【モバマス】「俺が、女子寮の寮長ですか」 (112)


※ このSSには、オリジナル設定やキャラの崩壊が含まれます。

===

P「やりますとも! やりますともっ!! それでいつからです? 今日からですかっ! 明日からですかっっ!?」

ちひろ「ちょ、ちょっとプロデューサーさんっ!?」

凛「近い近い! プロデューサー、ちひろさんに顔近づけ過ぎだよっ!」

P「あっ……す、すみませんねちひろさん。俺ってば、嬉しすぎてつい、興奮しちゃって」

ちひろ「いえ、大丈夫ですよ……少し、驚いただけですし」

ちひろ「なにより興奮するほど喜んで貰えるとは、正直思っていませんでしたから」


凛(……興奮っていうよりも、発情だよ。あれじゃ)

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P「はっはっはっ! なにを仰るんですかちひろさん! 女子寮の、寮長になってくれというお願いでしょう!?」

ちひろ「正確にはお願いというよりも、業務命令なんですけどね」

ちひろ「それに寮長と言っても、業務は寮生のお世話から寮全体の管理まで多岐に渡って――」

P「いやぁ、ついてるなぁ! ……これもプロデューサー業の、役得って言うんですかね!」

ちひろ「え、えぇ、まぁ……役得かどうかは分かりませんけども、
社長や他のプロデューサーさん達とも話し合って、今回の件は、貴方が適任だろうと言うことになりまして」

P「流石はウチの事務所のやり手社長に、敏腕プロデューサーの先輩達だ! 良い判断だと思いますよ!」

ちひろ「とはいえ、普段の仕事以上に責任を伴う事柄なので。
プロデューサーさんがどうしてもと言うなら、この話は他の人に回そうかと……」


P「いやいやいや! その必要はございません! 是非にっ! このわたくしめにお任せくださいっ!」

凛「プロデューサー、また近い、近いって!」

P「おっと……度々失礼!」

ちひろ「いえいえ、大丈夫ですよ」


P「それにしても……まさか俺が、『女子寮の寮長になってくれないか』、なーんて頼まれる日が来るなんて……」

P「ふ、ふふふっ……! 女子寮、寮長、大勢の独身女性と一つ屋根の下……!」

P「かつてこれほど男に生まれて……否! アイドルのプロデューサーになって良かったと思ったことがあっただろうかっ!!」

P「う、うぅ……! くぅぅ……!!」

ちひろ「プロデューサーさんたら、涙まで流して喜んで……よっぽど今回の話を、気に入って頂けたんですねぇ」

P「ええ! それはもう!」


凛「ちょ、ちょっと待ってちひろさん!」

ちひろ「はい? どうかしましたか?」

凛「いや、どうかしたかどころの話じゃなくてさ」

凛「ちひろさんさ、なんていうか、凄くあっさり話を進めてるけど……」

凛「その寮長の件……なんでウチのプロデューサーに回って来たの?」


凛「ちひろさんだって知ってるよね? 担当されてる身で言うのも何だけど、この人かなりの――」


P「にひひひひ……! 住み込み、屋根の下、あっちこっちであーんなことやこーんなことが……はっ!!」

P「――やややっ!? 夜も遅くだと言うのに、風呂場から怪しい水音が……」

P「これは賊の可能性、もしくは、妖怪『残り湯さらい』が現れたのかもしれん! ……だとすれば」

P「……むふっ♪」

P「これは寮の管理を任されている者として、しっかりと確認しなくては! 
……確か、今日遅く帰って来たのは美波ちゃんのグループで……」

P「と、いうことはだよ。今まさにこの磨りガラスの向こう側には、
美波ちゃんやそのお友達の鷹富士の茄子さんが生まれたままの姿で……むふ、むふふっ♪」


凛「……あんな感じの、『超』がつくほどのスケベなのに」


ちひろ「まぁ、確かに凛ちゃんたちのプロデューサーさんは、他の方と比べて、女性にだらしない人ですが……」

ちひろ「だからこそ、今回のお願いに関して、最も信頼がおける人選になるんですよ♪」

凛「え、えぇ……? それって、どういう――」

P「いえね、違うんですよ時子さま! これはあの、見回りで、覗くつもりなんて全くなくて……」

ちひろ「……とはいえ、プロデューサーさんがあのままじゃ、話の続きができませんねぇ」


ちひろ「凛ちゃん。お願いしてもいいですか?」

凛「……ちひろさんじゃ、駄目なの?」

ちひろ「お願いしますよぉ。こう言ってはなんですけど、あの状態のプロデューサーさんには、少しばかりのトラウマが」

ちひろ「以前も迂闊に近づいて、トリップ中の彼に胸を揉みし抱かれた経験があるんですぅ……」

凛「はぁー……」


P「まさかまさか! 皆さん揃って入浴中だなんて微塵にも思わずに!」

凛「ねぇ、ちょっとプロデューサー」

P「何というかそう、体が勝手にですね――」

凛「聞こえてる? プ・ロ・デュ・ー・サ・ーっ!!」

P「は、はいぃっ!! 鞭だけはご勘弁を――って……あ、あれ?」

P「ふ、風呂は? 俺の……この世の桃源郷は、何処に?」

凛「……あのね、馬鹿な妄想するのは勝手だけどさ。それでも時間と場所ぐらい、ちゃんとわきまえて欲しいかな」

ちひろ「凛ちゃんの言う通りですよ、プロデューサーさん。
TPOをわきまえない妄想をしたことは、いつものように社長の方にも報告させて頂きます」


P「ま、待って下さいちひろさん! これは、ほんの物の弾みで!」

ちひろ「ダメですよ。規則は、規則ですから」

P「それでも妄想一回につき、給料から数千円天引きなんて、あんまりですよ!」

ちひろ「天引きじゃありません。ちゃんと貴方のボーナスに、引いた分を上乗せしてるじゃありませんか」

凛(プロデューサーのお給料って、そんなことになってたんだ)

凛(どうりで給料日の前後でも、いつもお金に困ってたんだね……)


P「な、何だよ凛。どうしてそんな目で俺を見るんだ?」

凛「……ううん、何でもない」


ちひろ「コホン……とにかくですね。こうでもしないと貴方は……
いえ、こういう方法を取ってさえ、貴方は所かまわず淫らな妄想をまき散らして」

ちひろ「お陰で、本当ならウチが引き受けれたお仕事を、これまでいくつ駄目にしてきたことか」

P「だけど、それをされるとボーナス入るまでの生活がカツカツで……今月だって、家賃の方の支払いが!」

ちひろ「だったら、日頃の妄想回数を減らすよう努力してください! 
……それに、住む場所のことなら、これから心配しなくてもよくなるんですから」


P「心配しなくてもよくなる? ……何です、事務所が俺の代わりに、家賃を払ってくれるんですか?」

ちひろ「そうじゃなくてですね。忘れたんですか? プロデューサーさんが寮長になると言うことは……」

P「寮長になると、いうことは」

ちひろ「寮全体の管理者になるんですから。勿論、寮住まいになるに決まってるじゃあないですかっ♪」

P「……あっ! あぁっっ!!」


P「そ、そうですよそうですよ! 一つ屋根の下の、夢の共同生活……そういう話でしたもんねっ!」

P「朝はアイドルに起こされて、昼は皆で遊びに行って、夜は大人組と酒盛りで!」

P「その後は、大人だからこそ出来る話で、目一杯楽しんじゃったりなんかしちゃったりしてっ!」


凛「いや、そういう話じゃなかったよね……」

ちひろ「まぁまぁ凛ちゃん! 細かいことは、この際置いておくとして――」

ちひろ「ズバリ聞きますけどプロデューサーさん? 貴方は現在、お一人でアパート暮らしでしたよね?」

P「はい! 絶賛ボロくて汚い、安アパートで生活中です!」

ちひろ「寮長となった際には、住み込みでのお勤めとなりますので、出来るならばそのアパートの方を――」

P「分かってますよちひろさん! 出て行きます! 退去します! 引き払わせて頂きますっ!」

凛「えぇっ!?」


凛「ま、待ってまってプロデューサー! そんなの、色々と準備がいるんじゃないの!?」

凛「荷造りだとか、そう、さっき言ってたけど、滞納してる家賃を払ったりとか!」

ちひろ「心配しなくても大丈夫! そういった面倒な手続きは、全てこの千川ちひろにお任せ下さい!」

ちひろ「ついでと言っては何ですが、退去に伴う金銭的な問題に関しても、事務所の方で何とかしましょう!」

P「流石は仕事の出来る事務員さん! 今ほど貴女が頼もしく見えたことはないですよ!」

ちひろ「ふふっ……そうでしょう、そうでしょう?」

凛(な、何とかできちゃうんだ……)


ちひろ「――と、言うわけですので。プロデューサーさんは
ただ身の回りの物だけ持って、寮に向かってもらうだけで構いませんから!」

P「ホントですよね! その話!」

ちひろ「はい! わたくし嘘は申しませんっ!」

凛「え、えぇ……ちょっと待とうよ、二人とも……」

ちひろ「それでどうします? この話、乗るか乗らないか! 受けるのか受けないのかっ!」

P「勿論受けますよ! それで、俺はいつから寮の方に行けばいいんですっ!?」


ちひろ「それは――二、三日中ならばいつでも」

ちひろ「なんなら、今日からでも構いませんよ?」

P「では早速、ウチに荷造りに戻りたいんですが……早退、構いませんかねっ!?」

ちひろ「はいはい、是非に♪ 早退届けに署名さえして頂ければ、後はこちらでやっておきますから!」

P「では、さらさらっと……」

ちひろ「あ、あと印鑑も」

P「拇印でもいいですか?」

ちひろ「ええ、結構です……ここと、この場所にポンポンと」

P「はいはい……ポンポンっと」

凛(……いいのかなぁ?)


