大神「…もう決めたのだ。許せ」朝日奈「そんなの、嫌だよ…お願い、ドクターK!」カルテ.7 (1000)

★このSSはダンガンロンパとスーパードクターKのクロスSSです。
★クロスSSのため原作との設定違いが多々あります。ネタバレ注意。
★手術シーンや医療知識が時々出てきますが、正確かは保証出来ません。
★原作を知らなくてもなるべくわかるように書きます。


~あらすじ~

超高校級の才能を持つ選ばれた生徒しか入れず、卒業すれば成功を約束されるという希望ヶ峰学園。

苗木誠達15人の超高校級の生徒は、その希望ヶ峰学園に入学すると同時に
ぬいぐるみのような物体“モノクマ”により学園へ監禁、共同生活を強いられることになる。

学園を出るための方法は唯一つ。誰にもバレずに他の誰かを殺し『卒業』すること――

モノクマが残酷なルールを告げた時、その場に乱入する男がいた。世界一の頭脳と肉体を持つ男・ドクターK。
彼は臨時の校医としてこの学園に赴任していたのだ。黒幕の奇襲を生き抜いたKは囚われの生徒達を
救おうとするが、怪我の後遺症で記憶の一部を失い、そこを突いた黒幕により内通者に仕立てあげられる。

なんとか誤解は解けたものの、生徒達に警戒され思うように動けない中、第一の事件が発生した……


次々と発生する事件。止まらない負の連鎖。

生徒達の友情、成長、疑心、思惑、そして裏切り――

果たして、Kは無事生徒達を救い出せるのか?!


――今ここに、神技のメスが再び閃く!!



初代スレ:苗木「…え? この人が校医?!」霧切「ドクターKよ」
苗木「…え? この人が校医?!」霧切「ドクターKよ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1382255538/)

二代目スレ:桑田「俺達のせんせーは最強だ!」石丸「西城先生…またの名をドクターK!」カルテ.2
桑田「俺達のせんせーは最強だ!」石丸「西城先生…またの名をドクターK!」カルテ.2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1387896354/)

三代目スレ:大和田「俺達は諦めねえ!」舞園「ドクターK…力を貸して下さい」不二咲「カルテ.3だよぉ」
大和田「俺達は諦めねえ!」舞園「ドクターK…力を貸して下さい」不二咲「カルテ.3だよぉ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1395580805/)

四代目スレ:セレス「勝負ですわ、ドクターK」葉隠「未来が…視えねえ」山田「カルテ.4ですぞ!」
セレス「勝負ですわ、ドクターK」葉隠「未来が…視えねえ」山田「カルテ.4ですぞ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1403356340/)

五代目スレ:十神「愚民が…!」腐川「医者なら救ってみなさいよ、ドクターK!」ジェノ「カルテ.5ォ!」
十神「愚民が…!」腐川「医者なら救ってみなさいよ、ドクターK!」ジェノ「カルテ.5ォ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1416054791/)

前スレ:モノクマ「学級裁判!!」KAZUYA「俺が救ってみせる。ドクターKの名にかけてだ!」カルテ.6
モノクマ「学級裁判!!」KAZUYA「俺が救ってみせる。ドクターKの名にかけてだ!」カルテ.6 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1444145685/)



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1474553743


☆ダンガンロンパ:言わずと知れた大人気推理アドベンチャーゲーム。

 登場人物は公式サイトをチェック!
 …でもアニメ一話がニコニコ動画で無料で見られるためそちらを見た方が早い。
 個性的で魅力的なキャラクター達なので、一話見たら大体覚えられます。


☆スーパードクターK:かつて週刊少年マガジンで1988年から十年間連載していた名作医療漫画。

 KAZUYA:スーパードクターKの主人公。本名は西城カズヤ。このSSでは32歳。2メートル近い長身と
       筋骨隆々とした肉体を持つ最強の男にして世界最高峰の医師。執刀技術は特Aランク。
       鋭い洞察力と分析力で外の状況やこの事件の真相をいち早く見抜くが、現在は大苦戦中。


 ・参考画像(KAZUYA)
 http://i.imgur.com/wgyt4k2.jpg
 http://i.imgur.com/JFWgsAV.jpg


ニコニコ静画でスーパードクターKの1話が丸々立ち読み出来ます。
http://seiga.nicovideo.jp/book/series/13453



《自由行動について》

安価でKの行動を決定することが出来る。生徒に会えばその生徒との親密度が上がる。
また場所選択では仲間の生徒の部屋にも行くことが出来、色々と良い事が起こる。
ただし、同じ生徒の部屋に行けるのは一章につき一度のみ。


《仲間システムについて》

一定以上の親密度と特殊イベント発生により生徒がKの仲間になる。
仲間になると生徒が自分からKに会いに来たりイベントを発生させるため
貴重な自由行動を消費しなくても勝手に親密度が上がる。

またKの頼みを積極的に引き受けてくれたり、生徒の特有スキルが事件発生時に
役に立つこともある。より多くの生徒を仲間にすることがグッドエンドへの鍵である。


・現在の親密度(名前は親密度の高い順)

【カンスト】石丸 、桑田

【凄く良い】苗木、不二咲、大和田

【かなり良い】舞園、朝日奈、腐川 、ジェノサイダー

【結構良い】霧切、大神

【そこそこ良い】セレス、山田、葉隠

【普通】十神


     ~~~~~

【江ノ島への警戒度】かなり高い


人物紹介(このSSでのネタバレ付き)

・西城 カズヤ : 超国家級の医師(KAZUYA、ドクターK)

 学園長たっての願いで希望ヶ峰学園に短期間赴任しており、この事件に巻き込まれた。
失った記憶を少しずつ取り戻しながら、希望ヶ峰学園の謎に迫り生徒達と絆を結んでいく。
閉鎖されたこの学園で“唯一の大人”であり生徒のためなら自ら犠牲になることも辞さない。

半数近くの生徒を手術で救い苗木と石丸に医療技術を仕込むが、モノクマに危険視されている。


・苗木 誠 : 超高校級の幸運

 頭脳・容姿・運動神経全てが平均的でとにかく平凡な高校生。希望ヶ峰学園にはいわゆる抽選枠で
選ばれた『超高校級の幸運』の持ち主。自分を平凡と謙遜するが我慢強い性格と前向きさで、誰とでも
仲良くなれる。K曰く、超高校級のコミュニケーション能力の持ち主。 石丸と共に医者を目指すことを
決意し、現在はKの指導を受けている。その幸運で保健室の隠し空間を発見した。


・桑田 怜恩 : 超高校級の野球選手

 類稀な天才的運動能力の持ち主。野球選手のくせに大の野球嫌いで努力嫌い、女の子が
大好きという超高校級のチャラ男でもあった。……が、舞園に命を狙われたことを契機に
真剣に身の振り方を考え始める。その後、命の恩人で何かと助けてくれるKにすっかり懐き、
だいぶ真面目で熱い性格となった。今は真剣に野球や音楽に取り組んでいる。


・舞園 さやか : 超高校級のアイドル

 国民的アイドルグループでセンターマイクを務める美少女。謙虚で誰に対しても儀正しく
非の打ち所のないアイドルだが、真面目すぎるが故に自分を追い詰める所があり、皮肉にも最初に
事件を起こす。その後、自分を責め続けたことにより精神が限界を迎え、現在は「脱出のための駒」
としての自分を演じている。桑田とも和解し、一見何の問題もないように見えるが……


・石丸 清多夏 : 超高校級の風紀委員

 有名進学校出身にして全国模試不動の一位を誇る秀才。真面目だが規律にうるさく融通が効かない。
苗木を除けば唯一才能を持たない凡人である。努力で今の地位を築いたため、努力を軽視する人間を嫌う。
堅すぎる性格故に長年友人がいなかったが、大和田とは兄弟と呼び合う程の深い仲になった。
 大和田の起こした事件で顔と心に大きな傷を負い一度は廃人となるが、仲間達の熱い友情により
無事復活。現在は尊敬するKAZUYAに憧れ医学の猛勉強を行っているが……不器用なのが玉にキズ。


・大和田 紋土 : 超高校級の暴走族

 日本最大の暴走族の総長。短気ですぐ手が出るが、基本的には男らしく面倒見の良い兄貴分である。
石丸とは最初こそ仲が悪かったが、後に相手の強さをお互いに認め合い義兄弟の契りを交わした。
 己の弱さから事件を起こすが、後に自ら秘密を告白し克服する。石丸の顔に傷をつけたこと、第三の
事件を誘発し不二咲を危険な目に遭わせたことを後悔しているが、自分なりに償っていく決意をした。
手先の器用さや力が強いことを活かし、KAZUYAからも何かと仕事を任されている。


・不二咲 千尋 : 超高校級のプログラマー

 世界的な天才プログラマー。その技術は自身の擬似人格プログラム・アルターエゴを作り出す程である。
小柄で愛らしい容姿をした女性……と思いきや、実は男。男らしくないと言われるのがコンプレックスで
今までずっと女装して逃避していた。事件の際、石丸が自分を庇って怪我を負ったことに責任を感じ、
単独行動を取った結果ジェノサイダー翔に襲われ死にかけるが、友情の力でギリギリ蘇生した。
現在は等身大の自分で出来ることを探し、前向きさに他のメンバーを支えている。


・朝日奈 葵 : 超高校級のスイマー

 次々と記録を塗り替える期待のアスリート。恵まれた容姿や体型、明るい性格でファンも多い。
食べることが好きで、特にドーナツは大好物である。あまり考えることは得意ではないが、直感は鋭い。
 モノクマの内通者発言により仲間達に疑われたことでとうとう不満が爆発し、KAZUYAとも衝突するが
お互いに本音をぶつけあったことで和解。現在は苗木達同様、KAZUYAの派閥に入っている。


・大神 さくら : 超高校級の格闘家

 女性でありながら全米総合格闘技の大会で優勝した猛者。外見は非常に厳つく冷静だが、内面は
女子高生らしい気遣いや繊細さを持っている。由緒正しい道場の跡取り娘であり、地上最強の座を求め
日々鍛錬している……が、実は内通者。モノクマに道場の人間を人質に取られており、指令が下れば
殺人を犯さなければならない立場にある。覚悟を決めているが、同時に割り切れない感情も感じている。

今回の事件でのセレスと山田の裏切り行為に何か思う所があるようだ。


・セレスティア・ルーデンベルク : 超高校級のギャンブラー

 栃木県宇都宮出身、本名・安広多恵子。ゴシックロリータファッションの美少女である。徹底的に
西洋かぶれで自分は白人だと言い張っている。いつも意味深な微笑みを浮かべ一見優雅な佇まいだが、
非常な毒舌家でありキレると暴言を吐く。穏健派の振りをしているが、実は脱出したくてたまらない。
 満を持して事件を起こし、完璧と思われるトリックで周囲を華麗に翻弄するが超国家級の医師を
欺くことは出来なかった。事件前にKAZUYAを唯一のCランク認定していたが、その真意とは……


・山田 一二三 : 超高校級の同人作家

 自称・全ての始まりにして終わりなる者。コミケ一の売れっ子作家でオタク界の帝王的存在。
セレスからは召使い扱いで毎日こき使われている。 普段は明るく気のいいヤツだが実は臆病で
プライドの高い一面もあり、密かに周囲の人間に対し引け目を感じていた。
 その負の感情をセレスに利用され事件に加担してしまったが、セレスに裏切られたことにより
己の愚かさと浅はかさを悟り深く後悔する。KAZUYAの手術を受けたが現在は未だ昏睡状態。


・十神 白夜 : 超高校級の御曹司

 世界を統べる一族・十神家の跡取り。頭脳・容姿・運動神経全てがパーフェクトの超高校級の完璧。
デイトレードで稼いだ四百億の個人資産を持っている。しかし、全てを見下した傲慢な態度で周囲と
何度も衝突を繰り返し、コロシアイをゲームと言い放つなど人間性にはかなり問題がある。
 自ら事件を撹乱したり危険人物ではあるが、内心では現在の状況や度重なる孤立に多大な不安や
ストレスを感じている。また、そんな自分に苛々しているため周囲に対しやや攻撃的な面も。


・腐川 冬子 : 超高校級の文学少女

 書いた小説は軒並みヒットして賞も総ナメの超売れっ子女流作家……なのだが、家庭や過去の
人間関係に恵まれず暗い少女時代だったために、すっかり自虐的で卑屈な性格になってしまった。
 十神が好きで、いつも後を追いかけている。実は二重人格であり、裏の人格は連続猟奇殺人犯
「ジェノサイダー翔」。翔が事件を起こしたことがショックで閉じこもっていたが、自分を外に
連れ出したKAZUYAに深い感謝と好意を持っている。……最近は十神に加えKでも妄想してるらしい。


・ジェノサイダー翔 : 超高校級の殺人鬼

 腐川の裏人格であり、萌える男をハサミで磔にして殺す殺人鬼。腐川とは真逆の性格でとにかく
テンションが高くポジティブ。重度の腐女子。乱暴だが頭の回転は非常に早く、味方にすると頼もしい。
腐川とは知識と感情は共有しているが記憶は共有しておらず、腐川の消された記憶も保持している。
コロシアイが起こる以前、自分と腐川に親身だったKAZUYAに好感を持っておりその関係で何かと協力的。


・江ノ島 盾子 : 超高校級のギャル

 大人気モデルで女子高生達のカリスマ……は本物の江ノ島盾子の方で、彼女はその双子の姉である。
本名は戦刃むくろといい、超高校級の軍人だった。天才的戦闘能力を誇るが、頭はあまり回らず全く
気が利かないため残念な姉、残姉と妹からは呼ばれている。このコロシアイ学園生活のもう一人の内通者。
ちなみに大半の生徒からは軒並み怪しまれKAZUYAや霧切、十神と言った頭脳派達にはバレている。残念。


・葉隠 康比呂 : 超高校級の占い師

 どんなことも三割の確率でピタリと当てる天才占い師。事情があって三ダブし、高校生だが成人である。
飄々として常にマイペース、KAZUYAからは掴み所がないと評されている。普段は割りと 落ち着いているが、
非常に臆病ですぐパニックになる悪癖がある。 また、自分の保身第一であり、借金返済のために友人を
利用しようとする面も……。どうせ外れだと思っているが、大神が内通者だというインスピレーションを得た。

犯人ではなかったものの、二人も襲ったことが明らかになった葉隠に明日はあるのか。更なる悲劇が葉隠を襲う。


・霧切響子 : 超高校級の探偵

 学園長の娘にして、名門探偵一族霧切家の人間。初めは記憶喪失で名前以外何も思い出せなかった。
KAZUYAがたまたま霧切について知っていたため、現在は順調に記憶が回復している。いつも冷静沈着で
洞察力も鋭く、的確な指示をするためKAZUYA派の中では副リーダー兼参謀的役割を担っている。
 手に火傷の痕がありKAZUYAに手術してもらったが、すぐには治らないのでまだ当分手袋は外せない。
少しずつだが、周囲に対し確かな信頼や絆といった感情を持ち始めている。


・モノクマ

 コロシアイ学園生活のマスコットにして学園長。苗木達を監禁しコロシアイを強制している
黒幕である。中の人は超高校級の絶望・江ノ島盾子。人の心の弱い部分やコンプレックスを突くのが
得意で、このSSでは幾度も生徒達の心を踏みにじってきた最強のラスボス。強靭な精神力と
高い医療技術を持つKAZUYAがいよいよ真剣に邪魔になってきており、排除を企む。


テンプレ貼り付け終了。

本編は週末を予定。前スレにオマケを投下しておきます。
投下まで好きなキャラの名前でも叫んでてください。






Chapter.4  オール・オール・フォー・ア・ポリシー (非)日常編





「…………」


もう何度となく開かれた朝食会は今日も無言だった。

生徒達は疲れ果てていた。ただ惰性で生き、月日が早く過ぎるのを待っているようだった。


悪夢のような二度目の裁判の後、果たして彼等に一体何が起こったのか。

まず一つ目の結論から言うと、




――セレスは死んでいない。


「…………」


彼女は今日も保健室で山田と並んで横たわって天井を見つめている。

では何故こうも空気が暗いのか。

時系列をオシオキ後に戻して説明しなければならない。


                  ╂


「ウオオオオオー!!」


城の梁が崩れる寸前、建物の崩壊を察知したKAZUYAはバリケードを蹴破り中に侵入した。
そして悲鳴を上げるセレスを押し倒して自身のの巨体で庇う。


「先生ッ?!」


誰もが予想外の行動だった。モノクマすら口を挟まなかったのがその証拠だ。
しかし、当の本人が一番驚いていた。セレスは大きな瞳を更に見開き、目の前の男を凝視する。


「な、ぜ……?」

「――さあな」


自分は見捨てられて当然のことをしたのだ。KAZUYAだって呆れていたし怒っていたはずだ。
しかし、KAZUYAはセレスを助けた。さもそれが当然であるかのように。

その表情は極めて複雑であったが、彼は彼女を責めることも恩を着せることもなかった。


「KAZUYA先生! 大丈夫ですか?!」

「慌てるんじゃない! 俺は大丈夫だ! 上に乗っている梁を落ち着いてどけてくれ!」


KAZUYAの背にはいくつも太い木の柱が落下していた。しかし、鉄骨すら耐えたことのある
鋼の肉体は何とか柱の重みに耐え、KAZUYAの下にいるセレスを守った。


「俺と大神で何とかする! お前らは危ないから下がってろ!」

「兄弟、二人だけでは大変だ! 僕達も手伝う!」


「では我と大和田が直接木材をどかす! 石丸達は受け取ってくれ」

「了解した!」

「十神! おめーも手伝えよな!」

「チッ。面倒な……」


大和田と大神がKAZUYA達を潰さないように慎重に木材に乗り上げ、
石丸、桑田、十神が柱を受け取るため瓦礫の下で待機する。


「手伝いたいけど、僕達は力が弱いから邪魔になるかな……」


不二咲が残念そうに呟くと、ただぼんやり見ていた葉隠に朝日奈が噛み付いた。


「ちょっと葉隠! あんたは力あるでしょ! なにぼーっとしてんの?」

「え?! えぇ……だってなぁ……」


渋る葉隠を腐川と江ノ島が睨みつける。


「あ、あんた、先生が死んでもいいの?! 散々世話になっておいて……!」

「あんたにとって命の恩人でしょ!」

「まあ、それもそうか……」

「私も手伝うから、ほら早く!」


葉隠は渋々と手伝い始める。

……が、どう見ても小柄な朝日奈の方が役に立っていた。


「…………」

「…………」


撤去作業中、KAZUYAもセレスも無言だった。

上に何百キロも木材が乗っているため、KAZUYAの体は必然的に地面と近くなり、
セレスと顔が近い。その距離は、もはや30センチもない。

頭部の皮膚が裂けたのか、KAZUYAの額からは血が流れている。
流れている血と汗が混じり合ってセレスの顔にぽたり、ぽたりと落ちた。


「……大丈夫ですか?」

「……問題ない」


KAZUYAの彫りが深い端正な顔が苦痛で少し歪んでいる。
だがKAZUYAは呻き声一つ漏らすことはなく、ただ歯を食いしばって黙って耐えていた。
そして濁り一つない真っ直ぐな目で、セレスの目を覗いている。

そこにあるのは後悔か、やるせなさか。

セレスは目を逸らすことが出来ない。それは何よりも辛い精神的な責め苦のように感じた。


(馬鹿なことを、したものです……)


無言のKAZUYAと見つめ合いながら、セレスは初めて後悔の念を持った。

今まで自分の行動に後悔したことなどない。過激なギャンブルの結果、相手が破産する姿など
何度も見てきた。だがそれは彼等の自業自得だし、基本的に彼女は他人がどうなろうと気にしない。

関係ないからだ。他人がどうなろうと自分には関係ない。

そんな自分中心の思考を持つ彼女でさえ、殺人は流石にやり過ぎではないかと
思うことは正直何度もあった。いくら他人とはいえ人の命を奪うのはどうなのかと。


しかし、彼女は耐えられなくなってしまった。ここには何もない。
彼女が好きなブランドの服も、きらびやかな宝石も。

空気の張り詰めるようなギャンブルも。

長年ずっと追い求めてきた夢も。

……一緒に暮らす家族も。


何もないのだ。


モノモノマシーンで中途半端に外の物が手に入るのも良くなかった。
物が溢れている分かえって危機感が削がれ、虚無感ばかりが埃のように積もっていく。
結果、周囲と団結する意志は日に日に薄れていった。

外の世界に対する渇望は日を追うごとに強くなっていくというのに。

そんな中、モノクマは囁く。


『緊急避難ってあるじゃない? 自分を助けるためなら周りの人を犠牲にしても許されるんだよ?』


そうだ。自分は監禁されている。

食べ物は今は支給されているが、今後どうなるかはわからない。

突然モノクマが気まぐれを起こして殺されるかもしれない。

絶対ないなんて誰にも言えない。


出たい。


出たい。





出たいッ!!!!!



そんな時に、まるで自分の背を押すような大金を差し出されたらセレスはもう動くしかなかった。

自分は悪くない。脱出のために仕方ない。黒幕が全て悪いのだと言い訳しながら。

しかし、悪くない訳がないのだ。監禁を我慢し夢を諦めているのは他のメンバーも同じ。
実際に大怪我を負い、常に死の恐怖に怯えているのは彼等も同じなのだから。

KAZUYAに殴られようが、オシオキで死のうが本来なら甘んじて受けなければいけない。


……それでも。


それでもKAZUYAは自分を助けた。

己の身を盾にして、恨み言一つ言わずに――


(西城先生。あなたは……あなたは本当に立派な人ですね……)

(きっと、誰かに言われなくても……自然に体が動いて……
 そうやって、いつも当たり前のように誰かを助けているのでしょう……)


KAZUYAの言った通りだ。金で手に入る人間関係など何と薄っぺらいことだろう。
容姿がどんなに良くても、中身の伴っていない人間に価値があるのだろうか。

そして目の前の人物は頭脳、力、技術、容姿、人間性。その全てが揃っていた。


(たくさんのイケメンに囲まれて女王のような生活を送るより、たった一人でも真の騎士と
 呼ぶに相応しい人間を手に入れて守ってもらう方が、よっぽど有意義でしたわね……)

(……今更それに気付いても、何もかもが遅すぎたのですが)

「先生、汗が……」


身じろぎして自由な右手を何とか動かすと、KAZUYAの額の血と汗を拭う。


「ウム……」


KAZUYAは相変わらず険しい顔をしている。セレスの想像以上に柱が重いようだ。
彼女の体に覆いかぶさるように、KAZUYAの巨体は密着して微動だにしない。


(せめて、今だけでも、このまま……)


セレスは静かにまぶたを閉じる。

――そのままの態勢で十分以上過ごし、やっと二人は救出された。


桑田「せんせー!」

石丸「大丈夫でしたか?!」

K「……ああ、何とかな」

セレス「…………」

舞園「セレスさん!」

不二咲「大丈夫?」

セレス「わたくし……」

K「……傷が開いているな。早急に処置をせねば」

葉隠「そんなんしなくていいべ!」

苗木「は、葉隠君……」

朝日奈「ちょっと、あんた……」

葉隠「K先生はお人よし過ぎだべ! 今ので自分が死んでたらどうすんだ?!」

十神「同感だな。ほっとけば良いだろう。オシオキで死んでもそれは
    俺達の殺人にはならんのだからな。数が減ってちょうどいい」

K「……!」

石丸「い、いくら犯罪を犯したとは言え見殺しにするわけにはいかないだろう!」


葉隠「オメエらどんだけオメデタイ頭してんだ。さっきセレスっちが言っためちゃくちゃな
    動機忘れたのか?! あんなワケのわからない夢のために俺達は殺されるとこだったんだぞ!!」

霧切「確かに酷い動機だけど、それだけが原因かしら?」

大和田「というか、仲間に一人本物の殺人鬼いるしな……」

腐川「うぅ……」

K「……元々精神的に追い詰められていて、第三の動機発表がトリガーに
  なっただけかもしれん。いや、むしろ俺にはそう見えた」

葉隠「でも俺は危うく殺人犯にされるところだったんだ! こんな危ない人間を
    ムリに生かしとく必要あるか?! ねえだろ!」

大神「葉隠、落ち着け」

葉隠「落ち着けるか! 今日という今日は絶対許さねえからな!」

江ノ島「でもさぁ、あんたがウソばっかついてたからムダに裁判長引いたんじゃないの?」

大和田「そうだ! セレスの策にまんまと引っ掛かって山田殴ったのはお前だろ」

桑田「おめーのせいで俺達まで巻き添え食らうとこだったんだぞ」

葉隠「う、うるさいべ! それとこれとは別だ!」

舞園「そもそも葉隠君……脱出のメモを見たあと何で先生に何も言わなかったんですか?
    きちんと報告してから行っていたら、先生が何とかしてくれたかもしれませんよ?」

大神「いい加減な情報で周囲を混乱させてはいけないというのはわかるが、
    誰にも言わずに一人で向かったのは何故だ?」

葉隠「そ、それは……!」

朝日奈「なんか怪しい……」

葉隠(もし本当に脱出口だったらその情報を売ろうとしたってのは……流石に言わない方がいいよな)

葉隠「そんなことはどうでもいいんだ! 俺はメモの通りにしただけだべ! それよりセレスっちだろ!
    俺の心についたこの傷はどうしてくれるんだ! 慰謝料をもらうべ!」

苗木「葉隠君、あのさ……」

葉隠「それに危ないから監禁とかした方がいいんじゃねえか?! いや、そうすべきだろ!!」

「…………」


その時、予想だにしない方向から冷水が浴びせられた。


「もういい加減にしてよ」

葉隠「?!」


ここまで。



          ,;r'"´;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;`ヽ、

         ,r'";;;;:::::;彡-=―-=:、;;;;;;ヽ、
        /;;ィ''"´  _,,,,....ニ、 ,.,_ `ヾ;;;;〉
         `i!:: ,rニ彡三=、' ゙''ニ≧=、!´     屋上へ行こうぜ・・・・・・
        r'ニヽ,   ( ・ソ,; (、・')  i'
         ll' '゙ ,;:'''"´~~,f_,,j  ヾ~`''ヾ.     久しぶりに・・・・・・
        ヽ) , :    ''" `ー''^ヘ   i!
        ll`7´    _,r''二ニヽ.     l     キレちまったよ・・・・・・
        !:::     ^''"''ー-=゙ゝ    リ
        l;:::      ヾ゙゙`^''フ    /
        人、      `゙’゙::.   イ



キレたのは誰だ



その冷たい言葉を発した人物が余程予想外だったのか、葉隠は目を白黒させてそちらを見る。


苗木「本当にさ、いい加減にして欲しい」

K「苗木?」


いつも穏やかな苗木が見せる鋭い表情に、KAZUYAも嫌な予感を感じていた。


苗木「僕はね、葉隠君の立場を考えてずっと黙ってたんだよ? でも、そろそろ我慢の限界みたいだ」

モノクマ「お? 苗木君、とうとうキレちゃった? キレちゃった?」

苗木「お前は黙ってろ」


ギロリとモノクマを睨むと、苗木は葉隠に向き直る。


苗木「ねえ、葉隠君。僕だって本当はこんなこと言いたくないんだ。もし君が心から
    反省してもう騒ぎを起こさないって約束してくれるなら、あの件は僕の心の中だけに
    とどめておくからさ。だから、こんなこと……もうやめよう」

葉隠「あ、あのことってなんだべ? 俺は別に……言われて困ることなんてねえぞ!」

苗木「悪いって……思ってないんだね」


一瞬苗木の瞳から光が消える。


葉隠「し、知るか知るか! とにかく、俺はセレスっちを許す気なんてねえからな!」

苗木「そう。わかったよ……」

K「何の話だ? あの件とは一体……」

苗木「…………」


モノクマ「まあまあ。例のショッキング映像はばーっちり抑えてるんで!
      いちいち説明するより見せた方が早いでしょ?」

モノクマ「ではここで、問題の映像を大公開~!」


室内が暗くなり、天井から現れた大型モニターにその一連のシーンが映る。


二人の間に何が起こったのか?


それを説明する前に、まずは苗木の日頃の行動を説明しなければいけない。

苗木は苗木なりに、持ち前の前向きさや積極性を活かしてKAZUYAを手助けしようと動いていた。
頭脳や運動能力は並でも、他のメンバーと一緒に遊んだり勉強をしたり仕事を手伝うことは出来る。

また、周囲の人間とこまめにコミュニケーションを取り、相手が不安を感じているようなら
親身に相談に乗り、疲れている時はストレス解消に付き合ったりもしていた。

そんな中、単独行動の多い葉隠ともなるべく機会を作って話をするようにし、仲良くなったのだが……


「えっ?」


全員が目をモニターに釘付けしながら絶句した。
葉隠が苗木に、相談したいことがあると自室に呼び出した時のことである。

わかりやすくまとめると、葉隠はお金持ちと思われる客の女を騙して貯金を引き出した。だが
そのことが訴訟沙汰になった挙句、相手は暴力団関係者でありヤクザに追われる羽目になったのだ。

この男が三回も留年しているのはヤクザから逃げ回っていたから(と趣味のオーパーツ集めで
世界中をフラフラ放浪していたから)なのである。全寮制の希望ヶ峰学園に来たのも
要は身を隠すためであったが、結局見つかって多額の請求を受けてしまう。

ここまででもかなり問題があるのだが、葉隠の爆弾発言はまだまだ終わらなかった。


『ここから出たら内臓とか取られちゃうかも!! なんか若者の内臓は高く売れるんだって!』

『だから、 苗 木 っ ち の 内 臓 を安く売って! ちょっくら転売させて!』

『一個でいいから!!』

『…………』

『じゃあ、国籍でいいや! 国籍も高く売れるらしいんだわ!』

『…………』


唖然として言葉が出ない映像の中の苗木。……画面の前では現実の苗木が深い溜め息をついている。

度重なる葉隠の暴言から何とか平静さを取り戻した苗木は、葉隠が過去に話していた内容を思い出し、
騙し取った金で趣味のオーパーツを買っていたことを看破する。まずはそのコレクションを全て
売り払って金を作り、それでもダメなら協力しようと冷静に提案するが……


『ダメダメ! ダメに決まってんだろ! 俺の大事なコレクションだぞ! 苗木っちは酷いべ!』

『もういい! 苗木っちには頼まん! 何が何でも逃げ切ってやるって!』

『 貯 め 込 ん だ 貯 金 を切り崩してでも逃げ切ってやるって!』

『チッ、バレたか……苗木っちの内臓を売れば、貯金を切り崩さずに金を造れると思ったのに……』



シーーーン。





シーーーン。



映像の最中、至る所からえっ?という呟きが溢れ返っていたが、映像が終わって室内に
再び明かりが灯ると、嫌な沈黙が辺りを包み込んだ。生徒の半分は信じられない物を見る目で、
残りの半分は汚物を見るような冷え切った目で葉隠を凝視している。


葉隠「あー、いや……その……」


友人に平気で問題発言をするくらい一般人と感覚がズレている葉隠だが、
今の空気が非常に不味いものであることは本能的に察知していた。


舞園「……エッ?」

桑田「ハァ……??」

朝日奈「あんた……あんたって……!!」

不二咲「嘘、でしょ?」

霧切「…………」


一部の者は呆れ果ててまともな言葉を出せない。そのくらいの衝撃であった。


江ノ島「(葉隠君は本当に変わらないなぁ……)クズだね」

十神「ここまで来ると、クズというか底無しの馬鹿というか……」

腐川「信じられないわ! あたし以下の汚物ねっ!!」

大和田「こいつ殴っていいか? いいだろ!」

石丸「君という男は一体どこまで自分本位なのだっ?!」

葉隠「い、いやほら……金は借りたら返すつもりだったし……」

K「……臓器は一度借りたらもう返せないが」


セレスのとんでもない動機すら踏みとどまったKAZUYAがかつてないほど冷たい目をしている。
医者であり実際に違法な臓器売買に直面し、命を失った者を見たたこともあるKAZUYAにとって、
臓器を巡る発言は非常にデリケートな話題であった。

更に、葉隠の不運という名の自業自得は続く。


不二咲「あれ? ねえ、ここの日付……」


右下にこの映像がコロシアイ学園生活の何日目のものか書かれている。


霧切「コロシアイ学園生活三十六日目○時△分」

不二咲「これって、動機が配られた日とかじゃないよね……」

朝日奈「えーっと、いつだったっけ? その時ってなにしてた?」

K「石丸の復帰パーティーが30日目。腐川が部屋から出たのが33日目。
  第三の動機が配られたのが36日目だ」

桑田「それってさぁ……」

大和田「一番和やかな時じゃねえか……」

「…………」


その指摘に一同は再び静まり返る。

そもそも葉隠は『ここから出た後』の話をしているのだ。このことが何を表しているか。

――つまり、葉隠の発言はコロシアイや動機とは全く関係ない。

精神的に追い詰められタガが外れた訳でも錯乱して思わず口走った訳でもない。
彼にとって、どこまでも平常運転の上での発言である。


舞園「借金は、ここに来る前からあったんですよね?」

桑田「で、おめーは手っ取り早くダチに助けてもらおーって考えたワケだ」

朝日奈「自分の貯金があるのに……!」

十神「この発言、ここに閉じ込められていなくてもどうせしていただろうな」

葉隠「えーっと、その……」

K「葉隠」

葉隠「は、はい」

K「お前にとって友人とは、困ったら何でもしてくれる便利な存在か?」

葉隠「だ、だって困った時に助けてくれるから友達な訳で……」

K「そうだな。俺は友人が困っていたらいつも出来る限りのことはしている」

葉隠「そ、そうだろ?!」

K「……で、だ。苗木が困ったらお前は何をしてくれるんだ?」

葉隠「へ……?」

K「まさか人には助けてもらうくせに自分は何もしないなんてことはないよな?」

K「苗木は内臓を求められたんだ。なら、お前は命も差し出す覚悟がある訳だ」

葉隠「…………」

モノクマが百億円の動機を言ったのはコロシアイ学園生活三十七日目(4スレ563レス目) だから
>>47
×第三の動機が配られたのが36日目だ
○第三の動機が配られたのが37日目だ
かな?動機が配られた日と同じ日になっちゃってるし


K「俺の目を見ろ」ギロ

葉隠「いや、えっと」


静かに凄むKAZUYAに威圧され、葉隠の全身からダラダラと滝のように汗が落ちる。


K「友人というのは双方向だ。片方が友人と思っていてももう片方がそう思っていなければ
  それは友人とは呼べん。そんなものはただの便利な道具だ!」

K「お前の親の顔を見てみたいものだな。一体どんな教育を受けたらあんな発言が出来るんだ?」

葉隠「ッ……!」


KAZUYAは大きな溜め息をついた。心の底から疲れ切っているようだった。


K「……安広の手当をしなければならない。戻ろう。――ム? 気絶したのか?」


セレスは目を閉じたままKAZUYAの服をしっかりと掴んで放さない。
仕方ないので、KAZUYAはセレスを横抱きに抱え上げる。


石丸「先生! 先生もお怪我をしているのに……」

大神「我が代わるか?」

K「いや、この程度はかすり傷だ。問題ない」


事実、流血しながらもKAZUYAの足取りは確かでさっさとエレベーターへ向かって行った。
生徒達も一人また一人とその後へ続く。……葉隠ただ一人を残して。


モノクマ「あーあ。みんな行っちゃったよ」

葉隠「…………」

モノクマ「うぷぷぷ。絶望してる? でもキミの場合は本当に自業自得だからなぁ。
      ボクとしてもコメントに困るといいますか」

葉隠「…………」

モノクマ「キミみたいな安っぽい絶望、ボク的には美味しくもなんともないんだよねー。
      ま、頑張んなよ。これから大変かもしれないけど。じゃねー」


言いたい放題言って、モノクマも去って行った。裁判場には葉隠だけが残される。


葉隠(別に、俺は自分のやったことが間違ってるなんて思ってねえし……)

葉隠(そりゃあ、代わりに借金返済してくれはちょっと都合が良かったかもしれないけど、
    流石に内臓もらいっぱなしなんてしないしなんらかの礼はするつもりだったべ。
    ……こんなの価値観の相違ってやつだろ?!)

葉隠「何がいけねえんだあッ?!」


葉隠は吠えた。

だが、その声に応えてくれる者などおらず、ただ虚しく反響するだけだった。



ここまで。


>>49
そうです。最初は37だったのに何故だか直してしまった
先週は忙しかったので疲れてるんかなぁ

親善大使「俺は悪くねぇ!」←本当に悪くない
葉隠「俺は悪くねぇ!」←1000%お前が悪い

ところで、この葉隠孤立イベントは確定されたものだった? 自由行動で葉隠に頻繁に会いに行けば、回避出来たのだろうか?

葉隠って自分を変えようなんて考えもしない悪い意味の天然キャラだからな
頻繁に会ったとしても葉隠がKに感化される事はなかっただろう
会う回数次第ではKが庇ってくれて若干マシな状況になってたかもしれないが、行動の優先順位で考えると……

盛大にコピペミスしてた!

>>43 一部修正

モノクマ「お? 苗木君、とうとうキレちゃった? キレちゃった?」

苗木「お前は黙ってろ」


ギロリとモノクマを睨むと、苗木は葉隠に向き直る。


苗木「葉隠君、君が怒るのもわかるよ。セレスさんのしたことは本当に酷いし、最低だと思う。
    でもね、みんな多かれ少なかれ欠点があったり他のみんなに迷惑かけたりしてるじゃないか」

苗木「僕はね、この学園生活で誰かを責める権利がある人も責められなきゃいけない人も
    誰一人だっていないと思うんだ。勿論、こんな酷いことを仕出かした黒幕は別だけど」

葉隠「お、俺はハメられたんだって! セレスっちの卑怯なワナにハマらなきゃ、山田っちを
    殴ったりなんてしなかったしみんなに迷惑なんてかけてねえ! そうだろ?!」

苗木「……それはどうかな。ちょっと厳しい言い方かもしれないけど、葉隠君って
    自分のことしか考えてないような所あるよね? 今回のことがなくたって
    似たようなことをしてた可能性はあると思うよ? 心当たりない?」

葉隠「ある訳ないだろ! 苗木っちは俺のことをどういう目で見てんだべ!!」


その言葉を聞いて苗木は少し険しい表情になったが、それでもまだ穏やかな声音を崩さなかった。


苗木「……ねえ、葉隠君。僕だって本当はこんなこと言いたくないんだ。もし君が心から
    反省してもう騒ぎを起こさないって約束してくれるなら、あの件は僕の心の中だけに
    仕舞っておくからさ。だから、こんなこと……もうやめよう」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


この諭すやりとりがないといきなり苗木君がキレたように見えてしまう

本編続きはもう少しお待ちを

>>80
勿論回避可能です。初期にそれなりに仲良くしていれば

>>81
感化はされないですね。年齢も行ってるし、自分の考え方が確立しているキャラなので
ただ、親しくなるとその分地が出てくる→先生は医者だから余った臓器とか貰えないかな?!
→K激怒みたいな感じで説教入ります。まあすぐには改心しないですが、何度も叱られれば
流石に学習してくるし、Kもこいつはこういう奴なんだと事前にわかって心の余裕が出来るので
こういう状況になった時に擁護してくれるでしょう

ドクターKに蚊を使って病気を感染させた人って誰だったっけ

K先生のスリーサイズとか

>>114
KAZUYAの永遠の宿敵・真田武志!作中では計四回登場しているが、四回目は直接は会えず
花京院に似ているからか、三回目からは髭を生やしゴツくなって大幅にイメチェンをしている
そして、あの人のお兄さんですね

>>117
ゴメン、流石に知らないw


再開


                  ╂


あの件から葉隠とそれ以外のメンバーに決定的な溝が出来、朝食会にも来なくなったのである。

しかし葉隠ばかりに構っている訳にもいかない。裁判が行われたため、
とうとう最後の五階が解放されたのだ。

そして、その五階がまた問題だったのである。


― コロシアイ学園生活四十一日目 保健室 AM8:02 ―


K「五階が解放されたか」

霧切「ええ。二度目の裁判が開かれたからもしかしてと思って、朝一番に覗いて見たわ」

K「そうか。なら、また分担して調べておいてくれないか?」


KAZUYAは目でベッドを示す。一つは眠ったままの山田、もう一つはカーテンで
区切られているが中にはセレスがいる。KAZUYAは長時間この場を離れられないのだ。


石丸「では早速チーム分けをしましょう!」

霧切「そのチーム分けについてだけど」


割り込んだ霧切の目はやけに鋭い。


(あっ……)察し


石丸以外の人間は全員気付いた。


苗木(霧切さん、前回大変な目に遭ってたもんな……)シミジミ

霧切「私はドクターにチーム分けをしてもらいたいわ」

K「俺か……?」


KAZUYAは少し困った顔をしたものの、メンバーを見ながら考え始める。


K(難しいな。変な組み合わせにしてまた怒られるのも困る)

朝日奈「KAZUYA先生! 私はさくらちゃんと一緒がいいなー」

K「ウム、わかった」

苗木「僕は誰でもいいです」

K「ああ」

腐川「どうせ……あたしと組みたがる物好きなんていないわよ……」

桑田「あーはいはい」

舞園「大丈夫ですよ。誰もいないのなら私が組みますから」

腐川「誰も組みたがらないことを肯定された……! そ、そうよね……あたしなんて……」グギギ

K(まず腐川を何とかしよう。腐川は難しいからな。コミュニケーション能力の
  高い苗木と明るい朝日奈がいればとりあえず問題ないか?)

K「では一斑は苗木、朝日奈、大神、腐川でいいか?」

苗木「わかりました」

朝日奈「任せて!」

大神「任された」


K(次に石丸だが……女子とはイマイチだが男子とは大体仲良くやれている。
  今回はいつも通り大和田や不二咲と組ませるか?)

石丸「先生! 僕は残って先生のお手伝いをします。今日の分の課題も終わっていないので」

K「ム、そうか」

大和田「なら俺も残るぜ。怪我人が多いし、力仕事できるヤツは多い方がいいだろ」

K「そうだな。二人もいれば助かる。では、残りは……」

K(霧切が問題だったが、幸い残りのメンバーなら誰と組ませても大丈夫だろう。
  女子同士でもいいし、意外にも桑田との仲は良好だ。以前だったら到底合わなかっただろうが)

K(……最近は上手くやっているとはいえわざわざ桑田と舞園を近付ける必要もない。
  ここは無難に霧切舞園、桑田不二咲か。いや、霧切桑田と舞園不二咲の方が良いかな?)

舞園「先生、このメンバーならくじでどうですか?」

桑田「メンドーだしグーパーしようぜ」

不二咲「うん、やろう」

桑田「じゃあ行くぜ。グーパージャス!」

K「あ」

桑田「えーっと俺と舞園に」

霧切「私と不二咲君ね。不二咲君なら安心だわ」

腐川「それってどういう意味よ……!」

石丸「確かに不二咲君なら安心だなっ」

大和田「お、おう」

K「…………」

K(俺が決める意味あったか?)ショボーン


朝日奈「じゃあ、探索行ってくるねー!」

大神「こちらは任せた」

不二咲「行ってきまーす」

K「ウム、行ってこい」


― 五階 AM8:21 ―


五階に上がると、まず二つの部屋が目に入った。5-A教室と5-B教室だ。
5-Aのドアを開けて中を覗くが、特に何も変わったことのない普通の教室だったので、
後回しにすることにし5-Bに行く。5-Bもほとんど同じだが、先客が一人いた。


江ノ島「あ、あんた達」

苗木「江ノ島さん」


中には江ノ島がいた。


江ノ島「そんな大人数でなにしてるワケ?」

舞園「新しく五階が開放されたので、みんなで探索に来たんです」

江ノ島「フーン。なんかさー、最近あんたら集団行動してる? アタシだけハブられてない?」

不二咲「ええっ? そんなことないよ?」

桑田「十神や葉隠だっていねーし」


江ノ島が怪しいというのは、初期からKAZUYAの味方をしてくれている生徒達には
周知の事実で、距離感があるのは違いない。だが朝日奈や大神、腐川はそのことは知らず
特別避けている訳でもないので、江ノ島の勘違いということで片付けた。


腐川「被害妄想よ……そ、そもそもあんたが保健室来ないのが悪いんでしょ!」

朝日奈「わざと仲間外れにしてるんじゃなくて、保健室で先生を手伝ってる時に
     お使い頼まれることが多いから自然に団体行動になっちゃうんだよね」

朝日奈「だから江ノ島ちゃんももっと保健室おいでよー」

大神「ウム。今は怪我人も多いからな。人手があれば西城殿も助かるだろう」

江ノ島「パスパス。そういうのアタシのキャラに合わないし、狭い場所に
     あんま大勢で押しかけてもジャマになるだろうからさ。遠慮しとく」

朝日奈「そっかー。確かに全員揃うとちょっと狭く感じるかも」

江ノ島「あんたらほんとあのオッサン好きよねー。そりゃ面倒見はいいけどさぁ」

江ノ島(私あの人苦手なんだよね……。なんかグイグイ来るし熱いし。
     盾子ちゃんにあんまり近寄るなって言われてちょうど良かった)

腐川「フン! 汚ギャルにあの人の魅力なんてわからないでしょうよ!」

江ノ島「だからその汚ギャルはやめてって何度も言ってるんだけど。
     それにしても、腐川までそんなこと言い始めるなんて……どの辺がいいの?」

腐川「全部よ全部! 強いて言うなら……筋肉かしらね」

江ノ島「筋肉?!」

苗木「そ、そうなんだ」

腐川「あの丸太みたいに太い手足がいいわ。あの上腕二頭筋で……うふふ……」

霧切「放ってほいた方がいいわよ。彼女、こうなると長いから」

桑田「そーだな……」


舞園「私は笑顔が好きですね」

朝日奈「うんうん、わかる! 優しくって頼りになって~」

大神「フフ。朝日奈は本当によく西城殿のことを話しているからな」

朝日奈「お父さんみたいだよね! そう言ったらそんなに老けてないって言われちゃったけど」

不二咲「わかるなぁ。うちのお父さんとは全然タイプが違うけど、
     優しくて包容力がある所とか。背中も凄く大きいし憧れちゃうよね」

江ノ島「フーン。そんなもん?」

江ノ島(うちは割りと平凡な普通の家庭だったけど、その感覚はよくわからないなぁ。
     いくらお父さんみたいって言っても所詮本当のお父さんじゃないし)

江ノ島(――結局は赤の他人なのに)


戦刃むくろは淡白な性格をしていた。ウェットで情の厚い人間には軍人は務まらないのだ。
それも超高校級の軍人ともなれば、それら軍人としての性質は並の人間より遥かに極まっている。


苗木「じゃあ僕達は別の部屋も見てくるからまたね、江ノ島さん」

舞園「失礼します」

江ノ島「またねー」


そう言って彼等は別れた。苗木達はまだ見ぬ別の部屋を調査するために。

では、江ノ島は何故この何もない教室にいたのだろうか。


江ノ島(例の代物は無事回収っと――)


咄嗟に隠した服の下には、鋭い刃物が息を潜めて活躍の時を待っていた。


ここまで。



               ◇     ◇     ◇


廊下が三方向に別れていたため、三つのグループはそれぞれ分かれて探索することにした。


 ○1班(苗木・朝日奈・大神・腐川)


朝日奈「わあ! 見て見て! 武道場だよ!」

腐川「そんな大きい声出さなくたってわかるわよ……」


廊下を左に曲がると、大きな武道場があった。竹刀、弓矢など各種の道具が置かれており、
外に咲いている桜からは他の施設にはない静寂で平穏な空気を感じることが出来る。


苗木「良かったね、大神さん。修業にちょうどいいんじゃない?」

大神「ウム。ここなら落ち着きそうだ」

苗木「それにしても、これってまさか本物の桜? まだ咲いてるなんて……」

モノクマ「お答えしましょう!」

腐川「ヒィィ! 出たわね!」


どこからともなくモノクマが飛び出てきて彼等の前に立った。


モノクマ「その桜はキミ達の先輩にあたる【超高校級の植物学者】が品種改良したもので、
      年がら年中咲いているんだ。ほら、散っていく花の横にもう別の蕾が。凄いでしょ?」

苗木「あ、待て!」


それだけ言うとモノクマは別の場所に向かって猛スピードで去って行った。


朝日奈「へえ、すごーい! ……でも、年中咲いてるとなんかありがたみが薄れるね」

苗木(……思った)

大神「やはり、年に一度荘厳に咲きそして潔く散っていくのが桜の見所だな」

腐川「人の一生みたいね。まああんたにとっては武士道ってヤツ?」

大神「我は武士ではないがな。ただ、武人と武士は似通っている部分もある」


一瞬だけ、大神が遠い目をしたが三人は気付かない。


苗木「特に変わった物はなさそうだね。弓矢や竹刀は凶器になるかもしれないから
    一応先生に報告した方がいいかもしれないけど」

朝日奈「でも、もう事件なんて起こるのかな?」


顎に人差し指を当て思案顔をしながら、朝日奈は続ける。


朝日奈「あと危ないのは十神と葉隠だけでしょ? この二人にだけ注意すれば大丈夫じゃない?」

腐川「びゃ、白夜様は大丈夫よ! こんなにマークされてる状況で動くほど馬鹿じゃないもの」

朝日奈「じゃあ、もう葉隠だけじゃん! 葉隠と二人っきりにならないようにすればいいよ」


朝日奈の言葉に頷きながらも、苗木は考え込んでいた。


苗木(朝日奈さんの言ってることはもっともだ。山田君は意識不明、セレスさんは重傷、
    十神君はマークされてるし、あとは葉隠君にさえ気をつければ事件はもう起こらない)

苗木(……でも、何だろう。それだけでは上手くいかない気がする)


チラリと先程の江ノ島の姿が脳内を掠めた。


大神「……油断しないことだ、朝日奈。今までもそうやって油断して事件が起こってきただろう」

朝日奈「そっか……。またモノクマが煽ってこないとも限らないもんね」

腐川「それに殺意がなくても事故なら起こる可能性はあるわよ。慎重にして悪いことなんてないわ」


特に自分はジェノサイダーに関して何らかの事故を起こすかもしれないと、腐川は内心不安だった。


朝日奈「うん、気をつけよう」

苗木「じゃあ次の場所に行こうか。生徒手帳の地図によると、五階は部屋が多いみたいだし」



 ○2班(桑田・舞園)


桑田「おぉー! 見ろよ!」

舞園「わぁ、凄いです!」


二人は植物園の中にいた。まるで南国のような、見覚えのない珍しい植物に溢れ返っている。


舞園「隣には武道場もあるみたいですし、五階はリラックス出来そうですね」

桑田「階段上がった時はなーんか嫌な感じしたのにな」

舞園「あ、桑田君もですか? ……実は私もなんです。何だか他の階とちょっと違いますよね?」

桑田「おめーもか。なんかあんのかね?」

舞園「わかりません。上手く言えませんが……とりあえず、今はここを調べましょう」

桑田「そうだったな、と……あーあ、これで空が見えりゃあ文句なしなんだけど」


あいにく、天井の青は空の青ではなくペンキで塗られた人工の空であった。
久しぶりに外を見ることが出来たと勘違いした分、失望は大きい。


舞園「何か手がかりがあるかもしれませんし、端から順に見て行きましょう」

桑田「おう。……ん? なんだありゃ?」

舞園「……花、でしょうか? 大きいですね。見たことがありません」


見慣れない巨大植物に惹かれるように、二人は近付いて行く。


モノクマ「危なーい!」

桑田「うわっ」


危ないと言いながらタックルをかますモノクマを桑田は紙一重の動きで避けた。


モノクマ「クッ! 流石は超高校級の野球選手! ボクの攻撃をかわすなんて恐ろしい子!」

桑田「知るか! つか危ねーな! いきなりなにすんだよ、おめーは?!」

モノクマ「全く、ボクはキミ達の身の安全を考えて注意しに来てあげたのに」

桑田「注意するのにタックルする必要あるのかよ?!」

舞園「それで、一体何が危ないんですか?」

モノクマ「その花だよ」

桑田「あー、このデカい花? これがなんだっつーんだ?」

モノクマ「その花はモノクマフラワー。元超高校級の植物学者が遺伝子操作で
      作り出した花でね、何でも食べちゃうとても危険な花なんだよ!」

舞園「食べるって……食虫植物みたいにですか?」

モノクマ「そうそう。ほら!」


モノクマが持っていた空き瓶をモノクマフラワーに投げ付けると、
モノクマフラワーは器用に蔓で掴んで飲み込んでしまった。


桑田「怖っ! なんだよこれ?! 危なすぎるだろ!」

モノクマ「そうだよ。だから親切に忠告しに来てあげたってワケ」ドヤァ!

