【デレマス】彼の戦いはいつ終わりが来るのか【ドライブ】 (48)

!CAUTION!
・仮面ライダードライブ×アイドルマスターシンデレラガールズのクロスオーバーです
・ドライブ側のネタバレ満載なので注意
・クロスの都合上、主要キャラの設定に捏造が混ざっています
・不定期鈍行まったり進行、でも10月中完結を目指したい(希望的観測)
!CAUTION!

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          - FLASH BACK -



 その瞬間、東京は一瞬にして闇に包まれた。



「どうなってやがんだ、アタシ達の知らないサプライズか何かかよ!?」

東京ビッグサイト特設野外ステージを覆う闇に、向井拓海が毒付く。
特攻服さながらのステージ衣装も、誰からも見えないのでは目立ちようがない。
今まさにバックステージから駆け上がり、観客からの期待に応えようとした瞬間の惨状。
それだけに苛立ちも激しい。

「ダメ、電気が来てない!それに電装系トラブルもあるみたい!」

背後から原田美世の悲痛な声が響く。
非常用カンテラで照らされた顔には焦燥感が見て取れた。

「マジかよ……冗談じゃねえ、こんな時に停電なんてよ!」

機材に強い相棒の焦りに、拓海も気が荒くなる。
その間にも、ステージ向こうの野外スタンドからは不安の声が聞こえてくる。
状況すら把握しきれない中で、焦りと苛立ちが増していく。

「落ち着け、2人共」
「ンなこと言ってもよプロデューサー!!」
「落・ち・着・け」

拓海を制止したのは、スタッフジャンパーを着た担当プロデューサーだった。
今この状況において冷静さを失わないのは、幾多の舞台とトラブルを乗り越えてきたからに他ならない。
しかし彼の腕をしても、今の状況が笑って終わらせられるものでないのだろう。

「ただでさえ来場者が不安になってるんだ、ここでウチらまで浮足立ってたら最悪集団パニックになるぞ。
 つっても、既になりかけてるがな。事態の規模があまりにもデカすぎる」
「規模? 電気来てないのはこのステージだけじゃないんですか?」
「ああ、バックヤードから後ろ抜けりゃあわかるよ。
 お台場丸ごと、いや下手すりゃもっと広い範囲で電気が消し飛んでる感じだ。
 原因はわからんが復旧もすぐには見込めないだろう、ここは無事に避難誘導させなきゃマズいな」

あえて飄々と言っている風ではあったが、拓海だけでなく美世にも、彼の内心が穏やかでないことはすぐにわかった。
異常事態とはいえ、このままステージを離れることが何を意味するか。
しかしそれでも、プロデューサーは先を続けた。

「さっきも言ったが、オレとしては集団パニックだけは避けたい。
 信号も完全に死んでる状況でパニックまで重なったら、冗談じゃなく人死にが出かねん。
 一旦落ち着けばビッグサイトのホールはすぐそこだ、明かりなしでも動線構築なんぞできるんだが……」
「ならアタシ達が歌って落ち着かせればいいんじゃねえか? 生歌のソラだって構うこたねえ!」

すぐさま拓海はそう割り込んだ。
だが、プロデューサーは拓海と真正面から顔を合わせ続けるだけだ。
思いがわからないはずなどないのに。

「プロデューサー、予備電力はどうなってますか」

思わずプロデューサーの胸倉に伸びけた拓海の手が止まる。
美世がさらに割り込んだのだ。

「予備電源? なんだ、それ」
「非常用電源と別に、ライブ中の緊急事態をカバーするために用意する別電力のこと。
 それがあれば会場電源がなくとも、最低1曲分のステージングはできるはずなの。
 ――あるはずです、プロデューサー。あたし、機材リストにわざわざ追加電源の申請があるの、確認しましたから」

拓海の疑問に答えると、美世はすぐプロデューサーの方へ向き直った。
2人と1人のにらみ合い。それはわずかの間で終わった。
目を伏せたのは、プロデューサーの方だった。

「たしかに961プロが行ったような悪辣な妨害に備えて、予備電力は用意してある」
「ンだよ、そいつ使えばできるんじゃねえか!」
「できないんだよ。できるんなら、災害状況下だろうと絶対ステージに回してる。
 それでも、どうしようもない問題があるんだ」
「ライティング、ですか」

美世の言葉に、プロデューサーは首を重く縦に振った。

「美世はもう状態見ただろうが、あの一つだけじゃないんだ。後方含めてステージライト周りの配線が大半死んでる。
 一気にライト入れようとしたタイミングで電力切れたのがマズかったんだろうが、
 予備ケーブルの差し替えするには無理があり過ぎる。来場者のメンタルが持つ間に1つ直せるかすらわからない。
 アカペラの生歌にしろ、予備電力で生かせるだけ復旧しても、何も見えやしない暗闇の中でやるんじゃ効果は半減以下、
 下手すりゃ負傷者出てマイナスだ。それなら非常用電源と合わせて誘導用に回した方がまだマシだろう。
 ……言いたくはないが、そういうことだ」

拓海は反射的に美世の顔を見た。予備電源の話を出した時の毅然とした表情が、みるみるうちに沈んでいく。
それは頼れる相棒をして、少なくとも今すぐの復旧は無理だと匙を投げたに等しい。
プロデューサーも同じである以上、他の舞台スタッフも変わらないのだろう。

「こんな時に、アイドルじゃあ救いようもねえのかよ!」

思わず衝動的に、拓海は拳を振り上げた。

……拳は振り下ろされなかった。


代わりに3人の耳に入ったのは、騒然とする観客の声。
自分達が何もできないまま、いよいよパニックになったか。
最悪の事態を覚悟して見やったステージ上に、それは確かにあった。


光。


闇に包まれていた舞台上に、紛れもない白き光が照らされている。
スポットライトに似たその光は、まるで拓海達を待つかのように2本に分かたれて放たれていた。
消える気配の全くない、あまりにも鮮烈な光。

不意に、高く掲げたままの拓海の拳に手が触れる。
降ろした先に見えた美世の顔に、もう消沈の色はない。

「やるよ、拓海」
「……ヘッ、そう来なくちゃな。いいよな、プロデューサー?」

何故光が、と疑う気などなかった。
希望を取り戻した2人を前に、プロデューサーはジャケットを着直す。
そしてすぐさま背を向け、目をカッっと見開いた。

「きっかけはもう出来た、たとえあのライティングが途中で切れようと一曲回し切るぞ!
 配置着いたら譜面台にLEDライトをセットするように! 楽器回りとマイクは予備電源で動かす!
 1分後にスタートだ、各員移動開始してくれ!」

バックメンバーに向けた指示を終え、改めて拓海達の見たプロデューサーの顔には、いつもの余裕が戻っていた。

「どういうイレギュラーかすらわからんが、覚悟は決まったよ。
 今のお前達を前に肝心のオレが引いてちゃ、何のためにプロデューサーやってるかわからんからな。
 さすがに本来のステージみたいに火薬とかは使えないが、そんなもんハンデにならないくらい突っ走ってやれ」
「はい! よぅし、アクセル全開で飛ばしてくよ!!」
「 せっかく来てくれた連中だからな、こんな闇ブチ抜くくらい限界突破してやろうぜ!」

一曲限りのステージ。本来を考えればあまりに短縮された時間。
それでも、いやそれだからこそ、2人の全力が詰め込まれる。
たとえ光源のほとんどない中でも、2人の熱が高まっていく。
それはプロデューサーだけでなく、バックステージにいる全員が感じ取れた。

ついに、1分が経った。

「時間だ。行ってこい! 輝きの向こう側まで!」
「よっしゃああ!!いくぜオイ!!」

テンションを限界まで高めた拓海と美世が、ステージへと駆け上がる。
暗闇を打ち破るような歓声と共が2人を出迎えた。
その刹那、アイドルの背中越しに見えた光の源は、黒いボディの車のように見えた。

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Kamen Rider Drive


         ---------------------------→
           彼の戦いはいつ終わりが来るのか
         ←---------------------------


                  The IdolM@ster Cinderella Girls


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            - 1 -


警視庁警務部の一室。
泊進ノ介と泊霧子が招かれた先には、既にこの部屋の主である本願寺純が待っていた。

「いや~、泊ちゃんに霧子ちゃん。お久しぶりですねー」

丁寧に礼をしてから入室した二人に対し、本願寺の挨拶はフランクだった。
好々爺然とした風体の本願寺に合ったものではあるが、ただの気の良いおじさんではない。
デスクの上に乗る『理事官』のプレートが示す通り、彼は警務部の重鎮なのである。

「お久しぶりです。また、三ヶ月振りですね」
「あら、そういえば前もそうでしたねー。いやぁ、定期連絡じゃないんですよ?」

冗談めかして応える本願寺を前に、進ノ介は内心で気を引き締めた。
霧子の言う通り、彼らがここに来るのは初めてではないし、以前来た時の記憶もまだ鮮明だった。
だからこそどういう要件なのかも、ある程度想像が付く。
そんな心中を知ってか、本願寺の顔が進ノ介に向いた。

