勇者「やっぱり子供は最高だね」戦士「んえ?」 (270)


勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」
魔剣士「はやりフキノトウは最高だ」武闘家「えっ?」
の番外編集

大体のエピソードは後者未読でも読めるようにします(その分説明が後者と重複します)


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回想 前編


勇者「ほらーお父さんでしゅよー」

四女「あうぅ」

戦士「……おーよしよし」

三男「おかあさんぼくもだっこー!」

勇者「ラヴィが寝るまで待っててね」

三男「えー」

戦士母「アルカさーんお裾分け持ってきたわよー!」

勇者「はーい今行きまーす!」

長女「アルバ、お洗濯物干すの手伝ってくれる?」

次男「うん!」

三女「私もお手伝いするー!」

次女「蜂さん捕まえたー!」

長男「うわっ逃がしなさい」

次女「あきゃきゃきゃきゃ」

戦士「……はあ」

戦士(子供増やしすぎた……)


七人も子供がいると、毎日が大戦争である。

戦士(どんなに多くても五人までにしようと思ってたんだがなあ……)

妻に六人目、七人目をねだられて断れなかったのである。

戦士(できる限りアルカさんの望む通りの生活を実現したいとは思っている)

戦士(思っているのだが)

戦士(俺はアルカさんと二人でまったり暮らしたい……)

勇者「アルバ、おばあちゃんがね、アルバの大好きなハンバーグ持ってきてくれたよ」

次男「やったー!」

勇者「んーもーこの子ったらかわいいー!」

次男「わわっ母さん、俺もう大きいんだよ、母さんとあんまりベタベタしないんだよ」

勇者「え……」

次男「仕方ないなあ。ぎゅーしていいよ」

勇者「やったー!」

三男「ぼくも! ぼくもぎゅうー!」

戦士(いつになったら嫁さんは子供のところから俺の元へ帰ってきてくれるのだろうか)

戦士(ついそう考えてしまうことさえある)

戦士(俺は父親失格なのだろうか……)


次女「蜂さん逃げちゃった! 待ってー!」

長男「危ないから!! 追いかけなくていいから!!」

戦士「あだっ」

蜂を追いかけていた次女ルツィーレにヘリオスは蹴飛ばされた。

次女「わわっごめんねお父さん!」

戦士「…………」

長男「父さん目が死んでる」

戦士(俺は今年でもう39だ。しかし一番下の子はまだ乳児だ)

戦士(穏やかな老後が訪れるのはいつになるだろうか……)

ヘリオスは遠い目をして縁側から空を見上げた。

思い返すのは、子供が生まれる前の生活だ。


――
――――――
――――――――――――

勇者「雪、すごいね」

戦士「そうですね」

勇者「こんなにたくさん積もった雪を見るのは、もう……随分久しぶりだ」

戦士「寒くないですか」

勇者「大丈夫。南国育ちのあなたの方が心配だよ」

戦士「慣れました。わりと平気です」

勇者「…………」

戦士「……手、繋いでいいですか」

勇者「…………うん」

二人はアルカの祖国の隣国、グレンツェント国のとある町に訪れていた。
まだ入籍も済んでいない頃だ。


勇者「交通網の発達はすごいね」

勇者「前なら何ヶ月もかかった所まで、たったの数日で移動できるのだから」

戦士「ええ。便利になったものです」

勇者「…………」

戦士「…………」

戦士「そこのベンチに座りませんか」

二人は距離感を測り直しているさなかだ。
五年前はあくまで師匠と弟子の関係を維持していたが、今は違う。

アルカにとって、ヘリオスは助け出してくれた英雄となったし、
可愛い年下の少年が逞しく成長し年上となっていた。

また、少しずつ女性らしくあろうとするアルカをヘリオスは微笑ましく思っていたのだが、
あまり急に距離を縮めたら怖がらせてしまいそうで、
軽いスキンシップはしつつもあまり深く踏み込まないようにしていた。

互いに、接し方に戸惑うことが多かったのだ。


戦士「……故郷じゃ、数年に一度しか雪が降らないんです」

戦士「だから、雪慣れしていない村民がよく転んだり怪我したりするんですけど、」

戦士「たまにしか降らない雪があんまりにも物珍しくて綺麗なものだから、」

戦士「雪のことを『天の鳥の羽毛』と呼んで、幸福の前兆としてるんです」

勇者「……素敵だね」

戦士「まあ、実際は『怠ける理由ができるから雪は幸福の証なんだ』って言う人が多いんですけどね」

戦士「寒い上に足場が悪くなると、みんな家の中に引きこもっちゃうんです」

戦士「北の人達は雪なんて関係なく働いていますから、恥ずかしい話ですよ。はは」

勇者「休息も、雪がもたらしてくれる恵みの一つだよ」

勇者「稀にしか降らない雪を眺めながら、ゆっくり家の中で過ごすなんて……素敵じゃないか」

戦士「こっちの雪はサラサラしてますね。握ってもなかなか固まらない」

戦士「あっちで降る雪は、もっと重くてべちゃべちゃしてるんです」

勇者「……えっと、その」

勇者「…………」


戦士「?」

勇者「敬語、いらない」

戦士「……そっか。わかったよ」

勇者「ん…………」

戦士「他に行きたいところ、ある?」

勇者「……あそこ」

戦士「服屋か。行こうか」




アルカは女物の服を漁った。しかし……。

勇者「……合うサイズがない」

服屋店員「奥さん、身長高くてかっこいいですねー! おいくつあるんです?」

勇者「……どのくらいなのだろう」

服屋店員「あそこに立ってみてください。目盛りがあるでしょう」


服屋店員「わあ、178センチなんですね」

勇者「…………」

服屋店員「奥さんに合うサイズの服は……ちょっと今置いてないですねー……すみません」

服屋店員「旦那さんも大きいですね。190くらいおありでしょう」

服屋店員「服探し、苦労なさってるんじゃないですか?」

戦士「そっすね」




勇者「……多分置いてないだろうとは思っていたんだ」

勇者「男の恰好をしようと思わなくても、背のせいで男物しか着れるものがない」

戦士「……俺の故郷だったら、そういう苦労しないと思いますよ」

戦士「この辺りとは全然服の作りが違っていて……」

勇者「……敬語」

戦士「あ、ごめん」

戦士「なんていうか、ゆったりした布を纏う感じなんだ。特に女性は」

勇者「そうなんだ。楽しみだな」


戦士(……ほんとに、俺の故郷に来てくれるんだな)

戦士(俺の村の民族衣装を着たアルカさん……)

戦士(なんだかドキドキしてきた)



宿屋

メイド「アルカ様に合うサイズのお召し物が売ってなかったですって!?」

彼女はヴィオラ。アルカディアの護衛係兼世話係として二人に同行している。

アルカを救出する目途が立った際、ヘリオスはエーデルヴァイス伯爵に電報を打ったのだが、
伯爵は領地を離れてアルカを迎えに行くことができなかった。

泣いて悔しがった伯爵が自分の代わりに派遣したのが彼女なのである。


メイド「オーダーメイドを頼みましょう」

勇者「でも、料金が高いだろう」

メイド「んなもん伯爵につけときゃいいんですよ」

勇者「それはちょっと……」

メイド「では私が仕立てます。これから生地を選びに行きましょう」

勇者「あ、ああ」

メイド「女だけでお買い物したいので、ヘリオスさんには待っていていただきたいのですが」

戦士「ああ。行ってらっしゃい」

ヘリオスにとって、ヴィオラの存在がとてもありがたかった。

女性同士じゃないと相談しにくいことは彼女が対応してくれるし、
彼女がアルカに付き添うことで安心して一人の時間を取ることができる。


戦士(体操と筋トレでもするか)

この頃は積雪により朝のロードワークを中止していた。

身体は運動したいと疼いていたのである。



メイド「アルカ様、この生地なんていかがです?」

勇者「ちょっと……派手だな」

メイド「ではこちらは」

勇者「それならいいが、なんというか……フェミニンだな」

メイド「それでいいんです!」

勇者「そ、そうか」

メイド「デザインはどうしましょう」

ヴィオラは完成例が描かれた冊子を並べた。

勇者「このページ、いいな」

メイド「一着はそのデザインでいきましょう」

メイド「他はもう少し女性らしい物にします」

勇者(この強引さ……戸惑うこともあるが、心地いいな)


メイド「では、隣の部屋で仕立てて参ります」

メイド「何かご用がありましたら、遠慮なく呼び出してください」

勇者「ああ。頼む」

アルカは扉を開いた。

勇者「ただいま」

戦士「あ、おかえり」

勇者「っ! ごめん」

戦士「え、あ……男は上半身見られても平気だから、いいよ」

ヘリオスは風呂上がりで半裸だった。

戦士「ごめん、筋トレして汗臭かったから先に入ったんだ」

勇者「……逞しい身体。鍛えたんだね」

戦士「ええ。あなたを守るために」


アルカは顔を真っ赤にした。

戦士「アルカさん」

ヘリオスは一歩ずつアルカに近づき、手を取った。

戦士「俺が一生あなたを守ります。あなたが、もう二度と剣を握らなくてもいいように」

勇者「…………!」

アルカは俯いて震えた。

戦士(あ……俺の半裸怖かったかな……)

勇者「…………」

戦士(……というわけじゃないみたいだ。よかった)

ヘリオスは不安を感じたが、アルカは手を握り返した。

故郷を失って以来、守ってくれる存在ができたのは初めてのことだった。

アルカは深い安堵から涙を流していた。


二人は、そのままゆっくりと流れる時間を共有した。

師弟として共に旅をしていた約半年間、離れ離れだった五年間を経て、
漸く恋人同士として過ごすことができるようになった。

身体は近くにあるのに、心の距離は縮まらない痛み。

片方の時が止まり、片方の時だけが流れる孤独。

耐えがたい苦しみを乗り越えたからこそ、共にいられる幸せを貴く感じられる。


メイド(壁薄いから丸聞こえなんですよねー集中できませんわー)

メイド(……このままお幸せになってくださればいいのですけれど)

メイド(なんせ身分が身分ですから……ね)


前編 終


回想 中編


とある夜

戦士「また同じベッドか」

宿屋の部屋に入ると、そこには一台のセミダブルのベッドが置かれていた。

戦士「……ツインにしてくれって頼んでるんだけどな」

宿の予約を行っているのはヴィオラだ。

勇者「やっぱり、一緒に寝るの……つらいか?」

戦士「俺は平気だけど、アルカさんは寝にくかったりしない?」

戦士「俺、いびきがうるさかったり寝相が悪かったりしないか心配なんだ」

勇者「それは大丈夫だけど、その……」

勇者「…………」

勇者「我慢させてしまってるんじゃないかなって」

戦士「え? ああ。大丈夫だよ」

戦士「五年前だって、寒い時は暖を取るために密着して寝てただろ」

戦士「その時に鍛えた理性は、ちょっとやそっとじゃ吹き飛ばないよ」


勇者「……ごめん」

勇者「あの頃、私……自分の気持ちを抑えるのに必死で、」

勇者「あなたの気持ちを考えることが全くできてなかった……」

戦士「俺もそんなもんだったよ」

勇者「…………」

戦士「俺は一生そういう行為をしない覚悟であなたを選んだんです」

戦士「自分を責めないでください」

勇者「…………!」

勇者「……ありがとう。でも、私……赤ちゃん、欲しいんだ」

勇者「だから、いつかは……」

戦士「そっか。ちょっとずつ慣れていけばいいよ」

戦士「まだ婚前なんだしさ」

勇者「あ、そうだね……」

勇者「……やだ、恥ずかしい」

戦士「どうしたの」


勇者「……た気に、……ってた……」

戦士「ん?」

勇者「結婚した気になってた……」

戦士「…………ははは」

真っ赤になったアルカを、ヘリオスは抱きしめた。

戦士「俺もさ、このあいだ服屋で旦那さん奥さんって言われて、正直結婚した気分になってたよ」

戦士「早く正式な夫婦になりたいな」

勇者「…………うん」

戦士「寝よっか」

勇者「……うん」

戦士(苦労しただけあって、一緒にいられるだけで精神的充足感半端ないんだよな)

戦士(性欲はどうしても沸くからそういう時はトイレ行って処理するけど)

戦士(あー……幸せだ)

――――壁――――

メイド(ああ言ってるけどヘリオスさんって不能なんじゃ……)

メイド(ありえない……若い男が婚約者と添い寝して理性を保てるだなんて……)

メイド(不能ですわ……絶対不能ですわ……)


――――――――
――

グレンツェント国北西部 エーデルヴァイス領ブリーゼの町

戦士「一日中移動で疲れたな」

記者A「来たぞ! 勇者ヘリオスだ!」

記者B「彼女は一体何者なんですか!?」

記者C「勇者ナハトとの最後の会話教えてください! 再会すら叶わなかったんですか!?」

メイド「撃退してきます」

戦士「……頼みます」

勇者ナハトは死んでいた。そう世間には報じられている。



メイド「ところでヘリオスさん。非常に尋ねにくいことなのですが……」

戦士「なんですか」

ヴィオラはアルカに聞こえないよう小声で話した。

メイド「下の息子さんはお元気なのですか?」

戦士「え? 息子?」

メイド「下の息子さんです」

戦士「…………」

戦士「元気ですけど……」

メイド「そうですか」

戦士「…………?」


伯爵夫人「アルカちゃん、大きくなったわねー!」

伯爵夫人「小さかった頃を覚えてるわぁ」

勇者「お久しぶりです、ガルデニアさん」

勇者「あの……叔父上は」

伯爵夫人「あの人ったら、あなたが来るのが嬉しすぎて過呼吸起こしちゃったのよ」

伯爵夫人「今は自室で寝てもらってるわ」

伯爵娘「お姉ちゃん!! おかえり!!」

勇者「……アスティ」

アストライアがアルカの胸に飛び込んだ。

勇者「そっか、五年経ったんだ。大きくなるよね」

アルカは五年先に進んでいた世界とのギャップを埋められないでいた。
こればかりはすぐに解決するものではない。


――応接間

戦士「婚約のご報告をしに伺いました」

伯爵「うん、ヘリオス君なら文句ないよ私は。きっと兄さんと義姉さんも、喜んで、」

伯爵「はあ、息の仕方わかんない、はあ、酸素どこにあるの」

伯爵夫人「ごめんなさいね、この人過呼吸が収まったばかりでまだ上手に息できないのよ」

戦士「俺の地元とこちらの地方とでは結婚に関わる風習が違うでしょうし」

戦士「そのあたりのことを相談させていただきたいのです」

伯爵「結納とか持参金とかその辺だよね、うん」




伯爵「そうだ、結婚式、何処でやるの?」

戦士「あ……どうする?」

戦士「俺の地元は村総出で祝う風習があるから、」

戦士「多分着いたら勝手に式っていうか、祭りみたいな感じのことはされると思うんだけど」


伯爵「こっちで、も、や、やる? ぜえ、ぜえ」

勇者「……二回もするのは大変だ」

伯爵「そっか。じゃあ、ヘリオス君の村での式の、日程が決まったら教えてね」

伯爵「私は絶対行くし、コーレンベルク卿も絶対行きたがると思うから」

勇者「はい」

戦士「ありがとうございます」

伯爵「ぞっがあ゛、アルカがげっごんがあ、よ゛がっだ、よ゛がっだよおおぉぉぉ」

伯爵は激しく泣き出し、再び過呼吸を起こした。

藍宝石「あーくん……こんなに喜んで……うっううぅぅぅぅ」

伯爵「え?」

アルカの胸元の藍宝石が声を発した。

伯爵「兄さんの、声、聞こえたんだけど」

勇者「父様の魂が、ここに宿っているんです」

死後、アルカの父モルゲンロートの魂はこの世を彷徨っていた。
その果てに行き着いた先が、かつて画家に譲ったアウィナイトだったのである。


魔の穢れを浄化したアルカは石の声を聞く能力を取り戻した。
現在では、モルゲンロートが起きている間は自由に会話することができる。

石に宿った状態ではそう長く意識を表に出すことはできないため、
モルゲンロートは眠っている時間が長かった。

藍宝石「あいだがっだよぉぉあああくぅぅぅん」

伯爵「にいざあああああああん」

戦士(この性格、血筋なのかなあ)

伯爵娘2「お姉ちゃん私達の従姉なの?」

伯爵娘3「なの?」

勇者「そうだよ」

勇者「可愛いね」

戦士「ああ」

勇者「…………」

勇者「子供……産めるのかな、私……」


伯爵「君と婚姻を結んだ頃が懐かしいよ」

伯爵「ねえガルちゃん、どうして私と結婚してくれたの?」

伯爵夫人「操縦しやすかったからよ」

伯爵「えっ……」

伯爵夫人「私の言う通りにこの領地を守ってくれる人じゃなきゃ旦那にできなかったもの」

伯爵「そっか……うん……」

伯爵「あのね、愛してるよ」

伯爵夫人「あらありがと」

伯爵「うん……」


――ヴァールハイト国 王都

国際結婚及び身分差婚には国王の承認が必要である。
二人は役所で審査を受け、手続きに必要な書類を提出した。


そして数日後……。

戦士「婚姻届が受理されなかった?」

メイド「はい」

勇者「…………」

メイド「まあ予想できていたことなんですけどね」

メイド「あと国王陛下に呼び出しくらってます」

戦士「うっ」

メイド「では私は少々用事がありますので」


北王「魔王を葬った英雄と雖も、遥か南の国の平民だ」

北王「レッヒェルン本家の娘との婚姻を認めるわけにはいかぬ」

戦士「……何故です」

国王の周囲には騎士や魔導師が控えている。

北王「アルカディアとは、我が息子と結婚してもらう」

王太子「…………」

北王「アルカディアにどれほどの価値があるか、平民にはわかるまい」

北王「レッヒェルン本家の娘。即ち『瑠璃の民』の統治者の娘」

北王「つまり、アルカディアと婚姻を結んだ者がレッヒェルン領の領主となるのだ」

藍宝石「ああ……恐れていたことが……」

戦士「…………」

藍宝石「元々レッヒェルン領はこの国の領土ではなかったのだ」


藍宝石「『瑠璃の民』という民族の土地だったのだが、」

藍宝石「ある時この国の侵攻を受けてね」

藍宝石「血を流したくないという理由で大人しく領土にはなったのだが、」

藍宝石「交渉に交渉を重ね、ラピスブラオ鉱山の利益の一部を国に納める代わりに、」

藍宝石「族長の一族が引き続き統治する権利を認めてもらったのだよ」

藍宝石「その族長の一族の子孫が今のレッヒェルン家だ」

王太子「アルカディア、会いたかったよ」

王太子「最後に顔を合わせてから随分時が経ってしまったね」

王太子「だが、十数年経っても君のことを忘れた日はなかったよ」

王太子「君には貴族としての生活が相応しい。こちらにおいで」

勇者「…………」

藍宝石「私こいつキライ」


藍宝石「ああもどかしい! 私が生きていたらどうとでも言ってやれたというのに!」

藍宝石「守ってあげられなくてすまない」

勇者「……私を暗闇から救ってくれたのは、ヘリオス・レグホニアです」

勇者「彼がいなければ、私は今も闇の中にいたでしょう」

勇者「他の男性と結ばれるくらいならば……私は、永遠の闇を選びます」

アルカは魔力で刃を作り、自らの胸元に向けた。

戦士「アルカさん!」

北王「アルカディアを止めろ! 死なせてはならぬ!」

魔導師達の制止が入る前に、刃は胸の奥深くに突き刺された。

アルカ自身の瞳とよく似た色の血がどくどくと溢れ出す。


戦士「あ……あ……」

戦士(生命力が低下している……早く治療しないと……!)

