【君の名は。】「君の名を。」【夢と知りせば(仮)】 (34)

朝、目が覚めると、何故か泣いている
いつからかは覚えていない。そのくらい、昔から。
「涙…また…」
いつも通りの朝。しかし、この日は違った
「…どこだ、ここ?」
見知らぬ天井。木組みは無い。声が高い。
「…無い?…ある…」
無い。自分の臀部にくっついているそれがない。変わるに胸部に膨れ上がったそれがある。
迷わずそれに手をくっつける
うむ。良い触り心地だ。
そこから揉んでいく。
うむ。固すぎもなく、柔らかすぎもない。ちょうど良い大きさ、ちょうど良い固さの乳房だ。
次はペタペタと体を触っていく。細い。小さい。
手をついたらその瞬間崩れ落ちてしまいそうな位華奢だ。
何か既視感を覚えつつも、姿見の前に立ち、服を脱ぐ。
サラリ。そういってパジャマは地面に落ちる
そして、絶叫。

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春うらら。
桜の花びらが舞い、地面には沢山の草々が生い茂っている。
天気もよく、洗濯物がよく乾きそうだ。
脳内BGMが緩やかに上がったり下がったり。
上京してから早3年。最初は人混みに慣れなかったが、いつ来たことがあるのか路線図や建物の場所も直ぐに覚えることができた
今では学生の時高校に行くようにまっすぐつくことが出来る。
ふと、知っている後ろ姿を見た。
「てっしー!」
思わず声が出る。回りに注目されるのでは、と少しドキッとしたが、こんなことには慣れているのか誰も見ようともしない。
知っているその人は、ぱっと振り向く。
「おお、三葉か。おはよう」
なんだか久し振りの再会、という気がしない。いや、男子というものは10年来であってもそう気にすることはないと聞くが、女子の前でそれはどうなのか。
「なんや、その反応。まるで昨日合ったみたいに」
キョトンとした顔でてっしーが突っ込む
「なにいっとんねん。昨日会ったやろ。それどころか無視しおって」
無視?何を言っているのだ。この男は。以前からオカルト好きだから変なところはあるが、妄想も行きすぎているのではないか。
しかしまあ、そんなことを気にする間柄でもない。話を続ける。
「昨日会ったって、なに言っとんの。昨日は日曜日やさ」
「はぁ?今日は火曜日や。寝ぼけとんのか。ってか方言、思い出したんか。」
失礼なことを言う。壊滅的な被害を負ったとはいえ、まだ存在する故郷の言葉を忘れるわけがない。
そんな旨を伝えると、
「昨日は忘れた言うとったやろ。まさかお前あれか。狐憑きか。」
始まった。てっしーの悪い癖だ。なにかしらオカルトに絡めたがる。
「髪もボサボサ。方言忘れる。おまけに笑いかたが「ふひひ」とか「うひひ」とかやぞ。」
「…夢を見とったんはあんたとちゃうの。ってかサヤちんとはどうなんよあんた。」
「どうって!そりゃあまあ…」
変にはぐらかす。まあそう言うことなのだろう。駅の改札口が見え始める。てっしーは反対側だった。
「ま、幸せにしんさいよ!」
肘でぐいっと胸元を押すような動作をする。
「お前に言われんとっても分かっとるに!じゃあな!」
電車がやって来て、てっしーは連れ去られていく。まあ、彼なら彼女を任せても問題ないだろう。

会社に着き、いつも通りタイムカードを押す。
しかし、見覚えのない時間がある。
8:42
8:43
8:35
10:55
8:45
「…?」
明らかに一日だけ、出社時間がおかしいものがある。しかも昨日だ。
狐憑き。てっしーが言ったその言葉が、妙に胸に残る。
もしかして本当に、ではなく、『聞いたことがあるような気がして』
異変は他の事でも起こった。
メモとして使っているノートに、大きく『お前は誰だ??』と書いてある。
なんとなく、思い出せないことを思い出そうとしたような気がして、頭が痛くなる。
また、上司に呼ばれたときに笑われた。
聞いた話、昨日は記憶喪失になったようなのだ。
自分のデスクも、名前も、仕事も、全て。
ストレスが溜まっているのかもしれないから、明日にでも休んで、カウンセリングしてもらうと良い。と言われたそうだ。
なんだか、また、故郷を思い出そうとした気がする。
それ以外のことは特に何もなく、ただただ一日が終わっていった

