神谷奈緒「One Step Ahead」 (24)

・モバマス・神谷奈緒ちゃんのSS
・超短い
・奈緒はかわいいなあ!(たんおめ)

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 アタシは自己評価が低い。
 なんの因果かアイドルになった今でも、それは変わらない。
 そんなもん、自分の性格なんて一朝一夕に変わるもんじゃなし、仕方ないじゃん。

 これってアイドルとして致命的なんじゃないか? と思うことなんかしょっちゅうだよ。
 でもさ。事務所のみんな、アタシのこと「かわいい」「かわいい」って。んなわけないじゃん!
 アタシのどこに可愛い要素なんてあんのさ!

 そして。
 アタシは、プロデューサーがちょっと苦手だ。

「俺がかわいいと思うからスカウトするし、プロデュースもする」
「あ、アタシは……例外だろ!」
「例外はない」


 ううっ。
 決して言い返せない。プロデューサーには、いっつも負ける。
 そう。
 アタシがどんなに否定したところで、アタシが結局言い返せないところに落とし込んできやがる。
 そのたびに「そ、そんなもん、かな……」なんて。懐柔された気になるのも腹立たしい。

 今こうしてアイドルっていう仕事をしているのに、どこかこう、アイドルってなんだろう? って意識から離れられない。
 実感がない。
 それって、アタシが本気になってないってこと?

「なーんだかなあ……」
「まあなんだ、奈緒。仕事しような」
「……はーい」

 不承不承。アタシは今日も仕事をこなすのだ。






 そしてそれは突然。やってくる。

「そ、ソロぉ!?」
「そう。ソロCDな。それと単独ライブ」
「単独ぅ!?」

 いや、確かに凛も加蓮もソロデビューしてるけど。
 でも。いやいや。いやいや。

「あ、アタシにはまだ、早いんじゃないなーって。な、プロデューサー!」
「全然?」
「……あ、あああぁ」

 そうあっけなく言われると、どうしていいかわからなくなる。
 だって考えてみたら、アタシずっと凛や加蓮におんぶにだっこだったし。プロデューサーがとってくる仕事だって、単に責任感じてなんとかこなさなきゃって、ただひたすらやっただけだし。
 実感ないんだよ! アタシがちゃんとやれてる実感が。

「あのな? 奈緒」
「え?」
「その『ちゃんと』ってさ。なにをちゃんとなんだ?」
「……」

 アタシは絶句する。


「あのな奈緒。なんか勘違いしてるようだから、ちょっとだけ言っておく」
「……」
「アイドルなんて1000人いれば1000通りの個性なんだ」
「……」
「個性のぶつかり合い、な。『ちゃんと』なんてラインは、ないんだ」
「……でも」
「奈緒。お前はやってる。奈緒は間違いなく、アイドルだ」
「……」

 今日もまた、言い返せない。でも。
 プロデューサー。
 アタシはやれてるって、その言葉信じてもいいのかな?






 ソロデビューに向けて。レッスン、レッスン、レッスン。

「っ、ぷはぁ!」
「よしおつかれ。きちんとクールダウンしておくんだ、いいな」
「……はいっ!」

 ソロが決まってから、凛も加蓮もいない中で、マスタートレーナーさんとのマンツーマンが続く。
 正直、きっつい。めちゃめちゃきつい。でも、投げ出す気にはならない。それはだって。

 プロデューサーの、眼。

 ソロデビューが決まって以降、レッスンにはプロデューサーがつきっきりになった。
 アタシがどんなに無様にミスしても、決して口に出さない。ただアタシを、見てる。
 見られてる。
 それがたまらなく恥ずかしくて悔しくて……なんでかうれしくて。
 アタシも負けたくないから、ひたすらにやってる。


「おつかれ」

 大の字になってるアタシに、プロデューサーは声をかける。
 それがここ最近のルーティーン。
 アタシのレッスンが終わるまで、プロデューサーはずっと待っている。なにも言わず。
 なにも言わないからどうしてもアタシは、訊きたくなる。

「……なあプロデューサー」
「……ん?」
「アタシは……やれてるか?」

 そう訊くたびにプロデューサーは、こう応えるんだ」

「奈緒はやってる……奈緒は、アイドルだ」

 最近その言葉が、ちょっと気持ちよくなってきた。そんな気がしてる。






 もらった曲は正直、恥ずかしかった。

「これアタシじゃん!!」
「ああ、そうだな」

 しれっと返すプロデューサー。プロデューサー自身が、こういう曲でと注文したんだって。うわさに聞いた。
 なんだよそれ。恥ずかしさの極致じゃんか!?

