勇者「やっぱり子供は最高だね」戦士「んえ?」 (722)


勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」
魔剣士「はやりフキノトウは最高だ」武闘家「えっ?」
の番外編集

大体のエピソードは後者未読でも読めるようにします(その分説明が後者と重複します)


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回想 前編


勇者「ほらーお父さんでしゅよー」

四女「あうぅ」

戦士「……おーよしよし」

三男「おかあさんぼくもだっこー!」

勇者「ラヴィが寝るまで待っててね」

三男「えー」

戦士母「アルカさーんお裾分け持ってきたわよー!」

勇者「はーい今行きまーす!」

長女「アルバ、お洗濯物干すの手伝ってくれる?」

次男「うん!」

三女「私もお手伝いするー!」

次女「蜂さん捕まえたー!」

長男「うわっ逃がしなさい」

次女「あきゃきゃきゃきゃ」

戦士「……はあ」

戦士(子供増やしすぎた……)


七人も子供がいると、毎日が大戦争である。

戦士(どんなに多くても五人までにしようと思ってたんだがなあ……)

妻に六人目、七人目をねだられて断れなかったのである。

戦士(できる限りアルカさんの望む通りの生活を実現したいとは思っている)

戦士(思っているのだが)

戦士(俺はアルカさんと二人でまったり暮らしたい……)

勇者「アルバ、おばあちゃんがね、アルバの大好きなハンバーグ持ってきてくれたよ」

次男「やったー!」

勇者「んーもーこの子ったらかわいいー!」

次男「わわっ母さん、俺もう大きいんだよ、母さんとあんまりベタベタしないんだよ」

勇者「え……」

次男「仕方ないなあ。ぎゅーしていいよ」

勇者「やったー!」

三男「ぼくも! ぼくもぎゅうー!」

戦士(いつになったら嫁さんは子供のところから俺の元へ帰ってきてくれるのだろうか)

戦士(ついそう考えてしまうことさえある)

戦士(俺は父親失格なのだろうか……)


次女「蜂さん逃げちゃった! 待ってー!」

長男「危ないから!! 追いかけなくていいから!!」

戦士「あだっ」

蜂を追いかけていた次女ルツィーレにヘリオスは蹴飛ばされた。

次女「わわっごめんねお父さん!」

戦士「…………」

長男「父さん目が死んでる」

戦士(俺は今年でもう39だ。しかし一番下の子はまだ乳児だ)

戦士(穏やかな老後が訪れるのはいつになるだろうか……)

ヘリオスは遠い目をして縁側から空を見上げた。

思い返すのは、子供が生まれる前の生活だ。


――
――――――
――――――――――――

勇者「雪、すごいね」

戦士「そうですね」

勇者「こんなにたくさん積もった雪を見るのは、もう……随分久しぶりだ」

戦士「寒くないですか」

勇者「大丈夫。南国育ちのあなたの方が心配だよ」

戦士「慣れました。わりと平気です」

勇者「…………」

戦士「……手、繋いでいいですか」

勇者「…………うん」

二人はアルカの祖国の隣国、グレンツェント国のとある町に訪れていた。
まだ入籍も済んでいない頃だ。


勇者「交通網の発達はすごいね」

勇者「前なら何ヶ月もかかった所まで、たったの数日で移動できるのだから」

戦士「ええ。便利になったものです」

勇者「…………」

戦士「…………」

戦士「そこのベンチに座りませんか」

二人は距離感を測り直しているさなかだ。
五年前はあくまで師匠と弟子の関係を維持していたが、今は違う。

アルカにとって、ヘリオスは助け出してくれた英雄となったし、
可愛い年下の少年が逞しく成長し年上となっていた。

また、少しずつ女性らしくあろうとするアルカをヘリオスは微笑ましく思っていたのだが、
あまり急に距離を縮めたら怖がらせてしまいそうで、
軽いスキンシップはしつつもあまり深く踏み込まないようにしていた。

互いに、接し方に戸惑うことが多かったのだ。


戦士「……故郷じゃ、数年に一度しか雪が降らないんです」

戦士「だから、雪慣れしていない村民がよく転んだり怪我したりするんですけど、」

戦士「たまにしか降らない雪があんまりにも物珍しくて綺麗なものだから、」

戦士「雪のことを『天の鳥の羽毛』と呼んで、幸福の前兆としてるんです」

勇者「……素敵だね」

戦士「まあ、実際は『怠ける理由ができるから雪は幸福の証なんだ』って言う人が多いんですけどね」

戦士「寒い上に足場が悪くなると、みんな家の中に引きこもっちゃうんです」

戦士「北の人達は雪なんて関係なく働いていますから、恥ずかしい話ですよ。はは」

勇者「休息も、雪がもたらしてくれる恵みの一つだよ」

勇者「稀にしか降らない雪を眺めながら、ゆっくり家の中で過ごすなんて……素敵じゃないか」

戦士「こっちの雪はサラサラしてますね。握ってもなかなか固まらない」

戦士「あっちで降る雪は、もっと重くてべちゃべちゃしてるんです」

勇者「……えっと、その」

勇者「…………」


戦士「?」

勇者「敬語、いらない」

戦士「……そっか。わかったよ」

勇者「ん…………」

戦士「他に行きたいところ、ある?」

勇者「……あそこ」

戦士「服屋か。行こうか」




アルカは女物の服を漁った。しかし……。

勇者「……合うサイズがない」

服屋店員「奥さん、身長高くてかっこいいですねー! おいくつあるんです?」

勇者「……どのくらいなのだろう」

服屋店員「あそこに立ってみてください。目盛りがあるでしょう」


服屋店員「わあ、178センチなんですね」

勇者「…………」

服屋店員「奥さんに合うサイズの服は……ちょっと今置いてないですねー……すみません」

服屋店員「旦那さんも大きいですね。190くらいおありでしょう」

服屋店員「服探し、苦労なさってるんじゃないですか?」

戦士「そっすね」




勇者「……多分置いてないだろうとは思っていたんだ」

勇者「男の恰好をしようと思わなくても、背のせいで男物しか着れるものがない」

戦士「……俺の故郷だったら、そういう苦労しないと思いますよ」

戦士「この辺りとは全然服の作りが違っていて……」

勇者「……敬語」

戦士「あ、ごめん」

戦士「なんていうか、ゆったりした布を纏う感じなんだ。特に女性は」

勇者「そうなんだ。楽しみだな」


戦士(……ほんとに、俺の故郷に来てくれるんだな)

戦士(俺の村の民族衣装を着たアルカさん……)

戦士(なんだかドキドキしてきた)



宿屋

メイド「アルカ様に合うサイズのお召し物が売ってなかったですって!?」

彼女はヴィオラ。アルカディアの護衛係兼世話係として二人に同行している。

アルカを救出する目途が立った際、ヘリオスはエーデルヴァイス伯爵に電報を打ったのだが、
伯爵は領地を離れてアルカを迎えに行くことができなかった。

泣いて悔しがった伯爵が自分の代わりに派遣したのが彼女なのである。


メイド「オーダーメイドを頼みましょう」

勇者「でも、料金が高いだろう」

メイド「んなもん伯爵につけときゃいいんですよ」

勇者「それはちょっと……」

メイド「では私が仕立てます。これから生地を選びに行きましょう」

勇者「あ、ああ」

メイド「女だけでお買い物したいので、ヘリオスさんには待っていていただきたいのですが」

戦士「ああ。行ってらっしゃい」

ヘリオスにとって、ヴィオラの存在がとてもありがたかった。

女性同士じゃないと相談しにくいことは彼女が対応してくれるし、
彼女がアルカに付き添うことで安心して一人の時間を取ることができる。


戦士(体操と筋トレでもするか)

この頃は積雪により朝のロードワークを中止していた。

身体は運動したいと疼いていたのである。



メイド「アルカ様、この生地なんていかがです?」

勇者「ちょっと……派手だな」

メイド「ではこちらは」

勇者「それならいいが、なんというか……フェミニンだな」

メイド「それでいいんです!」

勇者「そ、そうか」

メイド「デザインはどうしましょう」

ヴィオラは完成例が描かれた冊子を並べた。

勇者「このページ、いいな」

メイド「一着はそのデザインでいきましょう」

メイド「他はもう少し女性らしい物にします」

勇者(この強引さ……戸惑うこともあるが、心地いいな)


メイド「では、隣の部屋で仕立てて参ります」

メイド「何かご用がありましたら、遠慮なく呼び出してください」

勇者「ああ。頼む」

アルカは扉を開いた。

勇者「ただいま」

戦士「あ、おかえり」

勇者「っ! ごめん」

戦士「え、あ……男は上半身見られても平気だから、いいよ」

ヘリオスは風呂上がりで半裸だった。

戦士「ごめん、筋トレして汗臭かったから先に入ったんだ」

勇者「……逞しい身体。鍛えたんだね」

戦士「ええ。あなたを守るために」


アルカは顔を真っ赤にした。

戦士「アルカさん」

ヘリオスは一歩ずつアルカに近づき、手を取った。

戦士「俺が一生あなたを守ります。あなたが、もう二度と剣を握らなくてもいいように」

勇者「…………!」

アルカは俯いて震えた。

戦士(あ……俺の半裸怖かったかな……)

勇者「…………」

戦士(……というわけじゃないみたいだ。よかった)

ヘリオスは不安を感じたが、アルカは手を握り返した。

故郷を失って以来、守ってくれる存在ができたのは初めてのことだった。

アルカは深い安堵から涙を流していた。


二人は、そのままゆっくりと流れる時間を共有した。

師弟として共に旅をしていた約半年間、離れ離れだった五年間を経て、
漸く恋人同士として過ごすことができるようになった。

身体は近くにあるのに、心の距離は縮まらない痛み。

片方の時が止まり、片方の時だけが流れる孤独。

耐えがたい苦しみを乗り越えたからこそ、共にいられる幸せを貴く感じられる。


メイド(壁薄いから丸聞こえなんですよねー集中できませんわー)

メイド(……このままお幸せになってくださればいいのですけれど)

メイド(なんせ身分が身分ですから……ね)


前編 終


回想 中編


とある夜

戦士「また同じベッドか」

宿屋の部屋に入ると、そこには一台のセミダブルのベッドが置かれていた。

戦士「……ツインにしてくれって頼んでるんだけどな」

宿の予約を行っているのはヴィオラだ。

勇者「やっぱり、一緒に寝るの……つらいか?」

戦士「俺は平気だけど、アルカさんは寝にくかったりしない?」

戦士「俺、いびきがうるさかったり寝相が悪かったりしないか心配なんだ」

勇者「それは大丈夫だけど、その……」

勇者「…………」

勇者「我慢させてしまってるんじゃないかなって」

戦士「え? ああ。大丈夫だよ」

戦士「五年前だって、寒い時は暖を取るために密着して寝てただろ」

戦士「その時に鍛えた理性は、ちょっとやそっとじゃ吹き飛ばないよ」


勇者「……ごめん」

勇者「あの頃、私……自分の気持ちを抑えるのに必死で、」

勇者「あなたの気持ちを考えることが全くできてなかった……」

戦士「俺もそんなもんだったよ」

勇者「…………」

戦士「俺は一生そういう行為をしない覚悟であなたを選んだんです」

戦士「自分を責めないでください」

勇者「…………!」

勇者「……ありがとう。でも、私……赤ちゃん、欲しいんだ」

勇者「だから、いつかは……」

戦士「そっか。ちょっとずつ慣れていけばいいよ」

戦士「まだ婚前なんだしさ」

勇者「あ、そうだね……」

勇者「……やだ、恥ずかしい」

戦士「どうしたの」


勇者「……た気に、……ってた……」

戦士「ん?」

勇者「結婚した気になってた……」

戦士「…………ははは」

真っ赤になったアルカを、ヘリオスは抱きしめた。

戦士「俺もさ、このあいだ服屋で旦那さん奥さんって言われて、正直結婚した気分になってたよ」

戦士「早く正式な夫婦になりたいな」

勇者「…………うん」

戦士「寝よっか」

勇者「……うん」

戦士(苦労しただけあって、一緒にいられるだけで精神的充足感半端ないんだよな)

戦士(性欲はどうしても沸くからそういう時はトイレ行って処理するけど)

戦士(あー……幸せだ)

――――壁――――

メイド(ああ言ってるけどヘリオスさんって不能なんじゃ……)

メイド(ありえない……若い男が婚約者と添い寝して理性を保てるだなんて……)

メイド(不能ですわ……絶対不能ですわ……)


――――――――
――

グレンツェント国北西部 エーデルヴァイス領ブリーゼの町

戦士「一日中移動で疲れたな」

記者A「来たぞ! 勇者ヘリオスだ!」

記者B「彼女は一体何者なんですか!?」

記者C「勇者ナハトとの最後の会話教えてください! 再会すら叶わなかったんですか!?」

メイド「撃退してきます」

戦士「……頼みます」

勇者ナハトは死んでいた。そう世間には報じられている。



メイド「ところでヘリオスさん。非常に尋ねにくいことなのですが……」

戦士「なんですか」

ヴィオラはアルカに聞こえないよう小声で話した。

メイド「下の息子さんはお元気なのですか?」

戦士「え? 息子?」

メイド「下の息子さんです」

戦士「…………」

戦士「元気ですけど……」

メイド「そうですか」

戦士「…………?」


伯爵夫人「アルカちゃん、大きくなったわねー!」

伯爵夫人「小さかった頃を覚えてるわぁ」

勇者「お久しぶりです、ガルデニアさん」

勇者「あの……叔父上は」

伯爵夫人「あの人ったら、あなたが来るのが嬉しすぎて過呼吸起こしちゃったのよ」

伯爵夫人「今は自室で寝てもらってるわ」

伯爵娘「お姉ちゃん!! おかえり!!」

勇者「……アスティ」

アストライアがアルカの胸に飛び込んだ。

勇者「そっか、五年経ったんだ。大きくなるよね」

アルカは五年先に進んでいた世界とのギャップを埋められないでいた。
こればかりはすぐに解決するものではない。


――応接間

戦士「婚約のご報告をしに伺いました」

伯爵「うん、ヘリオス君なら文句ないよ私は。きっと兄さんと義姉さんも、喜んで、」

伯爵「はあ、息の仕方わかんない、はあ、酸素どこにあるの」

伯爵夫人「ごめんなさいね、この人過呼吸が収まったばかりでまだ上手に息できないのよ」

戦士「俺の地元とこちらの地方とでは結婚に関わる風習が違うでしょうし」

戦士「そのあたりのことを相談させていただきたいのです」

伯爵「結納とか持参金とかその辺だよね、うん」




伯爵「そうだ、結婚式、何処でやるの?」

戦士「あ……どうする?」

戦士「俺の地元は村総出で祝う風習があるから、」

戦士「多分着いたら勝手に式っていうか、祭りみたいな感じのことはされると思うんだけど」


伯爵「こっちで、も、や、やる? ぜえ、ぜえ」

勇者「……二回もするのは大変だ」

伯爵「そっか。じゃあ、ヘリオス君の村での式の、日程が決まったら教えてね」

伯爵「私は絶対行くし、コーレンベルク卿も絶対行きたがると思うから」

勇者「はい」

戦士「ありがとうございます」

伯爵「ぞっがあ゛、アルカがげっごんがあ、よ゛がっだ、よ゛がっだよおおぉぉぉ」

伯爵は激しく泣き出し、再び過呼吸を起こした。

藍宝石「あーくん……こんなに喜んで……うっううぅぅぅぅ」

伯爵「え?」

アルカの胸元の藍宝石が声を発した。

伯爵「兄さんの、声、聞こえたんだけど」

勇者「父様の魂が、ここに宿っているんです」

死後、アルカの父モルゲンロートの魂はこの世を彷徨っていた。
その果てに行き着いた先が、かつて画家に譲ったアウィナイトだったのである。


魔の穢れを浄化したアルカは石の声を聞く能力を取り戻した。
現在では、モルゲンロートが起きている間は自由に会話することができる。

石に宿った状態ではそう長く意識を表に出すことはできないため、
モルゲンロートは眠っている時間が長かった。

藍宝石「あいだがっだよぉぉあああくぅぅぅん」

伯爵「にいざあああああああん」

戦士(この性格、血筋なのかなあ)

伯爵娘2「お姉ちゃん私達の従姉なの?」

伯爵娘3「なの?」

勇者「そうだよ」

勇者「可愛いね」

戦士「ああ」

勇者「…………」

勇者「子供……産めるのかな、私……」


伯爵「君と婚姻を結んだ頃が懐かしいよ」

伯爵「ねえガルちゃん、どうして私と結婚してくれたの?」

伯爵夫人「操縦しやすかったからよ」

伯爵「えっ……」

伯爵夫人「私の言う通りにこの領地を守ってくれる人じゃなきゃ旦那にできなかったもの」

伯爵「そっか……うん……」

伯爵「あのね、愛してるよ」

伯爵夫人「あらありがと」

伯爵「うん……」


――ヴァールハイト国 王都

国際結婚及び身分差婚には国王の承認が必要である。
二人は役所で審査を受け、手続きに必要な書類を提出した。


そして数日後……。

戦士「婚姻届が受理されなかった?」

メイド「はい」

勇者「…………」

メイド「まあ予想できていたことなんですけどね」

メイド「あと国王陛下に呼び出しくらってます」

戦士「うっ」

メイド「では私は少々用事がありますので」


北王「魔王を葬った英雄と雖も、遥か南の国の平民だ」

北王「レッヒェルン本家の娘との婚姻を認めるわけにはいかぬ」

戦士「……何故です」

国王の周囲には騎士や魔導師が控えている。

北王「アルカディアとは、我が息子と結婚してもらう」

王太子「…………」

北王「アルカディアにどれほどの価値があるか、平民にはわかるまい」

北王「レッヒェルン本家の娘。即ち『瑠璃の民』の統治者の娘」

北王「つまり、アルカディアと婚姻を結んだ者がレッヒェルン領の領主となるのだ」

藍宝石「ああ……恐れていたことが……」

戦士「…………」

藍宝石「元々レッヒェルン領はこの国の領土ではなかったのだ」


藍宝石「『瑠璃の民』という民族の土地だったのだが、」

藍宝石「ある時この国の侵攻を受けてね」

藍宝石「血を流したくないという理由で大人しく領土にはなったのだが、」

藍宝石「交渉に交渉を重ね、ラピスブラオ鉱山の利益の一部を国に納める代わりに、」

藍宝石「族長の一族が引き続き統治する権利を認めてもらったのだよ」

藍宝石「その族長の一族の子孫が今のレッヒェルン家だ」

王太子「アルカディア、会いたかったよ」

王太子「最後に顔を合わせてから随分時が経ってしまったね」

王太子「だが、十数年経っても君のことを忘れた日はなかったよ」

王太子「君には貴族としての生活が相応しい。こちらにおいで」

勇者「…………」

藍宝石「私こいつキライ」


藍宝石「ああもどかしい! 私が生きていたらどうとでも言ってやれたというのに!」

藍宝石「守ってあげられなくてすまない」

勇者「……私を暗闇から救ってくれたのは、ヘリオス・レグホニアです」

勇者「彼がいなければ、私は今も闇の中にいたでしょう」

勇者「他の男性と結ばれるくらいならば……私は、永遠の闇を選びます」

アルカは魔力で刃を作り、自らの胸元に向けた。

戦士「アルカさん!」

北王「アルカディアを止めろ! 死なせてはならぬ!」

魔導師達の制止が入る前に、刃は胸の奥深くに突き刺された。

アルカ自身の瞳とよく似た色の血がどくどくと溢れ出す。


戦士「あ……あ……」

戦士(生命力が低下している……早く治療しないと……!)

戦士(誓ったんだ……絶対に守るって……!)

戦士(たとえ婚姻が認められなくなって、世界の何処へでも二人で逃げるんだ)




扉が勢いよく開かれた。

メイド「アルカ様!」

ヴィオラを先頭にして、記者や民衆らしき人々が流れ込む。

「うわー王様さいってー」

「ナハト様が命がけで助けたアルカディア嬢になんてことを!!」

「我が国の恥ですわー」

メイド「記者さん」

潜んでいた記者「取材しましたよちゃんと!」

「担架持ってきました」

戦士「こ、これは一体……」


――医務室

勇者「ふう」

戦士「あ、アルカさん……よかった……」

勇者「吃驚させてごめんね。あれ、演技だから」

戦士「え? でも、確かに魔力の波動が弱まって……」

勇者「王様側に魔感力のいい人がいた場合のために偽装したんだ」

勇者「魔適傾向は80くらいに下がってるけど、それでもある程度自由に操れるからね」

戦士「…………」

戦士「…………はあ」

藍宝石「心臓に悪い……心臓ないけど」

メイド「もう王様側が無理に婚姻を迫ってくることはないでしょう」

メイド「マスコミと国際同盟にチクッておきましたからね」


戦士「国際同盟に?」

メイド「穏やかな生活を得るため、ヘリオスさんは勇者ナハトを死んだことにしようと提案したそうですね」

戦士「ああ」

メイド「しかし、国際同盟は『勇者ナハトが死亡したことにするのを認める代わりに、」

メイド「救われた命もあったということにする』」

メイド「と結論づけました」

メイド「長らく魔王に捕らわれていたお姫様が助けられて、英雄ヘリオスと結ばれてめでたしめでたし」

メイド「というシナリオを作ったわけです」

戦士「ああ。おかげで魔王に捕らわれていた女性が何者なのかって話題になりすぎて、」

戦士「記者に追いかけられる羽目になったわけだが」

メイド「それを利用させてもらいました」


メイド「『必死こいて聖玉集めたのにナハトは死んでました』じゃあこの世界の住民が悲しむわけです」

メイド「世界全体が悲しんだら世界全体の生命力が下がったりしてよろしくない状態になるわけです」

メイド「そうならないように作ったシナリオを壊そうとする勢力があったとしたら、」

メイド「国際同盟が許すはずないわけですね」

戦士「じゃああの記者達は……」

メイド「そこら辺に大量に群れていた記者を集めました。ついでに野次馬も」

メイド「英雄の花嫁を略奪しようとして花嫁が自殺未遂しただなんて話が広まったら……」

メイド「まあ、王家は下手に動けなくなりますよね」

戦士「……いつの間にそこまで手を回してたんですか」

メイド「これが仕事ですからね」

戦士「……ありがとう」

戦士「でも、本当に……心臓に悪かったな。俺には教えておいてくれてもよかったんじゃ」

勇者「ごめんね。王様側に演技してるってあなたの魔力でバレる可能性があったから」

戦士「あ……そっか」

メイド「ぶっちゃけ既成事実でもできれば、」

メイド「それだけで純潔を重んじる王家の方々は退いてくれると思ったのですが」

メイド「お二人は一線を越えておられないご様子でしたから、この手しかありませんでしたね」

戦士「あ、はあ」


勇者「……正直、このまま南に行ってもいいのか、迷ってるんだ」

勇者「父様と母様が必死で守った領地を放って、外国に嫁に行くなんて、」

勇者「貴族の娘として無責任なんじゃって……」

伯爵「心配ないよ」

戦士「は、伯爵!?」

勇者「叔父上」

伯爵「用事があって、私も後からこっちに来てたんだ」

伯爵「その用事っていうのが、まあ親族会議みたいなものでね」

伯爵「これからレッヒェルン領をどう守るか話し合っていたんだ」

伯爵「引き続きハーメル夫妻に統治してもらうことになったよ」

伯爵「安心して南に行ってほしい」

勇者「……ありがとうございます」

伯爵「……ただ、」


伯爵「そう長くは持たないかもしれない」

伯爵「レッヒェルン領を離れていた瑠璃の民が戻ってきて復興に励んでいることもあって、」

伯爵「『レッヒェルン領は瑠璃の民のもの。ラピスブラオの町に住む族長が治めるべき』」

伯爵「という声があってね」

勇者「…………」

伯爵「いつか、君達の元に黒髪と蒼い瞳を持った男の子が生まれたら、」

伯爵「その子は正統なレッヒェルン家の後継者だ」

藍宝石「代々、当主となるべき子は必ずと言っていいほど黒髪と蒼い瞳を持って生まれるのだ」

藍宝石「そして、物心ついた頃からラピスブラオ付近の土地を守ろうとする意思が格段に強い」

藍宝石「次期当主……族長となる子が生まれたらきっとわかるはずだよ」

伯爵「もしかしたら他の親族の元に生まれる可能性も……なくはない」

伯爵「まあ、あまり重く考える必要はないよ。未来のことだ」

伯爵「あ、嫁入り道具用意しておいたからね!!」


少々揉めたがどうにか婚姻が認められ、二人は更に大陸の南方部へ向かった。

――コーレンベルク領 グラースベルクの町

勇者「おじい様! 会いたかったぁ……」

侯爵「ああ、アルカディア……おかえりなさい」

アルカは年老いた祖父に抱きついた。

侯爵「顔をよく見せておくれ」

侯爵息子「……姉さんと口元がそっくりだ」

侯爵夫人「ええ、本当に」

戦士(……良かったなあ)

藍宝石「お義父さんごめんなさい早死にしてごめんなさいエルを守れませんでしたごめんなさいごめんなさい」

侯爵「モルゲンロート君、まだこの世に留まっていたのかね」

藍宝石「ひっ」

侯爵「……君がまだ成仏していないことにも、きっと何か意味があるのだろう」

侯爵「アルカディアと、彼女の家庭を見守ってやっておくれ」

藍宝石「はい!!」

藍宝石「あ、ヘリオス君。私のことはこれからお義父さんと呼んでくれたまえ」

戦士「ひっ! はい!」

戦士(お義父さんが一緒だと思うと緊張するんだよな……)


中編 終

次回で「回想」は終わりです
その後はあっちのスレを更新する合間に短編を何本か投下します


回想 後編


――港町アクアマリーナ

ヴィオラが伯爵の元に帰り、二人旅になった。

戦士「東の大陸行きの船が出るまで時間があるな」

戦士「適当に観光でもしよっか」

勇者「うん」

その町の北部の山には、樹齢一億年の大樹が聳え立っている。
月桂樹と近い種だが、全く同じ種類の木は他に確認されていない。

戦士「あっち、綺麗な神殿があるな」

勇者「女神ユースティティアを祀った神殿だよ。行ってみよう」

戦士「あれ……」

勇者「どうしたの」

戦士「いいや、なんでもないよ。この丘のこの場所に、前も来たことあったかなって」


――神殿

天秤と剣を持った女神の像が日の光を浴びている。
台には古い言語で碑文が彫られており、隣に立てられた看板に現代語訳が記されていた。

    我が母ユースティティアにこの像を捧ぐ

    あなたの名の下に法は築かれる

    クリューソプラソシアの地に緑の繁栄あれ 穏やかなる秩序あれ

                   ユースティティアの子 イウス=スマラグディ


勇者「不思議な力で守られているらしくてね。神殿そのものは何度も立て直されているけれど、」

勇者「この像は一億年前からずっと残っているそうだよ」

戦士「……なんか既視感あるなあ。懐かしい感じがする」

勇者「きっと、縁があるのかもしれないね。一緒にお祈りしようよ」

戦士「ああ」


――東の大陸

木樵「ダグザの息子のオグマです。初めまして」

僧侶「ヘリオスさん、アルカさん。ご結婚おめでとうございます」

傭兵「おめでとう」

戦士「ああ、ありがとう」

勇者「ありがとう。エイル……君こそ、幸せになれたようでよかった」

僧侶「赤ちゃん、抱っこしてみますか?」

勇者「いいのか?」

勇者「……ちっちゃいな。でも、重たいね」

勇者「これが……命の重みなんだね」

僧侶「ええ」

僧侶「へリオスさんも、どうですか?」

戦士「お、落とすのが怖いから遠慮するよ……弟妹や親戚の子なら抱き慣れてるんだけど」


僧侶「ダグザさんからお見合い話を持ち掛けられて、オグマと何度か会っていた時、」

僧侶「あなた達のことが思い浮かんだんです。そして気づきました」

僧侶「女性は、手の届かない所にいる、愛してくれない人を思い続けるよりも、」

僧侶「一心に愛してくれて、一緒にいて心が穏やかになる人と共になった方がずっと幸せだということに」

エイルは魔王討伐以来、聖女として崇められていた。

求婚者は多数いたものの、自分が愛することができるのは誰なのか、
そして自分を真に愛してくれる者は誰なのか……悩み迷っていた。

そんな時、ふっとパズルのピースがはまった感覚を覚えた相手が、
他の求婚者達よりも遥かに素朴だが、表裏のない純朴な今の夫だったのである。

傭兵「本当にこんな地味な奴でよかったのか?」

僧侶「もう、お義父さんたら」

僧侶「これをどうぞ」

二人はエイルから二つの首飾りを手渡された。
ペンダントトップは半分に割れていて、それぞれの鎖に通されている。

勇者「……綺麗」

僧侶「私が勤めている教会で新郎新婦にお渡ししている、つがいのネックレスです」

僧侶「あなた達が夫婦となったことを、心から祝福したします」





勇者「赤ちゃん……可愛かったなあ」

戦士(子供かあ。授かれたら儲けもんくらいに思ってるけど、)

戦士(生まれたら生まれたで幸せだろうな。その分大変だけど)

戦士(俺は兄弟が多すぎて、毎日戦争だったからなあ……)

戦士(もし授かれたとしても人数はほどほどにしておこう)

勇者「ちょっとだけ、怖くなくなったかもしれない。だって、将来が楽しみだから」

戦士「そっか。良かったよ」


紙芝居職人「……おや。懐かしい顔だ」

勇者「……お久しぶりです」

紙芝居職人「死んだと聞いていたが、とても信じられなくてね」

紙芝居職人「勘が当たったようだ。安心したよ」

紙芝居職人「君の……君達の旅の話を聞かせてくれないかね」

紙芝居職人「丁度、新しい芝居を書きたいと思っていたところだ」

この時作成された“瑠璃の国の姫と騎士”は後に絵本に編集され、
後世まで語り継がれる人気作となったが、それはまたいつかの話。




勇者「……不思議な気分だよ。もう二度と再会することはないと思っていた人と、」

勇者「またこうして話ができるなんて」

勇者「そして、心を閉ざしていたあの頃よりもずっと、笑顔で触れ合える」

勇者「これは全て……あなたのおかげ」

戦士「そんな……アルカさんが俺に力を与えてくれたからだよ」


――紅玉の国 プティア

英雄「この子俺の長男、アークイラ」

英雄長男「…………」

勇者「賢そうな子だね」

英雄「髪の色は俺に似ちゃったけど~、顔つきマリナそっくりでしょ~えへへえへへ」

戦士「家庭を優先しすぎて降格されたって聞いたけど大丈夫か?」

魔法使い「大丈夫じゃないわよ……まったくもう。すっかり腑抜けちゃって」

英雄「えへへ~」

魔法使い「昇進するまで二人目を作るのは見送りましょう」

英雄「えっ」

戦士(稼ぐためには働かなければならない)

戦士(しかし仕事を優先しすぎたらアルカさんの負担が大きくなってしまう)

戦士(俺はちゃんと両立できるのだろうか)

戦士(……できるかできないかじゃない。やるんだ)


英雄「今週中は、新年を祝う大きな祭りをやってるんだ」

英雄「宝石を贅沢に飾ったイルミネーションがほんと綺麗でさ」

英雄「二人で行ってきたらいいよ。あ、これ屋台の割引券。貰いすぎて使いきれないからさ」

戦士「お、悪いな。ありがとう」


――夜

戦士「……こりゃすごいな」

ルビーやサファイア等、様々な宝石が町中を飾って輝いている。

戦士「お腹空いてないか? 屋台で適当に何か買おうか」

勇者「そうだね」


戦士「栄えてるなー……俺の国とは大違いだ。すごくキラキラしてる」

勇者「あなたの国も豊かではあるだろう?」

戦士「貧しくはないけど……なんていうか、地味だ」

戦士「にしてもこれ美味いな……アキレスの奴いい国に住んでるな」

勇者「……いい時代だね」

勇者「人々が喜びで満たされ、脅威に怯えることなく日々を過ごすことができる」

戦士「魔族がいた頃は……祭りやってても緊張感を捨てられなかったなあ」

勇者「憎しみを忘れて、穏やかな心で見る世界は……綺麗だ」


戦士「ちょっと静かな所に行かないか。ずっと賑やかな所にいるのも疲れるだろ」



二人は町の中心部から離れた展望台から景色を眺めた。

戦士(他にもカップルの一組や二組いるだろうと思ってたが……俺達だけか)

勇者「……こうして見ると、町が天の川みたいだ」

真っ暗な草原の中で、王都とその付近の街道だけが激しく輝いている。

戦士「また来たいな、ここに」

勇者「その時は……子供と、一緒がいいな」

勇者「……………………」

勇者「……お願いがあるんだ」

勇者「キス、してほしい」

戦士「……わかった」


勇者「っ……」

勇者「触れるだけじゃだめっ!」

戦士「んぐっ」

戦士(し、舌が……痺れる……)

戦士(そういや俺キスの仕方知らないや……)

戦士(か、絡めればいいんだよな)

勇者「んっ…………」

勇者「ぷはっ…………はあ」

戦士(キスは甘いとはよく耳にするけど……こういうことだったんだな……すごい)

勇者「……あのね、私……キスするの、今ので、初めてだから」

勇者「ファーストキスは……あなたに捧げることができた」

戦士「俺も、ファーストキス……あなたに捧げられてよかった」


――南の大陸 ヘリオスの故郷

戦士父「長男だからって適当に育てすぎてすまなかった」

戦士父「だから家建てさせてくれ」

この地域では末子相続の風潮が強い。
末子以外は18の成人と同時に一定の財産を貰い、自立するのが一般的だ。

ヘリオスは成人した際は旅の途中だったため、まだ何も受け継いでいない。

戦士母「完成するまでうちで我慢してね」

戦士「しばらく同居になるけど……大丈夫?」

戦士「町の方で仮住まい探すこともできるけど」

勇者「こっちの文化を早く覚えたいから、ここがいい」

勇者「お世話になります」


国王「よくぞ戻ってきた」

国王「よし、お主はこの国の象徴として将軍に取り立てよう」

戦士「いやあのいきなり将軍になってもまともに仕事ができないと思うのです」

戦士「どうか下っ端から始めさせてください」

戦士(稼ぎのことを考えると将軍の話はおいしいんだが)

戦士(流石に俺は将軍なんてガラじゃない……)

国王「では褒美を授けよう。欲しい物はあるか」

戦士「いえ……特に……」

国王「相変わらず欲のない奴じゃのう……」

国王「何かしら褒美を授けさせてくれないと、ドケチな国だと悪評が立ってしまうではないか」

戦士「ひい……」

国王「住まいは決まったのか?」

戦士「現在設計を立てている途中でございます」

国王「ふむ。では住居の建設を手伝おう。英雄に相応しい立派な家にしてやろうぞ」

戦士「ええ……」


――――――――
――

戦士(仕事きっつ……)

戦士(同居生活が始まって一ヶ月……アルカさん色々我慢してるんじゃないかなあ)

戦士(お袋も押しが強い性格だし……)

戦士(この村じゃあアルカさんの肌の色目立つから好機の目で見られてストレスも溜まってるかもしれない)

戦士「あー……はあ」

戦士(大丈夫かなあ)

戦士「ただいまー」

戦士「あれ、妹達は?」

戦士母「二階に集まってワイワイやってるみたいよ」


妹1「お義姉さん美人だから何付けても似合う~」

妹2「これ! これ付けてみて!」

姉「ちょっとごついわねそれ。こっちのちょっと地味なやつの方がアイツの好みよ」

妹3「次はこれ着て!」

姉「いいわねそれ。露出の少ない服の方がアイツ喜ぶから」

妹4「おねえちゃん可愛い~」

末弟「かわいい!」

戦士「何やってんだ……」

妹達やアルカさんを着せ替え人形にして遊んでいた。
嫁に行ったはずの姉や上の妹までいる。

勇者「……ヘリオス。おかえりなさい」

勇者「この格好……似合うかな」

戦士「っ……」

戦士「似合ってるよ。とても」

姉「言ったでしょ。そういうのがヘリオスの好みだって」

勇者「ありがとう、お義姉さん」

戦士(なんで姉貴が俺の趣味知ってるんだよ……)


――――――――
――

戦士「……立派な家が建ったもんだなあ。たったの二ヶ月で完成したなんて信じられない」

戦士(俺の家とは思えない……そもそもこの家で俺はリラックスできるのか?)

戦士(ボロ屋育ちだからな……)

戦士(大体この家浮きすぎてる。地味な村にこんなでかい家目立ちすぎだって)

戦士(いかにも泥棒に狙われそうだ……)

勇者「わあ! 思い描いてた通りの間取りだ」

勇者「これだけ広かったら、いっぱい子供が生まれても大丈夫だね!」

戦士「……そうだな」

戦士(まあいいか。アルカさんにはいい生活してもらいたいし)

戦士(あとはこの家を守れるだけの稼ぎを得られるよう頑張らなきゃな)


――――――――――――
――――――――
――

戦士(あの後初夜を迎えて……意外とすぐエリウスができて)

戦士(妊娠がわかった時、アルカさん泣いて喜んでたなあ……俺もちょっと泣いたっけ)

戦士(んで子供が増えて昇進して増えて昇進して……)

戦士(嫉妬で嫌がらせはされるし部下が増える度に責任は重くなるし)

戦士(段々家庭のこと手伝えなくなるし……)

戦士(親族や近所の人達と手伝い合うのが普通の環境だったことにはかなり感謝している)

戦士「あー……隠居したい」

長男「この頃休日寝てばっかだね」

戦士「年取るとな……子供と遊んでやる体力なくなっちまうんだよ……」


戦士「おまえ今どのくらい稼いでるっけ?」

長男「それ言ったら父さんやる気なくすでしょ」

戦士「真面目に働いてるのが馬鹿らしくなるな」

三女「お父さん、肩叩いてあげる」

戦士「おー……すまんな」

次女「白髪ぬいたげる!」

戦士「いでっいでっ白髪はほっといてくれ!!」

次女「あきゃきゃきゃきゃ」

戦士(こいつらがいなかったらそれはそれで寂しいんだろうな)

戦士(今は……この騒がしさを味わっておこう)


回想 終

ここで一旦きり


赤ちゃんはどこからくるの?


長女「もしもし。そう、わかったわ」

ピッ

長女「兄さん、今日晩御飯作れる?」

長男「いいよ」

長女「ありがとう。今晩、お父さんとお母さん町でデートしてくるんだって」

長女「でも、私明日テストだから……助るわ」

長男「デートねえ。こりゃまた兄弟が増えるな」

次男「ねえ兄ちゃん、兄弟ってどうやって増えるの?」

長男「それはなアルバ、男の体がこうなってるだろ。んで女の人の体が……」

長女「ちょっと兄さん」


長女「もっと定番の……ほら、あるでしょ」

長男「……ああ」

長男「コウノトリが母さんの腹ん中に赤ちゃんをブチ込むんだよ」

次男「ええっ痛くないの!?」

長男「キンタマ蹴られる五千倍の痛みらしいぞ」

次男「うわあ……」

次男「あれ? でも……」

次男「じゃあなんでお父さんとお母さんがデートしたら兄弟が増えるの?」

長男「夫婦でお出かけしないとコウノトリに会えないんだよ」

次男「ああ、そっかあ」

次男「じゃあ、どうして子供は親と似てるの?」

長男「コウノトリが父さんと母さんから体の細胞を採取して子供を合成するんだよ」

次男「へええ! コウノトリってすごいんだね!」

次男「やっぱり兄ちゃんは物知りだなあ」


長男「……なあアルバ、おまえ、自分の名前に疑問を覚えたことはないか?」

次男「え?」

長男「『アルバ』って女の名前だろ」

次男「そうだね。男なら普通アルバンだよね」

長男「おまえ、実はコウノトリじゃなくてさ」

長男「アルバトロスって鳥に作られたんだぜ」

次男「アルバトロス?」

長女「ちょっと兄さん何言い出すの」


長男「だからおまえの名前はアルバなんだ。トロスという名の生き別れの双子の弟もいる」

次男「ええ!?」

次男「今トロスは何処にいるの!?」

長男「さあな……きっと、おまえを探してこの世界の何処かを旅してるだろうよ」

次男「そんなあ! 俺もトロスを探しに行く!」

長女「待ちなさいアルバ!」

次男「やだー行くー!」

長女「もう、兄さんたら!」

長男「まあ待てアルバ。迷子はその場でお母さんを待っていた方がいいって言うだろう」

長男「今飛び出したら余計会えなくなるぞ」

次男「そっかあ」


長男「ちなみにな、アルバ」

長男「アルバトロスって鳥は、現代語でなんて名前になってるのか知ってるか」

次男「知らない」

長男「アホウドリだ」

次男「えっ……」

長男「だからおまえちょっとアホなんだぞ」

次男「…………」

次男「うわあああああああああああああああああああん」

長男「あひゃひゃひゃ」




戦士「おまえまたアルバをからかって遊んだだろ!」

次男「ううぇ……ぐずっ」

長男「え、あ、ごめんなさい」

戦士「ヘラヘラするんじゃない!」

長男「ヒィ!」

次男「えぐっえぐっ」

戦士「まったくおまえは! 一体誰に似たんだ!」

長男「息子がこんなんじゃ安心して母さんとデートできないねははっ」

戦士「っなんだその態度は!!!!」

長男「ひっ」

長男「ちょ」

長男「あの父さん」

長男「ごめんなさ」

長男「うわあああごめんなざあ゛あ゛ああああああああああああああああい」

この後滅茶苦茶説教された。


おしまい

アルカは子供ができて自然とああなった感じなので豹変した決定的瞬間とかはないです申し訳ない

需要がある話はもしまとめることができたら投下するかもしれません
初夜はここじゃ投下できないので続編スレが余ったらそっちでやるかpixivでやるかします……申し訳ない


詩と占い


詩人「またしても残念な美形ランキング1位か……」

アポロン君は大学の廊下の掲示板に張り出されたミスターコンテストの結果を眺めていた。
毎年学園祭の時期になると、勝手に誰かがアンケートを取り出してミスコンやミスターコンを行っている。

本人が参加しようと思わなくとも、勝手に投票されてしまうのだ。
彼が残念な美形ランキング1位に輝くのは、これで5回目。

入学1年目以来毎年のことである。

詩人「何故だ……何故僕が“残念な”美形1位なのだ……」

詩人「その上、普通の“美形ランキング”では8位……納得いかない……」

実際、アポロン君はとんでもない美形である。
しかし、プライドの高さからくる特殊な性格により“美形ランキング”では順位を下げてしまっていた。


詩人「おのれえええ!!」

アポロン君は地団駄を踏んだ。

道行く学生や教授達は、その彼を見て(ま~たやってる……)と、
ある者は白けた目を向け、ある者は生暖かい眼差しを送り、ある者は大して気にも留めず去っていく。


彼は容姿が優れているだけでなく勉学においても優秀である。
通常、大学に行くためには6年通うことになる上級学校をたったの3年で卒業している。

在学していたのは4年間だが、その内の約1年間は自分探しの旅に出ていた。

大学入学後も1年飛び級し、
大学院の1年生となった今でも、教授達からは大いに期待を寄せられていた。

「キャーもうたっくんったら~」

「あはは~」

詩人「…………」

彼は中庭でイチャついているカップルに般若の眼差しを向けた。

アポロン君にはもう1つ悩みがあった。
そう、彼女ができないのである。長続きしないと表現した方が正しいだろう。


容姿端麗、成績優秀。運動神経も抜群とまではいかないがそこそこ優れている。
こんな自分が残念なはずはない。モテモテで当然だ。アポロン君はそう思っていた。

実際、彼に憧れる女性はそう少なくはない。

しかし、彼女達は皆彼のプライベートな面を知らないのだ。
知らないからこそ容姿と実績で憧れることができるのだ。

詩人(告白されて付き合ってもすぐにフラれるのは一体何故なんだ)

彼にはその理由がわからなかった。
何故なら、彼の自己評価があまりにも高すぎるからだ。


詩人(ふん。こうなったら孤高の秀才として輝いてやろう)

アポロン君は開き直るのが得意である。

詩人(僕の魅力を理解しきれない者達と無理に群れを成す必要なぞない)

詩人(彼女なんてできなくてもいいさ。純潔を貫くのもいいだろう)

詩や物語にあるような、運命的な恋をしたい。
本当はそう思っていたのだが、彼は恋なんてしなくていいと意地になっていた。


カメラマン「もう少し柔らかく微笑んでくださいねー」

そしていつも通りモデルの仕事をこなし、アポロン君は帰路に就いた。



   「きゃあ!」



彼のすぐ近くを歩いていた女性が声を上げた。
自動二輪車に衝突されかけ、転んでしまったのだ。

詩人「怪我はないかね」

アポロン君は彼女に手を差し出した。


占術師「え、ええ……ありがとうございます」

詩人「便利な乗り物が普及したのはいいが、」

詩人「マナーがなってない者が多い上に法も整備されきっていない」

詩人「まったく困ったものだね。では僕はこれで」

占術師「あの……もしよろしければ、お礼にお茶をご馳走させていただけませんか?」

詩人「…………」

アポロン君は彼女の顔を漸く直視した。

詩人(非常に美しい。正に女神だ)

詩人(しかし色恋にふける気分ではない。帰ろう)

占術師「ご、ご迷惑でしたか? 申し訳ありません……」

アポロン君は罪悪感を覚えた。

詩人(この麗しき女性に恥をかかせたくはないな)

詩人「では世話になろう」


――洒落た喫茶店

詩人「ふむ。良い店だね。茶も美味い」

詩人「路地裏の奥にこのような喫茶店があるとは知らなかったよ」

大通りから少し離れているため、店内は静かだ。
木々が生い茂った庭には陽の光が差し込み、小鳥がさえずっている。

占術師「ここだと、落ち着いて占いをすることができるんです」

詩人「ふむ。君は占いが得意なのか」

占術師「ええ、アポロンさん」

詩人「僕の名を知っているのか」

占術師「ええ。有名ですもの」

詩人(そういえば、僕も彼女を見たことがあるような気がする)

詩人「学部生かね」

占術師「ええ。4年のカッサンドラ・ハイアシンスと申します」


詩人「4年生? ならばこちらも名前を知っていてもおかしくないはず」

アポロン君の本来の同期は現在の4年生であるためだ。

占術師「私、去年は病気で休学していたんです」

詩人「ああ、そういうことか。……カッサンドラ。神話では僕は君に求婚しているな」

占術師「そして、私は予言の力を与えられ……あなたに捨てられる未来を見てしまいます」

詩人「僕は君にフラれた腹いせに、君の予言が誰にも信じてもらえない呪いをかけた」

詩人「酷い話だ。僕はこの名を誇りに思っているし、名に恥じない人間になったつもりだ」

詩人「しかし神話のアポローンほどしつこくはないし腹いせを行うほど愚かではない」

一応事実である。アポロン君は気持ちの切り替えが早い。

詩人「不誠実な真似は嫌いなのだ」

占術師「真面目な方なのですね。素敵です」

詩人「!」

詩人(性格を褒められるなんて珍しいこともあるものだな)

詩人(いや、珍しくなぞないはずだ。僕は人格も優れている)

詩人(……本当にそうだろうか?)