戦士(誓ったんだ……絶対に守るって……!)

戦士(たとえ婚姻が認められなくなって、世界の何処へでも二人で逃げるんだ)




扉が勢いよく開かれた。

メイド「アルカ様!」

ヴィオラを先頭にして、記者や民衆らしき人々が流れ込む。

「うわー王様さいってー」

「ナハト様が命がけで助けたアルカディア嬢になんてことを!!」

「我が国の恥ですわー」

メイド「記者さん」

潜んでいた記者「取材しましたよちゃんと!」

「担架持ってきました」

戦士「こ、これは一体……」


――医務室

勇者「ふう」

戦士「あ、アルカさん……よかった……」

勇者「吃驚させてごめんね。あれ、演技だから」

戦士「え? でも、確かに魔力の波動が弱まって……」

勇者「王様側に魔感力のいい人がいた場合のために偽装したんだ」

勇者「魔適傾向は80くらいに下がってるけど、それでもある程度自由に操れるからね」

戦士「…………」

戦士「…………はあ」

藍宝石「心臓に悪い……心臓ないけど」

メイド「もう王様側が無理に婚姻を迫ってくることはないでしょう」

メイド「マスコミと国際同盟にチクッておきましたからね」


戦士「国際同盟に?」

メイド「穏やかな生活を得るため、ヘリオスさんは勇者ナハトを死んだことにしようと提案したそうですね」

戦士「ああ」

メイド「しかし、国際同盟は『勇者ナハトが死亡したことにするのを認める代わりに、」

メイド「救われた命もあったということにする』」

メイド「と結論づけました」

メイド「長らく魔王に捕らわれていたお姫様が助けられて、英雄ヘリオスと結ばれてめでたしめでたし」

メイド「というシナリオを作ったわけです」

戦士「ああ。おかげで魔王に捕らわれていた女性が何者なのかって話題になりすぎて、」

戦士「記者に追いかけられる羽目になったわけだが」

メイド「それを利用させてもらいました」


メイド「『必死こいて聖玉集めたのにナハトは死んでました』じゃあこの世界の住民が悲しむわけです」

メイド「世界全体が悲しんだら世界全体の生命力が下がったりしてよろしくない状態になるわけです」

メイド「そうならないように作ったシナリオを壊そうとする勢力があったとしたら、」

メイド「国際同盟が許すはずないわけですね」

戦士「じゃああの記者達は……」

メイド「そこら辺に大量に群れていた記者を集めました。ついでに野次馬も」

メイド「英雄の花嫁を略奪しようとして花嫁が自殺未遂しただなんて話が広まったら……」

メイド「まあ、王家は下手に動けなくなりますよね」

戦士「……いつの間にそこまで手を回してたんですか」

メイド「これが仕事ですからね」

戦士「……ありがとう」

戦士「でも、本当に……心臓に悪かったな。俺には教えておいてくれてもよかったんじゃ」

勇者「ごめんね。王様側に演技してるってあなたの魔力でバレる可能性があったから」

戦士「あ……そっか」

メイド「ぶっちゃけ既成事実でもできれば、」

メイド「それだけで純潔を重んじる王家の方々は退いてくれると思ったのですが」

メイド「お二人は一線を越えておられないご様子でしたから、この手しかありませんでしたね」

戦士「あ、はあ」


勇者「……正直、このまま南に行ってもいいのか、迷ってるんだ」

勇者「父様と母様が必死で守った領地を放って、外国に嫁に行くなんて、」

勇者「貴族の娘として無責任なんじゃって……」

伯爵「心配ないよ」

戦士「は、伯爵!?」

勇者「叔父上」

伯爵「用事があって、私も後からこっちに来てたんだ」

伯爵「その用事っていうのが、まあ親族会議みたいなものでね」

伯爵「これからレッヒェルン領をどう守るか話し合っていたんだ」

伯爵「引き続きハーメル夫妻に統治してもらうことになったよ」

伯爵「安心して南に行ってほしい」

勇者「……ありがとうございます」

伯爵「……ただ、」


伯爵「そう長くは持たないかもしれない」

伯爵「レッヒェルン領を離れていた瑠璃の民が戻ってきて復興に励んでいることもあって、」

伯爵「『レッヒェルン領は瑠璃の民のもの。ラピスブラオの町に住む族長が治めるべき』」

伯爵「という声があってね」

勇者「…………」

伯爵「いつか、君達の元に黒髪と蒼い瞳を持った男の子が生まれたら、」

伯爵「その子は正統なレッヒェルン家の後継者だ」

藍宝石「代々、当主となるべき子は必ずと言っていいほど黒髪と蒼い瞳を持って生まれるのだ」

藍宝石「そして、物心ついた頃からラピスブラオ付近の土地を守ろうとする意思が格段に強い」

藍宝石「次期当主……族長となる子が生まれたらきっとわかるはずだよ」

伯爵「もしかしたら他の親族の元に生まれる可能性も……なくはない」

伯爵「まあ、あまり重く考える必要はないよ。未来のことだ」

伯爵「あ、嫁入り道具用意しておいたからね!!」


少々揉めたがどうにか婚姻が認められ、二人は更に大陸の南方部へ向かった。

――コーレンベルク領 グラースベルクの町

勇者「おじい様! 会いたかったぁ……」

侯爵「ああ、アルカディア……おかえりなさい」

アルカは年老いた祖父に抱きついた。

侯爵「顔をよく見せておくれ」

侯爵息子「……姉さんと口元がそっくりだ」

侯爵夫人「ええ、本当に」

戦士(……良かったなあ)

藍宝石「お義父さんごめんなさい早死にしてごめんなさいエルを守れませんでしたごめんなさいごめんなさい」

侯爵「モルゲンロート君、まだこの世に留まっていたのかね」

藍宝石「ひっ」

侯爵「……君がまだ成仏していないことにも、きっと何か意味があるのだろう」

侯爵「アルカディアと、彼女の家庭を見守ってやっておくれ」

藍宝石「はい!!」

藍宝石「あ、ヘリオス君。私のことはこれからお義父さんと呼んでくれたまえ」

戦士「ひっ! はい!」

戦士(お義父さんが一緒だと思うと緊張するんだよな……)


中編 終

次回で「回想」は終わりです
その後はあっちのスレを更新する合間に短編を何本か投下します


回想 後編


――港町アクアマリーナ

ヴィオラが伯爵の元に帰り、二人旅になった。

戦士「東の大陸行きの船が出るまで時間があるな」

戦士「適当に観光でもしよっか」

勇者「うん」

その町の北部の山には、樹齢一億年の大樹が聳え立っている。
月桂樹と近い種だが、全く同じ種類の木は他に確認されていない。

戦士「あっち、綺麗な神殿があるな」

勇者「女神ユースティティアを祀った神殿だよ。行ってみよう」

戦士「あれ……」

勇者「どうしたの」

戦士「いいや、なんでもないよ。この丘のこの場所に、前も来たことあったかなって」


――神殿

天秤と剣を持った女神の像が日の光を浴びている。
台には古い言語で碑文が彫られており、隣に立てられた看板に現代語訳が記されていた。

    我が母ユースティティアにこの像を捧ぐ

    あなたの名の下に法は築かれる

    クリューソプラソシアの地に緑の繁栄あれ 穏やかなる秩序あれ

                   ユースティティアの子 イウス=スマラグディ


勇者「不思議な力で守られているらしくてね。神殿そのものは何度も立て直されているけれど、」

勇者「この像は一億年前からずっと残っているそうだよ」

戦士「……なんか既視感あるなあ。懐かしい感じがする」

勇者「きっと、縁があるのかもしれないね。一緒にお祈りしようよ」

戦士「ああ」


――東の大陸

木樵「ダグザの息子のオグマです。初めまして」

僧侶「ヘリオスさん、アルカさん。ご結婚おめでとうございます」

傭兵「おめでとう」

戦士「ああ、ありがとう」

勇者「ありがとう。エイル……君こそ、幸せになれたようでよかった」

僧侶「赤ちゃん、抱っこしてみますか?」

勇者「いいのか?」

勇者「……ちっちゃいな。でも、重たいね」

勇者「これが……命の重みなんだね」

僧侶「ええ」

僧侶「へリオスさんも、どうですか?」

戦士「お、落とすのが怖いから遠慮するよ……弟妹や親戚の子なら抱き慣れてるんだけど」


僧侶「ダグザさんからお見合い話を持ち掛けられて、オグマと何度か会っていた時、」

僧侶「あなた達のことが思い浮かんだんです。そして気づきました」

僧侶「女性は、手の届かない所にいる、愛してくれない人を思い続けるよりも、」

僧侶「一心に愛してくれて、一緒にいて心が穏やかになる人と共になった方がずっと幸せだということに」

エイルは魔王討伐以来、聖女として崇められていた。

求婚者は多数いたものの、自分が愛することができるのは誰なのか、
そして自分を真に愛してくれる者は誰なのか……悩み迷っていた。

そんな時、ふっとパズルのピースがはまった感覚を覚えた相手が、
他の求婚者達よりも遥かに素朴だが、表裏のない純朴な今の夫だったのである。

傭兵「本当にこんな地味な奴でよかったのか?」

僧侶「もう、お義父さんたら」

僧侶「これをどうぞ」

二人はエイルから二つの首飾りを手渡された。
ペンダントトップは半分に割れていて、それぞれの鎖に通されている。

勇者「……綺麗」

僧侶「私が勤めている教会で新郎新婦にお渡ししている、つがいのネックレスです」

僧侶「あなた達が夫婦となったことを、心から祝福したします」





勇者「赤ちゃん……可愛かったなあ」

戦士(子供かあ。授かれたら儲けもんくらいに思ってるけど、)

戦士(生まれたら生まれたで幸せだろうな。その分大変だけど)

戦士(俺は兄弟が多すぎて、毎日戦争だったからなあ……)

戦士(もし授かれたとしても人数はほどほどにしておこう)

勇者「ちょっとだけ、怖くなくなったかもしれない。だって、将来が楽しみだから」

戦士「そっか。良かったよ」


紙芝居職人「……おや。懐かしい顔だ」

勇者「……お久しぶりです」

紙芝居職人「死んだと聞いていたが、とても信じられなくてね」

紙芝居職人「勘が当たったようだ。安心したよ」

紙芝居職人「君の……君達の旅の話を聞かせてくれないかね」

紙芝居職人「丁度、新しい芝居を書きたいと思っていたところだ」

この時作成された“瑠璃の国の姫と騎士”は後に絵本に編集され、
後世まで語り継がれる人気作となったが、それはまたいつかの話。




勇者「……不思議な気分だよ。もう二度と再会することはないと思っていた人と、」

勇者「またこうして話ができるなんて」

勇者「そして、心を閉ざしていたあの頃よりもずっと、笑顔で触れ合える」

勇者「これは全て……あなたのおかげ」

戦士「そんな……アルカさんが俺に力を与えてくれたからだよ」


――紅玉の国 プティア

英雄「この子俺の長男、アークイラ」

英雄長男「…………」

勇者「賢そうな子だね」

英雄「髪の色は俺に似ちゃったけど~、顔つきマリナそっくりでしょ~えへへえへへ」

戦士「家庭を優先しすぎて降格されたって聞いたけど大丈夫か?」

魔法使い「大丈夫じゃないわよ……まったくもう。すっかり腑抜けちゃって」

英雄「えへへ~」

魔法使い「昇進するまで二人目を作るのは見送りましょう」

英雄「えっ」

戦士(稼ぐためには働かなければならない)

戦士(しかし仕事を優先しすぎたらアルカさんの負担が大きくなってしまう)

戦士(俺はちゃんと両立できるのだろうか)

戦士(……できるかできないかじゃない。やるんだ)


英雄「今週中は、新年を祝う大きな祭りをやってるんだ」

英雄「宝石を贅沢に飾ったイルミネーションがほんと綺麗でさ」

英雄「二人で行ってきたらいいよ。あ、これ屋台の割引券。貰いすぎて使いきれないからさ」

戦士「お、悪いな。ありがとう」


――夜

戦士「……こりゃすごいな」

ルビーやサファイア等、様々な宝石が町中を飾って輝いている。

戦士「お腹空いてないか? 屋台で適当に何か買おうか」

勇者「そうだね」


戦士「栄えてるなー……俺の国とは大違いだ。すごくキラキラしてる」

勇者「あなたの国も豊かではあるだろう?」

戦士「貧しくはないけど……なんていうか、地味だ」

戦士「にしてもこれ美味いな……アキレスの奴いい国に住んでるな」

勇者「……いい時代だね」

勇者「人々が喜びで満たされ、脅威に怯えることなく日々を過ごすことができる」

戦士「魔族がいた頃は……祭りやってても緊張感を捨てられなかったなあ」

勇者「憎しみを忘れて、穏やかな心で見る世界は……綺麗だ」


戦士「ちょっと静かな所に行かないか。ずっと賑やかな所にいるのも疲れるだろ」



二人は町の中心部から離れた展望台から景色を眺めた。

戦士(他にもカップルの一組や二組いるだろうと思ってたが……俺達だけか)

勇者「……こうして見ると、町が天の川みたいだ」

真っ暗な草原の中で、王都とその付近の街道だけが激しく輝いている。

戦士「また来たいな、ここに」

勇者「その時は……子供と、一緒がいいな」

勇者「……………………」

勇者「……お願いがあるんだ」

勇者「キス、してほしい」

戦士「……わかった」


勇者「っ……」

勇者「触れるだけじゃだめっ!」

戦士「んぐっ」

戦士(し、舌が……痺れる……)

戦士(そういや俺キスの仕方知らないや……)

戦士(か、絡めればいいんだよな)

勇者「んっ…………」

勇者「ぷはっ…………はあ」

戦士(キスは甘いとはよく耳にするけど……こういうことだったんだな……すごい)

勇者「……あのね、私……キスするの、今ので、初めてだから」

勇者「ファーストキスは……あなたに捧げることができた」

戦士「俺も、ファーストキス……あなたに捧げられてよかった」


――南の大陸 ヘリオスの故郷

戦士父「長男だからって適当に育てすぎてすまなかった」

戦士父「だから家建てさせてくれ」

この地域では末子相続の風潮が強い。
末子以外は18の成人と同時に一定の財産を貰い、自立するのが一般的だ。

ヘリオスは成人した際は旅の途中だったため、まだ何も受け継いでいない。

戦士母「完成するまでうちで我慢してね」

戦士「しばらく同居になるけど……大丈夫?」

戦士「町の方で仮住まい探すこともできるけど」

勇者「こっちの文化を早く覚えたいから、ここがいい」

勇者「お世話になります」


国王「よくぞ戻ってきた」

国王「よし、お主はこの国の象徴として将軍に取り立てよう」

戦士「いやあのいきなり将軍になってもまともに仕事ができないと思うのです」

戦士「どうか下っ端から始めさせてください」

戦士(稼ぎのことを考えると将軍の話はおいしいんだが)

戦士(流石に俺は将軍なんてガラじゃない……)

国王「では褒美を授けよう。欲しい物はあるか」

戦士「いえ……特に……」

国王「相変わらず欲のない奴じゃのう……」

国王「何かしら褒美を授けさせてくれないと、ドケチな国だと悪評が立ってしまうではないか」

戦士「ひい……」

国王「住まいは決まったのか?」

戦士「現在設計を立てている途中でございます」

国王「ふむ。では住居の建設を手伝おう。英雄に相応しい立派な家にしてやろうぞ」

戦士「ええ……」


――――――――
――

戦士(仕事きっつ……)

戦士(同居生活が始まって一ヶ月……アルカさん色々我慢してるんじゃないかなあ)

戦士(お袋も押しが強い性格だし……)

戦士(この村じゃあアルカさんの肌の色目立つから好機の目で見られてストレスも溜まってるかもしれない)

戦士「あー……はあ」

戦士(大丈夫かなあ)

戦士「ただいまー」

戦士「あれ、妹達は?」

戦士母「二階に集まってワイワイやってるみたいよ」


妹1「お義姉さん美人だから何付けても似合う~」

妹2「これ! これ付けてみて!」

姉「ちょっとごついわねそれ。こっちのちょっと地味なやつの方がアイツの好みよ」

妹3「次はこれ着て!」

姉「いいわねそれ。露出の少ない服の方がアイツ喜ぶから」

妹4「おねえちゃん可愛い~」

末弟「かわいい!」

戦士「何やってんだ……」

妹達やアルカさんを着せ替え人形にして遊んでいた。
嫁に行ったはずの姉や上の妹までいる。

勇者「……ヘリオス。おかえりなさい」

勇者「この格好……似合うかな」

戦士「っ……」

戦士「似合ってるよ。とても」

姉「言ったでしょ。そういうのがヘリオスの好みだって」

勇者「ありがとう、お義姉さん」

戦士(なんで姉貴が俺の趣味知ってるんだよ……)


――――――――
――

戦士「……立派な家が建ったもんだなあ。たったの二ヶ月で完成したなんて信じられない」

戦士(俺の家とは思えない……そもそもこの家で俺はリラックスできるのか?)