東京暮らしを始めてから早3年。去れど3年。
だんだんと疲れてくる。もしかしたら、あそこにいた方がマシだったのかもしれない。そうやって、消えた故郷を想う。
8年前。星が降った日。
1200年周期で地球にやって来る彗星、ティアマト彗星の核の一部が崩壊し、故郷糸守町。それも我が家に落ちた。
秋祭りだったその日、何故か避難訓練で被害区域の人が全員高校の校庭にいて、死者は0名。まさに奇跡の日だった。
その日のことを、殆ど覚えていない。
覚えているのは、ただただ足を動かして、町中を駆け回っていたこと。そして、何故か右手を握り締めて泣いていたことだけだ。
あの日以来、母が死んでからずっと宮水神社を軽蔑していた父が宮水神社の復興に力を入れている。
おばあちゃんももう歳なのに、「あれまあ」と言うだけで、ニコニコしている。
まだ父を許したわけではない。許したわけではないが、また許すことが出来る日も近いんじゃないか。そう思う。
妹は二人が暴走しないように二人についている。
私が、自由にしたって良いんじゃないか、と言うことを言っても、これが私の選んだことと言って聞かない。
それどころか、「後のことは任せとき!」などと言って上京を推してくれた。
どこまでも姉よりも出来た妹である。

自分のアパートの部屋に着き、ベッドに転がる。ご飯を作るとか、洗濯とか、録画確認とか、ご飯を作るとか色々あるけれどいつも最初はこれをする

まるで体が何かに制御されているかのように、これをするのだ。

これをすると、心がすごく落ち着くから。

目を瞑って深呼吸をする。体を伸ばして、気分をご飯に変える。

今日は久しぶりにサヤちんと話をしよう。

その為にもご飯は簡素で良かった。

「ごちそうさま~」

実に簡素なご飯なのに、なぜこうも美味しいのだろう。もしかして自分には料理家の才能があるのだろうか。

いや、子供の頃は妹と日替わりでご飯を作っていたから慣れているのだろうが、それでも惚れ惚れするくらいだ。

昔はイタリアンレストランでバイトしていたこともあったが───

そこまで考えて、不意に思う。

「…レストランでバイトなんてしたこと会ったかな…」と

いや、あるはずがないのだ。故郷である糸守町は典型的なド田舎。

バスは一日二本。コンビニは九時に閉まる癖に実質パン屋。本屋はないし歯医者もない。その癖スナックは二軒もある。

そんな町だった。じゃあ、この記憶は誰のものだろう。

そう思ったところで突然瞼が重くなった。

立つのも困難なほど体が脱力し、瞬き一つで微睡みの中に吸い込まれて二度と出れなくなってしまうような気がした。

食器を洗わなきゃとか、風呂に入らなければとか、せめてパジャマにとか、色々思うことはあったけど、この強烈な睡魔には負けた

そして意識は無限の世界に落ち続けていった

意識がふわふわと浮いている。

落ちたり上がったり時には左右に動いたり。

自分のでない、誰かの人生の追憶を見せられてるような感覚。

赤い紐が見える

(あっ──組紐)