占術師「あなたの今と未来を占いましょう」

カッサンドラが目を伏せ、タロットカードのデッキに手を向けると、
78枚のカードが宙を舞った。

詩人(珍しい。本物の占術師か)

この世界において、占いは大きく分けて3種類ある。

1つ目はただの迷信。2つ目は統計に基づいたもの。

3つ目は、霊力を用いた呪術的な占いである。
基本的に、生まれつき才能を持った者のみが使うことができる。

占術師「……1枚目。逆位置のクイーンオブワンズ」

占術師「負けず嫌いな性格のために、ご自分を苦しめているようですね」

詩人「まあ生まれつきだね。だがこの性格のおかげで自分を磨くことができている」

占術師「ええ。競争心は成長にかかせないものです」

占術師「あなたは何処へ行ってもきっと出世することができるでしょう。素晴らしいです」


占術師「しかし、常に“勝ちたい”という気持ちに心を支配されていると、」

占術師「本来進むべき道を見失ってしまいます」

占術師「人生は勝つことが全てではありません」

詩人「ふむ。君の言う通りだ」

アポロン君は彼女の言葉に心を揺さぶられた。
アポロン君の性格に関することを面と向かって言及する人物など滅多にいないからだ。

アポロン君は、その嫉妬心の強い性格から、ヒステリックな人間だと誤解されがちである。

そんな彼の機嫌を損ねたり、恨みを買うのが怖かったりして、
周囲の人々は必要以上に彼の内面について口に出そうとはしないのだ。

だが案外アポロン君は素直だ。
指摘された内容が正しければ己を顧みるし、納得いかなくともしばらくはそれについて考える。

占術師「そして、あなたの未来を予言する2枚目は……正位置のトゥーオブカップス」


占術師「あなたは素敵な恋をするでしょう」

占術師「そしてその恋は愛情に変わり、末永く続きます」

詩人「それは楽しみだ」



詩人(不思議な女性だったな……)

詩人(何故だか親しみやすかったし、こちらから距離を縮めたいと思えた)

アポロン君は屋敷に帰った。

「子供は田舎で伸び伸びと育った方がいい」という親の方針で、
幼い頃は隣村の小さな家で過ごしていたが、
彼の祖父はそこそこ地位のある貴族であり、いくつかの会社の経営も行っている。

上級学生時代は祖父母と同居し、そして18になったと同時に祖父が所有している屋敷の内の一軒を受け継いだのだ。

詩人(この僕相手に素直に自分の意見を話すことができるなんて、)

詩人(儚げな容姿からは想像できないほど己の軸がしっかりしているのだろう)

詩人(さらさらと流れる月の色の髪。この国の人間にしては白い肌)

詩人(連絡先を聞いておけばよかった)


――――――――
――

詩人(……会いたい)

教授「この頃貧乏揺すりが激しくないかね」

詩人「失礼」

詩人(落ち着かない……)

アポロン君はカッサンドラのことが気になって仕方がなくなっていた。

詩人(彼女と共にいる間は穏やかな気持ちになることができた)

詩人(この僕がだ)

詩人(常に競争心と他人への嫉妬心に支配されているこの胸が安らいだ)

詩人(図書館に行こう)

詩人(何か詩でも読めば少しは気も晴れるかもしれない)


――文学部図書室

詩人(やはり恋の詩集がいいな)

詩人(む。これは僕がついこの間執筆した本ではないか。そうか、仕入れたのか)

詩人(この図書室の管理人は優秀だな)

オルフェウス名義で出版している本はいずれも大ヒットしており、
アポロン君は学生でありながら生活に充分過ぎる収入があった。

占術師「あら、アポロンさん。こんにちは」

詩人「あっ……」

詩人「……図書室にはよく来るのかい」

占術師「ええ。いつも奥の席で本を読んでいます」

占術師「私はよくあなたを見かけていましたよ」

詩人「そうか。まあ僕は目立つからね。その場にいたらわかりやすいだろう」

2人とも図書室には頻繁に訪れている。

しかし、アポロン君はいつも考え事に夢中で、
ただ同じ教室にいるだけの人間のことはいちいち記憶に残してはいなかった。


詩人「おっと。大丈夫かね」

アポロン君はふらついたカッサンドラの体を支えた。

占術師「ああ、ごめんなさい。眩暈を起こしてしまいました」

詩人(病気で休学していたと言っていたな……今でも体が弱いのかもしれない)

詩人(妙に保護欲を掻き立てられる)

詩人「共に語り合いながら詩を読まないかね」

占術師「楽しそうですね。では、ぜひ」

本来は静かにしなければならない図書室だが、会話することを認められているコーナーがあった。
2人はその一角の席に座り、詩について語り合った。


詩人「君の知識量は凄まじいな……あらゆる神話のことを記憶しているとは驚かされたよ」

占術師「アポロンさんの歴史の知識こそすごいです」

占術師「歴史を知っていると、神話の見方が違ってくるんですよ」

占術師「神話はただの古い物語ではありません」

占術師「政治的理由により、時代と共に変化しているものです」

占術師「一億年前の原初神話が何故形を変えたのか、どのように利用されていたのかは、」

占術師「歴史に詳しくないと考察できないのです」

詩人「これからも知識を交換し合おうではないか」

それ以来、2人はしばしば顔を合わせるようになった。

毎回約束をするわけではなく、たまに図書室に来て、
もし会うことができたら話すという程度の気楽な付き合いだった。

場所が文学部図書室とは限らなかった。
全学部の学生が訪れる総合図書館で偶然会うこともあった。


後輩1「アポロン先輩この頃優しくならなかった?」

後輩2「ねー不気味ー。細かい気配りができるようになってる」

後輩3「薔薇のトゲが取れましたって感じよね」

後輩4「あんなのアポロン先輩じゃない」

アポロン君の精神状態は随分変化した。
他人を見下すことが圧倒的に減り、必要以上に他人に嫉妬することも少なくなった。

穏やかになったのである。
それを不気味がる人間が後を絶たなかったほどだ。


それからしばらくした頃。

男「今度食事行こうよ。この間占ってくれたお礼に奢るからさ」

占術師「……すみません、通してください」

占術師「私、そろそろ病院に行かなければいけないんです」

男「じゃあ送ってくよ。車買ったんだ」

占術師「ええと……」

男「ほら」

詩人「何をやっているのかね。彼女は困っているじゃないか」

男「おまえ、この頃彼女とよく一緒にいるようだな」

男「アポロン君、おまえは一体彼女の何なんだ」

詩人「この僕を『おまえ』呼びするなんて、随分自分に自信があるようじゃないか」

詩人「ちょっと背が高いからって調子に乗らない方がいいよ、ザン」

男「ほう、いくら顔が良くとも身長にはコンプレックスがあるようだな?」

詩人「口を慎みたまえ」

男の背は175ほどだ。そして、アポロン君の身長は169.9。
ギリギリ170に届いていない。彼はとにかくそのことを気にしていた。


詩人「とにかく引きたまえ。しつこい男は嫌われるよ」

詩人「行こうか、キャシー」

占術師「ええ」

男「…………あの男……!」



詩人「あいつと何かあったのかね」

占術師「この間、共通の知人に頼まれて、無料で彼の金運を占ったのです」

占術師「それ以来、よく食事に誘われるようになってしまって……」

詩人「ふーん?」

詩人「彼はこの間恋人に別れを告げられたばかりだ」

詩人「まだ心に平穏が戻っていないのかもしれない」

詩人「用心した方がいいだろう」


――――――――
――

男「やあ、アポロン君」

詩人「何の用かね」

男「あの時の問いの答えをまだ聞いていない」

男「おまえは一体彼女とどのような関係なんだ」

詩人「親しい友人だ」

男「ほう、友人か。ならば君に口を出される筋合いはないな」

詩人「ふーん?」

詩人「友人が困っていたら助けるのは当然だと思うがね」

男「恋は多少なりとも相手に迷惑をかけてしまうものさ」

男「最初はアプローチに戸惑っていた女性が、」

男「結局は相手を受け入れる……なんて話は何処にでも転がっているだろう」

詩人「それが彼女に迷惑をかけていい理由になるとでも?」

男「ああそうだ」

詩人「ふーん? ……ふーーーん?」

男「ヒィッ! その顔はやめろ!」


アポロン君の般若顔は、人の恐怖心と逃げようとする本能を刺激する。
睨まれた人間はまず腰を抜かしてしまうのだ。

詩人「まーーーーーー僕も彼女には恋をしているからね」

詩人「僕と君はライバルというわけだ」

詩人「まっ、僕の方が圧っっっっっっ倒的に有利だと思うけどぉぉぉ?」

男「ほう? 女と長く続いた試しのない割には自信があるな?」

詩人「いつまでも未熟な僕ではないよ????」

男「なっ……」

詩人「何を驚いているのかね」

男「いつものおまえなら『僕の魅力がわからない女性が浅はかなのだ』と言うところだ」

詩人「カッサンドラが僕を変えてくれたのさ」

男「……君には負けたよ。じゃあな」

詩人「随分素直だね?」


男(なああああああああんてなあ)

男(正面からあいつを敵に回すと面倒だからな)

男(引いたフリをしたのだ!)

詩人(引き際が良すぎる。怪しいな……)




占術師「この頃、ザンさんから毎日恋文が送られてくるの」

占術師「大学の帰りも、いつも張り込まれていて……」

友1「熱心ね~、それくらい好かれてるってことでしょ?」

占術師「でも、不自然に鉢合わせすることが多くて」

友2「怖いねそれ」

カッサンドラの穏やかな人柄を慕う友人は年齢・学年問わず多い。
1年休学しても茶飲み友達がいなくなることはなかった。


友3「アポロン先輩よりマシじゃない?」

友4「ザン先輩って顔は普通だけど、彼女をとっても大事にするって評判だったしね」

友1「アポロン先輩選ぶよりずっといいよ」

友2「……アポロン先輩はね~……ほら、性格アレだから。絶対苦労するよ」

友3「彼女とっかえひっかえで長続きした試しがないってもっぱらの噂だし」

占術師「…………」

男「…………」

ザンはその様子を柱の陰から見ていた。

男(こっそり悪い噂を流すまでもなかったな…………)

占術師「でも彼、ちょっと不器用なだけで根は悪い人じゃないわ」

占術師「それに、とても楽しい人なの」

友1「まあ確かにある意味面白いけど」

友2「あなたってほんと人のいいところを見つけるの得意よね」

友2「短所も長所に言い換えちゃうんですもの」

男「やあカッサンドラ。もうすぐ4限が始まるよ。行こう」

ザンは4限の授業のティーチングアシスト、すなわち教授のパシリを務めていた。

占術師「あの……自分で行きますから」

男「体の弱い君が1人で教室に向かって倒れでもしたら大変だ。付き添うよ」

友1「あら、紳士だわ」

友3「優しいのね」

友4「お言葉に甘えたら? キャシー」

占術師「……困ります!」


カッサンドラはその場から走り去った。

男「ははは、照れさせてしまったようだ」

男「ああいったタイプの子はシャイだからね」

友2「あの子、見た目に反して意思表示が強いですよ」

友2「意外とって言ったらあの子に失礼ですけど、流されにくいんです」

友2「本人嫌がってるみたいですし身を引いてあげてください」

男「何を言っているのかわからんな。じゃあ俺は彼女を追いかけるよ」



占術師「はあ、はあ」

占術師(少し走っただけで、こんなに疲れてしまうなんて……まだ教室は遠いのに)


後輩2「アポロン先輩、キャシーがあそこで息切らしてますよ」

詩人「む……行ってくるよ」



男「やっぱり1人で出歩くのは危ない。ほら、肩を貸そう」

占術師「いやああ!」

男「ああ、すまない。外で男と触れ合うのははしたないことだ」

男「慎ましやかな君が嫌がるのも無理はないね」

男「だけど俺達は運命の赤い糸で結ばれているんだ。さあ手を取って」

詩人「待ちたまえ。君は彼女を諦めたのではなかったのか」

男「俺はただ彼女を助けようとしているだけなのだが?」

詩人「運命の赤い糸がどうのこうのと聞こえたのだが????」

男「チッ……君は俺と彼女の邪魔をする悪魔だな」

詩人「この麗しき詩人を悪魔とは……呆れたものだな」

男「いい加減ナルシストを治したらどうなんだ、このチビ」

詩人「だぁれぇがぁちぃぃびぃぃぃだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁってぇぇぇぇぇぇぇ????」

アポロン君の顔が般若になった。いつもの5割増しの恐ろしさである。
辺りに闇が漂い狐火が舞い始めそうな気がするほどだ。

男「うわああああああああああ」


詩人「僕がキャシーを教室まで送る。授業中、決して彼女に妙なことをするなよ?」

男「ひぃぃぃ」

占術師「あの、アポロンさん」

詩人「心配要らないよ。僕はもう彼に容赦しないからね」

その後、ザンはティーチングアシストをサボった。
あまりにも恐ろしいアポロン君の顔がトラウマになり、寝込んでしまったのである。



プッツンしたアポロン君の行動は凄まじかった。
ストーカー男をストーカーし返し、ストーカーの証拠を掴みまくったのである。

詩人「ふふふ……最新のカメラ機能付き携帯機の恐ろしさを思い知るがいい」

そして、男の偽名を使って毎日恋文を彼の自宅に送った。

男「このままでは……後ろの処女を奪われてしまう……」

もちろん、収集したストーカーの証拠は国家憲兵に送り付けた。
ザンはカッサンドラへの接触禁止令を言い渡された。


男「この頃ずっと視線を感じるし、無駄にクオリティの高い変なポエミィな手紙は来るし……」

男「うぅ……」

男「あ、カッサンドラ!」

詩人「ふーん?」

男「ひっ……ど、どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって!」

男「だが恋は障害が多ければ多いほど燃え上がるものだ!」

詩人「諦めが悪いね。……ああ、そうだ。1つ教えておいてあげよう」

詩人「君のお父上が勤めている会社、僕のおじい様の孫会社なのだよ」

男「えっ……」

詩人「ではさらばだ」



占術師「彼、もう何もしてこないでしょうか」

詩人「大丈夫だと思うがね」

詩人(自分のではなく、おじい様の地位を使って脅してしまった。恥だ)

詩人(だが相手が相手だ。使える手段は使っておかなければ)

詩人(最優先すべきは彼女の安全の確保だ)


詩人「君はよく僕と交流を続けられるな」

詩人「僕が本気で怒った時の顔を見た者は皆僕から離れていくのだが」

占術師「まあ、そうなんですか」

占術師「頼もしいなって、思いましたよ」

詩人「そうか」

占術師「私のためにあそこまでしてくださって、本当に感謝しています」

詩人「まあ僕が勝手にやったことだ」

占術師「何かお礼をさせてください」

詩人「では1つ頼みを聞いてもらおうか」

詩人「恋の詩を聞いてほしい」


詩と占い 終

ここまで



※途中で転載するのは構いませんが、現行スレであることを明記してください
先に投下した話で敷いた伏線は後の話で回収し、続編スレでではなくこのスレ内で完結する構造になっているため、
転載されたところまででSSが終わっていると誤解されると困るからです


目尻コンプレックス


戦士「目尻がなあ……似ちまったんだよなあ」

ヘリオスは息子、エリウスの両目尻に親指を添えた。

戦士「この目つきのせいで怖がられたりとかしてないか?」

長男「むしろ切れ長の瞳でかっこいいって評判だけど」

戦士「あ……ああ……そうか」

戦士「全体の顔つきが違うだけでそこまで変わるのか……はあ」

先月十一歳になったエリウスは、母親似の美形で肌が白い。
学力も高く、飛び級に飛び級を重ねて現在は上級学校の最終学年に在籍している。

戦士「父さんがおまえくらいだった頃は、悪人面だって女の子に怖がられてなあ」

長男「父さん、自分で思ってるほど怖がられてなかったみたいだよ」

長男「こないだ聞いたんだけど」


――――――――

近所の奥さんA「ヘリオスったらすっかりいいお父さんになったわね~」

近所の奥さんB「こんなことなら義務教育生時代に仲良くなっとけばよかったわ」

近所の奥さんA「無理よ~あいつ女子とまともに話せなかったもの」

近所の奥さんC「不憫な奴だったわよね」

近所の奥さんC「自分が怖がられてると思い込んで卑屈になってたのよね」

近所の奥さんB「そりゃ最初は怖くても、」

近所の奥さんB「何年も同じ学校に通ってたら根はいい奴だってこっちも普通にわかるのにね」

――――――――

長男「って」

戦士「そ、そんな会話を近所の奥さん方が……」

戦士「俺の薄暗い少年時代は一体なんだったんだ……?」

長男「父さんとほぼ同じ顔のアルバだって女友達たくさん作ってるじゃん」

戦士「…………」


次男のアルバは、今日も外で大勢の友達と遊んでいる。
垂れ下がった眉以外はヘリオスの幼少時と瓜二つだ。

長男「目つきのことなんて大して気にする必要ないと思う」

戦士「……おまえの言う通りなんだろうな」

心のどこかに哀愁を覚えながら、ヘリオスは縁側から空を眺めた。

戦士「来年から大学行くつもりなんだろ。どの学部にするんだ」

長男「薬学部」

戦士「そうか。そこに進学して、どんなことやりたいんだ」

長男「植物と子供を作る方法を探す」

戦士「医学部は考えなかったのか」

長男「行きたい研究室があるのが薬学部なんだよ」

戦士「そうか。がんばれよ」

長男「馬鹿にしないの」

戦士「しないよ。父さんよりずっと賢いおまえのことを、なんで馬鹿になんてできるんだ」

勇者「あなたー、明日アポロン君が奥さんと遊びに来るってー!」

戦士「ああ……はあ。折角二日連続で休日が取れたってのに……」


勇者「クレイオーちゃんも一緒だって」

長男「ぅ…………」

戦士「エリウス、明日植物園行かないか」

長男「行く!」

エリウスの目が輝いた。植物好きの少年にとって、植物園はまさに楽園である。

長女「お兄ちゃんが行くなら私も……」


翌日

ヘリオスはエリウスとアウロラを車に乗せて平原を走った。

長女「お父さん、アポロンさんのこと、苦手なの?」

戦士「なんつうかな……」

戦士「父さんには到底理解できない難しいことをアポロン君夫妻と母さんが話してると、」

戦士「仲間外れにされてる感じがして寂しくてさ」


長女「お兄ちゃんは、クレイオーちゃんのこと苦手?」

長男「あいつマジウザい」

戦士「そういう言葉使っちゃ駄目だぞ」

長男「……ごめんなさい」

戦士「ほら、着いたぞ。降りろ」

長男「早く! 早く行こ!」

戦士「服を引っ張るんじゃない」


受付「武器は預からせていただきまーす」

受付「園内一周クイズをしているので、ぜひ挑戦してみてくださいね!」

長女「お兄ちゃん、あのお花なあに?」

長男「ハリエンジュ」

長女「あれは?」

長男「カルミア」

長女「あ、あのお花かわいい」

長男「レンゲソウだ」


長女「あそこ、実が生ってるね」

長男「フェイジョアはおいしいよ」

戦士「売店で売ってたな。帰りに買うか」

長女「いいの? ありがとう、お父さん」

警備員「あのーちょっといいですかね」

戦士「はい」

警備員「その子達は一体何処から誘拐してきたんですか?」

戦士「はい?」

警備員「事務所まで来ていただけますかね」

戦士「あの」

女性職員「怖かったねーもう大丈夫だよ」

長男「え?」

長女「お父さんを何処に連れてくの!? お父さん!!」

女性職員「可哀想に……そう呼ぶように脅されてるのね」

戦士「あのー……ほんとに親子なんですが……」

警備員「人種が違うのに親子を装うなんていくらなんでも無理がありますよ」

女性職員「こんなに怖ーい悪人面の男の人に攫われたら逆らえないよね……」


園長「何事かね」

警備員「不審者を発見いたしました!」

園長「ふむ」

戦士「…………」

園長「ばっかもおおおおおおおおおおおおおん!!!!」





警備員・女性職員「「ずびばぜんでじだ」」

戦士「はあ、まあ、誤解が解ければそれでいいんですよ……ふう」

園長「常連さんになんたる失礼を……まったく」

長女「ぐずっ……お父さん変な人じゃないもん……」

長男「…………」


長男「アルバを連れてきたらよかったね」

戦士「まったくだ……」

長男と長女は北方人種の血を濃く受け継いでいる。
鋭い魔感力の持ち主でない限り、初見で親子だと言われて納得する方が難しいだろう。

園長「このところ、美少年や美少女を狙った事件がこの町で多発しておりまして」

園長「職員の警戒心が高まっていたのです。本当に申し訳ない」

戦士「お気になさらないでください」

戦士「我々兵士も似たようなミスをすることはありますし」

気にしていない体を装っているが、ヘリオスの精神的ダメージは少々大きかった。

強面であることへのコンプレックスを刺激されてしまったからだ。
親子だと思われないことは多くとも、いきなり不審者扱いをされるのは稀だった。

園長「お詫びと言ってはなんですがこちらをどうぞ」

園長「うちの園で採れた木の実や野菜です」

戦士「ああ……助かりますよ。なんせ子供が多いものですから」


戦士「…………」

長男「園内一周クイズ、行ってきていい?」

戦士「ああ。……父さんはそこの喫茶店で休んでるからな」

戦士「なんだか……どっと疲れが……」

長女「お兄ちゃんについてくね」

戦士「離れるんじゃないぞー……はあ」




クイズ係1「世界で一番長生きな木は?」

長男「アクアマリーナの大樹」

クイズ係1「せーかい! スタンプ一個プレゼント!」


クイズ係2「これはなんの木の樹皮でしょーか!」

長男「ポプラ」

クイズ係2「正解! じゃあこれは?」

長男「デザートローズ」

クイズ係2「せ、正解……では三問目!」

長男「オコティージョ」

クイズ係2「四問目と五問目!」

長男「ジャイアントセコイアとセンペルセコイア」

クイズ係2「ぜ、全問正解です……」

長女「お兄ちゃんすごーい!」


クイズ係2「ライオンゴロシの異名を持つ実を二つ挙げよ」

長男「ウンカリーナとハルパゴフィツム・プロカンベンス」

クイズ係2「即答……!? じゃあ、デビルズクローという異名を」

長男「プロボスキディアとハルパゴフィツム・プロカンベンスでしょ」

クイズ係2「…………」

長男「正解してるよね。スタンプちょうだい」

クイズ係2「も、もっと難しいの出しちゃうぞー!」

――――――――

喫茶店店長「誘拐犯に間違われたんですって~!? あははは!」

喫茶店店長「流石ヘリオスさんねえ」

戦士「……はあ」

喫茶店店長「当分この園の笑いの種になっちゃうわね~」

喫茶店店長「魔王を倒した英雄をフフッ犯罪者扱いフフッ」

戦士「……はあ」

喫茶店店長「溜め息多いわよ~」


戦士「ご馳走様でした」

喫茶店店長「あら、もう行くの?」

戦士「やっぱ心配なんで子供の様子見てきます」

――――――――

クイズ係ラスト「スターアニスとよく似たこの木の実、なーんだ。ちなみに毒があるよ」

長男「シキミ」

クイズ係ラスト「そ、その有毒成分は!?」

エリウスはクイズ係が持っていた木の実を食べた。

クイズ係ラスト「わーっ食べちゃだめぇーっ!」

長男「主にアニサチン、イリシン、ハナノミン」

クイズ係ラスト「あぁ……」

長男「気絶しちゃった」

長女「びっくりしちゃったみたいだね」

長女「人前で毒のある植物食べちゃだめだよ、お兄ちゃん」

長男「うん……」



汚男「ぐへへ……」


園内放送「快挙! 激ムズクイズラリーを制覇した少年が現れました!」

長女「全問正解だったね」

長男「景品多すぎ」

長女「キョウチクトウの苗、もらえてよかったね」

長男「うん」

汚男「そこの君達……ちょっと一緒に来てくれないかな……」

長女「ひゃ……」

長男「…………」

汚男「ちょこっと写真撮らせてくれるだけでいいんだよ……」

汚男「スゴイコトはしないよ、性犯罪防止結界に邪魔されちゃうからね」

汚男「だから安心して」

長女「に、逃げなきゃ」


長女「景品持ったままじゃ早く走れないよお兄ちゃん!」

長男「この子を置いて逃げるくらいなら戦う!」

長女「だめだよ、お兄ちゃんの謎魔法、危ないから人に向かって使っちゃだめなんだよ」

長男「自衛のためなら別だ」

汚男「ボク、10歳くらいかな? 大人の男には勝てないよ」

長男「…………」

警備員「うわあ! マジモンの変質者だ!」

警備員「つつつ通報しなきゃ! それとも子供達の救助が先かなあわわわ」

汚男「これ、何かわかるかな? ナイフだよ、ナイフ。大人しくしててね~」

警備員「兵士さん呼ぶには番号なんて打てばよかったんだっけええええ」

長男「近づくな。おまえまともに風呂入ってんのかよ」

汚男「そのまま動かないでね~」

長女「いやぁぁ……」

長男「それ以上近づいたら……」


汚男「うぐふっ!?」

汚男「あっあがっうぎゅががが……」

警備員「へ、変質者が蹲った!? 今の内に拘束し……うわあ」

警備員「吐きながら下痢漏らしてる……」

警備員2「な、何が起きたんだ?」

長男「さっき食べたシキミが役に立ったね」

長男「シキミの中毒症状は嘔吐、下痢、痙攣」

長男「俺の謎魔法やっぱり便利」

長女「うわあ……」

エリウスは食べた植物の成分を自分の魔力に溶かし、自在に操ることができる。
シキミの有毒成分を溶かした魔力を犯人の体に流し込んで撃退したのだ。


戦士「おいおまえ達、何事もなかった……わけじゃなさそうだな」

長女「うわあああああんおとうさあああああん!!」

抱きついたアウロラをヘリオスは抱き返した。

戦士「おーよしよし、怖かったな」

兵士「通報があったのかここか!?」

兵士「犯人はいかにも悪人面なおまえだな!!」

戦士「えっ」

兵士「その女の子を放せ!」

戦士「いやあの」

長女「ふえええええええええええええええ」

兵士「泣いてるじゃないか! この鬼畜な変態め!! 現行犯逮捕だ!!」

戦士「違うんだーーーーーーー!!」


――――――――
――

戦士「……ということがあったんだ」

勇者「大変だったね」

戦士「……はあ。美形じゃなくても、せめて人から怖がられない顔つきだったらな……」

次男「あかるーい雰囲気出せば怖がられないよとーさん!」

戦士「俺はおまえほど器用じゃないんだよ……」

戦士「もうそろそろ寝ような」

次男「うん! おやすみー!」

次女「ばんばばーん!! おねんねだあ!」

勇者「エル、アウロラを守ってくれてありがとね」

長男「おやすみ」

長女「お父さん、お母さん、おやすみなさい」


ヘリオスは1歳になったばかりの三女の寝顔を眺めた。

戦士「姉貴そっくりなんだよなあ……」

戦士「おまえもアルバ兄ちゃんみたいに器用に育ってくれよ……」

美形に生まれなかった娘を憐れみ、そして自分の不器用さを嘆く。

勇者「…………」

勇者「私ね、そんなあなたが大好き」

アルカは後ろからヘリオスに腕を回した。

戦士「…………」

こんな人生もいいかな。愛してくれる人がいるんだから……と、
ヘリオスは温もりに感謝した。

戦士(明日の仕事も頑張ろう)


目尻コンプレックス 終わり


俺の名は片玉のジョナス。クラスを代表する悪ガキだ。
今日、俺は悪ガキ仲間と、その他スケベなクラスメイト数名でちょっとイケナイコトを計画していた。

教室にエロ本を持ち込んだのである。そして見事、放課後まで教師共に隠し通すことに成功した。
ふひひ。いつもよりニヤついた男共が教室の隅に集まってきたぜ。

「このねえちゃんおっぱいすげえな」

「腰のラインがたまんねえぜ」

「ああ~この唇に息子押し付けてえ」

男共は次々と欲求を口に出した。小声でだ。

悪ガキ「おいヘリオス、おまえにもこれ見せてやるからこっち来いよ」

俺は机に座っているクラスメイトに声をかけた。
ヘリオスは真面目だがガリ勉ではない。

それなのに教室に残って宿題をやっているのは、自宅が騒がしくて勉強なんてとてもできる環境じゃないからだそうだ。
兄弟が多い上に家が狭い奴は大変だな。

自分の部屋がねえなら一体いつどうやってオナニーするんだよ。


戦士「え……いや、俺はいいよ……」

と言いつつも、奴は明らかにエロ本に興味を示している。

俺は無理矢理奴の目の前でエロ本を広げた。
色っぽいねーちゃんの絵が数枚並んでいるページだ。

戦士「ムラムラすると勉強に集中できなくなるだろ……」

悪ガキ「別にいいじゃん。なあ、おまえどのねーちゃんが好き? やっぱこの胸出してるねーちゃんだよな?」

戦士「えっと…………これ」

奴が選んだのは、見開きの中で最も露出の少ないねーちゃんだった。
美人だがあまりエロさは感じられない。


悪ガキ「なんで? 照れてんのかよ」

俺はニヤニヤしつつ理由を訊いた。他の連中も不思議そうにしている。

戦士「いや、だってさ……着てる方が……これからの楽しみがあるだろ? 隠してる感じがたまらないし……」

ヘリオスは至って真面目な表情のまま答えた。

悪ガキ「……見えそうで見えないとかならまだ理解できるんだが」

戦士「全部隠れてる方が楽しみが増えるだろ?」

悪ガキ「ええ……?」

戦士「それに、絵相手にこんなこと言うのも変だけど、脱いでるってことは既に他の男に見られまくってるわけでさ……なんか嫌じゃん」

俺達の顔からニヤニヤが消えた。

悪ガキ「ヘリオスおまえ……意外と独占欲強そうだな」

その日からヘリオスのあだ名はムッツリ着衣フェチマンになった。

滞ってますが絶対完結させます……

こっちは多分成人向けページのリンクを貼るのもアウトだと思うので、続編スレの>>677に初夜のシーンへのリンク貼りました


少年と緑ノ精霊王

ある春の日 1

少年「今日からあなたの話し相手に任命されました」

精霊王「おまえ名前なんだっけ」

少年「エレクトロノスっす、イウス様」

精霊王「あーそうだったわ、おまえの名付け親俺だったわ」

精霊王「エレク……トロノス……よし」

精霊王「あだ名はとろろな」

少年「そんなおろした山芋みたいな」


精霊王「俺話し相手寄越せなんて要求したっけ?」

少年「『暇だー人間の話し相手ほしー』というあなたの愚痴を聞いた町長が気を利かせたらしいです」

少年「ついでに供物を届ける係も押し付けられました」

精霊王「そりゃ災難だな」

少年「ほんとっすよ」

精霊王「正直な奴だなおまえ」

少年「まあ暇な次男なんでいいですけどね」

精霊王「おまえが手に持ってる奴何?」

少年「本日の供物っす。ヨモギと米を練り合わせたお菓子らしいです」

精霊王「うめえ」

少年「…………」

精霊王「なんだその顔は」

少年「植物の精霊も人の食べ物を食べるんだなあと」

精霊王「共食いとか言うなよ」


精霊王「俺並の大精霊様となると、実体化なんて全く難しくもないし、」

精霊王「人間の感覚だってちょちょいのちょいと再現できてしまうのだ」

少年「はあ」

精霊王「なんたって樹齢七千年だからな」

少年「そっすか」

精霊王「ちなみに精神体のママは正義の女神ユースティティアだ。すごいだろう」

少年「そっすね」

精霊王「女神ユースティティアが一本の木に宿した生命の守り主。それが俺」

精霊王「このイウス=スマラグディ様を畏れよ崇めよ讃えよ」

少年「はあ」

精霊王「おまえリアクションのパターン少ないって言われないか」

少年「いえ別に」


精霊王「おまえ次男ってことは将来何するか考えてんの?」

少年「跡取りのいない家に婿にでも行けたらなと」

精霊王「へー、知り合いに男兄弟のいない女の子はいんのか?」

少年「いるっちゃいますが」

精霊王「その子のこと好きか?」

少年「……彼女は俺なんて選びませんよ……はあ……」

精霊王「俺はおまえの気持ちを聞いてるんだが」

少年「…………」

少年「帰りますね」

精霊王「よもぎ餅一個やるから待てや」


精霊王「男は! 堂々と! 勇ましく!」

精霊王「女の子が安心して身を任せられるような! そんな態度であるべきだ!」

精霊王「卑屈な奴に惚れる女なんてまずいねえぞ」

少年「…………」

精霊王「植物といえども俺は何千年も人間と暮らしてるんだ」

精霊王「たったの十数年ぽっちしか生きてないおまえよりも人間について詳しい自信あるぞ」

精霊王「今度会ったら後ろからそっと抱きしめて『Te amo』(=I love you)と囁いてやれ」

少年「俺そんなことするキャラじゃないっす」

精霊王「恥ずかしがるな」

少年「そういえば精霊って恋愛したりするんすか」

精霊王「する奴もいるが、生命のほとんどは自分と同種且つ同レベルの相手とくっつくだろう」

精霊王「しかし俺と同じ種類で同レベルの精霊なんてまず生まれねえんだよ」

精霊王「だから俺に関してはしたくてもなかなかできない」

精霊王「できねえんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

少年「はあ、そっすか……」


精霊王「イライラムラムラしてきたから俺の花粉ブン撒いてやる」

少年「近くに生えてる雌株がたくさん妊娠しそうっすね」

少年「実が生ったら収穫していいですか」

精霊王「種はちゃんと埋めてくれよ俺の子供だからな」

精霊王「そうだ、実の美味い食い方を教えてやろう」

少年「実の部分食べられてもグロいとか思わないんすね」

少年「同族を食べられるのってけっこうショッキングだと思うんですが」

精霊王「そりゃ実は誰かに食べてもらうためのもんだからな」

精霊王「第一そんなの気にしてたら植物なんてやってらんねーよ」

少年「植物から作った食べ物食べるくらいですもんね」

精霊王「人間だって飢餓状態になったら人間食うんだぞ」

少年「ひいっ残酷な話はやめてください」

精霊王「まあとにかく生命に感謝して食ってくれれば別に文句はない」


精霊王「人間に食べられることで共生し、確実に子孫を残す道を選んだ植物は少なくない」

精霊王「毒持って食われないようにしてる奴も多いけどな」

少年「そっすね」

精霊王「毒草を悪用するんじゃないぞー、そんなことしたら精霊が怒るからな」

少年「そうなんすか」

精霊王「つっても毒草と薬草は紙一重だからな」

精霊王「一般的に毒草と認知されている草でも、使いようによっちゃあ人間の助けになる」

精霊王「正しく生命をいただくんだぞ」

少年「はい」

精霊王「たまにいるんだよなー俺が人間に教えてやった知識を悪用する奴ー」

精霊王「おまえはそんなことしねえだろうけど」
少年「はい」

少年「まあうっかり山菜と毒草間違えたりしなきゃいいんですが」

精霊王「少しでも不安になったら俺に見せに来い。確認してやる」

少年「あざます」


少年「そろそろ帰るっす」

精霊王「そうだ、俺の花一枝持ってけよ」

精霊王「おまえの母ちゃんさ、若い頃よく俺の花を見に来てはしゃいでてさ」

精霊王「可愛かったなあ~……」

少年「家のすぐ傍に同じ種類の木生えてるんで要らないと思うっす」

精霊王「こういう時はありがたく頂くのも礼儀だぞ」

少年「はあ、そうなんすか。失礼しました」

精霊王「まあどうでもいいや。また来いよとろろ」

少年「はい、イウス様」

ここまで
むかしむかしのお話


ある春の日 2

精霊王「おいとろろ、小麦粉と水と塩持ってこい」

少年「はい」

~~~~~~~~

ドンドンドンドンドン

少年「何を作ってるんすか」

精霊王「まあ待ってろ」

ドンドンドンドンドン

精霊王「うーむ……しばらく寝かせるか」

少年「パンの生地……ですか?」

精霊王「俺は新たな食を追求しているのだ」

少年「はあ」


少年「あそこにたくさん並んでる壺は一体なんですか」

精霊王「俺が開発した調味料」

少年「独特なにおいがしますね……」

精霊王「食品開発が趣味でな」

精霊王「この町の名物として売り出せば儲かるだろう」

少年「今のところ調子はどうなんすか」

精霊王「微妙」

町人「イウス様ー、木材がほしいのですが」

精霊王「あっちの森、木が増えすぎてるから適当に間引きしてくれ」

精霊王「どの木を伐ればいいかは現地の精霊が教えてくれっから」

町人「わかりました!」

少年「…………」

精霊王「なんだその感心しているような顔は」

少年「ちゃんとこの辺りを治めてくださっているのだなと」

精霊王「おまえは俺を一体なんだと思っているんだ」


精霊王「森はある程度人の手で管理された方が栄える」

精霊王「というか、そうなるように創造神が作ったんだ」

精霊王「あらゆる生物が共存して豊かに暮らせるようにな」

少年「そうなんすか」



精霊王「もうそろそろいいだろう。さあて、この生地をどうしようか」

精霊王「焼くか燻すか別の形に変えるか」

精霊王「よし、切って茹でよう」

少年「うろの中に調理器具入れてるんすね」

~~~~~~~~

少年「太い紐みたいな形っすね」

精霊王「試食してくれ」

少年「味がないです。何かソースでも付けたいっすね」

精霊王「うーむ……調味料を適当に調合してみるか」


少年「このスープに浸けて食べるのが一番おいしいっす」

ちゅるちゅる

精霊王「うむ、美味だ」

精霊王「ドンドンと打ちつけて作ること、そしてつい『うっ』と唸ってしまうほど美味であることから、」

精霊王「俺はこれを『うっどん』と名付けようと思う」

少年「『うどん』の方が言いやすくないですか」

精霊王「うどん」

少年「うどん」

精霊王「よし、採用だ」

精霊王「じゃあ、おまえみたいな継ぐ仕事のない次男三男を集めてきてくれ」

少年「人使い荒いっすね……」


~数週間後~

「いらっしゃいませー!」

「新たな主食“うどん”! うまいよー!」

「一口ちゅるっと吸ったらもうたまらない!」


少年「ちわっす」

精霊王「よう、とろろ」

少年「うどん屋、繁盛してるみたいですよ」

精霊王「ふふふ。流石俺がオーナーを務めているだけあるな」

少年「『路頭に迷う長男以外の男が減った』とみんな感謝しているそうです」

精霊王「こうやって仕事を与えるのも俺の役目だからな」

少年「とろろ芋をかけて食べるのもいいっすね、うどん」

精霊王「共食い……」

少年「俺は芋類じゃないです」


ある夏の日

少年「木の傍に小屋建てたんすね」

精霊王「人間のようにベッドで寝たいと思ってな」

精霊王「建物の中にいるのって落ち着くんだな。なんかほっとする」

精霊王「そういや今日いつもより来るの遅かったな」

少年「母さんの家事を手伝っていたんで遅れました、すみません」

精霊王「そうかー別にいいぞー」

精霊王「母さんかあ……いいなあ……」

精霊王「おかーさん……」

精霊王「おかあああさあああああああああん」

少年「ひえっ」

精霊王「お母さんに会いたいー!!」


精霊王「体の両親はとっくの昔に枯れてるしー!」

精霊王「ユースティティア母さんはいつの間にか会いに来てくれなくなったしー!」

精霊王「神様辞めてからもたまに精神だけ抜け出して会いに来てくれてたのにー……」

少年「はあ」

精霊王「よし、神殿作ろう」

少年「へ?」

精霊王「神は永遠を生きることに飽きて死すべき者へと転生した!」

精霊王「しかーし! 神を祀る神殿を建てて祈ることで!」

精霊王「神としての精神体を呼ぶことができるのだ!!」

町人「大変ですイウス様!」

精霊王「どうした」

町人「帝国軍が侵攻しようとしているとの情報が!」

精霊王「あーちょっと待ってねー精霊達に位置特定してもらうから」

精霊王「こりゃ丁度いいや。ちょっとボコッてくる」

少年「え、丁度いいって何が……ああー行っちゃった」


――――――――

精霊王「緑ノ精霊王・イウス=スマラグディの地と知っての狼藉か!」

兵士1「植物の精霊って本体から離れられないんじゃなかったのか!?」

兵士2「待ってまだ俺達誰も殺してない」

帝王「精霊如きが何の用だ」

帝王「帝国の支配下にさえ入れば剣は抜かんぞ」

精霊王「随分と舐められたものだな……」

精霊王「帝国がこの私の支配下に入るがよい! ふはははははは!!」




      ギャアアアアアアアア…………



――――――――


精霊王「働け働けー! 剣持つくらいなら石運べー!」

精霊王「ぎゃははははははは」

少年「軍隊を労働力にしたんすか……」

精霊王「さて、俺も作業するか」

少年「なんすかその白くてでかい石」

ガリッガリッ

コッコッコッコッ

精霊王「母さんの像作るんだよ」

精霊王「俺の母さんほんと綺麗でさあ美人でさあ優しくてさあ」

少年「はあ、大好きなんすね」

精霊王「おまえもお母さん大事にしろよな」

少年「はい」


数ヶ月後

精霊王「建築ご苦労」

帝王「はい……」

少年「普通10年以上かかるもんじゃないですかねこれ……」

精霊王「そりゃ精霊達にも手伝ってもらったからな」

精霊王「俺が彫った像を設置して完成だ」

精霊王「そして祈る」

帝王「おお、神々しい光が差し込み始めたぞ」

女神「ちょっとイウス」

精霊王「おがあ゛ざあああああん」

女神「甘えん坊ねえ、まったく」

精霊王「な゛ん゛で゛会゛い゛に゛ぎでぐれ゛な゛がっだの゛」

女神「だってあんた、3000歳くらいの頃『もう来んな』って叫んでたじゃない」

精霊王「反抗期だっだんだよ゛おぉぉ」

帝王「人間くさっ……」


精霊王「ほら見てよ、この像俺が彫ったんだよ。母さんそっくりでしょ」

女神「よくできてるわねえ」

女神「ちゃんと生命を守ってるのね、偉いわ」

精霊王「うん」

女神「寿命が長くて寂しさを覚えることもあるでしょうけれど、」

女神「もうすぐ時を共にできる相手が現れるわ」

精霊王「ほんと?」

女神「私は正義の女神だったのよ。嘘をつくはずがないでしょう」

精霊王「嬉しいなあ……」

町人「あんなに子供っぽいイウス様を見るのは初めてだ」

帝王「俺もそろそろ故郷に帰って親孝行するかな……」


ある秋の日

少年「ぐすっ……うぅ……」

精霊王「何泣いてんだよ」

少年「フラれました」

精霊王「女の子に?」

少年「はい」

精霊王「よーしよーし詳しく話を聴いてやろうじゃあないか!」

少年「恋バナ好きっすよね、イウス様……」

精霊王「んでどんなフラれ方したんだ?」

少年「なんで一番つらい所から突いてくるんすかね……」

小精霊「――! ――!」

精霊王「そうかー、勇気を出して告ったのに『冗談言わないでよ』かぁ、きついなあ」

少年「精霊から情報聞くのやめていただけませんかね」


精霊王「まあ失恋を重ねて人は成長していくものだ」

精霊王「恋愛経験を積むことすら叶わない俺よりはずっと幸せだぞー」

少年「…………」

精霊王「葉は自らの色を赤や黄に変え、失恋の如く地へと落ちていく」

精霊王「しかーし! 春になれば新芽を出し再び緑が萌える!」

精霊王「そう、それは新たな恋の誕生のように!」

精霊王「即ち、恋も葉と同様新たに生まれるのだ。落ち込むなとろろ芋」

少年「そういえばイウス様って紅葉も落葉もしませんよね」

精霊王「おまえナチュラルに話をすり替える癖あるよな」

少年「あと俺は芋じゃないです」

精霊王「先にそうツッコんでほしかったんだが」


精霊王「葉っぱ全部落としたらハゲるみたいで嫌じゃん」

少年「生命の摂理に逆らってないですかね」

少年「イウス様と同じ種類の木はもうそろそろ葉っぱを落とし始めているでしょう」

精霊王「いいんだよ俺は大精霊パワーがあるおかげで落葉する必要ないんだから」

精霊王「ちょっと冬場の間だけ慢性疲労になるくらいで特に問題はない」

少年「はあ、まあいいですけど」

精霊王「見栄っ張りな奴だなあと思っただろ今」

少年「はい」

精霊王「おまえの正直なところ、好きだぞ」

少年「男に告白されても嬉しくねえっす」

精霊王「そういう意味じゃねえよ」

少年「わかってますよそのくらい」

精霊王「おまえ相当参ってんな」


少年「そういえば植物の精霊の大半は女性の形をしているって聞いたことあるんすけど」

精霊王「俺は雌雄分かれてる種類の木だし」

精霊王「美しさを理由に、雄株のくせに女の形してる奴もいるっちゃいるけど」

少年「植物にもオカマっているんすね」

精霊王「男装の麗人みてえな奴もいるぞ」

少年「はあ」

精霊王「そうだ、女の子紹介してやるよ。精霊だけどな」

少年「いらないです」

精霊王「まあそう言うなよ。こんな時は新しい恋を見つけるのが一番だぞ」

精霊王「おまえが告白した子って2丁目のイデアちゃんだろ?」

精霊王「似たような容姿の子知ってるし……あ、全然違うタイプの子の方がいいか?」

少年「それより何かおいしいもの食べたいっす」

精霊王「よし待ってろ。何か作ってやる」


精霊王「おまえんちの畑で採れた野菜でスープ作ったぞ」

少年「あざっす」

小精霊「――! ――!」

精霊王「え、マジ? そうかー……残念だな」

少年「どうしたんすか」

精霊王「精霊達は美少年や美青年にしか興味ないんだと」

精霊王「期待させてすまなかったなとろろ」

少年「期待してはいませんでしたがちょっと傷ついたっす」

少年「どうせ俺は地味ですよ……」

精霊王「なあチビ、ブサ専の精霊いたろ、ちょっと聞いてきてくれ」

小精霊「!」

少年「更に傷ついたんすけど」

小精霊「――!」

精霊王「そうかー……」

精霊王「おまえは不細工と言える顔でもないから恋愛対象外なんだと」

少年「なんの特徴もなく、目立つところもなく、生きた証も残さず、」

少年「俺はただ歴史の流れに消えていくだけの存在なんすよ……」

精霊王「目立つ奴の方が少ないから落ち込むなって」


少年「そもそも俺精霊と恋愛しようとは思ってねえっすから」

精霊王「種族違いの恋って燃えるだろ?」

少年「そういうあなたこそ人間に手を出そうとは思わないんすか」

精霊王「思わねえなー……可愛いなあと思うことはあるけど」

精霊王「別次元の生き物って感じでなあ」

少年「燃えてないじゃないですか、種族違いの恋に」

精霊王「他人の恋愛事情だからこそ興奮できるのかもしれねえな……」

少年「……はあ」

精霊王「……やっぱりイデアちゃん以外に興味わかねえか?」

少年「そりゃ失恋したてのほやほやですからね」

精霊王「よーし! 作戦変更だ!」

精霊王「イデアちゃんを振り向かせるぞ!」

少年「しつこくして嫌われるのが嫌なので嫌です」

精霊王「しばらく間を置けば大丈夫だ! その間に自分を磨け!」


精霊王「この石を見てろよ。この町の浜辺で拾ったもんだ」

精霊王「こいつをこうこうこう磨いてやると」

精霊王「じゃじゃーん! 綺麗なヒスイに大変身!」

少年「宝石の原石だったから宝石になれただけじゃないですか」

少年「原石でもなんでもないただの石ころは磨いたってただの石ころなんすよ」

精霊王「ただの石ころでも加工すれば便利な道具になったりするんだぞ!?」

精霊王「そう卑屈になるなって」

精霊王「せっかくエレクトロノスという立派な名前をもってんだから輝いてみろよ」

少年「あなたに身の丈に合わない名前を付けられたおかげでからかわれ三昧の人生なんすけどね」

精霊王「え、そうだったの」

精霊王「ごめん」


精霊王「いやおまえがその名に見合う男になればいい話だ! 前を向け!」

少年「ネガティブに陥ってる人間にポジティブを押し付けるのは逆効果って知らないんすか」

精霊王「それもそうだな……」

少年「…………」

精霊王「カタルシスって概念を知ってるか?」

精霊王「人は悲劇を見ることによって、己の中に鬱積した負の感情を解放することができるのだ」

精霊王「というわけで城下町でやってる悲劇でも観に行かねえか」

少年「余計落ち込みそうっす」

精霊王「確かに……」

精霊王「…………」

精霊王「こうなったらアタシがオンナになってあげる!」

少年「心底気持ち悪いです」

精霊王「ごめん」


少年「イデアは勝気で、男勝りで……」

少年「彼女には俺なんかより、もっと大人な男が似合うんです」

精霊王「…………」

精霊王「まあ、俺は七千年の間散々失恋した人間を見てきたが」

精霊王「大抵、失恋の傷は時間と主に癒されるものだ」

精霊王「今は泣いてすっきりするのもいいかもな」

少年「……ありがとうございます、俺のためにいろいろしてくださって」

精霊王「まあおまえと喋るの楽しいし、元気になってほしいからさ」

少女「エレクー、いるー?」

少年「あ……イデア……」

少女「ああ、よかった……ここにいたのね」

少女「……さっきはごめんなさい」

少女「私、あなたが私のような無駄に気の強い女を好きになるはずないって思い込んでたの」

精霊王「……あれ?」


少女「だからびっくりしてしまって……」

少年「い、い、いいよ、そんなの」

少女「あのね、私もほんとは……小さい頃からあなたのことが好きだったの」

少年「っ…………!」

少年「お、俺、」

少女「大好きよ、エレク」

少年「イデアー!」

精霊王「……………………」

精霊王「励まそうとがんばって損した」

精霊王「うわああああああん羨ましいーーーー!!」


ある冬の日

精霊王「くすん……」

精霊王「寂しい……どいつもこいつも冬眠しやがって」

柊精霊♂「俺等みたいな起きてる連中もいるじゃないですか」

精霊王「活気が足りないんだよー……」

松精霊「落葉広葉樹なんですからあなたも寝たらどうですか」

精霊王「俺が冬眠してる間にこの地に何かあったらどうすんだよ」

檜精霊「その時は私達が起こしますし」

精霊王「うーん……でも油断してたら葉っぱ落ちちゃうでしょ」

杉精霊「冬の間くらいハゲたっていいじゃないですか。ごくごく普通のことですよ」

精霊王「おまえらみたいな常緑樹に俺の気持ちなんてわからねえよ」


少年「イウス様ー、雪が積もって歩きづらい中、今日も俺は真面目に丘を登ってきましたよ」

精霊王「おっと、そこ踏むなよ。オオアレチノギクが生えてるだろ」

少年「え、これキクなんですか? 形が全然違うような」

精霊王「冬場は姿を変える草もあるんだよ」

精霊王「バラのような形の葉を広げていることから、これをロゼットと呼ぶ」

少年「勉強になりました」

精霊王「そのうち身分に関係なく入れる学校でも作りてえなー……」

精霊王「平民も勉強することで国力上げれるような気がするんだよなあ」

少年「権力者が嫌がりそうっすね」

精霊王「俺ならその権力者も黙らせられるし」

精霊王「だって俺人間よりずっと偉いもーん」

精霊王「まあ急に環境変えるのは危ないか……のんびりやろう」


精霊王「あー……毎年冬はつまんねえなあ体だりぃし」

少年「無理に葉っぱ維持してるからっすよね……肥料持ってきましたよ」

精霊王「さんきゅ。根元に撒いといて」

ボコッ バリボリ

少年「うわっ根っこが動いてる」

精霊王「土に染み込むのを待ってゆっくり吸収するのめんどいし」

少年「はあ、そういうもんすか」

精霊王「……そうだ、祭りをやろう」

少年「へ?」

精霊王「聞け、人間達よ! 熱気で雪を融かす勢いで祭りやるのだ!」

精霊王「特に意味はなく、ただ私のために! ただ楽しむためだけに!」

少年「寒くてみんな動きたがらないと思うんですが」

農民1「まあ冬は仕事なくて暇だしな」

農民2「たまには騒ぐのもいいだろう」

農民3「よーし適当に盛り上がるか!」

精霊王「やったー人間達が活気づいたぞー」

少年「ええ…………」


~夜~

松精霊「寂しさを紛らわすために変なことやり出したわね、イウス様」

檜精霊「まあいつものことでしょ……」

杉精霊「人も精霊も適当に混ざって踊っていいって」

柊精霊♂「人間の可愛い女の子でも漁るか……」

少女「エレク、一緒に踊りましょ」

少年「う、うん」

ドンチャカ ドンチャカ

精霊王「騒げ騒げー! ぎゃははははは」

少年(足はべちゃべちゃになるけど、雪の中火を焚いて、楽器を鳴らして踊るのって)

少年(けっこう楽しいな……)


少年「イウス様の気まぐれのおかげでイデアとの距離が縮まりました」

精霊王「え?」

少年「他にもカップルがたくさん成立しましたよ」

精霊王「え? え?」

少年「雪の中で踊るのがロマンチックだったんですごく盛り上がったんです」

少年「寒かったのも盛り上がった理由の一つっすね」

少年「ほら、お互い身を寄せ合って暖め合いたくなるじゃないですか」

少年「いや、流石に俺達は未成年なんで深い関係にまではなってませんが」

精霊王「…………」

少年「ありがとうございました」

精霊王「もう冬場の祭り禁止ー!!」

精霊王「寒いんだからみんなみんな家ん中に引きこもってりゃいいんだよー!!」

精霊王「あああああ俺も彼女ほしいいいいいいいいいい」


次の春の日

精霊王「ふひっ」

精霊王「ふひひひひひひははははははははは」

精霊王「うへへうへへ」

少年「うわあ、何ニヤついてるんすか」

少年「せっかくの美形が梅干しみたいになってますよ」

精霊王「彼女ができたんだよ!」

少年「え? よかったですね」

少年「でもその顔は彼女さんに見られないように気をつけた方がいいと思うっす」

精霊王「あっちの丘に生えてるスファエラ=ニヴィスちゃん!」

精霊王「もうめっちゃ可愛いのなんの」

少年「あなたと同じくらいのレベルの精霊が生まれたってことっすか?」

精霊王「うん」

精霊王「樹齢は十六なんだけど、女神の加護をつい最近受けたらしくってえ」

精霊王「あーもーかーわーいーいー」


精霊王「樹種は違うんだけどぉ、存在レベルは限りなく近いしい」

精霊王「大精霊会議サボってでも会いに行きたいくらい夢中になっちまった」

少年「大精霊会議なんてあるんすか」

精霊王「そうそう、たまに俺みたいな神に直接生み出された大精霊達で集まってんの」

精霊王「神様の代わりにこの惑星治めるのが俺等の役割だからさー」

精霊王「でも恋したらそんなのどうでもよくなる」

少年「しっかりしてください」

小精霊「――! ――!」

精霊王「え? シレンティウム=ラピスラズリィが『現を抜かすな』って怒ってるって?」

精霊王「知らねえええええええええええええええっよ」

少年「シレンなんとかって誰ですか」

精霊王「ラピスラズリが採れる土地を治めてる大精霊」

精霊王「あいつ真面目すぎてなー」

精霊王「石の精霊なんかに生き物の気持ちがわかってたまっかよ」

少年「そういえば七千歳のあなたと十六歳のスファエラ様じゃあすごい年の差っすね」

精霊王「幼女趣味ってわけじゃねえからな」


精霊王「幸せすぎて融けそう」

少年「ちょっと花粉の量減らせませんか。これじゃ花粉症の患者が増えますよ」

精霊王「恋ってすげえエネルギーわいてくるんだぜ?」

精霊王「花くらい大量に咲くっての」

少年「影響受けて他の木まで元気になってるっすね……」

精霊王「有り余ったエネルギーを必要以上に他の植物に振り撒いてるからな」

精霊王「あ、そうだ」

少年「彫刻刀で今度は何を彫るんすか」

精霊王「俺とスフィの愛の物語を石に刻もうと思ってな」

少年「それ、後から恥ずかしくなって悶える羽目になる行動じゃ……」

精霊王「ふひひふひひ」

少年「聞こえてない……」


翌日

少年「イウス様ー、今日はこっちの丘でいいんすよねー」

精霊王「よう! よく来たな!」

精霊王「ほらほらほらほら見て見て俺の彼女」

白緑の少女「イウス……」

少年「…………!」

精霊王「超可愛いでしょ!!」

少年「はい」

精霊王「本体の木もすごくすごく綺麗でしょ!!」

少年(見せびらかすためにこっちの丘に俺を呼び出したんすね……)