戦士(ボロ屋育ちだからな……)

戦士(大体この家浮きすぎてる。地味な村にこんなでかい家目立ちすぎだって)

戦士(いかにも泥棒に狙われそうだ……)

勇者「わあ! 思い描いてた通りの間取りだ」

勇者「これだけ広かったら、いっぱい子供が生まれても大丈夫だね!」

戦士「……そうだな」

戦士(まあいいか。アルカさんにはいい生活してもらいたいし)

戦士(あとはこの家を守れるだけの稼ぎを得られるよう頑張らなきゃな)


――――――――――――
――――――――
――

戦士(あの後初夜を迎えて……意外とすぐエリウスができて)

戦士(妊娠がわかった時、アルカさん泣いて喜んでたなあ……俺もちょっと泣いたっけ)

戦士(んで子供が増えて昇進して増えて昇進して……)

戦士(嫉妬で嫌がらせはされるし部下が増える度に責任は重くなるし)

戦士(段々家庭のこと手伝えなくなるし……)

戦士(親族や近所の人達と手伝い合うのが普通の環境だったことにはかなり感謝している)

戦士「あー……隠居したい」

長男「この頃休日寝てばっかだね」

戦士「年取るとな……子供と遊んでやる体力なくなっちまうんだよ……」


戦士「おまえ今どのくらい稼いでるっけ?」

長男「それ言ったら父さんやる気なくすでしょ」

戦士「真面目に働いてるのが馬鹿らしくなるな」

三女「お父さん、肩叩いてあげる」

戦士「おー……すまんな」

次女「白髪ぬいたげる!」

戦士「いでっいでっ白髪はほっといてくれ!!」

次女「あきゃきゃきゃきゃ」

戦士(こいつらがいなかったらそれはそれで寂しいんだろうな)

戦士(今は……この騒がしさを味わっておこう)


回想 終

ここで一旦きり


赤ちゃんはどこからくるの?


長女「もしもし。そう、わかったわ」

ピッ

長女「兄さん、今日晩御飯作れる?」

長男「いいよ」

長女「ありがとう。今晩、お父さんとお母さん町でデートしてくるんだって」

長女「でも、私明日テストだから……助るわ」

長男「デートねえ。こりゃまた兄弟が増えるな」

次男「ねえ兄ちゃん、兄弟ってどうやって増えるの?」

長男「それはなアルバ、男の体がこうなってるだろ。んで女の人の体が……」

長女「ちょっと兄さん」


長女「もっと定番の……ほら、あるでしょ」

長男「……ああ」

長男「コウノトリが母さんの腹ん中に赤ちゃんをブチ込むんだよ」

次男「ええっ痛くないの!?」

長男「キンタマ蹴られる五千倍の痛みらしいぞ」

次男「うわあ……」

次男「あれ? でも……」

次男「じゃあなんでお父さんとお母さんがデートしたら兄弟が増えるの?」

長男「夫婦でお出かけしないとコウノトリに会えないんだよ」

次男「ああ、そっかあ」

次男「じゃあ、どうして子供は親と似てるの?」

長男「コウノトリが父さんと母さんから体の細胞を採取して子供を合成するんだよ」

次男「へええ! コウノトリってすごいんだね!」

次男「やっぱり兄ちゃんは物知りだなあ」


長男「……なあアルバ、おまえ、自分の名前に疑問を覚えたことはないか?」

次男「え?」

長男「『アルバ』って女の名前だろ」

次男「そうだね。男なら普通アルバンだよね」

長男「おまえ、実はコウノトリじゃなくてさ」

長男「アルバトロスって鳥に作られたんだぜ」

次男「アルバトロス?」

長女「ちょっと兄さん何言い出すの」


長男「だからおまえの名前はアルバなんだ。トロスという名の生き別れの双子の弟もいる」

次男「ええ!?」

次男「今トロスは何処にいるの!?」

長男「さあな……きっと、おまえを探してこの世界の何処かを旅してるだろうよ」

次男「そんなあ! 俺もトロスを探しに行く!」

長女「待ちなさいアルバ!」

次男「やだー行くー!」

長女「もう、兄さんたら!」

長男「まあ待てアルバ。迷子はその場でお母さんを待っていた方がいいって言うだろう」

長男「今飛び出したら余計会えなくなるぞ」

次男「そっかあ」


長男「ちなみにな、アルバ」

長男「アルバトロスって鳥は、現代語でなんて名前になってるのか知ってるか」

次男「知らない」

長男「アホウドリだ」

次男「えっ……」

長男「だからおまえちょっとアホなんだぞ」

次男「…………」

次男「うわあああああああああああああああああああん」

長男「あひゃひゃひゃ」




戦士「おまえまたアルバをからかって遊んだだろ!」

次男「ううぇ……ぐずっ」

長男「え、あ、ごめんなさい」

戦士「ヘラヘラするんじゃない!」

長男「ヒィ!」

次男「えぐっえぐっ」

戦士「まったくおまえは! 一体誰に似たんだ!」

長男「息子がこんなんじゃ安心して母さんとデートできないねははっ」

戦士「っなんだその態度は!!!!」

長男「ひっ」

長男「ちょ」

長男「あの父さん」

長男「ごめんなさ」

長男「うわあああごめんなざあ゛あ゛ああああああああああああああああい」

この後滅茶苦茶説教された。


おしまい

アルカは子供ができて自然とああなった感じなので豹変した決定的瞬間とかはないです申し訳ない

需要がある話はもしまとめることができたら投下するかもしれません
初夜はここじゃ投下できないので続編スレが余ったらそっちでやるかpixivでやるかします……申し訳ない


詩と占い


詩人「またしても残念な美形ランキング1位か……」

アポロン君は大学の廊下の掲示板に張り出されたミスターコンテストの結果を眺めていた。
毎年学園祭の時期になると、勝手に誰かがアンケートを取り出してミスコンやミスターコンを行っている。

本人が参加しようと思わなくとも、勝手に投票されてしまうのだ。
彼が残念な美形ランキング1位に輝くのは、これで5回目。

入学1年目以来毎年のことである。

詩人「何故だ……何故僕が“残念な”美形1位なのだ……」

詩人「その上、普通の“美形ランキング”では8位……納得いかない……」

実際、アポロン君はとんでもない美形である。
しかし、プライドの高さからくる特殊な性格により“美形ランキング”では順位を下げてしまっていた。


詩人「おのれえええ!!」

アポロン君は地団駄を踏んだ。

道行く学生や教授達は、その彼を見て(ま~たやってる……)と、
ある者は白けた目を向け、ある者は生暖かい眼差しを送り、ある者は大して気にも留めず去っていく。


彼は容姿が優れているだけでなく勉学においても優秀である。
通常、大学に行くためには6年通うことになる上級学校をたったの3年で卒業している。

在学していたのは4年間だが、その内の約1年間は自分探しの旅に出ていた。

大学入学後も1年飛び級し、
大学院の1年生となった今でも、教授達からは大いに期待を寄せられていた。

「キャーもうたっくんったら~」

「あはは~」

詩人「…………」

彼は中庭でイチャついているカップルに般若の眼差しを向けた。

アポロン君にはもう1つ悩みがあった。
そう、彼女ができないのである。長続きしないと表現した方が正しいだろう。


容姿端麗、成績優秀。運動神経も抜群とまではいかないがそこそこ優れている。
こんな自分が残念なはずはない。モテモテで当然だ。アポロン君はそう思っていた。

実際、彼に憧れる女性はそう少なくはない。

しかし、彼女達は皆彼のプライベートな面を知らないのだ。
知らないからこそ容姿と実績で憧れることができるのだ。

詩人(告白されて付き合ってもすぐにフラれるのは一体何故なんだ)

彼にはその理由がわからなかった。
何故なら、彼の自己評価があまりにも高すぎるからだ。


詩人(ふん。こうなったら孤高の秀才として輝いてやろう)

アポロン君は開き直るのが得意である。

詩人(僕の魅力を理解しきれない者達と無理に群れを成す必要なぞない)

詩人(彼女なんてできなくてもいいさ。純潔を貫くのもいいだろう)

詩や物語にあるような、運命的な恋をしたい。
本当はそう思っていたのだが、彼は恋なんてしなくていいと意地になっていた。


カメラマン「もう少し柔らかく微笑んでくださいねー」

そしていつも通りモデルの仕事をこなし、アポロン君は帰路に就いた。



   「きゃあ!」



彼のすぐ近くを歩いていた女性が声を上げた。
自動二輪車に衝突されかけ、転んでしまったのだ。

詩人「怪我はないかね」

アポロン君は彼女に手を差し出した。


占術師「え、ええ……ありがとうございます」

詩人「便利な乗り物が普及したのはいいが、」

詩人「マナーがなってない者が多い上に法も整備されきっていない」

詩人「まったく困ったものだね。では僕はこれで」

占術師「あの……もしよろしければ、お礼にお茶をご馳走させていただけませんか?」

詩人「…………」

アポロン君は彼女の顔を漸く直視した。

詩人(非常に美しい。正に女神だ)

詩人(しかし色恋にふける気分ではない。帰ろう)

占術師「ご、ご迷惑でしたか? 申し訳ありません……」

アポロン君は罪悪感を覚えた。

詩人(この麗しき女性に恥をかかせたくはないな)

詩人「では世話になろう」


――洒落た喫茶店

詩人「ふむ。良い店だね。茶も美味い」

詩人「路地裏の奥にこのような喫茶店があるとは知らなかったよ」

大通りから少し離れているため、店内は静かだ。
木々が生い茂った庭には陽の光が差し込み、小鳥がさえずっている。

占術師「ここだと、落ち着いて占いをすることができるんです」

詩人「ふむ。君は占いが得意なのか」

占術師「ええ、アポロンさん」

詩人「僕の名を知っているのか」

占術師「ええ。有名ですもの」

詩人(そういえば、僕も彼女を見たことがあるような気がする)

詩人「学部生かね」

占術師「ええ。4年のカッサンドラ・ハイアシンスと申します」


詩人「4年生? ならばこちらも名前を知っていてもおかしくないはず」

アポロン君の本来の同期は現在の4年生であるためだ。

占術師「私、去年は病気で休学していたんです」

詩人「ああ、そういうことか。……カッサンドラ。神話では僕は君に求婚しているな」

占術師「そして、私は予言の力を与えられ……あなたに捨てられる未来を見てしまいます」

詩人「僕は君にフラれた腹いせに、君の予言が誰にも信じてもらえない呪いをかけた」

詩人「酷い話だ。僕はこの名を誇りに思っているし、名に恥じない人間になったつもりだ」

詩人「しかし神話のアポローンほどしつこくはないし腹いせを行うほど愚かではない」

一応事実である。アポロン君は気持ちの切り替えが早い。

詩人「不誠実な真似は嫌いなのだ」

占術師「真面目な方なのですね。素敵です」

詩人「!」

詩人(性格を褒められるなんて珍しいこともあるものだな)

詩人(いや、珍しくなぞないはずだ。僕は人格も優れている)

詩人(……本当にそうだろうか?)


占術師「あなたの今と未来を占いましょう」

カッサンドラが目を伏せ、タロットカードのデッキに手を向けると、
78枚のカードが宙を舞った。

詩人(珍しい。本物の占術師か)

この世界において、占いは大きく分けて3種類ある。

1つ目はただの迷信。2つ目は統計に基づいたもの。

3つ目は、霊力を用いた呪術的な占いである。
基本的に、生まれつき才能を持った者のみが使うことができる。

占術師「……1枚目。逆位置のクイーンオブワンズ」

占術師「負けず嫌いな性格のために、ご自分を苦しめているようですね」

詩人「まあ生まれつきだね。だがこの性格のおかげで自分を磨くことができている」

占術師「ええ。競争心は成長にかかせないものです」

占術師「あなたは何処へ行ってもきっと出世することができるでしょう。素晴らしいです」


占術師「しかし、常に“勝ちたい”という気持ちに心を支配されていると、」

占術師「本来進むべき道を見失ってしまいます」

占術師「人生は勝つことが全てではありません」

詩人「ふむ。君の言う通りだ」

アポロン君は彼女の言葉に心を揺さぶられた。
アポロン君の性格に関することを面と向かって言及する人物など滅多にいないからだ。

アポロン君は、その嫉妬心の強い性格から、ヒステリックな人間だと誤解されがちである。

そんな彼の機嫌を損ねたり、恨みを買うのが怖かったりして、
周囲の人々は必要以上に彼の内面について口に出そうとはしないのだ。

だが案外アポロン君は素直だ。
指摘された内容が正しければ己を顧みるし、納得いかなくともしばらくはそれについて考える。

占術師「そして、あなたの未来を予言する2枚目は……正位置のトゥーオブカップス」


占術師「あなたは素敵な恋をするでしょう」

占術師「そしてその恋は愛情に変わり、末永く続きます」

詩人「それは楽しみだ」



詩人(不思議な女性だったな……)

詩人(何故だか親しみやすかったし、こちらから距離を縮めたいと思えた)

アポロン君は屋敷に帰った。

「子供は田舎で伸び伸びと育った方がいい」という親の方針で、
幼い頃は隣村の小さな家で過ごしていたが、
彼の祖父はそこそこ地位のある貴族であり、いくつかの会社の経営も行っている。

上級学生時代は祖父母と同居し、そして18になったと同時に祖父が所有している屋敷の内の一軒を受け継いだのだ。

詩人(この僕相手に素直に自分の意見を話すことができるなんて、)

詩人(儚げな容姿からは想像できないほど己の軸がしっかりしているのだろう)

詩人(さらさらと流れる月の色の髪。この国の人間にしては白い肌)

詩人(連絡先を聞いておけばよかった)


――――――――
――

詩人(……会いたい)

教授「この頃貧乏揺すりが激しくないかね」

詩人「失礼」

詩人(落ち着かない……)

アポロン君はカッサンドラのことが気になって仕方がなくなっていた。

詩人(彼女と共にいる間は穏やかな気持ちになることができた)

詩人(この僕がだ)

詩人(常に競争心と他人への嫉妬心に支配されているこの胸が安らいだ)

詩人(図書館に行こう)

詩人(何か詩でも読めば少しは気も晴れるかもしれない)


――文学部図書室

詩人(やはり恋の詩集がいいな)

詩人(む。これは僕がついこの間執筆した本ではないか。そうか、仕入れたのか)

詩人(この図書室の管理人は優秀だな)

オルフェウス名義で出版している本はいずれも大ヒットしており、
アポロン君は学生でありながら生活に充分過ぎる収入があった。

占術師「あら、アポロンさん。こんにちは」

詩人「あっ……」

詩人「……図書室にはよく来るのかい」

占術師「ええ。いつも奥の席で本を読んでいます」

占術師「私はよくあなたを見かけていましたよ」

詩人「そうか。まあ僕は目立つからね。その場にいたらわかりやすいだろう」

2人とも図書室には頻繁に訪れている。

しかし、アポロン君はいつも考え事に夢中で、
ただ同じ教室にいるだけの人間のことはいちいち記憶に残してはいなかった。


詩人「おっと。大丈夫かね」

アポロン君はふらついたカッサンドラの体を支えた。

占術師「ああ、ごめんなさい。眩暈を起こしてしまいました」

詩人(病気で休学していたと言っていたな……今でも体が弱いのかもしれない)

詩人(妙に保護欲を掻き立てられる)

詩人「共に語り合いながら詩を読まないかね」

占術師「楽しそうですね。では、ぜひ」

本来は静かにしなければならない図書室だが、会話することを認められているコーナーがあった。
2人はその一角の席に座り、詩について語り合った。


詩人「君の知識量は凄まじいな……あらゆる神話のことを記憶しているとは驚かされたよ」

占術師「アポロンさんの歴史の知識こそすごいです」

占術師「歴史を知っていると、神話の見方が違ってくるんですよ」

占術師「神話はただの古い物語ではありません」

占術師「政治的理由により、時代と共に変化しているものです」

占術師「一億年前の原初神話が何故形を変えたのか、どのように利用されていたのかは、」

占術師「歴史に詳しくないと考察できないのです」

詩人「これからも知識を交換し合おうではないか」

それ以来、2人はしばしば顔を合わせるようになった。

毎回約束をするわけではなく、たまに図書室に来て、
もし会うことができたら話すという程度の気楽な付き合いだった。

場所が文学部図書室とは限らなかった。
全学部の学生が訪れる総合図書館で偶然会うこともあった。


後輩1「アポロン先輩この頃優しくならなかった?」

後輩2「ねー不気味ー。細かい気配りができるようになってる」

後輩3「薔薇のトゲが取れましたって感じよね」

後輩4「あんなのアポロン先輩じゃない」

アポロン君の精神状態は随分変化した。
他人を見下すことが圧倒的に減り、必要以上に他人に嫉妬することも少なくなった。

穏やかになったのである。
それを不気味がる人間が後を絶たなかったほどだ。


それからしばらくした頃。

男「今度食事行こうよ。この間占ってくれたお礼に奢るからさ」

占術師「……すみません、通してください」

占術師「私、そろそろ病院に行かなければいけないんです」

男「じゃあ送ってくよ。車買ったんだ」

占術師「ええと……」

男「ほら」

詩人「何をやっているのかね。彼女は困っているじゃないか」

男「おまえ、この頃彼女とよく一緒にいるようだな」

男「アポロン君、おまえは一体彼女の何なんだ」

詩人「この僕を『おまえ』呼びするなんて、随分自分に自信があるようじゃないか」

詩人「ちょっと背が高いからって調子に乗らない方がいいよ、ザン」

男「ほう、いくら顔が良くとも身長にはコンプレックスがあるようだな?」

詩人「口を慎みたまえ」

男の背は175ほどだ。そして、アポロン君の身長は169.9。
ギリギリ170に届いていない。彼はとにかくそのことを気にしていた。


詩人「とにかく引きたまえ。しつこい男は嫌われるよ」

詩人「行こうか、キャシー」

占術師「ええ」

男「…………あの男……!」



詩人「あいつと何かあったのかね」

占術師「この間、共通の知人に頼まれて、無料で彼の金運を占ったのです」

占術師「それ以来、よく食事に誘われるようになってしまって……」

詩人「ふーん?」

詩人「彼はこの間恋人に別れを告げられたばかりだ」

詩人「まだ心に平穏が戻っていないのかもしれない」

詩人「用心した方がいいだろう」


――――――――
――

男「やあ、アポロン君」

詩人「何の用かね」

男「あの時の問いの答えをまだ聞いていない」

男「おまえは一体彼女とどのような関係なんだ」

詩人「親しい友人だ」

男「ほう、友人か。ならば君に口を出される筋合いはないな」

詩人「ふーん?」

詩人「友人が困っていたら助けるのは当然だと思うがね」

男「恋は多少なりとも相手に迷惑をかけてしまうものさ」

男「最初はアプローチに戸惑っていた女性が、」

男「結局は相手を受け入れる……なんて話は何処にでも転がっているだろう」

詩人「それが彼女に迷惑をかけていい理由になるとでも?」

男「ああそうだ」

詩人「ふーん? ……ふーーーん?」

男「ヒィッ! その顔はやめろ!」


アポロン君の般若顔は、人の恐怖心と逃げようとする本能を刺激する。
睨まれた人間はまず腰を抜かしてしまうのだ。

詩人「まーーーーーー僕も彼女には恋をしているからね」

詩人「僕と君はライバルというわけだ」

詩人「まっ、僕の方が圧っっっっっっ倒的に有利だと思うけどぉぉぉ?」

男「ほう? 女と長く続いた試しのない割には自信があるな?」

詩人「いつまでも未熟な僕ではないよ????」

男「なっ……」

詩人「何を驚いているのかね」

男「いつものおまえなら『僕の魅力がわからない女性が浅はかなのだ』と言うところだ」

詩人「カッサンドラが僕を変えてくれたのさ」

男「……君には負けたよ。じゃあな」

詩人「随分素直だね?」


男(なああああああああんてなあ)

男(正面からあいつを敵に回すと面倒だからな)

男(引いたフリをしたのだ!)

