【ガルパン】「近藤妙子、北茨城市出身です!」 (54)


※閲覧注意※

・熊本地震と東日本大震災を題材にしています。
 抵抗のあるかたは、このSSの存在を完全に無視してくださるようお願い申し上げます。

・フィクションです。実在の人物・団体などとは一切関係ありません。

・リアルの出来事と、SSの内容との時系列的つながりは全くありません。整合性は皆無です。
 御承知おきの上で読んでいただけたら嬉しく思います。



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──平成28年4月14日 夜


みほ「……うん」

みほ「……うん。お父さんもお母さんも、何ともないんだね」

みほ「そう。それなら良かった……」

みほ「ほかのみんなは?」

みほ「うん、菊代さんとか」

みほ「……うん。みんな、何ともないんだね」

みほ「それなら、良かった……」

みほ「え?」

みほ「格納庫が……」

みほ「戦車は?」

みほ「そう……」

みほ「でも、人には何もなかったんだよね」

みほ「誰もケガとかしてないんだよね」

みほ「それなら、良かった……」

みほ「え? 何?」

みほ「私?」

みほ「私は別に、普通だよ」

みほ「どうして今、そんなこと訊くの?」

みほ「私は今、そっちのみんなを心配して電話してるの」

みほ「大きい地震があったんだから」

みほ「私のことなんて、今はどうでもいいよ」

みほ「……うん、分かってる」

みほ「でも心配しないで」

みほ「今は私じゃなくて、うちのみんなのことを心配してあげて」

みほ「……うん、だから分かってるよ」

みほ「私のことなんて今はいいから」

みほ「大きい地震があったんだもの、きっと同じくらい大きい余震が来る」

みほ「東北の方で起きた大震災の時も、余震が何日も続いたって聞いた」

みほ「気を付けて。みんなのことを気にしてあげて。守ってあげて」

みほ「うん……。じゃ、おやすみなさい」


ピッ


みほ「ふう……」

みほ(……とにかく)

みほ(とにかく、みんな無事で良かった……)

みほ(あ。もうこんな時間)

みほ(そろそろ寝なくちゃ)

みほ(……でも)

みほ(眠れるかな……)

みほ(こんなことがあった後で……)

みほ(だけど、明日も普通に学校だし)

みほ(しかも明日って、ちょっと大変な日)

みほ(数学と英語の小テストが同じ日に重なって…)

みほ(体育は多分また、授業時間中ずっと走らされる持久走)

みほ(必修選択の戦車道の練習もある……)

みほ(……とにかく)

みほ(とにかく私がここで心配して悩んでも、そんなの意味ない……)

みほ(私がここで今しなくちゃならないのは、悩むことじゃない)

みほ(私がここで今しなくちゃならないのは、普段どおりの生活を送ること)

みほ(自分の、普通の生活を……)

みほ(もう今夜は、テレビもネットも見ないようにしよう)

みほ(見たらますます心配になっちゃう。眠れなくなっちゃう)

みほ(自分の、普通の生活をしなくちゃ……)

みほ(だから、寝る準備を……)


♪~ ♪~ ♪~


みほ(あ。着信音)

みほ(また電話。今度はかかってきた)

みほ(誰からだろ)

みほ(え……?)

みほ(知らない番号……)

みほ(どうしよう)

みほ(こんな夜に何だろ。出ようか、どうしようか……)


♪~ ♪~ ♪~


みほ(でもまた、地震のことかもしれないし)

みほ(取りあえず出てみよう)

みほ(出ても、私からは何も喋らないで…)

みほ(もし変な電話だったらすぐ切っちゃえばいいや)


ピッ


みほ「……」

『もしもし』

みほ「……」

『もしもし?』

みほ(女の子の声……)

『もしもし? あのー、西住隊長ですか?』

みほ(えっ、私の名前を? それに“隊長”?)

みほ(そういえばこの声、聞いたことある)

みほ「はい、もしもし。西住です」

『隊長!? 西住隊長ですね!?』

みほ(わっ、びっくりした。元気な女の子だな)

『こんな夜遅い時間にすみません、隊長!』

みほ「いえ、大丈夫です」

みほ(誰だったかな、この声)

『突然すみません! 私はアヒルチームの近藤です!』

みほ(あっ…)

みほ(思い出した。近藤さんだ)

みほ(アヒルさんチームの通信手、近藤妙子さんの声だ)