精霊王「えへへえへへ」

白緑の少女「……もう」

少年(……微笑ましいなあ)


少年(それ以来、イウス様はいつものろけ話をするようになった)

少年(花畑でデートしたとか)

少年(海辺にヒスイを拾いに行ったとか)

少年(紅葉狩りに行ったとか)

少年(雪遊びをしたとか)

少年(すごく幸せそうな1年だった)


そのまた次の春の日

精霊王「うーむ……」

少年「何考え込んでるんすか」

精霊王「彼女がさー子供欲しがっててさー」

少年「お互いそれぞれお子さんはたくさんいらっしゃいますがそういうことじゃないんすよね」

精霊王「強い自我持ちの精霊同士で子供つくれば同じようなレベルの子が生まれるんだよ」

精霊王「彼女はそんな感じの俺達の愛の結晶が欲しいみたいだ。ってか俺も欲しい」

精霊王「でもなー俺とスフィじゃ種類が違いすぎてどうあがいても子供できないからなあ」

精霊王「おまえは子供まだなの?」

少年「もう一年したらイデアの家に正式に婿入りするんで、それからですね」

精霊王「そうかー……」

精霊王「どんだけ力持っててもなあ……異種族同士の子作りは不可能に近いんだよなあ……」


翌週

精霊王「町人全員集まったか?」

少年「まあ大体は」

精霊王「よーし聞け」

精霊王「人間達よ! 私は長きに渡っておまえ達に知恵を授けてきた!」

精霊王「もう私がいなくとも平和に生活を営むことができるであろう」

精霊王「というわけで少々暇をくれ」

「え?」

「何を仰ってるんですかイウス様」

精霊王「人間達よ…………この私を斬り払え!」

少年「かっこつけて何言ってんすか!?!?」

精霊王「一回死んで彼女と同じ種類の木に転生するんだよ」

少年「いやいやいや」

精霊王「数十年もすりゃ完了すんだろ、ほんのちょっとの間だ」

少年「彼女さんはどう仰ってるんですか」

精霊王「めっちゃ反対されたけど、俺やるって決めたらやらなきゃ気が済まない性格だからさ」


少年「しかし」

精霊王「精霊から精霊に転生する場合は記憶も能力も引き継げるから問題なし!!」

精霊王「いやまあ力の大きさは育て直しになるけどさ」

精霊王「だからでかいノコギリで俺をギーコギーコしてくれ」

少年「嫌ですよ!!」

少年「生命の守り主のあなたを伐り倒せるわけないじゃないですか!」

精霊王「やれ!! やらんと……うーん、どうしてやろう」

精霊王「更に花粉ブン撒くぞ!!」

「それは困る……」

「へっくし! へっくし!」

「鼻水が止まらない……」

精霊王「俺の命令は絶対なのー!」

少年「そんなあ……でも……」


精霊王「伐った俺の身体は加工するなりして有効活用するように!」

少年「ぐすっ……ふぐぇ……うう……」

精霊王「泣くなエレクとろろ」

少年「中途半端にあだ名を混ぜないでください」

精霊王「神様達は永遠に飽きて転生した」

精霊王「俺達精霊も同じように、いつか永遠に飽きるかもしれない」

精霊王「でもさ、子供がいたら……きっと長い時間も楽しめるかもしれないんだ」

精霊王「つまり、俺は楽しく末永ーくこの星を守るために生まれ変わるのである」

精霊王「よし、正当化完了」

少年「い゛や゛でず。でぎま゛ぜん」

精霊王「……これ、やるよ」

少年「へ?」


少年「これ、“人魚の涙”じゃないですか」

精霊王「あれ、最近のここの人間達はそう呼んでんのか」

少年「たまに浜辺に落ちてるんです。ほとんどは飴色ですけど……」

少年(これは緑色だ)

精霊王「樹液が固まったもんなんだぞこれ」

少年「そうだったんすか」

精霊王「うん。今俺が自分の樹液握って作った」

精霊王「城下町では“太陽の輝き<エレクトロン>”って呼ばれてる」

精霊王「おまえの名前もそこからとった」

少年「…………」

精霊王「しばらくはそいつを俺だと思ってくれ」

少年「……すぐに生まれ変わってくださいよ!」

精霊王「おう! おまえが死ぬ前までには現世に戻ってきてやるよ、エレクトロノス」

少年「絶対ですよ! 約束ですからね!」


――
――――――
――――――――――――
――――――――――――――――――――――――

老人「この地に来るのも、もう五十年ぶりです」

老人「随分と景色が変わってしまいましたが、あなたの切り株が残っていてほっとしましたよ」

老人「イウス様……」

老人「あの後すぐ、憎しみの神の暴走により多くの生命が滅びました」

老人「スファエラ様の森も、スファエラ様だけを残して枯れてしまい……そのままあなたは戻ってこられなかった」

老人「私達は、比較的被害の小さかった南へ逃れました」

老人「幸い子宝に恵まれ、脅威に怯える時が続いたこともありましたが、幸せに暮らしています」

老人「……幾度もこの地に戻ろうと思いましたが、」

老人「オディウム神が眠りに落ちたその後は、外の世界から魔族がやってきました」

老人「そのため、身動きをとることができず……ああ、年を取るのはあっという間ですね」


老人「魔族は七つの聖玉により封印されました。しかし、それは永遠ではないそうです」

老人「オディウム神も、数万年に一度ほど復活するそうです」

老人「その度精霊達は弱り、いずれ人類にはあなた方から自立しなければならない時代が訪れると言われています」

老人「…………」

老人「聖玉の開発法を研究している途中で生み出された聖なる結晶により、」

老人「スファエラ様はこの地の新たな守り主となられました」

老人「……あの方は、いつまでもあなたを待ち続けるでしょう」

老人「…………」

老人「妥協して適当に生まれ変わってきてくださいよ……」

老人「私も、ただただあなたに会いたいのです」

老人「…………」

老人「……聖玉は、清い心を持つ大勢の人間の魔力や遺伝子を、」

老人「まるでしめ縄のように編み込んで封じることで作られました」

老人「私も“黎明のベーリュッロス”のひとかけらに選ばれたんですよ」

老人「私の魔力は、太陽の輝きと波動が限りなく近かったらしく……」

老人「あなたにこの名をいただいたこと、誇りに思います」



息子「父さーん、もうじき船が出るよ」

老人「ああ、そうか。今行くよ」

老人「私は信じています。あなたとまた会える日が来ることを」


再生し始めた大地を、乾いた風が吹き抜けた。


少年と緑ノ精霊王 終

とりあえずここまで

一応補足:イウスがとろろに渡したのはグリーンアンバー(琥珀)です


アキレスとマリナの息子の話


満たされぬ飢え


「おいで、アークイラ」

ごくごく小さい頃は、確かに愛されていた。

いつからだっただろうか。




「お母さん」

「……あっちへ行っていなさい」


母が私の目を見ようとしなくなったのは。

――
――――――
――――――――――――


「お母さん、見つけたよ。お母さんが好きな花」

「あら……」

「1ヶ月がんばって、やっと見つけたんだ」

「そんなに……探し続けていたの?」

お母さん、喜んでくれないの?

どうしてそんなにぎょっとした目をしているの?

「……花瓶に挿しておきなさい」

「お母さん、お母さん」

「放して」

お母さんの服の裾をつかんだら、払い除けられた。
最近、お母さんは僕に冷たくすることが多いような気がする。

どうしてかな。何か悩み事でもあるのかな。


まだ赤ちゃんの妹、カナリアーナが泣き出した。
そっか、カナリアのお世話で大変なんだよね。

少しくらい僕を見てもらえなくても仕方ないよね。
我慢しなきゃ。僕はお兄ちゃんなんだから。


――1年後

「まあま、まあま」

「いい子ね、カナリア」

妹を見るお母さんは、優しく微笑んでいる。

「お母さん、僕、テストで満点取ったよ。全部100点だった」

「……そう」

今でも僕に対しては笑顔を見せてくれない。

「ただいまーマリナー!」

お父さんが帰ってきた。

「アキレス、随分早かったじゃない。ちゃんと仕事してるの?」

「し、してるよ! ただ、子供達が可愛くってぇ……ちょっと早退しがちだけど……」

「子供は必死に働いている父親の背中を見て成長するのよ。子供達のことを想うのなら、真面目にやってくれないと困るわ」

「うん……」

僕はお父さんにテストの結果を見せた。

「お、アークイラ~満点かあすごいな! 流石お父さんとお母さんの子だなあ!」

大きな手で頭を撫でてもらえた。お父さんはいつも僕を褒めてくれる。


お母さんにも褒めてもらいたいな。

僕は必至で勉強した。
まだ6歳だけれど、学年は他の子よりもずっと上に行けたし、みんなが僕を天才だって言う。

でも、どれだけがんばっても、お母さんは笑ってくれない。
やっと褒めてくれたと思っても、全然気持ちがこもっていなかった。



塾にずっと残って勉強していたら、帰るのが遅くなった。もう外は真っ暗だ。
家の近くまで先生が送ってくれた。

家と家の間の細い道に、背の高い綺麗な女の人が入っていくのが見えた。
なんて綺麗で豊かな金髪なのだろう。

それ以来、僕はあの女の人が気になって仕方がなくなった。


わざと毎日遅い時間まで塾や学校に残って勉強をして、あの女の人を探した。
少しずつ、女の人が表れる曜日や時間がわかるようになった。


今日も見つけた。

「あの!」

僕は女の人の背中に向かって、勇気を振りしぼって話しかけた。
小走りだったその人は、僕の声を聞いて立ち止まってくれた。

「あの、僕、僕……あなたと話をしてみたいんです」

女の人は僕の方を向くと、しゃがんで僕と目の高さを合わせて微笑んだ。

「あんまり夜遅くに出歩くのは危ないわ。はやくおうちに帰りなさい」

「でも」

「お母さんが心配するでしょう。いい子だから」

空みたいな青い瞳。真っ赤なバラの花のような唇。肌の白さはまるでセレナイトだ。

「いい子にしていたら……また、会ってくれる?」

「うふふ、どうかしらね。私は夜の女だから、坊やとは生きる世界が違うわ」

女の人は早足で行ってしまった。


どうしても会いたくて、あの人を探さずにはいられなくなる夜もあった。
でも、話しかける前とはあの女の人が現れる日が変わってしまったみたいだ。

どれだけ探しても、数ヶ月に一度会えたらいい方だった。
その度、僕はあの人に気持ちを伝えるのだけれど、相手にしてもらえない。

「あんた、いつもいつも遅い時間に家を抜け出して何をしてるの」

「な、なんでもない……」

お母さんは冷たい目で僕を見ている。

「ふうん。親に言えないことをしていたのね」

「っ僕は……」

恥ずかしいけれど、隠し事をしたらお母さんに嫌われてしまうかもしれない。
僕は正直に話すことにした。

「好きな女の人に、会いたくて……探しに行ってた」

こっそりお母さんの顔色を窺うと、お母さんは……




すごい形相で、僕を見下ろしていた。


――――――――
――

「でさ~ヘリオスー……どうすればいいかなー……」

お父さんは友達と電話をしていた。

「えーやだよ、たまにはあるがままの姿にならないと息が詰まっちゃうよ~……ああっアークイラ! おかえり!!」

お父さんは僕を見てびっくりしたようだったけれど、すぐに友達との会話を再開した。

「そそそそれでいつ何処で集まる!?!? 小さい子がいると色々大変だよねー!」

そういえば、僕にはあんなふうに話せる友達、いないな……。



「英雄アキレスの子供なんだってさ」

「下手に口利けねえな……」

「お高くとまってるって感じだよな」

「まだ7歳だってのに、上級魔術師レベルの魔力容量あるらしいぞ」

気がつけば、みんな僕を怖がっている。
僕は何もしていないのに。


「お母さん、僕、また飛び級することが決まったよ」

「……そう」

お母さんはやっぱり僕を見ない。
僕、何かお母さんを傷つけるようなことしたのかな。

どれだけ考えても、それらしい記憶を見つけることはできなかった。

――――――――
――

「おにーちゃん!」

「カナリア」

甘えてきた妹は、もう5歳だ。僕も今年で10歳になる。
妹は誰にでも人懐っこくて、笑い方が父さんそっくりだ。

可愛い。でも、僕は妹に正体のわからない既視感を覚えた。

「離れなさい!」

母さんは僕から妹を引き離した。

「どうして?」

妹は不思議そうにしている。

「……きょうだいでも、性別が違えばそんなにくっつかないものなのよ」

「でも、リーナちゃんはおにいちゃんとなかよしだよ?」

妹の言葉を無視して、母さんは子供を叱る時の目を僕に向けた。
僕はただカナリアと仲良くしていただけなのに。

2歳の弟は母さんの態度に影響されているのか、僕と仲良くしようとはしなかった。


段々僕の魔感力……魔力から情報を読み取る能力は高くなっていった。
嫌でも他人の感情がわかってしまう。

子供はよく「大人は汚い」と言うけれど、そういう奴自信も黒い感情をもっていた。
自分は善人であると信じている人間ほど、自分が抱えている悪意の存在に気付かない。

世の中悪意だらけだ。

僕はどうなのだろう。

自分のことはよくわからない。



ある夜、ふと目が覚めた。父さんと母さんが大人の会話をしているようだ。
僕は気がつかれないよう、こっそりドアの隙間を覗いた。

「ねえ、アークイラにもっと優しくしてやれない?」


父さんが母さんに言った。母さんは黙っている。

「カナリアは普通に可愛がれてるだろ。どうしてアークイラには冷たいんだよ」

「…………」

「ねえ、マリナ」

しばらくすると、母さんはやっと口を開いた。

「……あんたもわかってるでしょ。あの子、似てるのよ。あいつに」

「あの子はイガルクじゃない」

「わかってるわよ!! でも、あまりにも似すぎているのよ。顔立ちも、魔術師としての優秀さも、粘着質な性格も!! 怖くて仕方がないわ!!」

お母さんは声を荒げた。


「落ち着いて」

「あの子を見ていたら嫌でも思い出してしまうわ。兄さんに三日三晩犯され続けたことを」

母さん、何を言っているの? どういうこと?

「あの子はあいつとおんなじなのよ! いつか絶対誰かを犠牲にするわ!!」

「そうならないよう育てればいいだろう!?」

いつも笑っている父さんも、怒鳴り声を上げている。
父さんは母さんが大好きだから、普段は絶対にあんな顔はしないのに。

「っ……あんた、いつの間に起きてたの!?」

いつの間にか、ドアの隙間が大きくなっていた。

「ねえ、母さん。僕、何もしてないよ。何もしないよ。母さんのこと、大好きだよ」

でも、僕は母さんに酷いことをした人とそっくりだから、嫌われても仕方がないみたいだ。
いくら勉強しても無駄だったんだ。もう何をしても喜んでなんてもらえないんだ。

泣きたくなんてないのに、涙が止まらない。父さんが僕を抱きしめた。

「母さん」

「……ごめんね」

その言葉を聞いて、ひどく胸が痛くなった。ガラスの破片が突き刺さったみたいだ。

僕は、母さんには愛してもらえない。


「ごめんな、アークイラ。いい子にしてたら、いつかきっとお母さんもおまえのことをわかってくれるだろうから」

……あれ? 父さんの魔力……僕が必死に追いかけている人と、似ている。
あの人は確かに女の人の魔力を纏っていた、ような…………でも、純粋な女の人とはなんとなく違っていた。

父さんの腕には、女性物のブレスレットがはまっている。
それには小型の魔導機がくくりつけられていた。

スイッチは切られているけれど、他人に魔力を正しく読み取られないようにする働きのある石が内蔵されていることが、
魔導機の内部に残った父さんの魔力から読み取れた。

「ど、どうした? 大丈夫か?」

夜の女……そっか、そういうことなんだったんだ。
夜にしか会えなかったのは、父さんが夜にだけ女の人の格好をしていたからだったんだね。

あんなに好きだったのにな。

もう何も信じられない。


――――――――
――

「ねえアークイラ、なんで眼鏡かけてるの? 目、悪くなった?」

「ただかけてみたくなっただけだよ、父さん」

無駄な足掻きだとはわかっていたけれど、母さんが恐れるこの顔の印象を少しでも変えたかった。



僕を怖がるのは母さんだけじゃない。
英雄の子供としての立場や、人並み外れた才能だけじゃなく、僕の中の他の何かも他人の恐怖心を刺激してしまうようだった。

でも、僕は何もしていない。誰かに危害を加えたわけでもない。



人に怖がられるのは、どうしてこんなに悲しいのだろう。
……何もしていないのに恐怖されるのが嫌なら、先に自分から恐怖を与えてしまえばいいじゃないか。


「飛び級生で年下なのに学級委員に選ばれるなんて意味わかんねえんだけど」

「いくら天才だからって……」

こそこそと陰口を叩くクラスメイト達に近づいて、僕は微笑んだ。

「文句があるなら直接言ってくれないかな」

彼女達は短く謝罪を言って逃げて行った。
ははは、至って優しく言ったはずなのにな。

笑えば笑うほど、人は僕をより一層恐れるようになる。
いつの間にか、それが快感になっていった。

いい子でいる必要なんてない。メリットもない。

――――――――
――

ある日、魔王を倒した英雄達とその子供が集まった。

「エル~……ほんっと可愛い~も~」

「母さん、放してよ」

3つ年下のエリウスが、母親に抱きつかれて嫌がっている。
以前会った時はこいつのことなんて気にも留めなかったけれど、今日は違った。

エリウスは、僕とよく似ている。あいつの魔力にそう書いてある。


学力的な意味では非常に賢く、プライドが高い。
だけれど、自分の悪い面を激しく嫌悪していて自己否定感が強い。

「エル~」

「やめてってば」

僕とよく似たあいつは、僕が欲しくても得られないものをこれでもかというほど与えられているのに、それを蔑ろにしていた。

許せない。



エリウスは母親の手を振り払い、外に出て草花を見に行った。

「エリウス君は植物が好きなのですね」

エイルさんがあいつの母親に話しかけた。

「うん。軽く自閉傾向があるのだけれど、好きなことに一生懸命ないい子だよ」

そうか、あいつ、普通とは違うのか。
僕も外に出た。


「うん。僕、君みたいな子、好きだよ」

エリウスは小ぶりな白い花に語りかけていた。

「さっきまでは全く笑っていなかったくせに、植物に対しては笑えるんだ。へえ」

侮蔑の笑みを向けてやると、エリウスはビクッと肩を震わせて怯え始めた。

「人間と話す練習をした方がいいんじゃないのかな」

「…………」

「何か言ったらどう? ああ、そうか。君はまともに人と関わる能力が生まれつき欠如しているそうだね。それなら仕方がない」

あいつは涙を目に溜めているけれど、親に助けを求めに行くことも、逃げることもせず、ただそこでじっと耐えていた。

憂さ晴らしには都合がいい。


母親の愛情を蔑視する奴なんて虐げてやればいい。




おかしいな。





楽しいはずなのに、ひどく虚しいんだ。



「アウロラちゃんこっちこっち!」

「カナリアちゃん足はやーい!」

僕の妹とあいつの妹は同い年で、気が合ったようだ。
なんの闇もかかえずに、陽の光を浴びてただただ楽しそうに遊んでいる。

僕はどうしてあんなふうになれなかったのだろう。

「あーおにいちゃんエリウスくんいじめてるー! だめなんだよー!」

正義感の強い妹が僕を責めた。
あいつの妹はカナリアの背に隠れ、恐れに怒りを混ぜた目で僕を見ている。

エリウスは年下の女の子達に涙を見られたくないのか、器用に木に登って姿を隠した。
運動は不得意なのに、木登りは別らしい。

「もーおにいちゃんったらー!」

同じ血が流れているはずなのに、カナリアの心は僕と違って綺麗だ。
カナリアまで悪い子になったら、母さんは悲しむだろう。

この子の正義感は、何があっても守りたいと思った。


――――――――――――
――――――
――

「すごい汗よ。悪い夢でも見ていたの?」

一夜を共にした【女性】が、タオルで私の額を拭った。

「……幼い頃の夢を見ていました」

「あら、そう」

【彼女】の長い黒茶の髪が揺れる。声遣いは本物の女性よりも遥かに女性らしい。

「ねえアークイラ。あなた、初恋は金髪の女装子だったのでしょう。でも、今は暗い髪色の子にばかり声をかけているのね」

「……母の髪色が黒だから、かもしれません」


どれほど貪っても、この乾きが潤うことはなかった。
これからも飢え続けて生きるのだろう。

本当に欲している愛情を得られる日は、未来永劫訪れないのだから。

代わりに求めるのは、黒髪の、美しい……―― ―― 



満たされぬ飢え 終

selfhoshu
あけおめです


*初仕事

小隊長「この春、2人の新兵が配属された」

小隊長「とはいっても、2人ともこの村の出身だから顔くらいは知ってるだろうがな」

小隊長「ジレス・グレーリン」

新兵「ちっすちっす」

小隊長「ヘリオス・レグホニア」

戦士「はっ!」

「そんな真面目に敬礼しなくていいぞ~」

「ガキの頃から真面目だったもんなあ」

「てかなんでいるんだよ」

「偉業を成し遂げて帰ってきた奴が兵卒ってどういうことだ」

「下っ端兵士って顔じゃねえよなあ」

戦士(つ、つらい)

戦士(バリバリの体育会系の世界を想像していたのだが)

戦士(なんなんだこの緩さは……)


「あー早く帰って酒飲みてえなあ」

「おいへリオス、おまえ酒飲めるだろ? 今度付き合えや」

戦士「は、はあ」

戦士(兵士養成所の方がまだ厳しい雰囲気だったな……)

小隊長「あーあー静かに。朝礼は以上だ。各自持ち場に就け」

小隊長「ジレスは東門の警備だ。ヘリオスはネッドと巡回行ってこい」

戦士「は」

中年兵「でかくなったよなあー、すっかり親父さんそっくりだ」

戦士「よく言われます」

中年兵「奥さんも背ぇたけえんだろ? 巨人夫婦だな」

戦士「は、はあ」

中年兵「そのリアクションは変わってねえなあ、安心したぞ」

中年兵「天狗になってたらどう接すりゃあいいか心配だったんだぜ」

戦士「そっすか」


版画屋「ようムッチャク! おまえやっと兵士になったのか」

戦士「ああ。……その呼び方はやめろ」

戦士(悪ガキだったジョナスは親父さんの版画屋を継いだ)

戦士(新しい印刷技術を開発して有名になったらしく、村の外れにはこいつのでかい工場がある)

版画屋「軍服似合ってんじゃねえか~」

版画屋「おまえの版画は相変わらずバカ売れしてるぜ」

戦士「あの妙に美化してるやつだろ……」

戦士「あれのせいで世間が認知している俺の顔と実際の俺の顔がだいぶずれてるんだが」

戦士(ちなみにいくら売れても俺に利益は入らない)

版画屋「ところでよ、実はなかなか良い本が出来上がったんだが……」

戦士「巡回中だからまた今度な」

版画屋「そう言わずに」

中年兵「守るべき民と少し交流するくらいいいだろう」

戦士「しかし」

版画屋「ほら見てくれよこれ」

戦士「……女性向けのファッション誌じゃないか」


版画屋「おまえこういうの好きだろ?」

中年兵「ヘリオスおまえ……女装……」

戦士「違います」

中年兵「……ああ! ムッチャクだもんな!」

戦士「あの」

版画屋「ほら、ほら、このページ……きっちり着込んでるぜ」

戦士「っ…………」

戦士「……仕事帰りに寄るから一冊取り置きしておいてくれ」

版画屋「へへっ、今回はタダにしておいてやるよ」

版画屋「おまえのおかげでこっちは大儲けしてるからな」

戦士「……はあ」

絵師「ジョナス、美化した軍服姿のヘリオス描けたぞ」

版画屋「ナイス。早速はがきに印刷するぞ」

戦士「あのなあ……利益を寄越せとは言わないから許可くらい求めてくれ」


中年兵「有名人は大変だなあゲラゲラゲラ」

戦士「…………」

中年兵「にしても今日も平和だなあ、この村は」

中年兵「観光客とのトラブルはたまに起こってるけどな」

戦士「そういえば、昔はこんな村に観光目的で来る人なんて滅多にいませんでしたね」

中年兵「おまえが英雄として有名になる前まではな」

中年兵「移住民も随分増えたしなあ。変わったもんだ」



お婆さん「どこに行ったのかねえ……この辺りのはずなんだけどねぇ」

中年兵「クラリスさんどうしたんだい」

お婆さん「お爺さんからもらったペンダントを落としてしまったんだよぉ」

戦士「ああ……いつも身に着けていたものですよね?」

お婆さん「あらヘリオス君、ずいぶん巨大化したのねえ。あなたのお爺さんの若い頃を思い出すわあ」

戦士「はあ…………そっすか」


戦士(トパーズ使うか)

戦士「ありましたよ」

お婆さん「あら、ありがとうねえ」

中年兵「その能力で聖玉見つけたんだっけか? 便利だな」

青年「すいませーん、これ落し物なんすけど」

中年兵「持ち主探せるか?」

戦士「やってみます」



三丁目の親父「おー、すまんな。探してたんだ」

三丁目の親父「そういや、うちの家内が財布を落として困ってるんだが……」

村人A「俺も実は紛失物が」

村人B「商売道具を盗まれたっぽいんですが」

村人C「猫が三日も帰ってこなくて」

村人D「家出した妻が見つからないんです」

戦士「ええ……」


夕刻

戦士(疲れた……)

中年兵「おまえこれから遺失物係な」

戦士「え」

中年兵「つか、わざわざ兵士になんてならなくてもこの道で食っていけたんじゃないか? おまえ」

中年兵「『あなたのなくしもの探します! 1つにつき5千G!』って感じでよ」

戦士「いや……俺、営業能力ないですし、兵士になるのが長年の夢でしたから」

中年兵「ああそうだな、軍服着てなきゃ依頼人が顔見て逃げちまう」

戦士「…………」

中年兵「すまん」



翌日

版画屋「おいヘリオス!」

戦士「なんだよジョナス」

版画屋「大変なんだって! 助けてくれよ」


版画屋「刷りたてほやほやの在庫がごっそり盗まれててよお」

戦士「あー、盗難届何処ですか」

中年兵「そこの引き出しだ」

版画屋「おまえの能力でちゃちゃっと探せるだろ!?」

版画屋「早く来てくれよ」

戦士「形式上書類を書いてもらえないと困る」

版画屋「お堅い奴……」



村はずれの工場・倉庫

版画屋「ここに置いてたんだよ」

戦士「どんな本だったんだ」

版画屋「…………」

版画屋「……紳士の雑誌」

戦士「……そうか」

版画屋「今回は『最上質シルキィ紙』っていう、すげえお高い紙で刷ったんだ」

版画屋「だからいつも以上に予算使っててさあ」


戦士「一冊でも残ってないのか」

版画屋「一応あるぞ。サンプルだが」

中年兵「おお……こいつぁすげえ……ツルツルでありながらサラサラだ」

中年兵「こんなに美しい印刷は見たことがない」

中年兵「……ついトイレに行きたくなっちまう」

戦士「……何か手掛かりはないのか?」

戦士「盗んだ奴の目星とか」

版画屋「心当たりはねえんだよ」

戦士「おまえに恨みがある奴ならたくさんいるだろ」

版画屋「たとえばおまえとかな」

戦士「帰っていいか」

版画屋「まあまあ」


版画屋「防犯石で映像撮ってたんだが、盗まれた瞬間だけやけに乱れててさ」

戦士「ちょっとそれ貸してくれ」

版画屋「え、おまえ石から情報読めんの?」

戦士「多少はな……」

戦士(いちいち気絶しなくても石に宿った意志と会話できるくらいにはなったしな)

戦士「…………」

戦士「妙な力を加えられてるな。魔術か何かで記録を乱したんだろう」

戦士「専門家じゃないからアバウトにしか読み取れないが」

版画屋「すげえなその特殊能力……」

版画屋「ところでさ、おまえの物探し能力でちゃちゃっと雑誌探せねえの?」

戦士「万能じゃないんだ。距離が離れていたりすると追えなくなる」

戦士「とりあえず、村の周囲をぐるっと回ってみるか……」


――
――――――――

西の洞窟

戦士「トパーズが示しているのはこの洞窟の奥です」

中年兵「ここ……大精霊の祠じゃねえか」

版画屋「なんなんすかここ」

中年兵「わけぇもんは知らないのか」

中年兵「この村、城下町のすぐ近くにあるってのに、いつまで経っても吸収されずに残ってるだろ」

版画屋「田舎暮らしが好きな奴もいるからじゃないんすか」

中年兵「それもあるが、この洞窟の奥にある祠を守るのがこの村の使命でな」

戦士「中に入るのに管理者の許可は必要でしょうか」

中年兵「兵士なら事後承諾で大丈夫なんだが……」

中年兵「綺麗な体の奴しか入っちゃだめなんだ」


戦士「じゃあ行きますね」

中年兵「いやちょっと待て」

戦士「なんですか」

中年兵「おまえ、美人な嫁さんいるよな?」

戦士「はい」

版画屋「結婚してから何ヶ月も経ってるよな?」

戦士「だからなんだ」

新兵「ヘリオスさんって、あの“さくらんぼ狩りの勇者ナハト”と旅してたんすよね?」

戦士「そうだが」

中年兵「ヘリオス……まさかおまえ、弟子入りと引き換えに自分の息子を……」

版画屋「ヘリオスのヘリオスの墓作ってやらねえと」

戦士「いやあの息子は無事ですから!!!!」

新兵「ああっ洞窟から大波が!!」

戦士「うおああああ!!!!??」


戦士「なんなんだ……」

新兵「不自然な形に水溜りができてるっすね」

中年兵「……『キスしたことがあるからアウト』か」

戦士「ええ……」

戦士「どんだけ潔癖なんだ」

版画屋「嫉妬してんじゃねえの? ぎゃはは」

版画屋「俺も子持ちだから入れねえなあ参ったなあいてっいてっ」

版画屋「なんで洞窟から水鉄砲が飛んでくるんだよ!!」

中年兵「そりゃあ無礼なことを言ったらなあ……」

中年兵「俺も既婚だしな……そういやジレス、おまえはどうなんだ」

新兵「経験人数3人っす」

中年兵「そうか。参ったな……この村の兵士のほとんどは非童貞だ」

中年兵「城下町に応援を頼まないとならん」


版画屋「ええー! 今すぐにでも取り戻してえのに!」

版画屋「非童貞でも入る方法ないんすか」

中年兵「ない」

版画屋「ヘリオス、ゴリ押しで入れ」

戦士「流石に神様に等しい存在のお怒りを買うのは嫌だ」

版画屋「入らねえと……おまえの恥ずかしいエピソードを奥さんに話すぞ」

戦士「なっ…………」

戦士「…………俺ってチクられて困るような恥ずかしい過去なんてあったっけ?」

版画屋「2年の時の国語の時間のアレとか。7年の時の水泳とか」

戦士「……あ、あああああ!!」

版画屋「そしてムッチャク」

戦士「くっ……」

戦士「いやだがしかし」

版画屋「キスしただけでアウトとか大精霊様が厳しすぎるんだよ!」

版画屋「童貞なら自信を持って突っ込め! さあ!」

ドンッ

戦士「うおっ!」

バシャアアアアアア!!

戦士(火の壁で蒸発させるっ!)

版画屋「おーいいぞいいぞ! その調子で進め進めー!!」


『立ち去れ……』

中年兵「!」

『立ち去れ非童貞共……!!』

戦士(大精霊の声か……?)

ゴゴゴゴゴゴゴドヴァジャアアアア

新兵「やややややばいんじゃないすかこれ」

戦士「っだあああああああもう!! 覚えてろよジョナス!!」

版画屋「おまえの火の壁すげえな!」

新兵「術名言わなくても魔法使えるんすね」

版画屋「どうせならかっけえ術名叫べよ」

版画屋「そうだな……エンシェントシャイニングウォールなんてどうだ」

戦士「やめろ!!!!」

中年兵「ヘリオスが術名叫んでも似合わねえだろ」

版画屋「それもそっすね」


戦士「俺達はただ盗まれたものを探しに来ただけです」

『紳士の本は返さぬぞ!』

版画屋「いやいやいや返してもらえないと困るんですけど!!!!」

新兵「これが本当に大精霊様の声だとしたら、どうして大精霊様がエロ本なんて盗んだんですかね」

中年兵「犯人が大精霊様なら、童貞の応援を呼んだところで突入は困難だな……」

戦士「どういうことなのかご説明ねがいた」

大精霊『人間なんかに我等の気持ちなぞわかるものか!!!! 非童貞は失せろ!!!!』

戦士「いてっいてっ俺は童貞です!!!!!!!」

大精霊『嫁さんいるくせに!! ちくしょう!!!!!』

中年兵「この土地の守り神にも等しい存在である大精霊様が、何故盗みを……」

大精霊『それ以上奥に進もうとすれば命を危険に晒すことになるぞ!』


中年兵「守護精霊様が疫病神になっちまったんじゃあ、お祓いしてもらわねえとな……」

大精霊『えっ』

中年兵「ほとんどの精霊は魔族の瘴気にあてられたら弱っちまうが、」

中年兵「たまに瘴気に適応して邪悪な存在になっちまう個体もいるそうだ」

新兵「このあたりじゃ聞かないっすけど、新聞で読んだことはあるっす」

中年兵「魔族が封印された後もちょっと問題になってるらしくてな」

中年兵「うちの大精霊様もそうなっちまったんだろう。残念だが仕方ないな」

大精霊『早まるでない』

中年兵「もしもし教会ですか? エクソシストを数名……」

大精霊「早まるなー!!!!」

新兵「うわあ、すごい慌てて出てきたっすね、大精霊様」

中年兵「おおう……姿を現されるのは千年ぶりくらいのはずだ」


大精霊「弱ってはおるが瘴気で穢れてもおらぬわ!!」

戦士「では何故このようなことを」

大精霊「……先程から大精霊大精霊と言っておるが、汝等は我の名を知っておるか?」

中年兵「……なんだっけか」

新兵「聞いたこともねえっす」

版画屋「伝説レベルの存在だしな」

戦士(なんだっけ……)

大精霊「時とともに信仰心は薄れ、供物が供えられるのも年に一度となり、名まで忘れられ……」

大精霊「しかし人間に文句を言おうにも、我が力は可視化もままならぬほど弱まり」

大精霊「この頃漸く力が回復してきたと思えば、人の言語はすっかり変化しており会話は不可能であった」

新兵「だからムシャクシャしてたんすね」

大精霊「うむ」


版画屋「だからって、なんでよりにもよって紳士の本なんて盗んだんすか」

大精霊「…………」

新兵「人間の男みたいなお姿っすし、そういうのに興味あったんじゃないんすかね」

大精霊「悪いか!?!?」

大精霊「神と人の心のつくりはそう変わらぬ」

大精霊「神に生み出された我が心も性愛というものに惹かれて止まぬのだ」

大精霊「そういった行為をしない存在であるにも拘らずな!!!! ちくしょう!!!!」

戦士「しかし、何故在庫をごっそり持っていかれたのですか。一冊でいいでしょう」

大精霊「部下の小精霊達も人間の体に興味があると言い出してな」

大精霊「人間に嫌がらせができる上に仲間を喜ばせられるのであれば一石二鳥であろう」

戦士(く、くだらない……)

新兵「俺達の気を引きたかったんすね」

大精霊「う、うむ……」


版画屋「とりあえず返していただけませんかね……」

大精霊「断る」

版画屋「倒産しちまいますよ。たまにエロ本供物として持ってきますんでどうか」

大精霊「……よかろう」

戦士(いいのか……)

大精霊「……だが元の場所まで戻す力が残っておらぬ」

大精霊「特別に我が領域に立ち入ることを許すから汝等で運んでゆけ」



洞窟の奥

戦士(あの宝玉がご神体か)

大精霊「動物のもつ愛の快楽とはどういうものなのか……」

大精霊「知ることは叶わぬというのに、心だけは高揚するのだ」

大精霊「くっ……欲を消化できぬ……せめて愛を語らい合う相手が欲しい……」

新兵「お姿が消えかかってるっすよ」

大精霊「まだ力が安定しておらぬのだ。もうじき会話も困難となるだろう」

中年兵「これから交流を増やし、人と精霊の間に摩擦が生じないようにしたいと思っていたのですが」

大精霊「霊感のある人間を時折寄越すがよい」


――
――――――――

ヘリオスの実家

戦士(なんだかんだで事件は解決した。疲れたな……)

勇者「お疲れ様。肩でも揉もうか」

戦士「ありがとう……」


戦士母「ヘリオスー、ジョナス君が来てるわよ」

戦士「ええ……」



版画屋「ようムッチャク! 世話になったな!」

戦士「何の用だ」

版画屋「これやるよ。礼だ」

戦士「こ、これは……」

戦士「い、いや、こんなものをこんなに大量に贈られても困る」

版画屋「おまえんち地下倉庫あるじゃん。隠し場所なら問題ないだろ」

戦士「いやいやいや」

勇者「ねえ、ヘリオスさん」

勇者「『ムッチャク』って……何?」

戦士「!!!!!」


戦士「え、えっと……子供の頃につけられたあだ名なんだけど……」

戦士(ムッツリ着衣フェチマンの略だなんて言えない……!!)

勇者「……?」

版画屋「奥さん知らないんですか? 実はこいつ」

戦士「『むっちゃたくさん食べる子供』だったからさ!!」

戦士「給食がっついてたらそう呼ばれるようになったんだ」

勇者「ああ、そうなんだあ」

版画屋「チッ」

戦士(こいつ……結局俺に恥かかせようとしてやがる……!)

勇者「ところで、何頂いたの?」

戦士「っ」

戦士(女性向けファッション誌だなんて言えるはずないだろ……!)

戦士(ファッション誌が紳士の本と化すような趣味だなんて絶対バレたくない……!!)

版画屋「奥さん、実はこいつ」

戦士(い、いや、ここは……)


戦士「ほら、見てよこれ」

戦士(敢えて見せる!)

勇者「ファッション誌? こんなにいっぱい……」

戦士「うち、女が多いだろ?」

戦士「それに、アルカさんはまだこの国の服のことは詳しくないだろうからって」

戦士「こいつ、気を利かせてくれたんだよ」

勇者「ああ、そうなんだ。ありがとうジョナスさん」

版画屋「あー、はい」

戦士「ありがとなジョナス。そろそろ帰ったらどうだ? 奥さんと子供が待ってるだろ」

版画屋「おーそれもそうだな。じゃあな」

バタン

戦士「…………はあ」


戦士(……何かと俺を下げようとしてくるの、どうにかならないかな……)

勇者「見て見て! この服綺麗じゃない?」

戦士「ああ、今度買いに行こうか。そのブランドの店、確か町の東部にあったはずだ」

勇者「あなたはどんな服が好き?」

戦士「んー、これかなあ。でも、アルカさんの好きな服が一番良いよ」

勇者「そう? 嬉しいな」

戦士(……喜んでるし、まあ結果オーライかな)

パラ

妹3「兄ちゃん、何か落ちたよ」

妹4「『ヘリオス黒歴史集』……?」

戦士「……ああああ読むな!! 読むんじゃない!!」

妹3「……あはははははなにこれー!」

妹4「兄ちゃんやばーい!!」

戦士「うわあああああ!!!!」

戦士(覚えてろよジョナスゥゥゥゥゥウウウ!!!!)

勇者「……ふふ」


ヘリオスの苦難はジョナスが死ぬまで続く

初仕事 終

遅くてすみませ……

……あー、名前欄見なかったことにしてくださいorz

次からこれ使います


【ある秋の日】

女子大生「アポロンせんせーい!」

女子大生「エリウス君が図書館前で半裸になって全身に銀杏塗ったくってます!」

詩人「なんだって」

――図書館前

詩人「どうしてそんなことをしているのだね」

長男「……いいにおいでしょ」

詩人「君の感覚が独特なのは知っているがね」


長男「……言い寄ってくる女が多すぎてうざったくて」

詩人「人が近づいてこないように銀杏のにおいを付けていたのかね」

長男「……普通の人はかぶれるから俺に触ることもできないです」

詩人「しかしだね……モテすぎるが故の苦悩はすっっっごぉぉぉぉぉく」

詩人「すごおおおおおおおおおおおおおおおくよくわかるがね」

女子大生「え?」

詩人「それでは共に講義を受ける学生達に迷惑だろう」

長男「……俺は散々迷惑かけられてます」

詩人「無関係の人間まで巻き込んではいけないよ」

長男「…………」

詩人「とにかくやめたまえ。そして体育館のシャワー室に行きたまえ」

長男「やです」


詩人「君は本当に自分の担当教諭の言うことしか聞かないのだね……仕方ない、呼んでこよう」

長男「先生は忙しいからやめてください」

詩人「私も暇ではないのだがね」

女子大生「え?」

詩人「…………自分の学生にまでナメられているとは」

女子大生「エリウス君、ほら、周りを見てみて」

女子大生「エリウス君の半裸に興奮してるお姉さんお兄さんがたくさんいるでしょ」

長男「……!!」

女子大生「危ないから早く服だけでも着て、ね」

長男「……」コク

詩人「君は本当に周りが見えないのだね……」

女子大生「先生もたまにそうなりますよね」

詩人「口を慎みたまえ」


【そのまたある秋の日】

女子大生「アポロンせんせーい!」

女子大生「モ○ゾーが出現したとキャンパス中が騒いでいます!」

詩人「なんだって」

女子大生「なんでも全身から雑草を生やした妖怪だそうです」

女子大生「どう考えても正体は」

詩人「エリウス君じゃないか!!」

――大学・メインロード

「わっ、ほんとに○リゾーのコスプレだ」

「モリ○ーがもそもそ歩いてるー!」

詩人「何をやっているのかね!!!!」

草を生やした長男「…………」

草を生やした長男「最近食べた雑草を再構成して体から生やしてます」

詩人「何故そんなことを」


草を生やした長男「銀杏は駄目って言ってたじゃないですか」

詩人「しかし」

草を生やした長男「雑草臭さなら抑えてます」

草を生やした長男「これなら気味悪がって誰も近寄ってきません」

草を生やした長男「……とても快適です」

詩人「周囲の人間が君に気を取られて講義に集中できなくなるだろう」

草を生やした長男「知ったこっちゃないです」

草を生やした長男「他人とぺちゃくちゃ喋りながら講義中を過ごしているうるさい学生よりも」

草を生やした長男「俺の方が遥かにマシです」

詩人「不真面目な学生がいることは認めるが、」

詩人「教員達は君の奇行に慣れていないのだよ」

詩人「学生に教えなければならない内容が頭から吹っ飛んでしまう」

草を生やした長男「…………」


草を生やした長男「モミジの葉っぱならいいですか」

詩人「更に目立つだろう」

草を生やした長男「…………」

詩人「色恋には面倒がつきものだ。若者であれば特にね」

詩人「気まずくならないよう異性と適度に距離を置くコツを教えるから」

詩人「どうか騒ぎが起きるようなことは……」

女子大生「え、先生にそんなこと教えられるんですか?」

詩人「あのだね」

教授「おや、エリウス君」

草を生やした長男「……先生」

詩人「彼の奇行をどうにかできませんかね」

教授「……ふむ、創意工夫に富んでいていいではありませんか」

草を生やした長男「!」

詩人「えぇ……」


教授「自由に過ごしていいのだよ」

教授「上級学校までは抑圧されてつらかっただろう」

教授「君は君なりに、成功や失敗を積み重ねて」

教授「生きていく手段を見つけていけばいい」

長男「……」

教授「そうだ、新しい顕微鏡が届いたのだよ。楽しみにしていただろう」

長男「研究室行く!」

教授「おいで」

長男「せんせ、せんせ、俺、もっといろんなものを開発する!」

長男「今日は菊の花を顕微鏡で観察して、新しいものを作る!」ニコ

詩人「……普段からああして笑えばいいと思うのだがね」

女子大生「エリウス君、いつも無表情ですもんね」

詩人「…………」

詩人「…………はあ」

女子大生「教員としての器の大きさの違いを見せつけられてつらいんですね」

詩人「心を読まないでほしいね」


【学園祭】


歌姫「お父様ー!」

歌姫弟「おとうさまあ!」

詩人「クレイオー、アスクレーピオス、久しぶりだね。元気にしていたかい」

歌姫「ええ」

歌姫弟「うん」

詩人「上級学校の勉強は大変だろう」

歌姫「卒なくこなしておりますわ!」

歌姫弟「ね、ね、今日、おとうさまのおうちに泊まってもいい?」

詩人「いいよ。この頃はお母様の体調がとてもいいからね」

歌姫弟「やったあ! ぼく、おかあさまと一緒に寝るー!」

歌姫「この子ったら、朝から寝ることばかり考えて」

詩人「……すまないね。寂しい思いをしているだろう」

歌姫「おじい様もおばあ様も可愛がってくださってますもの」

歌姫「あたくし達、寂しくなんてありませんわ」


歌姫「あ、エリウス!」

長男(うげっ)

歌姫「あたくしよりも先に大学に入学した生意気なエリウス!」

歌姫「今日は案内を頼みますわ!」

長男「……やだ」

歌姫「今、なんて仰いまして?」

長男「俺研究室行くから」

歌姫「お祭りの時くらい外に出なさいな!」

長男「……騒がしいの、苦手」

歌姫「行きますわよ」

詩人「私はこれから演劇の準備があるからね」

詩人「娘と息子を頼んだよ」

長男「…………」


歌姫「はぐれそうですわ! 手を繋いでくださいまし」

長男「……やだ」

歌姫「ほら!」ギュ

長男「…………」イライライライライラ

歌姫弟「おねえさまね、エリウスくんと学校が離れてさみしかっ」

歌姫「こら!!!!」

歌姫「あら、あそこにお洒落なカフェがありますわ! 入りますわよ!」



歌姫「……薬膳カフェ、だそうですわよ」

長男「……薬学部の研究室がいくつか集まってやってる」

歌姫「あなたは手伝わなくていいんですの?」

長男「メニューの開発したし」

長男「うるさいの苦手だから、免除してもらってる」

歌姫「ふうん。そうですの」


先輩♀1「うそー! エリウス君が彼女連れてきてるー!」

先輩♀2「えー!」

長男「違う」

歌姫「た、ただの幼馴染でしてよ!」

先輩♀3「可愛い~! 美人ね~」

先輩♂「文学部のアポロン先生そっくりだな」

歌姫弟「おとうさまなんだよ!」

先輩♀4「3人とも美形すぎる~写真撮っていい?」

長男「だめ」

歌姫「写真くらいいいじゃありませんの」

長男「こっちの2人ならいいよ」

歌姫「勝手に決めないでくださいます?」


先輩♀1「何歳かな?」

歌姫「12でしてよ。でももう上級学校に通ってますわ!」

先輩♀1「エリウス君と同い年なのね~」

歌姫弟「今年で9さい!」

先輩♀2「将来の夢とか、ある?」

歌姫「考古学や古典文学の研究をしたいと思っておりますわ」

歌姫弟「お医者さん! お医者さんになって、おかあさまのご病気を治すんだあ」

先輩♀2「いい子すぎて涙出そう」

先輩♀4「ええっと、このパフェどうやって盛り付ければいいんだっけ?」

長男「……ここにイチゴを乗せて、こっちにチョコレート」

長男「カスタードを乗せたら調味料Aを振りかける。仕上げは調味料B」

先輩♀4「キャーありがとう!」

歌姫「…………」


歌姫「エリウス! あなたの一番のおすすめのメニューはなんですの」

長男「……カレー」

歌姫「……」

長男「……どうせ臭くなるから嫌とか思ってるんだろ」

歌姫「……まあ、そうですけれど」

歌姫弟「ぼくカレー食べたい!」

長男「わかったよ」

長男「ハーブティーでも飲んだら。ほら、これならおまえでも満足できると思うけど」

歌姫「一杯5000Gなんてぼったくりにもほどがありましてよ」

長男「貴重なハーブだから仕方ない。嫌なら450Gのやつ注文すれば」

歌姫「……5000Gの超スペシャルブレンドハーブティーをくださいまし!」


歌姫「ここで出るメニューにはそれぞれどのような効果がありまして?」

長男「おまえはありえないほど健康だからどれを飲み食いしても変わらないよ」

歌姫「失礼ですわね」

長男「アスクは病弱ってほどじゃないと思うけど、ちょっと体力がない感じがするから」

長男「カレーで正解だと思う。体力がつくように調合してるから」

歌姫弟「ぼく強くなるよ!」

歌姫「年下には優しいんですのね」

長男「おまえに対してドライなだけだよ」

歌姫「なっ……」

先輩♀3「カレー2つとスペシャルブレンドハーブティー1つ、お持ちいたしました~」

歌姫「……おいしいですわね。今まで飲んだお茶の中で一番ですわ」

長男「俺が考えたんだもん。当たり前でしょ」

歌姫「……よかったですわね、才能に恵まれていて。ふんっ」


歌姫「ここの方々と仲がよろしいんですのね」

長男「天才美少年だからちやほやしてもらえてるけど何か文句ある?」

歌姫「……キィィィィィィィィィ!!!!」

長男「……まあ、正直、鬱陶しいんだけどね。ああいうの」

歌姫「え……」

長男「同じコミュニティの仲間と最低限良好な関係を維持することは大事だってよく言われるけど」

長男「人と喋るの、めんどくさくてたまらない。黄色い声は特に耳障りだ」

歌姫「…………」

歌姫「せっかく友好的に接してもらえているのですから、そう否定的に思わなくてもいいのではありませんの?」

長男「俺の才能に嫉妬するのか、あの人達を庇うのか、どっちかにしてくれない?」

長男「コロコロ態度を変えられると、対応が更に面倒になる」

歌姫「…………」


歌姫「大学に入ってから丸くなったと聞いておりましたけど」

歌姫「変わってませんのね」

長男「少しはマシになったよ」

歌姫弟「このカレー癖が強いけどおいしー!」ガツガツガツ



――外

歌姫「色々な出し物がありますのね」

歌姫弟「あっち! ロボットあるよ!」

工学部生「おいでおいで! 楽しいよ!」

歌姫弟「わーい!」

長男「あいつショタコンだけど大丈夫?」

歌姫「え、こ、こらアスク! 戻っておいでなさい!!」


歌姫弟「おとうさまの劇までお時間あるでしょ? 医学部見に行きたいな!」

長男「いいよ」


歌姫「あら? なんですの、この掲示」

  残念なイケメンランキング(旧 残念な美形ランキング)