「聞いてますよぉ、東京大停電での活躍ぶり。
 特四のみなさんの中でも、特に泊ちゃん達の貢献は大きかったそうじゃないですか」

――東京大停電。
2016年3月20日、東京都内全域において発生した12時間に及ぶ連続大規模停電、
そしてその直後に発生した通電再開後の過電流事故をまとめた事件名称である。
様々な事業における全国、あるいは東日本の大型拠点が集中する東京だけに、
被害は単純な電力不通によるものを遥か超えていた。

しかし、その異常とも言える事件規模に比べ、実際の被害は各種専門家が推定した数値を大幅に下回り、
事件後二週間という短期間で人々は平穏を取り戻しつつあった。
世間一般的には「停電状況下でも人々が手を取り合って協力したからだ」という美談に仕立てられているものの、
警察内部ではそれが表向きは発表されない、幾つかの要因に拠るものだと周知されていた。

そして、その要因の一つが進ノ介ら自身の働きであることを否定するつもりはない。
自らが率いる捜査一課特殊犯捜査第四係・通称『特四』が、停電下における多数の便乗犯罪を
片っ端から潰したことが、治安維持とパニックの抑止につながったのは間違いないだろう。
だが同時に、決してそれだけが理由の全てではないことも、進ノ介は強く認識していた。

「オレ達に出来たのは、ひたすらに人々を守ることだけですよ。
 それに元凶を止めたのは――仮面ライダーですから」

思わず進ノ介は軽く苦笑した。
その名を出す度に、力を失ったことに代わりはない事実を感じさせる。
だが心は今でも強くある。おそらくは霧子も、また。

「謙遜することないんですよぉ、泊ちゃん。
 君達がいなかったら、都内各所で相当な被害が出てたんですから。
 それに、泊ちゃんが仮面ライダーだったからこそ、事態の収拾も迅速にできたんです。
 それこそどこに出しても恥ずかしくない、立派な成果でしょう」

「……ありがとうございます、課長」

 本願寺の言葉に、進ノ介は霧子と揃って頭を下げた。

 東京大停電の早期鎮静化には二つの要因があった。
 一つは、この停電を起こした首謀者達を、「仮面ライダー」の名を持つ戦士達が倒していたこと。
この停電はただの事故ではなく、「ノバショッカー」なる組織により起こされた事件であったのだが、
その組織幹部が撃滅されたことで停電の再発生を止めることに成功したのだ。
 もう一つは、東京全体において長期停電対応が熟成されていたこと。
東京大停電よりも前、2014年12月に「暗黒の聖夜」と呼ばれる大規模停電を、既に東京という場所は経験していたのだ。
規模も時間も東京大停電に比べれば小さいが、それでも一時間以上に及ぶ停電は、あらゆる業態に衝撃を与えた。
家庭レベルの無停電電源装置や、イベントホールレベルでの非常用電源が飛ぶように売れたのは記憶に新しい。
同時に長期停電における対応ガイドラインも積極的に練られるようになったことが、この12時間の停電を救っていた。

 一見して繋がらないこの二つの要因は、しかし進ノ介と無縁ではない。
どちらも、かつて泊進ノ介自身が『仮面ライダードライブ』であったからなのだ。
ノバショッカー幹部を倒した仮面ライダー達と面識があるのも、
「暗黒の聖夜」を引き起こした機械生命体ロイミュードが撃滅されたのも。
……そう、かつては。

「今回の捜査依頼は、大停電絡みということですか」
「気が早いですねー。まぁでも、そういうことになります」

思い切って切り出した進ノ介の言葉は、やはり肯定された。
前配属先での上司だったとはいえ、本願寺はただ事件の活躍を誉めるためだけに人を呼びつける人間ではない。
前回も、前々回も本願寺は進ノ介達に極秘の捜査依頼を用意していた。
ならば三度目があっても、なんらおかしいものではない。

「これが大停電の最後の締めくくり、になるといいんですけどね」
「締めくくり? 何か、捜査状況に変化が?」

霧子が疑問の声を上げる。
東京大停電の対応は部署単位を超えたものであるとはいえ、進ノ介も霧子も現状把握は常にしている。
緊急の情勢変化がないことは、今朝方も既に確認していたことだった。

「捜査全体に影響するかはわからないんですが、ちょっと調べてほしいことがあるんですよ。
 それも、泊ちゃんと霧子ちゃんでないと頼めないものでして」

本願寺はデスクの引き出しを開け、一枚の紙を取り出した。
書き味の良い独特の紙は、証言を元に犯人の似顔絵を書くのによく使われるものだった。

「大天空寺にいた青い服の青年、覚えてるでしょう。先ほど、彼から連絡がありましてね。
 タケル君が泊ちゃん達に証言した内容にない、ある事実を思い出したと」

「マコト君だな。それで、その事実というのは?」

「自分がノバショッカーと交戦に入る前に、あるものがノバショッカーと戦っていたと。
 彼の証言を元に、イラストに仕立ててもらったものがこれです」

裏返しにされた紙が表にされると、鉛筆書きのスケッチが目に入る。
進ノ介と霧子は揃って息を呑み、そして驚愕した。
スケッチされたものとはいえ、それは記憶の中にあるものを掘り起こすのに十分だった。

「……見覚え、あるんじゃないかと思いまして」
「忘れられるはずがありません。オレはこれに追われたことも、連携したこともあるんですから」
「私もです。でも、何故これがあの現場に?」
「その調査をお願いするために、今日は来てもらったんです」

本願寺はデスクの後ろに置かれた棚を眺めた。
そこにあるのは、強化服のようなものを来た本願寺の写真である。

「思い起こせば、クリムちゃんもあの後どうなったかという話をしてくれませんでしたからね。
 てっきり帰ったものだと思ってましたが、何か問題があったのかもしれません」
「万が一、悪用されていたら大変なことになるのは身を以て知っています」
「ええ。それにもし帰った上でまたこちらに来ていたのなら、もっと切迫した事態の可能性もありますしね」

 スケッチを手に取り、進ノ介は霧子と共に立つ。この捜査を受けない理由などない。
ならば、と思わず軽くネクタイに手を伸ばし、締め直す。気合を入れる時の進ノ介の癖だった。

「捜査依頼、承りました」
「頼みましたよ、泊ちゃん、霧子ちゃん!」

本願寺の激励を最後に、二人は退室した。




地下駐車場へ足を向けながら、進ノ介は改めてスケッチを見る。

描かれていたのは、一台の自動車であった。
スポーツカーを思わせるスマートなフォルムに、黒を基調に各所へ青いラインが入った車体。
どことなく未来的な意匠を感じさせるその車は、進ノ介と霧子にとって見覚えのあるものである。
だが、このマシンは進ノ介自身と共闘したのを最後に、行方が知れなくなっている。
それが何故、あのタイミングで、あの場所に現れたのか。

(ネクストライドロン……まだ、誰かが戦っているのか?)

疑問を押しこむかのように、進ノ介は愛車に乗り込んだ。

☆       ☆       ☆       ☆       ☆       ☆


「よっし、それじゃあ乾杯だ!!」

プロデューサーの音頭に合わせ、3つのグラスが軽くぶつかる。中身は全部ウーロン茶だ。
程なくして、テーブルの中央にある七輪から煙が軽く立ち上る。
とりあえずとばかりに焼かれた牛カルビからは、タレの良い匂いがした。

「最初からガンガン行くねー、拓海は」

せっせと肉を網の上に置いていく様に、軽く呆れつつ美世が言う。
もっとも、そんなことで勢いを落とす拓海ではない。
むしろ健啖さをさらに発揮して、早く焼けた肉からガンガン口に入れていた。

「そりゃあ久しぶりの派手な肉だからな!
 ……って、どうした美世。手ェ止まってんぞ。喰いすぎでスタイル崩れるのが怖いってか?」
「いや、そうじゃなくて、状況的にいいのかなって」
「なに言ってんだ、こういう時こそアタシ達が思いきり食わねえと色々と元気なくなっちまうだろ」
「それは、そうかもしれないけど……」

歯切れの悪い答えに、思わずプロデューサーの方へ視線を回すが、
彼は彼で焼けるのに時間がかかる野菜とホルモンを網に載せている。
肉が絡むと皆、こうも細かいことを気にしなくなるものか。
思わず溜息を吐くも、さすがにプロデューサーはそこまで浅慮ではなかった。

「気になるだろうからこそ、あえて来たんだよ。色々とよろしくない影響を抜きたいからな」

そう言うプロデューサーの後ろには、空席のテーブルが並んでいた。
土曜の夕食時だというのに、焼肉屋の店内には空席が目立つ。
3人の座るテーブル以外には、女2人でビールをガンガン呷る客が目立つ程度。
プロデューサーの馴染みの店で、これまでに何度か―その半分近くは拓海絡みで―来たことがあるだけに、
この来客減が偶然ではなく明確に客足が減ったのだというのは美世の目にも明らかだった。
口に入れたカルビの味からして、別に肉の質が落ちたわけではないし、店内設備に問題が出たのでもない。
そして、その原因の心あたりは既にある。

……自粛、である。

「停電のち過電流、なんてことが起きれば気持ちはわからんじゃないが、復旧が進んでるなら気にしないが吉だ。
 下手な引け目を感じてれば世間様にも影響出るし、回り回ってアイドル活動自体も潰しかねないからな。
 何より週明けにはステージ解禁だ、マスコミ連中もアイドルとしての仕事で真っ向黙らせてやれるようになる。
 美世にはそれができるし、そうオレも信じてる」
「あの日のライブみたいに?」
「そういうことだ。世間様に活力を与えてくのにウチらが必要だってわかれば、意味のない自粛なんざ潰せる。
 二週間前のあの状況をくぐり抜けたってのが先に立つ分、その証明は他より遥かにやりやすいだろうさ」

美世の顔に少し明るさが戻る。
たしかにあのライブの経験は、成功を信じるに足るものだった。


二週間前。
拓海がグループユニット「炎陣」に参加し、美世のソロ活動も増えていた中、久しぶりに開かれた2人メインのライブ。
あの日のライブは、プロデューサーとしてもあえて2人を分けて活動させ、別れていた間の活動成果を爆発させる形で
さらなる飛躍を見せる狙いがあっただけに、内外から注目されていた公演であった。
それでも、まさかある種の伝説と化すとまでは誰も思っていなかった。
激変を与えたのは、東京大停電というイレギュラーこの上ない大災害。

『アイドルが臨海地域救う 死傷者ゼロ・歌声を人々の希望に』

大停電にまつわる報道の中に、その見出しはあった。
拓海と美世の声は電気を失った有明一帯に響き、光も音も失った世界に戸惑う多くの人の心を支えた。
もちろん、実際に無事で終わったのは公式グッズのサイリウムを照明用に迷わず配布したプロデューサーの判断や、
避難誘導の実務にあたったスタッフの貢献した部分も多い。
しかしその原動力は、間違いなく停電下の闇に輝くアイドルだったのである。
予備電源を代償とした1曲限りのライブは全てを好転させていた。

他地域では将棋倒しなどの二次被害も起きていただけに、この結果はあまりにも特異なものだった。
自粛ムードを漂わせつつ平穏を取り戻していく世間と裏腹に、2人はひたすら取材に追われる日々。
そして取材攻勢がようやく途切れたところでの、この焼肉である。

「そういや結局、あの光っつーか、ライトっつーか…アレは誰が出したモンだったんだ?」

よく焼けた牛ロースに手を出しつつ、思い出したように拓海が疑問をぶつける。
二週間前に舞台上に立つことができた直接の原因だけに、美世もよく覚えているらしい。
それだけにプロデューサーの答えが気になるのは美世も同じだった。

「わからない」

焼きカボチャを口に入れながらも、プロデューサーは即答していた。
すぐさま拓海が食い下がる。

「わかんねえって、ライブ中にすぐ見に行けば見れたんじゃねえか?」
「予備電源の使用に避難対応の準備で手一杯だった、てのが正直なところでな。
 あの状況で光の正体と来場者の安全を天秤にかけたら、後者取るしかない」
「そいつはまぁ、そうか」

 珍しく、拓海があっさりと納得している。
それは美世と同じく、東京大停電という異常事態を身を以て知っているからだろう。
予備電源と謎の光がなければ、相当の部分が原初の夜の闇に覆われていた状態である。
それで何かを探せと言われても、相手がよほどの巨大生物でもない限り無理だったに違いない。

「結局のところ、俺や警備担当の人間がわかっているのは、アレが駐車場側にあった車っぽい何かから放たれたことだけ。
 俺の目には車そのものに見えたんだが…本当に車だったかと言われると証明のしようがない状態でな」
「エンジンの駆動音を聞いた人もいないんですか? 近辺のタイヤ痕も?」

今度は美世が食いつく。車、と聞いて黙っているわけがない。
だがプロデューサーは首を横に振った。

「どっちもないんだよ。音についてはまぁ直後にライブ始まったから印象に残らなかったん可能性もあるけど、
 途中で未舗装の砂利道通らないで出れない場所なのにどこにもタイヤ痕ないんだ。
 緊急対応の一環で車の出入りは止めてあったから、他の車の痕に紛れた可能性もない。
 だからアレが車だとすると、どうやって姿を消したのかがミステリーになるんだわ」
「じゃあ裏手に入ったんじゃないですか? あるいは、空飛んだりして」

答えはすぐ返ってこなかった。
ふと見ると、拓海もプロデューサーも動きが止まっている。
直後に派手に火が出たホルモンを危ねえ、と鎮火する拓海をよそにプロデューサーはまだ固まっていた。

「あれ? なんかおかしなこと言ったかな、あたし」
「……いや、どこのスパイ映画だと思ってな。正直、美世が車絡みで素っ頓狂なアイデア出すと思わなかった」
「アレが車で、タイヤ痕もなしにどこかへ消えたならそうなるかなー、って」
「なるかなってお前、裏手は海だぞ? ボンド・カーでもなきゃ、水陸両用できるのはホバークラフトになるだろ。
 そんな目立つ上にうるさくてデカいもの展開すれば、いくらなんでもウチの警備スタッフが気付くよ。
 移動じゃなくて転落なら無視できない派手な音がするし、空に至っては完全に考慮外だ」
「あ、そっか。そうだよね」

納得した風の美世を見て、プロデューサーは一瞬目を伏せた後に軽く笑っていた。
また火を放つホルモンを消火がてら口に入れる姿に、困惑の色はない。

「美世がそんな冗談言えるなら、オレも気も楽ってもんだな。
 とにかく、例の光について言えるのはそれで全部だ」
「姿消したのだけはたしかなんだろ?
 あんな派手にやっといて逃げるなんざ、肝ッ玉がデカいんだか小さいんだかわからねぇな」
「理解は一応できるさ。あの状況じゃなきゃ、行為自体は本来妨害にあたるものだし」

拓海にそう答えるプロデューサーを見て、美世はあの瞬間のハイビームを思い起こしていた。
なにせステージ照明の代用にすらなる程の、狙い澄ましたかのような光である。
今回は事情が事情だけに救われた形だが、本来ライブ中にそのような行為をすれば演出妨害に他ならない。
プロデューサーが車らしきものの調査にあたっているのも、単純にライブ成功の立役者を探しているだけでなく、
いかにして事務所や警備陣を抜いてそのような真似をできたかを探る意味もあるのだろう。

「過ぎたことはそれくらいにして、だ。
 明日は2人とも完全フリーの休みだからな、今日の肉と合わせて英気養っとけよ」

それきり、二週間前のライブから話題は離れていく。
気付けば3皿分の肉を空にしている拓海を見て、負けじと美世も七輪でハラミを焼き始めた。

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「なんでアレが、ノバショッカーと戦っていたんでしょうね」

じりじりと続く交通渋滞を前に、霧子がそう呟いた。
半ば私物と化しているGT-Rの車中にいるのは霧子と進ノ介だけである。

「やっぱり切り口はそれしかなさそうか」
「ほとんどないに等しい足跡以外で、唯一の手がかりですから。
 それ以外は考えてもまず答えが出ないままで終わります」

霧子の見解は、進ノ介のそれと一致していた。

あの黒い車の姿が明確に確認されたのは、ノバショッカーと交戦したショッピングモールだけ。
足取りを辿るのに費やした時間はほぼ一日、その大半は空振りを確認する作業だった。
なにせ東京大停電の余波が色濃く残る状況である。監視カメラの多くが無力化されたままであり、追跡記録に多くの抜けがある。
加えてこの車が進ノ介の想像通りの車両であるなら、監視網の生きている部分を抜いて移動することも容易だっただろう。
ならば矛先を変え、交戦相手であったノバショッカー側を調査するのもアプローチとしては一つの道理だった。
とはいえ、これも簡単な話ではない。

「ノバショッカーの線を追うのも、今となっては難しいけどな。主だった幹部がみんないないんだから」

ハンドルを握りながら、思わず進ノ介は苦笑した。
東京大停電後、事情聴取した仮面ライダーの青年達から確認した情報によれば、ウルガ、バッファルと名乗る幹部2名は爆死。
残る1名であるイ―グラも、ウルガの暴走により致命傷を負わされたという。
現場検証によりイ―グラのものと思しき血塗れの白いスーツと爆発痕が確認され、これも死亡したものと看做された。

この3名以外に幹部となりうる者がいないことは、進ノ介ら捜査一課の尽力で既に調べがついている。
その証拠に、ウルガらの死亡以降ノバショッカーは全く動きを見せていない。
構成員全てを確保できたわけではないにも関わらず、である。
そして動きを見せないからこそ、所在を掴むことが難しくなっていた。

「ノバエネルギーの技術情報を持っている以上、残党追跡自体も意味はあるんですけどね。
 ここまで息を潜められると、たしかにちょっと骨が折れそうです」

霧子が深く嘆息する。
翌日が日曜だけに、土曜の夜は交通渋滞が長引きやすい。
亀のような渋滞の復活も、世間に紛れたノバショッカーも、平穏を取り戻した結果である。
進ノ介らにとって喜ばしいことではないが、拒否できることでもない。
平穏を取り戻すべく死にもの狂いで働いた身としては。

不意に、車中で電子音が響く。
次の瞬間には霧子が自らの携帯電話を見ていた。
メールの内容を確認し、顔を上げる。

「りんなさんから連絡です。明日午前8時に研究室まで来て欲しい、と」
「わざわざ呼ぶってことは、なんか掴んだのか」
「空振りではないようです。何が判明したのか、文面で具体的なことは書かれてませんが……」

霧子の答えに、進ノ介は表情を引き締め苦笑を抑え込んだ。
かつての仲間の調査が、捜査の手がかりにつながるかもしれない。

本当は今すぐにでも結果を聞きたいのが本音ではあるが、なにせ今は午後10時過ぎである。
大学の研究室であろうと、そろそろ退室しなければならない時間だ。
それに彼女が研究活動に入ると徹夜を平然とする人種なのは、進ノ介も霧子もよく知っている。
東京大停電の最中ならいざ知らず、緊急事態を抜けた今になってまで無理を強いることはできなかった。

「よし、勝負は明日だな。ノバショッカー追跡に役立てばいいんだが」
「泊さん、もし残党が情報持ってなかったらどうします?」
「そうなったら、もう虱潰しに追ってくしかないな。
 ショッピングモールにいた事実は動かないから、そこから辿れるルートを全部潰す。
 ……できれば勘弁願いたい話だぜ」

停電と過電流で監視が歯抜けの上、事態発生から2週間も経っている状況での車両追跡。
かかる労力を考えると、歴戦の捜査員である進ノ介ですら寒気がする。
ならばこそ、まずは明日りんなに会いに行く。
それがどんな結果にしろ、今よりは状況が好転すると信じて。

ようやく渋滞を抜けた道を前に、進ノ介はアクセルを踏み込んだ。

☆       ☆       ☆       ☆       ☆       ☆

「なかなかイケるね、マンゴーレアチーズ大福」
「だろ? 美世なら合うと思ってたんだ」

肉をたらふく食べても、それとスイーツは別勘定。
それを証明するかのように、ロードサイドのコンビニのベンチに拓海と美世の姿があった。

アイドル仲間である藤本里奈の影響もあって、拓海がコンビニへ足を運ぶ頻度は意外と多い。
だが、美世と一緒に来たのは久しぶりだった。
離れて活動していた期間はそんなに長くないはずなのに、思ったよりも距離が出来ていた。
あの日のライブがなかったら、そう気付くのはもっと遅かっただろう。

「アイツの言葉じゃないけどさ、なんであんな変な冗談抜かしたんだ?
 お前、ゲーセンのレースゲームでも車絡んだら突飛な発想しないだろ」

ライブの光景から焼肉屋での会話を思い出し、拓海はそんな疑問をぶつけていた。
人がそこまで変わることはないと思っていても、気になることはある。
もっとも、当の美世はと言えば平然としていた。

「あー、そうだね」
「だね、じゃねーよ。らしくないってんだ。疲れてんだったらとにかく寝てろ。
 ガッコいかないと色々うるせえアタシと違って、3連チャンくらいはできるだろ」
「心配してくれてるんだ?」
「当たり前だろ。族の頃から面倒は見るほうだぜ」

臆面もなく拓海は言い切った。
実際、親分肌に近いところを持つ拓海は、仲間や舎弟の面倒を自分から気にする方ではある。
知らぬ間に美世が妙な発言をするようになったとなれば、気になって当然だ。
だがその意図をわかっていてなお、美世はあっけらかんとしていた。
あまりに平然とし過ぎているので、思わず拓海の目が睨みがちになる。

「ほんっとーに何でもないのか?」
「何でもない……ってことでもないけどね」

一瞬身構えた拓海と裏腹に、美世が取り出したのはスマートフォンだった。
画面を見ると、そこにはメールの文面が映し出されている。

「ああいう発想は多分、珍しいお客さんのせいかな。アイドルじゃない方のね」
「お客さん?」
「うんうん、相当変わりダネなの」

拓海は怪訝な顔をしていた。
美世がアイドルになる以前から、実家の自動車整備工場を手伝っていることは知っているし、
個人営業ゆえに大手では来ないような車種を扱っていることも理解しているつもりだが、
それでも常識を粉砕するような代物が来るとは思っていない。
そんな心中を察してか、美世はさらに続ける。

「年一回ペースでメンテ頼んでくるお得意さんなんだけど、最初に偶然あたしが対応したからか前回も今回もご指名でね。
 ちょうど良く休みが来てよかったな」
「どういう車なんだ、ソイツ?」
「んー、最初は中身が特殊なだけだったけど、去年が凄かったの。変形機構とかあって」
「変形だぁ……?」
「あの調子だと多分、今年もまた別の車なんだろうけど」

美世の言葉に、拓海が逡巡する。
そして、少しだけ溜め息をついた。

「久々にツーリングにでも出る気だったけどよ、そいつはお預けだな。
 明日、お前んち行くわ」
「なんで? あ、バイクのメンテ?」
「いや、ソイツもやってもらえるなら助かるけどよ……とにかく、明日行くからな」

そう念を押し、拓海はベンチから立ちあがりバイクへ向かった。
美世もまた、追うかのように愛車に乗り込んでいる。
今日はこれでお開き、ということだろう。
もっとも、明日があるのなら夜遅くまでコンビニのベンチに居座る必要はたしかにない。

フルフェイスのヘルメットを被り、バイクを発進させる。
遠ざかる美世の愛車を横目に、拓海は一人ごちた。


(ったく……相棒がヘンになるってのは、思ったより落ち着かねえもんだな)

            - 2 -



午前7時50分。
指定された時間より早く、進ノ介と霧子は恵明大学へ到着していた。
講義が少ない日曜だからか、人の影がまばらな大学構内をGT-Rが走る。

「ここだな」
「当たり前ですけど、休みじゃないみたいですね」

『電子物理学研究所』の札が掲げられた建物を前に、2人はGT-Rから降りた。
明かりが点いている様子からして、建物の主は既に中にいるのだろう。
そう判断して入口の扉の前に立った瞬間、扉の方が先に開いた。

「あれ、泊くんに霧子ちゃん? なんでいるの?」

研究用の白衣を纏った、ややウェーブの入った茶髪の女性が目をパチクリとさせている。
だが、進ノ介達もまたその反応に動揺していた。

沢神りんな。
かつての特状課の仲間にして、彼女こそ今日自分達を呼びつけた張本人だからである。
時間より早いことを驚かれても、そもそもこの場にいること自体は双方想定内のはずだ。

「メールで連絡もらったの、りんなさんの方からですけど」
「ええっ!? たしかに今まさに呼ぼうかなーって思ってたけど……まだ呼んでないわよ、私」

霧子の言葉に、りんなが派手に声を上げる。
割とオーバーアクションのケがある人とはいえ、嘘をついているような反応には見えない。
だからこそ霧子は状況確認を続けた。

「でも、メールが来たの昨日ですよ」
「昨日? うーん、昨日は研究者同士で飲んでたからメール誤送信やらかしたかなぁ……
 霧子ちゃん、ちょっと受信したメール見せて」

りんなに促され、霧子は自分のスマートフォンを渡した。
ひとしきりメールの内容を見ていたりんなは、やがてボタンを数度操作した後に軽い溜め息を吐く。
直後にりんなが返したスマートフォンの画面に映っていたのは、メールのヘッダー情報だった。

「うーん、文面はたしかに私の書き方にそっくりだけど……これ、発信元が偽装されてるわね。
 パソコンなら比較的見抜きやすいけど、スマートフォンじゃ本物と区別付けるの難しいのよ」
「つまりこのメールを送ったのは、りんなさんじゃない?」
「そういうこと。多重偽装されてるみたいだから、元を追うのはちょっと手間かかりそうだけど」

その答えに、今度は進ノ介が訝しげに眉根を寄せた。
りんな本人によるものでなければ、一体誰がこのメールで自分達をここまで呼び寄せたというのだろうか。
それもまばらとはいえ人影があり、必要ならばすぐ警備の人間が加勢できるこの場所に、である。
りんなと進ノ介達の共通項を考えると元・特状課の人間を狙った可能性も考えられたが、
こんなオープンな場所ではGT-Rで逃走するのも簡単だろう。つまり、意図が読めない。

「まぁいいや。とりあえず発信者についてはおいといて、せっかく来てくれたんだから見せるもの見せましょう。
 どうせ呼ぶのが早いか遅いかだけなんだし」

なおも思案する進ノ介に、りんながそう声をかけた。
たしかに今に限れば、事態の進展が高速化しただけで何も不利益はない。
多少の気味悪さは残るが、それよりも優先すべきことがある。

「わかりました。オレ達も今は情報が欲しいですから」
「それでよろしい、なんてね。じゃ、行きましょうか」

うんうん、と首を縦に振るりんなを追い、進ノ介達は研究所の中へ入った。

「なんだかんだで、直接会うのは久しぶりよねー。 結婚式からもう三か月も経つんだっけ?
 正直、忙しくてそんな感じしないんだけど」

りんなの言葉に嘘はない。
研究所の中に転がる栄養ドリンクの空きビンを見て、進ノ介はそう感じた。

東京大停電が人為的に起こされたものである以上、本来長期化する可能性も十分あった。
ノバショッカーが有する技術を使えば、何度でも再発生が可能であると推定されたためである。
幸いにして、仮面ライダーの活躍でノバショッカーそのものが沈黙し再発は抑止できたものの、
その技術そのものは未だ接収できていない。
万が一、再発生が目論まれた際にその対抗策を打てるよう、技術解析は急務であった。
現場で事態収拾にあたった進ノ介達とは別の方向で、沢神りんなもまた東京大停電と戦っていたのだ。

「ノバエネルギー、ですか」
「そう、それよ。その前から忙しかったけど、ほんとアレのせいで先月は多忙も多忙よ。
 念のため過電流対策はしていたとはいえ、なにせ計測機器を事故らせる勢いで流れてきたでしょ?
 再発防止策は打ったけど、根本的な解析にはかなり時間かかっちゃった。
 ハーレー博士や別口で関わりある研究者の手まで借りて、ようやくどんなものか調べがついたの」

言いながら、りんなが調査レポートと思しき紙束を取り出す。
同時に進ノ介と霧子の表情が真剣になった。
規模が大幅に縮小したノバショッカー残党は、怪人一人生み出せない状態であると推定されている。
未だ抱えているであろうノバエネルギーを逆転の一手に活かすべく、潜伏を続けている可能性は高い。
ならばこそ、ノバエネルギーの起動条件がわかれば追跡の手掛かりになると進ノ介は考えていた。

「細かいデータ見せてもしょうがないから、結論だけズバッと言っちゃうわ。
 ノバエネルギーは特殊な発振パルスを持つ高循環エネルギーよ。
 過電流事故が起きたのは、本来必要な通常電力への変換過程をすっ飛ばして流し込んだせいね」
「特殊な?」
「ええ、ポイントはそこよ」

りんながビシッ、とある方向を指差す。
そこにあったのは、小型のミニカーらしき物体。
モックアップのようだが、それが何であるか進ノ介達は知っている。

「……極めて酷似してるのよ。 コア・ドライビアのそれと」

進ノ介と霧子の顔に驚愕の色が浮かんだ。
仮面ライダードライブの心臓部。彼らにとっては馴染み深い光式駆動機関。
だからこそ、今は存在そのものが地中深く封印されている事実も知っている。
かつての相棒がその力を解放しなければならない大事が来ない限り、封印は当分続くはずだ。

「まさか、ロイミュードとショッカーが手を組んだ時に技術を奪われたのか?」

進ノ介はすぐさま、ショッカーと関わりある過去の事件を思い起こしていた。
コア・ドライビアを搭載していたのは仮面ライダードライブだけではなく、ロイミュードも同じ。
ドライブ側の封印が解かれていない以上、過去に活動していたロイミュードに疑いが向くのは必然だった。
……そして実際に接点はあった。
ノバショッカーが離脱する前のショッカーとロイミュード089が協力し、
死亡したショッカーの科学者をコピーしていた事件が過去にあったのである。
その際にロイミュードの内部構造を解析されていれば、コア・ドライビアの技術盗用も不可能ではないだろう。

しかし科学者ゆえの見地か、りんなはそういった即断を避けていた。

「その可能性は十分あると思うけど、さすがにそう短絡的に繋げるには早いわね。
 たしかに、データ蓄積のある私やハーレー博士だってあの間に合わせのドライバーが限界ってところだから、
 よその誰かが一から構築するのはまず無理だと思う。それは間違いないわ。
 たとえロイミュードと協力状態でも、分解研究もなしに完全解析できるほど甘くはないはずよ。
 それにデータの出所自体、他にもあるかもしれない。たとえばロイミュードの開発者、とかね」
「蛮野……天十郎」

霧子がうめくように呟く。
仮面ライダーとロイミュードの戦いの中で蛮野は死亡したが、死亡するまでに複数の研究拠点を用意していた。
結婚式場近くの森に隠ぺいされたものなど、幾つかは進ノ介達によって発見されたが、それが全てという確証はない。

霧子の顔色が悪くなったのを察してか、りんなは話の方向を変えた。

「とにかく、幸か不幸かコア・ドライビアに似てることが判明したおかげで、起動条件はすぐ当たりがついたわ。
 ……発電所クラスの大電力よ。泊くんならわかるでしょ?」
 つまり東京大停電の停電部分は、ノバエネルギー起動のための前段階に過ぎなかったワケ」

ロイミュードの再起動も、そして仮面ライダーのドライバー再起動も、落雷に匹敵する大電力を必要とする。
たしかに、実際にその場に立ち会った進ノ介にはすぐ理解できることだった。
あの時は本当に落雷の電力を利用したために停電は起きなかったが、本来は発電所の電力を丸ごと奪うレベルの規模になる。
コア・ドライビアとノバエネルギーが酷似している以上、必要とされる大電力も同等かそれ以上であることは、
他ならぬ東京大停電が証明してしまった形になる。

「つまりノバショッカー残党は、なんらかの形で電力盗用を続けることで再起動を狙っているのでしょうか?」
「そう考えるのが妥当でしょうね。泊くん達の調べ通りなら、それしか今の彼らに手はないはずだもの。
 ……もっとも、あんまり考えたくない可能性もあるけど」
「可能性?」

思わず聞き返す進ノ介と霧子を前に、りんなはいつになく渋い表情を浮かべていた。

☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

紫に塗装されたCBR400RRが、早朝の街を駆ける。
ともすればアイドリングの多い都市部で乗るには燃費的に不向きな感もある車種だが、
そんなレーサーレプリカが日頃から乗りこなされているのは、ひとえに乗り手のこだわり故だった。
やがてバイクは車庫付きの建物の脇へ入り、そこで停止した。

「美世んち来るのも久しぶりだな……」

フルフェイスのヘルメットを脱いだ向井拓海は、誰にともなくそう呟く。
見上げた先には『原田オートガレージ』の看板。もう真新しくはないが、綺麗に見える範疇だろう。
やがてバイクに乗せた荷物を降ろした拓海が直接ガレージへ入ると、中には美世の姿があった。

「よう、もう作業してるのか」
「拓海!? ホントに来たの?」
「ホントにって、その言い草はねえだろ。……おらよ」

拓海が美世にほおって寄越したのは、今や馴染みの赤い缶に入ったエナジードリンクである。
芸能事務所なのに自社製品でこんなものを製造しているのは未だに謎だが、
聞いたところでさっぱり真相に辿り着けないので拓海は気にしないことにしていた。
強いて言えばイメージガールが必ず自社のアイドルなので、需要を自社で作っているというくらいの認識である。

投げると同時に、缶の先に車が見える。
だがそこにあるのは噂のボンド・カーもどきではなく、昨日美世が乗っていた愛車だった。
「愛車をいじっていると幸せ」と公言する美世は、今日のような休みであれば必ずメンテをする。
この東京支店から石川にある実家までいつでも帰れるコンディションにしてある、とは本人の弁である。

「で、来てねーのか? 昨日行ってた変ちくりんな車は」
「まだ先。メールには『午前10時納車』って書いてあったから。
 この人、毎回指定した時間ピッタリで持ってくるの」

ガレージに置かれた時計を見ると、まだ午前9時過ぎを指している。
美世のためなら、と息巻いて来たはいいが、どうにも着くのが早過ぎたらしい。
拍子抜けな感は否めないが、遅く来て見逃すよりはマシだ。
ガレージの脇に置かれた折りたたみ椅子を広げながら、拓海はそう自分を納得させた。

「……にしても、懐かしいの持ってきたね」

美世の声がガレージに響く。
メンテナンスの手を止めず、目も車に向いたまま。
だがこのガレージに他にいるのは一人しかいないし、何を見たのかもわかっている。

「やっぱそう思うよな。着たのは短い時期だったけどよ、思い出ってのはあるもんだ」

拓実が椅子に置いておいた服を手にし、広げる。
一目で特攻服とわかるそれの背には、漢字で『琉毘魂』―ルビコン―と書かれている。
今となってはステージ上ですら特攻服をモチーフにした衣装を着る拓海だが、
ことこの服には特別な意味があった。

拓海が美世と最初に会ったのは、アイドルとしてではない。
まだ二人が駆け出しの走り屋と整備工見習いの時、タイヤのバーストを起こしかけた拓海が、
急遽メンテナンスのために原田オートガレージへバイクを持ち込んだのがきっかけである。
その時に着ていたのが、当時所属していた族の名前『琉毘魂』を背負ったこの服だった。
自ら旗頭を務めるようになって以降は、パーソナルカラーに定めた白と紫の特攻服を仕立てているので、
この黒い特攻服は出会いを抜きにしても拓海にとって珍しいものとなっている。

「で、なんでソレ持ってきたの?」
「例の車の持ち主が怪しい野郎だったら、これ着てブッ飛ばすつもりで持ってきた。
 アイドルになってから手ェ出したのはアイツ以外にないけどよ、
 コレ着てた頃はちったぁ荒事もやってたからな。景気付けみたいなもんだ」

威勢良く言ったはいいが、直後に感じたのは微妙に厳しい視線だった。
気付けば、メンテナンスを終えたらしい美世がジト目で拓海を見ている。

「あのねぇ……」
「……なんだよ」
「たとえトンデモ車だろうと、あたしの大事なお客さんなんだからね?
 ケンカとかしたらアイドルどうこう以前にあたしが困るの」
「いきなり吹っかける気はねえよ。ただ、客にしたって変なヤツはいるだろ?
 ライブに来た観客だって、迷惑かける類は丁重にお帰り願うワケだ。
 美世が言うみたいなムチャクチャな車が本当にあるならともかく、妙なインチキ車で変な認識植え付けてるなら、
 今後のアイドル稼業にも良いこたねえだろ。客って扱いが足枷なら、部外者のアタシが背負えばいいさ」

拓海の言葉に、美世はこめかみに手を当てながら溜め息を吐いていた。
自分のためを思うのはともかく、あまりにも乱暴な解決策に頭が痛いのだろう。

「背負うって言っても、拓海だってアイドルでしょ? 自分はどうするのよ。
 それにその……信じてないでしょ? あたしの言ってること」
「変形する車なんて比奈とかガキンチョが言う分にはカワイイもんだけどよ、本当にあるなんて普通思わねえよ」

まるでマンガと現実を混ぜこぜにするな、と言わんばかりの物言いに、勢い良く美世は立ち上がった。
そしてガレージの隅にある棚から一冊のアルバムを取り出し、あるページを広げて見せる。

「ほら、気になるんだったら前来た時の写真見たら?
 最初の一台は撮影拒否されちゃったけど、この時は撮らせてもらえたから」

美世が広げたページには、数枚の写真があった。
そのいずれにも、真紅の車体に白いラインの入ったド派手なスポーツカーらしき車が映っている。
後部にタイヤを二つ乗せ、何故か左側の前輪周りだけ剥き出しになっている奇抜なデザインは、
車検が通るのかと疑うと同時に、たしかに変形の一つや二つはこなせそうなインパクトはある。

だが拓海が気にしたのは、もっと細かい部分だった。


(このマーク、なんか見覚えあんな……)


フロントグリルに描かれた『R』のエンブレムが、拓海の記憶に引っ掛かっていた。

★       ★       ★       ★       ★       ★


「とりあえず、今わかってることと可能性についてはこんなところよ」

解析資料を元にしたりんなの報告は、雑談を交えつつも一時間ほどかかっていた。
もっとも、東京大停電の根源にあたるものの解析なのだから、本来は大会議室で延々と説明が続いてもおかしくない。
それがたった一時間で済んだのは、ひとえに相手がコア・ドライビアについての知識を周知し、
東京大停電の現場に立ち続けた進ノ介達だからだろう。
ただ、互いを深く知っているにも関わらず、三人の空気は張り詰めたものがあった。

「あくまで可能性とはいえ、まさかタイムリミットがこれだけ差し迫ってるとは私も思わなかったわ。
 できれば、こっちのケースでないといいんだけど」
「仮にそうだったとしても、りんなさんに落ち度はありませんよ。あのわずかな痕跡から解析を完了したんですから。
 情勢維持を優先したとはいえ、あれ以上手掛かりを掴めなかったオレ達にも――」

進ノ介はそう答えるも、すぐさまりんなが手を目の前に広げて止めた。

「……はいはい、そういうのはヤメ。 今更、責任の背負いあいしたってしょうがないわ。
 それより今すぐに呼べる人員って他にいる?」

りんなの言葉に、今度は二人ともすぐに声は出せなかった。
進ノ介達には一段落付きつつあるが、警察全体としては東京大停電の後始末はまだ続いている。
それにこの案件にコア・ドライビアが関わってしまっている以上、救援は誰でも良いわけではない。
つまり元・特状課の人間かその直接の知人、あるいはどういう形であれその存在を既に知っている者に限られる。

だが進ノ介の知る限り、そういった条件に当てはまる救援は誰も呼べなかった。
今回の依頼主である本願寺は多忙の身であり、万が一の調整役でもあるため現場に呼ぶのはリスクが大きい。
捜査一課の同僚である追田現八郎は、過電流発生時に起きた事故から老婆を庇ったのが原因で、肋骨の亀裂骨折が残る重傷の身。
呼べば無理を押して来るだろうが、戦闘に発展する可能性がある以上、完治前の身での現場復帰は自殺行為だ。
三人の仮面ライダーも、大天空寺にいる二人は本来戦うべき相手と絶賛戦闘中であり、もう一人は日本にいるかすら定かではない。

そしてもっとも頼りになるであろう詩島剛―霧子の実弟にして、もう一人の仮面ライダーだ―は、
東京大停電以前に渡米しており、一人旅の真っ最中である。今から連絡をしたところですぐには帰国できまい。
すぐ浮かぶ範囲で、打てる手はなかった。

「最悪、三人だけでやるしかないわね」
「二人ですよ。りんなさんに何かあったらノバエネルギーへの対抗策も失われます。
 そうなったらたとえ最悪の場合でなくとも、ノバショッカー残党の好きにされますから」

りんなの言葉に、霧子が被せるように訂正した。
実際のところ、頭脳労働者であるりんなができるのはデータ解析や装備開発であって、戦闘に強いわけではない。
三人と言ったのは、あくまで気概の問題なのだろう。

「じゃあ、できる限り戦力は用意しておくわね。
 ちょうど実戦向きのものも完成したから、なんとか力になれると思うし」
「実戦向き?」

進ノ介が思わず聞き返した直後、不意に胸元から音楽が流れる。
レース番組でよく流れるこの曲は、進ノ介のスマートフォンに設定された着信音だった。

「究さんからだ。向こうからメールなんて珍しいな……」
「究タローから?」

りんなと同じ、技術要員だった同僚からのメールに思わず霧子とりんなも覗き込む。
だがメールには一枚の写真が添付されているだけ。
しかも写真が展開された直後、女性陣は揃って険しい表情を見せた。

「これ、ライブ会場か何かですか? こんな時に趣味の自慢なんて」
「ホントよね。それとも泊くんの趣味?」

写真の中央にはライブ会場によく止まっている、いわゆるツアートラックが一台大写しになっている。
その背後には野外ライブ会場とおぼしきセットも見えており、撮影場所はライブ会場近辺と見るのが妥当だろう。
トラックには車とバイクのイラストが描かれており、たしかに自動車趣味の進ノ介が好みそうなものではあった。

だが、進ノ介だけはこの写真を真剣な目で見つめていた。

「いや、何かの手掛かりかもしれない」
「え?」
「コイツもヘッダー偽装で送られたメールだからな。
 ですよね、りんなさん」
「……たしかにそうね」

進ノ介が見せたヘッダー情報に、りんなは首を縦に振った。
つまりこのメールも本物の究さん――西城究からのメールではないことになる。

「りんなさんに化けたメールもこのメールも、オレには何の意味もないとは思えない。
 今の状況に何かが関わりがあるはずだ。カンだけどな」
「でも、この写真にどういう意味が……?」
「そいつは走りながら考えた方がいいな」

言いながらスマートフォンを片付け、進ノ介は退出の準備を始めた。
ならばと、霧子も急ぎ席を立つ。たしかに今は、時間が惜しい。

「頼んだわよ泊くん、霧子ちゃん。
 杞憂で終わればいいけど、もしクロだったらすぐにここへ来て。
 装備なしで戦うのは多分自殺行為になるはずだから」
「わかりました、肝に命じておきます」

霧子が頭を下げると同時に、扉を閉める。
そして二人は足早に研究室を出て、GT-R目指して駆け出した。

(下手をすれば残された猶予はもう一日か二日がせいぜい、か。
 それまでにノバショッカー残党を押さえるしかない……!)

