神谷奈緒「自分勝手なプロデューサー」 (20)


アタシのプロデューサーは、なんつーか、勝手だ。

気分でアタシを振り回す。

一緒に服を見に行ったときなんかも、「これなんか、奈緒にぴったりだと思うんだけど」なんて言いながら
アタシを着せ替え人形にして遊ぶのは勘弁して欲しい。

それから、化粧品なんかにも口出してくるんだ。

アタシは学生だし、周りの子達の目もあるからあんまり高いのは使えねーって言ってるのに
「若いからって、肌を大事にしないと大変なことになるのよ」とかなんとかまくしたてて
自分も使ってないようなものを押し付けてくるし。

ただ、まぁ、嫌じゃない……かも。


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◆ ◇ ◆ ◇



9月の15日。新学期が始まって、少し経って
毎年、これくらいの季節には、殺人的なまでの夏の暑さも、
少しずつ大人しくなって、もうすぐ秋だなー、なんて。

だんだん、日が落ちるのも早くなってきて
朝と夜はちょっと冷えるから、学校の友達も合服の子が多くなってくるし
何より、お月見の季節だ。

そして、9月の十五夜の日は、中秋の名月っていうらしくて
その次の日はアタシの誕生日だから、
小さい頃のアタシにとってのこの二日間は、
お月見団子からのお誕生日ケーキ! って感じで、二日連続でおいしい思いができる夢のような日だったんだ。

そっか、そういえばそうだ。

文化祭に体育祭、それから日々のアイドル活動で、高校生になってからのこの時期は毎年忙しくて、
ゆっくりお月見なんて、しばらくしてないな。

ま、そんなキャラじゃないし。

アタシ自身、花より団子ならぬ、月より団子ー、って感じなんだけどな。


それで、この時期はアタシが忙しいコトを
アタシのプロデューサーさんもよく分かってるから、何かと気を回してくれて
平日のレッスンを抑え気味にしてくれたりすんだけど、

どうも今日は次のお仕事の全体での確認次項があるらしくて、ちょこっと事務所に顔を出さなきゃいけないみたいだ。

だから、「ホントにごめん!」ってクラスのみんなには謝って、準備を抜けさせてもらった。

一度、家に帰って着替えてる時間もないから、そのまま事務所の方の電車に乗る。

きっとアタシが事務所に入ったら、プロデューサーさんは申し訳なさそうに謝るんだろうな。

そんな、両の手を合わせて謝るプロデューサーさんの姿が想像できちまって、なんだかおかしかった。


電車を降りて改札を抜けると、駅の前に見慣れたプロデューサーさんの車が停まっていた。

アタシが気付いて、駆け寄ると、ドアのロックが解除されて、アタシはそのまま助手席へ乗り込む。

「来るなら来るって言えよなー、アタシが気付かなかったらどうするつもりだよ」

「ごめんごめん。でも、奈緒なら気付いてくれると思ったから」

「ほんと、そういうのさらっと言うよなー」

「どういう意味?」

「別にー」

「怒ってる……?」

「怒ってねーよ!」

「……ホントにごめん! 忙しい時期ってのは分かってる」

謝るセリフが、少し前のアタシと一言一句変わらなくて、思わず吹き出してしまった。

「ぷっ、あはは。いや、ほんとに怒ってねーから! 第一、プロデューサーさんのせいじゃないの知ってるからな!」

「笑うとこ? あ、もしかして怒ったふりして、からかってたの?」

そんなつもりは全くないけれど、そういうことにしておけば
普段、からかわれてる仕返しになるかな。

「そうだよ! これに懲りたらもうアタシをからかうなよ!」

えっへん、と胸を張ってそう言ってやると、プロデューサーさんはアタシの頭を「こいつー!」と言いながら
わしゃわしゃと撫で始める。

「わー!! もう、やめろって! そういうのをやめろって言ってんだよ!」

アタシのそんな悲鳴も意に介さないで、この人はわしゃわしゃし続ける。

「おい! 信号! もう青になるから!!」

「んー、じゃあ次の赤信号ね」

「もー!! こんな車乗るんじゃなかったよ!」


* * *



車が事務所に到着する頃には、アタシの髪はぼさぼさになっていた。

「………………」

「もしかして怒ってる……?」

「もしかしなくても怒ってるよ!! これから全体で確認作業があるんだろ!? こんな頭でどうすんだよ!」

「大丈夫、ちゃんと奈緒用のメイクセットは積んであるから、その中に櫛もあるわ」

「そっか、なら安心だなー。ってなるわけねーだろ! もとはプロデューサーさんのせいだし!」

「ばれたか」

「ばれるよ!!」

「ほら、梳いてあげるから怒らないで」

「……アタシで遊ぶために、アタシのメイクセット積んでるんじゃねーだろうなー」

「そんなわけないでしょう? 何かあったときのため」

はぁ、と溜息を吐いてから、プロデューサーさんに髪を梳いてもらうため、
プロデューサーさんの方へ背を向ける。

フロントドアガラスに映る、丁寧に櫛を入れるプロデューサーさんの顔が気になって仕方ない数分間だった。


「ふー、完成。奈緒の髪はボリュームがあってやりがいがあるわー」

「……ありがと」

「ふふ、どういたしまして。元は私のせいだけどね」

「そういえばそうじゃん」

「お化粧も直してく? 久しぶりにメイクさんの真似事、やらせてよ」

「もー、全体での確認事項があるんだろ!? そんな時間ねーって!」

「ちぇー」

「アタシのプロデューサーなんだから、しっかりしてよ……」


* * *



全体を通した流れやら、事前の段取りやらの確認事項が一通り終わり、会議室を出る頃には
もうすっかり窓の外は暗くなっていた。

アタシのプロデューサーは長時間椅子に座っていた疲れからか、「んー!」と伸びをする。

「お疲れ。プロデューサーさん大活躍だったなー」

「そう? 奈緒にかっこいいとこ見せられたかしら」

「ばしばし切り込むから、ちょっとひやひやしたけど」

「社内の人間に物怖じしてちゃこの仕事始まんないわよ。
それに、私の一番を出すんだから不安要素は可能な限り排除しないと」

「一番?」

「奈緒のこと」

「へへ、そっか。………へへ」

頬が緩む。

アタシのプロデューサーさんはこういうことを恥ずかしげもなく言うのが本当にずるい。


「さ。奈緒も疲れたでしょう? 晩ご飯、おごったげる」

「え。いいよ、別に。悪いし」

「明日、誕生日なんだから奢らせなさい。それに、高校生が遠慮してちゃダメ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「最初っからそう言っときなさい。何か食べたい物ある?」