桑田「そんなものがあるのにおめー俺を突き飛ばしたのか……」

モノクマ「いやー、人生には適度な刺激があった方が楽しめるかなって。
      ボクってほら、とっても気が利いて優しいクマだからさ」

桑田「いらねーよ! 殺す気か?! あとなんでもいいけど、
    モノクマフラワーって絶対それ正式名称じゃないだろ」

モノクマ「Yes! ボクが名付けました! だってさ、巨大蝿取り草や
      バクバク花じゃなーんかセンスないじゃない?」

桑田「巨大ハエ取り草でいいだろ、フツーに」

舞園「バクバク花ってなんだか良くないですか? 韻を踏んでて語呂もいいですし」

モノクマ「! 絶望した! キミ達の絶望的なセンスのなさに絶望したッ!!
      とにかく他の生徒を見かけたら注意しといてよ。じゃーね!」


慌ただしくモノクマは去って言った。


桑田「おちつかねーヤツ」

舞園「初めて来た場所だから、色々説明することが多いのかもしれませんね」


 ○3班(霧切・不二咲)


不二咲「わ! 見て! ニワトリさんがいるよぉ!」

霧切「そうね」


霧切と不二咲も桑田達と同じく植物庭園に来ていた。廊下を右に曲がっても教室が一つと
小さな生物室があるのみなので、広さ的にこちらの方が時間がかかるだろうと霧切が踏んだのだ。

広い植物園の中には二つ小屋があり、そのうちの一つが飼育小屋で中には五羽の鶏がいた。
久しぶりに生物を見れて嬉しかったのか、不二咲は熱心に鶏を見つめている。


不二咲「霧切さんは動物って好き?」

霧切「嫌いではないわ」

不二咲「僕、動物大好きなんだぁ」

霧切「そう」


霧切は少しだけ微笑んだが、すぐにいつもの冷静な顔に戻る。


霧切「……でも、非常時にはこの子達を食べることもあるかもしれないわ」

不二咲「えっ?!」

霧切「私達の命は所詮モノクマの手の上だもの。彼が食料の供給をやめたら
    私達は生きていけない。あなたもわかっているわね?」

不二咲「う、うん……」


霧切「幸い、この施設は食用になる植物が数多く植えられているわ。みんなで
    ニワトリを繁殖させて野菜を育てていけば、ある程度は生活出来そうね」

不二咲「そうだね……」

霧切(ここは学校だから、いざという時のための食料確保の施設ということかしら。
    希望ヶ峰学園程の学校ならそれは特段おかしくはない。……でも何か引っ掛かる)

不二咲「霧切さんは頼りになるなぁ」

霧切「……どうして?」

不二咲「僕、ニワトリを食べなきゃいけないなんて考えもしなかったし、
     臆病だからきっと一人だったら出来ないと思う……」

霧切「優しいのは悪いことではないわ。それで大事な決断も下せないのは問題だけど」

霧切「――でも、みんなに秘密を打ち明けた今のあなたならそれは大丈夫なんじゃないかしら?」

不二咲「うん、ありがとう! 僕も頑張るよ」


霧切は毒気の抜かれた顔をして……次に何かに気付き素早く振り返った。


霧切「誰?」

不二咲「ふぇっ?!」

葉隠「あ……」

不二咲「葉隠君」

葉隠「…………」

不二咲「待って!」


しかし、葉隠はすぐに走り去って行った。


霧切「五階が解放されたことに気が付いて、様子を見に来たのね」

不二咲「葉隠君、何とかならないかなぁ」

霧切「難しいわね。こちらが譲歩しても、彼自身に問題があるうちは」

不二咲「うぅ」


落ち込む不二咲を横目で見つつも、霧切はもう一つの小屋に向かった。


霧切「この小屋の中を確認するわよ」

不二咲「中は……物置みたいだね。芝刈り、スコップ、肥料……」


その時、霧切の目はある物を捉えた、


霧切「…………」スッ

不二咲「それは、ツルハシ? ツルハシがどうかしたの?」

霧切「見て頂戴」

不二咲「何か文字が刻まれてるね。くれ、い、じ……あ、暮威慈畏大亜紋土!
     確か大和田君のチームの名前だよね!」

霧切「ええ、そうね……」

不二咲「でも、何でツルハシに大和田君のチームの名前が? 大和田君が持ってきたのかな?」

霧切「彼は探索チームに入っていないわ。まだ五階には来てないはず」


不二咲「じゃあ、学園に来た時にモノクマに没収されたのかも。持っていってあげよう」

霧切「……そうね。それがいいわ」


その時、桑田と舞園も物置小屋にやって来た。


桑田「オーッス。なんか目ぼしいモンはあったかー?」

舞園「不二咲君、ツルハシなんて持ってどうかしたんですか?」

不二咲「これ、ここに置いてあったんだけど大和田君の持ち物みたいなんだ。
     だから保健室まで持って行ってあげようと思って」

舞園「暮威慈畏大亜紋土……確かに大和田君の学ランに書いてある文字ですね」

桑田「大和田ぁー? まったくアイツ、先に五階行ったんなら言えっつーの」

不二咲「多分、違うと思うけど……」


彼等が廊下に出ると、丁度苗木達のグループと合流した。


苗木「あとは、この奥にある二つの部屋だけだね。ここは5-Cか」

舞園「MAPのマークによるとこの部屋は教室に見えますが……変ですね。
    今までは各階に二つしか教室はなかったのに」

大神「何かあるということか?」

朝日奈「脱出の手掛かりかもしれないよ!」

霧切「逆に、良くないものの可能性もあるわね」

桑田「ま、開けてみりゃわかるだろ」


桑田が手をかけ、思い切り5-Cの扉を開く。彼等の目に映った光景とは……


ここまで。次回、探索編後編

ぶっちゃけ探索編は特に目新しい内容はないけど、
人数が原作より全然多いのでそういう部分を楽しんで頂ければ

あとアニメで四月入学確定したっぽいけど、このSSでは従来通り
秋入学説で行くんで秋に桜なんて……て反応ですね


ChapterResultを書くために三章読み直していたらむっちゃ長くて我ながら驚いた
そして思った以上にジェットコースター展開だった

再開


― 5-C教室 AM9:18 ―


それは荒れ果てた元教室の姿だった。


一同「?!」

腐川「ち、血ィィー?!」


まずその惨状を見て腐川が倒れ、慌てて舞園と朝日奈が廊下に寝かせる。
他の生徒達は唖然としながらも恐る恐る中に足を踏み入れた。


苗木「な、何だよこれ……」


荒れ果てた、としか表現出来ない。机や椅子はメチャクチャに倒れ、
壁や天井には鋭いもので斬りつけられたような痕が無数に付いている。

――何より、壁床天井と問わず大量の血が付着し、未だ強烈に残る鉄と脂の臭いが鼻腔を刺激した。


不二咲「うっ……」


数人が苦しそうな顔をして鼻を押さえた。幸い、手術の経験が活きたのか
胃の中の物を戻す生徒はいない。五階にはトイレがないので全員こらえてくれて
助かったと、霧切は冷静に考えながら現場検分を始める。


朝日奈「気持ち悪い……」

大神「大丈夫か? 無理をしない方が良いぞ」

不二咲「怖い……どうして学校にこんなものが……」

舞園「ここで一体何があったんでしょう……?」

霧切「少なくともここ最近のものではないわね。血の乾き具合からして数ヶ月は経っているはず」

桑田「わかんのか?」


霧切「正確には無理だけれど。血に関してはドクターの方が詳しいでしょうね」

苗木「じゃあ、後で先生に来て貰わないと」

霧切「ただ、一つだけわかることがあるわ」

大神「なんだ?」

霧切「この血の飛び方……誰かが一方的に誰かを殺したような付き方じゃない。
    恐らく複数の人間が同時に争いあっていたはず」

朝日奈「コロシアイしてたってこと?」

霧切「そこまではまだ断定出来ないわ」

舞園「一体何故……」


彼等は無言で床の白線を見つめる。チョークで引かれたそれは、複数の人型を表していた。
ここが悲惨な殺人現場だとそれらは暗に主張している。


十神「面白いものを見つけたようだな」

苗木「あ、十神君」


振り返ると、扉の部分に背を預けるようにして腕を組んだ十神が立っていた。


十神「何か手掛かりになりそうなものは見つかったか?」

舞園「残念ですが、今のところは……」

十神「フン、そんなことだろうと思った」

朝日奈「なにさ、エラそーに!」

桑田「おめー、この中で一番なにもやってねーぞ」


二人を無視して十神はつかつかと教室の中に入る。


十神「フン、酷い臭いだ。人間の血と脂――死と絶望の臭い……」

苗木「絶望……」

十神「学校というよりもはや戦場だな。お前がやったのか、モノクマ?」

モノクマ「はいはい。ぜーんぶボクのせいボクのせい、と」


いつの間にか入り口から中を窺っていたモノクマがふざけながら入ってくる。


桑田「なんだァ、その態度?」

モノクマ「だってオマエラ、問題が起こると何でもかんでもボクのせいにするじゃないですか!」

苗木「お前がしてないなら……なんでこんな事になってるんだよ!」

モノクマ「いーや? ボクは何もしてないよ? むしろ逆、逆! ボクが放置したから、この部屋は
      こうなんだよ。ボクはただ、当時の状況のまま掃除もせず残しておいただけ!」

不二咲「え……?」

モノクマ「血が何だっていうの? 毎日世界では誰かが死んでる。オマエラが食べてる肉だって、
      誰かが殺して血を抜いてくれただけでしょ? 前向きに生きようよ。希望を持ってさ!」


そう笑いながらモノクマは去って行った。


十神「ククク、本当に面白いな。この教室で一体何が起きたと思う? まったく興味深いよ」

朝日奈「あ、あんた……この状況を楽しんでるの? どうかしてるよ……」

大神「相手にするな。奴には付いて行けぬ」

十神「…………」

苗木(僕も同感だ。十神君には付いていけそうにない)


周りの視線など少しも気にせず、十神は自分なりに教室を調査し始める。
その様子を他の生徒達は呆れながら見ていた。


桑田「霧切の調査が終わったらさっさと出ようぜ」

霧切「まだ少しかかるわ。先に行ってていいわよ」

不二咲「待つよぉ。腐川さんも倒れてるし」

舞園「私も何か変わったものがないか探してみます」

霧切「……なるべく急いでみるわ」


             ・

             ・

             ・


ようやく調査が終わり、一行は最後の部屋である生物室に向かった。
ちなみに腐川は廊下に置いたままだ。目を覚ませばジェノサイダーになることが
予想できたため、調査が終わってから起こそうと全員一致で決まった。

扉を開けると、強烈な冷気が襲いかかる。


桑田「うおっ、寒っ!」

不二咲「寒い……」

朝日奈「あれ、江ノ島ちゃん?」


生物室の中では半袖でミニスカートの江ノ島が両腕を抱くように凍えていた。


不二咲「あれ、江ノ島さん? さっきは教室にいたよね?」

舞園「こんなところで何をしてるんですか?」

江ノ島「べ、別に。なんだっていいでしょ!」ガタガタガタ

江ノ島(本当は盾子ちゃんに生物室に入ってろって言われたからなんだけど……
     ここでなにすればいいんだろう? あと、いつまでいればいいのかな?)ガタガタガタ


残念な姉は、それが単なる妹の暇つぶしと嫌がらせでしかないことを知らない。


苗木「寒いなら、早く外に出た方が……」

江ノ島「ア、アタシだってあんたらみたいに調査の一つや二つしてんのよ!
     それが終わるまでここを出るワケには……」ガタガタガタ

苗木「じゃあ、僕の上着で良かったら貸すよ」


苗木がさっと自身のジャケットを脱いで震えている江ノ島に渡す。


江ノ島「エッ?! でも……」

苗木「そんな薄着じゃ寒いでしょ? 女の子は体冷やしちゃいけないって言うし、
    調査が終わるまで着ててよ。僕は平気だからさ」

朝日奈「おー、苗木優しい!」

大神「優しいな」フフ

江ノ島「あ、ありがと……」


余程寒かったのか、江ノ島は借りた上着をすぐさま羽織る。


江ノ島(苗木君……優しいなぁ。それに、上着が苗木君の体温であったかい……)


霧切「…………」

桑田(苗木のヤツほんとーにお人好しだよな。アイツ内通者だってのに)

舞園「それにしても、これは何でしょう? ロッカーでしょうか?」


生物室とは言うが、部屋には生物室らしい物などほとんど置いて無かった。
簡素で殺風景な部屋の壁には、大型の金属製ロッカーのような物が設置されている。


不二咲「開けてみても平気かな?」

江ノ島「いいんじゃない? 何も入ってなかったし」


試しにいくつか引き出しを引き出すが、確かに全て空っぽであった。


苗木「うわ、冷気が」

桑田「ただの冷蔵庫じゃねーか、これ?」

大神「どうやらそのようだな。変わった形だが、業務用なのかもしれん」

朝日奈「アイスでも入っていれば良かったのに」

舞園「残念でしたね」

霧切「……見て。あそこにランプがあるわね。使用中だと光るんだわ」

苗木「何で冷蔵庫にそんな機能があるんだろう」

不二咲「不思議だねぇ」

江ノ島(……だって、ただの冷蔵庫じゃないし)


苗木「もう大体見て回ったかな。一度保健室に戻ろうか。江ノ島さんも行く?」

江ノ島「あ、えっと……まだ調べたいから」

苗木「じゃあ上着は貸しておくよ。後で返してくれたらいいから。またね」

江ノ島「あ、うん」


江ノ島は何とも言えない表情で苗木を見送った。



               ◇     ◇     ◇


保健室に戻った生徒達は倒れていた腐川を回収し、五階の状況をKAZUYA達に伝えた。


K「そうか。報告助かる」

石丸「血まみれの教室とは一体……」

大和田「俺達の前に、誰かコロシアイでもさせられてたのか?」

苗木「そんな、まさか……」

ジェノ「チミドロフィーバー! なんつって。ゲラゲラゲラ!」


腐川は気絶したせいでジェノサイダー翔になっている。久しぶりに外に出れて上機嫌のようだ。


霧切「あの血痕は少なくとも数ヶ月経っているわ。学園側が何も把握していないとは思えないけど」

舞園「そういえば、希望ヶ峰学園は閉校が決まってたんですよね?
    もしかして、あれが原因なんじゃ……」

桑田「もしかしなくても普通に考えればそうだよなー。一人二人じゃねーんだろ?」

K(数ヶ月前なら、俺がこの学園に来た時には既にあったことになるな。恐らく、
  それこそ学園長の言っていた希望ヶ峰が総力を挙げて隠蔽した事件の一つなのだろう)


KAZUYAは取り戻した記憶のカケラの一つ、仁との会話を思い出していた。


『部外者のあなたには話していませんでしたが、この希望ヶ峰には
 我々教師達が総力を挙げ隠蔽したある【二つの事件】があります』

『ええ、凄惨な事件でした。大きな声では言えませんが、既に何人も死んでいます』


仁が何度も自分の元を訪れ、しつこいくらい熱心に頼み込んできた姿が脳裏に浮かんだ。


K(……今ならわかる)

K(学園長のあの熱意は、当時から違和感があった。何故そこまで俺にこだわるのかと。だが学園内で
  尋常ならざる事件が起きていて、そしてそれを外部に公表することが出来なかったのなら……)

K(繋がる。生徒達のボディーガード兼いざという時の治療役として俺がどうしても欲しかったのだ)

朝日奈「先生? どうかしたの?」

K「いや、俺も後で見に行かなくてはと思ってな。それにしても……」


一度にたくさんの情報を得て、KAZUYAの頭脳は止まらなかった。
断片的に散った情報を、パズルのピースのように整理し並べていく。


K「…………」

桑田「悩んでるなー」

大神「当然だ。あんなものが校舎の中にあったのだからな。
    学園と何か関係があったと見るのが妥当だろう」

不二咲「えっと、先生が来たのはつい最近だから先生は何も知らないんですよね?」

K「ああ。俺は何も知らされていない」

大和田「ところでさっきから気になってたけどよ、不二咲が持ってるそのツルハシはなんだ?」


不二咲「あ、そうそう。これ、大和田君のじゃないかな」

大和田「ハァ? 俺?」

朝日奈「柄の部分に大和田のチームの名前が書いてあるんだって」

K「!」

大和田「……見せろ」


受け取ったツルハシを大和田はまじまじと見つめる。


大和田「確かに暮威慈畏大亜紋土って刻まれてるが……俺はこんなもん知らねえぞ?」

石丸「兄弟のものではないのか?」

桑田「じゃあ誰のだっつーんだよ」

大和田「知るか。誰だ、勝手にヒトのチーム名乗ってる不届きモンは!」

大神「何者かが勝手に大和田のチーム名を使ったということか。だが一体何のために……」

霧切「全く見覚えもないの? よく見て頂戴」

大和田「あ? ……あー、なんだ。言われてみりゃ見覚えなくもないような……」

K(……見覚えはあるはずだ。恐らく、大和田が希望ヶ峰学園時代に使っていたものだろう)

K(記憶が戻ってくれないものか……)


大和田が記憶を取り戻せば、自分とジェノサイダーで三人の証言が取れる。上手く行けば十神達も
説得出来るし、自分がまだ思い出せていない情報を手に入れられる可能性もあるが……


ジェノ「単にカチコミかけた時の道具をモノクマが持ってきただけじゃね? モンちゃんのチームって
     千人くらいいるっしょ? なら一人くらいツルハシマニアがいたっておかしくないじゃーん!
     地面だけじゃなく男のアソコも掘ってたり?! ウホッ! 萌えるわ~ん」

大和田「そうかもしれねえな。仲間の持ち物かもしれねえし、とりあえず俺が預かっとく」

K(ヌゥ。そう上手くは行かんか……)


結局記憶は戻らないまま、話も流れてしまった。


ここまで。

本編では生徒達が5-C教室の惨状に戦慄していたが、自分は
二年前は一度に20レス以上上げててしかも週二という事実に戦慄した

苗木君も疲れちゃったんです。
台詞通り「もういい加減にしてよ……」って感じです

今回長かったしね、裁判。オシオキもやったし

2年前のssに追いついてしまったこの絶望感
鷲巣麻雀が終わった頃にまた来る、その頃には2回目の自由行動の安価ぐらい出てるだろ


たまには早い時間に更新だー!

>>219
四章はそこまで長くない予定なので、意外と次の自由行動安価は早いですよ
そろそろ安価だけ取ろうと思ってるし。その前に霧切さんとの会話安価取るけど


               ◇     ◇     ◇


保健室を生徒達に任せ、短時間だがKAZUYA自身も五階の調査に向かった。
モノクママスクをした看護婦はいつの間にかいなくなっていたため、山田に関して
少々の不安は残るものの黒幕に関する手掛かりを見落とす方が問題であった。

KAZUYAは五階に来ると、まず階段付近の二つの教室を覗いた。聞いていた通り特に変わった所はない。
相変わらず自己主張の強い黒板の落書きが気になる程度だ。ちなみに、何故か黒板にはいつも妙な
落書きがあるが、これらは探索の時既にあるものなのでモノクマが描いたものだと思われる。

……が、時々退屈凌ぎに朝日奈も書き足して遊んでいるようだ。


(ここには何もないようだな)


これらの部屋は軽く目を通しただけですぐ後にした。生徒達が先に調べてくれているし、
元よりKAZUYAは探偵ではないのだ。詳細な調査は霧切に任せれば良い。

次に三つに別れている廊下に出たが、KAZUYAは奥の生物室から時計回りに部屋を見ることにした。
植物庭園が最も広く時間が取られるということと、噂の5-C教室を早く見ておこうと思ったのだ。

……しかし、実はKAZUYAが最も気になっていたのは生物室なのである。


(医者の勘……とでもいうか。何となく気になる)


その部屋は、生物室だというのに生き物の標本等は何もないと言う。
少し冷たい扉を開くと、KAZUYAは冷え冷えとした部屋の中に滑り込んだ。


「フム」

(やはり……)


慣れ親しんだホルマリンの臭いはしない。代わりにあるのは死の気配だ。
壁際には鉄製の大型ロッカーのようなものがあった。生徒達は奇妙な冷蔵庫と
表現していたが、KAZUYAはそれが【遺体保存用のロッカー】であると看破していた。


「…………」


使用中だとランプが点灯するようだ。現在、ランプは点いていない。
念のため、KAZUYAはロッカーを順に開いてみた。人一人がすっぽり入れる空間だ。


(人数分あるな……)


裁判場と同じくロッカーの数は16。

しかし、KAZUYAは数に入っていないから本来この学園にいた人数のはず。


(きっと、コロシアイで死人が出た場合はここに死体を保存する予定だったのだろう)


何のために?


(特に意味はないのかもしれん。だが……)

(――死体を捨てたくない?)


警察に見つかりたくないからという考えではないだろう。
何せ都心の建物を丸々占領しているのだ。死体の処理くらい容易いはず。


(非人道的な学術的利用法か……或いは単なるセンチメンタルか?)


KAZUYAは犯人が希望ヶ峰学園関係者だと目星をつけている。
なら、生徒達と顔見知りの可能性もあるのだ。


(……まあ、こんなことを仕出かす黒幕に丁重な葬儀なんて期待出来んがな。
 どうせ絶望のため、などというつまらん理由だろう。鮫かライオンの餌が関の山だ)


我ながらすっかり考え方がドライになったと思いながら、KAZUYAは生物室を後にした。


「ここか……」


そして、最も問題と思われる5-C教室の前に立つ。

何故五階だけ教室が三つあるのか気になったが、
この校舎の構造がおかしいのは今に始まったことではない。


(そもそも階ごとに階段の位置が違うのがおかしい。こんな奇妙な建物は見たことがない)


元超高校級の建築家がデザインしたこの旧校舎は、
デザインは見事だが使う人間の利便性などまるで考えられていない。


(芸術家が利便性を考えずにデザインを重視するのはありがちだが、
 それにしても流石に度が過ぎているような。何か学園側に理由でも……?)

(……いや、今はいいか。とりあえず対応しなければいけないのはここだ)


ガラッ。

KAZUYAは戸を開いた。真っ先に変色した赤が視界に飛び込んでくる。


「…………」


聞いていた通りの惨状に無意識に眉をひそめるが、
血の臭いには慣れているため特に苦もなく検分を開始する。


(……血の量が多い。ここで死んだ人間は一人や二人ではないのだろう)


KAZUYAは天井にこびりついた血を眺めながら推理する。あの量の血が
天井の高さまで吹き出るには刃物で頸動脈を切り付けられたとしか考えられない。


また、教室の様々な場所に上から踏まれたり擦られた血痕が点在しているため、
拘束した人間を順に処刑していったとは考えにくい。霧切の言っていた通り、
コロシアイをしていたか逃げ惑い抵抗する人間を誰かが殺害していったのだ。


(色と乾き具合からして大体五、六ヶ月経過といった所か……ん?)

(確か四月に新校舎に移ったと聞いたな。もしこの校舎が無人になった後に
 この事件が起こったのなら、そこから今がいつか大まかに推測出来る)


KAZUYAが希望ヶ峰学園にやって来たのは五月のゴールデンウィーク明けだ。そして、学園長の様子から
その前には既にこの事件は発生している。となると恐らく春休みの三月末から四月の間だろう。


(それから五、六ヶ月経過しているということは……監禁開始は八月から十月辺りということになる)

(まさか、そんな……)


KAZUYAは動揺を隠し切れなかった。

夏休みになるまでという約束でこの学園に来たが、どうも自分はその後も何らかの事情で
学園に残っていたらしい。KAZUYAが思い出した記憶は五、六月辺りのものが多いので、
下手をすると四ヶ月近くの記憶を失っているのだ。


(そんなにたくさん失っていたのか……)


その失われている記憶の中に黒幕を倒す鍵が含まれていたかもしれない。
そう思うと、KAZUYAは悔しくて堪らなかった。


(……あまり時間もない。生徒達の様子も見なければならないしな。とりあえず他の場所も見よう)


項垂れながらKAZUYAは教室を出て、そのまま武道場に向かった。


― 自由行動 ―


「ム、大神か?」

「西城殿」


大神は武道場の中心で正座をして瞑想していた。
服もいつもの制服ではなく道着を着ている。


「さっきは言い忘れたが、ありがとう。助かったよ」

「いえ。慣れているので……」


セレスを助けた時に愛用のマントの裾が破れ、それを大神が縫ってくれたのだ。
ついでに洗濯もしてくれた。道場で育ったからか、手慣れている。


「やはり、こういう場所にいると懐かしいか?」

「多少」


大神はあまり口数が多くない。特に相手がKAZUYAだと、
遠慮なのか警戒なのか言葉を選んでいる節がある。


(だが俺は踏み込まなければならん。朝日奈の時の過ちを繰り返す訳にはいかない)


自分が長期間放っておいたせいで傷付いた朝日奈。
彼女のためにも、大神とは仲を深めたい。

――それにあの時、KAZUYAは朝日奈と約束したのだ。


(俺は信じるぞ、大神)


「久しぶりに組み手をしてくれないか?」

「組み手か。……了解した」


KAZUYAは教わった大神流武術の構えを取る。大神もそれにならい、構えた。そして踏み込む。

激しい攻防だ。KAZUYAは筋が良いのか、大神と拳を交わす度に如実に成長していった。
成長するKAZUYAに合わせて、大神も少しずつ手加減の幅を狭めていく。


「フフ、大分強くなられたな」

「そうか? 自分ではよくわからんが」

「少しばかり、我も本気を出すとしよう。フンッ!」

「! ヌオオオ!」


ズガガガガガガガッ!

威力と速さが格段に増した拳撃をKAZUYAは必死に防ぎ、弾き、受け流す。


「なかなかよく耐える。では、これはどうか!」

「クッ!」


高度なフェイントとステップワークを活かして繰り出される必殺の一撃。
とうとう大神の拳がKAZUYAの鳩尾を深く抉った。

ドスゥッ!!


「グフォッ! ゲホゲホッ、ゴホッ……!」

「す、すまぬ! ついやり過ぎてしまった!」


膝をつき、腹を手で抑えながら咳き込むKAZUYAを見て大神は慌てる。
久しぶりにまともな打ち合いが出来たので、無意識に力が入ってしまったらしい。


(いくら筋が良いと言っても、この男はまだまだ初心者なのだ。……ケンイチロウとは違う)


大神はふと外の世界に思いを馳せた。病に倒れた彼女のライバルにして想い人のケンイチロウ。
彼はまだ生きているのだろうか。人質となった道場の門下生や家族は今、どこにどうして……


「!」


大神の思考を遮るように彼女の顔を影が覆った。
目の前では、バッと立ち上がったKAZUYAが再び構えを取っている。


「心配かけてすまない。もう大丈夫だ。続けてくれ」

「本当に大丈夫なのですか? 西城殿に何かあっては……」

「気にするな。この程度、俺にとっては日常茶飯事だ」

「では、もう一度参る」


だが、数合打ち合ってKAZUYAは止まった。大神が気を遣って手加減していることを見抜いたからだ。


「本気で来てくれ。手を抜かれては修行にならん」

「しかし……」

「少しくらい怪我をしても俺は平気だ。頼む。これが出来るのは君だけなんだ」

「本当に構わぬのか?」

「ああ。みんなを護るためにも、俺は強くならなければならん」

「――そのためなら、俺はどんなことだってするさ」


この男の瞳に迷いはない。


大神は、崩れ落ちる城に一瞬の躊躇もなく飛び込んだKAZUYAの背中を思い出す。


「…………」

「……?」


一瞬、大神が悲しそうな顔をした。以前はあんなに手合わせをしたがっていたのに
これはどういうことだろうか。訝しむ間もなく大神は構え直す。


「わかりました。これからは本気で行く」

「来い!」


             ・

             ・

             ・


激しい戦いを終え、お互いに礼をすると二人は別れた。KAZUYAは久しぶりに気持ちの良い汗を流し、
心地好い疲労感に満足していたが、KAZUYAと別れた大神の表情は晴れなかった。


(西城殿は生徒を守るためならば何でもすると言った。その言葉に嘘はない。
 ……さほど付き合いが長い訳でもない人間達のために、あの男は既に死ぬ覚悟をしている)

(それに対して我は……)



               ◇     ◇     ◇


KAZUYAは次に隣の植物庭園に向かった。

思っていたより規模が大きかったため、わざわざモノクマが世話をしていたのか?と
驚いたが、どうやら毎朝自動でスプリンクラーが起動しているらしい。


(南国風の花が目立つが、やはり食用になる植物が多い)

(現役生に超高校級の植物学者がいたな。確か、色葉田田田(しきばさんた)だったか?
 変わった名前だから覚えている。彼の管轄だったのだろうか)


KAZUYAは記憶の中のデータベースを参照しながら、注意深く植物園を見回る。


(物置は特に異常なし。例のツルハシくらいだな。ただ、何かの時に
 使えそうな道具が多いから、何が置いてあるか覚えておいても損はない)


物置から出ると、先程からずっと目についていた巨大な植物に歩み寄る。


「これが噂のモノクマフラワーとやらか……」


桑田と舞園がそれぞれ巨大ハエトリ草やらバクバク花やら適当に呼んで、
わざわざモノクマが訂正に来たが、要はかつて色葉が作った植物とのことだ。

そして、恐ろしいことに何でも飲み込んで消化してしまうらしい……


(もしこの中に死体を入れたら……と、何を考えているんだ俺は)


以前KAZUYA自身が言ったことだが、この学園で最も完全犯罪に近いのは間違いなくKAZUYAである。


「……ハァ。あとはあの飼育小屋だけだな」


飼育小屋に近付くと、何かが反応した。鶏にしては大きい。


「!」

「あっ!」


目が合った。飼育小屋の中に葉隠がいた。
一瞬動揺して腰を浮かしかけた葉隠だが、思い直し壁に向かって座り直す。


(……無視か)


KAZUYAも葉隠に背を向けるように腰掛け、小屋の柱に背中を預けた。


「…………」

「…………」


そのまま険しい顔で青い天井を眺めていたが、気分が落ち着いてくると口火を切った。


「お前は」

「…………」

「お前は一体どんな家で育ったんだ?」

「……それがなんだってんだ」

「前に親のことを出したら、お前は反応したな」

「……!」

「お前にとって家族とはどういう存在だ」

「……何だっていいだろ。あんたには関係ねえべ」


「大有りだ。お前が問題を起こしたら俺がお前の親に報告に行くことになる」

(もう問題を起こしてるも同然だが)


心の中では厳しく付け足す。


「それは……!」

「なんだ」

「それは、その……困るって……」


KAZUYAはピンと来た。


「さてはお前、借金の話を親にしていないな?」

「出来るわけねえ! 俺がヤクザに追われてるなんて知ったら、
 母ちゃんが肩代わりするって言い出すに決まってる!」

(フム……意外だが母親との関係は悪くないのか)

「してもらえばいい。親を頼るのは情けないが、他人にたかるよりはずっとマシだ」

「人事だと思って気楽に言ってんじゃねえぞ! 母ちゃんはなぁ、ずっと苦労しっぱなしなんだ。
 親父がいい加減だったから女手一つで育ててくれて、看護婦だから忙しいってのに……」

「看護婦? お前の母親は看護婦なのか?」

「そうだべ! 先生だってよく知ってんだろ」

「まあな……」


このいい加減な男の母親が看護婦というのが意外すぎてKAZUYAの中で上手く結びつかない。


「とにかく! 借金のことを母ちゃんにバラしたらいくらあんただって許さないからな!」

「だったら真面目に働いてさっさと返せ」

「うっ、それはまあ、ボチボチ……だ、大体なぁ、俺ほど真面目なヤツはいねえぞ!
 真面目だから世界の謎にここまで深く迫ってこれたんだべ! いずれは集めたオーパーツで
 アメリカ政府が宇宙人の存在を隠蔽してるって証明してやるからな!」

(何故古代文明由来のオーパーツで宇宙人の証明をするのだ……いや、それはいい。
 絶対繋がりがないとは言えないし、宇宙人の存在は俺だって否定出来ん)

(問題は、世界とかアメリカ政府とかやたら話の規模が大きいことだな)


KAZUYAは葉隠の誇大妄想じみた陰謀論に内心頭を抱えた。ある意味、こんなことにここまで
真剣になれるということは、ここにいる生徒達の中で最も真面目で純粋と言えるのかもしれない。

しかし、その真面目のベクトルが一般人とかけ離れ過ぎているのが問題だった。


(疑い深い割りに、そういうことは信じやすいんだな。そういえば、
 ただのガラス球を騙されて二億で買ったとかなんとか……)

(もしや金にがめついのは本気で世界を救おうとか考えているせいなのか……?)

(よくよく考えると、何だかんだ自分から悪意を持って行動したことはないな。
 苗木に対してのあの発言も、その後普通に接していることから悪いことだという
 認識自体なかったようだし……俺からしたら全くもって信じがたいが)


いや、まさかそんな、と思うが何分葉隠である。こちらの予想を常に意外過ぎる形で裏切ってきた。

山田が『ヒーローになりたいと憧れる男』だとしたら、
葉隠は『既に(自分の中では)ヒーローとなっている男』なのである。


(一体どうしたものか……)


悪意がないというのは時に悪意がある以上の問題を引き起こすことがある。

……考えれば考えるほど、KAZUYAの頭は痛くなってきたのだった。


ここまで。

前スレ完走ありがとうございました。引き続き当SSをお楽しみください

>>242
確かK先生が葉隠になんで人間信じられないの的な事聞いたら
地の文で人間の闇に触れてきた葉隠って感じだったから
そういふ風な事言ってたよ

レトロな旧校舎に隠し部屋とは、色々想像が掻き立てられるな
男子トイレのだけじゃなかったかもな

>>243
その頃はまだ浩子さんが出ていなかったので、葉隠君の裏設定はかなりハードで
重いものの予定でした。現在はだいぶ変更されたので今の葉隠君に対する当たりの
強さはその影響でもある。今後、男を見せてくれるか……?

>>250
保健室の隠しスペースもその内の一つと思って頂けたら


ところで、霧切さんとの会話安価を忘れていた。

ガチャの景品で好感度上げるのはなし(でもある方法を使えば何かプレゼントすることは可能)
適度に誉めるのは有効だが露骨に誉めすぎると嘘だと思われます。(自然体が一番)

上手い具合に気難しい彼女の機嫌を取って仲良くなろう!


↓5くらいまで。上手く拾って組み合わせます


すみません。連投は一人二回まででお願いします。

投下までまだまだ募集します


               ◇     ◇     ◇


「先生」

「苗木か」


飼育小屋を離れるとすぐに苗木が現れた。


「葉隠君、どうでした?」

「何とも言えん。変わった奴だからな。ただ、母親をとても大事にしているようだから
 その辺りから上手く攻められないかと思っているが」

「僕も話した方がいいかな?」

「しばらくはやめておけ。この間のことを逆恨みしている可能性もある。
 ……まあ、いい加減な男だからな。時間が経てば平気だろうが」


ここでKAZUYAは、苗木が何故植物園にいたか理解した。


「もしかして、葉隠の様子を見に来たのか?」

「はい。ああは言ったけど僕のせいで孤立してるようなものだしやっぱり放っておけないというか」

「あんな暴言を吐かれたのに大した奴だ」

「ハハ。人が良すぎるってみんなにも言われちゃいました」


そう言って笑う苗木は本当に人が良いのだと感じたが、KAZUYAはあえて切り込む。


「自業自得だとは思わないんだな?」

「確かに自業自得な部分もありますけど、というかほとんど自業自得だけど……
 でも、葉隠君も色々あってああいう考え方になったのかもしれないし」

「今は無理でも、諦めなければいつかお互いに理解して歩み寄れる。そう思っています」

(一番嫌な思いをした苗木がこう言っているのだ。俺が諦めてどうする)


苗木の言葉に励まされ、KAZUYAも頷いた。


「ウム。俺も同感だ。世の中にはどうしても相容れない人間というのもいるが、
 葉隠の場合まだそこまで長く付き合っていないからな。様子を見よう」

「はい! あ、一階に戻るならお茶を入れましょうか。久しぶりに僕の部屋でゆっくり話しませんか?」

「苗木の茶は上手いからな。あがらせてもらおう」


そのまま苗木の部屋に行き、しばらく二人で取り留めのない世間話を交わした。
無意味かもしれないが、こうした穏やかで平穏な時間は日々の疲れを忘れさせてくれるのだ。


             ・

             ・

             ・


苗木と笑顔で別れ部屋を出ると、間髪入れず横から声をかけられた。


「仲が良いのね」

「霧切か」


まるで待っていたかのように霧切がそこに立っている。
彼女に関しては偶然居合わせただけなのか狙ってやって来たのかいまいちわからない。


「調子はどうだ?」

「まあまあと言った所だわ」


このやり取りは暗号のようなもので、実際は調査の進捗を聞いている。
霧切がまあまあと言うことは、何かしら情報を手に入れているのだろう。


(五階は今までで一番情報量が多かったからな。何か気付いたか)

「そうか。まあ、あまり根は詰めないようにな。俺で良ければいつでも話を聞くぞ」

「あら? 私もカウンセリングが必要かしら?」

「そう言ったつもりでは……」

「クス。冗談よ。そうね。久しぶりに少し話そうかしら」



               ◇     ◇     ◇


「茶でも飲みながら話そう、だったな?」

「ええ」

「何故ここに?」


二人は植物庭園に来ていた。


(確かに公園のようで本来なら落ち着く場所ではあるが……)


KAZUYAに限っては、葉隠とバッタリ会いそうで落ち着かなかった。幸い今はどこかに
行っているようで助かったが。自動販売機で買った缶を持ち、二人で並んでベンチに腰掛ける。


「だって、保健室には他に人がいるから二人で話せないでしょう?」

「それもそうだが……なら、適当に空いている教室でも良かったんじゃないか?」


流石に女生徒に対し、君の部屋でいいじゃないかとは言えない。


「人に聞かれているのって落ち着かないもの。たとえ他愛のない会話であっても」

「……そうだな」


けして忘れることのない監視カメラの存在。

刑務所のように風呂やトイレまで監視されてないだけマシだが、
それでもやはり良い気はしない。特に男の自分は下着を見られようが寝ている所を
見られようがさして気にはならないが、女生徒達はさぞかし嫌だろう。


(ここにも監視カメラはあるが、広い場所だからよほど大きな声で話さない限り
 ほとんど聞こえないだろう。霧切はあまり声を張らないしな)

(さて、改めて……何を話すか?)


いつものように捜査や真面目な話でも良かったが、たまには純粋な雑談も良いかもしれない。


「参考に聞かせて欲しいんだが、君はみんなのことをどう思っているんだ?」

「どう、とはどういう意味ですか?」

「何でもいいさ。頼りになるとかならないとか、話しやすいとか苦手だとか。
 俺は君達の教師役だからな。そういうことも把握しておく必要がある」

「…………」


霧切は顎に手を当てて考え込む。


「まあ、言いたくないなら無理にとは言わんが……」

「そうね。……今なら、みんな良い人達だと素直に思えるわ。最初の頃と違って」


KAZUYAの目を真っ直ぐ見返しながら霧切は呟いた。KAZUYAもそのまま静かに彼女を見守る。


「…………」

「私もだけど、みんな少しずつ変わったんじゃないかしら」


ドクターや苗木君はあまり変わらないけど、そう付け加えて微笑んだ。


「そうだな。君は変わった。始めの頃はもっと周りを警戒していたな。
 常にどこか緊張しているように見えた。今は前より心を開いてくれて、俺も嬉しいよ」

「欲を言うなら、もっと大人を頼って欲しいものだ。俺はそんなに頼りないか?」


「あら? こう見えてドクターのことは頼りにしているつもりだけど。その言葉はそのまま
 返させて貰うわ。あなたももっと私達を頼って欲しい。私達はそんなに頼りにならないかしら?」


これは手痛い返しを受けてしまったなとKAZUYAは苦笑した。どうやら彼女の方が一枚上手だったようだ。


「あ、はは。そうだな。そう言えば変わったと言えば誰が一番変わったと思う?」


これ以上の墓穴は勘弁したいと強引に話を逸らしたが、
霧切はフッと笑っただけで意地悪く追及したりなどはしなかった。


「そうね。丸くなった石丸君と大和田君、前より自分に自信を持った不二咲君あたりが
 ハッキリ変わったと言えそうだけど……一番はやっぱり桑田君ね」

「アイツはな……」

「正直に言えば、始めは苦手というか嫌いだったのだけれど」

「……多分女生徒のほとんどはそうだろう」


KAZUYAは比較的早い段階から打ち解けていたが、親しくない人間からすると
あの男の不真面目ぶりはさぞかし目についたことだろう。


「今は最初の印象とは真逆ね。ああ見えて意外とよく周りを見ているから純粋に頼もしいと思うわ」

「意外と高評価なんだな」

「最初とのギャップかしら。舞園さんとも和解したことだし、彼等が脇を
 しっかり支えているからこそドクターも自由に動けるでしょう?」

「そうだな。舞園も立ち直ってくれて良かった。苗木と桑田には本当に感謝している」


「その二人にも勿論感謝しているでしょうけど、きっと一番感謝されているのは
 ドクターだと思うわ。あなたがいなかったら彼女はもうここにはいなかったのだから」

「俺は医者だ。当然のことをしたまでだよ」

「フフ、謙虚ですね」

「そう言えば、ここはたくさん花があるな。君は花は好きかい?」

「ええ。人並みには」


霧切は立ち上がって、咲いている花を指で指す。


「あれはスターチス。花言葉は『変わらぬ心』、『途絶えぬ記憶』。ゼラニウムは『予期せぬ出会い』。
 ベゴニアは『愛の告白』、『親切』、それに『幸福な日々』だったかしらね」

「凄いな。詳しいのか?」

「詳しいというほどでもないけれど……」


霧切は花を指先で弄っている。その姿は頼りになる名探偵と言うよりも、年頃の少女だった。
そんな霧切に目を奪われていると、ふとKAZUYAはあるものに気が付く。


「ム、これなら俺も知っているぞ」

「何かしら?」


KAZUYAはかがんでそれを摘み、霧切に手渡した。


「たまたま見つけたんだ。四葉のクローバー。花言葉は『幸運』だろう?」

「!」

「君にあげよう」

「いいのかしら? 折角見つけたのに……」

「俺が持ってても仕方ないからな。俺はもうみんなから十分幸運を貰っている」

「そこまで言うのなら……」

「もっとも、俺より苗木の方がもっとたくさん運も分けて貰えるかもしれないが」

「いいえ。その、嬉しいわ。――とても」

「喜んでもらえて何よりだ」


霧切の喜んだ顔を見て、KAZUYAも微笑む。
こんな時間がいつまでも続けば良いのにと、思わずにはいられなかった。


ここまで。クローバーには私のものになってという花言葉もある
もっと親密度高かったらプロポーズでしたな!


モノクマ「あー、ヤダヤダ。クローバーには『復讐』っていう花言葉もあるのにさ。
      いい感じのムード作っちゃって。甘ったるくて胸焼けしそうだよ、まったく。
      ていうかイチャイチャすんじゃないよ、ボクの前で! キィィ!」

モノクマ「以上。モノクマでした」

>もっと親密度高かったらプロポーズでしたな!

…マジで?
生徒と教師の恋愛とか石丸がまた発狂してしまうwwwwww


遅れてすまない。1の家のメカが一斉に寿命を迎えて色々更新しとったのだ。
1は凝り性なので新しいものを買う時はスペックやコスパの比較で
異様に時間がかかるのだ。やっとそろそろ落ち着きそう……

>>287
いや、勿論冗談ですよw
ただ親密度が高かったら霧切さんがちょっぴり赤面してました


― 保健室 PM9:42 ―


夜も更けてきた。

と言っても、特に疲れてはいないし外も見えないから、時刻の上での夜だが。
KAZUYAの体内時計は比較的正確な方ではあるが、それでもこのまま時計がなくなって
時間の感覚が完全になくなったらと考えるとゾッとする。


舞園「先生」


舞園がチラリと目線を動かす。


K「ああ、わかった」

朝日奈「すぐに終わらせるから待っててね」

K「ウム」


それだけでKAZUYAは理解し、保健室を出て行った。
怪我で動けないセレスの体を拭いてやり、服も清潔なものに変えるのだ。

普段はこの時間を使って男子達と風呂に行っているが、今日は大神と組み手をした後に
一人で入ってしまったため、KAZUYAは校内の見回りに行くことにした。

KAZUYAが去ったため、昏睡状態の山田を除いたらこの場にいるのは女子だけである。
突然誰か入って来ても問題ないように入り口に大神が控え、舞園と朝日奈で面倒を見る。


舞園「体調は如何ですか?」

セレス「…………」


舞園「服を脱がせますね」

セレス「…………」


舞園が無言のセレスを起こし、横で朝日奈が介助する。


朝日奈「…………」

朝日奈(なんか、気まずい……やっぱり、あんな酷いことをしたのにすぐには許せないよね。
     先生達は本気にしてなかったけど、結局あの動機もどこまでウソなのかはわからないし……)

朝日奈(流石にあれだけで動いた訳じゃないっていうのは私にもわかるけどさ。それに、
     セレスちゃんを許せないなら舞園ちゃん達も許せないってことになるし……ううー)


一度KAZUYAを手伝うと決めた以上、舞園達の過去の所業についてはそれなりに
折り合いをつけているが、それでもなかったことに出来るほど朝日奈はまだ強くない。


朝日奈(裁判終わった直後なのに、まっすぐセレスちゃんを助けた先生って
     やっぱり大人だよね。私も、いつかはあんな風になれるのかな……?)

舞園「…………」


朝日奈が複雑な思いを抱いているのに気が付いたのか、着替えを終えると舞園は朝日奈に向き直った。


舞園「朝日奈さん」

朝日奈「なに? どうしたの?」


舞園「少し、セレスさんと二人で話してもいいですか?」

朝日奈「わかった。私達は外で待ってるね。行こう、さくらちゃん」

大神「ウム」


それだけで察したのか、朝日奈は大神を連れ外に出た。


「…………」

「…………」


セレスは白い顔を舞園に向ける。普段の化粧ではなく、血の気がない本当に青白い顔だ。


「セレスさん、あの」

「慰めならやめて下さいね」

「…………」


セレスはピシャリと切り捨てた。舞園が思っていた以上に、その声には覇気がある。


「わかっています。あなたが言いたいことも、わたくしが取るべき道も」

「……後悔しているんですね」


思わず舞園は呟いた。その言葉に、少しだけ弱気な表情をして彼女は舞園を見上げる。


「いけませんか?」

「私、セレスさんは後悔しない人だと思っていました」


普段のセレスの強気な表情を思い浮かべながら、続ける。


「自分に自信があって、マイペースで、勝手で、他人の視線なんて全然気にならないような人だって」

「喧嘩を売りたいのですか? 生憎買ってあげられるほど元気ではないのですが」

「褒めているんですよ。強い人だって。私みたいな弱い人間とは大違いです。
 私は……いつも人の目が気になって仕方ありませんでしたから」

「買い被りですわ。わたくしとて一人の人間。弱い部分もあります」

「そうですね」


否定はしなかった。KAZUYAに助けられた後の弱々しい姿を見ればそれが真実であるとわかる。


「…………」

「…………」


しばらく、二人は無言で壁を見ていた。静寂の中、セレスは囁くように呟いた。


「舞園さん……一人でずっと辛い思いをしていたのですね」

「…………。わかりますか」


「同じ立場ですからね。針のムシロになるよりも周りに気を遣われる方が
 ずっと苦しいということをわたくしは初めて知りました」

「……馬鹿なことをしでかしたものです」

「…………」


珍しく殊勝な態度で反省の意を示すセレスに、舞園も素直に同情の念を抱いた。


「……本当は、仕方ないって言っちゃいけないんですけどね。
 加害者に言い訳する権利なんてありませんから」

「でも、私の前では言ってもいいですよ。辛かったんですよね?」

「…………」

「外が気になるし、夢もあるし、家族に会いたいし、何よりここは怖いですし……」

「よして下さい。今更言ってもそれこそ仕方のないことですわ。
 ――気付くのが遅かった。それが全てです」

「何にですか?」

「大切な物はどこに落ちているかわからないということですよ。灯台下暗しとよく言いますが、
 人生や価値観そのものを変える程大きいものは、意外と目に入っても気が付かないのでしょうね」


ふっとセレスは机の方を見る。当たり前だが、今そこには誰もいない。


「もっと早く、西城先生のような方に出会えれば。それも違った形で……そうだったら……」

(違った結末になっていたかもしれなかったのに……)


セレスは目を伏せる。その顔は寂しげだった。


「セレスさん、もしかして……」

「その先は言わないで下さいな。今となってはもう無意味なことですわ」

「…………」

「そうです。罪は償わないといけませんね。それが敗者のペナルティというもの。
 わたくしは生粋のギャンブラーです。ご心配なく。負けた分はしっかりお支払いいたしますわ」

「セレスさんは、大丈夫ですね」

「ええ、大丈夫です」


セレスはそう言って“笑った”。

それが作られた笑顔であることは明らかだったが、不思議とそこに悲壮感はなかった。


(やっぱりセレスさんは強いですよ……)


後先考えず衝動のままに動いた舞園と違い、彼女は十分にリスクを考慮し覚悟して臨んだのだ。
負けを知らない彼女にとって初めての敗北となったが、それは意味のある敗北であった。


「もうお話は終わりでしょう? いつまでも朝日奈さん達を締め出しておく訳には行きませんわ」

「あ、そうですね」


扉を開けると、既に見回りを終えたKAZUYAも戻ってきていた。
心配そうな顔で舞園を見下ろす。


「二人きりで話していたそうだが……」

「大丈夫ですよ、先生」

「……それはどういう意味でだ?」

「セレスさんは間違いに気付いたんです。だから、もう大丈夫です」

「! そうか。君がそう言うなら本当に大丈夫なんだろう」


舞園は人間観察力に優れている。それに、同じ犯人側の人間としてセレスとは
どこか通じ合うものがあるはずだ。その舞園がここまではっきり言うということは、
今のKAZUYAにとって最も信じられる言葉なのである。

保健室に入り、KAZUYAも再びセレスと対面した。


「調子はどうだ?」

「…………」

(……ただの、吊橋効果だと思えばいいのです。ポーカーフェイスは慣れてますもの)


セレスはいつもの作り笑顔を浮かべ大袈裟なほど優雅に答えてみせる。


「お陰様で、特には」

「そうか」


それだけの短い会話を交わし、KAZUYAは椅子に座る。
セレスはいつまでもその広い背中を見つめていた。

……けして口に出せない想いを秘めて。


ここまで。

テンポアップのために四章からは自由行動は三回に減らします。
もうほとんどの生徒は仲間になってますしね。五章なんて二回でいいかも


― コロシアイ学園生活第四十二日目 5-C教室 PM2:17 ―


色々とやるべきことは山積みのはずなのだが、KAZUYAは今日もこの教室に来てしまった。
血と脂の酸化した臭いで本来落ち着いて考えるには不向きだが、この強烈な刺激が
逆に何かを思い出させてくれそうでもあるのだ。何よりこの男は血の臭いに慣れきっていた。


(セキュリティの面から考えても部外者が大勢希望ヶ峰にやって来て
 いきなりコロシアイを始めたというのは有り得ない)


KAZUYAが希望ヶ峰学園に来た時、ただの高校にしては随分物々しい警備をしているなと思ったものだ。
警備部には元超高校級のボクサーを始めとしたプロの格闘家も配置しているとのことだった。


(……何よりこの件については既に解決しているも同然だ。
 犯人は希望ヶ峰の関係者であり事件は学園によって隠蔽された――)


学園長自身がKAZUYAにそう語ったのだから間違いないだろう。

それにしても、この規模の事件を隠蔽するなど尋常ではない。
よほどの不都合な事実が学園側にあったはずだ。


(まさか、黒幕は学園そのもの……?)


希望ヶ峰は過去に生徒を使って人体実験を行っている。だったら、その延長線上にあっても……


(……いや、どう考えても大量殺人を行うメリットがない。かつての無敵兵士のように、
 学園が秘密裏に人間兵器でも作っていてその実践というならわかるが、紛争国ならいざ知らず
 この日本でそんなものを作る必要性がない)

(それに学園が主犯なら学園長も関係していることになる。確かにあの男の生徒を思う気持ちは
 歪んではいたが本物だった。何よりこんなことを仕出かせば娘に迷惑がかかる。有り得ない)


(あまり決め付け過ぎてもいかんな。多角的に考えねば――)

「…………」


手術の際、患部を別の角度から観察するようにKAZUYAは反対側から考え始める。


(……逆から考えよう。学園が“事件を隠蔽する必要がある”状況とは?)

(確かにスキャンダルな事件だ。これが公になれば一大ニュースになることは間違いない。
 希望ヶ峰のブランドイメージには大打撃であり、学園関係者として出来れば隠したいのはわかる)

(だが、仮に犯人が元学園長や評議会メンバーであったとしても、その人物がたまたま
 頭のおかしい人間だったと言い逃れすれば済むことだ。むしろ下手に隠蔽工作など行って
 後から発覚した方がどう考えても学園にとっては致命的なはず……)

(つまり、多大なリスクを支払っても学園は事件を隠蔽しなければならなかった。その理由は……)


瞬間、閃く。


(――主犯ではないが事件に“何らかの形で学園が関わっていた”のではないか?
 コロシアイ自体は元々の目的ではなく何らかの事故だった。それなら隠蔽も不自然ではない)


KAZUYAの背筋に悪寒が走った。

学園は一体どのように関わっていたのだろう。
もし、KAZUYAの推理通りなら希望ヶ峰はここで何をしていたのだ?


(今から思えば教師達の間に奇妙な空気が漂っていたが、
 恐らく教師達は知っていたのだろうな。全員グルだったのだ)

(一体何なのだこの学園は……。黒幕もこの件に何か関係が?)


堂々巡りの思考の中、KAZUYAの懸念はもう一つあった。


(この事実を生徒達に教えるか否か……)


既にKAZUYAの中で希望ヶ峰に対する怒りと不信感は根深い。
だが、生徒達にとって希望ヶ峰学園は未だ憧れの対象なのだ。
証拠もないのに自分の勝手な憶測を述べて、夢を壊していいものだろうか。

それに、結局主犯は誰なのか。
何故こんなことが起こったのか。

真相は何一つわかっていない。


(生徒達には悪いが、やはり黙っていた方がいいな。この状況で不安の種を蒔くのは
 得策ではないし、何より今回の事件を学園と結び付けて考えるようになったら不味い)

(この件の黒幕は組織だったものではないはずなのだ。……何かしらの因果関係はあるかもしれないが)


希望ヶ峰学園。

希望の丘の向こう側には、何があるのだろう。
どこまでも光り輝く希望が続いていれば良いが、実際は色濃く深い絶望が隠されているのでは?


(生徒達のためにも、俺の思い過ごしであることを祈る)


もはや確信に近いものを感じながらも、生徒達のためにKAZUYAは目を逸らした。


一通り考えがまとまったので、次にもう一つの事件について考えてみる


(……確か【希望ヶ峰学園評議会メンバー連続殺人事件】だったな。
 この事件は時系列的には後のもので、学園内の警備レベルを最大まで上げていたという)

(連続殺人ということは、一度に全員殺されたという訳ではなさそうだ。
 こちらはこの事件と違って犯人は不明のままらしい)

(…………。もしや、連続殺人の犯人とこの事件の黒幕は同一人物か?)


希望ヶ峰学園が非人道的な実験を行い、現実に死人すら出している。

その後、評議会のメンバーが次々に殺害され、生徒達は監禁されているのだ。
深読みしなくても学園に対しての怨恨を疑ってしまうのは当然と言えよう。


(例えば黒幕が何らかの学園の被害者で恨みがあり、その復讐のために
 生徒達の記憶を消し因縁の学園でコロシアイをさせているなら辻褄は合う)

(むしろそれ以外にあるのか? もしそうだったとしたら……)

「やめてよね!」

「!」


KAZUYAが振り返るとそこにはモノクマがいた。


「……何だ?」

「いや、なんとなく変なこと考えてそうな表情だったから」


「丁度いい。お前に聞きたいことがあった。本当にこれはお前がやったことではないのか?」

「ボクじゃないよ! 相変わらずうたぐり深いねぇ」

「貴様は前科があり過ぎるからな」


KAZUYAは睨みつけるが、モノクマは肩を竦めてヘラヘラと笑う。


「さて、ではもう一つ質問だ。この学園は陰で色々と公に出来ないことをしていたようだが
 お前もそれに関わっていたのか? それともそれが原因で学園に恨みを抱き、
 このようなことを引き起こしたのか?」

「……あー、そんなこと考えてたの? やっぱりロクなこと考えてなかったよ。
 ヤダねぇ~ヤダヤダ。さっきも言ったけどやめてよね、そういうの!」

「そういうの、とは?」

「そうやって何でもかんでも因縁つける所だよ! 先生はさ、こう考えてない?
 ボクの中の人がこの学園のとても口には出せない非人道的で残酷で倫理なんてカケラもない
 えっぐーい実験の可哀相な被害者で、学園に復讐するためにコロシアイを始めたんだ!とか」

「あ、動揺のあまり中の人とか言っちゃった。恥ずかしっ恥ずかしっ! 中には誰もいませんよ!」

「何が言いたい?」


KAZUYAは苛立ちを隠さず床をつま先でトントンと叩く。


「この学園が芯から腐ってる真っ黒組織なのとボクの思想行動は全く因果関係がありません!
 ボクがボクなのはボクだからです! 生まれた時から既にボクという存在は完成してたんだよ!」

「フム」


(黒幕はただの希望ヶ峰生徒であってそれ以上ではない? 元々サイコパス的性質の持ち主だった?)

「イヤだよねぇ。最近はゲームでも漫画でもすーぐ悪役に悲しい過去とかつけちゃってさ。
 過去がないと行動出来ない人間って浅くない? ボクはそんなファッション悪役って嫌いだなぁ」

「悪人が悪事を働くのに理由なんていらないじゃん。ただ悪役だからでいいんだよ!
 先生だって過去がないと良いこと出来ないヒーローなんて本物のヒーローじゃないと思わない?」

「くだらんな。過去があろうとなかろうと今行っている行為がその人間の全てだ」

「つれないなぁ。って、そうだった。そういえば先生も両親の自己犠牲っていう
 悲し~い過去がある典型的なありがちヒーローだったね?」

「…………」

(俺はヒーローではない――)


KAZUYAはつい反論しかけたがグッと堪えた。
今は少しでも情報が必要なのだ。モノクマの発言を妨げてはいけない。


「ボクはね、生粋の悪役になりたいの。ボクイズ悪、悪イズボクみたいな。
 悪の概念そのものであり、人類史上最大最悪の災厄であり、これ以上ないって程の
 絶望的なラスボス的存在。……あ、もうなってるか。うぷぷ!」

「人類史上最大最悪……」

(何度も耳にしたフレーズだ。男子トイレの隠し部屋、アルターエゴ。やはりこれこそが鍵か?)


――人類史上最大最悪の絶望的事件。

希望ヶ峰学園廃校の原因であり、シェルター計画発動のキッカケとなった事件だ。


(まさか、これが……? いや、流石にこれを世界レベルというのは無理がある)

「お前の口ぶりでは既に成し遂げたかのようじゃないか? 俺達に一体何を隠している?」

「うっぷっぷー。知ってるくせに~?」

「わからん。何でもいいからヒントをよこせ」

「もうしょうがないなぁ。先生ったら聞き上手なんだから。なら特別出血大サービス!
 この部屋の惨状は確かにボクがやったことではありませんが、ボクも勿論関わってます!」

「……何だ、そんなことか」


あからさまにKAZUYAは落胆する。


「そんなことって……」

「どうせ貴様が悪巧みをして殺し合いが起こるように仕向けたんだろう?
 そんなことだろうと思っていた」

「もう、先生ったら早漏なんだから、空気読まないんだから! 問題はこの先!」

「先?」

「ここでコロシアイをしてたのは誰でしょうか? そしてその結果、学園に何が起こったのでしょう?」

「……何が起こったんだ?」

「ここから先は有料だよ。完結編は映画館で!」


「焦らしたいだけなら俺は帰るぞ」


もう得られる情報はないと判断し、KAZUYAは踵を返して部屋から出ようとした。

すると、去りゆくKAZUYAの背中に向かってモノクマが白々しい声を上げる。


「おっとボクとしたことが。お喋りに夢中になってつい本題を忘れる所だったよ」

「本題だと?」

「先生ったら、ボクが用もなくお喋りに来たと思ってる?」

「!」


そうだ。忘れていた。

モノクマはただふざけているだけの時もあるが、そういう時は早々に帰っている。

モノクマが長々と勿体振って話す場合。――それは不吉なことが起こる前触れなのだ。


「おめでとう。いや、先生的には良くないニュースかな?」

「何の話だ?」


その言葉を発した頃にはKAZUYAの耳にも届いていた。
廊下からけたたましい足音が近付いてきていることも、彼を呼ぶ生徒達の声も。


























「山田君が目を醒ましたよ」




ここまで。

1は先週吐き気と腹痛で死にそうでした。寒さのせいかな?
皆さんも体調には気を付けてお過ごしください。


新年明けましておめでとうございます。
年始のご挨拶が遅れ大変申し訳ありませんでした。
もうクリスマスはとっくに終わっていますが、もしサンタさんに
お願いするなら睡眠時間と元気な体が欲しいです

では新年一発目の投下


                  ╂


「――――」


知らない天井。

いや、見覚えがある?


「苗木君、その公式は――」

「ちょ、ちょっと待って。もう一回――」

「全然わかんねー。よくそんなの解ける――」


懐かしい声が聞こえた。よく知っている声だ。
しばらく黙って耳を傾けていた。

在りし日の思い出が胸に去来する。楽しかった、大切な思い出だ。


そう、


「……何もかもみな懐かしい」


「あれ?」

「? どうかしたか、不二咲?」

「今、何か聴こえなかった?」


「な、何も聞こえないわよ。あんたの気のせいじゃない?」

「いや、我もあちらから何か聞こえたが」


ざわざわと少しずつ話し声が大きくなる。


「山田君……?」


横に目をやると、セレスと目が合った。


「やす、ひろ……」

「皆さん、山田君が!」

「山田?! 起きたの?!」

「みんな……」

(僕は戻ってきたよ……)

「山田君!」

「山田君!」


山田一二三は覚醒した。


「……ただいま」


――そして、この物語は終わりへ近付く。


― 保健室 PM2:52 ―


慌てて彼を呼びにきた桑田と朝日奈を追い抜き、階段は
ほとんど飛び降りるようにしながらKAZUYAは保健室に飛び込んだ。


K「山田!」

山田「西城、先生……」


山田はぼんやりとした表情でKAZUYAを見上げた。
驚喜する生徒達を掻き分け山田のすぐ横に立つとKAZUYAは問い掛ける。


K「山田、俺がわかるか? 西城だ!」

山田「……はい」

K「よし。目は見えているな?」


KAZUYAは指を動かし、山田の反応を見る。


山田「見えていますよ。少しボヤけていますが」

不二咲「あ、そうだ。眼鏡!」


不二咲が脇机に置いてあった眼鏡を山田にかけてやる。


山田「……ああ、ありがとう。よく見えるよ」

K「体の感覚はあるか? 痺れていたり、おかしな感覚があったら言うんだ」

山田「…………」


その時山田は気付いた。


山田「手が……!」

K「手が、どうした……?!」

石丸「!」

苗木「まさか……」


その言葉を聞いて苗木と石丸は青くなった。
医学の勉強をしているからわかる。脳が傷付いた場合、体に障害が残ることが多いということを。


山田「左手と左足が、なんだか痺れます」

K「……触るぞ」


KAZUYAは布団をどけると、慎重に山田の手足を触っていく。


K「ここは、どうだ?」

山田「わかります」

K「動かしてみてくれ」

「…………」


生徒達は固唾を呑んで見守っていた。その時、

バターン!


