幼馴染「あの……覚えてる? かな?」 (33)


 久々の部活がない休日。軽く扇風機を回しながら、畳の上にただ寝転んでいた。
縁側の外からはじわじわと蝉が鳴き、それにつられるように風鈴が柔らかく揺れている。
 ここのところ、毎日が練習づくしでろくに身体を休ませる暇がなかったものだから、こういった時間がひどく貴重に思えるのだ。
 肘の近くについた畳の跡をなぞるように掻きながら、今日は1日目一杯休んでやると心に決めた。

 ふと、天井の木目に目が奪われる。普段は全く気にしない模様なのだが、今改めて眺めてみると、木目が表情を持ち、様々な形に見えてくる。
その中の一つに、明らかに人の顔に見えるものがある。
少し気味が悪くなりながらも、俺はただそれを眺め続けた。

「世間には、土日と言えど働いてる人達がたくさんいるんだよな」

などと、無責任に呟きながらも、俺はその模様から目を離すことができなかった。
まるで、ただダラダラと過ごしている俺を責めているような、そんな顔だ。
今日くらいは許してくれよ、と内心溜め息をつきながら、俺はここぞとばかりに目をつむった。

 どれくらい経っただろうか。家の中を通り抜ける自然の風を浴びながら、そっと目を開ける。
外の景色を見てみると、そう長い時間は経過していないように思えた。
どうやら、一瞬だけ寝てしまっていたらしい。なんだかとてつもなく壮大な夢を見ていたような気がするが、そんなことはどうでもいい。
少しだけ喉が乾いたな、と軽く助走をつけて起き上がる。
くらつく頭を馴染ませながら、ゆっくり立ち上がろうとしたその時だった。
ピンポーン、と軽快な音が鳴り響く。
今この家には俺一人しかいない。
つまりは、誰かが来ても対応のしようがない。よし、ならば、と俺は無視を決め込むことにした。

ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。

……あれから1分は経っている。鳴り止まぬ呼び鈴。
さすがの俺もイライラがピークに達していた。折角の休日なのだ。穏やかに過ごしたい。
だが、それを邪魔する者がいる。
オーケーわかった。そこまで言うなら受けて立とうと、臨戦態勢で玄関へ歩きだした。
なんだかかっこ良く言っているが、ただ根負けしただけである。
こんなにしつこくチャイムを鳴らすのはどんな奴なんだ。その面を拝み、一杯食わしてやろうという気持ちもあった。

ざっ、と玄関マットに立ち止まり、勢い良くその扉を開ける。

そこには、見慣れない女の子が立っていた。


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「……んぉ?」

思わず、間抜けな声が出る。
てっきり、なんらかの勧誘やセールス関係だと思い込んでいたからだ。

 彼女は、こちらを眺めただニコニコと笑っている。
後ろ手を組み、太陽が滲んだ白いワンピースを靡かせ、とても親しげな顔をしてみせた。

「あの……覚えてる? かな?」

小首をかしげ、そのままの姿勢で彼女は言った。
 何がなんだかわからない……という言葉は、まさにこの時のために用意されていたのだろう。
何も言えぬまま、俺はただ狼狽えるようにそこに立ち尽くしていた。
なんだろう、新手の詐欺か。これはあれか、でかめの壺買わされるやつか。
とか、そんなことを考えていると、ふとひとつの可能性が頭をよぎった。

「あー……なるほどね」

そこまで言うと、途端に彼女の顔が明るくなる。気づいてくれましたか!とでも言いたげだ。
ああ、気づきましたとも。そういうことか。なんだよ、結局勧誘じゃねーか。
心の中でそっと悪態をつくと、

「あの、俺の家は無宗教なんで」

とだけ言い残し、俺は勢い良く扉を閉めた。
全く、勘弁してほしい。最近の勧誘は私服でまわるケースもあるから厄介だ。
そうならそうと分かるように、しっかりたすきか何かをぶら下げてくれると助かるのに。