ちひろ「……はい! では、確かに受け取りました!」

P「それでは、俺はこれで……」

P「荷物をまとめ次第、一度戻ります! ……ではっ!」

ちひろ「はぁーい、いってらっしゃいませー♪」

P「ぬおぉぉぉっ! 待ってろよ俺の桃源郷ーっ!!」


凛「…………」

ちひろ「…………」

凛「……はぁ」

凛「ねぇ、ちひろさん」

ちひろ「はいはい?」


凛「さっきプロデューサーが署名したその紙……」

凛「私には早退届けじゃなくて『誓約書』って書いてるように見えるんだけど」


ちひろ「ふふっ、そうですよぉ。まさにこれは、早退届けではなく誓約書……
いわゆる免責同意書の一種になります。それも、とってもとぉっても細かい条件の……ね♪」

凛「……やっぱり」


ちひろ「だから凛ちゃんは、さっきのプロデューサーさんみたいに、
得体の知れない書類にホイホイサインなんてしちゃダメですよ?」

凛「……はい」

凛「で、でもプロデューサーに任せたのって、寮の管理責任者の仕事だよね? 
そんなに厳しい誓約書が、必要になるものなの?」

ちひろ「……気になるなら、ご覧になりますか?」

凛「あ、見せてくれるんだ」

凛「えっと……甲は乙に……業務上、不可解な……」

凛(うう……何だか回りくどい書き方で、イマイチ何が書いてあるか理解できない……)


ちひろ「……ああ、ごめんなさい。やっぱり、分かり辛いですか」

凛「うっ……」

ちひろ「ふふっ……この書類にはですね、大雑把に言うと――」

凛「大雑把に言うと……?」


ちひろ「もしもプロデューサーさんが業務中に命を落とすようなことがあったとしても、事務所も、
そして寮に住むアイドルの子達にも、一切の責任が無いという事に同意する……そんな内容が、書いてあるんです」

凛「ち、ちひろさん。プロデューサーが任された寮っていうのは、もしかして……」


ちひろ「――さてさて、あの人は一体、何日持つでしょうかねぇ」

ちひろ「あの寮に居る子達は、どの子も一癖も二癖もありますから……
無事に寮長のお勤めを、果たしてくれると良いんですけれど」

とりあえずここまで。

>>13の凛の台詞

凛「ち、ちひろさん。プロデューサーが任された寮っていうのは、もしかして……」は無かったことにしてくらはい。


P「――さて」

P「古巣の方は引き払い、手続きやなんやかんやはちひろさんにお任せして」

P「新たな新居……常世の楽園に向かっているワケなのだが」

凛「わけなのだが?」

P「……どーして凛が、一緒の車に乗ってるかね」

凛「それはこっちが聞きたいよ。ちひろさんてば、『レッスン終わると今日はもう、予定も無いでしょう』……なんて」

凛「引っ越しには人手もいるだろうし、手伝ってあげてくださいってさ」


凛(……本当は、プロデューサーの身に何か起きないか、見張っててくれって話だけど)

凛(見張るって……何から見張ればいいのかな? 詳しい事は、着いたら分かるとしか言われなかったし)


P「はっはっは! 確かに仕事の無いアイドルなんて、基本的には暇だもんな!」

凛「あのね、私が他の子に比べて暇なのは、プロデューサーが仕事を取って来ないからでもあるんだからね?」

P「何言ってんだ凛。出来るアイドルってのはな、プロデューサーがあれこれ用意しなくても、自分でお仕事を取って来るんだよ」

凛「……ウチの事務所の、大人組の人たちみたいに?」

P「そうだ。大人組のお姉さま方のように、だ」

P「ふふふ……待っててくださいね、お姉さま方! 
若輩者ではありますが、俺が皆さんの暮らす寮の管理者になるからには……むふふっ」


凛(……これじゃどっちかと言うと、プロデューサーの動向を私が見張るっていうのが正しそうだね)


 事務所、女子寮前

P「さーて、ついたついた」

凛(レンガ造りで、西洋風の二階建て……)

凛「へぇ……女子寮って、結構洒落た造りの建物なんだ」

P「なんだ、凛はウチの女子寮初めてか?」

凛「まぁね。私は実家通いだし、今まではわざわざ寮に寄ったりする用事も無かったから」

P「そうかそうか。なら今日は存分に、俺の女子寮を堪能して帰るがいい!」

凛「別に、プロデューサーの物じゃないでしょ」

P「いいのいいの、建物の管理だって俺の仕事だって言うなら、そのぐらい言ったって構やしないって」

凛(なんだかなぁ、この人は)


P「……それにしても、アレだな」

凛「次はなに? プロデューサー」

P「女子寮ってのは、外に居てもこう……やっぱり良い匂いがするんだな、まるで香水みたいなさ!」

凛「あぁ、それなら……」

凛「多分、玄関に植えてある花の匂いだよ。ほら、あそこ」


P「ほほぅ、こりゃまた綺麗な紫の……」

P「紫の……何の花だ?」

凛「……ラベンダーだね。その隣の植木のは、多分、月桂樹じゃないかな」

P「ふんふん、なるほどねぇ……凛は、案外物知りだな」

凛「べ、別に……物知りって言うほどじゃ」

凛(だって、一応実家は花屋だし)

P「でも、月桂樹なら俺だって知ってるぞ! 確か、呪いを解く力があるんだよな!」

凛「まぁ……そんな話も、聞くには聞くけど」

P「でもなぁ、シャナクが使えるようになると、途端に必要なくなっちゃって」


凛「シャ、シャナク?」

P「知らない? ほら、呪いとか解く呪文の」

凛「……もしかして、今のは何かのゲームの話?」

P「もしかしてもなにも、それ以外の何があるって言うんだよ」

P「まさか凛は本当に、この世に呪いがあるって信じてるタイプか?」

凛「うっ……そ、そういうのは、特に信じちゃいないけど」


P「まったく……凛はしょうがないヤツだなぁ」

P「花の名前を覚えるのもいいけどな、俺のように幅広く、
サブカルチャーにも精通してなきゃ、グローバルなアイドルにはなれないぞ?」

凛(……よくもまぁこれだけ、ゲームの知識で偉そうに)

凛(……そうだ!)


凛「じゃ、じゃあさ。そんな物知りなプロデューサーに、一つ質問があるんだけど」

P「ふむ、良かろう。何でも申してみなさい」

凛「さっき言った、グローバルって……なに?」

P「……なんだって?」

凛「だから、グローバルの意味だよ。私ってほら、プロデューサーよりも物を知らないからさ。
もう少し分かりやすく説明して欲しいかな……なんて」

凛(……なんてね。ホントは、そのぐらい知ってるけど)

P「……グローバルの意味……か」

凛「そう、グローバルの意味」

凛(……とはいえこのプロデューサーの反応じゃ、
大方聞きかじって来た単語を、それっぽく言ってみただけみたいだね)


P「凛はその……グローバルの意味、本当に知りたいのか?」

凛「うん、そうだよ」

凛「聞くは一時の恥って、よく言うよね。
私も分からないことを分からないままにしてちゃ、次のステップには進めないと思ってるから」

P「まぁ、言いたいことは分かるんだけど」

凛「だったらほら、早く教えてよ」

P「……なら、何が起きても後悔するなよ? グローバルの意味ってのは……」

凛(な、何? プロデューサーってば、急に怖い顔になって……)


P「グローバルの意味、それはな――世界的、世界規模、
そしてあなたのプロデューサーが言うグローバルなアイドルとは何を隠そうこの私」


ヘレン「――待っていたわ……あなた達が、この寮にやって来るこの時をっ!!」


P「おわっ!!?」

凛「へ、ヘレンさんっ!?」

凛(い、いつの間にこんな近くにっ!?)