葉隠「山田っち!」

苗木「あ、葉隠君?!」


血相を変えた葉隠が保健室に飛び込んできた。


桑田「なんだよ、おめー……」

腐川「何しに来た訳?」

葉隠「あ、いや、その……モノクマから聞いたんだべ。山田っちが目を醒ましたって……」

大和田「……そうかよ」

朝日奈「…………」


険悪になりかけた空気を破るように、涼しげな声が割って入る。


「今は喧嘩してる場合かしら?」


開いたままの扉から霧切が入り、しどろもどろになる葉隠と他の生徒達を交互に見た。


石丸「ウム! 今は山田君が目を醒ましたことを喜ぶべきだ。葉隠君のことは後にしよう!」

大和田「チッ、そうだな」

舞園「霧切さんもモノクマから聞いたんですか?」

霧切「ええ。残りの二人もすぐに来るでしょうね」


説明が終わる前に、廊下から足音が響く。

バタバタバタ……


江ノ島「山田が起きたって?!」

十神「フン、運の良い奴だな。命拾いした訳だ」


江ノ島と十神も保健室にやって来た。江ノ島は明らかに驚き、十神は特に興味ないといった風である。


苗木「それで先生、山田君は……?」

K「落ち着いて聞いて欲しい」

「――!」


KAZUYAが一同を見渡し、頷く。


K「意識はしっかり戻っている。呂律も回っているし受け答えも問題ない。もう大丈夫だろう」

不二咲「良かった……大丈夫なんだね……」

朝日奈「まったく心配かけちゃってさぁ!」


不二咲と朝日奈は涙ぐんでいる。


大神「頭が大丈夫なのはわかった。……体の方はどうなのだ?」

K「ハッキリ言おう。後遺症として麻痺が少しある」

「!」

葉隠「…………」

セレス「…………」

K「だが、完全に感覚がない訳ではない。幸いにも指先が微かに動いていた。左半身が全て
  麻痺していたりすると実生活にも影響が大きかったが、その点山田はツイている」

K「人間の脳というものは、一部が機能しなくなっても他の部分が補うという性質を持っていてな。
  リハビリは厳しいものになるだろうが――諦めさえしなければほぼ元通りの生活が出来るだろう」

葉隠「な、治るのか? 治るんだな?! 良かった~!」


江ノ島「あんた本当に喜んでんの?」

桑田「どーせ慰謝料請求されなくて良かったとでも思ってんだろ」

葉隠「そんなことないべ! 俺だってなぁ、少しは悪かったと思ってんだ!」

苗木「少しなんだ……」

霧切「葉隠君にしては多いと思わないと」

朝日奈「そうだね。なにせ葉隠だもんね!」

舞園「葉隠君ですもんね」

十神「葉隠だからな」

葉隠「厳しいべ!」

山田「裁判……学級裁判は?」

石丸「それについては問題ないぞ!」

セレス「もう、全部終わったのです」

山田「終わった?」

セレス「裁判で、何もかも明るみに出ました。終わったのです。
     わたくしとあなたの企みも、わたくしの夢も野望も全て――」

山田「……オシオキは?」

K「終わったんだ。大丈夫だ。誰も死んでない」


山田は横に目をやった。そこには横たわり天井を見つめるセレスがいた。
KAZUYAが簡単に裁判の流れをまとめて説明する。山田は熱心に聞き、


山田「そう、ですか」


それだけ呟いた。


葉隠「あ、それでなぁ……その、殴って悪かったというか……すみませんでした!」

K「どうした? 今日はいつになく殊勝だな」

葉隠「俺だって自分が悪い時は素直に謝るって。ろくに話も聞かずいきなり
    殴りかかったのはやっぱりちょっとやりすぎだったんじゃねえかなと……」

十神「葉隠はこう言っている訳だが。山田、お前はどうなんだ?」

山田「……いいんですよ」

苗木「山田君?」

山田「もう、いいんです。僕が悪かったんです。勝手かもしれませんが、
    今回の事件はもう……終わったということにしてくれませんか?」

不二咲「仲直り、でいいのかな?」

江ノ島「で、でも葉隠はともかくセレスは? あんた騙されてたんだよ?」

山田「それについても、僕がみんなを信じていなかったのが原因です。騙される方が悪いんですよ」

江ノ島「え? それだけ?」

十神「ハ! やっと少しは学習したようだな。そうだ。このゲームは食うか食われるか。
    大体、騙されていたとはいえこの男は裁判で勝つつもりだったんだ。純粋な被害者ではない」

苗木「それは、そうかもしれないけど……」

「責めていいのですよ」


睨むような目でセレスが山田を見つめている。しかし、その瞳は微かに震えていた。


セレス「悪人を悪人として断罪しないと、いつぞやのようになります。
     無理に許す必要はないのです。わたくしには責められる覚悟があります」

山田「確かに、セレス殿はみんなから責められても仕方ないかもしれません。
    ……でも、少なくとも僕にあなたを責める資格なんてないんです」

山田「むしろ、僕も責められなきゃいけないんだ……」

K「では、本当にいいんだな?」

山田「はい。仲間を……友達を殺そうとした僕なんて、殺されたって仕方ない……」

「…………」

山田「……すみません。少し疲れました。休ませてもらっていいですか?」

K「あ、ああ。そうだな。今はとにかく体を治すことが最優先だ。しっかり休め」


山田が少し天井を眺めるとそのまま静かに目を閉じた。
KAZUYAは生徒達を下がらせ、山田のベッド周りのカーテンを閉める。


十神「…………」

十神(つまらんな。こいつが騒いでくれたら少しは目くらましになるかと思ったが。……ドクターKに
    賭けて脱出にシフトするべきか? あの男は俺の知らない情報をかなり隠している)

十神(利用出来るなら利用すべきだが。――いや、まだ早い。情報を隠しているということは
    ベクトルは違っても所詮黒幕と同じだということだ。完全に信用は出来ん)

セレス「…………」

石丸「山田君もやっと友情に目覚めてくれた訳だな! 僕は嬉しいぞ……!」

朝日奈「うんうん! 過ぎたことを責めても仕方ないもんね! 明日に生きないと」

葉隠「と、とにかく! これで全部解決だな! 慰謝料請求もなしだ! ワハハハハ!!」

苗木「葉隠君……」


桑田「おめーなぁ……」

江ノ島「あんた、そういうこと言うからダメなんじゃないの?」

不二咲「きっと、葉隠君なりの照れ隠しなんだよ……?」

大和田「絶対違うだろ、それ」

大神「やはり少し痛い目に遭わせた方が」

葉隠「ヒイィ! オーガはシャレにならんて!」

K「じゃあ俺ならいいんだな」

葉隠「それも勘弁!」


ワハハハハ!

久しぶりに場が笑顔に満ちる中、一人考え込む者がいた。


霧切「…………」チラ

霧切(モノクマが出てこない。今までだったら必ず水を差しに来ていたのに)


いつもなら山田の具合が悪ければ煽り、たとえ良かったとしても嫌味の一つは
言いに来ていたはずだ。何故この状況で沈黙する?


K「フフ……」

K(そうだ。俺は何も間違ったことなんてしていない。この笑顔が見たかったんだ)




K(――だから、これで良いんだ)


ここまで。予定通りなら今年中にとりあえず一つエンディング迎えられるはず
今年も一年よろしくお願いします!

後遺症はこれで終わりです。本当に
結構三章がトラウマになっている人が多いようですが、
あれより悲惨なのは……多分ないと思います。多分
石丸君関連のは長かったからね、本当に……

鬱展開は山場やハラハラ感にも直結するのでなかなか難しいですね
これからもまだいくつか山場が残っているので。でも、石丸編みたいに
ムダに長くならないようにしようとは思っています。

ちなみにネタバレになってしまうのであまり詳しくは言えませんが、
このSSは以前から言っているようにマルチエンディングを採用しています。
グッドエンドx個、ノーマルエンドy個、バッドエンドz個、
シークレットエンド一つです。そのうちシークレットエンドと
最も悲惨なワーストエンドは既に分岐から外れているので、そのうち
時間がある時にでもオマケで投下しようと思います。

あぁ……
V3発売までにもう一回投下するつもりだったけど間に合わんかった。申し訳ない

一ヶ月くらい消えると思います。クリアしたら戻ってきます
スーダンもまだクリアしてないのになぁ……死ぬ気でプレイしよう。ウン


帰ってきたぞ! 復活!


― コロシアイ学園生活四十五日目 保健室 PM7:24 ―


山田がセレスを責めなかったこと、葉隠が素直に謝ったことによりとりあえずは
一件落着ということになった。十神の指摘した通り、山田は正確には加害者側の人間なのだが、
頭に包帯を巻きリハビリに勤しむ痛々しい姿が同情を呼び、山田を責める者はいなかった。

やっと取り戻した平穏な生活の中、今日もKAZUYAは苗木と石丸に授業をするが、
どうしても超えられない壁についてKAZUYAも考えざるを得なかった。


(いくら本を読み理論を学んでも実践しなければ何の意味もない。
 それに命の重みを知るためにも実際に解剖しなければ……)

(……どうする?)


その日の夜、山田の復帰パーティーというほど盛大なものではなかったが、
保健室に十神以外の全員が揃って夕食を摂った。その後、KAZUYAはおもむろに口火を切る。


K「大事な話がある」

桑田「なんだよ、また改まってさ」

K「お前達には少しショックな話かもしれないが聞いて欲しい」

舞園「ショックな話、ですか?」

K「ああ。今度植物庭園の鶏を一羽、絞めようと思う」

「?!」

不二咲「え?! な、なんで……?!」

石丸「本気ですか?!」


大和田「なんでまた突然……」

山田「ら、乱心?!」

朝日奈「わかった! 唐揚げにするんだね!」

江ノ島「いいじゃん。久しぶりに新鮮な食料が食べられるし」

腐川「あ、あんた達何でそんな平然としてる訳?! 絞めるってことは……こ、殺すのよ?!」

葉隠「そうだべ! いくらなんでもあんまりだ!」

大神「しかし、厳しい言い方だが我等は常に他の生き物の命を奪って生きている」

セレス「わたくしたちが今食べているこの料理にも、お肉が入っていますわ」

舞園「可哀相ですが、仕方ありませんね」

苗木「それはそうなんだけど……」

桑田「やっぱなぁ……」

霧切「そんなに嫌がることかしら?」

大和田「フツー嫌だろ……」


意外にも、女子の方が前向きな意見が多く男子の方が尻込みをしていた。
希望ヶ峰学園の女子は本当に強いなとKAZUYAは内心苦笑する。


石丸「し、しかし……今のところは食糧に困っている訳ではないし、むやみやたらに殺生するのも……」

霧切「ドクターがこんなことを言い出すなんて、何か意味があると思うのだけど?」


大神「怪我人に精のつく物を食べさせたいのではないか?」

朝日奈「唐揚げ、ヤキトリ、鶏鍋……水炊きや蒸し鶏も美味しいよね!」

腐川「あ、あんたドーナツの食べ過ぎで頭にドーナツ詰まってるんじゃないの……?!」

江ノ島「アタシはシンプルに丸焼きがオススメかな。塩とコショウで下味つけた後に
     その地域の香草をお腹に詰めて焼くんだ。素材の味が生きてて美味しいよ?」

舞園「香草なら植物庭園にたくさんありそうですね」

大神「ウム。美容と健康、両方に良さそうだな」

霧切「それは構わないけど、パクチーを使うのだけはやめて頂戴」


余談だが、霧切響子はパクチーが苦手である。パクチーに限らず香草類は
体質的に合わない人間も少なくないため、料理に用いる際は注意が必要である。


葉隠「いやいやいや! 精のつくものなら調理場や倉庫にだってたくさんあるだろ!
    何も率先してあいつらを殺さなくたって……」

K(ほう)

腐川「う、占いバカと同じ意見なのはシャクだけど、別に殺してまで
    あの鶏を食べることないんじゃないの? 第一、誰が裁くのよ……」

苗木「えーと、先生?」

K「俺はやらんぞ?」

山田「言い出しっぺが何言ってるんですか?!」

不二咲「じゃ、じゃあどうするの? やっぱりやめた方が……」


江ノ島「ならアタシがやろうか? 慣れてるし」

桑田(なんで女子高生が鶏裁くの慣れてんだよ!)

大和田(こいつ本当に隠す気あんのか?)


やたらと活き活きしている江ノ島に桑田と大和田は心の中でツッコミを入れる。


朝日奈「江ノ島ちゃん、スゴイ! これで大丈夫だね! 美味しく食べて貰えてあの子達も満足だよ!」

腐川「も、もう食べたことになってる……?!」

舞園「朝日奈さん、気が早いですよ」クスクス

山田「朝日奈葵殿の食い意地テラオソロシス……!」

苗木「まあ、朝日奈さんだからね……」

葉隠「だから!」


既に絞めることは確定となっている中、珍しく葉隠が声を荒げた。


葉隠「何で殺すこと前提なんだって! あいつらだって生きてんだぞ?!
    無駄に殺したりしたら可哀相だべ!」

K「無駄ではない。ちゃんと意味のあることだ」

葉隠「意味だぁ?」

石丸「ま、まさか西城先生……僕達に鶏の絞め方を教える、というつもりでは?」

K「近いな。ほぼ正解だ」


石丸「ぬなっ?! や、やはり!」

大和田「んなこと教えてどうすんだよ……」

霧切「まだわからない? ドクターはあの鶏を使って解剖実習を行うつもりなのよ」

「か、解剖?!」


その単語を耳にした全員の表情が瞬時に固まる。
特に少し前まで盛り上がっていた女子達も流石に閉口せざるを得なかった。


腐川「かかか、解剖って……?!」

苗木(ついに来たかって感じだ……)

石丸「そ、そ、そうだな。魚だけで済む訳がない。いつかは通らねばならぬ道だ。ウム……」

霧切「魚も鶏もそんなに変わらないと思うけど」

苗木「大きさが違うよ! 鶏は変温動物じゃないし」

石丸「魚は裁く時点で既に死んでいるからな……解剖というよりは調理の
    延長のような感じだった。絞めて解剖するのはやはり一味違うというか……」

K「鳥で怖がっているようでは人間などまだまだだぞ」

苗木「まあ、そうですよね……」

K「鼠でもいればいいんだがな。こんなことなら実験用のラットを何匹か
  持ち込んでおくべきだったよ。欲を言うなら猿がいいが、流石に運べないしな」フゥ


K「鳥と哺乳類では全然違うが、それでも魚よりはマシだ。とにかく
  今は一回でも多く解剖していかなければならん。開いた数がモノを言う」

桑田「お、おう」

大和田「……ガンバれよ。兄弟、苗木」

石丸「ウ、ウム……」

苗木「先は長いなぁ……」

不二咲「大変だね……」


淡々としているKAZUYAに対し生徒は引き攣り気味である。


K「……ちなみに、これは苗木と石丸だけの問題ではない。
  こんな状況にいるんだ。俺はお前達全員に命の重みを教えたい」

舞園「もしかして“命の授業”――ですか? 一時期テレビでよく取り上げてましたよね」

朝日奈「なんか聞いたことあるかも……」

大和田「どんなのだ?」

セレス「小学生に豚や鶏を育てさせ、それを食べさせる授業のことです」

江ノ島「? なんでわざわざそんなことするの? 買ってきて殺せばいいじゃん」

山田「わざわざ育てさせてから殺すなんて残酷ですよね……」

不二咲「う、うん……頭ではわかってるけど、僕ならきっと泣いちゃうなぁ……」


大神「自ら育て終わりまで見届けることによって命の重みを知るのだろう」

K「その通りだ。俺はお前達一人一人に命の重みを知って欲しい。解体作業を行うのは
  苗木と石丸かもしれないが、お前達もその重みを一緒に背負ってくれないか」

セレス「命の重み……」

霧切「そうね。必要なことだと思うわ。私達は今、命のやり取りの最中なのだから」

舞園「本当は可哀相って言っちゃいけないんですよね。私達の代わりに誰かが
    裁いてくれているから、私達は手軽に食事が出来る訳ですし……」

桑田「ま、まあ……言われてみりゃそうかもなぁ。やっぱ一度は経験しとくもんかもしれねー」

K「了承が取れて良かった。ここにいない十神も含め全員に参加してもらいたい。日にちは
  山田がある程度動かせる三日後にしよう。その間、みんなでしっかり面倒を見てくれ」

苗木「わかりました」

不二咲「僕達みんなで心を込めてお世話するね」

葉隠「…………」

葉隠(命、命か……)

山田(何も考えずにいつもご飯を食べていたけど、もっと考えるべきだったのかな……
    そうすれば、バカなことをしでかさずに済んだのかもしれない)


KAZUYAの判断は、生徒達に否応無く命とは何かを考えさせることとなった。
それがどのような結果をもたらすかはそのうち明らかとなる。


ここまで。

V3クリアしました。本当はもっと前に終わってたんですが、
あんまり早く戻ってくるとネタバレする人がいるかなと思ったのと
オマケがあまりにも面白かったのでそれをやりこんでました

そういや絶望姉妹の生死ってグッドエンディングの条件に入ってんのかな?


葉隠大神舞園腐川不二咲ですね。了解です

>>415
その辺はネタバレになるので秘密です


保守代わりにV3のネタバレ無し感想を少し

ラストのオチに関しては非常に賛否両論分かれていて、熱心なファンほどダメージがあると
言われていますが1はやって良かったなと思います。確かにクリア後三日くらいはテンションが
ガタ落ちしてましたが、6章前半までは間違いなく楽しめますしオマケのミニゲームの数々も
非常にクオリティが高いです。何よりV3はキャラクターが凄く魅力的だと思います。

オチが気に入らないならいっそ自分の納得行くオチを書いてしまえ!!と現在V3でSS書いてます。
それに……ロンパ3希望編のことを考えると案外ハッピーエンドもあるかもしれませんしね。
どんな絶望が来ても最終的には希望が勝つんだよぉ、な狛枝思考の方は是非プレイしてみては?

宣伝ですがV3で短編を一本書いたので、もし良かったらどうぞ

赤松「超高校級の打ち上げ会!」【ニューダンガンロンパV3】
赤松「超高校級の打ち上げ会!」【ニューダンガンロンパV3】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1488372096/)


再開


― 自由行動 コロシアイ学園生活四十七日目 植物庭園 PM2:04 ―


「やはりここにいたか」

「……K先生か」


鶏小屋の前で葉隠が座っている。
今回はKAZUYAに背を向けることなく、葉隠はただぼーっと鶏を見ていた。


「随分ここが気に入っているんだな」

「まあな。動物は元々好きだし、人間みたいに面倒じゃねえから」

「…………」

「あー、美味そうに餌をつついてるべ。まさかあと数日の命なんて知りもしねえでよ」

「……やめて欲しいか?」

「うんにゃ。可哀相だとは思うけど、実験のためって言うなら仕方ねえべ。
 その後全部食うならこいつらの死も無駄にはならねえしよ……」


溜め息をつきつつ、葉隠はサバサバと語る。
しかし、その顔は納得というよりは諦めに近かった。


「お前にそんな風に想って貰えてこいつらも幸せだな」

「なんだべ、急に」


「いや、誰かに想って貰えるというのは本当に幸福なことだと俺は思う。
 お前の母親だってお前のことをとても思ってくれているんだろう?」

「そりゃそうだ。世界に一人しかいない俺の母ちゃんだしよ。
 ……ハァ、俺が急にいなくなって心配してんだろうな」

「他のみんなの家族も、お前の母親のようにきっと我が子を案じているはず」

「まあ、そうだろうな……」

「そして俺もだ」

「先生もか?」

「ああ。こんなに長い期間、同じ場所で寝食を共にしたお前達には単なる教師と生徒という
 関係だけではなく、歳の離れた兄弟のような……そんな特別な感情を持っているよ」


KAZUYAは軽く笑うと、次に真面目な顔で葉隠の瞳をじっと見つめる。


「だからお前のことも心配だ」

「…………」

「変なことをしでかさないかは勿論、みんなと軋轢が生じて仲間外れにされたりしないかとかな。
 今は上手く行ってるが、また孤立して欲しくはない」

「先生は不思議な人だべ。……ちょっと母ちゃんに似てるかもな」

「お前の母親に?」

「母ちゃんは看護婦だからな。俺と違ってとにかく面倒見が良くて優しくて出来た人なんだ」

「そうか」


「ついでにイケメンの俺の母ちゃんらしくもの凄い美人だべ。若くてモテモテで頭も良くて優秀でよ」

「そうか……」

「……ま、考えとくべ。K先生の言ってることは大体当たってるからな。俺の占いほどじゃねえけど」

「三割よりは当たってるつもりだがな」

(良かった。この調子なら葉隠は大丈夫そうだ)


KAZUYAはフッと笑うとその場を離れた。


               ◇     ◇     ◇


(山田が目を覚ましてくれたお陰で、ゆっくり時間が取れるようになったな)

(どうする? 久しぶりにいつものメンバーと親睦を深めてもいいな。
 そういえば最近は舞園とあまり話していなかったし、たまには……)


スッ。


(? 気のせいか? 今何か気配を感じたような……)


スッ。


「?」


もう一度振り返るがそこには何もない。


(俺の気のせいか……)

「西城せーんせい!」

「うおっ?!」


いつの間にか目の前に舞園が立っていた。


「そろそろ私の番かと思いました!」

「な、何の話だ?」

(こんなに近くにいるのに全くわからなかった。この子は忍者か何かなのか……?)

「私を探していませんでしたか?」

「確かに君のことを考えていたが、何でわかったんだ?」

「エスパーですから」フンス!

「はァ?」

「フフ♪ 久しぶりに言えました、この台詞。先生、これから私の部屋に来てくれませんか?」

「え? 女生徒の部屋に二人っきりは不味いと思うんだが……」

「では行きましょう! 逃しませんよ~」ガシッ

「ハハ……逆らえんな」ポリポリ


舞園の部屋は他の生徒の部屋に比べてほとんど私物がなく小ざっぱりとしている。
しかし、どことなく良い香りがするのは流石はアイドルと言ったところか。


舞園はKAZUYAをベッド脇に座らせると脇のテーブルに持ってきた紅茶セットを置いて、
当たり前のようにKAZUYAのすぐ隣に座った。そして、こちらを見上げて微笑む。


「ウーム……」


純粋に可愛らしいなとKAZUYAは思った。
計算ではなく自然にこういう仕草が取れてしまうのはやはり才能なのだろう。


(いかんいかん。この子は自分のペースに持って行くのが上手い。乗せられんようにせんとな)

「最近はどうだ? 手首の調子は」

「はい! リハビリの成果が少しずつ出ていて、まだ完璧じゃないですけど
 日常生活には全く差し支えないです」ニコニコ

「それは良かった」

「ナース修行も順調です。採血くらいならもう一人でも出来ますよ」ニコニコ

「君はなかなか器用だからな。物怖じしないし、向いているかもしれん」

「じゃあ、ここから出たら看護婦になって先生に付いて行っちゃおうかな?」

「俺の職場は危険が多いからあまり勧められんが」

「大丈夫です。先生が守ってくれますから!」

「フッ。期待を裏切らないように頑張るよ」


その時、今までずっと機嫌良くニコニコと笑っていた舞園が
ふと真面目な顔になった。KAZUYAの手を掴むと、両手で強く握りしめる。


「舞園?」

「約束ですよ。ここにいる間だけでもいいので、私達のこと……ずっと守ってください」

「勿論だとも」

「遠くに行ったりしないでください」

「……ああ」

「ずっと、ずーっとですよ?」


舞園は悲しそうな顔で、KAZUYAの腕に自分の頭を預けた。


「正直、私……みんなが無事ならずっとここにいてもいいかなって思い初めてるんです」

「…………」

「駄目ですよね、そんなこと考えちゃ」

「いや。焦るよりはずっといい。思い詰めないことだ。君は真面目だからな。ただ、何分こんな状況だ。
 誰かが怪我をしたり……最悪死ぬことも有り得るということは忘れないでおいた方がいい」

「……はい」


しがみついたまま離れない舞園の頭をそっと撫でてやる。
すると、彼女の肩の力が抜けていくのがわかった。


(舞園は勘が良い。何か感じているのかもしれんな……)


               ◇     ◇     ◇


舞園と別れると、KAZUYAはその足で腐川の部屋に向かった。
インターホンを鳴らすと、すぐに扉が開く。


「誰よ……」

「俺だ」

「あ! せ、先生……」

「特訓は順調か?」

「まあまあ、って所かしらね。……とりあえず、入って」


KAZUYAは空気が淀んでいる腐川の部屋に入った。これでも一時期よりは大分臭いも
マシになった方だが、先に舞園の部屋にいたためどうしても比較してしまう。


「腐川……部屋のことだが……」

「う、うるさいわね! これでも少しは綺麗になったのよ……!」

「まあ、そうだな。ゴチャゴチャしているが埃はさほど積もっていないようだ」

「そうよ。最近は頑張ってるんだから……」


綺麗好きのKAZUYAからしたらまだまだ汚い部屋だが、少しずつ頑張っている腐川に
頭ごなしに注意するのも良くないだろうと、KAZUYAは言葉を飲み込んだ。


「風呂には入っているのか?」

「フ、フン……最近はちゃんと三日に一度は入ってるわよ」

「偉いじゃないか。次は一日置きくらいに入れるといいな。細菌の繁殖を考えたら
 最低でもそのくらいの頻度で体は清潔にした方が良い。病気になったら大変だからな」

「心配してくれるのね」ニヘラー

「当たり前じゃないか。俺は医者だぞ」

「はうっ?! そ、そうやって女に優しい言葉をかけてたらしこむ訳ね……!
 でも、先生ならいいわよ。全部、あげちゃうわ……う、うひひひひ……」

「……で、特訓は?」


KAZUYAは解剖実習に向けて、腐川に一つの課題を課した。それは血液恐怖症の克服である。
血を見るたびにいちいち気絶されてジェノサイダーに場を荒らされるのは双方にとってマイナスだからだ。


「まあまあ、て所よ。とりあえずやってみる?」

「ああ、やってみてくれ」

「…………」


腐川は指の絆創膏を外して、青い顔をしながら事前につけた傷をジッと見る。


「見なさいよ。この程度ならもう……」

「よし。成長しているな。ならもっと大量の血はどうだ?」


KAZUYAはマントからメスを取り出す。


「ヒィッ?! まさか……」

「目を逸らすなよ」ザシュッ


薄皮一枚分の皮膚を切り裂く。


「」バターン!

「ム、まだ早かったか。腐川、しっかりしろ」ユッサユッサ

「……んんー?」


目を覚ますとバッと腐川は飛び上がって態勢を整える。


「お花畑の殺人鬼! ジェノサイダー翔でーす! あれま? カズちんじゃーん! 王子様がアタシを
 起こしてくれたって訳ー? 王子にしちゃあ、ちょーっとマッチョだけどさ! ゲラゲラゲラ!」

「血液恐怖症を治す特訓をしているのは腐川から聞いているな?」

「あたぼーよ。お陰で頻繁に入れ替わるからもう落ち着かない落ち着かない! コイントスかっての」

「出てきて早々悪いんだが、特訓のためにまた戻ってくれないか?」

「ハァ? 折角出てきてカズちんとお喋りしてんのに?」

「お喋りならあとで幾らでも付き合ってやる。頼む」

「しょーがねーな。センセの頼みじゃ断れないし」


ジェノサイダーは素直に置いてある胡椒を頭からかぶった。


(とりあえず、解剖実習までには間に合わせたい所だ……)


舞園の演技力が上がった。精神力が上がった。エスパー度が上がった。

腐川の精神力が上がった。体力が上がった。血液恐怖症を少し克服した。
ジェノサイダーの好感度が上がった。


ここまで。


不二咲は次の更新でやるのかな?
次の自由行動は山田セレス朝日奈かな

>>431
ストーリー的に順番いじってます。
次回不二咲大神です。入院組は四章はもう選択不可ですね


― 武道場 PM9:27 ―


「ハッ!」

「ぬぅん!」


ダンッ!

激しい踏み込みの音が板の間に響く。KAZUYAの拳を大神が受け止めビリビリとした衝撃が走った。


(西城――この短期間でこれほど食らいついてくるとは恐るべき男よ……!)


ここ数日、KAZUYAは毎日大神と組手をしていた。元々恵まれた体格を持ち、何度も
危険な橋を渡ってきたKAZUYAは戦闘者としての勘も持ち合わせていた。才能があったのだ。
そんな男がトップクラスの実力を持つ大神に直に鍛えてもらえば、その効果の程は言うまでもない。


(もはや我も手加減をする余裕はない。半端に手を抜けば必ずそこを突いてくる……)


勿論、大神やケンイチロウと言ったトップクラスの人間とはまだまだ隔絶した壁がある。
だがそこいらの格闘家には既に引けを取らない実力があり、油断すれば万が一ということが
絶対ないと言い切れない程度の実力を身に着けていた。


「…………」

「…………」


二人の間の会話は少ない。


何となく武道場に集まりいつの間にか戦っている。それが当たり前になってきた。
KAZUYAとて迷いも苦悩もあるが、体を動かすことでそれを発散していた。


(この時間が無駄かどうかなど考えん! ただ俺は俺に出来ることをするのみ!)


今この瞬間も刻一刻と、終わりの時間が迫ってきている。

モノクマは甘くない。KAZUYAもそれはわかっている。
だが、無駄だと切り捨てて何もしないということをしたくなかった。


             ・

             ・

             ・


「西城殿」

「何だ?」


激しい攻防を終え、二人で向き合って黙想をしていた時だった。


「――西城殿にはどこまで話しただろうか。我のことを」

「由緒ある古い道場の一人娘だろう? 大勢門弟がいるようだな」

「そう……。我は乳母車に乗る前から闘いを仕込まれた」


訥々と大神は自分のことを話し始める。跡取り息子がいないことで、
父は自分に全ての期待を懸けていたこと。その父を追い抜いた時のこと。

ケンイチロウという名のライバルがいたこと――


「超高校級の格闘家やら人類最強などと持て囃されているがとんでもない話だ。実際は奴の方が強い」

「……そうか。暗殺拳の使い手ともなると、気軽に表舞台には立てないのだろうな。俺と同じだ」

「それもあるが、もう一つ別の理由がある」

「別の理由?」

「……奴は今、病と戦っている」

「!」

「西城殿に頼みがある。ここを出たらケンイチロウを診てはくれないだろうか」

「……」


KAZUYAは一呼吸だけ間を置いて頷いた。


「言われなくてもそのつもりだ。俺は病に苦しむ人間を放ってはおけん」

「ならば、安心だ……」


スッと大神は立ち上がる。


「確かに約束したぞ」

「ああ。任せてくれ」


― 脱衣所 PM11:47 ―


誰もいないことを入念に確認して中に入ったKAZUYAが、脱衣所に一人佇んでいる。
正確には、不二咲の人格を模した人工頭脳アルターエゴと会話をしていた。


「……頼んだぞ」

『わかったよ。任せて。でも、そんな日は来ないといいな……』

「そうだな――」

「誰かいるの?」


バッと振り返るとそこには不二咲が立っていた。


「不二咲か。今来たのか?」

「うん。明日いよいよ解剖実習だから、緊張して寝付けなくて……
 あ、先生。アルターエゴと話してくれていたんだ」

「ああ」

「時々話してくれているんだよね。ありがとう。何を話していたのかな?」

「…………」

「?」


キョトンとする不二咲を見ながら、KAZUYAは僅かに逡巡する。


(……あまり黙っていても仕方ない。言っておいた方がいいか)

「俺に万が一のことがあった時のことを考えてアルターエゴにいくつか
 指示を出しておいた。もし何かあったらアルターエゴに相談するといい」

「えっ」


単なる雑談だと思っていた不二咲は、途端に顔を曇らせた。


「そっかぁ。そうだったんだね……」

「ああ。今まで平和すぎた。そろそろモノクマが動かないとも限らん」

「そうだよねぇ……」

「…………」


暗い顔をする不二咲を元気づけるには何を話せばいいだろうとKAZUYAは思案する。


「まだわからないさ。俺は立場上いざという時のための備えだけはしておかんといけないからな。
 強くなるんだろう? この程度でいちいち動揺したら強い男にはなれんぞ」

「うん……」

「――少し話をしようか」


二人は向かい合ってベンチに座る。


「確か不二咲にはまだ話していなかったな。アルターエゴも聞いて欲しい。記録してくれ」

『何を話すの?』

「俺の一族や生い立ちについてだ」


KAZUYAは話した。一族の掟、宿命。両親の自己犠牲。KAZUYA自身の過去の経験や覚悟――


「俺はオカルトを信じてはいないが、俺が今ここにいるのは何らかの運命を感じている」

「運命?」

「ああ。縁があったんだろうな。今まであった運命的な出会いの一つ一つと同じように。
 学園長の狂気的な執念が実っただけとも言えるだろうが……」

「先生にとっては迷惑だったよねぇ。こんなことに巻き込まれちゃって」

「いや、そうでもない」


KAZUYAは柔らかく笑う。


「学園長は君達の才能を人類の希望と評した。……だが、俺にとってそんなことはどうでもいい。
 ただ未来ある若者達を護ることが出来て、ささやかだが力になれて良かったと思っている」

「でも、大変でしょう? 特に、先生は一人でたくさん抱え込んじゃうから……」

「慣れっこさ。親父も祖父もそれ以前の先祖達もみんなそうやって生きてきた。
 俺にとってはこれは当たり前の生き方なんだ。むしろ、それ以外の生き方は知らない」

「だが、俺は一族に生まれて良かったと思っているよ。他人のために生きることが出来て、
 他人を救うことが出来る。時に人の人生の岐路に立ち会うこともある。本当に素晴らしいことだ」


KAZUYA達一族の人間にとってはもはや当たり前の真理であり、この話を聞いた人間は
大体K一族の覚悟の深さに感銘したりおののいたりするのだが、不二咲だけは反応が違った。


「――でも、そんなの悲しい」

「悲しい?」

「苦しんでいる人を助けるって凄いことだし、お医者さんて本当に立派だと思う。
 でも、先生だって人間なんだから僕達みたいに色々楽しんでもいいはずなのに……」

「今みたいに西城先生しかお医者さんがいない時は仕方ないけど、
 普段はもっと遊んだり息抜きしてもいいんじゃないかなぁ」

「他のお医者さんだって、もっと自分達のこと信頼してほしいって思っているんじゃ……」

「…………」


高品、大垣、七瀬、磨毛、岩動の顔が咄嗟に浮かぶ。


「あ……! ご、ごめんなさい……少し話しただけなのに、
 先生のこと知った気になって偉そうなこと言っちゃった……」

「いや……」

「でも、僕――ううん。僕達みんな、西城先生のこと大好きなんだ。大好きなんだよ?」


七瀬の思い詰めた瞳を思い出した。山荘に押しかけた彼女に自分は冷たい対応をしてしまった。
彼女が自分に好意を持ち、覚悟を持って訪れてくれたことはわかっていたのに。


(受け入れる勇気がなかった。俺には。宿命を語っているくせに、俺は一族の宿命から逃げている)

「だから、先生の力になりたいんだ。僕達じゃ頼りないかもしれないけど」

「……そんなことないさ。お前は本当に強くなったな。もう俺より強いかもしれんぞ?」

「もう、茶化さないでください!」

「本音なんだがな……」


苦笑すると、もう遅いからと不二咲を帰らせる。そしてKAZUYAは一人翌日の準備をしたのだった。


ここまで。

アルターエゴの性能が上がった。不二咲の精神力が上がった
不二咲の体力が上がった。覚悟が上がった。


― コロシアイ学園生活四十八日目 食堂 PM2:00 ―


食堂には一人の医者と16人の高校生が集まっていた。

怪我人の山田は入院着を着て車椅子に乗り、リハビリ中のセレスも一人椅子に座っている。
十神とセレス、そしてKAZUYAはいつも通りの格好だが、残りの生徒達はそれぞれジャージを
着て待機していた。これから行われる作業で服を汚さないためだ。


石丸「十神君! 来てくれたのか!」

十神「フン、珍しい物が見れると聞いてな」

江ノ島「あんたって、なんだかんだこういうイベントには顔出すよね」

朝日奈「本当は寂しいんじゃないの?」

十神「馬鹿なことを言うな。十神一族の当主がたかが鶏も絞められんとなっては
    恥ずかしいからな。いくら知識があっても経験がなければ意味がない」

K「やる気十分なのは良いことだが、残念ながら鶏の数は限られている。絞めるのは一人だけだ」

桑田「で、誰がやんだよ? メンタル弱そうっつーとイインチョか?」

石丸「僕は一応覚悟をしてきた。構わないぞ……」

苗木「僕も……」

不二咲「ゴメンね。僕は無理かも……もし先生に指名されたら、頑張るけど……」

大和田「ムリすんじゃねえ。俺は準備万端だぞオラァッ!」

葉隠「よし! じゃあオメーらでやってくれ。な?」

霧切「別に女子でもいいと思うわ」

舞園「私はやれます」

朝日奈「私も、やれって言われたらやるよ?」


大神「我がやろう」

腐川「あ、あたしは無理よ! まだ血に慣れ始めたばかりだし……」

江ノ島「じゃあアタシがやる?」

山田「……今回ばかりは怪我してて良かったなぁ」

セレス「そうですわね……」


生徒達はお互い誰がやるかを議論し、その中心には鶏の入ったダンボールが置かれている。
これから自分に起こる不幸に気付いているのか、鶏は哀れに鳴いていた。


桑田「で、実際どーすんのよ? くじ引きでもするか?」

苗木「KAZUYA先生に決めてもらおうよ。それが一番いいと思うんだ」

K「誰に頼むかはもう考えてある」

腐川「あたしじゃありませんようにあたしじゃありませんように……」

大和田「おめえは大丈夫だろ。ジェノサイダーになられても困るしな」

K「――葉隠。どうだ?」

葉隠「そうか。俺か。そうだよなぁ。……って、ええええっ?!」


最初はうんうん頷いていた葉隠が両手を挙げてギョッとする。


山田「綺麗なノリツッコミでしたね」

朝日奈「うーん。葉隠かぁ。大丈夫?」

大神「心配だな」


十神「いや、なかなか適切な人選だぞ。汚い仕事は汚い人間がやるのが相応というものだ」

セレス「鶏くらい絞められなくてどうすると言ったのはあなたですが」

十神「手が汚れる。汚れ仕事をこの俺にさせるつもりか」

セレス「変わりませんね、あなたは……」

石丸「うぅ……正直ほっとしている自分が情けない……」

大和田「気にすることはねえ、兄弟。俺だってそうだからな」

不二咲「大丈夫、葉隠君?」

葉隠「ムリムリムリムリ! なんで俺だべ?! 他にやる気あるヤツいっぱいいるだろ?!」

苗木「う、うん。嫌がってる人に無理やりやらせるのはどうかな?」

苗木(そもそも先生はどうして葉隠君を指名したんだろう?)

舞園「私が代わりましょうか?」

葉隠「そうしてくれ! 助かるべ!」

江ノ島「あんた、女子に代わってもらうって恥ずかしくないの……?」

腐川「す、少しは恥を知りなさいよ!」

葉隠「それとこれとは別問題だっての! こういう時だけ女子女子言って男女差別だべ!」

大神「まあ、躊躇うと苦しませてしまうやもしれん。代わった方がいいかもしれぬな」

不二咲「あんまり痛い思いをさせたら可哀想……僕、勇気を出してみようかな……」

桑田「やめとけって。具合悪くなっちまうぞ」


K「葉隠、本当に無理か?」

葉隠「ムリだべ!」

K「――本当にか?」

葉隠「…………」


汗をだらだらと流しながら、葉隠は俯きがちに溜め息を吐いた。


葉隠「そういう顔で見ないで欲しいんだけどよ……」

大和田「先公のことだから、どうせなんか考えがあんだろ?」

霧切「聞かせてもらえるかしら? ドクターの考えを」

K「大した理由じゃない。この中で一番葉隠が鶏を大事にしているように見えたからさ」

モノクマ「一番大切に思ってる人にあえて殺させる! いいね! 最高に絶望的な展開だよ!」ハアハア


いつの間にか紛れ込んでいたモノクマが汗を流しながらガッツポーズをしている。


山田「ぬわあああっ!」

腐川「なんであんたがいるのよ……!」

モノクマ「だって何だか面白そうなことしてるし」

桑田「お呼びじゃねーっつーの」シッシッ

朝日奈「今大事な話をしてるから後でね!」シッシッ

モノクマ「ショボーン。ボク学園長なのにさ」


舞園「帰ってください」

セレス「邪魔ですわ」シッシッ

モノクマ「はいはい。お邪魔虫ならぬお邪魔熊は帰りますよーだ」スタスタ

霧切「それで、何故鶏を大事にしている葉隠君に頼むの?」

不二咲「葉隠君が可哀想なんじゃ……」

K「これ以上の答えは自分で考えてくれ。何でも人から教えてもらうのでは成長しないだろう?」

葉隠「…………」

K「ちなみにこれは強制ではない。もし駄目なら、その時は石丸。お前がやれ」

石丸「ぼぼぼ、僕ですか?!」

K「不二咲は優しすぎるが、そこが長所でもあるからそれを無理に潰すことはない。
  腐川はまだ血液恐怖症を克服したばかりで、いきなり鶏を絞めるのは厳しい。
  他のメンバーは特に問題ないだろう。そうなると消去法でお前しかいない」

石丸「仰る通りです……」

K「で、どうするんだ葉隠? あまり時間はやれんぞ?」

葉隠「何でいきなりそんなこと言い出すんだべ……せめて、もっと考える時間があればよ……」

K「常に時間がある状況とは限らん。突然人生の重要な選択肢を迫られることなど
  この世にはザラにある。俺の親父は俺の目の前で事故で死んだ。あっという間だった」

葉隠「うぅ……」


葉隠は額から流れる汗を腕で拭った。他のメンバーはその様子をジッと見ている。


十神「早くしろ。この俺の貴重な時間を使っているんだぞ」

葉隠「しょうがねーだろ! 俺だってたまには真剣に悩むんだべ!」

K「十分以内に決めろ。それで駄目なら石丸にやらせる」

葉隠「クッソ……」


時計を横目でチラチラ見ながら、葉隠は考える。何故KAZUYAは自分にやらせるのか。

――その意図は何だ?


石丸「葉隠君……その、もし君が嫌なら無理をすることはないぞ!
    僕は既に心の準備が出来ているからな。僕に気を遣う必要は全くない!」


明らかな空元気で気を遣われると居心地が悪い。石丸に続きお節介なメンバーが声をかける。


苗木「無理しなくていいんじゃない? 葉隠君てよく鶏小屋にいたもんね」

朝日奈「ダメなものはダメなんだし、男子だからってムリすることはないよ」

舞園「そうですよ。気にしなくていいと思います」

葉隠「お、おう……」チラリ

K「…………」


KAZUYAは葉隠が決断するまでもう何も言うつもりはないらしく、腕を組んだまま目を閉じている。


葉隠(な、なんで俺なんだ?! 自分で考えろって言われても……)

桑田「悩んでんなー」


江ノ島「そんな悩むこと? 一瞬で終わるっしょ」

十神「全くだ。たかが鶏一羽を殺すだけだぞ?」

大和田「オメエらな……」

山田「悩むに決まってますよ! 僕は直接見ていませんが、葉隠康比呂殿は一番鶏を
    かわいがっていたんでしょう? それを殺すかどうかって話なんですよ?」

セレス「悲劇的ですわね」

不二咲「――本当にそうかな?」

「!」


全員の視線が不二咲に向かう。


不二咲「あ、えっと、その……」

霧切「気にしないで、続けて」

大和田「おう。言ってみろよ。オメエはどう思うんだ?」

不二咲「あのね……大切な人に殺されるなんて絶望的だってモノクマは言ったけど、
     本当にそうなのかなって。だって、葉隠君がやらなくたって石丸君がやる訳だし、
     仮に石丸君が無理でもその時は別の誰かがやる訳でしょ?」

不二咲「結局誰かに殺されるんだったら、親しい人にやってもらった方が鶏にとっても
     幸せなんじゃないかなって……僕がそう思っただけなんだけど……」

葉隠「……!」


大神「成程な。それは一理ある。時に武人は親しい人間に介錯を頼むものだ」

石丸「そういうものなのか? 僕は親しい人間だからこそ手を汚して欲しくないと思うが……」

桑田「んなもん人によるだろ。……俺だってイヤだし」

朝日奈「うーん。どっちだろう? 大切な人にしてもらいたいような、してもらいたくないような……」

霧切「私は大神さんの意見に賛同するわ。どうせ終わる命なら、親しい人に見守って貰いたいもの」

セレス「……そうですわね。同感です」

苗木「僕もそうかもしれない。実際にそんな状況になった訳じゃないからよくわからないけど」

葉隠「そっか。そういう考え方もあるんだな……」


俯いていた顔を上げ、葉隠は宣言する。


葉隠「俺がやるべ! それがこいつにとっても一番いいって言うならやるしかねえだろ!」

K「……良く言った」フッ

K(あくまで俺の予想だが、葉隠は大切なものを失うという経験をあまりしていない。
  優しい母親がいつも守ってくれたからだろう。故に、悪気なく問題発言をしてしまう)

K(鶏と家族や友人では比べるまでもないが、それでもやらないよりはマシだろう。
  小さなことかもしれんが、今日の決断がきっと今後の成長に繋がると俺は信じたい)

腐川「ま、まあそれでいいんじゃない」


江ノ島「うーん、鶏の気持ちかぁ。考えたことなかったな……」

十神「鶏の気持ちが一番大事と言うならそもそもコイツは死にたくないと思うが」


「……………………」


場が静まった。


葉隠「と、十神っちぃー!!」

桑田「おめーなぁ!」

朝日奈「あんたねぇ! 少しは空気読みなさいよ!!」

十神「お前達が鶏の気持ちとかいう訳のわからないことを言い出すからだろう。
    鳥にそんな高度な思考が出来る訳がない。せいぜい生存本能くらいしかなかろう」

石丸「十神君ッ!! 流石の僕も君がKYというものだということはわかるぞ!」

大和田「こいつ本当に空気読めねえな……」

舞園「まあ、十神君ですからね……」

苗木「は、はは……」

霧切「ハァ……」

K「…………」ハァ


こうして葉隠が担当することとなったのである。


ここまで。

次回、いよいよ解剖

十神君はみんなが言いづらい正論を空気読まずに言ってくれるイメージ
彼の長所であり短所ですね


K「――では、いよいよ絞め方を教える」


ゴクリ、と誰かの喉が鳴った。床には木箱が用意され、その上には倉庫から
持ってきたガスコンロが置かれている。火の掛かった鉄鍋の中でグツグツと湯が煮えていた。


K「素人がやる場合は暴れないよう事前に吊るすのが有効だが、今日は俺がいるから省略する」

K「まず頸動脈を絞めて気絶させろ。その後一気に刃物で切断し殺す。……これだけだ」

葉隠「お、おう……」

山田「これだけって……そのこれだけが大変なんですけど……」

K「……そうだな。鶏も生きている。今回は特別に俺が針麻酔を使って痛みを取ろう」

不二咲「良かった。痛くないんだね……」ホッ

セレス「西城先生は鶏にすら優しいのですね――」

K「生き物だからな。鳥だって魚だって虫だって生きている。命に貴賤などない。
  ここに布を用意してある。無用に恐怖を与えないよう目も覆ってやれ」

苗木「じゃあ僕が持ち上げるよ。……暖かいね」

K「まだ生きているからな」

「…………」


しんみりする生徒達を見て、KAZUYAはあることを思いつく。


K「……そうだ。直接触った方がいいか。全員、持ってみろ」

不二咲「うん……」


生徒達は順々に鶏を抱え回していく。
以前だったら絶対嫌がっていたであろうセレスでさえ黙って抱きかかえた。


セレス「…………」

山田「温かいですな……」

江ノ島(鶏の暖かさなんて考えたこともなかった……鶏も他人も所詮自分が生きていくための
     餌でしかない。それ以上の意味なんてない……でも西城は命の価値に差なんてないって
     言ってる。どうしてそんな風に思えるのか、私にはわからない……)

十神「おい……まさかこの俺にもやらせるんじゃないだろうな?」

霧切「嫌なら帰ればいいんじゃないかしら」


鶏を抱えたまま霧切が睨む。その後ろからKAZUYAと大神も無言の圧力を放っている。


セレス「もしや十神君は鶏が怖いのではないですか? 十神一族の御曹司が鶏も触れないなんて」アラアラ

朝日奈「えっ、そうなの?」

十神「チッ、そんな訳あるか。貸せ」


渋々十神も鶏を受け取った。が、


「コケーッ!」バサッバサッ

十神「あ、暴れるな?! この……!」

桑田「嫌われてやんの」プッ

石丸「やはり動物は人を見る目があるのだな!」

K「そのまま押さえておけ。舞園、目隠しを」

舞園「はい。目隠ししますね」


舞園が目隠しをし、KAZUYAが針麻酔を使う。そして、いよいよ葉隠の手にやってきた。


K「よく見ろ。ここをこう持つんだ。親指と中指をここに当てて……」

葉隠「こうか?」

K「中途半端にやるとかえって苦しませることになる。思い切りよくやれよ」

葉隠「わ、わかったべ……」


言われた通りに首を持ち、葉隠は一気に絞めた。


葉隠「ひぃぃ……」

K「よし、落ちた。これを使え」

葉隠「これって、K先生のメスじゃねえか……!」

K「本来こういった用途に使うものではないが、俺のメスは特別よく切れる。――苦しませるな」

葉隠「……!」


葉隠はKAZUYAから受け取ったメスを見つめ、しっかりと握る。


石丸「頑張れ! 葉隠君、頑張れ!」

朝日奈「しっかり!」

大和田「一思いにやっちまえ!」

腐川「やる時は声をかけなさいよ。その時だけ目を逸らすから……!」


声援を受けながら、葉隠は構えた。


葉隠「い、行くべ……」

大神「覚悟を決めたようだな」

苗木「葉隠君……」


舞園と不二咲は祈るように両手を組んでいた。背中に脂汗が浮かんでくる。
葉隠は一度だけギュッと目を閉じ、そして手を振り上げた。


葉隠「でやあああああ!!」


ザシュッ!

床に敷かれた古新聞に鮮血が散る。


桑田「……やったか?」

K「いや、浅い」


KAZUYAの冷静な指摘通り、気絶から目を覚ました鶏は暴れ始める。


葉隠「うわ?! ちょっ……?!」

山田「アイエエエエ?!」

腐川「ヒイイイイイイ!!」

K「早くしろ! もう一回だ!」

葉隠「このぉっ!」


追撃し、押さえ込んだ。血が抜けるに連れて、少しずつ抵抗が弱くなっていく。


葉隠(許してくれよ……ちゃんと美味しく食べてやっから……)


K「……死んだな」

葉隠「っはぁ」ドサッ


葉隠は思わず尻餅をついた。乱れていた呼吸が整い始める。


K「よくやったな。初めてにしては上出来だ」

葉隠「お、おぉ」


KAZUYAの差し出した手を掴んで葉隠は立ち上がった。周りの生徒も口々にお疲れ様と葉隠を労う。


K「勉強のためとはいえ、尊い命を奪ったのだ。まずは全員で黙祷しよう」

「…………」


KAZUYAの言葉により、生徒達はそれぞれ合掌し目を閉じる。そして、解剖の前の下処理を行った。
まずは逆さに吊るし血抜きを行う。その後は湯に漬けて毛穴を開かせ、羽をむしった。


江ノ島「本当はお湯に漬けない方が旨味が残って美味しいんだけどね」

K「仕方あるまい。羽を綺麗に抜くにはコツがいる。あまり時間をかけたくないから確実性を取った」

朝日奈「わあ、鶏肉っぽくなってきたね!」

大神「腐川よ。もう大丈夫なのではないか?」

腐川「ま、まだよ……これから解剖して内臓とか出すんでしょ?!」

K「無理はしなくていい。具合が悪くなっても困るしな」



机の上に敷かれている事前に消毒したビニールシートに、鶏の胴体を置く。


K「さて……では解剖の前に、まず鶏の体の構造や生態について簡単に説明しよう」

K「当たり前だが、鶏は鳥類なので歯がない。餌と一緒に食べる砂ですり潰して消化するんだ。
  その際に使われる臓器を砂嚢(さのう)と呼ぶ」

K「上から順に見ていこう。頭部には「鶏冠(とさか)」、顎に「肉髯(にくぜん)」と呼ばれる
  皮膚が発達変化した装飾器官があり、雌より雄のほうが大きい。何故赤いかわかるか?」

十神「血の色だろう。皮膚が透けているんだ」

K「正解だ。この部分は毛細血管が集まっており、それが透けて赤くなっている。流石だな」

十神「フン、この程度も知らんと思うか? 馬鹿にするな」

K「まばたきは、下から上にかぶせるように行なう。常に首を前後左右に振っているのは
  眼球運動が出来ず視界を確保するためだ。鳥はそういう構造のものが多い」

桑田「おー、だから鳩とかも首振って歩いてんのか」

大和田「ハー、なるほどなぁ」

K「次にここを見てくれ」

苗木「えーと……(お尻、だよな……)」

K「これは「総排出孔」という。鶏は糞・尿・卵・精子が同じ穴から排出されるんだ」

山田「一箇所しかない?! なんというか、それは大変そうですな……」

葉隠「つーことは……ウンコ出す穴から卵出してるってことか?! ばっちいべ」

セレス「まあ、汚いですわね」

K「スーパーで売ってる卵は洗浄済みだからそこまで神経質になる必要はないが、新鮮な物を
  触った時はきちんと手を洗うことだ。生物の糞尿には様々な雑菌が含まれているからな」


K「受精から殻が出来て生み出されるまでは約1.5日かかり、雌は一年間に240個以上の卵を産む」

朝日奈「うわあ、忙しそう」

舞園「全部育ってしまったら、大家族になっちゃいますね」

K「足の指は4本だ。雄の足には横か後向きに角質が変化した「距(けづめ)」という部分が
  生えているが……この鶏は雌だから当然ついていない」

石丸「それでは、どこから捌きますか?」

K「まずは胸部からだな。メスを使って正中線に沿って切り開け。その後に皮膚を剥ぎ、
  大胸筋と小胸筋を観察していく。数がないから、俺は基本的に見ているだけだ」

苗木「じゃあ、まずは僕が……」


石丸からやらせると切断面が荒れる可能性があるため、器用な苗木が先行して切れ目を入れる。


石丸「次は僕だ」


苗木からバトンタッチし、更に切り開くと言われた通り皮を剥がしていく。


石丸「うっ、ヌルヌルする……」

K「十分に剥がせたら、股関節を脱臼させて足を広げるんだ。今のままだとやりづらいからな」

石丸「だ、脱臼……」


苗木と代わる代わるやってみるが、手が滑るのと心理的抵抗感からなかなか上手く行かない。


K「これは俺がやった方がいいかもしれんな。このまましっかり持っていろ」

苗木「はい……」


苗木の手の上から自分の手を重ね、少し力を入れるとゴキリと音がして股関節が外れた。
その後、大胸筋を胸骨から剥がしていく。大胸筋を持ち上げると、下には馴染みのある物が見えた。


朝日奈「うわあ、なんか見たことある。これってもしかしてササミ?」

K「そうだ。よくわかったな。大胸筋がいわゆる胸肉で小胸筋がササミに当たる」

朝日奈「美味しそうだね」ジュル

江ノ島「うん、早く食べたいかも」

大神「健康的な色をしている。調理しがいがありそうだな」

十神「そんな感想しかないのか、愚民が……」

桑田「オメーは知らないだろーけど、女子は最初からずっとこんな感じだぞ」

山田「でも確かにこういう姿ならスーパーでもよく見ますしね」

大和田「ササミって聞くと途端にウマそうに見えてきたな」

葉隠「最初は気味が悪かったってのに人間の適応力もバカにはできねえもんだべ」

霧切「何事も慣れよ。死体だって何度も見ればすぐに見慣れてしまうわ」

葉隠「霧切っち、一体なにやってんだ?!」

霧切「……私じゃなくてドクターの話よ」


見学者がワイワイと話している間に、苗木と石丸は作業を終えて観察している。


K「よし、いいぞ。そこに指を差し込んでみろ」

石丸「ここですか……?」

K「軽く掴んで優しく交互に引っ張るんだ。胸筋と翼は繋がっているからな」

不二咲「本当だ。動いた」

K「この大胸筋と小胸筋が交互に収縮することで翼が動くのだ」

「へー」


ちょいキリ悪いけどここまで。


また今週体調が悪くて更新が遅れてすまない。更新します

78期生のみんなと一緒にKAZUYA先生の講義を受けたいという人は
以下の資料を見ると雰囲気だけでも味わえるかもしれません

ただし当たり前ですがどちらも壮絶に【グロ注意】です。閲覧は自己責任で

鶏の解剖
http://churi.la.coocan.jp/niwatorinokaibou.PDF
卵ができるまで(4ページ目)
http://www.ghen.co.jp/jp/tech/hydeo/pdfs/hydeoservicechips128.pdf



胸骨を外すといよいよ内臓が現れる。


葉隠「う、うげえ」

セレス「気持ち悪いですね」

朝日奈「この黄色いの……なに?」

K「それは脂肪体だ。人間の脂肪も黄色い色をしているぞ」

桑田「てことは……山田の腹の中もこれがパンパンに詰まってんじゃね?!」

山田「ひぃぃ、気持ち悪いこと言わないでくださいよ!」

K「いや、実際そうだ。お前の腹の中はこんなものではないんだぞ。皮膚を切ればこれが大量に……」

石丸「ドロっと流れ出てくるのだな!」

山田「わ、わかりましたわかりましたよ! ダイエットします!」


内臓は潰れやすいのでまず苗木が外に取り出し、それ以降は石丸が処理する。


K「鳥類の心臓は哺乳類と同じく4室(二心房二心室)あり、右側の大動脈弓より
  体循環が起こる。それに対し、哺乳類は左側の大動脈弓によるのは覚えているな?」

苗木「はい。あと……下大静脈は、腎門脈系を経由して四肢からの血流を受け取る、でしたっけ」

K「その通り。ちゃんと勉強してるな」

石丸「毎日一緒に勉強してますからね!」

苗木(しっかり予習しておいて良かったよ……)

セレス「似た作りなのに逆側だなんて結構違うんですのね」


K「そうだな。魚類や爬虫類に比べれば大分俺達哺乳類に近付くが、それでも
  まだまだ大きな違いがある。解剖学とは関係ないが、一つ面白い雑学を教えてやろう」

K「以前学級裁判で、人間の性別はXとY二つの染色体で決まると説明したな?」

K「だが鳥類は全く別の、ZとWという性染色体によって決まるのだ。雄の鳥は、
  ニつのZ染色体 (ZZ) 、雌の鳥はW染色体とZ染色体 (WZ) を持っている」

不二咲「そうなんだ!」

舞園「知りませんでした」

十神「無知どもめ。そのくらい勉強しておけ」

朝日奈「知らないから今教えてもらってるんでしょ!」

K「さて、内臓が新鮮なうちにどんどん行くぞ」


その後、ストローで直接気管に息を吹き込み肺の動きを見たり、心臓を開いて内部の構造を観察する。


苗木「体の大きさに対して肝臓が凄く大きいね」

K「肝臓は極めて重要な臓器だからな。代謝機能、解毒機能を始めとした様々な機能を持ち、
  人間の肝臓を人工的な材料で代行するとビルが立つとも言われる」

石丸「消化管を伸ばします。確か、鶏の場合は約二メートルになるはず」

江ノ島「こんなに小さいのにそんなにあるんだ」

K「人間の場合はもっと凄いぞ。何せ成人なら7~9メートルあるからな」

江ノ島「ふーん(はみ出てるのはよく見るけど、大体ちぎれてるしなぁ)」

桑田「9メートルもあんのか? なげー」

苗木「長いとは聞くけど、あんまりイメージ沸かないよね」


K「長さと言えば、人間の血管の総延長は10万kmでおよそ地球二周半と言われている」

大和田「そんなにあんのか?!」

葉隠「はへー。スケールの大きい話だべ」

K「実際はもっと短いのではとも言われているが、それでも途方もない数字には違いない」


小腸を取り出すと大量の卵らしき奇妙な物体が出てくる。


江ノ島「うわ、気持ちワル……」

K「ここが輸卵管(ゆらんかん)だ。哺乳類にもある卵巣と子宮を結ぶ管だな。
  通常二つあるが、鳥類は左側のみが発達し右側のものは退化している」

K「ちょうど殻の付いた卵があるな。取り出してみよう」

葉隠「こ、ここになんかおぞましい小さな丸いのがいっぱいあるけどなんだ? 卵の元か?」

朝日奈「なんだろうね……ちょっと気持ち悪い……」


小さな黄色い球状の物体が葡萄のように集まっている見慣れない光景に生徒達は戦々恐々としている。


K「わかってるじゃないか。そうだ、卵の元である卵胞(らんほう)だ。黄身に当たるな」

霧切「いくつか大きく発達しているものがあるわね。確かに黄身に見えるわ」

石丸「その大きくなった黄身がこの漏斗部から子宮に向かう最中に卵白や卵殻が形成されて行くんだぞ!」

舞園「そうなんですか。卵って殻から出来るんじゃないんですね……!」

不二咲「怖いけど、今日一番勉強になったかも……」

十神「知識としては知っていたが、実際に見るのは初めてだな」

腐川「なんでもいいけどいつまで続くのよ、これぇ……」


K「そうだな。そろそろ頃合いだ。山田と安広は疲れただろう。
  一旦保健室に戻って休ませる。腐川も無理はしなくていい。よく耐えた」

山田「確かに少し疲れましたな……なかなか興味深い内容でしたが」

セレス「わたくし達は一度休ませてもらいますわ。また後でお会いしましょう」

腐川「あたしも行くわ。気を抜いたら倒れそうだもの……」

K「不二咲、お前は大丈夫か?」

不二咲「えっと……最初はちょっと気分が悪かったけど、少しずつ慣れてきたかも。
     事前に石丸君達と一緒にたくさん医学書を見てたし。大丈夫です」

K「よし。それでこそ男だ」

不二咲「えへへ。褒められちゃった♪」

大神「山田達は我と大和田が運ぼう。西城殿は授業を続けてくれ」

K「助かる」


五人が退室したが、KAZUYAは食堂を見渡し生徒達に改めて激励する。


K「さて、疲れたかもしれないがまだまだだぞ。むしろここからが本番だ。気合を入れ直してくれ」

「はい!」


その後も細かい内臓の説明や脳の解剖を行い、生徒達も熱心にメモを取っている。
それらが終わると、最後に最も重要な実技の練習が始まる。

切断された鶏の足に向き直る愛弟子二人を見ながらKAZUYAはボソリと呟く。


K「マイクロサージェリー用の顕微鏡があれば良かったんだがな……」


マイクロサージェリー(近年では主にマイクロサージャリー)とは、顕微鏡を用いて血管や
神経等の微細な部分を拡大して行う手術手技のことである。KAZUYAは苗木と石丸に本物の血管や
神経を縫合する実技をさせたかった。今回はそのための解剖実習と言っても過言ではない。

本来、そのためには専用の顕微鏡がいるのだがあいにく保健室にも置いてなかった。
KAZUYAは繊細な手術も肉眼でこなせてしまうため、設備の優先順位が低かったのかもしれない。


石丸「十分ですよ! 兄弟の作ってくれたこれのお陰でよく見えます!」


もはや愛用となっている持針器に針をセットしながら石丸が胸を張った。その前にはダンボールに
拡大鏡を取り付けただけの簡易な顕微鏡もどきが置かれている。ないよりはマシだろうと物理準備室に
置いてあった拡大鏡を使い、大和田に頼んで簡易的な顕微鏡セットを事前に用意していたのだ。


苗木「幸い、僕も石丸君も目がいいしなんとかなるんじゃないかな」

K「そうだな。お前達はまだ若いのだから頑張ってもらおう。それでは縫合開始!」

苗木・石丸「…………」


真剣に取り組む二人を他の生徒達が囲んで見守る。そこに、戻ってきた大和田と大神が加わった。


大和田「お! 俺が作った拡大ボックス使ってるじゃねえか」

大神「二人共なかなか様になっているな」

十神「…………」

霧切「どうかしたのかしら、十神君?」


顎に手を当てながら珍しく十神がジッと見ている。


十神「――フン、凡人だが形だけはそれなりになってきたようだ」

朝日奈「当たり前だよ! 二人共毎日練習してるんだからさ!」

舞園「私達は知っています。ずっと努力してましたもんね」

不二咲「頑張って……」


周りが騒いでいても、当の二人は集中しているためか無言だった。


苗木(うわ、想像以上に細かくてやりづらいな……)

石丸(トンネル状に縫わなくてはいけないのに、うっかり血管を潰して縫ってしまったぞ……!)