「んー、じゃあプロデューサーさんの手料理!」

「味は保証しないわよ」

「とかなんとか言って、ふつーに料理上手じゃねーか」

「褒めたって、おいしい料理くらいしか出ないわよ」

「十分だし」

そんな会話をひとしきりした後、なんだかおかしくなって二人して声を出して笑った。

「でも、今から食材買ったりしてたら遅くなっちゃうわね」

「んー、じゃあプロデューサーさんちでお泊り会は?」

「奈緒、明日も学校あるでしょ」

「カッターシャツ、プロデューサーさんの貸してよ。洗って返すからさ」

「……もう。変なとこ強情よね。奈緒は」

「どっかの誰かに似てなー」

「はいはい。それじゃ親御さんに電話しとくから、先に車乗ってなさい。」

そう言って、プロデューサーさんは車のキーを渡すと
「行った行った」と手振りして、携帯電話を耳に当てた。


車で待つこと、数分。

プロデューサーさんがやってきた。

「おまたせ。エンジンかけててよかったのに」

「だって、やり方知らねーし」

「それもそっか」

「で、うちの親。なんて言ってた?」

「いつもすみません~、うちの奈緒をよろしくお願いします~。だって」

「うわ、何それ。うちの親の真似か!?」

「正解。今度はうちにいらしてくださいね。なんて言われちゃった」

「また、勝手なことを……」

「こういうときは自分の性別を便利に思うわね」

「ん? どういう意味?」

「だって、私が逆だったら、こんな気軽に担当の子を家に上げられないわよ」

「あー、そっか」

まぁそうなんだろう。

でも、それがちょっと残念でもある。なんて言ったらバチが当たっちまうかな。


* * *



それから、アタシ達は取り留めもないような会話をしながら、プロデューサーさんの家の近くのスーパーへ。

営業時間ギリギリで、入ったころには蛍の光が流れていたけれど、
どうやらお目当てのものはあったらしくて、プロデューサーさんはそれを次々にカゴに放り込む。

大根。大葉。アサリ、かな。なんかそんな感じの貝。

「あれ。それだけ?」

「ええ、実はね。うちにいいお肉があるのよ」

「へー。楽しみだ」

「あ、そういえばお米は?」

「今朝、炊飯器をセットして家を出たから…あと1時間くらいで炊けるんじゃないかしら。
明日の朝ごはんと弁当用に、と思ってちょっと多めに炊いてあるから二人で食べても問題ない量あるから大丈夫」

