勇者「かつて勇者の座を競った親友が鍛冶師になっていた」 (42)


魔王討伐の旅の最中、勇者はある問題に直面していた。


「これから先の戦いでは、もうこの剣は通用しないだろう……」


勇者はこれまで、王から授かった国宝の剣を得物としていた。

騎士の鎧すら軽々と切り裂く名剣であるが、鋼鉄以上の硬度を誇る中級魔族や上級魔族を相手にすると、
やはり心許なさが浮き彫りになる。


剣の性能を腕で補うことで、どうにか勝利してきたが、それも限界に近づきつつあった。


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勇者はふと、数日前に立ち寄った町で耳にした話を思い出した。


「そういえば、この地方には……まだ若いのに天才といわれる鍛冶師がいると聞いたな」


いかに天才とはいえ、国宝の名剣を上回る剣を打てるとは限らない。
しかし、このまま旅を続ければ、魔王にたどり着くことなく自分は死ぬ。


勇者は予定を変更し、その鍛冶師を訪ねることに決めた。


鍛冶師がいるという町にたどり着き、仲介役に手続きをしてもらうと、
やはり先約が大勢入っていることが分かった。

それをまともに待っていたのでは、新しい剣が手に入るのはおそらく半年以上先になる。
そうなれば、もはや世界がどうなっているかは分からない。


すかさず勇者が身分を証明すると、その順番をあっさりゴボウ抜きすることができた。

勇者の特権というやつだ。


さっそく勇者はその鍛冶師がいるという工房に向かった。


工房は想像していたような古びた建物ではなく、
真新しい建築材で作られた、いかにも新進気鋭といった風情がただよう施設であった。


「すみません、新しい剣を打って欲しいのですが」

「ああ、話は聞いてますよ。なんでも特別なお客さんだとか」


勇者と鍛冶師。

顔を向き合わせた瞬間、二人ははっとする。


「お前は……!」

「お前は……!」


二人はかつて親友だった。


七年前、二人はともに剣士であった。

力量は五分と五分。世間からは「双竜」「ツインソード」などと称されるほどであった。



ところが、ある出来事がきっかけで、二人の交流は途絶えてしまうこととなる。


王宮にて、宮廷魔術師がある予言を行った。


「まもなく魔王が復活し、世の中が混乱に陥るでしょう」


これを受け、国王は国内から「勇者」を選抜することにした。

一人の優秀な戦士を国力を結集して鍛え上げ、なおかつバックアップすることで、
魔王に対抗しようとしたわけである。


魔物や魔族に打ち勝つには数よりも「特殊な個」の方が重要だということは、歴史が証明している。


国の代表である「勇者」になり、なおかつ「魔王」を倒せば、その名は永久に英雄として歴史に残る。

国じゅうの腕自慢が、「勇者」になろうとこの催しに名乗りを上げた。

むろん、この二人も――





苦闘の末、二人の剣士は最終候補まで残り、一騎打ちで雌雄を決することになった。


どちらが勝ってもおかしくない、どちらが「勇者」になってもおかしくない、激戦であった。
しかし、白黒ははっきりついた。

勝利したのはむろん、今の勇者である。


「俺の負けだ……おめでとう!」

「……ありがとう!」


観戦していた者たちは、二人に惜しみない拍手を送った。


だが、それからまもなく勇者の親友は失踪した。

「勇者」になれなかったことで良家の娘との縁談が破談となったり、
実家を無償で改装してもらえる話がチャラになった、などの話が明らかになったのはだいぶ後のことであった。