組紐が落ちて落ちて下に上っていく。

時に色を変えたり形を変えたり

その光景は夢のようにただひたすらに美しかった。

気が付いたらその組紐は自分の回りを取り囲んでいる

背中合わせに誰かいる。誰かは分からない。分からないけど、酷く懐かしく、涙が溢れてくる

唯一見えるその人の手首に、組紐が巻き付いた。

音楽がなっている。酷く不快なリズムと音で脳が強制的に起こされる。

確かアイホンのアラームにこんなのがあったハズだ。

だけど、私が設定してるのは穏やかなリズムでゆっくりと目が覚める、心地の良いもののはずだ。

誰のイタズラか分からないけど、この音を止めなければ脳が腐ってしまいそうだ。

なるほど、思ったより効果的かもしれない。なんて下らないことを考えながらスマホを探す。

ベッドの上半身部分には無い。なら下腹部か。

そう思い手を腰の方に寄せてスマホを探る。

むんず

なにか、掴んだような気がした。気のせいだったら良いのに。

そして、絶叫。

股間にあるそのテントを横目に見ながらスマホのアラームを止める。

そこでようやく事の異常さを再確認する

「なん、なんやこれっ…!?」

声が低い。枯れたかと手を喉につける。

「うひゃぁぁぁあああ!!??」

自分の物とは全く違うその異質な手に変な声が出る。

「どうかしたか瀧ー」

知らないおじさんが突然現れる。

「きゃぁぁぁあああ!?」

またもや変な声が出る。高い声を出したはずなのに途中で掠れてしまう。

「…?まあいいか。飯だぞ。早く着替えて来い」

「はっ…はい…」

扉が閉まり、ようやく静寂がやってくる。しかし、手の震えが止まらない。

なんとなくこの部屋の事を知っているような気がする。

しかしそれよりも私は早く着替えようと立ち上がった。

すぐ目に入ってきたのは、沢山のスケッチだった。故郷、糸守町のスケッチ。

雨に濡れたのか、はたまた水をこぼしたのか、全部クシャクシャで滲んでいた。

何故書き直さないのか、何故別のものを貼らないのかは分からない。しかし、そこに住んでいたから分かる。

このスケッチは全部、愛情が籠ってる。

心臓が一度だけバグンと跳ねる。

いや、今は取り合えず着替えるために顔を洗おう。そう思って洗面所を探した。

そうしてる間ずっと涙を流し続けていることを洗面所に入ってやっと気が付いた。

「瀧、俺は先にいくからな」

ネットで調べてネクタイを頑張って絞めたあと、今だに存在するそのテントを無理矢理折り込んでズボンを履く。

言われた通りおじさんがいる部屋を探し、一緒にご飯を食べた。

「お前はまだ出ないのか?」

「うん。ちょっと確認したいことがあるんやよ」

この男の個人情報やらを調べる必要がある。なにも分からずに外に出たって迷うだけだ。

「や…?ま、遅刻はするなよ。入社してまだ半月ぐらいなんだから」

なんとこの体の男、私の3歳年下なのか。なんとも言えぬ優越感が出てくる。

おじさんが家を出たところで部屋に戻り、色々と漁る。ベッドの下とか、クローゼットの下とか、机の中とか。男の子っぽいものは無い。

じゃなくて

どこの会社に勤めているのか、名前は、住所は…。

財布を確認して中から免許証を見つけ出す。

立花瀧

それが、この男の名前だ。

ふと、その名前に既視感を覚える。糸守町に、こんな名字の人間はいなかったはずなのに。

「瀧くん」

自然に声が出る。

なんだか、懐かしいフレーズで涙が出そうになる。

「瀧くん、瀧くん、瀧くん」

何度も口にしてしまう。そうしないと、大切なものを忘れてしまうような気がして。

ボロボロと零れる大粒の涙を無視して、私はずっとその名前を呼び続けた。

涙が止まったことを確認して、私は玄関を開ける。

飛び込んできたのは東京の風景。三年間、見続けてきた物だ。

今まで見てきたというのとは違う見たことのある風景をどこで見たことがあるのか、記憶を掘り出す。

こんな風景を見た覚えはない。だけど、覚えている。

妙な感覚に首を傾けながら、私は立花瀧の勤める会社に向かった。

「はー!危ない危ない!」

あと五分と言うところでギリギリ入る途中道を間違えたりオフィスが分からなかったりして遅刻しかけたけど、全力で走ったから間に合った。

(男の子の体ってやっぱ丈夫に出来とるんやね)

宮水三葉の体で走ったときは、全力で走っても直ぐに息切れしてしまうが、この男の体だと随分と長く走ることが出来る。

自分の体では出来ないことが出来て少し嬉しい。

(仕事はデスクワークみたいやね)

立花瀧名前のデスクに座って書類を整理する振りをしながら仕事内容を確認する。

全て宮水三葉の苦手分野だった

どっへぇぇぇーーと大きなため息を付きながら私は電車に乗っていた。

一日中できない仕事をやらされるのがここまで苦痛だとは。

立花瀧は普通の会社員ではあるが、その中でも少し専門的な部分にあるらしい。

そう言ったものに少し疎い私はどうにかして先輩たちの力を借りながら勉強していった

幸い立花瀧自身も入社したばかりなのだから、そこまで違和感は無かったはずだ。

電車の窓に映る立花瀧の姿を見ながら思う。

(良くできた夢やなー)