詩人(引き際が良すぎる。怪しいな……)




占術師「この頃、ザンさんから毎日恋文が送られてくるの」

占術師「大学の帰りも、いつも張り込まれていて……」

友1「熱心ね~、それくらい好かれてるってことでしょ?」

占術師「でも、不自然に鉢合わせすることが多くて」

友2「怖いねそれ」

カッサンドラの穏やかな人柄を慕う友人は年齢・学年問わず多い。
1年休学しても茶飲み友達がいなくなることはなかった。


友3「アポロン先輩よりマシじゃない?」

友4「ザン先輩って顔は普通だけど、彼女をとっても大事にするって評判だったしね」

友1「アポロン先輩選ぶよりずっといいよ」

友2「……アポロン先輩はね~……ほら、性格アレだから。絶対苦労するよ」

友3「彼女とっかえひっかえで長続きした試しがないってもっぱらの噂だし」

占術師「…………」

男「…………」

ザンはその様子を柱の陰から見ていた。

男(こっそり悪い噂を流すまでもなかったな…………)

占術師「でも彼、ちょっと不器用なだけで根は悪い人じゃないわ」

占術師「それに、とても楽しい人なの」

友1「まあ確かにある意味面白いけど」

友2「あなたってほんと人のいいところを見つけるの得意よね」

友2「短所も長所に言い換えちゃうんですもの」

男「やあカッサンドラ。もうすぐ4限が始まるよ。行こう」

ザンは4限の授業のティーチングアシスト、すなわち教授のパシリを務めていた。

占術師「あの……自分で行きますから」

男「体の弱い君が1人で教室に向かって倒れでもしたら大変だ。付き添うよ」

友1「あら、紳士だわ」

友3「優しいのね」

友4「お言葉に甘えたら? キャシー」

占術師「……困ります!」


カッサンドラはその場から走り去った。

男「ははは、照れさせてしまったようだ」

男「ああいったタイプの子はシャイだからね」

友2「あの子、見た目に反して意思表示が強いですよ」

友2「意外とって言ったらあの子に失礼ですけど、流されにくいんです」

友2「本人嫌がってるみたいですし身を引いてあげてください」

男「何を言っているのかわからんな。じゃあ俺は彼女を追いかけるよ」



占術師「はあ、はあ」

占術師(少し走っただけで、こんなに疲れてしまうなんて……まだ教室は遠いのに)


後輩2「アポロン先輩、キャシーがあそこで息切らしてますよ」

詩人「む……行ってくるよ」



男「やっぱり1人で出歩くのは危ない。ほら、肩を貸そう」

占術師「いやああ!」

男「ああ、すまない。外で男と触れ合うのははしたないことだ」

男「慎ましやかな君が嫌がるのも無理はないね」

男「だけど俺達は運命の赤い糸で結ばれているんだ。さあ手を取って」

詩人「待ちたまえ。君は彼女を諦めたのではなかったのか」

男「俺はただ彼女を助けようとしているだけなのだが?」

詩人「運命の赤い糸がどうのこうのと聞こえたのだが????」

男「チッ……君は俺と彼女の邪魔をする悪魔だな」

詩人「この麗しき詩人を悪魔とは……呆れたものだな」

男「いい加減ナルシストを治したらどうなんだ、このチビ」

詩人「だぁれぇがぁちぃぃびぃぃぃだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁってぇぇぇぇぇぇぇ????」

アポロン君の顔が般若になった。いつもの5割増しの恐ろしさである。
辺りに闇が漂い狐火が舞い始めそうな気がするほどだ。

男「うわああああああああああ」


詩人「僕がキャシーを教室まで送る。授業中、決して彼女に妙なことをするなよ?」

男「ひぃぃぃ」

占術師「あの、アポロンさん」

詩人「心配要らないよ。僕はもう彼に容赦しないからね」

その後、ザンはティーチングアシストをサボった。
あまりにも恐ろしいアポロン君の顔がトラウマになり、寝込んでしまったのである。



プッツンしたアポロン君の行動は凄まじかった。
ストーカー男をストーカーし返し、ストーカーの証拠を掴みまくったのである。

詩人「ふふふ……最新のカメラ機能付き携帯機の恐ろしさを思い知るがいい」

そして、男の偽名を使って毎日恋文を彼の自宅に送った。

男「このままでは……後ろの処女を奪われてしまう……」

もちろん、収集したストーカーの証拠は国家憲兵に送り付けた。
ザンはカッサンドラへの接触禁止令を言い渡された。


男「この頃ずっと視線を感じるし、無駄にクオリティの高い変なポエミィな手紙は来るし……」

男「うぅ……」

男「あ、カッサンドラ!」

詩人「ふーん?」

男「ひっ……ど、どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって!」

男「だが恋は障害が多ければ多いほど燃え上がるものだ!」

詩人「諦めが悪いね。……ああ、そうだ。1つ教えておいてあげよう」

詩人「君のお父上が勤めている会社、僕のおじい様の孫会社なのだよ」

男「えっ……」

詩人「ではさらばだ」



占術師「彼、もう何もしてこないでしょうか」

詩人「大丈夫だと思うがね」

詩人(自分のではなく、おじい様の地位を使って脅してしまった。恥だ)

詩人(だが相手が相手だ。使える手段は使っておかなければ)

詩人(最優先すべきは彼女の安全の確保だ)


詩人「君はよく僕と交流を続けられるな」

詩人「僕が本気で怒った時の顔を見た者は皆僕から離れていくのだが」

占術師「まあ、そうなんですか」

占術師「頼もしいなって、思いましたよ」

詩人「そうか」

占術師「私のためにあそこまでしてくださって、本当に感謝しています」

詩人「まあ僕が勝手にやったことだ」

占術師「何かお礼をさせてください」

詩人「では1つ頼みを聞いてもらおうか」

詩人「恋の詩を聞いてほしい」


詩と占い 終

ここまで



※途中で転載するのは構いませんが、現行スレであることを明記してください
先に投下した話で敷いた伏線は後の話で回収し、続編スレでではなくこのスレ内で完結する構造になっているため、
転載されたところまででSSが終わっていると誤解されると困るからです