近藤『あれ? もしもし? 隊長?』

みほ「ううん、何でもない。ごめんなさい近藤さん」

近藤『西住隊長、謝るのは私の方です。こんな時間にいきなり電話してびっくりしましたよね』

みほ「そんなことないよ、大丈夫」

近藤『今、話してても平気ですか?』

みほ「うん。私もたった今までほかの人と電話してたし」

近藤『あ、そうなんですか』

みほ「実家の家族と話してたの」

近藤『実家?』

みほ「うん」

近藤『隊長、それって……』

みほ「うん、地震のこと」

近藤『……』

みほ「熊本で大きい地震があったこと、知ってる?」

近藤『はい、さっきニュースで……』

みほ「私の実家、熊本だから」

近藤『はい……私、知ってます』

みほ「近藤さん。近藤さんが私に電話くれるなんて珍しいね」

近藤『私みたいな下級生が生意気かなって思いましたけど……』

みほ「ううん。私たち今まで、2人で喋ったのってほとんどなかったよね」

近藤『はい』

みほ「だから電話してきてくれてお話できて、嬉しいな」

近藤『本当ですか!? そう言ってもらえて良かったです!』

みほ「本当だよ。直接話す機会なんてあまりないから」

近藤『はい。隊長は私にとって雲の上の人ですし』

みほ「雲の上なんて、そんな……」

近藤『だって隊長は私たちの戦車隊で一番偉い人で、しかも西住流の人で…』

みほ「偉いなんて。ひょっとして私、知らない間に態度が偉そうになっちゃってるのかな」

近藤『偉そうも何も、隊長は偉いじゃないですか。私たちの隊長なんですから』

みほ「もしかして近藤さんと同じ学年のみんなもそう思ってる?」

近藤『はい、きっと同じです。隊長と普通に話をできるのはウサギさんチームの澤ちゃんくらい』

みほ「確かに澤さんとは話すことが多いかな。車長会議とかで」

近藤『私たちの学年で車長なのはあの子だけですから』

みほ「でも何だかおかしいね。ふふふ」

近藤『え? どうして笑ってるんですか? 隊長』

みほ「近藤さん、同じ学年で私と普通に話せるのは澤さんくらいって言ったけど…」

近藤『はい』

みほ「近藤さんも今、私と普通にお話をしてくれてるよね」

近藤『あ、そうか……。そうかもしれません』

みほ「ふふふ」

近藤『言われて初めて気が付きました』

みほ「ふふふ。近藤さん、ちょっと失礼かもしれないけど、言っていい?」

近藤『何ですか?』

みほ「私、“近藤さんって天然な子だよね”って言われてるのを聞いたことがあるの」

近藤『……』

みほ「今、話してみて、本当にそのとおりだなぁって思った」

近藤『……』

みほ(本当は“ときどき空気を読めないよね”って言われてたんだけど…)

みほ(そんなこと本人に言えないよね)

近藤『うーん……これも、そうかもしれません』

みほ「……」

近藤『“空気読めない”って注意されたことがあります』

みほ(あれ? そんなこと本人が言っちゃった)