「まあ、そうだな」

 わかっててやったのかよ!
 うあー。うあうあー。そんなのアタシにやらせて、プロデューサーはアタシをどうする気だ!?

「奈緒」
「な、なんだよ」

 真剣な顔になるプロデューサー。ちょっと威圧感ある。こわい。


「この歌は、奈緒だ」
「……お、おう」
「みんなにな、よくわかってもらうんだ。神谷奈緒ってアイドルを」
「……」
「他の誰でもない、奈緒自身を」

 そう言われたって、アタシが恥ずかしいの全然かわんないじゃん。
 なんでだよ。

「なあ奈緒。奈緒がなんでみんなから『かわいい』って言われるか、考えたことあるか?」
「……そ、そんなの。わかるわけないじゃん」
「そうだな。本人にわかるわけがない」
「……なんだよそれ」
「自覚がないからな、そりゃ」

 そんなこと言ったって、わかんないもんはわかんない。
 アタシは最初っから、自己評価低いんだ。それはわかってるだろ?

「『かわいい』って言われるのはな。顔とか、スタイルとか、そんな一部なんかじゃない。全部ひっくるめた奈緒の個性に、だ」
「……個性」
「そう、個性」


 個性って言われても。ああ、そういや。
 プロデューサー、言ってたっけ。アイドルは個性のぶつかり合いだ、って。
 アタシは顔もスタイルも、言葉だって、どこに出しても恥ずかしいと思うくらい、アイドル向きじゃないって思ってる。
 でも、個性、か。

「アタシ、アイドルやれてるのかな……」

 つい口に出た言葉を、プロデューサーは拾った。

「ああ、奈緒はアイドルやってる。奈緒はどこを切っても個性にあふれてて、かわいいんだ」
「……」
「なあ奈緒、ちょっとは信じてみないか?」


 ああ。
 悔しいなあ。プロデューサーには言い返せない。敵わない。
 そして。

「いいのか?」

 その言葉を信じてみたい自分がいることに、気づいたんだ。
 まったくもう……悔しいじゃん。
 そしてプロデューサーは、また言ったんだ。

「奈緒は、アイドルだ。信じろ」

 そう言われたらアタシ、信じるしかないじゃん。
 だって。
 ずっと見てくれたプロデューサーの、言葉だから。


 そう言われてから、アタシは。
 マストレさんに食いつくように、レッスンを始めた。
 プロデューサーが言ってくれたんだ。アタシはやれてる、って。だったら。

 とことんやるしかない!

 アタシはまだどこかで、あの言葉を信じ切れてないけど。
 でもプロデューサーが見てくれてるんだ。
 奈緒はやれるだろ? って。
 だったらやるしかないじゃん。やる一択じゃん。
 そう思えるようになったら、レッスンにもついていけるようになった。そしてマストレさんは「いい表情になったな」と、レッスンのレベルを上げまくる。

 ちっきしょーー!! どこまでだって食らいついてやる!!

 レッスン、レッスン、レッスン。
 あっという間に、時間が過ぎていく。






 ついに来た。ライブ当日。
 緊張する。めちゃくちゃ緊張する。でも。

「奈緒」

 プロデューサーが声をかけてくる。アタシはその声を、正面から受け入れた。

「プロデューサー」
「いい緊張、持ててるか?」
「……うん」

 レッスンはうそをつかない、っていうけど。あれはただの暗示だよな。
 こうして、手には汗をかいてるし、足も震える。
 でも、プロデューサーが「いい緊張」と言ってくれた。ならこれでいいんだと思う。
 アタシは、プロデューサーを信じることにした、から。