苗木(針が狙いからズレる! 不味い。だんだん手が震えてきた……)

石丸(うわああああ! 血管が裂けてしまったああああ!)

K「…………」

             ・

             ・

             ・


K「今日はこれで終わりにしよう」


ニ時間近く経ち、これ以上やっても二人の集中力が下がるだけと判断したKAZUYAは終了を宣言した。


苗木「つ、疲れた……目がチカチカする……」グッタリ

舞園「お疲れ様です。肩を揉んであげましょうか?」モミモミ

苗木「わ、悪いよそんな!」


石丸「うう……途中からは形になってきたと思うが、あれだけ練習したのに……」

K「出来るだけ感触が近いゴムやシリコンを俺が見繕って練習にあてがったが、
  所詮まがい物だ。質は訓練用の人工血管にも劣る。本物の感触を体に叩き込め」

不二咲「石丸君ならきっと出来るよ」

大和田「努力だろ、兄弟!」

石丸「ウム、その通りだな! まだまだ僕の技術が足りていないというだけだ。頑張るぞ!」

朝日奈「みんなー! ご飯できたよー!」


苗木達が実習している最中、時間が勿体無いからと使わない部位をKAZUYAが切り分けて女子達に
料理をしてもらっていた。食道や血管等の縫合練習に使える部位は冷凍してまた実習に使う予定だ。

途中から食道内に香ばしい香りが漂ってきて、それも大いに二人の集中を削いでしまったのは仕方ない。


大神「鶏冠や足で出汁を取り、鶏鍋にした。内臓は串に刺して焼いたぞ」

霧切「肝臓はレバー、心臓はハツ、臀部はボンジリ、腹膜はハラミ、それに砂肝と軟骨ね」


余談だが、ハラミと言うと通常横隔膜のことを指すが鶏に横隔膜はない。そのため腹膜をそう呼ぶ。


江ノ島「胃袋はふんどしって言うんだって。確かにそんな形だね。知らずに食べてたよ」

霧切「内臓は当たり前だけど少ししかないから、モノクマが追加の肉を
    厨房に置いておいてくれたわ。変な所で気が利くわね」

K「卵管を食べる機会なんぞそうないだろう。しっかり味わえ」

葉隠「鍋は具を食べたらラーメン入れるべ。出汁が効いててうめえぞぉ!」


桑田「じゃあ保健室組連れてくるか」

大和田「たまには手伝えよ、十神」

十神「何故この俺が肉体労働など……」

K「働かざる者食うべからずだ。少しは手伝え」


そして全員が再び食堂に集まる。


山田「食欲をそそる匂いですな!」

腐川「ダイエットするんじゃなかった訳?」

セレス「山田君の分は西城先生にあげればいいですわ」

K「俺か? 俺は不二咲が食べた方がいいと思うがな」

大神「良質なタンパク質は良質な筋肉には必要不可欠だ」

不二咲「うん。僕頑張ってたくさん食べてたくさんトレーニングするよ!」

桑田「あー腹減った。さっさと食おうぜ」

苗木「集中してたからお腹ぺこぺこだよ」

石丸「そうだな! それではみんな。手を合わせて」

「いただきまーす!!」


少し前の悲壮な空気はどこに行ったのか、生徒達は新鮮な鶏料理に舌鼓を打って喜んでいる。


K(トラウマになったりする生徒が出なくて良かった。また一つ俺も教えることが出来たな)

K(さて……)


――KAZUYAは三日前、夕食会でこの命の授業の提案した日の夜のことをハッキリと思い出していた。


ここまで。


― オマケ劇場 32 ~ 80kgは女性1.5人分 ~ ―


山田「……ご馳走さまです」カチャリ

桑田「ん? オメーにしちゃあんま食べてなくね? どーした?」

朝日奈「どうかしたの? もしかして具合が悪いとか?」

大和田「そりゃ入院中なんだから具合が良いワケねえよな」

石丸「山田君! しっかり栄養を取らないと回復に響くぞ」

十神「妙だな。奴の皿には明らかに一人分とは思えない分量があったと俺は記憶しているが」

苗木「それは違うよ! 山田君は普段は普通の人の五倍くらい食べているんだ。
    つまりあの程度じゃ全然足りていないんだよ!」

セレス「あの体を維持するのにあの量で足りると思っているんですか、あなたは」

葉隠「十神っちなら脂肪こそ力だって言いそうなのにな。ハッ、もしやこの十神っちは偽物?!」

十神「…………」

K「それで、どうした? 胃腸に異常でもあるのか? それとも熱か?」

山田「いやそうではなく……単に、僕も少しダイエットしようかと思いまして」

腐川「い、いい心がけじゃない。あんた太りすぎだものね。玉転がしの玉みたいだし」

山田「そうなんですよ。今日の解剖で身に沁みたんですけど、自分の中にあんなものが
    たくさんあると知ったらなんか危機感みたいなものを感じちゃって」

霧切「いいと思うわ。重いと、ドクターや大神さん以外とてもじゃないけど運べないもの」

山田「それもです。今回の件で嫌でも色々考えさせられました」

不二咲「でも山田君、前より大分すっきりしたように見えるよ。痩せたよね?」


大神「ウム。別人のようだ」

K「目を覚ますまでずっと点滴だったからな。元が多いから20kg近く減っているんじゃないか?」

江ノ島「20kg?! マジで?!」

葉隠「不二咲っちの半分だな!」

石丸「ならばもう20kg痩せたら不二咲君と同じ重さだと言うことか?!」

不二咲「その、僕で例えるのはやめて欲しいかな……」

山田「155kgあったので、半分くらいにしたいところです」

セレス「既に約20kg減っているということは、残りはマイナス58kgということになりますわね」

苗木「人間一人分以上がなくなるってなんか凄いね。想像もつかないや……」

K「最初から無理をすると続かんぞ。まずは100kgを目指すといい。
  無理な痩せ方は体に毒だからな。俺がしっかり指導してやる」

朝日奈「もうそんなに減ったんだ。すごい……よし、私もダイエットしよう!」

腐川「余計な脂肪が全部胸に行ってるくせに何がダイエットよ。あたしへの当てつけのつもり?」

桑田「ダイエットすんのか。じゃあ、デザートはいらないよな? 俺にくれよ!」

朝日奈「あ! だ、だめ!」

十神「フン。もう前言撤回か。いくらなんでも早すぎないか?」

朝日奈「……あ」

苗木「朝日奈さん?」

朝日奈「明日から頑張るから!! ねっ? いいよね?!」


全員(……ダメだろうな)


その時、全員の声が一つになった。


― オマケ劇場 33 ~ サバイバル系女子 ~ ―


江ノ島「たまにはこういう風に凝ってる味付けもいいね」

舞園「いつもは香草を詰めて焼いてるんでしたっけ」

江ノ島「そうそう! 野菜やフルーツを入れても美味しいんだよ!」

苗木「フルーツも?!」※実際にある

江ノ島「カレーにリンゴ入れるみたいな感じ? 中に入れる詰め物はスタッフィングって
     言うんだけど、詰め物の中に混ぜ込む場合と香り付けだけして取り出す場合があるんだ」

霧切「アメリカではサンクスギビングデー、つまり感謝祭の日には七面鳥の丸焼きを
    食べる習慣があるのだけど、スタッフィングにドライフルーツが入っていたりするわね」

石丸「ほう、そうなのか。勉強になるな」

江ノ島「でも気を付けて欲しいのは、あんまり水分の多いものを入れると
     中がベチャベチャになって切った時とか悲惨なことになるんだよ」

セレス「まあ、それは不味そうですこと」

江ノ島「時々さぁ、来たばっかりの新人がやらかすんだよね。まだ慣れてないからさ」

葉隠「へー、今どきのモデルは料理も必須なんだな!」

江ノ島「えっ?! そ、そうそう! 雑誌の特集とかでね。最近サバゲーとか流行ってるっしょ?」

山田「確かに一時期に比べるとサバゲーも随分メジャーになりましたなぁ」

江ノ島「めちゃくちゃメジャーだって! あんた達もやったら?」


K・十神「…………」

大神「それで、水分を避ける場合はどうすれば良いのだ?」

江ノ島「米とかパンを入れると水分を吸ってくれるよ。まあ、アタシが行く場所は
     あんまり米が手に入らなかったからパンが多かったかな。ちぎって中に入れるワケ」

腐川「米が手に入らないって、あんた一体どこまで行ってんのよ……」

江ノ島「?! ほ、ほら! ロケで海外とかよく行くからアタシ!」

大和田(流石に苦しいぞ)

桑田(そろそろバレんじゃねーかな……)

石丸「モデルとはグローバルな仕事なのだな!」

江ノ島「ま、まあね。西城だって医者だけど砂漠とかジャングルとかよく行くっしょ?!
     似たようなもんだって! 今時はなんだってグローバルな時代なワケ!」

大和田(それを言われるとキツイな……)

桑田(せんせーも北極だの宇宙だの行ってるしなぁ……)

石丸「つまり、語学は大事ということだ! 諸君、勉強の大切さがわかったかね?!」

葉隠「確かにレムリア大陸を探しに行くには英語が必要かもしれねえべ」ウンウン

不二咲「江ノ島さん、海外によく行くんだねぇ。でも、治安とか大丈夫? 危なくない?」

江ノ島「ヘーキヘーキ! 悲鳴も爆音も聞こえないし銃撃戦なんてしてないって! マジだから!」

セレス「……随分治安の悪い所に行かれていたようで」

山田「モデルって体を張る仕事なんですね……」

江ノ島「?!」


その後も、江ノ島による残念過ぎるトークは続いた。


― オマケ劇場 34 ~ 本音と建前 ~ ―


大神(我はいつもと同じように武道場で西城殿と組手をし、別れた後はなんとなく植物庭園に行った)

大神(特に理由はない。青く塗られた天井が、空を思い出させて少しだけ開放感を
    感じさせてくれるからやもしれぬ。或いは植物を見てると気が休まるからだろう)

大神(似たような理由でここを訪れる者は多い。今日も誰か先客がいるようだ)

朝日奈「あ、さくらちゃん!」

不二咲「大神さん」

葉隠「よう、オーガ」

大神(葉隠は鶏が好きなのかよく積極的に面倒を見ている。今日は朝日奈と不二咲も一緒のようだ)

大神「鶏の世話をしているのか?」

葉隠「ま、そんな所だべ。なーんかすっかり愛着湧いちまってな。
    この間とうとう石丸っちから正式に飼育委員の任命を受けたんだぞ」ハハハ

不二咲「僕も動物は好きだし、解剖実習で色々考えさせられたからお世話を手伝うことにしたんだ」

大神「フ、そうか。……生き物は良いな。見ているだけで癒される」

不二咲「かわいいよねぇ。懐いてくれると嬉しいし」

葉隠「だな! 人間相手だと色々メンドくせえけど、その点鶏は楽だ。朝日奈っちもそう思うだろ?」

朝日奈「……えっ?! う、うん。そうだね! 癒やされるよね~!」

大神「我もここで見ていて良いか?」

不二咲「勿論だよ! 大神さんもたくさん癒やされてね」

葉隠「ゆっくりしてけって!」

大神「フフ」

朝日奈「…………」




朝日奈(言えない。次はなんの料理にするかずっと悩んでたなんて……)


お久しぶりです。GW中もちょくちょく働いていたためすっかり感覚が狂ってしまい、
気が付いたら前回投稿から物凄い間が空いていて衝撃を受けた1です。

本編も書いているので、可能なら明日中に投下します。それでは。


眠気には勝てなかったよ……

投下します。



『回想』


― コロシアイ学園生活四十五日目 学園廊下 ―


深夜。


「うっぷっぷー♪ うっぷっぷー♪」

「…………」


一人で校内の見回りをするKAZUYAの周りを、死神のようにモノクマがついて来る。

楽しげに鼻歌も歌いながら。


「俺に話があるんじゃないか?」

「あれ? わかっちゃった?」

「……四階で話そう」


この話は絶対に生徒に聞かれたら不味いのだ。聞かれたら間違いなくパニックを起こす。

KAZUYAは職員室で話すことにした。部屋中に置かれたガーベラの鉢植えが不気味で、生徒達は
滅多にこの部屋には近寄らない。かくいうKAZUYAも、コピー機を使う時くらいしか立ち入らなかった。


「用件はわかっている」


職員室の中央に立ったKAZUYAは、一呼吸開けて続けた。


「――俺が邪魔なんだろう?」

「うぷぷ。頭が良すぎるってのも悲しいよねー」


やれやれと肩をすくめるモノクマは、背筋の凍るような薄ら嗤いを浮かべている。


「聞かせてよ。先生の推理をさ」

「……俺は元々招かれざる客だった。それでも許されていたのは、俺というイレギュラーが
 いることによって発生する不測の事態をお前が楽しんでいたからだ」

「当初は予定通り事が進んだ。所詮見知らぬ大人が一人混じった所で、動き始めた
 歯車を止めることなど出来はしない。目論み通り、たて続けに事件は発生した」

「だが、そんなお前にも唯一つだけ懸念事項があった。それは俺が【医者】であるということだ」

「フムフム。で?」


モノクマは聞いているのかいないのか適当に相槌を打っている。
自分から聞いておいてもう飽きたのかもしれない。


「果たして、お前の懸念は的中した。俺が次々と事件に介入して片っ端から怪我人を
 治してしまったのだ。それだけだったらまだ良かっただろう。いくら治しても事件そのものが
 止まらなければコロシアイに対する完璧な抑止力にはなりえないからな」

「だが、ここでお前にとっても完全に想定外のことが起こった」

「お? 万能なるこのボクに想定外ですと? うきー! 認めないぞ! 一体何が起こったんだ?!」

「――不二咲が蘇生したことだ」


白々しく茶化していたモノクマが、やっとKAZUYAの方を見る。


「何で想定外だと思った訳? 何せここには超国家級の医師がいるんだよ?
 このくらいのミラクルはむしろ当然じゃない?」

「いや、想定外のはずだ。……何故ならあれは俺にとっても想定外だったからだ」

(不二咲は助からないはずだった。俺は確かに死亡宣告をしたのだ。……だが実際は助かった)


(医療の現場に長くいたら、稀にそういう場に立ち会うことはある。だが、俺は年に
 数千を超える患者を見てきているが、それでもそういったケースにはそうそう出会えない)

(しかも不二咲の場合は死亡宣告までしたからな。あの状況から持ち直し、
 その上後遺症も見られないなど初めてのケースだ。まさしく奇跡と呼んでいい)

「専門家の俺ですらわからなかったことを、門外漢のお前がわかるまい。そして奇跡は続いた――」


山田が死に、そして生き返った。

もはやモノクマにとっては無視していられない事態となったのだ。


「まさか二回も死人を蘇らせるとは思っていなかったんだろう。お前は焦ったはずだ。
 このままではコロシアイゲームそのものが成立しなくなると――」

「…………」


プラスとプラスを掛け合わせるとプラスになるが、幸運もそうだろうか。
磁石の同じ極同士が反発するようにぶつかり合うのではないだろうか。

少なくとも、過ぎた奇跡には相応の代償が求められるのだ。


「……で? 先生の結論は?」

「俺の出番はもう終わりだ。そう言いに来たんだろう。――違うか?」

「うぷぷ」

「うぷぷぷぷ」

「あーはっはっはっはっ!」

「…………」

「頭がいいって悲しいね! キミの察しの良さをどこかの残念に分けて欲しいくらいだよ!
 だーいせーいかい! 西城先生にはもうこのゲームから降りてもらいます!!」

「やはりか……」


予想は出来ていた。それでも、直接声に出して通告されるのは心臓を握り潰されるような感覚だった。


「山田君を蘇生した時からわかってたんでしょ? あの辺りからなんか必死だったもんね、先生。
 急に命の授業をするなんて言い出した時は笑いが止まらなかったよ!」

「……いつまでだ? 俺はいつまで生きられる?」

「そうだねぇ。ずっとずっといてもいいんだけどね。絆が深まれば深まる程、
 先生が死んだ時みんなは絶望するだろうし」

「絶望なんてしないさ……一時的に落ち込むことがあっても、あいつらなら必ず
 立ち上がってくれる。その強さをこの生活で学んだはずだ! あいつらはお前になど負けん!」

「お前も本当はそれを恐れているんだろう? 今より更に俺達が絆を深めると、
 俺がいなくなっても生徒達が団結し、自分に立ち向かって来るのを」


畳み掛けるようにKAZUYAは煽るが、モノクマは嘲笑しながらそれを受け流す。


「どうかなぁ? 人は脆いよ。砂のお城みたいなものだよ。何日も苦労して
 作り上げたのに、少し触れたらボロボロに崩れてっちゃう」

「なら試してみるか? 俺達の絆を……」

「んもう。先生のそういう誘導尋問みたいな交渉はボク好きじゃないなぁ。
 医者に刑事の真似事なんて向いてないって」

(今更見え透いた挑発なぞ効かんか……)


挑発が効かないと見るや、KAZUYAは即座に思考を切り替え情報を探る方向にシフトした。


「飽きたんだろう」

(黒幕は非常に気まぐれで飽きっぽい……もはや引き延ばすのは限界か)

「確かにさぁ、いい加減飽きたよ。ボクにしては長くもった方だね。でも、理由は別にあるんだ」

「別の理由?」


「もう予想出来てるだろうし先生の残り寿命も短いから出血大サービスで
 教えてあげるけどさ、この生活って見てる人がいるんだよね」

「やはり……」

「ボクは基本的に飽きっぽいけど、目的のためなら綿密な準備もするタイプでね。
 だから別に先生の安い挑発に乗ってあげてもいいんだよ。でもさぁ、ボク達に
 付き合わされる視聴者の身にもなって欲しいんだよね」

「ダラダラダラダラ、特にオチもなく山場もない。そんな退屈極まりない平和な
 映像なんていつまでも見せてられないでしょ? 普通の番組ならとっくに打ち切りだよね!」

「そこでテコ入れとして俺の処刑か……」

「最高だよね! やっぱり悲劇的な絶望こそ誰もが興奮する最高の
 エンターテイメントだよ! これを見てるそこのキミもそう思うでしょ?」


モノクマはカメラに向かって指を指した。この画面の向こうで、
どれだけの人がモノクマに賛同しているのだろう。想像したくもない。


「歪んでいる……」

「そうかもね。否定はしないよ?」

「言っても無駄なのはわかっているが、言わずにいられん。他人の絶望を楽しむなど間違っている!
 お前に聞きたい。お前は、いやお前達は何故そんな歪んだ価値観を持ってしまったんだ?」

「何故そうなのだ……?」

「まあ人によるんだろうけどさ、とりあえずボクに関して言えばね」

「――生まれた時からこの世界に絶望しているんだよ」

(真性のサイコパスという訳か? 俺にも……手の施しようのない……)

「それに、別にボクは他人の絶望だけ楽しんでる訳じゃないけどね。
 このコロシアイはボクにとっての絶望でもあるんだよ」

「……何?」


(モノクマにとっても絶望? 一体どういう意味だ?)


KAZUYAは訝しがったが、モノクマは考える時間など与えてはくれなかった。


「ま、話を戻すけど」

「今日から三日以内に死んでよ。先生」

「…………」


こんなぬいぐるみに底知れない恐怖を抱いていることにKAZUYAは嫌悪と腹立たしさを感じる。


「本当なら今すぐって言いたい所だけどさ、ボクも鬼じゃないからね。
 ゲームを盛り上げてくれたキミの功績に免じて、身辺整理する猶予くらいは上げるよ」

「…………」

「で、返事は?」

「いいだろう」

「ま、それしかないよね。年貢の納め時ってヤツだね!」



最終的にKAZUYAは死ぬしかないのだろう。

いつかそう遠くないうちに、その時が来るのを彼は理解していた。

それこそ、最初に襲撃を受けたあの時から。何せKAZUYAはあの時に死んでいたのだから。


(不二咲や山田が生き返ったように、俺も何らかの因果か宿命で蘇った)

(それはきっと俺にまだやるべき使命が残っているからだろう……)


たとえ死すべき運命(さだめ)だとしても、命尽きるまで彼は足掻き続けなければいけない。

彼が心の底から愛する生徒達のために……。


「俺が死ぬのは別に構わん。――だがモノクマよ、これではルール違反じゃないか?」


長くなりそうなので一旦ここまで。

今回は大事な回なので、今週末はちゃんと来ます。


足掻け、KAZUYA!


「およ? ルール違反?」

「本来処刑……オシオキは学園の秩序を乱した者に適用されるものだ。しかし、
 俺は人を殺していない。何もしていない俺を一方的に殺して生徒達は納得するか?」

「何もしてなくはないけどね。死んだ人間を生き返らせるって立派な進行妨害だし」

「蘇生したのはたまたまだ。俺は超能力者ではない。俺は医療従事者として
 最低限の行為しかしていない。ここにいたのが別の医師でも同じことが出来た」


そうだ。KAZUYAは確かに高度な医療技術を持っている。だが専門性の強い山田の脳手術を除けば、
ここでKAZUYAが行った治療は経験豊富な外科医なら十分対応出来るレベルのものばかりだった。

【超国家級の医師】ドクターKでなければ起こせない奇跡ではなかった――。


「とにかく、お前はイレギュラーな存在であるこの俺を何時でも排除出来たにも関わらず、
 今までずっと黙認してきた。それは暗に俺をこのゲームの参加者として認めたということだ」

「それを今更、理由もなく排除すると言い出すのはルール違反だ!
 どう生徒達を納得させるんだ。この生活を見ている視聴者とやらもだ! 言ってみろ!!」


……これは賭けだ。

彼自身が言っているように、KAZUYAはこの学園の正規の人間ではない。モノクマが気まぐれに
KAZUYAを殺したとしても責められる謂われはなかった。当然モノクマもそのことをよくわかっている。


「うぷぷ。死にたくないなら死にたくないって素直に言いなよ? そうだねぇ。
 生徒達より自分の命の方が大事ですって命乞いするなら考えてあげようかなぁ」

「馬鹿を言え……貴様の思う通りになるくらいなら俺は今すぐにでも死ぬ!」

「ただし、俺が何もせずに死ぬと思うなよ……!」


歯を剥き出してKAZUYAは吠えた。手負いの獣じみて、その目には命の輝きと狂気が漏れ出ている。


「ふーん。考えがあるんだ?」

「そうだ。俺がこれを実行したらもうこの生活は終わりだぞ」

「…………」


ハッタリではないと感じ取ったのか、珍しくモノクマが押し黙った。


「お前が無理に俺を殺すというなら俺は生徒達を焚き付ける。全力でな。
 そうなったら最後、生徒達はお前に反乱を起こすだろう」

「! まさか、全員道連れにするつもり?!」

「俺の要求を飲まないならな……。あいつらだって、実験動物以下の飼い殺しにされるくらいなら
 命を懸けても戦いたいと思うはずだ。どうだ? お前が今まで温めてきた計画を台無しにしてやるぞ!」

「うぷぷ。うぷぷぷぷ……」


モノクマはいつものように不快な含み笑いを零した。
顔の左半分の裂けた口からは、血のように赤い色がチラチラと映る。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


そして遂には腹を抱えて笑いだした。


「自分が苦労して積み上げてきた計画が台無しにされる絶望! それって最高に絶望的だよね!!」


モノクマを操作している人間の性格はある程度分析出来ている。ここまではKAZUYAの予想通りだ。


「…………」


背中に冷や汗が滲む。緊張で肩が震えそうになる。こんなことを言ったが、
当然KAZUYAには生徒を道連れにする考えなど毛頭ない。あくまで自分一人が死ぬ気だった。


「……悩むなぁ。とりあえず要求を聞こうか」


KAZUYAが生徒を巻き添えにする気がないのはモノクマにも予想はついていただろう。
だが、実際問題万が一にもKAZUYAに抵抗されるのは厄介だった。


(下手に暴れられて他のメンバーを巻き添えにされたらコロシアイに支障が出る。
 それに折角だから裁判開きたいし、凶器に銃火器使う訳に行かないんだよね……)

(最近やたらと鍛えてるし、もし一発でも反撃を受けたら裁判は台無し。
 先生にはあくまで自発的に大人しく死んでもらうのがベスト)

「どんな願いでもって言う訳にはいかないけど、思い残すことがないよう可能な限り
 キミの願いは叶えてあげるよ。何せキミはもうすぐ死んでしまうんだからね!」

「要求は二つ。せめて山田が退院するまでは待ってくれ。その後俺は必ず死ぬ」

「フムフム。まあそのくらいなら待ってもいいかな。一年とか言い出したらどうしようかと思ったけど」

「もう一つは……」

「献体が欲しい。そうでしょ?」

「…………」


献体とは、医学のために提供される遺体のことである。
医者を志す者にとって、献体の解剖は避けては通れない道だ。


「そうだよねぇ。今度鶏の解体とかするみたいだけど人間の体を弄らないと何の意味もないもんね!」


モノクマの言う通りだった。

今KAZUYAが最も欲しているのは解剖用の遺体だった。

悔しいがモノクマの言う通りなのだ。魚や鶏の解剖が無意味な訳ではないが、
やはり人体を触ったことがあるかないかは大きい。


(正直に言えば献体は欲しい。喉から手が出るほど欲しい。……だが)

「残念ながら不正解だ。お前にしては珍しく見当違いだな?」

「あれー? 違ったの? おかしいなぁ」


KAZUYAは献体が欲しいとは言わなかった。

もしモノクマにそんなことを言ったらどうなるだろう。
モノクマは献体を“一体どこから調達してくる”のだろう。
この悪趣味なクマを動かす悪趣味な人間のことだ。恐らく誰かを殺して献体として
用意するのではないだろうか。最悪、自分の知っている人間かもしれない。


(モノクマは今まで嘘はつかなかった。もし取引をすれば本当に用意するのかもしれん。
 だがここで安易に取引するのはあまりにも危険だ)


死んだ後にここでの会話を生徒に公開される可能性があった。たとえ直接指示した訳でなくとも
KAZUYAの発言のせいで死人が出たとなれば、生徒達はきっと大いに動揺するだろう。


「とにかく余計なことはするな。それは俺の要求ではない」

「うーん。じゃあ何だろう? 予想がつかないなぁ?」

「せめて死ぬ前に答え合わせがしたいのだ」


「――お前の正体を見せろ」


「…………」


モノクマは黙っていた。流石に予想外だったのだろうか。


「俺の推理が正しければ、首謀者達の中に江ノ島盾子がいるはずだ。
 いや、むしろ江ノ島こそが普段俺達と話している貴様の正体ではないかと睨んでいる」

「…………」

「どうなんだ? お前は江ノ島なのか?」

「うぷぷ。うぷぷぷぷ」

「うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ……」

「笑っていないで何とか言え!」


「「アーハッハッハッハッハッ!!!」」


バターンッ!!


「!」

「来ちゃったよ! とうとう出て来ちゃった!」


叩き付けるように盛大に扉を開いて少女が中へと飛び込んで来た。

ピンクゴールドの髪をツインテールにし、女子高生らしくマイクロミニにしたスカートを履いている。
KAZUYAもよく見知った少女の姿だ。ただ二つ違う点があるとすれば、この少女は人形のように完璧な
プロポーションの肉体を持っているということ。そして、猫のような瞳からは自信が溢れている。


「どうも。初めましてって言うべき? それともお久しぶり?」

「…………」

「ま、いいや。なんでも」


ひらひらと手を振る少女はニカッと歯を見せながら彼に笑顔を向けると、ポーズを取って叫んだ。




「アタシが! このアタシこそが!」

「全ての首謀者にして黒幕!」

「超高校級の絶望!!」


「江ノ島っ、盾子ちゃあああああんっ!!!!」ビシッ!








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



                   黒   幕


              超 高 校 級 の 絶 望


              江  ノ  島   盾  子




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





ガーベラの咲き誇る部屋の中心で、希望と絶望が対峙する。


「貴様が本物の江ノ島盾子か?」

「その通りだ、人間よ」

「…………」

「って、あんた相手にいちいちキャラ変えても仕方ないか。面白い反応もしないし」

「ただのモデルではなかった訳か」

「超高校級のギャルは仮の姿。容姿端麗パーフェクト頭脳の超天才。それがアタシ。
 ま、テレビの前のあんた達にわかりやすく伝えるなら超高校級の分析能力ってトコかしらね」

「超高校級の分析能力……」

(……やはり天才だったか)


希望ヶ峰が誇る超天才、それが江ノ島盾子。そして、災厄。


「あんたって本当面白かったよ。同じくらいイライラもさせられたけどねー」

「…………」

(こうして見ても、ただの女学生にしか見えんな……)


KAZUYAの脳内に、急速に過去の記憶がフラッシュバックしていた。確かに、今ここにいる
江ノ島は彼の記憶の中の江ノ島盾子に相違ない。だが、改めて超高校級の分析能力者と知って
過去を眺めてみても、彼女は少し頭がキレるだけの高校生にしか見えなかったのだ。


(そして……そうだ。思い出したぞ。江ノ島といつも一緒にいた影のような女……)

(名前は何と言ったか……江ノ島の双子の姉だったな。確か……)


――戦刃むくろ。【超高校級の軍人】。


(名は、戦刃むくろ……何かと目立つ江ノ島とは逆に影が薄いからすっかり忘れていた)


影の薄さもあるが、戦刃はあまり自分のことが好きでないようだった。他の生徒達が
よく保健室に顔を出して遊びに来ていたのに反し、彼女はほとんど自分と接点がなかった。

いずれ殺す対象であるKAZUYAと仲良くする義理もないので、避けられていたのかもしれない。


(姉妹で参加している。ということはこの二人が限りなく主犯、と考えていいのか?)

「ハァー、またご自慢の推理ってワケ? フツー目の前に黒幕がいるんだからそっちに直接聞かない?」

「……本当にお前が黒幕なのか? 犯人の一人なのではなく?」

「イエース! 計画立案から実行まで、全て私様が行わせて頂きました。
 まあ、残念なうちのお姉ちゃん始め多少他の人の手も借りたけどさ」

「主犯は間違いなくこのア・タ・シ」

「絶望とやらのために……?」

「そう」

「何故、直接出てきた?」

「本当は出るつもりなかったんだけどさぁ、余りにも展開が遅すぎると見てる方も退屈でしょ?
 未だに飽きずに熱心に応援してくれてるファンに申し訳ないじゃなーい。要はサービスってこと」


そう言うと、江ノ島はカメラに向かって手を振り出す。


「いつも応援してくれてるみんなー! ありがとうねー!
 これからもアタシが届ける最っ高の絶望を楽しみにしててねー!!」

「…………」


背を向ける江ノ島にKAZUYAは密かに身構えるが、江ノ島は背を向けたまま呟く。


「不意打ちしようとしても無駄だよ。アタシに何かあればお姉ちゃんが動くから」

「……!」

「今、アタシを人質にすればお姉ちゃんも何とか出来るって思ったでしょ。それも無駄。あんたの
 動きは読み切ってる。確かに力づくで押さえられたら流石のアタシも少し厳しいけど、攻撃を避けて
 部屋から逃げ出すくらいなら可能。そしてアタシを逃した瞬間あんた達はゲームオーバーになる」


確かに江ノ島はドアの近くに陣取っていた。取り逃がす可能性はゼロではない。


「動けないでしょ? あんたはデカい図体してるくせに慎重派だもんね? 自分が危ない橋を
 渡る分には気にしないけど、生徒に流れ弾が当たる可能性を考えたらあんたは動けない」

「そもそも、アタシの話が嘘の可能性もあるもんね? もしアタシと残姉を
 何とかしても他に仲間がいたら結局アウト。やっぱり動けないよ、あんたは」

「…………」

(これが超高校級の分析能力か……!)


畳み掛けるように次々と己の思考を言い当てる江ノ島に、男は完全に気圧されていた。

すぐ目の前に黒幕がいるのに、手を出せない!


(何か、何か手はないか? 今が千載一遇のチャンスなのだ!
 この機を逃してしまえばもう二度とこんな機会が来るかどうか……!!)





「ツマラナイ」

「?!」


バッと振り返ると、そこには黒いスーツを来た長い黒髪の男がいた。


「だ、誰だッ?!!」


一体いつ入ってきた? いくら江ノ島に気を取られていたとは言え、生徒が
突然やって来ないとは限らないため、自分は入り口に注意を払っていたはずなのだ!

気配もなく、ピタリとKAZUYAの背後にいた男に流石のKAZUYAも狼狽した。


「カムクラパイセンじゃーん☆ どうしたのー? 突然やって来たりして??
 あ、もしかしてセンパイって先生の隠れファンだったとかー?」キャルン☆

「カムクラ……?」


長い髪が邪魔で顔がよく見えない。だが、この男の顔はどこかで見たような……?


「カムクライズルと名乗っています。これから死ぬ貴方に意味はないでしょうが」

「希望ヶ峰学園創立者の名だな……」

「貴方は既に僕のことを知っているはずです」

(知っている? どこで……)


普段のKAZUYAなら即座に【カムクライズルプロジェクト】の単語が浮かんだだろうが、
突然の闖入者と黒幕に挟み撃ちにされているという状況が思考を許さなかった。


「で、どうしたのセンパーイ? 先生が死ぬ前に一度会ってみたかったとか?
 ざんねーん。センパイの好きだった先生はもうすぐ死んじゃうけど!」

「貴方は期待外れでした」

「何……?!」

「黒幕が目の前にいながら手を出すことも出来ない。それどころか自分の命すら護れない」

「…………」


「貴方は人より優れている。なのに、状況を変える決定的な力が足りない。
 才能が足りない。故に、強力な才能を持つ江ノ島盾子に抗うことが出来ない」

「……お前がどこの誰だか知らんが、俺を嘲りに来たのか?」

「いいえ。ただ、結末を見届けに来ました。貴方という人間の結末を」

「…………」

「勘違いをしているようですが、僕は江ノ島盾子の味方ではありません」

「アハハ! そーよね。アタシが超高校級の絶望なのに対して、センパイは
“超高校級の希望”って呼ばれてるもんね! むしろ対極の存在だし」

「超高校級の、希望……?」

「僕は貴方にとって敵でも味方でもない存在ということです。貴方が何をしようと
 僕は一切干渉しません。それは江ノ島盾子に危害が及んだ場合であっても変わらない」

「江ノ島の味方ではないのか?」

「一応一時的な協力関係は結んでるんだけどね。でも、カムクラセンパイは基本的に自分の
 興味が向いたことしかしないから。アタシがやられた方が面白いと思ったらそうするだろうし」

「…………」

(クソッ! 次から次へと訳のわからん連中が出てくる!)


もはやここまでかとKAZUYAは唸った。しかし、カムクラは予想外な事実を語り出したのだ。


「江ノ島盾子には配下となる絶望集団がいるが、彼等はこのコロシアイには干渉出来ません。
 たとえゲームが崩壊することになったとしても。それが江ノ島盾子の決めた【ルール】だからです」

「……何?」

「貴方がこのゲームを終わらせるのなら、江ノ島盾子と戦刃むくろを同時に対処するしかない。
 しかしそれは出来ない。戦刃むくろは貴方より遥かに強い。それに、仮に生け捕りにすることが
 出来たとして、江ノ島盾子は戦刃むくろを切り捨てる。故に打開策とはなりえない」

「…………」


「何より裏切り者の存在がある。裏切り者を対処出来なければ彼等に未来はない」

「もうヒッドーイ! センパイったら、西城にヒントなんてあげちゃってさ! 中途半端な
 希望は絶望にしかならないのにね。それとも西城を絶望させる協力してくれてるとか?」

「彼はもう死ぬ。知った所でどうにもならない知識です。むしろ、中途半端に
 真相に触れたことにより、彼はより深く絶望することになるでしょう」

(ヒントを与えたつもりはない。不二咲千尋と山田一二三を蘇生させた時は、
 予想外だと感じたが、結局彼は江ノ島盾子の手の上で踊っているだけだった。
 何も面白くはない。彼は自分が設定したタイムリミットに処刑される)

(ただ西城カズヤ。ドクターK。彼がもし彼等にとって真の希望であるならば――)


カムクラはKAZUYAに背を向け、無言で部屋から立ち去る。


(何だ? まさか、ヒントを与えてくれたのか? いや、この期に及んでまだ嘘という可能性も
 否定出来ないが……とりあえず、超高校級の絶望とやらも一枚岩ではないということか)

「無感情な所がすっごくクールよねぇ。でさ、色々邪魔が入っちゃったけど」


江ノ島の声が一気にトーンを下げる。顔には不気味な笑みが浮かぶ。


「――いつ死ぬの?」

「……二十日後の夜だ」

「なーる。ちょうど山田の手術から一ヶ月ってことね!」

「一ヶ月異常がなければ退院でいいだろう。腕のいい『医療スタッフ』もいるようだしな?」

「りょうかーい♪ じゃ、そういうことでバイバイ。二十日後を楽しみにしてるよー!」


デートか何かを決めたようなノリで、江ノ島はケラケラと笑いながら走り去っていった。
対照的にKAZUYAはヨロヨロと近くの椅子に座り、深い深い溜め息を吐く。顔は血の気を失い、
絶え間なく汗を流しているその顔は、まさに死相が浮かんでいると言っていい。

保健室への帰り道。彼は男子トイレに立ち寄って、吐いた。







            ― KAZUYA処刑まで あと“二十日” ―





遂に、ドクターKに死刑宣告が下された!

KAZUYAが生徒達に遺せるものは何か。残された時間で彼はどう生きるのか。


続く。

>蘇生したのはたまたまだ。俺は超能力者ではない。
この元ネタって斉木クロスのコロシアイ学園生活を阻止するなのかな?
あのssの斉木は蘇生能力を持っていたし作者さんも読んでいたのかな

斉木がこのドクターKが存在するコロシアイ学園生活にいたらどうなるんだろうな

間違えた。三日前の回想だから三週間後ですね
37日目に山田君が襲われてその30日後だから約一ヶ月になるはず
つまり解剖の日の時点で残り18日

>>526
実はドクターKにも超能力者は出ています。ロシャ・ラムという人で科学的に
能力の理由は解明出来ているしけして万能ではないですが、実際に死にかけた人を
特殊能力で何人も助けているのでKはそういう経験を元に言っています。

多分前にも石丸復活辺りで言ったと思うですが、このSSのテーマはKが凄いから
なんとかなったではなくロンパIFみたいにタイミングさえ合えば78期生達の力で
乗り越えられたがテーマなので、あえて>>508でK以外の医師でも何とか出来たと
強調しています。そのうち、番外短編で高品や軍曹が巻き込まれてたverも
ちょろっと書きたいなーと思ってます。


可能なら今日更新予定(間に合えば)

先週投下するって言ったのに大嘘をついてしまった! 申し訳ない

>>520を以下に修正し、再開


                  ╂


(このごく僅かな時間で、俺は出来る限りのものを生徒達に残していかねばならない……)


回想を終えたKAZUYAは、楽しげに食事をしている生徒達を眺めながら仄暗い決意を固めていた。


            ― ドクターK処刑まで あと“十八日” ―




               ◇     ◇     ◇


「ハァ……ハァ……!」

「う、うぅん……ううう……!」


その日の夜、保健室の中で小さな呻き声が聞こえていた。

酷くうなされている者がいる。


「うう……ぐぅう……ハッ!」


カッと目を見開いて、山田は目を覚ました。全身にグッショリと汗をかいている。


「ハァ、ハァ……フゥ」


山田は息を整えると、起き上がって耳を澄ませた。

夜の保健室は想像以上に静かで、近くにいるはずのKAZUYAとセレスの寝息すら聞こえない。
非常時の際すぐ動けた方が良いからとKAZUYAが机に置いていた小型の常備灯が、
カーテンの向こう側でぼんやりと柔らかな光を放っている。

だが、僅かな明かりは逆に手前側の闇をより濃く深くしているように山田には感じられた。


「…………」


ここ連日連夜、山田は毎晩のようにうなされていた。KAZUYAも気付いていない。
この所疲れているのか、彼は今日も死んだように寝入っている。

世界にただ一人取り残されたような孤独感を覚えながら、山田は再び布団に潜り込んだ。

けれど、その表現はけして単なる比喩表現ではなかったのだ。


(ごめんなさい……ごめんなさい……許して……)


今日も夢に見た。過去の記憶を。楽しかった頃の記憶を。


(僕が、僕がみんなを裏切ったんだ――!)


山田は思い出していたのだ。


(僕達はクラスメイトだったのにッ!!)


記憶を取り戻した山田は大いに苦悩し後悔した。アルターエゴに対する恋慕を
くだらないとまでは言わないが、仲間を犠牲にしてまで優先させるべきものではなかった。
自分の一時の盲愛とエゴが取り返しのつかない過ちを招いてしまったのだ。

山田がこの真実をすぐに打ち明けていれば、事態は大きく変わっていたのかもしれない。


(言えるワケない……! もしこのことを知られたら、僕は嫌われる……
 今度こそ許してもらえない……それはイヤだ……!)

(……大丈夫。今日も楽しかった。西城先生がいるからきっとなんとかなる……)


昼間は必要以上に明るく振る舞って不安な思いをかき消していたが、
夜一人になるとどうしても恐怖に襲われる。

誰も気付かなかったが、ここ数日ダイエットと偽って山田は普段より
ずっと少ない量の食事しかしていなかった。食欲が湧かないのだ。


(大丈夫……大丈夫……)


自分に言い聞かせるように何度も何度も大丈夫と呟きながら、山田はギュッと目を閉じた。


短いけどここまで。

可能なら明日も来る…かもしれない?


また嘘をついてしまった。スマナイ、スマナイ……

次回あたりからかなりグロい、エグい展開が出てきます。
まあ、ダンロン本編が平気なら多分大丈夫だろうけどご注意ください。


― コロシアイ学園生活四十九日目 体育館 AM9:00 ―


それは翌日の朝のことだった。突然モノクマが召集をかけたのだ。
久しぶりに体育館に集められた彼等の顔にはただならぬ緊張が浮かんでいた。


桑田「な、なあ……なんなんだよ、今度はさ」

腐川「知らないわよ……ろくなことじゃないのは間違いないでしょうね……」

石丸「僕達に何をさせるつもりなんだ?」

葉隠「まあまあ。まだ悪いことだって決まったワケじゃねえぞ? 占ってみるか?」

江ノ島「あと数分でわかるのに占ってどうすんのよ」

十神「愚民共も少しは落ち着け。騒いだ所で何か変わるのか?」

朝日奈「そんなこと言ってもさ……怖いものは怖いよ。さくらちゃん、先生……」

大神「……我が皆を守る」

K「大丈夫だ。俺がついている」


KAZUYAはマントを掴んでいる朝日奈の手を握ってやる。


不二咲「そうだよね……大丈夫だよね、きっと……」

大和田「ビビっても仕方ねえ。いざとなったら俺が体張る!」

石丸「ついて行くぞ、兄弟!」

苗木「舞園さん、大丈夫?」

舞園「……大丈夫です」


セレス「この状況で強がっても仕方ありませんわよ」

山田「定番の動機とかならいいんですけど。動く系のイベントだと僕めっちゃ死亡フラグ立ってますし」


もし今敵が襲い掛かってくることがあれば、車椅子の山田と杖をついているセレスは逃げられない。


K(問題ないはずだ。邪魔者の俺は既に退場することが決まっているのだからな。
  わざわざ追い撃ちをかける必要は江ノ島にもないはず……)


本来ならそれは確信に近い感情であるべきなのだが、今までの黒幕の気まぐれな
行動がKAZUYAにも不安感をもたらしていた。何より……嫌な予感がするのだ。


霧切「手を出すならとっくにしているはずよ。恐らく、アレに関する発表でしょうね」


霧切が視線を向けたのは体育館の中央に置かれた謎の長方形の白い箱。
近寄れないように周囲に簡易なバリケードが置かれている。


K「…………」


KAZUYAが嫌な気配を感じているのはその箱が原因だった。

シンプルな大きな箱。まるでその形は――


山田「何だか不気味ですね……」

葉隠「そうかぁ? いいものかもしれねえぞ? 俺達へのプレゼントとか!」

十神「学習能力のないヤツめ。お前の頭は鶏と同じレベルなのか?
    ドクターKに開いて貰ってどのくらい違いがあるか調べてもらえ」

葉隠「辛辣だべ!」

セレス「今までモノクマがわたくし達にくださったものはろくなものではありませんでしたね?」


大方の生徒があの箱を次の動機だと考えているようであり、KAZUYAもそうだった。


K(動機なら俺達にとって悪いものなのは間違いない。だが、何だ……)

K(あの箱にはとんでもないモノが入っているような……)

モノクマ「ハイハーイ! 皆さんお揃いだね!」

K「モノクマ……」

苗木「お前が呼んだんだろ!」

モノクマ「もう。苗木君たら反抗期なんだからぁ」

十神「前置きはいい。早く動機を発表しろ」

モノクマ「はにゃ? 動機?」

大和田「動機だ、動機!」

桑田「どうせまた次の動機の発表で俺達を集めたんだろ?」

モノクマ「ヤダなぁ。そんなに動機が欲しいならまた次の動機考えておこうかな」

霧切「! ちょっと待って頂戴。私達は動機の発表で呼ばれたのではないの?」

モノクマ「違う違う。ボクもね、あんまりワンパターンだと良くないから趣向を変えてみました!
      ……どうせ動機なんて使わなくてももう少し待てば面白いものが見れるしね」

霧切「面白いもの?」

モノクマ「あ、キミ達には関係ないから。……まだね」

腐川「それって確実にそのうち問題になるパターンじゃないの……!」

舞園「それで、動機の発表じゃないなら何で私達を呼んだんですか? 理由があるんですよね?」


モノクマ「当然! なに、ボクはこの学園の学園長だからね。
      たまには学園長っぽいことをしようと思いまして」

朝日奈「学園長っぽくない自覚はあったんだ……」

モノクマ「今日は皆さんにプレゼントを持ってきました!」

大神「プレゼント、だと?」

葉隠「ほら! 俺の言った通りだべ!」

腐川「まさか、葉隠の言ったことが正しいなんて……悔しいぃ!」

江ノ島「で、なになに?」

不二咲「本当にいいもの、なのかな?」

モノクマ「そりゃいいものだよ! ボクはね、感心しました! キミ達の勉強熱心っぷりにね。
      普通監禁されてみんなでコロシアイをしてる状況で呑気に勉強なんて出来ないよね!」

石丸「お褒めに預かり光栄だぞ!」

十神「馬鹿め。どう考えても皮肉だ」

桑田「まあ、感覚マヒしてきてる自覚はあるよなー」

山田「おかしくもなりますよ。空も見えないし娯楽もない空間にこんなに長時間閉じ込められて!」

舞園「熱中出来るものを見つけられたのは幸いですね」

苗木(やることがあるのは本当に救いだった。これだけの時間を
    何もせず過ごしていたらと思うと……ゾッとする)

モノクマ「で、キミ達の勉強が更に捗るように今日は教材を持ってきたのです!」

K「教材、だと?」


霧切「それがそこに置いてある箱なのね?」

石丸「もしや、新しい医療器具か薬品かねっ?!」

K「待て!」


駆け寄って箱を開けようとする石丸をKAZUYAは慌てて制止した。


K「罠かもしれん。俺が開ける」

江ノ島「相手の興味を引きそうなものを置いて近寄った瞬間ドカン。ブービートラップの基本だね!」

不二咲「トラップって……」

朝日奈「爆発するの?!」

モノクマ「爆発なんてしないって! 毒も入ってない! 開ければわかるよ」

十神「とりあえず開けなければ話が進まん。早く開けろ、西城」

大和田「でもよ、もし危ねえもんだったら……!」

モノクマ「ボクどんだけ信用ないの……何だかんだ今までウソはついてないんですけど」シュン

K「そこまで言うなら大丈夫だとは思うが、念のためだ。お前達は下がっていろ!」

苗木「みんな、下がろう」

大神「ウム。放置する訳にもいかぬしな」


全員が十分な距離を取ったのを確認し、KAZUYAはバリケードをどけた。



K「…………」


安全性を確かめるという意味は勿論ある。

だが、一番の理由は箱の中身の確認であった。真っ先にKAZUYAが確認する必要があったのだ。


K(…………)


ドックン、ドックン……

心臓の鼓動がやけにハッキリと聞こえた。
箱の蓋に指をかけ、とりあえずズラす。


K(爆発はしないようだ。ム! 煙……?!)

不二咲「な、何?!」

大神「毒かっ?!」


慌ててKAZUYAは鼻と口を手で覆って下がる。だが、箱の隙間から溢れ出てきた
白い気体はそのまま地面に流れて行く。KAZUYAは白い気体に指をかざした。


K(空気より重い白い気体……。冷気があるな。恐らくはドライアイスから出る白煙。
  中に入っているのは冷やす必要のある物ということか。それより……)

K(この臭いは何だ――?!)


