに倣って立ち上がり、手に持っていた花火をバケツに投げ入れる。
並んで空を見上げると、空はもう真っ黒に染まっていて、小さく星の光が見えた。雲はもう晴れているようだけれど、月のない夜だった。


乃莉「なずな」


こんな暗い夜なら、顔の赤さも気付かれないはずだから。
だから、そっと、なずなと手をつないだ。



おわり

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom