磯風の料理修行メニュー (201)

磯風が頑張って料理を作るお話です

初めて書き込みますので、至らぬ点等見受けられましたらご容赦ください

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―司令室 昼―

磯風「なぁ、司令よ」

提督「どうした?」

磯風「やはり人の子であれば、料理が上手い人間に惹かれるのが道理か?」

提督「(何か嫌なことを言い出しそうな雰囲気だな…)」

提督「そりゃあ料理が出来るに越したことはないが、誰かの魅力はそれだけでは推し測れないぞ」

磯風「そうだろうか。司令も男なら、一度は夢見るだろう?司令が激務をこなし、電車か車で帰宅し、玄関を開けたら愛する女性がお玉とエプロン姿で、『お帰りなさいアナタ!ご飯にする?お風呂にする?それとも…タ・ワ・シ?キャー!///』と言ってくれるのを!」

提督「なんかちげぇよなソレ?まあ細かい部分は置いておき、言われて悪い気はしねぇよ」

磯風「そうだろう!司令もお玉を持った伴侶にタマを弄くられたいだろう!?だがな、それにはある条件があるのだ」


提督「条件?」

磯風「そうだ。想像してみろ。新婚の二人。愛の巣はちょっと手狭なアパート。これから子を作り、大きな家を手に入れるには贅沢は出来ない。日々倹約し、工夫を凝らし、我が儘は控え節制に努めなければならぬ」

磯風「けれどもせめて、料理くらいは期待してもいいではないか?家族を養うため、企業戦士と化した提督の毎日の楽しみは、妻の手料理にこそ詰まっている!」ドン

提督「机に足を乗せるのをやめろ。それで?」

磯風「そうだ、これからだ!ここからが本題だぞ!?」ズビシッ

提督「人を指差すのやめろ。それで?」

磯風「食事は日々の活力だ!健康の面でも精神衛生の面でも、重要なのは言うまでもない!だが、もしも妻の料理レベルが低かったら、どうする?」

磯風「アパートは狭いのだぞ?キッチンだって玄関から見えるに決まってる!今日の晩御飯はなんだろうな~とウキウキ帰って来た司令が第一に目にしたものが、私の料理だったらどうするつもりだ!?」

提督「卒倒するかもわからんな」

磯風「うぅ…ずばり言ってくるな…。まぁ、そういうことだ。鍋から黒い煙がふすふすと立ち込めているなんて、ギャグでしかないだろう?百年の恋も一気に冷めるというものだ」


磯風「せめてもの楽しみすら不意にされた提督の悲しみは止まるところを知らない。ストレスはマッハ、髪の毛はハゲ散らかし、生理不順で子供は出来ず、やがて二人の愛は瓦礫のように崩れ去っていく…。私はそんなの、嫌なんだ」

提督「いつ、誰がどこでお前とケッコンすると言ったよ…」

磯風「それを回避するための手段が、私が料理を覚えることなのだ!」

提督「聞いちゃいねえな。まあいいや」


提督「ところでお前、急にどうしたんだ?」

磯風「どう、とは?主語は明確には」

提督「いやいや、お前、この前までは料理が下手なのをたいして気にしてなかっただろ?なんでその考えを改めるに至ったのかを尋ねてるんだよ」

磯風「あぁそのことか」

磯風「いやなに。私とて女だ。殿方に喜ばれる作法の一つや二つ、覚えておこうと思ってな?」

提督「七輪でサンマを焼いて、危うく庁舎を焼け野原にするところだったお前がか?」

磯風「んな!?知っていたのか!消火は浜風達と迅速に行ったハズ…!」

提督「その浜風から報告があったんだよ。サンマを二尾焼いてたら、火災旋風が発生したなんて誰も忘れるワケねーだろ…」


提督「その時浜風はもう一つ報告してくれたよ」

磯風「な、なんだ?」

提督「お前がもう、料理はこりごりだから二度とやらんと言っていたとな。すぐに忘れたみたいだが…」

提督「そんなお前が、料理の腕を上達させなたいなどと言うとは、よっぽどの理由があるに決まってる。本当のところはなんだ?」ジロリ

磯風「うぬぅ…。そう睨むな…」

提督「お前の場合はシャレにならんからな。多少厳しくいかせてもらうぞ」

磯風「わかったよ。言うよ…」

磯風「…司令のバカモノめ…」


回想

―食堂―

間宮「お待たせしました、提督!日替わり定食の大盛りです!」ドドン

提督「おぉ、悪いな間宮!時間外に使ってしまって」

間宮「いえいえ、とんでもありません!これが私の仕事ですから!」

間宮「それに、何か所用があればいつでもお申し付けくださいね?提督の喜びが、私達の喜びにも繋がりますから!」

提督「ははっ。嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

提督「それなら、三時頃になったら茶を淹れるようにしてくれないか?駆逐艦の子達が菓子をくれるんだが、甘いのなんの…口をずっきりしたい」

間宮「はい、喜んで!毎日淹れてさしあげます!」

間宮「(ハッ!?今のって求婚ぽかったような…いえいえ、考えすぎ考えすぎ!)」ブンブン

提督「どうかしたか?」

間宮「あーいえ!?なんでもないですよ!アハハハハ…」


―食堂前廊下―

ワイワイ

磯風「おや?こんな時間に、食堂から声が」

磯風「司令じゃないか。今から昼食か?結構な量を食べるのだな…」

磯風「…なんだろう。間宮さんと楽しくしゃべっているな…」

磯風「……」キキミミ


間宮「提督は、どんな女性がお好きですか?」

提督「どんなってこともねぇよ。当たり前のことが、普通に出来ていれば構わん」

間宮「うーん…でも、それだと女の子がよってきたとき、アピールのしようがありませんよ?」

間宮「たとえば…料理が上手な子なんてどうでしょう!?男性の心を掴むには、まず胃袋からと申しますものね。これは提督も望むところなのでは?」

提督「そうだな。美味いものを食べるのは好きだ」

提督「…そういや、この鎮守府には料理が上手いやつが多いよな。間宮もそうだが、瑞鳳とか、川内も中々のものだと神通から聞いた」

間宮「……」


間宮「そうだわ!栄養の整った美味しい料理を作れるのも大事ですが、嗜好品も大事です!デザートのバリエーションが豊富な子も、良いと思いません?」

提督「そうだな。最近は抹茶の菓子なんてのも聞くし…甘さが控えめなら文句なしだな」

間宮「…!ですよね!時代はやはり、低カロリーなお菓子ですよ!」

間宮「(提督は甘くないのが好みということ?この情報は、今初めて聞きました。ということは、これは大きなチャンス!やったぁ!)」

提督「甘さ控えめと言えば、萩風が作るものは俺好みなんだよな。なんか菓子に野菜が練り込まれてるとかで…面白いアイデアだと思うよ。今度作ってみてくれないか?」

間宮「……」


間宮「料理もお菓子も大事ですが、提督の疲れた体を癒してあげるのも重要な役割です!マッサージができる子も、良いと思いませんか?」

提督「(露骨に自分を推してきているな…)」

――――――

磯風「…………」キキミミオワリ

磯風「料理…か…」


回想終わり

磯風「と言うわけだ」

磯風「なんだ。こめかみを押さえて、どうかしたのか?」

提督「いやなに…自分の発言の軽率さを恨んでいるところだ」

提督「なるほど、わかった。俺と間宮の話を聞き、一念発起して、もう一度料理を、と」

磯風「そうだ」

提督「確かに料理が出来るに越したことはないし、誰かを労えるようになりたいという思いも立派だが…」

提督「……」

磯風「……」


提督「率直に訊こう」

磯風「うむ」

提督「諦める気は?」

磯風「微塵も」

提督「俺がダメと言ったら?」

磯風「はっ倒しても突き進む」

提督「病床に伏す者が増えると聞いても?」

磯風「挑戦に犠牲は付き物だ」

提督「………」

磯風「………」キラキラ


提督「(どうする!?動機がどうであれ、磯風がしたいと言っていることを無下にはできん。しかも料理。他の連中がやっていることを、コイツ一人にだけノーとは言えん!)」

提督「(たとえ完成したものが、およそ料理とは言えなくても、だ!)」

提督「(なにより……)」チラ

磯風「司令……どうだろうか?」ウワメヅカイ

提督「ぬぅ……」

提督「(至近距離で、瞳を潤ませ、髪の毛を机に垂らし、か細い声で懇願する姿……。クソッ、断りきれん!)」

提督「はぁ……」

提督「わかったよ」

磯風「本当か!?」パアアア


提督「ただし、条件が一つ。一七駆の連中のうち、誰かが必ず一緒にいること。いいな?」

磯風「御安いご用だ!」ドヤア

提督「なぜ得意気な顔をする…」

磯風「ふっ。見ていろ司令。お前がむせび泣いて歓喜する料理を作ってやる!」ドドン

提督「悲しみの涙を流すよりはマシだが…」

磯風「……」

提督「……?どうした。犬みたいに頭を突き出したままの姿勢で。まだなにかあるのか?」

磯風「いや…せっかくだから、な?」

提督「言わなきゃわからんぞ」

磯風「ええい、バカモノめ…」


磯風「雪風達にいつも、やっているだろう? 」

磯風「頭を撫でてくれ」

提督「なんで」

磯風「雪風達はいつも嬉しそうだ。司令の手には、それだけの力があるのだと推測する。だから私も…な?」

提督「……」ナデナデ

磯風「お。ふむ……ほぅ。悪くない」

提督「……」ナデナデ

磯風「むむ、中々に抗いにくい…。司令の手はやはり大きいな」

提督「……」ナデナデ

磯風「うぅ…なんだか体が熱くなってきた…。し、司令?もう、いいぞ」

提督「……」ナデナデ

磯風「はぅ…しれい…もう…そろそろ…」

提督「……」パッ

磯風「あっ…」


提督「磯風」

磯風「な、なんだ?」カアアア

提督「とりあえず、楽しみにしている。とだけ伝えておこう」

磯風「!」

磯風「あぁ。任せておけ!とびきり美味いものを拵えてやるさ!」

提督「(笑顔は本当に可愛いんだがなぁ…)」


こうして、磯風の料理修行は始まった。

― 一七駆 共同部屋 ―

磯風「というわけで、よろしく頼むぞ!」

浜風「……」ムヒョウジョウ

谷風「えぇ~…」ヒキツリワライ

浦風「うぅーん。そりゃあアンタがそう言うなら、手伝いたいけどのぉ…」ニガワライ

浜風「……」

浜風「磯風」ガシッ

磯風「なんだ、友よ」

浜風「諦めなさい」

磯風「断る」


浜風「バっっっっっカですかアナタは!!料理を作るぅ!!?寝言は寝ているから許されるんですよ!!目が覚めて言うのは妄想虚言世迷い言だぁッッ!!」

磯風「なにおう!?この磯風、思い付きで言葉を紡いだりはせん!」

浜風「だったら余計に問題です!!言葉がどれだけ他人を傷付けるか、アナタは知った方がいいです!アナタの軽はずみな行動が、時に命を奪うかもしれないのですよ!?海上戦闘と同じです!」

磯風「そんなことはない!そこまで深刻ではない!」

浜風「深刻です!人には出来ることの可否がある。アナタの場合は、その一点に搾れば否です!否定します!海軍としても陸軍としてもその提案に反対です!」

磯風「そこまで言うか!?」

浜風「言います!」


浦風「は、浜風!そげんに熱くならんと、落ち着きぃや!」アワアワ

谷風「まーまー待ちなよ浦風」

浦風「谷風!?傍観しとらんと、二人を止めにゃあ!」

谷風「いーんだって。こういうのは、言わせた方が良いってなもんよ」

浦風「それで取り返しがつかんくなったらどがんすりゃあ!普段は大人しい浜風が、本気で怒鳴っちょるんよ!?」

谷風「まぁまぁ。こういうのってね、溜め込んだ方が余計に後々の爪痕が深くなるから」

谷風「お互いに磯風の料理には因縁があるし、いいんでないかねぇ?」

浦風「うぅ…でもぉ…!」ソワソワ

谷風「ハハハ!浦風は心配性だねぇ」

浦風「そりゃそうなるよぉ…もぅ…」


磯風「むむむ!」

磯風「では、どうすれば良いのだ?どうすれば私に協力してくれる?」

浜風「協力などしません」

磯風「何故だ!?」

浜風「そんなに疑問ではないと思いますが…アナタの料理を、間近で見続けてきたから言います。磯風に料理など、不可能です!」

磯風「どう不可能だとぬかすのだ!」

浜風「先日のサンマ火炎輪は言わずもがなですね。家屋に被害が出そうになったのは初ですが…」


浜風「まず、ときたま思い出したように作るカレーです。途中まではカレーらしい匂いだったのに、磯風がナニかを投入した途端、おぞましい悪臭を放ち始めた日がありましたね?」

浜風「またある時は、シーフードカレーを作ると言って、私達がフードになりかけたカレーを作りました。武蔵さんたちがいなかったらどうなっていたか…あんな生物見たことありません」

磯風「いや、あれは近海で見つけたタコをだな…」

浜風「だまらっしゃい」ハンニャ/

磯風「はい」

浜風「続けますよ?物理的な被害は、人命に関わらなければなんとかなります。けれど、磯風の料理は精神的に異常をきたす場合があります」

浜風「具体的には、間宮さんの羊羮を作る手伝いをした時」

浜風「ただ用意された材料を混ぜるだけなのに、なにか余計なマネをしてくれましたね?近くで見ていましたが、磯風の指に葉っぱのようなものが付着していたのを覚えています」

磯風「あぁ、あれか。土手の公園で嵐たちとヨモギを採っていてな」

浜風「あれがヨ・モ・ギだとでも?」シュラ/

磯風「ごめんなさい…」

浜風「あの時は気にもしてなかったし、言い出そうとした時には遅かったから、私にも責任がありますが…」


浜風「食した人が揃いも揃って幼児退行したら、そりゃあ司令でもびっくらたまげますよね。空母の人達が特に患ってましたし…」

浜風「もう本当に、大変でしたと今では思い出で済みますが…戦力に大打撃なのは明らかでした。さしもの大淀さんでも大慌てでしたね。空母を損傷させる訳にはいかなかったから、駆逐艦が文字通り総出で護衛して…」

磯風「あっはっはっは!!あの時は凄かったなぁ!」

浜風「あァッッ?」ギリギリギュー

磯風「す…すまない…ぐるじい…!」

浜風「……」ギュー

磯風「ぎぶ……ぎぶ……!」バンバン!

浜風「……はぁ」パッ

磯風「げほ…けほ…」

浜風「大丈夫ですか?すみません。さすがに今のはやり過ぎましたね」サスサス

磯風「いや、問題ない…私も茶化しすぎた…」


浜風「とにかく、分かりましたか?アナタが料理を作ると、何処かに被害が発生するのです!それも、鎮守府の存続を危ぶむほどの!」

浜風「私は何も、頭ごなしに否定している訳ではありません。これ以上磯風の悪評が広まるのは耐えられないのです。仲間が貶されるのは我慢なりません」

浜風「今はまだ笑い話で済んでる節があります。だから、磯風も私達の思いをくんでください!」

磯風「むぐぐぐぐ…」

浜風「大丈夫です。料理が出来ない女性など、この時代はたくさんいます。料理の腕前は、必ずしもステータスではないのですよ?気にする必要などありません!」ニコ

磯風「むむむぅ…!」

浜風「それに、ほら!趣味を持ちたいと言うなら、代わりは幾らでもあります」

浜風「体を動かすでもいい、頭を使うでもいい。磯風の好みにあったものがきっと見つかります。谷風と浦風も手伝います。ね?」

浦風「お、おぅよ!任せとき!」

谷風「皆で苦労は分けあわないとねぇ。谷風さんらにどーんと任せときな!」

浜風「ほら。ね?」

磯風「…………」


磯風「……ゃだ…………」

浜風「磯風?」

磯風「嫌だ!私はどうしても、料理でなければならんのだ!」バッ

浜風「なッッ!?」

磯風「えぇい、もういい!そんなに言うなら、私一人で取り掛かる!これは私の我が儘だ。お前たちを無理矢理巻き込むことはしない。これなら文句ないな?」

浜風「バカッ!!そういう問題ではありません!アナタは料理をするべきではないのです!何故分からないのですか!?」

磯風「やってみなければわからないではないか!」

浜風「結果はもう出てます!悲惨の一言です!人には得手不得手がある。磯風の場合は、料理が絶望的にダメなのです!」

浜風「ねぇ?お願いだから、私の望みをきいてください。これ以上は、ダメなんですよ!」

磯風「……っ」

磯風「さっきから聞いていれば、都合のいいことばかり!」

浜風「えっ…?」


磯風「浜風!お前、私の料理を一度でも食べたことがあるか?ないではないか!それなのに私の料理が不味いとぬかすのか!?」

浜風「あ、あんなものが食べられるワケがっ!」

磯風「ほれ見ろ!一口も食べたことがないだろう?見た目は酷いけど、味が良かった料理もあったかもしれないではないか!レッテル張りのように、私の料理が不味いと偏見で語っているのではないか!?」

浦風「磯風!浜風はそんなことせんよ!アンタもわかっちょるじゃろ!?」

磯風「うるさい浦風!私にだってプライドがある。貶されたまま黙っていられるか!」

磯風「確かに危ういものが出来たときもある!それは認めよう。幼児退行事件も私が原因だった。それは間違いないさ」

磯風「だが、他の料理はどうだった?何も被害がなかったときもある!焦げていたが、なんとか形に至った料理もあったじゃないか!一つ二つの悪いものを並べ立てて、それが全てみたいに言うなぁ!」

浜風「まともな料理が一つでもありましたか!?」

磯風「あったさ!あったに決まってる!ないハズがない!全部の料理がダメだったなんて、そんなわけがあるハズないッ!」ブンッブンッ


浜風「っ。いい加減なことを!」

浜風「磯風のほうこそ、都合のいいように語っています!ずっと隣で見てきた私に、嘘を突き通せると思っているのですか!?」

磯風「うるさい!」

磯風「もういい!もうわかった!!」

磯風「だったら浜風、お前は私の隣に立つな!金輪際お前には頼まん!」

浜風「じゃあ誰がアナタの尻拭いをするのですか!?」

磯風「そんなものいらん!元々頼んでもないのに、お前が付き添うと言い始めたんだ!」

磯風「お役御免ができて、むしろよかったじゃないか!」

浜風「…ッッ!」

磯風「嫌なものに無理矢理付き合わせるほど、私も落ちぶれてない!」

磯風「どうせ今までも、嫌な思いをしてきたのだろう?お前は真面目だから、自分から言い始めたことを止めるとは言えなかった!なら止めさせてやるさ!」

磯風「浜風!もう二度と、私の料理を手伝ってくれるな!わかったかぁッッ!!」


磯風「ハァ…ハァ…ハァ…!」ゼェゼエ

浜風「……」

浦風「い、磯風…」

谷風「…結構派手に…やっちゃったねぇ?」

浜風「……」

磯風「ハァ…ハァ…」

浜風「……あぁそうですか」

磯風「!」


浜風「そこまで言うなら、わかりました。もう二度とアナタの面倒は見ません」

浦風「まぁまぁ浜風!ここは一旦落ち着いて、お互いもう一度冷静に話し合いを…」

浜風「いいのです浦風。言ったでしょう?結論は既に出ていると」

谷風「(うわぁ…浜風のあんなに冷たい瞳、初めて見たねぇ…)」

浜風「本人がいらないと言っているなら、勝手にすればいい。もう手伝わない…なんと評判が立とうが、自業自得です…!」ワナワナ

磯風「……」

浜風「どうやら今まで、出すぎた真似をしていたようですね。気が付きませんでしたよ」

浜風「気が付き…ません…でした…!」ギリリ

磯風「う……いや、その…」


浜風「この大バカ者が!そんなに周りに迷惑をかけたいなら、好きにすればいい!」

浜風「私はもう知りませんッ!!」バァン!

浦風「浜風!ちょい待ちぃや!…あぁ…出ていってもうた…」

谷風「しょうがないねえ二人とも」

谷風「とりあえず谷風さんは、浜風を追いかけるよぉ。浦風は磯風をよろしくね?」

浦風「うん。あんま刺激すんのはあかんよ?」

谷風「がってんしょーち。それじゃあねぇ」バタン

浦風「へぇ…けっこう大事になってしもうたねぇ…」

浦風「浜風はちょっと言い過ぎなところもあったけど、磯風も、ちゃんと後でごめんなさいするんよ?ん?」


磯風「…………」ジワァ

磯風「……うぅ……ヒグッ……グス……!」

浦風「ちょ!?なに泣いとるんねぇ!」

磯風「う…だってぇ…こんなことに、なるなんて思わなかったんだ…グス…」ゴシゴシ

磯風「どうしよう浦風ぇ…浜風と、ケンカしてしまったぁ…」

浦風「あーあー、大丈夫じゃけぇ心配なさんな!」ナデナデ

浦風「まったく、ホントに大バカ者じゃねぇ。泣くくらいなら言わん方がよかったのに」

磯風「だって…悔しかったんだ…私だって、好きで料理が下手になったわけではないんだ…」グス

浦風「うんうん、そうじゃねぇ。悔しかったんは分かるよ。ずぅっと直そうと頑張ってたもんねぇ?」

浦風「みーんな、磯風が頑張ってたの知ってるけぇ、誰もそれを責めたりはせんよ」


浦風「にしても、どうして急に?最近はあんまり作ってなかったから、諦めたんかなと思っとったけど。というか禁止喰らってたの知らんかったよ」

浦風「ほれティッシュ、鼻水ちーん!」

磯風「…ビィィィ…!…グス…」スビズバ

浦風「なにかワケでもあるん?言うてみぃ」

磯風「いや…大した理由では…」

磯風「どんな理由でも構わんよ。怒らないけぇ、言うてみぃ。ん?」

磯風「…司令に、料理を振る舞ってやりたいんだ…」

浦風「……うん。まぁ、そんなところだろうと思ったよ」

浦風「それだったら、ますます怒られんねぇ。うふふっ」


浦風「分かったよ。ウチは協力するよ」

磯風「ほ、本当か…?」

浦風「うん。約束じゃ。ほれ、指切りげんまーん」

磯風「うむ…」ユビキッタ

浦風「ほいだら、今日はもう遅いけぇに、そろそろと寝ようかねぇ?」

磯風「浜風と谷風が、まだ戻ってない」

浦風「だーいじょーぶ。陽炎がミルクから老後まで世話見てくれてるよ」

浦風「それに、今磯風が心配するんは、おどれ自身じゃ。他人の心配なぞ、してる暇はないよ」

磯風「私自身…を?」


浦風「そうじゃ。さっき、どういう理由で浜風とケンカしとったんじゃっけ?」

磯風「それはもちろん、料理だ」

浦風「そうじゃろう。磯風が料理がド下手やけん、浜風はこれ以上やっても無駄じゃとゆうた」

浦風「なら、磯風が料理の腕前をば上達させて、見返してやりゃあええんよ!」

磯風「……!そ、そうか!」

浦風「うん。それができりゃあ、浜風も認めてくれる。円満に仲直りできるじゃろう。全ては、磯風の手にかかっとる!」

磯風「うむ…うむ!」

磯風「よし。頑張るぞ!」

浦風「その意気じゃ!」


磯風の料理修業メニュー 一品目

―厨房 昼二時―

磯風「と、言うわけで」

磯風「鳳翔さんにまず、指南を仰ぎたい」

鳳翔「は、はぁ……」タジタジ

浦風「鳳翔さん。ちょいちょい」

鳳翔「?」

浦風「(いちおう、提督さんの許可は下りてるけぇ、ここは一つ鳳翔さんも協力してくれんかねぇ?)」ゴニョゴニョ

鳳翔「(もちろんそれは構いませんが、磯風さん、大丈夫なのですか?その…いろいろと)」

浦風「(大丈夫。下手なことはさせん。最初は鳳翔さんに材料を用意してほしいんじゃ。面倒をかけさせてしまうけど、ウチも台所をめちゃくちゃにせんよぉ、全力で見張るけぇ。お願いします!)」

鳳翔「(…えぇ、分かりました。そこまで言われては、悪くはできませんね)」

鳳翔「分かりました。では、磯風さん。頑張りましょうね」

磯風「うむ。よろしく頼む!」


鳳翔「そうですね。では基本からいきましょうか」

鳳翔「磯風さんは今までにも、料理を作ろうとしていたのを覚えております。その際に、刀工はどの程度上達しましたか?」

磯風「そうだな。完成形をあまり意識していなかったので、とりあえずあるがままに包丁で切り込んでいた気がするが…」

浦風「誇張や嘘はいかんよ?」

磯風「…まぁ、キャットハンドは心掛けていたはずだ」

鳳翔「ふむ。まぁせっかくなので、初めからやってみましょうか」

鳳翔「最近は厨房でお見かけしなかったのであんし…ではなく、感覚を忘れていることもありますから、徐々に慣れていきましょう」


鳳翔「というわけで、おナスを切ってみましょう」

鳳翔「ヘタを最初に切り取ってから、次の工程に移り変わる食材です。そうでないときもありますが、今はそういうことにしておいてください」

磯風「ヘタも食べた方が、栄養があるのではないか?」

鳳翔「うーん…栄養はちょっと分かりませんが、中々柔らかくならないので、食感としては取り除いた方がオススメですね」

磯風「ほう。食感か…ナスはすぐにふにゃふにゃになるから、食べ応えがあったほうがいいのでは?ヘタはダメなのか?」

鳳翔「(…こういうよく分からない発想が…)」

浦風「(今までの悲惨な料理を産み出してたんやねぇ…)」

鳳翔「……こほん」

鳳翔「おナスのヘタは、取り除いたほうが無難ですね。レシピ本なんかでも、ヘタがくっついているのを見たことはないでしょう?」

磯風「あぁ、確かに。いつも勿体無いことをするなと思っていたが、アレはちゃんと意味があったのだな!」

鳳翔「そういうことです。一つ誤解が解けたようでなによりです」

磯風「うむ。一つ知識が付いたぞ。やはり鳳翔さんを先生に選んで正解だったな。なんでも知っている!なぁ浦風?」

浦風「あはは…先が思いやられるねえ…」


鳳翔「それでは、実際に切ってみましょう。胴体の色から色素が薄くなる境目がありますね?そこを目印として、包丁を手前に下ろすように引きます」

ストン

磯風「おぉ…キレイな切り口だ…!」

浦風「ホントやねぇ…。熟練の人がやると、動作一つ切り取っても見栄えがいいねぇ」

鳳翔「ふふ、ありがとうごさいます」

鳳翔「次に輪切りにしていきます。おナスを横にして、等間隔に好みの幅で切ります」

ストン、ストン、ストン、ストン

鳳翔「これはおナスの基本的な切り方です。色々な料理で活躍できる形ですので、綺麗に仕上げられれば最終的な形も綺麗になりますよ」

鳳翔「では、磯風さん。切ってみてください」

磯風「うむ。それでは…」


磯風「……」プルプル

浦風「(包丁をナスに押し当てたまま動かんくなってしもうた…)」

鳳翔「磯風さん。ストップです!」

磯風「へぁ!?な、なんだ?」

鳳翔「肩に力が入りすぎています。それではまな板ごと切れます」

鳳翔「はい。リラックスして。一度大きく息を吸って…吐いて…」サスリサスリ

磯風「すぅぅぅ……はぁぁぁ……」

鳳翔「はい。ではもう一度、包丁を手にとってみて」

磯風「……」スッ

浦風「(お、今度は震えてないねぇ)」

磯風「……すぅぅ……」


磯風「とう!」

ズダン!