  1位 エリウス・レグホニア君(薬学部)

歌姫「…………」

歌姫(お父様の名前も4位に……)

医学生♀1「きゃあああ! エリウスくん!!」

医学生♀2「来てくれたのね!!」

医学生♀3「ねえねえ水3の授業のレポート大丈夫そう? 見せてあげよっか?」

医学生♀4「寒くなあい? お姉さんがギュッとしてあげるぅ!」

歌姫「!?!?!?!?」

長男(キモいキモいキモいキモいキモい)

長男「……触らないでください」


医学生♀4「だって可愛いんだもん」

長男「……俺、人間苦手なんです。先輩よりも、そこに置いてあるパキラの方がずっと好きです」

医学生♀4「またそんなこと言って~」

歌姫「離してさしあげてくださいます? 嫌がってるじゃありませんの」

医学生♀4「この子何?」

医学生♀3「やだ~プライド高そう」

医学生♀2「なんなの? 彼女?」

歌姫「違いますわ! ……あたくし、自分より背の低い男性には興味がありませんもの!」

歌姫「おチビのエリウスなんてただの下僕ですわ!!」

長男「…………」

歌姫弟「おねえさま……」

長男「いい加減離してよね」

医学生♀4「きゃっ」


長男「はあ……」

歌姫「…………」

長男「おまえ、他に友達がいないからって、俺と行動しようとするのやめてくれる?」

長男「俺はおまえのこと嫌いだし、おまえも俺のこと嫌いでしょ」

歌姫「なっ……」

歌姫「友達くらい大勢いますわ! ただ、大学生の友人は……」

長男「別に俺に案内させる必要ないでしょ。パンフレットあれば迷わないし」

長男「不安なら自分の父親と一緒に回ればいいでしょ」

歌姫「…………」

歌姫弟「あのね、エリウスくん、おねえさまは」

歌姫「アスクレーピオス、お黙りなさい!」

長男「アポロン先生に怒られたら嫌だから、先生の劇が始まるまでは面倒見るけど」

長男「その後は俺研究室行くから」

歌姫「……おチビ! おバカ! エリウスなんて知りませんわ!」

歌姫「今すぐお好きな所にお行きなさいな!」

長男「じゃあそうする」


歌姫「うっ……う……」

歌姫「エリウスの……おバカ……!」

歌姫弟「おねえさま、エリウスくんに謝りに行こ?」

歌姫弟「照れ隠しでひどいこと言うの、おねえさまの悪い癖だよ」

歌姫「弟のくせに何を偉そうに!!」

歌姫弟「ごめんなさい……」

歌姫「…………」

歌姫「……いいえ、ごめんなさい。あなたは本当にいい子ですわよ」

歌姫「あたくしと違って……」

歌姫「ううぅぅぅ…………」

――――――――
――


――演劇後

歌姫弟「おとうさま、劇すっごくよかったよ!」

詩人「うむ、ありがとう」

歌姫「お疲れさまですわ、お父様」

詩人「どうしたんだい、クレイオー。目が腫れているじゃないか」

歌姫「お父様の劇に感動しただけですのよ」

詩人「おや、エリウス君は……」

詩人「ああ、いたいた」

長男(うわあ)

歌姫「……研究室に行ったんじゃなかったんですの?」

長男「おまえが彼女なのかって言われまくって嫌だったから」

長男「ほんとの彼女とデートしようと思って」

歌姫「彼女って…………その鉢植えがですの?」

長男「白玉星草」

歌姫「…………」

歌姫「……相変わらず、相変わらずその調子ですのね」


歌姫「さっきのこと、気にしてないんですの?」

長男「?」

長男「いつもどおり喧嘩しただけでしょ」

長男「何おまえらしくないこと言ってんの」

歌姫「…………」

歌姫(言われてみれば、いつもこんな感じでしたわ)

歌姫(暴言を吐き合って、後味が悪いまま別れて)

歌姫(でも、次に会った時にはいつもと変わらず軽口を叩き合って)

歌姫弟「かわいいお花だね」

長男「でしょ」

歌姫(彼にとって、あたくしは大して意識する必要のない存在……)


詩人「喧嘩したとはどういうことかね」

歌姫「たいしたことじゃありませんのよ、お父様」

歌姫「さ、行きましょう。まだまだ回りたい場所がありますの!」

歌姫「ではエリウス、精々彼女とお幸せに!」

長男「ばいばい」

歌姫弟「エリウスくんばいばい!」

歌姫(もう、当分会わないでおきましょう)

歌姫(せめて、この感情が、嫉妬だけになるまでは)



長男「ふう……」

勇者「あーエルいたー! 探したんだよ!」

長男(うげえ)


恋慕と嫉妬が混濁した複雑な感情を向けられていたことにエリウスは気づいていない的な話でした

【もさもさした犬】

悪ガキ「おーいヘリオス、ボールそっちに行ったぞ!」

ジョナスに言われ、ヘリオスは草原を走った。

村の子供達が数人集まってキャッチボールをして遊んでいるのだが、だいぶ日が傾いてきつつある。
草の影に隠れたボールはなかなか見つからない。

悪ガキ「まだ見つかんねえのか? ボールはあれ1つしかないんだぞ」

戦士「おまえが滅茶苦茶な方向に投げるからだろ……」

ヘリオスはうんざりしながら草を掻き分ける。

戦士「……また明日、明るくなってから探した方がいいんじゃないか?」

悪ガキ「それじゃ不安で寝れねえだろ! おいおまえら、ボール探……ん?」

犬「! へっへっ」

探していたボールを咥えた犬が現れ、犬はヘリオス達を見ると地面にぽとりとボールを落とした。

戦士「見つけてくれたのか? ありがとな」

犬「わん! わん!」


戦士「野良犬かな」

悪ガキ「よし、決めた! おまえの名前はジョン! この俺様ジョナスの子分だからジョンだ!」

戦士「ええ……犬にジョンってありがちすぎないか……?」

戦士「モサモサしてるからモッシーがいい」

犬はやや大きめの中型犬だ。骨格は柴犬に近いが、人の指ほどの長さの硬い毛が全身を覆っている。

戦士「モッシー!」

犬「…………」

悪ガキ「ジョン!」

犬「ワン!」

悪ガキ「よし、ジョンに決定な」

戦士「モッシー…………」


日が地平線に隠れ、子供達は自分の家にそれぞれ帰っていった。

戦士「おまえ、帰る場所ないのか?」

犬「へっへっ」

戦士「ジョナスに付けられた名前が気に入ったなら、あいつんち行けよ……」

犬「…………」

戦士(なんで俺についてくるんだろ)

犬「わん! わんわん!」

戦士(懐かれたみたいだ)

戦士「俺んちに来るのはいいけど、貧乏だからいい生活はできないぞ」

戦士「貧乏な分、哀れに思ったご近所さんが規格外で売れない野菜や魚をたくさんくれるから」

戦士「おまえの分の飯を用意できないことはないけど……」

犬「へっへっ」

戦士「残飯の食い過ぎでお袋太っちゃったし……手伝ってもらおっかな……」


戦士(用意する飯の分量をもっと調節すれば、食費を抑えられると思うんだけど)

戦士(足りなかったら子供が可哀想だからって、お袋はたくさんの飯を作ってしまう)

戦士(それで結局余りはお袋の腹の中に……)

犬「くぅ~ん」

戦士「おまえくっさいな……明日洗ってやるよ」



その日以来、ジョンはヘリオスの家の庭に住みつくようになった。

姉「あ、犬にネギ類あげちゃだめらしいわよ」

戦士「あっ……そうなんだ。じゃあ今夜は何あげよう」

戦士「おかずもスープもネギ入っちゃってるし……」

姉「自分で適当に野菜を切ってわんこ飯作ってあげたら?」

戦士「そうする」


戦士「これなら大丈夫かな……」

犬「わんっ!」

ジョンはヘリオスに軽く体当たりした。「遊んで」の合図である。

戦士「わっ」

ヘリオスが抱えていた人参が地面に落ちた。

犬「!」

ジョンは人参を見ると、凄まじい勢いでかじり始めた。よほど腹を空かしていたのだろう。

戦士「えー……これから食べやすいように刻もうと思ってたのに……」

戦士「……まあ、食べてくれたならいいか……」

犬「♪」

戦士「……おまえの毛、何かに似てるなって思ってたんだけど」

戦士「俺の髪の毛とそっくりだな……」


――教室

戦士「なあクレイグ、犬の世話について詳しい奴知らないか?」

友人「ああー、こないだの野良犬飼い始めたんだっけ?」

戦士「飼い始めたっていうか……居つかれたんだよ」

友人「アリッサの家は代々犬の訓練士やってるから」

友人「あいつならかなり詳しいと思うぞ」

戦士「……女子か…………」

友人「そんなビビらずに話しかけてみろよ。案外普通に話せるもんだぞ」

戦士「それができたら苦労してねえよ」

友人「おーいアリッサ! ヘリオスが用あるってよ!」

戦士「えっ」

茶髪子「?」

戦士「いいいいいやあのっなんでもないから!!」

友人「あっ逃げやがったヘリオスの奴!」

茶髪子「…………」


放課後

戦士(教室で宿題やってたらちょっと遅くなったな)

戦士(ちくしょうクレイグめ……あんな目立つことを……)

戦士(今日はジョンと遊んで適当に休もう……)


茶髪子「よし、綺麗になったね」

犬「♪」

戦士「あれ……」

戦士(ななななななななんでアリッサが俺の家の前でジョンの手入れしてるんだ!?)

ヘリオスはビビりながら家の中に逃げ込んだ。

姉「あらおかえり」

戦士「どうしてあのあのあのあのジョンがああああああああああああ」

姉「あんまりにもあの犬が毛玉だらけだったから放っておけなかったんですって」

茶髪子「あの……」

戦士「ひぇっ」

姉「ちょっとあんた、その反応失礼よ」


茶髪子「これ、犬を育てる上での基本的な注意事項」

茶髪子「必要な物は、私の従姉のお店に行けば買えるから」

茶髪子「じゃあ……ね、ヘリオス君」

戦士「ひっ、あっあっ」

姉「ごめんなさいね、こいつ女の子の前だとこうなっちゃうのよ」

茶髪子「いいえ」

戦士「あの、あっ…………」

戦士「あり……がとう……」

茶髪子「うん。困ったことがあったら、なんでも聞いてね」


姉「これを機に女の子と喋る練習したら?」

戦士「無理だよ姉貴……」

犬「わんわん!」

戦士「別の犬みたいに綺麗になったな……」

戦士「俺が水洗いした時と全然違う」

犬「!」

犬「わおおぉーーーーん!!」

戦士「あっ何処行くんだジョン!」

農家の子「きゃっ!」

農家犬「ばうわう!!」

犬「きゃうんきゃうん!!」

戦士「駄目だって!! どうしたんだこんなにはしゃいで!!」

農家の子「その子、オスだよね?」

戦士「あっ……っ……う……」

農家の子「うちのラッティはメスだから……」

戦士「…………」

戦士(犬って発情すると股間がこんなことになるのか……)

犬「ひゃうううううううううううううううん!!」


数日後

姉「あらアリッサ、こんにちは。上がってって」

茶髪子「い、いいえ……ちょっと寄っただけですから。これ、どうぞ」

茶髪子「町から仕入れたわんちゃんのおやつなんですけど、ちょっと売れ残っちゃって」

茶髪子「でも賞味期限はギリギリまだだから……ジョン君食べてくれるかなって」

姉「ありがとね。ヘリオスー! アリッサちゃん来てるわよー!」

戦士「呼ばれても困るよ、姉貴……」

姉「お礼くらい言いなさいよ。あんたが連れてきた犬なんだから」

ヘリオスは柱の陰から玄関の様子を伺っている。

茶髪子「あの、私が勝手にやっていることですから……お邪魔しました」

姉「待って、ちょっと聞きたいことがあるの。でしょ、ヘリ……あっ逃げちゃった」

姉「ったくもう、直接聞けばいいのに……」


姉「昨日の夜からジョンが首元を痒がってるみたいでね」

姉「病気じゃないか心配なのよ」

茶髪子「えっと……ちょっと見てみますね」

ジョンは後ろ足で激しく首元をかき、そして背中を地面に擦りつけている。

茶髪子「多分、抜け毛がまとわりついてて痒いだけだと思います」

茶髪子「ブラッシングを毎日してあげれば大丈夫です」

茶髪子「もし心配だったら、私の叔父や従兄や獣医をやっているので、訪ねてみてください」

茶髪子「専門は家畜なんですけど、一応わんちゃんを看ることもあるので……」

茶髪子「城下町だったら、図書館の近くに名医がいます」

姉「そう。助かったわ」




妹1「すこ~すこ~」

弟1「ぐげぇ~ぐげぇ~」

妹2「おぴょあえ~」

弟2「あぱぱぐふぅ~」

戦士(兄弟達のいびきと寝相が酷過ぎて寝れない)

戦士(今夜は屋根の上で寝るか……)



戦士(やっぱり外は涼しくていいな。星も綺麗だし)

犬「はっはっ」

戦士「わっ、おまえ何処から上ってきたんだ」

犬「わふぅ~」

戦士「毛布代わりに丁度いいか……」


戦士「俺さ、別に女子が嫌いってわけじゃないんだよ」

戦士「ただ、この顔で怖がらせちゃうだろうなって思ったら、緊張して何も話せなくなるんだ」

犬「…………」

戦士「今日なんて男子と女子で戦争が起きて、」

戦士「俺は参加するつもりなんてなかったのに、」

戦士「この顔のせいで無理矢理ジョナスの盾にされてさ……」

戦士「はあ……」

犬「…………」

戦士「初対面の女子は大抵俺の顔を見たら怯えるし、」

戦士「男子とは一応普通に話せるんだけど、やっぱり初対面の時はビビられるんだ」

犬「…………」

戦士「おまえは俺の顔なんて気にせずに友達になってくれたな」

戦士「ありがとうな。おやすみ……」

犬「♪」

とりあえずここまで


【もさもさした犬・続】


犬「くぅーん……」

戦士「尻尾下げて……どうせまたラッティの所に行ってフラれてきたんだろ」

犬「…………」

戦士「おまえが来てからもう1ヶ月かあ」

犬「♪」

姉「ああそうだ、この間アリッサちゃんが言ってたんだけどね」

戦士「何?」

姉「その子、随分人に慣れてるでしょ?」

姉「もしかしたら、元々何処かで飼われてたんじゃないかって」

戦士「え……」


戦士「ボサボサだったし、首輪もしてなかったから、てっきり野良犬だとばかり……」

姉「元の飼い主が探してるかもしれないわね」

戦士「…………」

姉「まあ今のところ何も情報が入ってないそうだから」

姉「そんなに心配しなくてもいいと思うけどね」

戦士「おまえほんとに帰る場所ないのか?」

戦士「前は何処に住んでたんだよ」

犬「?」

戦士「言葉が通じたらなあ……」

戦士「一緒に出会った丘まで行ってみるか」


戦士「このへんの茂みから出てきたんだよな、おまえ」

犬「へっへっ」

戦士「この奥には行ったことないんだよな……危ないからあんまり村から離れるなって大人に言われてるし」

戦士「別に魔物が出るわけじゃないんだけど、ヘビはいるし、犯罪者も隠れてるかもしれないだろ」

犬「……!」ダダッ

戦士「わっ、おいジョン何処行くんだよ!」

戦士(急に走り出したと思ったら木の根元を掘り出した)

犬「ふぅぅぅぅぅん!」

戦士(ダンベル……? いや、木でできた骨型のおもちゃだ)

戦士「これ……おまえのおもちゃか?」

犬「!」ダダッ

戦士「今度は何処行くんだよ!」


犬「ハッハッ」ザッザッザッ

戦士「コップ……? これも木彫りだ」

戦士「犬は宝物を隠すことがあるって聞いたことはあるけど……」

戦士「これ、もしかしておまえの元の飼い主の」

犬「くぅぅぅん!」ダッ

戦士「勝手に走るなって!」



戦士「あれ……こんなところに小屋なんてあったのか」

犬「くぅーん……」

戦士「おまえ、ここに住んでたんだな?」

戦士「おじゃましまーす……」

戦士(人の気配はしない……)


戦士(あ、床に皿が置いてある。犬用の水入れみたいだ)

戦士(名前が彫られてる。J、o、h、n……)

戦士「そうか、おまえ、元々ジョンって名前だったんだな」

犬「へっへっ」

戦士「にしても埃っぽいな……ここの住人は一体何処に……」

犬「ワン!」

戦士「っ……!?」

戦士(こ、これ……)

戦士(人の……死体だ……)


――
――――――――

伍長「怖かったろー、いきなり死体なんて見て」

戦士「お、おれ、兵士になるんです」

戦士「人の死体くらいで、び、ビビったり、しません……」

伍長「おー強い強い」

平兵士1「こりゃ頭打って死んでますね。いや、死んでから頭打った可能性もありますけど」

平兵士2「ちょっと村に聞き込みしたらすぐに住民の身元はわかりました」

平兵士2「だいぶじいさんだったんで、まあ、寿命じゃないですかね」

伍長「長い間放置されてたことによる荒れはあっても、」

伍長「強盗が入った痕跡は特にないし、金品は無事だ」

伍長「事件性はおそらくないだろう」

犬「…………」


平兵士1「あ、日記ですねこれ」

平兵士1「最後の日付は亡くなったと思われる時期と合います」

戦士「……見ていいですか」

戦士(ほとんどジョンの成長記録だ……)

戦士(俺とジョンが会ったのは、日記が書かれた最後の日よりも少し後だ)

――帰り道

犬「くぅーん……」

戦士「そっか、おまえの飼い主、死んじゃってたのか」

戦士「寂しかったな」

父「お、いたいたヘリオス」

戦士「親父……」

戦士(心配して迎えに来てくれたのか)


父「あそこのじいさんなんだけどな」

父「うちの親戚の、木彫りの細工や家財道具を作ってる家の生まれでな」

父「男兄弟の中では一番下だったし、木を彫るのが上手かったから家を継ぐ気満々だったんだが」

父「末の妹の旦那がもっと優秀で、そっちが婿入りすることになっちまったんだよ」

父「それ以来、人生に絶望して、あそこに小屋を建てて1人で生活してたんだ」

戦士「…………」

戦士「日記、ちょっと読んだんだけど」

戦士「ジョンのことがすごく楽しそうに書かれてた」

父「じゃあ、ジョンはあのじいさんを救ったんだな」


――自宅

母「あら~あそこのおじいちゃんくたばっちまったのね」

戦士「ジョンはその人に育てられてたみたいなんだ」

母「ああ~じゃあ、ジョン君があんたに懐いたのも納得できるわ」

戦士「え……なんで?」

母「あんた、あのじいさんと似てるのよ、においが」

戦士「え?」

母「体臭」

戦士「…………」

犬「ワンワンワンワン!!!!」

戦士「あーうん、ご飯な、今わんこめし作ってやるからな」

戦士「はあ…………」

犬「?」

mouchottotsuduku

(この時代のじいさんの基準は50歳くらいですし似てたのは元の飼い主が若かった頃の体臭です説明不足でしたすみません)


【もさもさした犬・続々】


戦士「ただいま~……ってあれ」

父「おー、帰ったかヘリオス」

戦士「犬小屋?」

父「ああ。あの小屋に残ってた木材で作った」

父「あっちの遺族……といってもあのじいさんの甥や姪とだけどな」

父「話し合って遺品をいくらかもらってきたんだ」

父「じいさんの服とかも小屋に入れといたぞ」

父「飼い主のにおいのするものがあると犬は安心するらしいからな」

父「日記ももらってきた。中身はほとんどジョンに関することばかりだから、」

父「まあ読んでも罰は当たらんだろうと思ってな」

戦士(ジョンの好きな食べ物や遊びについてたくさん書かれてる!)

戦士「親父……ありがとう!」

弟1「ジョン~!」

弟2「もっさもさ~!」

犬「♪」


妹1「お兄ちゃん、今日おさんぽついてっていい?」

弟1「おれも」

弟2「ぼくも!」

戦士「いいよ」



妹1「ジョン! こっちこっち~! あははは!」

弟1「はやいはやい!」

犬「ワン! ワウワウ!」

弟2「まって~!」

戦士(弟や妹達の良い遊び相手になってくれてるな)


詩人「ふんふんふ~ん♪」

戦士(あ)

詩人「やあ、僕と同じく太陽神の名をもつヘリオス君じゃないか」


弟2「わんちゃん! きれいだね!」

戦士「おまえ犬飼ってたっけ?」

詩人「城下町に住んでいるおじい様の犬さ。今日はこの村にお越しになっていてね」

妹1「なんて種類?」

戦士「見たことない犬種だな……」

詩人「コッカースパニエルだよ。東の大陸の犬だからね。珍しいだろう」

弟1「ほんとだ、きれいだね!」

詩人「ふふん」

戦士「紐に繋いでるんだな」

詩人「都会ではリードに繋ぐのがマナーなんだ」

詩人「放し飼いが当たり前なのはこんな田舎くらいだよ」

戦士「そ、そうなのか……」


詩人「君の犬にはもちろん噛み癖はないのだろうね?」

戦士「うん。甘噛みくらいはするけど」

詩人「そうか。ならまあいいだろう。くれぐれも人様に迷惑をかけないようにね」

戦士(相変わらず偉そうなやつ)

犬「♪」

スパニエル「♪」

戦士(犬達は仲良くなったみたいだ)

戦士(オス同士でも仲良くできることもあるんだな)

詩人「じゃあ失礼するよ」

妹1「アポロン君ばいばーい!」


茶髪子「あ……」

妹1「アリッサちゃんだあ! こんにちは!」

弟1「アリッサちゃん!」

弟2「あいっさちゃんこんにちは!」

妹1「この子ったら、まだちゃんとラ行言えないのね」

戦士「…………」

茶髪子「……こんにちは。ヘリオス君、セレネちゃん、クロノス君、ネレウス君」

妹1「わんちゃんいっぱいだね!」

弟1「この子達、まだ赤ちゃんだね」

茶髪子「うん。お国のために働く子達なんだよ」

弟1「わーかっこいい!」

弟2「かっこいいー!」

茶髪子「ジョン君、元気そうだね。良かった」

戦士「あ……あう……」


妹1「アリッサちゃんのおかげでジョンは毎日元気いっぱいなんだよ!」

妹1「また遊びに来てね!」

茶髪子「うん」

戦士(お礼……お礼でもなんでも何か話さなきゃ)

戦士(で、でも俺なんかが口を開いて怖がらせちゃったら嫌だし)


茶髪子「……あの、ヘリオス君」

戦士「……」

茶髪子「…………」

戦士(何か言いたいみたいだけど、やっぱり怖くて話せないんだろうな……)

茶髪子「よかったら、今度、その……」

妹1「あー見てみて! あそこにラッティがいるよ!」

弟1「会いに行ってくる!」

弟2「ぼくもー! ジョンもいくんだね!」

茶髪子「……じゃあね」

妹1「ばいばいアリッサちゃん!」


戦士(もうちょっと目尻が下がってたらなあ)

戦士(あ、アポロン君とアリッサが喋ってる。……同時に笑った)

戦士(俺は一生あんな風に女の子と話せるようにはならないんだろうな……)



犬「くぅーん……」

妹1「またラッティにフラれて落ち込んじゃった」

戦士「しつこい男は嫌われるぞ……」


戦士「ただいま」

妹達「「「ただいまー!」」」

姉「ちょっとあんた、エオス知らない?」

ヘリオスの2番目の妹のことである。

戦士「え……見てないよ」

姉「てっきりあんた達と一緒に出掛けたのかと思ってたんだけど」

妹1「いないの?」

姉「あの子ったら、何処行っちゃったのかしら」

姉「不審者が出てて物騒だっていうのに」

弟1「探しに行かなきゃ!」

姉「待ちなさい! 子供が出てったらかえって危ないわよ!」

犬「!」

戦士「ジョン、どうした?」


犬「ハッハッ!」ダダッ

戦士「わっ待てって!」

姉「ちょっとヘリオス! 戻ってらっしゃい!」

戦士「だってジョンが! 姉貴は大人呼んできて!」



犬「グルルルル……」

戦士「なんだこれ……布の切れ端? うちの国の布じゃないな」

犬「バウッ!」ダッ

戦士「ジョン!」


――村のはずれ

人攫い1「顔はまあ微妙だけど売れないこたないだろ」

妹2「…………」

人攫い2「やっぱ田舎にゃなかなか上玉はいねえか」

人攫い2「だが俺はちょっと可愛い子攫ってきたぜ!」ドサ

茶髪子「っ!」

人攫い2「子犬共も高価な犬種だ。そこそこ金になるだろう」

麻袋に子犬達はまとめて入れられている。

人攫い1「うわってめえ流石だな」



戦士(嘘だろ……人攫いだ)

犬「ガウッ!」ガサッ


人攫い1「うわっなんだこの犬! いてえ!!」

犬「ガルヴヴヴヴヴ!!!!」

戦士(普段は絶対人を噛まないジョンが攻撃してる! 悪い奴だって分かってるんだ!)

人攫い2「そのまま噛まれてろ! ブッ刺してやる!」

犬「ガアア!」

人攫い2「うわっ! ぎゃああ!」

人攫い3「おいなんだなんだ、野犬か?」

戦士(荷車から仲間が出てきた)

用心棒「人が来る前にずらかりてえってのに」

戦士(あいつ、剣を持ってる!)


犬「ガウ!! バウワウ!!」

戦士(どうしよう、このままじゃジョンが……)

妹2「んー! んー!!」

茶髪子「っ……」

戦士(エオス……アリッサ……)

用心棒「今晩の晩飯になってもらうぞ、犬」シャキ

戦士(お、大人を……この場所に連れてこなきゃ……)

戦士「…………」

戦士(今動いたら、どちらにしろ俺がいることには気づかれてしまう)

犬「ギャン!」

人攫い3「押さえたぞ!」

戦士(俺は……俺は兵士になるんだ。悪い奴の1人や2人倒せなくてどうする!)

用心棒「俺達を襲ったのが運の尽きだったなあ!」

戦士「っうおおおおおおお!!!!」


ガンッ!

ヘリオスが投げたやや大きめの石が用心棒の頭に命中した。

用心棒「づっ!!」

用心棒の持っていた剣は崖下へ落下していった。

戦士「ジョンを放せ!!」

人攫い3「うおっ! なんだこのガキ!?」

人攫いが驚いている隙にジョンは腕をすり抜けた。

戦士「妹を! 友達を返せ!」ボカボカ

人攫い3「ガキの拳なんて大して痛かねえんだよ!」ガッ

戦士「うっ!」ズサア

用心棒「生意気なガキめ!」

用心棒がヘリオスの背を踏みつけるが、ジョンがすぐに体当たりをし、
そして人攫いの首に噛みついた。

振り向いて用心棒の首にも噛みつこうとするが、腕で跳ね除けられる。


戦士(い、石を……あった!)ブンッ

用心棒「ふん」パシ

用心棒「投げ返してやろうか!」ブン

戦士「い゛っ……てっ……!」

用心棒「そいつはおまえの犬か? 飼い犬諸共あの世に送ってやる」

人攫い1「全く、手間取らせやがって!」

人攫い2「大人しくしろ!」

犬「ギャフゥ」

人攫い達がジョンを取り押さえる。

戦士(どうしよう……どうすれば……!)

戦士「う゛っ!」

用心棒がヘリオスの腹を蹴り、吹っ飛ばした。
ヘリオスは地面を転がり、崖へと近づいていく。


用心棒「落ちたらいてえだろうなあ」

用心棒が更にヘリオスを蹴る。

戦士(っ落ちてたまるか!)

右手でどうにか崖を掴むが、地面は今にも崩れそうだ。

用心棒「ガキが大人に敵うとでも思ったか? ん?」

用心棒「……おまえ、悪人みてえなツラしてんな。謝れば仲間にしてやらんこともないぞ」

戦士「誰がっ……!」

用心棒「じゃあさよならだな」

犬「バウッ!」

人攫い達は怪我で弱っている。ジョンは自力で抜け出して用心棒に向かって駆けた。

用心棒「なっ!」

その勢いにまかせたまま、ジョンは自分ごと用心棒を崖から突き落とした。

戦士「ジョンっ! ジョン、大丈夫か!?」

ガラッ……

戦士(やばい、崩れる……!)


戦士(ここはそんなに高くない。足から落ちれば死にはしな……って)

戦士(剣! 剣の柄が突き刺さってる! ここから落ちたら確実に当たる!)

戦士「だ、誰か……!」



伍長「おい大丈夫か!?」

戦士「伍長さん!」

伍長「今引き上げるぞ、しっかり掴まれ!」

戦士(た、助かった……!)

平兵士1「大人しくしろよー」

人攫い1「ちくしょう……」

人攫い2「早く治療しねえと感染症になっちまうー!」

人攫い3「いてえ……首がぁ……」


伍長「よくやったな!」

戦士「はあ、はあ……」

戦士「ジョン!!」

伍長「生きてるみたいだな」

戦士「今迎えに行くからな!」

平兵士2「エオスちゃんとアリッサちゃんだね。もう大丈夫だよ」

妹2「にいちゃん! にいちゃーん!」

戦士「エオス……よかった」

茶髪子「ヘリオス君……」

戦士「…………」

茶髪子「ありがとう」

安堵からアリッサは涙を流した。子犬達も無事だった。


――自宅

母「あんたバカじゃないの!」

戦士「っ!?」

母「子供がヒーローぶってんじゃないよ!!」

戦士「…………」

平兵士2「まあまあ奥さん」

母「親をこんなに心配させて……! もう……」ギュウ

戦士「お袋……ごめん……」

母「……がんばったわね。晩御飯食べなさい。今あっため直すからね」

戦士「うん」

戦士(帰ってすぐ怒られたのにはびっくりしたけど)

戦士(心配してもらえてなんだか嬉しい。普段は放っておかれてることが多いし)

戦士(ジョンが来てから、なんだか親の愛情を感じられることが多くなったな)

戦士「母さん、ジョンを褒めてやってよ。エオスを見つけたのはジョンなんだ」

母「そうだねえ。ジョン君、ありがとね」

犬「♪」

kkmd
クロノスはゼウスの父じゃなくて時間の神の方由来の名前


【もさもさした犬・終】

放課後

戦士「……ふー」

戦士(やっと宿題が終わった。帰るか)

戦士(……あれ、校門の方に見慣れた犬がいる)



戦士「ジョン!」

犬「ワン!」

戦士「迎えに来てくれたのか?」

妹1「お兄ちゃんのこと待ってたみたいだよ」

犬「へっへっ」

戦士「そっか。ありがとな、ジョン」

戦士「おまえも待っててくれたのか」

妹1「うん。ジョンと一緒にお兄ちゃんと帰るのもいいかなって」


戦士「へっくし! けっこう冷え込んできたな」

妹1「ジョン寒くないかな」

戦士「冬毛が生えてきたから大丈夫だろ」

妹1「あ、そういえばね、お母さんがジョンの抜け毛でクッション作ったんだよ!」

戦士「ごわごわしてそうだなそれ」

茶髪子「…………」

妹1「あ、アリッサちゃんだ!」トテトテ

茶髪子「これ、断熱材。寒い時期は小屋の周りに貼ってあげてね」

妹1「わあ、ありがとう!」

茶髪子「ううん。じゃあね」

戦士「…………」

戦士(またお礼言いそびれた……)


妹1「ジョン、よかったね」

犬「♪」

妹1「ジョンーあのポストまで競争しよ!」

犬「ワン!」

戦士(俺達は表情や仕草からジョンが何をしたがってるのかもわかるようになったし、)

戦士(ジョンは自分で言葉を発せなくても、こっちの言ってることをどんどん理解できるようになった)

戦士(ずっと一緒にいたいな。でも犬の寿命って精々8年だしなあ)

戦士(おじいさんの日記から推測したら、多分ジョンは3歳くらいだ)

戦士(せめて10歳くらいまでは長生きしてほしいな)


――自宅

弟1「おとうさーんジョンが家の中に入ってきたよ! 遊んでいい?」

父「好きにしとけ」

弟1「わーい!」

弟2「わあい!」

弟3「じょ~ん~!」

妹2「こっちこっちー!」

戦士(すっかり家族の一員だなあ)

妹1「お兄ちゃんお勉強教えて」

戦士「いいよ。……うわっジョン邪魔するなよ!」

犬「♪」ペロペロ

妹1「やっぱりジョンはお兄ちゃんが一番好きなんだね」

戦士「はあ……まったく」

戦士「よしよし」


――――――――――――
――――――――
――

翌年

戦士「おまえが来てからもう一年かあ」

犬「♪」

戦士「じゃあ学校行ってくるからな。今日はあんまり遅くならないと思うから」



――放課後

友人「あれ、もう帰んの?」

戦士「うん」

友人「おまえ最近休み時間に宿題やるようになったよな」

戦士「早く帰ってジョンと遊びたくてさ」

友人「俺おまえに宿題教えてほしかったんだけど」

戦士「んー……少しだけなら」

ガラッ

妹1「お兄ちゃん! ジョンが、ジョンが……」

戦士「ど、どうしたんだよ」

妹1「いいから早く帰ってきて!」


――自宅前

妹1「ジョンが1人で外を歩いてる時にね、畑の横に落ちてたお団子食べちゃったらしいの」

妹1「友達のママがジョンを見かけて、すぐにやめさせてくれたみたいなんだけど、」

妹1「わたしが帰ってきた時にばったり倒れて……」

戦士「ジョン! おいジョン!」

犬「くー……」

父「それって1丁目の畑か?」

妹1「確かそうだったと思うけど、でもよくわかんない。下校中にアンナちゃんのママに教えてもらったの」

父「あそこの番犬がこないだ死んじまってなあ。害獣に悩まされるようになって、」

父「昨日から毒団子置くようにしたらしいんだ」

妹1「じゃあなんでジョンを繋いでおいてくれなかったの!?」

父「父さんもさっき畑の持ち主に聞いたんだ」

戦士「…………」


戦士「獣医……獣医さん呼んでこないと……」

弟1「連れてきたよ!」

獣医「ジョン君……ああ、これはもう……」

戦士「助からないんですか!?」

獣医「もう少し早ければ、吐かせて助けることはできたんだけど……」

戦士「……そうだ……町の名医は……」

獣医「彼でも無理だろう。そもそも間に合わない」

犬「っ……っ……」

戦士「ジョン……嘘だろ……」

弟1「ジョンー! 死んじゃやだー!」

妹1「ジョンーっ!」

犬「ふぐっ……はっ……!」

戦士(こんな……こんなに苦しそうにもがいて……)

戦士(助け……られない……)

犬「…………がふっ」

戦士「ジョン……」

犬「――――」

戦士「………………………………………………………………」


戦士「今まで、ありがとうな」


――――――――
――

茶髪子「こんにちは。ジョン君が死んじゃったって聞いて……」

姉「弟と出会ったっていう丘の麓に埋めてきたわ」

戦士「…………」

姉「あの子、あれ以来ずっと泣きっぱなしでね」

茶髪子「……ヘリオス君、あのね、」

茶髪子「ジョン君、幸せだったよ。いつもあんなに楽しそうにヘリオス君と遊んでたんだもん」

戦士「…………」

茶髪子「どうしてもわんちゃんとは別れの時が来るんだけど、」

茶髪子「わんちゃんは、死んでからも家族のことを守ってくれる存在だから……」

茶髪子「あと、もし少しでも元気が出たら、ラッティに会いにいってみてね」

戦士「…………」

茶髪子「じゃあ……ね」


戦士(ラッティ……そういえば最近見てないな)

姉「ほら、体動かしてきなさいよ。そしたら気も晴れるでしょ」

戦士「……」

姉「一緒に行ってあげるから。悲しいのはあたしも同じなのよ」

戦士「うん……」



姉「こんにちはー。ラッティちゃん、今日は畑の番してないの?」

農家の子「こんにちは、アルテミスちゃん」

茶髪子「あ……」

姉「あら、さっきぶり。アリッサも来てたのね」

農家の子「実はラッティ、赤ちゃんを産んだの」

姉「あら」

農家の子「こっちの部屋にいるから、音を立てないようにそっと覗いてみて」

農家の子「ほら、ヘリオス君も」

戦士「…………」

戦士「…………!?」


姉「あらー、ジョンみたいな子犬がいっぱい」

戦士「あ、あいつ……」

戦士(ちゃっかりしてやがる……!)

農家の子「やっぱり……ジョン君の子供だよね?」

戦士(いつもフラれてたくせに、いつの間に……)

農家の子「よかったら、1匹か2匹どう?」

農家の子「今すぐじゃなくて、もうちょっと大きくなってからになるけど」

茶髪子「私も数匹もらうんです」

茶髪子「訓練された犬じゃないのに、ジョン君はエオスちゃんを見つけて助け出しました」

茶髪子「それってとんでもなくすごいことなんです」

茶髪子「だから、そのジョン君の子孫なら、きっといろんな所で活躍できるかなって」

姉「どうする? 寂しいでしょ。もらったら?」

戦士「……いい」

戦士「別れるの、つらいから……」

戦士「でも……たまに……子犬達に会いたい……」

農家の子「そっか。じゃあ、いつでも会いに来てね」


戦士(ジョンは死んじゃったけど、生きていた証はちゃんと残ってるんだ)

戦士(子犬、可愛かったな……)

戦士(俺は……子供を残すことなんて……できないんだろうな……)


――
――――――――
――――――――――――

戦士(……今日で、ジョンの10回目の命日か)

戦士(旅をしていてずっと帰郷せずにいたから、随分久しぶりの墓参りだ)

戦士(あれ以来、放し飼いされる犬はめっきり減って、今では全く見なくなった)

戦士(エサの質も良くなって、10年以上生きる犬も珍しくない)

戦士(ああ、あったあった。墓標代わりの石)

戦士(10年経っても変わらないな。少し安心した)

戦士「ジョン、俺、結婚できたんだぞ。今度は子供と一緒にここに来れたらいいな」


――
――――――――

墓参りに行った数日後、ヘリオスと同期は城下町の軍本部に研修を受けに訪れていた。

新兵「肩こったっすね」

戦士「そうだな。……あ」

訓練士「……!」

新兵「知り合いっすか? あの犬連れの綺麗な女の人」

戦士「同級生だ」

訓練士「久しぶり……ヘリオス君」

戦士「ああ、久しぶり。元気だったか?」

訓練士「うん、元気だよ」

戦士「今日は、その犬達を軍に届けに来たのか?」

訓練士「そうなの。厳しい訓練を乗り越えて、新しく軍用犬として配属される子達」

訓練士「2匹ともジョン君の子孫だよ」

戦士「!」

新兵「……」

新兵「俺先に行ってますね。どうぞごゆっくり」

戦士「気を遣わせてすまんな」


訓練士「女性とも流暢に話せるようになったのね」

戦士「あ……そうだな。当時は全然喋れなくて、アリッサさんに何度お礼を言いそびれたか」

訓練士「私も、ヘリオス君にいっぱい喋りたいことがあったのに、上手く話せなかった」

訓練士「お姉さんや妹さんに伝えてもらってばっかりで」

戦士「やっぱり、俺、怖がらせちゃってた?」

訓練士「ううん。そうじゃないの」

訓練士「あんまり緊張させちゃったら申し訳ないなって思って」

戦士「そっか」

戦士(確かに俺、酷いビビりようだったもんな。失礼にもほどがあった)

訓練士「それに、私、あの頃あなたのこと好きだった」

戦士「え?」


訓練士「だから、遊びに誘おうとしても恥ずかしくて言い出せなくて」

訓練士「懐かしいな。初恋だったんだよ」

戦士(え……ええええええええええええええ)

訓練士「あ、今はもう旦那一筋だよ。あなたも奥さん一筋なんでしょ?」

訓練士「『一途っぷりが素晴らしい』って実家に帰った時に聞いたよ」

戦士「…………」

訓練士「じゃあ、またね。仕事でたまに顔を合わせるかも。会えて嬉しかったよ」

戦士「ああ、また」

戦士(俺の薄暗い少年時代に少しだけ光が差したような……)

戦士(まあアリッサさんが例外なんだろうけど)

戦士「…………」

戦士(いずれ、ジョンの子孫と仕事をすることもあるかもしれない)

戦士(ちょっと楽しみだな)


kkmd
次は勇者ナハトがヘリオスと出会う前の話……の予定


【吸血鬼と湯けむり】


――東の大陸

吸血鬼(はあ、綺麗な男の子いないかなあ)

吸血鬼(一族の男は皆男臭くって嫌になっちゃう)

吸血鬼(男の子欲しさに、こっそり人間の町まで出てきちゃった)

吸血鬼(血が欲しいのもあるけど……)



勇者「怪我はないかい」

少女「は、はい。ありがとう……ございます……」

少女「私……どうお礼をすればいいのでしょう……」

勇者「お礼なんて要らないよ。君の純潔を守れたことが僕の喜びだからね」


吸血鬼「!!」

吸血鬼(あのコ、なんて綺麗なの……!)


吸血鬼(細い身体、高い背、ほんのちょっとあどけなさが残る顔立ち……)

吸血鬼(でも不思議、全然魔力の情報を読み取れない)

吸血鬼(美しい紺色の髪……)

吸血鬼(噂でちょっと聞いたことがあるわ。青い髪と瞳をもった勇者がいるって)



吸血鬼「ねえあなた」

勇者「!」

勇者(人間じゃない。亜人種だ)

勇者「……何者だい」

吸血鬼「そんなに構えないでよぉ」

吸血鬼「私、吸血族のヴェルミリオン。敵じゃないわ。あなたの血を狙ってるわけでもない」

吸血鬼「ただ……」

吸血鬼(いきなり『恋をしちゃった~』なんて言ってもついてきてくれなさそうね)

吸血鬼「あなたの腕を見込んでお願いがあるの」


吸血鬼「昔、私達の一族は、小さな村で人間と共生していたの」

吸血鬼「血を提供してもらう代わりに守ってあげていたのよ」

吸血鬼「でも、吸血行為を行う魔族が現れたせいで袂を分かつことになっちゃった」

吸血鬼「私達は何も悪くないってわかってはもらえたんだけどね」

吸血鬼「人間達は、血を吸われることそのものが怖くなっちゃったみたい」

勇者「…………」

吸血鬼「んで、その吸血魔族の一族が、この辺りで悪さしてるみたいなのよ」

吸血鬼「あいつらのことは許せないし、」

吸血鬼「私達が魔族だって誤解が広まって、こっちが間違って討伐されそうになるし……」

勇者「吸血魔族の退治を手伝ってほしいと」

吸血鬼「そうそう! お願いできるかしら?」

勇者「……いいだろう」


吸血鬼「私達の屋敷へ案内するわ」

吸血鬼(近くで見ても、やっぱり綺麗。吸い込まれそうな瞳……)

吸血鬼(夜に生きる私でさえ、もっと深い闇に引きずり込まれてしまいそう)

吸血鬼(でも血はまずそうね。あんまりお肉食べてなさそうだわ)

吸血鬼「本当にいるのね。人間でも、髪が魔力の色に染まってる子」

勇者「そういう体質でね」

吸血鬼「夜を思わせる色。それとは対照的に、肌は白くって……」

吸血鬼「あなた、まるで私達の仲間みたいね」

勇者「そうかい?」

吸血鬼「っ!」

吸血鬼(綺麗……やっぱり綺麗! 流し目を向けられてドキッとしちゃった)

吸血鬼(こんなに綺麗な人間がいるなんて……)

吸血鬼(欲しい……この子、絶対私のものにしてみせるわ……!)

勇者「…………」

勇者「あまり獲物を狩らんとする目で見つめないでくれるかな」

勇者「解ける警戒も解けなくなってしまうよ」

吸血鬼「あら……鋭いのね」


吸血鬼「ごめんなさいね。一目惚れだったの」

吸血鬼「でも、助けてほしいのはほんとなのよ」

吸血鬼「年はいくつ?」

勇者「今年で18になる」

吸血鬼「うそ。もっと若いでしょ」

勇者「……16だ」

吸血鬼「勘が当たっちゃった。あは。なんで嘘ついたの?」

勇者「大人のふりをした方が何かと便利でね」

勇者「君は…………吸血族は人間よりも寿命が長いのかい?」

吸血鬼「そそ。同年代に見えるでしょうけれど、何十年も生きてるのよ」

吸血鬼「私達にとっては大した差じゃないけどね」


吸血鬼「さあ、いらっしゃい。私の屋敷へ」

吸血鬼「晩餐を用意させるわ。吸血鬼だって、血ばかり飲んでるわけじゃないのよ」

吸血鬼「人間と同じように料理をすることだってあるわ」

勇者(闇を蝋燭が照らしている。重厚な雰囲気だ。……悪くない)

勇者(吸血族達の服のデザインは素晴らしいな)

勇者(貴族の衣服のような気品と、軍服のような堅さが共存している)

勇者(……着てみたい)

吸血鬼「ああ、そうだ。手伝ってもらうお礼は何がいいかしら」

勇者「とりあえず、前金代わりに君達の民族衣装を数着いただこうか」

吸血鬼「いいわよ。絶対似合うわ。」

勇者(よし……)

吸血鬼「すぐに持ってこさせるわね」


吸血鬼「あら、驚くほど似合うわね」

勇者(この服に出会うために僕はここに導かれたのかもしれない)

勇者(素晴らしい……!)

吸血鬼「ちょっとポーズとってみて」

勇者「……こうかい?」

吸血鬼「きゃー素敵!」

勇者(そこらの軍服よりも丈夫な素材でできている)

勇者(吸血族は戦闘を生業としていた)

勇者(いつ戦いになっても対応できるよう、普段からこういった素材のものを好んで身に着けているのだろう)

勇者(しかし……本当に……これほどしっくりくる服が手に入るとは……)

吸血鬼(さっきまではずっと作り笑顔だったのに、なんだか嬉しそうね)

吸血鬼(かわいいかも。うふふ)


食堂

吸血鬼「出発は明日の朝でいいかしら。魔族の棲家にはお昼には着くわ」

勇者「構わないが、君は太陽の下に出られるのかい?」

吸血鬼「ローブを被ればね。直射日光さえ遮ることができれば問題ないわ」

吸血鬼(食べ方も綺麗だわ。きっと良い家の生まれね)

吸血鬼「出身は何処なのかしら。その白い肌、きっと北の国の人なのでしょうけれど」

勇者「はは、何処だったかな。そんなことより、魔族の話をしたいね」

勇者「彼等について知っていることを全て教えて欲しい」

吸血鬼「そうね、強いのは2体いるわ。男と女よ。配下は確認できてるだけで10体ほど」

吸血鬼「弱点は日光。私達以上に陽の光が苦手みたいだわ」

吸血鬼「使う術はそこらへんの上級魔族と大して変わらないわね」

勇者「そうか」

吸血鬼(あんまり自分の話はしたくないみたいね)




勇者(星が綺麗だ)

勇者(……そろそろ眠ろう)




勇者「っ!?」ザッ

吸血鬼「きゃっ!」

勇者「何の用かな」

吸血鬼「んもう、こっそり忍び込んだつもりだったのに」

吸血鬼「私、魅力ないかしら?」

勇者「魅力的だよ。とても」

勇者「しかし僕はそういった行為をしようとは思わない」

吸血鬼「なによぉ! アレが使いモノにならなかったりでもするのぉ!?」

勇者「婚前交渉が嫌いなんだ」

吸血鬼「じゃ、結婚しましょ」

勇者「それはできない。僕は誰とも結婚するつもりはないんだ」

吸血鬼「んうー……諦めないからね」

吸血鬼(これだけ真面目なら絶対浮気しないでしょうし……もっと好きになっちゃった)


昼頃

吸血鬼「魔族はあの洞窟に潜んでるわ」

勇者「ああ。感じるよ、奴等の魔力を」

勇者「僕1人で始末できる程度の強さだ。君はここにいてくれ」

吸血鬼「あら、私はあいつらに恨みがあるのよ。少しくらい自分で殴らなきゃ気が済まないわ」

勇者「僕の攻撃に君を巻き込まない自信がない。自分の身を自分で守れるのなら好きにすると良い」

吸血鬼(どれだけド派手に戦うつもりなのかしら)


ヴコドラク「けっ、やっぱり非処女の血は腐臭がしてまじぃな」

モルモー「あんたが非処女にしちゃったんでしょぉ」

ヴコドラク「我慢できなくてよぉ」

――――

吸血鬼「あら、起きてるのね。昼間は寝ててくれてたらなって思ったのだけど」

勇者「余程多くの血を吸っているようだ。魔力振動が活発になっている。睡眠をとる必要がないのだろう」

――――

ヴコドラク「ま、デザートにとっといた処女がまだいるからな」

ヴコドラク「もう吸っちまうか」

女の子「ひっ」

モルモー「あたしもお昼ご飯にしよっと」

――――

勇者「…………」

吸血鬼(な、なんだか空気がピリピリしてるような……)

吸血鬼(もしかして……怒って……る……?)


男の子「ひえっ……」

モルモー「すぐには殺さないから安心してねえ」

モルモー「ちょおっと血をくれたら、その後は嬉しいことしてあげるぅ」

男の子「あうう……」ブルブル

ヴコドラク「暴れんなよお」

女の子「いやぁ……」




勇者「っ――」ブチッ


ザシュッ ザシュッ

吸血鬼「うわっ……」

ドゴォ

吸血鬼「ひ……」

ボォォォォォォ

吸血鬼「ああ……うわあ……」

ドッゴァァァァァァァァァン

女の子「ゃぁぁぁぁ……」ジョボオ

男の子「うぅぅぅうううぅうぅぅうううううう」ガクガク

グシャッ グシャッ

吸血鬼(あんなに静かな笑みを維持したまま、こんなことができるなんて)

吸血鬼(噂以上に……なんて……ああ……だめ、言葉にならない)


勇者「すまない。部下も全て瘴気に還してしまった。君の復讐の機会を奪ってしまったね」

吸血鬼「いいのよ……うん……なんだか気が晴れちゃったから……」

勇者「じゃあ僕はこれで。囚われていた人々を町に送ってくるよ」

吸血鬼「ま、待って!」

吸血鬼「少しでも吸血族への誤解を解くために、私の仲間に人間達を町に送り届けさせてほしいの」

吸血鬼「ああでも手柄を横取りされるみたいで嫌かしら!」

吸血鬼「あなたが手伝ってくれたっていうか助けてくれたってことは伝えさせるからあ!」

勇者「名誉に興味はない。君に任せるよ」

吸血鬼「それに、報酬だって前金代わりしか渡してないでしょ?」

吸血鬼「もう一回うちの屋敷に来て! ね?」

勇者「生憎だが」

吸血鬼「もう夜這いなんてしないし! お礼したいの! お願い!」

勇者「…………」

吸血鬼「うちの民族の鞄とか! 小物とか! いろいろあげるから!」

勇者(……欲しい)

勇者「わかったよ」

吸血鬼「やった♪」


――吸血鬼の屋敷

吸血鬼「汗かいたでしょ? お風呂入ってきたら?」

勇者「ありがたいね」


浴場

勇者(……随分広いな)

勇者(まともに入浴するのは久々だ。この頃は魔法で軽く水を浴びるだけだった)

勇者「……ふう」

勇者(しかし眠いな。屋敷に漂う葡萄酒の匂いのせいだろうか)

勇者「…………」ウトウト




バタン

吸血鬼「……のぼせるわよ?」

勇者「っ!?」ビクッ


吸血鬼「あ、やらしいことしにきたわけじゃないからね! 背中流してあげようと思って」

吸血鬼(あわよくばとはちょっと持ってるけど)

勇者「……1人でゆっくり入浴していたいんだが」

吸血鬼「恥ずかしがり屋さんなのね。……上がった方がいいわ。顔が真っ赤よ」

勇者「…………」

吸血鬼「女の子みたいに胸隠しちゃって、もう」

吸血鬼(実は女の子……なんてことないわよね。膨らみがあるわけでもないし)

吸血鬼(声だって低いもの。……低いわよね?)

吸血鬼「貴族の男の子にたまにいるみたいね、あなたみたいに肌を晒したがらない子」

吸血鬼「かーわいー」

勇者「疲れてるから……その……」

吸血鬼「もっと堂々としてていいのよ? ほら」グイ

勇者「やめっ」

吸血鬼「んもー!」

勇者「ひゃっ」

吸血鬼「何よ、女の子みたいな声出しちゃっ……」

吸血鬼(下も……ない……?)


吸血鬼(なんか読みにくい魔力してるなあって思ったけど)

吸血鬼(無性なのかしら。でも、この仕草……)

勇者「……………………」

吸血鬼「……女の子?」

勇者「…………」

吸血鬼「うーん……」

吸血鬼「…………」

吸血鬼「アリかも」

勇者「え……」

吸血鬼「私、それでもあなたのこと好きよ。そこらの男の子よりもよっぽど魅力的だもの」

勇者「ええと……」

吸血鬼「ねえ、いいでしょ? 私、あなたの旅についていきたい」

勇者「すまないが、仲間は作らないつもりなんだ」

吸血鬼「好き! 好きぃ!!」

勇者「っ……」


吸血鬼(……怯えさせちゃったみたい。私ったら、27歳も下の子に大人げなかったわね)

吸血鬼「ごめんね。まあ、また服着たり脱いだりするの面倒だから、」

吸血鬼「私は私で入浴するけどね。近くにいるくらい許してね」

勇者(退いてもらえた……)

勇者(女性であっても……体を見られるのは苦手だ)




翌朝

吸血鬼「……どうしても、ついていっちゃだめ?」

勇者「すまない」

吸血鬼「勝手についていくから!」

勇者「足手まといがいると戦いにくいんだ」

吸血鬼「でもどうしても一緒にいたいの!」

勇者「1人でいるのが好きなんだ」

吸血鬼「私はあなたといるのが好き!」

勇者「……やむを得ないな」

吸血鬼「っ!?」


吸血鬼(身体が……動かない!?)

勇者「数時間もすれば動けるようになる」

吸血鬼「ナ、ハト……」

勇者「必要以上に他人と関わるつもりはないんだ」

勇者「……どうか僕のことは忘れてほしい」

吸血鬼「ぜっ、たい……絶対忘れないから……!」

勇者「さようなら、ヴェルミリオン」

吸血鬼「いつか後悔することになるわよ……!」

吸血鬼「待ってなさいね……必ず、あなたを……捕まえてみせるんだからー!」

kkmd

※ナハトさんの胸が膨らみ始めたのは17歳くらいからなので当時はまな板


*怪盗兄妹_1


館主「ぐぬぬ……」

ある冬が近付いた日、とある大陸のとある博物館に1枚の予告状が届いた。


【秘められし貴石が花を開かせる夜

闇に隠されしエメラルドを頂きに参上する

             怪盗タロット】


怪盗タロット……兄と妹、2人1組の怪盗である。
世界中の宝物がタロットに盗まれているが、誰1人として彼等を捕まえることはできていない。

博物館の主は大急ぎで探偵を探したが、
どの探偵も予告状の差出人の名前を聞いた途端眉尻を下げた。


館主は困り果てたが、たった1人、
依頼内容を聞いても全く顔色を変えなかった者がいた。

巷では“紺色の髪の勇者”“さくらんぼ狩りの純血主義者”“色欲の断罪者”等と呼ばれている、
謎の美青年・ナハトである。


館主「『秘められし貴石が花を開かせる夜』」

館主「これは我が博物館で毎年開催している貴石展のことだろう」

館主「今年は5日後に開催する予定だ」

勇者「闇に隠されしエメラルド、とは」

館主「“救済のエメラルド”と名付けられた最高級のエメラルドのことだ」

館主「8年前、この土地で採掘されたものでね」

館主「このエメラルドは貴石展の主役であり、世界最高の美しさをもっている」

館主「しかし、貴石展が開催される1ヶ月間しか基本的には人の目には晒していないため、」

館主「闇に隠されし、と表現したのだろう」

館主「救済のエメラルド目当てに世界中から観光客が訪れるほどの人気なのだ」

館主「そのため、開催中止は極力避けたい。観光客を悲しませたくないのだ」

勇者「……ふむ」

館主「タロットは厄介な盗人だ」

館主「一切魔術を使わず、謎のトリックで探偵を欺き、」

館主「まるで劇でも演じるかのようなパフォーマンスをして去っていく」

魔術を使えば、術者の魔力の残滓がその場に痕跡として残る。
そのため、魔術を使わずに行われた犯罪は、使った犯罪に比べて調査が困難なのである。

館主「勇者様ならきっと彼等を捕まえることができると信じておりますぞ!」

勇者「専門は強姦犯の追跡と浮気調査なのですが……やってみましょう」


勇者「では、エメラルドを見せていただけますか」

館主「そ、それは……」

勇者「守るものの形と所在を教えていただかなければ、できる仕事もできませんよ」

館主「……わかった。あれは今我が自宅にある。お連れしよう」



メイド「お帰りなさいませ、旦那様」

勇者(大した豪邸だ)

館主「救済のエメラルドを保管しているのはこの特別保管室だ」

館主「これだよ」

勇者(確かに目を見張る美しさだ)

勇者(色味の異なる5つのエメラルドが台座に嵌められ輝いている)

館主「偽物を用意しようとも思ったのだが、時間が足らず……」

勇者「価値の低い物で構いません。エメラルドと、台座となっている物と同じ種類の金属を用意できますか」

館主「そ、それだけならばすぐに……」


執事「お持ちいたしました」

勇者「使わせていただきますよ」

勇者ナハトがエメラルドと金属を掌に乗せると、
それらは一瞬で救済のエメラルドと瓜二つのジュエリーに変化した。

館主「!?!?!?」

勇者「救済のエメラルドと全く同じ構造をもつ複製を作りました」

勇者「目利きの鑑定士でも見分けることはできません」

勇者「魔感力の優れた人物か、世界最高レベルの魔導師であれば、」

勇者「魔力情報の違いによりレプリカだと気づくでしょうが」

勇者「そういった実力者は滅多にいません」

館主「な、なんと……」

館主(人間業ではない……)

館主「その能力を使えば、いくらでも高値のつく宝石を創り出せるのでは」

勇者「悪用する気は更々ありませんよ」

勇者「このレプリカの美しさが保たれるのは7日間」

勇者「敢えて私の魔力が抜けたら劣化するように構成しています」

館主「う、うむ」


勇者「予告した以上、怪盗が貴石展の開催前にエメラルドを盗みにくることはないでしょう」

勇者「しかし、彼等が既に近くにいる可能性は非常に高い」

勇者「くれぐれも油断なさいませんよう」

勇者「……あちらにも何か保管しているようですが」

館主「大した品ではない」

勇者「…………」

勇者「では、怪盗タロットの情報を集めに町へ出て参ります」

館主(このレプリカの美しさが失われるのなら、)

館主(ただ怪盗にこれを盗ませるだけでは、いずれまた本物が狙われてしまう)

館主(やはり、なんとしても怪盗を捕まえてもらわなければ)

館主(しかし、あの若造にできるのだろうか……? 誰にも成し得なかったことを)

執事「旦那様、彼は魔族や盗賊を狩って生活しているただの旅人でしょう」

執事「信用に値する人物なのですか?」

館主「探偵紛いのことをしていると聞いたことがある」

館主「信じたいものだが……」


勇者(流石にこの髪の色で情報収集をするのは目立ちすぎる)

勇者(この町の人間は茶髪が多いようだな)

勇者(……こんな具合か。髪の色は少し集中を乱すだけで変化してしまう)

勇者(気を抜かないようにしなければ)

勇者(服も地味な物を揃えるか)


――スナック

ママ「あら、綺麗な男の子ねえ。お酒はまだ飲めないかしら」

勇者「僕が欲しいのは、お酒じゃなくて情報ですよ」

ママ「うふふ。ものによっちゃあ、あたしの情報は高くつくのよ。坊やに払えるかしら」

勇者「世間話程度でいいんです。怪盗タロットについて……教えていただけませんか」







5日後の夜

館主(客には申し訳ないが、レプリカを展示させてもらった)

館主(本物と輝きは変わりないのだ。許してくれ)

執事「日が落ちてだいぶ経ちました」

館主「もういつ現れてもおかしくないな……」

館主「うむ」

館主「ナハト、勇者ナハトはいるか」

館主「全く……何故おらんのだ!」

突然、全ての魔石灯が光を失った。
客達は闇に戸惑い混乱している。


「翼を失った翠の結晶――貰い受けに参りましたよ」

展示室内に男の声が響き、救済のエメラルドが展示されていた場所だけが明るく輝いた。
奇妙な化粧をした男の姿が現れる。

怪盗兄「ああでもいけない、これは紛い物のようだ」

男の手に握られた5つの連なったエメラルドは、再び台に戻された。

怪盗妹「そして……本物はここに」

男の背後から、似た格好の女が現れる。

館主「なっ……んだと!?!?」

館主「あれは屋敷の地下に隠しているはず!」

客の内の何人かは歓声を上げている。
優雅に振る舞う怪盗のファンは密かに多い。

勇者「さあ……それはどうかな」

人々は展示室の入り口の方へ振り返った。
扉の両脇の魔石灯が妖しい光を放ち、そこに立つ青年を照らす。


勇者「“救済のエメラルド”はここにあります」

白い手袋で覆われた手に握られているのは、確かに救済のエメラルドだ。

勇者「……なんてね。僕の言葉も真実とは限らない」

勇者「本物は一体どれなのだろうね」

勇者は懐に手を入れると、救済のエメラルドと同じ形をした物を5つ取り出した。

勇者「君達が本当に目利きなのなら、本物を見分けられるはずだよ」

怪盗兄「なんだとォ……!?」

勇者「もっとたくさんあるよ」

じゃらじゃらと音を立てて取り出されるそれらは、どれも本物と同じ輝きを放っている。
怪盗の男は勇者に近付き、1つ1つ必死に見るが、どれが本物でどれが偽物なのか見当もつかない。

怪盗兄「本物は何処にある……!?」

勇者「……ははは」

勇者「目利きの振りをしていたようだが、メイドとして忍び込ませた彼女に情報を入手させただけだったようだね」

勇者はカツカツと踵を鳴らしながら部屋の奥へと向かった。

勇者「実は、君が最初に手に取ったこれが本物なのだよ」

怪盗兄「なっなにいいいいいいい!!」

怪盗妹「そんな……!」


館主「そ、そんなはずは」

勇者「信頼していただけていないようでしたので、こっそり摩り替えさせていただきました」

客達はすっかり勇者に夢中である。

勇者「しかし、君は他にも盗んだ宝石を持っているね」

勇者は怪盗の女に向かって言った。

勇者「見せてもらえるかな」

怪盗妹「……これも返せって言うのかしら」

女は懐から2粒のエメラルドを取り出した。
1つは他の物と同じ大きさだが、もう1つは4倍ほどの大きさである。

館主「あ、あれは……!」

勇者「あなたが救済のエメラルドと共に保管していた物、ですね?」

館主は驚いたまま押し黙った。

勇者「この宝石は君達に預けよう」

怪盗妹「……!」

会場がざわつく。

あろうことか、若き勇者は2粒のエメラルドを取り戻そうとはせず、
救済のエメラルドを怪盗の女に渡したのだ。


勇者「皆さん、お聞きください」

勇者「これらのエメラルドは遥か北の大地より盗まれた物です」

怪盗妹「知っていたの……!?」

勇者「幼い頃に見たことがあったんだ」

勇者「黄金に輝く3対の翼に埋め込まれた6つのエメラルドと」

勇者「その狭間で輝く1粒の大きなエメラルドをね」

勇者「本来の名は“熾天使の木の葉”」

勇者「世界中から集められたエメラルドを黄金の熾天使像に嵌めこんだ芸術作品」

勇者「だが9年ほど前に、エメラルドのみが盗まれてしまった」

館主「くっ……くうっ……」

勇者「あなたは……これらが盗品だと知った上で所持していましたね」


勇者「7つ全てを使えば盗品だとばれてしまうリスクが高かった」

勇者「そのため5つのみを新たな作品として利用したのでしょう」

館主「……美しいエメラルドが必要だった」

館主「この土地で採れるエメラルドは、そう質は悪くない」

館主「しかし他の産地より知名度が低く、マーケティングは上手くいかなかった」

館主「観光収入もないために町は貧しくなる一方……!」

館主「領主である我が父はいつも頭を悩ませていた!!」

館主「だから……確実に有名になる石を手に入れ……知名度を上げなければならなかった」

勇者「冬季にのみ公開していたのは、」

勇者「熾天使の木の葉のことをよく知っている北国の富裕層が訪れるのを防ぐためですね」

北国の多くは冬場が社交の季節であり、
貴族は首都に集まらなければならないため他国へ旅行に行くことは困難である。


勇者「君達が本来の持ち主から依頼されて盗品を盗み返す義賊だということも調べさせてもらった」

勇者「本来は行政機関により本来の持ち主へ返されるべきだが、」

勇者「そういった組織は、権力者との癒着している場合もある」

勇者「残念なことに、必ずしも綺麗事で物事を解決できるとは限らない時代だ」

館主「くう……!」

勇者「ルクスリエース国からは、近々処罰が下されるでしょう」

勇者「土地を想う心には敬服します」

勇者「しかし、盗んだ物で作った栄光は、そう長くは続きません」

館主「…………」

勇者は踵を返し、出入り口へと向かう。

怪盗兄「待て……!」

怪盗兄「よくも俺達に恥をかかせてくれたな!」

怪盗妹「兄さん!」

怪盗兄「しかも俺より振る舞いが優雅だし! 妖しげな雰囲気醸し出しまくってやがるし!」

怪盗兄「俺等よりもそれっぽいじゃねーか!」

怪盗妹「兄さん……」


怪盗妹「……ねえあなた、私達の仲間にならない?」

怪盗妹「あなたが協力してくれたら、世界中の盗品を盗み返せるわ」

怪盗兄「おい何言ってんだよ!」

勇者「生憎、1人旅が心地良くてね」

怪盗妹「……そう」

勇者「では、これで失礼させてもらうよ」

怪盗兄「覚えてろよ」

怪盗兄「次に会う時はおまえよりも優雅に立ち振る舞ってやるからなー!」

怪盗妹「恥の上塗りはやめて、兄さん」

勇者「ふふっ……楽しみにしているよ」

勇者(兄さん……ね)

勇者(魔力を読んだ限り、彼女の方は知らないようだ)







怪盗兄「ちくしょう……」

怪盗妹「いいじゃない、兄さん。依頼通り盗み返せたのだから」

怪盗兄「俺のプライドはあいつに盗まれちまったがな」

怪盗妹「まあまあ」

怪盗兄「やけにあいつの肩持つじゃねえか!」

怪盗妹「あのね、兄さん。私も……盗まれちゃったみたい」

怪盗兄「え?」

怪盗妹「だいじなもの」

怪盗兄「なっまっまさかっ」

怪盗兄「おまえの心かああああああ!?!? うわああああああああ!!!!」



続く


*怪盗兄妹_2


――北の大陸北東部

戦士(幸い今日はほとんど雪が降ってない)

戦士(でもやっぱ冷えるなあ)

勇者「次の町に着いたら防寒具を買い足そうか」

戦士「大丈夫っす」

戦士(フラれてからも気を遣ってもらえてはいる)

戦士(そしてそれがまたつらい)

戦士(最近はずっと馬車での移動だから、徒歩は随分久々に感じる)

戦士(先日滞在していた村では馬車を借りられなかった)

戦士(あったかい宿で休みたいな……)

突如、2人を円で囲むように風船が現れた。
それらは破裂音を発しながら紙吹雪を巻き起こす。

怪盗兄「怪盗タロット、華麗に参上!」

怪盗妹「久しぶりね、ナハト」


戦士(俺がこの人達と会うのはこれで3度目だ)

戦士(お兄さんのスパーダさんはナハトさんをライバル視していて、会う度に勝負をけしかけている)

戦士(前々回はポージング対決だったし、前回は何故かジャンケン勝負だった)

戦士(妹のアミュレッタさんはナハトさんのことが好きらしく、)

戦士(ナハトさんの心を盗もうと必死である)

怪盗兄「おいヘリオス、何してんだ」

戦士「何って……見てのとおりゴミ拾いですけど」

地面には演出に使用した風船の残骸や紙切れが大量に落ちている。

戦士「環境破壊じゃないですか」

怪盗兄「真面目な奴だな……」

怪盗妹「ちゃんと自然に還る素材で作ってるから放っておいて大丈夫よ」

戦士「あ、そっすか」


勇者「今日は何の用だい」

怪盗兄「その澄ました顔、やっぱりいけ好かな……ん?」

勇者「なんだ」

怪盗兄「……顔つき随分変わったな?」

怪盗兄「なんつうか……女っぽいな? 太ったのか?」

勇者「……」

怪盗兄「あれだろ、体型が隠れる格好してんのも丸くなっちまったからだろ?」

勇者「寒いからだが」

怪盗兄「プロポーションの良さなら今は俺の方が上かもしんねえなあやったぜ!」

勇者「…………」

戦士(まずい。かなりイライラしてきてる)


勇者「……くだらない。行こうか、ヘリオス君」

怪盗兄「まあ待てって」

勇者「……」

怪盗兄「どれくらい体重あるか当ててやろうか? ……やっぱり頬のあたりが丸くなったな?」

スパーダはナハトの右手首を掴んだ。

戦士(うわあああああああああああナハトさんに触るな!!!!)

勇者「放せ」ギロ

怪盗兄「ひぃっ」

怪盗兄「お、おまえこんなに苛立ちを表に出す奴だったか?」

怪盗妹「兄さん、いい加減にして」

戦士「…………」

怪盗兄「なんでおまえまで睨みつけてくんだよ……」

怪盗兄(しかも涙目だし……あれか、こいつはナハトのことが好きなのか?)

怪盗兄(そうかあ、ヘリオスはホモだったか)


怪盗妹「実は、今日は協力を求めに来たの」

怪盗妹「この近くに大きな屋敷があるのだけど、」

怪盗妹「その屋敷の主が盗賊団を裏で操ってるって情報が入ったの」

怪盗妹「私達の目的は、彼等が盗んだ金銀財宝を盗み返すこと」

怪盗妹「でも、彼等はあまりにも強すぎるのよ。運ばなきゃいけないお宝も多くって」

怪盗兄「力を貸してくれ。プライドを捨てて頼んでんだ」

勇者「傭兵でも雇えばいい」イライライラ

怪盗兄「世界最強のおまえなら誰よりも安心なんだよ悔しいけど!」

勇者「急いでるんだ」

戦士(普段なら絶対盗賊を放置したりしないのに……)

怪盗兄「何かっかしてんだよ! 生理前の女じゃあるまいし」

勇者「…………」

戦士(どうしてここまで的確に地雷を踏めるんだろう)


勇者「ヘリオス君、彼等に協力してあげてくれるかい」

戦士「いいですけど」

怪盗兄「おまえはどうすんだよ」

戦士(いつにも増して厚かましいなこの人)

勇者「アジトの外で逃げ出した残党を狩る」

怪盗兄「ええ……」

戦士(俺だけじゃあ頼りないって思ってんだろうなあ……)

勇者「今のヘリオス君なら1人でも充分な戦力になる」

怪盗妹「わかったわ。ありがとう」





怪盗兄「ちゃんと旅人小屋見つけといたんだぜ。感謝してくれよ」

旅人の多い道には、宿として使える小屋がしばしば建てられている。
山小屋と同じようなものである。

怪盗妹「兄さん、感謝するのは私達の方でしょう」

戦士「裏に井戸もあるんすね」

怪盗妹「兄さん、ほら、化粧を落としてきましょう。このまま寝るのはお肌に悪いわ」

怪盗兄「他人に素顔を……まあいいか、こいつらだし」


怪盗妹「流石にお水冷たかったわねー」

戦士(あれ?)

怪盗兄「なんだよその目。俺達の素顔がそんなに面白いか」

戦士「いえ、なんでも」

戦士(メイク落としたら、この人達全然似てないんだな)

怪盗兄「あ、これ前金な」

戦士「どうも。……ナハトさん」

勇者「全て君が受け取っておくといい」

戦士「……あざっす」


怪盗兄「……なあ、こいつら前会った時よりぎこちなくなってないか?」コソコソ

怪盗妹「確かに……」コソコソ

怪盗兄「もしかしてさ、こいつら……デキてんじゃないか?」

怪盗妹「え、何言ってるのよ……」

怪盗兄「いちゃつきてえのに俺達が邪魔だからこんな態度なんだろ多分」

怪盗妹「そ、そんなまさか……」

勇者「こそこそ話をするくらいなら外に出ていってもらえるかな」

怪盗兄「ひえっ」


怪盗兄(ナハトがホモなら、アミュレッタもこいつのことを諦めるかもしれない)

怪盗兄(希望が……希望が見えてきたぞ……!)

戦士(一体何に対して滾ってるんだろうこの人)

戦士「まあ、寝ますか」

勇者「そうだね」

怪盗兄「ほら、2人で密着して寝てるじゃねえか。やっぱりそういう関係なんだろ」

怪盗妹「で、でも」

怪盗兄「ナハトのことは諦めろ、こいつらはホモップルなんだ」

怪盗妹「暖をとるために一緒のお布団にくるまってるだけでしょ?」

勇者「……」イライライラ

戦士「何話してるか知らないですけど、寝れないんでやめてくれませんかね」

怪盗妹「ご、ごめんなさい」

怪盗兄「睨まないでくれ。おまえの顔本気で怖い」

戦士(これじゃナハトさんがイライラしすぎて寝られない。駄洒落でも言おうかな)

怪盗妹「ほら兄さん、私達も……あっ」


怪盗妹「見て、雪が降ってるわ。月明かりに照らされて綺麗」

戦士「積もったら困りまスノウ」

怪盗兄「…………!?」

怪盗妹「…………」

勇者「…………」

勇者「ふっふふっ……ははははは……」

戦士「おやすみなさい」

勇者「うん……おやすみヘリオスくん……ふふっ……」

怪盗兄(さっむ……)

怪盗妹(ヘリオス君……彼のこと、よくわかってるのね)

怪盗妹(そりゃそうよね、私よりもずっと長く彼と一緒にいるのだもの)

勇者「っ……っ……」

戦士(痙攣してる……)

戦士(まあ、そのうち笑い疲れて寝るだろう。機嫌取れてよかった)


翌日、道中

勇者「……うっ」

怪盗兄「おいどうした」

勇者「…………」

戦士「おぶさりますよ」

勇者「すまない」

戦士(体調が悪い時はどうしようもないから頼ってもらえる。嬉しい)

怪盗妹「……調子、悪いの?」

勇者「…………」

戦士「問題ないです。行きましょう」

戦士(他人に弱ってるところを見られるのを極端に嫌う人だ。屈辱だろうな)

怪盗妹「…………」

怪盗兄「心配してやってるってのに」


怪盗兄「屋敷はあそこにあるわけだが」

勇者「逃げ出した盗賊を雷で撃ち落とすくらいはできる」

勇者「ここに置いていってもらえれば問題ない」

戦士「じゃあ、すぐ戻ってきますんで」

怪盗妹「……本当に大丈夫?」

勇者「ああ」

怪盗兄「じゃあ、俺達は作戦通りこっそり忍び込み、屋敷の主を捕らえお宝を確保する」

怪盗兄「盗賊を引き付ける役は……ほんとにおまえ1人で大丈夫なんだろうな?」

戦士「やれるだけがんばりますよ」

勇者「魔力を探った限り大した連中じゃない。ヘリオス君なら負けることはないだろう」

怪盗兄「おまえにとっては大したことないってだけだろ……? 普通の人間にとってはかなり厄介な相手なんだぞ」

勇者「彼なら無問題だと言っているだろう」

怪盗妹(……信頼してるのね、ヘリオス君を)


屋敷内

「侵入者だー!」

「愚かにも真正面から入ってきたぞー!」

戦士「かかってこい!」




怪盗兄「よし、あいつが囮になってくれたおかげでこっちはだいぶ警備が薄くなってるな」

怪盗妹「この程度の人数ならなんとかなるわね」

手品師「おっと、舐めてもらっては困る」

怪盗兄「っ!」

怪盗兄(こいつ、ちょっとやばいな)

手品師が片腕を振り上げた瞬間、廊下の各所から非常に小さなナイフが飛んだ。
2人の怪盗はマントで攻撃を凌ぐ。

特殊な素材でできたそれは、そう簡単に刃を通すことはない。

怪盗兄「つっ」

しかし、背後から飛んできたナイフがスパーダの右足を掠めた。


痛みに怯むことなく彼は杖の先を手品師に向ける。

手品師「そんな棒で何をっ!?」

それは仕込み杖だった。底がはがれ、針が勢いよく飛び出す。
手品師が針を防ごうと身構えた隙を逃さず、スパーダは間合いを詰めた。

スイッチを押して杖のシャフトから刃を出し、手品師の腕を浅く裂く。

手品師「ほう、貴様も奇術を操るらしいな。おもしr」

手品師は格好良く台詞を言おうとしたが、脇腹を直撃した炎弾に遮られた。
吹き抜けの階下にいるヘリオスが攻撃を加えたのだ。

戦士「もう彼は動けません」

怪盗兄「えー俺が倒そうと思ってたのに!」

怪盗妹「お礼を言うのが先でしょ!? ほら、行くわよ」

怪盗兄「悪い、先に行ってくれ」

スパーダは足を押さえている。敵が倒れたことで、遅れて痛みが出てきたのだ。

怪盗妹「……わかったわ」

アミュレッタは窓から外に出、外壁をよじ登っていった。


戦士「大丈夫ですか」

怪盗兄「微妙だ。ちくしょう、アミュレッタに良い所見せたかったってのに」

戦士「すみませんね余計なことをして。見せてください」

ヘリオスが傷口に手をかざす。

怪盗兄「おまえ、治療術使えるのか」

戦士「少しですけどね。先へ急ぎましょう」

ヘリオスは敢えて派手に屋敷のあちこちを破壊しながら進んだ。
敵を引き付けるためだ。

現れた盗賊達は次々とヘリオスに倒されていく。なお、命は奪われていない。
というのも、生きたまま憲兵に引き渡した方が報酬が多くなるからだ。

犯罪者の魔力はバッテリーの原料となるためである。

怪盗兄「殺さないように戦うのが一番難しいってのに」

怪盗兄「おまえ、どうやってそんなに強くなったんだ?」

戦士「ナハトさんに鍛えてもらいましたから」

怪盗兄「なあ、おまえらってデキてるんだよな?」

戦士「え?」


怪盗兄「あ、隠さなくていいぞ! そういう趣味を差別するつもりはねえからな!」

怪盗兄「おまえホモなんだろ?」

戦士「……もう、それでいいです」

戦士「でも付き合ってはないです」

怪盗兄「そうかあ、でも脈はあると思うぞ!」

戦士(ないんだよなあ……)

戦士「スパーダさんこそ、アミュレッタさんのこと大好きですよね」

戦士「必死にかっこつけて、他人を下げて、アピールしまくりじゃないですか」

怪盗兄「……はあ」

怪盗兄「俺さ、どうしてもナハトから盗み返したいものがあるんだよ」

戦士「アミュレッタさんの心ですよね」

怪盗兄「そうだよ」

怪盗兄「俺は一度もあいつのことを妹だと思ったことはない」

怪盗兄「アミュレッタが妹になったその日から、俺にとってあいつは女だった」


怪盗兄「俺達に両親はいない」

怪盗兄「大怪盗である養父に育てられたんだ」

怪盗兄「親父に連れてこられた時、あいつはまだ6歳だった」

怪盗兄「だが、目の前で両親を殺されたショックで記憶を失っていたんだ」

怪盗兄「ちくしょう、可哀想に……」

戦士「仇は取れたんですか?」ザシュザシュ

怪盗兄「いいや、まだだ。手掛かりは少しずつ集まってるけどな」

戦士「犯人、見つかるといいっすね」ボコッボコッ

怪盗兄「……よく人の身の上話聞きながら戦えるな……どんだけ余裕なんだよ……」

怪盗兄(将来はばけもんだなこりゃ……)


怪盗妹「待ちなさい!」

屋敷の主「捕まるものか!」

屋敷の主は必死に階段を駆け下りている。

怪盗兄「危ないアミュレッタ!」

怪盗妹「!?」

天井から勢いよく網が落ち、アミュレッタを捕らえた。

屋敷の主「よくやったリヴェッド!」

奇術師「わたくしめにお任せを」

怪盗兄「おまえは……!」

奇術師「久しいな、怪盗タロット」

戦士「誰ですか」

怪盗兄「……怪盗界屈指の悪人だ」


怪盗兄「奇術は人を驚かせ、そして喜ばせるためにある」

怪盗兄「なのにあいつは……奇術を悪事に利用し、人を不幸に陥れてばかりいやがるんだ!」

怪盗兄「まさかここで会うことになるとはな」

奇術師「今日こそ貴様等を我が奇術の餌食にしてや」

戦士「はっ!」

奇術師「ぐわーっ!」

奇術師は炎弾に倒れた。

屋敷の主「ひどい」

戦士「無駄にかっこつけてる人って隙が大きいんすよね。ナハトさんを除いて」

怪盗兄「おまえって容赦ないよな……」

戦士(さっさと終わらせてナハトさん迎えに行きたいし)

戦士「この人、一応実力者なら殺さないと危険だと思うんですけど」

怪盗兄「アミュレッタの両親の仇について何か知ってるかもしれない。生かしておいてほしい」

戦士「じゃあ任せます」

怪盗妹「……兄さん」

怪盗妹「私の両親の仇、って……どういうこと?」

怪盗兄「え?」


怪盗兄「ほら、おまえって両親を殺されて親父に拾われたろ」

怪盗妹「それはお父さんから聞いたけれど」

怪盗妹「『アミュレッタの両親の仇』って言ったわよね?」

怪盗兄「ああ」

怪盗妹「どういうこと?」

怪盗兄「何がだ?」

怪盗妹「えっと……だから……」

怪盗妹「私達、兄妹でしょ?」

怪盗兄「そういう風に育ったな」

怪盗妹「……兄さんの両親は?」

怪盗兄「病死したけど」

怪盗妹「兄さんと私って、血、繋がってないの?」

怪盗兄「え、おまえ、知らなかったのか?」

怪盗妹「……!?!?!?!?!?」

怪盗兄「ええええええええええええええ!?!?!?!?」

怪盗妹「嘘でしょーーーーーーーーーー!?!?!?!?」

屋敷の主(こ、この隙に)

戦士「逃げたらアキレス腱切りますよ」

屋敷の主「ひっ」


怪盗兄「道理で男として見られてねえなって思ってたんだよ!」

怪盗妹「見れるわけないでしょ兄さんだもの!」

怪盗兄「俺はおまえのこと最初っから女として好きだったんだぞー!?」

怪盗妹「ええええええええええええええええ!?!?!?」

怪盗兄「なのにおまえは!! あんなヒョロいナハトなんかに惚れちまうし!」

怪盗妹「ヒョロいのは兄さんだって一緒でしょ!!」

怪盗兄「だってヒョロい方がガチムチより怪盗っぽいだろ!?」

戦士「仕事のこと優先しませんか」

怪盗妹「そ、そうね……」


怪盗兄「あいつの何処がいいんだよー……」

怪盗妹「だって、彼のドヤ顔……カリスマ怪盗って感じがして素敵なんだもの……」

怪盗兄「残念だったな今回はあいつのドヤ顔拝めなくて」

戦士(そりゃ、そういう日だからどうしても機嫌は悪い)

怪盗妹「本当に……でも憂える彼の表情も貴重で素敵なのよ」

怪盗兄「でも太ったじゃんかよ!」

戦士(肉付きが良くなっただけだちくしょう!! まだガリガリの域だし!!)

怪盗妹「不健康なくらい細かったのが健康的になっただけでしょ!」

戦士(その通り!!)

怪盗兄「俺のドヤ顔じゃ駄目なのか!?」

怪盗妹「いきなりそんなこと言われても……私にとってスパーダは兄さんだもの」

怪盗兄「うっうっちくしょう……」

戦士(泣き出した……)

戦士(まあ失恋のつらさは痛いほどわかる)


勇者「おかえり」

戦士「無事終わりました。……一応」

怪盗兄「大体おまえはー!」

怪盗妹「なによー!」

勇者「……随分騒がしいね」

戦士「なんか揉めてるみたいです」

怪盗妹「あ……」

怪盗妹(彼、ヘリオス君の顔を見てる時は表情が柔らかくなってる)

怪盗妹(まるで、恋をしている女の子みたいに)

怪盗妹「…………」

怪盗妹「……ねえナハト、ちょっとだけ2人で話したいのだけど、いい?」

怪盗兄「駄目だー!」

怪盗妹「ちょっと黙ってて」


怪盗妹「私ね、ずっと気になってたの」

怪盗妹「孤独を好んでいたあなたが、どうしてヘリオス君の同行を許しているのか」

勇者「…………」

怪盗妹「あの子のこと、好きなのね」

勇者「…………」

勇者(女性の観察眼には敵わないな)

勇者(スパーダにも容姿の変化に気づかれたし、男を装うのはもう限界か)

怪盗妹「私、今日限りであなたのことは諦める」

怪盗妹「男の子同士の恋愛は苦労も多いでしょうけれど、応援してるわ」

勇者「え」

怪盗妹「でも、たまには会いに来てもいいわよね? お友達として」

勇者「…………」

勇者「……………………」

勇者(女だとバレているわけではなかった上にあらぬ誤解が……)

勇者(しかし……わざわざ解いてもややこしいことになるな……)


怪盗兄「何話してたんだよちくしょおおおお!!」

怪盗妹「兄さん、私、もういいの。お宝を持って依頼主の元へ戻りましょう」

怪盗兄「え、……マジでか!?」

怪盗兄「ぐすっ……よ゛がっだあ゛ぁぁ……」

怪盗妹「ありがとう、ナハト。ヘリオス君。はい、お礼よ」

怪盗兄「さらばだふはははは!」





戦士「……疲れた」

勇者「…………」

勇者(これでよかったのだろうか……?)


――
――――――――

怪盗妹「……はあ」

怪盗兄「何溜め息ついてんだよ」

怪盗兄「まだあいつに恋焦がれてるのか」

怪盗妹「ううん。この頃、私、変なのよ」

怪盗兄「?」

怪盗妹「……男の子同士の恋愛って、尊いと思わない?」

怪盗兄「……!?」

怪盗妹「未知の世界の扉を開けてしまった気分なの」

怪盗兄「そ、そんな……そんな馬鹿な……」

怪盗妹「兄さんが男の子に恋をしてくれたら、私兄さんのこと好きになれるかもしれないわ!」

怪盗兄「…………」

怪盗兄(俺の……俺のアミュレッタが目覚めたてほやほやの暴走腐女子になっちまった)

怪盗妹「こんな私でも、愛してくれる? 兄さん」

怪盗兄「俺の純情がああああああうわあああああああああああああああ!!!!!」


終わり


*エリウスくんの日常


戦士「珍しく早起きじゃないか、エリウス」

長男「うん……なんか、眠りが浅くって」

長男「……約束、守れなくてごめん」

戦士「なんだそれ」

長男「俺もよくわかんない。なんとなく言いたくなって。変な夢見たせいかも」

戦士「そうか」

戦士「よし、せっかく早起きしたんだからロードワーク付き合え」

長男「ええ!?」


長男「とーさん、もっむりっ……ぜっ、ぜっ」

戦士「ほんと体力ないなあ」

父さんは俺をひょいと持ち上げた。

長男「わっ!」

戦士「かっるいな~もっと飯食えよな」

長男「うっわ揺れる揺れる」

戦士「食が細いのも若い頃の母さんそっくりだな」

長男「うっせ!」

戦士「味の好みもよく似てるしな」

長男「母さんは雑草食わねえだろ」

戦士「そういう意味じゃなくてだな」


帰宅すると、丁度朝食が出来上がっていた。
いつもよりもちょっと早い。アウロラが、朝が弱い母さんを手伝ったみたいだ。

長男「水がうめえ」

長女「兄さん、席について」

家族のほぼ全員がそろって「いただきます」と言う。
まだ赤ん坊のアルクスは流石に喋れない。

ルツィーレはもう7歳だってのに、まだ上手に食べられない。ぼろぼろこぼしている。
5歳のセファリナの方が上品だ。

アルバはガツガツとがっついている。朝っぱらからよくそんなに食べられるな。
……いつもの光景だ。何も変わらない。

長男「父さん、俺疲れて自分で運転する元気ない。父さんの車乗せてって」

戦士「仕方ないな」

自分の車を買う前は、父さんの車かバスで通学していた。

父さんに乗せてもらうのは久しぶりだ。


研究室に引きこもってると、カツコツとプライドの高そうな足音が廊下から聞こえてきた。
予想通り荒々しく扉が開かれる。

歌姫「エリウス! 良い物を持ってきてさしあげましてよ」

長男「もっと静かにしろよな」

歌姫「超古代時代のキメラについての文献のコピーですのよ」

歌姫「あなたの研究に役立つと思ったのですけれど」

クレイオーが持ってきた紙に目を通す。

歌姫「有翼人や吸血族等、何種類かの亜人種は人為的に作り出されたキメラであることが判明しましたわ」

魔族の瘴気には、他者と他者の魔力や、生体そのもの同士を結び付ける性質があり、
亜人種の一部は魔族の瘴気を利用して人間と他の生き物を合成したことで生まれたんだそうだ。

だから魔適傾向が普通の人間より高い傾向があると記述されている。
植物と人間のキメラは……少しだけ載ってた。


長男「へー、面白いじゃんこれ。よく発見できたな」

歌姫「……そのヘラヘラした笑いは一体なんですの?」

歌姫「この前、久しぶりに会ったと思ったら、すっかり人が変わっていて驚きましたのよ」

長男「先生に言われたんだよ。よく笑った方がいいって」

歌姫「そういう笑いじゃないと思うのですけれど……」

長男「で、用件はなんだ? 恩を売りに来たってことは何かあるんだろ」

歌姫「……お母様のための薬を作ってほしいんですの」

長男「わかったよ。症状教えろ」

クレイオーの母さんは体が弱いのに、よく2人も頑張って産んだなと思う。

歌姫「まあ、笑えるようになっただけ進歩ですわね」

クレイオーはバタバタと出ていった。コマ数が多くて忙しいらしい。

同期「ユウレイタケー、今の美少女、彼女じゃないんだよな?」

長男「冗談じゃねえ。付き合いてえならアプローチかけたらどうだ?」

長男「アポロン先生の娘だけどな」

同期「あ、いいわ。めんどそう」


夏の日射しが木々の緑を照りつける。
セミが窓ガラスにぶつかって、また何処かに飛んでいった。

夏は苦手だ。暑いし、眩しいし。虫は多いし。
研究室内は冷房が効いていて快適だけど、教室によっては寒すぎることもあって嫌だ。

同期「おまえビオ○ンテでも生み出すのか?」

長男「俺はただ自分の子供がほしいだけだ」

俺と植物の細胞を融合させてみたり、
食べて再構成した、俺の魔力をたっぷり含んだ花から受精卵を作ってみたりしたけれど、
上手くいった試しはない。

同期「おまえがこの前作った研究の副産物、また馬鹿売れしたんだってな」

長男「そのおかげでマスコミが鬱陶しくて仕方ねえんだよ」

ただただ日常は過ぎ去っていく。進歩はすれども、目的には近づかない。


同期「ユウレイタケってさ、どんな花との子供ほしいんだよ」

長男「……どうなんだろ」

植物との子供が欲しい。そればっかりで、どの種類がいいかなんて考えてなかった。

長男「とりあえず、小ぶりな白い花がいいな」

誰かの面影を追いかけているような気分になったけれど、それが誰なのかはわからない。
多分気のせいだ。

コン、コン

扉がノックされた。

同期「どうぞー」

文学部生「エリウスさんいますか?」

顔を覗かせたのは、見知らぬ女だった。
いや、会ったことあるのかもしれないけど、俺はなかなか人の顔と名前を覚えられない。

同期「行ってこいよ」

長男「……はあ」


女はいかにも自分に自信がありそうだ。

文学部生「私、去年ミスコンで優勝したのだけれど、覚えてくださってるかしら」

長男「人間の美醜に興味ないんだ」

文学部生「あら、そんなところも素敵だわ」

こいつは俺の何を知ってるっていうんだ。名声と顔くらいだろ。

文学部生「ねえ、私とあなたって釣り合うと思わない?」

長男「は? どこが?」

文学部生「私と付き合ったらきっとわかってもらえるわ」

長男「俺植物にしか興味ねーんだ。これ、今の彼女」

廊下の花瓶に活けてる花にキスを落とす。

文学部生「も、もう! こっちは真面目に話をしてるのよ!」

文学部生「私に釣り合う男性はあなたしかいないわ」

長男「俺頭に障害あるんだけどそれでもいい?」

女は硬直した。

長男「あひゃひゃひゃひゃ」

女に背を向けて研究室に戻る。めんどくせえ。

あとこの人、今年のミスコンは優勝できないと思う。
クレイオーの方がよっぽど美人だもん。


戦士「今日は学校どうだったんだ」

長男「いつも通り何も起きなかったよ」

父さんが大学の前まで迎えに来てくれた。
上級学校帰りのアウロラも乗っている。

長女「兄さん、大学で一番美人な人に告白されて振ったってほんと?」

長男「何処で聞いたんだよそれ」

長女「その人の妹が同じ学年にいて……休み時間に携帯でお姉さんとやり取りしたみたいなの」

長男「ええ……」

戦士「放課後まで携帯って触っちゃいけないもんじゃないのか」

長女「そうなのだけど……」

長男「変なこと言われなかったか?」

長女「『あなたのお兄さん、頭がおかしいって本当?』って……」

長男「…………」


戦士「おまえはなんて答えたんだ」

長女「私が何も言う前に、友達がその子を追い払ってくれたの」

長女「その子、性格がきつくて有名で……でも権力も強くて」

長女「ちょっと怖いの」

戦士「目をつけられたら面倒なタイプだな」

長男「……ごめん。これから振り方考えるから」

ああいうのはきつく振らないとしつこい。
でも、俺の目の届かないところできょうだいに被害が及ぶのは嫌だ。

長女「兄さんのこと責めてるわけじゃないのよ」

長女「ただ、あの子に兄さんのことを馬鹿にされて、腹が立っちゃって」

長女「事実確認をしたかっただけなの」

もう嫌だこんな狭い社会。
早く出ていきたい。


家に着くと、いつも通り母さんが笑顔で出迎えてくれた。

勇者「おかえり」

長男「……うん」

生返事して靴を脱ぎ、自分の部屋に荷物を置きに行く。日が沈んでも蒸し暑い。
窓からは満月が見えた。眩しいほど白く輝いている。

もし俺に運命の相手と呼べる植物がいるなら、月が似合う花だと思う。

夕食を食べて、風呂に入って、アルバやルツィーレと一緒にゲームをして……。

次男「今日友達と遊んでたらさー」

こいつはいつも楽しそうだ。山ほど友達がいて、俺とは真逆の生活を送っている。
正直、羨ましい。

アルバが寝た後は、自分の部屋で適当にネットサーフィンをして、気が済んだところでベッドに潜った。
明日は何か面白いことが起きないかな。多分いつも通りか、嫌なことが起きるだけだ。


……疲れているのに眠れない。

目には悪いと思いつつ、魔石灯を点けずに本を開いた。頼りになる光は月明かりだけだ。
パラパラとページをめくる。

アクアマリーナの大樹の全景を写した写真がうすぼんやりと見えた。
この木は数千年に一度しか花を咲かせない。咲いたら面白いのにな。

残念な気持ちと、何故だかちょっと暖かい気持ちが湧いて、本を閉じた。
今晩はいい夢を見れるといいな。



*ルツィーレの日常


長男「アベリア……君はなんて美しいんだ」

長男「恭しく咲く君はまるで雪のようだ。今にも儚く溶けてしまわないか僕は恐ろしくてならないよ」

長男「ああ、君の甘い香りに蜂も蝶も夢中だね。僕も君にとっては愚かな一匹の虫に過ぎないのだろう」

近所の奥さんA「エリウス君ったらまたお花口説いてるわよ」

近所の奥さんB「お父さんもお母さんもまともな人なのに、どうしてあんな不思議な子が生まれたのかしらねえ」

長男「どうか今晩、僕と――」

次女「いぬのうんちー!」

長男「うわあああルツィーレ!!」

次女「あはははくっさーい」

近所の奥さんA「ルツィーレちゃんったら今日も元気ねえ」

近所の奥さんB「お父さんもお母さんも真面目な人なのに、どうしてあんなにお下品な子が生まれたのかしらねえ」

藍宝石「私が知りたい」


次女「お母さんに見せてあげよーっと」

長男「わざわざ木の枝突き刺して持ち運ばなくていいから!!」

次女「あきゃきゃきゃきゃ」

長男「ポイしなさいポイ!!」

次女「あ」

ぽと ぐちゃ

次女「落として踏んじゃったあ! あはは!」

長男「ああっ……もうっ……!」

次女「ねーねーエルお兄ちゃん、シチセキって知ってる?」

長男「じいちゃんが取引してる商人の国の節句だろ」

長男「笹に願いを書いた札を結ぶとお星さまが願いを叶えてくれるっていう」

次女「ルーシーね、キンタマをくださいってお願いするんだあ」

ルツィーレの一人称はルーシーである。友達からもそう呼ばれている。

次女「おちんちんが生えてるのにキンタマがないのは中途半端だからね!」

長男「願わんでいい! おまえは女の子なんだから!!」

ルツィーレの身体は、吸収した双子の兄弟のものが混ざっている。
そのため股間に余計なものがくっついているのである。


次女「エルお兄ちゃんは何お願いするの?」

長男「俺は何も願わねえよ……シチセキなんてただの迷信だし」

次女「えー! 夢がない! つまんないなあ!」

長男「お星さまに願えば植物との子供ができるのか? できるわけねえだろ」

長男「はあ……疲れた。帰るか」

次女「アニメ見るー!」

長男「俺料理番組見たいんだけど」

次女「今日アニメ映画祭りなんだよ! クレパスしんくん薀蓄斎の赤ん坊!」

次女「その次はシャイニングガール☆アルビナ劇場版第一作!」

長男「わかったわかった……兄ちゃんはパソコンで見るから……」


テレビから発せられるヒロインの友達の声「劇場版を放送する前に、私達の物語のあらすじを説明するね!」

アリーはちょっと不器用な女の子。つり目がちだからキツめな子だと勘違いされやすいけど、本当はとっても優しいの☆

ある日、アリーの前に喋る犬が現れる。

「私、ヨハンナ!」

アリーはヨハンナに衝撃的な事実を告げられる!

なんと、アリーは太陽の女神姫の生まれ変わりで、悪の神の生まれ変わりが操る組織と戦わなくちゃいけないんだって!
アリーはヨハンナの言葉をすぐには信じることができなかったけど、早速最初の刺客が現れる。

戸惑いながらもシャイニングガール☆アルビナに変身するアリー。


初めての戦いは、そりゃもう大変!
宝具「サンライトソード」の使い方もわからなくって、苦戦を強いられるアリーを助けたのは、謎の美青年だった。

妙にスタイリッシュな礼服を身に纏う彼は、敵なの? 味方なの?


次女「アリーのモデル、お父さんなんだって!」

戦士「はぁ!? ……この目尻の吊り上がり具合は確かに俺だな……うん……」

戦士(姉貴を500倍可愛くした感じだ……)

次女「謎の美青年のモデルは勇者ナハト! お母さんだね!」

戦士「ほぼまんまじゃないか……」

戦士(アキレス達似のキャラもいる……)

テレビから発せられるヒロインの声「朝日に代わってお仕置きだよ!」

戦士「しかし……絵が動くってすごいな……」

次女「お父さんが子供の頃はアニメなかったの?」

戦士「テレビすらなかったんだぞ」

次女「えー! つまんないじゃん! かわいそー!」

戦士「…………」


三女「アルビナおもしろかった!」

次女「ルーシーはしんくんの方が好きー! 女の子向けってキラキラしててなんか変だもん!」

次女「でもアルビナはお父さんがモデルだから嫌いじゃないよ!」

戦士「もう寝なさい」

次女「やだー! シチセキのお願い書くー!」

戦士「アルカさん、短冊どこだっけ」

勇者「はい」

次男「俺もお願い書くー!」

次男「お父さんみたいな立派な軍人さんになれますように!」

次男「兄ちゃんも!」

長男「俺はいいって」

勇者「エルの分も用意してあるから」

長男「チッ……めんどくせえな」

長男「1人暮らしするのを母さんが許してくれますように」

勇者「だめー!!」

長男「っだーもうるっせーな耳元で叫ぶな!」


長女「お父さんとお母さんが健康で長生きしてくれますように、っと」

三女「アリーみたいになれますように!」

藍宝石「エリウスが人として成長できますように……」

次女「お父さんみたいな立派なキンタマが生えてきますように!」

戦士「書くんじゃないそんなこと!」

次女「おちんちんがおっきくなりますように!」

次女「おっぱいもおっきくなりますように!」

長男「願い多すぎだろ」

次女「ねーねーお父さんとお母さんのお願いごとは?」

勇者「子供達みんなが元気に育ってくれますように」

戦士「……父さんはおまえ達が寝た後でゆっくり書くから」


――――――――
――

夜中

次女(目が覚めちゃった)

次女(そういえばお父さん、お願い事なんて書いたんだろ)

[家族を守ることができますように]

次女「……♪」

ルツィーレはこっそり両親の寝室に入った。

次女(お父さん、怒ってばっかりだけど、大好き)

次女(お父さんのおまた枕、やわらかーい!)

次女(お母さんのおっぱい、ふっわふわ!)

次女(良い夢見れそう♪)


翌日、ヘリオスは股間の痛みに悩まされた。

終わり

これ以降は
魔剣士「やはりフキノトウは最高だ」武闘家「えっ?」
終了後のエピソードになるのであっちを読んでないとわかりづらいかもしれません

この世界における1年の最後の月(12月)≒現実世界の3月


*北へ





お母さん、どうしてそんなに悲しそうな目で僕を見るの?

僕、上手にバイオリン弾けてるでしょ?