P「あーあ、あーあぁ……」

P「ほらぁ……やっぱり出て来ちゃったよ」

凛「や、やっぱりって、どういうこと?」

P「どういうもなにも……お前も、ホントに物を知らんやっちゃなぁ」

P「いいか? この業界じゃ、世界的な話をする時には十中八九、
何処からともなくヘレンさんが現れるってのは常識なんだ」


凛「ま、まさか……そんなことあるわけ……」

P「信じられないのは分かるがな。ほれ、門外不出の非売品。天下のプロデューサー手帳にも書いてある」

凛「でもそれ、ただのスケジュール帳じゃ……」

P「ええい! ごちゃごちゃ言わんと読んでみろっての!」

凛「や、やだ! 無理に押し付けなくても読むってばっ! 
……え、ええっと、『世界的な話をする際は、ヘレンさんの唐突な登場に注意すべし』……?」

P「なっ? ホントに書いてあるだろう?」

凛「た、確かに書いてはあったけど……にわかにはそんなの、信じられないよ」


ヘレン「それでも、現に私はココにいる。これこそ何よりの動かぬ証拠。私が世界で、世界が私であるという、ね」

凛(こっちはこっちで、何言ってんのかさっぱりだし)

ヘレン「既にちひろから話は聞いて、大方の事情も把握してるわ」

ヘレン「本日付で、新しい寮の管理人がやって来る……」

ヘレン「なのに、いつまで待っても姿を見せないから、もしかしてと思ったら」

凛「思ったら?」


ヘレン「案の定、あなた達はこっちの寮に来てるのだもの。寮は寮でも、ここは違うわ」

ヘレン「二人が本当に行かなくちゃならないのは、ここから歩いて数分先に建っている、もう一つの女子寮の方」

凛「もう一つの女子寮……」

凛「ヘレンさん。ウチの女子寮って、二つもあるんですか?」


ヘレン「そうよ? ここはいわゆる第一女子寮で、あなた達の用があるのは、第二女子寮の方だもの」

P「ああ……それで待てど暮らせど、俺達が来ないって話に」

ヘレン「フフッ、その通りよ」


凛「……ちょっとプロデューサー。聞きたいことがあるんだけど」

P「い、痛い痛い! み、耳を引っ張るな!」

凛「だったらほら、早くしゃがんでよ!」

P「……ったく。何だって言うんだよ、一体」

凛「プロデューサーはさ、社員だし、女子寮が二つあるってこと、事前に知ってたんじゃないの?」

P「……まあ、話には聞いてたかな」

凛「やっぱり! なら、なんで迷いなくこっちに来たの? ヘレンさん、涼しい顔してるけど汗だくだし……」

凛「あれ、多分確認のために走って来たんだよ? それも全力で」


P「ホント惜しいよなぁ。あの妙な言動さえもう少し控えめなら、御付きになりたい女性ナンバーワンなのに」

P「見ろよあの首筋……伝い落ちる汗がセクシーなのなんのって……」

凛「……はぁ」

P「ん、どったの?」

凛「……何でもないよ、うん。何でも」


ヘレン「……意思の疎通は上手くいったかしら? お二人さん」

ヘレン「お話が終わったなら、早速だけどついて来てちょうだい」

ヘレン「あなた達を無事に第二寮へ案内するのが、今回の私の役目なの……カモンッ!!」

凛「あ、ちょ、ちょっと待ってヘレンさん……!」

ヘレン「しっかりついて来なさい! この私の描く軌跡を辿って!」

凛「行くなら、一緒に車で行きませんか――って」

凛「聞こえてないね……もう、見えなくなっちゃった」

P「相変わらず、嵐のような人だなぁ」

とりあえずここまで。

===

 事務所、第二女子寮前

ヘレン「二人とも……来たわねっ!!」

凛「あ、はい」

凛(ヘレンさん、また汗びっしょりだ)

凛(それにこの寮……造りは第一寮と同じような、西洋風の三階建てだけど)

凛(これじゃあまるで……)

P「どうも、お待たせさまでした」


ヘレン「フフッ、いいのよ。どうやらあなた達は、無事にスタートラインに立てたようだし」

凛「スタートライン?」

P「凛、銀河鉄道のことさ」

凛「あのね、スタートラインの意味ぐらい分かるから!」

凛「……と、いうか。何どさくさ紛れにデタラメを教えようとしてるわけ?」


P「それは……だってほら、凛ってばグローバルの意味も知らなかったぐらいだし」

P「ここは一つ、テストしてみようかな、なんて」

ヘレン「ちなみにグローバルの語源はラテン語で、『球』を意味する言葉なの」

ヘレン「詳しい内容はかいつまむけど、この『球』を地球に見立てることで、『世界的な』という意味が――」

P「へぇー、勉強になるなぁ」

凛「へ、ヘレンさん、ヘレンさんっ!」

凛「この人は無視して構わないのでっ! 出来れば、話を前に進めてください!」

ヘレン「あ、あら、ごめんなさい。つい、話が脱線を」


ヘレン「とにかく……車移動での事故も無かったようだし、私の方も一安心だと言いたかったのよ!」

P「まぁ、当然ですよ。自慢じゃあないですけど安全第一」

P「運転には常日頃から、人一倍気をつけていますから!」

凛(……よくもまぁ。途中ですれ違った女の人に見惚れて、もう少しで電柱にぶつかるところだったくせに)


凛(それにしても……なんだろ? 
ヘレンさん、まるで私たちの乗った車が、事故を起こすと思ってたような言い方して)

ヘレン「いいわね。その心がけは立派だわ」

ヘレン「日頃のそうした小さな積み重ねは大切なもの……私が常に、世界レベルでいられるのも同じこと」

ヘレン「普段のだらしない言動のわりには、意外に理解しているようね」

P「フッ。余り俺のことを、見くびってもらっては困りますよ」

P「何せ気になるお姉さま方の好みは勿論。行きつけのお店や、お気に入りのスポットなど、
それはもう日頃からしかと観察し、記録して……」

凛「……プロデューサー?」


P「仕事上りには、好みにあったお土産まで用意。最近じゃあ地方特産のスルメとか、上等な明太子とか」

P「それをお勧めの地酒と一緒に手渡した時なんて、満面の笑顔で『ありがとうございます』……なーんて!」


凛「それってさ、もしかしてこの前、事務所で楓さんに渡してたやつのこと?」

P「そうだけど……どうした?」

凛「……親切心で忠告しとくけど、そういうの、程ほどにしといた方がいいからね」

凛(むしろ、あの楓さんが若干引いてたぐらいだもんな。
ここは逆に、完璧に嫌われた方がプロデューサーの為かも……)


ヘレン「……ま、まぁそうね。随分とベクトルは違うけども、努力は努力よ」

P「はい! ですよね、ヘレンさんっ!」

P「ちなみに凛。ベクトルは、お医者さんのことじゃあないからな!」

凛「だから、言われなくても分かってるってば!」


ヘレン「……コホン!」

凛「……あ」

P「おっと」

ヘレン「……いいかしら?」

P「どうぞどうぞ」


ヘレン「本当なら、この後寮の案内もする予定だったのだけど」

ヘレン「……残念ながら、事務所の方に戻る時間ね。流石の私にも、時の流れだけは止められない」

凛(そうなんだ)

P(意外と気合とノリで、ホントに止めちゃえそうなのにな)


ヘレン「だから、この先はあなた達に自らの足で進んで欲しいの」

ヘレン「でも安心して。私は、ヘレンはいつだって二人のハートの傍に居るわ」

ヘレン「それじゃあ、今度こそ本当にサヨナラ……二人の前途に、祝福あらんことを」

ヘレン「――Good Luck!!」


凛(そうしてヘレンさんは、私たちに強烈なインパクトと、輝きに満ちた笑顔を残して帰って行った)

凛(肩で息をし、汗だくで去りながらもカッコいいポーズを決める余裕は忘れない)

凛(ヘレンさんのプロ根性っていうのかな。……ああいうのは、私も見習わないといけないな)


凛「……と、いうわけで」

凛「何だか時間はかかっちゃったけど、ようやく着いたね、プロデューサー」

P「……そうだな。着いたな」

凛「プロデューサー?」

凛「なんでそんなに……嫌そうな顔してるの?」


凛(まぁ、気持ちはわかるけどね)

凛(だってこの寮……言っちゃあなんだけど、物凄いボロボロで)

凛(まるでそう……ホラー映画に出てくるような、不気味な洋館みたい)


P「……実は、どうしてこっちの女子寮の存在を、コロッと忘れてたのかって」

P「その理由を、今になってようやく思い出してさ」

凛「……私も、なんとなく分かるよ」

凛「だってこんなに寂れた外観じゃ、本当に寮として使われてるのか、信じられないもんね」


P「ん? ああ……確かに、見た目はオンボロだけども」

P「俺が言ってるのは、そういう意味じゃなくてだな」

凛「違うの?」

P「ああ、違う違う……そうじゃなくてこの寮は――」

凛「あ、待ってプロデューサー。今、寮の中から誰かが……」


凛(その時、寂れた洋館の入り口から現れたのは、私もよく知る一人の少女)

P「……あー、やっぱりだ」

P「ちくしょう、あの蛍光色の女神さまめ」

P「いたいけな男心を弄んで……嵌めやがったな……!」

P「ここは……クソッ! 悪魔の家じゃねぇか!」


「――随分な物言いですね。プロデューサー」

「外観こそ寂れてはいますが、ここはれっきとしたアイドル女子寮」

「『悪魔の家』などでは――断じてありません!」


凛(古めかしい二枚扉を開き、玄関に仁王立ちしてこちらを見据える、その眼光は鋭く)

凛(胸に抱えられたタブレットが、落ち始めた陽の光を眩しく反射する)

P「出やがったな……地獄の番犬、その名もありす!」

橘「だっ、誰が地獄の番犬ですかっ!」

橘「それからいつも言ってますけど、気安く名前で呼ばないで下さい!」


P「おっと失礼! 橘ありす!」

橘「フルネームも駄目です!」

P「これはうっかり、ありすたん!」

橘「バカにしてるんですかっ!?」

P「じゃあ何て呼べばいいんだよ。アリス? あーりす? Aliceかな?」

橘(あぅっ……! や、やたら流暢な発音を……!)


