海未「泉のほとりで」 (15)

「んん……」


目を覚ましてゆっくり体を起こすと、そこは見知らぬ場所でした。

あたりを見渡すと、木々は明るい緑の葉をつけていて

空は青く、小さな綿雲が浮かび

太陽はまだ低く、淡くてあたたかな光が降り注ぎます。

少し離れたところに見えるのは泉でしょうか。

青く、鏡のように木々や空を映し出していました。

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「すぅ・・・すぅ・・・」

寝息のする方を見ると、私の隣でことりがすやすやと眠っていました。

純白のワンピースに身を包んで

身体を私の方に向けて。

どうやら私はことりと二人で寝ていたようです。

寝顔をのぞくと、どこかあどけなさが残っていて、それがとてもかわいいくて。

自分の服を見てみると、ことりと同じものを着ていました。

「一体ここは……」

昨晩、布団に入って寝た記憶はあります。

では、夢?

こんなに鮮明ではっきりした夢ははじめてです。

ことりを起こそうとも考えましたが、この寝顔を見るとそんな考えはすっかり消えて、やっぱりそっとしておこうと思いました。

ここはとても静かで、聞こえるのは私が歩く音だけ。

靴もなかったので、裸足で歩きました。

辺りは芝生にも似た短く、柔らかい草が地面を覆っていて、歩くたび、足の裏がふわりと気持ち良い感じがします。

空気がとても綺麗で、息を吸うたび体の隅々まで洗われるような感じがしました。

泉のそばまで行ってみました。

泉は青く、透き通っていて、底まではっきり見えます。

風もなく、波ひとつ立っていません。

私はしゃがんで、水面に指先をちょん、と触れると、触れたとこから波が同心円状に広がって、やがて消えました。

また、もとの波ひとつない水面に。

この泉を見ていると、心が落ち着きます。

しばらく泉を眺めていました。

「海未ちゃん?」

声がしたので振り返ると、そこにはことりがいました。

「ここどこなのかな……」

ちょっぴり不安そうな表情を浮かべて。

「さあ・・・私にもわかりません」

ことりも、泉のそばまで歩いてきました。ことりもはだしです。

私の隣にしゃがんで、泉を見て

「わあ~っ、きれい」

ことりは目を輝かせながら。

そんな無邪気なことりを見ていると、ほほえましくて。

泉にみとれていることりの横顔を、私はじっと見つめていました。

私とことりはすぐそばにある石の段に腰掛けました。

「すごく落ち着くな~。ことりここ好きかも」

「そうですね。心が安らぎます」

「他の人はいないのかな」

「見当たりませんね」

「じゃあ私と海未ちゃんだけだね」

ことりは私の方を向いてにこっと笑いかけました。

ことりと二人きり。

しばらく、静かな時間が過ぎていきました。

このままずっと、ここでこうしていたいとさえ思いました。

でもここは私の夢の中。このことりも私の意識が作り出したもの……

ことりが私の方に寄りました。少しだけ距離が縮まります。

ことりは、膝に置いた私の左手の上に、右手をそっと乗せました。

「ことり?」

ことりは少しだけ恥ずかしそうにして

「手……つないでもいい?」

と聞いてきました。

ことりと手をつなぐなんて、何年ぶりでしょうか。子供のとき以来です。

ことりの手のぬくもりが私の左手に伝わってくるのがわかります。

いつも笑顔を崩さないことりが、少し恥ずかしそうな表情を浮かべて。

私は、何も言わず、ことりの右手の指と指の隙間に私の左手の指をそっといれました。

多分、夢だからそんなこともできたのでしょう。

私が左を向くと、嬉しそうな表情のことり。

「海未ちゃん……」

ことりは目を少し潤ませて、視線を下に向けて何か言いたげに

「海未ちゃん…あのね」

頬が染まって

「あのね……ことり、海未ちゃんのこと――」




目を覚ますと、見慣れた天井。

ああ、やっぱり夢だったんですね。

わかってはいたつもりでしたが、とても名残惜しい気持ちになりました。

「ことり、海未ちゃんのこと――」

ことりの言葉、表情が脳裏をかすめます。

あのときことりは私に何を言おうと……

今日は朝練がないので以前のように3人で集合して学校へ行きます。

私が集合場所につくと、既にことりがいました。

ことりは私をみつけると、一瞬目をそらした気がしましたがいつものように

「海未ちゃん、おはよう」

と笑顔で言ってくれました。私もそれに返します。

ことりは、どこかそわそわしてるような気がします。

穂乃果を待つこの時間は、いつも平凡な会話をしているはずなのに

なぜだか私もことりも会話を始められませんでした。

不意に、ことりは私の左手に触れてきました。

でも、私の左手の指にことりの右手の指先が一瞬触れただけです。

「海未……ちゃん」

ことりは絞り出すように声を出して言いました。少しもじもじして

「あのね……」

唇が少しためらいがちにヒクヒク動いて。

でも言葉がもうすぐ出そうなところで口元の緊張が緩んで

「……ううん、何でもない」

ごまかすようにそういって、にこっと笑って見せました。でもどこか寂しそうに見えました。

おわり

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