お母さん……。


聖石歴5000年の冬、6人の英雄により魔王が倒された。

聖石歴5005年の冬、旭光の勇者ヘリオス・レグホニアにより聖玉が集められ、魔族の封印が完全なものとなった。

聖石歴5025年の夏、オディウム偽神が復活しかけたが、エリウス・レグホニアと準大精霊スファエラ=ニヴィスにより阻止された。
新たな亜人種“緑の番人”の誕生は、この世界に大きな変革をもたらすと思われる。


戦士「ええ、アルクスは年末生まれですから、12歳になる33年じゃなく、予定通り34年の春にそちらへ……はい、よろしくお願いします」


お父さんが通話器で北に住んでいる親戚と喋っている。
今は聖石歴5031年の最後の月。今日で僕は10歳になった。


今日も僕はバイオリンの練習をする。
芸術は貴族の嗜みだからって、お母さんに言われて始めた楽器だ。

僕はどんどん上達した。

三男「お母さん、僕がバイオリンの練習をしてる時、どうしてそんなに悲しそうに笑うの?」

勇者「……お母さんのね、初恋の人に似てるからだよ」

三男「初恋の人?」

勇者「うん。お母さんが子供の頃に死んじゃったけど、とてもバイオリンが上手でね」

勇者「人を笑顔にするのが、大好きな人だったよ」

僕は俯いた。僕はその人じゃない。

三男「お母さんは、その人と僕、どっちの方が好きなの」

勇者「好きの種類が違うから、比べられないかな」

三男「まだその人のこと好きなの」

勇者「好きだけど、もう恋心じゃないよ。上手く言えないんだけどね」

勇者「お父さんのことを好きになった時に、その人のことは、過去になったから」


じゃあ、お父さんと僕なら、どっちの方が好きなんだろう。
やっぱり、好きの種類が違うんだって答えられるんだろうな。

でも、種類が違ったって、好きは好きでしょ。どうして比べられないの。
僕のこと一番じゃないの?

僕は、他の何よりもお母さんが好きなのに。

次女「アルクスー遊ぼうよー! 一緒にいられるのあと2年しかないんだよー?」

三男「うるさいな」

僕は、ラズ半島を治めるために北に行くことが決まっている。

次女「んぶー!」

家族の中で一番騒がしいルツィーレはなんとか上級学校に入学したけれど、成績は壊滅的だ。
幸いこの国の上級学校は好きな年に卒業することができる。

だから今年で通うのをやめて、花嫁修業専門校に入学することになった。

がさつで乱暴で落ち着きのないルツィーレは、
どうせそんな学校に通ったってまともな花嫁にはなれないだろうに。


長女「アルクス、夕食後のデザートは何がいい? 好きな物作ってあげるわ」

三男「……じゃあ、クレームブリュレ」

アウロラ姉さんは、大学の卒業式の後、すぐに彼氏と結婚した。

アパートを引き払ったり、新居を建てるための準備とかで忙しいだろうに、
今日はわざわざ僕の誕生日を祝うために実家であるこの家に帰ってきた。

そういうの重いからやめてほしい。
僕は、お母さんが祝ってさえくれればそれでいい。

次男「ただいま!」

三女「アルバお兄ちゃん、遅かったね」

次男「午前だけの訓練のはずが長引いちゃってさ」

アルバは士官学校を出て軍に入った。
城下町で1人暮らしをしているけれど、家族の誕生日には必ず帰ってくる。

相変わらず父さんとよく似てるけど、成長するにつれて鼻筋がすっきりした。

セファリナは上級学校に通っている。
城下町の友達に影響されてお洒落を始めたけど、まだ全然垢抜けていない。


四女「お母さん、ぎゅーっして!」

勇者「もう、いつまで経っても甘えん坊なんだから」

末っ子のラヴェンデルは、8歳になったっていうのにお母さんに甘えてばかりいる。
今までは妹だからお母さんを取られても我慢してたけど、

僕はあと2年ともうちょっとしかここにいられないんだから、そろそろ譲ってほしい。
固定通話器が鳴った。お母さんが受話器を取る。

勇者「もしもしエル?」

勇者「うん、届いたよ。ありがとう」

エリウスはアクアマリーナからお菓子を送ってきた。

アクアマリーナを拠点として色々活動してるらしいけど、
僕はあいつなんかに興味ないから詳しくは知らない。

勇者「もう体は大丈夫なの?」

勇者「そっか、良かった。じゃあね」

あいつと喋って、そんな嬉しそうな顔しないでよ。


誕生会が終わって、静かになった。
東の大陸基準の暦では今月が冬の終わりの月だけれど、ここは南の土地だから、もうとっくに暖かくなってる。

気候に体が覚える違和感。今はもっと涼しくていいはずだ。

昔、お母さんにこのことを話したら、
気候に違和感を覚える原因は僕が『瑠璃の民』だからだって教えてもらった。

僕がいるべき場所は、もっと寒くて、日射しが弱い国。
……お母さんだって、北の人なんだから、一緒に来てくれたらいいのに。


夜、1人でベッドに入った。寂しい。
お母さんのところに潜り込もうと思ったけど、ラヴェンデルに先を越されていた。

小さい頃は2人でお父さんとお母さんの間に挟まっていたけれど、
もう大きくなったからそんなことしたら狭くて仕方ない。


翌日、お父さんは仕事に行かず、何処かへ出かけた。

アウロラ姉さんの結婚のことで向こうの家族と話し合わなきゃいけないことがあるらしくて、
溜まっていた有給を消化しているらしい。

ルツィーレは居間でごろごろしている。
セファリナやラヴェンデルは遊びに行った。

次女「ぼくも彼氏と遊びにいこーっと! アルクスは? どっか行かないの?」

三男「お母さんのお手伝いする」

南の人間とはいまいち気質が合わなくて、僕は孤立しきっているわけではないけど、
一緒に遊びに行くほど親しい友達はいない。

でもお母さんさえ傍にいてくれれば寂しくなんかない。

次女「行ってきまーす!」

勇者「あ、待って、ルツィーレ。髪の毛整えてあげる」

勇者「はい。可愛いよ」

次女「ありがとーお母さん!」


彼氏「る、ルツィーレちゃん……可愛いよ。そのリボン、初めて見た。ツインテール似合うね」

次女「えへへぇ」

ルツィーレもアウロラ姉さんも彼氏は眼鏡の優男だ。姉妹で男の好みが似たのかな。
アルバの今の彼女も、眼鏡はかけてないけど、優しくて自己主張が控えめな人だ。

エリウスのお嫁さんもそんな感じの人らしいけど、あまり関わったことがないからよくわからない。
そもそも植物だし。



洗濯物を干し終わって、空いたカゴを洗面所に戻す。

勇者「ありがとう、アルクス。助かるよ」

僕の好みはもちろんお母さんだ。
お母さんとよく似た人とじゃないと結婚できる気がしない。

お母さんは、何歳になっても綺麗だ。
お母さんと結婚できたらいいのに。

三男「……ねえ、お母さん」


勇者「なあに? アルクス」

三男「お母さん、どうしても一緒に北には行けないの?」

勇者「……うん」

三男「僕、お母さんと結婚したい。お母さんと離れるなんて嫌だよ。」

勇者「もう。そういうのは小さい頃に卒業したでしょ?」

三男「ううん。僕は、本当にお母さんが好き」

勇者「……お母さんは、お父さんのお嫁さんだから」

三男「そんなの関係ない! あんな仕事ばっかりの人、やめなよ!」

勇者「…………」

三男「僕、お母さんさえいれば他に何も要らないし、どんなことでも頑張れるよ」

僕が初恋の人と似てるなら、僕を選んでくれてもいいでしょ?

勇者「こな……で……」

三男「お母さん、大好きだよ。ずっと一緒に」

勇者「来ないで!! 嫌ああああああ!!」

お母さんの叫びを聞いて、大きく足音を立てて誰かが入ってくる。

戦士「アルカさん!」


お母さん、どうしてそんなに怖がってるの?

戦士「母さんに何をしたんだ」

三男「え……あ……」

戦士「……話は後で聞く。アルカさん、こっちに」

勇者「…………」


長女「ど、どうしたの?」

父さんより少し遅れて帰ってきたアウロラ姉さんに、居間に行くよう促された。
僕はただただ怯えて、お母さんが寝室から出てくるのを待つ。

ドアが開く。出てきたのは、お父さんだけだ。

眉間にしわを寄せて、お父さんは僕に冷たく言い放った。

戦士「アルクス、今すぐ北に行け」


長女「お父さん、何を言っているの?」

戦士「もうアルクスをこの家に置いてはおけない」

三男「や、だ……なんで? 僕……ただ……」

お父さんは僕の言い訳を聞こうとはせず、通話器を手に取った。

戦士「エリウス、頼みがある」

アウロラ姉さんが僕の肩を抱く。

戦士「……助かる。エーアストさんにはこれから連絡を入れる。じゃあな」

僕を領主として養育する予定の親戚の名前だ。

三男「おと……さ……ごめんなさ……」

戦士「迎えが来るのは10日後だ。それまではじいさんの家に泊まっていろ」

お父さんは、いつもガツンと一発怒ったらその後は一切問題を引き摺らない人だ。
謝ったら許してくれる。きっとこれは僕を脅かすための冗談だ。

そう信じたかった。


おじいちゃんの家に追いやられた僕は、ただただ無気力に過ごした。
おじいちゃん達は、詳しい事情は聞いていないらしい。

北の親戚の都合で少し僕の出発が早くなったんだって思ってるし、
僕がこっちに泊まってるのは、おじいちゃんおばあちゃんとの思い出を作るためってことにされている。

食事時になっても、お箸を持つ手が震えた。変に胸とお腹が痛い。
無理にご飯を噛んで、飲み込む。やっぱり体が痛む。




長いようで短かった10日間。お母さんに会えたのは、最後の日だけだった。
僕は村の門に連れていかれた。

魔剣士「ようアルクス! 大きくなったな! つってもたったの10ヶ月ぶりだけど!」

お母さんを泣かせてばかりだと思ったら、いつの間にか僕からお母さんを奪う存在になっていた大嫌いなエリウス。
こいつの顔なんて見たくない。僕は横を向いた。


緑長女「おじいちゃん、おばあちゃん、久しぶり!」

勇者「ユカリちゃん、元気そうだね」

エリウスの一番上の娘だ。6歳らしいけど、倍くらいの年齢に見える。

魔剣士「かあさーん! 一番下の子達も連れてきたんだ!」

そう言ってあいつがお母さんに見せたのは、大きな植木鉢だった。
5体……5人? どう数えればいいんだろう。

小さな人間のようなものが寝かされていて、胸から下は土が被せられている。
エリウスが生み出した亜人種、緑の番人だ。

勇者「先月生まれたのが、この子達なんだね。もうこんなに大きくなるなんて」

1人、2人と目を覚まして、土から出てきてお母さんにまとわりついた。離れてよ。

勇者「可愛い。私の孫達」

子供達の身体からは、茎や葉っぱのようなものが生えている。

白緑の少女「半年前に生まれた子達はやんちゃな盛りです。今度動画を送りますね」

エリウスのお嫁さんだ。アクアマリーナの大樹の精霊。
緑の番人達は、簡単な単語ばかりではあるけど口を利いた。まだ生まれて1ヶ月なのに。


お父さんがエリウスの前に立った。

戦士「じゃあ、頼んだぞ」

魔剣士「任せてよ。どうしようもないマザコンの面倒を看るのは、これで2人目だから」

魔剣士「ほら、アルクス。おいで」

三男「……やっぱり嫌だー!」

三男「お母さん! お母さん!!」

勇者「…………」

戦士「アルクス!」

三男「ひっ」

勇者「……寂しくなったら、いつでも電話してね」

お母さんはお父さんの少し後ろに立っている。
そんなに悲しい顔しないで。

ねえ、もうぎゅっとしてくれないの?

せめて、最後に

白緑の少女「……アルクス君」

やだ、離して。抵抗したかったけれど、お父さんに睨まれて、力が抜けてしまった。


助手席に座らされた。

魔剣士「俺のエメラルド2号、広いだろー」

外からだとコンパクトに見えたキャンピングカーは、中に入ってみると意外と広く感じた。

生まれ育った村がどんどん遠ざかっていく。家族はずっと心配そうに僕の方を見ている。
こんな形で追い出されるなんて、思ってなかった。

魔剣士「父さん怖かっただろ? あの人、母さんのためなら子供相手でも容赦しないから」

三男「……お父さん、子供は5人までって思ってたんでしょ」

三男「お父さんにとって、僕なんて要らない子だったんだ」

魔剣士「そんなことないよ」

三男「お父さん、いつも仕事ばかりだった。僕は大して可愛がってもらってない」

魔剣士「おまえらを養うために仕事頑張ってるんだぞ?」

魔剣士「年取って体力も落ちてきてるのに、昇進すればするほど忙しくなってさ」

魔剣士「確かに上の方のきょうだいほど、おまえは父さんにどっか連れてってもらったり、」

魔剣士「遊んでもらったりした記憶はないだろうから、ちょっと可哀想だな」

魔剣士「でも愛されてないわけじゃない」

三男「おまえに何がわかるんだよ!」


魔剣士「おまえが産まれた時、父さん、なんて言ってたか知ってるか?」

魔剣士「『目尻が遺伝しなくてよかった』って心底ほっとしてたんだぞ」

魔剣士「すっごく喜んでた」

三男「あくまで僕が産まれた瞬間の話でしょ」

魔剣士「じゃあさ、なんで父さんが向こうの使用人じゃなくて、」

魔剣士「わざわざ俺におまえを迎えに来させたのかわかるか?」

三男「……わかんないよ。そんなの」

魔剣士「わかってもらえるようにがんばりたいな~俺」

僕はこいつが大嫌いだ。

才能があって、お父さんにもお母さんにも可愛がられて、大して苦労なんてしたことがないんだろう。
こんな奴に僕の気持ちがわかるはずない。

とりあえずkkmd


魔剣士「まあせっかく口うるさい親から離れられたんだからさ」

魔剣士「楽しい旅にしようぜ」

三男「…………」

何かを楽しむ余裕なんてあるわけないだろ。

こらえてもこらえても涙が止まらない。
お母さん、もう二度と会えないのかな。

魔剣士「う゛ぇ゛ぇぇぇぇぇんがな゛じい゛よ゛ぉぉぉぉぉぉぉ!!」

三男「なんでおまえが泣くんだよ!」

魔剣士「思いっきり泣き喚いた方がすっきりするのに、」

魔剣士「おまえ声を押し殺して泣いてるじゃん」

魔剣士「だから兄ちゃんが代わりに泣いてあげようと思って」

三男「意味わかんない!」


三男「お母さんに嫌われた! もう生きてる意味なんてない! 死んでやるー!」

車から飛び降りようと思ったけど、ドアの鍵が開かない。

魔剣士「こんなこともあろうかとロックをかけといたんだ」

三男「降ろせー!」

魔剣士「だぁめ」

三男「降ろせって言ってるだろー!」

魔剣士「暴れないで危ない!」

緑四男「ふぇぇぇ! ふぇぇぇぇぇ!」

緑五女「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

白緑の少女「よしよし。大丈夫ですよ、ミルフサ、チグサ」

魔剣士「赤ちゃん達起きちゃうから静かにしよっか」

三男「…………」


エリウスは小声で喋った。

魔剣士「母さんはおまえのこと嫌ってなんてないよ」

魔剣士「ただ、父さん以外の男の人から好かれるのが、極端に苦手なだけなんだ」

三男「…………もう、昔みたいに可愛がってもらえない」

魔剣士「おまえが目ぇ覚まして立派に成長すれば、また可愛がってもらえるよ」

三男「…………」

魔剣士「昔さ、モルゲンロートおじいちゃんが言ってたんだ」

魔剣士「レッヒェルン家の人間は、身内への愛情が強すぎて、」

魔剣士「たまに恋愛感情があるかのように錯覚してしまうことがあるって」

三男「……僕がお母さんのこと好きなのは、僕の勘違いだって言うの」

魔剣士「そうだよ」

三男「…………」

魔剣士「大抵大人になる頃には落ち着くらしいんだけど、」

魔剣士「あんまりにも重度で近親相姦しそうだったら、留学させて頭を冷やさせるらしい」

魔剣士「身内のこと好きだったなんて黒歴史になっちまうよな~つらそ~」

僕のこと馬鹿にしてるのかな。


景色が流れていく。日が落ちかけたところで、エリウスは車を停めた。

魔剣士「よし、今日はここでキャンプだな!」

三男「……ねえ」

魔剣士「なんだ」

三男「あそこに村、あるよね」

魔剣士「たまには野外で飯食うのもいいだろ?」

三男「…………」

魔剣士「顔色悪いぞ~」

魔剣士「ちょっと待っててな。今兄ちゃんがうんまい飯作ってやるから!」

そう言ってエリウスが取り出したのは、大量のフキノトウだった。
生のものと、灰汁抜きを済ませているもの、両方がある。

魔剣士「フキノトウのおひたしと、フキノトウの天ぷらと、」

魔剣士「フキノトウのチヂミと、そうだなひじきと一緒に煮るのもいいな」

魔剣士「デザートはフキノトウのスコーンな」

狂気の沙汰だ。


エリウスは生のフキノトウをつまみ食いしながら料理した。

魔剣士「ほらどうぞ」

三男「……食べないよ」

このまま餓死してやる。

魔剣士「困ったなー、ハンストかあ」

魔剣士「うーん、仕方ないなあ。俺は保護者としておまえに栄養を摂ってもらわなければならない」

エリウスは何処かから巨大な注射器を出した。

魔剣士「上の口から食べてくれないなら、下の口から注入するしかないよな~~~~~?」

三男「!?!?!?!?」

魔剣士「いい子だからお尻出そうな~」

三男「食べる! ちゃんと食べるからやめて!!」


エリウスが作った料理は妙においしい。

でも僕はお母さんの料理の方が好きだ。
みんなお母さんよりもエリウスの方が料理が上手だって言うけど、そんなことない。

魔剣士「チビ達もご飯な~」

エリウスはジョウロの中に何種類か肥料を入れ、最後にぬるま湯を注ぐと、
子供達の植木鉢にかけた。

5人の子供は嬉しそうな顔をして喜んだ。

魔剣士「カイドウ、カズラ、チグサ、ミルフサ、メノハ、おっきくなれよ~」

奇妙な光景だ。
ユキさんやユカリは微笑んでエリウスと子供達を見守っている。

魔剣士「アルクスもこっち来いよ」

逆らったら何をされるかわからない。渋々従う。

魔剣士「アルクスおいたんだよ~」

三男「お、おいたん?」


緑三男「おいちゃ?」

緑四女「おいたぅ!」

緑五女「あうくふおいたん!」

緑四男「あううふ」

緑六女「あふーひゃぁんー」

緑長女「舌っ足らず~可愛い~」

魔剣士「まだ上手く言えないかあ、はは」

白緑の少女「すぐにちゃんと喋れるようになりますよ」

緑三男「おいちゃ~」

三男「わわっ! まとわりついてこないでよ!」

魔剣士「こらこらカイドウ~おいたんびっくりしてるだろ~」

植物にしてはじんわり暖かい。人間の血も引いてるからかな。ぷにぷにだ。

エリウスが子供を抱き上げて、あやしてから植木鉢に戻した。
すっかり父親の顔になっている。


魔剣士「2番目の子達、どうしてるかな」

白緑の少女「もう皆寝たみたいですよ。走り回って大変だったそうです」

なんでわかるんだろう。
僕は疑問を声には出さなかったけど、表情を見てユキさんが答えた。

白緑の少女「アクアマリーナにいる子供達は、私の本体や分身が面倒を看ているんです」

白緑の少女「本体や分身達も私自身ですから、情報をすぐに共有できるんですよ」

便利そうだな。もし自分がもう1人いたら楽なのに、っていうのはよく考える。

魔剣士「アルクス~俺の家族写真見て見て~」

無理矢理携帯の画面を見せてきた。……子沢山だな。

魔剣士「今はまだ10人だけど、最低100人は産みたいんだ」

ええ……。


魔剣士「俺先に歯磨きしてくるね」

エリウスはキャンピングカーの中に入っていった。
水道があるなんて、この車、どれだけお金かかってるんだろう。

緑長女「……本当はね、今頃、もっといっぱいきょうだいが増えてるはずだったんだよ」

緑長女「でも、ちょっとごたごたしちゃって。お父さん、少しでも早く増やそうとがんばってるみたい」

僕より年下のはずの姪は、見た目だけじゃなく精神的にも大人びている感じがする。
なんだかちょっとプライドが傷つく。



寝る準備を済ませて、車の中のベッドマットに寝転がった。

魔剣士「見てろよ、すごいからな」

エリウスが壁にあるスイッチを押すと、天井や壁の一部がスライドして、夜空が現れた。
ガラスの窓だ。

魔剣士「これで星見ながら寝れるんだぜ」

割れないのかな。ちょっと怖いけど、でも星空は綺麗だ。


この空をお母さんと一緒に見られたらどんなに良いだろう。

魔剣士「まったく寂しそうな顔しちゃって~」

魔剣士「母さんの代わりにお兄ちゃんがぎゅうしてあげるぅ~」

三男「うぎゃあああああ!!」

三男「気持ち悪い!! おまえなんかに抱きしめられても全く嬉しくない!!」

魔剣士「そう言わずに~」

三男「離れろおおおおおおおおおおお!!」

魔剣士「いてっいてっごめんっごめんって! いたい! ああん! もっとぉ!」

三男「もういやだぁ」

こんなの嫌がらせだ。

お父さんは、エリウスがこんな嫌な奴だって知ってるから、
お母さんを取ろうとした僕に復讐しようと思ってエリウスに迎えに来させたんだ。


――
――――――――

鳥のさえずりが聞こえる。朝だ。
寝心地になんだか違和感が……そっか、ここはエリウスの車の中だった。

優しい薄黄色の朝日が車内を照らしている。
……お父さんの魔力と同じ色だ。そう思うと、あんまり朝日を綺麗だとは思いたくなくなった。

エリウスの子供達は、朝日を浴びて気持ちよさそうにしている。
この子達の周りの空気がなんとなくおいしい。光合成でもしてるのかな。

エリウスはユカリを抱き枕にしてまだ寝ている。ユキさんの姿はない。

白緑の少女「そろそろ起きましょうか」

三男「わっ!」

白緑の少女「あ、ごめんなさい。びっくりさせてしまいましたね」

依り代である株からいきなり現れた。そっか、精霊だもんな。


魔剣士「ん~まだ眠い~」

エリウスは車の外に出て、すぐにふらふらと倒れた。

白緑の少女「エリウスさん、今コーヒーを淹れますからね」

魔剣士「うん。ふああ~俺も光合成しよ」

エリウスは体から大量に雑草を生やした。

僕とこいつは本当に実の兄弟なのだろうか。
僕はどうしてもこいつが人間だとは思えない。

白緑の少女「はい、どうぞ」

魔剣士「ん~」

コーヒーを1口飲むと、エリウスはすっきり目が覚めたようで、てきぱきと行動し始めた。
こいつは食べた植物の成分を自在に操ることができるらしいから、カフェインの覚醒作用を利用したのだろう。


今日も車で北上する。

魔剣士「俺等さ、歳が離れてて、全然話したことなかったろ」

魔剣士「だから俺、この機会を利用しておまえといっぱいいっぱい仲良くなりたいんだ」

三男「やだ」

魔剣士「んもうすねちゃって」

魔剣士「せっかくだし、あちこち寄り道しながらゆっくり行こうな」

外を眺める。生まれ育った村の周辺より、随分緑が多い。

魔剣士「つってもしばらくは町もなんもないんだよな。テレビでも見るか?」

車内には2ヶ所、前の部分と、後ろにいる人達が見えやすい位置に画面がついている。

白緑の少女「エリウスさんが出演した料理番組の再放送があるみたいですよ」

魔剣士「よし、それに決定な」

魔剣士「うわ~これ2年前のだよ。懐かしいな」

エリウスが出演した数多い料理番組の中でも、特に人気の高かったものを何本かまとめて放送しているみたいだ。

放送されている番組はそれぞれ違うテレビ局が企画したものだけど、
他所のテレビ局の番組のデータを借りて他局が再放送するのはたまにあることだ。


魔剣士「アルクス、おまえはもう父さんや母さんとの関係を良くできないと思ってるかもしれないけど、そんなことないんだぞ」

魔剣士「人間関係って、自分が思っている以上に大きく変わるんだ」

魔剣士「すごく仲が良かった奴と仲違いすることもあるし、」

魔剣士「逆に、ぜってえわかりあえないと思っていた奴と友達になることもある」


魔剣士『というわけでできました、コッカリーキ・スープです』

司会『さて、お味は』

魔導槍師『うっ、くぅっ……』

魔導槍師『鶏の出汁とリーキの甘みが見事に絡まり合っている……まるで真冬の布団の中のような温もり……!』

魔剣士『このリーキという野菜、ほんのりとタマネギのような香りを料理に足してくれるのです』

魔剣士『軟らかいのに煮崩れしない! そしてニンジンやジャガイモと相性がいい!』

魔導槍師『冬場の必需品ですね』


魔剣士『お次はコリアンダーという野菜を紹介しましょう。パクチーとも呼ばれてますね』

魔剣士『ちょっと生のままのをつまんでみてください』

魔導槍師『カメムシです』

魔剣士『そしてこちらがコリアンダーのコーディアル(アルコール飲料)です』

魔導槍師『こっこれは……!』

魔導槍師『癖の強いコリアンダーの風味はしっかりと残っているというのに、』

魔導槍師『まるで真夏のセレーノの海のような爽快感……!』

魔導槍師『あの果てしなく続く水平線が瞼に浮かびます』

セレーノ……海が綺麗なことで有名な観光地だ。

司会『カメムシ味の野菜が、一体どのような魔法で変貌したというのか!? 解説はCMの後!』

お母さんは、エリウスが出ている番組は全部チェックしてた。
だから、エリウスがアークイラと一緒にテレビに出ているのを、僕もお母さんの横で何回も見たことがある。

エリウスが料理を作ったり、食べに行った先の料理の解説をしたりする役。
アークイラが料理の感想を述べる役。

エリウスの解説はわかりやすいし、アークイラの感想は比喩表現がふんだんに使われていて面白いしで、大人気だったらしい。
学校でも、主に女子がキャーキャー言いながらこの2人について喋っていた。


魔剣士「俺さ、この人とすげえ険悪だったんだぜ」

三男「ふーん」

そんなこと言われても、僕は2人が仲良く喋っているところを画面越しに見たことがあるだけだから、いまいちよくわからない。



魔剣士『アキレスさんはトマトを大量に使った料理しか作れなかったってほんと?』

魔導槍師『ええ。台所には常に100個以上のトマトが積んでありましたよ』

司会『プティアはトマト料理の国ですからね~! しかし100個以上とは!』



三男「アークイラって確か今行方不明だよね」

魔剣士「お嫁さんとひっそり暮らしてるよ」

三男「えっそうなの」

魔剣士「田舎で畑耕してる」

世界最強の魔導師が農家になるなんて、不思議なこともあるもんだな。

魔剣士「人生、どう変わるかわからないもんだよ」

魔剣士「おまえの人生も、おまえ次第でいくらでも変えられる」

kkmd


数日、東へ西へふらふらと走りながらゆっくりと北に向かった。
エリウスとユキさんは本当に仲が良い。

僕にいちゃいちゃを見せないよう気を遣ってはいるみたいだけど、
それでも充分見せつけられているような気分になって、僕はイライラしていた。

三男「エリウスさ、植物しか恋愛対象じゃないんでしょ」

三男「人間のこと好きになったことないの?」

魔剣士「……あるよ。一回だけ」

嘘だろ。意外だ。

三男「え? いつ?」

魔剣士「……4年半くらい前」

三男「結婚してからじゃん。浮気だ。最低だ」

魔剣士「そうだな、最低だ」

三男「今はもうその人のこと好きじゃないの」

魔剣士「うん。好きだったの、2ヶ月もないくらいだよ」

三男「短っ……」

一時の気の迷いとかだろうか。


魔剣士「ここの草原綺麗だなーちょっと休憩しよ」

エリウスは車を停めると、木陰に折り畳み式のテーブルを広げ、ノートパソコンを開いた。
子供達は喜んでよちよちと駆け回っている。

緑長女「あんまり遠くに行っちゃだめだよ」

四男「ぱあぱ! おはな! きいぇい!」

魔剣士「そこでそのままじっとしててな」

魔剣士「よーし、いい写真が撮れたぞ」

エリウスはアルバムの編集をしているらしい。画面にはたくさんの写真が表示されている。

魔剣士「この子達すぐおっきくなっちゃうからまめに写真撮らないとな」

白緑の少女「子供の成長を振り返るのは楽しいですね」

夫婦が寄り添い合って画面を見ている。……幸せそうだな。


魔剣士「追加終わりーぃ! チビ達と遊ぶぞぉ~!」

エリウスは子供とじゃれ始めた。

三男「……アルバム、見ていい?」

魔剣士「いーよー」

別にあいつらに興味があるわけじゃない。他にやることがなくて暇なんだ。
アルバムアプリケーションに登録されているアルバムは、全て子供の成長記録のようだ。


  ユカリ成長記録(5025.5~)

  ミルウス成長記録(5028.3~)

  2回目世代成長記録(5031.5~)

  3回目世代成長記録(5031.11~)

  家族の思い出総合(5025.5~)


誰だよ、ミルウスって。
四つ子とかじゃなくて、1人で生まれてきたのはユカリだけのはずだ。

まさか、すぐ死んじゃった子とかじゃないだろうな。
おそるおそるダブルクリックした。


最初に出てきたのは、女の人が普通の人間の赤ちゃんを抱っこしている写真だ。
出産直後みたいだ。前髪が汗でべとべとになって、額に貼り付いている。

これがあいつの浮気相手……?
……綺麗な人だ。お母さんとよく似てる。

こんな人を、ほんの短い間でも好きになったなんて、あいつこそマザコンじゃないか。
じゃなきゃ余程のナルシストだ。

魔剣士「ユキ~写真撮って撮って~」

白緑の少女「はい、ピーマン」

魔剣士「かっこよく撮れた!?」

白緑の少女「はい」

魔剣士「やっぱり俺って美しいな~」

……後者かな、あいつの場合。

他の写真も見る。女の人の隣に男の人が立っている。
この人、見覚えがあるな……確か、産婦人科医になった親戚だ。名前……なんだっけ。

ということは、女の人と赤ちゃんがいる病院は、おそらくグラースベルクの産院だ。
アルバムに記録されている時期と、あいつが浮気していた時期は一致しない。

……計算してみた。浮気相手が出産したから会いに行ったってところだろう。多分。


う、うわ、赤ちゃんにおっ……母乳をあげてる写真まで……。
見てはいけないものを見てしまった罪悪感に襲われて、このアルバムを閉じた。

ユカリが言ってた「ゴタゴタ」って、浮気騒動かな。
ただでさえ僕はエリウスのことが嫌いなのに、更に尊敬できなくなった。

エリウスの方を見る。とても浮気しそうな男には見えないけど、わからないもんなんだな。

魔剣士「あーお日様がきもちいーこのまま昼寝しよ」

エリウスはよく昼寝をする。夜もぐっすり寝てるのに。寝過ぎだ。赤ちゃんかよ。

エリウスが寝転がると、周囲の雑草が光を発しながら元気になった。
エリウスの魔力は植物にとってはすごく質のいい養分になるらしい。

僕はあいつの浮気相手の姿を思い浮かべた。

あんなにお母さんとよく似た女の人だったら、僕…………。
い、いや、だめだ。どんなに似ていても、あの人はお母さんじゃない。

でも……綺麗だったな……。


――
――――――――

助手席にずっと座っていると腰が痛くなる。
僕は車の後ろの方で寝転がっていた。

魔剣士「アルクス~最近ずっと機嫌悪いままだぞ~?」

三男「…………」

浮気するような人間と口を利く気にはなれなくて、僕はエリウスと必要最低限のことしか話さなくなった。

魔剣士「ほら前見てみろよ、山脈が綺麗だぞ」

魔剣士「ねえアルクス~アルクスったら~」

三男「うるさいな!」

魔剣士「お兄ちゃん悲しい」

三男「…………」

谷間の道に入った。トンネルが多くて、頻繁に暗くなる。
僕の人生も真っ暗だ。どん底だ。

魔剣士「アルクス~どんなに暗いトンネルでも、進めばいつか出口に辿り着けるんだぞ」

三男「…………」

魔剣士「あっやっべ道間違えた。こっちのトンネル未開通だったわ」

気が滅入る。


山脈を横断して、温泉で有名な街に着いた。

魔剣士「ほら、早く降りろよ」

だるい。僕は無駄にのろのろと動いた。

魔剣士「大丈夫か? 手、貸そうか」

三男「僕に触るな!」

魔剣士「いてっ」

三男「下半身の緩い人間は大嫌いなんだよ! お母さんだって嫌ってる!」

魔剣士「……えっと」

三男「お母さんならおまえが浮気相手を妊娠させたことに気がつくはずなのに、」

三男「なんでお母さんはおまえに優しいんだよ! ありえない!!」

魔剣士「ちょっと待って何か誤解が」

三男「おまえなんて嫌いだ! 浮気野郎!!」

三男「お嫁さんと子供がいるのに浮気するおまえなんて生きてる価値ないんだよ!!」

魔剣士「…………」

緑長女「アルクス君、あのね」


三男「早く死んじゃえー!」

魔剣士「っ……」

魔剣士「あああああああああああああ!!!!」

魔剣士「痛い痛い痛い痛い!! やめて!! もう許してぇ……!!」

エリウスは突然叫んで、頭を抱えてのた打ち回った。

白緑の少女「いけない、発作が!」

魔剣士「はっ、ふっ……切らな……で……言うこと聞くから……」

緑長女「お父さん、しっかりして! 怖いのもう終わったんだよ!」

魔剣士「俺の記憶返して……!」

魔剣士「俺の身体元に戻してよ…………!!!!」

ユキさんがエリウスを抱きかかえた。

白緑の少女「大丈夫です。もう、あんなに恐ろしいことは起きないんです」

魔剣士「はあ、はあっ……ユキ……」

白緑の少女「……しばらく、眠っていてください。夢があなたを癒してくれます」

ユキさんが魔法をかけると、エリウスは目を閉じた。


三男「…………」

白緑の少女「……エリウスさんは、とても、とても恐ろしい目に遭ったんです」

白緑の少女「共依存を愛だと錯覚しなければ、心を守れなくなるほどに」

意味わかんない。

白緑の少女「普段は元気そうに振る舞っていますが、もう心も身体もボロボロなんです」

白緑の少女「本人が望んでいるほど、長く生きられるかどうか……」

三男「そ、んな」

白緑の少女「……旅館の予約は済んでいます。中に入りましょう」

ユキさんがエリウスを姫抱きにして運ぶ。

緑長女「植木鉢、運ぶの手伝って」

三男「……うん」

重い。でも、赤ちゃん達を落っことすわけにはいかない。

緑長女「……お父さんね、4年前、心が壊れた人に捕まっちゃったの」

緑長女「お母さんや私に関する記憶を封印されて、勝手に身体を改造されて」

緑長女「廃人寸前にまで追い込まれたんだよ」


白緑の少女「エリウスさんは、エリウスさんなりにあなたを元気づけようとしているんです」

白緑の少女「不器用な方ですから、わかりづらいかもしれませんが……」

三男「…………」

いろいろ聞きたいことはあるけれど、聞いちゃいけないような気がした。
エリウスはまだちょっと苦しそうに眠っている。

もう少し、優しく接しようかな。


なんだか、さっきまでとは違う理由でイライラした。
どうして、そんな普通じゃ考えられないくらい酷いことをされてしまったのだろう。

やったのはあの写真の女の人なのかな。わからないことだらけだ。


エリウスのこと嫌いなはずなのにな。どうしてこんなに腹が立つんだろう。


旅館は、おじいちゃんの取引先の文化風だった。ベッドがない。
押入れから布団を引っ張り出して、横になった。

何も考えたくないけど、嫌でもいろんなことが頭をぐるぐるする。
お父さんのこと。お母さんのこと。エリウスのこと。僕の将来のこと。

休み始めて1時間くらいで、エリウスが起きた。

魔剣士「俺露天風呂入ってこよ~っと。貸し切りなんだぜ!」

緑長女「気をつけてね」

白緑の少女「私は後から子供達と一緒に入ります。ゆっくりなさってきてくださいね」

魔剣士「ありがと!」

寝起きでふらふらなのに、1人で入浴なんてして大丈夫なのかな。
あいつただでさえどんくさいのに。足滑らせたりしないかな。

……僕がエリウスのことを心配しているのは、あくまであいつに何かあったらお母さんが悲しむからだ。
あいつのこと好きになったわけじゃない。


魔剣士「お、アルクス。背中流してやろうか」

三男「自分で洗……う……」

エリウスの身体は、傷痕だらけだ。
おかしいのは傷痕だけじゃない。

身体全体の肉の付き方に違和感を覚えた。男か女かわからない身体をしている。
変な太り方だな。

でも、そんなことがどうでもよくなるほど、皮膚の色が酷い。

三男「なんだよ、それ」

魔剣士「それってどれ」

三男「その、大量の傷」

魔剣士「ああ、エルナトにだいぶ薄くしてもらったんだけどな」

魔剣士「まあいろいろあってさ」

切り傷の痕だったり、火傷の痕だったり。大きな擦り傷だったり。
北方人の特徴である白い肌には、あまりにもそれらが目立っていた。


魔剣士「おまえは自分の体大事にしろよな~」

魔剣士「父さんと母さんにもらった、大事な体なんだから」

おまえの体だってそうだろ。

三男「……あのさ」

魔剣士「何?」

三男「僕さ、見ちゃったんだ。綺麗な女の人が、ミルウスって赤ちゃんを抱っこしてる写真」

魔剣士「ああ、それ俺」

三男「はあ? 冗談よしてよね」

流石にそれはないだろう。

魔剣士「あはは」

三男「あとさ」

魔剣士「うん」

三男「死んじゃえ、なんて言ってごめん」

魔剣士「いいよ。不信感煽るようなこと言ったの、俺だもん」


温泉から上がって浴衣を羽織った。

魔剣士「よーし、卓球やるぞ!」

三男「……いいよ」



……エリウスはへたくそだった。

魔剣士「ごめんもうちょっと手加減して」

三男「その運動神経の鈍さで、一体どうやって剣振ってるの」

魔剣士「うーん……ノリ?」

変な奴だな。

三男「お父さんもお母さんも運動神経良いのに」

魔剣士「ほら、俺って顔は良いし天才的な才能ももってるだろ?」

魔剣士「1つくらい悪いところがあったっていいじゃん?」

1つどころか、悪いところはすごくたくさんある。
でも多分、つらい目に遭っても明るく振る舞っているのは、こいつのすごく良い面なんだと思う。

魔剣士「そうだ、気づいたことがあるんだけどさ」

三男「何」

魔剣士「おまえって赤ちゃんの頃からタマタマの色白いままなのな! 俺とおそろい!」

三男「はあ?」

魔剣士「いや~裸見たらおまえのおむつ替えてやってた頃のこと思い出しちゃってさ」

三男「僕やっぱりおまえのこと嫌いー!」

kkmd


魔剣士「アルバのは黒いんだよなー。俺と色が違いすぎるから、母さんが病気じゃないか心配してさ」

魔剣士「父さんが『こんなもんだろ』って言ったら安心してたけど」

三男「…………」

魔剣士「そういや昔ルツィーレに『キンタマってなんで黒いのにキンタマって呼ぶの?』って訊かれてさ」

魔剣士「俺もそんなの知らないから『アルクスのは白いよ』って答えたんだよ」

三男「…………」

魔剣士「そしたら『ルーシーには黄金のキンタマ生えてくると良いなあ』とか言い出してさぁ」

三男「もう股間の話はいいだろ」

下品な話はあんまり得意じゃないんだ。


翌日、温泉の町を出て港町に到着すると、寿司屋に連れていかれた。

魔剣士「大将、芽ネギとおしんこ巻きとわさび巻きお願い!」

エリウスは植物のネタばかり頼んでいる。一体何を食べに来たんだ。
僕は適当にまぐろとかサーモンとかを頼む。

魔剣士「美味いか?」

三男「うん」

魔剣士「そっかあ良かった」

三男「おまえは魚食べないの」

魔剣士「お寿司好きなんだけどさ、生魚食べたらよく腹壊しちゃうんだよ俺」

僕に寿司を食べさせるために連れてきてくれたらしい。自分はあまり食べられないのに。

大将「その子エリウスさんにそっくりだねえ。隠し子じゃないでしょうね。がっはは」

魔剣士「実はそうなんすよ」

三男「弟だから!!!!」


船に乗った。……豪華客船だ。

魔剣士「アクアマリーナで乗り換えてすぐセーヴェル大陸に行くこともできるんだけどさ」

魔剣士「サントル中央列島もあちこち回りたいな~って思ってるんだ」

三男「好きにすれば」

甲板で風に当たる。

エリウスのファンらしき女性達が寄ってきた。

ファン1「サインくださぁい!」

ファン2「写真! 写真お願いします!」

ファン3「ああん近くで見るともっとかっこいい~」

魔剣士「すんません今プライベートなんすよ~」

エリウスはわざとへらへらして、後ろから僕の両肩に手を置いて前に押した。

魔剣士「ほらほらお部屋に行くぞ~」

電車ごっこの状態で歩く。こいつ何歳だっけ。


部屋に入る前にエリウスの携帯が鳴った。
エリウスは柵にもたれかかり、海を見ながら会話を始める。

魔剣士「もしもし? うん、今下の弟と一緒」

魔剣士「そっかぁ、好き嫌い減ったかあ」

魔剣士「またメッセで写真送ってよね」

魔剣士「ところでさ、今度そっちの近く通るんだけど」

魔剣士「じゃあ寄るね」

通話が終わった。

三男「友達?」

魔剣士「うん」

エリウスは機嫌を良くしたみたいだ。
にまにましながら部屋に入っていった。


今日はユキさんと子供達、エリウスと僕で部屋が分かれている。

三男「おまえってさ」

魔剣士「ん?」

三男「やけに面倒見いいよね。意外だ」

適当でめんどくさがりな奴だとばかり思っていた。

魔剣士「伊達に長男やってないしぃ?」

三男「…………」

魔剣士「それに、おまえに対しては罪滅ぼしみたいな気持ちもあるのかもな」

三男「なにそれ」

魔剣士「この石に、モルゲンロートのおじいちゃんが入ってたのは知ってるだろ」

三男「うん」

魔剣士「おじいちゃんな、兄ちゃんを守るために魔力を使い果たして成仏しちゃってさ」

魔剣士「もしおじいちゃんが今もここにいてくれたら、」

魔剣士「領主の先輩としておまえにいろいろ助言してくれてただろうになって思ったら」

魔剣士「代わりに俺が少しくらいおまえの面倒見てやらなきゃなって」

三男「……死んだ人間なんて、傍にいない方が普通なんだ。気にすることない」

魔剣士「あはは、ありがと」

魔剣士「あ、そうだ」


魔剣士「向こうだと、10歳になったら自分の魔力と同じ色の石を親から贈られる風習があるんだけど」

魔剣士「おまえ、貰ったか?」

三男「貰ってない」

魔剣士「じゃあ、これやるよ」

エリウスは胸元のアウィナイトのピンブローチを外した。

魔剣士「この石ほど、おまえの魔力と相性のいいものはそうそうないだろうから」

鮮やかな、青らしい青。かなり希少な石だって聞いたことがある。
何故だか懐かしい輝きだなと感じられる。

魔剣士「じっとしててな」

僕の服に針が刺される。

魔剣士「うん、似合ってるよ」

魔剣士「その中にはもうおじいちゃんはいないけど、きっと守ってくれるから」


船の中にはいくつも高級レストランがあって、僕達はバイキングに行った。
有名人であるエリウスは、人に絡まれるのを避けるために変装していた。

でも、いくらなんでもド緑のかつらと怪しいサングラスはないと思う。
センスが常軌を逸脱している。




夜も更けて、ベッドに潜った。

魔剣士「実家にいる時はさ~、やかましくて仕方なくて早くこんな家出てえって思ったけど」

魔剣士「いざ離れて見たら、あの騒がしさが恋しくなったりするんだよな~」

魔剣士「おまえもそろそろ」

三男「ならないよ」

魔剣士「学校の宿泊学習の夜とかさ、ホームシックにならなかったか?」

三男「お母さんに会いたくてたまらなくなっただけ」


エリウスが室内の魔石灯を消した。
お母さんに会いたくて仕方なくて、寂しくて、僕は布団にくるまってこっそり泣く。

お母さん、どうしてるかな。今頃またラヴェンデルに抱き着かれてるのかな。
それとも、お父さんが独り占めしてるのかな。

優しかったお母さん。綺麗なお母さん。

三男「う……ひっく……」

魔剣士「…………」

三男「……っ…………ぅぁ……」

魔剣士「こちょこちょこちょ~~~~~」

三男「うわはははははははあああああやめろ!!!!!!!!!」

魔剣士「あひゃひゃひゃひゃ!」

たまには感傷に浸らせてほしい!!


数日船に乗って、翡翠の港町アクアマリーナに着いた。

魔剣士「俺んち行くぞ!」

エリウスの家は、貴族の屋敷ほどではないにしても、ちょっと大きくてすごく綺麗だ。

次女「パパ! おかえぃ!」

長男「パパー!」

魔剣士「ワカナ、ヒコバエ!」

三女「ユカリおねーちゃん、パパ!」

次男「おかえり! だっこ!」

魔剣士「スズナ! コカゲ! みんな元気いっぱいだな! パパ安心したぞ!」

エリウスが子供を抱き上げた。

三女「おみやげ!」

魔剣士「あはは、ちょっと待っててな」

生後半年らしいけど、2、3歳に見える。お喋りは見た目の年齢よりも上手みたいだ。

家の中にはたくさんのユキさんがいた。みんな髪型や装飾が少しずつ違っている。
一番神秘的な見た目をしているユキさんが本体の精霊らしい。


魔剣士「ユキ達ちょっと全員集まって」

わらわらと同じ顔の精霊達がエリウスの傍に集合する。

魔剣士「見て見てアルクス!」

エリウスは両隣のユキさんの肩に腕を回して、こう言った。

魔剣士「ハーレムごっこ!」

こいつ……。
ユキさん達は呆れた顔をした。

魔剣士「あはは」

僕の白けた反応なんて全く気にせず、エリウスはへらへら笑っている。
楽しそうだな……。その能天気さが羨ましいくらいだよ。

空を見上げた。アクアマリーナの大樹はあんまりにも大きくて、上の方は蒼く霞んでいる。
こんなにおっきい木がエリウスのお嫁さんなのか。


三男「すっごい観光客多いね、この町」

魔剣士「ユキの花が咲いてる時期は特に多いよ」

滅多に花を咲かせなかったはずの大樹は、ここ数年ちょくちょく開花するようになった。


家の中にいるのはユキさんや子供達だけじゃない。
学者らしき人がメモを取っていたり、警備員が見張っていたり。

魔剣士「この辺の大学や研究施設の学者だよ」

魔剣士「俺の子供達は新しい種族だからさ」

魔剣士「どう育てていけばいいのか、協力し合いながら研究してるんだ」

三男「ふーん」

魔剣士「よ~し今晩はパパがご飯作っちゃうぞ~!」

子供達はばんざいをして喜んだ。

魔剣士「アルクス手伝って」

三男「え……わかったよ」

顔色のいいエリウスを見ていると、あのよくわかんない発作を起こしたのが嘘みたいに思える。
また酷いことを言ったらあの発作を起こすのかな。


魔剣士「おまえ下拵え上手じゃん」

三男「よくお母さんのお手伝いしてたから」

魔剣士「良い子だな」

良い子……なのかな。
もうお母さんのお手伝いをすることもないんだな、と思ったら涙が出てきた。

魔剣士「ん、無理しなくていいぞ。このタマネギちょっと目に沁みやすくてな」

三男「やるよ」

料理をしているお母さんの横顔は、すごく暖かい表情をしていた。

こいつも同じ顔をしている。
家族が喜ぶご飯を作ろうとしている親の顔だ。

次男「ぱぱぁ、ずっとおうちにいる?」

魔剣士「ごめんなあ、パパ明日にはまたお出かけなんだ」

次男「やだー! やだー!」

魔剣士「すぐに帰ってくるよ」

子供が料理中のエリウスの足元に絡みついた。
僕も、小さい頃は同じことをしてお母さんを困らせちゃったな。


『アルクス、危ないよ。包丁痛い痛いだからね。良い子にして待っててね』

お母さん……。

魔剣士「俺もユキみたいに分身できたらなあ」

三男「うぇぇ……ぐずっ……」

魔剣士「やっぱり休んで待ってていいぞ。ユカリが遊び相手になってくれるから」

三男「………………」

僕は意地でも野菜の皮を剥き続けた。途中で物事を投げ出すのはあんまり好きじゃないんだ。

次女「ぱぱ遊んで! 一緒にいて!」

次男「行かないでぇ」

魔剣士「仕方ないな~。じゃあ、遠くへのお出かけは明後日からにしようかな」

魔剣士「明日はパパと一緒にショッピング行こうな」

次女「わーい!」

次男「おいしい肥料ほしい!」


エリウスの暮らし方は、普通の人間とは大きく異なっている。
とても奇妙だけれど、目に入る全てが新鮮で、見ていて退屈しない。



――翌々日の朝。

三男「……うわああああ!」

泊まっていた2階の部屋から降りると、下の子達が寝ていた植木鉢から小さな木が生えていた。
よく見ると、それはどう見てもカイドウ達だった。

植物っぽい見た目の割に皮膚は人間に近くてぷにぷにだったのに、ひんやり硬くなっている。

魔剣士「どうしたーアルクス」

三男「あっ、あ、あっ」

魔剣士「何そんなに動揺してんだよ……精通でもきたのか?」

三男「ひがう!」

噛んだ。


魔剣士「夢精したなら、ユキ達には黙っててやるから今のうちにパンツ洗ってこいよ」

三男「ちっがう!! 子供が!! 完全に植物になってる!!」

魔剣士「ああー、チビ達、皆で一緒に木質化の練習してたんだな」

五つ子は見る見るうちに普段通りの見た目に戻り、エリウスにじゃれついた。

魔剣士「細胞壁ってわかるか?」

三男「……うん」

魔剣士「この子達には細胞壁があってさ。普段は細胞膜と同じように柔らかくなってんだけど、」

魔剣士「自分の意思で硬くできるんだよ」

魔剣士「いざという時は完全に木になりきって身を守れるというわけだ! すごいだろ!」

……不思議な生き物だな。
拍子抜けしたような、謎の生態に驚かされたような……。


昼前にこの町を経った。ユカリ以外の子供達は家でお留守番だ。
皆寂しがって、泣いてエリウスを引き留めようとする子もいた。

なんだか、甥姪から親を奪ってしまったみたいで申し訳なくなった。

三男「僕のことなんていいから、さっさと北に送り届けて家に帰れよ」

魔剣士「んー……まだそういうわけにはいかないかな」

魔剣士「ルルディブルク行くぞ! フラパラ寄らなきゃな!」

三男「なんだよ、フラパラって」

魔剣士「フラワーパラダイス。っていうアミューズメントパーク」

三男「僕、そういうところではしゃぐほど子供じゃない」

魔剣士「大人ぶるのはせめてアスパラガスの周りに草原が生えてからにしような!」

魔剣士「せっかくの子供時代だってのに損しちまうぞ」

僕は子ども扱いされたくないお年頃なんだ。
やっぱり癪に障る奴だな。


ルルディブルクには、色とりどりの花が溢れていた。
甘い香りが鼻をかすめる。

今日は宿で休んで、アミューズメントパークには明日行くことになった。
夜、フロントの自販機でジュースを買って、ちょっとまったりしてから部屋に向かった。

思えば、僕は一方的にエリウスを嫌ってばっかりで、まともに会話したことがなかった。
無神経ではあるけど、意外と嫌な奴じゃないし……でもお母さん以外の人間に心を開くのはなんだか抵抗があるなあ。



……入ろうとしたら、ドアが少しだけ開いていて、部屋の中から変な会話が聞こえた。

魔剣士「あっ……ん、ユキ……」

白緑の少女「気持ちいいですか? エリウスさん」

魔剣士「すっごくいい……うっ、くぅ……」

ど、どうせマッサージだろ。

白緑の少女「ほら、もうこんなに出ちゃいましたよ」

!?!?