目尻コンプレックス


戦士「目尻がなあ……似ちまったんだよなあ」

ヘリオスは息子、エリウスの両目尻に親指を添えた。

戦士「この目つきのせいで怖がられたりとかしてないか?」

長男「むしろ切れ長の瞳でかっこいいって評判だけど」

戦士「あ……ああ……そうか」

戦士「全体の顔つきが違うだけでそこまで変わるのか……はあ」

先月十一歳になったエリウスは、母親似の美形で肌が白い。
学力も高く、飛び級に飛び級を重ねて現在は上級学校の最終学年に在籍している。

戦士「父さんがおまえくらいだった頃は、悪人面だって女の子に怖がられてなあ」

長男「父さん、自分で思ってるほど怖がられてなかったみたいだよ」

長男「こないだ聞いたんだけど」


――――――――

近所の奥さんA「ヘリオスったらすっかりいいお父さんになったわね~」

近所の奥さんB「こんなことなら義務教育生時代に仲良くなっとけばよかったわ」

近所の奥さんA「無理よ~あいつ女子とまともに話せなかったもの」

近所の奥さんC「不憫な奴だったわよね」

近所の奥さんC「自分が怖がられてると思い込んで卑屈になってたのよね」

近所の奥さんB「そりゃ最初は怖くても、」

近所の奥さんB「何年も同じ学校に通ってたら根はいい奴だってこっちも普通にわかるのにね」

――――――――

長男「って」

戦士「そ、そんな会話を近所の奥さん方が……」

戦士「俺の薄暗い少年時代は一体なんだったんだ……?」

長男「父さんとほぼ同じ顔のアルバだって女友達たくさん作ってるじゃん」

戦士「…………」


次男のアルバは、今日も外で大勢の友達と遊んでいる。
垂れ下がった眉以外はヘリオスの幼少時と瓜二つだ。

長男「目つきのことなんて大して気にする必要ないと思う」

戦士「……おまえの言う通りなんだろうな」

心のどこかに哀愁を覚えながら、ヘリオスは縁側から空を眺めた。

戦士「来年から大学行くつもりなんだろ。どの学部にするんだ」

長男「薬学部」

戦士「そうか。そこに進学して、どんなことやりたいんだ」

長男「植物と子供を作る方法を探す」

戦士「医学部は考えなかったのか」

長男「行きたい研究室があるのが薬学部なんだよ」

戦士「そうか。がんばれよ」

長男「馬鹿にしないの」

戦士「しないよ。父さんよりずっと賢いおまえのことを、なんで馬鹿になんてできるんだ」

勇者「あなたー、明日アポロン君が奥さんと遊びに来るってー!」

戦士「ああ……はあ。折角二日連続で休日が取れたってのに……」


勇者「クレイオーちゃんも一緒だって」

長男「ぅ…………」

戦士「エリウス、明日植物園行かないか」

長男「行く!」

エリウスの目が輝いた。植物好きの少年にとって、植物園はまさに楽園である。

長女「お兄ちゃんが行くなら私も……」


翌日

ヘリオスはエリウスとアウロラを車に乗せて平原を走った。

長女「お父さん、アポロンさんのこと、苦手なの?」

戦士「なんつうかな……」

戦士「父さんには到底理解できない難しいことをアポロン君夫妻と母さんが話してると、」

戦士「仲間外れにされてる感じがして寂しくてさ」


長女「お兄ちゃんは、クレイオーちゃんのこと苦手?」

長男「あいつマジウザい」

戦士「そういう言葉使っちゃ駄目だぞ」

長男「……ごめんなさい」

戦士「ほら、着いたぞ。降りろ」

長男「早く! 早く行こ!」

戦士「服を引っ張るんじゃない」


受付「武器は預からせていただきまーす」

受付「園内一周クイズをしているので、ぜひ挑戦してみてくださいね!」

長女「お兄ちゃん、あのお花なあに?」

長男「ハリエンジュ」

長女「あれは?」

長男「カルミア」

長女「あ、あのお花かわいい」

長男「レンゲソウだ」


長女「あそこ、実が生ってるね」

長男「フェイジョアはおいしいよ」

戦士「売店で売ってたな。帰りに買うか」

長女「いいの? ありがとう、お父さん」

警備員「あのーちょっといいですかね」

戦士「はい」

警備員「その子達は一体何処から誘拐してきたんですか?」

戦士「はい?」

警備員「事務所まで来ていただけますかね」

戦士「あの」

女性職員「怖かったねーもう大丈夫だよ」

長男「え?」

長女「お父さんを何処に連れてくの!? お父さん!!」

女性職員「可哀想に……そう呼ぶように脅されてるのね」

戦士「あのー……ほんとに親子なんですが……」

警備員「人種が違うのに親子を装うなんていくらなんでも無理がありますよ」

女性職員「こんなに怖ーい悪人面の男の人に攫われたら逆らえないよね……」


園長「何事かね」

警備員「不審者を発見いたしました!」

園長「ふむ」

戦士「…………」

園長「ばっかもおおおおおおおおおおおおおん!!!!」





警備員・女性職員「「ずびばぜんでじだ」」

戦士「はあ、まあ、誤解が解ければそれでいいんですよ……ふう」

園長「常連さんになんたる失礼を……まったく」

長女「ぐずっ……お父さん変な人じゃないもん……」

長男「…………」


長男「アルバを連れてきたらよかったね」

戦士「まったくだ……」

長男と長女は北方人種の血を濃く受け継いでいる。
鋭い魔感力の持ち主でない限り、初見で親子だと言われて納得する方が難しいだろう。

園長「このところ、美少年や美少女を狙った事件がこの町で多発しておりまして」

園長「職員の警戒心が高まっていたのです。本当に申し訳ない」

戦士「お気になさらないでください」

戦士「我々兵士も似たようなミスをすることはありますし」

気にしていない体を装っているが、ヘリオスの精神的ダメージは少々大きかった。

強面であることへのコンプレックスを刺激されてしまったからだ。
親子だと思われないことは多くとも、いきなり不審者扱いをされるのは稀だった。

園長「お詫びと言ってはなんですがこちらをどうぞ」

園長「うちの園で採れた木の実や野菜です」

戦士「ああ……助かりますよ。なんせ子供が多いものですから」


戦士「…………」

長男「園内一周クイズ、行ってきていい?」

戦士「ああ。……父さんはそこの喫茶店で休んでるからな」

戦士「なんだか……どっと疲れが……」

長女「お兄ちゃんについてくね」

戦士「離れるんじゃないぞー……はあ」




クイズ係1「世界で一番長生きな木は?」

長男「アクアマリーナの大樹」

クイズ係1「せーかい! スタンプ一個プレゼント!」


クイズ係2「これはなんの木の樹皮でしょーか!」

長男「ポプラ」

クイズ係2「正解! じゃあこれは?」

長男「デザートローズ」

クイズ係2「せ、正解……では三問目!」

長男「オコティージョ」

クイズ係2「四問目と五問目!」

長男「ジャイアントセコイアとセンペルセコイア」

クイズ係2「ぜ、全問正解です……」

長女「お兄ちゃんすごーい!」


クイズ係2「ライオンゴロシの異名を持つ実を二つ挙げよ」

長男「ウンカリーナとハルパゴフィツム・プロカンベンス」

クイズ係2「即答……!? じゃあ、デビルズクローという異名を」

長男「プロボスキディアとハルパゴフィツム・プロカンベンスでしょ」

クイズ係2「…………」

長男「正解してるよね。スタンプちょうだい」

クイズ係2「も、もっと難しいの出しちゃうぞー!」

――――――――

喫茶店店長「誘拐犯に間違われたんですって~!? あははは!」

喫茶店店長「流石ヘリオスさんねえ」

戦士「……はあ」

喫茶店店長「当分この園の笑いの種になっちゃうわね~」

喫茶店店長「魔王を倒した英雄をフフッ犯罪者扱いフフッ」

戦士「……はあ」

喫茶店店長「溜め息多いわよ~」


戦士「ご馳走様でした」

喫茶店店長「あら、もう行くの?」

戦士「やっぱ心配なんで子供の様子見てきます」

――――――――

クイズ係ラスト「スターアニスとよく似たこの木の実、なーんだ。ちなみに毒があるよ」

長男「シキミ」

クイズ係ラスト「そ、その有毒成分は!?」

エリウスはクイズ係が持っていた木の実を食べた。

クイズ係ラスト「わーっ食べちゃだめぇーっ!」

長男「主にアニサチン、イリシン、ハナノミン」

クイズ係ラスト「あぁ……」

長男「気絶しちゃった」

長女「びっくりしちゃったみたいだね」

長女「人前で毒のある植物食べちゃだめだよ、お兄ちゃん」

長男「うん……」



汚男「ぐへへ……」


園内放送「快挙! 激ムズクイズラリーを制覇した少年が現れました!」

長女「全問正解だったね」

長男「景品多すぎ」

長女「キョウチクトウの苗、もらえてよかったね」

長男「うん」

汚男「そこの君達……ちょっと一緒に来てくれないかな……」

長女「ひゃ……」

長男「…………」

汚男「ちょこっと写真撮らせてくれるだけでいいんだよ……」

汚男「スゴイコトはしないよ、性犯罪防止結界に邪魔されちゃうからね」

汚男「だから安心して」

長女「に、逃げなきゃ」


長女「景品持ったままじゃ早く走れないよお兄ちゃん!」

長男「この子を置いて逃げるくらいなら戦う!」

長女「だめだよ、お兄ちゃんの謎魔法、危ないから人に向かって使っちゃだめなんだよ」

長男「自衛のためなら別だ」

汚男「ボク、10歳くらいかな? 大人の男には勝てないよ」

長男「…………」

警備員「うわあ! マジモンの変質者だ!」

警備員「つつつ通報しなきゃ! それとも子供達の救助が先かなあわわわ」

汚男「これ、何かわかるかな? ナイフだよ、ナイフ。大人しくしててね~」

警備員「兵士さん呼ぶには番号なんて打てばよかったんだっけええええ」

長男「近づくな。おまえまともに風呂入ってんのかよ」

汚男「そのまま動かないでね~」

長女「いやぁぁ……」

長男「それ以上近づいたら……」


汚男「うぐふっ!?」

汚男「あっあがっうぎゅががが……」

警備員「へ、変質者が蹲った!? 今の内に拘束し……うわあ」

警備員「吐きながら下痢漏らしてる……」

警備員2「な、何が起きたんだ?」

長男「さっき食べたシキミが役に立ったね」

長男「シキミの中毒症状は嘔吐、下痢、痙攣」

長男「俺の謎魔法やっぱり便利」

長女「うわあ……」

エリウスは食べた植物の成分を自分の魔力に溶かし、自在に操ることができる。
シキミの有毒成分を溶かした魔力を犯人の体に流し込んで撃退したのだ。


戦士「おいおまえ達、何事もなかった……わけじゃなさそうだな」

長女「うわあああああんおとうさあああああん!!」

抱きついたアウロラをヘリオスは抱き返した。

戦士「おーよしよし、怖かったな」

兵士「通報があったのかここか!?」

兵士「犯人はいかにも悪人面なおまえだな!!」

戦士「えっ」

兵士「その女の子を放せ!」

戦士「いやあの」

長女「ふえええええええええええええええ」

兵士「泣いてるじゃないか! この鬼畜な変態め!! 現行犯逮捕だ!!」

戦士「違うんだーーーーーーー!!」


――――――――
――

戦士「……ということがあったんだ」

勇者「大変だったね」

戦士「……はあ。美形じゃなくても、せめて人から怖がられない顔つきだったらな……」

次男「あかるーい雰囲気出せば怖がられないよとーさん!」

戦士「俺はおまえほど器用じゃないんだよ……」

戦士「もうそろそろ寝ような」

次男「うん! おやすみー!」

次女「ばんばばーん!! おねんねだあ!」

勇者「エル、アウロラを守ってくれてありがとね」

長男「おやすみ」

長女「お父さん、お母さん、おやすみなさい」


ヘリオスは1歳になったばかりの三女の寝顔を眺めた。

戦士「姉貴そっくりなんだよなあ……」

戦士「おまえもアルバ兄ちゃんみたいに器用に育ってくれよ……」

美形に生まれなかった娘を憐れみ、そして自分の不器用さを嘆く。

勇者「…………」

勇者「私ね、そんなあなたが大好き」

アルカは後ろからヘリオスに腕を回した。

戦士「…………」

こんな人生もいいかな。愛してくれる人がいるんだから……と、
ヘリオスは温もりに感謝した。

戦士(明日の仕事も頑張ろう)


目尻コンプレックス 終わり


俺の名は片玉のジョナス。クラスを代表する悪ガキだ。
今日、俺は悪ガキ仲間と、その他スケベなクラスメイト数名でちょっとイケナイコトを計画していた。

教室にエロ本を持ち込んだのである。そして見事、放課後まで教師共に隠し通すことに成功した。
ふひひ。いつもよりニヤついた男共が教室の隅に集まってきたぜ。

「このねえちゃんおっぱいすげえな」

「腰のラインがたまんねえぜ」

「ああ~この唇に息子押し付けてえ」

男共は次々と欲求を口に出した。小声でだ。

悪ガキ「おいヘリオス、おまえにもこれ見せてやるからこっち来いよ」

俺は机に座っているクラスメイトに声をかけた。
ヘリオスは真面目だがガリ勉ではない。

それなのに教室に残って宿題をやっているのは、自宅が騒がしくて勉強なんてとてもできる環境じゃないからだそうだ。
兄弟が多い上に家が狭い奴は大変だな。

自分の部屋がねえなら一体いつどうやってオナニーするんだよ。


戦士「え……いや、俺はいいよ……」

と言いつつも、奴は明らかにエロ本に興味を示している。

俺は無理矢理奴の目の前でエロ本を広げた。
色っぽいねーちゃんの絵が数枚並んでいるページだ。

戦士「ムラムラすると勉強に集中できなくなるだろ……」

悪ガキ「別にいいじゃん。なあ、おまえどのねーちゃんが好き? やっぱこの胸出してるねーちゃんだよな?」

戦士「えっと…………これ」

奴が選んだのは、見開きの中で最も露出の少ないねーちゃんだった。
美人だがあまりエロさは感じられない。


悪ガキ「なんで? 照れてんのかよ」

俺はニヤニヤしつつ理由を訊いた。他の連中も不思議そうにしている。

戦士「いや、だってさ……着てる方が……これからの楽しみがあるだろ? 隠してる感じがたまらないし……」

ヘリオスは至って真面目な表情のまま答えた。

悪ガキ「……見えそうで見えないとかならまだ理解できるんだが」

戦士「全部隠れてる方が楽しみが増えるだろ?」

悪ガキ「ええ……?」

戦士「それに、絵相手にこんなこと言うのも変だけど、脱いでるってことは既に他の男に見られまくってるわけでさ……なんか嫌じゃん」

俺達の顔からニヤニヤが消えた。

悪ガキ「ヘリオスおまえ……意外と独占欲強そうだな」

その日からヘリオスのあだ名はムッツリ着衣フェチマンになった。

滞ってますが絶対完結させます……

こっちは多分成人向けページのリンクを貼るのもアウトだと思うので、続編スレの>>677に初夜のシーンへのリンク貼りました


少年と緑ノ精霊王

ある春の日 1

少年「今日からあなたの話し相手に任命されました」

精霊王「おまえ名前なんだっけ」

少年「エレクトロノスっす、イウス様」

精霊王「あーそうだったわ、おまえの名付け親俺だったわ」

精霊王「エレク……トロノス……よし」

精霊王「あだ名はとろろな」

少年「そんなおろした山芋みたいな」


精霊王「俺話し相手寄越せなんて要求したっけ?」

少年「『暇だー人間の話し相手ほしー』というあなたの愚痴を聞いた町長が気を利かせたらしいです」

少年「ついでに供物を届ける係も押し付けられました」

精霊王「そりゃ災難だな」

少年「ほんとっすよ」

精霊王「正直な奴だなおまえ」

少年「まあ暇な次男なんでいいですけどね」

精霊王「おまえが手に持ってる奴何?」

少年「本日の供物っす。ヨモギと米を練り合わせたお菓子らしいです」

精霊王「うめえ」

少年「…………」

精霊王「なんだその顔は」

少年「植物の精霊も人の食べ物を食べるんだなあと」

精霊王「共食いとか言うなよ」


精霊王「俺並の大精霊様となると、実体化なんて全く難しくもないし、」

精霊王「人間の感覚だってちょちょいのちょいと再現できてしまうのだ」

少年「はあ」

精霊王「なんたって樹齢七千年だからな」

少年「そっすか」

精霊王「ちなみに精神体のママは正義の女神ユースティティアだ。すごいだろう」

少年「そっすね」

精霊王「女神ユースティティアが一本の木に宿した生命の守り主。それが俺」

精霊王「このイウス=スマラグディ様を畏れよ崇めよ讃えよ」

少年「はあ」

精霊王「おまえリアクションのパターン少ないって言われないか」

少年「いえ別に」


精霊王「おまえ次男ってことは将来何するか考えてんの?」

少年「跡取りのいない家に婿にでも行けたらなと」

精霊王「へー、知り合いに男兄弟のいない女の子はいんのか?」

少年「いるっちゃいますが」

精霊王「その子のこと好きか?」

少年「……彼女は俺なんて選びませんよ……はあ……」

精霊王「俺はおまえの気持ちを聞いてるんだが」

少年「…………」

少年「帰りますね」

精霊王「よもぎ餅一個やるから待てや」


精霊王「男は! 堂々と! 勇ましく!」

精霊王「女の子が安心して身を任せられるような! そんな態度であるべきだ!」

精霊王「卑屈な奴に惚れる女なんてまずいねえぞ」

少年「…………」

精霊王「植物といえども俺は何千年も人間と暮らしてるんだ」

精霊王「たったの十数年ぽっちしか生きてないおまえよりも人間について詳しい自信あるぞ」

精霊王「今度会ったら後ろからそっと抱きしめて『Te amo』(=I love you)と囁いてやれ」

少年「俺そんなことするキャラじゃないっす」

精霊王「恥ずかしがるな」

少年「そういえば精霊って恋愛したりするんすか」

精霊王「する奴もいるが、生命のほとんどは自分と同種且つ同レベルの相手とくっつくだろう」

精霊王「しかし俺と同じ種類で同レベルの精霊なんてまず生まれねえんだよ」

精霊王「だから俺に関してはしたくてもなかなかできない」

精霊王「できねえんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

少年「はあ、そっすか……」


精霊王「イライラムラムラしてきたから俺の花粉ブン撒いてやる」

少年「近くに生えてる雌株がたくさん妊娠しそうっすね」

少年「実が生ったら収穫していいですか」

精霊王「種はちゃんと埋めてくれよ俺の子供だからな」

精霊王「そうだ、実の美味い食い方を教えてやろう」

少年「実の部分食べられてもグロいとか思わないんすね」

少年「同族を食べられるのってけっこうショッキングだと思うんですが」

精霊王「そりゃ実は誰かに食べてもらうためのもんだからな」

精霊王「第一そんなの気にしてたら植物なんてやってらんねーよ」

少年「植物から作った食べ物食べるくらいですもんね」

精霊王「人間だって飢餓状態になったら人間食うんだぞ」

少年「ひいっ残酷な話はやめてください」

精霊王「まあとにかく生命に感謝して食ってくれれば別に文句はない」


精霊王「人間に食べられることで共生し、確実に子孫を残す道を選んだ植物は少なくない」

精霊王「毒持って食われないようにしてる奴も多いけどな」

少年「そっすね」

精霊王「毒草を悪用するんじゃないぞー、そんなことしたら精霊が怒るからな」

少年「そうなんすか」

精霊王「つっても毒草と薬草は紙一重だからな」

精霊王「一般的に毒草と認知されている草でも、使いようによっちゃあ人間の助けになる」

精霊王「正しく生命をいただくんだぞ」

少年「はい」

精霊王「たまにいるんだよなー俺が人間に教えてやった知識を悪用する奴ー」

精霊王「おまえはそんなことしねえだろうけど」
少年「はい」

少年「まあうっかり山菜と毒草間違えたりしなきゃいいんですが」

精霊王「少しでも不安になったら俺に見せに来い。確認してやる」

少年「あざます」


少年「そろそろ帰るっす」

精霊王「そうだ、俺の花一枝持ってけよ」

精霊王「おまえの母ちゃんさ、若い頃よく俺の花を見に来てはしゃいでてさ」

精霊王「可愛かったなあ~……」

少年「家のすぐ傍に同じ種類の木生えてるんで要らないと思うっす」

精霊王「こういう時はありがたく頂くのも礼儀だぞ」

少年「はあ、そうなんすか。失礼しました」

精霊王「まあどうでもいいや。また来いよとろろ」

少年「はい、イウス様」

ここまで
むかしむかしのお話


ある春の日 2

精霊王「おいとろろ、小麦粉と水と塩持ってこい」

少年「はい」

~~~~~~~~

ドンドンドンドンドン

少年「何を作ってるんすか」

精霊王「まあ待ってろ」

ドンドンドンドンドン

精霊王「うーむ……しばらく寝かせるか」

少年「パンの生地……ですか?」

精霊王「俺は新たな食を追求しているのだ」

少年「はあ」


少年「あそこにたくさん並んでる壺は一体なんですか」

精霊王「俺が開発した調味料」

少年「独特なにおいがしますね……」

精霊王「食品開発が趣味でな」

精霊王「この町の名物として売り出せば儲かるだろう」

少年「今のところ調子はどうなんすか」

精霊王「微妙」

町人「イウス様ー、木材がほしいのですが」

精霊王「あっちの森、木が増えすぎてるから適当に間引きしてくれ」

精霊王「どの木を伐ればいいかは現地の精霊が教えてくれっから」

町人「わかりました!」

少年「…………」

精霊王「なんだその感心しているような顔は」

少年「ちゃんとこの辺りを治めてくださっているのだなと」

精霊王「おまえは俺を一体なんだと思っているんだ」


精霊王「森はある程度人の手で管理された方が栄える」

精霊王「というか、そうなるように創造神が作ったんだ」

精霊王「あらゆる生物が共存して豊かに暮らせるようにな」

少年「そうなんすか」



精霊王「もうそろそろいいだろう。さあて、この生地をどうしようか」

精霊王「焼くか燻すか別の形に変えるか」

精霊王「よし、切って茹でよう」

少年「うろの中に調理器具入れてるんすね」