とはいえ、勇者は勇者で新しい生活に手一杯であり、親友の安否を気遣う余裕はなかった。

やがて予言通りに魔王は復活し、勇者は旅立ち、こうして思わぬ再会を果たしたというわけだ。


ややバツが悪そうに、頭をかく鍛冶師。


「特別なお客ってのは、お前のことだったのか。ビックリしたぜ」

「こっちこそ、まさかこんなところで再会できるとは思ってもなかった」

「あれから色々あったが、俺は鍛冶屋の才能があったみたいでな。
 今はここで剣を打たせてもらってるよ」

「天才なんていわれてるみたいじゃないか」

「褒めすぎだよ」


再会を祝して、笑みをこぼす二人。

だが、意識してかしないでか、二人とも七年前のことには触れなかった。
会話も簡単な近況報告にとどまった。


話すネタが尽きたところで、勇者が本題に入る。


「俺は今、陛下から賜った剣で戦っているんだが、それもだいぶ厳しくなってきた。
 強い魔族にも通用する、新しい剣を打ってくれないか」

「任せとけ!」


鍛冶師は快くこの頼みを引き受け、勇者が今まで使っていた剣を見定める。


「これが陛下がくれた剣か……。たしかに悪くはないが、やはり人間相手の剣だな。
 今の俺なら、魔族についても勉強してるし、これより強い剣を打ってやれるよ」

「頼もしい言葉だ。どうかよろしく頼む!」


二週間後、新しい剣が出来上がった。


「この剣なら、上級魔族どもにだって通用するはずだ」

「感謝する!」


名残惜しくはあるが、この町に滞在すること自体が予定外の出来事であり、長居は許されない。

遅れを取り戻すためにも、さっそく勇者は出発した。


三日後、魔物との戦闘が発生する。

手強いが、今の勇者なら無傷で倒せる相手だ。
普通の戦士ならば、ここで新しい剣の試し斬りを行うだろう。

ところが、勇者は――


「たあっ!」


今まで使っていた国宝の剣で魔物を倒した。

大した魔物ではないからあえてこちらの剣を使ったのだろうか。

いや、そうではなかった。


勇者はあることを覚えていた。というより、勇者の頭にはある光景がこびりついていた。

「勇者」を決する戦いの直後に見せた、あの親友の顔――


「俺の負けだ……おめでとう!」


口ではこう言っていたが、その目にははっきりと怒りと憎しみが宿っていた。

そしてそれは、その後の失踪騒ぎが裏打ちしている。


もし、あいつがまだ自分を憎んでいたら……?

もし、あいつが自分に復讐しようとしていたら……?

もし、この剣に、たとえば刃が折れるような細工がなされていたら……?



折れる局面によっては自分は死ぬ。あるいは重傷を負う。

そう思うと、とてもこの剣を振るう気にはなれなかった。


素手でも相手にできるような弱い魔物や、
その辺にある石や木で細工の有無を確かめようという考えも浮かんだ。


だが、腕のいい職人であれば、かなりの強敵相手でなければ剣が折れないように細工することも可能だし、
なにより親友を試すようなことはしたくなかった。


結局、勇者は疑念を払拭できぬまま、王に授かった剣を使い続けた。


勇者が新しい剣を入手してからおよそ一ヶ月後、これまでにない強力な魔族相手に、
ついに国宝の剣は砕け散った。

こうなっては、もはや選択の余地はない。


「この剣を……使うしかない!」


勇者は初めて、親友の打った剣を鞘から抜いた。

その威力は――


抜群だった。


初めて振るうにもかかわらず、そのグリップは信じられないほど勇者の手にフィットし、
その刃は「斬った感触」を感じさせないほど滑らかに強敵を切り裂いた。

細工などなかった。


「すまない……!」


快勝を収めたにもかかわらず、勇者の心には深い後悔の念が刻まれた。

親友を、疑ってしまった。


結末からいうと、その後勇者は見事魔王を打ち倒した。


親友が打った剣は、単純な性能では古代神殿に眠っていた神の力を宿す剣に一歩劣るものであったが、
使いやすさでは勝っており、最終局面まで壊れることなく活躍した。





魔王に勝利した勇者は、故郷への凱旋を後回しにし、真っ先に鍛冶師のいる町へ向かった。


勇者は胃袋に溜まっているものを全て吐き出すように、なにもかもを打ち明け、親友に心から謝罪した。


「疑って、すまなかった……」


親友である鍛冶師は一瞬目を丸くしたが、


「なにいってんだ! もし俺がお前の立場でも、そういう疑いを持っただろうし、
 わざわざ謝ることじゃないって!」

「しかし……」

「気にするな! お前が辛気臭くしてたら、お前を送り出したみんなも心配しちゃうだろ?
 こんなことはもう忘れて、背筋伸ばして凱旋することだ!」

「ありがとう……親友」

「ああ、これからも俺たちは親友だ」

「凱旋が終わったら、今度は遊びに来るよ!」

「この地方の美酒を用意して待ってるぜ!」


再会を誓うと、勇者は晴れやかな笑顔で故郷に帰っていった。


その夜、鍛冶師は一人きりで星空を見上げていた。


「俺だってそうさ……本当はあの時……」


勇者に剣を打ってくれ、と頼まれた時のことを思い返す。


「お前の顔を見た瞬間、俺の中に勇者になれなかった時の屈辱がよみがえった。
 剣に細工をして、それでお前が死んじまえばいくらか気分も晴れるだろう、と思っちまった。
 だけど、やらなかった」


ゆっくりと目をつぶる。


「なんでやらなかったのか……それは友情を大事にしたわけでも、世界の平和を優先したからでもない。
 お前なら剣の性能を念入りに試して、すぐ細工に気づくだろう、と思ったからだ。
 だけど、お前は俺のことを試さなかった」


声が震える。


「お前は俺に全てを話した。本当なら隠しておきたい部分をなにもかもぶち撒けてくれた。
 にもかかわらず、俺は過去を全て水に流した心の広い親友を演じた。多分、これからも……」


流れ星が落ちる。それと同時に、鍛冶師の目からも――


「勇気ある者……勇者に相応しいのは、やはりお前だったんだな」






― 終 ―

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