な、なにがだ?

魔剣士「やっ、恥ずかしい……見せないで」


白緑の少女「ちょっとだけ深く挿れますよ」

魔剣士「やっ、待って! 太いぃ……!」

白緑の少女「少しの辛抱です!」

魔剣士「抜いてえ! おっきすぎる!」

お、おまえは突っ込む側じゃないのか?
おそるおそるドアの隙間を広げて、室内を伺う。

魔剣士「俺もっと細いのじゃないと無理だわ」

白緑の少女「この綿棒、いつものより太かったですね。子供達の体のお手入れ用にしましょう」

耳掃除かよ……!

い、いや、別に、変なこと考えてなんかないし。考えてなんかないし。

魔剣士「アルクス、どうした? なんか嫌なことでもあったのか?」

三男「なんもないよ。疲れただけ」

僕はベッドに倒れ込んだ。
お母さんに耳掃除してもらえたら幸せだろうな。

kkmd


寝る前と寝起きは情緒が不安定になりがちだ。
朝、目が覚めた時のこの憂鬱な気分。傍にお母さんはいない。

三男「お母さん……」

魔剣士♀「もう、この子ったら本当にママが好きなのね」

魔剣士♀「あたしのことママだと思っていいのよ~」

三男「うぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!」


三男「うわあああ離せ!!!!」

魔剣士♀「素直に甘えなさぁい」

三男「ぎもぢわるいーーーーーーー!!!!」

逃げても逃げても女装したエリウスは僕に抱き着こうとする。

魔剣士♀「かぁんわいい~~」

三男「い゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」

毛布にくるまって部屋の隅に蹲っていたら、漸くユキさんが起き出してエリウスを止めてくれた。

白緑の少女「可哀想でしょう」

魔剣士♀「だってぇ、温もりで満たしてあげようと思ってえ」

緑長女「お父さん、やめてあげて」

白緑の少女「アルクス君、もう大丈夫ですよ。エリウスさんは私がしっかり見張っておきますから」

三男「うぅ……」

写真の女の人とよく似てて美人だけど、こいつの女装姿なんて見たくない。
悍ましすぎて直視できない。


魔剣士「機嫌直せよぉ」

三男「…………」

朝っぱらから心臓に悪すぎた。
朝食は小麦ブランや玄米を混ぜて焼き、クッキーみたいにしたものだ。

おやつとしても食べられるけど、シリアルと同じ様に朝食にする人が多い。
エリウスが開発に関わったらしい。

他社の製品よりも甘さが控えめで、ダイエットをしている人に大人気だ。



食べ終わってすぐ、外に連れ出された。

魔剣士「この町さ、俺が花の育て方助言したら、元々綺麗だった花が更に綺麗に育つようになってさ」

魔剣士「儲かりすぎてやばいらしい」

三男「自慢ならいらない」

魔剣士「んもう、つれないなあ」


魔剣士「あっちが商店街で、あっちがエログッズ街」

三男「は?」

魔剣士「昔は花街だったらしいんだけどさ、今は少ししか風俗の店ないんだ」

魔剣士「でもエロいコンテンツが充実してるから特に住民の不満が溜まってたりはしないんだと」

魔剣士「見てくか?」

三男「行かないよ!」

魔剣士「10歳っつったらエロにも目覚めてくるお年頃だろ?」

三男「あのさあ」

白緑の少女「エリウスさん、いけませんよ」

魔剣士「はーい」

おまえにそっち方面の面倒を見られて嬉しいわけないだろ。
天才の癖に頭悪いな。


フラワーパラダイスには行列ができていた。

緑長女「これじゃ何時間も待たなきゃいけないね」

魔剣士「んー、仕方ないな」

魔剣士「すみませーん」

バイト「今忙しいんです!」

魔剣士「あの」

バイト「障害者カードをお持ちの方はご提示くださーい優先して入場できまーす」

魔剣士「これ、これ見てください」

バイト「あっすみません障害者の方だったんですね! ってあー! エリウスレグホニア! ……え? 障害者??」

受付管理人「ばっかもーん何しとる! エリウスさんは関係者だぞ! 顔パスで通さんか!」

バイト「!? ふえ……ごめんなさ……」

魔剣士「いえあの今日は弟連れて客として来てるんで」


すんなり中に入れた。

三男「なんでおまえ障害者カードなんて持ってるの」

障害者が、どんな障害があるのか証明するために使うカードだ。

魔剣士「だって俺障害者だもぉん」

三男「は?」

魔剣士「使える権利は使わないとな」

三男「意味わかんないんだけど」

魔剣士「おまえ知らなかったっけ。俺発達障害なの」

三男「? ルツィーレみたいな?」

魔剣士「ルツィーレとは種類違うんだよ。まあ俺もちょっとだけ多動入ってるけどさ」


魔剣士「ここさー、魔力不足問題のせいで建設が中止されてたんだけど」

魔剣士「俺が太陽光魔力変換装置を扱ってる会社を紹介したらなんとか再開できてさ」

魔剣士「今や世界的に有名な娯楽施設になったというわけだ」

三男「…………」

魔剣士「花の飾り方とかもたくさんアドバイスしたんだぜー」


花を模した様々なアトラクションが人々を楽しませている。
観覧車だったり、ジェットコースターだったり。

普通ならコーヒーカップ、ティーカップと呼ばれる遊具は、チューリップや蓮の花の形をしている。

大人も子供も関係なく笑顔だ。

魔剣士「景色見てるだけでも面白いだろ」

夢の中や、お伽噺の世界みたいな、不思議なデザインの建物があちこちに立ち並んでいる。
まるで異世界に来たみたいだ。

ここまで大規模でデザインが凝っている遊園地は、地元の近くにはなかった。

魔剣士「現実を忘れて思いっきり遊ぼうぜ!」

緑長女「お父さん、私あれに乗りたい!」

魔剣士「よーし! 行くか!」





悔しいけど、いつの間にか僕は楽しんでしまっていた。

魔剣士「ジェットコースターすごかったな、股間のタマネギのヒュンヒュンが止まらなかっただろ」

くらくらする。


魔剣士「なあユカリ、女の子はジェットコースター乗った時、どっかヒュンってなったりしないのか?」

緑長女「お腹のあたりが浮いた感じになるよ」

魔剣士「なるほど~」

エリウスと一緒に歩いていると、しばしば周りに人だかりができてしまう。
こんなに人が多い場所ならなおさらだ。これどうにかならないかな。

魔剣士「そろそろ疲れただろ? アイスでも食べて休憩するか!」

売店のすぐ近くに休憩所があった。

魔剣士「おすすめはこれ! 季節限定のフキノトウアイス! 俺が考えたんだぜ!」

三男「は……?」

魔剣士「他の味は何処でも食べれるけどさ、フキノトウのアイスは珍しいぞ! せっかくだし食ってけ!」

バニラを食べたかったけど、勝手に注文された。


アイスクリームなのに苦い。甘さは控えめで、後味がすっきりしている。
不味過ぎはしないけど……うーん。

宣伝用の旗を見たら、「オトナに大人気!」と書いてあった。あまり子供受けはしないのだろう。

魔剣士「おいし~」

アイス売り「エリウスさんが考案したこのアイス、よく売れてるんですよ~」

魔剣士「でしょ~」

こいつのフキノトウ推しは一体なんなんだろう。

魔剣士「いつもがんばってくれてありがとな。これお礼」

アイス売り「高級レストランの割引券!? ありがとうございます~!!」



魔剣士「あの人、俺が季節限定の変なアイスを提案した時後押ししてくれてさ」

魔剣士「自分が賛成したんだから~って、季節限定のアイス担当してくれてるんだよ」

三男「ふーん」


三男「……おまえみたいな人間は、普通に働いてる人のこと見下してそうだなって思ってたんだけど」

魔剣士「え? そんなことないよ」

魔剣士「ああいった人達は、俺にできないことをしてるんだから」

三男「おまえにできないこと?」

魔剣士「うん。俺は、毎日普通に働くっていうのができないんだ」

魔剣士「得意不得意の差が激しすぎてさ」

魔剣士「相手の言ってることを聞き取ったり、正しく認識したりっていうのが下手だし、」

魔剣士「普通の人なら覚えられる仕事を全然覚えられない」

魔剣士「臨機応変な対応だって、どんなに努力してもできるようにならない」

魔剣士「電話も、昔は全然できなくて困ったんだ」

三男「…………」

魔剣士「だから、『普通』にがんばってる人のことは尊敬してるよ」

微笑んでエリウスはそう言った。

魔剣士「掃除してるおじさんだって、売店で接客してる人だって、俺にはできないことをし……」

エリウスはいきなりふらっと倒れかけた。
ユキさんが受け止めて転倒を防ぐ。


白緑の少女「もうそろそろ限界だと思ったんです」

白緑の少女「エリウスさんは、こういった騒がしい場所が極端に苦手ですから」

魔剣士「うー……」

白緑の少女「宿に戻りましょう。もっと遊びたかったかもしれませんが……ごめんなさい」

三男「いや、別に……もう充分遊んだし」

緑長女「お父さん、大丈夫? お母さんの鉢、私が持つよ」

またユキさんがエリウスを抱っこして運んだ。

白緑の少女「障害者カードを使うことも、普段はないんですよ」

白緑の少女「自分は発達障害者の中では成功しすぎてる方だから、援助制度を使う必要なんてないと」

三男「……ぶっ倒れるくらいなら、僕のために自分を削るの、やめてほしい」

三男「……迷惑だ」

魔剣士「ごめんな……」

三男「…………」


宿に着いて、エリウスはベッドに寝かされた。

魔剣士「疲労感が酷いだけだから、少し休んだら大丈夫」

三男「……何か欲しい物、ある?」

魔剣士「じゃあ、俺の鞄の中の水筒取ってくれる?」

三男「これ?」

魔剣士「さんきゅ」

エリウスが飲み始めたのは……蛍光黄緑の液体だ。

魔剣士「あーおいし」

三男「それ……フキノトウを灰汁抜きした水だよね……」

魔剣士「うん」

魔剣士「おまえは真似するなよー毒だからな」

三男「しないよ!」

魔剣士「フキノトキシンは怖いぞ~」


ユキさんが疲労回復効果のある野菜や果物を買ってきて、
それを食べてしばらく休んだらエリウスはだいぶ顔色が良くなった。

僕もユキさんが買ってきてくれたものを食べて夕食を済ませた。

三男「あのさ」

魔剣士「うん」

三男「……無理しないでよね」

連れてってくれてありがとう、と言おうと思ったけど、照れくさくて言えなかった。

魔剣士「ありがと」

エリウスははにかむように笑った。

三男「……その笑い方、お父さんと似てる」

魔剣士「あはは。他の人からもたまに言われるよ。表情の作り方が似てるって」

三男「ふうん」

魔剣士「親子だもん。少しくらい似てるよ」

三男「僕は、お父さんとは全然似てない」

魔剣士「そりゃ、おまえはシレンティウムさんが作ったシステムによって生まれた子だからな」

魔剣士「でも、見た目には表れてなくても、おまえは父さんの血をしっかり受け継いでて、」

魔剣士「それは子々孫々にも未来永劫受け継がれていくものなんだ」


三男「別に、お父さんの血が入ってたって、全然嬉しくない」

三男「お母さんだけの子だったらよかったのに」

魔剣士「父さんの血が役に立つ日が来るかもわかんないぞ?」

魔剣士「たとえば、黎明のベーリュッロスの波動が子孫を助けてくれたりさ」

三男「…………」

魔剣士「内面で言えば……そうだな、生真面目で、下品なネタが苦手なところが父さんと似てるよ」

魔剣士「うっかり下ネタ言って周囲をドン引きさせちゃうよりはずっといいと思うよ」

魔剣士「……父さんのこと、そんなに好きになれないかもしれないけどさ」

三男「僕は、お父さんよりも強くなってお母さんをお嫁さんにしたかった」

三男「でもお父さんは強すぎて倒せない。だから嫌いだ」

魔剣士「そういうのエディプスコンプレックスっていうんだぞ」

三男「あっそ。もう寝る」

魔剣士「そっか。おやすみ、アルクス」


……。
……………………。

早寝しすぎて、夜中に目が覚めた。
少しだけ明かりをつけて、テレビの電源を入れた。音量を思いっきり下げる。

え、えっちな番組が放送されている。
おかしいな。ビデオじゃなくて普通の放送のはずなのに。

こっちの地方はこんな番組を垂れ流してるのか。チャンネルを変えた。

深夜アニメだ。
作画がちょっと色っぽいけど、今のところえっちすぎないからチャンネルをそのままにした。

黒髪の少女『ねえヴェル……ううん、兄上。賢いあなたならわかっているはずでしょう?』

黒髪の少女『様々な文化で、近親婚が禁じられている理由を』

銀髪の青年『な、何を言っているんだ、エミル』

黒髪の少女『駄目なんだよ、このままじゃ』

黒髪の少女『あなたと一緒にいられるなら、子供はいなくてもいいって自分を納得させようとも思ったけれど、』

黒髪の少女『僕は、やっぱり愛する人と一緒に子供を育みたい』


銀髪の青年『しかし』

黒髪の少女『家族同士で結ばれるのはいけないことなんだ。……さよならだよ』

銀髪の青年『待ってくれエミル! エミ』

テレビを消した。アニメにまで説教されたくない。
枕を抱きしめて寝転がる。

緑長女「アルクス君も目が覚めちゃったんだね」

三男「ごめん、うるさかったよね」

緑長女「ううん、大丈夫」

エリウスの娘。具体的に何処がって訊かれたらわからないけど、顔立ちがなんとなくエリウスと似ている。
ユキさんとも似てるから、多分足して割った顔つきなんだと思う。

浅緑色の髪は目立つけれど、最近は人間と亜人種の交流も増えてるから、
騒がれるほどではない。

亜人種は魔適傾向が100未満でも、髪が魔力の色に染まりやすかったり、
色素の種類が人間と違っていて、鳥みたいに魔力とは関係なしにカラフルだったりする。


緑長女「私も小さい頃、『お父さんと結婚するー!』なんて言ってたんだよ」

緑長女「でも、お父さんはね、」

緑長女「『ユカリにはユカリの運命の相手がいるんだよ』って言ったの」

三男「…………」

ユカリは、まるで僕よりずっと年上みたいに話した。
背だって高いし、胸もちょっと膨らんでる。やっぱり、年下には見えない。

緑長女「アルクス君にも、きっといるよ。運命の人」

僕の気持ちは、もしかしたら幼い頃にありがちな「ママと結婚する!」とか、
「お兄ちゃんと結婚する!」とかっていうのを卒業し損ねただけなのかもしれない。

緑長女「まだ深夜だし、がんばって二度寝しよっか。おやすみ」

三男「……うん。おやすみ」


――
――――――――

――数日後

朝の草原を車で走る。

魔剣士♀「東の方に行けば行くほどエスト大陸の文化が入っててさ」

魔剣士♀「プティア料理の店もけっこう多いんだ」

魔剣士♀「トマトパスタはうんまいぞ~! とびきりいい店連れてってやるからな」

三男「……ねえ」

魔剣士♀「ん?」

三男「なんで女装してんの」

魔剣士♀「兄ちゃんな、実は姉ちゃんなんだ」

三男「は?」

魔剣士♀「『女装』ってさ、男が女の格好をするって意味でしょ」

魔剣士♀「これは女装じゃないよ」

三男「????」

魔剣士♀「今の俺は女の子だから、これが当たり前の格好なの」

三男「……??」

魔剣士♀「たまに心が女の子になっちゃう日があるんだ」

三男「ちょっと待って、意味がわからない」

魔剣士♀「ってかもう体も半分女の子だしー」

こいつと一緒にいると常識が崩壊しそうになる。

kkmd


三男「……おまえってルツィーレみたいな身体してたっけ?」

魔剣士♀「数年前からだけどな」

三男「意味わかんない」

魔剣士♀「まあいろいろあってさ」

やっぱり意味がわからない。
でも、確かに変な体つきしてたから、本当のことなのかなと思った。

……改造されたって、そういうことなのか?

魔剣士♀「このウィッグ俺の髪の毛から作ったんだぜー」

三男「あっそ」


小綺麗な町に着いた。

ルルディブルクほどじゃないけど花が多くて、お洒落な建物が多い。
新年を祝うお祭りで賑わっている。

魔剣士♀「俺も今月で25かあ、早いもんだなあ」

宿に荷物を置き、ユキさんとユカリが買い出しに行くと、エリウスは口を開いた。

魔剣士♀「ねえ……美人姉妹ごっこ、しない?」

悪寒が走った。

三男「僕も買い物」

魔剣士♀「逃がさないんだから!」

三男「うぎゃあああ!」


髪の毛を耳の上で縛られた。ピッグテールとかいう髪型らしい。

魔剣士♀「若くてお肌が綺麗だからファンデーションは要らないな」

ポイントメイクも施された。お肌に優しいから子供でも大丈夫だとかって言われた。
服はユカリのお下がりだ。僕に女装させるためにこっそり持ってきてたらしい。

魔剣士♀「あはー可愛い! 記念撮影しよ!」

とても白けた気分だ。あまり鏡を見たくない。
肩に手を置くな。気持ち悪いな。

……エリウスが窓の外の花と何か話した。植物を通してユキさんと連絡を送り合っているのだろう。

魔剣士♀「んーそうだね。あんまり大人数じゃ動きづらいし別行動しよっか」

はたから見ると怪しい人だ。でも、これがあいつらにとっての普通なんだろう。

魔剣士♀「よーし! 2人でお祭り行くぞ!」

三男「この格好で?」

魔剣士♀「うん!」

三男「えぇ……」

魔剣士♀「可愛い女の子は何かと得しちゃうのよ!」

三男「…………」

エリウスはまるで生まれつき女の人だったみたいだ。
おかしいな。男口調混じりで話すし、一人称も“俺”のままなのに。

何故か僕はこいつが女の姿をしていることに違和感を覚えなくなりつつある。


おやっさん「嬢ちゃん達可愛いねえ! たこ焼き2個おまけしてあげるよ!」

魔剣士♀「わーい! ありがと~!」

三男「…………」


「ねえ、あそこの巨大な美人何物!? 何処かの国の大物女優かな!?」

「昔ハルモニアとテレビに映ってるの見たことあるー!」

「憧れちゃう~!」

「妹ちゃんも可愛い~!」


三男「あのさ、目立ちすぎてない?」

魔剣士♀「困っちゃうわね」

楽しそうだな……。

魔剣士♀「俺は遊びでこの格好してるわけじゃないし、」

魔剣士♀「女になりきって楽しんでるわけでもないよ」

魔剣士♀「今は、素でこれだから」

三男「じゃあ、男にときめいたりすんの?」

魔剣士♀「ユキ似のイケメン精霊でもいたらドキッとしちゃうかも。あはは」

おどけた調子で答えられた。本気なのか冗談なのかわからない。


吸血鬼「やっぱり人の入れ替わりの多い土地は亜人への偏見少なくていいわね」

吸血鬼部下「そうですね」

吸血鬼「血色のりんご飴いかがですか~! 1個300Gもしくは血液100mlよん!」

魔剣士♀「2個くださーい! あ、血じゃなくてお金で!」

吸血鬼「あら……ふうん。あの娘ったらやっぱり……あ、ごめんなさいね。こっちの話」

吸血族だ。生地の厚いフードを被って、日光を遮っている。

吸血鬼「まいど~! あなた達、私の好きだった人とよく似てるからミニ飴おまけしちゃうわ」



魔剣士♀「亜人さんがやってる屋台もけっこうあるんだなー」

三男「亜人と融和できつつある今の時代じゃなかったら、おまえの子供達、暮らしにくかっただろうね」

魔剣士♀「だろうなぁ。ありがたい世の中だよ」


何度もナンパされながら屋台が立ち並ぶ道を歩く。

魔剣士♀「ケバブおいし~」

三男「…………」

魔剣士♀「おいしくないか?」

三男「おいしいよ」

魔剣士♀「食べ過ぎるなよ~夜はパスタ屋行くんだからな」

三男「おまえが食べさせてるんでしょ」

天気がいい。ケバブを頬張るエリウスの横顔を見る。

綺麗な女の人だ。虹彩の色は昼間の空よりも深い青。僕と同じ。

三男「ねえ、ちょっと聞いていい」

魔剣士♀「ふぁあに?」

三男「おまえって、好きで女になったわけじゃないでしょ」

魔剣士♀「ふぁあほうらね」

三男「答えるの呑み込んでからでいいから」


魔剣士♀「日に日に身も心も女に近づいていく自分に怯える毎日……つらかったわぁ」

魔剣士♀「でも、なっちゃったものは仕方ないでしょ」

三男「…………」

魔剣士♀「いつかは純粋な男に戻りたいけど、女の子の部分子供産むのに使っててさあ」

魔剣士♀「男性ホルモンの注射も控えめにしてるんだよ。縮んじゃうから」

三男「…………」

魔剣士♀「ユカリの時はまだ俺女じゃなかったからヘソから産んだんだけど」

魔剣士♀「出血が多くてやばくってさ~ははは」

魔剣士♀「だからどうせなら有効活用しようと思って」

変にポジティブだ。

三男「切除しようとか考えなかったの」

魔剣士♀「男の部分傷つけずに取るのは無理ってエルナトに言われた」


ケバブを食べ終わって、包み紙をポリ袋に入れる。

魔剣士♀「まず俺の男の子とユキの女の子で受精させてさあ」

魔剣士♀「んでユキからめしべを生やして俺の」

三男「そんな生々しい話訊いてないし聞きたくないよ!」

どんな神経をしているんだこいつは。弟にする話じゃない。

魔剣士♀「ねえ、ちょっとこっち寄りなよ」

三男「やだ」

拒否したけど後ろから無理矢理ぎゅっとされた。
お母さんほど柔らかくないけど、細い見た目の割には肉がついている。

魔剣士♀「俺、何年も前からずっとおまえのこと心配してたんだよ」

魔剣士♀「お母さんっ子なのに、1人でずっと遠くに行かなきゃいけないんだから」

魔剣士♀「しかもこんなに早まっちゃってさ」

あったかい。お母さんみたいだ。
元々男だったはずなのに、どうしてこんなに母性的なんだろう。

三男「……………………」


魔剣士♀「女の気分の日は母性本能強くなりすぎて困っちゃうな」

魔剣士♀「母さんが子供を想う気持ちがよくわかるよ」

三男「ぼ、僕宿に戻るから!」

魔剣士♀「俺も」

調子が狂う。

魔剣士♀「あーやっぱ先部屋入ってて。そこの売店見てくる」

僕は逃げるように部屋に戻った。ほっと一息つく。
……ちょっと勇気を出して姿見を覗いてみた。

他人から可愛い可愛いと言われまくったら、多分本当に可愛いのだろう。
僕はエリウスとは違う。自分の女装姿に酔ったりしない。

……でも、なんだか、おかしいな。鏡の中に、小さなお母さんがいるように見えてきた。
鏡に映る自分と手を重ねて、おでこをくっつけた。

お母さん、会いたいな。僕、本当にお母さん以外の誰かを好きになんてなれるのかな。

    ガチャ

魔剣士♀「あーやっぱりアルクスおまえ才能あるんj」

三男「ちがーう!!」


三男「……ねえ」

三男「写真の、赤ちゃんを抱っこしてた女の人って、ほんとにおまえなの」

魔剣士♀「うん」

母親になったことあるなら、そりゃ母性があっても当然だよな。


あれ、っていうことは、僕は……実の兄に一瞬でもときめいてしまったのか?



三男「で、でも、あの写真の女の人、おまえより女性らしい体つきだったし」

魔剣士♀「そりゃ妊娠して太ってたから」

三男「か、顔自体の印象だって」

魔剣士♀「ホルモンバランスとか化粧とかでだいぶ変わるし」

ま、マジで……?






魔剣士♀「アルクスー……大丈夫か?」

三男「うーん……」

僕はショックで寝込んだ。


魔剣士♀「色々喋ってたらショック受けちゃったみたいでさ」

白緑の少女「旅の疲れとも重なったのかもしれませんね。しばらくこの町で休みましょう」

だるいし食欲がない。体が重い。

なんで女にされたのかとか、誰にやられたのか、おまえが産んだ子供は一体何処にいるのかとか、
いろいろ気になることはあるけど、質問する元気がない。

魔剣士♀「喉乾いてないか? 口当たりの良い果物でも剥いてやろうか」

とりあえず僕の視界に入らないでほしい。

白緑の少女「……エリウスさん、女性の格好をやめてください」

白緑の少女「あまりその格好のあなたを見たくないようです」

察してもらえた。ユキさんは洞察力が高いみたいだ。

魔剣士♀「え、あ……うん、そうだね」

緑長女「またいじわるしたんじゃないよね?」

魔剣士♀「う、うーん……いじめてるつもりはなかったんだけど」


ウィッグを外して、化粧を落として男の服を着ても、エリウスは普段と雰囲気が違う。
なんか……ナヨい。ショートヘアの女の人に見えなくもない。

僕はそんなに魔感力は高くないけど、男の時のエリウスとちょっと波動が違うのはなんとなくだけど感じ取れた。

魔剣士「今心がほっとする薬調合してやるからな」

エリウスは何種類か植物を食べて、小皿の上に魔力を集中させた。
きったない作り方だなと思うけど、この方法で作った薬が一番よく効くらしい。

魔剣士「抑肝散みたいなもんだから安心して飲んでいいぞ」

まずヨクカンサンがなんなのか僕は知らないけど、多分副作用が少ないって意味なのかなと思った。
そういえばお母さんがたまにそんな名前の薬を飲んでいた気がする。

薬を白湯に溶かして渡された。冷ましてちびちびと口に含む。変な味だ。

魔剣士「ごめんなー変な話ばっかして。パスタ屋は元気になってから行こうな」

エリウスは申し訳なさそうに優しく笑う。


三男「しばらく1人で休ませてほしい」

緑長女「じゃあ、3人で外に食べに行こっか」

魔剣士「ごめんな、アルクス」

白緑の長女「何かあったら、そこの通話器でエリウスさんの携帯に連絡してくださいね」


荷物からミニアルバムを取り出した。
村を出る時、アウロラ姉さんが手渡してくれたものだ。

家族の写真が何枚も挟まれている。
10代後半のエリウスの写真を見つけた。

赤ちゃんを抱っこしていたエリウスよりも男らしい顔つきをしている。
今も男の格好をしている時は男性らしい顔をしているけど、18歳の時よりはやや中性的だ。

心の壊れた誰かに、性別をめちゃくちゃにされたせいだ。


魔感力の良いお母さんなら、何も言われなくてもエリウスの異変に気付くはずだ。

……そういえば、去年の春にエリウスが帰省した時はお母さんの様子がおかしかった。
正確に言えば、帰ってくる少し前からだ。

あいつが帰郷する数日前の夜中、
お父さんがお母さんに「あいつは色々あったみたいだが、いつも通り接してやってほしい」と言っていた。

実際にエリウスが顔を出すと、お母さんは一応普通に振る舞おうとしていたけど、
やっぱりどこかショックを隠しきれていない感じだった。

ちょっと気になったけど、僕はエリウスのことなんてどうでもよかったから、
気のせいだと思って何も訊かなかった。


その日、お母さんはとても怖いことを呟いていた。

(お母さんがそんなこと言うはずない、聞き間違いだ)
僕は自分にそう言い聞かせて、今の今まで忘れていた。










    『アークイラ……殺してやる』










でも、アークイラが犯人だとしたら、どうしてあいつらはあんなに仲良さそうに旅なんてしてたんだ。
もしアークイラがエリウスに何かしでかしていたとしても、また別のことなのかもしれない。

でも、性別を変えるほどの魔術を使える魔術師なんて、そういるだろうか?

エリウスが置いていったノートパソコンを開き、ネットの検索窓を開く。

そういった術は実在しているみたいだけど、
高度な上にかなり危険で、この世の摂理を壊してしまうものであるため、
大精霊に使用用途をかなり制限されている。

やっぱり、素人が扱える術じゃないみたいだ。



……頭が痛い。疲れた。

アルバムアプリを開いて、ミルウスのアルバムを見る。
赤ちゃんを抱くエリウスは幸せそうだ。

ユキさんと仲良さげにしている写真も、後ろのページに何枚もあった。
女性同士のカップルみたいだ。実際、半分そうなっているのだけれど。

……いけない世界を覗いてしまった気分だ。閉じよう。


だめだ。いくら考えても無駄だ。素直に休むことにした。

――
――――――――

翌日。

三男「外散歩したい」

魔剣士「大丈夫か?」

三男「寝過ぎて、かえってだるいから」

2人で外に出た。

今日もお祭りをやっているみたいだけど、騒がしい場所は避けて、静かな道を歩く。
白っぽい煉瓦の建物にさりげなく花が飾られていて、目に優しい。

三男「今日はおまえ男なんだね」

魔剣士「うん」

魔剣士「なあアルクス、おまえの将来の夢ってなんだ?」

三男「夢も何も……生まれつき決まってるでしょ、僕の将来は」

魔剣士「領主っつっても、様々でしょ。贅沢してる人もいれば、領民第一の人もいる」

三男「……まだ、よくわからない」

魔剣士「でもさ、母さんの故郷を守りたいって気持ちはあるだろ」

三男「うん」


魔剣士「俺はさー、渋さと面白さを兼ね備えた素敵なおじさまになるのが夢なんだ」

三男「ふうん」

魔剣士「でも今のままだと男臭さが足りないんだよなぁ」

魔剣士「あ、食欲あるか?」

三男「うん」

ユキさん、ユカリと合流して、パスタ屋に入った。
トマトの海鮮スパゲティを頼んだ。ペスカトーレとかいう名前らしい。

ウェイター「こちらはアクアマリーナ直送のホタルイカでございます。サービスとなっております」

小皿に乗せられた、小さな鈍い赤色のイカが運ばれてきた。
黄色いどろっとしたものが添えられている。

三男「……?」

魔剣士「辛子酢味噌だよ。あ、目玉は取って食べろよ。硬いから」

……おいしいのかな。よくわからない。

魔剣士「目玉無いのかなこいつ、と思ったら奥の方にあったりしてさ」

三男「ほんとだ」

魔剣士「ホタルイカの発光は綺麗だぞ、海岸が青白く光るんだ」

エリウスが携帯で画像を出して見せてくれた。幻想的だ。


また町を出て、東へとだらだら進んでいく。
ずっと南にいたら見れなかったもの、食べられなかったものを、エリウスはたくさん教えてくれている。

魔剣士「明日、俺この町の大学に講演頼まれてんだ」

三男「講演?」

魔剣士「でっけええええええええええ会場で持論について語るんだぜ。来るか?」

翌朝、エリウスは正装を着た。

白緑の少女「あ、ちょっと曲がっています。直しますね」

魔剣士「ありがと」

魔剣士「ねーねーユカリ、お父さん決まってるでしょ」

緑長女「うん!」


大規模な演劇が行われるような、広いホールに連れていかれた。
僕はユカリと一緒に2階の特別席に座る。

会場内には、大学生らしき若者達だけじゃなくて、町の住民や、マスコミも数多く集まっていた。


講演が始まった。
エリウスはこういった講演をするのには慣れているらしくて、自信を持って喋り始める。

精霊との問題や自然破壊のこと、植物の生態系を壊すことなく植物を利用していくためには……等、
題目はいくつかあってちょっと長いけれど、誰もが真剣に聞き入っている。

魔剣士「自然“保護”と自然“保全”にはこういった違いがあり、現在人類に求められているのは――」

こいつは有名人で、テレビによく出てる奴だって認識はあったけれど、ただそれだけじゃない。
この星全体に必要とされている人材なんだ。


――こんな奴が、実の弟とはいえ、僕なんかのために時間を割いていていいのだろうか。
この世界の損失にはならないだろうか。


プレッシャーが僕に圧し掛かる。


緑長女「お父さん、かっこよかったよ!」

魔剣士「おまえもいつか父さんみたいに世界中で活躍するんだぞ~!」

緑長女「え~できるかなぁ」

三男「……ねえ、エリウス」

いい加減、お礼の1つくらい言わなきゃ。

魔剣士「――危ないっ!」

三男「わっ」

エリウスに押されたと思ったら、ついさっきまで僕がいた場所から、
キンッ、と石畳が金属を跳ね返す音が聞こえた。

ナイフだ。

ユキさんが体から触手を伸ばし、屋根の上にいた誰かを引きずり下ろす。

暗殺者「ひぇっ」

魔剣士「誰に頼まれたのか教えてね~」

答えなければ拷問することをちらつかせると、暗殺者は依頼人の名前をあっさり吐いた。
自然破壊をして利益を上げている会社の社長の名前だった。


魔剣士「ごめんなアルクス、びっくりしただろ」

魔剣士「俺みたいな活動してる人間のことを良く思わない奴もいてさ、たまにああいうのが襲ってくるんだ」

三男「…………」

魔剣士「そういや何か言いかけてなかったか?」

三男「……なんでもない。お疲れ様」

魔剣士「うん。ありがと」

空を見上げた。夜空に星が散っている。ラピスラズリみたいだ。

魔剣士「よーし晩飯だ! 何食いたい?」

三男「まぜそば」

魔剣士「じゃああそこの店入ってみるか!」

どうして素直にお礼を言えないのだろう。
もどかしい気持ちが心の中でぐるぐるする。

僕はもう、前ほどエリウスのことを嫌いじゃないかもしれない。

kkmd
ふきのとうのアイス、ぐぐってみたら何故か実在していた上にレシピも出てきたので
作って食べてみるのも楽しいかもしれませんね

見落としてたのかとおもってフキノトウの方もチェックしてみたけどやっぱり例の4年前ってのはなにも描写されてないのかな?
いつかかいてくれるとうれしい





夢から覚めた。妙に暖かくて、柔らかい。

三男「おかあさん……?」

魔剣士「ん、起きたか」

三男「うわあああああああああ!!!!」

エリウスの抱き枕にされていた。

魔剣士「叫ぶこたないだろ」

三男「何やってんだよ!!」

魔剣士「おまえが夜中に潜り込んできたんだろ」

三男「えっ」

三男「…………」

三男「憶えてない」

魔剣士「そりゃお母さんお母さん言って寝ぼけてたし」

寂しくておかしくなっていたらしい。

屈辱だ。


サントル中央列島の北東部の港町に向かう。
車の窓から風が入っていて気持ちいい。

魔剣士「機嫌直せよぉ~」

三男「…………」



……もうすぐ港町に着くというところで、エリウスはまた発作を起こした。

今は草の上で横になっている。
よく見ると、草から出た光る珠がエリウスの中に入っていっているみたいだ。

緑長女「お父さんの魔力で元気になった草が、」

緑長女「余剰なエネルギーを癒やしの力に変換してお父さんに返してるんだよ」

変な汗をかいてつらそうにしているエリウスに膝枕をして、頭を撫でているユキさんの目は優しくて、
でもなんだか悲しそうだ。


魔剣士「痛い……」

魔剣士「や……めて…………俺女になんて…………」

眠りの魔法をかけられても、まだうなされている。

緑長女「記憶をいじられたり、性自認を壊されたりしたせいで、お父さんの精神体分裂しかかってるんだよ」

緑長女「魂の病気なの」

緑長女「体だって、元々男の人だったのに、無理に女の人として純粋な人間の子供を産んだせいで寿命が縮んじゃった」

緑長女「一時期は目も見えなくなってたんだよ」

三男「え……」

緑長女「生命の結晶……っていう、命のエネルギーの塊がお父さんの中にあるんだけど、」

緑長女「それでなんとか生きてるの」

緑長女「お父さんに酷いことした人、今も平和なところでのうのうと暮らしてるんだよ」

緑長女「許せないよね」

三男「…………」

緑長女「でもね、お父さんはその人のこともう恨んでないんだって」

緑長女「お父さんは……優しすぎる」


魔剣士「あーよく寝た」

三男「……これ」

魔剣士「ん?」

三男「ココア」

魔剣士「おまえが淹れてくれたのか? ありがとな」

三男「…………」

色々訊きたいけど、嫌なことを思い出させてしまうのが怖くて、何も訊けなかった。



また船旅だ。前みたいな豪華客船じゃないけど、設備が新しくて全く不便はしない。

ラズ半島に行く便もあったけれど、エリウスは敢えてセーヴェル大陸の南端部行きの船を予約していた。
すぐに旧レッヒェルン領に行くんじゃなくて、親戚に挨拶をして回るつもりなんだそうだ。


僕を追い出した家族の話をするのはつらくって、できるだけ避けていた。
でも、少しずつだけど、僕はエリウスと故郷の話をするようになった。

魔剣士「ルツィーレが自分のこと『ぼく』って言うようになったのその頃からなんだぜ」

魔剣士「もー俺も父さんもオディウム教徒の連中も大変でさあ」

三男「ふうん」

魔剣士「その前は自分のこと『ルーシー』って言ってたんだ」

魔剣士「ルツィーレ、って発音が南の人間にはちょっと難しくてさ」

魔剣士「あっちの古語読みだとルシールだから、ルーシーって愛称で呼ばれてたんだ」

三男「ふうん。……なんて意味だっけ?」

魔剣士「光、とか輝く、って意味だな」


三男「お父さんってさ、子供と距離置いてるわりにはアルバのこと可愛がってるよね」

魔剣士「本人に言ったら否定されるけどな、はは」

魔剣士「仕方ないよ。アルバは父さんの愛犬の生まれ変わりなんだから」

三男「犬?」

魔剣士「俺等は飼ったことないからいまいちピンとこないかもしれないけどさ、」

魔剣士「人と犬の絆は強いらしいから」

三男「へえ」

魔剣士「アルバが父さんの犬の生まれ変わりだってわかった時、父さんアルバを抱きしめて泣いてたんだぜ」

三男「あのお父さんが?」

魔剣士「うん」

三男「……ねえ、無理矢理作らされた子供でも、親は子供を愛すること、できるのかな」

魔剣士「え、ど、どうした?」

三男「や、その……僕、お父さんにとってはお母さんが欲しがって無理矢理作らされた子供だから」

魔剣士「父さん、おまえのこと可愛がってくれてたろ。思い出の1つや2つあるはずだよ」

……あるはずだけど、なんだか意地になってしまって、思い出すのを拒否してしまった。
お父さんは僕のことなんて嫌いなんだ、って、自分で自分に言い聞かせてしまう。


ミルウスを抱っこしているエリウスは、幸せそうな顔をしていた。
多分あの子も無理矢理作らされた子供なんだろうけど、エリウスはあの子を愛してるんだと思う。

三男「ミルウス……って、今何処にいるの」

魔剣士「ああ、ヴァールハイト国の端っこだよ。近いうちに会いに行くから、仲良くしてやってほしいな」

三男「あ……うん」

ちゃんと誰かに育ててもらってる感じなのかな。ちょっとほっとした。

……訊いちゃいけないことかもしれないけど、どうしても気になって、訊いてしまった。

三男「一緒に暮らさなくて……平気なの?」

魔剣士「本当は自分で育てたかったんだけど……」

魔剣士「俺、やらなきゃいけないことがたくさんあるし、ユキにあれ以上迷惑かけたくなかったから」


剣士「それにさ俺、普通じゃないからさ。純粋な人間の子供をちゃんと育て上げる自信がなかったんだ」

魔剣士「でも、決して愛してないわけじゃないよ」

魔剣士「頻繁に電話してるし、たまに会いに行ってるんだ」

三男「……ふうん」

魔剣士「父さんと母さんも、離れててもちゃんとおまえのこと愛してくれてるから」

本当に愛してるなら、追い出したりしないでしょ。

水平線を眺める。
広い海に呑み込まれそうで、ちょっと怖くなった。

三男「……そういえばさ」

三男「お母さん、おまえの体のこと心配してたよね。電話で話してるの聞いた」

魔剣士「ああ、出産の影響で体調崩しやすくなったり、なかなか男としての機能が回復しなかったりしてたからさ」

魔剣士「心配させてばっかりなんだよな~だめだなぁ」


魔剣士「昔つらく当たってばっかりだった分、親孝行したいんだけどさ」

三男「……なんでお母さんのこと嫌ってたの」

魔剣士「きっかけは……些細なことだったよ。えっと、ちょっとした母さんの発言を俺が理解できなくて、それで怖くなって」

魔剣士「でも、今思えば、長引いた原因は他にもたくさんあったな」

三男「?」

魔剣士「たとえばさ、俺、母さんから『なんで普通にできないのか』とか『なんで周りと合わせようとしないのか』とかって言われたから、」

魔剣士「『母さんが俺を障害者に産んだからでしょ』って言ったんだ」

魔剣士「それで母さん、ひたすら俺に謝ってさ。夜中にどうすればいいのかって父さんに泣きついたりもしてさ」

魔剣士「俺はそれで更に母さんのことが嫌になった。母さんだって好きで俺みたいな障害児産んだわけじゃないのにな」

あんまり障害障害言わないでほしい。

魔剣士「俺は母さんに俺のことをわかってもらえなくて嫌だったけど、それ以上に母さんも悩んでたと思う」

魔剣士「育てにくい子供をどうやって大人にしようか、必死だったんだ」

三男「…………」

魔剣士「もう泣かせたくないなって思っても、暴行されたり性別滅茶苦茶にされちゃったりして、気苦労かけさせちゃって」

魔剣士「俺にできることといえば、孫の顔を見せたり、こうしてお前の面倒を見たりすることくらいだ」


三男「……お母さん、去年の春におまえが帰ってきた時、様子が変だった」

魔剣士「……はあ。まあ、そうだろうなあ」

エリウスの携帯が鳴った。電話じゃなくて、メッセンジャーの音だ。

魔剣士「お、きたきた」

魔剣士「見るか? ミルウスの写真」

画面をこっちに向けられた。

金髪に、ところどころ黒のメッシュが入った、変わった髪色の子供が写っている。
3、4歳くらいだ。虹彩は鈍い緑色をしている。

画面がエリウスの指でスライドされる。何枚も送られてきたみたいだ。
2枚くらいは、素朴で優しそうな女の人と一緒に写った写真だった。

魔剣士「可愛いでしょー」

写真を見るエリウスの目は、暖かい。

三男「男から生まれた子供なんて、世界でこの子くらいだろうね」

純粋な男性への女性器形成魔術の使用は認められていない。
たとえ、子供を望んでいるゲイカップルだとしてもだ。

施術を認められているのは、性同一性障害の人か、不妊の女性だけだ。
そもそも料金が高すぎるから一般人はまず術を受けられない。

魔剣士「え、俺達も男から生まれたんだぞ」

三男「は?」

魔剣士「母さんの若かった頃の写真、見せてやるよ」


紺色の髪の、僕と同じような顔をした男が画面に映っている。
画質はとてもいい。

魔剣士「勇者ナハト当時18歳」

三男「お、男だ…………」

い、いや、当時の写真や動画がネットに出回るはずがない……形式が……いや、
石から情報を吸い出してデジタル形式に変換する装置は確か何年も前に開発されてたんだっけ。

魔剣士「男なのに妊娠したのは、父さんの股間の大根がすごいからなんだぞ」

視界が真っ暗になった。

魔剣士「なーんてな、冗談じょうだ……アルクスー!」





客室で目を覚ました。

魔剣士「ごめんよぉ」

三男「…………」

嫌な汗が額から湧く。

魔剣士「さっきの嘘なんだよ……写真は本物だけど……」

嘘だと言われても、精神的ショックが体に来ていて、またしばらく寝込みそうだ。
エリウスはユキさんに叱られた。


数日航海してセーヴェル大陸に着いた。寒い。

宿は僕とエリウス、ユキさんとユカリで部屋が分かれているけど、
部屋同士はドアで繋がっている。コネクティングルームというらしい。

部屋に向かう途中、エリウスは廊下に飾られていたアレンジメントフラワーを見て前屈みになった。
手で股間を押さえている。

白緑の少女「エリウスさん……ちょっとこっちに来てください」

魔剣士「ご、ごめんユキ! 許して!」

白緑の少女「…………」

魔剣士「ゆるしてー!」

エリウスはユキさんとユカリが入るはずだった部屋に連れ込まれた。

三男「……?」

緑長女「仕方ないから、こっちの部屋でビデオでも見てよっか」


緑長女「お父さん、恋愛対象が植物でしょ」

緑長女「あちこちにお花が咲いてる状態っていうのはね、」

緑長女「普通の男の人で例えると、そこら中に裸の女の人がいるのと同じようなことなんだって」

緑長女「お母さん、普段はお父さんが目移りしちゃっても我慢してるんだけど、」

緑長女「たまに嫉妬してお仕置きしちゃうの」

花は性器だ。そう表現したらいやらしく感じるけど、でも植物に欲情するという感覚が僕にはわからない。
多分、大多数の人間は理解できないと思う。


1時間弱ほど経っただろうか。部屋同士を繋ぐ扉が開かれた。
……そっちを見ても誰の姿も見えない。しかし擦れるような変な音はする。

視線を落とすと、そこには奇妙なほど器用に匍匐前進をしているエリウスがいた。

三男「なんで匍匐前進……? 速っ……」

魔剣士「慣れてるから」

三男「?」

お仕置きって、一体何を……何をされたんだろう。
エリウスはどうにかベッドによじ登って寝転んだ。




夜中、寂しくて目が覚めた。

……エリウスのベッドに潜りこんでいいかな。
どうせもう、既に一回は無意識にとはいえ潜り込んじゃったんだし、

魔剣士「……ん。人肌が恋しくなったか」

三男「寒いだけ」

胸の膨らみを確認して、顔をうずめる。

三男「……この胸、普段はどうしてるの」

魔剣士「ナベシャツっていう便利なものがあるんだよ」

三男「……ふうん」

三男「女になってる時、おまえトイレどっち入ってるの」

魔剣士「多目的トイレ」

なるほど。

魔剣士「なかったら仕方ないから男子便所入ってるよ」

魔剣士「でもさあ、美女がアスパラガス出しておしっこしてるのを見て変なものに目覚めちゃう男がたまにいてさあ」

魔剣士「襲われそうになったことあるんだよね」

三男「個室入ったら?」

魔剣士「そうする」

あったかい。ちょっとだけだけど、お母さんのにおいと似てる。
僕の頭を手で包んでくれた。すごく、落ち着く。


――2日後

魔剣士「なあアルクス、おまえってこっちの貴族のマナーとかってわかるか?」

三男「お母さんに仕込まれてる」

魔剣士「じゃあ大丈夫だな。今度、この辺りの貴族のパーティに呼ばれてるんだよ」

魔剣士「自然保護を第一にしてる貴族でさ、時々俺みたいな活動家の親睦会開いてくれるんだ」

三男「おまえはマナー大丈夫なの」

魔剣士「仕事柄貴族と付き合うことも多いから覚えたよ。ユキに駄目出しくらうことも多いけど」

魔剣士「というか俺交流会とかの類の集まり自体苦手だからさ、ユキのサポート無しじゃやってけない。ははは」

三男「…………」

魔剣士「でもさ、人との繋がりってすごく大事なんだ」

魔剣士「ちょっとしたきっかけでできた繋がりが、大きな力を生むことがある」

魔剣士「だから、自分の苦手をカバーしながらなんとかがんばってるよ」


高級な仕立て屋に連れていかれた。
だぶだぶの正装を着せられる。

魔剣士「よし、似合ってるぞ」

仕立て屋「では、このデザインで仕立てましょう」

魔剣士「これからどんどん背が伸びるでしょうし、ちょっとだけ大きめのサイズでお願いします」

仕立て屋「承りました」

店主がメジャーで寸法を測る。


翌日、また同じ店に連れていかれた。
出来上がった服を着る。

仕立て屋「動きにくくはないですか」

三男「大丈夫です」

魔剣士「それ、俺からのプレゼントな」

こんな服、高いだろうに。

魔剣士「レンタルでもよかったんだけどさ、やっぱり1着持っといた方がいいと思って」

ありがとう、って言おうとしたけど、エリウスと店主が色々話し始めてタイミングを失った。


パーティ会場である、貴族のお屋敷に連れてこられた。

魔剣士「貴族もたくさん来るけど、正式な貴族の社交の場ってわけじゃないから、」

魔剣士「そんなに緊張する必要ないからな。貴族じゃない外国の活動家もたくさん参加してるし」

会場に入り、辺りを見回す。
テレビで見たことがあるような有名人が大勢いた。

エリウスがたくさんの人に話しかけられる。

ユキさんはさりげなく相手の名前をエリウスに教えた。
エリウスは人の顔と名前をなかなか覚えられないから、ユキさんがいつもこうやってサポートしているのだろう。

魔剣士「こっちは弟のアルクスです」

三男「どうも」

貴族「将来のレッヒェルン辺境伯ですか、将来が楽しみですね」

貴族夫人「瑠璃の民は族長の訪れをずっと待っているそうだから、これで安心でしょうねぇ」

僕の存在は、こっちの地方の人達から歓迎されているようだ。


魔剣士「ふう、ちょっと疲れた」

魔剣士「なあアルクス、カクテルパーティ効果って知ってるか?」

三男「えっと、うるさくても自分の聞きたいことを選択して聞ける能力」

魔剣士「そうそう。俺はそれできないんだよ」

三男「でも、普通に相手と喋れてたよね」

魔剣士「ユキに相手の発言の情報を魔力で送ってもらってたんだよ」

便利だな……。
エリウスはこのパーティで多くの人々と連絡先を交換した。

魔剣士「おまえも挨拶だけはしっかりしとけよ」

魔剣士「貴族同士の付き合いで信頼関係を結ぶのはすごい難しいらしいからな」

貴族のドロドロした世界がしばしばドラマにされていたりする。

仲良くしてても、相手から利益を得られなくなったらすっぱり関係を切ったり、
利益のために嫌いな相手に取り入ったり……。

お母さん曰く、そういうのは実際にあることらしい。

魔剣士「俺には無理だなあ、気をつけてても相手の言うことを鵜呑みにしちゃうことあるもん」

魔剣士「ちょっとした表情の変化とか、言葉の裏とか読めないし」

魔剣士「おまえはできるようになるから、練習がんばろうな」

三男「うん」

僕を少しずつこっちの世界に慣れさせるために連れてきてくれたみたいだ。


エリウスがワイングラスを手に取った。
お母さんの目と同じ、深い赤紫色の飲み物。

魔剣士「おまえは大人になってからな」

エリウスはワインを飲みながら、話しかけてきた活動家と会話を始めた。


……と思ったらぶっ倒れた。

白緑の少女「会話に集中しすぎてアルコールを魔力に溶かし損ねたようです」

活動家「あ、あちゃあ」

エリウスは担架で運ばれていった。僕もついていく。

魔剣士「ひんじゃくなわぁきんぐめもりぃめ~」


控え室に入った。

魔剣士「兄ちゃんはもうだめだ……。最期に、願いを聞いてくれないか」

三男「酔っ払いすぎだろ」

緑長女「お父さん、泣かないで」

魔剣士「お兄ちゃんって呼んでぇ」

三男「えぇ……」

魔剣士「にぃにぃでもいいしお兄様でもいいよ」

三男「やだよ気持ち悪いな」

魔剣士「アウロラのことは姉さんって呼ぶくせに~!」

三男「だって……アウロラはお母さんみたいに世話焼いてくれたし」

魔剣士「おにーちゃん! お に い ち ゃ ん !」

三男「絡むな酔っ払い!」

魔剣士「……えっく、えっく」

三男「そんなめそめそするなよ……」


魔剣士「ぐすっ…………」

三男「ああもう! 呼べばいいんだろ!」

深呼吸をする。なんだろうこの変な緊張は。アルバのことだってお兄ちゃん呼びしたことないのに。

三男「…………に、いさん。……エリウス兄さん」

魔剣士「…………」

反応がない。

白緑の少女「……眠られたようです」

かなり勇気を出して、必死に恥ずかしいのをこらえて言ったのに。

もう嫌だ。

kkmd
>>616
エリウスが暴行されていた時期のことはちみちみ書き溜めてるんですけど、
TSとBLの間くらいの話になって一体誰向けなのか検討つかないのでいずれネットの片隅でひっそりやります)