磯風「どうだ!?」

浦風「ダメじゃあほんだら!危ないわ!」バシン

磯風「いて」

鳳翔「浦風さん。包丁を扱っている人を叩いてはいけません。めっ!です」

浦風「あう…す、すまん」

磯風「それで、鳳翔さん。どうだろうか?」

鳳翔「切る場所は問題ありません。ですが、浦風さんと同意見ですね」

鳳翔「力を必要以上に込めると、勢い余った包丁の刃で指を傷付けてしまいます。最悪切断もありうるので、ここは本当に気を付けてください」

磯風「う、うむ…なんとか、直すようにする」

鳳翔「よろしい。では、おナスはたくさん仕入れてあるので、失敗は気にしないで切ってみてください。ただし、指には気を付けて」

浦風「鳳翔さん。ウチもやってみていいかねぇ?」

鳳翔「もちろん構いませんよ」


鳳翔「…ふぅ」

鳳翔「(この調子なら、酷いことにはならないはず…きちんと順序立ててやれば、磯風さんでもちゃんと料理ができるはずです)」

鳳翔「(磯風さんだって、真面目に取り組んでいる。少々勘違いをしている箇所が見受けられますが…)」

鳳翔「(瞳は嘘をつきません。これは、真剣そのものの顔付き。これなら、今度こそ美味しい料理が出来上がる!)」

鳳翔「(頑張ってください、磯風さん!)」

ズドン

浦風「まだ力みすぎ!もっと弱くせぇ!」

磯風「うぬぅ…なかなかコツが掴めん…」

鳳翔「……」

鳳翔「大丈夫なはず…ですよねぇ…?」


~五分後~


浦風「これで最後……っとぉ!」ストン

浦風「ふひぃ。とりあえず、こんなもんかねぇ?」

鳳翔「おナスの輪切りが、各々十本分。上出来です」

浦風「磯風も、少しずつ音が小さくなっていったねぇ。いい調子じゃ!」

磯風「そ、そうか?ふふ…」

鳳翔「形もほぼ揃っていますね。私のお店で出せますよ。というか、出しましょうか」

磯風「なに!?私が切ったナスを…鳳翔さんのお店で…?」

鳳翔「はい。せっかくの食材ですからね。上手く切れたものは、きちんと食べましょう」

鳳翔「食材を無駄にしないことも、料理を修業するうちの一つです」

浦風「よかったのぉ、磯風!いきなり大出世じゃ!」

磯風「……ッ!!」パアアアア

磯風「あぁ!是非とも、出してくれ!」

浦風「(笑顔がぶち眩しいわぁ…)」

鳳翔「(提督が仰っていた通り、時おり見せる笑顔はとても素敵ですねぇ)」


鳳翔「切ったおナスは、ボウルに水で浸してアク抜きをします」ジャー

鳳翔「切り口が変色しないよう迅速に切るのが望ましいですが…まぁ特に問題はありません。少しずつ慣れていってくださいね?慌てる必要はありません」チャポン

浦風「ほい、これがウチのボウルじゃ」チャポン

磯風「では私も。味付けはここでするのか?」チャポン

鳳翔「いえ。みぞれ炒めを作るので、味付けはフライパンで行います」

浦風「おぉ、ナスのおろし炒めかえ!?大好きじゃ!」

磯風「となると、次は大根か」

鳳翔「はい。おナスとは違う刀工技術が求められます。桂剥きというのですが、これはまだ危ないですね…」

鳳翔「じゃあ…万能ネギを切ってください。私はその間に、大根を剥きます」

鳳翔「おろすのは、三人でやりましょうね」ニコ

磯風「うむ!任せろ!」キラキラ

浦風「何を作るのか聞くと、俄然やる気が沸いてくるねぇ」

――――――
――――
――


鳳翔の切ったおナス「」

浦風の切ったナス「」

磯風の切ったナス「…………」








磯風の切ったナス「………」プクプク…プクプク…


~十五分後~


鳳翔「…で、これで調味料の混ぜ合わせは完了です」

鳳翔「あとは、おナスとおろしと一緒に炒めれば、完成します」

磯風「おぉぉぉ…!」キラキラ

浦風「ふわぁ…調味料も良い香りじゃねぇ」クンクン

鳳翔「では、炒めてみましょうか」

磯風「ほ、鳳翔さん!私が炒めてみたいのだが…」

鳳翔「あ、そうですねぇ…」ウーン

鳳翔「磯風さんのための修業ですから、やらせてあげたいという気持ちもあるのですが…」

鳳翔「一度に全部とがっつくと、胸焼けを起こすかもしれません。今日は切るだけにとどめましょう」

鳳翔「それに、人が調理しているところを見るのも修業ですよ」

磯風「ふむ。まぁ鳳翔さんが言うなら、そうしようか」

浦風「何事も焦らず一歩ずつ、じゃね!」

鳳翔「ほっ……」

鳳翔「では、浦風さん。ボウルをとってくれませんか?」

浦風「はーい!」


鳳翔「おナスは油と相性がいいんです。今回はごま油を使いますが、入れすぎには注意してくださいね」

磯風「ほう、油と。油揚と一緒に食べれば味わい倍増か!?」

鳳翔「油揚は、単品で食べるのがよろしいかと…」

磯風「では、ハチノコみたいにアブラムシでは…」

鳳翔「だめですだめです。あくまでも、普通に料理してくださいね」

鳳翔「とりあえず磯風さんは、まずはレシピに書かれている通りの材料で…」



浦風「ぬおおおおぉぉぉぉッッ!!!??」



鳳翔「!?浦風さん!」

磯風「どうした浦風!」

浦風「な…ナスがぁ…ボウルの水の色がァッ…!」ワナワナ

鳳翔「えっ…。……ッッ!?」


鳳翔「(ボウルに張った水が…赤黒く、濁っている…!?)」

鳳翔「(それに、何やら鼻をさす金属の臭い…!!)」ゾワァ

鳳翔「二人とも下がって!近付いてはいけません!」

浦風「な、な、な、なんねぇこれはぁ!?」

鳳翔「現段階では不明ですが、とにかく何らかの毒物の可能性があります!」

磯風「むむ?だが、変色してるのは私のボウルだけのようだな」

浦風「そーよ!磯風のボウルやねあれは!」

浦風「磯風!おどりゃ何をしたんじゃあ!どんなマジックで水を変色させよったぁ!?」グワンバ

磯風「し、知らん!私が訊きたいくらいだ!」ガクガク


浦風「嘘はいかん!怒らないけぇ、ホントの事を話しぃや!?なにをしたんじゃあ!」

磯風「嘘じゃないんだ!ホントに私は何も知らないんだ!」

浦風「なにもしてないのに、どーしたらあーなるんじゃあああぁぁぁっ!!」

磯風「トマト缶が混ざったのかもしれないだろおおぉぉぉおぉおぉ!?」

鳳翔「二人とも落ち着いてください!」

磯浦「「…!」」ビク

鳳翔「まずは、落ち着いてください」

鳳翔「とにかく、私は換気をします。この台所からも、一時的に避難してください」

鳳翔「二人は明石さんを呼んできて。内容を簡潔に報告して、必要な準備を!事は一刻を争います」

鳳翔「はい!急いで!」パンパン

浦風「了解じゃ!」

磯風「承知した!」


~厨房 昼四時~


明石「…と、言うわけで。毒物ではありませんでしたよー。安心してください」

鳳翔「よかった…本当によかった…!」ポロポロ

明石「いやぁまったく、科学防護服持ってこいと言われた日には何事かと思いましたが。磯風さんが料理してたんですねぇ」

明石「なら納得です」ウンウン

鳳翔「それで、結局なんだったんですか?」

明石「サビ水ですよ」

鳳翔「え、サビ?」

明石「えぇ、サビ。酸化鉄です」

明石「サビ水か、サビそのものが入ったのかは分かりませんが、通常ならば人体に影響を及ぼしたりはしません」

明石「まぁ鎮守府では、たくさんの鉄を扱ってますからねえ~。どこかで手違いがあったとしても、不思議でないと言えば不思議ではありません」

明石「一応水道の水質調査も行いますが、多分そちらは大丈夫だと思います」

鳳翔「そうですか…ご面倒をおかけします」ペコリ

明石「いえいえ!鳳翔さんにはいつもお世話になってますから、こんくらいどうってことないですよ!」


明石「とりあえず私は、磯風さんたちにもこの事を報告してきます」

明石「おそらくですが、今回の件は磯風さんに落ち度はないと思われます。たぶん…ですけど。こっちはあまり自身ありませんけど!」

明石「ですので、あまり怒らないであげてください」

明石「それでは私はこれで!あ、サビ水のボウルは後で私の所に持ってきてください。こちらで処分しますので!」カチャ、パタン


鳳翔「……」

鳳翔「とりあえず、よかったです…」

鳳翔「お夕飯も、今から作れば間に合いますね。明石さんが超特急で調べてくれてよかったです」

鳳翔「ふぅ…」

鳳翔「……!」



磯風が切ったナス「……」ドンヨリ



鳳翔「……」クンクン

鳳翔「こうして改めて嗅いでみると、確かに鉄の臭いですね」

鳳翔「海の上で飽きるほど嗅いだのに、パニックで気が付きませんでした」


鳳翔「それにしても、何故サビが?どこから混ざったのでしょう…」

鳳翔「……?」

鳳翔「あら、これは…磯風さんが使っていた包丁だったわよね?」

鳳翔「え」

鳳翔「え、なんで?これは…だいぶ前に何処かになくしてしまった、正本の包丁…」

鳳翔「えぇ!?どういうことかしら…磯風さん、どこでこれを!?」

鳳翔「というか、これって…」

鳳翔「見た目にはあまり分かりませんが、かなり錆びてる。当然ですね、まったく手入れできなかったんですから」


鳳翔「ということは。この包丁が原因で、赤黒く変色した…?」

鳳翔「いやでも、この変色具合は…」

鳳翔「鉄塊を何年も放置したような、短時間では決して出ない色合いです」

鳳翔「現時点では、これが一番それっぽいですが…」

鳳翔「……」

鳳翔「あまり…深く追求はしないほうがいいかもしれませんね。ははっ…」


磯風の料理修業メニュー 二作目

― 一七駆 共同部屋 ―


磯風「いやはや、昨日はとんでもない事になったな」

浦風「随分呑気にしちょるねぇ」

磯風「私なりに、申し訳ないと思っているさ。鳳翔さんにも、お前にも。せっかく手伝ってもらえたのに…」

浦風「…ま、過ぎた事を気にしてもしゃあないよ。今は前だけ向いてやっていくしかない」

浦風「昨日はまあ…運が悪かったと思って、やっていこうよ」

磯風「うむ、そうだな。これしきのことでへこたれる磯風ではない。よし、それでは浦風、今日もよろしく頼む!」

浦風「あぁ、それなんじゃけどのぉ」

浦風「今日から遠征が入っとるんじゃ。帰ってこられるのは、三日後。その間はウチは面倒みれん」

磯風「あぁ、そうだったのか。そういえば、私も午後から長距離遠征があったような…」

浦風「まぁ、サボるわけにはいかんけぇねぇ」


磯風「……ところで、だな」

浦風「ん?」

磯風「その…アイツは、どうしているだろうか?」

浦風「アイツって誰じゃ?ちゃんと名前を言ってもらわんと、わからんのー」スットボケ

磯風「うぬぬぅ…浜風だ。一昨日のアレ以来、姿を見かけん。谷風は今朝会ったが」

浦風「心配かぇ?」

磯風「べっ!別に心配なんかではない!見知った顔が見えないと、不安なだけだ…」

浦風「あははっ!いーよいーよ、わかっちょるけんねぇ」

浦風「言うたじゃろ?陽炎がオムツから遺産手続きまで全部面倒見てくれると」

浦風「へこんでいる浜風にべたべたと構ってやっちょるけん、心配はいらんよ」

磯風「…鬱陶しそうに陽炎の手を振り払っているのが目に浮かぶようだ」


―厨房―


磯風「浦風は早々に海にいってしまった」

磯風「誰かに助けてもらう手前、僅かな時間も腕前上達に充てたいところだが…」

磯風「司令から、一七駆の誰かが居るようにと言われている。約束は約束だ。破っても何もお咎めはないだろうが…人との約束は、守らなければな。朝潮を見習おう」

磯風「だが何もしないでは、どうにも落ち着かん。なにか良い方法がないだろうか…」

ガチャ

漣「ありゃ?誰かいる。って、磯風じゃん!こんなところで会うなんてキグーだね!」

磯風「む。漣か」

曙「だから何で私がクソ提督の虫抑えを…ん?磯風じゃない」

磯風「おぉ、曙も一緒だったか」

曙「なにやってんのよ。料理ど下手のアンタが厨房に居たって、意味ないでしょ」

磯風「ふふん。聞いて驚け。私はこれから、誰にも文句など付けさせない驚愕の料理スキルを身に付けることを宣言する!」

漣「おぉ、マジで!?すっご~い!」パチパチパチ

曙「なに本当に驚いてんのよ、バカ」


曙「まぁ勝手にすればいいけど。で?今は何やってんのよ」

磯風「特には何もやってない。強いて言うなら、誰かが来るのを待ってたのだ」

曙「はぁ?料理なんて待ってて上手くなるもんじゃないわよ」

磯風「そうなのだが、一七駆の誰かが居なければなにもしてはいけないと言われててな。だから誰かの調理行程でも観察しようと思ったのだ」

曙「へぇ、律儀に言われたこと守ってるわけ?浜風の真面目菌がうつったのね」

磯風「まぁそんなところだ。ところで、二人は何を?」

漣「ご主人様に、差し入れを作ろうと思ってるの。せっかくだから、見てく?」

磯風「いいのか?では遠慮なく!」

曙「えぇ~?メンドくさいなぁ…とりあえず、邪魔はしないでよね」


漣「それじゃあ作るよ~。本日は、スモールカツレツを作ります!はい拍手~!」パチパチパチ

磯風「おぉ、旨そうだな!」パチパチパチ

曙「そんな大したもんじゃないわよ」

磯風「いやいや、謙遜しなくてもいいぞ。何か料理を作れると言うのは、それだけでも素晴らしいものだ!」

漣「ぼのぼのはカツレツ、大好きだもんね~」

曙「別に好きじゃないわよ。アンタがしょっちゅう作るから、むしろ飽きてきたわ」

漣「ご主人様と好物がかぶってうれしいもんね~♪」

曙「なんで被っただけで嬉しくなんなきゃならないのよ!?」

漣「ぼのぼのはご主人様が大好きだもんね~♪」

曙「むがあああぁぁぁッ!!いいからさっさと作れえぇぇ!さっさと作りなさい!作らなきゃ[ピーーー]ぅ!」

漣「きゃーこわいー♪助けていそかぜ~ん♪」

磯風「好きなものが同じと言うことは、それだけ好きな人と共に過ごせる時間ができるということだ。そういうの、良いと思うぞ!」

曙「うがああぁぁああぁぁぁ!!」


曙「ゼェ…ハァ…ハァ…」

漣「それじゃあ作っていきま~す!材料は、じゃじゃん!豚肉~」

磯風「うむ。やはり豚カツを作るには、豚肉でなければな」

漣「あはは。カツレツは、豚カツじゃないよー」

磯風「え、そうなのか?」キョトン

漣「見た目はそれっぽいけど、カツレツはフランス料理。豚カツは日本発祥料理。厚さも作り方も全然違うんだー」

磯風「なんと!目から鱗だ…!」

曙「なんでそんなに驚いてんのよ…」

曙「ほら、さっさと作るわよもう!漣は赤ワインとコリアンダー用意しなさい」

漣「はーい!じゃあぼのぼのは、カットと衣の味付けよろしくハロリン♪」

磯風「おぉ、なんだか本格的だな!」


―十五分後―


曙「…で、あとは一口大に切って盛り付ければ、完成よ」

漣「かんせい~~!いぇ~い!」

磯風「いやぁ素晴らしい!良いものを見せてもらった」

漣「へへん♪そうでしょそうでしょー」

漣「それじゃあお待ちかね、試食たーいむ!はい磯風、あーん!」

磯風「あー…んむ。むぐむぐ…」

漣「どうどう?」キラキラ

磯風「う、旨い!凄く美味しいじゃないか!」

漣「やっり~~!好評価キタコレ!」

曙「私にはしないでよね、それ」

漣「分かってる分かってる!ご主人様の専売特許だもんねー♪」

曙「ちっっがーーーーーうっ!!」


ワイワイキヤッキャッ

磯風「…ん?」



コンロの火「ハーイ」



磯風「コンロからまだ火が出ているな。小さな炎が燻っている」

磯風「二人は気が付いていないようだ。もう料理はできたのだし、消してもよかろう」

ガッ

磯風「(うおっとっとっとぉ!?足が何かに躓いて…!)」

バン

磯風「しまった!コンロに強い衝撃を……」

カチッ

ボオオオオオオオオオオォォォォォッッ!!!

磯風「ぬおおおおおおっっ!?」

曙「え?…えええぇぇぇぇぇッッ!?」

漣「んにゃあああああああぁぁぁ!?!?」

磯風「急にフライパンから火がァっ!?み、水!水を!!」

曙「油使ってるところに水かけんなああぁぁ!!消火器どこ!?」

漣「知らないよぉ!あ、磯風の髪に引火してるぅ!?」


磯風「うわああぁぁっ!うおおおっ!」バンバン!バシバシ!

曙「あんたは頭から蛇口の水浴びなさい!ほら速く!」ドザーー

漣「消火器見当たらないよぉ!あ、でも、毛布があった!」

曙「もうそれで良い!酸素を奪え!」

漣「はいぃぃぃっ!!」ガバァッ

ーーーーーー

ーーーー

ーー


プスプス…

曙「…………」

漣「…………」

磯風「……何故、こんなことに……」

漣「…とりあえず、磯風の頭は大丈夫だったし、料理も無事だったよ。まぁ結果オーライ?不幸中の幸いってところかな」

曙「そうね。だったら今度は、別のところを見るべきね」

漣「別のところ?」

曙「磯風。アンタ、ナニかしたでしょ?」

磯風「な、ナニかと言われても…悪いが、全く心当たりがないんだ…」

曙「ウソおっしゃい。なにもしてないのに、どうにかなるわけないでしょ!?」

磯風「(うぅ…浦風と同じ事を言っている…)」

漣「まあまあ、落ち着きなよぼのぼの」

漣「とりあえず、あの一瞬に何があったのか言ってみて?隠し事はしちゃダメ」

磯風「うん…」


磯風「…と言うわけだ」

漣「ありゃあ、消し忘れてたか。ごめんごめん、あはは」

曙「なに言ってるのよ漣。そんなの嘘に決まってるでしょ」

漣「へ?」

曙「コンロを見なさい!どう見たって、元栓がしまってるでしょ!火が燻っていた筈がないわ!」

曙「それともアンタ、つまみをいじったの?」

磯風「いや、そこはいじっていない」

曙「ほら!なら私たちはちゃんと火を消したわよ!」

曙「アンタさっき、火に水をかけようとしたわよね?高温の油に水がご法度なのを知らなかったんじゃないの」

磯風「いやいや!あの時はパニックで慌てていたが、さすがにそれくらいは知っている!」

曙「ふん、どーだか。私達に罪を着せるための方言かも分からないわ」

磯風「そんな事は決してない!私はありのままを話しただけだ。お願いだ、信じてくれ!」

漣「うーん…ぼのぼの。磯風が水をかけたっていう推理は、多分外れてるよ」

曙「なんでよ」


漣「磯風の姿はぼのぼので隠れてたから見えなかったけど、フライパンはちゃんと見えてたよ、私」

漣「なにかが入ったようには、ぜーんぜん見えなかったなぁ」

曙「でも!元栓は閉まってる!」

漣「うーん…こりゃあ、鎮守府七不思議の一つに遭遇しちゃったみたいだね、私達」キラリン

曙「はぁ?」

漣「ま、不幸な事故ってことだよ、よーするにさ」

曙「あのねぇ、ヘタすりゃこっちにも被害があったのに、そんなんで済まそうなんて…」

漣「まぁまぁまぁ!フライパンは一つダメにしちゃったけど、逆にそれで済んでよかったじゃん!」

漣「あとは換気でもすりゃあ、証拠隠滅はお手軽なもんよぉ!」

漣「ぶっちゃけた話、誰が悪いのかよくわかんないし、漣はご主人様に怒られたくないし。この事は三人の胸のうちに秘めとこっ!」

漣「ね?」

曙「……」


曙「……はぁ」

曙「わーかったわよ!もぅ!」

曙「その代わり、今回だけよ。次は誰が悪かろうとも報告するから」

漣「そーこなくっちゃあ!」

磯風「…すまないな…」

曙「悪いと思うなら、誤解が生じないようにしなさい」

曙「アンタがさっさと上達すれば、こんないさかい起きずに済むのよ」

漣「磯風の料理を楽しみにしてるってさ!」

曙「言ってない!湾曲するな!」


―一七駆共同部屋前廊下 午後―


磯風「あれから二人は司令に料理を持っていった」

磯風「アナウンスが無いということは、あの一件はバレなかったということだろうか」

磯風「はぁ…まさか何もしないでも、事故が起きるとはな。困ったなぁ」

谷風「お。磯風はっけん!」

磯風「ん、谷風か。遠征か?」

谷風「なーに言ってるのさ。演習だよ。第四海上模擬戦闘場。谷風さんもだから、一緒に行こうよ」

磯風「あれ。そうだったか…な?」

谷風「そうだよ。ほら、行くよ!」


磯風「ところで…谷風」

谷風「んぅ?どーしたんだい?」

磯風「谷風は私が料理を作ること、反対しないのか?」

谷風「うんにゃあ。賛成してるよ」

磯風「ほ、本当か!?」

谷風「うん。他でもない、一七駆逐艦の仲間がやりたいって言ってるんだ。応援してあげたいじゃないか」

磯風「…そう言ってくれるのは、ありがたいな」

磯風「だが、それで誰かに迷惑をかけてしまったら…何も得るものがなかったら、どうしよう」

谷風「それは、ほら。磯風がどう思うかだよ。谷風さんらが決めることじゃないね」

谷風「谷風さんたちは、手伝うだけさ。それは好きでやっているんだから、気にすることじゃない」

谷風「大事なのは、磯風がそこでどう感じるか。続けるも続けないも、磯風が決めること。これは、磯風の戦いだからね」

谷風「あくまでも、全てを決め行動するのは、磯風さ」


谷風「大丈夫。谷風さんも浦風も、浜風だって、磯風の仲間さ。何時だってね」

磯風「……その割りには、結構シビアだな。全てを私が決めるというのも」

谷風「そこまで谷風さんらが決めてたら、それは甘やかしだよ。仲間だからこそ、厳しくいくんだよ」

磯風「…うん。そうだな」

磯風「私の我が儘に付き合ってくれるだけでも、贅沢なのだ。それ以上を求めるのは、傲慢というものか」

磯風「ありがとう、谷風。私、頑張るよ」

谷風「へへ。応援してるよ!」


磯風の料理修業メニュー 三作目

―厨房 夜九時―


磯風「さて、今日も刀工をやろうと思う」

谷風「ピーマンが転がっているねぇ」

磯風「うむ。この子供の嫌われものを掃討してくれるのだ」

谷風「転がらないし、簡単に切れるし、いいんじゃないかな?」

磯風「その通り。二人だけでやる時は、簡単な食材を選びたいと思う」

磯風「ところで、谷風はピーマンが好きか?」

谷風「んー?嫌いではないけれど、積極的に好きと言える代物じゃないよねぇ。いくら栄養があるって聞いてもさ」

磯風「うむ。出されれば食べるが、つまみのチョイスには決して入らないものだな」


磯風「少し考えてみたのだ。暁のようなピーマン嫌いな者でも、なんとかして食べてくれる方法はないかと」

谷風「へぇ。なんかあった?」

磯風「我々艦娘は、日々海から来る敵と戦っているな?」

谷風「そうだねぇ」

磯風「その際、索敵は何にも増して重要だ。遠方に敵を見据え、全てに対応できる臨戦態勢を調える為にな」

谷風「大事だねぇ」

磯風「うむ。同じことが言えるのではないかと思ったのだ。戦闘でも、料理でも」

谷風「その心は?」

磯風「要は、急に目に入るとびっくりするのだ。人間の即応能力には限界がある」

磯風「ならば話は簡単だ。ピーマンも、徐々に見えるようにすればいい」

磯風「暁が好きなもの。例えばハンバーグに混ぜて目隠しをするのだ。それを一口、また一口食べる度に、もしかしてこれはピーマンなのでは?と思わせるのが肝要だ」

磯風「いきなりピーマンだ!と思わせては、雷たちも手が付けられないワガママンになってしまう」

谷風「なるほどねぇ」


磯風「ふふ。どうだ。なかなか革命的だと思わないか」

谷風「面白いと思うよ」

磯風「ははは。そうだろう。もっと誉めてもいいのだぞ?」

谷風「この前鳳翔さんが、人参とりんごのスムージーを作ってたよ」

谷風「とても美味しいって、暁たちに評判だったね。人参が入ってるって聞いたら驚いてたけど」

磯風「……」

谷風「先人の知恵ってのは凄いねぇ」


磯風「さて、取り掛かるか」

谷風「(ありゃ、拗ねちゃった)」

谷風「切ると言っても、どう切るの?最終的な形を決めておくと良いって鳳翔さんから教わったんだよね」

磯風「その通りだが、まだレパートリーが一つも存在しない。とりあえず、輪切りにしていこうと思う」

谷風「ほいよ」

磯風「お前もやるか?」

谷風「ううん。谷風さんは磯風のを見てるよ」

磯風「そうか」

谷風「(ちゃんと見張ってないと、なにしでかすかわからないからねぇ…)」


~五分後~


磯風「…よし。これでどうだ?」カタン

谷風「ほぉほぉ。なんとか形になってるじゃないか」

磯風「そうだろう?鳳翔さんと浦風と頑張ったからな!」フフン

谷風「いや~凄い凄い。ちゃんと身に付いてるねぇ」パチパチ

磯風「あとはこれをザルに移して、と」ザザァ

谷風「次はどうする?また輪切りにするかい」

磯風「えーと、そうだな。短冊切りという奴を…」

ガチャリ!

霞「いた!見つけた!こんなところで遊んでたのね!」

磯風「!!」ビクゥ

谷風「おや霞。霞もお腹が減ったのかい?」

霞「違うわよ、バカ!アンタらの尻拭いやらされてんの」

磯風「し、尻拭いだと!?なんのことだ!私は知らん!」

霞「なに露骨に狼狽えてんのよ」

霞「ほら、これ。今日の演習の提出書類。アンタたちサインしないでどっか行ったでしょ?」バサ

霞「書類が滞ると、私に負担がかかるんだから。止めてよね」

磯風「あぁ、なんだ。そっちか。驚かせてくれるな霞」

霞「はぁ?意味わかんない!」


霞「ったくもー!ただでさえ卯月とか島風とかに手を焼いてんのに、アンタたちまで勝手しないでくれる?言われた事はちゃんと守りなさい!」

谷風「霞が駆逐艦のリーダーなのも頷けるねぇ」ウンウン

磯風「全くだ。なんだかんだで最後まで面倒見てくれるのも甲斐甲斐しい」

霞「はぁ!?好き放題言わないでちょうだい!」

磯風「いい?アンタたちは気鋭の陽炎型なのよ。それだけ期待を持たれてんの。戦闘だけにとどまらず、それは日常の生活でも同じ。能力が高いからってずぼらは許されないわ。規律をちゃんと重んじなさいよね」

谷風「リーダーっていうより、お母さんだねえ」

磯風「すまないな、母さん。次からは気を付けるよ」

霞「あーもう!だからそれはやめろって言ってんでしょうが!」


霞「ほら、これに名前書いて。さっさとあのバカに出してきなさい」

谷風「はーい。じゃあとりあえず、提督の部屋に行こうか」

磯風「そうするか。一時的に退出するだけだから、包丁とまな板はこのままにしておこう」

霞「……あ、磯風。ちょっと待ちなさい」

磯風「?」ピタッ


磯風「なんだ、霞」

霞「アンタ、浜風といつ仲直りすんの」

磯風「…!」

霞「陽炎が捨て犬みたいに可愛がってるけどさ、ていうか不知火も霰も受け入れてるし…まあとにかく」

霞「あんまり長居させるほど、私は優しくないわよ。今週か来週には、理由の如何に関わらず出ていってもらうわ」

霞「だからその間に、さっさと解決させちゃいなさい」

磯風「……はは…言われて仲直りできるくらいなら、こんなに苦労はしてないさ」

霞「アンタ達にも事情があるんだろうけど。けれどそれを関係の無い人間に押し付けるのはやめてちょうだい。迷惑だわ」

磯風「なかなかハッキリ言うな」

霞「これでもだいぶ甘いつもりよ。本当なら初日に突き飛ばしてもよかったんだから」

霞「アンタ達のことは信頼している。だからこそ、猶予を与えてるのよ。私を失望させないでちょうだい」


磯風「…それが、お前なりの優しさ、ということか?」

霞「肯定はしないわ」

磯風「そこは否定しない、と言うところだろうに」

霞「アンタのルールなんぞ知ったこっちゃないわよ」

霞「とにかく、伝えたわよ。今週か来週。私が全力でキレる前に、なんとかしなさい」

磯風「あぁ。承知した。お前の期待に沿えるよう、頑張るよ」

霞「分かったならいいわ。さっさと行きなさい」

磯風「ありがとう、霞。いや、母さん」


ーーーーーー

ーーーー

ーー


霞「ったく…母さんじゃないったら。ていうかなんで揃いも揃って…」

大鯨「あら?霞さん。こんばんは」

霞「あぁ、大鯨さん。こんばんは」

大鯨「何か厨房にご用が?」

霞「なんでもないの。悪い子を叱ってただけよ」

霞「そうだ。磯風が料理の練習をしていたみたいだから、包丁とかそのままにしておいて欲しいってさ」

大鯨「あら、そうなんですか。分かりました」

霞「じゃあお休み。アナタも早く寝なさいよ」

大鯨「はい、お休みなさい」


―厨房―


ガチャ

大鯨「よいしょっと…わあ暗い。やっぱり非常灯とかあったほうが安心するなあ」

大鯨「えぇっと、西洋菓子の本は棚の四段目…四段目…あった!」

大鯨「……」


プウ…ゥ…ゥゥン…


大鯨「……」

大鯨「……」ダラダラ

大鯨「(なんだろう…この据えたような、こもったような、不安になる臭い…暗黒物質に匂いを付けるなら是非ともお薦めしたくなる…この臭い!)」

大鯨「…!!」グルリ



暗闇に浮かぶ漆黒のナニか「」プウ…ゥ…ゥゥン…



大鯨「(なにか…居る…!?)」

大鯨「そういえばさっき、磯風さんの足跡があると霞さんが…」

大鯨「あ、明かり!電源は!?スイッチはどこ!!」ドタバタ

大鯨「あった!」パチン

パッ


シーーーン…

大鯨「……」

大鯨「ナニか居たような気がしたのは、台所の上…ザルのところ?」

大鯨「ヴ…変な臭い…あんまり嗅がないほうがいいみたい」

大鯨「磯風さん、いったい何を?」ソロリソロリ



ザルの中のピーマン「」



大鯨「普通のピーマンみたい…見間違い?でも、臭いの発生源はここみたい…」

大鯨「…ん?あれ?」

大鯨「……」

大鯨「ッッッ!!!!??!?」ズザザザ!


大鯨「い…いも!イモムシが、ピーマンといっしょに輪切りにされてるぅ!?」

大鯨「それがなんか黒い体液出してるぅ!」

大鯨「そ、そりゃあ自然の食べ物ですから!イモムシぐらい紛れ込んでても不思議ではありませんが!私も入ってたことありますけど!」

大鯨「でも、これ!全部のピーマンに紛れ込んでたんじゃないですかぁ!?いっぱいあるぅ!」

大鯨「いや…待って。一万歩ほど譲って、そんな偶然もあるかもしれないけれど…」

大鯨「く、黒い体液のイモムシって…なにいぃぃぃ!?」

ーー

ーーーー

ーーーーーー


ー食堂 夜十時ー


大鯨「……」ズズッ…

大鯨「はぁ…お茶を飲んだら落ち着きました。あぁ、心に響く和の香り…」

大鯨「とりあえず、あれから大慌てで明石さんのところに持っていって、ザルごと焼却処分しちゃいました」

大鯨「ごめんなさい、磯風さん…でも、あれは命に関わるような気がしたんです。この大鯨、いくらでも罵られる覚悟はできております」

大鯨「はぁ…それにしても疲れちゃいました…」


カラカラ

夕張「あ、大鯨さん!こんばんは~」

大鯨「あぁ夕張さん…こんばんは」

夕張「あれ~どうしました?なんかスッゴい疲れた顔してますよ」

大鯨「え、そう?」

夕張「はい。止まったら即死亡のデスレースにでも参加したみたいな、ちょっと死相がでてる顔してますよ」

大鯨「そ、そこまで…でもデスレースに近いのは確かかも…」

大鯨「あはは…大丈夫ですよ。遠征明けですから、疲れてたのかもしれません」

夕張「そうですか?言ってくだされば、マッサージとかしますよ。あ、間宮さんもお上手と聞きました!お願いすればしてくれますよ、きっと」

大鯨「そうですね…また今度お願いします」


大鯨「ところで夕張さんは、なにかご用が?お夜食ですか?」

夕張「いえいえ。明石さんから、さっき伝え忘れたことがあるって」

大鯨「え?」

夕張「なんかコンロの調子がよくないらしくって。ガスが余計に噴出されるかもしれないから、気を付けてくれって。鳳翔さん間宮さん伊良湖さんには伝えてあります」

大鯨「あ、点検してくれたんですね。ありがとうございます」

夕張「毎日毎日二百人近くの料理作ってたら、そりゃぶっ壊れてもおかしくないですよね~」

夕張「明日の朝に取り換えるらしいんで、それまで朝飯は作らないようお願いします」

大鯨「わかりました」

大鯨「…あ、ついでに一つ、お願いしてもいいですか?」

夕張「はいはい、なんですか?」

大鯨「その、訳は聞かないで欲しいのですが、シンクを一部塩素消毒したくて…」

夕張「へ?」


磯風の料理修業メニュー 四作目

―鎮守府共同菜園場 昼―


磯風「この時間は一七駆の仲間がみんないないようだ」

磯風「なので、天気も良いし、食材を実際に育てている場所を見学しよう」

磯風「しかし、随分と色々な野菜を育てているのだな。トマトに、ナスに、ピーマンに…」

早霜「あら…いらっしゃい…」

磯風「おぉ早霜か。麦わら帽子が似合うな」

早霜「ふふ…ありがとう。今日は日差しが強くなりそうだから、あなたも…」スッ

磯風「用意してくれたのか?すまないな!おぉ、一気に涼しくなった気がするぞ!」

早霜「二十分に一度くらいは…帽子を脱いで風を浴びせて」


磯風「ここの農園は、早霜が管理しているのか?」

早霜「えぇ。瑞穂と一緒に、季節の野菜を育てているわ…。でもまあ、私以上に育てている子もいるから、管理していると言っても形式上だけよ」

磯風「ほう、そうだったのか。私は立ち入った覚えがなかったな」

磯風「私も世話をしてもいいか?」

早霜「喜んで、迎え入れるわ。水やりの仕方を教えてさしあげましょう…」


早霜「水やりと言っても、常に水を与えればいいわけではありません…それだと弱くなったり腐ったりするので、気を付けて」

磯風「そうだったのか」

早霜「えぇ。人間と同じよ。水は愛情、太陽は叱咤。バランスが崩れれば、悪い子に育ちます…」

磯風「バランス…か」

早霜「えぇ。一筋縄ではいかない、けれども最も重要な要素よ」

磯風「肥料と水をばかすか与えれば勝手に育つと思っていたが、こんなところに共通点があるとはな」

早霜「ふふ…そこを見極めるのも、農業の醍醐味ですよ。可愛い子に育てば、それだけ達成感も大きくなるわ」


早霜「ほら、見て」

磯風「…立派なトマトをつけてるな。茎も、私より高いではないか」

早霜「実はこの子には、水をほとんど与えていません。剪定はこまめに行っていますが」

磯風「なに?じゃあどうして、こんなに大きいのだ」

早霜「自然降雨だけで充分なんですよ、この子にとっては。甘やかしすぎると、この子は見た目の通りどんどん大きくなるから、私達がブレーキをかけてあげる必要があるんです。でもだからと言って、追肥を怠れば心の小さい子に育ちます」

