新田美波「上書く口付け」 (16)

「ごめんなさい」

「ごめんなさい、プロデューサーさん」

「こんな、はしたない」

「またこんな、夜這いを掛けるようなことを」

「優しい貴方が許してくれる。そのことに甘えて、また」

「ごめんなさい」

「また止められない。もう止めたくない。そんな私でごめんなさい」

「そして」

「そんな私を許してくれて……ありがとう、ございます」


 言って、視線を下へ。

 これを始める前、この秘め事へ浸る時、プロデューサーさんへ必ず贈っている約束の儀式。

 夜、鍵の付いた仮眠室。付いていて、けれど鍵の掛けられていないその部屋の中へゆっくりと足音を忍んで入り、鍵を掛け。それから、スーツを脱ぎシャツも肌蹴た無防備な姿を許しているプロデューサーさんの上へ、四つ這いになって覆い被さる。――そうしてから贈る、謝罪と、そして感謝の言葉。

 ごめんなさい。と、ありがとう。それらを贈って、そして、それから視線を下へ。

 足元を――もちろん、四つ這いになっている自分の足元じゃない。顔のすぐ傍、あとほんの数センチ下へと身体を落とせば唇で触れられてしまうほどの近くへあるそこを、プロデューサーさんの足元を見る。

 視界へ入れて、瞳へ映して、ぼうっと眺める。

 見て、たっぷりと見て、じっくりと時間をかけて見て。

 それから、する。

 立てた膝はそのまま、けれど立てた肘は崩して。

 上半身を沈める。動かさない下半身が上へ突き上がるように変化していくのを感じながら、同時に上半身は下へ。

 お腹が、捲れた服から露になるくらい。胸が、敷かれたシーツに触れるくらい。唇が、プロデューサーさんの足先と繋がってしまうくらい。

 下へ、身体を落として。そして始める。

 口付けを。許してくれることに甘えて、そうして何度も何度も勝手に叶えてしまっている睦事を。愛を、嫉妬を、私を贈る儀式を。


「きらりちゃん……莉嘉ちゃん……みりあちゃん……」

「三人と、ショッピング……頑張ってるご褒美に、って少し無理をしてまでお休みを作って一日中……」

「あの皆と……あの皆のために、たくさん歩き回ったプロデューサーさんの……」


 足先へ……足の爪先へ、まずは軽く口付けて。

 何度か、私の唇に軽く触れ合っていただけのそこがほんのり潤いを帯びるくらいまで何度か繰り返して、それから少し深く。

 薄く淡く、赤い舌が奥に暗く覗く程度に唇を開いて、そして今度は甘く噛む。

 歯は使わず、そこにまでは至らせず、上下の唇だけではむはむ、と柔く甘く噛み挟む。

 はむはむ、優しく味わうように。くぱくぱ、わざとリップ音が響くように。むにゅむにゅ、触れたまま踊らせ揉むように。

 足先の、プロデューサーさんの身体の感触を、唇でいっぱいに感じて受け止める。

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「ん、ふふ……」


 食んで、噛んで、味わって。そうして繋がっていたプロデューサーさんの先がこつこつ、と。唇の奥の私の歯へと触れ、それが何度か繰り返されて、それを感じていた私はその何度目かで堪らなくなって。……だからやがて、いつも通り、その先へ進んでいく。

 小さくだけ開かせていた口を大きく開けて。歯も、舌も、喉の奥さえ光に触れてしまうほど開け放って、そしてそれから進む。

 先へ、自分の顔を先へ。奥へ、プロデューサーさんのそこを奥へ。落として、迎え入れて……吐息が熱くなるほど興奮に焼けた口の中へ、愛しいプロデューサーさんを咥えこむ。

 止めどなく溢れ、けれど同時に粘っこく糸まで引くような濃くて多い私の涎で包み込む。溶かすように。溺れさせるように。蕩けてしまうように。

 そしてそれを舌で運んで塗り付けて。絡めて擦り付け、動かし跳ねさせて。自分をそこへ刻み付けるように、夢中で、贈り届ける。

 愛しい味を感じながら――汚いだなんて思わない。他の人のものならたとえどんな誰でも抵抗しか抱かないし抱けないことだけど、でもプロデューサーさんなら思わない。むしろ求めて、欲して、望んでやまないくらい。そんな愛しいその味を感じながら、どうしようもない高揚が胸の内へ湧いてくるのを自覚する。