近藤『隊長。私ってほかの人が言うみたいに、天然で空気読めないみたいです』

みほ「……」

近藤『もし私が隊長に向かって失礼なこと喋っちゃったら、注意してください。怒ってください』

みほ「そんなことしないよ。思ってることを素直に話してくれた方が嬉しいな」

近藤『そうですか』

みほ「近藤さん」

近藤『はい』

みほ「今、私へ電話かけてきてくれたのはどうして?」

近藤『それは……』

みほ「うん」

近藤『それは、やっぱり……地震……』

みほ「……」

近藤『地震のこと、です……』

みほ「……」

近藤『隊長が前いた学園艦は熊本が母港の黒森峰で、隊長の実家も熊本で…』

みほ「うん」

近藤『熊本で大きい地震があったのをニュースで見て、私、すぐ隊長のことを思い出して…』

みほ「……」

近藤『どうしても隊長と話したくて、それで…』

みほ「心配して電話してくれたんだね。ありがとう」

近藤『でも、隊長の電話番号なんて知らなくて…』

みほ「それは、どうしたの?」

近藤『澤ちゃんから教えてもらったんです』

みほ「あ、そうなんだ」

近藤『はい……。隊長、お願いですから澤ちゃんのこと怒らないであげてください』

みほ「怒る? どういうこと?」

近藤『勝手に番号を他人へ教えた、って怒らないであげてください』

みほ「そんなことかぁ。全然気にしないよ」

近藤『悪いのは私なんです』

みほ「どうして?」

近藤『隊長へ電話したくて、私、あの子から無理に番号を教えてもらったんです』

みほ「大丈夫、全然気にしてないから。そんなことで怒ったりしないよ」

近藤『隊長。さっき、実家にいる家族の人と電話してたって言いましたけど…』

みほ「うん」

近藤『実家は無事ですか? 家族は?』

みほ「うん、実家の家族は何ともないよ」

近藤『そうですか……。良かった』

みほ「あと、うちにはお手伝いさんとかがいるんだけど、その人たちも全員無事だって」

近藤『おうちの人たちも全員無事ですか。良かったあ……』

みほ「でも、格納庫の壁にヒビが入っちゃったらしいの」

近藤『戦車の格納庫ですか? 家じゃなくて?』

みほ「うん、私も意外だった」

近藤『格納庫の方が家より頑丈って思いますけど』

みほ「家の中は物が落ちたり、家具が幾つか倒れたりした程度みたい」

近藤『そうですか』

みほ「明日、日が昇った後に被害の様子を詳しく調べるって言ってた」

近藤『戦車は? 隊長の実家って戦車がたくさんあるんでしょう?』

みほ「それも詳しいことが分かるのは明日。明るくなってから細かく点検するって」

近藤『……』

みほ「きっとこれから大きい余震が来る。電話してる間も少し揺れたって言ってた」

近藤『……』

みほ「夜の暗いうちは、安全な所でじっとしてるしかないみたい」

近藤『そうですか……』

みほ「それに今は水も電気も大丈夫だけど、いつ両方とも止まるか分からないって」

近藤『ガスも…』

みほ「ガスのことは何も言ってなかったな。でもきっと止まってるだろうね」

近藤『……』

みほ「電話だってさっきはつながったけど、そのうち通じなくなっちゃうかも」

近藤『……』

みほ「でも…」

近藤『はい』

みほ「人が何ともなかった。誰もケガとかしなかったのが良かった」

近藤『はい、そうですね。本当にそのとおりですね』

みほ「人に被害がなかったのが、とにかく良かった」

近藤『隊長のお母さんは西住流で一番偉い人。そんな人に何かあったら大事件です』

みほ「大事件なんて、そんなことないけど…」

近藤『隊長と普通にお話をしてたみたいで、良かったです』

みほ「え?」

近藤『隊長のお母さんが隊長と普通に電話してたみたいで、良かったです』

みほ「私が電話したのはお母さんじゃないよ?」

近藤『あれ? それならお姉さん?』

みほ「お姉ちゃんは黒森峰にいて、実家にはいない」

近藤『あ、そうか。お姉さんはそこの隊長さんで…』

みほ「あの学園艦は今、外洋を航行してるはず」

近藤『それなら、隊長は誰と?』

みほ「私が電話をかけたのはお父さん。実家の様子はお父さんが教えてくれたの」

近藤『……』

みほ「……あれ? もしもし?」

近藤『……』

みほ「近藤さん? 聞こえてる?」

近藤『は、はい』

みほ「どうしたの?」

近藤『隊長……』

みほ「何?」

近藤『隊長の、お父さんですか……?』

みほ「うん、それがどうかした?」

近藤『だって、何だか…』

みほ「何だか?」

近藤『西住流って言ったら、隊長と…』

みほ「うん」

近藤『黒森峰の隊長さんをしてる、お姉さん…』

みほ「うん」

近藤『西住流で一番偉い人の、お母さんのことしか知らないから…』

みほ「……」

近藤『隊長のお父さんって、全然、想像できなくて……』

みほ「確かにうちは、お手伝いさんたちも女ばっかり」

近藤『……』

みほ「近所からは男の人の影が薄い家って思われてるみたい」

近藤『すみません……。こんなこと口に出しちゃうから私、空気読めないって言われるんですね』

みほ「ううん、気にしないで。思ったことを素直に言ってくれた方がいいよ」

近藤『はい……』

みほ「私の家族はお父さん、お母さん、お姉ちゃん。それに私なの」

近藤『はい』

みほ「で、私ってお父さん似なんだよ」

近藤『隊長が?』

みほ「そういえばこの間、こんなことがあった」

近藤『はい』

みほ「あんこうチームの5人が私の部屋に集まって、一緒に晩御飯を作って食べてた時」

近藤『はい』

みほ「私の家族の話になって、沙織さんから“みぽりんのお父さん、カッコいい?”って訊かれたの」

近藤『沙織さん……武部先輩ですね』

みほ「私は“家族だからそれは分からないけど、整備士をしてて筋肉ムキムキ”って答えた」

近藤『戦車の整備士さんなんですか』

みほ「うん。華さんがそれを聞いて“お父様は整備でお母様の戦車道を支えてるんですね”って言った」

近藤『さすが五十鈴先輩、大人っぽいこと言うなあ』

みほ「“西住殿は御両親のどちらに似てるんですか?”って優花里さんから訊かれて…」

