工藤忍と白雪姫のおまじない (30)

「ねえ、忍。『白雪姫』のウワサ知ってる?」

昼休み、お弁当を食べていたらクラスの友達が話題を振ってきた。

「白雪姫って童話の?」

「ううん。今ちょっと話題になってるおまじないというか都市伝説なんだけど」

それなら知らなくても仕方ない。

私はアイドルをしていて特に最近はそれなりに売れてきたから、よく学校を休んだり早退する。

そのため女子高生全体の流行には詳しくても、こういった学校や地域レベルの流行には疎くなりがちだ。

でも女子高生の間で流行るおまじないといえば、予想するのは簡単。

「わかった。つまりその『白雪姫』にお願いすれば恋が叶うんでしょ」

「全然違う」

ばっさりと切られた。

「『白雪姫』はね……」

そこで彼女は声をひそめて。

「人を殺してくれるの」

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まずリンゴに殺したい相手の名前を鏡文字で刻む。

そして夜にリンゴを鏡の前に文字が写るように置き、こう唱える。

「鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番憎いのはだあれ?」

何も起きなければ失敗。『白雪姫』は願いを聞いてくれなかったということ。

しかし鏡に写ったリンゴがまるでかじられたかのように消えていき「それは◯◯です」と刻んだ名前を答える声がすれば成功。

『白雪姫』は報酬のリンゴと引き換えに願いを聞き入れ、名前の人物を呪いで死に至らしめるのだという。

人を殺すおまじない。

学生の間で流行るにしては物騒にも程がある。

けどそんなことよりも気になるのは。

「それどっちかというと白雪姫の母親じゃない?」

「やっぱりそう思う?」

私のツッコミに苦笑いで返すあたり、誰もが思うことらしい。

「一応聞いた話だと『王子様と結婚して王妃になった白雪姫は母親にされた仕打ちがトラウマとなり、自分のように永遠の眠りにつかせる相手を探している』っていう設定らしいよ」

