モバP「何もかもが嫌になって」 (21)

職場にいたくなくて、いつも通りの時間で上がった。
仕事が停滞していることに耐えられなかった。

家に帰りたくなかった。
明日の仕事に備えたくなかった。

失敗はしなかった。
失敗することすらできなかった。

一歩ずつ地道にやっていきたいと思っていた。
ふと、歩き方すら分からなくなっていることに気付いた。

死にたいなんてことは微塵も思わない。
そんな暇はない。

今はとにかく現状を打破しないと。
…………どうやって?







知らない店の扉を開いた。



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扉の内側は静かなバーだった。


その雰囲気に、苛ついた。


ここなら少しは落ち着けるかもしれない。
小洒落た内装で気取ってるのに苛ついた。

今はとにかく1人でゆっくりしたい。
静かさが孤独を嗤っているようで苛ついた。

折角だし何か呑めば気も楽になるかもしれない。
現実逃避の為の酒を出している店のように感じられて苛ついた。


席に着く。
カウンターの向こうに佇むマスターらしき壮年は、何も言わない。



今はその態度に救われた。
自分を無視するようなその態度に苛ついた。

自分は疲れている。
それがこの苛々の根源だ。
今の自分は何にでも苛々するのだろう。


だから………




………だから何だ?

仕方ないのか?
仕方なかったら何だ?
諦めがつく?
諦めて、何がどう変わる?




とにかく今は落ち着くべき?

……どうやって?




思考は廻る。
廻って、停滞する。

いや、停滞したんじゃない。
そもそも自分は何も考えていなかったんだろう。

寝ている間に夢を見るように。
荒唐無稽で乱雑な思考が頭の中を支配する。


考えても仕方がないと、何か注文しようと外に意識を向ける。

そこで初めて、この店に入るのは初めてで、メニューも注文の仕方も分からないことに気付いた。



気付いて、苛ついた。

目の前の壮年は何も言わない。


そういう店なんだろう。

格好付けてるだけの不親切の怠慢だ。
自分が不案内なまま来るべきではなかった。

後悔と、怒り。
止まらない感情の濁流は、自分を思考の世界に閉じ込める。

他の人間に自分はどう思っているだろう。

逃げ出したい気持ちになった。




……………どこに?








「親父さん、いつもの!こっちのお兄さんにもね!」


知っている声がした。

苛ついた。
救われた。

静かなこの苛々する空間の空気を、たった1人で大きく震わせた。その事実だけで不愉快だった。
明るいその声色が、雑念の折から抜け出させてくれた。ここに着いて初めて周りの景色が見えた気がした。


「………友紀」
「やっほ、プロデューサー!今帰り?」


視線もやらずにその声の主の名を呼ぶと、いつも通りといった様子で隣に座るのが視界の端に映った。


邪魔だ。
安心する。

うるさい。
気が紛れる。

どこかへ行ってくれ。
1人でいるよりいいかもしれない。






助けてくれ。

「珍しいね、こんなところで会うなんて」
「そうかもな」

だからどうした。

「プロデューサー、ここって普段から来るの?」
「いや、初めてだな」

そんなこと知って何になる。

「だよねー、だと思った!」
「まぁ、今日はなんとなくな」

だと思った?じゃあ何で聞いた?初めから分かってたんじゃないのか?


駄目だ、苛々ばかりが募る。
感情は揺さぶられているのに、表には出せない。それがこの苛々の原因だ。

原因だから何だ。解決出来るのか。冷静なふりをしているだけだ。何も分かっていない。頭が回っていない。雑念だ。根本的じゃない。対処法を考えるべきだ。そんなものがあるはずがない。あればとっくに………



目の前にグラスが2つ。今置かれたのか、さっきからあったのか。
分かるのは、それだけ自分が周りが見えていなかったということだけ。
やはり苛ついた。

「さっきの聞いてた?いつもの、で通じるってすごくない!?」
「ああ、そうだな」

この距離で聞こえてないわけがないだろうが。

「よーし、それじゃ乾杯しよっか!」
「お前、本当に乾杯好きだな」

騒ぎたいだけなら俺のいないところでやってくれ。

「でもただの乾杯じゃつまんないね。何がいいかな?」
「凝り性だなぁ…君の瞳に、とかか?」

無意味に無意味を重ねているだけだろうが。

「あっはっは!くっさー!」
「ひでぇな…じゃあ何がいいんだよ」

いっそのこと、全部ぶちまけてやろうか。
このグラスを投げ捨てて。

空気を読まないその図太さが嫌いだ。
店に配慮しないそのうるささが嫌いだ。
いつもヘラヘラ笑っているその性格が嫌いだ。
性格とマッチしない苗字が嫌いだ。
輝かしい名前が嫌いだ。
うるさい。近寄るな。関わるな。これ以上掻き乱すな。

この担当アイドルは横でいつも通り笑っているのだろう。見なくても分かる。俯いた視線の先には、グラスを持つ自分の手だけが映っていて………







「それじゃあ、まだ見ぬ私の次のステージに!」

何も考えられなかった。
その一言で全てを吹き飛ばされた。
まるでマリオネットのように自分の顔が動く。
視線が上がる。カウンターの壮年が映る。
視線が回る。横に座る彼女が映る。

無邪気な笑顔に、殺された。

「…………………」
「…プロデューサー?」

瞳を覗き込んでくる。自分の瞳をを覗き込んでいる彼女の瞳には、男が映っていた。


疲れた顔をしていて。

泣きそうな顔をしていて。

何もかもが嫌ですと言わんばかりの。




彼女をトップアイドルにすると、そう約束した男が映っていた。


友紀の次のステージの企画が上がらなかった。

方々に頭を下げ、情報を集め、過去の仕事を纏め、企画書を纏め。

しかし、次の仕事が決まらなかった。

1週間前のことだ。

今も、決まっていない。




この1週間、何もなかった。
空白だ。停滞だ。行き止まりだ。

企画は今も決まっていない。

笑わなきゃいけない。
ただそう思った。

彼女のためでもなく、自分のためでもなく。

気取って言うならば、この名前も分からない酒の為に。




瞳の中の男は、不細工に笑った。
眉はハの字、眉間にしわを寄せて、目は潤み、鼻の穴は開き。
見方によっては、泣くのを何とか堪えているような顔に見えなくもない。
だが、笑っているのだ。男は笑っているのだ。
自分は、笑っているのだ。
瞳の彼女は、男なんかよりもずっと綺麗に笑って見せた。

「「乾杯」」

静かな空間を、2つの声が震わせた。

言葉にすることに意味はない。

言うだけで何かが解決するなんて、そんな都合のいいことはない。

何かが変わったわけでもないし、仕事が進むアテは一向にない。

店の静けさは相変わらず苛つくし、家には帰りたくない。

でも、言葉は勝手に出てきた。

きっとそれは、彼女の為に頑張る、自分の為に。


「…よし、明日はまた、頑張ろう」


明日はちゃんと笑って、彼女に酒の名前でも聞くことにしよう。

仕事が嫌すぎてユッキに慰めてほしくて書いた。
書いてるうちにこんな時間になったから多分明日もボロボロ。

でも平日に書かなきゃ意味がないと思ったから書いた。後悔はない。おやすみ。

>>6
他の人間に自分はどう思っているだろう。

他の人間に自分はどう映っているのだろう。

>>7
雑念の折

雑念の檻

>>8
苛々ばかりが募る

苛々ばかりが積もる

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