早霜「トマトは言い替えれば、天才型です。曙や雪風のような、ね。でも放っておいていいわけではありません。ちゃんと平等に面倒を見てあげて。ね?」

磯風「…愛情と、叱咤か」

早霜「そう…その基本があればこそ、人も植物も育つの」


早霜「おや…瑞穂が戻ってきたみたい…」

瑞穂「あらあら、磯風さん。いらっしゃい」

磯風「お邪魔している、瑞穂。今まで何処かに行ってたのか?」

瑞穂「えぇ。むしった草を全部堆肥場に置いてきてたんです。本当にたくさんあって…」

瑞穂「これだけ広いと、やはり草むしりは大変です。いつも人数が揃っているわけではありませんから、あっちとこっちとひっきりなしですよ」

磯風「ほう、そんなに大変なのか」

早霜「厄介な敵なので、放っておく訳にもいかないの…」

磯風「…ふむ…」

磯風「よし、あいわかった!ならばこの磯風、草むしりを手伝おうではないか」

瑞穂「本当ですか?ありがたいです!猫の手も借りたいくらいでして…」

磯風「ふふ、任せろ。キャットハンドなら常にしている。私がやるからには、草の根一本たりとも逃さん!」

瑞穂「頼もしいです!」

磯風「はっはっは。任せておけ!」


~ 一時間後 ~


磯風「はぁ…はぁ……」グンナリ

瑞穂「大丈夫ですか?お水、少しずつ飲んでくださいね」パタパタ

磯風「うぅ…頭がくらくらする…うちわの風が涼しい…」グデーン

早霜「軽度の脱水症状…今日は磯風は、もう止めたほうがいいわね」

早霜「まぁ…こうなるだろうと予想がついてました。磯風は経験が乏しいから仕方ないです」

磯風「熱中しすぎて…というか、草が手強くてだんだん焦ってきてしまってな…」

瑞穂「体力配分が上手くできなかったんですね。海上とは勝手が違いますからねぇ」

磯風「うぅ…情けない…面目ない。迷惑をかけてしまったな…」

瑞穂「いえいえ、休憩も大事ですから」

早霜「丁度良いわ。間宮さんにかき氷でも作ってもらいます…二人は縁側で休んでて」トテトテ…


磯風「はぁ…こんなにも大変だとは思わなかったぞ…」

瑞穂「確かに大変ですよ。でも、それ以上の喜びもあるので、止められないんですよねぇ」

磯風「…野菜が良い子に育った時…か?」

瑞穂「そうです。うふ♪早霜さんから聞いたんですね」

磯風「あぁ。だが、わかる気がする。手塩にかけたものは、やはり愛情が湧くだろう。それが良く育ったなら、言葉もない」

瑞穂「そうです。でもそれだけではありませんよ」

磯風「…?他はなんだ」

瑞穂「育てた野菜を、皆さんが美味しそうに食べてくれることです」

磯風「!」


瑞穂「なんのために野菜を育てるかと言うと、最終的に食べるためです。そのままでも、調理しても、私達が育てた野菜を誰かが口にしてくれる。美味しいと言ってくれる」

瑞穂「それこそが最上の喜びであり、野菜を育てる人の共通する意味ではないでしょうか」

磯風「そうだ、な…」

磯風「……」

磯風「なぁ、瑞穂よ」

瑞穂「はい?」

磯風「たとえば、だな。わざとでないにしても、誰かが食材を無駄にしてしまったとしたら、どう思う?それがもしも…自分が育てた野菜だったら」

瑞穂「んぅ。そうですねぇ」ポヤポヤ


瑞穂「怒るかな、とは思います。悲しいな、とも思います。けれど、やっぱり最後に思うのは…」

瑞穂「私が育てた野菜を手にとってくれて、ありがとう。だと思いますよ」

磯風「…優しいのだな」

瑞穂「わざとでないなら、です。わざとなら、もちろん怒ります。丹精込めた野菜になにしてくれるんだ!って」

磯風「うぅ…そうだよなあ…」

瑞穂「ふふっ♪」

瑞穂「大丈夫です。その人が、今までに何度も何度も挫けずに挑戦し、打ちのめされようとも、前だけ向いて立ち上がったのを、私達は知っています」

瑞穂「特に陽炎型のみなさんは、その方が絶対に信念を曲げない強固な人柄を持っていることを理解しています」

瑞穂「だから、へこまないでください」


瑞穂「そりゃあ小言は言うかもしれません。ムカつくぅって言う人がいるかもしれません。ていうか、いました」

瑞穂「けれど私は、責めません。私の野菜を犠牲にし、磯風さんの料理の腕前が上達するならば、私はそれを喜ばしく思います」

磯風「……はは…」

磯風「まぁ当然、野菜室にここの野菜が納入されているはずだからな」

磯風「瑞穂が私の料理の腕前を知らぬはずがないよなぁ…」

瑞穂「えぇ。知っていますよ。ちなみに、菜園では鳳翔さんも野菜を育てていますよ」

磯風「あぁ…そうだよなぁ…」

磯風「自分が育てた野菜が、私の手によって粉々に粉砕するのを、目の前で見ているのかもしれないんだよなぁ…」

瑞穂「その時は、さしもの鳳翔さんと言えども涙目でしょうねぇ」

磯風「……」

瑞穂「…磯風さん?」


磯風「私は…今までその事に一度も思いを馳せた覚えがない」

磯風「自分のことで精一杯だった。何故失敗するのか理解が出来ず、がむしゃらに練習を重ねるしかなかった」

磯風「だが、こうして周りを見渡せば、自分のことしか頭に入れないのは、愚かなことなのだと思い知らされたよ」

磯風「私は…多くの人達に支えられていたんだな」

磯風「食材を提供してくれる人。調理器具をメンテナンスしてくれる人。隣でアドバイスしてくれる人。諦めるなと背中を叩いてくれる人」

磯風「たくさん、たくさん…助けてくれた人がいたんだ」

磯風「けれど、その結果が今の私だ…」

磯風「結局ほとんど上手くならないし、迷惑はかけるし。極めつけは浜風を追い出してしまった」

磯風「なんだか…そこまでしてまで、無理に料理を作ることに、意味を見いだせなくなってきた…司令に料理を作ってやるといきり立ったはいいが…」

磯風「私はいったい、何をしているんだろうなぁ」

磯風「あぁ…すまない。いつの間にか愚痴になっていたな」

瑞穂「いえ。貯まったものを吐き出すのも休憩です」

瑞穂「ふむ…」

瑞穂「……磯風さんは、ナスですねぇ」

磯風「…へ?」


瑞穂「あ、誤解しないでください。悪いように言ったわけではないんです」

瑞穂「ナスって、トマトとは違って、ちゃんと手入れしてあげないとぜーんぜん育たないんですよ」

瑞穂「日当たりを良くするために葉っぱをちぎって、水切れしないよう水はこまめに与えて。色々と手間をかけないと、絶対に大きいナスはとれません。連作も出来ないですし、ちょっと不便な野菜です」

瑞穂「でも、ナスって美味しいじゃないですか。素揚げも、お漬け物も、他のあらゆるナス料理は、食べた人を間違いなく笑顔にしてくれます」

磯風「だがそれは、他の野菜もそうだろう?」

瑞穂「そうです。これはナスだけに止まりません。ぶっちゃけ言ってしまえば、わざわざナスを育てなくても、他に栄養や食物繊維を補える食材はいくらでもあります」

瑞穂「ならば、何故ナスを育てるのか。それはナスでしか味わえないものがあるからです。だから人は、手間をかけてナスを育てるんです」

瑞穂「人も同じですよ」

瑞穂「磯風さん。あなたは…ナスです。手間をかけてあげることで、大きな身をつける野菜です。ナス目の磯風という種類なんです」

瑞穂「あなたにしか作れないものがある。だからこそ、一七駆逐艦のみなさんは、あんなにもあなたを手伝ってくれるのではないですか?」

磯風「…そうなら、いいんだがな…」


瑞穂「そして、もう一つ」

瑞穂「磯風さん。あなたは、おたんこなすです。どうしようもないほど、ボケナスです」

瑞穂「誰かから支えてもらっている。あなたは、今ここで気が付いたではありませんか。何よりも大切な事を、自ずから悟ったではありませんか」

瑞穂「それなのに、どうして、そんな気弱な顔で、諦める素振りを含む言葉を紡ぐのですか」

瑞穂「そこで諦めたら、それこそ周りの人達に示しがつきません」

瑞穂「あなたはそこで終わる人ではありません」

瑞穂「立ち上がるのです、磯風。その不屈の闘志をもう一度、燃やすのです」

瑞穂「それがあなたに出来る、恩への報い方ですよ」


磯風「……」

磯風「私は…諦めないだろうか」

瑞穂「微塵も、諦めません」

磯風「私を止める人間が出てこないだろうか」

瑞穂「はっ倒してでも突き進めばいいのです」

磯風「誰かが倒れてしまったら…どうしよう」

瑞穂「挑戦に犠牲は付き物です」

磯風「……」


磯風「……」

磯風「……ふ」

磯風「ふ…はは。ははは、あははははっ!」

磯風「まったく、瑞穂よ。お前はいつもぱやぱやしていると思ったが、とんでもない策略を思い付くのだな!テロリストも真っ青な攻撃計画だ!」

瑞穂「あら、そんなことはありませんよぉ」

磯風「ふっ…私をやる気にさせておいて、シラは通させぬぞ」

磯風「いいだろう。やってやる。やってみせるさ!私はこんなところで終わるわけにはいかない。終わるはずがない!」

磯風「これは私の戦いだ。私が首を打ち取る!首を打ち取り、その肉を削ぎ落とし、これが私の料理だと勝ち鬨を轟かせてやる!!」


磯風「よし!やるぞぉっっ!!」スック

瑞穂「あぁ? !急に立ち上がったら…!」

磯風「ヴっっ」

磯風「おうあうえぇぇぇ……」グルグル

瑞穂「あぁやっぱり…」

磯風「ぎぼぢわるい…」バタンキュー

瑞穂「そりゃそうなりますよねぇ」

早霜「二人とも、お待たせ…何かあった?」カチャカチャ

瑞穂「お帰りなさい。熱放出がまだ足りないみたいです」


~二時間後~

瑞穂「ふぅ。早霜さーん。そろそろ休憩しましょうか」

早霜「…これ、見て」

瑞穂「んー?あら。咲いてますねぇ」

早霜「ナスの花…切り戻してから、初めて咲いたわ…」

早霜「ふふ…磯風が興味深々に、この子に水を与えていたわ。そのおかげかしら、ね」

瑞穂「そうかもしれませんねぇ」


瑞穂「うふふ♪なるほど、わかりました♪」

早霜「なにが…?」

瑞穂「磯風さん。なんだか親近感が湧くなあって思ったら、早霜さんにそっくりだからですねぇ♪」

早霜「そうね…成り済ませるくらいには似てるかも」

瑞穂「磯風さんはいつもキリッとしてますけど、やっぱり悩みがあるんですねぇ」

早霜「完璧な人間などいない…トマトだって、過湿に弱いもの」

早霜「でも、少しは解消できたんじゃないかしら…この花がそれを示してるわ」

瑞穂「きっとそうですよぉ。磯風さんなら絶対に、美味しい料理を作れると信じてます」

瑞穂「大きな大きなナスに育つことを、私達は見守っています♪」

一旦離れます
今日中には全て投下する予定です

戻りました

レスありがとうござします
磯風は、史実では捕虜をもてなしたりとかしていたみたいですね。それがどうして飯マスキャラとなっているのか…

続けます

磯風の料理修業メニュー 五作目

―グラウンド 弓道場前広場 昼―


磯風「さて。今日は待ちに待った火工だ」

浦風「それはええけどのぉ…なんじゃこのテーブルと簡易コンロは。それに場所…」

磯風「これならば、万が一があっても被害はコンロとフライパンで済む。私なりに考えた結果だ」

磯風「そして、今日はよろしく頼む」

瑞鳳「はぁい!卵焼きなら私におまかせ♪二人とも頑張ろうねぇ」


浦風「瑞鳳さん、卵焼き好きじゃねぇ」

瑞鳳「うん。提督が美味しそうに食べてくれるの。それがとっても嬉しくって♪」

磯風「(…やはり誰かに食べてもらうのは、嬉しいことなのだろうな)」

浦風「卵焼き以外は何か作らんのかえ?」

瑞鳳「いろいろ作るよぉ。オムレツ、だし巻き、茶碗蒸し、錦糸。他にもたくさん!」

浦風「卵料理ばっかりじゃねぇ」

瑞鳳「うん。おいしいもん!」

磯風「(…なんだろうな)」

磯風「(気のせいか分からんが、この二人、どこか似ているような…)」

磯風「まぁいいか。それで、瑞鳳。何を作る?」

瑞鳳「うん。私が一番得意なのは卵焼きだから、それを教えようと思ったけどぉ…」

瑞鳳「やっぱりここは、スクランブルエッグがいいかなと思ったの。火加減に集中できるからね」

瑞鳳「というわけで、さっそく作っちゃいます!まずは私の手順を見ててね♪」


~五分後~


瑞鳳「で、これで。ぷるぷるがほどほどに残っているのを確認したら、お皿に移す」

瑞鳳「後はお好みでソースやケチャップをかけて、召し上がれ♪」

瑞鳳「はい、完成です!」

磯風「おぉ…見た目だけで美味しさが伝わるようだな」

浦風「これはもう、プロが作るレベルのそれやねぇ」

瑞鳳「えへへ♪好きこそものの上手なれ、ってね。何度も作れば感覚で分かってくるんだよ」

瑞鳳「注意することは、あんまり火を通しすぎないこと。溶き卵がある程度固まってきたら、あとは余熱でも充分だよ。固まる様子をよく見ててね」

瑞鳳「さ、やってみて!」

磯風「う、うむ…」


磯風「……」

磯風「(こうして、いざコンロの前に立ち、改めて考えてみると…以前の私は、ほとほとヒドい有り様だったな)」

磯風「(焦がすのは序の口、爆発炎上溶解は茶飯事、しまいには変な生き物まで召喚したこともあったな…)」

磯風「(次はなんとかなるだろうと楽観的に捉え、失敗した理由がわからないにも関わらず同じ事を繰り返して、遂に上手くなることはなかった)」

磯風「(それではダメなのだと…気が付くのが遅すぎた)」

磯風「……」ブルブル…

磯風「(はは…腕が震えているではないか…やってやると決意し、こうして再び人を巻き込んでおきながら、なんというザマだ…)」

磯風「(以前にはなかった気持ちだ…失敗するのを、私は恐れているのだ…誰かが私を支えていることに、愚かにも今更気が付いたから…)」

磯風「(私は今、浦風と瑞鳳の時間を貰っている。この卵だって、育てた人、納入した人、管理している人、多くの人間が関わっている。コンロだってそうだ。明石さんにお願いして準備してもらった)」

磯風「(その時間を、労力を…無駄にしたくない)」

磯風「(失敗は…できない…)」

磯風「(失敗したくない…!)」


磯風「……」ブルブル…!