近藤『秋山先輩ですね。それで、隊長は…』

みほ「“お姉ちゃんがお母さん似で、私はお父さん似”って説明した」

近藤『はい』

みほ「そしたら麻子さんがこう言ったの」

近藤『冷泉先輩は、何て?』

みほ「“じゃあ、西住さんのお父さんは…”」

近藤『はい』

みほ「“筋肉ムキムキの体の上に、西住さんの可愛い顔が乗っかってるという外見なのか”」

近藤『……』

みほ「もう、みんなで大笑い」

近藤『何だか、ますます想像できない……隊長のお父さん』

みほ「他人の家族のことだから、そうだろうね」

近藤『イケメンっていうより可愛い系の顔した男の人なんですか』

みほ「そうかも…って言うと、お父さん似の私が可愛いってことになっちゃうけど」

近藤『何言ってるんですか、隊長は可愛いじゃないですか。超可愛い女の子じゃないですか』

みほ「ふふふ。可愛い女の子なんて、ありがとう」

近藤『あっ? こんな言い方、隊長に向かって失礼でした!』

みほ「ふふふ」

近藤『申し訳ありません! また空気読めませんでした!』

みほ「謝らなくていいから。それに私、お父さんとは顔が似てるだけじゃなくて…」

近藤『はい』

みほ「お母さんよりお父さんとの方が仲がいいんだよ」

近藤『そうなんですか』

みほ「私が家族の中で一番信頼して、頼りにしてるのはお父さん」

近藤『西住隊長がそう言うくらいだから、お父さんってすごく頼れる人なんですね』

みほ「うちのみんな、お手伝いさんたちからも頼りにされてる」

近藤『じゃあ今度の地震でも、お父さんがすごく頼りになって、活躍するんじゃないですか?』

みほ「筋肉ムキムキの力持ちだから、そうなるかも」

近藤『はい、きっと復旧・復興で大活躍ですよ。あ、そうだ、それに戦車道!』

みほ「戦車道?」

近藤『実家にたくさんある戦車も復旧作業で役に立つんじゃないですか?』

みほ「……」

近藤『道路を塞いじゃってる物とかを榴弾で撃ったり!』

みほ「……」

近藤『そうすればあっという間に障害物を除去できます! 戦車道もきっと大活躍ですよ!』

みほ「そんなことしないよ」

近藤『は?』

みほ「そんな危ないこと、しないよ。試合や練習以外で発砲するなんてあり得ない」

近藤『……』

みほ「たとえどんな場合でもそれをやったら大問題。連盟に怒られちゃう」

近藤『……』

みほ「そういうのは警察や消防、役所の人たちに任せた方がいいの」

近藤『でも、せっかく戦車があるんだし……』

みほ「今回もきっと自衛隊が来てくれる。昔、ほかの所で起こった地震の時みたいに」

近藤『……』

みほ「そういう専門の人たちに任せた方がいいの。戦車を動かすなんて、しない」

近藤『そうですか……』

みほ「戦車も弾薬も全部、封印。今まで以上に厳しく管理しないと」

近藤『それは、余震があるし、避難して誰もいなくなった家を狙って空き巣が出たりするし……』

みほ「うん、ちょっと物騒になっちゃうかもしれない。これから何が起こるか分からない」

近藤『考えてみれば、当然ですね……。武器や危険物を大量に保管してる、ってことなんですね』

みほ「だからお母さんたちは普段でも、近所にものすごく気を遣ってるの」

近藤『……』

みほ「今は戦車を動かすなんてしないで、逆に、燃料の備蓄を提供するってお父さんが言ってた」

近藤『燃料? 戦車の燃料ですか?』

みほ「例えば病院とかは、停電になった場合に備えて自家発電機を持ってるはず」

近藤『そうか……。それを動かす、動かし続けるために……』

みほ「うん。うちが持ってる燃料の種類が発電機に合えば、だけど」

近藤『……』

みほ「あとは何だろ……練習場を避難所や、仮設住宅を建てる場所に使ってもらうとか、かなぁ」

近藤『……』

みほ「うちにできるのはこれくらい。こんな時、戦車道が役に立つことなんて何もないよ」

近藤『そうですか……』

みほ「ね、近藤さん」

近藤『はい』

みほ「近藤さんはどうして今夜、私へ電話してくれたのかな」

近藤『え? それはさっき言ったとおり…』

みほ「うん、地震があったからって教えてくれた」

近藤『はい』

みほ「でも私、近藤さんにはもっとほかの理由があるんじゃないかな、って思ったの」

近藤『……』

みほ「今、私や、私のうちのことを心配してくれてる人は、この学園艦でも…」

近藤『はい、絶対います。絶対みんな心配してます』

みほ「でも一番最初に電話をかけてきてくれたのは、近藤さんだったの」

近藤『そうだったんですか』

みほ「明日きっと、学校へ行ったらいろいろな人が地震のことを訊いてくると思う」

近藤『はい』

みほ「同じクラスにいる沙織さんや華さん、クラスの友達、戦車道の仲間たち……」

近藤『はい。絶対みんな、すごく心配してます』

みほ「でも今、地震の後すぐに、真っ先に電話してくれたのは近藤さんだったの」

近藤『……』

みほ「そうしてくれたのは、私や、私のうちを心配したってこと以外に…」

近藤『……』

みほ「もっとほかの理由があるんじゃないかな、って思ったの」

近藤『それは……』

みほ「うん」

近藤『西住隊長』

みほ「うん、何?」

近藤『隊長は私の出身地がどこか知ってますか?』

みほ「出身地?」

近藤『はい。私の出身地、私の地元です』

みほ「うーん……出身地かぁ」

近藤『はい』

みほ「私は隊長だから一応、みんなのプロフィールを把握してるつもりだけど……」

近藤『隊長はすごい記憶力の持ち主って聞いたことがありますよ』

みほ「でも出身地までは無理。正直に白状しちゃうと、ほとんど知らない。ごめんなさい」

近藤『そんな、隊長が私なんかへ謝らないでください』

みほ「ここは茨城県立の学園艦で、大洗が母港。だからそこが地元の人が多いのは知ってる」

近藤『はい』

みほ「だけど近藤さんも大洗なら、出身地はどこかなんてわざわざ訊かないだろうし……」

近藤『そうですね』

みほ「大洗が地元じゃない人もいて……例えば、華さんは水戸市」