橘「で、ではなくて! 私のことは橘と呼んでくださいと……!」

P「分かってるって、橘樹(たちばな)ありす」

橘「橘です!」

P「冗談冗談、橘内(たちばな)ありす」

橘「橘ですっ!」

P「そう目くじら立てて怒るなよ、橘(たちばな)あいす」

橘「だから、橘ですってばっ!!」

橘「それにアイスじゃありません! ありすですっ!」

P「ごめんごめん、ありす」

橘「たぁちぃばぁなぁでぇすぅーーっ!!」

P「さっきのは、自分がありすと呼べって言ったんじゃないかっ!」


凛「…………はぁー」

凛「もうその辺で止めたげなよ、プロデューサー」

凛「いい加減にしないと……泣いちゃうよ、ありす」

橘「なっ、泣きませんよ! こんなことでっ!」

P(と、言いつつ早くも涙目でやんの)


P「はいはい……分かった、分かりましたよ」

P「出会って早々キャンキャンキャンと、やかましいことこの上ないなぁ」

橘「だ、誰のせいですか! 誰のっ!」

P「誰のせいって、そりゃ……」

凛「な、なに? プロデューサー」

P「……見損なったぞ、凛!」

凛「怒るよ?」

P「すみません。悪ノリが過ぎました」

凛「ほら、ありすにも謝って」

P「ごめんなさいです、橘さん」


橘「……ぜぇ、はぁ、ぜぇ……!」

橘「わ……分かればいいんですよ! 分かれば!」

橘「まったく……いつもいつも、あなたと顔を合わせる度にこれですから」

橘「いい加減、ちゃんと学習してください!」

凛(……残念だけど、それは叶わぬ願いだね)


凛「……とはいえ」

凛「プロデューサー。いつまでも玄関先で遊んでないでさ、早く中に入ろうよ?」

P「うん? ……ああ、そうだった、そうだったな!」

P「それじゃ、本当は気が進まないんだけど」

P「そろそろ寮の案内をしてくれよ……ありす」

橘「―――っ!!!」

凛(激昂した様子で声も出せないありすの口が、パクパクと『橘です』の台詞を描く)

凛(それから彼女は、糸の切れた操り人形のようにガックリと脱力すると)


橘「…………ついて来て、下さい」

P「ん、了解」

凛(淡い夕陽に照らされながら、小声で『橘なのにぃ』と繰り返す)

凛(小さな敗者の震える背中は、やけに私を、感傷的な気持ちにさせるのだった――)


P「……それにしても、あれだなぁ」

P「毎度のことながら、橘はからかいがいがある!」

P「些細なことにもムキになって突っかかって来る、あの子犬のような反応がさぁ……」

P「なんとも言えず、堪らんのよね!」


凛(それに引き換え……本当、この人は最低だなぁ)

P「どうした凛。ボーっとしてると、置いてくぞ」

凛「……今行くよ」

凛(こっちとしては、プロデューサーをこの場に捨てて行きたい思いだけどね)

とりあえずここまで。

===

 女子寮、玄関ホール

凛「うわぁ……」

P「これはまた、凄いな」

凛(外から見た時に、もしかしてとは思ってたけど)

凛(三階まで吹き抜けのホール……まるで、本当に映画のセットみたい)


橘「……どうやらお二人とも、驚きに声もでないようですね」

凛「う、うん……正直、驚いたよ」

P「見た目はボロいのに、中は立派にお屋敷だもんなぁ」

橘「フフン、そうでしょう?」

橘「ですが、外見が荒れているというのは余計です!」

P(とはいえ、何故に橘が得意げなのか)


凛「あれ、でも待って」

凛「私はともかく、プロデューサーも驚くってことは……」

凛「もしかして、中に入るのはこれが初めて?」

P「当たり前だろ。一応、ここは女子寮なんだし」

P「俺だって、あるってことを聞いてただけで……男子禁制の花園に、ズカズカ入り込んだりするもんかよ」


凛「えっ!?」

橘「えぇっ!?」

P「な、何だなんだ二人とも、そんな驚いた顔しちゃってさ」


凛「だって、プロデューサーだよ?」

橘「そうです! プロデューサーなのにですよ!」

凛「レッスン場の更衣室を覗こうとして、皆に怒られてるプロデューサーがだよ?」

橘「衣装サイズを測るからって詰め寄って、結局いいようにあしらわれてるプロデューサーがですよ!?」

凛「まだ女子寮に忍び込んだことが無かったなんて……!」

橘「その辺りの分別を、つけられる人だっただなんて……!」

凛「そんなのおかしいよ!」

橘「考えられないことですよっ!!」

P「お前たちは一体、普段どんな風に俺のことを見てるんだっ!!」


「そ、そうです! 少しばかり、い、言い過ぎですよ二人とも!」


凛「だ、誰?」

橘「この声は……!」

P「おお! 誰だか知らんが天の助けかっ!?」


「あ、安心してくださいね。プロデューサーさん」

「私は、本当のプロデューサーさんのこと……誰よりも、知ってるつもりですから」


千枝「プロデューサーさんは、他の人よりも少しだけ……だらしがないだけなんですよねっ♪」

凛「ち、千枝ちゃん!」

橘「千枝さん!」

P「げぇっ!? ち、千枝っ!?」


千枝「はい、千枝ですよぉ」

千枝「ちひろさんから連絡を頂いた時から……千枝、ずっと寮で待ってました♪」


 補足

※(今回のSS内では、本来実家通いしてそうな子も寮住まいの設定です)
(家まで送って欲しい、遅くなるとママが心配する~といった台詞があるため)

※(でも千枝ちゃん富山出身だから、仮に東京まで通ってるとして、
新幹線でも片道二時間程かけて通ってることになるんですよね。小っちゃいのに大変だ)


千枝「だから……本当は行かなくちゃダメだった、レッスンもズル休みしちゃって」

千枝「プロデューサーさん? こんな千枝は……悪い子、ですよね?」

凛(なんだろう……そこはかとなく、事務所の誰かとイメージが被って見える)


P「りょ、寮に入って初っ端から、一番出会いたくない子と会ってしまった……」

千枝「それから……ありすちゃんも酷いです」

橘「え、えぇ……?」

千枝「プロデューサーさんが寮に着いたら、すぐに教えて下さいって」

千枝「千枝はちゃんと、お願いしたじゃないですか」

橘(あ、あぁ……そういえば)

橘「す、すみません。つい、プロデューサーのペースに乗せられてしまい」


凛「えっと、千枝ちゃん?」

千枝「はい。なんですか、凛さん?」

凛「寮にいる人たちには……プロデューサーが来るってこと、もう伝わってるの?」

千枝「はい♪ だから今、この時間に寮にいる人たちのほとんどは、
食堂でプロデューサーさんをお迎えする準備をしていて」

橘「……私は、こんな人の為にそんなこと、する必要は無いって言ったんですけど」

凛(まぁ、ありすの言い分も分からないではない……かな)


千枝「……ありすちゃん?」

橘「うっ……!」

千枝「どうして、そんな冷たいことを言うんですか?」

千枝「……千枝はただ、新しく寮にやって来るプロデューサーさんが、
早く皆と仲良くなれたら……そう思ってただけなのに」

橘「い、いえ! 千枝さんのその考えは、とても尊重できるものです!」

橘「だから、だから……あぅ、そ、そんな潤んだ目で、私を見ないで下さいぃぃ……」


凛(でも、あの無垢な瞳で見つめられると……やっぱり、ああなっちゃうよね)


P「……凛、凛! 今がチャンスだ!」

凛「……? 何、プロデューサー。そんな小声で」

P「ありすが千枝の注意を引いてる間に、俺たちはさっさとここから逃げ出すぞ」

凛「逃げるって……なんで?」

P「すぐに分かる! さっきも言ったろ、俺の記憶が正しければ、ここはやっぱり『悪魔の家』なんだって!」

凛「それって、千枝ちゃんが悪魔だってこと?」


凛(それは、確かに千枝ちゃんには、少し小悪魔チックなところがある気もするけど)

P「そうじゃない! ここの寮にいるのはな――」


「射角、調整っ!」

「は、はい!」

「狙い! 玄関前の間抜け面!」

「ぷ……プロデューサーさん、ですよぉ」

「いいからグズグズ言わずに引き金を引くっ!!」

(わわわ、い、いいのかなぁ?)