夢と言うものは自分の記憶から構成されているらしい。ならばこの立花瀧も私が出合った人物なのだろうか。

なにか自分の中のものが繋がった気がして、離れてしまった。

今日はもうお風呂に入って寝よう。

そう思ったところで自分の考えたことの意味を理解して顔を真っ赤にした。

「…入っちゃった」

まじまじとは見てないし、殆ど触ってないし、セーフだよね。と自分に言い訳をしながら髪を乾かす。

「お休みなさい」

「おう、おやすみ」

おじさんに挨拶をして立花瀧の部屋に入る。この部屋に入る度、自分の無くしたものの感覚が強くなる気がする。

その感覚に耐えられなくなり、ベッドにうっつぷす。瞼を瞑って深呼吸をする。

その感覚の元を見つけたくても、元がわからなくて見付けられない。痒いところに手が届かないんじゃなくて、痒いところがどこか分からないように。

立花瀧のスマホをいたづらに取りだし、中身を見てみる。

少し罪悪感を覚えるけど、まあ夢の中だし良いよね。

スマホのアプリに日記をつけるものがあり、そこには5年前からずっと日記がつけられていた。

「5年間書き続けたんか…凄いな…」

日記の中には司と呼ばれる男の子や高木と呼ばれる男の子がメインに出てきた。

テストだとかカフェだとかレストランとか、受験とか大学とかサークルとか、就活とか就職とか

「…豆やな」

ここでこの男の日記を途切れさせるのはなにか勿体ない気がして、追加しようとする。

「あれ?これって───」

目に入ったのは一昨日の日付。見覚えのある文章が書いてあった。

瞬間、私の意識は再び無限の谷底に溶けて流れ落ちていった

「──クン…─キクン…─タキクン─」

どこからか、声が聞こえる。懐かしい声で、忘れたくない声で、忘れちゃダメな声で、忘れたくなかった声が。

「覚えて…無い──?」

その一言で体が飛び上がる。

「─────ッッ!!」

名前の分からない人を呼ぼうとするから声が出ない。毎日この繰り返しだ。もう慣れた。

胸に手をやっていまだに跳ね続ける心臓を休ませる。

「ふー…」

次に、目から溢れてる涙を拭く。世の中には涙が出ないという人がいるそうだが、自分とは到底関係無いな。そんな事を思いながら立ち上がる。

「…ん?」

無意識に自分の胸の辺りに手をやって揉んでいた。いや、揉める脂肪なんて無いのだが。

なんだか凄く滑稽に思えて吹き出す。だけど直後その行為がスゴく大切なことだと言うことをふと思い出す。

何故、大切なことなのか。それは全くわからない。でも、そんなことも世の中にあっても良いだろうと思う。

パパッと着替えてスマホを取り出す。

「あー…?寝落ちしたかな…書けてないや。」

日記を毎日書いてる自分にとって、空きが出来るのはスゴく悔しい。5年間空き無しなのだ。書かないわけにはいくまい。

「───あれ…昨日…何を…」

昨日の事を全く思い出すことが出来ない。いや、寝る前のことは覚えてるのに、間に一日ぽっかり記憶が空いている。

何をしたのか、思い出すことが出来ない。無理矢理思い出そうとすると、手が震えて、息が荒くなって、気持ちの悪い汗がドバドバ出てくる。

俺は書くのを諦めて、アプリのホーム画面に戻す。。すると、昨日(一昨日)までは覚えの無い日記がついている。

「これ…は…」

なにかの予感がして、そのページを開いた。

「目が覚めても、忘れないように」

どこからともなく声がする。大切な人の大切な言葉。今までずっとこの聞こえてくる声を頼りに生きてきた。この人のために生きてきた。

「名前、書いとこうぜ───」

ふっと目が覚める。

息を荒くして右掌を見る。

何も書いてない。当たり前だ。この部屋は私一人だもの。

何かが抜け落ちてから8年間、ずっと似たような夢を見てきた。だけど、ここまで鮮明に見えたのは、記憶できたのは今日が始めてだ。

誰か分からない大切な人に貰った言葉。絶対に忘れたくなくてそれでも忘れてしまった言葉。

抽象的で、意味不明な夢なのに悔しくて悔しくて涙がボロボロ溢れる。

それでも、どんなに辛くとも会社には行かなきゃいけない。頑張って涙を止めて体を起こす。

ヒラリ

一枚の紙が机から落ちる。

何かあったっけな。とか、ぼうっとしながら紙を拾い上げる。

気が付いたら家を駆け出していた。駆け出さずにはいられなかった。ここで駆け出さなかったら、君が、俺の心の中に今も残り続けてる君が完全に消えてしまう気がしたから。

遅刻だとか、サボりだとか、そんなものは気にしなかった。気にする余裕など無かった。気にする気も無かった

俺は君に出会わなきゃいけない。君に合って言わなきゃいけない。