売店のお姉さん「いろんな所に連れて行ってくれるなんて、いいお兄さんね」

弁当を入れられた袋を手渡される。

売店のお姉さん「また来てね~!」

魔剣士「お、なんとなく嬉しそうな顔してるな。おいしそうな弁当あったか?」

三男「……うん」

嬉しいのは、見ず知らずの人にエリウスのことを褒められたからだ。
別に僕は笑っているわけじゃないのだけど、顔にちょっと出ていたみたいだ。

魔剣士「あれはイベリス、あっちに咲いてるのはアリッサムだな」

エリウスはよく花の名前を教えてくれる。
図鑑を見なくてもぽんぽんと名前が出てくるのはすごいと思う。

魔剣士「それが俺の大好きなスノーフレーク、近くで終わりかけてるのはスノードロップだ」

魔剣士「ユーチャリスも咲いてるな。綺麗だ……あっ」

エリウスは股間を押さえた。ユキさんが機嫌を損ねる。

魔剣士「おっきくなるだけ幸せだと思うの!」

三男「そういえばさ」


三男「緑の番人達ってどうやって子孫残すの」

魔剣士「人間とも精霊とも子作りできるよ」

魔剣士「とりあえずきょうだい同士では子供作らないよう教育する予定」

三男「ふうん。……みんなおまえとユキさんから生まれたのに、それぞれ違う植物の特徴があるように見えたけど」

魔剣士「俺が食べた植物の遺伝子の影響も受けてるからな」

魔剣士「ユカリはあちこち赤紫っぽいところあるでしょ。あれ俺がユカリ科の海藻食べたからなんだよ」

種族を越えて子孫を残せるなら、数十年後にはすごい人数に増えていそうだ。


いつもと同じように、車で草原を走る。

エリウスはたまに遠回りして、大自然のすごい景色を見せてくれた。
南の景色とは随分違っていて、植物の種類も、土の色も異なっている。

緑長女「……ねえお父さん、本当にあの人の所に行くの?」

魔剣士「うん。……ごめんな。嫌だったら、お母さんとユカリの分の民宿予約するよ」

緑長女「……じゃあ、お願い」

なんだか空気がどんよりし始めた。
ユキさんがユカリをぎゅっとして、なだめるようになでなでする。

緑長女「ミルウスには会いたいよ。でも……」

魔剣士「わかってるよ。おまえが嫌がるのも当然だ」

魔剣士「…………この辺りでちょっと休憩するか」


ユカリは塞ぎ込んでしまった。

三男「ねえ……これから、僕達って誰の家に泊まりに行くの」

魔剣士「アークイラ」

三男「……何があったかって、話せる?」

魔剣士「うん」

意外とあっさりだ。

魔剣士「昔、旅の途中で女装してたらさ、女装した男ばっかり愛人にしてたアーさんに捕まっちゃってさ」




魔剣士♀『この町さ、女装グッズがすっごい充実してるんだって』

白緑の少女『でも、よかったのですか? この町で女装なんてして』

魔剣士♀『大丈夫だって。女装子キラーは遠征でいないらしいから』

緑長女『お父さん、美人だよ! お母さんと同じくらい! あはは』

精霊王『…………逃げろ今生!』

魔導槍師『随分と腕を上げたではありませんか』


魔剣士♀『アーさん……!? なんでここに』

精霊王『あいつ目が逝ってる! 正気じゃねえ!』
















魔剣士♀『アークイラてめえ…………ぜってえ許さねえ』


――――――――
――

魔剣士「それから2ヶ月半くらいかな。俺はあの人に別荘に軟禁されてさ」

魔剣士「ユキとユカリは、研究施設の空き部屋に閉じ込められてた」

魔剣士「なんだかんだで逃げ出して、ユキとユカリの記憶も思い出して、2人を迎えに行ったんだけど」

魔剣士「でも、すぐに妊娠してることがわかったんだ」

魔剣士「敢えて受胎能力のない身体にしたってアーさんは言ってたんだけどね」

三男「…………」

魔剣士「マスコミに嗅ぎつけられたら、まともに育てられなくなる」

魔剣士「だから、エルナトが勤めてる病院に匿ってもらったんだ」

魔剣士「ミルウスが1歳になった頃、旅を再開した」

魔剣士「そのうちアーさんが追いかけてくるだろうなってことはわかってた」

魔剣士「それでさ、ユキと相談して決めたんだ。その時は、面倒見るって」

三男「なんで?」

魔剣士「逃げられる相手じゃないっていうのもあるけど」

魔剣士「あの人が俺の可愛い息子の父親であることは、揺るがない事実だから」


三男「しばらく捕まってたんなら、なんで事件にならなかったの」

三男「行方不明になったって騒ぎになるはずだ」

魔剣士「取引してる企業との最低限の事務連絡や、SNSの更新はアーさんの監督下でさせられてたんだ」

魔剣士「だから、世間は俺がそんなことになってるなんて気づかなかった」

魔剣士「んで、続きなんだけど」

魔剣士「前の奥さんと別れたアークイラが、やっぱり追いかけてきてさ」

魔剣士「いい父親になってくれるよう教育したんだ」

三男「でも、おまえ、大怪我させられたり、お母さんが一番嫌ってる犯罪だってされたんだろ」

三男「普通、そんな奴の相手しようだなんて思わない!」

魔剣士「そうだな」

魔剣士「でも、良くなる見込みがあったから面倒を見たんだよ」

魔剣士「あの人の歪みの原因は、愛情不足だったから」

魔剣士「愛から生まれた憎しみは、愛情で癒せる」

魔剣士「……1年。1年、でかい子供ができたと思って甘やかしたら、随分良くなったよ」


三男「どんな理由があったって……おまえが酷い目に遭う謂れはなかっただろ?」

悔しくて涙が出てきた。

三男「なんでそんな奴のこと助けたんだよ!」

魔剣士「……俺さ、死んだら前世の人格と融合して大精霊になるんだ」

三男「は?」

魔剣士「俺達には無限に等しい時間がある」

魔剣士「だから、数十年しか寿命のない人間1人の人生を変えるくらい、大した負担じゃないんだ」

魔剣士「ほんの僅かな時間を費やしてこの世から憎しみを減らせるなら、万々歳なんだよ」

……こいつは、人間よりも上の存在に近しいんだ。
だから、普通の人間の価値観には囚われないし、理屈に当てはめることもできない。

というか元々普通の人間とは違いすぎる奴だった。

魔剣士「それにさ、憎しみは連鎖するけど、同じように救いも連鎖する。あの人を助けたのは、この世界を助けるのと同じことなんだ」

三男「よく許せるね」

魔剣士「許してないよ。憎んでないだけ」

魔剣士「ユキとユカリに怖い思いをさせたことは絶対に許さない」


魔剣士「俺個人にされたこと自体はもう気にしてないよ」

魔剣士「いや、普段気にしないようにしてるから、たまに発作になって出てきちゃうのかもしれないな」

魔剣士「記憶や心の状態が、一番つらかった瞬間に逆戻りしちゃうんだ」

三男「…………」

三男「……短い間でも、あの人のこと好きだったんでしょ。なんで」

魔剣士「…………」

魔剣士「こんな体にされて、もう何もする気力がわかなくなった時、あの人焦り出したんだ」

魔剣士「玩具が壊れるのが嫌だったんだろうね」

魔剣士「何日も何日も何もせず過ごしてさ」

魔剣士「なんでもいいからやりたいことやれってしつこかったから、」

魔剣士「どうにか身体動かして料理作ったんだよ」

魔剣士「そしたら……あの人、心の底から驚いて、おいしそうに俺が作った飯食ってくれて」

魔剣士「俺アーさんに子供の頃から馬鹿にされてばかりだったからさ、」

魔剣士「その時、やっとアーさんに俺の存在を肯定してもらえたような気がしたんだ」

魔剣士「それで……女として尽くさずにはいられなくなっちゃった」

魔剣士「アーさんも別人みたいに優しくなったしさ」

魔剣士「恋人同士みたいに暮らしてたよ」


三男「じゃあ、逃げ出したきっかけは」

魔剣士「……テレビ、見てたんだよ。留守番中に」

魔剣士「そしたらアーさんの子供の誕生を祝うニュースが流れてさ」

魔剣士「赤ちゃんを抱っこした奥さんと並んで誇らしげに笑うあの人を見たら、」

魔剣士「俺には赤ちゃん産めないのにとか、妊娠中の奥さんほっぽって遊んでたのかとか」

魔剣士「いろんな感情が沸騰しすぎて真っ白になって」

魔剣士「ああ、もう終わらせなきゃなって」

三男「……ふうん」

三男「…………その子供、実子じゃなかったってニュースになってなかった?」

魔剣士「俺が逃げ出した後の頃だな。離婚する時大揉めして、いろんな噂が流されてたらしいね」

魔剣士「俺できるだけ精神の毒になりそうなゴシップは聞かないようにしてたから、後から知ったんだけどさ」


魔剣士「歪みが矯正できた頃に、たまたま立ち寄った村で今の奥さんと出会ってさ」

魔剣士「仲良くやってるみたいだよ。ミルウスもちゃんと育ててくれてるし」

三男「……不安になったりしないの。虐待されてたらどうしようとか」

魔剣士「奥さんはそういうことする人じゃないし、アーさんも、もう大丈夫だよ」

魔剣士「信頼してる」

三男「よく、会いに行けるね」

魔剣士「そりゃ自分の息子には会いたいし! アーさんとも今はただの友達だし」

魔剣士「あ、でも1つだけルール決めてるんだ」

魔剣士「女の気分の日には絶対会ったり電話したりしないこと」

魔剣士「奥さんに悪いからさ」

三男「……そう」

魔剣士「あ、奥さんの前では俺がミルウス産んだって話はしないでね」

魔剣士「エリシアっていう戸籍のない女性が産んだってことになってるから」

三男「……わかったよ」

色々もやもやは残るけれど、エリウスはもう納得して吹っ切れているのだろう。
これ以上は僕が口出しすることじゃない。


緑長女「……アークイラには、たくさん守ってもらったよ」

緑長女「1年間、ずっとボディガードしてもらってたの」

緑長女「でも私、どれだけあの人が反省しても、あの人のこと許せなかった」

緑長女「お父さんは復讐しちゃ駄目って言う。……大きな罰が下されなきゃ、不公平なのに」





訪れた村は、とても小さくてのどかなところだ。

こんな村にも宿があるのか? と思ったけど、家族で農業と兼業しているのが一軒だけあるそうだ。
畑ばかりが広がっている。


エリウスは木造の2階建ての小さな家の傍に車を停めた。

車の音を聞いてか、中から小さな子供が飛び出してきた。
写真で見たのと同じ、金髪に黒のメッシュの子だ。

魔剣士「ミルウスー! ピーマンもパクチーもセロリも食べれるようになったんだってな!」

金髪少年「いのししのおにくもたべれるよ、エルママ!」

魔剣士「……パパ、だよ、ミルウス」

金髪少年「ママでしょ?」

白緑の少女「ミルウス君」

金髪少年「ユキママ! おねえちゃん!」

緑長女「……元気そうだね。よかった」

緑長女「お母さん」

白緑の少女「行きましょうか、ユカリ」

金髪少年「もうばいばいするの?」

魔剣士「エルパパは泊まってくぞー!」

金髪少年「ユキママとおねえちゃんもいっしょがいい……」

緑長女「ごめんね、またね」

ユキさんとユカリは宿に向かって歩いていった。


エリウスがミルウスを高い高いして抱き上げた。

魔剣士「会うたんびにおっきくなるなー!」

金髪少年「わーい! あはは」

魔剣士「ミルウス、この人エルパパとよく似てるだろ? エルパパの弟だよ」

金髪少年「はじめまして!」

三男「……はじめまして。……アルクスだよ」

笑顔の明るい子だ。

家の中から女の人が出てきた。
エリウスに見せられた写真に、ミルウスと一緒に写っていた人だ。

内縁の妻「こんにちは、エリウスさん。お疲れでしょう? どうぞ中に入って」

家の中は木の匂いがする。

……アークイラが椅子に座って新聞を読んでいた。
背筋に変な緊張が走る。


魔導槍師「……良い顔色ですね。安心しました」

魔剣士「なんで眼鏡かけてんの」

魔導槍師「視力が落ちたんですよ」

魔剣士「そっか。なら仕方ないね」

魔導槍師「まさか20代で老眼になるとは思っていませんでした」

昔テレビで出ていた頃と随分雰囲気が違う。
棘が全部落ちたというか、枯れ切った老人のような感じだ。

金髪少年「おとーさん!」

ミルウスがアークイラに抱き着いてじゃれた。
エリウスが来た喜びでじっとしていられないみたいだ。

アークイラがミルウスの頭を撫でる。
何処からどう見ても、幸せそうな父子だ。


近くでよく見てみると、ミルウスは鼻筋がエリウスと似ている。口元もだ。
目元はどちらかというとアークイラ似だろうか。

まあ子供の顔なんて成長と共に変わっていくものだけど。

内縁の妻「好きな椅子に座ってくださいね。今お茶を出しますから」

奥さんは写真で見た通り優しそうな人だ。母性が溢れている。……いいなあ。

内縁の妻「今日、私の両親は町へ野菜を売りに行って帰ってこないんです」

内縁の妻「なので、両親の寝室を使っていただいても大丈夫なのですが」

魔剣士「いやー悪いですよ。いつも通り居間にマット敷いて寝ますから」

金髪少年「エルママのおりょうり!」

魔剣士「パパだってば。お茶いただいたら作るから待っててな」


麦茶が出された。夕日に照らされて綺麗に光っている。

内縁の妻「あらいけない、ミルクを切らしてたんだわ。すぐ買ってきますね」

奥さん……テレサさんは急いで鞄を肩にかけて出かけていった。

魔剣士「はい、手紙。カナリアからのもあるよ」

エリウスはアークイラに2通の手紙を手渡した。
アークイラは寂しそうに笑って封を切る。

魔剣士「ロンディまで心配してたんだぜ」

魔剣士「返事、書きなよ。簡単なのでいいからさ」

魔導槍師「いえ。……今度彼等に会った時にでも、元気だったと伝えてください」

魔剣士「マリナさんにもたまたま街中で会ったよ。色々悩んでるみたいだった」

魔導槍師「…………」

魔剣士「一回くらい帰らないの?」

魔導槍師「母に、子殺しの罪を犯させたくはありませんから」


魔導槍師「この頃、危険な目に遭ってはいませんか」

魔剣士「そりゃもう、暗殺者に狙われっぱなし」

魔剣士「イウスが勝手に植物に指令出して倒してくれてるから、」

魔剣士「実際に襲われることは滅多にないけどな」

知らなかった。
身の危険を感じたのは、ナイフを投げられたあの時くらいだったのに。

別に悪いことしてるわけじゃないのに、なんで命を狙われなきゃいけないんだろう。
イライラする。

アークイラが僕の方を見た。

魔導槍師「アルクス……はじめまして、ですね」

三男「…………どうも」

残酷なことをしそうな人間にはとても見えない。
でも、人生に疲れ切ったような、諦めたような目をしている。

魔導槍師「……あなたを見ていると、懐かしい気分になります」

魔導槍師「あなたぐらいの年頃のエリウスも、そのような表情をしていましたよ」

魔剣士「そういう意味でも似てるでしょ」

魔導槍師「不満を抱え、斜に構えているところがそっくりですよ」

喋ったことないのにそういう風に言われたくないけど、
魔透眼持ちらしいから僕の性質なんてお見通しなんだろう。


魔導槍師「ああすいません、癇に障りましたか。貶すつもりはなかったのですが」

魔導槍師「ただ、本当に……懐かしく思えたのです」

ミルウスがつまらなそうにエリウスに抱き着いた。

金髪少年「おりょうりー」

魔剣士「テレサお母さん出かけてるのに勝手に台所使っちゃいけないだろうから……」

魔導槍師「いいですよ、使ってください」

魔剣士「あ、じゃあお言葉に甘えて」

ミルウスは嬉しそうにエリウスが料理しているのを眺め始めた。

三男「家族に、会わないんですか」

魔導槍師「もう、合わせる顔がないのです」

よくわかんないけど、この人はお母さんに会ったらお母さんに殺されてしまうらしい。
……もし僕が誰かを乱暴したらお母さんに去勢されてしまうから、多分それと同じようなことだろうと思う。

魔導槍師「実の母に想いを寄せていたそうですね」

三男「…………」

エリウス、そういうこと喋ってたのか。


魔導槍師「小さな罪であれば、いくらでも償いようがあります」

魔導槍師「そして、人は小さな罪を犯し、学ぶことで、事前に大きな罪を犯すことを防ぐことができるようになる生き物です」

アークイラは老眼鏡を外した。

魔導槍師「罰してくれる相手に感謝するよう心がけなさい」

魔導槍師「罰してくれる人がいなければ、いずれ歯止めが利かなくなり、気が付いた時には取り返しのつかないことになります」

三男「…………」

魔導槍師「いつ罰が訪れるかわからない日々に怯える生活を送るのは嫌でしょう?」

三男「……」

魔導槍師「私は怖いのです。私の因果が、妻と子に報いる日がいつか来てしまうのではと」


アークイラは新聞を畳み、椅子から立ち上がった。
あれ……左手の指、動かないのかな。上半身の動きもちょっとおかしい。

魔導槍師「左手と腹筋の一部が麻痺して動かないのですよ」

魔剣士「全然よくなってないの?」

魔導槍師「農作業がいいリハビリになっていますよ」

三男「……いつからですか? 料理番組、流し見してたけど気づかなかった」

魔導槍師「その頃には既に不自由でしたよ」

魔導槍師「ただ、できる限り視聴者に悟られないよう動いていましたからね」

三男「ふうん」

なんで動かなくなったんだろう。

魔剣士「タマネギないかな」

金髪少年「おうちのうらにつんであるよ! もってくるね」

魔剣士「お、ありがと」

ミルウスは勝手口から出ていった。

魔剣士「それ俺が毒塗ったナイフで刺しちゃったからなんだよ。逃げる時にさ」

三男「えぇ…………」


魔剣士「まだ毎日教会通ってんの」

魔導槍師「ええ」

魔剣士「ミルウスを立派に育ててくれたら、俺はそれでいいから」

ミルウスが元気よく扉を開けて戻ってきた。

金髪少年「たりる?」

魔剣士「ん、大丈夫だよ。ありがとうな」

テレサさんも急いで戻ってきた。
テレサさんは、アークイラの過去のことをどのくらい知っているのだろう。


罪を犯したら、罰に怯えて暮らすことになるらしい。

僕は今まで自分が悪いことをしたって認めたくなくて、ただお父さんを恨んでばかりいた。
僕の罪は……実の母親であるお母さんのことを好きになって、そしてお母さんを怖がらせてしまったことだ。

僕は反省もせず、受け入れてくれなかったお母さんへの不満と、
僕を追い出したお父さんへの怒りにばかり心を委ねていた。

追い出されるという罰を受けただけで、僕の罪は清算できるのだろうか。多分、できないと思う。

kkmd


晩御飯を食べ終えると、ミルウスははしゃぎ過ぎて疲れたのかソファで眠ってしまった。

魔剣士「アーさん飲みにいこ」

魔導槍師「悪酔いしないでくださいよ」

内縁の妻「お気をつけて」

2人は出ていった。
……ここに残されても気まずくてちょっとつらい。

内縁の妻「エリウスさんのお料理、おいしかったわね」

テレサさんは微笑んで僕に話しかけた。気を遣ってくれているのだろう。

内縁の妻「いつかこの味を再現できるようになりたいわ」

内縁の妻「エリウスさんの本を読みながら作っても、なかなか難しくてね」

料理は、ちょっとした火加減や、調味料の僅かな量の違いで味が変わってしまう。

三男「……兄のホームページには、簡単に再現できる料理もたくさん載っているそうです」

内縁の妻「私、パソコンを使えないの」

内縁の妻「あ、でもアークイラさんに頼んだらきっと見方を教えてくれるわ」

内縁の妻「今度調べてみるわね」


テレサさんは、心の底から幸せそうに笑う人だ。

三男「……えっと、」

三男「アークイラさんのこと、本当に好きなんですね」

内縁の妻「ええ」

内縁の妻「彼と出会って、私の人生は変わったわ」

頬を少し赤く染めて、目を細めてテレサさんは答えた。

内縁の妻「出会う前は、毎日沈んだ気分で過ごしていたのよ」

三男「どうしてですか?」

内縁の妻「……私は子供を望めない体で、それが原因で結婚できなかったの」

内縁の妻「こんな田舎だからね。嫁げなかった女性は肩身の狭い思いをしなきゃいけなかった」

内縁の妻「両親はいつも私の将来と畑の心配をしていたわ」

内縁の妻「でも、彼がミルウス君と共にこの村に訪れて……」

内縁の妻「彼等を一目見て、私、『やっと見つけた』って感じたわ」

三男「見つけた?」


内縁の妻「ずっと行方がわからなかった夫と子供と、漸く再会できたような気分だったのだったの」

内縁の妻「ごめんなさい、変なこと言ってるわよね」

三男「いえ……」

あの人は犯罪者なのに。
テレサさんは、アークイラのことについてどれだけ知っているのだろう。

三男「……あなたは、アークイラさんにどんな過去があっても、好きでいられますか?」

内縁の妻「実はね、私が想いを伝えた時、彼は自分の罪を告白しようとしてくれたの」

内縁の妻「私、敢えて聞かなかった。だって、今の彼を愛しているから」

内縁の妻「もしかしたら、過去の彼のことは愛せないかもしれない」

内縁の妻「でも、どんな過去があったとしても、今のアークイラさんのことは愛し続けるわ」

三男「……」

内縁の妻「人は、変われるのだもの」

いくら改心したって、罪が消えるわけじゃない。
どれだけ償っても被害者は苦しみ続けるし、被害者を大切に思っている家族は加害者を憎み続ける。

だからといって、アークイラの今の生活を壊したら、テレサさん達は不幸になってしまう。


エリウスはアークイラを助けて、アークイラはテレサさんとその両親の人生を救った。
これがエリウスの言った“救いの連鎖”なのだろう。

わだかまりが完全に消えたわけじゃないけれど……全て上手くいくほど、世界は単純じゃないんだ。



金髪少年「える……まま……」

ミルウスが寝言で母親を呼んだ。

内縁の妻「ミルウス君ったら、エリシアさんが恋しいのね」

ミルウスはエリウスをエルママと呼んでいるけれど、エリウスはテレサさんに、
それはミルウスが寂しいあまりにエリウスと母親をごっちゃにしているのだと説明している。

内縁の妻「……ねえ、アルクス君。エリシアさんって、あなたにとってどんな人?」

三男「え……」

三男「…………」

三男「……自由奔放で、でも……優しい人です」

三男「落ち込んでたら、元気が出るよう励ましてくれて、お母さんみたいに包み込んでくれて……」

三男「あったかいです」

内縁の妻「そう。そんな素敵な人だから、ミルウス君のような良い子を産んでくれたのね」

テレサさんはエリシアに心の底から感謝の念を抱いているみたいだ。
夫の昔の女なのに。

強い人なんだと思う。


歯磨きとかを済ませて、居間に2人分のマットを敷く。
玄関の扉が開いた。

魔剣士「う゛ぇ゛ぇぇんがなじぃよぉ」

魔導槍師「まったく……」

アークイラが酔って泣いているエリウスに肩を貸している。
腹筋の一部が麻痺してるのに、よく支えられるな。

内縁の妻「お水、飲まれますか?」

魔導槍師「飲ませてください」

アークイラがエリウスをマットに寝かせた。

魔剣士「うぅ~クソホモモドキぃ~」

魔導槍師「ホモではないと何度言ったら」

魔剣士「アルクス~、こいつさあ、まだプティアにいた頃ぉ、」

魔剣士「自分をホモ扱いした部下を何人も辺境の地に左遷してんだぜ~こええよなぁ!」

魔導槍師「やめてください、昔の話は」

魔剣士「うっせーいじめっ子ぉー!」


エリウスはすぐに寝入った。

魔導槍師「ほろ酔いしたい気分だからとわざとアルコールを吸収したんですよ」

魔導槍師「案の定加減を間違えたようです」

くっそ不器用なんだから、下手なことしなけりゃいいのに。

僕も布団に入る。
アークイラとテレサさんも寝室に行った。



……寝つけない。

魔剣士「歯ぁざらざらする~歯磨きぃ~」

少しは酔いが醒めたのだろう。エリウスが起き出して洗面所に行った。

暗い部屋を常夜灯が照らす。

ふらふらしながらエリウスが戻ってきた。
ミルウスの寝息が聞こえなくなった。毛布が擦れる音がする。

金髪少年「まま……」

魔剣士「ん~ミルウス~」

エリウスの布団に潜り込んだみたいだ。


ミルウスは数回エリウスの胸をぽんぽんした。

金髪少年「んぅ……」

魔剣士「あー、おっぱい触りたいのな。ちょっと待ってな」

三男「胸潰すやつつけっ放しだったの」

魔剣士「血行悪くなるからファスナーは下ろしてたよ」

ミルウスは胸の硬さに不満を覚えたみたいだ。

寝ているお母さんの胸を触った時、
ホックを外しただけでブラジャーそのものがつけっぱなしだと、感触が硬くてがっかりする。同じようなものだろう。

エリウスは完全にナベシャツを外した。

魔剣士「ほら」

金髪少年「まえよりちっちゃくなった」


魔剣士「ごめんな。元々エルパパは男だから胸おっきいのやなんだよ」

金髪少年「ママだもん」

ミルウスは不満そうにエリウスの胸に頬ずりして右頬をうずめた。


金髪少年「ママだいすき」

魔剣士「うん。俺もミルウスのこと大好きだよ」

生みの親と滅多に会えないなんて、可哀想だ。寂しいだろうに。

魔剣士「テレサお母さんの前ではママって呼んじゃだめだぞ」

魔剣士「おまえのママは、テレサお母さんなんだから」

金髪少年「エルママもママだもん」

ミルウスは納得いかないようだ。エリウスの服をぎゅっと掴んで密着した。

金髪少年「いつもいっしょにいられたらいいのに」

エリウスだって本当はずっと一緒にいたいのだろう。
幸福と寂しさ、子供に対する申し訳なさが入り混じった表情でミルウスの背中を撫でた。


夜は案外すぐに明けてしまう。

朝、目が覚めて窓から外を眺めた。
春の作物が朝日に照らされていて綺麗だ。強い生命力を感じる。




魔剣士「午前中は職業体験だぞ!」

三男「なんで……?」

魔剣士「農家の人の苦労を知ってる方がいい領主になれそうだろ」

土作りや草むしりを手伝う。
長時間やっていると案外きつい。

エリウスも一緒にやるつもりだったらしいけど、急な仕事が入ったらしくて、
木陰でパソコンを開いて作業をしている。

金髪少年「ぼくがおとうさんのひだりてになるよ!」

ミルウスは、左手が不自由な父親の手伝いをするのが好きなようだった。

純真無垢さが眩しい。

僕は、ミルウスくらいの歳には既に捻くれていた。
エリウスを殴ってばかりだったな……。


金髪少年「おかあさん! たまねぎりっぱなのとれた!」

内縁の妻「上手に採れるようになったわね」

ミルウスはテレサさんと本当の親子のように触れ合っている。

アークイラはその様子を、暖かいけれど、やっぱり疲れた目で見つめていた。




風が吹いた。こっちの春は涼しいな。
お母さんと一緒に野菜や花を育てたことを思い出した。

冬の終わり頃、植木鉢に種を撒いて、春に芽が出たのを一緒に見つけて笑い合った。
あの暑い土地は、僕の体では暮らしにくかったけれど、でも少し恋しくなった。

いつか、またあの村に帰れる日が来るだろうか。

三男「……故郷、恋しくならないんですか」

魔導槍師「碌な思い出がありませんからね」

三男「一生帰らなくても平気なものなんですか」

魔導槍師「私は、できることなら一生帰りたくありません」

魔導槍師「いつか、嫌でも帰らなければならない日は来るかもしれませんが」

三男「……どういうことですか?」


魔導槍師「国に存亡の危機が訪れた際は必ず駆けつけることが、」

魔導槍師「軍務を離れる条件だったんですよ」

この人はプティアの英雄の息子で、世界最強レベルの魔導師だ。

ただ国にいるだけで、そこらの兵器以上に他国や反政府組織を牽制することができるくらいの存在だと言われていた。
確かに、そう簡単に国がこの人を手放すとは考えにくい。

三男「無視することはできないんですか」

魔導槍師「いつでも呼び出せるよう、国王だけは私の連絡先を知っていますし、」

魔導槍師「体に埋め込まれた発信石により居場所も知られています」

魔導槍師「もし国王の要請を無視すれば、私の父達に私の居場所を教え、無理矢理にでも引っ張っていくでしょうね」

三男「…………」

魔導槍師「命の奪い合いを伴うような争いがない世界であれば、このような力は必要なくなるのですが」

魔導槍師「平気で人の命を奪う人間の気持ちを知っているが故に、」

魔導槍師「争いがなくならない理由もわかってしまうことが悲しいです」

人、殺したことあるのかな。
そりゃ軍人だしな。仕事で悪人を裁くくらいしているか。


魔導槍師「私は、“人は皆、誰かが命がけで産み落とした大切な存在である”という、」

魔導槍師「ごく当たり前のことを理解できていませんでした」

魔導槍師「……理解できるようになるのが、あまりにも遅すぎました」

魔導槍師「だから平気で他人を見下し、貶め、傷つけてきました」

この人は昔の自分が嫌いで仕方がないらしい。
眉を顰めている。

魔導槍師「ミルウスと出会い、自分がミルウスの父親であるという自覚が強まるにつれ、」

魔導槍師「自分の罪がどれほど重いものなのか……私は漸く知ったのです」

多分、アークイラは、罪悪感に押し潰されそうになりながら毎日を過ごしているのだろう。
どんなに幸せな時でも、素直に幸福を享受することはできないんじゃないだろうか。

魔導槍師「命は全て尊ばれるべきものです」

魔導槍師「自分の存在も、他人の命も、全て大切にするよう心がけなさい」

魔導槍師「他者を傷つけていいのは、傷つけなければ大切なものを守れない時だけです」

三男「……はい」


昼が過ぎた。

金髪少年「こんどいつくるの?」

魔剣士「いつかなあ……」

金髪少年「うー……」

ミルウスは目に涙を溜めた。

魔剣士「会いたくなったら、いつでも電話かけてくれな」

魔剣士「お父さんのパソコンで、顔見ながらお話しすることもできるからな」

金髪少年「…………」

魔剣士「また絶対会いに来るから、いい子にしてるんだぞ」

金髪少年「……うん」

最後に抱きしめあって、エリウスは運転席に乗り込んだ。

内縁の妻「また来てくださいね」

ユキさん、ユカリと待ち合わせている場所に向かう。
ミルウスは、ずっと車を見つめていた。

……故郷を離れる時を思い出した。あの時も、家族がずっと僕を見送っていた。

魔剣士「あー……やっぱ、ちょっときついな」

エリウスの目が少し充血している。


魔剣士「ユカリー! つらい思いさせてごめんな!」

ユカリを見つけてすぐ、エリウスはユカリに抱き着いた。

緑長女「……楽しかった? お父さん」

魔剣士「うん」

緑長女「そっか。よかったね」



三男「あっ……」

『……ねえ、アルクス君。エリシアさんって、あなたにとってどんな人?』

テレサさんは、僕がエリシアを知っていることを前提として話していた。
どうしてだろう。

エリウスやアークイラから、昔のことをどう説明されているのかはわからないけど、
僕がアークイラの昔の女を知っていると判断した理由はなんだ。

まさか、エリウスがエリシアだって気づいて……いや、そんな……。

いくらミルウスがエリウスをママと呼んでいるからといって、
本当にエリウスが産んだだなんて思わないだろう。


魔剣士「静かで良い村だったでしょ」

三男「う、うん」

北に向かって道路を走る。

魔剣士「こっちの国は寒いだろ。風邪引かないようにな」

三男「……おまえこそ。体調崩しやすいくせに」



アークイラは自分の行いを悔いて反省していた。
僕は反省することから逃げ続けていた。

被害者ぶって、自分のことしか考えていなくて。
お母さん以外の家族からの愛情だって蔑ろにしてばかりだった。

南に帰りたい。家族に会って、謝りたい。


小綺麗な街の宿に着いた。

魔剣士「噴水綺麗だなー」

三男「…………」

広場に面した宿の部屋の窓からは、噴水がある広場が見える。

激しく活気があるわけじゃないけれど、少しだけ屋台も出ていたりして、
行き交う人々の表情は明るい。

魔剣士「何塞ぎこんでんだよ」

三男「……別に」

まず、エリウスに今までのことを謝らなきゃいけないのに。

今更態度を変えるのが恥ずかしくて、どう接すればいいのかわからないんだ。




翌日、エリウスは女モードになっていた。

魔剣士♀「うーミルウスー」

枕を抱えて足をジタバタさせている。

白緑の少女「ミルウス君と会った次の日は、母親として暮らしたかった気持ちが強まって、大抵こうなるんです」


魔剣士♀「アルクスー」

抱き着かれた。ミルウスの代わりにされているのだろう。

魔剣士♀「母性本能が収まらないよお」

緑長女「お父さん、私、お買いもの行きたいな」

魔剣士♀「いこいこ!」

ユキさんとユカリのエリウスの3人で、仲良く手を繋いで外を歩く。
僕は女3人の後ろ姿をぼうっと眺めながらついていった。

ユカリはエリウスの寂しさを紛らわそうとしているのか、いつもよりたくさん話しかけている。

魔剣士♀「やだーこの服かわいー! でもサイズ合わないな」

魔剣士♀「ユカリ~ちょっとこれ試着してみて!」

緑長女「うん」

白緑の少女「よく似合いますよ」

魔剣士♀「ユキも着て!」

店主「あの……同じデザインのものをあなたに合わせて仕立てましょうか?」

魔剣士♀「いいんですか!? うれし~!」

女の買い物は長い。でも、楽しそうだ。


夕方になるまでショッピングは続いた。
陽が沈んでいくと共に、気持ちも落ち込んでいく。

魔剣士♀「ごめんな~一日中付き合わせちゃって」

三男「別に」

体力のないエリウスは疲れ切っているようだ。
部屋に入った途端ベッドに倒れ込んだ。

魔剣士♀「あ~お布団最高~」

三男「…………」

魔剣士♀「……買い物、退屈だったか?」

魔剣士♀「南じゃ売ってないような物、たくさんあるから面白いかなって思ったんだけど」

三男「退屈じゃ、なかったけど」

魔剣士♀「…………やっぱり、俺じゃ力不足だったのかな」

三男「え……」


魔剣士♀「おまえ、昔から俺のこと嫌ってたもんな」

魔剣士♀「俺と旅するなんて、嫌だよな」

魔剣士♀「……ごめんな」

三男「そんなこと……ない……」

三男「昔は嫌いだったけど……」

喉が絞まるように苦しい。次の言葉が出てこない。
出したくもない涙が嫌でも滲み出てくる。

魔剣士♀「あ、アルクス?」

今はそんなことない、って言いたいのに、声は言葉にならなくて、ただ嗚咽になって漏れた。

kkmd


エリウスの隣に座らされて、背中をさすられる。
落ち着くまでちょっと時間がかかった。

三男「……ごめ、んなさい」

三男「酷いこといっぱい言って。たくさん殴って」

魔剣士♀「いいよ、そんなの」

三男「他人の気持ちのことなんて、全然考えたことなかった」

三男「僕は……駄目な奴だ」

魔剣士♀「これから、いくらでも変わっていけるよ」

魔剣士♀「おまえは、こんなに早く気づけたんだから」

ぎゅっとされた。


三男「家族のみんなと、話したい」

三男「でも……電話は、なんだか、怖い」

魔剣士♀「んー、手紙でも出すか?」

三男「……うん。もうちょっと、冷静になったら書く」

暖かい。

三男「お父さん、夜中、寝てる時に頭を撫でてくれた」

三男「普段はあんまり喋ることがなくても……可愛がってくれてた」

魔剣士♀「うん。おまえは愛されてるよ」

三男「お母さん、僕のこと大事にしてくれてたのに、僕はお母さんを怖がらせた」

三男「どう償えばいいの」

魔剣士♀「それはおまえが償うことじゃないよ」

魔剣士♀「母さんが男を怖がるようになった原因を作った奴が悪いんだから」

三男「でも」

魔剣士♀「おまえが精神的に母さんから自立して、いい人見つけたら、きっと安心してくれるよ」

魔剣士♀「いいお嫁さんもらえるよう、頑張っていい男になろうな!」

三男「……うん」


魔剣士♀「愛されなかった子供は、誰にも助けてもらえなかったら歪んだ大人になっちまう」

魔剣士♀「でも、おまえは家族皆から愛されてる」

魔剣士♀「だから歪む必要なんてないし、与えられた愛情に満足して大人になれるよ」

家族からもらった思い出が蘇る。

僕がどんなに悪い態度をとっても、皆いつも優しく接してくれた。
愛情がなきゃできないことだ。

三男「……エリウス」

魔剣士♀「うん」

三男「ありがとう」

やっと言えた。

魔剣士♀「ん。少しは役に立てたかな」

エリウスは柔らかく笑った。

今は、お父さんじゃなくて、お母さんと同じ笑い方をしている。
手紙には、家族1人1人への謝罪と感謝の言葉を綴った。





親戚に挨拶をして回った。
お母さんのお母さん、エルディアナおばあちゃんの実家であるコーレンベルク侯爵家にももちろん寄った。

次期領主は僕達のはとこだ。

長男のエルナトは一生医者として生きるつもりらしいから、
次男のアリオトが領主になる予定らしい。

アリオトはエルナトとよく似ているけど、やや丸顔で、下睫毛が特徴的だった。


魔剣士「憶えてないかもしれないけど、フォーマルハオトひいおじいちゃんはすごく優しい人だったんだ」

魔剣士「ミルウスを妊娠してる時に、たくさん元気づけてもらったな」

お墓参りもした。
ひいおじいちゃんは、どの貴族よりも領民を大事にした領主として称えられているみたいだ。

墓石の傍の石碑に刻まれた銘文は、親族として誇らしい気持ちになるものだった。


三男「……兄さん」

魔剣士「ん?」

三男「女になってる時は、どう呼べばいいの。姉さんって呼んだ方がいいの」

魔剣士「どっちでもいいよ。ユカリはお父さん呼びのままだしさ」

普通の人間とは違う生き方をしているエリウスと接するのにも、すっかり慣れた。
エリウスを見ていると、人生は自由に生きていいんだなと思える。



キャンピングカーで過ごした翌日の朝。
エリウスはうつ伏せになって呻いていた。

魔剣士「血を見て気分悪くなっちゃって」

三男「血?」

魔剣士「起きたらパンツにたくさん血がついてた」

三男「……兄さんって生理あるの」

魔剣士「ないよ。一瞬生理かなって思ったけど」

魔剣士「尻から出た血だった」

外に出ると、ユキさんが小川でエリウスの下着を洗っていた。

白緑の少女「……昨晩、激しくし過ぎちゃったんです」

意味がわからない。


夫婦の営みをしていたみたいな言い方だけど、それに尻の穴は関係ないだろ。
一体何をどう激しくしたらお尻から血が出るんだ。

エリウス達の生態は……本当に謎だらけだ。

魔剣士「おまえ生理の概念知ってるんだな」

三男「ルツィーレがよく騒いで下着洗ってるから」

魔剣士「ああ……なるほど」

魔剣士「女ってすごいよなあ。毎月股から血を垂れ流してるんだぜ」

魔剣士「俺昔からどうしても血が駄目でさあ」

魔剣士「薬学部だから動物解剖の講義があったんだけど、気絶しちゃったなあ」

三男「よく卒業できたね」

魔剣士「ほんとだよ」


魔剣士「あー、お祝い送らなきゃ」

三男「何処に?」

魔剣士「クレイオーとメルクのとこ。赤ちゃんが無事産まれたって」

確か、エリウスの友達だ。
携帯の画面を見せられた。

SNSに、金髪の女性と白髪の男性、赤ちゃんが写った写真が投稿されている。
幸せそうだ。

魔剣士「めでたいなぁ」

三男「……赤ちゃん産むのって、命がけなんだよね」

魔剣士「うん、そうだよ」

魔剣士「命を削って、新しい命を生み出すんだ」

三男「すごく大変なことなのに、どうしてお母さんは7人も産んだの」

三男「死ぬかもしれないのに。怖くなかったのかな」

魔剣士「新しい生命と出会うのは、すごく幸せなことなんだよ」

魔剣士「どんなに苦しくても、また産みたくなっちゃうものなんだ」

魔剣士「ちなみにレグホニア一族の最高記録は20人らしい」

三男「多すぎ」


ラズ半島に近づけば近づくほど、黒髪や青い目をもつ住民が増えていった。

魔剣士「この辺の土地では瑠璃の民が生まれやすくなるんだ」

魔剣士「少しでも瑠璃の民の血を引いていれば、たとえ両親が瑠璃の民の容姿をしていなくても隔世遺伝するらしい」

三男「……まるで、故郷に帰ってきたような感じがする」

魔剣士「何回もこの土地で生まれたことがある魂が族長に選ばれるんだ」

魔剣士「だから、おまえは昔からずっとここに住んでたんだよ」

前世の記憶とかはないけど、とても懐かしい気分になった。
僕はこの土地を知っている。

三男「……瑠璃の民の見た目をした人達がじろじろ見てくるんだけど」

魔剣士「本能的にわかるんだろ、おまえが自分達のリーダーだって」

三男「そういうものなの?」

魔剣士「多分な」

魔剣士「瑠璃の民は本能的に族長に従いたいという欲求をもっているから、」

魔剣士「みんなおまえを助けてくれるよ」

魔剣士「だからこそ、おまえは立派な領主にならなきゃいけない」

魔剣士「たとえおまえが間違ったことをしようとしても、瑠璃の民は従おうとするだろうから」

三男「…………」

魔剣士「大丈夫だよ。アルクス、おまえは正しい心をもってる」


ラピスブラオの町に着いた。
お母さんが生まれ育った場所だ。

魔剣士「親戚とか、生き残った分家の人とかが支えてくれるからな」

魔剣士「ちゃんと言うこと聞くんだぞ」

三男「うん」

魔剣士「不安に思わなくても、おまえならやっていける」

三男「……うん」

魔剣士「ああ、そうだ。村を出る時に父さんと母さんから手紙を預かったんだよ」

エリウスは鞄から2通の封筒を取り出して、僕に渡した。
祖国でよく使われている紙だ。この手触りが懐かしい。


まず、お父さんからの手紙を開いた。


……構ってあげられなくてすまなかったこと。
僕がお母さんばかりに依存するようになった原因を作ったのは自分であること。
追い出すという手段を使うことになってしまって申し訳ないと思っていること……謝罪の言葉が綴られている。

僕が、馬鹿だっただけなのに。
お父さんは、僕のことを嫌ってなんていなかった。


お母さんからの手紙も開いた。

僕が生まれてきた時、本当に嬉しかったこと。
可愛いあまりにしつけることを忘れてしまったこと。

過剰に怖がったりして、申し訳なかったこと。
異性からの好意に耐性がないだけで、僕そのものを嫌っているわけじゃないこと。

心の底から愛していること。

便箋には、暖かい言葉がたくさん綴られていた。


熱い涙が頬を流れた。

三男「……僕、立派な領主になる」

三男「そうしたら、お父さんもお母さんも、喜んでくれるだろうから」

魔剣士「うん。がんばれよ」

魔剣士「いつか、胸を張って2人をここに招待できるようにさ」


人生を悲観する必要はない。
僕は、僕にできることをすればいい。

瑠璃の民を束ね、統治することは僕にしかできないんだから。


エーアストさんと首都に行き、戸籍の手続きをして僕の名前は変わった。
アルクス・フォン・レグホニア=レッヒェルン。

名字はレッヒェルンだけになるかもしれなかったけれど、
お父さんの名字も継ぎたいと希望を出したら役所は申請を通してくれた。



エリウス兄さんはたまに会いに来てくれた。
どんなに少なくても、1年に1回は顔を出して料理を作ってくれた。

魔剣士「これ、大精霊になった後の俺の召喚方法な」

そう言って渡された紙には、フキノトウ料理のレシピと魔法陣が書かれていた。
魔法陣の中に数品のフキノトウ料理を置いて、呪文を唱えると呼び出せるらしい。

フキノトウなんてこっちの土地で採れるんだろうか。栽培しないと。


魔剣士「大精霊になった後もユキと世界中旅したいんだ」

ある時、エリウスは屋敷の裏の土地に苗木を植えていった。

ユキさんの分身を宿す木だ。

三男「そっちの株は何?」


魔剣士「俺の身体になる木の内の1本」

魔剣士「一番でかいのはアクアマリーナの近くに植えたんだけど、」

魔剣士「他の土地でも小さいのを植えてるよ」

魔剣士「イウスの全盛期の力があれば本体が1本あるだけで世界中自由に移動できるんだけど、」

魔剣士「大精霊としての力を復活させるのに使う予定だった生命の結晶の力は、俺の命を維持するのに消費しちゃってるからさ」

魔剣士「こうやってあちこちに植えて、飛び回りやすくなるようにしてるんだ」

魔剣士「なんて言うか、アンテナを立ててる感じ」

三男「そうなんだ」

魔剣士「俺はずっとおまえのことも、おまえの子孫のことも見守るよ」

魔剣士「この世界が続く限り、ずっとな」







僕がこの土地に来てから、14年と半年の月日が流れた。
秋らしい涼しい風が木々を揺らす。

三男「父さん、母さん。よく来てくれました」

町の入り口で両親を出迎えた。

勇者「アルクス……? アルクス!」

お母さんが僕に駆け寄った。

三男「お父さん、お母さん。お元気そうでよかったです」

勇者「アルクス……ごめんね、ごめんね」

抱きしめられた。
喜びが穏やかに心に染み込んでいく。

14年ぶりに会う両親は、当たり前だけれど歳を取っていた。
でも、幸せに年月を重ねたと一目でわかるような老け方だ。


この温もりと柔らかさは、昔と変わらない。


三男「世界一周旅行、楽しんでおられますか」

2人で旅行に行くのが、両親の昔からの夢だったそうだ。
ラヴェンデルが大学を卒業して結婚し、自由になった2人はゆっくりと各地を回っている。

勇者「うん。でも、アルクスと会えたのが一番嬉しいよ」

三男「正式にこの土地の領主に就任して、2年が経ちました」

三男「まだ至らない点は多々あるでしょうけれど、多くの人に支えられ、なんとか平和に治めることができています」

戦士「……立派に、なったな」

お父さんが僕に微笑みかけた。
目尻にしわができていて、昔ほど強面じゃない。

勇者「エルも来られたらよかったのに」

三男「予定を早めて、明日到着できるそうですよ」

本来は、エリウスも両親の予定に合わせてこの町に来るはずだった。


だが、数日前にテレサさんとミルウスを連れてプティアへと向かうことになったのだ。

三男「アークイラさんの妻子は、帰りはプティアの人が村へ送り届けてくれることになったそうですから」

連日、メディアではアークイラの訃報が報道されている。



プティアは巨大組織の襲撃を受けた。
魔科学とは異なる技術によって作られた機械兵器に、プティア軍は苦戦を強いられたそうだ。

アークイラはプティア王の召集を受け帰郷し、機械兵団を押し退けたものの、
残党の攻撃から母であるマリナさんを庇って亡くなった。

それ以来、マリナさんはショックでほとんど口を利かなくなったと報道されているが、
真偽の程は定かではない。

勇者「……戦友の息子の葬式なのだから、本当は私達も…………」

三男「無理はしなくていいんですよ、お母さん」

お母さんにとって、アークイラは決して許すことのできない相手なのだから。

戦士「落ち着いた頃に、アキレス達に会いに行くことにしよう」

勇者「……うん」


三男「長旅でお疲れでしょう。屋敷までご案内します」

三男「妻が準備をして待っていますから」

勇者「楽しみだな、アルクスのお嫁さんと会うの」

もう、昔のようなお母さんへの執着心はなく、ただ親への愛情と感謝だけが心に宿っている。

勇者「本当に、貴族らしくなったね。大人になったんだね」

お母さんも、僕を怖がる様子は全くない。
僕の変化を、成長を見てもらえたんだ。

三男「あなた方の息子なのですから、立派にならないはずがないでしょう? なんて」

おどけて笑ってみせると、お父さんもお母さんも笑顔を返してくれた。

三男「14年前、早くに旅に出て良かったと思います」

三男「あのまま南にいれば、僕の心の成長は大きく遅れていたでしょうから」


楽しいことばかりじゃない。でも、悲しいことばかりでもない。
苦いことも、甘いことも経験して、僕達は成長していくんだ。









DAS ENDE


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「ルストお兄様、絵本を読んでほしいの」

『いいよ。どの本がいいんだい?』

「瑠璃の国のお姫様のお話!」

『こっちへおいで、アルティ』

「お兄様、だあい好き! 絵本の騎士様も、私大好き! お兄様とよく似ているのだもの」

『ああ、そうだね。お姫様は君にそっくりだ』


僕は駄目な従者だったね。君を放って遊んでばかりで。
でも、またこの土地で僕は生まれ変わって、君は妹として生まれてきてくれた。

今度こそ守るよ。絶対に。

まだこの世界の話のネタはいろいろあるんですけど、台本形式に限界を覚えたので、
これからは小説版準拠でやっていきます
速報ではこのスレ限りで名無しに還ります
ありがとうございました

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