凛(威勢のいい『発射!!』の声と共に、ホールに反響した炸裂音)

凛(思わず耳を塞いだ私達の目の前で、顔面にゴムボールをめり込ませたプロデューサーが、勢いよく床へと沈む)

凛(後には、ハラハラと舞い落ちるカラーテープに紙吹雪。そして聞き覚えのある高笑い――)


「アーッハッハッハッハ……ゲホ、ケホっ!!」


麗奈「ケホンッ! ……ど、どうやら歓迎の挨拶は、大成功ってとこかしらね!」

由愛「あ、あぁ……だ、大丈夫ですか? プロデューサーさん……!」

凛「麗奈……と、なんで由愛までバズーカを」


千枝「プロデューサーさん! しっかり!」

橘「麗奈さん、またこんなに散らかして……!」

麗奈「心配しなくても、後でキチンと片付けるわよ!」

麗奈「それよりも由愛……上手いじゃない! アイツ、カエルみたいにのびてるわよ」

由愛「れ、麗奈さん酷いです……ボールも飛び出るなら、初めに教えておいてくれないと……」


麗奈「だって、教えたら由愛はアイツを狙うの止めちゃうじゃないの」

麗奈「イタズラを仕掛けられる側だけじゃなく、仕掛け人側も同時にイタズラの対象にする……」

麗奈「まさに一石二鳥! 一粒で二度おいしいイタズラね!!」


P「ぐ、うぅ……はっ!!」

千枝「あっ……気がつきましたか、プロデューサーさん!」

橘「……そのまま寝てても良かったのに」

凛(……上に同じ)


P「畜生、こんなことでへこたれててたまるかよ!」

千枝「きゃっ! そ、そんな勢いよく起き上がって……」

由愛「だ、大丈夫……なんですか?」

P「鼻っ柱は赤くなったが……問題は無い!」

P「それよりも凛、早く出るぞ! もうこんなとこ、一時だっていられるかっ!!」


凛「だから、またそうやって一人で勝手に……もう! ちゃんと説明してくれなきゃ分かんないよ!」

凛「なに? イタズラ好きな麗奈がいるから『悪魔の家』だって言うワケ? それとも、やっぱり千枝ちゃんが――」

P「違う! そうじゃない!」

凛「だったら何が!?」

P「お前はまだ気づかないのか? この寮の不自然さにさ!?」

凛「ふ、不自然さ……?」


凛(一体、何を言い出すかと思えば……不自然さ?)

凛(何が不自然だって言うわけ……そりゃ、多少は性格的に厄介な子も居るけど)

凛(だからって、別にどこにも妙なところは……)


橘「……はぁ、ここまで来ると、流石に付き合うのもしんどいですね」

千枝(悪魔って……わ、悪い子ってことかな?)

麗奈「何? アンタってば来て早々、もう尻尾まいて帰るつもりなの?」

由愛「それは……麗奈さんの歓迎の仕方にも、問題があったんじゃ……」


凛(……あれ? そう言えばちひろさんが言ってたっけ)


ちひろ『まぁ、確かに凛ちゃんたちのプロデューサーさんは、
他の方と比べて、女性にだらしない人ですが……』

ちひろ『だからこそ、今回のお願いに関して、最も信頼がおける人選になるんですよ♪』


凛(ちょ、ちょっと待って、もしかして……この寮って!)

凛「あ、あのさ……ありす、一つ聞きたいんだけど」

橘「な、何ですか?」

凛「もしかしてだよ? もしかしてこの第二女子寮にいるのって……」


凛「……皆、中学生以下の子達だったり……するのかな?」

橘「え、えぇ、そうですね」

橘「基本的に、この第二寮に大人組の人たちは住んでません」

凛「やっぱり……だからちひろさんは、ここに来る前にあんなことを言ったんだ!」


P「……ようやく理解したようだな」

凛「プロデューサー……」

P「橘の言った通りさ。ここには、この寮には……」


P「俺の大好きな、大人のお姉さまが誰一人としていないんだっ!!!」

P「第二女子寮は――言うなればお子ちゃま専用の女子寮!」

P「こちとらなぁ、ボン・キュッ・ボンと大人の色香に憧れる。健全健康な日本男児なんだぞ!?」

P「ロリコンじゃあねぇんだっ! いくら一つ屋根の下、異性との共同生活と言ったって」

P「ガキのお守りみたいなこと……やってられるかってんだいっ!!」

P「やっぱり気が変わった! 俺帰る! 今すぐ事務所に帰るもんね!!」


凛「でも、流石にそんな子たちだけで寮生活を送るなんて、いざという時に危ないんじゃあ」

橘「ああ、その点ならご心配なく」

橘「実は日替わりではありますけど、第一寮から何人かの大人の人が、当直としてこちらに出向いてくれてるんです」

凛「なんだ。じゃあ、ちゃんと大人の人も一緒にいるんだね」

橘「当然ですよ! やはり、最近は何かと物騒ですし、それに――」

P「だからこそ! そんな非力な少女達を守るためにも、
俺のような頼りになるお兄さんが必要なんだよな! 皆っ!!」


凛「あ、プロデューサーまだいたんだ」

橘「もうとっくに帰ったと思ってましたよ」

P「酷いっ!!」

凛「酷いのはそっちでしょ? ここの子が、自分の興味範囲から外れてること思い出した途端に、帰るなんて言い出して!」

橘「そのくせ大人組の方が当直してると聞いた途端に、くるりと手のひらをひっくり返す!!」


凛「最低だよ、このスケベ!」

橘「あなたみたいな人は、やっぱりこちらから願い下げですっ!」

P「な、なんだよぉ! お前らこんな時ばっかり、姉妹みたいに息ピッタリで……!」


千枝「ガキのお守り……やっぱり千枝は、プロデューサーさんから見たら子供でしかないんですね」

千枝「薄々は、気がついてたんです。でも、でも……うぅ」

由愛「あ、あ、千枝ちゃん……泣かないで……!」

凛「ほら見なよ! プロデューサーの心無い言葉で、泣いてる子だっているんだよ!?」

P「ま、待て待て待て! 千枝、違うんだ! あれはな、さっきのは言葉のあやって言ってだな!」


麗奈「……どーでもいいけど、いい加減他所に移動してくれない?」

麗奈「アンタ達がそこに突っ立ってると、散らばったカラーテープとか、何時まで経っても片付けらんないじゃないの」

とりあえずここまで。

===
2.

 女子寮一階、食堂

橘「さて……玄関ホールではひと騒動ありましたが」

橘「食堂に移動したところで、改めてプロデューサーに、寮生の紹介をしたいと思います」

P「よっ、待ってました!」

凛「プロデューサー、あからさまに茶化さない」

P「ハッ、すみません!」

橘(……以前から疑問でしたが)

橘(この人……なぜか凛さんには、頭が上がらないようなんですよね)

橘(……どうしてでしょう?)


凛「ごめんね、ありす。続きを話して」

橘「あ、はい。それじゃあ……」

橘「ええっと、まず私……橘ありすが、現在ココの寮長代理を務めさせて頂いてます」

凛「ありすが、寮長代理?」

橘「ええ、理由あって前任の寮長……寮母さんは、数日前に退職を」

橘「それで、新しい方が来られるまでの間、主に事務所との連絡を取る役目を引き受けているんです」

P「連絡係ねぇ……学校の当番みたいだな」

凛「ありす、無視して」

橘「勿論、心得てます」

P(風当り強いなぁ……)


橘「後は、不本意ながらこの分けのわからない人に、担当されてるアイドルでもありますね」

麗奈「それはこのレイナサマと」(親指で胸を指すカッコいいポーズ)

由愛「あ……成宮由愛と」(可愛らしく片手を挙げるポーズ)

千枝「佐々木千枝も、凛さんやありすちゃんと同じで、
こちらのプロデューサーさんに担当されてます♪」(両手を胸にニッコリと、小首を傾げるポーズ)


P「千枝の言う通り、五人を担当してるプロデューサーです」

凛「威張らない、偉そうにしない、踏ん反り返らない!」

P「……きぃびしーなー、凛は」

凛「当たり前だよ。ちょっとでも甘い顔したら、すぐにつけあがるんだから」

橘「凛さんの意見には、私も諸手を挙げて同意しますね」(両手で小さく、バンザイのポーズ)

P「……なんだ橘? それは宇宙忍者の真似事か?」

橘「ち、違います! これは諸手を挙げるって表現の――」

橘「ああ、もうっ、いいですっ! 次に行きますよ、次に!」

凛(皆と同じように、お茶目したかったんだね)


橘「コホン。……それから、こちらにいるお二人が」

「あ、あの、初めまして……」

「……どーも」


輝子「ここで、その、お世話になってる……星、輝子……です」

輝子「……フヒッ」

美玲「早坂美玲……自己紹介は、別に名前だけでもいいよな?」


凛「あ……この二人って」

P「確か、吸血鬼先輩が担当してるアイドルの二人だな」

輝子「きゅ、吸血……鬼?」

美玲「……どうせ、ウチらの担当プロデューサーのあだ名だろ」

凛「あ、誤解しないでよ二人とも」

凛「あの人のこと、そう呼んでるのはプロデューサーだけで」

凛「私や他の皆は、ちゃんと名前で呼んでいるから」

P「でも、俺の言いたいことは通じるだろ?」

P「長身、細身、色白で、いつもトマトジュース片手に、ブラインド落とした暗がりの中で仕事しててさ」

P「事務所の地下室に置いてある、棺桶で昼寝してるってのはもっぱらの噂だぜ」

凛(主にプロデューサー一人が、言い回ってる噂だけどね)


輝子「あ、あの地下室の棺桶には……プロデューサーは、入ってない」

輝子「あそこには、私のトモダチ。キノコが敷き詰めてあるだけです……」

美玲「……まっ、ウチはアイツの普段の恰好や言動に」

美玲「そう呼ばれても仕方ないって理由が、大アリだと思ってるけどな」


P「おっ……やっぱり君もそう思う?」

P「だよねだよね、ちょっとあの人、根が暗いって言うかさぁ――痛ぇっ!?」

美玲「――正し、それでもウチらのプロデューサーなんだから」

美玲「あんまり酷いこと言ってると、この爪で容赦無く引っ掻くぞ?」

P(何この子、超怖ぇっ!)

P(大体引っ掻いた後に言うかね、普通!?)