「勧誘です」

ってな。あーあ、なんか気分が削がれてしまった。
一切覚えてないが、さっきの壮大な夢の続きでも見るかと、玄関に背を向けながら歩き出したところ、
まるで地表に降り注ぐあられのような怒涛のチャイムが鳴り響いた。


「なんだよ! ったくよぉ!」

俺はふいと振り返り、再びその扉に手を掛ける。
現れたのは、少し膨れた彼女の顔だった。

「なんで急に閉めるの!」

いやいやそんなこと言われても。だってなんかヤバい人ですし。
なんなのその連打技術。高橋名人なの?
やめてよ。

「最初から居るのはわかってたんだから! ほらそこの鉢植え!
 扉の右側にあるし!」

我が家は中々の田舎にある。人も少なく、ほとんどが顔見知りなので、家に鍵を掛けないまま出かけることも多い。
それ故のしきたりというのか、各々の家に見ただけで在宅なのか留守なのかを知らせる暗号のようなものが存在していた。
我が家の場合、それは鉢植えの位置だった。
扉の左にあれば留守。右にあれば在宅。
非常に単純で、分かりやすい。だが、知っていないと分からないことである。
そこで驚くべきは、目の前の膨れ面の彼女が、それを知っているということだ。
つまりそれは、この村の人間であるということ。
だが、俺はこの彼女の顔を、全くと言っていいほど知らなかった。

「……ホントに分からない?」

急に、しおらしくなった彼女がそう言った。
そんな顔をするな。なんだか知らんが、ひどく罪悪感に苛まれる。

「……えーっと。ごめん、正直全くわからない。でもさっきの言葉で、なんとなく知り合いなのかもな、ってことは分かった」

なんとアホらしい発言なのだろうか。
いくら相手が暗号を知っているとはいえ、簡単に受け入れすぎじゃないか。
それこそ勧誘の類であれば、他所の家の住人から上手いこと聞き出したという可能性も十分に考えられる。
あれ? 俺ってもしかして騙されやすいのかな?
どうしよ、気付いたら何個か壺買ってるかも。
……何に使おう。主人公に割らせるくらいしか思い付かねーな。なんかアイテム入れとかないと。

「もうっ! 私だよ! 私!」

そう言いながら、彼女は中途半端に長い髪を後ろに纏めて、持ち上げて見せた。
さながら、ショートカットのよう……。
その瞬間、俺の脳裏に、昔よく遊んでいた一人の幼馴染の顔が浮かび上がったのだった。

 そいつとは、小学生低学年の頃に出会った。
出会ったと言っても、同じ村なので顔くらいは知っていたのだが、それまで全くと言って良いほど接点が無かったのだ。
きっかけはありがちなもので、クラスが同じになり、席も隣同士だったと、ただそれだけである。
 当時の彼女は男も顔負けの性格で、ランドセルこそ赤かったものの、グラウンドではよくボール片手に男子を泣かせていた。
そんな勝ち気な彼女に、俺はなぜか憧れのようなものを抱いていた。
今も割とそうなのだが、当時内気な性格だった俺にとって、どこか彼女の姿がかっこ良く見えたのだろう。
それ故に、俺は彼女の後ろをぴったりとついて回っていた。
クラスメイトからは

「お前らランドセルの色逆じゃねえの?」

などと散々いじられ、その度に俺は涙を流していたのだが、彼女はそんなからかいをものともせず、あっという間にいじめっ子達を蹴散らしていた。

 そんな彼女が今はどうだ。
髪も伸び、出るとこも出て非常に女らしい見た目になっている。
俺が気付かないのも無理はない。
ってか誰だこいつ。未だに信じられない。
だが、間違いない。まごうことなき、彼女は俺の憧れた、あの幼馴染だった。



「……まじかよ」

咄嗟にでた言葉が、それだった。
そんな俺の反応を見て、ようやく彼女は満足したのか、子どものように悪戯っぽく笑っている。

「びっくりしたでしょ? 急に、帰ってくることになったんだ」

そう言う彼女の言葉が耳に届いてはいたのだが、
同時に俺の頭の中で、忘れかけていた様々な思い出が飛び交い、彼女のことをただぼうっと見つめるだけで、やっとのことだった。

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