君を見つけて、今度こそ、言おう。

「お前が世界のどこにいても、俺が必ず、もう一度逢いに行く」って

そして、今度こそ俺の口から言おう

「すきだ」って

気分は8年前だった。

8年前、まだ君が私を知る前。

君がデートすると思ったらいてもたってもいられなくなって東京に出たあの日。

本当の君を見付けられなくて、見付けられるわけがなくて、出会っても、出会えなかったあの日。

君がいる東京を探し歩いた。あの日だった。

そして、本当に会えたあの日。私の掌の、忘れたくない、忘れちゃった、もう、絶対に忘れない文字。

あの言葉の返事をしなきゃいけない。

君も、もう答えはわかってるはず。でもそれでも私の口から言わなきゃいけない。

それでも───

それでも、俺達は出会うことは出来なかった。

運命がそうさせてるのか、単純に運がなかったのか、それともあいつが俺を探していないのか。

ふらふらと夕焼けの中、家にたどり着き、ベッドにうっつぷした。

ふと着信を見てみると、上40件は催促で埋まっていた。

明日は、会社行って責任取らないとな

あいつに出会えなかったのは、もうそう言うものなのかもしれないな。

なんて、もう諦めぎみで、そのまま、寝てしまった。

ベッドの上で泣いていた。夕焼けの中家にたどり着いたときの顔は酷いことになっていた。

涙でぐちゃぐちゃで、メイクはつけてはいないけど、鼻水も出てて。

君に出会えなかったという事実が、私の胸の穴を更に大きくさせる。

ふと、机の上の紙を見る。もう線の色はほぼ抜けていて、何がどうなっているのか、全くわからない。

私と君は、運命の相手じゃなかったのか。あの一ヶ月とちょっとは何だったのか。

朝起きて飲もうとしたコーラが、机の上に置きっぱなしだ。

私という人格は微睡みという無限の沼の底に沈んでいった。

深い深い深い
無限に続く闇に飲み込まれていく。

だんだんと光が見えてくる。

一本の筋が、二本に別れる。

そうだ。あの、星が降った日の記憶。

三葉の記憶。そして俺の記憶。

そうだ。誓ったじゃないか。あのとき。

三葉が消えてしまった、あのとき。

運命だとか未来だとかって言葉がどれだけ手を伸ばそうと届かない場所で生き抜いていこうって。

まだ、諦めるには早すぎるんだ。

彗星に手を伸ばす。届かないはずの手を届かせて、こっちに引っ張る。

やがて彗星の片方はくるくると渦を巻きながら俺の回りを、いや、俺達の回りを囲む。

彗星は君の髪の毛を結んでいった。

おばあちゃんの声が聞こえる。

私が、いや、私だった君がおばあちゃんをおんぶしている。

おんぶされてるおばあちゃんが話している。

『よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れまたつながり。』───

私たちのことだ。

司くんも、高木くんも、奥寺先輩も、てっしーも、サヤちんも、四葉も、おばあちゃんも、父親でさえも。

そして瀧くんも

みんな繋がっている。時に千切れてまた繋がって。

それがムスビ

諦めるには早かった。

諦めなくても同じ結果かもしれない

でも、それでも

例え出会えなかったとしても



うつくしく、もがくよ

「───三葉だ。」

自分の体を確認し、胸を揉み、それを確信する。

「行こう。君が待ってる。」

何も持つものはない。君に怒られないよう、服と髪だけはきちんとして、君を探しに出た。

探しに出たのではない。そこにいる。そこにいく。と確信して走り出した。

もう迷わない。君のあのぶきっちょな笑い方を目掛けて。

いまだかつてないスピードで君のもとへダイブを。

まどろみの中、生ぬるいコーラは山の上を写し出した。

ドアを開けると、そこは糸守町だった。彗星で滅ぶ前のあの。

君がそこにいる事を確信し、走り出す。脚が地面につくのを待つのが面倒くさいくらい、早く走る。

足が、飛び出た木の根に引っ掛かる。5年前にてっしーの自転車を壊してしまった場所。

バランスを崩して崖から落ちてしまう。三メートルほどの高さから

でも俺は落ちることは無かった。

いや、落ち続けた。

三葉が俺だった時の記憶が一気に流れ込む

『タマゴコロッケサンドにしようぜ』『なんか可愛かった』『天井の木組みがいいね』『今日の君の方がいいよ』『ガラスの厚さがいいね。』『10㎝だったか?』
『パニーニの模様がいいね』『旨いね』『おっ見ろようちの学校だぜ』『高校卒業したら奢ってよ』『やっぱりコンクリートとガラスの配置がいいね』『おとうさんの仕事が見たいなんてめずらしいじゃないか』

