文香「決断まで、及びごっこと呼べる日まで」 (26)


これはモバマスssです
気分を害する話になるかもしれません
書き溜めはありませんが、本日中に完結させます


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1475995351



…最近は…少し、冷えますね…
そろそろ、暖房のお世話になりそうです。
手が悴んでしまうと…ページを捲るのが、困難になってしまいますから。


…コーヒー、ですか。
ありがとうございます。
…少し、甘め…ですね。
いえ…とても、ありがたいです。


…最近、ですか?
とても…とても、楽しめてます。
フレデリカさんや杏さんに、少し振り回されてはいますが…
それでも、皆さん…凄く、優しいですから…


今、私のアイドルとしての活動が充実しているのは…
…間違いなく、彼女達のおかげです。
もちろん、プロデューサーさんも…ですよ?
いくら感謝しても、したりないくらいで…




…そう、ですね…
いずれ話します、と…そう言ってから、結構な時間が経ってしまっています。
ですから…今。
当時の事を、きちんと。


お話したいと、思います…よろしいでしょうか?
少し、長くなってしまいますが…それでは。


あれは、とある秋の…二十四時間、丁度一日分のお話です。
私がまだ彼の…前のプロデューサーさん共に活動していた。


その、最後の一日分のお話…






からからから


舞い散った枯れ葉が、冷たいコンクリートの地面を叩いて彼方へと向かう。
ビルの間を吹き抜ける風は冷たく、あきなど来ないと言うかの様に鳴いていた蝉はもういない。
吸い込まれそうな高い空は、雲一つない晴天。
太陽は既に傾き始め、私の影は私自身の身長を追い越していた。


「…少し、冷えますね…」


そう言って、隣を歩くプロデューサーさんへ。
ほんの少しだけ、手を伸ばす。
けれど、その手は空を掴むばかり。
行き場をなくした私の片手は、すぐさま胸元へと戻された。


お互い、無言で道を進む。
何て事はない、いつも通りの帰り道。
事務所から最寄駅までの、ありふれた数十分。
けれど、しかし。
私の胸は、今までにないくらい締め付けられていた。


思い返すには、真新しい記憶。
ほんの、二十と数時間前。
昨日の私が、事務所を出る。
その直前に告げられた言葉から、最後の一日が始まった。






「ふぅ…疲れました…」


遡る事二十三時間。
レッスンを終えた私は、いつも通りに部屋へと戻る。
筋力は兎も角あまり体力があるとは言えない私の身体は、ダンスレッスンによってふらふらになっていた。
デビューしてからある程度期間が経っているとはいえ、それでもまだまだ他のアイドル達には遠く及ばない。
それを埋める為の日々のレッスンは、私の体力を容赦なく奪っていった。


けれど、部屋へと戻れば。
また、必ず。
プロデューサーさんが、出迎えてくれる。
何時ものように、いつも通りに。


そう期待して、私は部屋の扉をあけた。


しかし、何故か。
当のプロデューサーさんは、苦しそうな表情でキーボードを叩くのみ。
私の帰還から目を逸らし、デスクトップと睨めっこし続けていた。


「…プロデューサーさん?」


「ん、あぁ…お疲れ様、文香」


反応からして、どうやら私が戻って来ていた事は気付いていた様だ。
けれど何処か歯切れが悪く。
まるで、悪い知らせがあるように。
伝えたくない事を、言い出さなければいけないように。




「…どうか、しましたか?」


「…文香…大事な話がある」


この時点で、私にとっても彼にとっても良い出来事ではないということくらい察している。
ライブが延期になったか、オーディションに落ちてしまったか。
しかし、今までだってそんな事は沢山あった。
それを、二人で。
何度も一緒に、乗り越えてきたのだ。


「…一体、何が…?」


大丈夫、大丈夫。
何があっても、彼と一緒なら乗り越えられる。
今までの様に、これからも。
そう、自分に言い聞かせて。
覚悟を決めて。








「…明日で…俺は、文香の担当から外される事になった」


私が拵えた覚悟は、全て無駄になった。










「…何故、ですか…?冗談でしたら、早く…」


一番の可能性としては、彼が嘘をついているという事。
もしくは、ドッキリと言う可能性。
彼がそんな事を言う人ではないから、もしかしたらその方が高いかもしれない。
だとしたら、何処かにカメラかプレートが…


「すまない…上に、バレてたみたいで…」


「…そう、ですか…」


何も、言い返せなくなってしまう。
こればかりは、私達二人に非があった。
アイドルと、プロデューサーが恋仲にある。
そんな事を知った上の人がどう動くかだなんて、火を見るよりも明らかだ。


…まさか、こんなに早くに…


バレると思ってなかった、なんて事は無い。
いずれ、誰かの耳又は目に入ってしまう。
そのくらい、お互いに分かりきっていた。


けれど、おそらく。
私達は出来る限り考えない様にしていたのだ。
目を逸らして、耳を塞いで。
そんな日が来る事はまだまだ無い、と。


そのツケが、まわってきてしまった。




「…引き継ぎ等の書類は既に完成してる。文香に迷惑は出来る限り掛からない様にしてあるよ」


「…プロデューサーさんは、既に知っていたのですか?」


「あぁ…けど、前日まで本人には伝えるなって言われてて…」


きっと、色々と対策を立てさせない為だろう。
私の感情なんて配慮されてるわけが…なんて言うのは、お門違い。
元より身から出た錆だ。
私が何か言える立場ではない。


けれど…


幾ら何でも、直ぐに納得出来る事でもない。


「…プロデューサーさんは、それで納得を…?」


「…俺は、文香のプロデューサーだ。これ以上活動の妨げになる事は出来ない」


苦しそうに、そう呟く。
その表情が見ていられなくて、私は目を伏せた。
これ以上、彼を追い詰めない為に。
これ以上、彼を傷付けない為に。


私が離れたく無いと思っている以上に、きっと。
彼もまた、私と離れるのが辛い。
けれど、どうしようも無い。


そう自分に言い聞かせるも、心は様々な負の感情で溢れ。
けれど誰にぶつけられる訳でもなく。


「…お疲れ様、でした」


私は静かに、部屋を出た。






気付けば、私は既に家へと到着していた。
それ程までにぼーっとした状態でも、案外帰ってこれるものだ。
習慣と言うか帰省本能の様なものなのかもしれない。


虚ろな思考で無理矢理重苦しい身体を動かし、シャワーで汗を流して布団に座る。
気を紛らわす為に取った本は、既に閉じられ。
食欲が湧く訳もなく眠気があるわけでもなく。
何もせず、ただただ私は部屋の空を見つめていた。


…明日で、プロデューサーさんとは…


ようやく、脳内の整理はついた。
それで気持ちも片付ける事が出来れば、どれだけ楽だった事か。
それ程までに、私にとって彼は大きな存在。
それを失ってしまうなんて…


こんな事なら…なんて後悔は、今更遅過ぎる。
意味なんてない、けれども思わずにはいられない。
もっと、上手く出来ていれば。


絶対に、もう以前の様な関係には戻れない。
今でも割と忙しくて時間の確保が難しいのに、離れてしまえば会うことすら困難になってしまう。
彼に会えない日々が、これからずっと続く事になるだろう。
果たして、そんな日々を私は…




ずっと、二人で。
同じ景色を見ながら歩いていきたい、と。
そう思っていたのに。


むしゃくしゃして、気持ちの遣り場がなくて。
身体を横にしても寝付けるはずが無く。
相談できる内容でも無い為に知り合いを頼れず。
気付けば、時計の短針は真上を向いていた。


シンデレラの魔法は、深夜0時に解けてしまう。
けれど、彼女達は再び結ばれる事ができた。
なのに、私はもう…


彼からの連絡はない。
以前までなら、帰宅してからも数件のやり取りがあったのに。
私から送る気にもなれない。
何度か手に取った携帯は、その度にバッテリーを消費しては画面を消されて。


秋の夜に、私は一人。
冷たい空気にも構わず、静かに両目と袖を濡らし続けた。







翌日も、いつも通りのレッスン。
既に組まれたスケジュールが私の気分で変わるわけも無い。
けれど、集中できる筈もなく。
トレーナーさんに何度も注意され、終わる頃には普段以上にクタクタになっていた。


部屋に戻ると、見慣れた筈なのに少しの違和感。
どうやら、プロデューサーさんの私物が無くなっていた。
改めて、これからの事を実感させられる。
昨日の一件が夢だった可能性は完全に否定された。