磯風「(ダメだ…意識したら、余計に震えが!)」

磯風「…ちくしょう……!」ギリリ



浦風「磯風」ポン



磯風「!!」ビクン

浦風「落ち着きぃ。そんなんでは、成功するもんも成功せんよ」サスリサスリ

浦風「余計な事は考えたらいかん。今磯風が考えるんは、スクランブルエッグを作ることじゃ」

浦風「失敗したって誰も責めたりはせんよ。次に挑戦すりゃええ。な、瑞鳳?」

瑞鳳「うん♪私だって最初は失敗だらけだったよ。でも挫けずに練習を重ねていったからこそ、今があるの」

瑞鳳「最初から成功する人なんて、地球上でも数えるくらいしかいないよ。だから大丈夫」


磯風「うぅ…でもやっぱり怖いよぉ…浦風ぇ…震えも止まらない…」ブルブル…

浦風「はは。しょうがないねぇ、まったく」

ギュムゥ

磯風「……」

浦風「どうじゃ?少しは落ち着いたかのう?」

磯風「いや…というか何故、お前の胸に抱き寄せる…」

浦風「人は不安な時、温もりを求めるものじゃ。磯風も例外ではないよ」

浦風「ウチに出来るのは、これくらいじゃ。お前さんが泣きそうなとき、挫けそうなとき、恐怖に縛られたとき。こうして抱き締めてやることくらいじゃ」

浦風「けれど、それは必要な事と思う。誰も彼もが一人で戦っているわけではない。安らぎも必要じゃ」

浦風「だから磯風が不安なとき、ウチはこうして抱き締めてあげるけんね」ギュウ

磯風「…子供扱いを…」


磯風「でも…温かい…それに、良い匂いがする…紅茶か?」

浦風「金剛姉さんに貰ったやつじゃねぇ。ハーブティー。心を静める作用があるんじゃと」

浦風「今の磯風にぴったりじゃ」

磯風「(…普段は紅茶などまったく飲まないくせに…)」

磯風「(私がこうなるかもしれないと見越して、用意してくれたのか…)」

磯風「……」

浦風「大丈夫…ウチらはずっと、磯風を見守ってるけんねぇ…」ナデナデ

磯風「……あぁ。ありがとう」

磯風「もう、大丈夫だ。というか、子供扱いしてくれるな…」

浦風「ふふ♪さっきの磯風は、誰が見ても子供じゃ。今もそうかのう?」

磯風「ふん。あまり舐めてくれるな。私だって、いつまでも乳飲み子ではない」

磯風「私には、壮大な野望がある。ここで挫けるわけにはいかんさ!」

浦風「…震えは、止まったようじゃねぇ」


磯風「ようし、やるぞ」

瑞鳳「火加減は私も見てるからね。強すぎたらちゃんと言うから、思うようにやってみて!」

磯風「あぁ、よろしく頼む」

浦風「ちゃんと、ここで見てるけんねぇ」

磯風「うむ!」

磯風「よし…焼くぞ!」


黄金色の溶き卵が、一筋の流線形を描いてフライパンに注がれていった。

それは軽やかな焼かれる音を奏で、フライパンの中で渦を巻く。

不定の液体は、やがて緩やかに流れを鈍くしていき、菜箸に固まりを絡ませる。

磯風の定まりきらない想いが、自信や、誇りといった、漠然としたふわふわしたものが、一つの確実な形となって徐々に集中していくように。

溶き卵は、確実に磯風の手で料理へと変貌していった。

磯風「いける…」

じっとりと手のひらに汗が滲む。額や、背中にも、信じられないほどに雫を垂らしていった。

それはきっと、高翌揚感。すぐそこの未来に待ち受けるであろう、ずっと望んでいた光景に出会えるという、興奮の表れ。期待が具現化したもの。鬱陶しいが、嫌ではなかった。

磯風「今度こそ…」

溶き卵の姿は、もう見えなくなった。代わりにとろとろとした、別のなにかがフライパンの上で踊っている。磯風の手で作り上げたものだ。

磯風「いける…!」


瑞鳳「…うん。火を止めて!」

言われるままに、磯風はコンロのつまみを戻した。ガスが遮断され、完全に火が消える。

未だ微かにぬめりけを帯びる卵を、フライパンの余熱で完全に消し去っていく。菜箸を回し続け、焦げ付かぬよう細心の注意を払い、仕上げに取り掛かる。

磯風は、最後の判断を下した。

磯風「よし、皿に盛り付ける!」

あらかじめ用意した厚手の皿に、フライパンの中身を全て盛り付ける。菜箸で形を調え、中央が山なりになるようにした。

磯風「あとは…ケチャップで装飾を…」

何か特別なことを描きたかった。だが磯風は首を振る。今までそうしてきたから、変な事故が起きたのだ。だからここは、無難に波を象るように丁寧に絞っていく。

最後の一滴を出し終えた時、遂にスクランブルエッグは完成した。


磯風「……」ボーゼン

磯風「できた…のか?」

浦風「そうじゃ、磯風!遂にやったんじゃ!」

浦風「磯風が自分の手で、作り上げたんじゃ!」

磯風「…わ、私が、これを?」

瑞鳳「うん!形も綺麗だよ。これなら提督も喜んでくれるよ!」

磯風「…っっ!!」パアアァァ

磯風「やっ……たあああぁぁぁっっ!!」

磯風「やった。やった!やったあぁっ!!できたんだ…初めて、これほど綺麗に作れたぞぉ!!」

浦風「おめでとさん、磯風!今までようやったねぇ!」

瑞鳳「おめでとう!」


磯風「あぁ…ありがとう。本当にありがとう!感謝してもしきれんくらいだ…うぅ…グス…」

浦風「うんうん。今だけは泣いてもえぇよ。本当に頑張ったもんねぇ」ギュ

磯風「うぅ…ありがとう…!」ギュ

瑞鳳「ふふ♪二人は本当に仲良しだねぇ、ちょっと羨ましいなぁ」


浦風「さてさて。温かいうちに、磯風の料理を食べないとねぇ」

磯風「うむ…すまないが、瑞鳳。浦風に先に食べさせてもいいだろうか?」

瑞鳳「うん!もちろんいいよぉ」

浦風「ええんか?うふふ♪ならお言葉に甘えて…」



……グラリ…

___グラグラグラグラ!!!



磯風「っ!!?」

浦風「じ、地震じゃ!?けっこう大きい!」

瑞鳳「わわわわ!?ふ、二人とも伏せてぇ!」

磯風「……あっ!?」

磯風「(テーブルから、皿が落ちそうだ!?)」

スルリ…

磯風「落ちる!?」

磯風「させるかぁっ!!」ガバァ!

磯風「(ここで…ここで終わるわけにはいかない!)」

磯風「(これは私だけで作ったのではない…みなの気持ちが詰まった大事な一品だっ!)」

磯風「間に合ええええええぇぇぇぇぇぇっ!!!」











___ガシャ…アン!!


~~~~~~~

赤城「わぁっ!?地震です地震です!加賀さんのトラウマが!」

加賀「別に地震程度で乱したりはしません。赤城さんこそ落ち着いて」

飛龍「そう言いながら足がガクブルですよー加賀さん」

瑞鶴「あっははは!その年になって地震苦手なの加賀さぁん!?大丈夫でちゅよ~!私達がついてまちゅからね~~♪」

加賀「ぶちギレました。オラァっ!!」

瑞鶴「ぐほぉっ!?ちょ、ギブギブギブ!あああああああああ!」

蒼龍「もう二人とも、なに遊んでるんですか」

翔鶴「ところで、皆さん。なんだか卵の良い匂いがしませんか?」

赤城「くんくん…本当だ!わぁ♪誰かがおやつを作ってるのでしょうか!」

飛龍「あはは、弾けるように笑顔になりましたね♪」

~~~~~~


赤城「こっちかな~♪あら、瑞鳳さん?浦風さんに…地面に伏しているのは磯風さんかしら」

瑞鳳「あ…赤城さん…」

加賀「こんなところで何をしているの」

浦風「いや、ちょっと訳あってここで料理を…」

赤城「?磯風さん…どうしたんですか?」

磯風「………」

赤城「…?」ヒョイ



スクランブルエッグの残骸「」



赤城「おや…もしかして、先程の地震で?」

瑞鳳「う、うん…」


赤城「あー、せっかく作ったのに、それは残念でしたね…」

赤城「でも、大丈夫です。スクランブルエッグなら、もう一度作ればいいのです。これでへこたれてはいけませんよ、磯風さん」ナデナデ

磯風「………」

浦風「赤城さん…これは、磯風にとって本当に特別な料理だったんじゃ…もう一度と言うわけには、いかんのじゃ…」

赤城「えっ、そうなのですか」

磯風「………」

磯風「…は…ははは…」

磯風「笑い声しか…出てこないな、これは…」


磯風「なんなのだ、これは…」

磯風「こんなの、どうしようもないではないか…」

浦風「磯風…」

浦風「だ、大丈夫じゃ!落としただけじゃ!外側を払えば、味見くらいは…」

磯風「いいんだ…」

磯風「お前に、砂だらけの料理を食わすわけにはいかん…」スック

磯風「すまない…今日はもう、終わりにする…」トボトボ…


浦風「あ…磯風!」

赤城「浦風さん。今はそっとしておきましょう」

浦風「うぅ…こればっかりは、磯風が悪いわけではないんじゃが…」

瑞鶴「随分と痛々しい背中ね…」

翔鶴「磯風さん、そういえばここのところ、ずっと修業していると聞きました」

加賀「なんだかよく分かりませんが…そうとう頑張ってたのね?」

浦風「そうじゃ…全身全霊をかけて、頑張ってたんじゃ…それなのに…」

瑞鳳「地震が急に来て、せっかくの料理がテーブルから落ちちゃったの…」

瑞鶴「うわあぁ、悲惨」

赤城「……」

加賀「赤城さん。だからって、食べてはダメですよ」

赤城「あ、やっぱりダメですか…?」

加賀「ダメです」


磯風の料理修業メニュー ?作目

―厨房 夕方―


磯風「……」

磯風「あれから、なんとか立ち直して、再び修業に励んだが…」

磯風「まったくうまくいかないな…」

磯風「指を切るわ、包丁が欠けるわ、敵が急に鎮守府近海に攻めこんでくるわ…」

磯風「こうして振り返ってみると、外的要因もけっこう悪いな…」

磯風「ふっ。それにしても、昨日は恐れていた事が現実になったな」

磯風「魚かと思ったが、手が生えたと思いきや、野菜をそこかしこに投げてくれおって…
大人しい部類だったから何とかなったが」

磯風「あれで何体目だ。二桁はとうに突破しているだろうな」

磯風「……」


磯風「今日は、浦風も谷風もいない。遠征で、二日ほどだったか」

磯風「そういえば、私が最後に遠征に行ったのはいつだったかなぁ…最近こちらにまったく身がはいっていない…命を懸けた戦いだと言うのに…出撃も、いつが最後だったかな」

磯風「なんだか、本来の私の仕事でも、うまくいってないような…編成を決めるのは司令だが…」

磯風「浜風は、この時間から哨戒任務だったか。もう行ったのか、これから行くのか…アイツは優秀だから、多方面で必要とされているよな…」

磯風「努力は実を結ぶ…そんな言葉を残したのは、誰だったか」

磯風「…それともまさか、私の努力は努力でないとでも…」ジワア…

磯風「っ!っ!」ブンブン!

磯風「い、いや!あまり建設的でないことを考えるのはよそう。前を向いていこう…」


磯風「そうだ…冷蔵庫にはなにが入っているだろうか。有るもので作る料理を想像するのも良いと、鳳翔さんが言っていた」ガチャ

磯風「……ベーコン、鮭、マーガリン…ダメだ。全く想像がつかん…」

磯風「使うならば、また卵かなぁ…」スッ

卵「ミギャアアァァっ!」

磯風「!」ビクゥ

磯風「な、なんだコイツは…」

磯風「中から生き物の声が聞こえるな。ていうか殻の色、まるでドラゴンのようではないか…どこから紛れた?」

磯風「……」

卵「ギャアア!ギャアアアアァァっ!」


磯風「水がサビたり」

磯風「コンロが爆発したり」

磯風「虫が知らぬ間に紛れ込んでいたり」

磯風「自然災害に見舞われたり」

磯風「そして今もこうして、手に取ったものが奇怪な生き物だったりする…」


磯風「ふ……はは…ははは」

ぐしゃあ!

卵「ミギッ」

ぼと…ぼと…

磯風「……あぁ、そうか。なるほどな」

磯風「浜風の言っていた通りだな」

磯風「この世には、運の良し悪しがある。一発の被弾もないもの、やたらと敵から狙われるもの。非科学的だが、確かに存在する統計上の偏りだ」

磯風「私は戦闘では運が悪いと感じたことはないが…その代わり、その皺寄せがきているのだな…」



磯風「私は…料理の運がゼロなのか…」



磯風「そう…なのか…」

磯風「料理も、海上戦闘も、同じ。ならば、運だって、存在する」

ずるる…ぺたん

磯風「ははは…成る程なぁ」


磯風「なら私は…もしかしたら、何もしないほうがいいのかもしれんな…そのうち、この厨房をいつ使えなくしてしまうかも分からん」

磯風「あぁ。きっとそうなのだ…」

磯風「私は…料理をしないほうがいいのだ…」

磯風「何もかも、浜風の言う通りだな…」


ガチャ















霞「何をシケたツラしてんのよ」


磯風「……霞か…」

磯風「もう一度聞くわよ。何をしょぼくれた顔をしてるのよ」

磯風「ふっ…私はもしかしたら、呪われてるのかもしれん…」

霞「そう」

霞「明日にでも、あの子を追い出そうと思っているわ」

霞「あいにく、あの子が帰ってくるのは四日後だけどね」

霞「浜風との仲直りは、済んだ?」

磯風「……」


磯風「なぁ霞」

霞「なによ」

磯風「私が料理することを、どう思う?」

霞「知らないわよ。勝手にすればって言うしかないじゃない。私はアンタじゃないんだから」

磯風「そうだよなぁ…決めるのは、私なんだよなぁ、やっぱり」

霞「で、私の質問にはいつ答えてくれるの」

磯風「……」


磯風「土下座でもすれば、許してくれるだろうか…」

霞「はぁ?」

磯風「もう無理だ…出来る気がしない…どうやら人には、出来る事と出来ない事があるらしい。私には、料理が出来ないようだ…」

霞「……」

磯風「出来るに決まってるとたんかを切って、あらゆる人間を巻き込んで、なんとか形に至れると思ったら、根本から邪魔をされ崩れさっていく…そんなんの繰り返しだ」

磯風「もう訳がわからん…いっそのこと止めてしまいたい……でも、その勇気がない……」

霞「……」

磯風「あぁ、もう、自分でも何を言っているのか、何を言いたいのかがわからん。頭の中がぐちゃぐちゃで整理が追い付かん……」

磯風「けど、1つだけわかったことがある」

磯風「私は、料理をしないほうがいいかもしれない、と言うことだ…」


霞「……」

ガシッ ぐいっ

磯風「うぉ…かすみ…?」



パアッッッッンッッ!!



磯風「____」

霞「……」ポイッ

どさり!

磯風「いつっ!!…うぅ…」ヒリヒリ…

霞「私、前に言ったわよね。失望させないでって。もう忘れたの?」

磯風「……」

霞「陽炎が言っていたわよ。アンタは何があろうとも変わらない、鉄の信念を持った強い奴だって。その言葉を裏切るの?」

磯風「……っ」

霞「不知火が言っていたわ。アンタは、どんな状況下に立たされようとも、不遜に笑みを携え、仲間を鼓舞し導いてくれると。あの言葉は嘘だったの?」

磯風「…そ…れは…」


霞「どいつもこいつも、アンタの諦めない姿勢を評価してんのよ。でも、今のアンタからは欠片も見出だせないわね」

磯風「…っ!」

霞「なにか下らないことに惑わされて、自分を見失って、余計な思い込みで塞ぎこんでいく。今のアンタは、ただの負け犬よ」

磯風「うるさい…」

霞「何を考えているのかは知らない。でも、アンタは元々、こうと決めたからこそ、料理をやろうと思ったんじゃないの?なら、諦めずに、最後までやり通しなさいよ!」

磯風「だまれ…っ」

霞「そんな惨めに座り込んで、何をしているの?何をしたいの?何を迷っているの?回遊魚みたいにまっすぐ突き進むのが、アンタなんでしょ」

霞「そのせいで色々と被害が出てることくらい、知ってるわよ。けれど止めようとする奴は少なかった。ひとえに、アンタがひたむきに、前を向いていたからよ」

霞「そのアンタが、何を世迷い言を吐いてるの?大勢の人の気持ちを裏切るの?アンタを信じた人達にどう顔向けするつもりなの?」

霞「そんな事、許されないわ。アンタは一生、その巨大過ぎる罪を背負って生きていくつもり?それでも逃げ出すかしら?」

霞「そんな奴だとは思わなかったわ。どうやら私も、まだまだ人を見る目が甘いみたいね」

霞「一生這いつくばっていなさい。クズが!」

磯風「黙れええええええぇぇぇっっ!!!」ガシャ―ン!!


磯風「私だって!諦めたくない!諦めたくないさ!どこまでもどこまでも進みたい。許されるなら、もう止めろと言われるまで突っ込みたいさ!」

磯風「でも!…でも、ダメなんだ…どうしたって成功しないんだ…理由が分からないんだ…分かっているのは、ただ一つ。私が、料理に関しては絶望的に運が悪いということだ…」

磯風「そんなの、どうしようもないじゃないか!地震も、野菜の中身に虫が紛れ込んでたって、そんなのどうしたって防げないじゃないか!どうやって包丁の刃こぼれを予見する!?砂糖と書いてあるタッパーに、ロウがイタズラで混じってたって、そんなの知らない!知るわけがない!」

磯風「こんなことばっかりだ…もう…たくさんだ…私だって人並みに料理が出来るようになりたいよ…司令に料理を振る舞いたいよ…」

磯風「けどっ!!…まるで、神様がそんなことさせないと悪さをしているようだ…」

磯風「私はどうすればいいんだ、霞!!?どうして成功しない!どうして失敗する!一体何が私には足りないんだ!?」

磯風「もう…これ以上は、どうしようもできないよ…」

磯風「いつ厨房を壊してしまうかもわからん…そうなれば鎮守府全体の士気に関わる…」

磯風「もう私には…これ以上続ける勇気も気力も…根こそぎ奪われてしまったよ…」


霞「……」

霞「アンタに何が足りないかなんて、そんなの私は知らないわ」

霞「私も嗜む程度に料理は作れるけど、そんなところにまで運を持ち出し始めた大バカ者は、アンタが初よ」

霞「全ては実力。運なんて関係ない。アンタはまだ、料理を作れるだけの実力を身に付けていない。それだけの話しだと私は思うわ」

磯風「ならば、私には実力がつかないんだ…」

霞「そんな詰まらない弱音を聞くために、私はここに来たんじゃないわよ」

磯風「では、何のために来た…」

霞「これを見なさい」ペラ

磯風「…?」


磯風「____」

磯風「なんだ、それは」

霞「見ての通りよ」



霞「磯風。浜風に代わり、私が新たな第一七駆逐隊の一人として、アンタを指導するわ」



磯風「はぁ…?なんだ、それは。どういうことだ」

霞「飲み込みが悪いわね。一度で理解しなさいな」

霞「浜風が、一時的な転属願いを、私とあのバカに具申したのよ」


__霞、お願いがあります。

__…はぁ?なにそのお願い。喧嘩売ってんの?

__いいえ。至極全うに、真剣にお願いしています。

__だとしても、私が頷く根拠が見当たらないわね。

__一度は断ると思っていました。でも、なんだかんだで霞は私達を助けてくれます。

__だとしたら、甘く見られたものね。いつから私は便利屋になったの?

__便利屋などではありません。霞は私達の仲間であり、駆逐艦のリーダーです。

__ふん。なら…

__同時に、私達のお母さんでもあります。お母さんは、手のかかる子供を助けてくれますよね。

__アンタ達が勝手に呼んでるだけでしょうが!


磯風「…浜風が…」

霞「アンタ、律儀にあのバカから言われたこと、守ってるんですってね。一七駆逐隊の誰かが、必ず隣にいるようにって」

霞「ただでさえ浜風と喧嘩して、浦風も谷風も常にいるわけじゃないのに、そんなバカな提案をずっと守っているなんてね。言う方もバカなら、守る方もバカ。いや、それ以上ね」

霞「けれど私は、アンタのそのバカな姿勢を買うことにしたわ」

霞「登場人物、揃いも揃ってみんなバカ。ちょうど良いんじゃない?同じあほうなら踊らにゃ損損、ってね」

磯風「…お前も私も司令も、みんな同じバカ、か…」

霞「そうよ」

霞「だから、磯風」

霞「私はアンタに協力するわ」


磯風「……」

磯風「アイツが…」

霞「ん?」

磯風「浜風が、何故、そんなことを…アイツ、
私が料理を作ることに、ものすごく反対していたのに…」

霞「あぁ、それね」

霞「…」

霞「言うなって釘を刺されてるけど、まぁいいわ。別に独り言を禁じられているわけじゃないしね」

霞「いい。一度しか言わないわよ」

霞「______」

霞「_____」

磯風「……」

磯風「えっ」


―鎮守府 連絡通路―


ダッダッダッダッダッ!!

磯風「はぁ…はぁ…はぁ…!」

__霞。私は、磯風にひどい言葉を浴びせてしまいました。

__ずっと努力してきた大切な仲間の想いを、踏みにじってしまったのです。

磯風「はぁ…はぁ…浜風!」

__私は磯風の隣に立つ資格を持ちません。たとえ磯風が許してくれても、私は立てません。

磯風「違う!浜風!」

__いつかは、立てる日が来るかもしれません。でも、それは少なくとも今ではないのです。磯風が始めたこの戦いに、磯風が勝利をおさめるまでは、私は彼女の敵でなければいけないのです。

__そう。磯風が打ち取るべき敵の総大将の首は、私です。私が磯風を助けるわけにはいかないのです。


―鎮守府正面海域 桟橋前通り―

磯風「浜風!私は!」

__彼女は挫けない。何があっても。どんなに打ちのめされようとも、必ず這い上がってくる。泥沼に立たされようとも、あがきもがき手を伸ばし、必ず舞い戻ってくる。

__私はそんな磯風を、誇りに思います。

磯風「許しを乞うのは、私の方だ!浜風っ!!」

__私はそんな磯風を、助けてやりたいのです。

磯風「私はお前を口汚く罵ってしまった!お前はなにも悪くないんだ!!」

__私はそんな磯風が、大好きです。

磯風「私は、誰よりもお前が大切なのに!それなのに!」

__だから、私に出来ることは、これしかありません。

磯風「お前はずっと、私の隣で立ち続けてくれたのに!」


__彼女の遠征・出撃・哨戒任務など、あらゆる長期時間を求められることを、私が引き受けます。

__これなら、磯風はほとんどの時間を料理にあてがえる。

__私の知らないところで、少しずつ上達させていくことでしょう。

__次に会うときを、私は楽しみにしています。

__どういう結果になろうとも、きっと、笑顔で、勝利の冠をその手に掲げているでしょう。

磯風「…ッッ!!」

磯風「浜風えぇっ!!!」


―鎮守府正面海域 桟橋―


そろそろと沈みゆく夕陽は、その場の誰をも等しくオレンジ色に染め上げていく。

川内「よぅっし!それじゃあ哨戒任務、行くよぉ!夜戦だ夜戦だぁっ!」

穏やかな波の揺さぶりを主機が伝え、誰しも今日の任務の平穏無事を予感する。

千歳「哨戒なんですから、夜戦はしませんよ。それより、お酒を飲みながらの任務も、たまには悪くないと思いません?」

いつもと変わらない日常。いつもと変わらない仲間。明日もそこに居てくれるという保証は誰にも出来ないのに、変わらぬ未来を心に抱き、敵を掃討する。

浜風「……」

その願いが叶うならば、どんなに幸せだろう。どんなに嬉しいだろう。共に戦った仲間が、誰しも欠けることなく、酒を酌み交わせるならば。

陽炎「浜風?ボーッとして、どうしたの?」

浜風「あ、いえ。なんでもありません、陽炎」

不知火「おおかた、磯風の事を考えていたのでしょう」

陽炎「あはは♪そうだよねぇ、それしかないっか!」

浜風「ふふ…まぁ、そうです」

人は時に、大切な人と衝突する。
けれどそれは、決裂の争いではない。より相手を理解するための、より相手を思いやるための、一つのコミュニケーションだ。
避けて通ればいいのではない。共に考えるのだ。

霰「三人とも…そろそろ…出る…」

陽炎「はーい♪まぁ、磯風なら心配いらないわ。なんてったって、私の姉妹艦なんだから!」

不知火「その通りです。さ、いきますよ」

夕陽は今日も、変わらずに美しい。

浜風「…えぇ。行きましょう」

―桟橋―


磯風「ぜぇ…はぁ…」

桟橋に着いた磯風は、海に落ちんばかりの勢いで、身を乗り出した

磯風「はぁ…はぁ…」

浜風が、いる。もうだいぶ遠いが、確かに声が届く距離に、浜風が。

磯風「浜風…」

なんと声をかけるつもりだ。
すまなかったと、詫びるのか。
それとも、ありがとうと、叫ぶか。
いいや。そうではない。
海に出向く仲間にかける言葉など、決まっているではないか。

無事に帰ってこい。だ。

磯風「浜風ええええええぇぇぇぇぇッッ!!!!」

かつてないほどの大声量で、磯風はその名を呼ぶ。

浜風「っ!?」

浜風は、振り向いた。


驚愕の顔を浮かべながらも、彼女は徐々に理解した。磯風が出撃などしなくて済むよう浜風が懇願したと、磯風本人に気付かれたことに。

磯風「浜風ええええええぇぇぇぇぇ!!」

もう一度叫ぶ。浜風がその声を聞き逃すはずがあるまいに、磯風は大きな声で呼び続けた。
だから、浜風は手を振った。優しい笑顔で。眩しい笑顔で。夕陽でも隠すことのできない、懐かしい笑顔で。
その笑顔を、磯風が見逃すはずがなかった。

磯風「無事に…帰ってこいよおぉぉぉっ!!」

浜風「アナタの料理を、楽しみにしていますよっ!!」

二人はいつまでもいつまでも、大きく腕を振り続けた。
暁の水平線へと、その姿が消えるまで、いつまでも。いつまでも。
磯風の瞳から、海水ではない一筋の水が流れ、その頬を濡らした。












曙「なにナレーションみたいに喋ってんのよ」

漣「てへ♪」


―桟橋―


磯風「うぅ…浜風ぇ…グス…」

曙「なに泣いてんのよ。今生の別れでもあるまいし」

漣「ていうかむしろ、死亡フラグ立ちまくりでちょー縁起わるーい!って感じ?」

磯風「浜風は…私のことをずっと考えていてくれたんだ…」

磯風「それなのに私は、自分のことばかりで…」

曙「…はぁ」

曙「なら、どうすれば浜風に償いができるか、アンタはもう分かってんでしょ?」

磯風「……あぁ」


磯風「ここで挫けるわけにはいかない。私は何度でも、何度でも立ち上がる」

磯風「浜風に、美味い料理をくわせてやる!絶対に!」

霞「はん。やっと元に戻ったわね」

漣「お、かすみん!」

霞「全く遅いったら。とことん手間のかかる奴ね」

霞「まぁでも、これでようやく本格的にエンジンかかってきたんじゃない?」

磯風「あぁ。島風以上のスピードを出せるさ」

霞「暖気に戦艦以上の時間かけたんじゃ、意味ないわね」

磯風「ふっ。任せておけ。島嶼も波頭も捻り潰し、全てを追い越してやるさ」

霞「……そ」


霞「言っておくけれど、私は前言撤回する気はないわよ」

霞「タイムリミットは、浜風が帰ってくるまで。この四日間のうちに、なんとかするわよ」

磯風「あぁ、よろしく頼む!」

霞「丁度良いわ。曙、漣。アンタたちも手伝いなさい」

曙「はぁ!?」

漣「なんだかよくわからないけど面白そー!是非手伝わせて!」

曙「ちょっと!なに勝手に決めてんのよ。やらないわよ!」

霞「四日間だけ。その間でいいから磯風を手伝いなさい。その後になってから、いくらでも磯風を罵ればいいわ」

曙「コイツに悪口なんて全然利かないじゃない!」

霞「それはアンタが優しいからよ。本能的にブレーキをかけてんの」

曙「意味わかんないし!」


霞「必要以上に関わらない。けれど困っていれば、助ける。それがアンタだと思ったけど…違った?」

曙「違うし!あーもう、なんなのよ!」

磯風「ふふ。まぁまぁ曙。たった四日ではないか。有意義な時間を過ごすぞ!」

曙「やらないわよ。つーかなんでアンタが偉そうなの!?」

霞「…仕方ないわね」

霞「(…フライパン)」ボソッ

曙「!!?」ビクゥ!

霞「(鳳翔さんが困ってたわよ…愛用のフライパンが見当たらないって。あれ、アンタ達の仕業でしょ?)」

曙「な、な、な、!?」

霞「(アンタだけのせいにしてやっても…いーんだけど?)」

曙「…っ…っ」プルプルプルプル…


曙「だっーーー!!わーったわよ!やりゃーいーんでしょ、やりゃー!?」

磯風「やってくれるのか?ありがとうぼのぼの!大好きだーっ!」ギュムゥ

曙「抱きつくなー!暑苦しいいぃっ!!」

漣「漣も大好きだよ、ぼのぼのーぅ!!」ギュウ

霞「私も大好きよ。ぼのぼの」

曙「むがーーーーー!!」


磯風の料理修業メニュー ラストオーダー

―食堂―


磯風「遂にこの日が来た…」

磯風「泣いても笑っても最後だ…」

磯風「浜風はもう帰ってきているらしい。あとは…全身全霊をかけるだけだ」

磯風「よし、やるぞ!」ガララ


―厨房―


霞「来たわね」

磯風「うむ…。…あ」

浜風「……」

磯風「は、浜風。…よく、無事に帰って来てくれた」

浜風「……」ツーン

磯風「浜風…私はお前に謝らなければ…」

浜風「私たちは今、喧嘩の真っ最中です。口はききません」

磯風「む。そうくるか…」

霞「ほら、込み入った話しは後にしなさい。もう一人来たわよ」

提督「よぉ、お邪魔するぞ」

磯風「おぉ。司令ではないか!」


提督「風の噂で、誰かさんがとんでもなく美味い料理を作ると聞いてな。こうして誘われた次第だ」

磯風「むぅ。プレッシャーをかけるつもりか?しょうがない奴め」

提督「ははは!まぁ、気負いせず普段通りにやってくれればいいさ」

霞「ほらほら、アンタはさっさと料理の準備をしなさい。二人はテーブルに座ってて」

霞「磯風の料理を食べるのは、アンタ達二人だから。不味くてもちゃんと食べるのよ」

霞「さて…皆!そろそろ始めるわ!」パンパン!