俺だった三葉の記憶が俺の中に全部入ってきた。

三葉も、同じ経験をしてる。わかる。繋がってるから。

落ち続けていると思ったら今度は体が持ち上がって、もとの場所にいた。

俺は再び走り出した。

「みつはぁぁーー!」

どこからともなく声が聞こえる。
私の声で、私のじゃない声で。

「たきくーん!」

私も同じように叫ぶ。きっと聞こえる。繋がってるから。絶対に聞こえてる。

「三葉!三葉ァ!」

姿が見えないのに、声は聞こえる。懐かしい声が。ずっと聞きたくて、聞こえなかった声が。

「瀧くん!瀧くん!どこ!どこ!?」

声がだんだん悲痛なものになっていく。だけど、もうすぐ会える。

俺達は俺たちだからこの夢の中で繋がっている。俺は三葉の半分だから。三葉は俺の半分だから。

わかる。

夕日がだんだんと沈んでいき、辺りが暗くなっていく。

そして

二人の声が重なった───

「「カタワレ時だ。」」

「…久し振り。みつは」

とびきりの優しい声でその人を迎え入れる。

「瀧くん…!瀧くん!瀧くん!瀧くんがいるっ!」

ニヘラとぶきっちょな笑い方をする。そうだ。この笑い方を目掛けて来たんだ。

「…みつは」

ずっと忘れていた、忘れたくなかった、忘れちゃいけない、そして、もう二度と忘れないその名前を呼ぶ。

「三葉。三葉。三葉。」

「瀧くん。瀧くん。瀧くん。」

二人でお互いの名前をずっと呼び続ける。

「…あっ!あああ、あんたぁ!」

突然思い出したように顔を真っ赤にする三葉。えっ俺何かやった?

「あんた!私のおっぱい何回触ったんよ!全部見たんやからね!」 

しまった。バレた。一回だけで通してたのに

「あ、あああ悪い!すまん!」

取り合えず謝っておく。目の前におっぱいがあれば触るのが男子だが、三葉には逆らえない。

「何回触ったんよ!」

これはもう、正直に言うしかない。

「10回全部…」

正直に言う。すると三葉が耳まで真っ赤にする

「ほ、ほんとにそんなに触ったの!?信じられんわ!」

やはり嘘は通らないらしい。正直に言わねば。

「うっ…寝るときとか色々含めたら20回以上…」

多分34回だが、嘘はついていないのでよしとしよう

「えぇ!?ひ、人のおっぱいを何だと思ってんのよ!ばか!へんたい!」

そ、そこまで言うか。そう思ったら、今度は突然言葉尻が弱くなって

「せっ…責任…取ってもらうからね…」

なんだこの可愛い生き物

三葉の顔を抱きよせ、ハグをして、耳元で、言う。

「すきだ。」

三葉は俺をの体を強くホールドして呟くように「もう…この男は…」と言った。

「なぁ、三葉。」

三葉は黙って聞いている

「この世界は、夢なんだ。入れ替わってる夢。」

「俺たちだから、繋がっているから、こうやって話せたんだと思う。」

「俺達の目が覚めたら、もしかしたら全部忘れちゃってるのかもしれない。」

「でも。」

もっと力強く言う

「でも、お前が世界のどこにいても、俺が必ず、もう一度逢い行く。君を見つけ出してみせる。」

二人は、抱き合ったまま離れなかった。キスをするより、ずっとそうしていたかった。それが幸福だった。

「カタワレ時が、終わる」

「三葉。いつか、現実で君を見つけ出したときに、必ず、呼ぼう。」

三葉が涙を堪えながら言う

「うん。私も。私も、呼ぶ。」

二人は、口を揃えて言った

「「君の、名前を」」

色々考えた結果これで終わりにします
夢と知りせば(仮)をビジュアルガイドで知ってクライマックスの古典のような美しい終わり方に感激していてもたってもいられず書くことにしました
支部に転載してほしいという意見があったのでさせていただきます
次回作は「ティアマト彗星なんて無かった世界で高校生瀧と大学生三葉が同居していちゃラブする話」を書こうと思います

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