近藤『五十鈴先輩の実家はすごく有名ですね。水戸であの超大きいお屋敷を知らない人はいないと思います』

みほ「大洗以外で多いのは確か、つくば市とか、ひたちなか市とか……」

近藤『我が戦車隊でこの出身地なのは多分、私だけです』

みほ「もう降参。近藤さん、教えてくれる?」

近藤『私は、北茨城市が地元なんです』

みほ「北茨城市?」

近藤『はい』

みほ「初めて聞いた地名かも。どこにあるの?」

近藤『茨城県の、北の端っこ。地図だと一番上です』

みほ「そっかぁ、だから北茨城…」

近藤『すぐ北側は福島県で、もう東北地方です』

みほ「大洗から遠い?」

近藤『電車だと乗り継ぎ時間にもよるけど、2時間くらい掛かっちゃうかな』

みほ「で、何があるの?」

近藤『……』

みほ「あれ? もしもし? 近藤さん?」

近藤『そういう質問をする人って……』

みほ「何?」

近藤『“何があるの?”なんて訊く人って……』

みほ「それが何?」

近藤『絶対、“何もありません”って言わせたい人ですよね……』

みほ「え? 何もないの?」

近藤『そりゃあ隊長の熊本はいいですよね……熊本城や阿蘇山なんて誰でも知ってるくらいで……』

みほ「何もないなんてこと、ないと思う。必ず何かあるんじゃないかな」

近藤『どうせ我が茨城県は、都道府県別の魅力度ランキングで万年最下位ですよ……』

みほ「大洗にだっていろいろな所があるよ。広い海岸とか、沙織さんの好きなアウトレットとか…」

近藤『……』

みほ「大きい水族館とか、タダで飲み放題のジュースがある明太子センターとか」

近藤『明太子センター? めんたいパークのことですか』

みほ「あ、そういう名前だったね」

近藤『でもあそこの無料ジュースって、今でもあるのかな』

みほ「えぇ!? なくなっちゃったの!?」

近藤『急に大きい声出さないでください……どうしてそんなに驚くんですか』

みほ「だってジュースが幾らでも飲めるから。試食の明太子は辛くてあまり食べられないけど」

近藤『私、前にちょっとそう聞いたことがあるだけですよ』

みほ「じゃあ今度の帰港日に絶対行って、確かめなくっちゃ」

近藤『隊長って意外とセコいんですね……』

みほ「北茨城市には大洗みたいな、そういう所ってないの?」

近藤『……』

みほ「本当に何もないの?」

近藤『ぐぬぬ……あ、そうだ! 北茨城が出身の有名人ならいます!』

みほ「有名人?」

近藤『そうです、超有名人です!』

みほ「誰?」

近藤『芸能人で、アーティストです! 誰でも知ってる人です!』

みほ「芸能人……」

近藤『その名は、石井竜也!』

みほ「……」

近藤『どうです? この人が北茨城出身って知ってましたか?』

みほ「誰?」

近藤『は、はあ?』

みほ「私って芸能人やアイドルやタレント、全然知らないの。ごめんなさい」

近藤『で、でも……それなら“カールスモーキー石井”って芸名は聞いたことあるでしょう?』

みほ「かーるすもーきー?」

近藤『バンド「米米CLUB」でボーカルをやってる時の、石井竜也さんの芸名です!』

みほ「……」

近藤『レコード大賞だって獲ったことあるんですから!』

みほ「カールスモーキー石井……」

近藤『そうです!』

みほ「略して、カル石……」

近藤『なっ、何て失礼な! 石井さんのことを“軽石”なんて!!』

みほ「思ったことをそのまま言っちゃった。ごめんなさい」

近藤『天然で空気読めないのは、隊長の方なんじゃ……?』

みほ「でもそこが出身地の有名な人がいるんだね。私がその人を知らないだけで」

近藤『仕方ない……それなら、我が北茨城の産んだ最強の有名人を教えてあげます!』

みほ「最強? 今度は私でも知ってる人?」

近藤『その名は、野口雨情!』

みほ「あ、その名前は聞いたことある」

近藤『この国で知らない人はいないと思います!』

みほ「で、何する人?」

近藤『ふっふっふっ……』

みほ「どうしたの?」

近藤『隊長、そう言えば私がまたガックリくるとでも思ったんですか?』

みほ「何のこと?」

近藤『そんなふうに言っていられるのも今のうちです!』

みほ「?」

近藤『野口雨情は詩人で、童謡の作詞家なんです!』

みほ「童謡……」

近藤『たとえ野口雨情が作詞家って知らなくても、その作品は誰でも知ってます!』

みほ「作品? 例えば?」

近藤『逆に、隊長へ訊いていいですか?』

みほ「うん、何?」

近藤『隊長は童謡って聞いて、どんな歌を思い浮かべます?』

みほ「えー? 急に言われても……」

近藤『何でもいいです。よければ歌ってみてください』

みほ「えーと、例えば、♪カラス なぜ鳴くの♪って歌とか?」

近藤『ふっふっふっ……』

みほ「また、どうしたの?」

近藤『綺麗な声で歌ってくれてありがとうございます……でも飛んで火に入る夏の虫』

みほ「?」

近藤『それは「七つの子」……』

みほ「うん、そういう題名。で、その後こう続くの。♪カラスの勝手でしょ~♪」

近藤『そうそう、誰でも知ってますよね…って、違ーう!!』

みほ「えっ。何が?」

近藤『それは替え歌です!』

みほ「あ、そうなの?」

近藤『その歌はこう続くんです。♪カラスは山に 可愛い七つの 子があるからよ♪』

みほ「近藤さんこそすごく綺麗な声で歌うね。歌がとっても上手だね」

近藤『ありがとうございま…って、そんなことはどうでもいいんです!』

みほ「替え歌だったのかぁ。“勝手でしょ”なんて、子供向けの歌なのに変だなって思ってたけど」

近藤『そんなことより、これがまさに野口雨情が作詞した歌なんです!』

みほ「えっ、これを作った人なの?」

近藤『ふっふっふっ……隊長、もっとほかに童謡を知りませんか?』

みほ「ほかに? えーと、♪シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ♪って歌とか?」

近藤『それは「シャボン玉」……』

みほ「そうだね」

近藤『あの無敵の西住隊長が連戦連敗するとは……』

みほ「?」

