白垣根「花と虫」 (584)

・帝春


・時系列は新約15巻以降


・初投稿なので文は稚拙


・キャラ崩壊とめちゃくちゃなオリ設定、オリキャラ


・それでもOKならどうぞ??


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1472263843

ちょっと前に同じタイトルで書き込みましたが、内容を書き直しました。ちょくちょく更新するつもりです。あと、途中まで前スレの「花と虫」と同じです。そっちはhtml化しようとしてます。スレタイの横のURIボタンが何か分からない





…………………………。





「……、なに……?」



足蹴にした少女の口が動く。



彼は思う。自分の右足は彼女の左肩を捉え、確実にその関節を踏みにじって脱臼させたはずだ。路肩に面したオープンカフェの周りに人だかりができ、そして誰一人彼女を助けようとしない。その絶望の中で自分が垂らした一筋の糸。それに対して、今こいつは何といった?



「聞こえ、なかったんですか……」



頭に花飾りを掲げたその少女は、はっきりと聞こえる声で告げた。





「あの子は、あなたが絶対に見つけられない場所にいる、って言ったんですよ。嘘を言った覚えは……ありません!」



瞳に涙を浮かべ、駆け巡る激痛に全身を震わせながらも、彼女は目をつむり舌をべぇっと出し、自分を挑発する。



(……何だこいつ。どうして打ち止めの居場所を吐かねぇ。それだけ告げれば命は助けると、そう言ったんだぞ俺は)



自分の心は平静だ。そのはずだ。しかし、胸の奥に埋没した、見えない見えない精神の暗闇の底から理由のない疼きが走る。いや、理由がないと、思いたいだけで本当は分かっている。これは……。














(ッ?)












視界がくすみ、灰色に包まれた過去がフラッシュバックする。足元の花飾りの少女が、全く違う別の少女に見えた。ウェーブがかった白い長髪。涙ぐんだ灰色の瞳。白いレースのワンピース。胴に茶色の細いベルトを巻き、同じ色のヒールを履いた、14歳ほどの少女。



「……良いだろう」



再び足元の人物は現在の花飾りの少女に変わった。しかし、先ほどよぎった白い少女が、サブリミナル映像のように何度も視界に挟まれてくる。



「俺は一般人には手を出さないが、自分の敵には容赦をしないって言ったはずだせ。それを理解した上で、まだ協力を拒むって判断したのなら、それはもう仕方がねぇ」



肩から足を離し、照準を頭に定め今度は殺す勢いで彼女を踏みつけようとする。目の前の光景は、テレビのチャンネルを行き来するように、現在と過去を反復し続ける。その疚しさを今すぐにでも消し去るために、足に力を込める。



「だからここでお別れだ」



処刑の一撃が振り下ろされた。












最後に自分が見た顔は、今か過去か、どちらの罪を映し出した少女の顔なのか、もう自分でも分からない。


















とある魔術の禁書目録SS 白垣根「花と虫」














…………………………。




「カブトムシ!」



その一声で、垣根は目を覚ました。



途端に目に飛び込んだ、カーテンの隙間から差し込むぬるい光により、もう一度目をつむる。今の彼は窓際の勉強机の上で、羽毛付きの、小さな白いカブトムシのストラップとなっている。



また目を開けて周囲を見渡すと、赤いランドセルと、置き時計がある。時計の針は午後二時四〇分を指していた。





垣根は振り向いた。声の主、フレメア=セイヴェルンが部屋の真ん中に立っている。



「大体、お前今日用があるんじゃなかったのか? いつまで昼寝こいているつもりだ? にゃあ」



白やピンクを基調とした上着はフリルやレースでモコモコと膨らみ、スカートとワインレッドのタイツで下半身を覆っている。まるで着せ替え人形のようなファッションに身を包む彼女は腰に手を当てながら、垣根に忠告する。



『……ああいけない。そろそろ約束の時間だ』



垣根は思い立ったように背中の甲殻を開き、その中の薄い羽根を震わせて声を作り出す。そのまま空中に飛び上がり、フレメアの方へ向かう。



フレメアの左横を通過し、彼女の後ろ辺りを漂う。彼の全身が白く輝き出すと、そのままみるみるサイズを増していき、姿が人型になっていく。そして現れたのは、身長180cm近くある、清廉な顔立ちの長髪男だった。ただ、色は全身白いままだ。