 大好きなプロデューサーさん。他の人にも優しくて、誰にも好かれて、私のものにはなってくれないプロデューサーさん。

 でも、今は私のもの。

 この時だけは。他の人のために尽くされたプロデューサーさんを私で上書くこの時だけは。他の誰も、他の何も、二人以外は入り込まないこの秘めた時の間だけは、プロデューサーさんは、私のもの。

 いつかの私が想いにはち切れそうだったとき。期待や責任、夢や現実、愛しい好意や愛しむがゆえの嫉妬に、はち切れてしまいそうだったとき。そのとき、プロデューサーさんが許してくれたこの時間。

 私の想いには応えてくれない。けれど私の想いを理解していて――そして、応えてくれるプロデューサーさんが、許してくれたこの時。

 どうしても私が堪えられなくなってしまいそうなときだけ。他の誰も居ない日のどんな何も入ってこられない仮眠室の中でだけ。他の人たちが出勤してくるまでの短い夜の間だけ。その上でだけ許してくれた、無防備に眠るプロデューサーさんとの、私の、愛を尽くす時間。

 何も知らない。何も分からないし、何も応えない。……けれど私を受け入れて、応えてくれる、眠りの中のプロデューサーさんと私の時間。

 夜、二人きりの、想いに満ちた逢瀬。

(眠ってるプロデューサーさん)

(眠ってる格好の、プロデューサーさん)

(今日はまだ? それとも、もう?)

(……ふふ)

(可愛い……愛おしくて、大好き……)


 唇の端からどろどろと粘っこい温かな涎が溢れて、顎の先まで伝って垂れて。それを肌に感じて、もったいない、とすすり上げる。

 口をすぼめ、頬をへこませて、じゅるじゅると音を立てながら吸い上げ、喉の奥へ。

 愛しい人の肌に触れたものを零して手放すなんて、もったいない。全部、全部全部飲み込みたい。愛しいプロデューサーさんとの結晶は、何もかも、私のもの。


「ん……」


 やがて感じる味が自分のものだけになって、舌を絡め這い回らせているそこがすっかりふやけきったのを頃合いに、唇を離す。

 纏わせた涎の一滴まで逃さないよう、最後思いきり吸い上げるようにしながら。離して、別れさせる。

 そしてごくん、と。口の中へ溜めていたプロデューサーさん混じりの涎のすべてを一息に飲み込んで。喉を鳴らし、通った喉奥と辿り着いたお腹の中へ熱い幸福を感じながら、そのすべてを私の中へ迎え入れる。

 そしてしばらく止まって。うっとり、恍惚とした想いに浸りながら動きを止めて感じ入って。それから、手をかける。

 少しくたびれたスラックス、プロデューサーさんが履いている黒のスラックスへと手をかけて、そして、引き、下ろす。

 眠るときはベルトを外すプロデューサーさんのそれ、この夜の始まる謝罪と感謝の前にホックはもう解いてある。だからもう、下ろすだけ。お尻を越えさせ、膝を経させ、足先を抜く。胸に渦巻く興奮からか少し強引な、焦った、力任せの脱がせ方になってしまいながらも、それを、やりきる。

 目の前には足すべての素肌を晒す、プロデューサーさんの姿。

 視界へ飛び込んでくるその刺激的に過ぎるくらいの光景に再び、一度停止から解けた身体と心をもう一度しんと止めてしまいながら――たっぷりとその止まった時を堪能してから、それから、今度は顔を下へ。上へ持ち上げて離していた唇を下へ落とし、また、足先へ。