りんなから聞いた「最悪の可能性」を思い出すと、GT-Rの扉にかけた手に力が入る。
そうして愛車に乗り込み、進ノ介はキーを差し込む。

……その三秒後には、またキーを抜いていた。

「どうやら、調査の手間を省かせてくれるらしい」
「……歓迎したくはない相手ですけどね」
「たしかにな。悪い予感が当たるのはたまにで十分だぜ」

二人揃って急いでGT-Rを降りたが、目にしたものは変わらない。
GT-Rの真正面の道路上。 そこには大学という環境にあまりにも似つかわしくない男がいた。
全身をタイツのような黒い衣服に包み、その上に金属製の肩当てや胴当てのようなものを付けている。
腰には鷲のようなマークのあしらわれたベルトを着け、手に片手剣のような武器を持った異形。

直接相対したのは初めてでも、既に捜査資料で存在は見知っている。
何より、進ノ介達はこれに似た相手と戦ったことがあった。

「ノバショッカーの戦闘員か!」

進ノ介のその声で、既に正体も気配も割れたことを悟った男が襲いかかる。
だが、右腕を突き出す形で突撃する戦闘員に対し、進ノ介が右スウェーで滑るようにかわす。
そのまま背後に回って右腕を捻り上げると、間髪入れず霧子のハイキックが右手に入る。
ロイミュードとの激闘を潜り抜けた二人だからこそできる、鮮やかな連係だ。
この二人を戦闘員で抑え込もうとするなら、それこそ十数人いても足りないだろう。

「オレ達を甘く見過ぎてたようだな! お出迎えにお前一人じゃ足りないぜ!」

言いながらも、進ノ介は腕を捻り続ける。
やがては痛みに耐えかねてギブアップするか、ダウンして連行できる状態になるだろう。
片手剣を落とされ、正面を霧子、背後を進ノ介に押さえられた戦闘員は、ほぼ無力化された状態だった。

……最初に異変に気付いたのは霧子だった。

「泊さん、離れてください! 様子が妙です!」
「え?……何っ!?」

霧子の警告に戸惑った瞬間、捻り上げた腕が強引に振り解かれた。
火事場の馬鹿力か、と思った進ノ介は、すぐにそれが間違いであることに気付く。

進ノ介より背が低かったはずの戦闘員の背が、いつの間にか進ノ介より頭一つ大きくなっていた。
いや、背だけではない。シルエットそのものが大きくなっている。
やがて肩と胴に当てられていた鎧がはじけ飛ぶ。不意の飛び道具をかわすために霧子の態勢が崩れた。
今や二人の間に立っているのは鎧をまとった普通の男ではない。
彼らを見下ろすほど巨大な、筋骨隆々とした大男だった。

「なんだ、コイツ!?」

驚く間などない。巨体の戦闘員が振りかえり、背後にいた進ノ介に襲いかかったのだ。
本能的に後方へ飛び退った直後、進ノ介がそれまで立っていた場所のアスファルトは、
戦闘員の左拳で派手に砕かれていた。続いて繰り出された、仁王のような踏み込みもまた大地を砕く。
武器も何もない状態であろうと、あの攻撃を生身で受ければただでは済まないだろう。

それを承知の上で、進ノ介は自ら低姿勢のダッシュで突撃した。
丸太のような脚で繰り出される回し蹴りが、頭上を掠めていく。
そして接近した勢いを乗せたミドルキックから、ボディブローを叩き込む。
腕自慢の凶悪犯をダウンさせてきたコンビネーションに、戦闘員は身体をわずかに揺らしただけだった。

(硬ぇ……タフ過ぎるだろ!)

右手を振りながら、思わず内心で吐き捨てる。
スピードでは進ノ介の方が速い。受けの態勢を知らないのか、攻撃は全てクリーンヒットしている。
にも関わらず効いていない。むしろ殴った右拳の方が痛むほど硬過ぎるのだ。

ならばと、今度はローキックからアッパー気味のパンチにつなげる。
狙うは顎先。普通の人間相手には危険な攻撃だが、真っ当な打撃が通じないならやむを得ない。
だが綺麗に入ったアッパーを受けてなお、少しよろめいただけだった。
いよいよ攻めあぐねた進ノ介に反撃するべく、戦闘員の右腕がゆっくり動く。

霧子が駆け出したのはその瞬間だった。
進ノ介が囮になっている間に態勢を立て直し、渾身の飛び蹴りを見舞うタイミングを伺っていたのだ。
狙うは、変貌する前に捻り上げたダメージが残っているはずの右肩。
いくら霧子が女性とて、全体重と加速力をかけた蹴りである。それも背後から直撃すれば無傷とはいくまい。
これで腕の一つも潰せれば脅威は大きく減じるだろうし、態勢を崩す程度に終わっても逃走することはできる。

だが霧子が今まさに飛びあがらんと強く踏み込んだ直後、再び二人は驚愕した。
戦闘員の動かした右腕がバックルに触れた瞬間、進ノ介達の身体の動きが突如として鈍くなる。
認めたくはないが、かつては何度も感じたこの感覚を忘れるはずはなかった。


(重加速!!)


かつて「どんより」とも呼ばれた異常状態の中、進ノ介はなんとか防御の姿勢を整えた。
だが飛び上がろうとしていた霧子は、無理やりかがんで姿勢を低くするのが精いっぱいだ。
そしてその絶望的に遅い動きを横に、戦闘員が剣を拾い上げる。
腰に見える鷲のレリーフが赤く輝いているのは、おそらく気のせいではない。

「霧子!!」

思うように動かない身体では、進ノ介も叫ぶことしかできない。
馬鹿力を誇る今の戦闘員なら、力まかせに斬りつけられるだけで致命傷になりうる。
やがて進ノ介に背を向け、霧子の正面に立った戦闘員は、思い切り剣を振り上げた。

ドン、という重い音が響く。
戦闘員の背中に隠れ、霧子がどうなったかは見えない。
だが今度は、自分に脅威が迫る番であることだけはわかった。
振り向いた戦闘員が、進ノ介目がけて剣を振り上げたのだ。
動きが大幅に鈍くなった今、進ノ介に回避の術はない。だが、それでも諦めるつもりはない。
せめて肉だけを斬らせて耐えるべく交差させた腕越しに、剣の影が落ちた時――



ついに、それは現れた。


閃光のような青いビームが、戦闘員の剣と肉体を貫く。
赤い鷲の輝きが消えるのと、進ノ介の身体が通常速度に戻ったのは同時だった。
そして振り返った先には一台の車。

「ネクストライドロン!!」

進ノ介が思わず叫ぶ。
黒を基調に青いラインが入った車体、スポーツカーさながらの流麗なフォルム。
本願寺に見せられた鉛筆書きのスケッチ、そしてかつて共闘した記憶と全く変わらない。
彼らが追跡対象としている車の姿がそこにあった。

相対する進ノ介を避け、その背後に立つ戦闘員だけを蜂の巣にするようにビームのシャワーが降り注ぐ。
最初こそ強靭な筋肉で耐えていた戦闘員だが、突如としてその動きが止まる。
ビームが止んだ頃には、膨張した筋肉も身長も元通りの、ただの戦闘員に戻っていた。

膝から崩れ落ちた戦闘員を前に、進ノ介は立ち尽していた。
異常な筋力を失った反動か、それともビームが甚大なダメージを与えたのかはわからないが、戦闘員はピクリとも動かない。
それを確認した直後から戦闘員を視界から外し、正面を見据えていた。
だが、不意に我に返る。近くで聞こえたのは霧子の声だった。

「泊さん、大丈夫ですか?」
「そいつはこっちの台詞だ。このマッチョに潰されたかと思ったぞ」
「私も無傷で済むとは思ってませんでした。りんなさんのおかげです」

霧子の言葉通り、彼女の後ろにはりんなの姿があった。
そして小走りで進ノ介に駆け寄ってくると同時に、スーツのポケットに何かを突っ込んできた。
見たところ突っ込まれたものは、小型の機械のようである。

「とりあえずソレ持っていって!」
「これは……たしか、ピコピコ4号?」
「それさえあれば、重加速の中でも動けるでしょ?
 今の感じからして相手は超重加速の域には達してないみたいだし、役に立つはずよ。
 ホント、お守り代わりにしておいて正解だったわ」

なるほど、と進ノ介は心中で納得した。
正式名称「重加速軽減機」と呼ばれるピコピコがあれば、重加速中でも自由に行動ができる。
しかもこ号は手のひらサイズの小型仕様で、携帯性も十分だ。開発者なら常に持っていてもおかしくなかった。

だが、今はりんなに礼をするよりも大事なことがある。
当のりんなも、そして後から駆け寄った霧子もまた、すぐに進ノ介が見ていたものに気付いた。
未だ彼らの前に佇む、一台の車。