「ありがとうフレメア。少し、悪夢に魘されてしまいまして」



垣根は振り向き、今や見下ろさなくてはならなくなったフレメアに話しかける。彼の緑の瞳をじっくり覗き返しながら彼女は訪ねる。



「どんな夢だったの?」



「いえ、大したものではありません。昔の、嫌なことを思い出したくらいのものです」



垣根は冷静に、余裕げに微笑みながらフレメアに告げた。



「ふーん。カブトムシでも夢って見るんだね」



「感覚のある生物なら、夢は誰でも見ますよ。犬猫でもね。ただ、その生物の捉える感覚の中の最も強いものが夢に現れるようなので、もちろん人間と同じような夢ではありませんけどね」



「カブトムシが見た夢は、人間的な夢?」



「ええ。とっても、嬉しいくらい人間的です」



フレメアの頭を撫で、垣根は言う。



「それでは行ってきます。留守番、お願いしますね」



「ふん?? アリ一匹通さないくらい、立派な留守番になってやる??」



垣根は笑い、そして玄関の方に歩いて行った。扉の開く音と閉まる音が聞こえた瞬間、フレメアはつまらなそうに左手のベッドに倒れ込み、口を歪めた。



「……羨ましいにゃあ」



これから垣根と遊ぶ相手に向け、届かない独り言を漏らした。彼女の目は寂しそうに潤んだが、それを否定するように勢いよく枕に顔面を突っ伏した。

今日はここまで

レスありがとうございます! ちょっと遅くなりましたが、少しずつ投下していきたいと思います!




てくてくと廊下を歩く垣根と初春。互いに4箱入りのティッシュセットを、両手に2個ずつぶら下げている。



「うぅ……せっかく新しいパソコン欲しかったのに……」



福引で狙いの商品を引き当てられなかった悔しさを引きずりながら、初春は低いトーンで呟いた。



「良かったじゃないですか。涙を拭くティッシュならたくさんある」



「こんなに入りませんよ! もう! 全部垣根さんに上げますから好きにしてください!」




はいはいと言った垣根はそこで立ち止まる。すると両手のティッシュセットが全て跡形もなく消失した。



「え? ひょっとして消滅……」



「そんな勿体無いことしませんよ。自宅にワープさせただけです。ほら。そっちのも貸して」



目の前の現象に驚きつつも手にしたそれらを垣根に渡した。そして先ほどと同じようにそれらも消滅する。



「か、垣根さんテレポートも使えたんですね……」



「3次元上の物体を11次元の計算に置き換える既存のやり方ではありませんがね。未元物質により生み出した『負の質量』を持つ物質との相互干渉によるワープ現象ですよ」




互いに手元をすっきりさせた後、垣根はさてと呟いた。



「初春さん。吹き抜けの広場に39アイスクリームがありましたよね? 良ければ一緒に食べませんか?」



「え? いいんですか! 私すっごい好きなんですけど!」



初春は瞳を輝かせて垣根に食いかかる。目が1.5倍ほど大きくなったような気がする。



「ええ。私の奢りです」


えーいいのかなー何選ぼうかなー?? と体を揺らす初春。垣根は微笑み、そして二人は並んで歩く。一階のフロアに降り、人混み溢れる廊下を歩き、やがて前方に目的地の広場が見えてきた。




吹き抜けの大広間の中心に、目的地の39アイスクリームがある。その手前に白い丸テーブルが5、6つ散らばっており、茶色い鉢に植えられた観葉植物が、その一帯を囲むよう置かれている。各席に座りながらスイーツを食べ、談笑する人々が見える。



肝心の店の前には、店の幅を少し超えたほどの列が右方向に一列並んでいる。



「ありゃ。流石に日曜は並んでますね」



「ええ。ですが、待つ楽しみというものもある。それでは行きますか」



列の最後尾へと歩き出した垣根を見て、それに付いていく初春。ざわざわと話し声の絶えない列の右横を歩きながら最後尾へ向かっていると、その直前で足を止めている垣根の背中があった。