~~~~~~~~

少年「太い紐みたいな形っすね」

精霊王「試食してくれ」

少年「味がないです。何かソースでも付けたいっすね」

精霊王「うーむ……調味料を適当に調合してみるか」


少年「このスープに浸けて食べるのが一番おいしいっす」

ちゅるちゅる

精霊王「うむ、美味だ」

精霊王「ドンドンと打ちつけて作ること、そしてつい『うっ』と唸ってしまうほど美味であることから、」

精霊王「俺はこれを『うっどん』と名付けようと思う」

少年「『うどん』の方が言いやすくないですか」

精霊王「うどん」

少年「うどん」

精霊王「よし、採用だ」

精霊王「じゃあ、おまえみたいな継ぐ仕事のない次男三男を集めてきてくれ」

少年「人使い荒いっすね……」


~数週間後~

「いらっしゃいませー!」

「新たな主食“うどん”! うまいよー!」

「一口ちゅるっと吸ったらもうたまらない!」


少年「ちわっす」

精霊王「よう、とろろ」

少年「うどん屋、繁盛してるみたいですよ」

精霊王「ふふふ。流石俺がオーナーを務めているだけあるな」

少年「『路頭に迷う長男以外の男が減った』とみんな感謝しているそうです」

精霊王「こうやって仕事を与えるのも俺の役目だからな」

少年「とろろ芋をかけて食べるのもいいっすね、うどん」

精霊王「共食い……」

少年「俺は芋類じゃないです」


ある夏の日

少年「木の傍に小屋建てたんすね」

精霊王「人間のようにベッドで寝たいと思ってな」

精霊王「建物の中にいるのって落ち着くんだな。なんかほっとする」

精霊王「そういや今日いつもより来るの遅かったな」

少年「母さんの家事を手伝っていたんで遅れました、すみません」

精霊王「そうかー別にいいぞー」

精霊王「母さんかあ……いいなあ……」

精霊王「おかーさん……」

精霊王「おかあああさあああああああああん」

少年「ひえっ」

精霊王「お母さんに会いたいー!!」


精霊王「体の両親はとっくの昔に枯れてるしー!」

精霊王「ユースティティア母さんはいつの間にか会いに来てくれなくなったしー!」

精霊王「神様辞めてからもたまに精神だけ抜け出して会いに来てくれてたのにー……」

少年「はあ」

精霊王「よし、神殿作ろう」

少年「へ?」

精霊王「神は永遠を生きることに飽きて死すべき者へと転生した!」

精霊王「しかーし! 神を祀る神殿を建てて祈ることで!」

精霊王「神としての精神体を呼ぶことができるのだ!!」

町人「大変ですイウス様!」

精霊王「どうした」

町人「帝国軍が侵攻しようとしているとの情報が!」

精霊王「あーちょっと待ってねー精霊達に位置特定してもらうから」

精霊王「こりゃ丁度いいや。ちょっとボコッてくる」

少年「え、丁度いいって何が……ああー行っちゃった」


――――――――

精霊王「緑ノ精霊王・イウス=スマラグディの地と知っての狼藉か!」

兵士1「植物の精霊って本体から離れられないんじゃなかったのか!?」

兵士2「待ってまだ俺達誰も殺してない」

帝王「精霊如きが何の用だ」

帝王「帝国の支配下にさえ入れば剣は抜かんぞ」

精霊王「随分と舐められたものだな……」

精霊王「帝国がこの私の支配下に入るがよい! ふはははははは!!」




      ギャアアアアアアアア…………



――――――――


精霊王「働け働けー! 剣持つくらいなら石運べー!」

精霊王「ぎゃははははははは」

少年「軍隊を労働力にしたんすか……」

精霊王「さて、俺も作業するか」

少年「なんすかその白くてでかい石」

ガリッガリッ

コッコッコッコッ

精霊王「母さんの像作るんだよ」

精霊王「俺の母さんほんと綺麗でさあ美人でさあ優しくてさあ」

少年「はあ、大好きなんすね」

精霊王「おまえもお母さん大事にしろよな」

少年「はい」


数ヶ月後

精霊王「建築ご苦労」

帝王「はい……」

少年「普通10年以上かかるもんじゃないですかねこれ……」

精霊王「そりゃ精霊達にも手伝ってもらったからな」

精霊王「俺が彫った像を設置して完成だ」

精霊王「そして祈る」

帝王「おお、神々しい光が差し込み始めたぞ」

女神「ちょっとイウス」

精霊王「おがあ゛ざあああああん」

女神「甘えん坊ねえ、まったく」

精霊王「な゛ん゛で゛会゛い゛に゛ぎでぐれ゛な゛がっだの゛」

女神「だってあんた、3000歳くらいの頃『もう来んな』って叫んでたじゃない」

精霊王「反抗期だっだんだよ゛おぉぉ」

帝王「人間くさっ……」


精霊王「ほら見てよ、この像俺が彫ったんだよ。母さんそっくりでしょ」

女神「よくできてるわねえ」

女神「ちゃんと生命を守ってるのね、偉いわ」

精霊王「うん」

女神「寿命が長くて寂しさを覚えることもあるでしょうけれど、」

女神「もうすぐ時を共にできる相手が現れるわ」

精霊王「ほんと?」

女神「私は正義の女神だったのよ。嘘をつくはずがないでしょう」

精霊王「嬉しいなあ……」

町人「あんなに子供っぽいイウス様を見るのは初めてだ」

帝王「俺もそろそろ故郷に帰って親孝行するかな……」


ある秋の日

少年「ぐすっ……うぅ……」

精霊王「何泣いてんだよ」

少年「フラれました」

精霊王「女の子に?」

少年「はい」

精霊王「よーしよーし詳しく話を聴いてやろうじゃあないか!」

少年「恋バナ好きっすよね、イウス様……」

精霊王「んでどんなフラれ方したんだ?」

少年「なんで一番つらい所から突いてくるんすかね……」

小精霊「――! ――!」

精霊王「そうかー、勇気を出して告ったのに『冗談言わないでよ』かぁ、きついなあ」

少年「精霊から情報聞くのやめていただけませんかね」


精霊王「まあ失恋を重ねて人は成長していくものだ」

精霊王「恋愛経験を積むことすら叶わない俺よりはずっと幸せだぞー」

少年「…………」

精霊王「葉は自らの色を赤や黄に変え、失恋の如く地へと落ちていく」

精霊王「しかーし! 春になれば新芽を出し再び緑が萌える!」

精霊王「そう、それは新たな恋の誕生のように!」

精霊王「即ち、恋も葉と同様新たに生まれるのだ。落ち込むなとろろ芋」

少年「そういえばイウス様って紅葉も落葉もしませんよね」

精霊王「おまえナチュラルに話をすり替える癖あるよな」

少年「あと俺は芋じゃないです」

精霊王「先にそうツッコんでほしかったんだが」


精霊王「葉っぱ全部落としたらハゲるみたいで嫌じゃん」

少年「生命の摂理に逆らってないですかね」

少年「イウス様と同じ種類の木はもうそろそろ葉っぱを落とし始めているでしょう」

精霊王「いいんだよ俺は大精霊パワーがあるおかげで落葉する必要ないんだから」

精霊王「ちょっと冬場の間だけ慢性疲労になるくらいで特に問題はない」

少年「はあ、まあいいですけど」

精霊王「見栄っ張りな奴だなあと思っただろ今」

少年「はい」

精霊王「おまえの正直なところ、好きだぞ」

少年「男に告白されても嬉しくねえっす」

精霊王「そういう意味じゃねえよ」

少年「わかってますよそのくらい」

精霊王「おまえ相当参ってんな」


少年「そういえば植物の精霊の大半は女性の形をしているって聞いたことあるんすけど」

精霊王「俺は雌雄分かれてる種類の木だし」

精霊王「美しさを理由に、雄株のくせに女の形してる奴もいるっちゃいるけど」

少年「植物にもオカマっているんすね」

精霊王「男装の麗人みてえな奴もいるぞ」

少年「はあ」

精霊王「そうだ、女の子紹介してやるよ。精霊だけどな」

少年「いらないです」

精霊王「まあそう言うなよ。こんな時は新しい恋を見つけるのが一番だぞ」

精霊王「おまえが告白した子って2丁目のイデアちゃんだろ?」

精霊王「似たような容姿の子知ってるし……あ、全然違うタイプの子の方がいいか?」

少年「それより何かおいしいもの食べたいっす」

精霊王「よし待ってろ。何か作ってやる」


精霊王「おまえんちの畑で採れた野菜でスープ作ったぞ」

少年「あざっす」

小精霊「――! ――!」

精霊王「え、マジ? そうかー……残念だな」

少年「どうしたんすか」

精霊王「精霊達は美少年や美青年にしか興味ないんだと」

精霊王「期待させてすまなかったなとろろ」

少年「期待してはいませんでしたがちょっと傷ついたっす」

少年「どうせ俺は地味ですよ……」

精霊王「なあチビ、ブサ専の精霊いたろ、ちょっと聞いてきてくれ」

小精霊「!」

少年「更に傷ついたんすけど」

小精霊「――!」

精霊王「そうかー……」

精霊王「おまえは不細工と言える顔でもないから恋愛対象外なんだと」

少年「なんの特徴もなく、目立つところもなく、生きた証も残さず、」

少年「俺はただ歴史の流れに消えていくだけの存在なんすよ……」

精霊王「目立つ奴の方が少ないから落ち込むなって」


少年「そもそも俺精霊と恋愛しようとは思ってねえっすから」

精霊王「種族違いの恋って燃えるだろ?」

少年「そういうあなたこそ人間に手を出そうとは思わないんすか」

精霊王「思わねえなー……可愛いなあと思うことはあるけど」

精霊王「別次元の生き物って感じでなあ」

少年「燃えてないじゃないですか、種族違いの恋に」

精霊王「他人の恋愛事情だからこそ興奮できるのかもしれねえな……」

少年「……はあ」

精霊王「……やっぱりイデアちゃん以外に興味わかねえか?」

少年「そりゃ失恋したてのほやほやですからね」

精霊王「よーし! 作戦変更だ!」

精霊王「イデアちゃんを振り向かせるぞ!」

少年「しつこくして嫌われるのが嫌なので嫌です」

精霊王「しばらく間を置けば大丈夫だ! その間に自分を磨け!」


精霊王「この石を見てろよ。この町の浜辺で拾ったもんだ」

精霊王「こいつをこうこうこう磨いてやると」

精霊王「じゃじゃーん! 綺麗なヒスイに大変身!」

少年「宝石の原石だったから宝石になれただけじゃないですか」

少年「原石でもなんでもないただの石ころは磨いたってただの石ころなんすよ」

精霊王「ただの石ころでも加工すれば便利な道具になったりするんだぞ!?」

精霊王「そう卑屈になるなって」

精霊王「せっかくエレクトロノスという立派な名前をもってんだから輝いてみろよ」

少年「あなたに身の丈に合わない名前を付けられたおかげでからかわれ三昧の人生なんすけどね」

精霊王「え、そうだったの」

精霊王「ごめん」


精霊王「いやおまえがその名に見合う男になればいい話だ! 前を向け!」

少年「ネガティブに陥ってる人間にポジティブを押し付けるのは逆効果って知らないんすか」

精霊王「それもそうだな……」

少年「…………」

精霊王「カタルシスって概念を知ってるか?」

精霊王「人は悲劇を見ることによって、己の中に鬱積した負の感情を解放することができるのだ」

精霊王「というわけで城下町でやってる悲劇でも観に行かねえか」

少年「余計落ち込みそうっす」

精霊王「確かに……」

精霊王「…………」

精霊王「こうなったらアタシがオンナになってあげる!」

少年「心底気持ち悪いです」

精霊王「ごめん」


少年「イデアは勝気で、男勝りで……」

少年「彼女には俺なんかより、もっと大人な男が似合うんです」

精霊王「…………」

精霊王「まあ、俺は七千年の間散々失恋した人間を見てきたが」

精霊王「大抵、失恋の傷は時間と主に癒されるものだ」

精霊王「今は泣いてすっきりするのもいいかもな」

少年「……ありがとうございます、俺のためにいろいろしてくださって」

精霊王「まあおまえと喋るの楽しいし、元気になってほしいからさ」

少女「エレクー、いるー?」

少年「あ……イデア……」

少女「ああ、よかった……ここにいたのね」

少女「……さっきはごめんなさい」

少女「私、あなたが私のような無駄に気の強い女を好きになるはずないって思い込んでたの」

精霊王「……あれ?」


少女「だからびっくりしてしまって……」

少年「い、い、いいよ、そんなの」

少女「あのね、私もほんとは……小さい頃からあなたのことが好きだったの」

少年「っ…………!」

少年「お、俺、」

少女「大好きよ、エレク」

少年「イデアー!」

精霊王「……………………」

精霊王「励まそうとがんばって損した」

精霊王「うわああああああん羨ましいーーーー!!」


ある冬の日

精霊王「くすん……」

精霊王「寂しい……どいつもこいつも冬眠しやがって」

柊精霊♂「俺等みたいな起きてる連中もいるじゃないですか」

精霊王「活気が足りないんだよー……」

松精霊「落葉広葉樹なんですからあなたも寝たらどうですか」

精霊王「俺が冬眠してる間にこの地に何かあったらどうすんだよ」

檜精霊「その時は私達が起こしますし」

精霊王「うーん……でも油断してたら葉っぱ落ちちゃうでしょ」

杉精霊「冬の間くらいハゲたっていいじゃないですか。ごくごく普通のことですよ」

精霊王「おまえらみたいな常緑樹に俺の気持ちなんてわからねえよ」


少年「イウス様ー、雪が積もって歩きづらい中、今日も俺は真面目に丘を登ってきましたよ」

精霊王「おっと、そこ踏むなよ。オオアレチノギクが生えてるだろ」

少年「え、これキクなんですか? 形が全然違うような」

精霊王「冬場は姿を変える草もあるんだよ」

精霊王「バラのような形の葉を広げていることから、これをロゼットと呼ぶ」

少年「勉強になりました」

精霊王「そのうち身分に関係なく入れる学校でも作りてえなー……」

精霊王「平民も勉強することで国力上げれるような気がするんだよなあ」

少年「権力者が嫌がりそうっすね」

精霊王「俺ならその権力者も黙らせられるし」

精霊王「だって俺人間よりずっと偉いもーん」

精霊王「まあ急に環境変えるのは危ないか……のんびりやろう」


精霊王「あー……毎年冬はつまんねえなあ体だりぃし」

少年「無理に葉っぱ維持してるからっすよね……肥料持ってきましたよ」

精霊王「さんきゅ。根元に撒いといて」

ボコッ バリボリ

少年「うわっ根っこが動いてる」

精霊王「土に染み込むのを待ってゆっくり吸収するのめんどいし」

少年「はあ、そういうもんすか」

精霊王「……そうだ、祭りをやろう」

少年「へ?」

精霊王「聞け、人間達よ! 熱気で雪を融かす勢いで祭りやるのだ!」

精霊王「特に意味はなく、ただ私のために! ただ楽しむためだけに!」

少年「寒くてみんな動きたがらないと思うんですが」

農民1「まあ冬は仕事なくて暇だしな」

農民2「たまには騒ぐのもいいだろう」

農民3「よーし適当に盛り上がるか!」

精霊王「やったー人間達が活気づいたぞー」

少年「ええ…………」


~夜~

松精霊「寂しさを紛らわすために変なことやり出したわね、イウス様」

檜精霊「まあいつものことでしょ……」

杉精霊「人も精霊も適当に混ざって踊っていいって」

柊精霊♂「人間の可愛い女の子でも漁るか……」

少女「エレク、一緒に踊りましょ」

少年「う、うん」

ドンチャカ ドンチャカ

精霊王「騒げ騒げー! ぎゃははははは」

少年(足はべちゃべちゃになるけど、雪の中火を焚いて、楽器を鳴らして踊るのって)

少年(けっこう楽しいな……)


少年「イウス様の気まぐれのおかげでイデアとの距離が縮まりました」

精霊王「え?」

少年「他にもカップルがたくさん成立しましたよ」

精霊王「え? え?」

少年「雪の中で踊るのがロマンチックだったんですごく盛り上がったんです」

少年「寒かったのも盛り上がった理由の一つっすね」

少年「ほら、お互い身を寄せ合って暖め合いたくなるじゃないですか」

少年「いや、流石に俺達は未成年なんで深い関係にまではなってませんが」

精霊王「…………」

少年「ありがとうございました」

精霊王「もう冬場の祭り禁止ー!!」

精霊王「寒いんだからみんなみんな家ん中に引きこもってりゃいいんだよー!!」

精霊王「あああああ俺も彼女ほしいいいいいいいいいい」


次の春の日

精霊王「ふひっ」

精霊王「ふひひひひひひははははははははは」

精霊王「うへへうへへ」

少年「うわあ、何ニヤついてるんすか」

少年「せっかくの美形が梅干しみたいになってますよ」

精霊王「彼女ができたんだよ!」

少年「え? よかったですね」

少年「でもその顔は彼女さんに見られないように気をつけた方がいいと思うっす」

精霊王「あっちの丘に生えてるスファエラ=ニヴィスちゃん!」

精霊王「もうめっちゃ可愛いのなんの」

少年「あなたと同じくらいのレベルの精霊が生まれたってことっすか?」

精霊王「うん」

精霊王「樹齢は十六なんだけど、女神の加護をつい最近受けたらしくってえ」

精霊王「あーもーかーわーいーいー」


精霊王「樹種は違うんだけどぉ、存在レベルは限りなく近いしい」

精霊王「大精霊会議サボってでも会いに行きたいくらい夢中になっちまった」

少年「大精霊会議なんてあるんすか」

精霊王「そうそう、たまに俺みたいな神に直接生み出された大精霊達で集まってんの」

精霊王「神様の代わりにこの惑星治めるのが俺等の役割だからさー」

精霊王「でも恋したらそんなのどうでもよくなる」

少年「しっかりしてください」

小精霊「――! ――!」

精霊王「え? シレンティウム=ラピスラズリィが『現を抜かすな』って怒ってるって?」

精霊王「知らねえええええええええええええええっよ」

少年「シレンなんとかって誰ですか」

精霊王「ラピスラズリが採れる土地を治めてる大精霊」

精霊王「あいつ真面目すぎてなー」

精霊王「石の精霊なんかに生き物の気持ちがわかってたまっかよ」

少年「そういえば七千歳のあなたと十六歳のスファエラ様じゃあすごい年の差っすね」

精霊王「幼女趣味ってわけじゃねえからな」


精霊王「幸せすぎて融けそう」

少年「ちょっと花粉の量減らせませんか。これじゃ花粉症の患者が増えますよ」

精霊王「恋ってすげえエネルギーわいてくるんだぜ?」

精霊王「花くらい大量に咲くっての」

少年「影響受けて他の木まで元気になってるっすね……」

精霊王「有り余ったエネルギーを必要以上に他の植物に振り撒いてるからな」

精霊王「あ、そうだ」

少年「彫刻刀で今度は何を彫るんすか」

精霊王「俺とスフィの愛の物語を石に刻もうと思ってな」

少年「それ、後から恥ずかしくなって悶える羽目になる行動じゃ……」

精霊王「ふひひふひひ」

少年「聞こえてない……」


翌日

少年「イウス様ー、今日はこっちの丘でいいんすよねー」

精霊王「よう! よく来たな!」

精霊王「ほらほらほらほら見て見て俺の彼女」

白緑の少女「イウス……」

少年「…………!」

精霊王「超可愛いでしょ!!」

少年「はい」

精霊王「本体の木もすごくすごく綺麗でしょ!!」

少年(見せびらかすためにこっちの丘に俺を呼び出したんすね……)

精霊王「えへへえへへ」

白緑の少女「……もう」

少年(……微笑ましいなあ)


少年(それ以来、イウス様はいつものろけ話をするようになった)

少年(花畑でデートしたとか)

少年(海辺にヒスイを拾いに行ったとか)

少年(紅葉狩りに行ったとか)

少年(雪遊びをしたとか)

少年(すごく幸せそうな1年だった)


そのまた次の春の日

精霊王「うーむ……」

少年「何考え込んでるんすか」

精霊王「彼女がさー子供欲しがっててさー」

少年「お互いそれぞれお子さんはたくさんいらっしゃいますがそういうことじゃないんすよね」

精霊王「強い自我持ちの精霊同士で子供つくれば同じようなレベルの子が生まれるんだよ」

精霊王「彼女はそんな感じの俺達の愛の結晶が欲しいみたいだ。ってか俺も欲しい」

精霊王「でもなー俺とスフィじゃ種類が違いすぎてどうあがいても子供できないからなあ」

精霊王「おまえは子供まだなの?」

少年「もう一年したらイデアの家に正式に婿入りするんで、それからですね」

精霊王「そうかー……」

精霊王「どんだけ力持っててもなあ……異種族同士の子作りは不可能に近いんだよなあ……」


翌週

精霊王「町人全員集まったか?」

少年「まあ大体は」

精霊王「よーし聞け」

精霊王「人間達よ! 私は長きに渡っておまえ達に知恵を授けてきた!」

精霊王「もう私がいなくとも平和に生活を営むことができるであろう」

精霊王「というわけで少々暇をくれ」

「え?」

「何を仰ってるんですかイウス様」

精霊王「人間達よ…………この私を斬り払え!」

少年「かっこつけて何言ってんすか!?!?」

精霊王「一回死んで彼女と同じ種類の木に転生するんだよ」

少年「いやいやいや」

精霊王「数十年もすりゃ完了すんだろ、ほんのちょっとの間だ」

少年「彼女さんはどう仰ってるんですか」

精霊王「めっちゃ反対されたけど、俺やるって決めたらやらなきゃ気が済まない性格だからさ」


少年「しかし」

精霊王「精霊から精霊に転生する場合は記憶も能力も引き継げるから問題なし!!」

精霊王「いやまあ力の大きさは育て直しになるけどさ」

精霊王「だからでかいノコギリで俺をギーコギーコしてくれ」

少年「嫌ですよ!!」

少年「生命の守り主のあなたを伐り倒せるわけないじゃないですか!」

精霊王「やれ!! やらんと……うーん、どうしてやろう」

精霊王「更に花粉ブン撒くぞ!!」

「それは困る……」

「へっくし! へっくし!」

「鼻水が止まらない……」

精霊王「俺の命令は絶対なのー!」

少年「そんなあ……でも……」


精霊王「伐った俺の身体は加工するなりして有効活用するように!」

少年「ぐすっ……ふぐぇ……うう……」

精霊王「泣くなエレクとろろ」

少年「中途半端にあだ名を混ぜないでください」

精霊王「神様達は永遠に飽きて転生した」

精霊王「俺達精霊も同じように、いつか永遠に飽きるかもしれない」

精霊王「でもさ、子供がいたら……きっと長い時間も楽しめるかもしれないんだ」

精霊王「つまり、俺は楽しく末永ーくこの星を守るために生まれ変わるのである」

精霊王「よし、正当化完了」

少年「い゛や゛でず。でぎま゛ぜん」

精霊王「……これ、やるよ」

少年「へ?」


少年「これ、“人魚の涙”じゃないですか」

精霊王「あれ、最近のここの人間達はそう呼んでんのか」

少年「たまに浜辺に落ちてるんです。ほとんどは飴色ですけど……」

少年(これは緑色だ)