美玲「返事は?」

P「はいっ! 以後気をつけます!」

美玲「うんうん、素直なヤツは嫌いじゃないな」

美玲「それとありすも、さっきみたいに舐められたくなかったら、時にはウチみたいに、ガッてやらなきゃダメだぞ?」

橘「わ、私もですか!?」

美玲「そうさ! こういうヤツはまず最初に、ジョーゲカンケーを体に覚えさせた方が良いんだ!」


輝子「そうなんだ、ありすさん」

輝子「美玲さんも、事務所でプロデューサーに」

輝子「いつも、頭撫でてもらってる。フフ」

美玲「わっ、わっ! あ、アレは違う、違うぞ!」

P「……ほほぉ、それはそれは」

美玲「――フシッ!」

P「ぎゃああっ! 同じ場所を、二度もっ!?」

凛(自業自得だよ)


美玲「キノコ! アンマそういうの、人前で言うなって!」

輝子「ご、ごめんごめん……」

橘(ですが言われてみれば、凛さんも美玲さんも、ある種の圧力)

橘(言ってみれば、威圧感で押している所が……)


橘「……分かりました、美玲さん」

橘「私も、時には美玲さんのようにガッとやって!」

P「チュッと吸って!」

輝子「ヒィヤッハァァァァァッッ!!!」

凛(い、いきなり叫び出したっ!?)

美玲「キノコ、うるさい」

輝子「あ、すみません」

凛(そして、すぐに元に戻った……)

P(大人しそうに見えたのに、こっちの子もこっちの子で癖が強いなぁ)


輝子「フヒッ、い、今のは空気……読めて無かったですね、ハイ」
美玲「だな」

凛「……え、えーっと」

凛「だ、だいぶ……ユニークな、二人だね」

P「そーね。やっぱアイドルに、個性って大事よ」


千枝「プ、プロデューサーさん、こっちへ!」

由愛「お鼻の上から……血が、出てます」

由愛「手当、しなくちゃ……!」

麗奈「そんなの、いちいちアンタ達がやらなくたって」

橘「ですね。唾でもつけとけば十分です」

P「橘! 今のは聞き捨てならないな」

P「絆創膏ならともかく、お前さんの唾なんて……」

P「そんなもん、ばっちくてこっちからお断りだい!」

橘「だっ、誰が私の唾をつけると言いましたかっ!?」


P「だって今、唾でもつけとけって」

橘「それこそ言葉のあやです! 大体、自分の唾をつけるという発想が、どうして出てこないのか――」

凛「はい、二人ともストップ。それ以上言い合ってたら、また話が進まなくなるから」

橘「う……そ、そうですね。すみません、凛さん」

P「ぷぷっ、怒られてやんの」

美玲「――シッ!」

P「ぬああぁっ! 今度は頬をっ!?」


千枝「……はぁ」

由愛「懲りない人です……」

麗奈「コイツの頭の悪さは、死んでも治りそうにないわね」

輝子(フヒッ、この賑やかな雰囲気……嫌いじゃないけど、堪えるぜぇ……!)

===

 引き続き、食堂

凛「……あれ?」

凛「でもさ。今食堂にいるのは、これで全員みたいだけど」

凛「千枝ちゃんはさっき、食堂に皆が集まってるみたいなこと、言ってたよね」

千枝「あ……はい、そうです」

橘「実は、そのことなんですけども……」

橘「この第二寮に現在住んでいる寮生は、私を含めて七名しかいないんです」

凛「たったの七人?」

P「こんなデカい建物なのにか?」

橘「はい。正確には、そこに当直とは別に、常駐してる大人の方が一人加わるんですが」


P「それだっ!!」

千枝「ああ、また急に立ち上がっちゃ……」

由愛(……絆創膏、ズレちゃった)


P「何か足りないと思ったら、それだよソレ! 当直のお姉さまが足りないんだ!」

P「ほら、早く会わせてくれよ。今すぐ呼びに行くんだ、橘!」

橘「……何を言ってるんですか。当直のヘレンさんには、もう会ってるはずですよ」

凛「あ、ヘレンさんだったんだ。当直」

橘「それに……恐らくあの人は、呼んだってわざわざこっちまで来ません」

橘「今だって、どうせテレビの前で――」

P「なら、こっちからお迎えに上がろう! ほら、橘は案内する!」

橘「す、少しは落ち着いて人の話を聞いてください!」


美玲「……なぁなぁ、ちょっと」

麗奈「ん? 何よ」

美玲「あのな、ウチ不思議だったんだけど」

美玲「なんでか寮にいた殆どが、あのプロデューサーの担当だったじゃないか」

輝子「あ、それは……私も気になった」

輝子「何というか、私たちだけ……よそ者というか」

輝子(ま、まぁ、ぼっちには慣れてますけど)


千枝「あ、そういえばそうですね」

由愛「でも……それほど不思議な話じゃ、ないんです」

美玲「不思議じゃない? なんでだ?」

麗奈「一目見れば分かるでしょ? アイツ、相当の女好きだから」

麗奈「何でも、事務所に入って早々任された初めてのアイドルに」

麗奈「初日からコミュニケーションと称した、過剰なセクハラしたらしくって」

由愛「……根は、良い人だと思うんですけどね」


美玲「災難だな、そのセクハラされたアイドルは」

麗奈「……逆よ、逆」

輝子「え?」

麗奈「そのセクハラかました相手に、逆にシメられて骨を折る大惨事」

美玲「ほ、骨をかっ!?」

由愛「何でも、その時机に置いてあったお茶が足にかかって」

由愛「余りの熱さに飛び上がったら、そのまま転んで腕の骨を折ったとか」

輝子「まるで、て、天罰……フフ」

美玲(……ただ間抜けなだけにも聞こえるけどな)


千枝「その後も会う人会う人、懲りずに過剰なスキンシップを求めた結果」

千枝「プロデューサーさんの守備範囲にあたる年齢の人は、とても任せられないということになったらしくて」

麗奈「最終的に、アイツの守備範囲外……歳で言えば十五歳から下の、ジュニアアイドル専門にされたってワケ」

輝子「ああ……それで」

美玲「なるほど、納得した」

>>55訂正
×P「ありすが千枝の注意を引いてる間に、俺たちはさっさとここから逃げ出すぞ」
○P「橘が千枝の注意を引いてる間に、俺たちはさっさとここから逃げ出すぞ」

とりあえずここまで。


 女子寮一階、廊下

P(……当直はヘレンさんだったけど、寮にはまだもう一人、お姉さまがいるらしいし)

P(誰だろうなぁ~、楽しみだなぁ~♪)

P「むふっ、むふふふ……!」

橘(またこの人は、気持ちの悪い笑いを浮かべて……)


P「ほらほら橘、何をボーっとしてるんだ」

P「早く俺を、お姉さまの所に案内してちょーだいよ!」

橘「……言われなくても凛さんが来た後で、ちゃんと案内しますから」

橘(まったく、顔合わせがすむとすぐに部屋を飛び出して)

橘(この落ち着きの無さは、まるで子供と一緒です)


凛「プロデューサー、ありす」

橘「あ、凛さん」

P「やっと来たな」

凛「待たせちゃったね。食堂の皆には、私たちより先に食事にするよう伝えて来たよ」

橘「すみません、わざわざ……本来なら、あのまま夕食にする予定でしたので」

凛「頭なんて下げなくてもいいよ。それもこれも、この人が勝手過ぎるのが原因なんだし」


P「思い立ったら、即行動!」

P「それはこの手帳にも書いてある、プロデューサーとしての心構えだぞ!」

橘「だからと言って、人の予定を掻き回して良いと言う免罪符にはなり得ません!」

橘「それに……凛さんまで一緒について来なくても」

橘「凛さんは寮生では無いですし……そろそろ夜になるじゃないですか」

橘「余り遅くならないうちに帰れるよう、今から夕食を召し上がって頂いたので構わなかったのに」


凛「それは、私にまで夕食をご馳走してくれるっていう、その気遣いは嬉しいけどね」

凛「だけどプロデューサーが暴走した時のことを考えると、
ありす一人じゃ手に余るんじゃないかと思えてさ」

橘「あぅ……!」

凛「ふふっ、だから私も一緒に――あっ」

橘「ど、どうかしましたか?」

凛「うん……今、廊下の窓に何か当たったような気がして」


P「どれどれ……あー、こりゃ参ったな」

橘「まだ、小振りではありますけど……雨ですね」

P「なんだよぉ、確か今日は、一日晴れのハズだったろう?」

凛「もし、このまま雨が強くなるのなら……帰るの、ちょっと大変かな」


橘「……心配、ですね」

凛「そうだね。夜は暗いし、雨だと視界も悪くなる」

P「おいおい二人とも、たかが雨で心配しすぎだってーの」

P「いざって時には俺が、ちゃんと車で送って行ってやるからさ!」


凛「……私とありすは、だから心配だって言ってるんだよ」

橘「そうですよ。プロデューサーの運転は、いつだって危なくて」

橘「事故を起こさないのが、不思議なくらいです」

P「なんだよぉ、橘もそんなこと言うのかよ……」

P「あのな? ココに来る時にヘレンさんにも言ったけど、俺はいつでも安全運転を――」


凛(……その時だ)

凛(廊下からホールへと向かっていた、
私たちの会話をかき消す程の雷鳴が、一瞬の閃光と共に第二寮を襲ったかと思うと)


橘「きゃああぁぁっっ!」

凛「で、電気が……!」

P「二人とも、そこでジッとしてろ!」

P「下手に転んで、怪我でもしたら大変だからな!」


凛(暗闇に包まれた廊下に、プロデューサーが取り出した携帯の明かりがフッと浮かんで)

凛「っ!」

P「おわっ!!」


凛(明かりを手にした私たちが見たのは、開け放たれた玄関の扉から強い風がホールに向けて吹き込む中、
二度、三度と鳴り響く稲光に浮かび上がるようにして、不気味に佇む小さな人影)


橘「わっ、私は何も見てませんっ! 見てません! 見てませんぅぅ……!」

凛(恐怖の余り、その場にしゃがみ込んでしまったありすに向かって、
その人影が、ぺたりぺたりと水音を鳴らして近づいて来る)


「――ありすちゃん」

橘「あうぅ、あぅっ、あぅっ! ふうぅぅ……!!」

「あ、ありすちゃん。ありすちゃん」

橘「ひぐっ、えぐっ! あ、あぅ、あうぅ……?」

凛「ありす……大丈夫だから、顔を上げてよく見て」


凛(プロデューサーの掲げた明かりによって、暗闇に照らし出された謎の人影)

凛(幽霊のように白い肌、喪服のような黒い恰好、
そして雨に濡れて際立てられたスズランの香りが、まるで染み出すように辺りに広がる)


「あ、あの……すみません。帰るのが、遅くなってしまって」

「本当は、もっと早くに戻るつもりだったんですが……途中で乗っていたバスが止まったり、
踏切が中々開いてくれなかったり、やっと近くまで来たと思ったら、今度は突然、雨が降り出して……」

橘「あ、あぅ……ほ、ほたる……ひゃん……!?」


凛(一時的な停電が終わり、ホールに、廊下に、再び電気による明かりが戻ると)

ほたる「あ、あの……どうやら私の『不幸』のせいで、皆さんを驚かせてしまったようで……」

ほたる「ほ、本当にすみません……すみません……!」

凛(ほたると呼ばれた少女はその薄い眉を困ったようにハの字にして、私達三人にペコペコと、何度も頭を下げ始めたんだ)


凛「い、いや……そんな……」

P「確かに、ちょっとはビックリさせられたけど……」


P「な、なに? 『不幸』だって……?」

ほたる「そ、そうです。私はとても運が悪くて……そのせいで、いつも周りの人にまで迷惑を……」

ほたる「だ、だから、この雨も、停電も、きっと私のせいで起きたことなんです……」

P「まさか……そんなこと」

ほたる「い、いえ! きっと、絶対、間違いないです……! だから、すみません……! すみません……!」


凛(……自身の不幸のせいで雨が降り、不幸のせいで寮が停電、
あまつさえ私達を驚かせたのも、自分の不運のせいだとのたまうこの少女)

凛(白菊ほたるの言い分はハッキリ言って、にわかには信じられないようなことだった……けど)

凛(それでも私は、後に彼女の言った言葉の意味を、否応なしに理解することになる)

凛(それもこれも、全ては私のプロデューサー……あの底なしの馬鹿男が過去にしでかした、とある粗相が発端で)

凛(その事を、私が知らされるのはもう少し先……この寮に蔓延っていた、カビ臭い闇が暴かれてからになったんだ――)

とりあえずここまで。

===
3.

 そして、再び食堂

P「それで、突然の停電だったけど――」

美玲「麗奈。そこはまだ、割れた食器が残ってるぞ」

麗奈「分かってるわよ。だから今、このレイナサマホウキとチリトリを使って――」

由愛「あの、こぼれたお料理で汚れたお洋服は、皆さん後で洗濯室に」


輝子(あ……!)

輝子(テーブルの下に、付け合わせだったきのこソテーが……)

輝子「フ、フフ。待ってろ……今、助けてやるぞ……」

美玲(……キノコには悪いけど、ソイツはゴミ箱行きだな)

麗奈「ああ、ちょっと! アンタなに余所見なんてしてんのよ!」

麗奈「しっかりゴミ袋持っててくれなきゃ、チリトリから移す時に、折角集めたゴミがこぼれるじゃないの!」

P「……うん。皿は割れて、料理がひっくり返って、カーペットの上もあちこち悲惨なことになってるが」

P「誰も怪我はしてないようだし、いやぁ、良かった良かった!」


凛「……プロデューサー、呑気に喜んでるところ悪いけど」

凛「さっきから、片付けの手が止まってるよ」

P「あ、悪い」


凛「まったく、形だけでも寮の責任者なんだから」

P「形だけじゃない、実際に寮の責任者だぞ」

凛「こういう時は、真っ先に自分が動かなくちゃいけないとか、思わないのか?」

P「だって、そうは言っても皆テキパキ作業してるし」

P「ハッキリ言って、俺がやること何もないんだよね」

P「大体、責任者だなんだっていうなら、橘の言ってたこの寮唯一の大人はどうしたんだよ」

P「電気が復旧した後も、食堂に様子を見に来もしないでさ」


千枝「……あの、プロデューサーさん。そのことについてなんですけど」

凛「あ、千枝ちゃん」

P「おお。お帰り、千枝」

千枝「た、ただいまです」

千枝「……じゃ、なくてですね」


P「部屋に戻した橘は、どんな感じだ?」

P「さっきの、ほたるとかいう子を見た時は、まるで本物の幽霊を見たみたいに怯えてたけど」

凛「そうだね。ちょっと、あの驚きようは普通じゃないって言うか」

凛「私も心配になるぐらい……大丈夫だった?」


千枝「あ、えっと……ありすちゃんも、今はだいぶ落ち着いて」

千枝「ほたるさんの方も、服までびっしょりだったので、先にお風呂へ……あっ」

千枝「いえ、あのっ……その話の前にもう一つ――」


P「……風呂?」

凛「っ! ちょっと、プロデューサー!?」

P「な、何だよ。どうして俺の服を掴むんだ?」

凛「今、覗きに行こうとしたでしょ?」

P「い、今は……してない」

凛「今は?」

P「『今も』! 今もしてないって言ったんだ!」

凛「なら、ちゃんとこっちを見て言って」

凛「私の眼を見て、もう一度ちゃんと言ってみなよ」

P「……あのな、凛」

凛「何?」

P「そんなことしたら……犯罪だぞ、犯罪」

P「大体俺は、子供の裸に興味なんてないし」

凛「……大人の裸には?」

P「滅茶苦茶、興味津々ですっ!」


凛「千枝ちゃん! やっぱり今からでも事務所に電話して、
この人以外の大人に寮長を変えてもらうよう相談を――」

千枝「あ、あのっ! ですからそのプロデューサーさん以外の大人の人の、お話を――」

P「あっ! そ、そうだよ凛。千枝がさっきから何か言おうとしてたんだった!」

P「その、俺以外の大人の話な! そうだろ、千枝?」

千枝「は、はい。そうです! 千枝、お話しようとしてました!」


凛「……さっき言ってた、顔も見せない大人ってアレ?」

P「そ、そう! その、責任感の無い大人の話!」

千枝「プロデューサーさんほどじゃないですけど、子供っぽい大人の人の話です!」

P「確かに、俺のガキっぽさはその辺の子供以上。おいそれとは上回れまい――千枝ぇ!」

千枝「ご、ごめんなさい! でも、プロデューサーさんが
子供っぽくて可愛いなって言うのはホントで、あの! あのっ!」

凛「あー、もう! 二人とも落ち着いてっ!!」

P「ひっ!」

千枝「は、はいっ!」

凛「それで? その大人がどうしたの?」

千枝「あ、あの。実は――」

===

 女子寮一階、客間前

千枝「着きました。ここです、プロデューサーさん」

P「うん、案内ご苦労」

凛「だから、すぐに偉ぶらない」

P「いちいちうるさいなぁ……凛は、俺の母親かっての」

凛「勿論、違うけど」

P「ならあれだ。口うるさい嫁」

凛「それ、さっきより酷くなってる」

P「なんでだ? 血縁関係は無くなってるぞ」

凛「だからって、こんな旦那はお断りだよ」

千枝「……そうですか? プロデューサーさんが一緒なら、毎日楽しそうなのに」

凛「千枝ちゃん……」

P「千枝……」

千枝「あっ、いえ、冗談、冗談です! それよりも、早く中に入りましょう!」


 女子寮一階、客間

P「うっ!」

凛「なにこの部屋……凄く、お酒臭い」

千枝「……やっぱり、また飲みながら寝ちゃってたんですね」

P「凛、窓開けろ窓! 部屋の酒臭さを外に逃がすんだ!」

凛「言われなくてもやってる。それよりも、テレビの前」

P「んん?」

千枝「あの、起きてください。プロデューサーさん、来てますよぉ」

凛「……ほら」

凛(テレビの前、散らばった空き缶に混ざるようにして、おへそを出して転がっていたのは)


P「唯一の大人って……コイツかよ」

凛「見知った顔で、残念だったねプロデューサー」

千枝「友紀さん、友紀さん! ほら、目を覚まして」

友紀「うぅん……? 何、千枝ちゃん……?」

P「『千枝ちゃん?』じゃないよまったく」

P「おら、さっさと起きろ、友紀!」

友紀「あいたっ! な、何っ!?」

凛「ちょっとプロデューサー。いくら楽しみにしてた相手が友紀だったからって、足蹴にしていいわけじゃ」

P「大丈夫。靴じゃなくてスリッパだ。それに蹴ってるんじゃなく、揺すってるんだし」

凛「そういうことを言ってるんじゃないってば!」


千枝「は、早く起きて下さい友紀さん!」

P「うら! 起きろっての、この年中無休野球バカ!」

千枝「あ、ああ! そんなに激しく揺すったら……!」

友紀「あう、あう! せ、背中はダメ! 吐く、寝起き早々に吐いちゃうから!」

P「吐かせるために揺すってるんだよ! 千枝、バケツ……ゴミ箱用意して!」

千枝「は、はい!」

友紀「ち、千枝ちゃん。そのゴミ箱パス、パスぅ~」

千枝「持って来ました、プロデューサーさん!」

P「ん、ありがと」

友紀「って中継してる暇はないよ! ダイレクトでお願い!」

友紀「…………うぷっ!」



友紀「おろ『―しばらくお待ちください―』ろろろぇ~……!!」


 数分後、客間

友紀「ええー! コロッとあたしが寝てる間に、そんなことがあったんだー!」

千枝「え、ええ。それから、今日からプロデューサーさんが、寮の責任者として、一緒に暮らすことにもなりました」

友紀「へぇー、この人がねぇー。いやー、ちひろさん達も思い切ったことするなー!」

P「おい、友紀」

友紀「でもでも、いーのかなー? 一応、ここって女子寮だよねー」

友紀「男子禁制の秘密の花園に、首輪も無いケダモノ一匹……」

友紀「これって、結構大問題な感じしない? しない?」

P「友紀!」

友紀「そりゃ、この人は小っちゃい子には興味ないけどさ」

友紀「あたしはー、ほらー、れっきとした社会人――」

P「友紀っ! いい加減何事も無かったかのように振る舞うのは止めろ!」

P「後、そのわざとらしい芝居もなっ!」


友紀「な、何? お、お芝居なんてしてないよー?」

P「なら、早くそのゲ○が付いたシャツを着替えて来い! ……ここの片づけは、俺達でしといてやるから」

友紀「うぅ、そのエラーは、忘れようとしてたのに!」

凛「さすがに、酸っぱい匂いさせたまま言われても」

友紀「……ちゃんとティッシュで拭いたよ?」

P「普通はその後、着替えるまでがセットだよ!」


P「大体、何でお前が寮にいるんだ? アパートはどうした、アパートはさ」

友紀「あー、あそこね……追い出されちゃった」

P「はぁ!?」

友紀「それがさ、聞いてよプロデューサー」

友紀「あたしだって、ワザとじゃないんだよ? 
ちょっとビールなんか飲みながら、熱の入ったキャッツの応援してただけなのに」

友紀「周りの部屋から、騒音だー、うるさいぞー! ……なぁんて言われちゃってさー」

P「……お前、この前もそんなこと言ってなかったか?」

友紀「ホント、参っちゃう。この一年で、引っ越すの三回目だよ?」

友紀「お陰で、不動産屋さんのブラックリストにも載っちゃって」


凛「それで寮に?」

P「……ったく、橘のヤツ。何が大人の女性だ」

P「知ってて黙ってやがったな。コレは」

友紀「何言ってんのさプロデューサー、あたしは、ちゃんと大人だよー」

友紀「ほらほら、姫川友紀二十歳って、保険証にも書いてある!」

P「ほ、保険証を顔に押し付けるな! 角が刺さって痛い!」

友紀「ちなみに学生時代は、プロデューサーの後輩でした!」

P「誰に言ってんだ誰に……くそっ、まだ酔いが残ってやがるな」


P「千枝、悪いけど食堂行って、水を貰ってきてくれないか?」

千枝「い、急いで持って来ます!」

友紀「ああん! そんなの無くても、もう酔いはさめてるよ!」

P「酔ってる人は、皆そう言うの!」

P「それから凛は、コイツの着替えを用意してくれ」

凛「いいけど……でも、着替えのある場所なんて知らないよ?」

友紀「ダイジョーブデース! 着替エナラソコニアリマース!」

P「なんで急に片言なんだ……」

凛「そこって……この脱ぎ捨ててあるパーカーのこと?」

友紀「うんうん、それそれ! 最初は羽織ってたんだけど、
テレビで試合を見てるうちに、暑くなって来ちゃってさ!」


友紀「今着てるのは脱いじゃうから、代わりにこれを――」

P「ま、待て待て待て待てっ! 落ち着け友紀!」

凛「こ、ここで脱ぐのはマズいって! プロデューサーいるんだよ!?」

友紀「でもー、さっさと着替えろって監督がー」

P「監督じゃない!」

凛「いいから出て行く! ほら、早く!」

P「わわっ、お、押すな押すな!」


友紀「何か大変そうだねぇ。そうだ! あたしも手伝ったげる♪」

凛「いいから! 友紀は早く着替えて!」

P「だから押さなくても出てくって――おわっ!」

千枝「きゃあっ!」

凛「あっ」

友紀「おぉー」


千枝「ご、ごめんなさいプロデューサーさん!」

千枝「ああ……スーツがびしょびしょに」

P「な、なに、友紀に比べりゃまだマシさ」

P「それより千枝は大丈夫か?」

千枝「あ、はい。千枝の服は、大丈夫です」

P「……ふぅ、なら良かった」


P「とはいえ……凛?」

凛「う、うん……ごめん」

P「『ごめん』?」

凛「あ、ご、ごめんなさい」

P(……フフン。ちょっと優越感)

凛(むぅ……勝ち誇ったような目で見下ろして)


千枝「あの、プロデューサーさん」

千枝「着替えるなら、食堂の横に洗濯室がありますから。濡れた服はそこに持って行ってもらえたら」

P「そうだな……一応着替えも、玄関に置いたままのトランクにあるし」

友紀「じゃあじゃあ、ついでにこれもお願いしちゃお!」

P「あ? 何だコレ」

友紀「何って、あたしのシャツとブラ」

凛「ちょ、ちょっとちょっと友紀!?」

千枝「だ、ダメですよ友紀さん!」

P「そうだぞ! 俺が吐しゃ物まみれの下着で欲情する、変態だと思われるだろが!」


凛「え゛っ?」

千枝「えっ!?」

P「……あれ? 違うの?」

凛「……さすがに、私達もそこまで思わないよ」

千枝「ただ女性物の服を、男の人のプロデューサーさんが持っていくのはどうかなって……」

P(……やっちまった)


友紀「まぁまぁ、今更取り繕ったって、プロデューサーの印象が変わるわけでもないんだし」

友紀「クヨクヨするな! 男だろっ!」

P「誤解の原因を作ったのはお前なんだよ! 友紀ぃっ!!」


 女子寮一階、洗濯室前

P「――結局、友紀の服は後から本人が持って来ることになったけど」

P「振り返り際に見た凛と千枝の、あの可哀想な物を見る目が……何とも俺の心を締め付ける」

P「はぁ……なーんかとことんついてねぇなぁ」

P「……おっと、ここが洗濯室だよな。思わず通り過ぎるとこだった」

P(まっ、嫌な気持ちはお着替えして忘れちゃいましょ)

P(よっと、扉を開けて――)

P「――ん?」


由愛「あっ」

麗奈「なっ」

輝子「おっ」

美玲「……っ!」

P(俺はただ、千枝に言われて洗濯室に来ただけなんだ)

P(まさかここで、皆が服を着替えてるなんて思ってもいなかったんだ)

P(――それにしても、皆意外にスタイルが良いもんだな。細っこいけど、肉付きもそれなりで)


P「……ぽっこりしたお腹が、いかにも子供って感じだな」

麗奈「お、オマエ……な、何してんだよ?」

P「な、何って。見ればわかるだろ? この、濡れたスーツを着替えるために――」

美玲「ちっがあぁーーうっ!! 何ウチらの着替えを覗いてるのかって言ってるんだっ!!」

P「の、覗き? 覗き……!?」

P「っ!?」

麗奈「みっ、美玲! やっちゃいなさい!!」

美玲「ガルルルルッ!!」

P「ま、待て! 怖くない怖くない! 話せば分かるからっ!!」

美玲「――シャアアッ!!」

P「誤解だって――ぬあああぁぁーーっ!!?」


 客間

千枝「――あっ」

凛「……なんか、物凄い悲鳴が聞こえたね」

千枝(そ、そう言えば食堂を片付けてた皆も、汚れた服を取り換えに洗濯室に行ってた……!)

凛「あっ、まただ」

友紀「今度のは、さっきよりも大きいね! こりゃ、長打になるよ~」

千枝(プロデューサーさん、ご、ごめんなさい~!!)

とりあえずここまで。

>>93訂正
×凛「こういう時は、真っ先に自分が動かなくちゃいけないとか、思わないのか?」
○凛「こういう時は、真っ先に自分が動かなくちゃいけないとか、思わないの?」

>>104訂正
×P「振り返り際に見た凛と千枝の、あの可哀想な物を見る目が……何とも俺の心を締め付ける」
○P「振り向きざまに見た凛と千枝の、あの可哀想な物を見る目が……何とも俺の心を締め付ける」
>>105訂正
×麗奈「お、オマエ……な、何してんだよ?」
○美玲「お、オマエ……な、何してるんだっ!?」

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