「垣根さん? 何で立ち止まってるんですか?」




「……これはまた、奇妙な縁だ」



飛び出した台詞には、微かな諦めが込められていた。初春は首を右に逸らし、前方を見る。



「あーもう! 早くアイス食べたいー! ってミサカはミサカは一向に縮まらない行列に向かって、意味のない訴えをしてみる!」



「意味がねェって分かってンなら黙ってろクソガキ。俺だって別に食いたくもねェスイーツのために我慢して並んでるンだからよォ……アン?」




互いに苛々している、兄妹のような男女。明らかに見知ったその二人の顔に、垣根は絶句する。丁度同じタイミングで、向こう側もこちらの存在に気付き、垣根と似たような顔をした。



「……お前何してンだこんなところで」



「いや、こちらの台詞です。貴方こそ何を? 一方通行」



「ん? 誰かと思えばカブトムシではないかーって、ミサカはミサカはアイスを奢って貰うのに都合のいいカモを見つけたことを内に秘めながら、喜んでみる」



「今現在、その邪な考えはだだ漏れていますけどね」



そう言って垣根は笑う。学園都市最強の能力者、一方通行と、彼が世話をしている少女、打ち止めがそこにいた。



細身の体に白髪、白一色の衣服、ついている杖やアルビノの瞳といい、冷たく尖った印象の一方通行。くるんとしたアホ毛、見るからに柔らかい冬物のブラウンのワッフルコート、そして輝く天真爛漫な瞳と暖かい印象の打ち止め。いつ見ても対照的な二人だと垣根は思う。



「見て分かンねェのかよ。買い物だよ買い物。ッたく俺一人だけでいいの勝手に着いて来やがって」



「どこ行くって聞いたらゲームショップなんて言うから気になるよ。最近ミサカにゲームブームが来てるのを知ってるでしょって、ミサカはミサカは確認してみる」



よく見ると一方通行は、片手にゲームソフトの入った袋をぶら下げていた。そしてこの時期のことも考慮して、彼の本当の目的を察する。



「なるほどなるほど。実に微笑ましいことだ」



「アァ? ンだその見透かしたような面は。ていうかお前の横のそいつ……」



一方通行は垣根の背後から顔を出す初春に目をやる。初春は小動物のようにビクッと震え、こ、こんにちはと小声で挨拶した。



「あ、あれ? どこかで会ったこと……」



初春はあやふやな記憶を辿り、一方通行に尋ねる。



「会ったも何も、お前の目の前のそいつに」




一方通行が言葉を繋げるその前に、彼の横の打ち止めが初春めがけて飛び出してきた。



「あ! ひょっとして! あの時の花頭のお姉ちゃんだよねって、ミサカはミサカは思わぬ再会に心踊せ、お姉ちゃんに駆け寄ってみる!」



「え? あ、あー! ちょっと前に会った御坂さん似のおチビちゃん!」



久しぶりですと声を弾ませ、二人は両手を合わせながら喜ぶ。



「……何でお前、『こいつ』といるンだ?」



一方通行は垣根に尋ねる。



「まあ、『色々』ありまして」



垣根は返答する。その濁された反応に、これ以上の追撃は無意味だと思い、一方通行は質問を止めた。



「で、一応聞きますけど、これ、貴方達が最後列なんですよね?」



「見りゃ分かンだろ。何だ? まさかお前らもここの……」



一方通行は途中で台詞を切り上げ、隣にゆっくり視線を向ける。すっかり意気投合し談笑し合う初春と打ち止めの姿がそこにあった。追い打ちをかけるが如く、二名ほど自分たちの後ろに並び初めている。



「……しばらく、宜しくお願いしますね」



垣根は何とか笑ってみせたが、嫌悪一色の顔をした一方通行から、キモいから止めろと吐き捨てられた。

一通さんアンド打ち止め合流! 一通さんはこの話のキーパーソンに添えています。ひとまず今日はここまでです。



レスして頂いた方々、本当にありがとうございます! 1.2週間毎に更新していく予定なので、気長に待って頂ければ幸いです。因みにもうストーリーの半分ほどは書き溜めています。今もう半分を執筆中なので、なんとか消されることなく完走したいです。最後にもう一度、こんな素人のSSを応援して頂いて、ありがとうございます! 絶対に書き切ってみせます。




「もちろん手は打つさ。ただ、おそらく私の出る幕はあまりないよ。あそこには現未元物質の統率体に、一方通行もいる。彼ごときではあの2人は超えられない」



自分の「道具」に思った以上の評価を下していることに、唯一は少なからず関心した顔をした。



「して、その根拠は?」



視線に期待と、ほんの少しの悪意を混ぜ、唯一は彼に聞く。








「……君なら分かってるんじゃないのか? 未元物質を、狙い通りに進化させた君なら」





唯一は不敵に笑む。



「狙い通りに進化、なんて。あの力は我々人間が扱うには余りにも莫大なエネルギーを持った、正に無限の可能性を誇る能力ですよ? いくらなんでもそこまで計算は」






「虚数学区」






アレイスターのその一言で、空間に静寂が張り詰める。



「……分かっているだろ? 『未元物質の正体』を理解した上で、君は更に、彼の魂をそこに封じ込めるような進化を促した。唯一。一体彼を使って何をするつもりだ?」



何も発しない彼女に向け、アレイスターは言葉を穿ち続ける。






「何もなんて、とても」



余裕を崩さない口調で唯一は返す。



「私はただ、ピースをくべただけですよ。一方通行と未元物質。『虚数学区を制御するため』に、それだけのために造られた能力の片割れに」



アレイスターは剥製のように微動だにせず、唯一を見据える。



「詰まる所、あの2人の能力はそのために特化されている。未知の法則を逆算し、解き明かす一方通行。未知の法則そのものを司る未元物質。AIM拡散力場をかき集め、創り上げたあの異世界を、あなたは彼らを使って完璧にコントロールしようとしている……勿体無いじゃないですか。これだけの逸材を、あなたはその目的に向けてしか利用しようとしない」



「…………………………」



「特に未元物質は汎用性という面においては一方通行をも凌駕している。それがあの能力の『本質』だから。なら、それを彼がもっと知覚し、扱えるようになれば、色んなことを試せるようになるじゃないですか。例えば、世界最高のスパコンでも割り出せなかった、新たな可能性とか……」





「唯一」



鉛の棘のような声。



「心配しなくても、あなたのプランをどうこうするつもりはありませんよ。『ホルス』だ『ドラゴン』だ、とても手に負えるような領域じゃないようですしね。ただ、目の前にある可能性をみすみすドブに捨てるなんて、木原の名が廃るじゃないですか。まあ、不確定要素が多い中での実験なので、上手く行くかわ分かりませんが、それもまた」



「浪漫、かね?」



言葉尻を遮り、アレイスターは述べる。彼女は黙り、肯定するようにそっと笑んだ。



「だが、今大層な動きをされるのはプランにとっても悪影響だ。私が出るまでもないとは思うが、後始末は、自分で付けるべきかもしれないな……」



アレイスターはぼやきながら、眼前にデジタルの画面をいくつか顕現させる。ヴンッという音と共に現れたそれらには、学園都市中にばら撒かれた滞空回線越しの映像が流れている。



その中の一つに目をつけた彼は、唯一に話しかける。





「現未元物質の統率体に、ピースを用意したと、君はそう言ったな」



「ええ。自分の能力の本質に気づくための、『人間の領域を越える』と言うピースをね。さて、まあサンプル・ショゴスやら別の方法で逐一利用させてもらいましたが、そろそろパズルを解いてくれてもいいころなんじゃ……逆にそれすら解けないようなら、船の墓場のオリジナルに近い個体の成した進化には到底及びませんよ」



その返答を聞いた彼は、口元を微かに綻ばした。それはまるで、買ったばかりのおもちゃの使い勝手の良さに喜ぶ子供のような、彼としては珍しく純な笑みだった。



「どうやら既に見つけたようだな。パズルを解くきっかけを」






視線の先の映像には、とある2人の男が写っていた。











…………………………。





その少年に親はいなかった。





物心ついた時は既に孤児院にいた。何てことはない、普通から吐き出された歪な子供達の収容所。その頃の彼は、職員たちの憐れんだ瞳が大嫌いだった。





しばらくして彼は学園都市の施設に移された。進んだ科学技術で脳を弄り、超能力という特殊な力を生み出すための街。彼はそんな力に興味はなかったし、何よりもそこに蔓延る大人たちの下卑た神経うんざりしていた。





唯一楽しかったのは、趣味で絵を描いている時だけだった。12色のクレヨンを使い分け、頭に浮かんだあれもこれも気の向くままに紙に落としていく。描いていたのはいつも、ここではない別のどこかのこと。









見たこともない場所の青空。





見たこともない並木道の木漏れ日。





見たこともない花束と、それを渡す見たこともない誰か。





見たこともない、家族との時間。





見たこともないことが彼の全てだった。空想こそ自分のいるべき場所だった。クレヨンは次第に欠けていき、部屋には用紙が散乱する。日に日に空想の限界が近づいている。訳の分からない機械で脳を弄られるより、この自分だけの現実が、行き詰まってしまいそうなことの方がよっぽど怖かった。










だがその心配は杞憂に終わった。遂に発現した自分の能力の強度が明らかとなったのだ。





超能力者。





能力名「未元物質」





それは間違いなくこの街の頂点。その中でも更に先を行く途方もない力。これからは紙の上じゃない。この世界を、思うがままに塗り替えられる。空想は、もう空想じゃなくて本物なんだ。このことを知った彼は、無邪気な全能感に浸り、多い喜んだ。





この空想のような力が、彼を更に現実の鎖で縛り上げていくことも知らずに。







寮に戻った初春は、制服のブレザーを脱ぎ、壁のハンガーに立てかけてベッドに腰掛けた。そこから何かを思い立ったように、バッグを開きノートパソコンを取り出し、机に置いて操作する。調べているのは、『垣根帝督』についてだ。



やがて画面には、検索結果が映し出された。



「超能力者……第2位。そっか。だから聞いたことあったのかも」



学園都市の学生のデータを網羅した『書庫』。そこに彼の名前も記入されていた。ただ、どういう能力なのかは閲覧不能になっている。彼の更に上の位、学園都市一位の『一方通行』も同様だ。



一応、初春は学園都市有数のハッカーなので見ようとすれば強引に見ることはできる。だが彼女はこれ以上深入りするのはやめ、パソコンを閉じた。



その時、カバンの中の携帯の着信音が鳴った。彼女は急いで応答する。連絡主は風紀委員の同僚、白井黒子だった。





「はいもしもし。どうしたんですか白井さん」



『初春? 良かった。無事ですのね。いや、気になって電話をかけただけですの』



「ああ……またですか?」



『ええ。今度は発火能力。まあレストランがぼや騒ぎになったぐらいなので良かったといえば良かったのですが』



「どうしたんでしょうねここ最近。能力の暴発だけじゃなくて、急に能力を使えなくなった人もいますし。まあどれも一過性のものなのが幸いですが」



数週間前から起こっている異変。能力者たちの能力の使用が不安定になっているのだ。死者が出るような惨事には至ってないが、初春も黒子も、能力を所持している身として気が気がじゃない毎日を過ごすこととなっている。



『風紀委員としてこれ以上の被害は未然に防ぐべきですが、こうも発生がランダムだと手の打ちようがありませんの。現場に駆けつけた頃には、能力もすっかり元通りというのがほとんど。イタズラにしても無差別すぎて意図が取れませんの』



「うーん。まあ私の方でも調べておきます。このままだと安心して眠ることもできませんし。あ、御坂さんは大丈夫ですか?」



『今のところは。お姉様に限らず、超能力者の暴走は特に聞いてませんの。ただ油断はできませんわね。もし寝てる間にビリビリされたら、たまったものじゃありませんの』





「白井さんは大丈夫なんじゃないですか? いつもビリビリされてますし」



『それとこれとは話が別ですの!』



ハハハと笑い、それじゃあと電話を切った。



「うーん……ここ最近の事件と何か関係が……」



そう思った初春は鞄の中に入れたUSBを探す。警備員とも協力して集めた、事件のデータが詰まっているのだ。



だが、



「……あれ? ない」





いやまさか、と思いながら執拗にカバンをまさぐる。だがない。逆さにして中身をベッドの上にばら撒き、探しても見つからない。冷や汗が額を伝う。



「………………あっ!」



思い当たる節はただ1つ。先ほどのカフェ。垣根とぶつかったあの時だ。



「あわわ、急がないと」



壁にかけたブレザーをもう一度羽織り、部屋を飛び出そうとする初春。だがその時何かが自分の眼に飛び込んだ。





「……あれ? これ…………」



先ほどベッドの上に放り出した荷物の中に転がった、小さな白いカブトムシのストラップ。一枚の白い羽毛が添えらたそれは、少なくとも持っていた覚えのないものだった。



「…………………………?」



何かの景品だったのか? 知り合いから貰ったのか? 考えても心当たりがないため、ひとまず初春は部屋を飛び出すことを優先とした。





誰もいなくなった部屋のベッドの上。白いカブトムシの瞳が、一瞬赤く点滅した。







…………………………。



停留所に到着したバス。扉が開き、そこから駆け足で初春は飛び出す。カフェまでおよそ5分。おそらく店員が預かってくれているだろうという淡い期待を抱きつつ、足を早める。



やがて店の姿が見えてきた。初春は少し立ち止まり、携帯で時間を見る。3時50分。店を出て2時間は過ぎている。太陽が暮れはじめた空の色を見て、彼女はまた走り出し、そして店へ到着した。



急いでレジの近くに駆け寄り、女店員に伺う。



「あ、あの、すみません。落とし物って届いてないですか?」



息を切らす初春に心配そうな顔で見ながら「残念ながら届いておりません」と返す女店員。絶望しかけたその時、あることに気づいた。





「……え? あ、嘘…………」



2時間近く前に自分が座っていたオープンテラスのテーブル。そこに座った人影が見えた。しかも臙脂色の学生服に身を包んだその後ろ姿は、明らかに彼だ。



初春は意を決し、彼に近づく。



「あの~、もしもし、ちょっと聞きたいんですけど」



言い終わる前に、彼は懐からUSBメモリーを取り出し、背中越しに初春に見せた。彼女は安堵のため息を吐き、ありがとうございますと言いながらそれを取ろうとする。





「おっと」



しかし飄々とした声で彼はメモリーを再び懐に閉まった。初春の顔は一気に固まる。



「あ、あの、それ大事なデータが入ってるんですよ。早く返してくれませんか?」



「嫌だと言ったら?」



「……さっきセクハラされたことを独断と偏見による捏造を加えながらネットに載せます」



「おいやめろ。意外とキツいことすんなお前」



彼は振り返り、苦笑した。目つきは悪いが整った顔立ちに金寄りの茶髪。そして超能力者。ステータスは申し分ないのに、どこか精神的に欠陥のある残念な印象を初春は受けた。





「あの、垣根さん、ですよね? お願いだから返してください。落としたのは私の過失ですけど、それを返さないってのは筋が違いますよね」



「ほう。俺のこと調べたのか。嬉しいね。俺もお前のこと調べたぜ。風紀委員の初春飾利さん」



名前を呼ばれて、思わず背筋が凍ってしまった。何だこの男は。何故自分のことを調べている。



「そんな緊張すんなよ。確かに見ず知らずの男に素性を調べられんのなんてキモいと思うぜ? でもそれが俺みたいなイケメンだったら案外悪くねぇだろ。実に少女漫画的だ」



「……自分で自分のことをイケメンなんて言う人のことをカッコいいとも思いませんし、信用もできません。何なんですかあなた。何が望みなんですか?」



「辛辣だなオイ。別にとって食うつもりはないし、これを返さないつもりもねぇよ。ただ、ちょっとだけ協力してほしいんだ」





「協力? 」



「心配すんな。風紀委員にヤバい頼みはしない。それくらい分かるだろ。信じてくれとは言わねぇ。ただ黙ってついてきて欲しいんだ」



声色が急に冷静になった。拭いきれない疑念と恐怖に内心すくみながらも、どこに? と聞き返す。










「俺の指揮する組織、『スクール』のアジトにだよ」










はい。年内はここまでです。今話が非常に分かり難くなっている気がするので、まとめるとこんな感じです。



1・白垣根と初春のお買い物デート。通行止めとも会う。



2・オリジナルに近い存在(バレーボール)の垣根が生きていることが判明。白垣根と一通で船の墓場へ。



3・船の墓場で垣根はフィアンマや戦神の槍、船の墓場の演算装置などを利用して「魔神の力の再現」に着手していた。そして魔神の力により世界改変。



4・改変された世界で初春と垣根が会う→now!!!



となっています。もしこの話を読んで下さっている方がいるのならとても嬉しい反面、鈍行投下に後ろめたさを感じています。とにかく新年度が始まるまでには終らせる予定です。時々レスを下さった方々、本当にありがとうございました。それでは、良いお年を。

レスありがとうございます!
投下します




…………………………。



ずっと、不思議に思っていたことがある。



この翼は、何故能力を使う時に発動するのだろう?