ドライアイスは無臭のため白い気体から臭って来ているのではない。
箱の中から臭う鼻をつくような強烈な刺激臭。KAZUYAはこの臭いを知っている。


K(まさか……)


額から汗が垂れる。

KAZUYAはゆっくりと箱の蓋を開いた。


K「これは……!」


中を見た瞬間、KAZUYAは慌てて蓋を閉じた。


桑田「な、なあ! なんだった?!」

石丸「一体何が入っていたのですか?! 医療器具ですか?!」

モノクマ「だから教材だって言ってるのに」

朝日奈「あんたには聞いてない!」

十神「どうやら危険性はないようだな」

K「ま、待て!」


ツカツカと歩み寄る十神の前にKAZUYAは立ちはだかる。


十神「どけ。俺は中が見たい」

K「……見ない方がいい」

腐川「びゃ、白夜様! 西城が止めるならやめた方がいいかもしれません。危ないかもしれないし……」

大和田「先公がここまで言うなんて、どうやら相当ヤベえもんだったみてえだな……」

苗木「見ない方がいいって、中には何が入ってたんですか?」

舞園「危ないものなんでしょうか?」

K「…………」フルフル…

不二咲「先生?」

大神「どうしたのだ、西城殿?」

江ノ島「黙ってないでさっさと言ってよ!」


いつも冷静なこの男にしては珍しく言葉を失い、ただ青ざめたまま無言で顔を振るだけだった。


セレス「西城先生程の方がこの反応だなんて……どうやらパンドラの箱だったようですね」

山田「世の中には知らない方がいいこともあるっていうし、開けるのはやめときません……?」

葉隠「おーし! なら、捨てちまうか!」

モノクマ「ちょっと! ボクの善意を棒に振るつもり? 出し惜しみするならボクが開けるからね!」

K「あっ! よせッ!!」


KAZUYAの制止も虚しくモノクマが箱の蓋をひっくり返した。


元々近付いていたため、中に何が入っているか生徒達の視界にはっきり映る。


「――ハ?」


中に入っていたのは、















――男性の死体だった。




ここまで。

ここの作者さんは原作を大事にする人だし
骨になった学園長と肉塊になった松田君はないと思う…
むしろ一切関わりのない一般人の死体の方が
命の授業を侮辱する感が出るんじゃない

色々想像してるけど、誰だったとしても解剖しないといかんと思うと絶望だな
(あんまり推理すると1が書きにくくならないかちょっと心配)


朝日奈「え……誰?」

葉隠「ひ、人が入ってるぞ?!」

霧切「!!」

山田「あ、あぁ、そんな……!!」

江ノ島「…………」

不二咲「ね、眠ってるんだよね? そうだよね?」

霧切「……いいえ。触らなくてもわかる。この人は死んでいるわ」

腐川「し、死体ィィィ?!」


「キャアアアアアアアアアッ!!」

「うわあああああああああっ!!」


ショックで腐川が倒れる。
生徒達もこの学園で初めて見る死体に衝撃を隠せず、一様に口元を覆った。


「…………」


霧切のみが毅然とした態度で死体を調べ始め、他の人間はただその場に立ち尽くす。


セレス「あの……」

大神「どうした?」

セレス「いえ、突然のことに流石のわたくしも驚きを隠せないのですが、
     とりあえず確認したいことがあります」

十神「この名無しの権兵衛についてか?」


セレス「はい。……この方は一体どちら様なのでしょうか?」

大和田「……知らねえ。俺の知り合いじゃねえな」

桑田「お、俺も。誰か知り合いいるか?!」

舞園「成人してる男性、ですよね? 歳は三十代くらいですか?」

石丸「この中にこの人の家族や友人はいるかね?!」

「…………」


誰も手を挙げない。


不二咲「僕達の知り合いじゃないみたいだね……」

石丸「よ、良かった。もし誰かの家族だったらシャレにならないからな……」

葉隠「もう十分シャレになってねえって! 死体だぞ、死体! 本物の!!」

江ノ島「ねえ? 腐川は? 腐川の知り合いかもしれないじゃん」

霧切「それはないと思うわ。もし知り合いなら顔を見た瞬間名前を言うか何らかの反応をするはず。
    でも彼女は何も言わずいつも通りに倒れただけ。純粋に死体に驚いたんでしょうね」

十神「フン。コロシアイの場に誰のものかもわからん謎の死体。面白くなってきたじゃないか」

江ノ島「あんたそれ本気で言ってんの?!」

大和田「どうかしてやがる……!」

苗木「で、でもなんで死体なんか……!」

モノクマ「死体なんかとはなんだ! これは立派な献体なんだぞ!」

葉隠「献体って……なんだぁ?」


石丸「い、医学の発展のために提供された遺体のことを言うが、そんな……!」

モノクマ「医者の卵であるキミ達に学園長たるボクが用意しましたー! 感謝してよね!」

舞園「まさか! 教材って?!」

霧切「つまり授業のためにこの死体を用意したということかしら?」

モノクマ「そ。授業も大分本格的になってきてそろそろ欲しいかなーと思ったんだよ。
      実際問題あれば助かるでしょ? 必要だとは思ってたはずだよ」

K「確かにこれ以上の知識を得るために献体が必要なのは事実だ。
  ……だが! 俺は貴様に献体が欲しいなどとは一言も言ってないぞ!」

モノクマ「わかってるって。これはボクからのサービスだよ。ほら、一応学園長だしボク」

K「ふざけたことを言うな!!」

朝日奈「人殺しッ!!」


耐えきれずに朝日奈が叫んだ。他の生徒も憎悪や恐怖の目でモノクマを睨みつける。


桑田「ありえねー……ありえねーだろ、こんなの……!」

舞園「殺したんですか、あなたが……?!」

大神「このような蛮行、許す訳にはいかぬ……!」

モノクマ「おや? みんななんか勘違いしてない?」

苗木「勘違いって何がだ?! お前がこの人を殺したんだろ!」

モノクマ「ボクは殺してなんかないよ?」

苗木「嘘だ!」

霧切「いえ、まだモノクマが殺したとは限らないわ」


苗木「き、霧切さん?!」

桑田「どういうことだよ?!」

霧切「目立った外傷は見当たらない。毒殺された形跡もなかったから死因は恐らく衰弱死。
    拘束された跡もないからどこかの部屋に閉じ込められていたと思われるわ」

霧切「餓死の可能性が高いけど、もし閉じ込められて食事も与えられなかったらあなたはどうする?」

苗木「そのままだと死んじゃうから必死で抵抗するよね。なんとか脱出しようとするとか」

霧切「必死にドアを叩くとか窓を開けようとするとか、そういったことによる
    小さな傷や汚れがこの人の手には全くない。綺麗すぎるわ」

モノクマ「当たり前だよ。ボクはちゃんとご飯与えてたし」

セレス「つまりどういうことでしょう? その方は勝手に亡くなったということですか?」

モノクマ「その前にその人が誰か言った方がわかりやすいかもね。教えてあげてよ、先生」

K「!」

不二咲「西城先生、この人の知り合いなのぉ?!」

大神「まさか、友人か?」

山田「あ、あう……その人は……」


この時、山田は一人だけ明らかに違う種類の狼狽をしていたのだが、
目の前に死体があるという異常な状況下のため、誰も気が付くことが出来なかった。


K「……友人という程親しくはなかったな」

十神「で、誰なんだ?」

K「…………」


KAZUYAは言うか言うまいか逡巡したが、観念して口を開いた。


K「この男は……お前達の担任だった男だ」


苗木「担任?」

舞園「……どういう意味ですか?」

十神「成程。このような事態に巻き込まれてさえいなければ、本来俺達の
    担任となっていた希望ヶ峰の教師か。保健医である西城は面識があった訳だ」

石丸「せ、先生?!」

朝日奈「私達の先生なの?!」

不二咲「そんなぁ……」

山田「何故、こんなことに……」

舞園「酷い……」

モノクマ「まあそいつが勝手に死んだんだけどね」

K「……勝手に?」

モノクマ「生かしておけば何か面白いことに使えるかもなーくらいの軽い気持ちで
      捕まえておいたんだよ。で、ずーっとここの映像見せてたの」

大和田「それでなんで死んじまうんだよ……」

モノクマ「キミ達のせいだよ!」

不二咲「僕達のせい?」

モノクマ「さっさとコロシアイして誰か卒業してくれればコイツだって解放されたのに
      延々ここで生活してるわ、誰かさんのせいで一時期単なる鬱ビデオと化してたわ」

モノクマ「よっぽどストレス溜まってたんだろうね。少しずつ弱って行って、気が付いたらある日
      死んでたってワケ。死体を捨てないでとっておいたボクの機転を褒めて欲しいよ」

石丸「も、もしかして、僕のせいなのか……?」

舞園「いえ、最初に事件を起こした私のせいかも……」


大和田「お前らのせいっていうなら当然俺にも責任があるぜ……」

苗木「それは違うよ! そもそも監禁したりこんなことを仕出かしたモノクマのせいじゃないか!」

K「そうだ。お前達が気に病むことはない! 気にするな!」

セレス「そもそも、最近はそれほど悪い空気ではありませんでしたが?」

朝日奈「そうだよ! ここ最近は雰囲気も良かったのに……」

モノクマ「もうその頃にはすっかり鬱になっちゃってて。映像を見る余裕もなかったんだね」

不二咲「そ、そんな……」

モノクマ「ま、オマエラが気にする必要なんてないよ。西城先生は
      知ってるだろうけどさ、正直ろくな人間じゃなかったよね、先生?」

K「…………」

モノクマ「死んでも誰かが悲しむような人間じゃない。むしろ死んでも
      オマエラの役に立つことが出来て光栄だと本人も思ってるんじゃない?」

K「そういう言い方はやめろ……」


希望ヶ峰の生徒達から深く慕われていたKAZUYAだが、実を言えば教師達とはほとんど会話を
したことはなかった。78期生とは特によく一緒にいたのだから、本来担任ともそれなりに
接触があって然るべきだが、その機会がなかったのだ。


K(……まるで生徒に興味がなかった。この男に限らなかったが)


授業はちゃんと行っていたが、ホームルームなどは生徒任せだった。
78期生はたまたま生真面目な委員長タイプの石丸がいて、他にも協調性の高い生徒も
多かったからクラスとしてまとまりがあったが、他のクラスはバラバラなのが普通だった。


希望ヶ峰にとってはそれが普通のことなのだ。
教師は研究者も兼ねていることが多く、授業より研究の方が大事なようであった。

生徒達に才能以外の価値はなかったのである。


K(流石に死んで当然とまでは思わないが)

K「…………」

モノクマ「沈黙って残酷だよねー。時にどんな言葉よりも雄弁に
      真実を伝えることが出来ちゃうんだからさ!」

十神「どうやら本当にろくな人間ではなかったようだな」

セレス「良かったですわ。あれだけ優しい西城先生がこんな反応をされるなんてきっと
     相当ろくでもない人だったのでしょう。わたくし達の罪悪感も減るというものです」

大神「死んだ人間のことを悪く言うな……」

朝日奈「そうだよ。一応、私達の先生なんでしょ……? やっぱり悲しいよ……」

山田「こんなの、あんまりですぞ。うぅ……」

葉隠「なにしたか知らねえけどよ、いい気はしねえよな……
    どんな人間だって一つくらいは良いとこあるべ!」

江ノ島「あんたが言うと説得力が違うね」

モノクマ「とにかくさ、いるの? いらないの? キミ達が使わないって言うなら捨てちゃうけどさ」

苗木「え……えっ?!」

桑田「捨てるって、それは流石に……」

石丸「しかし、担任の先生を切り刻むなんて……」





K「――使わせて貰おう」


「えっ?!」

十神「フ、そうこなくてはな」

朝日奈「解剖、しちゃうの?!」

桑田「マジかよっ?!」

大神「正気か?!」

山田「西城先生っ……!」

K「ああ……俺だって抵抗はある。だが、ここで遺体が捨てられたらこの男は本当に
  無駄死にだ。それに、こいつの言っていることが本当なのか解剖して確かめたい」

セレス「モノクマの言ってることが嘘で、本当は殺された可能性もありますものね」

K「抵抗があるのはわかる。だが、医者にとって最も抵抗があるのは身内を切る時だ。
  残酷な話だが、今がそれを学ぶのに最も相応しい」

霧切「そうね。私もそう思うわ。この人の死を生かすも殺すも私達次第でしょうね」

K「勿論無理にとは言わない。鶏の時とは訳が違う。俺が一人で死因を確認し、
  終わったら荼毘に付して植物庭園の隅辺りに埋葬しておく。それでもいい」

K「……むしろそうするべきなのかもしれない」


KAZUYAの顔に浮かんでいたのは悲壮だった。死体の解剖など彼にとってはもはや慣れた行動だが、
仮にも生徒達の担任だった男がこんな死に方をし、何も感じない冷淡な人間ではなかった。


不二咲「で、でも先生は結局解剖するんだよね……」

K「そうだな。もしモノクマが嘘をついていたら、その時は覚悟しろ」

モノクマ「嘘じゃないから好きなだけ調べるといいよ」ウププ


解剖のプロフェッショナルがいる場でわざわざ嘘をつくとは思えない。
恐らくは本当なのだろう。だが、たとえ可能性が低くともKAZUYAには確認の義務があった。

訂正

>KAZUYAの顔に浮かんでいたのは悲壮だった。死体の解剖など彼にとってもはや慣れた行動だが、
>仮にも生徒達の担任だった男がこんな死に方をし、何も感じない冷淡な人間ではなかった。

>――しかも、この死体は未来のKAZUYAの姿なのだ。そこには抑えきれない苦渋と煩悶があった。



十神「フン、面白そうだな。人間が解剖される所などそう見られるものではない。
    しかもドクターKがやる訳だからな。勿論俺は見学するぞ」

朝日奈「あ、あんたねぇ! 今までの事件と違って本当に死んじゃってるんだよ?!
     殺人事件が起こっちゃったんだよ?! しかも、殺されたのは私達の先生で……」

十神「全てはこの男が弱かったからだ」


ピシャリと十神は切り捨てる。


苗木「弱かったって……」

十神「モノクマの言葉通りなら、この男は勝手に絶望して勝手に死んだのだろう?
    ……生きてさえいればチャンスはあったものを」

十神「そんな弱い人間にこの俺が教わることなど何もない。教わらずに済んで良かったというものだ」

不二咲「やめようよ……そういう言い方……」

石丸「世の中には、弱い人間だって大勢いるのだ! 君は強いから、弱者の気持ちがわからない!!」

セレス「確かに十神君の言う通り、この方は弱かったのかもしれません。
     ですが、弱い人間だから死んでもいいとはならないはずですわ」

大神「言い争いはやめよ。十神に対してこの手の議論は不毛だ」

舞園「信じられません……」


その発言は十神に言ったのか、はたまた今の状況に対して言ったのか誰もわからなかった。



霧切「それで、みんなはどうするの? 私は参加するつもりだけど」

石丸「僕は……うぅ……」

苗木「そう、だね……」

苗木(僕の中では元々答えは出てる……多分、他のみんなも……)

「…………」


無言の肯定だった。

生徒達もここまで来るとある種の諦観のような境地に達していたのだろう。


こうして、狂気ともいえる生活が始まった――。





Chapter.4  オール・オール・フォー・ア・ポリシー (非)日常編  ― 完 ―



ここまで。

アニメ3では雪染さん、黄桜さんとかモブの先生とか希望ヶ峰にも
結構良心的な先生がいたのですが、このSSはゼロの設定で行くつもりです


>>556-557
かなり近かったです。オリキャラで実質一般市民Aみたいなものなので

>>563
予想とか全然構いませんよ!むしろ感想とか
まったくつかないと読者がいるのか心配になるタイプ


今日はお休みです。明日来れたら来ます

>>578
遅レス&超長文レスだけど
K先生やIFでの残姉・江ノ島が言ってたように
記憶がある状態だとクラスメイト全員が絶対に殺し合わない程絆が深かったんだよ
だからこそ殺人未遂&クラスメイトへの行いは
罪悪感&自己嫌悪で自殺しかねない程絶望してるんだよな
この事をモノクマが認識しているとしたら
廃人石丸以上の鬱展開があるのかもしれない
挙句に内通者バレの展開で大神と葉隠と十神もやばそうだし
そろそろ駒園さんの効果も切れそうだしで
非日常の入り方も特殊で
前回以上に山場かもしれない






Chapter.4  オール・オール・フォー・ア・ポリシー  非日常編





「……始めよう」


KAZUYAが遺体に礼をして合掌すると、生徒達も無言で倣う。


「…………」


実際の教育現場では、一つの献体を一月近く時間をかけて丁寧に解剖し講義していく。
だがKAZUYAに残された時間はなかった。結果的に朝から晩まで解剖浸けの日々を送ることとなる。


「うえぇ……」

「全員マスクは持ってきたな? 付けた方がいい」

「はい……」


人体解剖において最も厳しいのは、実は視覚ではなく嗅覚だ。人間を解剖する前に
魚や鶏、ネズミ等を散々解剖してきているから、医学生達も今更血や内臓では怯まない。

だが、劇薬であるホルマリンから放たれる刺激臭は別だ。


(遺体を常温で保存するには、細菌等で腐敗しないよう強力な殺菌作用を持つホルマリンなどの
 保存液を動脈から投与し、全身に行き渡らせる。そのため遺体からは強烈な激臭がするのだ)

(俺にとっては懐かしさすら感じる臭いであるが……生徒達には厳しかろう)


この臭いは慣れるまで人間の目や鼻腔を酷く刺激して、ダイレクトに体調を悪くさせる。
そのため最初のうちはマスクをしたり、目を保護する眼鏡等を装着する生徒も少なくない。
服も悪臭がこびりついてしまうため、汚れてもいいジャージを着用させた。


「酷い臭いですね……」

「大丈夫、舞園さん?」

「私は平気です。苗木君、講義に集中しないと」

「うん……」


生徒達はKAZUYAの指示に従い、マスクや眼鏡を事前に倉庫から持ってきていた。
だが、掃除用の透明な大型眼鏡は人数分なかったため、苗木や石丸、それに元々眼鏡を
つけている生徒を優先し、足りない分は代わりに水中眼鏡を着用していた。

事前にしっかり装備していたためホルマリンの臭い自体は耐えられたが……問題はこの先だ。


「俺は基本的に口しか出さない。間違っていたらその都度教えるから、自分で開腹してみろ」

「……はい」


学問として純粋な感動もあった鶏の時と違い、生徒達はほとんど無駄口を叩かず淡々と作業した。


「…………」カチャカチャ

「…………」グチャ


中には、辛くて涙を浮かべる生徒もいた。


「先生……」

「うぅ……」

「朝日奈、それに不二咲よ。大丈夫か?」

「だ、大丈夫……ありがとう、さくらちゃん……」

「ごめんねぇ。僕は平気だから……」


気持ち悪くなって吐いた生徒もいた。


「あ、あ、なんだか吐き気が……うぷ」

「おいおい、やべーって! 吐きそうな感じ?!」

「おい、腐川。吐くならこのバケツに吐け! 背中さすってやるから!」


一人、また一人と気分を悪くして退室して行った。


「すみません、皆さん。僕はそろそろ……」

「申し訳ありませんがわたくしも戻らせて貰いますわね……」


元々山田とセレスは体調も良くないため参加しなくて良いとKAZUYAは言っていたのだが、
本人達がせめて最初くらいは参加すると主張し途中で抜けることになっていた。

その後、少しして朝日奈と不二咲、付き添いで大神も退室する。


「お、俺も、なんか気分悪くなってきたしいい加減帰りたいべ……」

「アタシもー」


疲れた顔をした葉隠と平然としている江ノ島も去っていった。


「そもそも医者志望組以外は無理にいなくても構わん。遠慮しないで戻っていいぞ」

「……じゃ、俺も遠慮しねえで帰らせてもらうわ。大丈夫か、腐川?」

「だ、大丈夫って言いたいところだけど……」


早々にギブアップし、入り口のすぐ外でへたり込んでいた腐川に大和田が手を貸す。
腐川は余程ダメージが大きいのか、珍しく素直に肩を借りて去っていった。


「全く情けない愚民共め。この程度で音を上げるからいつまで経っても上に上がれないのだ」

「みんなは医者志望でもないのに参加してくれたのだぞ! 僕はその努力を認める!」

「舞園さん、あなたは大丈夫なの? 何だか顔色が悪いように見えるけど」

「大丈夫です。私はまだ参加します」

「あなたがそう言うならもう何も言わないけど、気分が悪くなる前に抜けることを勧めるわ」

「舞園さん、あまり無理をしない方が……」


霧切と苗木が心配そうに舞園を見ている中、


「おら、行くぞ」

「えっ」


渋る彼女の手を掴んで引っ張ったのは桑田だった。


「で、でもっ……」

「そんな真っ青な顔で大丈夫なワケねーだろ。どーせ明日も明後日もやるんだしさ」

「舞園君! 心がけは立派だが、体調管理も勉強には必要だぞ!」

「……わかりました。では、また後で」


どこか安心した顔で、舞園は桑田と共に教室を出る。


「昔に比べると桑田君は随分周りを見るようになったわね」

「フン。昔が酷すぎただけじゃないのか?」

「みんな成長してるんだよ」

「ウム! 苗木君の言う通りだ!」

(ああ、そうだな。俺がいなくなってもお前達ならきっと大丈夫だ)

「……もう退出する者はいないな? 時間が勿体無い。続けよう」


最終的に残ったのはKAZUYA、苗木、石丸、十神、霧切の五人のみであった。


               ◇     ◇     ◇


――数日が経過した。

人間の死体、それも自分達と縁のある担任教師の死体。
それを突然解剖することになった生徒達の精神的負担はとてつもないものであった。

髪や、皮膚にこびりついたホルマリンの臭いが洗っても洗ってもなかなか落ちない。
それはちょっとした恐怖だった。このまま死の香りが体にこびりついて取れない錯覚に
陥るのだ。彼等はゴム手袋をしていたが、それでも何度も手や顔を洗った。

……ただ人間の適応力というものはなかなか馬鹿に出来ないもので、始めの数日は
吐いたり食欲不振に陥っていた生徒達も、今では普通に食事をしているのだから恐ろしい。
最初は早々に離脱していた腐川でさえ、今は最後まで遠目に参加している。

ちなみに、担任の教師が死んだと聞かされた時のジェノサイダーの反応は実に淡泊だった。


『あ? あいつ死んだの? ふーん。ま、数える程しか会ってないしどうでもいいけど!』


ジェノサイダーは腐川と感情を共有している。
腐川が薄情だからという訳ではなく、そのくらい生徒と関わりが薄かったのだろう。


『うっうっ……何でぇ……何でこんなことに……』


一方腐川は、死体の正体が担任教師だと説明された時さめざめと泣いていた。
縋りつく彼女を慰めながら、もう少し教育熱心で生徒を大事にしていた教師ならば、彼等の
失った記憶を取り戻すキッカケになれたのだろうか……とKAZUYAは溜め息をついたものだ。



― コロシアイ学園生活五十四日目 保健室 PM1:04 ―



「山田、体の調子はどうだ?」

「へ?! だ、大丈夫ですよ! 僕は元気です!」

「最近あまり食べてないように見えるが」

「ダイエット中だからですって! どうです? だいぶ痩せたでしょう?」


確かに目を覚ましてからの山田は見る見る痩せていた。それがダイエットの成果というなら
劇的成功と言えるのだが、端から見ると大きな風船が急激に萎んでいるようにしか見えないのだ。


「確かによく頑張っている。しかし、その気持ちは立派だがお前が今最も優先しなければならないのは
 回復とリハビリだ。そしてそのためにはストレスを溜めないことが重要だ。わかるな?」

「…………」

「何か悩みでもあるんじゃないか? 俺で良ければ相談に乗るが」

「あ、い、いえ! ……別に、悩みとかそんなんじゃないんです。
 強いて言うなら、そうですね。やっぱりあれが……」


「そうか……いや、よくよく考えれば当然のことだな」


担任の死体は普段は生物室の遺体安置ロッカーの中に保管してあるため、解剖実習も
五階の教室で行われている。山田たっての希望でKAZUYAや大神が背負って何度か参加させたが、
肉体的にも精神的にも山田の負担が大きいとKAZUYAは判断した。


「みんなが参加しているからと無理に苦手な解剖に参加しなくていい。
 ……見ていて気持ちの良いものではないだろう」

「はい……」

「ただ、短期間でこんなに痩せたのは本当に偉いぞ。皮がたるんでしまっているだろう?」

「あ、は、はい。もうズボンを脱ぐとビロンビロンで、お風呂の時とか邪魔なんですよねぇ」


ビローン。

山田がズボンを下ろしてシャツをたくしあげると、余った皮が垂れているのが見えた。


「これは酷いな」

「トレーニングしたら治るでしょうか?」

「ウーム。お前はまだ若いし皮膚というのはある程度の伸び縮みはする。
 多少は効果があるだろう。ただ、何せ急激に痩せて相当弛んでいるからな」

「一年くらい真面目にトレーニングして、それでも治らないならいっそ手術で切除するのも手だ」

「お、では先生が手術してくれるのですな?」

「!」



一年後、KAZUYAはいない。


「ああ。俺に任せろ」

「それなら心強いですな」

「だが運動はしろよ。激しい運動はかえって皮膚が伸びるから逆効果だ。ゆったりした有酸素運動でいい」

「了解です」


山田は一見笑っているが、心から笑ってはいない。それはKAZUYAにもわかった。
しかし、何が山田の心をこうまで乱しているのかまではわからない。


(一体何を悩んでいるんだ、山田……一人で抱え込んでもどうにもならんぞ。
 誰でもいいから誰かに打ち明けられるといいんだが……)


もし、この時点で二人が失われた記憶を持つ者同士であるとわかっていれば……

生徒達は全員団結し、KAZUYAの処刑も避けられただろう。

しかし、運命の神の悪戯かはたまた死神の嫌がらせか……
彼等は答えまであと少しの場所にいながら、またも致命的なすれ違いをしてしまうのであった――


ここまで。

先週は一週間体調を崩してしまい遅れました。申し訳ない


>>582
そんなに心配しなくても最悪リロードあるから平気YO!


               ◇     ◇     ◇


今日もKAZUYAは授業で使う資料をまとめている。
生徒達はまだ死体に慣れてはいないが、いつまでも触れないのは困るので
実習の準備はほぼ彼等に任せていた。資料を手に取り、KAZUYAは保健室から出る。

KAZUYAが一人になると、大概モノクマが近寄ってきて彼を煽った。


「今日も解剖? 飽きずによくやるよねぇ」

「…………」

「だってさぁ、仮に何年もここにいて授業してそれでどうなるの?」

「たった一回献体を解剖した所で本気で医者に出来ると思ってるの?
 無理でしょ? ぶひゃひゃひゃひゃっ!」

「…………」


そんなこと百も承知だ。国家試験を合格して医師免許を手に入れてもそれは
あくまでスタート地点なのである。実際に研修医として病院で働き、何年も何年も
修業を重ねやっと一人前の医師として独り立ち出来るのだ。

ここでは時間も経験も何もかもが足りない。いくらKAZUYAが超国家級の医師と
呼ばれるスーパードクターであっても、患者を用意は出来ない。


(俺がやっていることは無駄なのか……?)

(……いや、そんなことはない! 奴の言葉に耳を貸すな!)


眉間にシワを寄せ、早足で引き離す。


               ◇     ◇     ◇


「なんだか最近、顔色が悪いですわね」

「ム、そうか?」

「見ればわかります」


リハビリに付き合って欲しいと言われ、KAZUYAはセレスと体育館にいた。

彼女の傷は一箇所の腹部刺創だけであったが、舞園より華奢なのとオシオキで一度傷が
開いたこともあって、若干回復が遅れていた。しかし、杖があれば普通に歩き回れる程度には
回復していたし、歩行や簡単なストレッチをするだけならわざわざKAZUYAを呼ぶ必要はない。

何か用があるのだろうとすぐに察し、黙ってついてきた。


「ここ最近忙しかったからな。疲れが出ているんだろう」

「そうですか。……最近前より笑っていることが多いですわね?」

「あんなことをやらせているというのに、みんな弱音を吐かずに頑張っているからな。
 山田も順調に回復してきているし、ここで俺が頑張らなくてどうするんだ」

「西城先生は不器用な人です。そんなに愛想の良い方ではなかったでしょう?」

「なんだ。俺が笑っているのが不満か?」

「いいえ。ただ……」


セレスはKAZUYAを見上げた。その瞳は微かに憂いを帯び、沈んでいる。


「わたくしには先生が無理をしているように見えます」


「……無理だと?」

「保健室に入院してから、西城先生のことは四六時中見ておりましたから。違いくらいわかります」


KAZUYAのことを見ていたのはその前からで、彼を見ていたのはただ
ぼんやりと観察していたからではなかったが、今そのことは問題ではない。


「まさか君に心配される日が来るとはな」

「あら? わたくしはいつだって先生を心配しておりますわよ?」

「そういう意味じゃないさ」

「…………」

「…………」


皮肉ではなく純粋に予想外だったのだ。
あのセレスが本心から自分を心配しているという状況に。

確かに命を救いはしたし、彼女の犯行をこの環境のせいにして
庇ってやったりもした。だが、あの訳のわからない動機を平然と口にする
図太い神経のセレスだ。以前だったら、違う理由で心配していただろう。

監督者のKAZUYAに何かあったせいで、自分まで共倒れになりたくないと。


「西城先生」

「何だ?」

「ここにいる全員にとって西城先生はなくてはならない方ですのよ。
 一人で何でも解決しようとは思わないで欲しいのです」

「わかっているさ」

「わかってなどいません!」

「!」


セレスはギュッと手を握り、俯きがちに囁いた。


「西城先生だけが犠牲になるくらいなら、みんな命を懸けて戦う覚悟があります。
 ――その“みんな”に、今はわたくしも含まれていますわ」


流石に付き合いが長くなってきてKAZUYAも少しずつわかってきたのだが、
セレスは嘘をつく時、相手の目を正面から真っ直ぐ見ることが多い。
自信満々な表情で事実と嘘を巧みに織り交ぜるからこそ、対象は迷い騙されてしまう。

勿論、弱気な演技をすることもあるが今のセレスの発言は彼女にとっても危険なものだ。
エゴイストであり保身的な彼女が積極的にKAZUYAを煽る理由はない。


「……本気か?」


過去の彼女とあまりにも違う殊勝な態度に、KAZUYAは思わずそう返した。


「わたくしは本気です。今まで散々嘘をつき周囲の人間を利用して
 生きて来ましたが、ことここで命の恩人を騙すほど厚顔無知ではありません」

「…………」


セレスはいつだって余裕を見せようとしていた。その過剰に作られた虚偽の余裕こそが
同時に彼女の幼さでもあったのだが、今のセレスにそんな無駄な装飾はない。
等身大の少女であり、覚悟を決めた一人の女でもあった。

KAZUYAはこの目を知っている。彼の周りの女達はいつだってこんな目をしていた。


「君はいつから心配性になったんだ。何を恐れているのか知らないが、今は特に何もない。
 モノクマが大人し過ぎて不安に思う気持ちはわかるがな。……それにだ」


KAZUYAはギラリと一瞬目を光らせ、厳しい口調で切り捨てる。


「仮に、もし仮に俺が何か困っていたとしても」

「俺はお前達には言わない。大人と子供では責任が違うのだ。対等には並べん!」

「…………」


セレスは無言で顔を伏せた。KAZUYAとて、心配している相手にこのような
突き放す言葉は言いたくない。だが、自分はどうせもうすぐ死ぬのだ。

中途半端に甘い言葉をかけるなら突き放した方が相手のためになるだろうと思っていた。

――だが、気付いていないだけでそれは彼の『エゴ』でもあったのである。


「西城先生は、普段は勘がいいのにある部分は本当に疎いですわね」

「何?」

「あなたは相手のためと思っていても、それが相手の幸せとは
 限らないということですわ。少なくともわたくしにとってはそうです」

「西城先生は、そうやって今までに何人も友人や女性を拒絶して傷つけてきたのでは?」

「……!!」


自分の半分程しか生きていない少女に思わぬ痛い所を
突かれ、男は思わず息を呑んで反射的に目を逸らしてしまう。

けれど、その行為は暗に彼女の言葉を肯定したのと同じことだ。


「安ひ……」

「……失礼しますわね」


彼が何かを言う前にセレスは去ってしまった。その背中を見ながら、KAZUYAは呟く。


「俺は……本当は臆病者なんだよ……」


母のように、父のように、大切な人が目の前でいなくなってしまうのが耐えられない。
結果的に、自分を犠牲にしてでも無難で安全な道を選ぼうとしてしまう。

かつて七瀬恵美を拒絶したあの時のように――


ただ、あの時と違ってKAZUYAには時間がなかった。

……時間がなかったのだ。





            ― ドクターK処刑まで あと“十ニ日” ―



ここまで。

セレスの台詞は難しい
次回四章最後の自由行動の予定

KAZUYAの処刑は確定なのか?
それとも次の自由行動次第で未来を変えられるのか?
やっぱ事件後に山田に会わなかったのが駄目だったのかな

>>601
処刑関連についてはネタバレになるので伏せますが
展開については基本的に過去の積み重ねですね
一回しくじったらそこでアウトってトラップはないです


話も進んでないしさっさと自由行動の安価取って書き溜めしよう

今回の自由行動は特殊で、既に仲間化している生徒のみ選択可です。
強化パートだと思ってもらえれば

参考に過去の強化数(仲間になった順)
苗木2・桑田2・舞園1・石丸0・不二咲1・大和田1・朝日奈0・霧切0・腐川2

なかなか部屋に入れてもらえない霧切さんはともかくとして、
ずっとスルーされている石丸朝日奈ェ…


とりあえず一人目
↓2


では二人目

↓2


3人目


↓2


まあ順当ですね。これで全員一度は強化してるから、
あとは純粋に誰に遺言残したいかとか自分の好きなキャラを
選んでいいと思いますよ

↓2


ウン?!まさかの霧切さん二連発…だと…どないしょ?

1霧切さんで倍プッシュ
2別のキャラを再安価

三票先取で


再安価ですね。まあ倍プッシュなら勿体無いので
それはそれで何らかの特典つけてましたが

↓2おやすみ


石丸、朝日奈、霧切、舞園の四人で。多分順番変わります

かわいい女の子ばっかりでハーレムですな!という冗談はおいといて
舞園さんは心配されてるみたいだけど、苗木桑田がガッチリ
フォローしてるからこの二人がいる間は大丈夫だと思うんだよね。多分

ではまた。

そういやかなり今更だけど
リロードってどのくらいの事が出来て
どのくらいのデメリットがあるんだろうか

後ドクターK死亡ルートだと
グッドエンドは存在するんだろうか…


― 自由行動 ―


廊下を歩いていたKAZUYAは、ふと教室に人の気配を感じて中を覗く。


「朝日奈か」

「あ、KAZUYA先生……」


朝日奈は教室の席の一つに、頬杖をついてぼんやりと座っていた。
最近は解剖実習があまりに忙しいため、あまり自由時間が取れていない。

過去の失敗から、KAZUYAは生徒達とコミュニケーションが取れないことを気にしていた。
特に朝日奈は早い時間に解剖実習を抜けてしまうため、気になっていたのだ。


(担任教師の解剖に最も拒否感を持っていたのは恐らく朝日奈だろう。
 みんなが参加するという状況だから一応参加するが、早めに抜けることが多い)

(他の生徒達が積極的にフォローしてくれているお陰で最近は大分明るくなってきたが、
 だからといって俺が何もしなくていい訳ではない。ここはしっかり話しておこう)


朝日奈の前の席の椅子を引き、向き合うようにKAZUYAも座る。


「少し疲れているようだな?」

「ううん。そんなことないよ。ドーナツ食べてたくさん泳げばすぐ元気になるから」

「久しぶりに二人でちょっと話さないか?」

「いいの? 忙しそうなのに」


申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちを交互に見せながらおずおずと朝日奈は彼の様子を窺う。


「今は自習してもらっている。それに、俺だってたまには息抜きが必要だからな」

「そっか。じゃあ、今日はトコトン私のおしゃべりに付き合ってもらうね!」

(良かった。少しは元気になってくれたか)


ホッと息をついたのも束の間、朝日奈はガシッとKAZUYAの手を掴んだ。


「じゃあ、今すぐ私の部屋に来て!」

「え? ここでいいだろう」

「だってここだと他の人が来ちゃうかもしれないし、たまには独占したいし……ほら!」

「あっ、おい!」

(舞園や腐川の部屋にも入ってるから今更かもしれんが……いいのか?)


朝日奈に腕を引っ張られ、KAZUYAはまたも女生徒の部屋に入ってしまうのだった。


               ◇     ◇     ◇


「ジャーン! ドーナツたくさん持ってきたよ!」

「…………」


KAZUYAを自室に招待した朝日奈が食堂から飲み物と茶菓子を運んでくれたのだが、
その量に思わずKAZUYAは閉口する。何せ皿の上にはドーナツが山盛りになっているのだ。


「凄い量だな……」

「えー、このくらい全然普通だよ?」


「……まあ、最近は食欲自体なかったようだからな。何であれ
 しっかり食べているなら文句は言わんが……それにしても、全部手作りか?」

「うん……私がね、一時期ご飯食べてなかったでしょ? それでさくらちゃんがドーナツなら
 入るだろうって、一緒に作ってくれたんだ。不二咲ちゃんも時々手伝ってくれたし」

(最初に解剖を抜けていた組だな。不二咲は慣れてきたのか残ることが多くなってきたが)


意識したせいか、何となく髪や肌に残ったホルマリンの臭いが気になった。


(甘いのも油っこいのも得意ではないが、折角持ってきてくれたんだ。少しは食べよう)


比較的甘くなさそうな抹茶味のドーナツを渋めの緑茶で流し込みながら、KAZUYAは本題に入った。


「それで、最近のことについてだが」

「私が元気か気になってきてくれたんだよね? うん。大丈夫。平気だよ?」

「本当か?」

「うん。……正直に言うとね、やっぱり最初は辛い時もあったよ。初めて解剖した日は
 吐いちゃったし、今まで黙ってたけど夜眠れなくて泣いたりもしたり……」

「気にかけられなくてすまなかった」

「そんなことないよ! もう、大丈夫なの。……今はみんながいるから」

「……そうか」


朝日奈は基本的に明るく友達思いの少女だが、たった一度だけ暴走したことがある。
それは自分の気遣いが足りなかったからこそ起こった事態であった。


あの時は本当に酷いことをしてしまったと今も思い出す度に胸が痛くなる。


「今はね、余裕があるからむしろ大変なのは先生達だなって思ってるよ」

「俺達か?」

「うん」


少しモジモジしながら朝日奈は話した。


「ほら、私って超がつくほど元気っていうかバカは風邪ひかないなんて
 言われちゃったりするけど、あんまり病院て縁がないんだよね。健康診断くらい?」

「そんなワケだからお医者さんとか看護婦さんとか、遠い存在っていうか……
 ここでKAZUYA先生に会ってからビックリしてばかりなんだ」

「フム」

「舞園ちゃんはさ、外に出たら罪を償って……その後は看護婦さんになるんだって。
 もう将来のことをしっかり考えてるんだよ。スゴいよね」

「ほら、スポーツ選手って現役が短いじゃない? 私もオリンピックで金メダルを取るって
 夢はあるけど、その後どうするかまではぼんやりとしか考えてなくて……」

「何となくコーチになればいいかなーって思ってたけど、優秀な選手が優秀な
 コーチになるとは限らないんだよね。案外、現役時代はパッとしなかった人の方が
 教え方が上手いってこともスポーツでは結構あったりするし」

(確かに。天才型のアスリートは頭で考えるより持って生まれたセンスで動くからな。
 実力が高いからといって必ず指導力に結び付くという訳ではない。超高校級ともなれば
 きっと本能のままに動いているだろうし、尚更だな)


朝日奈が擬音多用で指導している姿が容易に目に浮かぶ。


「しかも水泳って団体競技とかと違って戦略とかあんまりいらないし、結局最後は
 自分との戦いなんだよね。そう思うとますます私が教える意味ってあるのかなって……」

「フム……確かに経験者としての発言は後輩にとって有用だろうが、教えることは少ないかもしれんな」

「やっぱり?! だよね……」

「だが、そう焦って将来のことを決めなくとも良かろう。やりたいことをすれば良い」

「あの、そのやりたいことなんだけど……」

「?」


朝日奈は顔を赤くして視線をあちらこちらへ落ち着きなく動かしている。


「笑わないで聞いてね。……ううん。KAZUYA先生ならきっと笑わないで聞いてくれるよね」

「考えていることがあるのか?」

「うん。私ね……私も、その……看護婦さん、を目指してみよっかなって」

「! ほう」

「そんなに頭も良くないし器用でもないけど、看護婦さんは体力勝負だって聞いたし。
 それに、あんなに不器用だった石丸がお医者さんを目指してるのに言い訳したくないなって。
 あのブブカも『僕が持っているものはすべて努力によって手に入れた』って言ってるし」

「たくさん怪我人が出てるのに、みんなみたいにテキパキ手伝えない自分がイヤで……
 今も解剖実習には全部参加出来てないけど、でも少しずつ克服していきたいの」

「私も、看護婦さんになりたい。それで、先生やみんなと一緒に困ってる人を
 助けたい! ……なんて。人に影響されるなんて単純って思われるかもしれないけど」


朝日奈はそう言ってはにかんだ。KAZUYAも思わず破顔する。


「単純だなんてとんでもない! 俺にはな、医者として人から言われると凄く嬉しい言葉が
 二つあるんだ。一つは、ありがとう。医者にとって患者に言われる感謝の言葉ほど嬉しいものはない」

「もう一つは?」

「あなたに憧れて医者になりたいと思った、だな。俺は自分が大した人間だとは思っていない。
 だから、俺の行動で誰かが医学の道を志してくれたと思うととても嬉しいんだ」

「そうなんだ。アハハ、もうこの学校だけで四人も影響受けてるよ?
 これもひとえにKAZUYA先生の人徳のおかげだね!」

「是非君の夢を応援させて欲しい。何でも教えてやるぞ。……そうだ。少し待っていてくれ」


KAZUYAは保健室に行き、使い古された看護学の本を持ってくる。


「俺のではないが、これをあげよう」

「えっ、いいの?! 結構使い込んであるし勝手にもらったりしたら困るんじゃないかな?」

「いや、本の持ち主はこの本に書いてある内容なんてとっくのとうに暗記している。
 それに、真に必要としている人がいるならきっと喜んで譲ってくれるだろう」

(……初心を忘れたくないからと、『彼女』は常にこの本を大切に持っていた。それが何故
 ここの保健室にあるのかはわからない。そして彼女は現在どうなっているのか……)

(わからないことだらけではある……が、本は誰かに読まれてこそだ。彼女もきっと怒るまい)

「そっか。じゃあ、ありがたくもらっちゃおうかな! ……あ!」

「どうかしたか?」


「もらいっぱなしじゃなんか悪いし。私もKAZUYA先生になにかあげるね!」

「別にいいさ。この美味いドーナツで十分だよ」

「むー! それじゃ私の気が済まないの!」


悩んだ末、朝日奈が引き出しから取り出したのは箱だった。


「これ、先生にあげるね!」

「これは……!」


朝日奈が差し出したのはさほど大きくはないが、きらきらと金色に輝くメダルだ。


「これはね、私が始めて全国大会で優勝した時のメダルなんだ」

「そんな大事な物は貰えないよ。思い出の品だろう?」

「そうだけど、思い出はこれからもどんどん増えていくから。先生には何度も助けてもらったし」

「だが……」

「それに、もう一つ理由があってね……KAZUYA先生って、世界中を飛び回ってるでしょ?
 ここから出ちゃったら、きっとあんまり会えなくなっちゃうよね?」

「…………」

「だから、持ってて欲しいんだ。これを見て、時々でいいから私のこと思い出してほしいの」

「……わかった。そこまで言うなら受け取ろう。大事にするよ」


思い出アイテム【朝日奈のメダル】を手に入れた。体力が上がった。


ここまで。

途中何故かsageになってた。規制ワード入ってなくて良かった…
そしてしばらくアイテムイベントやってないなと思ったので
あわせてやってしまいました。そこそこ強いスキル取ってるから
あとは○○○とか×××があれば更に……


>>624
デメリットはないです。自分の中ではノベルゲーみたいな感じなんで
かまいたちの夜とか周回前提ですよね?


世間はお盆休みだけど1にお盆休みなどない

……すみません、遅れました。ここ最近眠くてたまらなくて


               ◇     ◇     ◇


「さいじょーせーんせい!」

「うわっ」


朝日奈と別れたKAZUYAが保健室に戻ろうと寄宿舎を出た時、誰かに後ろから飛びつかれた。


「舞園か……。どうした?」

「部屋で自習をしていたんですけどわからないことがあって、先生に聞きに行こうと思ったんです」

「なんだ。そんなことか」

「少し教えてもらっていいですか?」

「構わないぞ」


舞園の部屋に行き、しばらく勉強を見てやる。


「ありがとうございました。先生は教え方が上手です!」

「そう言ってくれると教え甲斐もある」


談笑しながらKAZUYAはふと、舞園はいつから看護婦を目指し始めたのかと思う。


「なあ、舞園。聞きたいことがあるんだが」

「何ですか?」

「君は苗木達と一緒に保健室で勉強していて、その流れで自分も看護婦になると言い出したな?」

「はい。そうですね」

「……本当にそれでいいのか?」


KAZUYAの問いに舞園は怪訝な顔を見せた。


「どういうことですか?」

「いや、成り行きと言うと少し言い方が悪いが、
 無理に俺達に合わせてないか? 君が本当にやりたいのは……」

「いいんです」

「…………」


舞園はKAZUYAの言葉を遮って続きを言わせなかった。


「もう、いいんです」


男の目を見つめながらはっきり、そして厳然と言い切る。


「私、悪いことをしたんです。罪は償わなければなりません」

「それはわかる。だが君は未成年だしこんな状況だ。何より桑田が
 もう許している訳だし、そこまで思い詰めることはないんじゃないか?」

「桑田君が許してくれても、私が許せないんですよ……」

「舞園……」


舞園さやかは真面目な人間だ。けして容姿や才能だけでのし上がった訳ではなく、
真面目でストイックな性格があったからこそ頂点に上り詰めたのだ。


「私達アイドルは、みんなに夢を与える存在なんです。夢っていうのはいつも楽しくて
 キラキラしていないといけないんです。恋愛とか遊びとか、我慢しなくちゃいけないものは
 たくさんあるし辛いこともありますけど、絶対にそれを表に出しちゃいけないんです」

「自分で決めたことなのに、破ってしまいました。
 ……私にはもう、ステージに上がる資格なんてないんですよ」

「それは君が決めることじゃなくて君のファンが決めることじゃないのか?
 君のことを待ってる人はたくさんいるだろう?」

「そうかもしれません。でも、私……歌えないんです……」

「歌えない?」

「はい。“歌”って誤魔化せないんです。どんなに隠そうとしても、自分の気持ちが
 必ずどこかに出てしまって……もう、前みたいに楽しく歌えないんです……」

「今の私の歌は少しも心がこもってないし中途半端です。そんな中途半端な
 歌をファンの皆さんに届けたら、その方がよほど失礼ですよ……」

「そうか……」

「でもっ!」

「!」


消沈していた舞園が思わず意気込んだ。


「私気付いたんです。今の私でも心の底から歌える時があるって」

「心の底から歌える時?」

「みんなが教えてくれたんです。あれは石丸君の退院パーティーの時でした」


今でも昨日のことのように思い出せる。気まずかった桑田と舞園が息の合った演奏を行い、
まるで本当のライブのようだった。あの時の舞園は――輝いていた。


死が目前に迫っているからだろうか。
それとも、今の舞園の瞳にあの時の輝きを見たからだろうか。

さほど昔のことでもないはずなのに、KAZUYAは懐かしさに目を細めた。


「桑田君が一緒に演(や)ろうって声をかけてくれて、苗木君が私の歌をもう一度聞きたいって
 後押ししてくれて……みんなで、私達の衣装を用意したりステージを飾り付けてくれましたよね?」

「本物のステージに比べたらずっと小さくて突貫工事だったけど、
 あの時は、今までのどんな舞台よりも緊張しました」

「…………」


本番前、珍しく舞園が弱音を吐いた時のことをKAZUYAは思い出す。


『先生……私、歌えるかな……』

『大丈夫さ。君は超高校級のアイドルだろう? 何度も練習してきたじゃないか』

『えっと、そういう意味じゃなくて……』

『?』


「……私が歌わないと駄目なんだ。私の歌が必要なんだ」

「そう思ったら、心をこめて歌えたんです」

「…………」

(そういえば、あの時は妙に不安がっていた。単に緊張していただけだと思っていたが……)

(そういうことだったのか……)


KAZUYAは舞園の秘めた葛藤を知り、得心した。


「綺麗な衣装を着てキラキラしたステージで歌うだけがアイドルじゃないんだって思いました。
 ただ夢を与えるだけじゃなくて、人を助ける歌もあるんだって知ったんですよ」

「だから私、歌って踊れるナースさんになるのが今の夢なんです!
 病院から出られない人や、元気をなくしている人のために歌いたいんです!」

(では、もしやこれは……)


KAZUYAは舞園の机の上に山積みになっているカセットテープを見る。
演歌や歌謡曲など、舞園の世代にはあまり縁のない曲ばかりがあり不思議に思っていた。


「はい。音楽室にたくさんあったから借りてきたんです。
 お年寄りの方も楽しんで貰えるように演歌も歌えるようになろうって」

「私、アイドルをやめる訳じゃないです。これからは全国の
 病院や施設を巡ってみんなを励ますナースアイドルになるんです!」

「そうか……ああ、それがいいかもな」

(折り合いを付けないと前に進めない人間もいる。舞園にとっては、これがケジメなんだろう)


KAZUYAは頷いた。舞園自身が納得出来て、歌が続けられる。
そのためには、これが一番いい道なのだろうから。


「よくわかった。応援するよ」

「西城先生ならそう言ってくれるって思ってました。私、頑張ります!」


そう言って笑った舞園は、心の底から笑っているように見えた。


(……何だろう。舞園はいつも笑顔のはずなのに、なんだか久しぶりに笑った所を
 見た気がするな。やはり見えない所で気を遣っているのかもしれん)

(俺がいなくなった後が少し心配だ。苗木や桑田に頼んでおくか……)


ここまで。夏バテで体調崩し気味で遅れてます。ゴメンネ



オマケ

舞園「演歌を歌うためにこぶしの練習もしてるんです。是非聞いてください!」

K「あ、ああ……」

K(熱意は素晴らしいが、果たして舞園の可愛らしい声に演歌は合うのだろうか)

舞園「あと、デュエットの練習もしたいので先生が男性のパートを歌ってくださいね?」

K「?!」

なんとなくだけど弄る程突き抜けてない、絶妙に下手なイメージがある


               ◇     ◇     ◇


「ドクターは人気者ね」

「ム、今度は霧切か」


舞園の部屋を出た所で今度は霧切と鉢合わせた。


「……もしかしてずっと見ていたのか?」

「たまたまよ。少しお話しようかと思って何度か訪れたのだけど、その度に先を越されてしまって」

「それは悪かったな。それで、俺に何か用があるんだろう? 何かあったのか?」

「あら? 用事がないと来てはいけないの?」

「? 君は用もなく来るタイプではないだろう?」

「…………」


霧切は髪を押さえてプイと横を向く。


「霧切?」

「……何でもないわ。ドクターはそういう人だから」

「何がだ? 意味がわからんが」

「なん・でも・ない」

(追及しても無駄なようだな……)


少し拗ねたような表情の霧切にKAZUYAは降参して両手を上げる。


「それで、俺を探していたんじゃなかったか?」

「ええ。今までの報告をしたくて」

「脱衣所で話すか?」


監視カメラに拾われないように声を落とすが、霧切は首を振った。


「いつも同じ場所で話すのは良くないと思います。特に私とドクターは警戒されているでしょうし」

「では、植物庭園か?」

「いいえ。私の部屋じゃいけないかしら?」

「君が構わんのなら俺は構わないが」

「構わないわ」


本日三度目にしてもういい加減慣れたのか、KAZUYAはすんなり霧切の部屋に入った。


「わからない問題があるの」


勉強を見て貰う振りをして、霧切はメモを差し出す。


「ああ、これはな……」


KAZUYAは問題を教える振りをしながら、メモを読んで行く。


(……よく観察しているな)


十神の態度が少し軟化してきており、今なら説得は可能かもしれないとのこと。
最近やけに偽江ノ島がモノクマと話していること。
元々寡黙な大神が、沈黙している時間が更に増えたこと。
山田の様子が少しおかしいことなどが書かれていた。

更に、アルターエゴの性能が上がっており隠し部屋からクラッキングが可能なのではないか。
情報処理室の鍵は特殊なタイプなので無理だが、学園長室なら時間を稼いでくれたら
ピッキング可能とまで書かれていた。


(必要なものがかなり集まってきている。これなら――)


クーデターだって起こせるのではないか?


「…………」


霧切はジッとKAZUYAの表情を観察している。そこには有無を言わせぬものがあった。


「…………」


KAZUYAは腕を組んで思案する。勉強を教える演技を続けながらも考え続ける。

そして……


『時期尚早。焦るな』

「!」


KAZUYAの走り書きに霧切は驚愕し目を見開いた。


「ちょっと……!」

「あっ、おい!」


霧切がKAZUYAの腕を掴んでシャワールームに連れ込む。


「落ち着け! まず俺の話を……!」

「何故動かないんです!」

「動けないからだ」

「何故!」


KAZUYAが黙秘を決め込む前に、頭の回転が速い彼女はその理由を看破していた。


「また隠し事ね。何を知っているの?」

「……言えん」

「そうやって……! 私のことを信頼していないのね?」


恨むような目の霧切に、今度はKAZUYAが反撃する番であった。


「安広にも同じようなことを言われたがな、大人の俺とお前達では立場が違う!」

「万が一俺のせいでお前達が死んだりすればお前達の家族は俺を怨むだろう。
 だが、お前達のために俺が死ねば俺の親はよくやったと言う。世間の反応も同じだ」

「……!」

「君のことは信頼している。……だが、基本的には俺一人で全て背負うべきなんだ」

「……ズルいわ」


心底悔しそうな顔で、いや実際悔しいのだろう。霧切は唇を噛んで俯いていた。


「立場の違いを盾に取られたら、私達に反論は許されない……」

「――大人は狡いんだ。俺だって子供の頃、自分の非力さに何度も打ちひしがれたさ。
 悔しいなら、君が大人になった時同じように誰かを守ってやればいい」

「それでは遅いのよ……!」


珍しく感情的になった霧切を見てKAZUYAも驚いた。彼女は何を焦っているのか。


「なんだか胸騒ぎがするの……事件が起こる時にはいつも感じる。
 私はそれを【死神の足音】と呼んでいるわ」

「死神の足音か……」

(霧切が超高校級の探偵に選ばれた理由、学園長が自分には才能がないと言っていた所以はそれか?)


顔を上げた彼女は、強い確信を持ってKAZUYAに告げた。


「これから、私達にとって取り返しのつかない何かが起きる。あなたはそれを知っているんでしょう?」

「…………」


今更ながら、KAZUYAは黒幕の正体を霧切に話さなくて良かったと思っていた。

最初は打ち明けようと考えていたのだ。だが、江ノ島や戦刃の存在はこのコロシアイにおいて
核心とも言える情報であり、当然どうやってその情報を手に入れたかという話になるだろう。
嘘でごまかせる程霧切は甘くない。何らかの取引をしたと察するはずだ。

生徒達の中では冷静で大人びている彼女だが、やはり高校生らしくまだ幼い部分もある。
もしKAZUYAの処刑が決まっていると知れば、尚更動くべきだと主張するだろう。

最悪、黒幕側との全面戦争になりかねない。そうなったら――こちらに勝ち目はないのだ。


(中途半端に材料が揃ってきている分、霧切もピリピリしている。ここで情報を
 伏せ過ぎると、今後の連携に響くかもしれん。本来彼女は単独行動の多い人間なのだ)

(今早まった行動を取られては困る――)

「霧切、君にだけ話しておきたいことがある」

「……何?」

「俺は近々死ぬかもしれん」

「! どういうことっ?!」


流石の霧切も予想外だったのか、或いは信じたくなかったのか狼狽の色を隠せなかった。


「あくまで可能性の話だ。が、ないとは言えない」

「一人で危ない橋を渡るつもりね……!」

「そうだ。だがどんな結果になっても俺はただでは終わらん。
 アルターエゴに全てを託してある。もし俺に万が一のことがあったら真っ先に調べてくれ」

「私が手伝うと言っても無駄なんでしょうね……」

「ああ。俺が死ねば、きっとみんなはパニックになるだろう。
 その時、冷静にみんなをまとめる人間が必要だ」

「私はリーダーなんてガラじゃないわ……」


確かにリーダーとしては十神や石丸の方が向いているだろう。

だが、十神が都合良く味方をしてくれる保証はないし、何より十神には人望がない。
石丸は人望はあるが、冷静さや打開策を編み出す戦術案に欠けていた。


「……ドクターがいたからよ。ドクターがいなかったら私は未だに自分が何者か
 わからなかったかもしれないし、周りの人達と関わる余裕もなかった」

「そんなことはない。君は今まで本当によくやってくれた。
 君の冷静で中立な意見に何度救われたかわからない。心から感謝している」

「遺言みたいな言い方をしないでっ! 守りたい人は
 いつも私を置いて勝手にいなくなってしまう。あの時だって……!」

「霧切……?」


辛い記憶を思い出したのだろうか。死体を見ても眉一つ動かさない彼女が、今に限って
青い顔をしていた。裂けそうになるくらい強く唇を噛み、手袋をつけた手をギュッと握りしめる。

きっと彼女も、誰か大切な人を喪った過去があるのだろう。


「まだ……まだやれることはあるはずだわ……! せめてあなたが
 何をやろうとしているか話して。二人で考えれば他に何か良い策が……!!」

「霧切」


KAZUYAは霧切の両肩を掴み、不安定に揺れるその目を見下ろす。




「――ないんだ」




「そんな、そんなの認められない! 認められる訳がないっ!!」

「頼む! これを頼めるのは君しかいないんだ!
 だから君にだけ話した! 黙って頼まれてくれ!!」

「本当に……ズルいわ……」


俯く彼女の表情は背の高いKAZUYAからは見えない。だが、声で察せられた。


「……最善を尽くす。俺だってまだ死にたくはないからな」


それがKAZUYAの強がりであり優しい嘘であることを霧切は見抜いていた。
しかし、今はその言葉に縋らずにいられなかったのだ。

霧切は両手の手袋を外し、自身の肩におかれたKAZUYAの手を強く握る。


「お願い……生きて戻ってきて……」

「ああ」


いつも凛としていた霧切の声が、その時だけ震えて掠れていた。


ここまで。先の書き溜めはあるのに自由行動でかなり時間食うな
安価スレ書いてる人凄い。次回作は安価なしで行こう


>>652
同じイメージですね。声もいいし声量もあるけど時々微妙に音を外すんでしょう


               ◇     ◇     ◇


霧切の部屋から出たKAZUYAは、シャワールームに二人で篭っていたことを
茶化すモノクマから逃げ回りそのままいつの間にか五階に来ていた。


「あ、西城先生。お疲れ様です!」

「石丸か。今日はもう授業は終わっただろう?」

「早めに明日の準備をしておこうと思って。ついでに掃除もしていました」

「そうか。ご苦労」

「あとはこれを保健室に戻して終わりです」

「一人じゃ大変だろう。手伝うぞ」


器具を運ぶのを手伝いながら保健室に入ると、久しぶりに無人だった。

山田はリハビリのため少しずつ起き上がっている時間を長くするようにさせているし、
セレスも最近は普通に出歩くようになっていたから当然だろう。

そもそもセレスはもう自室に戻って良いはずなのだが、何故かまだ保健室で寝泊まりしていた。
女生徒と同室で寝泊まりするのは問題のような気がしたから、何度かそのことについて
言及したのだが、上手くはぐらかされるだけなので今は放置している。


(……石丸とは少し話をしておいた方がいいかもしれんな)


どうしても精神的に脆い印象が抜けない石丸が心配になって、KAZUYAは石丸を引き止めた。


「少し時間はあるか?」

「はい! 何でしょう? 授業についてですか?」


「特に用はないんだが、たまにはゆっくり話でもと思ってな」

「? わかりました!」


石丸は背もたれのない丸い椅子に座り、KAZUYAは医者と患者のようにその対面に座った。


「思えば勉強の話は毎日よくしているが、特に意味のない雑談はあまりしていなかったな」

「雑談も時には必要ですね。以前の僕なら時間の無駄と切り捨てていたかもしれませんが」


その後は、看護婦を目指す決意をした朝日奈をフォローして欲しいと頼んだり、
お互いの家族の話をしたりと特にテーマは決めず思いつくままに話をした。


(何か、言い残しておくことはあるか?)


思い返せば、石丸はこの学園生活でもかなり初めの方からKAZUYAと一緒にいたものだ。
なるべく万遍なく生徒と接しているつもりだが、それでも石丸と苗木が一番一緒にいる
時間が多い気がするし、その二人が今や自分の弟子となって医師を目指しているのだから
KAZUYAの感慨も一塩というものである。


(たった一月半というのに色々あったな……)


大和田との勝負に巻き込まれた時、人には色々な面があると話した。
初めて挫折して歎く石丸に、努力ではどうにもならないことがあると諭した。
あまり我慢をし過ぎないよう、もっと自分に素直になるようにと助言した。

既にたくさんのことを話した。


(医師の心構え、はもういいな。これまでに十分過ぎる程伝えてきた)


あと伝えなければいけないのは、技術だった。だが、それに関してはもう諦めがついている。


(俺にとって初めての弟子だから、最後まで面倒を見てやりたかったが……)


溜め息を吐く。


「先生、浮かない顔をされてどうかされましたか? も、もしや僕の話がつまらなかったのでは?!」

「いや、違う。いい加減その包帯も邪魔だろう? 責任を果たしておこうと思ってな」

「責任を果たすとは?」

「横になってくれ。その顔の傷 ―― 綺麗にするぞ」

「!」


KAZUYAの最大の心残り、それは石丸の顔の大きな傷だった。

舞園の右手は日常生活に困らない程度には回復したし、山田の左腕もリハビリを
続ければある程度は治るはずだ。セレスの腹部の傷は服を着ている限り目立たない。

だが石丸の顔の傷は違う。日常生活に直結する問題だ。


「そ、そうですか!」


――しかし、石丸の口から出てきたのは意外な言葉だった。


「有り難うございます! ですが、今はいいです!!」

「……何だって?」


予想外の答えにKAZUYAは思わず聞き返した。


「麻酔のことを気にしているのか? 化学室で調達出来たから気にしなくていいんだぞ?
 今はお前も精神的に落ち着いているし俺には針麻酔もあるしな」

「いえ、そうではなくて!」


半分微笑み半分は決意を浮かべ、石丸は言った。


「僕はまだ半人前ですから!」

「…………」


その目は輝いていた。先程夢を語った朝日奈や舞園のように。


「この傷を見ると、以前の僕はなんて融通が効かなくて
 周りに迷惑ばかりかけていたんだろうと……不甲斐なくなります」

「なら、取ってしまった方が……」

「いいえ」


石丸はハッキリと断る。そこには強い意志があった。


「この傷は僕にとって戒めなんです。独りよがりになるな。みんなの気持ちを考えないと、って」

(戒め……)


「政治家とは国を治める人間です。国家は様々な人間で構成されているのだから
 そこには当然、様々な考え方があります。それを忘れないためにも戒めが必要なんです」

「いつか僕が一人前の医者になって人間的にも成熟したら、その時は綺麗にしてください!」


拳を握り決意を語るその姿は、いつぞやの不安定な少年ではなく大志を抱く立派な青年だった。
KAZUYAが複雑な表情を浮かべているのに石丸は気付き、元気づけるように付け加える。


「それに、思い出すのは嫌なことだけではありません。みんなでパーティーをしたことや
 協力して行った様々なことも思い出します! 西城先生が気にすることはありません!」

「あ、ああ。いや、それならいいんだ……」


KAZUYAは頭を軽く振って気を持ち直し、何気ない風を装いながら話を続ける。


「ただ、その……前に話した通り、俺も色々と危ない目に遭うからな。
 こんなことは言いたくないが、いつまでも健在とは限らん。紹介状を書いておいたから、
 もし将来俺に何かあったらこの人に治して貰うといい」

「お気持ちは嬉しいですが、必要ないです」

「必要ない? 何故……?」

「あまり考えたくはないですが、もし将来先生の身に何かあったとしたら
 ……その場合、この傷は治さないでこのままにしておこうと思います」

「治さない? 顔だぞ?」

「この傷は先生が必死に僕のことを助けてくれた証ではないですか。だから、先生以外の人に
 取ってもらうくらいなら、いっそ“思い出”として僕は残しておきたいです」

「!!」


鮮烈にあの日の記憶がKAZUYAの脳裏に蘇る。


―この傷は……?!


―手術で綺麗に取ってもらったらって何度も勧めたんですけど、

―この傷は大切な“想い出”だからって……決して取ろうとはしなかったんですよ。



―いつか立派なお医者になったら綺麗にしてね。

―約束よ……



「…………」

(俺はまた約束を守ることが出来ないのか……)


生きてさえいれば、たとえ相手が地球の裏側にいたとしてもKAZUYAは会いに行き、約束を果たす。
だが、それはKAZUYAと相手の両方が生きていることが絶対条件だ。

どちらかが死んでしまっては……


「西城先生?」

「いや、お前の気持ちはよくわかった。もう余計なことは言うまい」

「あまり先生を待たせたら申し訳ないので、これからも頑張ります!!」

「ウム……ところで、俺も少し疲れが溜まっているようだ。今日は休ませてもらっていいか?」

「あ、そうですね。先生は少し休養された方がいいと思います! 僕からみんなにも伝えておくので」

「……すまない」


一人になったKAZUYAは机に向き直り、手を組んだまま俯く。

静寂過ぎるこの空間が、今はただ怖かった。


ここまで。やっと終わった……

ちなみに細かいですが石丸が思い出で秋吉美沙が想い出なのは男女の違いです


― コロシアイ学園生活六十六日目 保健室 AM1:17 ―


驚く程、期日はあっという間に迫って来た。KAZUYAは今、遺書をしたためている。

大垣、高品と言った頼りになる友人達は勿論、柳田を筆頭に帝都大関係者の
名前をありったけ書いた。特に外の状況が悲観的なこともあり、朝倉を始めとした
クエイド財団の知人や、ドイツのカイザーにさえそれぞれの言語で紹介状を作った。


(七瀬……)


紹介状だけでは味気ないので、特に世話になった友人達に感謝を伝える手紙を書いていたが、
七瀬宛の手紙を書き始めた時にKAZUYAの手は止まってしまった。


(なんと書いたものかな……)


いくらKAZUYAが女心に鈍いとは言え、流石に何年も付き合いのある
七瀬のひたむきな気持ちに気付かないほど愚か者ではない。


(俺のことなど忘れて幸せになって欲しい? ……思い上がりだ。そんな言葉は)

(――死んだ人間のことを忘れられる訳がない)


それはKAZUYA自身がそうであったからだ。

七瀬と同じように彼を愛したカスミも秋吉美沙も、けして長く一緒にいた訳ではない。
だが、忘れられないのだ。未だにはっきり思い出すことがある。


「…………」


何度も書き直し、破り捨て、最終的に七瀬へ宛てて書いた手紙は僅か数行の簡潔なものであった。


最後に財産の処分や特に気になる患者についてを書き残すと、彼は筆を置いた。
一人で便箋と封筒を一袋使い切ったKAZUYAは、その分厚い束を輪ゴムで束ねて引き出しの奥に隠す。


(もう思い残すことはないか?)


胸の中で自問する。


……あるに決まっている。ない方がおかしい。

数え切れない程の後悔ややり残したことに想いを馳せながら、KAZUYAは脱衣所に向かった。


「やあ、また来たよ」

『西城先生……』

「今日は何について話すか。ああ、そうだ。俺の祖先について――」


厨房からこっそり取っておいた酒をちびりちびりと飲みながら、KAZUYAは語り続ける。

後継者を作る前に逝く―― 一族の使命を果たせないKAZUYAは、まるで己のミームを
残そうとするが如く、毎晩ここを訪れてはアルターエゴ相手に己の人生を語っていた。

唯一KAZUYAから事情を聞かされているアルターエゴは、ただ黙って相槌を打つのみである。


「馬鹿だよね、あんた」

「!」


アルターエゴをしまい、保健室に戻ろうと振り返ったKAZUYAの前に立ちはだかった人物。

それは――


「江ノ島……いや、戦刃むくろだな?」

「そこまで思い出したんだ、西城。じゃあもう隠す必要ないね」


江ノ島盾子、に紛した戦刃むくろは無造作にカツラを取った。


「そう。私は戦刃むくろ。超高校級の軍人」


まさしくいつもの陽気な姿とは真逆。必要なことだけを事務的に淡々と話す
戦刃の姿を見て、これこそ彼女の本当の姿なのだろうとKAZUYAは思う。


「不思議な感覚だ。久しぶりと言えばいいのか」

「無駄話はいらない。余計なお喋りをするほど私はあんたと親しくない」

「そうだな」


かつて殺し殺されかかった仲だ。殺伐とした空気が正しいのだろうが、
あらかじめ死の予定がわかっているからか、不自然な程にKAZUYAは穏やかだった。

しかし、その穏やかさは嵐の前の静けさにも似た緊張感を孕んでいた。
ここに監視カメラはない。もし戦刃が不用意にKAZUYAに接近すれば彼は容赦なく
彼女を攻撃するだろう。死を覚悟した人間の気迫は、時に予想外の結果を産む場合がある。


(どんな罠があるかわからない以上、警戒するに越したことはない。私は軍人。慢心はしない)


お互い一定の距離を保ちながら、二人は向き合う。


「それで、わざわざ君から出向いて来たんだ。何の用だ?」


「あんたには一応助けてもらった借りがあるから。助言しに来てあげたんだよ」

「助言だと?」

「そう。……降参しちゃいなよ」

「何? 降参?」

「あんたは盾子ちゃんに負けたんだよ。完膚なきまでに完璧にさ」

「そうだな……」

「だったら、潔く負けを認めればいい。土下座して謝って命乞いしなよ。そうすれば、
 もしかしたら気まぐれな盾子ちゃんが許してくれるかもしれない。外に出してくれるかもよ?」


戦刃は無力なKAZUYAを煽っている訳でも嘲っている訳でもなく、彼女なりに考えて
純粋に助言しているのは見て取れた。故に、KAZUYAも冷静に質問する。


「その場合、あいつらはどうなるんだ?」

「俺が惨めに土下座してそれであいつらが助かるというのなら、頭くらいいくらでも下げてやる。
 だが実際は? 俺だけ外に出して、あいつらには俺に見捨てられたと言うんじゃないか?」

「…………」


戦刃は答えない。江ノ島の性格を考えたら十中八九KAZUYAの言う通りになるからだ。


「前からお前に聞きたいことがあった」

「……何?」

「お前が本物の江ノ島と双子の姉妹で江ノ島を大切に思うのはわかる。
 だが、お前にとってクラスメイトはどうでもいい存在だったのか?」

「妹の悪ふざけに付き合って犠牲にしてもいい程度の――」


「その質問に答える義務はない」


けんもほろろに断られるが、KAZUYAも食い下がった。情報が必要なのだ。


「俺はもう死ぬ。お前の妹の邪魔をすることはなくなるんだ。せめて冥土の土産に教えてくれ」

「…………」


戦刃は黙り込む。言うか言わないか悩んでいるのだろう。
促すようにKAZUYAがじっと見つめていると、やがて重い口を開いた。


「……どうでも良くはない。殺すことしか能のない私にもみんなは親切にしてくれた。
 普通の人間の人生っていうのがどんな感じか教えてもらったし、みんなでたくさん遊んだ」

「では、何故……」

「盾子ちゃんの方が大事だから。それだけ」


KAZUYAは知る由もないが、戦刃が妹に対して異常な執着を持つのは理由があった。

小学生にして国内のサバイバルゲーム大会で無敵を誇った戦刃は、ゲームだけでは
満足出来なくなっていた。本物の戦場に行き、本物の武器を使って戦いたくなったのだ。

しかし、戦刃と江ノ島の両親はこの二人の親とは思えない程平凡で良識的だった。
我が子を、それもまだ小学生の子供を戦場に送り出す訳がない。そのため戦刃は一計を案じ、
家族で海外旅行に出掛けた際に一人で抜け出す計画を立てたのだ。


(盾子ちゃんは最初は反対してた。私の意志が固いってわかったら協力してくれたけど、
 本当は一人で取り残されるのがイヤだったんだ)

(私のワガママのせいで盾子ちゃんに寂しい思いをさせちゃった。だから、私が何でも
 盾子ちゃんの願いを叶えてあげる。私が盾子を守るんだ。それが私の願いで希望)


……戦刃は一つ大きな勘違いをしていた。

別に江ノ島は寂しいから戦刃を引き留めた訳ではない。戦刃には自分がいなくなった後、
残された家族がどんなことになるか、どんな行動を取るかを想像する力がなかった。

江ノ島は単に面倒な事後処理を押し付けられるのが嫌だったのである。


「あんたは盾子ちゃんのこと何もわかってないよ」

「どういう意味だ?」

「盾子ちゃんはね、悪ふざけでこんなことをやってるんじゃない。
 本気でやってるんだ。本気で絶望しようとしてるんだよ」

「絶望させるではなく絶望する……?」

「そう。だから最後までみんなを取っておいた……。盾子ちゃんだってみんなとの生活が
 楽しくなかった訳じゃない。でも、それ以上にその楽しくて平和な生活をメチャクチャにする
 絶望に惹かれちゃったんだよ。盾子ちゃんは絶望をこよなく愛してるからね」


以前のKAZUYAならそんな馬鹿なと一蹴してしまったかもしれない。
だが、モノクマの数々の気まぐれな行動、そして江ノ島本人と直接対峙したことにより、
戦刃の言葉の意味がわかるような気がしていた。


「江ノ島は他人を絶望させて楽しむ単なる頭のおかしいサディストではなく、
 絶望的な事象全てを愛し希望している、と言うことか?」

「そう! 盾子ちゃんは超高校級の絶望って呼ばれる程の絶望のプロで絶望ニスト。
 いわば絶望ソムリエなんだよ? 盾子ちゃんクラスになると他人の絶望だけじゃなくて
 自分自身の絶望すらも楽しめるって訳。現に松田君だって殺したしね」

「松田?」

「あっ」


明らかに不味いという顔をした戦刃にKAZUYAは続きを促す。


「その松田とやらはもう死んでいるし俺もすぐに死ぬんだ。隠すことはないだろう。
 なんなら、あの世についた後お前達の代わりに挨拶しに行ってやるぞ」

「まあ……そうだね。別に教えてもいいか。松田君は子供の頃近所に住んでた幼なじみの男の子。
 超高校級の神経学者でもあったよ。希望ヶ峰での学年は私達の一つ上だったけど」

(また希望ヶ峰の生徒か……)


蜘蛛の糸より複雑に絡み合う因果に溜め息が出る。


(俺はその松田という生徒のことは知らん。つまり、死んだのは俺が希望ヶ峰に来る前だ。
 もしかしたら、五階の血痕にも関係しているかもしれんな)

「仲は良かったのか?」

「まあね。盾子ちゃんも結構気に入ってたと思うし、松田君は多分盾子ちゃんのことが好きだったよ」

「ほう……」


好意を寄せていた相手に殺されたという悲運な少年に同情しながら、KAZUYAは持ち前の交渉術で
的確に戦刃から情報を引き出していく。あまり頭の回転の良くない戦刃にとって、頭脳派のKAZUYAは
すこぶる相性の悪い相手であったのに加え、もう相手が死ぬという油断が口を滑らせた。


(極端な飽き性、目的のためなら年単位で仕込みをする計画性……
 まるで正反対の性質を併せ持っている。もはや怪物だな)

「……幼馴染を殺す時、江ノ島に躊躇はなかったのか?」

「所詮は他人だからね。盾子ちゃん自らの手で殺されたよ。一応泣いてはいたけど」

「…………」


戦刃はどこか他人事のように語るが、KAZUYAは奇妙な感覚を覚えていた。


「他人だからと言うが、お前だって以前殺されかけただろう?」


KAZUYAが咄嗟に助けなければ、グングニルの槍は確実に彼女の体を貫いていた。
しかも、泣きながら自らの手で殺したという松田と比べると、随分ずさんなやり方だ。


「あれは本気じゃないよ。盾子ちゃんはちょくちょくふざけて私の命を狙うんだ。
 盾子ちゃんはああ見えて淋しがり屋な所があるし、スキンシップの延長みたいなもの」

「スキンシップ……」

「もし私が殺されるなら、それは盾子ちゃんが絶望するためのものが何もなくなった時……
 世界で私と二人っきりになった時に、きっと私を殺して盾子ちゃんは最後の絶望をするんだぁ」


どこかうっとりとすらしている戦刃の表情にKAZUYAは底冷えを感じていた。

江ノ島盾子は自分がおかしいということを自覚している。だが戦刃は恐らく自覚がない。
自覚もなくただ感情の赴くまま、今まで趣味のため妹のためと人を傷付け殺めてきたのだ。
そしてそれを少しも悪いと思っていない。理由をつけては仕方ないと決めつけている。

江ノ島はそんな姉を絶望的に考えが足りない、絶望的に空気が読めない、絶望的に勝手の3Zと評した。


「……なら、自分の大事な姉がこの計画を台無しにしてみんなを助けたら
 今よりもっと絶望して江ノ島は喜ぶんじゃないか?」

「……ハ?」


鳩がエアガンを食らったような、全く予想外のというような顔をする。


「江ノ島は自身の絶望すら快楽に変える絶望のプロで絶望ソムリエなんだろう?
 だったら自分にとっても予想外の行動の方が嬉しいと思うが」

「そんなことないッ!!」


戦刃は思わず叫んでいた。


「有り得ないよ! 私が盾子ちゃんを裏切るなんて! 私はもう二度とあの子を置いていかないって
 決めたんだ。もう二度と寂しい思いはさせないんだ! 私があの時盾子ちゃんを置いていったから……」

「私が盾子ちゃんを守るッ!! あの子だってそう望んでるんだよ!!」


その異様な姿に、KAZUYAの記憶がフラッシュバックする。


『しかし君のお姉さんだが、高校生で超高校級の『軍人』というのは
 一体どういうことなんだ? 君達の歳ではまだ自衛隊には入れないはずだが?』


たまたま江ノ島と二人になった時、KAZUYAは戦刃のことを聞いてみたことがあった。
江ノ島はその質問に対し心底つまらない話題、と言った顔で説明する。


『あー、アイツ? まだ小学生の頃の話なんだけどさー、ミリオタこじらせてとうとう
 本物の戦場を体験したいとか言い出しちゃってね。家族で海外旅行行った時にそのまま一人
 抜け出して紛争地帯行ってさ。傭兵団に入隊しちゃったってワケ。有り得ないよねー』

『馬鹿な……君はその計画を知らなかったのか?』

『知ってたけど、お姉ちゃんて一回言い出したら聞かない所あるし、何せ絶望的に
 馬鹿で残念だから止めても無駄。むしろ突拍子もない作戦考えた割りに無計画でさー。
 あんまり情けなかったからアタシが代わりに色々手配してあげたわよ』


「…………」


戦刃の剣幕にKAZUYAは少し驚いたものの、心は冷静だった。


(……きっと、江ノ島は戦刃をうっとうしく思っているだろうな)


江ノ島盾子は小さな子供ではない。そのうえ周りの人間達より遥かに優れた人間なのだ。
姉の庇護などなくとも何も困らないし、むしろ彼女はイージーモードすぎるこの世界に飽きている。

江ノ島に心酔している戦刃が反旗を翻したら、そして万が一そのせいで苦境に陥ることがあれば、
彼女は逆に喜ぶに違いないというのは付き合いの浅いKAZUYAにすらわかることだった。


「あんたに盾子ちゃんの何がわかるの?! 他人が軽々しくあの子を語らないでッ!」

「……あぁ、そうだな。俺が悪かった」


激昂する戦刃を宥めるためにKAZUYAは口先だけの謝罪を言って誤魔化す。

憧れは理解から最も遠い感情とは何の言葉だったか。盲目的に江ノ島を信奉し
溺愛する戦刃こそ、江ノ島のことを全く理解出来ていなかったのである。


「君の言う通りだ。俺は考えが足りなかったようだ」

「フゥー、フゥー……ま、わかればいいんだけど」

(仲間割れでもしてくれないかと思ったが望み薄か……)


KAZUYAの狙いはけして悪くはなかった。
唯一の誤算は戦刃の妹に対する行き過ぎた崇拝だった。


「どうせもうすぐ死んじゃうしね。多少のことは見逃してあげるよ」

「それにしても……何故お前が俺に忠告しに来てくれたかわからん。俺のことは嫌いなんだろう?」

「嫌いだよ。盾子ちゃんが考えた最高に絶望的な計画を絶望的にメチャクチャにする邪魔な存在」

「…………」


「――でもね、あんたがみんなのために何度も自分を犠牲にしてきたこと……それは認めるよ。
 ずっと見てたからね。あんたは本当に立派なドクターで先生だった。希望ヶ峰のヤツらと違って」


敵である戦刃に認めてもらったことが嬉しくなかったわけではないが、
それ以上にKAZUYAは希望ヶ峰学園の実態に呆れていた。


「つくづく希望ヶ峰の教師達も嫌われたものだな」

「あんたは感づいてるんでしょ。あいつらがここで何をしてたか」

「ロクなことじゃないみたいだな」

「そう、ろくでもない。私達二人にはあんまり関係なかったけど。あんたももう関係なくなる」

「…………」

「私は軍人で武人じゃないから、普段は敵に対して敬意とか持たないし排除することに
 何の感情も持たない。機械みたいなもの。だから、敵を認めたのは多分あんたが初めてだよ」

「そうか」


複雑な表情でKAZUYAは曖昧に相槌を打つ。


「盾子ちゃんが気まぐれを起こさなければ明日の晩、日付け的にはもう今日か――私があんたを殺す」

「…………」

「じゃあね。ドクターK。せいぜい最後の日を楽しむといいよ」


そう言い残して戦刃は去って行った。









            ― ドクターK処刑まで あと“0日” ―








ここまで。


― 5-B教室 AM11:36 ―


最後の日は、思いの他静かなものだった。

無事に解剖実習を一通り終えたKAZUYAは、久しぶりに通常の授業を開き教壇に立った。
ハードな実習に流石に疲れたのか珍しく十神も大人しく、生徒達は真面目にKAZUYAの話を
聞いていた。内容は、今まで散々話した医師の在り方や患者との向き合い方。

そして己の心の律し方だった。まさしくこれまでの集大成と言えよう――。


K「人生には良い時と悪い時がある。お前達は今が一番悪い時だと思っているだろうが、
  今よりもっと悪い時が来るかもしれない。いや、残念だがその日は必ず訪れる」

葉隠「ま、まさかぁ……」

腐川「勘弁して欲しいわね……」

霧切「シッ! 静かに」


事情を知っている霧切の顔は険しく、苦々しかった。


K「だがそんな時、何があっても自暴自棄になるな。希望を捨てるな!」

K「大切なのは生きていることだ。命さえあればどうとでも出来る。どんなに辛い現実だろうと、
  時間と支え合える仲間がいれば乗り越えられるのだ。俺がお前達に最も強く望んでいることは、
  今後何があっても手を取り合い、いがみ合わないことだ」

「…………」


KAZUYAは神妙な面持ちで自分を見上げる生徒達の顔を順番に見回していく。
どこか不安げな表情をしているが、彼等は見違える程に成長していた。


K「正直に言うとな、俺も何度も折れそうになった。俺みたいに周りから強いと
  思われている人間だってそうなんだ。不安になって泣くのは恥ずかしいことではない。
  本当に情けないのは、何もかも投げ捨てていつまでも立ち上がれないことだ」

K「俺が辛い時、お前達のお陰で乗り越えられた。お前達一人一人は弱くても、
  力を合わせれば俺一人より何倍も強い!! どうかそれを忘れないで欲しい……」

K「こんな最低で絶望的な環境だが、俺は一緒にいたのがお前達で良かったと感謝すらしているよ」


水を打ったように、教室は静寂に包まれていた。

KAZUYAの言葉は穏やかだったが、その言葉の裏に鬼気迫るものを感じない生徒はいなかった。


桑田「な、なんだよせんせー! そんな突然あらたまっちゃってさ!」

十神「まるで遺言だな」

山田「突然感謝の言葉を言うのは古来より死亡フラグと言われていますぞ!」

腐川「あ、ああ、あんた! 縁起でもないこと言うんじゃないわよ……!」


生徒達が動揺する中、霧切が静かに立ち上がった。
彼女はKAZUYAに、この先の言葉を促さなければならなかったからだ。


霧切「……どうして突然そんなことを言うのかしら」

K「俺がもう長くないからだ」

「?!!」

江ノ島(えっ?!)


生徒達がパニックになる。偽の江ノ島だけは違う意味で驚いていたが。


石丸「ど、ど、どういうことですか?!」

大和田「つまんねえ冗談ならいくら相手が先公でもぶん殴るぞ!」


半ば恐慌状態となった生徒達がKAZUYAに詰め寄る。

流石に本当のことを言う訳にはいかないが、生徒に覚悟を持たせる言葉を彼は事前に考えていた。


K「俺が昔、癌を患っていたのはみんな知っているな?」

朝日奈「えっ、確かプールの時の……」

不二咲「お腹にある大きな傷のことだよね……」

大神「まさか、再発したということか?」


KAZUYAは肯定も否定もしない。しかし生徒達はその姿を肯定と受け取る。


K「俺も人間だからな。流石に度重なるストレスで体にガタが来たようだ」

苗木「そ、そんな……!」

石丸「まだ決まった訳では……!」

K「CTも血液検査もしてないから断言は出来ん。だが自分の体のことくらいわかる」

葉隠「あんまりだって……そんなのねえだろ……」

舞園「嘘ですよ……西城先生がいなくなるなんて、そんなの嘘……」

セレス「外に……出れば……」

「!」


今まで黙って様子を見ていたセレスが白い顔を青くしながら呟いた。


セレス「再発したと言ってもまだ初期でしょう? 今すぐ外に出て適切な処置をすれば……」

桑田「そ、そーだ! ここから出られさえすれば……!」

K「余計なことはするなッ!!」

「?!」

K「何故俺が今までずっと黙っていたと思う? 俺が病気だと知ればお前達はきっと外に出たいと
  考えるだろう。だが、そろそろ感づいている者もいると思うが、俺達を取り巻く状況は異常だ」

K「これだけ長期間大勢の超高校級の生徒が行方不明にも関わらず、いまだ助けは来ない。
  ここが本当に希望ヶ峰学園かわからんし、外が今どうなっているかもわからん」

K「これは極端な例だが……もしかしたら外は絶海の孤島かもしれん。或いはどこぞの
  辺境の地か。その場合、この学園の方が外よりも安全な可能性すらある」

「…………」


十神「だから出るなと言うのか? 一生ここで引きこもっていろと? 馬鹿馬鹿しい」

K「その通り。いつかは出るべきだ。だが、それは今すぐではない。
  お前達が今何よりも最優先すべきは外に出ることよりもモノクマ、いや――」

K「――その背後にいる“黒幕”を倒すことだ!」

「黒幕……」

K「人は突然死ぬ。俺も明日死ぬかもしれない。それはとても辛いことだな。だが、だからといって
  そこで進むのをやめるな。諦めるな。真の希望というのは才能ではなく、人の心の在り方だ」

K「俺にとってはお前達一人一人が希望でもある。お前達が無事にここから出られるのなら
  俺はどうなってもいい。死んでもいい。だからこれから先、モノクマが何か提案してきても
  絶対に乗るな! 争うな! くどいかもしれんが大事なことだから何度でも言うぞ!!」

「…………」

K「さっき、遺言みたいだと言ったな。その通り、これは俺の遺言だ。くれぐれも忘れないでくれ」

「先生……」

「西城先生……」

K「――授業は終わりだ」


そう告げて、KAZUYAは教壇を降りた。

KAZUYAの告白がよほどショックだったのか、生徒達はいつも以上にKAZUYAの元に集い
離れたがらなかったが、逆にKAZUYAはいつも通りにした。むしろ少し厳しい言葉をかけたりもした。

そうして、約束の時が来たのだ――



― 体育館 PM11:54 ―


(もうすぐ今日が終わる。約束の時間だ)


KAZUYAは入り口に背を向け、立っていた。時折壁の時計で時刻を確認する。

そして――入り口の鉄扉が開く音が耳に入った。


(……来たか)


覚悟を決めた男はゆっくりと振り向く。そこにいたのは――




















「……西城殿」


「大神っ……?!」



ここまで。


なんということであろうか。

KAZUYAを殺しにきた処刑人は、戦刃むくろではなく大神さくらだったのである!


(馬鹿なッ?!)

「大神、何故ここに?!」

「西城殿は知っておられるはずだ。我がここに来たことがどのような意味を持つか」

「そうか。やはり君が……!」


前々から疑っていた通り、大神さくらが内通者だったことを察したKAZUYAはそれ以上何も聞かなかった。


(戦刃の話では彼女が処刑人だったはずだが……クソッ、江ノ島の気まぐれか。予定が狂った)


KAZUYAの首筋を大きな冷や汗が流れ落ちる。


(カムクラという男の言葉を全て信じる訳ではない。だが、超高校級の軍人である
 戦刃むくろが向こうにとって最重要戦力なのはハッキリしている)


元々この男に黙って殺される気など微塵もなかった。
死ぬ前に、少しでも敵の勢力を削ぎ残される生徒達のために尽くしてやりたかったのだ。
具体的に言えば、黒幕側の最強戦力である戦刃を道連れにすることである。

KAZUYAは自らの命をもって戦刃むくろを殺すつもりだったのだ!


(事前に江ノ島に察知されたか、或いは俺に対する最後の嫌がらせか……)


真の理由など知る由もない。ただ、計画が狂った。今ハッキリしているのはそれだけだ。


現在KAZUYAの隠し持つメスには、猛毒が塗られている。だが、化学室の棚にある毒は
鍵をかけて厳重に封印したはずだ。勿論鍵はKAZUYAが持っているから入手自体は難しくない。
しかし、棚から毒薬を取り出せば監視カメラに映ってしまい黒幕に察知される。
ではどうやってKAZUYAは毒を入手出来たのであろうか?

理由は簡単だ。無害な薬を元に調合していったのである。

KAZUYAは医学及び薬品のプロである。素人にはまず出来ない繊細かつ
複雑な行程を経て人知れず猛毒を生み出すことなど彼には容易いことであった。


(どうする? ほんの掠り傷さえつければ相手は殺せる。しかし……)


大神は内通者だ。だが、殺していいのか?

朝日奈の顔がよぎる。


(今までの姿は嘘だったのか? ……いや、嘘ではなかった。二人は本当に親友だッ!!)


KAZUYAは ―― 隠し持っていたメスを出さなかった。


「好きにしろ。俺は何もしない」


ここでKAZUYAが大神と相討ちにならずとも、KAZUYAが死ねば学級裁判が開かれ
大神は死ぬことになるだろう。早いか遅いかの差だ。それでも、その少しの時間で
彼女は朝日奈と話をする時間が取れるし、別れをすることも出来る。

何もわからないまま、大事な人間を一度に二人失うよりはまだマシだろう。


「俺は今でも君を信じている」

「……!!」


大神の顔が悲しみで大きく歪んだ。


「朝日奈と約束したんだ。何か事情があるんだろう? 俺は君を恨んだり憎んだりはしない」

「……きたい」

「何だ?」

「西城殿、我と組み手をして頂きたい」

「……!」

(無抵抗の人間を攻撃出来ない、か……当然だな。彼女は何らかの
 事情があって協力しているだけで悪人ではないのだから)

「いいだろう。受けて立つ」


KAZUYAはマントを脱ぎ捨て構えを取る。

この時点でKAZUYAが不意討ちを受けたのではないことは頭の良い人間ならわかることだ。
そうなると、戦刃の存在を知らない生徒達は大神を犯人指定して裁判を生き残れるはずである。


「ウォォッ!」

「来い、大神ッ!」


今までで最も激しい攻防が繰り広げられた。

少し前まではせいぜいアマチュア格闘家程度の強さしかなかったKAZUYAが、
全米で何百勝と戦い勝ってきた大神に食い下がれたのは奇跡だろう。

それだけ彼女は人に教えるのが上手かったのだろうし、手も抜いていなかったということだ。


「フンッ!!」

「ガハッ!」


しばらく粘ったが、決着が着く時というものは存外拍子抜けする程あっさりしているものだ。

KAZUYAは類い稀なる肉体と才能を持っていて付け焼き刃とは言え十分な程強かったが、
それ以上に格闘の才能を持ち幼少のみぎりから道場で鍛えてきた大神は強かった。


「……我相手にここまで粘るとは、大したものだ」

「俺は強かったか?」

「ある男を除けば、今まで戦った中でも一番だった」

「そうか。……もう十分だ。一思いにやってくれ」

「…………」


KAZUYAは大の字に倒れ天井を仰ぎ見る。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………?」


大神はその場に立ったままだった。立ったまま俯いていた。


そして、空を仰ぐように天井を眺め大きく息を吐いた。


「…………」

「どうした、大神?」

「……我は手合わせをしたいと言っただけだ」

「!!」


KAZUYAはすぐにその言葉の意味がわかった。


「大神、いいのか……?!」

「もう決めたのだ」


KAZUYAはおもむろに立ち上がり、大神を見つめる。その目には覚悟が浮かんでいた。
この展開に一番慌てたのは黒幕だろう。即座にモノクマが飛び込んで来た。


「ちょっとちょっと! どういうつもり?!」

「我はもう貴様の望み通りには動かぬ!」

「そんなこと言っちゃって良いわけ? こっちにはさぁ……」

(やはり人質か?)


KAZUYAの顔が強張る。だが大神は毅然とした態度を崩さなかった。


「道場の者のことなら構わぬ。貴様のやり方は今までに散々見てきた。
 言う通りにしても約束通り無事に解放して貰える保証などどこにもない」

「クゥーッ! あいつらにはオマエに見捨てられたって言うけどそれで良い訳?!
 恨まれるよ! きっと裏切られたって思うだろうね!」


「承知の上だ。西城殿はこんな所で死んで良い人間ではない!」

「……死んで良い人間なんていないさ」


特に罪のない子供はな……と心の中でつけ加える。


「わかったよ! ただし、もうどうなっても知らないからね!」

「好きにしろ」


モノクマは怒り心頭で体育館から出て行った。


「助かった、大神」

「西城殿……今まで申し訳ありませんでした」


大神は深々と頭を下げる。


「大神……」

「西城殿が気付いていることは薄々わかっていた。だが、我は何も言えなかった」

「俺のことはいい。だが本当に良かったのか? 道場の人達は……」

「我はもう退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」

「!」

「自分の命惜しさに罪のない人間を傷付けて何も感じない、そんな不甲斐ない者が
 我が大神道場にいる訳がない。我はそう信じている!」


「……そうか。わかった。もう俺は何も言わん」


大神の目は烈火の如く燃えていた。同胞も一族の誇りも信じることが
出来なかった今までの弱い自分に憤りを感じているのだろう。


「それより……」

「どうかしたか?」

「いや、西城殿はやはり西城殿だなと」

「?」

「いくら人質がいたとしても我が皆に対して裏切り行為を行っていたのは事実。
 責められても失望されても仕方ないというのに、西城殿は少しも我を責めないのだな」


緊張で筋肉が凝り固まっていたKAZUYAが、やっと息を吐いて少し笑う。


「心から反省してる人間を責められる訳ないじゃないか。君には人質という事情もあったのだし。
 むしろ、君が決心してくれたお陰で俺は命拾いをした。礼を言わせてくれ。ありがとう」

「礼を言われるようなことは何もしていない。我は……」

「いいんだ。今は何も考えなくていい。君もこの二ヶ月、誰にも心中を言えず
 ずっと隠し事をしていてさぞかし辛かっただろう。これからは俺が相談に乗る」

「先生として、でしょうか?」

「そうだな。ここでは俺がみんなの担任だ」

「フフ……では、頼らせて貰おうか、西城“先生”」

「俺に任せろ!」


KAZUYAはニヤリと笑い、大神もやっと笑顔を取り戻した。


「ただ、わかっていると思うが明日から厳しいことになるぞ?」

「わかっております。モノクマが黙っているはずがない」

「十神辺りは鬼の首を取ったように責めてくるだろうな」

「他の者達もそう簡単には許してくれまい」

「よりによってこの中で一番強い君が内通者だった訳だからな。何人かはしばらく
 距離を取られるかもしれない。また揉める可能性も大いにある。覚悟しておいてくれ」

「ウム……」


大神は一瞬何かを考えたが、僅かな時間であったためKAZUYAも気が付かなかった。



― 情報処理室 ―


ここではモニター越しに一部始終を絶望姉妹が見ていた。


「盾子ちゃん!」

「あー、うっさいわねー! 耳元で大きい声出さないでくれる? あと息クサい」

「いくら私でも大神さんに裏切られたらまずいってことくらい流石にわかるよ!
 早く西城と大神さんを殺さないと! いくらあの二人が相手でも銃さえあれば私は勝てる!」

「あー、そう」

「部屋に戻っちゃうよ?! 盾子ちゃん、早く銃を……!」

「この馬鹿っ! 残念っ!」

「へっ……?」


「仮に殺すとして、どういう名目で二人を殺す訳?」

「ええと、とりあえず大神さんは私達を裏切ったんだから裏切りの罪で……」

「そんなの他のヤツ等からしたら全く知らないこっちの事情でしょーが。
 むしろ私達が仲間割れしてるって言ってるようなもんじゃない」

「あ、そうか」

「大体、銃を使えばそりゃ簡単に殺せるわよ。でもそうしたらコロシアイ学園生活じゃ
 なくなるでしょ? 単なる殺戮。アタシはルールに基づいて殺したい訳」

「じゃ、じゃあ大神さんと別れた後に西城だけでも私が仕留めに行くよ。西城一人なら
 ナイフ一本でも十分なはず。元々今夜処刑する予定だったんだし問題ないでしょ?」

「ハァ……姉のつくづく残念な頭に私は失望を隠せません」

「え? 今はそんなに変なこと言ってないと思うけど」

「西城と大神が別れる場所は?」

「え? 西城は保健室に寝泊まりしてるから保健室の前で別れるよね?」

「保健室の中にはセレスと山田がいる。万が一二人が起きて巻き込まれたら?」

「あっ」

「ほんっと使えねーな残姉は! セレスは西城の不審な動きに気付いてる。今も寝た振りしてるだけ。
 つまり今行けばセレスが騒いで山田が起きて、百パーセント二人に目撃されるっつーの」

「じゃ、じゃあ明日以降に仕切り直すのは? 西城が一人の時に奇襲をすれば……」

「それも悪くないけどさー」




「もっと良い手があるのでは?」


「!!」


戦刃が振り向き様にナイフを突き付けた相手はカムクラであった。


「カムクラ……先輩……!」

(気付かなかった……この私の背後を取るなんて!)

「あ、カムクラせんぱーい☆ 来てくれたんだ!」

「もっと彼等を追い込む方法があります。貴方はそれを知っている」

「さっすがー。やっぱりそうだよね?」

「え? え? なにが??」

「オマエは何もやんなくていいってこと」

「そんなぁ~」

「…………」


二人のやり取りを感情のない目で見下ろしながら、カムクラは頭の中で冷静に考えていた。



(ごく僅かな可能性でしたがここまでの展開はありえると思っていた。だが、次の未来は確定のはず)


(そう、次こそがむしろ真の正念場。貴方はそれを防げますか? ドクターK――)



ここまで。KAZUYA生存――!


KAZUYA生存の条件は自由行動で一定回数大神に会う事なのかな?
後この後が今回のchapterの正念場っぽいけど
また分岐とかあるのかな

>>713
KAZUYA生存はかなり厳しい条件でした
まず、今までの流れ(総合評価)が良くないと江ノ島の印象が上がらず、
その場合普通に残姉が来て処刑です。印象が良いと、より絶望させてやろうと
大神にやらせます。また、さくらちゃんの評価が高くないと結局死にます

まだいくつか大きな分岐がありますが、そちらはハッキリわかるはず

間に合わなかった。明日……日付的には今日の夜こそ来ます。
もうほとんど書けててあとは校正だけなので


― コロシアイ学園生活六十七日目 体育館 AM8:32 ―


次の日の朝。朝食の後すぐさまモノクマの召集で一同は体育館に集められた。


苗木「今度は何だろう……?」

桑田「もー勘弁してくれよな……」


一度本物の死体が出てきた以上、生徒達の緊張感は今までの比ではなかった。
少しでも気を紛らわすために生徒達はヒソヒソと話すが、かえって不安は増すばかりである。


十神「また新しい死体かもな?」

葉隠「え、縁起でもないべ!」

セレス「ないとは言えませんわ。覚悟した方がよろしいですわよ」

大和田「マジかよ……」

腐川「今度こそあたし達の身内の誰かとか……」

山田「ひぇぇぇっ! やめてください!」

不二咲「で、でも今回は箱もないし……」

朝日奈「そうだよ。大丈夫、大丈夫だって……多分」


ネガティブな話題が生徒達を席巻してる中、霧切が凛とした表情で宣言した。


霧切「たとえ身内を殺されても私は黒幕の思い通りには動かないわ」

苗木「霧切さん……」

K(霧切……)


霧切「だって癪だもの。誰かを殺したって死んだ人間は生き返らない」

十神「では、まだ生きていたらどうだ?」

江ノ島「人質ってこと?」

K・大神「!」


人質という言葉に否が応にも反応してしまう。


十神「動くだろう、お前達は。所詮大局的に物事を見られない愚民の集まりだからな」

舞園「動きません!」

K「舞園……?」


意外にも、十神の挑発を真っ先に否定したのは舞園さやかだった。


十神「ほう? この場で真っ先に行動した奴がどの口で言うんだ?」

舞園「人質なら、あの最初の映像が既に人質みたいなものじゃないですか。私達は今までの生活で、
    モノクマの言葉が信用出来ないってことを学びました。だから、今度は動きません!」

石丸「舞園君の言う通りだ! 僕達は失敗もしたが、そこから学んでいる! もう迷わないぞ!」

モノクマ「それはどうかなぁ?」

苗木「モノクマ!」


生徒達がそうだそうだと続くのを遮るように、モノクマは壇上に飛び出した。


モノクマ「オマエラさぁ、忘れてない? オマエラの中にはボクと繋がってる裏切り者がいるってこと」

霧切「内通者のことね」

腐川「モノクマの言うことなんて信用出来ないわよ。どうせ、
    内通者だってあたし達を仲間割れさせるための作り話でしょ」

葉隠「そうだそうだ! 俺達の結束に水を差すようなこと言わないでほしいべ!」

山田「葉隠康比呂殿がそれ言っちゃうんだ……」

江ノ島「まあいつものことだし」

モノクマ「人を嘘つき呼ばわりするなんてあんまりだ!
      あ、人じゃなくて熊か。まあそれは置いておくとして」

モノクマ「内通者はいるよね、大神さん?」

大神「…………」

「!」


突然の指名に動揺しながら生徒達の視線は大神に集中する。


朝日奈「え、なんでさくらちゃんに聞くの?」

大神「それは……」

十神「……成程、そういうことか」

セレス「ああ、大神さんあなたは……」

朝日奈「な、なに? みんなどうしてそんな目でさくらちゃんを見るの? ねえ……」

K「落ち着け、朝日奈。彼女を信じてるんだろう? だったら大神の話を聞いてやれ」


KAZUYAは朝日奈の両肩をしっかり掴んで優しく諭すが、内心では緊張が高まっていた。
もしものことがあれば即座に仲裁せねばなるまい。これまでずっとそうやってきたように。


朝日奈「どういうこと、さくらちゃん?」

大神「それは我が……」

霧切「彼女が内通者だったということよ」

「えっ?!」

「ハアァ?!」

「嘘でしょ?!」


どよどよと生徒達がざわめく。


石丸「な、何かの間違いだろう……大神君だぞ?!」

桑田「そんなジョーク笑えねーって!」

腐川「い、今なら嘘でも許してあげるわよ……!」

山田「そそそそ、そうです! 大神さくら殿に限ってそんな……!」

葉隠「きっとなんかの陰謀だべ! そうなんだろ、なあ?!」

十神「大神が内通者でないなら、何故モノクマは大神に内通者のことを聞いたんだ?」

葉隠「なんとなく、とか……」

十神「馬鹿か!」

葉隠「だって、だって信じらんねえんだべ! よりによってオーガだなんて!」

苗木「大神さん……」

舞園(もしかしたらとは前々から言われていましたが、でも……)


不二咲「信じられない……いつも僕達を率先して助けてくれたのに……」

大和田「俺も信じらんねえよ……」


二ヶ月も寝食を共にして、ある種の信頼関係が生まれていたからこその混乱であった。
大神は常に冷静で力もあり、高校生離れした外見も併せてKAZUYAの次に頼りになると思われていた。

――その大神が内通者という事実は生徒達にとって重すぎたのだ。


大神「黙っていてすまなかった。我はずっとお主達を騙していたのだ」

「…………」

朝日奈「なにか理由があったんだよ! きっとモノクマに操られてたんだって!」

K「道場の人達を人質に取られていたそうだ」

朝日奈「やっぱり! さくらちゃんは理由もなく私達を裏切ったりしないもんね!」


朝日奈はすぐに納得したが、他の人間はそうかと言えばそんなことはない。


十神「何故西城は知っている?」

K「俺は昨晩彼女から相談を受けたのだ」

セレス「それであんな時間に一人で出掛けていたのですね……」

山田「え? なんでセレス殿知ってるの? 知らないの僕だけ……?」

霧切「今まで黙っていたのに、どうして突然告白したのかしら?」

大神「我がモノクマから命じられていたのは、状況が膠着した時に殺人を犯して膠着を打破すること。
    ここしばらくの停滞にモノクマが痺れを切らし、とうとう殺人を犯すよう命じられたからだ」


腐川「だ、誰を殺すつもりだったのよ……どうせあたしでしょ?! 一番抵抗少ないし」

不二咲「そ、そんなことないよ」

葉隠「腐川っち、なにも自分から当たりに行かなくても……」

腐川「言っておくけどあたしじゃなきゃあんたよ!」

葉隠「だべ?!」

大神「殺すよう命じられたのは西城殿だ」

舞園「西城先生をっ?!」

桑田「せ、せんせーを殺すつもりだったのか?! ウソだろ!」

大和田「まあ、殺されて一番打撃が大きいのは間違いなく先公だろうからな……」

石丸「何ということだ……!」

朝日奈「で、でも! 殺せなかったんだよね?! そうだよね?!」

大神「ウム。西城殿のここでの立ち居振る舞い、医師としての見事な心構えの数々。
    これほど立派な人物を殺せる訳がない。たとえ同胞を見殺しにすることになっても……」

舞園「良かった……」

桑田「まあ、言われた通り殺したってモノクマが約束守るかわかんねーしな」

石丸「どうせまた嘘をつくにきまっている! そうして右往左往する僕達を陰で笑っているのだ!」

苗木「そうだよ。モノクマの言葉なんて信じない方がいい!」

大神「ゆめゆめ承知している」

朝日奈「さくらちゃん……辛かったね……でももう大丈夫! 私は味方だよ!」

霧切「あなたが打ち明けてくれて嬉しいわ」


苗木「本当のことを言ってくれてありがとう、大神さん」

大神「……すまなかった」


大神は深々と頭を下げた。


十神「お前達、まさかそいつを許すつもりじゃないだろうな?」

K「!」

大和田「ああ? 大神は反省して謝ってんだろうが。それ以上何をさせるってんだ」

十神「謝れば無罪か。本当に愚民は頭が悪い」

苗木「何が言いたいの、十神君?」

十神「そいつの謝罪は上辺だけだと言ってるんだよ」

朝日奈「十神! あんたまた……!」

十神「人の話は最後まで聞け単細胞め。大神の話を聞いてお前達は何も感じなかったのか?」

不二咲「凄く悩んで反省したのが伝わったと思うけど……」

桑田「もったいつけずにさっさと言えよ」

十神「大神は今まで散々世話になってる西城をどうしても殺せなかったから
    身内を見捨てるという苦渋の判断をした訳だ。美しい話だな?」

石丸「そうだとも! それに何の問題がある!」


十神「つまり、西城と身内を天秤にかけて西城が勝ったから殺せなかった」

「!」


勘の良い数人が十神の言葉の意味を察した。


朝日奈「だから、それがなんだっていうの?」

十神「まだわからんのか? つまり」





十神「――西城以外の人間だったら殺していたかもしれないということだ」


ここまで。

十神君が空気読まずに正論を言うターンを書くとノルマ達成したなぁってなる


朝日奈「そんなのあるわけ……!」

十神「ないと言えるのか? お前達と異なる立ち位置の俺、殺人鬼の人格を持つ腐川、
    殺人計画を実行したセレスと山田、場を荒らすことの多い葉隠」

十神「このメンバーと身内を秤にかけて、絶対殺人を犯さなかったと言えるか?」

「…………」


全員が大神を見つめる。


大神「……信じてもらえないだろうが、我は本当に誰も殺すつもりはなかった」

十神「何故そう言える? 何を根拠に?」

大神「もう嫌だったのだ……誰かが傷付くのを見るのも、それで皆が疑い合うのも……」

十神「証明してみせろ」

朝日奈「そんなのムチャだよ!」

セレス「悪魔の証明ですわね……やったことを証明するのは簡単ですが
     やっていないことを証明するのは不可能に近いですわ」

十神「大体何故ずっと黙っていた。二ヶ月も時間があればこれまでに言う機会はあったはずだ。
    それをしなかったということは今までずっと機会を伺っていたということだろう?」

葉隠「そうだ……オーガ、なんで黙ってた」

大神「…………」


彼等がこの学園に来てからもう二ヶ月もの時間が経っていた。それだけの時間があれば
それなりに信頼関係も築ける。だからこそずっと秘密を黙っていた大神の責任は大きかった。


大神「すまない。何度か打ち明けようと思ったことはあったのだ。
    だが怖かった。皆に……朝日奈に嫌われるのではないかと」

朝日奈「そんなこと……」

山田「今回ばかりは、僕も十神白夜殿と同じ意見です。いきなり全員には
    言えなくても、もっと早く西城先生に相談することは出来たはずですよ」

「…………」


責めるまでは行かなくとも、何故言わなかったのかという視線は一つや二つではなかった。
大神は俯く。今この場で最も彼女を責めているのは他ならぬ彼女自身であろう。


不二咲「勇気が出なかったんだよ……キッカケがないと秘密って
     なかなか打ち明けられないもん。大神さんだって人間なんだから」

大和田「人は見かけじゃわかんねえ……強そうに見えるヤツの方が案外弱かったりするんだよ」

セレス「良いことを思いつきましたわ。黒幕について何か情報を教えてください。
     そうすれば証明になります。どんなことでも構いませんから」

石丸「それは良いアイディアだ! さあ大神君、どんなことでもいい。黒幕について話してくれ」

大神「すまぬ……何も知らないのだ。モノクマを通してしか話をしたことがない」

石丸「そ、そんな!」

「…………」


気まずい空気が辺りを覆い始めた。


十神「ハッ。尚更信用出来んな。今も繋がっている可能性があるぞ」

朝日奈「いい加減にして! さくらちゃんはそんな人間じゃない!」


十神「大神の何を知っているというんだ。内通者だったことも知らなかった分際で」

朝日奈「それは……!」

大神「やめてくれ。これ以上我のせいで争わないで欲しい」

朝日奈「さくらちゃん……だって!」

大神「全ての責任は我にある」

十神「よくわかっているじゃないか」

大神「我が責任を取る。たとえ黒幕と刺し違えても……」

朝日奈「なに言ってるの?!」

K「大神! やらせんぞ」

大神「……我は去る。これ以上ここにいれば争いの元だろう」


KAZUYAが釘を刺したが、大神は暗い顔をしたまま去っていった。


葉隠「まあ、オーガが黒幕をやっつけてくれたらそれが一番の証明になるよな……」

朝日奈「バカッ!! もしものことがあったらどうするつもり?!」

十神「どうもしないが? 大神が死んでも黒幕側の人間が一人減るだけだ。むしろ都合が良いだろう」

桑田「おい、十神!」

大和田「テメエエエ!」


だが、誰よりも早く動いたのは朝日奈だった。


K「朝日奈っ!」


一瞬の隙を突いてKAZUYAの手から逃れると朝日奈は走り出す。
パン!と渇いた音が体育館に響いた。十神の眼鏡が体育館の床に落ちる。


朝日奈「この――人でなしっ!!」

十神「……気は済んだか?」


頬を張られても十神は少しも気圧されず、むしろ威圧的な姿で朝日奈を見下ろしていた。


朝日奈「あんた! あんたっていっつもそう! 人を責めてばっかりで自分は何もしないくせに!!」

K「よせ! 朝日奈!」

十神「当たり前だ。俺は上の人間だからな。動くのはお前達下の人間の仕事だ」

朝日奈「誰があんたなんかのために! あんたなんていなくなっても誰も困らないんだから!」

苗木「朝日奈さん!」

舞園「駄目です、朝日奈さん!」

朝日奈「あんたなんか……あんたなんか死ねばいいんだよっ!!」

K「朝日奈! よさないか!!」


再び朝日奈が十神に掴みかからないようにKAZUYAが二の腕を掴んで引き寄せる。
だが、その瞳は烈火の如く燃え上がり憤怒していた。


十神「フッ、ククク……面白い。では殺してみるか? やればいい。それがここのルールだ」


十神は眼鏡を掛け直しながら、面白そうに挑発する。


朝日奈「――やれないと思ってんの?」

K「朝日奈、頼む。やめてくれ……!」

朝日奈「先生……でも!」

十神「いいか? 大神は自分で信用を失ったんだよ。愚かな貴様はその重みがわかっていない」

桑田「信用、か……」

石丸「確かに、確かに信用は重いが……うぐぐ!」

舞園・大和田「…………」


かつて問題を起こし信用を失っていた者達は苦い顔をする。


葉隠「十神っちの言う通りだべ」

腐川「ちょ、ちょっと葉隠! あたしでさえ空気読んでるんだからあんたも読みなさいよ!」

葉隠「朝日奈っち、わかんねえか? オーガだからだ」

朝日奈「さくらちゃんだから……?」

葉隠「俺は……この中でK先生の次に信用出来るのはオーガだって思ってた。
    強いし、いつも冷静だし、ケンカの時とかいつも真っ先に止めてくれたろ」


彼は大神が内通者だという事実を知っていた。占いという自身の特殊な才能で、
誰よりも早く知り得ていた。だが何故今まで黙っていたのか。何故平静でいられたか。

それはひとえに大神を信じていたからだ。彼女がそんなことをする訳がないと信頼していたからだ。


自分が絶対の自信を持っている占いを否定してまでも、大神のことを信じていたのだ。


葉隠「それなのに、そのオーガが内通者だったなんて俺はこれから何を信じればいいんだ?」

朝日奈「そ、それは……」

山田「僕もです。大神さくら殿には色々お世話になりました。だからこそ信じられないです……」

桑田「まあ、正直な……俺だって今も信じらんねえ」

セレス「そうですね。わたくしもです」

舞園「大神さんは優しくて頼りになる人でしたから……」


いつも冷静で場が荒れた時はKAZUYAと共に周りを仲裁していた大神。中心人物でこそなかったが、
その腕力と人間性で常に周囲を陰から支え誰からも頼れる人物と思われていた。皮肉にも今、
その信頼感こそが大神の裏切りをより深刻で受け入れがたいものにしてしまったのである。


葉隠「オーガが内通者ならK先生はどうなんだ? 本当は今だけ俺達を
    助ける命令受けてるだけで、後から手のひら返したりとか……」

朝日奈「そんなことあるわけ……!!」

葉隠「ないって言えないだろ!!」

舞園「やめてください!」

石丸「馬鹿なことを言うな!! 西城先生が僕達のためにどれだけしてくれたか忘れたのか!」

「…………」

K「…………」


張本人であるKAZUYAは何も言うことが出来なかった。ただ初めてこの場に現れた時……
即ち、彼が内通者の疑いを掛けられた時に戻ってしまったような錯覚を覚えた。


ここまで。久しぶりにたくさんレスがついてやる気が出た。

二度あることは三度ある。再び不和の芽が生徒達に芽生えようとしていた。
果たしてKAZUYAはこの困難を乗り越えられるか。乞うご期待

霧切さんと戦刃さん出番無かったな今回



――ただあの時と違うのは、もうKAZUYAは一人ではないということだ。


――今のKAZUYAには心強い“仲間達”がいる!



苗木「みんな、落ち着いて! 葉隠君……君は見てるよね? KAZUYA先生が自分の体を
    実験台にして素人の僕達に縫わせてたの。そんなの、生半可な覚悟じゃ出来ないよ!」

石丸「その通りだ! 西城先生を悪く言うなら僕が許さないぞっ!!」

腐川「せ、先生はあたしのことを助けてくれたわ。あたしのもう一つの人格に
    殺されるかもしれないのに……先生を疑うならあたしだって容赦しないわよ!」

霧切「オシオキの邪魔をすれば大怪我をする可能性は高かった。一歩間違えば死ぬこともありえる。
    それでもドクターは躊躇わずに飛び込んだわ。それを見てもあなたは疑うの?」

セレス「仮に人質を取られていたとしても……私利私欲のために仲間を裏切り
     殺人を行おうとした人間などのために自分の身を犠牲にする人がいるでしょうか」


日頃の行いの賜物か、生徒達は口々にKAZUYAを擁護してくれた。
特にセレスの言葉は葉隠も納得行くものだったようで、項垂れながらぼやく。


葉隠「わかってるって……K先生は大丈夫なんだろうって……でも信じらんねえんだ。
    そんだけオーガが内通者だってことが俺にはショックだったんだべ」

K「葉隠……」

葉隠「俺は先生達とあんまつるんでなかったから、オーガとはよく話してたし……
    頭でわかってても受け入れられないことってあるだろ?!」

大和田「痛いほどよくわかるぜ。俺も強くねえからな……」

江ノ島「でも、そもそも大神が悪いじゃん! 二ヶ月も黙ってるなんてさ。アタシ達仲間でしょ?!」

不二咲「大神さんを責めないで! 人質を取られて脅迫されてたんだ。大神さんも被害者だよ!」


十神「そんなことはどうでもいい。人質を取られれば大神ですら内通者になる。
    ――即ち、この場の誰も信用に値しないということが改めてハッキリした訳だ」

「…………」

十神「俺はこの俺以上に大事な人間などいないから人質など無意味だが、
    お前達愚民は動くだろう? この場に仲間などいない。いい加減目を覚ますんだな」

朝日奈「十神! 待ちなさいよ! ちゃんと話を……!!」

十神「大神に俺に近付かないよう伝えておけ。生憎まだ死ぬつもりはない」


去って行く十神を追いかけようとする朝日奈をKAZUYAは止めた。


K「やめるんだ! 今は何を言っても無駄だ」

朝日奈「でも……!」

葉隠「……もう誰も何も信じられねえ。俺はどうすればいいんだ」

苗木「葉隠君……」

葉隠「なんかもう……色々疲れちまった。俺のことは放っておいてくれ……」


投げやりに呟き、葉隠も足早に体育館を出て行った。


江ノ島「……アタシも」

朝日奈「江ノ島ちゃんまで……」


江ノ島「アタシを恨まないでよね。葉隠と同じで、信じてたから怒ってるんだよ?
     大神はそれだけ信頼されてたし向こうが先に裏切ったんだからね」


去って行く江ノ島の背中を朝日奈は力なく見送る。


朝日奈「もう、いないよね……? みんなは、さくらちゃんのことを許してくれるでしょ?」

桑田「お、おう……」

セレス「……勿論ですわ」


朝日奈の手前、否定的なことは言わないが何人か生徒の歯切れは悪い。


大和田「少し時間をくれねえか?」

朝日奈「そんな! 大和田まで……?!」

大和田「わかってる! 俺は大神を責めるつもりはねえし、その資格もねえよ。
     ……ただ、いろんなことが起こっちまったから整理する時間が欲しいんだ」

山田「僕もです。少し時間をください。……そんなに簡単に割り切れるものじゃないんですよ」

腐川「い、いきなり信じろって言われても無理でしょ! あれだけ結束してたのに……」

K「わかった」

朝日奈「えっ?! でも……」


K「朝日奈、彼等は大神のことを責めてるんじゃない。むしろ許すために
  自分の中で整理したいんだ。わかってやれ」

朝日奈「……うん」


帰り道、誰もが『あの大神さんが……』と口々に呟いていた。

朝日奈も彼等に悪意がないことはわかっている。大神は信頼されていたから
むしろ彼等の反応は自然なのだ。本当に悪いのは……


朝日奈(わかってる。みんなは悪くない。本当に悪いのは、悪い人は……)


ギュッと口を引き結んだ朝日奈の瞳は昏い――。



               ◇     ◇     ◇


K「ここにいたか、大神」

大神「……西城先生、来てくださったのか」


武道場の端の方に大神は立っていた。彼女の名の由来でもある桜の木をぼんやり眺めている。


K「心配だったからな」

大神「我は問題ありませぬ。それより皆のことを見ていて貰いたい。特に朝日奈を」

K「わかってる。すぐに向かうつもりだ。ただ、やはり君のことも心配でな」

大神「我が?」

K「君はとても責任感の強い人間だ。一人で黒幕に向かって行ったりしないだろうな?」

大神「ご安心されよ。“今はまだ”その時ではありませぬ」

K「“今は”?」


KAZUYAは聞き咎めたが、大神は応じない。


大神「武人には覚悟を決めねばならぬ時がある」

K「大神……!」


大神は手を上げてKAZUYAの言葉を遮った。


大神「止めないで欲しい。先生ならばわかって貰えるはず」

K「わかりたくはないがな……」


KAZUYAがずっと覚悟していたように、大神は多くのものを背負って生きてきた。


K「だが俺は黙って見ているつもりはないぞ」ギロ

大神「勿論、それはあくまで最終手段。軽率な行動を取る気はない。
    まずは出来ることをするつもりです」

大神「朝日奈を頼みます」


それだけ言い残して大神はどこかへ行ってしまった。
ついて行っても良かったが、朝日奈のことが心配になりKAZUYAは一階に戻る。



「ぎやああああああああああああ!」

「どっひゃああああああああああ!」



K「?! 何だッ?!」


そんな時、悲鳴が聞こえた――。


ここまで。細切れでスマヌ


>>755
ホンマや。加えておきました


山田とセレスの声だ。

まさかまた何か問題を起こしたのではないかとKAZUYAは現場である食堂に急行した。


K「どうしたッ!」


食堂の前には車椅子の上で慌てふためく山田とさほどでもないセレスが立っている。
そういえばセレスの悲鳴は少しわざとらしかったかもしれないが考えている余裕はない。


セレス「ああ、先生。わたくしが叫んだらきっと現れてくれると思いましたわ」

K「何があったんだ!」

山田「大変ですぞ! 朝日奈葵殿と葉隠康比呂殿が……!」


二人が言い終わる前にKAZUYAは食堂に飛び込んだ。


江ノ島「あ、西城……」

不二咲「先生……!」

舞園「二人を止めてください!」


見ると、朝日奈が葉隠に掴みかかっていた。


K「何をしている!!」

朝日奈「あ、先生……」

葉隠「ぬわっ?!」


KAZUYAに見られた朝日奈が急に力を弱めたため、朝日奈の手を振り解こうとした葉隠が
朝日奈を突き飛ばす形になってしまった。椅子の角に思い切り手をぶつける。


朝日奈「痛っ!」サシュッ

葉隠「……!」

K「大丈夫か?」

朝日奈「うん、大丈夫。ちょっとすりむいちゃったけど」

葉隠「…………」


KAZUYAに見られた葉隠は、バツの悪い顔をしていた。
朝日奈もKAZUYAに対しては気まずそうにしたものの、今も葉隠を睨んでいる。


K「君から掴みかかったのか?」

朝日奈「だって葉隠が……」

葉隠「お、俺は悪くねえ! おかしいことをおかしいって言って何が悪いんだ!」

K「……大神のことか」

舞園「葉隠君と朝日奈さんが口論になったんです」

不二咲「宥めようとしたんだけど僕が力不足で……」

K「そうか、わかった」


ちょうど力のあるメンバーが一人もおらずヒートアップしてしまったのだろう。
……いつもなら大神が仲裁してくれるのだが。


K「事情はわかった。二人とも言いたいことはあるだろう。
  だが暴力は駄目だ。もう高校生なのだからわかるだろう、朝日奈?」

朝日奈「……ごめん」

K「俺ではなく葉隠に謝るべきなんじゃないか?」

朝日奈「掴みかかったのは悪かったけど、でも先に酷いことを言ったのは葉隠だし……
     先生は友達の悪口を言われてもほっとけって言うの?!」

K(朝日奈は普段は仲間思いで協調性もあるが、
  自分の好きなものに対しては少し熱くなりすぎる嫌いがあるな)


甘いものが苦手なKAZUYAによく好物のドーナツを強引に勧めてきたものだ。
食べ物に関しては好みの問題と朝日奈も諦めが付いたようだが、友人はそうもいくまい。


K(……ここで注意するより一度俺が収めるべきか)

K「すまん、葉隠。今回は俺が謝るから年長のお前が引いてくれ。朝日奈にはよく話しておく」

葉隠「いや、その……先生が謝ることじゃねえよ」

朝日奈「そうだよ! 葉隠はさっき先生の悪口も言ってたのに!」

K「俺の?」

葉隠「あ、その、ええっと……」

江ノ島「でもさ、そもそも大神が悪いんじゃないの? 葉隠だけ悪いみたいな言い方だけどさ」

朝日奈「だからそれは……!」

K「やめてくれ!」


K「人質を取られて言いなりになってしまった大神が悪いとは思えん。
  だが裏切られた、他の人間も信用出来ないと感じる葉隠も悪くない」

K「本人のいない所で代理戦争をしても不毛だ。俺のためにお前達が
  言い争っても俺は嬉しくないし、大神だってきっと同じ気持ちのはずだ」

朝日奈・葉隠「…………」

K「掠り傷だが手当てしよう。行くぞ、朝日奈」

朝日奈「……うん」


頭が冷えたのか、朝日奈は素直に付いてきた。そのまま保健室へ連れていく。


苗木「あ、先生に朝日奈さん! どうしたの?」

石丸「転んだのかね?」

K「いや、食堂で一悶着あってな」


保健室に集まっていたメンバーにKAZUYAが説明した。


桑田「葉隠の野郎、また騒いでやがるのか!」

大和田「なにも朝日奈の前で言うことねえだろうによ……」

朝日奈「ううん。私も少し頭に血が登っちゃったし」

霧切「どうしてそこまで怒ったの? 何か言われたのでしょう?」

朝日奈「酷いんだよ。さくらちゃんのことだけでも悔しいのに
     KAZUYA先生のことまであれこれ言うから……」

苗木「え? 大神さんだけじゃなくてKAZUYA先生まで?」


石丸「葉隠君は治療こそして貰ったことはないが、先生には今まで散々お世話になってるだろう!」

朝日奈「そうだよね! 大体、江ノ島ちゃんも江ノ島ちゃんだよ!」

K「……江ノ島?」

朝日奈「うん。葉隠と一緒にさくらちゃん達の悪口言ってたの。もう結構時間が経っちゃったけど
     先生に助けてもらったことあるのに。一歩間違えたら先生が串刺しになってたんだよ!」

「…………」


KAZUYAはピンと来た。いくら葉隠が脳天気な男でも、つい先程のいがみ合いを
見ていながら朝日奈の前で大神の悪口を言うような真似はしないだろう。


K(葉隠の不満を利用して江ノ島が煽り、俺達の陰口を言うよう誘導したのだな)


江ノ島のことを知らない石丸だけは相変わらず憤慨していたが、他のメンバーは大体察したようだ。


桑田「……あー、江ノ島か。あいつはほっとけよ。結構口悪いトコあるし」

大和田「だな。今はまだ言わせとけ。そのうちわかるだろ」

大神「朝日奈ァ!!」


話していると乱暴に扉が開き、大神が慌てた様子で駆け込んできた。


大神「朝日奈! 怪我をしたと聞いたぞ! 大丈夫か?!」

朝日奈「あ……大丈夫だよ。掠り傷だから」


K「俺が悪かったんだ。急に声をかけたからバランスを崩して……」

大神「だが、葉隠と揉み合いになったと聞いた! 我のせいで朝日奈が
    傷付くとは何ということだ! 何ということだァァーーー!!」


ズ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ! ! !