近藤『それも野口雨情が詞を作ったんです!』

みほ「ええっ? この歌も?」

近藤『まだありますよ? 例えば「赤い靴」!』

みほ「えええっ? それも?」

近藤『「雨降りお月さん」! 「青い眼の人形」! 「あの町この町」! 「証城寺の狸囃子」! 』

みほ「すごい。知ってる歌ばっかり……」

近藤『どうです隊長! 参りましたか!?』

みほ「参りました。近藤さんの言うとおり最強の有名人です」

近藤『まだまだ何曲もありますけど、今日はこのくらいにしといてあげましょう』

みほ「そうだね。今夜はすっかり長電話になっちゃって…」

近藤『私こそ遅くまですみませ…って、違ーう!!』

みほ「えっ。何が?」

近藤『ここで電話切っちゃったら駄目でしょう!? 隊長!』

みほ「だって、もうこんな時間だし…」

近藤『私がどうして出身地の話なんかしたのか、不思議に思わないんですか!?』

みほ「北茨城のお話を聞けていろいろ勉強になりました。ありがとう近藤さん」

近藤『そういう問題じゃありません!』

みほ「今夜はこうして楽しくお話できたし、この辺で…」

近藤『だーかーらー! 隊長、私へ訊きたいことがあったんでしょう!?』

みほ「あ。そっか」

近藤『……』

みほ「そういえばそうだったね」

近藤『やっぱり隊長って天然……』

みほ「何か言った?」

近藤『何でもありません。とにかく隊長、やっと思い出してくれましたね』

みほ「うん。熊本で地震があった後に、どうして近藤さんが真っ先に電話してきてくれたのか…」

近藤『はい。その理由を訊かれて、私が出身地の話を始めたんです』

みほ「近藤さん、どうして地震の後すぐに電話をくれたの? 北茨城の話をしたのはなぜ?」

近藤『隊長』

みほ「うん」

近藤『それは前の大震災で、私の地元、北茨城も被害を受けたからです』

みほ「それって、津波……?」

近藤『はい。津波でも、地震そのものでも』

みほ「……」

近藤『隊長はあの大震災で茨城県にどんな被害があったか、知ってますか?』

みほ「茨城県が?」

近藤『はい』

みほ「詳しくは、知らない」

近藤『……』

みほ「でも私、これだけは知ってる。私たちの母港、大洗は人的被害がほとんどなかった、って」

近藤『そうですね』

みほ「高さ4メートルの津波が来た。建物がたくさん水に浸かっちゃった」

近藤『でも大洗では、津波での死者や行方不明者がゼロでした』

みほ「1人だけ亡くなった人がいたけど、それは地震そのものが原因って聞いた」

近藤『“大洗の奇跡”と呼んでもいいくらい、って言ってる人もいるみたいですね』

みほ「近藤さん……」

近藤『はい』

みほ「北茨城はどうだったの……?」

近藤『私の地元、北茨城市は……』

みほ「……」

近藤『10人、亡くなりました』

みほ「……」

近藤『そしてまだ、1人が行方不明なんです……』

みほ「そんな……」

近藤『……』

みほ「そんな、あの大震災から……」

近藤『……』

みほ「もう何年もたってるのに……」

近藤『隊長。東北地方の岩手県と宮城県では両方とも、1000人以上が今でも見付かってません』

みほ「両方とも、今でも1000人以上……」

近藤『もちろんこういうことって、人数の問題じゃないですけど』

みほ「うん……」

近藤『でもとにかく、私たちの茨城県ではまだ1人の行方が分からないまま』

みほ「え? 茨城県で1人?」

近藤『はい』

みほ「じゃあその1人が、北茨城の人……?」

近藤『はい。そうなんです……』

みほ「……」

近藤『私は最近、地元のことが書いてある新聞記事をネットで読んだんです』

近藤『その行方不明になってる人の捜索が行なわれた、って記事でした』

近藤『あれから何年もたつけど、今でも警察とかがその人の手掛かりを探してるんです』

近藤『その人は下にきょうだいがいて、記事にきょうだいの人の話も載ってて…』

近藤『そこに、その人が行方不明になった時の歳と、きょうだいの人の今の歳が書いてあって…』

近藤『きょうだいの人は、歳が下のはずなのに…』

近藤『行方不明になった人の歳より、もう上になっちゃってて…』

近藤『私、その記事を、読んだ時……』

近藤『涙が……止まらなく、なっちゃって……』

みほ「泣かないで、近藤さん」

近藤『はい……ぐすっ。すみません……』

みほ「近藤さんは、その行方不明になってる人と知り合いだったの?」

近藤『いいえ……全然、知りません……』

みほ「じゃあ知り合いだった人が周りにいる、とか?」

近藤『いいえ……そういうのも全然、いません……』

みほ「近藤さんって優しい女の子だね」

近藤『優しい…? どうして、ですか……?』

みほ「だって、その人のことをすごく心配してる」

近藤『……』

みほ「近藤さんはその行方不明の人と、はっきり言っちゃえば赤の他人同士なんだよね」

近藤『はい。そのとおりです……』

みほ「それなのに、その人のことをすごく心配してる」

近藤『……』

みほ「震災から何年もたつのに、今でも気にしてる。気にかけてる」

近藤『……』

みほ「記事を読んで、泣いちゃうくらいに」

近藤『……』

みほ「近藤さんは、とっても優しい女の子なんだね」

近藤『それは……』

みほ「うん」

近藤『それは、違うんです……』

みほ「え? 違う?」

近藤『私は、優しくなんかない』

みほ「……」

近藤『私は優しくなんか、ないんです』

みほ「どうして?」

近藤『私、あの震災があっても、自分の地元が被災しても…』

みほ「……」

近藤『何もしてないんです』

みほ「……」

近藤『私は被災地や、被災した人たちのために何もしてないんです』

みほ「そんな。だって近藤さんは、被災地の人で…」

近藤『……』

みほ「何かをするんじゃなくて、何かをしてもらう側の人なんじゃ…」

近藤『私は震災が起きた時、もうこの学園艦に乗ってました。中等部でした』

みほ「あ、そうなんだ。被害を直接、受けたわけじゃない……」

近藤『私があの時にしたのは、実家へすぐ電話したことくらい』