窓の外には、傾き始めた太陽。
雲一つ無い空は、まるで私の心象と対称的。
見下ろせば学生が楽しそうにカバンを振り回して歩いていた。


なんで、あんなに楽しそうに…
私は、こんなにも…


八つ当たりも甚だしいが、どの道届かないのだから好き勝手に思わせて貰う。
そして余計、心は加速度的に重くなって。
流しきった筈の涙が、また目から溢れそうになって。


「…終わりそうでしたら…一緒に、帰りませんか?」


なんとか気分を変えようと、口を開く。


「…もう直ぐ終わるから、少しまっててくれ」


カタカタと、キーボードの音が早くなる。
何時も聞いていた筈なのに、今はどこか心地よい。
そして今日で最後と思い出し。
また更に、苦しくなる。


でも、今は。
少しでも長く、一緒の時を過ごしたいから。
一緒の空間を、感じたいから。


私は静かに、彼を見つめ続けた。









そして私達は、肩を並べて歩く。
特に会話は無いけれど、それもまたどこか心地よく。
二人で過ごした時間に思いを馳せながら、一歩一歩を進めていた。


以前寒いですね、と言った時は。
僅かならがら近寄って、微笑みあったのに。
今は、それすら許されない。
時間と共に変わってしまった現状は、あまりにも残酷だった。


どれだけ強く想っていても。
どんなに辛いと思っていても。
もう、戻る事なんて出来ないのだから。


「…次の担当は…信頼出来る奴だから、安心してくれ」


「…はい」


「少しユニークなアイドルも付いてくるけど…きっと文香なら、上手くやっていけるさ」


「…はい」


今までだったら絶対にしなかったであろう会話。
けれど、やはり彼との会話は幸せで。
生返事を返しながらも、今はその小さな幸せを噛み締めていた。


「…これからもずっと、応援してるから」


「…ありがとう、ございます…」


そんな事言わず、これからも一緒に…
口に出そうとした言葉は、けれど発される事は無く。
降り積もる想いは、雪の様で。
私の足と心を更に重くさせた。



もう、いっそ…
私がアイドルを辞めれば…


「…別々の道だけど…文香には沢山の景色を見て、輝いて欲しい。それが、元担当としての俺の願いなんだ」


…ずるい、です。


私の前に、一本道を用意してしまうなんて。
彼に導かれて進んで来た私に、それを外れる事なんで出来る筈が無いのに。
彼の願いを、私が裏切る事が出来る筈が無いのに。


ふと、隣を見れば。
まるでその先に夢が見えているかの様に微笑む、彼の姿。
きっと、そこには。
輝いた私がいるのかもしれない。


「…そう、ですか…でしたら…」


私は、もっともっと輝かなければならない。
彼の願いを叶える為に。
それが、今の私に出来る事。
それが、今の私の願い。


まだまだ気持ちの整理はつかない。
けれど、私は決めた。
また、いつか。
私が今以上に輝き、誰にも何も言われないくらいになったら。


それまで私が見てきた景色を、彼の元へと届けに行く事を。





覚悟は済んだ。
夢は覚悟と言う事も学んだ。
次に涙を流すのは。
きっといつか、彼の前で。


気付けば、既に最寄駅。
最後の一時間は、本当にあっという間。
けれど、もう迷う事は無い。
必ず、絶対に。


また、何処になるかは分からないけれど。
次は、何時になるかは分からないけれど。


願いと想いだけは、凍えさせない。


「…じゃ、また」


「…はい、また」


私達は別々のホームへと向かう。
既に、もうこの時点から道は違った。
隣り合わせから背中合わせに変わってしまったけど。
進むべき道だけは、はっきりしている。


振り向いたら、きっとまた泣いてしまう。
また、寄り添って欲しくなってしまう。
だから、振り向く事も止まる事も無く。


前へ、夢へと。
同じ夢を胸に抱き。


私達は、別々の道を進んでいった。











それからしばらくは、がむしゃらにレッスンしていました。
周りのモノなんて目に入らないくらい、周りの声も聞こえないくらい。
…おそらく…そのまま一人で進んでいたら。
きっと…私はすぐに潰れてしまっていたかもしれません。


元より、体力はありませんでしたから…
それなのに、はやく、はやく、と。
…確かに、焦っていました。


結局、彼は担当移動では無くクビだったんですね…
あの時、きっと…あの人は、もう二度と。
私には会えないと、そう思っていたのかもしれません。
画面越しに応援出来れば、と。
そう思っていたのかもしれません。


けれど…私と彼の道は、もう違います。
そんな彼の予想は、必ず裏切って。
…また、何処かで巡り合ってみせる。


そんな風に、一人で走り続けて…けれど。
同じユニットのメンバーが…そして、プロデューサーさんが。
そんな私を支えて下さいました。





…フレデリカさんは…とても、気の回る方ですから。
頑張るだけでなく、楽しまなければ、と。
そう、私に教えてくれました。


辛い仕事も、何々ごっこ、と。
まるで、遊びの様に楽しめばいい。
そんな風に…何度も、私を励ましてくれて…
ふふっ…本人に伝えたら、否定されましたが。


ある程度…プロデューサーさんも、察してはいたみたいですね。
なのに、私をユニットメンバーに加えて頂き…
…フレデリカさんと、同じ事を仰るのですね。
ちょっとした恩返し、だなんて…


兎も角…それ以降、私はこんなにも楽しい活動を続けられています…
もちろん、目標…と言うよりは、叶えるべき夢はありますが。
焦る事無く、思い詰める事なく…
色々な事に楽しみを見出しながら、沢山の経験を積んで。


ところで、ですが…何故、彼は私に会いに来ては…
公開録音や、サイン会や、ライブ。
機会は、少なく無いと思いますが…


…ふふっ。
プロデューサーさんも…フレデリカさんと、同じ事を言うのですね。


担当プロデューサーは…それよりも先に、一人目のファン。
応援は兎も角、邪魔だけは決して…
確かに…今、合って仕舞えば。
…私の心は、揺らいでしまうかもしれませんね。





長々と、私だけ話してしまい…ご迷惑、お掛けしました。
…邪魔されるのは慣れている、ですか…
プロデューサーさんも、大変ですね。


…では、また今後も迷惑を掛けてしまうかもしれませんが…
私の夢は…貴方達無しには、きっと叶えられそうにありません。
今の私にとって…とても、大切な仲間です。


…目指す場所は、きっと、同じですから。


これからも…よろしくお願いします…




何かの前日譚的なお話
なんでフレデリカ?と思った方もいらっしゃるかもしれません
是非、ごっこシリーズにも目を通していただければ
お付き合いありがとうございました

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom