幸子「ボクはプロデューサーさんのことが嫌いなんですよ」 (9)



小学生のころ。ボクは真っ白なワンピースを着飾って、頭にリボンなんかつけて、まるでお人形のように、大切に大切に育てられていた。
それこそショーケースに入れられて、誰にも触られないように。なんて、バカバカしい過保護っぷりで。……ホント、ばっかばかしい。

はぁーい、お嬢さんもっと笑って~。何度目かの家族写真で、家の専属カメラマンがボクにわらいかける。
でも、ボクは笑えなかった。うまい笑い方を知らなかった。

だから昔の写真を見返すたびに、女の子は服の裾を握って、隅の方でむすっと顔を顰めていた。まったくカワイクない顔で。
両親はそのことについて何も咎めなかった。たぶん、それが”ボク”なんだと。勝手に思っていたのだろう。


……ボクだって、そう思っていたのだから。仕方ないのかもしれないけれど。


でも、そんな世界はボクにとって当たり前で、息苦しいとも感じなかった。
そんなことを考える前に、お稽古や、習い事をこなさなくてはならなかった。

ボクは「イヤだ」の言い方も知らなかったのだ。


「またひとりでご飯食べてるの?」

学校のクラスメイトはいつも厭味ったらしく笑った。ボクは何も言わずに、小さくうなずく。そんな反応を見て、嬉しそうに彼女たちは声を上げる。
人付き合いもあまり得意ではなかった。いつだって、ボクと誰かとの間には壁があって。なんとなくそれを肌で感じてはいたけれど。それを壊す勇気も、やりかたも、生憎ボクは持ち合わせていなかった。

そんな性格だったから、学校ではいつも一人で。家族にそれを悟られないようにすることで、ボクの頭はいっぱいだった。

悩みを打ち明けられる友達も、先生も、親も。ボクにはいなかった。そうだ。ボクには何もなかった。空っぽな人間だった。



それが――輿水幸子だった。




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そんなボクが、うまれてはじめて憧れたものがあった。
キラキラとした服で、ステージの上で歌をうたい、ダンスを踊る。お客さんからの大きな歓声を浴びて。それに応えるように手を振って。
カワイイ女の子が、カワイイ笑顔を見せて、たくさんの人からカワイイと言われる。

“アイドル”は、ボクを瞬く間に虜にした。
自分もこうなれたら、なんてありえない夢を頭に描いてしまうくらいに。深く、胸の奥深くまで、爪痕を残した。

だけど、所詮は夢。
ただぼんやりと毎日を過ごすボクにとって、それは儚い幻想に過ぎなかった。
自分を押し込めて、ただ言われるままに生き続ける。
アイドルなんて夢物語。叶うはずもない。ただの、夢物語。そう、そのはずだった。



……そのはずだった、のに。



「アイドルに興味はないかな」

その日、街に出かけていたボクが突然名刺を渡されて、黒いスーツを着た男の人に笑いかけられたのは本当の本当に偶然のことだった。

はじめ、何が起きたのか、自分でもよくわからなかった。
だから揺れる瞳も、鳴りやまない胸の鼓動も、ぜんぜん止まらなくて。ただ、その人の言葉を聞き漏らさないように何度も何度も頷いて。

「えっと、あの、こ、この電話番号にかければ……いいんですか」

やっとのことで絞り出した声は、きっと不安と期待で震えていたと思う。足元がグラグラとぐらついて、その場に立っているのも、やっとだった。
スーツの人は「電話くれたらオーディションの日程を教えてあげるから」と、そのまま一言二言告げて、どこかへ去っていった。

両手に握りしめた、その名刺には”346プロダクション”と記されていた。




――ボクの思い描いた夢物語が、現実へと変わったのは14歳になった年のことだった。




ぼ、ボクが。あ、アイドル……。
家に帰った後、ボクはなりふり構わず部屋に飛び込んで、そのままベッドに体を預けた。さっきから名刺を眺める度に頬が綻んで仕方ない。

えっと、アイドル、ですよね。ほ、本当に? いやいや、だって。だって! アイドルって、あのアイドル……ですよね。

なんども、なんども、名刺の文字を目でなぞる。

ベッドの上でそれを掲げると、まるで自分が無敵になったかのような錯覚に陥る。
自分の持つすべての運を使い果たしてもコレを手にすることが出来たのかは分からないけれど。いまは、お稽古でミスをして怒られたとしても何も感じることはないだろう。

ボクにとって。いや、ボクの人生で。いやいや、”輿水幸子史”の中で――それは何もかもを揺るがす大事件だったのだから。


「……ああ、でも」


ひとつ、気がかりなこと。……ひとつ? いえ、ひとつどころじゃないですね。考えてみれば、ボクがアイドルになる道のりはかなり、かーーーーなり、険しそうです。

例えば、両親はかなりの猛反対をするでしょうし。なにより、そんなことがあったと知っただけで、怒りを露わにする可能性は捨てきれないですね。
それに、周りも。アイドルを目指してるなんて知ったら、それこそ今以上に扱いがひどくなるかもしれません。

それは。あんまり……楽しくは、ない、でしょうね。

名刺を握りしめた指先が少し震え、ボクは思わずぐっと息をのみ、目を閉じた。

……だけど。それでも。


「――このチャンスは、絶対に、捨てたくはないですよね」


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