日々の血濡れた実験の中で、彼はずっと考えていた。







未元物質という、この世に存在しない物質を生み出す能力。深く考えずとも、科学の発展に莫大な利益をもたらすことが明白な能力。研究者たちは来る日も来る日もその能力の限界を探るための実験を続けていた。その内容は、まだ10歳にも満たない少年の精神を無残に擦り減らすには、十分すぎる非道なものばかりだった。



どれだけの耐久性を誇り、どれだけの応用が効くのか? 体のどの部分にどうのような負荷を与えれば、どの箇所から物質が生成されるのか? 研究者たちは持てる残虐全てを施し、彼の能力の限界を知り尽くそうとした。



そして研究者たちがこれほどまでに彼に貪欲になれた理由の一つが、彼の序列が「第2位」であったことだ。



実験彼を研究しようとする者たちの多くに、「第1位」の開発に頓挫し、恐怖と無力さに打ちひしがれた心を取り戻そうとする、要は「憂さ晴らし」の者たちもいたのだ。





俺が「第2位」じゃなかったらこんな地獄は見なくてすんだのか?



あらゆる恐怖で磨耗した精神を、保とうとするプライドすら、その序列に打ち砕かれていった。



彼の心の闇は次第に色を濃くして行ったが、決してそれを表に出そうとはしなかった。彼は分かっていたのだ。自分のこの感情が、限りなく醜く、場合によっては自分を痛ぶってきたあの研究者たちより卑劣なものだと。



だからこそ彼は決心した。



11歳になる一日前、彼は自分を研究した研究所、全てを破壊した。



だが、1人の死者も出さなかった。





彼は誓ったのだ。自分の中に巣食う心の闇に立ち向かうことを。そしてもう2度と、自分のような子供を生み出さないと。



俺のこの翼は、この街の闇を払うために与えられた力だ。



11歳になった午前0時。1人の天使が学園都市の夜空に羽ばたいた。



それから一年。彼は学園都市に蔓延る闇を片付けるために日々奔走していた。彼の名は街の暗部に広まり、命を狙われると同時に、畏敬の対象ともなっていた。



ある日、彼はこの街の統括理事長に「窓のないビル」に呼び出された。自分が正すべき敵の中で、最も強大な存在。彼は十分な警戒を払いつつ、敵意を与えない悠々とした態度で会談に臨んだ。



統括理事長が彼に推奨してきたのは、「自分をリーダーとした裏の治安維持組織の設立」だった。
既に人材も1人、用意している。その言葉と共に1人の少女が彼の前に現れた。



後ろでひとくくりにした、ウェーブのかかった白色の髪。真ん中だけボタンを留めた、赤と黒のチェックのジャケット。その下に黒いタンクトップ。下はカーキーのショートパンツとミリタリーブーツ。彼女は彼を一瞥し、すぐ目を逸らした。













この出会いが、地獄の始まりだった。












垣根が初春をスクールに勧誘して一週間後。18学区のとある研究所、その一室に、白衣を着た2人の男がいた。



室内にはデスクトップパソコンが5台。稼働しているのはその内の一台だけだ。その手前に座った茶色い顎髭の男に、20代前半ほどのメガネをかけた男がコーヒーを持ってきている。