みほ「……」

近藤『地元へ戻って復旧・復興を手伝ったりしなかった。私は何もしてないんです』

みほ「それなら、今の私と同じだよ」

近藤『……』

みほ「私もしたことはうちへの連絡だけ。帰る予定だって、ない」

近藤『……』

みほ「帰った方がいいのかなって少し思ったけど、手伝えることなんてきっと、何もないから」

近藤『私もそうでした。私なんかが実家へ戻っても全然役に立たなかったと思います』

みほ「近藤さんのおうちは、あの震災でどうだったの?」

近藤『隊長の実家と多分、ほとんど同じです。被害はそんなにありませんでした』

みほ「そう。それなら良かった」

近藤『津波の被害に遭わなかったし、家族は無事。建物に少し壊れた所があったくらいでした』

みほ「それなら良かった。本当に良かったね」

近藤『被害がその程度だったから、“私、帰ろうか?”って親に訊いた時…』

みほ「うん」

近藤『“そんな必要ない。そっちで普段どおりに暮らしていなさい”って言われました』

みほ「そのとおりだね。こんな時、自分にできるのはここで普通の生活をちゃんと続けることだけ」

近藤『弟も“片付けとかは俺たちでやる。姉ちゃんはそこにいろよ”って言いました』

みほ「近藤さんは弟がいるのかぁ。しっかりした弟さんだね」

近藤『直接の被災者じゃない私は、今までどおりの生活を続けるしかありませんでした。でも…』

みほ「何?」

近藤『あの大震災では、たくさんの人が被災地のためにいろいろなことをしました』

みほ「そうだね」

近藤『警察や消防、役場の人たちはもちろん、普通の人たちも働きました』

みほ「うん、被災地以外の所からも大勢ボランティアが集まった」

近藤『全国の人たちが援助物資とか寄付金とかで復旧・復興に協力しました』

みほ「被災した地方の野菜とかを選んで買う、作られた品物とかを買うって支援もあった」

近藤『外国の人まで助けてくれました。レスキュー隊を派遣してくれたり…』

みほ「義援金や支援物資を送ってくれた。お見舞いのメッセージもいっぱい届いたみたいだね」

近藤『だけど、私は……』

みほ「……」

近藤『私は今まで、何もしていない。そういう人たちに比べて、何もしていない』

みほ「……」

近藤『それが……すごく、情けなくて……』

みほ「……」

近藤『もちろん私なんてまだ子供だし、できることはほとんどないかもしれません』

近藤『でも何かあるはず。募金に協力したりとか、何かできるはず』

近藤『だけど今まで、何もやってないんです。心配してるだけ。行動では何もしてないんです』

近藤『それに、あの大震災の後もこの国では大きな地震が何度も起こりました』

近藤『地震だけじゃなかった。台風が来たり、火山が噴火したり、大雨が降ったり…』

近藤『いろいろな災害がありました。そのたびに、たくさんの人が被害に遭いました』

近藤『そしてそのたびに、募金活動があったり、ボランティアが現地へ行ったり…』

近藤『たくさんの人が、被災地と被災した人たちのために何かをしました』

近藤『でも、私は……』

近藤『私は今まで、何もしていない』

近藤『自分の生活をするのに精一杯で、何もしてないんです』

近藤『もちろん、こんなの言い訳でしかないって自分で分かってます』

近藤『そして、言い訳でしかないって分かってても、やっぱり私は何もやってないんです』

近藤『ただ心配するだけで、行動では何もしてないんです』

近藤『だから私は、優しくなんかない』

近藤『私は優しくなんか、ないんです……』

近藤『私……そんな自分が、嫌で……』

近藤『恥ずかしくて……情けなくて……』

みほ「近藤さん」

近藤『はい……』

みほ「そんなこと、ないと思う」

近藤『え……?』

みほ「近藤さんは“行動では何もしてない”って言ったけど…」

近藤『はい』

みほ「“何も”なんて、そんなことないと思う」

近藤『どうしてですか?』

みほ「だって今、近藤さんは私へその“何か”をしてくれてるから」

近藤『今……?』

みほ「近藤さんは今、私へ電話をかけてきてくれてる」

近藤『……』

みほ「だから何もしてないなんてこと、ないよ」

近藤『あの……どういうことなのか……』

みほ「近藤さん。私は今夜、ちゃんと眠れるか不安だったの」

みほ「明日って実は、私にとってちょっと大変な日」

みほ「授業中の小テストが幾つかあって、体育は持久走。戦車道の練習もある」

みほ「だから、早く寝た方が良かったの」

みほ「でも実家のある熊本で地震が起きた」

みほ「心配になってすぐうちへ電話した。全員が無事で、取りあえずホッとした」

みほ「でも明日、明るくなったら実は建物とかにすごい被害があったって分かるかもしれない」

みほ「これから、水もガスも電気も全部止まっちゃうかもしれない」

みほ「何より一番心配なのは、余震」

みほ「大きい余震が来るかもしれない。それでまた被害が出るかもしれない」

みほ「今はホッとできても、ずっと心配なのは変わらないの」

みほ「だから私は今夜、ちゃんと眠れるか不安だった。一晩中眠れないかもしれなかった」

みほ「でもそんな時、近藤さんが電話をかけてきてくれたの」

みほ「近藤さんに、熊本の話を聞いてもらった」

みほ「近藤さんから、北茨城のお話を聞かせてもらった」

みほ「近藤さんとお話をして、私はとっても嬉しかったの」

みほ「もちろん私、うちのことをずっと心配し続けてるのは変わらない」

みほ「でも近藤さんが電話してお話をしてくれたお陰で、気分がすごく明るくなったの」

みほ「これなら私は今夜、ちゃんと眠れるかもしれない」

みほ「近藤さんは今、話し相手になって気分を落ち着かせる、っていうことを私にしてくれたの」

みほ「近藤さんは今、私を心配して“何か”をしてくれたの」

みほ「だから、近藤さん」

みほ「近藤さんは、いろいろな災害に遭った人たちのことをずっと心配してる、優しい女の子」

みほ「被災地や被災者のことをずっと気にしてる。ずっと気にかけてる。絶対に忘れない」