精霊王「樹液が固まったもんなんだぞこれ」

少年「そうだったんすか」

精霊王「うん。今俺が自分の樹液握って作った」

精霊王「城下町では“太陽の輝き<エレクトロン>”って呼ばれてる」

精霊王「おまえの名前もそこからとった」

少年「…………」

精霊王「しばらくはそいつを俺だと思ってくれ」

少年「……すぐに生まれ変わってくださいよ!」

精霊王「おう! おまえが死ぬ前までには現世に戻ってきてやるよ、エレクトロノス」

少年「絶対ですよ! 約束ですからね!」


――
――――――
――――――――――――
――――――――――――――――――――――――

老人「この地に来るのも、もう五十年ぶりです」

老人「随分と景色が変わってしまいましたが、あなたの切り株が残っていてほっとしましたよ」

老人「イウス様……」

老人「あの後すぐ、憎しみの神の暴走により多くの生命が滅びました」

老人「スファエラ様の森も、スファエラ様だけを残して枯れてしまい……そのままあなたは戻ってこられなかった」

老人「私達は、比較的被害の小さかった南へ逃れました」

老人「幸い子宝に恵まれ、脅威に怯える時が続いたこともありましたが、幸せに暮らしています」

老人「……幾度もこの地に戻ろうと思いましたが、」

老人「オディウム神が眠りに落ちたその後は、外の世界から魔族がやってきました」

老人「そのため、身動きをとることができず……ああ、年を取るのはあっという間ですね」


老人「魔族は七つの聖玉により封印されました。しかし、それは永遠ではないそうです」

老人「オディウム神も、数万年に一度ほど復活するそうです」

老人「その度精霊達は弱り、いずれ人類にはあなた方から自立しなければならない時代が訪れると言われています」

老人「…………」

老人「聖玉の開発法を研究している途中で生み出された聖なる結晶により、」

老人「スファエラ様はこの地の新たな守り主となられました」

老人「……あの方は、いつまでもあなたを待ち続けるでしょう」

老人「…………」

老人「妥協して適当に生まれ変わってきてくださいよ……」

老人「私も、ただただあなたに会いたいのです」

老人「…………」

老人「……聖玉は、清い心を持つ大勢の人間の魔力や遺伝子を、」

老人「まるでしめ縄のように編み込んで封じることで作られました」

老人「私も“黎明のベーリュッロス”のひとかけらに選ばれたんですよ」

老人「私の魔力は、太陽の輝きと波動が限りなく近かったらしく……」

老人「あなたにこの名をいただいたこと、誇りに思います」



息子「父さーん、もうじき船が出るよ」

老人「ああ、そうか。今行くよ」

老人「私は信じています。あなたとまた会える日が来ることを」


再生し始めた大地を、乾いた風が吹き抜けた。


少年と緑ノ精霊王 終

とりあえずここまで

一応補足:イウスがとろろに渡したのはグリーンアンバー(琥珀)です


アキレスとマリナの息子の話


満たされぬ飢え


「おいで、アークイラ」

ごくごく小さい頃は、確かに愛されていた。

いつからだっただろうか。




「お母さん」

「……あっちへ行っていなさい」


母が私の目を見ようとしなくなったのは。

――
――――――
――――――――――――


「お母さん、見つけたよ。お母さんが好きな花」

「あら……」

「1ヶ月がんばって、やっと見つけたんだ」

「そんなに……探し続けていたの?」

お母さん、喜んでくれないの?

どうしてそんなにぎょっとした目をしているの?

「……花瓶に挿しておきなさい」

「お母さん、お母さん」

「放して」

お母さんの服の裾をつかんだら、払い除けられた。
最近、お母さんは僕に冷たくすることが多いような気がする。

どうしてかな。何か悩み事でもあるのかな。


まだ赤ちゃんの妹、カナリアーナが泣き出した。
そっか、カナリアのお世話で大変なんだよね。

少しくらい僕を見てもらえなくても仕方ないよね。
我慢しなきゃ。僕はお兄ちゃんなんだから。


――1年後

「まあま、まあま」

「いい子ね、カナリア」

妹を見るお母さんは、優しく微笑んでいる。

「お母さん、僕、テストで満点取ったよ。全部100点だった」

「……そう」

今でも僕に対しては笑顔を見せてくれない。

「ただいまーマリナー!」

お父さんが帰ってきた。

「アキレス、随分早かったじゃない。ちゃんと仕事してるの?」

「し、してるよ! ただ、子供達が可愛くってぇ……ちょっと早退しがちだけど……」

「子供は必死に働いている父親の背中を見て成長するのよ。子供達のことを想うのなら、真面目にやってくれないと困るわ」

「うん……」

僕はお父さんにテストの結果を見せた。

「お、アークイラ~満点かあすごいな! 流石お父さんとお母さんの子だなあ!」

大きな手で頭を撫でてもらえた。お父さんはいつも僕を褒めてくれる。


お母さんにも褒めてもらいたいな。

僕は必至で勉強した。
まだ6歳だけれど、学年は他の子よりもずっと上に行けたし、みんなが僕を天才だって言う。

でも、どれだけがんばっても、お母さんは笑ってくれない。
やっと褒めてくれたと思っても、全然気持ちがこもっていなかった。



塾にずっと残って勉強していたら、帰るのが遅くなった。もう外は真っ暗だ。
家の近くまで先生が送ってくれた。

家と家の間の細い道に、背の高い綺麗な女の人が入っていくのが見えた。
なんて綺麗で豊かな金髪なのだろう。

それ以来、僕はあの女の人が気になって仕方がなくなった。


わざと毎日遅い時間まで塾や学校に残って勉強をして、あの女の人を探した。
少しずつ、女の人が表れる曜日や時間がわかるようになった。


今日も見つけた。

「あの!」

僕は女の人の背中に向かって、勇気を振りしぼって話しかけた。
小走りだったその人は、僕の声を聞いて立ち止まってくれた。

「あの、僕、僕……あなたと話をしてみたいんです」

女の人は僕の方を向くと、しゃがんで僕と目の高さを合わせて微笑んだ。

「あんまり夜遅くに出歩くのは危ないわ。はやくおうちに帰りなさい」

「でも」

「お母さんが心配するでしょう。いい子だから」

空みたいな青い瞳。真っ赤なバラの花のような唇。肌の白さはまるでセレナイトだ。

「いい子にしていたら……また、会ってくれる?」

「うふふ、どうかしらね。私は夜の女だから、坊やとは生きる世界が違うわ」

女の人は早足で行ってしまった。


どうしても会いたくて、あの人を探さずにはいられなくなる夜もあった。
でも、話しかける前とはあの女の人が現れる日が変わってしまったみたいだ。

どれだけ探しても、数ヶ月に一度会えたらいい方だった。
その度、僕はあの人に気持ちを伝えるのだけれど、相手にしてもらえない。

「あんた、いつもいつも遅い時間に家を抜け出して何をしてるの」

「な、なんでもない……」

お母さんは冷たい目で僕を見ている。

「ふうん。親に言えないことをしていたのね」

「っ僕は……」

恥ずかしいけれど、隠し事をしたらお母さんに嫌われてしまうかもしれない。
僕は正直に話すことにした。

「好きな女の人に、会いたくて……探しに行ってた」

こっそりお母さんの顔色を窺うと、お母さんは……




すごい形相で、僕を見下ろしていた。


――――――――
――

「でさ~ヘリオスー……どうすればいいかなー……」

お父さんは友達と電話をしていた。

「えーやだよ、たまにはあるがままの姿にならないと息が詰まっちゃうよ~……ああっアークイラ! おかえり!!」

お父さんは僕を見てびっくりしたようだったけれど、すぐに友達との会話を再開した。

「そそそそれでいつ何処で集まる!?!? 小さい子がいると色々大変だよねー!」

そういえば、僕にはあんなふうに話せる友達、いないな……。



「英雄アキレスの子供なんだってさ」

「下手に口利けねえな……」

「お高くとまってるって感じだよな」

「まだ7歳だってのに、上級魔術師レベルの魔力容量あるらしいぞ」

気がつけば、みんな僕を怖がっている。
僕は何もしていないのに。


「お母さん、僕、また飛び級することが決まったよ」

「……そう」

お母さんはやっぱり僕を見ない。
僕、何かお母さんを傷つけるようなことしたのかな。

どれだけ考えても、それらしい記憶を見つけることはできなかった。

――――――――
――

「おにーちゃん!」

「カナリア」

甘えてきた妹は、もう5歳だ。僕も今年で10歳になる。
妹は誰にでも人懐っこくて、笑い方が父さんそっくりだ。

可愛い。でも、僕は妹に正体のわからない既視感を覚えた。

「離れなさい!」

母さんは僕から妹を引き離した。

「どうして?」

妹は不思議そうにしている。

「……きょうだいでも、性別が違えばそんなにくっつかないものなのよ」

「でも、リーナちゃんはおにいちゃんとなかよしだよ?」

妹の言葉を無視して、母さんは子供を叱る時の目を僕に向けた。
僕はただカナリアと仲良くしていただけなのに。

2歳の弟は母さんの態度に影響されているのか、僕と仲良くしようとはしなかった。


段々僕の魔感力……魔力から情報を読み取る能力は高くなっていった。
嫌でも他人の感情がわかってしまう。

子供はよく「大人は汚い」と言うけれど、そういう奴自信も黒い感情をもっていた。
自分は善人であると信じている人間ほど、自分が抱えている悪意の存在に気付かない。

世の中悪意だらけだ。

僕はどうなのだろう。

自分のことはよくわからない。



ある夜、ふと目が覚めた。父さんと母さんが大人の会話をしているようだ。
僕は気がつかれないよう、こっそりドアの隙間を覗いた。

「ねえ、アークイラにもっと優しくしてやれない?」


父さんが母さんに言った。母さんは黙っている。

「カナリアは普通に可愛がれてるだろ。どうしてアークイラには冷たいんだよ」

「…………」

「ねえ、マリナ」

しばらくすると、母さんはやっと口を開いた。

「……あんたもわかってるでしょ。あの子、似てるのよ。あいつに」

「あの子はイガルクじゃない」

「わかってるわよ!! でも、あまりにも似すぎているのよ。顔立ちも、魔術師としての優秀さも、粘着質な性格も!! 怖くて仕方がないわ!!」

お母さんは声を荒げた。


「落ち着いて」

「あの子を見ていたら嫌でも思い出してしまうわ。兄さんに三日三晩犯され続けたことを」

母さん、何を言っているの? どういうこと?

「あの子はあいつとおんなじなのよ! いつか絶対誰かを犠牲にするわ!!」

「そうならないよう育てればいいだろう!?」

いつも笑っている父さんも、怒鳴り声を上げている。
父さんは母さんが大好きだから、普段は絶対にあんな顔はしないのに。

「っ……あんた、いつの間に起きてたの!?」

いつの間にか、ドアの隙間が大きくなっていた。

「ねえ、母さん。僕、何もしてないよ。何もしないよ。母さんのこと、大好きだよ」

でも、僕は母さんに酷いことをした人とそっくりだから、嫌われても仕方がないみたいだ。
いくら勉強しても無駄だったんだ。もう何をしても喜んでなんてもらえないんだ。

泣きたくなんてないのに、涙が止まらない。父さんが僕を抱きしめた。

「母さん」

「……ごめんね」

その言葉を聞いて、ひどく胸が痛くなった。ガラスの破片が突き刺さったみたいだ。

僕は、母さんには愛してもらえない。


「ごめんな、アークイラ。いい子にしてたら、いつかきっとお母さんもおまえのことをわかってくれるだろうから」

……あれ? 父さんの魔力……僕が必死に追いかけている人と、似ている。
あの人は確かに女の人の魔力を纏っていた、ような…………でも、純粋な女の人とはなんとなく違っていた。

父さんの腕には、女性物のブレスレットがはまっている。
それには小型の魔導機がくくりつけられていた。

スイッチは切られているけれど、他人に魔力を正しく読み取られないようにする働きのある石が内蔵されていることが、
魔導機の内部に残った父さんの魔力から読み取れた。

「ど、どうした? 大丈夫か?」

夜の女……そっか、そういうことなんだったんだ。
夜にしか会えなかったのは、父さんが夜にだけ女の人の格好をしていたからだったんだね。

あんなに好きだったのにな。

もう何も信じられない。


――――――――
――

「ねえアークイラ、なんで眼鏡かけてるの? 目、悪くなった?」

「ただかけてみたくなっただけだよ、父さん」

無駄な足掻きだとはわかっていたけれど、母さんが恐れるこの顔の印象を少しでも変えたかった。



僕を怖がるのは母さんだけじゃない。
英雄の子供としての立場や、人並み外れた才能だけじゃなく、僕の中の他の何かも他人の恐怖心を刺激してしまうようだった。

でも、僕は何もしていない。誰かに危害を加えたわけでもない。



人に怖がられるのは、どうしてこんなに悲しいのだろう。
……何もしていないのに恐怖されるのが嫌なら、先に自分から恐怖を与えてしまえばいいじゃないか。


「飛び級生で年下なのに学級委員に選ばれるなんて意味わかんねえんだけど」

「いくら天才だからって……」

こそこそと陰口を叩くクラスメイト達に近づいて、僕は微笑んだ。

「文句があるなら直接言ってくれないかな」

彼女達は短く謝罪を言って逃げて行った。
ははは、至って優しく言ったはずなのにな。

笑えば笑うほど、人は僕をより一層恐れるようになる。
いつの間にか、それが快感になっていった。

いい子でいる必要なんてない。メリットもない。

――――――――
――

ある日、魔王を倒した英雄達とその子供が集まった。

「エル~……ほんっと可愛い~も~」

「母さん、放してよ」

3つ年下のエリウスが、母親に抱きつかれて嫌がっている。
以前会った時はこいつのことなんて気にも留めなかったけれど、今日は違った。

エリウスは、僕とよく似ている。あいつの魔力にそう書いてある。


学力的な意味では非常に賢く、プライドが高い。
だけれど、自分の悪い面を激しく嫌悪していて自己否定感が強い。

「エル~」

「やめてってば」

僕とよく似たあいつは、僕が欲しくても得られないものをこれでもかというほど与えられているのに、それを蔑ろにしていた。

許せない。



エリウスは母親の手を振り払い、外に出て草花を見に行った。

「エリウス君は植物が好きなのですね」

エイルさんがあいつの母親に話しかけた。

「うん。軽く自閉傾向があるのだけれど、好きなことに一生懸命ないい子だよ」

そうか、あいつ、普通とは違うのか。
僕も外に出た。


「うん。僕、君みたいな子、好きだよ」

エリウスは小ぶりな白い花に語りかけていた。

「さっきまでは全く笑っていなかったくせに、植物に対しては笑えるんだ。へえ」

侮蔑の笑みを向けてやると、エリウスはビクッと肩を震わせて怯え始めた。

「人間と話す練習をした方がいいんじゃないのかな」

「…………」

「何か言ったらどう? ああ、そうか。君はまともに人と関わる能力が生まれつき欠如しているそうだね。それなら仕方がない」

あいつは涙を目に溜めているけれど、親に助けを求めに行くことも、逃げることもせず、ただそこでじっと耐えていた。

憂さ晴らしには都合がいい。


母親の愛情を蔑視する奴なんて虐げてやればいい。




おかしいな。





楽しいはずなのに、ひどく虚しいんだ。



「アウロラちゃんこっちこっち!」

「カナリアちゃん足はやーい!」

僕の妹とあいつの妹は同い年で、気が合ったようだ。
なんの闇もかかえずに、陽の光を浴びてただただ楽しそうに遊んでいる。

僕はどうしてあんなふうになれなかったのだろう。

「あーおにいちゃんエリウスくんいじめてるー! だめなんだよー!」

正義感の強い妹が僕を責めた。
あいつの妹はカナリアの背に隠れ、恐れに怒りを混ぜた目で僕を見ている。

エリウスは年下の女の子達に涙を見られたくないのか、器用に木に登って姿を隠した。
運動は不得意なのに、木登りは別らしい。

「もーおにいちゃんったらー!」

同じ血が流れているはずなのに、カナリアの心は僕と違って綺麗だ。
カナリアまで悪い子になったら、母さんは悲しむだろう。

この子の正義感は、何があっても守りたいと思った。


――――――――――――
――――――
――

「すごい汗よ。悪い夢でも見ていたの?」

一夜を共にした【女性】が、タオルで私の額を拭った。

「……幼い頃の夢を見ていました」

「あら、そう」

【彼女】の長い黒茶の髪が揺れる。声遣いは本物の女性よりも遥かに女性らしい。

「ねえアークイラ。あなた、初恋は金髪の女装子だったのでしょう。でも、今は暗い髪色の子にばかり声をかけているのね」

「……母の髪色が黒だから、かもしれません」


どれほど貪っても、この乾きが潤うことはなかった。
これからも飢え続けて生きるのだろう。

本当に欲している愛情を得られる日は、未来永劫訪れないのだから。

代わりに求めるのは、黒髪の、美しい……―― ―― 



満たされぬ飢え 終

selfhoshu
あけおめです


*初仕事

小隊長「この春、2人の新兵が配属された」

小隊長「とはいっても、2人ともこの村の出身だから顔くらいは知ってるだろうがな」

小隊長「ジレス・グレーリン」

新兵「ちっすちっす」

小隊長「ヘリオス・レグホニア」

戦士「はっ!」

「そんな真面目に敬礼しなくていいぞ~」

「ガキの頃から真面目だったもんなあ」

「てかなんでいるんだよ」

「偉業を成し遂げて帰ってきた奴が兵卒ってどういうことだ」

「下っ端兵士って顔じゃねえよなあ」

戦士(つ、つらい)

戦士(バリバリの体育会系の世界を想像していたのだが)

戦士(なんなんだこの緩さは……)


「あー早く帰って酒飲みてえなあ」

「おいへリオス、おまえ酒飲めるだろ? 今度付き合えや」

戦士「は、はあ」

戦士(兵士養成所の方がまだ厳しい雰囲気だったな……)