 ちゅう、と柔く少し唇が沈むくらいに押し付けて。口付けて、そして、そのまま。プロデューサーさんの肌へ触れた唇はそうして触れさせたまま、顔を、身体を、前へと動かしていく。

 立てた膝をずりずりと引き摺って前へ進め、同じくそれ以上に上半身も前へと滑らせる。

 触れさせた唇は触れさせたまま、時々ちろちろと舌を出したりしながら、プロデューサーさんの身体の上を滑っていく。

 足先から、足の甲。足の甲から、すね。すねから太ももへ。

 滑って、這って、塗らしていく。

 上書くため。他の誰かのために尽くされたそこを、余さず私で、上書くため。

 丹念に、丁寧に、心を込めて。

 足を、足のすべてを、プロデューサーさんの足のすべてを私で上書いていく。

「杏ちゃん……かなこちゃん……智絵里ちゃん……」

「三人と一緒に、お茶会……かなこちゃんの作ってきたお菓子と、智絵里ちゃんの淹れたお茶で……杏ちゃんは、膝の上、このお腹へ埋まりながら……」

「あの皆と……あの皆との空間の中、幸せを感じながら過ごして……満たされた……プロデューサーさんの……」


 口の中から滲み、舌を伝って、唇から垂れて落ちる私の透明なそれが形作った道。足の指先から途切れることなく続いた、プロデューサーさんの足の上へ延々描かれる濡れたそれを撫でるようにそっと優しく指先でなぞりながら、前へ。

 進んで。両の手はプロデューサーさんのお腹の横、肌を覆うシャツを捲って奥へと押しやり温かなそこへ触れさせ這わせて撫でて回して。胸はちょうど足の付け根の辺り、固い骨と柔らかな肉の感触を感じながら、そこへ乗せて置いて。そしてその状態で、濡れた唇をお腹の中心へ。

 離れることなく触れ続けながら進んで、そしてそこへまで辿り着いた唇をぎゅうっと強く押し付ける。

 唇だけでなく鼻先も触れ額も触れ、顔がまるごとすべて触れてそのどこもがずぶずぶと沈み込んでいくような、そんな深さで以て押し付いていく。

 プロデューサーさんが仰向けに寝ている今は触れることの叶わない――まだ、触れられない腰へも、この口付けが届くようにと。注ぎ、染み込んで、そこへまで至るようにと。そう想いを乗せながら、口付け。


(プロデューサーさんの柔らかくて……でも硬い……男の人の、お腹……)

(押し付けている顔から、たくさんでいっぱいのこれ以上なく心地いい幸せが伝わってくる……)

(幸せ)

(好き。……本当に、素敵)

(ただ)

(ただ、一つだけ)

(……もうシャワーを浴びてしまっているようなのだけは、少し、不満だけれど)

 プロデューサーさんのお腹へと顔を押し付けるその力を少し緩め、上へ。鼻の頭だけが擦れるように触れる程度、そのくらいの距離だけを取って一旦離れ、それから一度大きく息。

 大きく鼻から温く濡れた空気を吸い込んで、それを口から外へ。優しく、吸い込んだときのように大きく、プロデューサーさんのお腹の中心へ、おへそへと向けて吐きかける。


(浴びなくても、私は、構わないのに)


 確かに時間いっぱいまで微睡みの中へ、というのは叶わなくなってしまうけれど、明日の仕事にはその日の朝にシャワーを浴びても十分間に合うのに。

 そもそも、今だって、私のこのわがままな時間を受け入れてくれた次の日の朝には必ずシャワーを浴びているわけで。

 ……それは、私の唾液に全身を濡らされたまま仕事へ赴くなんてできないのだから、浴びるのは当然なのだけど。でもそれなら、どうせそうして浴びるのなら、始まる前にはそんな浴びなくても、そのままでも、構わないのに。


(……なんて、そんなことまでお願いしてしまうのは、甘えすぎよね)

(今のこの、これだって、本当はいけないことなのに)

(そこまで甘えてしまったら)

(そしてそれを、優しいこの人に許されてしまったら)

(戻れなくなる)

(……今だって戻る気は、引き返す気は、ないけれど)

(でも、本当に、ダメになる)

(なっちゃうから、だから)

(今は、まだ)


 吐きかけた私の吐息に暖められたそこへ唇を触れさせ、そして、吸い上げる。

 一度だけ。わざと大きく音が響くように強く強く、上下の唇で思いきり吸い付いて、跡を残すような口付けを。

「……ふふ」


 身体の真ん中。服で隠れて普段は外へ晒されないそこへ、うっすらと赤く濡れた自分の証が刻まれたのを目で見て確かめて。それから、仰向けの身体の横へと寝かせられた腕を手に取り、掴んで引き寄せて、その指先を口元へ。

 大きくて収まりきらないそれを、はみ出させてしまいながらもなんとか手のひらの中へ包み込んで。ぎゅっぎゅ、と何度か握ってみる。さわさわ、と何度か撫でてみる。つつー……、と何度かなぞってみる。愛しさを込めて、愛しながら、愛でる。


「みくちゃん……李衣菜ちゃん……」

「喧嘩して、顔を背けあって……それを、プロデューサーさんは仲直りさせて……二人の頭を、優しく撫でてあげて……」

「あの二人と……あの二人との触れ合いの中で、優しく、温かく、心を尽くして添えられた……プロデューサーさんの手……」


 口付け。足の先へしていたように口の中へと迎え入れ、けれどその時ほど深くはせず、唇で食みながらちろちろと舌先で舐めるようにして。口付け、私をそこへと刻んでいく。

 ゆっくりと、決して雑にはせず、一食み一舐めにはっきりと意識を持って想いを帯びさせながら何度も何度も。五本の指のそのどれもが私の涎に濡れ、注がれた想いに熱を孕み、しっかりと私で塗り上げられるよう尽くして捧いで。私を贈る。


(は、ぁ……)

(幸せ)

(本当の在るべき幸せとは、少し、ずれてしまった幸せだけど)

(でも、幸せ)

(何も隠さない私。本当の……いくつもある本当の私の内の一つ、欲望に従順なありのままの私)

(それでいられる。裸のままで、いられるこの時が)

(堪らなく、幸せ)


 欲望に従順なこの姿が私の本当であるように。普段の私も、他所行きの私も、仲の良い皆といる時の私も、恥ずかしくてこの今の私の姿を後からいつも後悔する私も、どの私も紛れない本当なのだけど。

 でも、この今の、こんな姿もどうしようもなく本当で。

 普段皆を纏めたり、代表して何かを任されたり、信頼から責任を送られたり、そんな私も。それを率先して行い、自分から手を挙げて立候補して、受け取った責任に奮起したり、ほんな私も。そのどれも、本当の、私ではあるのだけど。

 でもそんな、本当だけど縛られた、何かを背負って何かに縛られたそれらとは違う。この、ここの、こんな今の私は、この今の本当は、何も負わずに何にも縛られない。欲望の赴くまま、したいことを、こうして実際にしてしまうだけ。

 自由で、解放された、そんな本当の姿。

 だから今のこの時が、私にとっては、堪らなく幸せ。

 この好意を、このわがままを。

 この恋心を、この思いの丈を。

 この純粋な愛おしさを、この醜い嫉妬心を。

 何もかもを。プロデューサーさんへ――大好きな人へと抱く、贈る、想う何もかもをありのまますべて尽くすことの叶うこの時が。私には、堪らなく。

「……好き」

「好きです」

「大好きです」


 口の端から言葉を漏らしてしまいながら、先へ。こちらへ手繰り寄せ、こちらから出向き、口付けを繰り返しながら先へ先へと。

 口内から解放された指先、そこから架かり伸びる透明な糸を舌で絡め取って千切り落としながら、唇を手のひらへ、手の甲へ、それぞれ触れさせ、口付ける。

 手のひらのぷにぷにと柔らかい弾力を、手の甲のごつごつと骨ばった硬い感触を確かめて、それらを私で塗り上げながら、それらで自分を満たしていく。

 そしてその満たされた感覚を胸に抱きながら更に上へ。手首を通り、腕を伝って、肩へまで。雨を降らすように何度も何度も、幾度も幾重にも口付けを落としながら進んで、降らし注がせた場所そのどこもが私で塗られ染め上げられるように濃く深く触れながら進んで、そうして肩へまで至る。


「プロデューサーさん、大好きです……」


 唇と共に身体を――胸を、お腹を、足を這わせて前へ。唇を肩へと至らせるため、胸をプロデューサーさんの胸元へ、お腹をプロデューサーさんのお腹の上へ、足をプロデューサーさんの足へと絡めて、そうして上へ乗り、重なって繋がり、一つに。

 上半身と首を少し横へ傾けて口付け。肩へと唇を落として、それから、今度はそこへ頭を乗せる。

 無防備に敷かれ、私を受け止めてくれるその肩へ頬を。硬い骨の感触にいくらかの痛みを感じながら、けれどその感覚の比じゃない、比べ物にならないくらい大きく心地のいい感覚を身にして確かめて。そうしてその状態で愛しい愛おしいこの人の顔を、少し寝苦しそうにかすかな歪みを浮かべたプロデューサーさんの寝顔を――寝ているのかどうなのか、けれど眠りに落ちているような意識のない無防備な表情を、見て、眺めて、愛おしむ。

 私の好きな人。

 私の大好きな人。

 私の恋する、愛おしい人。

 その人の、プロデューサーさんの顔を、視界へ。

 もうそれだけしか見えない。見えてない。見ようとしてない。それくらいの、そんな、どうしようもないくらいの熱を込めて、見つめる。

 じっと、じいっと、ずっとじっと。

 片手で柔らかく、這い回り舐め上げるように胸を。少し早い鼓動を刻むプロデューサーさんの温かで大きな胸を撫でながら。撫でて、時々爪を立ててみたり、時折指先でつついてみたり、指の間で薄いシャツごと軽く肌をつまんでみたり、思うまま、無意識に身体が動くまま遊びを交えて、そうして撫でながら見て、見つめる。

 瞳に好意を帯びさせ、視線に愛を込めて、見つめる先の想い人へこの胸の中に溢れる想いのすべてが伝わるようにと願いを掛けながら。

 ゆっくりと、じっくりと、たっぷりと。

 愛を、尽くして注ぐ。

「……プロデューサーさん」

「私は好きです、貴方が」

「私は大好きです、貴方のことが」

「私は愛しています、貴方という人のことを」

「きっと」

「きっとこれは、この貴方へ抱くこの想いだけは、他のどんな誰にも負けないと思えるほど」

「難しいことはわかっています。言葉では存在していても、現実にそれが叶うことはほとんどない。それほど、得難く遥かなものなのだと」

「でも、でもそれでも言える。言いたくて、言えるんです」

「貴方へのこの愛は、永遠なのだと」

「朽ちることなく、褪せることなく、わずかにも曇らず輝き続ける永遠なのだと」

「そう言える。そう言って、思えて、誓える」

「それほど」

「それほど私は、貴方に、本気なんです」


 囁く。

 身体全体を動かして前へ。プロデューサーさんの身体の上を這い、擦れ、進んで前へ。そうして位置を変え、内から漏れる熱い吐息にすっかりと染められてしまった唇を、ほんのり赤みがかった温かい耳元へと寄せて、優しく、そうっと、囁きを。

 私の想いを。好きを、大好きを、愛してるを。

 囁き伝えて、贈る。


「愛しています……」


 吐息がかかる距離からかすかに実際触れてしまうくらいの距離へまで唇を寄せて、そこでそっと空気を揺らし震わすような囁きをプロデューサーさんへ。

 唇を落とし、舌を這わせ、音を立てて吸い上げるように――私を刻むそんな口付けを注ぐように、胸元へ添わせた手を動かし撫でる。それまでしていたように、そしてそれまでしていたのとは違ってはっきりと意識を以て、私を刻み私で上書く私の意思をいっぱいに込めて撫でて愛する。

 私をそこへ塗り込み染み込ませるように。私でそこを溶かし蕩けさせるように。私で満たす、私だけで満たす、プロデューサーさんのそこが私だけで満たされるように。

 そうしてから、囁きを注いでから。そうしながら、胸元を撫でて愛しながら。そうしてそうしながら、唇を下へ。耳元から下がり、首元へと寄り、そこへ口付ける。

「……蘭子ちゃん……アーニャちゃん……」

「レッスンを真剣に頑張って……大きなライブを大成功で飾って……シンデレラへまた一歩近付いて……そうして、プロデューサーさんに褒められて。三人で感極まって……あんなに深く、あんなに熱い抱擁まで交わして……」

「あの二人を受け入れた……受け入れて受け止めて、そうして優しく抱き締めた……あの二人を包んだ、あの二人を抱いてあの二人に抱かれた、あの二人へ贈られたここ、プロデューサーさんの……」


 優しく、けれど同時に濡れた欲望の色を滲ませながら撫でて。つんつん、とつつき。くにくに、と弄り。ぎゅっぎゅ、と摘まむ。プロデューサーさんの胸を、胸元を、想いを尽くして愛撫する。

 跡は付けないように――今はまだ、付けないように。

 後で刻むそのときのために今はまだ、汚れのない真白のまま。後で――進んで上って至って、恋しく愛おしいプロデューサーさんの唇へまで至って、その後。至って、それから下るとき。プロデューサーさんの半身を上ってきたように、今度はプロデューサーさんの半身その反対を下っていくとき。そのときのため、そのとき存分に跡を――私の証を、口付けの印を、愛の約束を落とすため。そのために今はまだ、優しく。

 注ぐ。染み込ませ、溶かしていく。

 私を、新田美波を、プロデューサーさんの中へと注いでいく。

 プロデューサーさんを、私のプロデューサーさんへと、塗り替え染め尽くし上書いていく。


(……硬い)

(硬い胸板)

(男の人の硬くて、逞しい)

(大きな胸)

(触れているだけで、その温もりだけで、こんなにも安心させてくれる)

(硬い、大きな、愛おしい……)

(……ふふ)

(硬い。……硬い、胸板)

(硬い……硬くなった、プロデューサーさん)

(愛おしい……ふふ、愛おしい……)


 後でたくさん口付けてあげますからね。と、そう囁いて。唇へ触れた首筋が熱を持つのを感じて確かめながら、そこへ口付けるのは止めずに繰り返しつつ、口付けながらの囁きを漏らして。

 それから、そうしながら愛する。

 何度も何度も幾重にも繰り返し触れる唇で。

 這わせ添わせて弄り回す悪戯な手で。

 潰れるくらいに押し付けてむにむに悩ましく擦り付ける胸で。

 肌蹴させた素肌に肌蹴た素肌を乗せて重ね合わせるお腹で。

 絶対に解けず別れなんてしないよう深く根を張り絡めた両の足で。

 私で、私の全身で、私のすべてで大好きを伝える。

 プロデューサーさんを愛する。

「……卯月ちゃん……凛ちゃん……未央ちゃん……」

「仕事が重なって忙しくて、ほとんど休めずに疲れた姿でいたところを見つかって、そうして卯月ちゃんに膝枕をされて……瞼をそっと閉じられて、あの優しくて柔らかな空気に抱かれながら、慈しむように額を撫でられて……」

「整える間もなくてボサボサになってしまっていた姿を見られて、みっともないからって手を引かれ連れられて、そうして凛ちゃんに直されて……甘い花の香りに包まれて、温もりと想いを注がれながら、しっかりと綺麗に髪を整えられて……」

「長く連なって続いていた仕事たちがひとまず一段落して、事務所で仕事をこなす姿にも少しずつ余裕が戻ってきて、そうして普段通りになったところを未央ちゃんにじゃれつかれて……一挙手一投足距離が近くて、躊躇いもなく抱き着かれたりして、お疲れ様のご褒美だからと頬に口付けまでされて……」

「あの三人に尽くされた……たくさんを届けられて、いっぱいを贈られた……あの三人の想いに塗られて、そして染められた……プロデューサーさんの……」


 最後に一つ、強くて大きな口付けを――強く、大きくて、けれど胸元へそうするようにここへも跡は残さないくらいの口付けを。首筋へ、落とす。

 ここは胸元や、お腹や、腰とは違う。服に隠れない、皆に露な、公の場所。私が至っていい場所じゃない。

 ここへ至ってもいいのは私じゃない。プロデューサーさんにそこを許された、隣へ添うことを認められた、最愛を誓われ望まれた人ただ一人。私じゃない。今の私は至れない。そこへ至るのは私じゃない誰か。

 だから、今はまだ。それへ、そんな存在へ、そのプロデューサーさんの唯一へなれていない今はまだ。――いつか、いつの日かそこへ届くまでは、駄目。

 だから……でも、先走って我慢できずに漏れてしまう気持ちはやっぱりあって。だから、跡は残さないように、けれど私に許された中での一番を注ぐ。強く、大きく。

 そしてそれから。首筋へそんな口付けを落としてから、上へ。

 卯月ちゃんに触れられ、凛ちゃんに染められ、未央ちゃんに抱かれたそこへ。眠るプロデューサーさんの――瞼は閉じたプロデューサーさんの顔へまで進む。進んで、そして上書き。

 口付け。口付け、口付けて、口付ける。

 唇で感触を落とし、舌で想いに濡らし、吸い上げて愛に満たす。

 私を、プロデューサーさんの私へ。

 プロデューサーさんを、私のプロデューサーさんへ。

 染められながら染めていく。

 一つに。愛しい愛おしい想いの中へ、二人、一つに溶けていく。

「ああ……」

「好き。……好き……好きです……」

「大好きです……。本当に、心から……」

「私に恋を教えてくれた……私に愛を抱かせてくれた……私を今のこの私にしてくれた……」

「新田美波に命を与えてくれた貴方が……私は、本当に……」

「好きです」

「大好きです」

「愛しています。プロデューサーさん」


 首筋から頬を滑り、耳を舐めながら髪へまで。絡まる感触を確かめながらその奥へまで触れて、それから額へ。熱を持ったそこを濡らして下へ、閉じられた瞼の上へと唇を降らす。小さくひくつくその震えに愛おしさを感じながら離れ、ほのかに汗の滲んだ鼻先へ。咥えて、舐めて、口付ける。

 愛おしいプロデューサーさんの顔、そのすべてを伝っていく。熱く染まったそこを、熱く染まった私の想いで以て、余すことなくすべて。

 上書いていく。私で、私が、私へと。

 プロデューサーさんへ、私を、染み込ませていく。

 大好きなプロデューサーさんへ大好きを。

 恋しいプロデューサーさんへ恋心を。

 愛するプロデューサーさんへ愛を。

 この想いを――純粋で純真な好意を、醜く欲塗れな嫉妬を、綺麗なものも汚いものも何もかもを合わせ混ぜ込み一つにして、そうして私のこの想いを――想いのすべてを、プロデューサーさんへ尽くしていく。

 好いて、恋して、愛する。

 プロデューサーさんを想って尽くす。


「プロデューサーさん……」


 そして、至る。

 望む場所。最初に望んで、最後に届く場所。最高で、最愛な、そんな唯一だけが触れることを許される場所。

 プロデューサーさんの、唇。

 そこへ、至る。

 暗いこの部屋の中でも分かるような鮮やかで艶やかな赤色、内から湧く熱い吐息と外から注ぐ私の濡れた吐息に染められ熱く濡れたそこ。そこへ、そのほんの数センチ先へまで、私の唇が至る。

