白坂小梅「笑うDJ」 (42)

白坂小梅ちゃんとプロデューサーが意味もなくいちゃつくやつです
ド短編 地の文

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 親父が死んだ。


 親父は故郷で中古車販売の店を持っていて、三十いくつの時にはすでに店を始めていたのだから、立派なものだろう。

 そのせいで俺と兄貴の二人を育てるには少し貧乏だったが、気の強いお袋の横でいつもニマニマと安酒を呑む親父は、楽しい人生だったのだろうな、と思う。

 生まれてこのかた、あいつが素面でいた夜を知らないのだから、その酒好きは相当なものだった。
 どれだけ深酒しても決して暴れず、騒がず、お袋の尻を叩いて遊ぶ親父が、俺は好きだった。

 歳を重ねるごとに膨らむ腹まわりと広がる目の隈が、まさに狸親父であることを表していた。
 赤いちゃんちゃんこが似合うようになっても、テレビのアイドル番組に目を通しているから、若い女が好きなのかと訊いたら、やはりニマニマと安焼酎を飲んだ。

 どうやら性欲も狸並みだった。


 酒を飲みながら親父がテレビを占領し、それ俺とお袋が抗議するというのが、実家のいつもの風景だった。

 皮肉なもので、いつもの風景の中でよく見ていた「アイドル」のプロデューサーなどというもので、今俺は白飯を食えている。

 今思えば実家のソファでは、上京する直前まで、アイドルのテレビ番組ばかりを眺めていた。

 興味がないポーズをしていたが、結果的に今があるのだから不思議だ。
 家族の中でもダントツで暗かった俺が、人と関わる仕事をしているなんて笑ってしまう。
 お袋に「もっと外に出なさい」と毎日のように小言を言われていたのも懐かしい。


 常に人を食ったような態度でいるのに、不思議と親父の近くには人が集まった。
 部屋の隅で頭に埃が乗るほど年中音楽を聴きかじる、いわゆるサビしいヤツだった俺とは全く違って、いつでも人の中心にいた。

 おそらくみんな狸に化かされていたのだ。そうに違いない。
 お袋が「あたしはこいつに騙された!」とよく言っていた。


 俺は親父が羨ましかった。

 いつも人の中心にいることに、実際のところかなり憧れていた。

 きっと親父も俺の心を察していただろう。
 
 親父はお袋と違って口に出しはしなかったから、どれだけの心配をかけていたのか、想像するほかなかった。


 アイドルのプロデューサーという仕事は存外楽しく、忙しかった。

 俺もなんだかんだ言って狸と人間のハーフであるのを、東京に来て初めて知ったのだ。

 忙しさを理由にして、親父に「楽しくやってる」と連絡の一つもしなかったことを、俺は悔やみ続けている。


 そんな狸親父は、晩年「おれは大腸ガンだから、今飲まないと損をする」などと、医者が聞いたらその場で退職を考えるのではないか、というほどの冒涜的なセリフを吐いて、酒をがぶがぶと飲んでいた。

 それだけ飲めるならば心配するわけないだろう。大いに飲め。

 俺たちが呑気していたら、上京してしばらく、あいつはいつの間にか言った通り大腸ガンになり、先ほど泣きに泣いた声で、お袋から電話が掛かってきたのである。
 べそべその声を聞いて、俺は居ても立っても居られなくなった。

 中途半端だった仕事を全部ちひろさんに放り投げて、全力で走り出した。

 すれ違う同僚やアイドルたちはみんな心配そうに声をかけてくれたが、それどころではなかった。


 手配したタクシーに乗り込む直前、担当アイドルである小梅ちゃんが「大丈夫だよ」と俺に思いっきりハグをした。

 身長差があるせいですっぽり覆い隠すような格好で、俺も小梅ちゃんを抱きしめる。


 女子中学生に向かってママと叫ぶ不審者の通報があった、とちひろさんから大目玉を食らったのは、東京に帰った後の話である。


 飛行機は快適にぶっ飛び、約八〇〇キロメートルを一時間と少しで繋ぐ。

 何年かぶりの新千歳空港は空気がひんやりしていて、俺はコートも着ずに飛び出したことをひどく後悔した。

 不恰好に鼻水を垂らしながらターミナルを走り、知らぬ間にチャージしてあったICカードに感謝する。
 駅のプラットホームに着いた頃には、情けない。俺の顔面には鼻水に加えて、チョコレートフォンデュのように汗が噴き出ている。

 あぁ情けない。電車に飛び乗る。

 座席に腰掛ければぬくぬくの椅子が尻を熱くして、北海道に帰ってきたことを否が応でも実感させた。


 窓を見れば何もない平野にまだまだ雪が残っていて、しばらくしたらその景色はビルに変わっていく。

 ターコイズの日本海が見えるまではもう少しだった。

 そら、この駅を抜ければすぐに海だ。
 はしゃいでカメラを取り出す外国人。

 観光客なのだろう。記憶の中の色と相違なく、海は青い。


 坂と運河の街が近づく。

 その街にはたくさんの日本人と少しのロシア人が住んでいて、旨い酒に旨い肴を今晩も楽しむんだろう。
 地酒も地ワインもあることを思い出して、お土産には苦労しなさそうだなどと考えていた。

 事務所には驚くことに同郷のアイドルがいて、地元の話をしたら彼女も懐かしんでくれるに違いない。
 ロシア語混じりの日本語が今から楽しみだった。

 俺は今から、親父に会いにいく。

 冷たくなった親父に会いにいく。

 東京に帰ってからも、それをうまく忘れてみんなと話せるだろうか。
 いつも通りの生活に混じっていけるだろうか。
 そんな不安をすっぽり抱きかかえて、家の近くの駅で降りた。

 冷えた空気は、間違いなく故郷のにおいがした。


「おかえり、早かったね。仕事忙しいんだべ? もしかしたら来れないかと思ってた」

 お袋はそう言って、駅で出迎えてくれた。
 まだ目の周りが赤くなっていて、どれだけ泣いたのか見当がつかない。

「そこまで鬼でも悪魔でもないよ、うちの会社は」

 近い人はいるけど。

「親父は?」

「もうそろそろ帰ってくるよ」

「そっか、早いな」

 実家に帰って、俺はひんやりした親父に触れて、少し泣いた。


 一息ついた頃、ちひろさんに電話をすると、「いっそのこと有給を消化してゆっくりしてください」と言ってくれて、多少実家に長居することにした。

 あぁ女神様。

「でも、戻ってきたらお話がありますから」

 電話を切る直前、そう付け加えられた。


 通夜の晩、親族どもでどんちゃん騒ぎがあった。

 その中で俺がアイドルのプロデュースなんてことをやってることが話題になり、親父が小梅ちゃんの出てる番組はすべて見ていたことを知った。

「光る棒まで買ってたんだぜ」兄貴がそう言った。

「ファンクラブにも入ってたんじゃあなかったかな」

「そりゃあすごい。お眼鏡に適って、息子冥利に尽きるなぁ」

 テレビの前でサイリウムを振る親父を想像してまたビールが進む。
 そういえば、北海道での仕事はまだしてなかったんじゃないか。

 ぐびりぐびり、ビールを飲み下しながらそんなことを思った。


 その後も葬儀は滞りなく進んで、親父は白い煙になって散っていった。



 担当アイドルの白坂小梅ちゃんについて話そう。

 ウチの事務所は女神であったり自称天使であったりネコミミが跋扈しているが、小梅ちゃんもそれに漏れなく大変な美少女だ。

 ゾンビから幽霊まで、ホラーと名の付くものは大抵好きな彼女は、自身もまた現実味のない美しさを持っている。
 まるで柳の下の露のように、透明で、儚い。そんな印象すら抱く。

 今でこそハグりあいに興じるほど仲良くなれたけれど、出会った頃はひどいものだった。
 コミュニケーションに慣れていない二人が出会ってしまい、右往左往していたのが駆け出しの頃の俺たちだった。

 それでも、意外と人懐っこい小梅ちゃんにほだされながら、今まで二人でのんべんだらりやってこれたのである。


 のんべんだらりとやっていたら、小梅ちゃんとの距離がどんどん近くなった。

 彼女のパーソナルスペースの狭さは意外だった。
 小梅ちゃんは結構スキンシップの多い子で、ハグは基本だし、事務仕事をしていたらあすなろ抱きされる。
 そんなことをしていたら、俺たちがいつもべたべたしていると事務所で噂になってしまった。

 ちひろさんに毎回注意はされてるんだけれど。

 なんたって、彼女はアイドルなのだから。

 今日だって地元からやっとこさ帰ってきて、ちひろさんからのお説教を黙って聞いていたら、彼女に見つかったのが運の尽き。


「やっと、帰ってきたんだ……」

 そう言ってはぐぅと抱きつくから、俺もはぐぅとやり返す。

 遅い、と彼女がぐりぐり擦り付けているお顔の中から聞こえた気がして、もしかして、小梅ちゃん拗ねてる? 
 俺がとりあえず頭を撫でたら、ちひろさんの角がさらに一本増えた。

 しまった!

「プロデューサーさん、お話聞いてましたよね?」

「耳の穴かっぽじって聞いてました」

「どうしてそうなるんですかねぇ……?」



 美人の笑顔がかくも恐ろしいものだとは。
 背後にドス黒い怒りが見えて、身を固くする。
 蛇に睨まれたカエルはこういう気分なのか。

「あぁっ、その笑顔は効きます。小梅ちゃんも頰ずりやめて。頼むから」

「仕方ない、から……許してあげる……」

 許された。
 むぅむぅ言いながら離れた小梅ちゃんを見て、ほっとする。

 だが目の前の人が許してはくれなかった。甘い地獄の後には辛い地獄が待っているのだ。

 やはり鬼か悪魔か。


「どうして毎回注意してるのにすぐべたべたするんですか!」

「いやぁもう無意識っていうか」俺がそう言えば、ちひろさんは深いため息を吐いた。

「仲が良いのは良いことですけど、限度ってものがあります!」

「へぇ、ごもっともです」

「小梅ちゃんも、プロデューサーさんが帰ってきて嬉しいのはわかるけれど人のいるところでやっちゃダメ!」

「う、うん……」

 しぶしぶ、といったふうに小梅ちゃんも頷いて、でも俺の袖をギュッと握っていた。


 ちひろさんはぷりぷりしたままデスクに向き直り、キーボードをダダダダッと叩いている。
 きっと俺の査定がダダダダッと下がっているのだろう。あゝ無情。

「小梅ちゃん、そろそろ袖を……これだってちひろさんに見られたらマズいから」

「あ、あのね、プロデューサーさん、ちょっとだけ、いい……?」

 小梅ちゃんはそう言って、袖を握る力を強くする。

「そ、相談……? 困ってる……ことが、あって……」



 右往左往していた俺たちが一番最初にやりだしたのが、ネットの顔出しラジオだった。
 顔出しラジオって、それってラジオなのか? まぁともかく、アイドルとして顔出ししていくのにも、一番ハードルが低いかと思ったのだ。

 収録ブースは、俺と小梅ちゃんの合作である。

 二人の初めての共同作業だね、と言いながら、事務所の一角をパーテーションで仕切り、ホラー映画のポスターをペタペタ貼ったり、俺のお気に入りのCDをザクザク棚に並べたり。

 なんというか、俺たちの好きなものが集まっている、不思議な空間だ。


「あそこは……ふ、二人の、愛の巣……だね……」

「時々思うけれど、小梅ちゃん俺のこと好きすぎない?」

「プロデューサーさんは……い、イヤ……?」

「俺もめっちゃ好き」

「よ、よかった……えへへ……」

 そんなところで収録されたラジオは、低予算が過ぎて、スタッフは俺だけ。
 カメラのセッティングも、キュー出しも、カンペ出すのも脚本も全部俺。

 人は慣れるもので、超激務に感じたこの仕事も毎週こなせば楽になっていく。


 人気アイドルの仲間入りをしても、他のアイドルが頻繁に遊びに来ることなども相まって小梅ちゃんには欠かせない番組になっていた。
 時々起こる怪現象も素敵なスパイスになって、しっかりオカルトファンも掴むことができた。

 今でも収録中にポルターガイストが起こるのは日常茶飯事だ。
 最初の頃はカメラやマイクの不調もあったが、小梅ちゃんがしっかりお話してくれたらしく、いつからかピタッと止まった。