そんな過去を引きずる白雪姫は嫌だ。

ハッピーエンドが台無しじゃない。

「ちなみに報酬がリンゴなのは、毒リンゴへのトラウマから毒じゃないリンゴをくれる人には好意的になるからだって」

「そんなトラウマを持つ人にリンゴ渡すのは嫌がらせだと思う」

聞けば聞くほど『白雪姫』では無理がある内容に思えてくる。

「ぶっちゃけ『白雪姫の母親』より『白雪姫』の方が通りいいからね」

「流行しやすい名前ってことね。ウワサ話には必須だもんね」

設定がガタガタすぎるけど、女子高生のちょっとした都市伝説だしそんなものかもしれない。


「呪いなんてあるとは思わないけどさ」

と友達は椅子にだらしなく座りながら私の顔を見た。

「気をつけなよ。忍はアイドルなんだから」

「うん、ありがとう。気を付けるよ」

たぶんそれが言いたくて『白雪姫』の話題を出したんだろう。

身近な友達からの心配は少しこそばゆくて、嬉しい。

「あ、でも忍なら大丈夫か。アイドルオーラないし、憎む人なんていないよね」

「一言余計だよ!」

あんまり心配してないかもしれない。

「あはは。それより情報料にそのリンゴのウサギちょうだい」

前言撤回。

心配どころか私のお弁当が狙いだった。

釈然としない気持ちで私はリンゴを笑っている友達の口に捩じ込んだ。

私は工藤忍、アイドルだ。

田舎に住んでいた私はアイドルになりたかったけど、親も含めて誰も応援してくれなかったから一人上京してアイドルをしている。

今思えば結構無茶なことしているけど、結果的にアイドルになれたんだからよかったと思っている。

おかげで今ではテレビに出るくらいのアイドルになれた。

とはいえ、上京した当時の生活は過酷だった。

一人暮らしを始めた学生にはありがちの問題だろうけど、炊事洗濯料理に掃除。

そして何より、お金の問題。

念願のアイドルになれたものの、今のように売れる前は仕事はほぼなく当然お金もなかった。

しかもアルバイトをする時間があればその分をレッスンに当てていたため、ギリギリの生活をしていた。

クラスの友達にお弁当のおかずを恵んでもらってた日々が懐かしい。

当時の恩を思えばリンゴぐらいいくらでもあげよう。

実家からの仕送りだからタダだしね。

そうそう、初めは反対していた家族も、今では私がアイドルを続けることを応援してくれている。

初めは味方がいなかった私が、今は事務所のみんな、学校の友達、ファン、そして家族に支えられながらアイドルをしているんだから驚きだ。

こんなに嬉しいことはないし、とても有り難いことだと思う。

だからこそ、私はこれからもアイドルとしてみんなを笑顔にしたい。

人を笑顔にするのがアイドルだと信じているから。

放課後はそのまま仕事場へ直行。

今日は雑誌の撮影だった。

そして仕事を終えて事務所へ。

あとはプロデューサーさんに今日の報告をすれば終了、と思っていたら事務所の入り口付近を行ったり来たりしている影が一つ。

それは同じ事務所の後輩にあたる子だった。

少し気が弱いところがあるけど、アイドルに憧れてアイドルになった子で私としては親近感がある子だ。

まだアイドルを始めたばかりだが、握手会にいつも来てくれるファンができたんだと嬉しそうに話していたのは記憶に新しい。

たしかあの子も今日は仕事に行っていたはずだ。

だとしたら仕事を終えた後に、事務所に何か忘れ物をしたのを思い出したのだろうか。

考えていても埒が明かないので、近づいて聞いてみることにした。

「どうしたの?」

後ろから声をかけると後輩ちゃんはびくうっと体を震わせる。

「し、忍ちゃん……」

振り向いた顔はこれ以上なく怯えていて。

「わ、私……どうしよう……」

その目からはぼろぼろと涙がこぼれていた。

とりあえず後輩ちゃんを連れて家に帰る。

事務所ではできない話か、それともプロデューサーさんには聞かれたくない話か。

どちらにせよ、泣いている状態で外にいさせるわけにもいかない。

ハーブティーをついで後輩ちゃんが落ち着くのを待ってみる。

後輩ちゃんの泣く声だけがする中、私の中では嫌な予感が渦巻いていた。

そうして待つこと数分、肩の震えが止まった後輩ちゃんが話した内容は、予想通り聞くに耐えないものだった。

今日後輩ちゃんはプロデューサーと一緒にテレビ局へ収録に行ったらしい。

そしてとある大物芸能人の控室へ挨拶に行った時のこと。

プロデューサーに番組スタッフから声がかかり、ほんの少し席を外した時にホテルの場所と番号を教えられたのだという。

誰にも秘密で、今夜必ず来るように。

君の夢を叶えたいのなら。

プロデューサーに迷惑をかけたくないのなら。

事務所のみんなの夢を壊したくないのなら。

ファンのみんなを悲しませたくないのなら。

「私、どうしよう……」

話し終えた途端、後輩ちゃんはまた肩を震わせて泣き出した。

どうしよう、と言っているがこの子はこのままだと今夜ホテルへ行くに違いない。

そういう子だ。

そういう子だから狙われた。

私は胸の中に湧き上がる感情を外に漏れないよう必死に抑えながら、できるだけ落ち着いた声で後輩ちゃんを宥める。

「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」

「で、でも……」

わかっている。

大丈夫と言われたからといって、落ち着けるわけがない。

だから私は泣くのをやめない後輩ちゃんの耳元で、そっと囁いた。

「ねえ、『白雪姫』のウワサって知ってる?」

その日の夜、私は事務所の更衣室で『白雪姫』のウワサについて考えていた。

後輩ちゃんはおまじないを実行するだろうか。

……しないだろう。

人を殺すおまじないをできるような子じゃない。

いや、それ以前に普通あんな雑な設定のおまじないを信じたりしないよね。

もっとも、後輩ちゃんがおまじないをしようがしまいが関係ないんだけど。

どうせ失敗することはわかっているんだから。

何故なら、クラスの友達が言っていた話にはいくつか間違いがある。

まず『白雪姫』に渡す報酬はリンゴじゃない。

『白雪姫』への報酬はお金だ。

殺しの依頼をする際には仲介人に多額のお金を渡す必要がある。