小隊長「あーあー静かに。朝礼は以上だ。各自持ち場に就け」

小隊長「ジレスは東門の警備だ。ヘリオスはネッドと巡回行ってこい」

戦士「は」

中年兵「でかくなったよなあー、すっかり親父さんそっくりだ」

戦士「よく言われます」

中年兵「奥さんも背ぇたけえんだろ? 巨人夫婦だな」

戦士「は、はあ」

中年兵「そのリアクションは変わってねえなあ、安心したぞ」

中年兵「天狗になってたらどう接すりゃあいいか心配だったんだぜ」

戦士「そっすか」


版画屋「ようムッチャク! おまえやっと兵士になったのか」

戦士「ああ。……その呼び方はやめろ」

戦士(悪ガキだったジョナスは親父さんの版画屋を継いだ)

戦士(新しい印刷技術を開発して有名になったらしく、村の外れにはこいつのでかい工場がある)

版画屋「軍服似合ってんじゃねえか~」

版画屋「おまえの版画は相変わらずバカ売れしてるぜ」

戦士「あの妙に美化してるやつだろ……」

戦士「あれのせいで世間が認知している俺の顔と実際の俺の顔がだいぶずれてるんだが」

戦士(ちなみにいくら売れても俺に利益は入らない)

版画屋「ところでよ、実はなかなか良い本が出来上がったんだが……」

戦士「巡回中だからまた今度な」

版画屋「そう言わずに」

中年兵「守るべき民と少し交流するくらいいいだろう」

戦士「しかし」

版画屋「ほら見てくれよこれ」

戦士「……女性向けのファッション誌じゃないか」


版画屋「おまえこういうの好きだろ?」

中年兵「ヘリオスおまえ……女装……」

戦士「違います」

中年兵「……ああ! ムッチャクだもんな!」

戦士「あの」

版画屋「ほら、ほら、このページ……きっちり着込んでるぜ」

戦士「っ…………」

戦士「……仕事帰りに寄るから一冊取り置きしておいてくれ」

版画屋「へへっ、今回はタダにしておいてやるよ」

版画屋「おまえのおかげでこっちは大儲けしてるからな」

戦士「……はあ」

絵師「ジョナス、美化した軍服姿のヘリオス描けたぞ」

版画屋「ナイス。早速はがきに印刷するぞ」

戦士「あのなあ……利益を寄越せとは言わないから許可くらい求めてくれ」


中年兵「有名人は大変だなあゲラゲラゲラ」

戦士「…………」

中年兵「にしても今日も平和だなあ、この村は」

中年兵「観光客とのトラブルはたまに起こってるけどな」

戦士「そういえば、昔はこんな村に観光目的で来る人なんて滅多にいませんでしたね」

中年兵「おまえが英雄として有名になる前まではな」

中年兵「移住民も随分増えたしなあ。変わったもんだ」



お婆さん「どこに行ったのかねえ……この辺りのはずなんだけどねぇ」

中年兵「クラリスさんどうしたんだい」

お婆さん「お爺さんからもらったペンダントを落としてしまったんだよぉ」

戦士「ああ……いつも身に着けていたものですよね?」

お婆さん「あらヘリオス君、ずいぶん巨大化したのねえ。あなたのお爺さんの若い頃を思い出すわあ」

戦士「はあ…………そっすか」


戦士(トパーズ使うか)

戦士「ありましたよ」

お婆さん「あら、ありがとうねえ」

中年兵「その能力で聖玉見つけたんだっけか? 便利だな」

青年「すいませーん、これ落し物なんすけど」

中年兵「持ち主探せるか?」

戦士「やってみます」



三丁目の親父「おー、すまんな。探してたんだ」

三丁目の親父「そういや、うちの家内が財布を落として困ってるんだが……」

村人A「俺も実は紛失物が」

村人B「商売道具を盗まれたっぽいんですが」

村人C「猫が三日も帰ってこなくて」

村人D「家出した妻が見つからないんです」

戦士「ええ……」


夕刻

戦士(疲れた……)

中年兵「おまえこれから遺失物係な」

戦士「え」

中年兵「つか、わざわざ兵士になんてならなくてもこの道で食っていけたんじゃないか? おまえ」

中年兵「『あなたのなくしもの探します! 1つにつき5千G!』って感じでよ」

戦士「いや……俺、営業能力ないですし、兵士になるのが長年の夢でしたから」

中年兵「ああそうだな、軍服着てなきゃ依頼人が顔見て逃げちまう」

戦士「…………」

中年兵「すまん」



翌日

版画屋「おいヘリオス!」

戦士「なんだよジョナス」

版画屋「大変なんだって! 助けてくれよ」


版画屋「刷りたてほやほやの在庫がごっそり盗まれててよお」

戦士「あー、盗難届何処ですか」

中年兵「そこの引き出しだ」

版画屋「おまえの能力でちゃちゃっと探せるだろ!?」

版画屋「早く来てくれよ」

戦士「形式上書類を書いてもらえないと困る」

版画屋「お堅い奴……」



村はずれの工場・倉庫

版画屋「ここに置いてたんだよ」

戦士「どんな本だったんだ」

版画屋「…………」

版画屋「……紳士の雑誌」

戦士「……そうか」

版画屋「今回は『最上質シルキィ紙』っていう、すげえお高い紙で刷ったんだ」

版画屋「だからいつも以上に予算使っててさあ」


戦士「一冊でも残ってないのか」

版画屋「一応あるぞ。サンプルだが」

中年兵「おお……こいつぁすげえ……ツルツルでありながらサラサラだ」

中年兵「こんなに美しい印刷は見たことがない」

中年兵「……ついトイレに行きたくなっちまう」

戦士「……何か手掛かりはないのか?」

戦士「盗んだ奴の目星とか」

版画屋「心当たりはねえんだよ」

戦士「おまえに恨みがある奴ならたくさんいるだろ」

版画屋「たとえばおまえとかな」

戦士「帰っていいか」

版画屋「まあまあ」


版画屋「防犯石で映像撮ってたんだが、盗まれた瞬間だけやけに乱れててさ」

戦士「ちょっとそれ貸してくれ」

版画屋「え、おまえ石から情報読めんの?」

戦士「多少はな……」

戦士(いちいち気絶しなくても石に宿った意志と会話できるくらいにはなったしな)

戦士「…………」

戦士「妙な力を加えられてるな。魔術か何かで記録を乱したんだろう」

戦士「専門家じゃないからアバウトにしか読み取れないが」

版画屋「すげえなその特殊能力……」

版画屋「ところでさ、おまえの物探し能力でちゃちゃっと雑誌探せねえの?」

戦士「万能じゃないんだ。距離が離れていたりすると追えなくなる」

戦士「とりあえず、村の周囲をぐるっと回ってみるか……」


――
――――――――

西の洞窟

戦士「トパーズが示しているのはこの洞窟の奥です」

中年兵「ここ……大精霊の祠じゃねえか」

版画屋「なんなんすかここ」

中年兵「わけぇもんは知らないのか」

中年兵「この村、城下町のすぐ近くにあるってのに、いつまで経っても吸収されずに残ってるだろ」

版画屋「田舎暮らしが好きな奴もいるからじゃないんすか」

中年兵「それもあるが、この洞窟の奥にある祠を守るのがこの村の使命でな」

戦士「中に入るのに管理者の許可は必要でしょうか」

中年兵「兵士なら事後承諾で大丈夫なんだが……」

中年兵「綺麗な体の奴しか入っちゃだめなんだ」


戦士「じゃあ行きますね」

中年兵「いやちょっと待て」

戦士「なんですか」

中年兵「おまえ、美人な嫁さんいるよな?」

戦士「はい」

版画屋「結婚してから何ヶ月も経ってるよな?」

戦士「だからなんだ」

新兵「ヘリオスさんって、あの“さくらんぼ狩りの勇者ナハト”と旅してたんすよね?」

戦士「そうだが」

中年兵「ヘリオス……まさかおまえ、弟子入りと引き換えに自分の息子を……」

版画屋「ヘリオスのヘリオスの墓作ってやらねえと」

戦士「いやあの息子は無事ですから!!!!」

新兵「ああっ洞窟から大波が!!」

戦士「うおああああ!!!!??」


戦士「なんなんだ……」

新兵「不自然な形に水溜りができてるっすね」

中年兵「……『キスしたことがあるからアウト』か」

戦士「ええ……」

戦士「どんだけ潔癖なんだ」

版画屋「嫉妬してんじゃねえの? ぎゃはは」

版画屋「俺も子持ちだから入れねえなあ参ったなあいてっいてっ」

版画屋「なんで洞窟から水鉄砲が飛んでくるんだよ!!」

中年兵「そりゃあ無礼なことを言ったらなあ……」

中年兵「俺も既婚だしな……そういやジレス、おまえはどうなんだ」

新兵「経験人数3人っす」

中年兵「そうか。参ったな……この村の兵士のほとんどは非童貞だ」

中年兵「城下町に応援を頼まないとならん」


版画屋「ええー! 今すぐにでも取り戻してえのに!」

版画屋「非童貞でも入る方法ないんすか」

中年兵「ない」

版画屋「ヘリオス、ゴリ押しで入れ」

戦士「流石に神様に等しい存在のお怒りを買うのは嫌だ」

版画屋「入らねえと……おまえの恥ずかしいエピソードを奥さんに話すぞ」

戦士「なっ…………」

戦士「…………俺ってチクられて困るような恥ずかしい過去なんてあったっけ?」

版画屋「2年の時の国語の時間のアレとか。7年の時の水泳とか」

戦士「……あ、あああああ!!」

版画屋「そしてムッチャク」

戦士「くっ……」

戦士「いやだがしかし」

版画屋「キスしただけでアウトとか大精霊様が厳しすぎるんだよ!」

版画屋「童貞なら自信を持って突っ込め! さあ!」

ドンッ

戦士「うおっ!」

バシャアアアアアア!!

戦士(火の壁で蒸発させるっ!)

版画屋「おーいいぞいいぞ! その調子で進め進めー!!」


『立ち去れ……』

中年兵「!」

『立ち去れ非童貞共……!!』

戦士(大精霊の声か……?)

ゴゴゴゴゴゴゴドヴァジャアアアア

新兵「やややややばいんじゃないすかこれ」

戦士「っだあああああああもう!! 覚えてろよジョナス!!」

版画屋「おまえの火の壁すげえな!」

新兵「術名言わなくても魔法使えるんすね」

版画屋「どうせならかっけえ術名叫べよ」

版画屋「そうだな……エンシェントシャイニングウォールなんてどうだ」

戦士「やめろ!!!!」

中年兵「ヘリオスが術名叫んでも似合わねえだろ」

版画屋「それもそっすね」


戦士「俺達はただ盗まれたものを探しに来ただけです」

『紳士の本は返さぬぞ!』

版画屋「いやいやいや返してもらえないと困るんですけど!!!!」

新兵「これが本当に大精霊様の声だとしたら、どうして大精霊様がエロ本なんて盗んだんですかね」

中年兵「犯人が大精霊様なら、童貞の応援を呼んだところで突入は困難だな……」

戦士「どういうことなのかご説明ねがいた」

大精霊『人間なんかに我等の気持ちなぞわかるものか!!!! 非童貞は失せろ!!!!』

戦士「いてっいてっ俺は童貞です!!!!!!!」

大精霊『嫁さんいるくせに!! ちくしょう!!!!!』

中年兵「この土地の守り神にも等しい存在である大精霊様が、何故盗みを……」

大精霊『それ以上奥に進もうとすれば命を危険に晒すことになるぞ!』


中年兵「守護精霊様が疫病神になっちまったんじゃあ、お祓いしてもらわねえとな……」

大精霊『えっ』

中年兵「ほとんどの精霊は魔族の瘴気にあてられたら弱っちまうが、」

中年兵「たまに瘴気に適応して邪悪な存在になっちまう個体もいるそうだ」

新兵「このあたりじゃ聞かないっすけど、新聞で読んだことはあるっす」

中年兵「魔族が封印された後もちょっと問題になってるらしくてな」

中年兵「うちの大精霊様もそうなっちまったんだろう。残念だが仕方ないな」

大精霊『早まるでない』

中年兵「もしもし教会ですか? エクソシストを数名……」

大精霊「早まるなー!!!!」

新兵「うわあ、すごい慌てて出てきたっすね、大精霊様」

中年兵「おおう……姿を現されるのは千年ぶりくらいのはずだ」


大精霊「弱ってはおるが瘴気で穢れてもおらぬわ!!」

戦士「では何故このようなことを」

大精霊「……先程から大精霊大精霊と言っておるが、汝等は我の名を知っておるか?」

中年兵「……なんだっけか」

新兵「聞いたこともねえっす」

版画屋「伝説レベルの存在だしな」

戦士(なんだっけ……)

大精霊「時とともに信仰心は薄れ、供物が供えられるのも年に一度となり、名まで忘れられ……」

大精霊「しかし人間に文句を言おうにも、我が力は可視化もままならぬほど弱まり」

大精霊「この頃漸く力が回復してきたと思えば、人の言語はすっかり変化しており会話は不可能であった」

新兵「だからムシャクシャしてたんすね」

大精霊「うむ」


版画屋「だからって、なんでよりにもよって紳士の本なんて盗んだんすか」

大精霊「…………」

新兵「人間の男みたいなお姿っすし、そういうのに興味あったんじゃないんすかね」

大精霊「悪いか!?!?」

大精霊「神と人の心のつくりはそう変わらぬ」

大精霊「神に生み出された我が心も性愛というものに惹かれて止まぬのだ」

大精霊「そういった行為をしない存在であるにも拘らずな!!!! ちくしょう!!!!」

戦士「しかし、何故在庫をごっそり持っていかれたのですか。一冊でいいでしょう」

大精霊「部下の小精霊達も人間の体に興味があると言い出してな」

大精霊「人間に嫌がらせができる上に仲間を喜ばせられるのであれば一石二鳥であろう」

戦士(く、くだらない……)

新兵「俺達の気を引きたかったんすね」

大精霊「う、うむ……」


版画屋「とりあえず返していただけませんかね……」

大精霊「断る」

版画屋「倒産しちまいますよ。たまにエロ本供物として持ってきますんでどうか」

大精霊「……よかろう」

戦士(いいのか……)

大精霊「……だが元の場所まで戻す力が残っておらぬ」

大精霊「特別に我が領域に立ち入ることを許すから汝等で運んでゆけ」



洞窟の奥

戦士(あの宝玉がご神体か)

大精霊「動物のもつ愛の快楽とはどういうものなのか……」

大精霊「知ることは叶わぬというのに、心だけは高揚するのだ」

大精霊「くっ……欲を消化できぬ……せめて愛を語らい合う相手が欲しい……」

新兵「お姿が消えかかってるっすよ」

大精霊「まだ力が安定しておらぬのだ。もうじき会話も困難となるだろう」

中年兵「これから交流を増やし、人と精霊の間に摩擦が生じないようにしたいと思っていたのですが」

大精霊「霊感のある人間を時折寄越すがよい」


――
――――――――

ヘリオスの実家

戦士(なんだかんだで事件は解決した。疲れたな……)

勇者「お疲れ様。肩でも揉もうか」

戦士「ありがとう……」


戦士母「ヘリオスー、ジョナス君が来てるわよ」

戦士「ええ……」



版画屋「ようムッチャク! 世話になったな!」

戦士「何の用だ」

版画屋「これやるよ。礼だ」

戦士「こ、これは……」

戦士「い、いや、こんなものをこんなに大量に贈られても困る」

版画屋「おまえんち地下倉庫あるじゃん。隠し場所なら問題ないだろ」

戦士「いやいやいや」

勇者「ねえ、ヘリオスさん」

勇者「『ムッチャク』って……何?」

戦士「!!!!!」


戦士「え、えっと……子供の頃につけられたあだ名なんだけど……」

戦士(ムッツリ着衣フェチマンの略だなんて言えない……!!)

勇者「……?」

版画屋「奥さん知らないんですか? 実はこいつ」

戦士「『むっちゃたくさん食べる子供』だったからさ!!」

戦士「給食がっついてたらそう呼ばれるようになったんだ」

勇者「ああ、そうなんだあ」

版画屋「チッ」

戦士(こいつ……結局俺に恥かかせようとしてやがる……!)

勇者「ところで、何頂いたの?」

戦士「っ」

戦士(女性向けファッション誌だなんて言えるはずないだろ……!)

戦士(ファッション誌が紳士の本と化すような趣味だなんて絶対バレたくない……!!)

版画屋「奥さん、実はこいつ」

戦士(い、いや、ここは……)


戦士「ほら、見てよこれ」

戦士(敢えて見せる!)

勇者「ファッション誌? こんなにいっぱい……」

戦士「うち、女が多いだろ?」

戦士「それに、アルカさんはまだこの国の服のことは詳しくないだろうからって」

戦士「こいつ、気を利かせてくれたんだよ」

勇者「ああ、そうなんだ。ありがとうジョナスさん」

版画屋「あー、はい」

戦士「ありがとなジョナス。そろそろ帰ったらどうだ? 奥さんと子供が待ってるだろ」

版画屋「おーそれもそうだな。じゃあな」

バタン

戦士「…………はあ」


戦士(……何かと俺を下げようとしてくるの、どうにかならないかな……)

勇者「見て見て! この服綺麗じゃない?」

戦士「ああ、今度買いに行こうか。そのブランドの店、確か町の東部にあったはずだ」

勇者「あなたはどんな服が好き?」

戦士「んー、これかなあ。でも、アルカさんの好きな服が一番良いよ」

勇者「そう? 嬉しいな」

戦士(……喜んでるし、まあ結果オーライかな)

パラ

妹3「兄ちゃん、何か落ちたよ」

妹4「『ヘリオス黒歴史集』……?」

戦士「……ああああ読むな!! 読むんじゃない!!」

妹3「……あはははははなにこれー!」

妹4「兄ちゃんやばーい!!」

戦士「うわあああああ!!!!」

戦士(覚えてろよジョナスゥゥゥゥゥウウウ!!!!)

勇者「……ふふ」


ヘリオスの苦難はジョナスが死ぬまで続く

初仕事 終

遅くてすみませ……

……あー、名前欄見なかったことにしてくださいorz

次からこれ使います

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