 今はテーブルに置いたペットボトルがごとり、と倒れるくらいの、かわいいポルターガイストである。

 時々ガラスが割れる音がするけれど、それは事務所の誰かが野球ボールをぶつけたんだろう。建物の中でキャッチボールはダメです。


 怪現象が起きたとき、決まって小梅ちゃんは笑った。

 その笑顔で何人の人が落ちたのかなんて全く想像もつかないけれど、少なくとも最初の一人は俺だった。



 小梅ちゃんに連れられて、俺は今収録ブースの前にいる。

「それで、困ったことって?」

「最近、知らない人が、ブースに来るようになって……」

「生きてる人?」

「し、死んじゃってる人……」

「ならよくあることじゃない」

「それが……」

「それが?」

「プロデューサーさんが、い、いつ帰ってくるか、聞いてくるんだ……」

「……なるほどなぁ」


 往々にして幽霊さんは、自分のことのわかる小梅ちゃんにだけ用がある。
 それ以外の人に関わるときはイタズラが殆どで、俺に用があるなんて幽霊さんは初めてだった。

 当然、俺は幽霊さんを見ることができないし、触れることもできない。

 小梅ちゃんだけが彼らとの繋がりだった訳だけれど、彼らはみんな、なんというか愉快な人みたいだった。

 小梅ちゃんの友達というのもきっとあるんだろう。
 だから、小梅ちゃんに集まる人たちはみんなきっとそうなんだ、と思っていた。

 ポルターガイストや怪現象は、小梅ちゃんと友達とのコミュニケーションだと、そういう認識。

 
 ところがどっこい、俺に用があるときたもんだ。俺の知り合いなのか? 
 なんの恨みか。祟られるのか。


「……大丈夫な人?」

「あ、危なくは、ないよ……」

 小さく、「多分」と付け足されたのを俺の耳は聞き逃しちゃくれなかった。
 不安が倍増である。小梅ちゃんが左手をドアノブに掛けた。


 

 ドアを開けた瞬間俺の目に映ったのは、ふわふわ浮かぶ一升瓶だった。



 あぁ、これは小梅ちゃんが困る訳だ。俺だって困る。
 どこから持ってきたのだろうと思ったが、一升瓶くらいなら事務所にはいくらでも転がっている。それで良いのかこの事務所。