みほ「だからそういう気持ちが、今みたいに、きっと行動になってると思うの」

みほ「私を心配してくれた気持ちが、電話をかけるっていう行動になった、今みたいに」

みほ「自分で気付いてないだけで、きっと“何か”をしてると思うの」

みほ「だから近藤さんは、“行動では何もしてない”なんてこと、ないと思うよ」

近藤『そうでしょうか……』

みほ「それに、もし本当に今まで何もしてなくても、いいんじゃないかな」

近藤『え? どうしてですか?』

みほ「ずっと同じ思いを持ち続けていれば、それはいつか行動になって表れると思うから」

近藤『いつか……』

みほ「うん、今まで何もしてなくてもいい。今、何もしてなくてもいい」

近藤『……』

みほ「今、何もできなくてもいいと思うの」

近藤『……』

みほ「被災地のこと、被災した人たちのことを忘れないでいれば、いつか…」

近藤『私、そうしていれば、いつか…』

みほ「何かをしてあげられる時が、来ると思うの」

近藤『その気持ちが行動につながる時が、来るんですね』

みほ「うん。こういうのって、どんなことにも当てはまると思う」

近藤『ずっと同じ思いを持ち続けていれば…』

みほ「その思いはいつかきっと、行動になって表れる。行動につながる時が、来るんだよ」

近藤『分かりました、西住隊長』

みほ「近藤さん。近藤さんって自分の地元のことにすごく詳しいんだね」

近藤『そうですか? 普通だと思いますけど』

みほ「私だったら、地元出身の有名人は誰?なんて訊かれてもすぐに答えられないよ」

近藤『石井竜也さんや野口雨情のことは多分、北茨城市民なら誰でも知ってます』

みほ「近藤さんは自分の地元が大好きなんだね」

近藤『もちろんです。生まれ育った場所なんですから!』

みほ「うん」

近藤『私は北茨城出身っていうことに誇りを持ってます!』

みほ「近藤さん、元気になってきたね。いつもの近藤さんに戻ってきた」

近藤『北茨城はこの世にたった一つの、自分の生まれ故郷です! ずっと大事にし続けます!』

みほ「うん、そういう気持ちってすごく大切だと思う」

近藤『私はいつでも、どこでも、誰に対しても、誇りを持ってこう言えます!』

みほ「うん」

近藤『“私は、近藤妙子! 北茨城市出身です!”って!!』

みほ「いつか行ってみたいなぁ。近藤さんの地元、北茨城」

近藤『是非来てください! 私が案内します!』

みほ「ありがとう。どんな所へ連れて行ってくれるの?」

近藤『すっごく景色がいい場所があるんです。五浦海岸っていいます』

みほ「いづら?」

近藤『はい、“いつうら”ともいいます。五つの浦って書きます』

みほ「五浦海岸……」

近藤『明治時代に岡倉天心っていう偉い人がその景色を気に入って、別荘を建てました』

みほ「岡倉天心。その名前、聞いたことある」

近藤『美術関係の偉い人で、そういう人が気に入るくらい景色がいいんです。観光客もたくさん来ます』

みほ「ふふふ。ほら、やっぱりあった」

近藤『は?』

みほ「私がさっき、北茨城には何があるの?って訊いても、近藤さんは何も答えなかったけど…」

近藤『あっ…?』

みほ「ちゃんとあったね、そんなにすごい所が。ふふふ」

近藤『そうか……。確かに五浦海岸は有名な場所でした。観光名所でした』

みほ「何もないなんてこと、ない。必ず何かあるはずって思ったの」

近藤『有名人以外にも自慢できるものがありました。隊長に言われてやっと思い出しました』

みほ「近藤さんもいつか、私の実家へ遊びに来てね」

近藤『えっ、私なんかがいいんですか!?』

みほ「もちろんだよ。熊本なんて遠いなあって思うかもしれないけど」

近藤『あ。でも隊長……』

みほ「何?」

近藤『今は地震で、大変な時で……』

みほ「うん。だから“いつか”」

近藤『……』

みほ「でもその“いつか”が来るのが、早ければ早いほどいいなって思う」

近藤『はい。そうですね』

みほ「地震がおさまって、被害が元どおりになって…」

近藤『私が遊びに行けるくらい復旧・復興する…』

みほ「一日も早くそうなればいいな、って思う」

近藤『そうですね。本当にそのとおりですね』

みほ「そしたらお父さんに、近藤さんのこと紹介するよ」

近藤『えっ、隊長のお父さんに?』

みほ「お父さんは近藤さんのこと、きっと気に入ると思う」

近藤『本当ですか!?』

みほ「うん。近藤さんって元気で、思ったことをはっきり、ちゃんと言える女の子だから」

近藤『すっごく楽しみです! 隊長の可愛い系のお父さんに会えるなんて!』

みほ「早くそういう日が来るといいね」

近藤『はい!!』

みほ「じゃあそろそろ切ろう。近藤さん、電話してくれてありがとう」

近藤『とんでもないです。夜遅くまですみませんでした』

みほ「明日、戦車道の練習、頑張ろう」

近藤『はい! 私、戦車道にますますやる気が出てきました! 隊長とこんなにお話できたから!』

みほ「私たちって何だか、この電話で急にすごく仲良しになっちゃったね」

近藤『西住隊長』

みほ「何?」

近藤『私は今夜のこの電話のこと、ずっと忘れないと思います』

みほ「どうして?」

近藤『それは、隊長とこんなに仲良くお話できたし…』

みほ「うん」

近藤『隊長に言われたことを、ずっと忘れないと思うからです』

みほ「私が言ったこと?」

近藤『はい。それは、同じ思いを持ち続けていれば、いつか行動になって表れるってことです』

みほ「うん」

近藤『私はいろいろな災害の被災地、被災した人たちのことを絶対に忘れません』

みほ「うん。今、何もしてなくてもいい、何もできなくてもいい。忘れずにいれば、いつか…」

近藤『何かをしてあげられる時が来る。思いが行動につながる時が来る』

みほ「うん。近藤さん、私もそうする。絶対に忘れない」

近藤『はい』

みほ「じゃ、おやすみなさい近藤さん。また明日」

近藤『はい、おやすみなさい隊長。また明日』



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