苗木「う、うわっ」

桑田「うおおっ?!」

石丸「ヒイッ?!」


大神の怒りと嘆きによる凄まじい覇気に生徒達は怯える。


K「お、おい。落ち着け」

霧切「何をするつもりなの?」

大神「…………」


幸い、大神の怒りはすぐに落ち着いた。だが未だ尋常でない様子に霧切も警戒している。


大神「……何もせぬ。我は出来ることだけをする」

朝日奈「さ、さくらちゃん!」

大神「大丈夫だ」

大和田「あ、おい!」


大神「…………」


大神はそのまま無言で去って行った。


朝日奈「追いかけないと……!」

K「待て! 君はここにいた方がいい」

朝日奈「なんで……?!」

K「もしまた大神が誰かに悪口を言われたら、君は黙って我慢出来るのか?」

朝日奈「それは……」

K「君がトラブルを起こせば、親友である大神の評判まで落とすことに繋がるんだぞ」

朝日奈「うぅ……」

K「霧切、頼みがある」

霧切「大神さんを見ていればいいのね?」


KAZUYAの依頼を寸分違わずに読み取り、霧切は阿吽の呼吸で応える。


K「ああ。俺だと目立つし、それに……」

朝日奈「さくらちゃん……」ギュッ


チラリと朝日奈の方を見やる。今は大神より朝日奈の方が心配だった。


霧切「任せて。スニーキングは得意よ」

苗木「一人で大丈夫? 僕も行こうか?」

大和田「苗木じゃ頼りねえ。俺が行った方がいいだろ」

桑田「いや、俺が行く」


苗木と大和田を制し颯爽と立ち上がったのは桑田だ。


桑田「俺が一番足がはえーからいざって時にすぐ人を呼べるし最低限身も守れる。
    大和田だとデカいから目立つだろ。苗木は今大事な勉強中だしな」

苗木「本当に何もしなくていいの? 僕も何か……」

K「いや、桑田の言う通りだ。もし俺に何かあったらお前と石丸だけが頼りとなる」

苗木「わかりました。じゃあ二人共、気をつけてね」

石丸「怪我はしないようにな!」

大和田「行って来いや。俺もちょくちょく校内の見回りに行くぜ」

桑田「おう。行ってくらあ」

朝日奈「また騒ぎを起こしてもマズいから私は行けないけど……さくらちゃんのこと、お願い」

霧切「任せて頂戴。何とかしてみせるわ」


廊下に出て大神を追いながら、桑田はしみじみと呟いた。


桑田「なんか久しぶりにコンビ組んだよな、俺達」

霧切「そうかしら? よく組んでいる気がするけれど。でも、舞園さんが
    復帰してからは確かに彼女と組んでいることが多いかもしれないわね」

桑田「あいつほっとけないからさー」


桑田は廊下の先を見ながらいつもの調子で軽口を叩く。
不意にその表情は見たことのないものへと変わった。


桑田「……でも、一番舞園のこと見てるのは苗木だと思うぜ。
    元々あいつがずっと見てたのも苗木だろうしさ」

霧切「桑田君、あなた……」


霧切の言葉を遮るように、桑田は続ける。


桑田「そーいやさ、俺達が一番最初に組んだのっていつだっけ? けっこー前だよな」

霧切「あれは二番目の動機の時ね。あの時は人手不足で大変だったわ」

桑田「ま、今はみんなで回せばいいし大神だって暴れたら不味いことくらい
    今までの流れでわかってるだろ。ラクショーラクショー!」

霧切「もう、桑田君たら……」フッ


霧切はあえて追及しなかった。桑田の中では既に終わったことなのだ。
ただ二人は並んで歩き、目的に向かって進むことだけを考えた。


ここまで。

今年中に四章終わるかな?終われたらいいなぁ

乙です

残姉ちゃんが人を利用した搦手を使った・・・だと?


               ◇     ◇     ◇


一方、食堂ではどうなっていたか。騒動の中心であった葉隠と
影の立役者江ノ島は去り、残された者達がヒソヒソと雑談している。


セレス「まったく、直情的な方は困りますわね」フゥ

山田「セレス殿……正直あなたはどうなんですか?」

セレス「何がです?」

山田「大神さくら殿のことです」

セレス「先程言った以上のことはありませんが」

山田「嘘ですよね、それ」

舞園「本当は嘘なんじゃないですか?」

セレス「ええ、嘘です」

不二咲「?!」


純粋な不二咲だけがやり取りについていけない。
いけしゃあしゃあと口にしながらニッコリと不敵に笑う姿はかつてのセレスだ。


セレス「一度裏切る人間は何度でも裏切るものです」

山田「えっ、それセレス殿が言っちゃうの?!」

セレス「大神さんが改心したかどうかなんて誰にもわかりません。たとえ西城先生であっても」

舞園「なら、どうしてあの場でそう言わなかったんですか?」


セレス「これ以上モノクマの手の上で踊るのが不愉快だったからです」

セレス「大神さんがどうであれ、わざわざあの場で内通者の発表を行ったのは
     我々を分断するためですわ。今までのやり口から流石にわかるでしょう?」

不二咲「でも、その……」


不二咲が何かを言いづらそうにしている。


舞園「でも、セレスさんて今までは不安を煽るようなことばかり言ってましたよね?」

セレス「その方が都合が良かったからです。十神君と同じ理由ですわね」

山田「えええええ?! モノクマの作戦ってわかってて煽ってたんですか、セレス殿?!」

セレス「ええ」

不二咲「じゃ、じゃあ十神君も……」

セレス「少なくとも最初のうちはわざと場を荒らしていましたね。
     その方がいざという時に動きやすいからです」

山田「な、なんという性悪……」

舞園「呆れました……」

セレス「ただ、十神君の場合あまり人の気持ちがわからないという部分も大きいですわね。
     彼にとって庶民の感情など取るに足らないものなのでしょう」

セレス「現に今も純粋に大神さんを疑っていると思いますわ」

山田「そうでしょうなぁ」

舞園「でも、どうしてそんなことを話してくれるんですか?
    場が荒れていた方が都合が良いはずですよね?」


セレス「計画を変更しましたので」


したたかなポーカーフェイスを浮かべながら、セレスは紅茶を口に運ぶ。


セレス「先程裏切り者は何度でも裏切ると言いました。ですのでわたくしが怪しいなら
     疑ってもらっても結構ですわ。ただこれだけは信じて貰いたいのです」

セレス「どんな言い訳をしようが負けは負けですわ。わたくしもプロですので勝敗には厳しいです。
     一度失敗した作戦にこだわる程わたくしは愚かではありません。今度問題を起こせば
     流石の西城先生も見放すでしょうしね。わたくしまだ死ぬつもりはありませんので」

不二咲「本当?」

舞園「正直、やったことがやったことですからまだ信じられないんですけど」


前科のある舞園にここまで言われる程セレスのした行いは悪質だった。
それをわかっているからこしセレスは舞園の言葉を否定せずにむしろ同調する。


セレス「ですから疑いながら付き合えばいいのですよ。
     それが大人の付き合いというものですわ。それに……」

山田「どうかしたんですか?」

セレス「いえ。西城先生の言った言葉が妙に引っ掛かるのです。仮にここから
     出られたとしてもすぐに元の生活に戻れるかどうかわからないという」

山田「あー。ここが無人島かもしれないってやつですか」

セレス「突拍子もない例えですわ。でも……先生は何らかの確信を持っているようでした」

舞園「モノクマさんは相当意地が悪いですし、お金も持っているみたいですしね」

不二咲「でも、そんなこと可能なのかな?」


セレス「例えば、わたくしも参加したことがありますが世界中の富豪が参加する闇ギャンブル。
     ここでの出来事が彼等の見世物にでもなっているなら不可能ではありませんわ」

山田「そんな……漫画の世界ですよ!」

セレス「確証はありません。ただ、脱出して終わりという保証はどこにもないのです。
     だったら、わたくしは西城先生と一緒にいるのが一番生存確率が高いと思います。
     お金はモノクマと黒幕をこてんぱんにして強奪すればよろしいですしね」

山田「あ、やっぱりお金はほしいんだ……」

舞園「必要なのは西城先生であって私達ではないんですね……」

セレス「皆さんはオマケですわ」

不二咲「オマケ……」

セレス「はい。皆さんはいてもいなくてもどちらでも構いません」ニコリ

舞園「でも西城先生は欲しいと」

セレス「そうですね。あの方は特別な存在ですし」

山田「……なーんかセレス殿、助けて貰ってからやけに西城先生の肩を持ちますね。
    まさかオシオキから助けてくれた勇姿に惚れちゃいましたか?!」

セレス「はい。実はそうなのです。オシオキの最中、あの方と密着している間心臓がバクバクと」

山田・不二咲「えぇ~っ?! そうなの~っ?!」


セレス「……と、これが俗に言う吊橋効果です。まあわたくしは引っ掛かったりしませんけど」

山田「ズコー!」

不二咲「ハ、ハハ。流石セレスさんだねぇ……」


単純な山田と純粋な不二咲はセレスに振り回されっぱなしだ。
しかし、舞園だけは違うことを考えている。


舞園(本当に吊橋効果なのかな……?)


舞園は知っていた。セレスがKAZUYAを見ている時の目が以前と違うことを。
そしてそれは単純な尊敬や感謝の色ではないことを。

だが、その答えを導き出す前に思考を遮られてしまった。


セレス「それより皆さん――江ノ島さんに注意した方がよろしいですわよ」

舞園「えっ? 江ノ島さん?」


               ◇     ◇     ◇


……その後のことを話そう。

何が起こったのか。


大神は自分に出来ることをしようとした。

誠心誠意言葉を尽くして説得するつもりだったのだ。

メモを使って葉隠、十神、そして江ノ島の三人を娯楽室に呼び出した。

十神は来なかった。

葉隠は一応来たが、早々に逃げ帰ってしまった。


そして。


そして――


「はいはーい。呼び出されたから来てあげましたよ」

「すまないな、江ノ島。来てくれて助かる。……ん?」



「お主、雰囲気が変わったか?」



「ええー? 気のせいじゃない? アタシはいつでもこんな感じだって!」

「最強にかわいくて最強にイケてる絶望的に最強のギャル江ノ島盾子ちゃんって言えば」


「この“ ア タ シ ”でしょー?」



― 娯楽室 PM6:47 ―


江ノ島が去った後、掃除ロッカーの中にいた桑田とビリヤード台の後ろに
隠れていた霧切が出てきた。大神がやろうとしたことを察した二人は大神と直談判し、
何か問題が起こった際すぐに対応出来るよう陰から見張っていたのだ。


「…………」

「大神さん……」

「……すまない。わざわざ見張ってくれていたというのに。我がもっと上手く説得出来れば」

「ま、しゃーないって。その……元気出せよ! あいつは元々あーゆーヤツなんだって!」

(そもそも江ノ島はホンマモンの内通者だしな。大神がどうしてもって言うから
 俺達が見張ってたけど説得する必要なんて最初からないし)

(それにしてもひでー言われっぷりだったな。やっぱと止めた方が良かったんじゃ……)


明らかに落ち込んでいる大神の顔を見上げ、桑田は気遣う。霧切も心配そうだ。


「……大神さん、あなた顔色が悪いわよ?」

「大丈夫だ。我は大丈夫。気にするな」

「せんせーも俺達もついてるからさ。ドンマイ!」

「ウム……」


(さっきの江ノ島さん……まるで人が変わったようだった。何が起こったというの?)


時に激しくなじり時に嘲り笑い時に酷く罵倒し時に同情的になる。
アップダウンを巧みに混ぜて相手に主導権を渡さない怒涛の滝のような話術は
日頃の江ノ島とはまるで違っていた。あの大神ですら終始圧倒されっぱなしであった。


(大丈夫。私達全員できちんとフォローをすれば……)


もし、この時の霧切に絶望についての知識があれば気が付いただろう。
大神の瞳に絶望が渦を巻いていたことを。だが彼女は知らなかった。

――そして決定的な瞬間を見逃してしまったのだ。


ここまで。


>>781-782
「うんうん葉隠の言いたいこともわかるよー! ぶっちゃけ胡散臭いよねー!
 大体西城も甘すぎっていうか、身びいきしてない?」

ぶっちゃけこれくらいのノリ。KAZUYAが誘導とか格好良く言ってくれただけ

乙です。

何故3人ともオッパイに疑問を持たないんだよ!?オッパイが違い過ぎるだろ!?

>>801
あ、それについては一応ちゃんとした理由があります。当初の予定では二人は廊下の角から
こっそり娯楽室の入り口を見張っている予定でした(さくらちゃんにも内緒で)。

ただ、霧切さんが正面から江ノ島を見て今までと違うことに気が付かないはずがないと思い
娯楽室の中に隠れている設定に変更。隠れていたのでハッキリ姿を見ていません。
桑田君もロッカーの中にいたので同じく視界不良。さくらちゃんは残姉の存在を
知らないし葉隠君説得失敗で焦っていたので普通に見過ごしてしまったという訳です。


― コロシアイ学園生活六十八日目 体育館 AM6:42 ―


次の日の朝。

憔悴した朝日奈葵が保健室に飛び込む所から事件は始まる。


朝日奈「先生! KAZUYA先生!」

K「どうした?!」

朝日奈「さくらちゃんがいないの!」

K「何だと?!」

セレス「……何の騒ぎですか?」

山田「うるさいですぞぉ」

朝日奈「さくらちゃんが死んじゃう! さくらちゃんが……!!」

山田「死ぬって大袈裟な……って、ええっ?!」

K「落ち着け! どういうことだ!」

朝日奈「私達が毎朝トレーニングしてるの知ってるよね?! 今朝突然今日は休むって言いに来たの」

朝日奈「その時は疲れてるんだと思って部屋で休んでなよって言ったんだけど、
     でもよくよく考えてみたらなんか様子が変で……!」

朝日奈「会えて良かったとかいつもありがとうとか言ってたし、気になったから
     すぐ部屋に行ってみたんだけどそうしたらもういなくて、試しにドアを
     開けてみたら鍵がかかってなかったの! それでこれがっ!!」

K「遺書だとッ?!」


朝日奈が早口でまくし立てながらKAZUYAの眼前に突き付けたのは毛筆で遺書と書かれた白い封筒だった。


山田「ヒエエッ?!」

セレス「これは由々しき事態ですわね……!」

K「一刻の猶予もない! 俺と朝日奈で探しに行く! みんなを呼んでくれ!」


言い終わるか終わらないかという内にKAZUYAは医療カバンを掴んで保健室から飛び出した。


朝日奈「でもどこにいるの?!」

K「食堂は閉まっているから刃物は使えないはずだ! 部屋でないなら学園のどこかにいるはず!」


刃物がないならロープ類による首吊りが真っ先に疑われる。
だが、自室以外の場所で首を吊るとは考えにくかった。
それにこの学園にはもっと楽に死ねる方法がある。もしかしたら……

そんなことを考えながらまずは保健室に近い体育館の扉を叩き開ける。


「おや、西城先せ……」


体育館には石丸がいた。几帳面なこの男が毎朝体育館でラジオ体操をしているのは知っている。


K「お前も来い、石丸! 緊急事態だ!」

石丸「えっ、えっ?!」


ついて行けない石丸を置いてKAZUYAは廊下に翻すと階段を駆け上がる。


石丸「どうしたんですか?!」

朝日奈「さくらちゃんが自殺するかもしれないの!」

石丸「何ィッ?!」


朝日奈が石丸に事情を話し、KAZUYAは次々に扉を開いて中を確認していく。
幸いにもこの学園は一方通行になっていて捜索はしやすい。どうやら二階にはいないようだ。


「ドクター!!」

K「霧切?!」


階段を昇った先に霧切響子が立っていた。何かの瓶と大きなボトルを手に狼狽している。


K「大神が……!」

霧切「知ってるわ! こっちよ!」


彼女の案内に従い二人は娯楽室の前に立つ。


朝日奈「さくらちゃんッ!!」


扉についていた丸いガラス窓から中を覗き見ることが出来た。
部屋の中には椅子に座った大神さくらがいる。頭を下げグッタリとしていた。


K「大神ッ!!」


すぐさま扉を開けようとしたが、いくらドアノブを回しても開かない。


朝日奈「鍵がかかってるっ?!」

K「待て! 壊すと校則違反になる!」

石丸「で、ではどうすれば?!」

K「壊すと校則違反になるのは鍵だけだ。ならばこうする!」


KAZUYAは朝日奈を退かせると扉についているガラスを叩き割る。
そして中に腕を入れ直接鍵を開けた。


K(扉の前に椅子が……?)


深く考えず障害物である椅子をどけると四人は部屋になだれ込む。


K「大神!」


死体発見アナウンスは鳴らない。彼女はまだ生きているようだ。

だが、


K「毒を飲んだのか!!」


大神は呼吸困難になり、既に意識を失っていた。顔は紅潮しており、静脈は怒張して全身は痙攣を
起こしている。代謝性アシドーシスを起こしていると察せられた。口元には薄っすら血が付着している。

アシドーシス:人間の血液の酸塩基平衡は一定のpH (7.4) になるように保たれているが、
        何らかの原因でそれが酸側に傾かせようとする力が発生している状態のこと。
        呼吸が原因の場合は呼吸性、代謝が原因の場合は代謝性が頭につく。
        acid(酸)から来ており、アルカリ性の場合はアルカローシスと言う。        



K(不味い! 症状が早いぞ! 一体何を飲んだ?!)


その時、KAZUYAの鼻腔を独特な甘酸っぱい匂いが刺激する。


K「この匂い。そうか……!」

霧切「これを飲んだのよ!」


霧切はKAZUYAに持ってきた瓶を突き付けた。

そう、何故彼女がこの場にいるのか。大神が飲んだ薬品を持っているのか。
それこそ超高校級の探偵・霧切響子の真骨頂『死神の足音』の成せる技である。

霧切は妙な胸騒ぎを感じていつもより早く起き、校内を見回っていた。3階に来た所で、
上の階から降りてきた大神とすれ違ったのだ。そこで彼女は違和感を覚えた。
朝食後や午後なら武道場で鍛練することもあるが、この時間はほぼ朝日奈と一緒にいるはずだ。

まだ朝食の時間でもないのに、何故降りてきたのか。何故朝日奈と一緒でないのだろうか。
何故青い顔をしているのか。何故手に【タンブラー】を持っていたのだろうか。

――おかしい。

そう直感した霧切は階段を駆け上がり、化学室へと直行した。


「!」


やはりと言うか、霧切は荒らされた化学室を見て息を呑んだ。
毒薬類は勝手に取り出せないように棚に鍵を取り付けてあった。
だが、大神の力があればそんなものはないに等しいだろう。

校則で禁止されているのは元々施錠されていた扉の破壊であり、
KAZUYAが後付けでつけたこの鍵は対象に含まれない。


(何を持ち出したの……?!)


慌てて大神の後を追いかけたい衝動を抑え、霧切は棚を見渡した。
大神はタンブラーを持っていた。つまり薬品を瓶ごとではなく中身だけ
持って行ったはずだ。すぐさま明らかに中身が減っている瓶を見つける。


(これを持って行ったのね!)


彼女を救うなら手がかりは多い方がいい。薬品のプロであるKAZUYAに伝えるため、
瓶を手にした。そしてその瓶のラベルを今、KAZUYAに突き出す。


K「やはりシアン化カリウム……青酸カリか!!」

朝日奈・石丸「せ、青酸カリ?!」


青酸カリ:正式名称シアン化カリウム(KCN)。胃酸と反応し生じたシアン化水素(HCN)が
      呼吸によって肺から血液中に入り鉄と結合する。この結果全身に酸素を運ぶことが、
      出来なくなり重要臓器が細胞内低酸素により壊死。死に至る。また、皮膚から
      吸収しても同じように酸素の吸収を妨げ細胞を壊死させるため有害である。

圧倒的な知名度があるからか、専門家ではない石丸と朝日奈も流石にその薬品の名前は知っていた。
言わずとしれた猛毒である。独特なアーモンド臭が特徴であり、匂いでKAZUYAも気付くことが出来た。


K「青酸カリを飲んだのか。ならば……」


KAZUYAは持っている知識で即座に適切な治療法を浮かべる。


霧切「胃洗浄をするでしょう?」


霧切が持ってきていたもう一つのボトル。それは化学室に置かれていた生理食塩水のボトルだ。


胃洗浄:文字通り水や生理食塩水等の洗浄液を用いて胃の中の有害物質を除去する行為。
     毒物を誤飲した場合は大体適応するが、強酸・強アルカリなど液体によっては
     食道がただれ出血する可能性があるため先に水や牛乳を飲ませ希釈してから行う。


K「助かる!」


さほど時間は経っていないはずだが、毒薬の対処は一分一秒を争う。時間がない。
ここには救急治療の技術を持つ者が二人いて、生理食塩水もある。

何の疑問も躊躇も持たずKAZUYAは胃洗浄を行おうとした。そして気付いてしまった。


K(これは?! 何故こんな所に……?!)


机の上にバラ撒かれていた鈍い鉄色の物体。その鋭い形は見覚えのあるものだ。


K(折れた【カッターの刃】? それも複数……まさか)


――まさか。

サッと血の気が引く。己の心臓が早鐘のように打つ音が聞こえた。


K( 飲 ん だ の で は あ る ま い な ? ? ! )


青酸カリは皮膚を爛れさせる危険な毒薬だが、弱酸性でありすぐさま吐血する程の
強烈な症状はないはずである。だが彼女の口元には確かに血が付いている。


K(ブラフだ。モノクマが俺を混乱させるために置いたのだ。そうに決まっている……!)


胃洗浄には上記の他にも幾つか禁忌があり、例えば食道静脈瘤がある場合や手術直後、鋭利な物体を
飲み込んだ等で【食道に穿孔や大量出血の恐れがある時】は実行してはいけない、とある。

この場合の胃洗浄は非適応だ。ではどうする?

通常なら内視鏡で食道の状況や胃の内部を観察してから判断を下し、危険物があるなら
当然取り除かなければならない。ただ、大神は大量の毒を飲んでいるので時間がない。


K(どうする……?!)


オーバーヒートしそうになる思考を必死に押さえつけ、KAZUYAは優先順位を組み上げた。


K「……クッ! とりあえず毒ガスが発生している! マスクを付けて呼吸に気を付けろ!」

石丸「は、はいっ!」


青酸カリで有名なアーモンド臭のアーモンドとは収穫前のもので甘ったるい香ばしい匂いというよりは
酸味が強い。また有毒ガスなので、この匂いがした場合はすぐに鼻を覆いなるべく吸ってはいけない。


K「二人は亜硝酸アミルと亜硝酸ナトリウムを保健室に持って来てくれ! 大神は俺が運ぶ!」

朝日奈「わ、わかった……!」ダッ

霧切「行きましょう!」ダッ


横抱きに大神を抱えたKAZUYAは保健室に向けて走りながら次に起こす行動を考えていた。
幸いこちらにはレントゲンがあるためブラフならすぐにわかる。問題は本当に飲んでいた場合だ。


舞園「先生!」

不二咲「大神さん!」


保健室には既に数名の生徒達が来ていた。KAZUYAはある決断をする。


K「石丸! お前が気管挿管しろ! 大神はカッターの刃を飲んでいるかもしれん。
  レントゲンで確認する! 不二咲、レントゲンだ! 舞園は補助!」

不二咲「は、はいっ!」

舞園「わかりました!」

石丸「えっ?!」

石丸(カ、カッターだって?! そんな物を飲んでたら胃洗浄が出来ないぞ!! どうすれば?!
    ……い、いや、先生なら何か考えがあるはず。僕は言われた通りにするだけだ!)

石丸「気管挿管します!」

舞園「行けますか?」


石丸「で、出来るとも! この日のために何度も練習してきた!」


幸い大神には何度も被験体として気管挿管させて貰ったことがある。
如何に不器用な石丸とはいえ、反復練習は確実に実を結んでいた。
それに加え大神は喉が太いため、初心者の石丸でもやりやすかったのだ。

石丸がぎこちないながらも着実に処理をしている中、KAZUYAはレントゲン映像を確認していた。


不二咲「せ、先生、これって……」

K(やはり、飲んでいたか!)


大神は途中から医療実習に参加していたため、毒物を飲めば胃洗浄を行うことを知っていた。
より確実に死ぬため食道を傷付けようと考えたのかもしれないし、モノクマの入れ知恵かもしれない。

どっちでも良い。どちらにせよ今は真相などわからないのだ。


K(とにかく時間がない。正しい処置ではないが……イチかバチかだ!)


KAZUYAはメスを取り出した。


ここまで。

JKに毒飲ませたりカッター飲ませたり聖夜になんつーSS投下してんだろう
今年中に四章は無理か。来年の1月中に終わるようにしたい

石丸はちーたん→山田の順で人工呼吸をしている訳たが、このスレでの石丸のファーストキスはちーたん、あるいはちーたんのファーストキスは石丸になるのか

>>821
人工呼吸は医療行為なのでノーカンです(真顔)
救急の先生とか年に何百回もしてますので


苗木君がいない理由が書いてなかったので>>813を以下に差し替えてから再開します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

横抱きに大神を抱えたKAZUYAは保健室に向けて走りながら次に起こす行動を考えていた。
幸いこちらにはレントゲンがあるためブラフならすぐにわかる。問題は本当に飲んでいた場合だ。


舞園「先生!」

不二咲「大神さん!」


保健室には既に数名の生徒達が来ていた。マスクとエプロンを身に着け準備も万端である。

だが、


K「苗木はどうした!」

舞園「まだ来ていません!」

K「何?」


苗木の部屋は校舎寄りだ。隣の部屋の舞園は来ているのに何故いないのだろうか。


K(クッ……苗木がいないのか。だが、今は一分一秒が勝負だ。待ってられん!)


KAZUYAはある決断を下す。


K「石丸! お前が気管挿管しろ!」

石丸「えっ?! 僕が?!」

K「大神はカッターの刃を飲んでいるかもしれん! 俺はレントゲンで
  確認する! 不二咲、レントゲンだ! 舞園は石丸の補助を!」

不二咲「は、はいっ!」

舞園「わかりました!」

石丸(カ、カッターだって?! そんな物を飲んでたら胃洗浄が出来ないぞ!! どうすれば?!
    ……い、いや、先生なら何か考えがあるはず。僕は言われた通りにするだけだ!)

石丸「気管挿管します!」

舞園「行けますか?」

石丸「…………」

石丸(今は苗木君がいない。先生が別の作業をしている以上、僕がやるしかない。
    ……大丈夫だ。今まで散々練習してきた。努力は僕を裏切らない)

石丸「で、出来るとも! この日のために何度も練習してきたんだ!」


※ 注 意 ! ※


モノクマ「はい。手術前に行われる定番の注意タイム」

ウサミ「なんだか投げやりでちゅね……」

モノクマ「お約束だからね。さくっと行かないと。テンポ悪くなるだけだし」

モノクマ「いつも言ってるけど手術シーンは素人の作者のイメージ図です」

ウサミ「今回、本当に嘘……というと人聞きが悪いけど現実ではやらないフィクションが
     入ってまちゅ。それについては投下後に説明するのでご容赦くだちゃい」

モノクマ「では再開するよ~」



    !      手      術      開      始      !



KAZUYAは躊躇うことなくメスで大神の腹部を切り裂いた。


石丸「せ、先生?! 何をされているんですか?! 何故開腹を?!」

K「手を止めるな! 挿管を最優先しろ!」


通常なら、まず内視鏡で食道の損傷具合を確かめながら胃のカッターの刃を取り出す。
食道に出血の恐れがないならばそのまま手順通り胃洗浄へ移行するはずだ。

開腹の余地などない。


K(わかっている! 今からやろうとしていることは賭けだ! だがこれしか方法がない!!)


KAZUYAは胃を露出させると、胃の幽門部(胃の下部で十二支腸に繋がる部分)を糸で
結紮(けっさつ)する。こうすればこれ以上毒が体内に入ることはない。また逆流しないように
胃の噴門部(胃の上部で食道に繋がる部分)も結紮した。これで毒は大神の胃の中だけに留まる。

その後のKAZUYAの行動はもはや狂気であった。


石丸「な、な、何をっ……?!」

不二咲「先生ぇっ?!」


気管挿管が完了し、空気バッグで大神の肺に酸素を送る石丸はKAZUYAを見て愕然とした。

彼がしていることは医学の知識のある者どころか、素人から見ても到底有り得ないことだったのだ。


「…………」


KAZUYAはまず露出した胃の上部に少しの切れ目を入れた。
胃酸と反応した青酸ガスが吹き出るが、KAZUYAは毒物に耐性があるため問題ない。

……問題はその後だ。

KAZUYAは開けた穴からカテーテルを通し、漏斗を付けると生理食塩水を胃の中に流し込む。
その後、――カテーテルから直接“口で”中身を吸い出しバケツに吐き捨てていたのだ。


舞園「何をやっているんですか?!」

石丸「ど、ど、毒が! 毒が先生の口に……!!」

K「俺は毒に耐性を持っている! 気にするな!」

不二咲「吸引器の用意出来ました!!」

石丸「早く口を洗ってください!」

K「平気だ! 貸してくれ!」


気にするなと言われても無理な話だ。だが止めても無駄である以上、
生徒達はただ言われた通りKAZUYAの補助をするだけであった。

KAZUYAが何故このような無理をしたかは理由がある。通常、毒物を飲んだからと言って
開腹することはまず有り得ない。何故なら開腹自体非常に体に負荷のかかる行為で
毒物を飲んで弱った体に追い打ちとなるからだ。


K(胃洗浄で済むなら体の負担も少ないし確実だ。だが、それは通常の話)


体内に残されたカッターの刃が全ての元凶である。
このまま胃洗浄を行えば刃が食道を傷付けて大出血に繋がる可能性が高かった。


K(普段なら内視鏡で刃を取って胃を洗浄すればいいだろう。だが、今回は時間がない)


瓶に残った薬品の量を見て、大神の飲んだ青酸カリの量が尋常でないというのはわかった。
当たり前だ。彼女は死ぬつもりだったのだから。確実に死ねるように山盛りの毒を飲んだのだ。

誤飲であれば一度に大量に飲むことはそうそうないし、睡眠薬などは多量に飲んでも
死なないように作られている。故に、胃洗浄で事足りるが大神の場合は一刻も早く
腸への道を塞ぐ必要があった。少しでも体内に吸収されないようにするためだ。


K(先にカッターを取り出せばその分毒が奥に行ってしまう……そうなればもう助からないだろう)


頑丈な肉体を持つ彼女にとって、多少体を切り刻んだダメージよりも
毒物をより多く吸収することの方がリスクが大きいとKAZUYAは判断したのである。

毒は体内に入った最初の5分が生死を分ける。とにかくある程度
毒を取り除いて時間に余裕が出来てからゆっくり正規の方法を取ればいい。

だからこそ、このような荒業に臨んだのだった。


K「ムッ!」


KAZUYAはカテーテルに何か固い物が当たったと感じた。


石丸「どうしたんですか?」

K「カッターの刃があった。内視鏡を使って取り出す!」


KAZUYAはカテーテルを入れていた穴から内視鏡を通すと、
胃の内部を確認しながら鉗子で器用にカッターの刃を取り出していく。


K「これで全部だ」

石丸「あの、先生は本当に大丈夫なんですか……」

K「大丈夫だ。お前はしっかり酸素を送ればいい」

K(……それにしても青酸カリか)


青酸カリ。言わずとしれた猛毒である。

推理ドラマや小説でも頻繁に出てくるため一般知名度が高い。
だからこそ大神もこの薬品を手に取ったのだろう。

しかし知っているだろうか。青酸カリは確かに猛毒であるがその致死に必要な量は意外と多い。
具体的には体重一㌔につき5ミリグラム。体重60kgの成人ならば大体300ミリグラム程度である。
一円玉三枚分と考えれば思ったよりもたくさん飲まなければならないことがわかるだろうか。

しかもこれは半数致死量(LD50)と言って、その量を飲めば約半分の人間は死ぬはずという数値である。
即ち、大神のように大柄で頑丈な人間なら通常の致死量の更に倍は飲まないと確実に死なないのだ。


K(知識がなくて幸いだったというべきか。青酸カリではなく毒性の強いテトロドトキシンを
  同量飲んでいたらもはや処置をする余地すらなかっただろう。或いは遅効性のα-アマニチンを
  飲んで既に症状が出てしまったのならそれも手遅れだった)


余談だが、青酸カリの一番の死因は上述の通り胃酸と反応して発生した青酸ガスである。
もし他殺なら体内に入る毒も少ないため、発見さえ遅れなければ即座に気管挿管して気道を
カフ(カテーテルを気道に固定する風船状の物体)で塞ぎ通常の胃洗浄をすればほぼ助かる。


             ・

             ・

             ・



生理食塩水と活性炭の粉末(活性炭には毒物を吸着する性質がある)を注いでは中身を抜き
胃の中の毒素を除去する。そんな作業を何度も繰り返している内に霧切と朝日奈が戻ってきた。


朝日奈「先生っ!」

霧切「持ってきたわ!」

K「貸してくれ!」


KAZUYAは薬品を受け取り、即座に亜硝酸ナトリウムを静脈に注射する。


K「石丸、お前は亜硝酸アミルを吸入してくれ! やり方は知っているな?」

石丸「はい!」


次に、KAZUYAは内視鏡で食道の状況を確認した。


K(切ったのは口の中だけのようだな。小型のカッターだったからか、
  奇跡的に食道の中はほとんど傷ついていない。これなら大丈夫だ)


そしてKAZUYAは通常の手順通りに洗浄を行う。といっても、胃に切れ目を入れてしまったので
結紮したまま胃に洗浄液は入れず、口や食道に残った毒だけを洗い流した。


K「これで毒物はほぼ落とせたはずだ。縫合する」


流石に今回はKAZUYAが縫合を行った。セレスの時より症状が重く余裕がないからだ。
まず胃の切れ目を塞ぎ、結紮を解除すると綺麗に縫合する。

こうして全ての処置は完了した。



    !      手      術      完      了      !


大和田「大神は大丈夫か?」

桑田「なんか、毒を飲んだって聞いたけど……」

葉隠「なんでまた毒なんか……」


大神は保健室のベッドに横たえられ、レスピレーター(人工呼吸器)に繋がれている。
駆けつけた生徒達とKAZUYAは保健室の中でこの顛末について情報共有していた。


朝日奈「……ねえ先生、さくらちゃん助かる?」

K「わからん。五分五分だ。意識さえ戻れば……」

朝日奈「側にいてもいい?」

K「そうしてやってくれ」

朝日奈「…………」

セレス「大神さんの治療の邪魔になるといけませんね。わたくしは部屋に戻りましょう」

山田「えっと、じゃあ僕もそうしようかな。足が悪い訳じゃないし、
    身の回りのことをすればリハビリになりますしね」

K「すまないな。安広はともかく山田はもう少し見てやりたかったが」

山田「大丈夫です。ムリはしませんので」

K「それより、苗木はどうした? 未だに来てないのだが」

セレス「インターホンを鳴らしたのですが、出ませんでしたわ。急いでいたので
     他の方を呼びに行きました。出掛けているのでしょうか?」

舞園「えっ?! いない? この時間にですか?」

腐川「もしかして、事件に巻き込まれたんじゃ……」


江ノ島「誰かに殺されてたり?」

十神「小柄な苗木なら襲いやすいだろうな」

桑田「縁起でもねーこと言うんじゃねえよ! まだそうだと決まったワケじゃねーだろ!」

舞園「わ、私! 探しに行きます!」


血相を変えた舞園が飛び出そうとした時だった。


苗木「……すみません。遅れました」

舞園「苗木君!」

石丸「無事だったか! 良かった!」

大和田「心配したんだぞ!」

十神「フン、悪運の強い奴め」

苗木「えっと、みんな集まってるけど何かあったの? って、大神さん?!」

霧切「大神さんが自殺を図ったのよ。毒を飲んで。少し前に処置は終わったわ」

苗木「自殺?! そんな……」


自分がいない間の説明を聞くと、苗木はショックを受けているようだった。


セレス「それより、何故わたくしがインターホンを鳴らした時に出なかったのですか?」

苗木「えっと、ゴメン。インターホンが鳴ったのは覚えてるんだけど、出られなかったんだ」

不二咲「出られなかったの? どうして?」


苗木「うん、その、あんまり体調が良くなくて」

K「少し顔色が悪いな」

苗木「はい。ちょっと熱っぽいです。風邪でもひいたのかな?」

K「フム」


KAZUYAは苗木の体温を計り、聴診器を当てる。


K「恐らく過労だ。今日は一日寝ていた方がいい」

苗木「え……過労、ですか?」

K「ああ、そうだ」


この一ヶ月、KAZUYAは残された時間で少しでも生徒達に自分の知識を与えなければと朝から晩まで
解剖実習や講義を詰めていた。授業は必修ではなく、生徒達はそれぞれ参加したりしなかったり
していたが、医師を目指す苗木と石丸の二人は当然全ての講義に参加していた。

元々体も鍛えている頑丈な石丸は問題なかったが、あくまで一般的な普通の高校生である
苗木には負担が大きかったのだろう。その上、前日の騒動によって心的負担も加わりとうとう
今朝体調を崩してしまったというのが真相のようだ。


苗木「ハァ……情けないな。みんな頑張ってるのに僕だけ体調崩すなんて」

舞園「仕方ないですよ。苗木君はこの一ヶ月、本当に根を詰めて頑張っていたんですから」

石丸「ウム、その通りだ。それだけ頑張っていたということだろう。
    気にすることはないさ。今日一日は僕達に任せたまえ」

桑田「そうそう。俺たちもいるからな」

苗木「ごめん。ありがとう。大神さんも早く意識が戻るといいんだけど」チラ

朝日奈「…………」


ここまで。


投下前にも書いたけど簡単な解説を少し……。
現実の毒物は意外と強くないというか、飲んでも案外しばらく生きてます。
なので開腹とか絶対やらんです。というか、毒でやられてるのに体切り開いたりしたら
普通に死にます。ただ、フィクション世界の毒物は現実の多分五倍くらい強力なので、
とにかく早く取り除かないと不味い。更に、大神さんも普通の人間より全然丈夫な
超高校級の肉体の持ち主なので開腹の負担にもギリギリ耐えられるかな、と。

そんな感じでこうなりました。現実なら上にも書いた通り普通に異物摘出して
胃洗浄&解毒剤投与だけでしょう。誤解なきよう……

そしてこれが今年最後の投下となると思います。今年は色々疲れてしまって
投下速度が大分遅くなってしまい楽しみにしている読者の方々には本当に
申し訳ありませんでした。既に終りが見え始めているので、来年はなんとか
投下速度を戻して行きたいと思います。

それでは皆様良いお年を!

遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。
今年も完走に向けお付き合い頂けたら幸いです。

恐らく、今月中に四章は終わり五章で正規エンドの
一つ目を迎えられると思います。やっと一つ目のエンディングですね。
ここまで来るのが本当に長かった……

しばらく作者的にしんどい展開が続くので、ここいらでもし良かったら
今までに好きな展開とか好きなキャラとかなんでもいいので
感想貰えたらとても嬉しいです。オラに元気を分けてくれ!

更新は今週土曜日の夜を予定しています。

あとクッソ遅くなったけど三章のチャプターリザルト作りました。
三章長すぎてね。読み直してまとめるのに半月くらいかかったっていうね……
本当、読んでくれた皆様には頭が上がりません。


― Chapter Result ―


【物語編】

・モノクマが内通者について話したため、生徒達はお互いに警戒しあっている。
 →KAZUYAの派閥が半数を超えたため、現在はさほど警戒は高くない。
・謎の不審者が朝日奈を襲った。
・不二咲が自家中毒を起こしてKAZUYAがキレた。
・ジェノサイダーが記憶を失っていないことにKAZUYAが気付いた。
 ①KAZUYAは過去にジェノサイダー関連の治療に関わっていた。
 ②多重人格の治療について、腐川は過去にKAZUYAに相談していた。
・医療実習で実技の練習を始めた(気道挿管、静脈注射、縫合)。
・アルターエゴがPCから何らかのデータを解析した。
 ①石丸の撮った写真(大和田、桑田、不二咲)と苗木の撮った写真(舞園、セレス、山田)。
 ②希望ヶ峰学園は生徒に人体実験を行っていた。そのため体調を崩し保健室に来る生徒が多かった。
 ③才能を伸ばすための実験というより才能そのものを研究しているように思える。
 ④【カムクライズル・プロジェクト】の資料を入手。希望ヶ峰には何やら裏があるように思える。
  実験データは不二咲のUSBメモリに記録しPCのデータは削除した。【希望ヶ峰学園学園の謎(Ⅰ)】
・学園へのクラッキングは不可能ではないがまだアルターエゴの性能が弱いので危険。
・一連の実行犯は全員希望ヶ峰学園の生徒ではないかと予想。
・アルターエゴで内通者をあぶりだすことにした。
・江ノ島の正体を大和田、不二咲、十神、霧切に話した(石丸以外のKAZUYA派はみんな怪しいと思っている)。
・いつかみんなとカラオケに行くと約束した。
・苗木が保健室の隠し扉を発見した(レントゲン、心電図モニター、人工呼吸器等がある)。
・不二咲と共にAED(KAZUYAスペシャル)を修復した。
・ダブルオペで山田は昏睡状態に。手術中は謎の【モノクマ看護婦】が様子を見ていた。
・捜査中に【葉隠メモ】を入手した。
・捨てられていた山田の漫画をKAZUYAが拾った。
・二度目の学級裁判を乗り越えセレスがお仕置きされた。


【生徒編】

・霧切の手の火傷を手術した。まだ当分手袋は外せない。
・朝日奈の内通者疑惑が晴れKAZUYAとも和解した。
・内通者かも知れないが、大神を信じると朝日奈に約束した。
・石丸が精神崩壊から復活した。
・桑田と舞園がほぼ和解した。
・大和田に進学援助の話をした。
・引きこもっていた腐川が部屋から出てきた。ついでにデート(映画)の約束をした。
・舞園の右手のギブスを外した。手首は動かないが現在リハビリ中。
・生徒監禁に学園長の関与を知り、霧切は少し焦っている。
・苗木が医師になる決意を固めた。
・葉隠は他人を信用しない。
・葉隠の占いではKAZUYAは誰かに裏切られる。→裁判後セレス、山田、葉隠と発覚。
・山田の同人誌完成率は現在80%。
・山田は自分にコンプレックスを持っている。
・霧切が希望ヶ峰学園にやって来た理由を聞いた。


【その他】

・『腐川 冬子』が仲間になった!
・『ジェノサイダー翔』が仲間になった!
・『朝日奈 葵』が仲間になった!




       【11人】

        ↓ カタッ

        【9人】


       to be continue...



誰も居ないけどひっそり宣伝

ダンガンロンパとドラえもんのクロスを始めました。
気軽に遊びに来てくれたら嬉しい。確かこっちのスレが重い展開の時に
息抜きに書き始めたSSだから、内容はドラえもん寄りのほんわかコメディです。
こっちもまたハードになりそうだから幾分か息抜きになれたら……

ドラえもん「ダンガンロンパ?」
ドラえもん「ダンガンロンパ?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1515331445/)


苗木は部屋に戻ったため、朝日奈と医療チームだけが保健室に残り看病した。


舞園「バイタルはどうですか?」

石丸「今のところは安定しているが……とりあえず十分ごとに記録しておこう」

K「もう昼だ。お前達も順番に昼食を食べてくるといい」


KAZUYAは二人に休憩を促した。朝食は他の生徒が持ってきてくれた物を保健室で
食べたが、今は小康状態のため休めるうちに休ませようと思ったのだ。保健室には
KAZUYAと助手が一人いれば問題ないし、また苗木のように体調を崩されたくはない。


石丸「舞園君、お先にどうぞだ!」

舞園「ありがとうございます。すぐに戻ってきますね」

朝日奈「先生はどうするの?」

K「俺は離れられんさ。いざという時処置出来るのは俺だけだからな」

朝日奈「私もここで食べるし、じゃあ先生の分も持ってくるね」

K「頼む」


舞園と入れ違いに大和田達が入ってくる。


石丸「おお、兄弟」

大和田「よお。手伝いに来たぜ。ついでに昼飯も持ってきた」

不二咲「出来ることがあったら何でも言ってね」


桑田「朝日奈、あんま根詰めるなよ。俺達もいるんだからさ」

朝日奈「……うん、ありがとう」

K「気持ちは有り難いんだが、人数が増えるとどうしても騒がしくなる。
  衛生の問題もあるし、朝日奈以外は医療コースの人間だけにしてくれるか?」


セレスと山田の時は患者が二人の上、着替えなどの問題があったためスタッフは多い方が
良かったが、現在は大神一人のため実質保健室がICU(集中治療室)となっていた。


大和田「そうか。ま、こればっかりはしゃあねえな」

K「折角来てくれたのにすまん」

不二咲「じゃあお見舞いもダメだよね。山田君達が心配してたけど」

K「……ウム、面会謝絶だ」

桑田「わかった。伝えとくわ。俺らも体育館とか教室とかなるべく近くにいるからさ。
    もしなにかあったら呼んでくれよな」

石丸「すまない、みんな。ありがとう」


苗木が回復すれば苗木、石丸、舞園、霧切が入るため人数的には申し分ない。
もっとも、如何にスタッフが揃っていても最終的には患者の体力が問題なのだが。


朝日奈「……みんな、さくらちゃんの心配をしてくれてるんだね」

石丸「当たり前だ。仲間じゃないか!」

朝日奈「仲間……」

朝日奈(でも、仲間じゃない人もいる……)


― コロシアイ学園生活六十九日目 食堂 PM1:11 ―


昼食を終えた後も、生徒達は何となく食堂に残っていた。
苗木はすっかり体調が戻ったため、そろそろ保健室に合流する予定である。


葉隠「オーガに謝った方がいいのかねぇ……」


キッカケは葉隠のこの一言だった。


江ノ島「は? なんで?」

葉隠「いや、だってよ……まさか自殺未遂するほど思い詰めるなんて思わなくてさ……」

腐川「そりゃ、あんた達があれだけ責めれば当然よね」

江ノ島「単に裏切った責任取ろうとしたんじゃないの? 自業自得ってヤツ」

不二咲「そんな言い方は良くないよ……」

セレス「彼女は武人ですから、命を持って償おうと考えるのは自然かもしれませんわね」

山田「死んだって仕方がないじゃないですか……」

苗木「その通りだけど、大神さんにだって弱さはあるんだよ」

大和田「そうだな……頭が真っ白になると死んで責任取った方が
     いいんじゃねえかって気になっちまうからな……」

舞園「責任感が強い人だからこそ思い詰めてしまう所があるのかもしれませんよね」

葉隠「い、生きてるうちに謝っとけば死んでから枕元に立つこともねえだろ!」

桑田「死ぬこと前提じゃねーか!」


セレス「オカルトは信じなかったのでは?」

葉隠「オカルトじゃねえ! 幽霊じゃなくてエクトプラズムだべ!」

霧切「緊急事態だったからドクターの処置も通常のものとは違っていたわ。
    それがプラスに働けばいいのだけど」

十神「大神が死のうが生きようが関係ない。むしろ何故助けた? 裏切り者は死んだ方が好都合だろう」


ガシャン!

厨房から何かが割れる音がした。


朝日奈「…………」


そして目を釣り上がらせた朝日奈が中から出てきた。


苗木「あ、朝日奈さん……」

腐川「ヒッ! なんでそんなところに……」

朝日奈「……先生の食器を片付けてた」


昨日から朝日奈は保健室に泊まり込んでおり、KAZUYAの食事も運んでいたのだ。


「…………」


勿論食堂の空気は最悪だ。


朝日奈「……ねえ、謝ってよ。さくらちゃんに謝って」


俯く朝日奈の顔には陰がかかり、表情がよく読み取れない。
だが、ワナワナと手が震えているのは誰の目にもわかった。


葉隠「す、すまなかったべ……流石にちょっと悪かったなって」

江ノ島「まず大神が目を覚ましたらね」


危機に敏感な葉隠は朝日奈の異様な雰囲気を読み取ったことと、元々罪悪感を
持っていたこともありあっさりと謝罪した。江ノ島は明確に謝るとは言わなかったが、
朝日奈はその曖昧な言い方を肯定的な意味で捉えた。

二人の返答を確認すると、朝日奈は真っ直ぐ十神に歩み寄る。


朝日奈「あんたも謝ってよ―― 十神」

十神「……フン」

朝日奈「遺書に書いてあったよ……みんなに申し訳ない、愚かな自分に絶望したって。
     さくらちゃんはね、ただみんなに謝りたかっただけなんだよ!」

朝日奈「それをあんたは話すら聞かずに……!」

十神「そんなものは自分のためだろう」

十神「自分のために裏切って自分が許してもらいたいから謝る。頭の弱い貴様はそれを
    まるで崇高な自己犠牲かのように吹聴するが、人間は所詮自分のためにしか動かない」


朝日奈「違う!! あんたに……あんたにさくらちゃんの何がわかるの?!」


朝日奈の悲痛な叫びが食堂に轟く。


朝日奈「さくらちゃんは私達のために自殺しようとしたんだよ! 折角まとまりかけてたのに
     裏切り者の自分がいたらいつまでも一つになれない! 自分が死んだら今度こそ
     一致団結して仲良くしてほしい、そう思ってたのに!!」

霧切「そう……それが遺書に書いてあったことなのね」

腐川「あたし達のために……」

不二咲「大神さん……」

十神「フン、どいつもこいつも簡単に騙されおって」

朝日奈「あんた、いい加減に……!」

十神「人の話は最後まで聞け、単細胞。そもそも大神は『本気で死ぬつもりなどなかった』」

苗木「えっ」

舞園「どういうことですか?」

十神「大神が自殺したのは早朝だったな。何故あんなに早く見つけられたんだ?」

朝日奈「それは、トレーニングの前に別れの言葉を言ってたから……」

十神「それだ、愚民。何故気付かん。大神は心配した貴様が大騒ぎして西城達を連れてくるのを
    見越していた。死ぬつもりなんてさらさらなかったんだよ。簡単だろう?」

朝日奈「そ、そんなこと……」

十神「何度でも言うが、他人のために死ぬ人間などいない。誰だって自分が一番大切だからだ」





「それは違うぞ!!」


訂正


×霧切「そう……それが遺書に書いてあったことなのね」

○セレス「……それが大神さんの遺書に書いてあったことなのですね」


「!」

K「それは違う、十神」

十神「……また貴様か。毎度毎度タイミングを図ったように現われおって」


マントをたなびかせ食堂の入口から現れたのはKAZUYAだった。後ろには石丸もいる。
朝日奈が十神と口論を始めた時点で霧切が保健室まで呼びに行っていたのだ。


石丸「十神君! 今日という今日は君の間違いを正させてもらう!!」


ちなみに石丸が十神を止めると言って聞かなかったため、現在大神は霧切に見てもらっている。


K「娯楽室には鍵がかかっていたんだがな、更にドアを塞ぐように
  長椅子が置いてあったんだ。一体何故だと思う?」

桑田「中からドアが塞がれてたのか?」

腐川「それじゃあ開けられないじゃない!」

山田「密室殺人の演出でもしたかったんですかね?」

葉隠「不可能殺人ってヤツか?!」

セレス「まさか」

K「いや、その通りだ」

山田「え、今のが正解?! いやいやいや……」


江ノ島「なにそれ。アタシ達を嵌めようとしたってこと?」

不二咲「大神さんはそんなことをする人じゃないよ!」

苗木「むしろ、逆なんじゃないかな?」

大和田「逆ってどういうことだ?」

K「大神は遺書を用意していたが、意地の悪いモノクマのことだ。もしかしたら
  遺書を隠して事件に仕立てあげ、学級裁判が開かれるかもしれないだろう?」

K「その時、俺達が危険にならないようわざと密室を作りあげたのだ。
  そうすれば誰も犯人になりえない。――則ち自殺と確定するからな」

苗木「そうか。僕達を守ろうとしてくれたんだ……!」

石丸「自分は死ぬというのに、残される僕達のことを考えてくれたとは……」

十神「…………」

K「それだけではない。今までのように俺が手術して蘇生されてしまう可能性があった」

K「だから念には念をいれ……万一見つかっても蘇生されないよう、
  カッターの刃を飲み込んでいたのだ!」


KAZUYAはこの情報を医療スタッフ以外には伝えていなかった。あまりにショッキング過ぎるし、
万が一大神のことを責める者がいた時のために、切り札として隠していたのだ。


十神「なっ?! カッターの刃、だと……?!」


葉隠「ヒィィッ?! 想像するだけでノドが痛くなるべ!」

腐川「どうかしてるわ……!!」

K「なあ十神、お前はこれでもまだ大神が死ぬつもりはなかったと言うのか?」

十神「…………」

K「カッターの刃を飲み込むなんて相当な覚悟がないと出来ないよなァ。大神はそれを
  何本も飲み込んでた訳だ。そこまでして彼女が守りたかったものは自分自身だと思うか?」

K「確かに自分のためでもあるだろう。みんなに許してもらいたかった。裏切った罪を償いたかった。
  だが、死んだら人間はそれで終わりだ。折角みんなに許してもらっても自分が死んでしまったら――」

K「――『本末転倒』。お前はそう思わないか?」

十神「…………」


流石の十神も今回だけはそれがどうしたとは言わなかった。

十神の中では常に人間は自分のために生きている。しかし、KAZUYAの言う通り死んでしまえば
大神の行為は全て無駄になるだろう。世の中には後先を考えない、所謂『愚か』な人間も多数いる。
そういった人間は時に十神の予測から大きく外れた行動を取ることもあるが、大神はそういった
浅慮な人間ではなかった。だからこそ、死んだ後のことも考えて遺書や密室を用意したのだ。

十神は顎に手を当て、しきりに考え込んでいる。


苗木「十神君……」

石丸「十神君!」

腐川「白夜様……」


それぞれの思いを乗せた二十六の瞳が十神を見つめていた。


ここまで。果たして十神はどう動く?


遅まきながらツイッターを始めました。
不定期更新になった時にすぐ始めれば良かったのでしょうが…
今後、更新のお知らせはこちらで呟きます。
http://twitter.com/doctor_ronpa_K

今日と明日はセンター試験らしいですね。
受験生が今時こんな場所読んでる訳がないけど、
皆様上手くいきますように。

乙です


十神「…………」


十神「…………」


十神「…………」


嫌な沈黙が続く。KAZUYAは教師として黙って見守っていた。


K「…………」


ひとしきり考えて納得したのか、十神は軽く頷く。


十神「成程……どうやらケジメはつけたようだ。それは認めてやろう」


―― とうとう十神は大神の決死の覚悟を認めたのだった。


舞園「十神君、わかってくれたんですね!」

桑田「やーっとかよ、このゴーマン御曹司!」

セレス「本当、素直でないお方ですこと」

葉隠「セレスっちに言われたらおしまいだべ」

山田「まったくです」



朝日奈「……で?」


不二咲「え?」

大和田「どうした、朝日奈?」

K「…………」

朝日奈「さくらちゃんが私達のために死のうとしたことを認めたんでしょ?
     それで、そこまで追い詰めたのはどこの誰? ちゃんと……ちゃんと謝って」


プライドの高い十神にとって他人を認めるという行為は、
一般人で言うところの最大の賛辞であり彼なりの譲歩でもある。

だが、朝日奈にはそれが理解出来なかった。

……或いは、理解出来ても納得が出来なかった。


朝日奈「認めたのなら謝ってよ! 今すぐ!」

十神「認めるとは言ったがそれとこれとは別問題だ。何故俺が謝らねばならん」

朝日奈「どうして……謝ってくれないの……なんで、そんなに上から目線なの……
     なんで、なんであんたはいつも……」

葉隠「あ、あー。これは年長者の俺からのアドバイスだけど、あんま意地張らない方がいいべ」

セレス「謝ってあげたらどうですか」

苗木「十神君。確かに大神さんにも悪い所はあったかもしれない。
    でも言っていいことと悪いことがあるのは確かだよ!」

石丸「少なくとも仲間に対して死んでいいなどとは言語道断だ!」

十神「知るか。俺は謝らんぞ」


朝日奈「…………」


朝日奈が求めていたのは大神に対する理解。

そしてたった数文字の謝罪の言葉。ただそれだけだった。

けして見下した傲慢な賛辞などではないのだ。


朝日奈「やっぱり……わかってくれないんだ……私……ギリギリまで我慢したのに……
     一言……謝ってさえくれたら、許そうって思ってたのに……!」


朝日奈は俯き、その目からは大粒の涙が零れていた。
肩はワナワナと震えている。そして、震える手を後ろに回した。


江ノ島「! なに持ってんの、アンタ?!」

K「朝日奈っ!」

朝日奈「もう……もうこうするしかない!!」


朝日奈は上着の中から包丁を取り出したのだ。


K「やめないか!」

大和田「お、おいやめろって!」

葉隠「言わんこっちゃねえ! だからさっさと謝っとけって言ったんだ!」

モノクマ「盛り上がってきましたな!」


いつの間にかモノクマが椅子に座ってポップコーン片手に観戦している。


苗木「この! 他人事だと思って……!」ギリッ!