 机に置かれたコップには、残り少しではあるけれど透明な液体。見たことのあるラベル。
 安焼酎だ。

「プロデューサーさんが……じ、地元に帰ってから……ブースが……」

 小梅ちゃんがすんすんと鼻を鳴らす。
 俺が「うん、酒臭いね」と言ったら、彼女はきゅっと目をつむってうなづいた。


 俺がブースに入った瞬間、ふわふわ浮かぶ一升瓶が傾いて、机のコップに注がれる。
 今度はコップが浮き上がり、安焼酎が揺れて、減ってゆく。

 どこに消えていくんだろう。

「大丈夫な人でいいのかな」

「……酔っ払ってる……けど……」

 幽霊さん幽霊さん、お酒はここでは止してくれませんか。

 多少恭しくそう言ってみる。

「小梅ちゃんが困ってるんです」

 一升瓶がまた揺れる。

「こ、困らせるつもりはなかったん……だって……」

「バッキャロウうちの小梅ちゃんは未成年だぞ。酒臭い部屋で酔っ払ったらどうする」

 俺が怒れば、今度はコップが揺れて、また焼酎が消える。


 なんなのだこの一升瓶のオバケは。

 ニマニマ笑うように揺れている。なにの返事もないし、信楽焼きの狸に話しかけているみたいだ。
 俺に幽霊さんの声は聞こえないから、当然なのだけれど。

 ふんすふんすと虚空に向かって鼻息を荒くしていたとき、ふっと頭に思い浮かぶものがあった。

 狸、安焼酎。

「小梅ちゃん、あいつは今なにしてる?」

「に、ニマニマ……笑ってる……?」


 嘘だろう。コップの中の焼酎は空になっていた。

「あと……スーツ、似合ってないな……だって……」

 さっきまで小梅ちゃんを困らせていた匂いが、急にあぁ、懐かしい匂いだなと思えた。
 思い出したんだ。親父の匂いだ。

 手探りで。目は一升瓶から反らせないまま椅子を手繰り寄せて、俺はどっかり座った。


「小梅ちゃんも、座りなよ」

「うん……」

 よいしょ、と彼女が俺の膝の上に座ったのも気にならない。

「親父なんだ」

「ぷ、プロデューサーさんの……お父、さん……?」

「そう」

「そう、なんだ……」

 小梅ちゃんが俺と、きっと親父の居るところを見比べて、えへへと笑った。


 親父、会いに来てくれたんだな。
 死に目に会えなくてごめん。
 連絡もしないでごめん。

 俺には見えない親父に向かって、自分でもびっくりするくらい言葉が止まらなかった。

 俺、東京で楽しくやってるんだ。嘘みたいだろう? 本当に楽しいんだ。

 どこからかコップがもう一つ出てきて、そこに安焼酎が注がれる。

「馬鹿、止めてくれって。まだ仕事中なんだぞ」

 そうは言ったものの、自然とおれの手はコップを掴んで、中身を呷った。

 少し塩っぱかったけれど、今まで呑んだどんな酒より旨かった。


「親父はなんて言ってる?」

「あのね……誰の許可を得て、私とくっ付いてるんだ、だって……」

「生小梅ちゃんは可愛かろう」

 そう言って俺は柔らかい金髪を撫でる。

 俺が触っていないところもくしゃりと髪が歪んで、「お、お父さん……くすぐったい……」と小梅ちゃんが言う。

 親父は小梅ちゃんのファンなんだと教えたら、彼女は照れ臭そうな顔をした。


 時間が経つのはあっという間だった。
 小梅ちゃんが親父の言葉を通訳してくれて、ネット時代から小梅ちゃんを応援してくれていたこと、入院中に、小梅ちゃんの出ている番組を見るたび、力が湧いたこと、いろんな事を親父と話した。

 少しづつ、少しづつ俺たちは飲んで、話をして、このまま一升瓶が空になるまで、いくらだって話せそうな気がしたのに。
 この日ばかりは酒に強くない俺の体質を恨んだ。

 眠ってしまう直前に、誰かに頭を撫でられた。
 それは小梅ちゃんだったかもしれないし、親父かもしれなかった。



 翌日。

 収録ブースで顔を青くして目を覚ましたのだけれど、不思議なことにちひろさんは俺を怒りはしなかった。

 何故だろうとちひろさんに訊けば、小梅ちゃんが説得してくれたらしい。

 とは言えども職務中に飲酒など、到底許されるものではない。
 むしろ怒ってくれと頼んだが、「流石の私も、親子の再会に水を差すほど鬼じゃないんですっ」と逆にちひろさんを怒らせてしまった。

 そのまま頭痛と闘っていたら、いつの間にやら昼を過ぎて、学生でもあるアイドルたちが次々事務所に集まってくる。

 小梅ちゃんは今日も金髪を揺らし、ブレザーの裾をだぼだぼ余らせている。


「プロデューサー……今日、ラジオの収録……だね」

「もう酒臭くないかな。一応消臭剤はシュッてしておいたけど」

「き、きっと……大丈夫だよ……」

「そっか。なら、ブースに行こう」

 いつものように、小梅ちゃんは俺のスーツの端を握っている。

 ブースの扉を開ければ、酒の臭いはせずとも空の一升瓶が横たわっていて、昨日のことを思い出して、鼻の奥がツンとする。


「俺さ、アイドルの、小梅ちゃんのプロデューサーで良かったよ」

「そ、そう……? えへへ……嬉しいな……」

 揺れることのない一升瓶を、俺は大事にブースの片隅に並べた。
 俺と小梅ちゃんの好きなものが集まったこの空間に、また一つものが増える。

 スタッフも居ない、二人きりのブースで、小梅ちゃんはたまに何処かに小さくお辞儀をする。

 二人きりのはずのブースは、きっと小梅ちゃんの好きな人たちでいっぱいなのだ。

「こ、これから……よろしくお願いします!」

 キューを出す前、彼女は珍しく、大きな声で、まるで決意表明みたいにそう言った。
 一升瓶が、お辞儀するみたいに小さく揺れた。


お わ り

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