磯風「へ?みんなって、誰が…」

鳳翔「それは、私達のことですよ」

磯風「!」


鳳翔「こんにちは、磯風さん。この二週間、よくめげずに頑張りましたね」

鳳翔「そんな貴女に、プレゼントです」スッ

磯風「……こ、これは…包丁?」

鳳翔「はい。丁寧に磨いであります。材料が変質することはありません」

鳳翔「これで一つ、貴女を邪魔しようとする凶運は消えましたね」

磯風「!!」

磯風「霞!お前…」

霞「鳳翔さんだけじゃ、ないわよ」チラ

大鯨「えへへ♪私も僭越ながら、ご協力しました」

磯風「大鯨…お前も…」


大鯨「私は材料を、見させてもらいました。全ての野菜をチェックしてあります。虫一匹たりとも混入していませんよ。安心してください♪」

磯風「そうか…その節は、迷惑をかけたな…」

大鯨「いえいえ。それでですね、その野菜を育ててくれたのが…」

早霜「私達です…」

瑞穂「選りすぐりを提供させてもらってますよぉ」

磯風「早霜、瑞穂…。お前たちには、大切な事も学ばせてもらったな。感謝する」

瑞穂「ふふ♪磯風さんがどんな料理を作るのか、楽しみにしてます」

早霜「その材料を使って…何を作るかというと…」

漣「はいはーい♪漣たちが、レシピを書きました!切り方と炒め方を、一から書いてあるからね♪」

曙「ったく…なんで私がこんな面倒なことを…」

磯風「漣、曙…二人にも、いろいろと世話になったな」

曙「はん!失敗したらしょーちしないわよ」

鳳翔「あぁ、そうだ。磯風さん、曙さん、漣さん♪」

磯曙漣「「「っ!!」」」


鳳翔「あまり強く言うつもりはありませんが…」

鳳翔「フライパンは、お三方の出世払いということに、しておきますね♪」ニッコリ

磯風「ご、ごめんなさい…」

漣「反省してます…」

曙「……すみませんでした…」

鳳翔「はぁ。まぁなんにしても、怪我がなかったのなら、よかったです」

鳳翔「でも今日は、そんな事にはならないでしょう。ね?」

明石「はい!コンロまわりは全て点検しました!パーツ単位で怪しい部分は交換済みですので、誰が使おうとも事故を起こさせません!」

夕張「水回りと空調設備も、全部見たからね。いくらでも使っちゃって!」

磯風「明石さん、夕張。二人には毎度毎度、苦労をかけさせてしまった。申し訳ない」

明石「あっははは!有害廃棄物がどれだけ発生したことやら。私としては、結構刺激のある日々でしたけどねぇ」

夕張「むしろたくさん部品をいじれたから、楽しかった側面もあったなー。それも今日で終わりかと思うと、寂しいやら嬉しいやら…」

霞「何言ってんのよ。喜ばしいに決まってるわ」

夕張「だよねー♪」


瑞鳳「お砂糖とかお塩とか、調味料類も全部確認したよ。ちゃんとラベルに書いてある通りのものが出るからね。安心してね」

磯風「瑞鳳。お前から教えてもらったもの、常に活きているよ。今日まで世話になったな」

瑞鳳「うん♪大変だったけど、磯風ちゃんがすごく一生懸命だったから、私も熱が入ったよ。けっこう楽しかった!えへへ♪」

磯風「うん…ありがとう、瑞鳳。ありがとう、みんな。私はこれほど多くの人間から助けを施してもらっていたのだな…本当に、感謝する!」ペコリ

霞「頭あげなさい。キャラに似合わないことをわざわざしなくていいのよ」

霞「アンタは傲岸不遜に腕を組んでいればいいの。それでこそ、磯風よ。ねぇ二人とも?」

浦風「そうじゃ。ウチらが好きにやっていたことじゃからのう。そこまでする必要はないよ」

谷風「そうそう!それに、まだ終わったわけじゃないからねぇ。全部を締め括るのは、料理を作り終わってからでいいんでないかい?」

磯風「うん…そうだな」

磯風「よし、それでは始める!」


磯風「……」

磯風「(ここから先は、一人だ。皆の想いを糧にして、作るだけ)」

磯風「(落ち着こう…手足も震えていない…絶対にやれるさ…)」

磯風「……」

磯風「(だが1つだけ…気掛かりがあるとすれば)」

磯風「(やはり、私の料理での運の悪さだろうか…)」


浦風「いけるよ…頑張るんじゃ、磯風…!」

谷風「頼むよぉぉぉ…!」

浜風「……」

霞「……」


霞「磯風」

磯風「…?なんだ」

霞「そこのバカが言っていたでしょ。一七駆逐隊の誰かが隣にいることって。一人で始めるんじゃないわよ」

磯風「あぁ…では霞。頼めるか?」

霞「私はやるつもりはないわ」

磯風「え?では、浦風か谷風に」

霞「ダメよ。二人も今日ばかりは、アンタを遠くから見守る役目に就かせている」

磯風「んーと。では…誰が?…まさか…」

浜風「……」

霞「残念でした。違うわよ」

磯風「えぇ?いや、でも…」

霞「まぁ最後まで聞きなさい」


霞「アンタ、言ってたわね。自分の運がどうのこうのって」

霞「あまりにバカバカしい話だと今でも思っているわ。けれど、それがもしも本当にアンタを縛り付けているのなら…」

霞「それに対応させる為には、私達ではいけない」

霞「この一品だけは、失敗させるわけにはいかないのよ。アンタに自信を付けさせる意味でもね」

霞「だから、ここの皆に言い回って、可能な限り不確定要素を排除することにつとめた」

霞「そして、アンタの凶運を撃ち破る最後の弾丸を用意したわ」

霞「アナタの隣に立つ一七駆逐隊は、この子よ」

霞「入ってきなさい!」

ガチャ

磯風「……」

磯風「え」

磯風「なぜ、お前が?」












雪風「はい!雪風、お呼ばれしました!頑張りましょう、磯風さん!」


磯風「雪風…」

雪風「はい!よろしくお願いしますね、磯風さん!」

霞「そこのバカが言っていたのは、一七駆逐隊であること。でも、"現役"であれとは一言もなかった。そうよね?」

磯風「その通り…だが」

霞「だから、"元"一七駆の雪風でも、何も問題はないはず。そうでしょ?」

提督「あぁ、異論はない」

提督「いやぁ、済まなかったな。別に破ったところでお咎めは何もなかったんだが…磯風は俺の言うことを、ずっと守っていたんだな」

霞「本当よ。アンタのせいで余計にややこしくなったったら」


磯風「……」

雪風「磯風さん。磯風さんが、今まですっごく、すーっごく頑張ってたこと、霞さんから聞きました」

雪風「だから雪風、磯風さんを邪魔する悪いものを、全部防ぎます」

雪風「磯風さんを、お守りします!」

雪風「雪風は、磯風さんの隣で見ているだけです。何も手出しはしません」

雪風「でも磯風さんは、一人ではありません。雪風も、他の皆さんも、磯風さんを見守っています!」

雪風「だから、磯風さん。頑張ってください!」

磯風「___っ」

磯風「ゆき…かぜぇ…」ブワァ…


磯風「うん…がんばる…私、頑張るからなぁ…」ギュウ

雪風「はい!絶対に、ぜーったいにお守りします!」ギュウ

磯風「あぁ…ありがとうなぁ…」

雪風「えへへ♪磯風さんの手、すっごく温かいです!」


霞「(正直、これに関しては二の足を踏まざるをえなかった)」

霞「(言うなればこれは、チート。少し汚い手法よ)」

霞「(本当に磯風のためになるのか、胸を張ってお奨めできるやり方でないのは間違いない)」

霞「(けれど、採択したわ)」

霞「(大事なのは、成功させること。この一品を完成させることができれば、たとえ今後また失敗続きだとしても、彼女は絶対に自信を失うことはない)」

霞「……」

霞「さぁ、私にできることはもうないわ」

霞「幸運の女神様なら、くだらない世迷い言を叩き切ってくれるはず」

霞「雪風。アンタの口づけの力を見せてやってちょうだい」


磯風は台所の前に立つ。雪風と共に。

磯風「ここまで…長かった」

ザルの中に積まれた野菜を一つ、手にとる。それは大きなナスだった。

磯風「思えば、お前から私の修業は始まったな。お前も待ちくたびれたろう」

それをまな板の上に横たえる。どことなく磯風に似たそのナスは、一瞬だけ日の光を受けて、きらりと反射した。
ナスから始まり、ナスで終わらせる。おたんこなすの自分にできる、最後の戦い。

鳳翔から譲り受けた包丁で。
曙と漣に書いてもらったレシピで。
早霜と瑞穂に作ってもらった野菜で。
大鯨に野菜を選別してもらって。
明石と夕張に点検してもらった台所で。
瑞鳳に確認してもらった調味料で。

そして、霞に。浦風に。谷風に。今もこうして雪風に。
そして、浜風に。

自分の想いを見せるのだ。


磯風は、料理を作り始めた。


~二十分後~


磯風「……」


コトッ


浜風「……」

磯風「できた…ぞ。ラタトゥイユ…というのか」

磯風「私が作った…試食してみてくれ」

提督「浜風。先に食べるか?」

浜風「…いえ。同時に食べましょう」

浜風「では…頂きます」

提督「いただきます」

浜風「…」パクッ

提督「…むぐむぐ…むぐむぐ…」


磯風「……」

磯風「…どうだ?」

浜風「……」ヒョイパク…ヒョイパク…

提督「どうだ、浜風?」

浜風「……もぐもぐ…」ヒョイパク…ヒョイパク…

磯風「浜風?」

浜風「…だまっへへふらはい。まだたふぇふぇまふ」モグモグ

磯風「う、うむ…」


浜風「もぐもぐ…ごくん…」

浜風「……」コトッ

磯風「どうだ?」

浜風「……」

浜風「……」

浜風「まだまだ味が濃いです」

磯風「う、そうか…」

浜風「まったく。自分は薄味が好みと言っておきながら、なんなんですか」ガシッ

浜風「……」ヒョイパク…ヒョイパク…

磯風「(司令の分の皿も…)」

浜風「……もぐもぐ」ヒョイパク…ヒョイパク…


浜風「……」コトッ

浜風「ご馳走さまでした」

提督「お粗末さまでした」

磯風「…」

浜風「……」

浜風「…」

浜風「ずっと、見てきました。隣で」

磯風「!」

浜風「だから、どれだけアナタが努力してきたのか、手に取るようにわかります」

浜風「頑張りましたね、磯風」ニコ


磯風「…浜風っ!」ウル

浜風「ですが、これで満足してもらっては困りますよ」

浜風「まだまだ人に対して出せるレベルには達しておりません。材料も、大きさにばらつきがあります」

浜風「だから」

浜風「アナタにはまだまだ、隣に立っている人間が、必要のようですね」

磯風「!」

浜風「いえ、別に!?私である必要なんて…どこにもありませんが…というか私は、追い出された身ですし…」

浜風「ですが…」

浜風「磯風さえよければ、また私が、アナタの面倒を見てやってもいいです」


磯風「~~っ!」

磯風「は、浜風!」

浜風「なんですか?」

磯風「私はお前に…言わなければならないことがある…聞いてくれ」


磯風「私は、お前にひどい言葉を浴びせてしまった。お前を追い出してしまった」

磯風「お前が居なくなってから、多くの人が私を助けてくれたよ。懇切丁寧に切り方、炒め方、味付けを、私が余計な事をしないように見張りながら、教えてくれた」

磯風「本当に、ありがたいことだ。感謝の言葉が見当たらないよ」

磯風「でもっ!」

磯風「やっぱり、違うんだ。どこか違うんだ。優しくも、厳しくも、私を想って皆は教えてくれた。でもやっぱり、心のどこかで、一抹の寂しさを感じていたように思う」

浜風「……」


磯風「失ってから、大切なものに気が付けた」

磯風「浜風」

磯風「私には、やはりお前が必要だ。お前の助けが必要だ。お前の手で助けてほしい」

磯風「お前の声が聞こえると落ち着く。お前の顔を見ると安心する。隣に立っていてほしい。側にいてほしい!」

磯風「ずっと、ずっと!私を見ていてくれ。私の手を握っていてくれ。私の料理を食べていてくれ。私と同じものを心に刻んでくれ!」

磯風「正直なところ…お前に謝罪の言葉か、感謝の言葉か、どちらを送ればいいのかわからない。どちらも必要かもしれないし、どちらも必要じゃないかもしれない」

磯風「でも、たった一つだけ、絶対に言えることがある」

磯風「私は、浜風!お前の隣に立っていたい。お前の声を聞きたい。顔を見たい。激励も、叱咤も、罵倒も、お前の全てが愛おしいんだ!必要なんだ!」

磯風「だから浜風!」

磯風「私の隣に…帰って来てくれ!」


浜風「……」カアアァァ

浜風「よ、よくもまあ、そんな言葉を恥ずかしげもなく堂々と…」

浜風「まるで、プロポーズではありませんか…」マッカッカ

浜風「皆が見ているというのに…」

磯風「私は、伝えたい想いを伝えただけだ。そこに恥じらいを感じた事などない」

浜風「えぇ、そうでしょうとも。アナタはそういう人です」

浜風「真っ直ぐに前を見据え続ける…そんなことは、とうの昔から知っています」

浜風「はぁ…」


浜風「……」

浜風「浦風。谷風」

浦風「なんじゃ?」ニヤニヤ

谷風「いやぁ、良い景色だねぇ」

浜風「まったく…」

浜風「丁度いいですね。アナタたちも、一蓮托生です。逃げることは許しません」

浜風「一七駆逐隊のみんなで、料理をしましょう」

浦風「もちろんえぇよ。でもその前に、な?」

谷風「返事はまだかーい?」

浜風「…返すのですか?」

浦風「あったりまえじゃ!」


浜風「えー…えーと、磯風」

磯風「あぁ」

浜風「まぁ…私も、色々と言いたいことはあります。伝えたい気持ちがあります。でも、わざわざ今言わなくても、いずれアナタに伝わるでしょう」

浜風「余計な事は…たくさん言ってますけど…まあいいです」

浜風「真っ直ぐに視線をぶつける磯風には、やはりストレートに言葉をぶつけるのがいいですね」

浜風「……」







浜風「…喜んで。アナタの隣に帰ってきましょう。磯風」







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磯風の料理修業メニュー 開店準備

―食堂―


赤城「へぇ~。それで、磯風さん。あんなにはつらつとしているんですねぇ」

霞「そうよ。まったく本当に、手が掛かってしょうがなかったわ」

赤城「なんにしても、元気が戻ったならよかったです。一時期は本当に心配してたんです」

霞「あぁ、地震でスクランブルエッグを落としたんですってね。それは確かに、運が悪いと思うわ」

赤城「今も磯風さんは、料理を?」

霞「当然よ。失敗はまだまだするけど…三回に一度くらいは、成功するようになったわ」

わーはははは!見ろ浜風!ジャガイモが全て煮崩れたぞ!

これのどこが肉じゃがですか!?あ、ていうかこれ、豚肉じゃなくて鶏肉を使ったんじゃ…

まぁまぁ、なんか別の料理と思えば、まだまだ食べられるよ

はは!臨機応変も大切だねぇ

霞「…ま、聞いての通りよ。失敗したって、うちひしがれることはもうないわ」

赤城「ホントですねぇ」


霞「ま、私がこれ以上口出しする必要はないわね」

赤城「寂しいですか?」

霞「まっさか。お役御免できてせいせいしたわ」

赤城「うふふ♪さすがは駆逐艦のお母さんですねぇ。お疲れ様でした」

霞「……それ、空母の間でも広まってんの?」

赤城「はい。ぴったりだと思いますよ」

霞「……ふん」

赤城「それじゃあ、磯風さんの勝利を祝って、乾杯といきましょうか」

霞「…そうね。ついでだから、今あの子が作ってるもの、食べていきなさい。世にも珍しい料理が出てくるわよ」

赤城「そうですね。是非、ご相伴に預からせていただきます♪」

霞「それじゃあ…愛すべきバカの、磯風に」

赤城「乾杯!」

  チンッ!

終わりです
ここまでありがとうございました

話の中では雪風を元・一七駆逐隊としていますが、史実の方では未来の一七駆逐隊ですね。そこが変更点です

依頼を出してきます
またいつか、別のお話を投稿できればと思います

レスありがとうございます

誤爆、気が付きませんでした。ご迷惑をおかけしました
最初から読み直しましたが、抜けている部分はありませんでした。次回に作る機会があれば、気を付けたいと思います

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年10月10日 (月) 03:30:46   ID: sdgxEwtR

面白かった!

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