「泊さん、あれは本当にネクストライドロンなんでしょうか」
「そうだと思いたいがな。あんなビーム撃てるマシンがポンポン出てくるとは考えにくい。」
 だが仮に本物だったとしても、味方かはわからない」
「……ですね」

車両越しか否かという違いはあれど、自らの真横をビームが通り過ぎた感覚は変わらない。
そう感じてなお、進ノ介は楽観視を避け、霧子もそれに同意していた。
最終的に共闘したとはいえ、その過程にあったことを二人共忘れてはいない。
まして、未だ目的も事情もわからないなら慎重になって当然だった。

「データ照合ができれば本物かどうかは判断できるけど、それを許してくれるほど悠長な時間があるかしら」

呟くようなりんなの声。
それが引き金になったかのように、車から駆動音が響き出した。
もし記憶通りの動作精度を持つなら、快速を誇るGT-Rでも到底追いつける相手ではない。
それを承知しているからこそ、進ノ介は動き出しつつある車に向けて声を掛けた。

「今そいつを動かしているのは誰なんだ! なんでまた、この時代にいるんだ!
 ノバショッカーと戦ってるのは何故だ! 頼む、答えてくれ!」

ただ、叫びだけが響く。止まる様子はない。
無駄かと思った矢先、いきなり霧子のスマートフォンが鳴った。

「え、このアドレスって……」

霧子が驚愕する間に、黒い車体の車は猛スピードで大学構内を走り去っていた。

「霧子、今度は誰のアドレスなんだ?」
「それが……クリムのアドレスなんです。それも特状課に入る前、個人的に使っていた方の」
「なんだって!?」

去っていった車と入れ違いに届いたメールに、思わず進ノ介も画面に見入る。
メールの文面は進ノ介達の知る人間のそれと寸分違わない。
ヘッダーを見ずとも、恐らくりんなや究の時と同じく、何らかの方法で本人の文体を模倣しているのだと容易に推測できた。
目的や今の乗り手など、肝心なことは慎重に避けられているのもオリジナルと変わらない。
わかったのはただ一つ。

「要はこの場所に来い、ってことか」
「……行きますか?」
「どうあっても行くしかないだろ。味方なら良し、仮に罠だったならアレもオレ達で押さえる覚悟が要る」

スマートフォンに映し出された地図をコンコンと叩きながら、進ノ介は迷わずそう答えた。
あまりに出来たタイミングからして、偽装メールの発信者はあの車の乗り手の可能性が高い。進ノ介はそう踏んでいた。
ならばどういう形であれ、追跡対象の側からコンタクトがあったなら無視などできない。
まして、ノバショッカーとの交戦にも間違いなく一枚噛んでいるなら尚更だ。

そういった諸々の意図を汲んだりんなの反応は早かった。

「なら、私はこの戦闘員の装備を調べてみるわ。同時に戦闘装備の最終調整もね。
 戦闘員がここまで来たなら、もうクロも同然だもの。
 その場所に何があったかは、装備の受け取り時に聞かせてくれればいいわ」
「わかりました。それじゃあ改めてよろしくお願いします、りんなさん」

りんなの申し出に軽く頭を下げ、進ノ介と霧子は再びGT-Rに歩を進める。
今度は問題なく、エンジンが動いた。
そして起動したカーナビゲーションシステムに、霧子がメールに示された地図情報を入力する。


ナビが示した地点には、『原田オートガレージ』と書かれていた。

☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


「メンテおしまいっと。そんなに負荷かかってる感じじゃなかったけど、あんま手荒に扱っちゃダメだよ?」
「走り屋にフルスロットル禁止とかねぇだろ。気は使ってみるけどよ…よっと」

整備士としての注意を受け流しつつ、拓海はアクセルを軽く回した。
軽快なエンジン音を聞いただけで、愛車のコンディションはすぐ知れる。

「コイツなら低回転でもバリバリ回せそうだぜ。 腕はぜんっぜん落ちてねえな、美世」
「当たり前でしょ? アイドルだけじゃなくてこっちでもトップ目指してるんだから」

答える美世の顔には、暗さも不自然さもない。
それはつまり、間もなく訪れるだろう例のボンド・カーもどきの整備にもなんら不安を持っていないということだ。
もっとも、ここに来るまでは相当怪しんでいた拓海も、今は少し態度を軟化させていた。
証拠に黒い特攻服はガレージの隅に置かせてもらっている。

(見間違えじゃねえよな……)

美世に見せてもらった写真の記憶を反芻しながら、愛車を降りる。



――ガレージの裏側から強烈なブレーキ音が響いたのは、その矢先だった。

「急ブレーキってレベルじゃねえぞ、今の音」
「あはは、まぁいつものことだね。ほら、時間ぴったりでしょ?」

苦笑する美世の指差した先には、たしかに10時きっかりを示すデジタル時計が置かれている。
なるほど、連絡にあった通りの時間ではある。

「いつものなのかよ。手荒い野郎だな」
「誰かさんと同じでね。 ま、落ち着いて来てほしいのは私も同じかな」
「……いくらアタシでもあそこまで荒くねぇよ」

作業道具やバイクを通常のガレージに残し、2人は裏手に回る。
裏手にある第2ガレージには、既に一台の車が停まっていた。

「今度は黒かー。でもまた新車だね」

美世の言葉通り、車体は黒を基調にしたものだ。
だがそこに時折青いラインが浮かぶことで、黒塗りの車にありがちな重苦しさが打ち消されている。
そういった外見上の特徴を確認していた拓海は、ふとあることに気付いた。

「コイツのドライバーはどこ行ったんだ?」
「いないよ。これもいつものことなの」
「それじゃあコイツはどうやってココに来たんだよ。幽霊か何かか?」
「私に聞かれても。 置いてすぐに降りて、ごはんでも食べに行ったんじゃない?
 それに整備内容とかはメールで逐一連絡してくれてるから、毎回特に不都合もないし」

ついさっきまで動いていたはずの車の中に誰もいない。
ブレーキ音がしてから拓海達が来るまで間はあったが、その猶予はあっても1分というところだろう。
そんな不可思議な状況であっても、やはり美世が嘘を吐いている様子はなかった。
バイク乗りである拓海からして、仮にも愛車を預けるのに顔も出さないことは奇妙に感じたが、
人が違えば事情も違うのだろう、と勝手に納得し、それ以上詮索するのはやめた。
その代わり、拓海は軽く唸っていた。

「……思い違いじゃねえと思うんだけどな」
「思い違い?」

フロントバンパーを前に思わず呟くと、屈んだ拓海の隣に美世がいた。
散々、相棒である彼女のことをおかしいと言ってしまった手前、ここで自分だけ黙るのはスジが通らない。
だから拓海も、信頼できる相棒に隠しごとはしなかった。拓海はスジを通す女なのである。

「いやな、さっきの写真見た時、持ち主に心当たりが出てきてよ。
 だからソイツと顔合わせるハメになるって踏んでたんだが……乗り手がいないんじゃあな」
「私も持ち主には興味あるな。どんな人なの?」
「なんつーか、無愛想な女さ。悪いヤツじゃねえし、ナリも整っちゃいるけどよ。
 ま、たしかにアイツなら、用事をさっくり任せて時間のムダ省こうって考えるかもな」
「無愛想、ね。へー……」

妙に美世が喰い付いてくるのが、拓海には気になった。

「ンだよ、そんなに珍しいか?」
「だって、アイドルになる前の拓海の話ってあんまり聞かないから。そういうのって気にならない?」
「そう……かもな」

そうじゃない、と言うのは途中でやめた。
美世への心配だけでなく、自分の知らない美世の側面を見にほいほいここまで来てしまった以上、
今の拓海には否定できない。そしてそれをわかっているかのように、美世の眼は輝いたままだ。

「それで、その人も拓海みたいに走り屋なの?」
「いや、アイツは走り屋じゃなくて……」

思わず口ごもりかけたその時、美世のスマートフォンが鳴る。

「って、これ以上はお仕事しながらだね」

スッと話を止め、スマートフォンの画面を見ながら美世が整備の準備に入る。
趣味ならまだしも、客商売での整備となれば美世も真剣だ。
そして実物が目の前にしておいて、拓海もここで帰ってしまう気はない。
さしてメンテを手伝えるとも思えないが、これが美世の言うようなトンデモ車かどうか知るには、
もっと近くで見た方が良い気がしたのだ。

改めて謎の車の正面に立つ。
視線の先にあるフロントバンパーには、やはり『R』のエンブレムが光っている。
それが見間違いでないことを確認し、拓海はまた軽く唸った。

※連絡※
私事多忙の上に年末進行が重なってしまったため、身勝手ながら一度中止という形にいたします。
見に来ていただいた方には大変申し訳ありませんが、執筆停止がこれ以上続くのは読み手にも迷惑と判断いたしました。
先の展開自体はできているので、年越し後に改めて新規スレッドで起こせればと思っております。

中止ということですので、html化行ってきます。重ね重ねになりますが、この度は申し訳ありませんでした。

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