それがいくらかは知らないけれど、リンゴ1個よりははるかに高いだろう。


私は更衣室の普段は見えない隠しスペースを開けて、そこにあるスーツに着替えていく。

一緒にいくつかの仕事道具を持って誰にも見つからないよう事務所を後にした。

次に『白雪姫』は対象を呪い殺すのではない。

状況によって違う手段も取るが、『白雪姫』は狙撃銃による殺害がメインだ。

呪いが使えたらもちろん使っていただろうけど、残念ながら『白雪姫』はそこまで万能ではない。

とはいえターゲットにとっては見えないところからいきなり死が迫ってくるのだから、呪いと大した違いはないかもしれないけれど。


ホテルから程よく離れたビルの屋上で、私は後輩ちゃんの言っていた部屋を確認する。

スコープ越しに、後輩ちゃんの言っていた大物芸能人の姿が見える。

そして何より間違えているのは。

私を憎む人はきっと多い。


私はターゲットに狙いをつけ、引き金を引いた。

上京したばかりの頃、私の生活は過酷だった。

特に金銭面で。

そんな生活を続けている中で、プロデューサーさんがある提案をしてきた。

「忍、夜のバイトをしてみる気はないか?」

言葉を聞いた瞬間、私はプロデューサーさんの顔面を殴りつけた。

そういうことはさせない人だと信じていたのに、と怒鳴った気もする。

するとプロデューサーは私の反応に満足したように、私の想像とは真逆の話をしてきた。

「そういうことをする奴らを世の中から消す手伝いをしてほしい」

その日から私は殺し屋『白雪姫』を名乗るようになった。

次の日、私は仕事はないけど事務所に向かった。

プロデューサーさんに『白雪姫』への依頼料を聞くためだ。

いつもプロデューサーさん経由で依頼を受けていたから、依頼から実行まで自分だけで済ますのは今回が初めてで勝手がわからない。

全部自分でやったんだからお金を払う必要があるのか少し疑問だけど、仕事道具はプロデューサーさんからの借り物なわけで、そこは一応依頼を通すのが筋だろう。

プロデューサーさんがいくら中抜きしているかもちょっと気になるし。

もしかしたら途方もない金額を請求されるかもしれない。

その時はまたギリギリ生活に後戻りかも。

しかし身構えていた私に、プロデューサーさんはお金の入った封筒をぽんと渡してきた。

「今回の報酬だ。依頼人は俺ということにしておいた」

「あ、あれ?仕事したの知ってたの?」

「当たり前だ。『白雪姫』はいまや表でもウワサになるくらいの有名人なんだぞ。『白雪姫』が仕事をしたかどうかはすぐ伝わってくる」

「あ、あはは。そうだよね。あ、でも今日はアタシお金を払うつもりできたんだけど」

「馬鹿言うな。もともと俺がアイドルの状況を把握できてなかったのが悪いんだ。知ってたら初めから俺が依頼してた」

「でも……」

「いいから受け取れ。そして次からは自分で解決する前に俺に声をかけろ。いいな」

「う、うん。わかった」

お金を払わなくていいというのなら、それに越したことはない。

大人しく帰ることにしてドアノブを掴んだ私に、背後からプロデューサーの声がした。

「忍。今までのことをすべて忘れて、まっとうなアイドルに戻る気はないか?」

静かな、感情を隠した声だった。

私は振り向くことなく。

「ないよ」

そう答えて、事務所を後にした。

家に帰ると、玄関前で後輩ちゃんが待っていた。

申し訳なさそうな、ほっとした、暗く、不思議そうな、様々な感情の入り混じった表情をしている。

彼女の身に起きたことを考えれば、複雑な気持ちにもなるだろう。

私は家に招き、昨日と同じように話を聞いた。

内容はもちろん、例の大物芸能人が殺された件についてだった。

「私、結局教えてもらったおまじない、やってないんです」

うん、そうだと思った。

「あ、あの、忍ちゃんの話を信じてないとかじゃなくて……これから私にひどいことをする人でも、死んだら悲しむ人がいるとか思うと、何もできなくて」

「結局、言われてた通りの時間に、ホテルに向かったんです」

「……ごめんなさい」

しゅん、と後輩ちゃんは申し訳なさそうにする。

「ううん、それは仕方ないよ。それで?ホテルに行ったらどうなったの?」

「それがホテルの前にパトカーがいっぱいいて、私見つかるわけにもいかなかったから帰ったんです。これが約束破ったことになったらどうしようって思いながら」

「そしたらニュースであの人がこ、殺されたって話をしてて……」

「あ、あの!私、本当におまじないはしてないんです!本当です!」

涙目で必死に訴える後輩ちゃんを宥めながら、私はゆっくりと言い聞かせる。

「じゃあきっと他の誰かがやったんだよ。他にもあの人を憎んでる人はいっぱいいただろうからね」

「そう、でしょうか」

「そうだよ。だからそんな悲しい顔しないで。アイドルは笑顔でなくちゃ」

「……はい」

「ねえ、さっきあんな人でも死んだら悲しむ人がいるって言ったよね。だったらその人達がまた笑顔になれるようにするのがアタシたちアイドルの仕事なんじゃないかな」

「は、はいっ」

はっ、としたように後輩ちゃんが顔を上げる。

「だから笑顔で、ね。自分が笑顔じゃないと、人を笑顔になんてできないよ」

「そう、ですよね。人を、笑顔に……」

俯きながらも、強い決意を感じさせる声が聞こえた。

「あの、いろいろとありがとうございました」

別れ際、玄関で後輩ちゃんが頭を下げてくれる。

「ありがとう、って……。アタシなにもしてないよ?」

「いいえ。忍ちゃんのおかげで気持ちが楽になりました。昨日はもう、アイドルやめようかとも思っていたけど、まだ頑張れそうです」

「そう。ならよかった」

「はいっ」

ほんの少し気が緩んだのだろう。

家を出る直前、振り向きざまに後輩ちゃんが笑みを浮かべたのを、私は見逃さなかった。

人が死んだのだから喜んではいけない。

そんな自粛する気持ちを押しのけてでも溢れてくる、自分が助かったことへの安堵の笑み。

人を笑顔にするアイドルでは守ることのできなかった、人を殺す殺し屋だからこそ守れた笑顔がそこにはあった。

ここまでです。

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