 互いの息がかかりあう。舌を伸ばせば届いてしまう。かすかにでも傾けば唇同士触れあえてしまう。そんな距離。

 足先から始まり、余さずすべてのプロデューサーさんへ私を注ぎながら上って、そうして至ったこの場所。

 何より望んで何より願う、何より愛おしいそれの前へ至る。


(愛しい愛おしいプロデューサーさん)

(好きで、大好きな、誰より何より心を占める私の想い人)

(私の、プロデューサーさん)

(ああもう、本当に)

(どうにもならない。どうしようもなく、どうにもできない。それほど、それほど私は……)

「大好きです……愛しています。プロデューサーさん」

 心で想い、声で告げ。そうして、それから、落ちる。

 下へ。降りて、傾いて、落ちる。無防備に晒されたその唇へと、自分の唇を身体ごと――この身体も、心も、私の何もかもを寄り添わせながら落としていく。

 縮まる距離。混ざりあう吐息。視界をそれが、それだけで埋めていく。

 寄って、縮まり、近付いて――そして、そうして、その末に触れる。

 触れる。口付けが落ちる。私の唇が、注いで尽くされる。

(……何より望むそこへ、ではないけれど)


 触れて、そして離す。

 唇が触れていた、私の指から。私の唇へ触れながらプロデューサーさんの唇へも触れて、そうして二人の間に挟まれていたそこから。一度触れて、そうして離れる。


(いつかはそこへ)

(いつか私がそこへ、プロデューサーさんの最愛へ至れたなら)

(そのときはそこへ口付ける。口付けたいこの想いのまま、すべてを込めて口付けてみせる)

(……だけど)

(だけどまだ、今はまだ、そのときじゃないから)


 だから、まだ。

 近付くだけ。限りなく、隙間なく、触れて至るその最後の一線の手前まで近付くだけ。

 唇に感じる自分の指の感触。指に感じる柔らかで温かな濡れた唇の感触。それに、身を満たす満足と身を震わす不満とを感じながら。

 近付いて、けれど触れず、ここまで。

 堪らない――抑えられない、抱いていられない、そんな想いを無理矢理なんとか飲み込んで。

 そうしてここまで。ここまでだけ進んで、ここまでで終える。

 口付け。愛おしい唇への、口付けを。


「……プロデューサーさん」

「大好きな大好きな、私のプロデューサーさん」

「まだ届かない、私の愛おしい人」


 胸は胸へ。お腹はお腹へ。腰は腰へ。足は足へ。そして、顔は、顔へ。

 同じように同じ部分を同じ場所へ乗せて、触れさせ、重ねて。

 腕だけは上へ。目を閉じたプロデューサーさんの顔の横、そこへ降ろし、そうして両手で頬を包みながら。

 そうしながら――プロデューサーさんと重なり、包んで、一つになりながら。そうしながら、言う。

 囁くようにそっと。必ず届くようにはっきりと。この想いのすべてが伝わるように心を込めて。

 閉じた瞼の奥を見つめながら、言う。


「大好きです」

「プロデューサーさん。私は、貴方が」

「好きで、大好きで、愛しています」

「何度でも何度でも、何度だって重ねて言います」

「愛しています」

「重ねて言い、重ねて抱き、重ねて想います」

「何度だって。幾重にも、幾度にも、重ねて貴方を愛します」

「――そして」

「そしていつか。いつの日か必ず」

「そうして重ね、積み上げた果て、必ず貴方の最愛へまで届いてみせます」

「だから。――だから、プロデューサーさん」

「私がそこへ届いたなら。貴方の隣で輝く、貴方にとって何より愛おしいシンデレラになれたなら」

「そのときには、私を」

「私を――貴方のお嫁さんに、してくださいね――?」

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