セレス「実際他人事なのですよ。結局モノクマの思い通りになってしまいましたね」

石丸「か、隔離だ! こういう時は当事者を引き離して……」

腐川「白夜様! お逃げください!」

十神「ハッ! こうなることくらいお見通しだ。この俺が何の対策も立てていないと?」

苗木「十神君、何を……!」

十神「喜べ、腐川。お前の出番だぞ」

腐川「えっ?! な、なに……?!」

江ノ島「あ、コショウ!」


不二咲「あれってもしかして……!」


十神は取り出した胡椒を腐川に振り掛けた。


桑田「ジェノサイダーを呼ぶ気か!」

舞園「腐川さん、耐えてください!」

腐川「そ、そんなこと言われたって! ハッハッ……」

K「馬鹿者! 早く鼻と口を塞げ!」


KAZUYAが叫ぶが、手遅れだった。


腐川「へあーっくしょんっ!!」

ジェノ「驚き桃の木山椒の木ー! 今日も素敵な殺人鬼ー! ジェノサイダー翔でーす!」

K「間に合わなかったか……」

ジェノ「あーら、皆さんお揃いで? ご機嫌麗しゅう。なーんつって! お嬢様みたいだった?!
     ゲラゲラゲラ! ……てかこれどういう状況? ねーカズちん」

十神「おい、ジェノサイダー。命令だ。俺をそこの単細胞馬鹿から守れ」

ジェノ「え、なんなのあの乳袋女。なんで包丁向けてるワケ? ハッ! まさか白夜様を切り刻んで
     快感タイムを味わうつもり?! 冗談じゃねーぞ! 白夜様はアタシの獲物だっての!」

ジェノ「人の獲物を横取りするようなふてえヤツは……バラッバラにしちまうぜぇ」


ジェノサイダーは鋏を取り出し構える。そこには本気の殺意があった。


短いけどここまで。


>>851
忙しい中、いつもありがとうございます
最近ちょっとモチベ落ちてるけど、一人でも応援してくれる人がいたら
最後まで頑張ってやり遂げるつもりです。ありがとう。


K「安心しろ、翔。お前の出番はない。朝日奈、包丁をこっちに渡すんだ!」

ジェノ「ヒュー! カズちんかっこいー」

朝日奈「とめないで、先生!! 大丈夫だよ。殺したりするつもりはないから」

葉隠「じゃあ安心だな!」

桑田「そんなワケあるかアホ!」

舞園「朝日奈さん、あなたは何をするつもりなんですか?」

朝日奈「……少し痛い目に遭ってもらうだけだよ」


いつもの明るい姿からは考えられない昏い瞳をギラリと光らせ、朝日奈は答えた。


朝日奈「私、私ずっと考えてたの。どうしてこいつはこうなんだろう?
     どうしていつまで経っても十神だけ変わらないんだろうって……」

朝日奈「みんな、ここに来てから少しずつ変わった。もちろん、それは良い方にだよ」


一人一人の顔を、朝日奈は順に見ていく。それはこの狂った学園生活の総括でもあった。


朝日奈「焦ってコロシアイに乗っちゃった舞園ちゃんと桑田」

舞園・桑田「…………」

朝日奈「誰にも言えないコンプレックスを持ってた大和田と不二咲ちゃん」

大和田・不二咲「…………」

朝日奈「現実に耐えきれなくておかしくなった石丸」

石丸「…………」

朝日奈「自分勝手な理由でみんなを裏切ったセレスちゃん、山田、葉隠」

セレス・山田・葉隠「…………」


朝日奈「そして、さくらちゃん……人質が心配でずっとモノクマと内通してた」

十神「…………」

朝日奈「私だって、焦って不安で周りに八つ当たりをしたりした……
     今なら間違いだってわかる。みんなもそうでしょ? みんな変わったよね?」

「…………」

朝日奈「なのにこいつだけはずっと嫌なヤツのまま。……それはどうして?」

不二咲「朝日奈さん……」

十神「……フン」

朝日奈「それで、わかったの。こいつだけなにも失敗してない。こいつだけ
     一度もツラい目に遭ってない。まだなにも失ってないんだって……」

K「朝日奈! その考えは……!」

山田「確かに、常にトラブルメーカーで周囲と距離を取っているからこそ、
    逆に大きな問題や失敗はしていないとも言えますな……」

大和田「俺達が失敗した時、いつも笑いながら高みの見物してやがったぜ……」

桑田「……昔の俺とおんなじだ。要は思いあがってんだよ! 他人の気持ちがわかってねーんだ!」

朝日奈「そう!! だから、だから教えてあげようって……大怪我して、痛い思いをして
     KAZUYA先生に助けてもらえば、十神もきっとわかってくれるって……そう思うの」

ジェノ「成程ねえ。栄養が全部胸に行ってると思ったけど、いろいろ考えてんだなぁ」ウンウン

苗木「だからって、だからってそんなの駄目だ! 良くないよ!」

朝日奈「良くないって、どうして?!」

苗木「どうしてって……そんなの良くないに決まってるじゃないか!」

石丸「そうだ! 暴力で解決など、そんなものはモノクマの思う壺ではないか!」


朝日奈「じゃあ話し合いで解決するの?! 私達今まで何回話し合いした?! それで解決したのっ?!」

苗木「それは……」

江ノ島「解決なんてする訳ないよ。だって、なにも変わってないんだからさ……」

朝日奈「ねえ、先生! 教えてよ!! どうしてダメなの?!! じゃあ、なにが正解なのっ?!!」

K「朝日奈……」


KAZUYAは答えられなかった。


セレス「これは潮時なのかもしれませんね……」

不二咲「潮時って、そんなの……!」

葉隠「アワワワワ! 朝日奈っちの怒りはもう限界だべ! 女のヒステリーは止められねえ!」

朝日奈「みんなもわかってくれたでしょ……? じゃあ……」

K「馬鹿なことはよすんだ!!」


荒事に慣れているKAZUYAは刃物程度で怯んだりはしない。
多少手荒だが、近寄って一気に奪い取ろうと試みた。

だが、


朝日奈「来ないで! もし来たら――私死ぬから!!」


朝日奈は包丁を自分の首筋に突き付けた。

頸動脈だ。万が一ここを切り裂けば助けるのは困難だろう。


苗木「朝日奈さん?!」

K「何を言っているんだッ!!」

朝日奈「私は死んでもいいっ! 友達が自殺しようとするほど苦しんで悩んでたのに私は
     気付いてあげられなかった……。これで私が死んだとしてもそれは罪滅ぼしなんだよ!」

舞園「朝日奈さん、いけません!」

葉隠「早まるなって! 死んだら終わりだぞ?!」

K「クッ……!」

K(どうすればいい? どうすれば彼女を止められる?!)

十神「相手にするな、西城。どうせ口だけだ。本気な訳がない」

朝日奈「私は本気だよ!」

十神「ならさっさと死んでみせろ」

朝日奈「……!!」


火が付いたように朝日奈の顔が一瞬で紅潮した。刹那、スプリンターの如き俊足で駆け出す。


朝日奈「十神ィィイイイイッ!!!」

K「やめろッッ!!!」


ザクッ!!


朝日奈「あ……」

K「ヌゥゥ!」


KAZUYAは咄嗟に右手を伸ばし、包丁の刃を掴んでいた。血が辺りに飛び散る。


朝日奈「あ、あ、あ……」


柘榴のように赤かった朝日奈の顔は、今やオダマキのように真っ青になっている。


石丸「西城先生ッ!!」

ジェノ「センセっ?!」

不二咲「指が……!」

K「……大丈夫だ。ギリギリ受け流した」


――結局KAZUYAにはいつものように力技で止めるしか方法が残されていなかった。

幸い指はちぎれなかったものの、けして軽傷ではない。


K「フンッ!」


KAZUYAは血まみれの指に力を入れ、朝日奈から包丁を奪い取ると遠くに放る。


朝日奈「あっ」


乾いた金属音が響いた。もう彼女の手には戻らない。


K「朝日奈……」

朝日奈「どうして……どうしてあいつを庇うの?! なんでっ?!」

K「十神を庇ったんじゃない。俺が守りたかったのは……君だ」

朝日奈「私を、守りたかった……?」

K「俺は……どんな理由があろうと人を傷付けてはいけない、などとは言わん。そんな聖人じゃない。
  確かに世の中にはどうしようもない奴もいるし、実際俺だって何度も傷付けたことがある」

朝日奈「じゃあ、なんで……」

K「君は本当に友達思いで優しい子だ。だからこそ、人を傷付けて平気ではいられないだろう?
  確かにこのやり方で解決するかもしれない。何かが変わるかもしれない」

K「だが、君の心には人を刺したという傷が一生残る。――心の傷は手術では治せないんだ」

朝日奈「!!」


KAZUYAは朝日奈の肩を掴んだ。


K「わかってくれ。俺はもう生徒が傷付く姿を見たくない……!」

朝日奈「でも、でもぉ……!」


朝日奈の目から涙が溢れる。もう一歩だ、とKAZUYAが追撃しようとした時だった。


十神「貴様、自分がしたことをわかっているのか?」


苦々しく十神が朝日奈を弾劾する。


十神「危うく超国家級の医師の右手を潰すところだったんだぞ? その意味をわかっているのか?
    お前達愚民の命なんぞより余程価値のある代物だ。それに傷を負わせるとは」

K「十神!」

K(余計なことを!!)

朝日奈「あ、あ……ごめん、なさい……ごめんなさい、先生……!」

K「気にしなくていい。俺は自分の右手よりお前達の方が大事だ!」

朝日奈「でも、でも先生の指が! 私のせいで手術できなくなっちゃったら……!!」

K「大丈夫だ。神経は切れてない!」

ジェノ「ちょーっと、マジで許しがたいんだけどそのホルスタイン。もうちょっとでアタシの好きな
     カズちんの指を切り落とすとこだったっつーのに無罪放免ってのは納得出来ねーな」

大和田「おい、ジェノサイダー!」

江ノ島「なにする気?!」


ジェノサイダーがジャキンジャキンと鋏を鳴らしながら近付く。


K「やめろ、翔!」

ジェノ「センセには悪いけど、アタシは女にゃ優しくねーんだよ。ま、男も切り刻むけどな! ゲラゲラ」

K「やらせんぞ!」


朝日奈を庇うようにKAZUYAはジェノサイダーに向き直り……信じられないものを目撃した。































K「! 避けろッ!!」

「へ?」


ここまで。

もう五年経ってたんだなぁ……

Twitter更新予告から。
長年追ってきて始めてリアル更新見れるので楽しみです。そしてtwitter便利

>>887
大体日曜の夜に更新することが多いのですが、
時間的にリアルで見れない人が結構多いみたいですね。
ツイッター始めて良かった。

再開します。


ジェノ「?」キョトン?

不二咲「えっ?」

葉隠「は?」


生徒達は動揺し硬直した。誰に対して警告を発していたかはKAZUYAの
視線の先を見ればわかるが、何故その人物が避けなければいけないかが
全く理解出来なかったからである。だが危難は待ってなどくれない。

KAZUYAは立て続けに叫んだ。


K「避けろッ、十神ッ!!」

十神「ッ?!」


その言葉に反応して十神はようやく自分に殺意を向けている存在に気が付いた。


十神「クッ!」

「チッ!」


伊達に幼少の頃から護身術を学んでいないのか、十神は瞬時に状況判断で転ぶと
受け身を取りつつ距離を離す。だが、刃が掠った右頬からは確かに血が飛び散った。

衝撃で十神の眼鏡が外れ、彼の血走った怒りの双眸が顕わになる。


モノクマ「これはこれは……まさかのダークホースですなぁ……」

十神「貴様……これは一体何のつもりだ……返答次第ではタダでは済まさんぞ!」

「…………」


襲撃者は何も答えない。凶器を構え直し、改めて十神に向き直る。
持っているのは包丁、KAZUYAが朝日奈から取り上げて投げ飛ばしたものだ。


十神「答えろ」

























十神「――舞園さやかァ!!」


舞園「…………」



桑田「ま、舞園?!」

朝日奈「舞園ちゃん……?!」

舞園「…………」

山田「舞園さやか殿……ほ、包丁なんて持って何を……?」

石丸「君は、一体何をしているのかね? 自分が何をしているのかわかって……?!」

舞園「……わかっていますよ。全部わかってます」

苗木「じゃあ、何で?! 何で十神君を殺そうとしたの?! 舞園さん!!」

舞園「殺そうとした訳ではありませんよ。死にそうな目に遭ってもらおうとしただけです」

江ノ島「ほとんど同じでしょ……」

セレス「舞園さん、とうとうおかしくなってしまわれたのですか?」

舞園「うふふ……」


舞園は包丁を持ったまま笑っていた。だがその目は笑っていない。


桑田「……冗談だったら笑えねーぜ」

舞園「冗談なんかではありませんから安心してください」

ジェノ「なんだぁ? 仲間割れか? 白夜様も嫌われてんねー、ホントに」

大和田「仲間割れとかそんなんだったらいいんだけどな……」

山田「今の舞園さやか殿には凄まじいヤンデレヒロインオーラを感じます……」

舞園「私なりに考えてみたんです。何が“正解”なのかって」

K「正解だと……?」


壊れた笑みを浮かべながら舞園は語る。人形のような白い顔には狂気が浮かんでいた。


舞園「朝日奈さんの言葉はおかしいでしょうか? 人の痛みをわかって欲しいというのが
    そんなにいけないことでしょうか? むしろ私は優しいと思います」

舞園「あれだけ親友を悪く言われて自分も傷付いてるのに、まだ仲良くしたいと思ってるんですから」

苗木「仲良く?」

舞園「朝日奈さんは十神君が憎くて仕方ないと思うんですが、改心して欲しいとも思ってるんですよ。
    それって、裏を返すと改心して仲間になってもらいたいっていうことですよね?」

朝日奈「そうだよ……嫌いになるってツラいもん……怒ったり憎むのってすごく疲れるし……」

舞園「私も同じですよ。十神君にも変わって欲しいだけなんです。
    変わって、優しくなってもらって、みんなと仲良くして欲しいんです」

舞園「……私もこうするのがいいんじゃないかって実は前々から思っていました」


私達おんなじこと考えてたんですね、と舞園はイタズラっぽく笑う。反対に十神の背筋は冷えていた。


十神「気色の悪い奴らめ……いよいよ宗教じみてきたな。自分達が気に入らないと力づくか……」

舞園「人聞きの悪いことを言わないでください。みんなずっとあなたの暴言を
    我慢していたんですよ。人を傷付けていたのは私達じゃなくてあなたの方です!」

十神「自己主張とは個のぶつかり合いだ。ぶつかって勝利を掴むことで初めて我を通せる。
    それに耐えられない方が悪い。自分の弱さを他人のせいにするなっ!」


その言葉の通り、舞園と十神の意見が真っ向からぶつかり合う。二人共一歩も退かない。


セレス「やりすぎたのですわ、十神君。わたくしはどちらかと言えばあなた寄りの人間ですが、
     やはり自己を主張しすぎて失敗しました。社会とは個の集合体である以上、あまりに
     強すぎる個性は削られるのです。人の上に立つ人間ならそのくらいご承知でしょう?」

十神「知っているさ。だが、超高校級という最も個の強い集団の集まりでさえこうではな。
    失望を通り越してもはや反吐が出るというもの……」


桑田「俺に言わせれば人にイヤな思いさせて平気なオメーにヘドが出るぜ!」

山田「そうです。人として問題ですぞ!」

十神「黙れ! 偽善者共め! お前達によって無理やり俺の考え方を変えるというなら、
   それは俺という個性を持った人間を殺すのと同じではないのか?」

十神「――お前達は“俺を殺す”気か?!」

石丸「……!」

苗木「十神君……」


ギンッ!っと睨みつけ、十神が威圧する。こめかみには青筋が浮かび上がり、
顔面は怒りのあまり赤を通り越してもはや青くなっている。


葉隠「そ、そんな大袈裟な……表では適当に合わせて、裏で違う考え持ってるなんて
    普通の社交術だろ? もうそろそろ大人なんだからあんまりワガママ言うもんじゃねえって」

十神「そんなことはビジネスで当たり前にしている! お前達にそこまでする価値がないだけだ」

江ノ島「あんた、人をバカにするのもいい加減にしなよ!」

苗木(馬鹿にしているのかな? これが十神君なりの表現の仕方なんじゃ……)

不二咲「十神君……どうしてここまで……?」


十神の固い信念、思想。それは幼い頃の過酷な経験に基いている。
血を分けた実の兄姉達とのいがみ合い、疑い合い、蹴落とし合い……

度重なる強度の緊張と重圧、そこから来るストレスによって十神の人格は歪んだ。

この話を知っているのは苗木、石丸、KAZUYAの三人だけである。故に、他の者は理解出来ない。


十神「何があっても俺は変わらんぞ……!! 自分を曲げるくらいなら死んだ方がマシだッ!!!」

舞園「じゃあ死んでくださいよッ!!」


苗木「舞園さんっ!」

K「舞園ォッ……!!」


制止に入ろうとしたKAZUYAの腕を朝日奈が掴む。少女とは思えない力だ。KAZUYAが本気で
振り払おうと思えば当然可能だが、無理に突き飛ばせば怪我をする可能性がある。


朝日奈「先生、止めないで!」

K「離すんだ、朝日奈!」

朝日奈「どうして?!」

K「こんなことは間違っているからだ!!」

朝日奈「どこが間違っているの!!」

K「それは……」


KAZUYAはこの行為が間違っているということだけははっきりとわかっていた。
だがそれ以上の、則ち今この場でどうすることが正解なのかはわからなかったのだ。

十神は周囲の顰蹙を買い過ぎた。仮にKAZUYAが舞園を止めたとして、十神は改心しないだろうし
また同じように問題が起こる。その時こそ取り返しのつかないことになる可能性があった。

倫理や道徳や常識で諭しても、生徒達の不条理で非合理的な感情を
納得させることは出来ないだろう。そこまで不満が溜まっていたのだ。

……もう大人のKAZUYAでは止められない。


K(俺はどうすれば……!)

苗木「舞園さん!」


その時――苗木誠が舞園の前に立ちはだかった。


苗木「舞園さん、駄目だ!」

舞園「どうして止めるんですか? これが一番いい方法なんです!」

苗木「駄目だよ……こんな方法……」

舞園「駄目? 何が駄目なんですか? じゃあ苗木君は十神君を説得できるんですか?
    長い目で見たらこれは十神君のためでもあるんです!!」

苗木「わかってるよ。舞園さんの言ってることは正しいのかもしれない。
    でも、らしくないよ……そんなことを言うのは『舞園さんらしくない』」


苗木は心を尽くして舞園を説得しようとした。このメンバーの中では
間違いなく苗木が一番舞園のことを理解していると言えたし、舞園も
苗木を最も信頼していた。普段ならば説得も可能だっただろう。

……ただ、今回ばかりは使った言葉が悪かった。


舞園「“私らしい”って、何……?」

苗木「舞園さん……?」

舞園「私らしいって何?!」

苗木「……舞園さん?」

舞園「どうすれば私らしいの?! 苗木君は本当の私のことを知っているの?
    私も知らないのにっ? どうしてっ?!」


いつの間にか舞園の瞳からはとめどない涙が溢れだしている。
その姿はまるで助けを求めているかのようだった。


舞園「ねえ教えて。私は誰? どうするのが私らしいの? 私は誰なのッ?!!」

苗木「ま、舞園さん……」


突然取り乱しはじめた舞園に苗木は言葉を失っていた。
今ここに立っている彼女は苗木の知っている【舞園さやか】ではない。

では、誰だ――?


苗木「舞園さん、君は……」

舞園「来ないで!」

大和田「危ねえッ!」


錯乱した舞園が包丁を振り回したため、大和田が苗木を掴んで引き寄せた。


苗木「舞園さん!」

大和田「とめてやるなよ、苗木」

苗木「で、でも……!」


説得しなければならないというのはわかっていたが、舞園の豹変が気にかかって
苗木は二の句を継げなかった。自分の思っている以上に愕然としているのかもしれない。

代わりにセレスが前に出る。


セレス「舞園さん、あなたは覚悟がおありですか?」


セレス「あなたは既に一度前科がある。もしここで十神君を刺せば前科が二つになります。
     この場にいる人も外の人達もあなたに対する見方は変わる」

舞園「構いませんよ。汚れ役をする覚悟は出来てます。だから――」

舞園「――止めないでくれますよね、桑田君?」

桑田「…………」


舞園の死角に立っていた桑田は彼女から包丁を奪うことが出来た。
いや、止める気など毛頭ない。むしろ桑田がしようとしていたことは逆だ。


桑田「……やれよ。その場の思いつきとかじゃなくてずっと考えてたんだろ?
    絶対に後悔しないって約束できるなら、俺はとめねえよ」

舞園「ありがとうございます。……でも、自分でやれますから」

桑田「わかってたのか……」


桑田がやろうとしていたことは、舞園から包丁を奪うことだ。

そして、舞園の代わりに【汚れ役】を引き受けること。


桑田「俺が共犯者になってやる。オメーは一人じゃねえ!」

朝日奈「舞園ちゃん、汚れ役を押し付けちゃってごめんね。私も共犯者になるから!」

舞園「…………」


舞園は微笑を浮かべた。それだけは演技ではない、本物の笑顔に思えた。


ここまで。舞園発狂


モノクマ「生徒達の美しい譲り合いに先生は涙が出そうですよ。さあ、今こそ天誅ゥー!」

十神「馬鹿なことを……おい、ジェノサイダー! 今すぐあの女を止めろ!」

ジェノ「うーん。考えたんだけどさぁ。……このシチュエーションってすごい萌えねぇ?」

十神「……何?」


流石の十神も流れが変わったことを肌で感じ取る。


ジェノ「うん、決めた! アタシは黙って見てよーっと」

十神「?! ジェノサイダー! 貴様どういうつもりだ?!」

ジェノ「いや、だって殺すワケじゃないんでしょ? アタシ以外の人間が白夜様を殺すっていうなら
     そりゃ黙ってないけど痛めつけるだけならいいかなって。妄想じゃなくてリアルで白夜様が
     攻められるところなんてそうそう見れないし、なにより涙目姿が見たいっつーか」

十神「な、なんだと……?!」


予想外の発言に思わず十神の口元が引き攣った。


舞園「ジェノサイダーさんが物分かりのいい方で良かったです」

K「おい、翔! 何をふざけたことを?!」


焦ったのは十神だけではない。ジェノサイダーは今まで何だかんだKAZUYAに対して協力的だった。
そのため、最悪彼女に頼めばいいとKAZUYAも内心高を括っていた部分があったのだ。


ジェノ「ごめ~ん、カズチン。アタシも色々溜まってるっつーか面白いの見たいからさー。
     お説教は後で好きなだけ聞くから今回は勘弁して~」ゲラゲラ


不二咲「ま、待って……やっぱりダメだよ、こんなの!」

山田「不二咲千尋殿、時には厳しさも必要ですぞ。失敗した僕だからわかりますが、
    人間痛い目を見た方がいい時もあるのです」

大和田「そうだ。これは全部あいつの自業自得なんだ。庇ったらあいつのためにならねえ!」

不二咲「そう、なのかな……本当にこれでいいのかな……?」

江ノ島「そうだよ。ぜーんぶアイツの自己責任なんだから気にしなくていいって!」

十神「何を……言ってるんだ、お前達……本気か……?」


いつになく十神の声に力がない。急速に喉が乾いていく。


葉隠「十神っち、許してくれ。これが民主主義ってヤツなんだべ。ナンマンダブナンマンダブ」

モノクマ「学級裁判じゃないけど、オシオキターイム!ってね。さあ、行っちゃいましょう!」

十神「…………!!」


完璧な四面楚歌の状況に、流石の十神も身の危険を感じていた。

何より、舞園を取り巻く異常な雰囲気に気圧され始めていた。
体格でも武術でも通常なら十神が負ける可能性など万に一つもない。

だが、何をしても舞園を倒せないという直感めいた感覚があった。


十神(何故だ……何故この俺が気圧されている……相手はたかがアイドルの
    女一人じゃないか。体育系の才能ですらない。この俺が負けるはずが……)


しかしどんなに落ち着こうとしても冷や汗は止まらず、臓腑が震える。
普段の冷静な十神なら舞園を無傷で無力化する方法などいくらでも浮かぶだろう。

では何故こんなにも動揺し混乱し、膝が笑ってしまうのだろうか。

答えは明白だ。一言で表すと『本気の殺意にビビって頭が真っ白になっている』ということだ。


十神(この俺が怯えている、だと……? そんな馬鹿な! 俺は十神の後継者として
    何度も命を狙われてきているのだぞ! そう、身内にすら狙われてきたのだ!)


――結局の所、十神は勘違いをしていた。

実の兄姉達と行った蠱毒の争いによって十神はこの世の全ての
穢らわしいもの、人間の負の側面を見たつもりになっていた。

しかし蓋を開けてみればどうだろう。彼を心底憎み恨んでいたはずの
兄や姉達も、本気で末の小さい弟を殺そうとまでは思っていなかったのだ。
そこまで堕ちきったものは十神家に誰一人としていなかった。

故に、十神は身内から放たれる本気の殺意というものを知らないのである。
それは敵対者から放たれる悪意とはまた違う、氷のように冷たい感情なのだ。


十神「ヒッ! 貴様等全員どうかしている! 考え直せっ!!」

舞園「大丈夫です。少し痛いだけですよ。すぐに麻酔を打ちますから。わかってくれますよね?」

十神「そんな訳あるか! この人殺し共めッ!! 俺は絶対に貴様等を許さんぞ! 絶対にだッ!!」

K「馬鹿なことはやめるんだッ! 誰でもいい! 誰か舞園を止めろッ!!!」

苗木「舞園さんっ!」

大和田「やめろ、苗木っ!」

不二咲「西城先生もああ言ってるし、止めた方が……!」

山田「不二咲千尋殿、危ないです!」

葉隠「今は下がっとけって。後でK先生がなんとかしてくれるからよ」

「……………………」


苗木と不二咲が動いたが、その他の誰も十神を助けなかった。彼は嫌われていたからだ。

何より、もういがみ合うことに疲れ果てていたのかもしれない。

これで終わりにしたいと内心では考えていた生徒達は、
足をその場に釘付けにされたがごとく、誰一人動かず見守っていた。


十神(クソッ、大神がいれば……)

十神(…………。いや、何を考えているんだ俺は。馬鹿なことを……)


十神白夜はこの時初めて過度に大神を追い詰めたことを後悔した。
誰かが暴走してKAZUYAだけでは手が足りない時、必ず彼女は制止する側に
回っていた。今だって、この場に大神がいたら止めに入っていたはずなのだ。

自分で自分の首を絞めていたことを、この期に及んでやっと十神は悟ったのだった。


舞園「十神君、生まれ変わってまた会いましょう……」

十神「く、来るんじゃない! 来るなッ……!!」

十神(何故だ?! 俺は間違ってなどいないはず……俺が間違えるはずなどない!
    俺は十神家当主十神白夜だぞ! 常に勝者であり正しいはずだ……なのに何故……)





――誰も助けてくれない?





舞園「フンッ!」


舞園は包丁の刃の部分を上向きにして腰だめに構え、足を踏み込んで突進した。
こうすることによって抵抗をなくし、より殺傷力高く確実に刺すことが出来るのだ。


十神(クソッ! 覚悟を決めろ!!)

十神「ウオオオオオオオ!!!」


仮に舞園を倒したところで、彼女に反撃すれば他のメンバーからのリンチが待っている。

今の十神にとっての最善は、どうやって彼女を倒すかではなく
如何に少ない被ダメージでこの場を乗り切るかであった。

そのためには正面から彼女の攻撃を受け止める必要があるのだが……

――視界を白い物が遮った。


ザクッッ!!


「う……くぅぅ……」

「えっ?」

「そんな、なんで……」


一瞬、時が止まった。


十神「貴様……何故……」







石丸「ぐぅぅ……」



十神の前に立ち塞がったのは石丸だった。自慢の白い制服の腰の辺りから血が出ている。


舞園「えっ?! 石丸、君……? そ、そんな、私……?!」

十神「馬鹿な?! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ?!」

舞園「ど、どいてください! 私は十神君を……!」

石丸「嫌だッ! どかないッ!」

舞園「どうしてっ! なんでそんな人を庇うんですか!」

石丸「……わからない!」

山田「わからないって……」


全員呆気に取られていた。だが一番驚いているのは当の石丸自身かもしれなかった。


石丸「わからない! わからないんだよッ! 正直僕も舞園君達の主張はわかる!!」

朝日奈「じゃあ、なんで?!!」

石丸「ハッキリ言って僕は十神君のことが嫌いだ! 散々譲歩したのに、理解しようとしたのに
    いつもみんなの和を乱すし、平気で人を傷付けることを言う。もう我慢の限界だ!!」

石丸「人の痛みがわからなすぎる十神君にはもうこうするしかないのかもしれない!
    これが一番なのかもしれない! でも!! ――嫌だったんだ!!!」


石丸はいつの間にか泣いていた。彼自身、何故泣いているのかわからなかっただろう。


不二咲「……何が嫌だったの?」

石丸「何もかもだ! だっておかしいじゃないか! 仲間が仲間を刺そうとするなんてッ!!」

「!!」



誰もがハッとした表情をした。ほとんどの生徒は
もはや十神を『仲間』として認識していなかったのである。


桑田「でも、それはもう他に方法がないからで……」

石丸「人を傷付けたらいけないのに理由なんていらないッ!! 現に先生は反対されてるじゃないか!!」

朝日奈「それは……」

石丸「でも、一番嫌なのはそんな光景を見て間違ってるとすぐに言えなかった自分なんだ!!
    苗木君は勇敢に立ちはだかったのに! 不二咲君だって止めようとしてたのに!」


石丸「風紀委員の僕がっ!! クラスメイトを守らないといけない僕がっ!!」





石丸「何も言えずに……僕は、僕はただ黙って見ていたッッ!!!」





「…………」
    

真っ赤になった顔と目からは止めどなく涙が流れていた。
静まり返った食堂に石丸の嗚咽だけが響く。





興奮で所々言葉を詰まらせながら、彼は独白を続けた。


石丸「もう……嫌なんだ……何もかも、何もかも嫌だッ!!」

セレス「だから、罪滅ぼしに十神君を守ろうと?」

石丸「違う。そんな立派な理由じゃない……きっと僕はヤケを起こしてるんだ……
    もう何が、何が正しくて何が間違っているのかもわからないんだよ……」

石丸「ただ言えるのはッ! こんな光景を見るくらいなら
    僕はもう死んでもいい。死んでもいいんだッ!! 死んでも……!!」

K「石丸……」


石丸は叫んだ。魂からの叫びだった。

舞園もその気迫に圧倒され、どうすべきか決めあぐねている。


十神「…………」

十神(こんなことがあっていい訳がない)


KAZUYAがあれだけ深い献身と自己犠牲を見せても十神の心に響かなかったのは、
皮肉にもKAZUYAが医者だからであった。医者という職業は人を助ける仕事であり
それで金銭を得ている。つまり、いくらKAZUYAが頑張ってもそれは地位と名誉の
ためであり多少の危険は将来への投資にしか見えなかったのだ。

だが石丸は違う。彼は一般人だ。今までなら超高校級の風紀委員という肩書のため、
彼のちっぽけな自尊心を満たすためと言えたが、今の彼に使命感などない。

ならば彼を掻き立てるものは何であろうか。何がここまで彼を突き動かしているのか。



十神(死んでもいいだと……?! 何故だ……何故そこまでする?!
    嫌いな相手のためにそこまでして、その行為に何の意味がある?!)

十神「ど、どけ! よりによって貴様なんぞに情けをかけられるなら刺された方がマシだ! どけ!」

舞園「そうです、石丸君! どいてください!」

石丸「どかない!」

十神「俺のことが嫌いなんだろう?!」

石丸「ああ、嫌いだぞッ!! 君なんか大嫌いだッ!!!」

十神「だったらどけ!!」

石丸「どかないッ!! 死んでもどくものかッ!!!」

十神「何故だっ!!」

石丸「わからないっ!!!」

十神「ああああああッ?!!」


支離滅裂な石丸の主張に十神は苛立ちを隠せず力づくで押しのけようとする。
だが一回り小さいはずの石丸はテコでもどこうとはしなかった。


十神「いい加減にしろッ!」


ドンッ!

十神が掌底で石丸を突き飛ばした。と言っても一応手加減はしているが。


大和田「テメエ……!」

石丸「そっちがいい加減にしろッ!!」


バキィッ!


十神「?!」

江ノ島「えっ?!」

山田「なぁぁっ?!」


ガッシャアアアンッ!

石丸が十神を殴った。手加減なしの全力である。まさか石丸に殴られるとは
思っていなかったのか、十神は吹っ飛んで近くの椅子ごと倒れ込んだ。

更に、そのまま石丸はマウントを取って十神を殴り付ける。


石丸「この! この! このっ!!」

大和田「きょ、兄弟……?!」

不二咲「石丸君?!」

江ノ島「人を殴った? 石丸君が?!」

舞園「え? えっ……?!」


品行方正な石丸が暴力を奮ったことに驚き、大和田は間に入り損ねた。
舞園も包丁を持ったままその場に立ち尽くしている。


苗木「先生! 止めないと!」

K「……いや、やらせておけ」

セレス「いいのですか?」

葉隠「青春て感じの爽やかな雰囲気じゃねえけど……」

ジェノ「むしろあれは溜まりにたまった恨みつらみって感じがプンプンするねぇ」

朝日奈「当然だよ。石丸だって十神から散々いじめられてきたんだし!」

桑田「おう、今までの恨みだ! トコトンやっちまえ!」

K「俺はそういう意味で言ったんじゃない」


KAZUYAは既に臨戦状態を解き、指にテーピングを行い止血をしている。
何もする気がないのは明らかだ。


苗木「そういう意味じゃないって……」

K「まあ、見ていろ」


話している間にも二人の殴り合いはより苛烈になっていた。


十神「このっ! 石頭めっ!」

石丸「そっちが石頭だっ!」


ゴスゴスッ! ドガッ!



最初はマウントを取った石丸の一方的な展開になるかと思われたが、
十神は腕の長さを活かして石丸の髪に掴みかかり頭を引き寄せ猛烈な反撃を加える。


不二咲「誰かとめて! このままだと二人共大怪我しちゃうよ!」

K「大丈夫だ」

苗木(大丈夫って、何を根拠に……)

大和田「本当に大丈夫か? ケンカにも流儀ってもんがあるんだぜ? 慣れてない
     素人が力の入れどころを間違えて相手に大ケガさせるとかよくある話だぞ」

山田「そうです! 今も石丸清多夏殿が一方的に殴られております!」

苗木「えっ、石丸君?!」

桑田「おい、なにやってんだよ!」


圧倒的有利なマウントポジションを取っているにも関わらず、いつの間にか形勢が逆転している。


苗木(違う! これは……!)

K「…………」


突然ピタッと十神が殴るのをやめた。そして項垂れる石丸を忌々しげに見上げる。


十神「……おい、何故攻撃をしない?」

石丸「ううっ……ぅうう……ぐぅぅ、グズっ……」



石丸は何も言わず泣いている。鼻血と涙が入り混じり、十神のスーツの上に垂れた。


十神「おい、貴様。何とか言え」

石丸「……僕は、今日生まれて初めて殴り合いをした。今……凄く痛い……」

十神「殴り合いなんだから当たり前だろ。何を馬鹿な……」

石丸「違う……」


十神の言葉を遮って、石丸は自分の手を見つめる。


石丸「殴られた場所だけじゃない……拳が、それに胸が凄く痛むんだ……」

十神「!」

石丸「人を傷付けることがこんなに痛くて苦しいなんて、僕は知らなかった……!」

十神「…………」

石丸「西城先生は、知っていたんですね……人を傷付ける痛みと苦しみを……
    だからあんなに必死になって止めようとしたんだ……」

K「…………」

苗木「先生……」


KAZUYAは何も言わなかった。だがその瞳は雄弁に全てを語っている。


黙ったままのKAZUYAの代わりに発言したのは舞園だ。


舞園「……知ってますよ。そんなこと」


般若のような表情で、包丁を構えた舞園が吠える。


舞園「私が一番先に失敗したんですから! 馬鹿な私が、真っ先にコロシアイなんかに
    乗った私が、クラスメイトを殺そうとしたんですから!」

舞園「だから、誰よりも痛みを知ってる私が汚れ役になれば……」

不二咲「やめてよっ!!」


舞園の前に不二咲千尋が立ちはだかる。


舞園「不二咲さん……!」

不二咲「やっぱり、間違ってるよ! 成長って無理やり傷を付けてまでするものじゃない。
     自分で考えるものだよ。自分で反省したり後悔したり……それが本当の成長なんだよ!」

不二咲「それに……舞園さんを汚れ役にするなんて間違ってる!
     誰かが泣いている所なんてもう見たくないんだ!」

不二咲「だから、もうやめてよっ!!」



小柄な体格と可愛らしい容姿から見違えるほど、不二咲は毅然とした態度で
はっきりと主張した。そこにはかつての弱々しい少年の姿はなかった。


舞園「…………」

苗木「舞園さん!」


苗木も不二咲の横に立つ。


苗木「もう、やめよう」

舞園「苗木君まで……! どうして、どうしてわかってくれないの?!」


しかし舞園は往生際悪く抵抗した。彼女の思考ではこれ以上の解決策など
もう浮かばなかったし、この場の誰の頭にも良いヴィジョンなど存在しなかった。


舞園「もうこれ以外に解決方法なんてない! その人は絶対に変わらない!
    またいつもの繰り返し! 私達はいつまでも争っていがみ合って……!!」

苗木「“信じよう”よ!」

舞園「……信じる? 信じるって、何を?」

苗木「確かに僕達は何度も間違えたり失敗したり争い合ったりもしてきた」

苗木「でも、その内容は毎回違ったよね? 同じ失敗をしてしまうことも
    中にはあったけど、僕達は少しずつ前に進んで変わってきた」

舞園「だから、それは私達の話であって【十神君は変わらない】って何度も……」



苗木「それは違うよ!!」




  B R E A K ! !



苗木「僕は十神君も少しずつ変わってきてると思うんだ。確かに僕達とは次元が違うというか、
    考え方とか表現とか違う所はあるけど、でも確かに前より打ち解けてるでしょ?」

苗木「それに今の僕達では良い解決策が浮かばなくても、進歩し続けてる『未来の僕達』なら
    暴力なんかに頼らなくても解決出来るはずだ! そう信じようよ!」

舞園「それって、要は先延ばしにするってことですよね?」

苗木「そういうことになっちゃうね」

舞園「そんなの、そんなの何も解決なんかしてないじゃない……」

苗木「そうかもしれない。でも、舞園さんを犠牲にするよりよっぽどいいよ」

舞園「何で信じるなんて言えるの? 何で根拠の無いものを信じられるの、苗木君?」


苗木は今までの力強い目から、フッと力を抜いて微笑んだ。


苗木「知ってるでしょ? 僕の唯一の長所は、人より少し前向きな所なんだ。それに、今まで
    ここで起こってきた様々な奇跡を見てきたら、そのくらい簡単に信じられるよ」

苗木「今の自分が無理なら未来の自分、一人が無理ならみんなで! みんな一緒なら乗り切れる!」

舞園「ズルいよ……苗木君……そんなこと言われたら、私……」


舞園は揺らいでいる。あと少しだ。その時――


ここまで!


果たして、舞園を説得出来るのか? 十神を変えることは出来るのか?
水面下で進む陰謀とは? KAZUYAは止めることが出来るのか?!

次回「十神死す」

デュエルスタンバイ!



混迷する舞台にモノクマが躍り出た。


モノクマ「信じる? 希望? 馬鹿じゃないの? イヤなことを先伸ばしにしてきたツケが
      今じゃない! そんなのただ現実逃避を綺麗な言葉で言ってるだけでしょ!」


不快な声で、絶望的な現実を告げるモノクマ。その言葉で舞園は我に返った。


舞園「…………」


いつもならここでモノクマのペースに乗せられ、逆転してしまう所だ。
この学園の支配者たる絶望の化身に立ち向かうには、生徒達はあまりにも非力だった。

だが――


苗木「違う!! 逃げなんかじゃない! 僕達は時には立ち止まったり後戻りもしてきたけど、
    でも、少しずつ前に進んでいるんだ! お前はその事実を認めたくないだけだ!」

モノクマ「ボクが認めたくないだって? 認めるも何も、実際は何も変わってなんか……!」

苗木「今までだったら高見の見物を決めこんでいたのに、そうやって慌てて介入してきたのが証拠だ!
    お前は恐れているんだろ! 僕達の希望の力を! だから邪魔をしようとしているんだッ!!」

苗木「“今”はわかっていても“未来”はわからない! お前に否定することなんて出来ないはずだ!!」

モノクマ「……!!」

K「…………」


モノクマは思わず反論の言葉を失った。苗木は今まで周囲への仲裁やサポートが
主でこうやって前面に出ることがほとんどなかった。――それはKAZUYAの役割だった。

いつもなら追撃をしているKAZUYAだが、今はあえて何も言わない。生徒の力を信じている。
苗木の後ろに静かに立つKAZUYAと苗木の瞳が並んでいた。同じ色と同じ熱を持ったそれは、
静かにそれでいて激しく煌々と燃えている。江ノ島盾子の嫌いな希望の光だ。


モノクマ「だから何さ……」


希望の光から目を逸らし、形勢を整えつつモノクマは冷静に反論する。


モノクマ「あの頑固な十神君が変わるとでも? 確かに未来は見えないよ。天才的分析能力を持つ
      このボクですら読めないことはある。じゃあ十神君本人に聞いてみようか?」

モノクマ「他人の未来はわからなくても自分のことくらいはわかるでしょ?」


その言葉が合図になったかのようだった。十神が吠える。


十神「もう、もう沢山だッ! 愚民共の茶番はッ!!」

石丸「うわっ?!」

「?!」


十神は油断していた石丸を渾身の力で突き飛ばし立ち上がった!


大和田「十神ッ!!」

桑田「オメーしょうこりもなく……!」

十神「黙れ……!」


十神はギロリと睨む。調子づいたモノクマがせせら笑った。


モノクマ「ほーらね! だから言ったじゃない!」

十神「フン、その通り。俺は俺だ」


十神「他人の影響なんぞ受けるものか。俺のことを決められるのはこの俺自身だけだ!」

苗木「十神君……」

不二咲「そんな……」

舞園「…………」

モノクマ「流石十神君! 期待を裏切らないね! これでわかった?
      キミ達のやったことなんて結局ぜ~んぶムダムダムダ……!!」

十神「調子に乗るなよ、小物がッ!!!」

モノクマ「はっ?!」

「!!」


十神はピシャリとモノクマを切り捨てる。

そこにいたのは先程狼狽し暴れていた姿とは完全に別人。

余裕を取り戻し、全てを見下し、そして絶対的な地位と十神の名を約束された男。


――真の支配者・十神白夜である。


ジェノ「白夜様……?」

セレス「十神君、何を……」

十神「元々俺とお前達では次元が違う。だから成り立つ訳がなかったんだよ!
    対等な勝負など出来ようはずもなかった……!!」

十神「この俺としたことがそんな簡単なことに気付かなかったとはな。まったく自分に腹が立つ!」

山田「つまり、何が言いたいんです?」

十神「わからないか? もうお前達とは付き合いきれんということだ。……おい、モノクマ!」

モノクマ「は、はい。何でしょう?」



十神「現時刻を持って」










十神「――俺はこのゲームから降ろさせてもらう」









「!!」


腕を組み不機嫌そうに鼻を鳴らすと、若き王者はそう宣言した。
その姿は傍若無人で、傲岸不遜で、そして唯我独尊といった様だった。


モノクマ「……は?」

セレス「あら? とうとう負けを認めましたの?」

十神「貴様と一緒にするなよ、セレス。俺は勝負すらしていない。
    この学園の中に俺が勝負するに値する程の敵はいないからな」

セレス「まあ、そういうことにしてあげましょうか」

ジェノ「ああん、白夜様が覚醒した! 覚醒したわ! 冷静に聞いたら
     負け犬の遠吠えなのに最高に素敵! 一生付いていきますぅ~!」

葉隠「え? え? つまりどういうことだべ?」

大和田「なにが言いてえんだゴラア!」

十神「お前達を少しでも対等な敵だと思っていた俺が馬鹿だったということだ。この場に
    この俺の敵足り得る人材などいない。だからゲームは成立せず、俺は降りると言った」

十神「この学園の裏にいるゲームマスター気取りを追い落とす方が遥かに面白そうだしな」

朝日奈「え……?」

舞園「十神君……?」


予想外過ぎる十神の発言に、他の生徒達は動揺する。突然の事態に理解が追いつかない。


石丸「ゲームから降りる……つまりもうコロシアイには乗らないと、そう取ってもいいのか?」

十神「愚民相手に勝負にならないゲームなどしてもしょうがないからな」

桑田「なに言ってんだよ。これだけ敵が多いともうムリゲーだから諦めるってことじゃねーか」

不二咲「十神君、やっとわかってくれたんだね……!」

石丸「そうかそうか。コロシアイをやめる……って、なにいいいいいいいいい?!」


イマイチ実感が湧いていなかったが、時間差でようやく理解したらしく石丸は絶叫した。


石丸「アイタタタタ! 叫んだら傷が……」

大和田「兄弟っ?!」

苗木「石丸君、大丈夫?!」

山田「そう言えば石丸清多夏殿は刺されていたんでしたー!!」

舞園「あ、あ……ごめんなさい……」

不二咲「先生! 石丸君を助けてぇ!」

K「その必要はない。石丸、上着を貸してみろ」

石丸「え?」


言われた通り石丸が上着を脱いでKAZUYAに渡す。


K「やはりな」

苗木「ああー、そうか!」



KAZUYAが石丸の学生服の裏側を生徒達に見せた。ちょうど刺された脇腹の辺りに、
手縫いでポケットがありその中には布製のケースに医療道具が入っている。


K「縫合術を教えたから、非常時の時すぐに使えるよう俺が前に縫ってやったんだ。
  ハードケースじゃないから多少貫通してしまったが、皮膚くらいしか切っていないはず」

K「見たところ既に出血も止まっている。消毒して止血しておけば問題ない」

葉隠「あー、だから刺されてんのにピンピンしてたんだな。変だと思ったべ!」

桑田「ウソつけ。絶対わかってなかったろ」

苗木「僕も同じようにしてもらったのにすっかり忘れてた。大したことなくて良かったよ……」

不二咲「本当に良かった。誰も死ななくて……」


不二咲は緊張が解けたのか、床にへたりこんでグスグスと鼻をすすっている。


舞園「…………終わったんですか?」


未だ包丁は構えたものの、舞園は放心したように呟き、もう一度確認した。


舞園「本当にもう、全部終わったんですか……?」

苗木「そうだよ、舞園さん」

不二咲「もう無理しなくてもいいんだよ」

舞園「…………」


舞園はチラリとKAZUYAを見る。KAZUYAは優しく舞園の肩に手を置いた。



K「――ああ、終わったんだ」

舞園「…………」


舞園は小さく良かったと呟いて、包丁をテーブルの上に置いた。
KAZUYAの腕に寄りかかりながら倒れそうになる体を気力で支え、大きく深呼吸する。

その目は涙ぐんでいた。


朝日奈「舞園ちゃん!」

舞園「朝日奈さん……」

朝日奈「舞園ちゃん、ゴメンね……私が言い出したことなのに、辛い思いをさせちゃって……」

舞園「いいんです。それが私の役割なんですから……」

苗木(――『役割』?)


苗木は舞園の一連の不自然な言動が気になったが、朝日奈の言葉に思考を遮られる。


朝日奈「みんなも、迷惑かけてごめんなさい……特にKAZUYA先生は、またケガさせちゃった……
     私……偉そうなこと言ったのにちっとも進歩してないね……一人で空回りしちゃって……」

朝日奈「私……本当にダメだ。ごめんなさい、ごめんなさい……」

K「…………」


ボロボロと泣きじゃくる朝日奈に静かに歩み寄ると、KAZUYAは無言で肩を抱いた。


朝日奈「先生……」


K「正直今回は流石の俺も肝が冷えた。少し怒っている」

朝日奈「…………」

K「だが、進歩していないというのは違う。以前は衝動のままに動いていたが、
  今回はギリギリまで悩んで考えたんだろう? だったら前より進んでるじゃないか」

朝日奈「……でも私、頭使うのって得意じゃないから結局いい考えが浮かばなくて……失敗しちゃった」

K「仕方ないさ。俺だって何が正解かわからなかった。人生経験の少ない君達では尚更だろう」

朝日奈「うん。だから私、もう余計なことはしないようにするね……
     私が何かするといつもみんなに迷惑かかるし……」

K「いや、無理に変わる必要はないんだ。友達の悪口を言われて怒るのは当然だろう。何もしないで
  見てるだけなんて君らしくないじゃないか。友達思いで優しい所まで変える必要はない」

K「朝日奈は真面目だから、少し極端な解決方法を取ろうとする傾向がある。
  だから、次からは一人で抱えずみんなに相談すればいい。そうすれば大丈夫だ」

朝日奈「でも……」

葉隠「デモもストもねえって! K先生の言う通り朝日奈っちは
    肩に力が入り過ぎなんだべ。大人の言うことは素直に聞いとけって!」

セレス「年齢の割りに一番大人っぽくない方がよく言います」

桑田「気楽に行こーぜ。どうせ、せんせー以外未熟者なんだからさ!」

大和田「ついでに俺達のほとんどが前科者だしな」

石丸「僕も極端な人間だから朝日奈君の気持ちはよくわかる。
    だから、これからはなるべくみんなで話し合おうではないか!」

朝日奈「みんな、私……いいのかな……?」


朝日奈は全員の顔を見回す。真っ先に口を開いたのは最も意外な人間だった。


十神「いつまでうじうじしているんだ、単細胞め。まったく本当に不甲斐ない。お前達のような
    大馬鹿共はこの俺のような優れた人間が率いてやらんとまとまらんな?」

苗木「十神君……!」

山田「と、十神白夜殿がデレた?!」

舞園「結構です」

朝日奈「…………」


十神は朝日奈のことを見ている。朝日奈も十神を見ている。
だがその目は憎しみに満ちたものではない。口火を切ったのは十神だ。


十神「俺は自分が間違っているとは思わないし、大神に対しても少し言い過ぎたことは
    認めるが謝るつもりはない。あいつが俺達を騙していたことは事実だ」

朝日奈「うん……」

十神「だが、大神の覚悟は認める。……お前達の覚悟もな。どうやら平民にも
    平民なりのプライドがあるようだ。それを侮っていたことは認めよう」

朝日奈「うん……」


朝日奈は少しためらっているようだったが、KAZUYAが軽く背中を押した。


K「朝日奈……あとは君次第だ。君らしさを見せればいい」

朝日奈「私らしさ……」

十神「…………」

ジェノ「ちょっと?! この二人なんかフラグ立ってない?! 白夜様は渡さねえぞ!」


朝日奈は胸に手を当てると、フッと破顔した。


朝日奈「冗談じゃないよ、こんなかませ眼鏡!」

十神「かませ眼鏡だと?!」

朝日奈「かませでしょ! もう、手間取らせちゃってさー!
     最初からそのくらい素直になっていれば良かったのに!」

大和田「まったくだな! 手間取らせやがってこのかませメガネ!」

十神「おい、そのふざけた呼び名はやめろ」

石丸「ハッハッハッ! アダ名は親愛の証だと聞いたぞ、十神君。良かったじゃないか!」

山田「かませ白夜殿爆誕ですな!」

桑田「よ、かませメガネー!」

十神「お前等わざと言ってるだろう!」

セレス「うるさいですわよ、かませ君」

葉隠「まったくみんな子供だな。ワッハッハッ!」

不二咲「可哀想だけど笑っちゃうね。ふふっ」

苗木「アハハハハハ!」

舞園「フフフ!」

K「ハハハ」


何日かぶりに生徒達は笑った。KAZUYAも笑った。



K(今、生徒達の心は一つになった! もう二度とコロシアイになど乗らないだろう――)

K(行ける。行けるぞ。今なら力を合わせて脱出だって……!!)


モノクマ「うぷぷぷ」


K「……モノクマ?」


そうだ。ここにはモノクマがいたのだ。

生徒達が楽しげに笑い合っている姿を黙って見ている訳がない。


モノクマ「ねえ、先生。――“何か”忘れてない?」

K「…………」



KAZUYAは生徒達の顔を見た。


     苗木

     舞園

     桑田

    朝日奈

     石丸

    大和田

    不二咲

    セレス

     山田

     葉隠

     腐川

     十神



K(何か強烈な違和感がある……)




K「!!!」




その時KAZUYAは気付いた。

気付いてしまった。


気付くのが遅かった。


今この場には全員揃っているはずだ。

保健室に残っている大神と霧切以外は――


K「……こだ」

苗木「KAZUYA先生?」




















「――江ノ島は、どこだ?」


ここまで! 遅れてゴメンネ

次回四章クライマックス



               ◇     ◇     ◇



保健室の冷たいタイルの床に霧切は俯せに倒れている。

そのすぐ横にはナイフを持った暗殺者、否――戦闘マシーンがいた。


「甘いよね」


江ノ島盾子、いや彼女に化けた戦刃むくろが呟く。


「結局先生は甘いんだよ」


十神が生徒達と和解した。

即ち、その時点でこのコロシアイは成り立たなくなってしまうのだ。

ゲームが破綻した以上、ゲームマスターは次の手に移るに決まっている。


そう、


今まで禁じてきた物理的な介入である――。


(ドクターKは間違いなく間に合わない。霧切さんは気絶させた)


大神は呼吸器を付けられ静かに横たわっている。
容態が安定しているのか、その胸は静かに上下していた。



(大神さん……)


特に親しかった訳ではない。

それでも、クラス全体でのイベントには当然彼女もいたし
同じ武闘派として格闘論について語り合ったこともある。

みんなで女子会をしたり、寮でお泊まり会をしたこともあった。
何もないかと思ったが、こうして思い返してみると存外思い出はあるものだ。


(あなたに恨みはないけど、盾子ちゃんのためだから……)

(……ごめんね。本当にごめん)


「さようなら」


そして戦刃は持っていたナイフを高々と掲げ、

――真っ直ぐ振り下ろした。






Chapter.4  オール・オール・フォー・ア・ポリシー  非日常編  ― 完 ―



ED「絶望性:ヒーロー治療薬」
http://www.youtube.com/watch?v=E4xPtdJdNTU

オウサマゲーム キョウセイサンカ キョヒケンナンテ キイチャクレナイ~♪


恒例のEDを聞きながらやっと四章完結。

最近本当に忙しくて、次スレはすぐに立たないと思います。

でも、スレタイ投票だけは近日中に行うかも?

その時はよろしくお願いします。それではまた!



遅くなりましたがやっとスレタイ案が出来たので


①江ノ島「明日に絶望しろ!未来に絶望しろ!」戦刃「…終わりだよ、ドクターK」カルテ.8

②江ノ島「この世の全てに絶望せよ!」戦刃「さようなら、ドクターK」アルターエゴ『…カルテ.8』

③戦刃「任務了解。殲滅する」アルターエゴ『行かないで、ドクターK!』江ノ島「カルテ.8ィ!」


他に案があれば投稿してもらっても大丈夫ですが、文字数制限が厳しいです
80biteなので江ノ島「」戦刃「」ドクターKとカルテ.8を入れるとそれで半分埋まってしまう

十神ブッ刺しルートのifは無しか…。

>>970
IF見たいですか?需要があれば書きますが
どうなったか知りたいだけなら箇条書きで要点だけ書いてもいいですし

おまけの中身が知りたくて
スレの残りが少ないから箇条書きになってもやむ無しだけど

IFルートもだけど
今の段階で全員生還ルートはまだ達成できるのか
グッドエンド・シークレットエンドどかの行き方のヒントとかも知りたいなとは思う

>>971
需要しかない
あと今の段階で見せて問題ない他のIFルートも見たい

IFですか。例えば十神が刺されるルートというのは、石丸が庇わないということだから
未覚醒→医者ルートに入っていないということなので、その場合山田セレスはこの時点で
死んでいるはずですね。また、この展開は十神一人にヘイトが集中して起こるルートなので
全員が団結していない状況では起こらない。割りとレアなイベントかもしれない

こんな目に遭ったら間違いなく十神は人間不信になると思うので、
もしIFを書くならそういう内容になりますね

>>973
次の章でいよいよエンディング分岐の選択肢があります。
安価を出す時ははっきり告知するので、その点については心配しなくて大丈夫です。

>>974
BADENDですかねぇ。そろそろあのエンドは見せてもいいと思うし

4スレ目の>>972->>973のことですね

無傷は確か大和田と初期に5回会ってKAZUYAに秘密について相談する、だったかな
大和田が爆弾持っていることに気づいて石丸不二咲に注意するから爆発回避になっていたはず
あと、もう一つはTASルート。これはいわゆる裏道みたいな。今度説明します

死亡は石丸大和田の二人のどちらにも3回以上会ってない、だったかな
意図的に避けない限りKAZUYAは夜の特訓に参加するのでまず死亡はなかったはず


新スレ立てました。

江ノ島「明日に絶望しろ!未来に絶望しろ!」戦刃「…終わりだよ、ドクターK!」カルテ.8
江ノ島「明日に絶望しろ!未来に絶望しろ!」戦刃「…終わりだよ、ドクターK!」カルテ.8 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1531056887/)

今すぐ更新……と行きたいのですが、ちょっと今ヤバい頭が痛いです。
頭痛は血管が収縮してるか拡張してるのが原因だから、多分風呂に入れば
治ると思うけどダメだったら来れるかわかりません

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年09月27日 (火) 22:59:51   ID: is_IraoY

俺だ

2 :  SS好きの774さん   2016年09月30日 (金) 20:53:53   ID: tt5WhVl5

ずれてる

3 :  SS好きの774さん   2016年10月03日 (月) 17:26:10   ID: wEedbypc

顔がずれてる

4 :  SS好きの774さん   2016年10月22日 (土) 18:03:48   ID: GBcrMRzq

初期の絵だからね。まだ画力が安定してない頃

5 :  SS好きの774さん   2016年11月19日 (土) 11:26:47   ID: k1oX-iZU

6 :  SS好きの774さん   2016年12月21日 (水) 17:09:19   ID: 5ykywsHx

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