「ってことは炊き立てご飯かー」

「ふふ、そうね。炊き立てご飯」

「想像したらお腹減ってきた」

「ちゃっちゃとお会計済ませて、早く帰りましょ」

その言葉通り、足早に会計を済ませて、再び車へ乗り込む。

車は走り出して、間もなくプロデューサーさんの家に到着した。


「お邪魔しまーす」

「ちょっと洗濯物とか散らかってるけど気にしないでね」

「プロデューサーさん毎日忙しそうだもんなー。その割に部屋、綺麗じゃん」

「一人暮らしだと溜めちゃっていけないわね。大人なのに恥ずかしい」

「じゃあアタシ、プロデューサーさんがご飯作ってくれてる間、洗濯物畳んどくよ」

「いいって。奈緒はお客さんなんだから、テレビでも見てて」

「だーめだ。アタシがやるって言ってんだからいいだろー?」

「ホント、誰に似たのか、どんどん強情になるわね」

「ホントにな!」


キッチンから漂う、いい匂いに意識を奪われそうになりながらも、
アタシが洗濯物を畳み終わったタイミングで、丁度プロデューサーさんに呼ばれた。

「奈緒ー、できたわよー」

「こっちも畳み終わったぞー」

「あら。ほんとに何か悪いわね……、好きなだけおかわりしてね。
と言ってもおかわりするものなんてご飯くらいしかないけれど」

「気にしなくていい、って。それになんかプロデューサーさんの私服を畳むのはなんか新鮮だったし」

「まぁ、普段スーツだからね」

「うん。じゃあ、冷めちゃわないうちに食べちゃおうぜー」

「そうね」

二人揃っての、「いただきます」。

ほかほかのご飯に、赤だしのお味噌汁。大葉と大根おろしの乗った分厚くて大きいお肉。

それから付け合せのサラダ。

お肉はナイフがすっと入って簡単に切り分けられて、大根おろしを少し乗せて口へ運ぶ。

醤油で味付けがされてて、大根おろしと大葉とマッチしたさっぱりーって感じで、それでいて濃厚な味わいが口いっぱいに広がった。

「おいひい……」

「ふふ。ちゃんと喋れてないわよ」

「いや、ほんと、やばいなこれ。こんないい肉、よかったのかよ」

「他の誰でもない、奈緒のためだから出したのよ? 味わって食べて頂戴ね」

「誕生日さまさまだなー。ほんとにありがとな」

「お礼は完食してからでいいわよ」

こんな感じで、アタシ達はときどきばかな話なんかをしながら、ご飯を食べた。


「ごちそうさまでしたー」

「はい、お粗末様でした」

そうして、ご飯を食べ終えて、空っぽになったお皿を流しに持っていく。

「ほんとにおいしかった」

「それはよかった。さ、明日学校なんだからお風呂入ってきなさい」

「うん。プロデューサーさんも一緒に入るか?」

「あら、それはみっともない体のおばさんに現役JKアイドルの体を見せつけてやる、って当て付けかしら
恩に仇で報いるとはいい度胸じゃない」

「もー! そんなんじゃねーから!」

「でも、今日は遠慮しとくわ。洗い物とか明日の朝ごはんの準備とかやっちゃいたいし」

「そっか。って、それアタシが泊まりに来たからだよな」

「気にしなくていいのよ。奈緒だから甘やかしてあげてるのよ?」

「プロデューサーさんって、仕事では厳しいくせに、こういうときは優しいんだよなー」

「そりゃ、奈緒も私もプロだから。手なんて抜かせないわよ?」

「こえー。じゃあ、お風呂借りるなー」

「はいはい。ちゃんと肩まで浸かるのよ」

「そんな子供じゃねーし!」


* * *



お風呂から出ると、そのまま入れ替わりでプロデューサーさんがお風呂へ入ってしまったので
アタシはプロデューサーさんから借りたパジャマを着て、ソファで暇を持て余していた。

くつろぎ過ぎてしまい、うつらうつらとしていると、後ろから不意に声をかけられ目が覚める。

「奈緒、髪乾かして寝ないと、寝癖ついちゃうわよ」

「んー」

「もう。やったげるからじっとしてなさい」

プロデューサーさんはそう言ってドライヤーを持ってきてくれて、アタシの髪を乾かしてくれた。

「はい。もう眠いんでしょう? 歯磨きしてらっしゃい」

「んー」


洗面所に行くと新品の歯ブラシが置いてあって、それで歯磨きを済ませリビングルームに戻ると
そこにはプロデューサーさんの姿はもうなかった。

どこに行ったんだろ、と部屋を見渡すと、ベランダへの窓が開いていることに気が付く。

ベランダへ出ると、プロデューサーさんはそこにいて、手すりにもたれて空を眺めているみたいだった。

「やっぱり夜はちょっと冷えるわね」

「そうだなー、もう秋かー」

「この間まで、夏だったのにね」

「ほんとになー」

「そういえば、今夜は中秋の名月、っていうらしいわね」

「十五夜、っていうもんなー」

「月が綺麗ね」

「あー! それアタシが言おうと思ったのに!」

「あら。奈緒も意外と詩人なのね」

「人のセリフ取るなよなー、全く」

「ふふふ。私達にはロマンチックなセリフは似合わないわねぇ」

「ムードも何もあったもんじゃねーからな!」

「じゃ、似合わないことついでにもう一つ」

「何? なんかあるのか?」

「0時ぴったり。お誕生日おめでとう、奈緒。これ、プレゼントよ」

「……ほんとに嬉しいよ。今日は何から何までありがとな」

「開けてみてよ」

「うん。………ネックレス?」

「そ。奈緒って洒落っ気ないから。ちょっとはアクセサリーもつけなさい」

「へへ。大事にするよ」

「大事にせず、毎日つけなさいよ?」

「分かったって!」

「つけてない日は髪の毛わしゃわしゃするからねー」

「もー! 分かったって!」

「分かればいいのよ。ほら、もう遅いから今日はもう寝なさい」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」

ベランダから部屋へ戻って窓を閉め、戸締りを確認すると
電気をぱちんぱちん、と落としていく。

なんだか、濃い一日だった。

気がする。









◆ ◇ ◆ ◇



アタシのプロデューサーは、なんつーか、勝手だ。

気分でアタシを振り回す。

ただ、まぁ、アタシはそんなプロデューサーさんが嫌いじゃない。



おわり

ありがとうございました。
神谷奈緒さんお誕生日おめでとうございます。
照れ屋で頑張り屋なあなたが大好きです!
(ほんとは昨日の0時ぴったりに投下したかったのですが、寝てしまって遅くなりました。ごめんなさい……)

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