「奈緒にな、最後に言っておく」
「……なんだ?」
「前を見ろ」
「前?」






「そう、前だ。その風景は、お前だけのものだ」






 前、か。アタシにそれを見ることはできるのかな。

「できる。奈緒は、アイドルだからな」
「……そっか」
「凛や加蓮にばっかり独占させるんじゃないぞ。奈緒自身でつかんで来い」

 そうか、凛や加蓮は先に、その風景を見てるんだったな。
 なら。
 アタシも、追いつく。

「いってくる」
「おう」

 プロデューサーに背中を押される。ああ、まぶしいな。
 歓声と緊張で、めまい起こしそうだあ。
 でも言われたとおり、アタシは前を見る。そこは……


 ステージで。
 アタシは歌い、踊り、しゃべり、笑い。
 とにかく、頭も体も空っぽになるくらい、全部全部さらけ出す。
 そのひとつひとつが、客席に溶け込んで。どんどん。どんどん。光の渦になっていく。

 うわあ。
 これか……これなのか。
 ああ、悔しいなあ。悔しい。凛や加蓮に、先に知られたことがたまらなく。
 なんだよこれ、めちゃくちゃまぶしくて、めちゃめちゃあったかくて。

「あー! めちゃめちゃ楽しい!」

 アタシの叫びに、客席も応えてくれた。
 もう! もう! そこまでされたらアタシ、それ以上にやるしかないじゃん!

「みんなーー!! もうサイコーー!!」


 無我夢中でやりぬいた。正直よく覚えてないくらい。
 アタシは、アイドルになれた、かな?

 幕が下り、ステージを降りる。
 震える。手も足も、体全部。でもこれって。

「……しっ」

 握りこぶしを、アタシは作っている。

「よーーーーーっっっし!!!!!」

 そして無意識にアタシは、叫んでいたんだ。






 プロデューサーとふたり、ライブ会場を後にする。
 落ち着くまで時間がかかった。ううん、違う。
 まだ、落ち着いてない。アタシはまだ、興奮しっぱなしだ。

「なあ奈緒」

 プロデューサーが声をかけてくる。

「なに? プロデューサー」
「見えたか?」
「……うん」

 見たよ、あの風景。プロデューサーの言うとおり、前を見て。

「……サイコーだった」

 ひとりで立たないと見えない、その風景。アタシ、見た。

「いいもんだろ?」
「うん」


 言葉にすると恥ずかしいから言わないけど、プロデューサー。
 アタシ、プロデューサーを信じて、よかった。
 わかったんだ。アイドルをやってるって、実感が。

 ああ、もったいない。今まで何をしてたんだアタシ。でも。

「アタシ、アイドルやれた、よな?」
「……もちろん」

 よかった。アタシの実感は間違ってなかった。だって、プロデューサーのお墨付きだから。
 プロデューサーの言葉だから、信じられる。

「……やるよ」
「ん?」
「アタシ、もっともっとアイドル、やる。わかったんだ、今日」
「……」
「アタシは確かに、アイドルなんだ、って」


 今更かもしれない。だってスカウトされてからずっと、アイドルであることは確かなんだから。
 でも、はっきり違う。アタシは、アタシをさらけ出して、アイドルになれたんだって。
 なんか、すっきりした。

「奈緒」
「なに?」

 プロデューサーにそう言われて振り向いたら、突然。ぎゅーーーっ、て。

「お、おい!! なにすんだよ!!」
「ああもう!! 奈緒はかわいいなあ!!」

 プロデューサーは、今まで見せてもくれなかった笑顔で、アタシの頭をわしわしする。

「ちょ! やめろ! みんな見てるだろ! 恥ずかしいじゃんか!!」
「お前はかわいい!! 超かわいい!!」
「だーかーらー!!!」


 わしわしをやめないプロデューサー。恥ずかしいだろ! 髪めちゃめちゃになっちゃうじゃん!
 でも、ちょっとだけ。うれしい。なんでかって?
 ……プロデューサーの笑った顔、かわいい。
 それがわかってしまった……

 ああ! なんだよアタシ! 乙女かよ!
 でも、まあ。いっか。
 こうしてプロデューサーとまた少し、近くなった気がするから。

 アタシは、アイドル。
 これからはちょっとだけ自信をもって、言える。だってさ。
 プロデューサーが言ってくれるから。「奈緒はやってる」って。

「もう! 離せっての!」

 プロデューサー、アタシもっとやるから。やれるって、わかったから。だから。
 プロデューサーももう少し離れずに、アタシに付き合ってよ。

 ね。




(おわり)



終わりです。お疲れさまでした。
奈緒はやる子。誕生日おめでとう!

皆さんに琴線に触れれば幸いです。
ではノシ

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