「お待たせしました」



「うーい」



茶髭の男は手渡されたコーヒーを飲んだ。






「あ、お前これコーヒーの豆違うぞ。おれケニアの方が好きなんだよ」



「ええ? それ言ってくださいよ。色んな種類あったんで、適当に一種類マシンに放り込んじゃったじゃないですか」



「前に言ったが?」



「え、あ……ホントですか?」



「次間違えたらタブレットでしばいてやる」



怒気と嘲笑を孕んだその一言に、メガネの男は軽く頭を下げた。





「もう夜の9時過ぎか。そろそろ仕事も終わるし、今夜も飲みに行くか?」



「お、いいですね。ゴチになります」



「図々しい野郎だ。奢ってやってもいいが、その代わり酔い潰れるなよ?」



男のキーボードを打つ手が早くなる。もうすぐ業務から解放されるということが、肉体的にも精神的にも心地よい追い込みをかけている。



そこで、部屋のドアが開いた。





「すみません。これ、どこに持っていったらいいですかね?」



同じ白衣を着た研究員の1人が、カートを押しながら部屋の中に入ってきた。



「おう。あ、それはまだ使うから、3階の保管室に持って行ってくれ」



男はそう言われ、カートの上に乗っているものに目をやる。












丸い容器に透明な液体と共に入れられた、人間の脳みそ。












左右に3個ずつカートの上に置き、6個になった上に同じように重ねたものが3段。合計18個の脳みそが、そこに乗っていた。



「分かりました」



男はカートを連れて部屋を出て行った。



「あれ今日の実験で死んだ『置き去り』たちの脳みそですよね? まだ使うつもりなんですか?」



「お前知らないのか? 能力者の脳っていうのは色々使えるんだぞ? 脳を巨大化させて能力そのものを強化する、なんて実験もあったくらいだしな」



「へー。やっぱり流石ですね学園都市」



適当な相槌を打っていると、茶髭の男が大きく息を吐いた。





「よっしゃ! 今日の仕事終わり! さーて、飲みに行くか」



パソコンの中のデータを保存し、画面を切って椅子から立ち上がる。メガネの男もそれにつられてゆっくり立ち上がった。



「でも先輩、奥さんとか子供とかは大丈夫なんですか?」



「大丈夫大丈夫! 休みの日はしっかり家族サービスしてるし、ちょっとくらい遊んでも咎められないって。あ、これ見てくれよ」



茶髭の男は携帯を取り出し、その中の写真を開く。サッカーのユニフォームを着た7歳ほどの少年を抱える、幸せそうな茶髭の男の写真だった。






「これ息子さんですか?! 随分大きくなりましたね。もう何歳ですか?」



「今年7歳。この間行きたかったサッカーの試合のチケットがようやく取れてな。家族で行ってきたんだよ。もう大盛り上がりでなぁ」



「へぇ。息子さんも楽しそうですね」



「だろぉ? こいつ最近サッカークラブに入ったんだよ。子供ってのは、目を離すとどんどん大きくなっていくんだよな。この前まで碌に立つこともできなかったと思ったのに、もうこんな立派に」



楽しそうに、息子と一緒に取った写真をスライドしていく茶髭の男。写真はどれも、仲睦まじい親子の触れ合いだ。




「子供っていいですね。俺も早く結婚したいなぁ」



「おう。嫌なこともたくさんあるが、毎日が新鮮だぞ。もし結婚して、子供が産まれたら、死ぬ気で大切にしろよ? 人生の先輩としての忠告だ」



よし、行くか。と茶髭の男の合図で2人はドアの方に向かおうとした。が、そこでドアが開いた。



「あ? なん」



言い終わる間も無く、先ほどカートを押していた男が2人の方へ吹っ飛ばされてきた。2人は避けようとしたが間に合わず激突し、3人まとめて先ほどまで電源の付いていたパソコンの右隣のパソコンに音を立てて突っ込んだ。





「ゴールッ。悪りぃな。サッカーの話してたからよ。つい足が出ちまった」



開かれたドアの向こうには、蹴りのポーズを構え、不敵な笑みを浮かべる青年がいた。長髪で端正な顔たちの青年は、倒れ込んだ3人を余所目にこの場を去った。



「な、何が……」



頭から流血する茶髭の男はそう呟く。すると、右上からヴンッという音がした。男はなんとかその方向を見る。



「なっ…………」



台の上に並んだパソコン全てが、勝手に起動していた。しかも画面上には赤い縁で囲まれた「WARNING」の表示が、爆発的に増殖している。現状を全く把握できていないが、一つ確かなのはこのパソコンの中のデータはどれも、2度と使用できないということだけだ。



「そん……なっ」



屁のようなか細い声を漏らし、茶髭の男はそこで気絶した。












「クッソ! どうなってんだよ! 外部に連絡が通じないぞ!」



廊下を走る20代半ばのショートヘアの男研究員は声を荒げる。彼の側ではブロンドの髪の女研究員と、眼鏡をかけた黒髪の女研究員が並走している。



「落ち着いて。ひとまずここから外に出て、そこから通信が繋がるか調べればいいのよ」



苛立つ男を落ち着かせ、3人は研究所の裏口へと向かった。たどり着いた場所には実験用の機材を積んだコンテナが大量に積み重なっており、その先にトラックの搬入口がある。3人はコンテナの間を走り抜けていき、そこから脱出しようとした。



「ガアッ?!」



しかし、突如男は左肩から血を流し、前方に転んだ。女二人は愕然とし、ひとまず彼を介抱する。






ブロンドの髪の女研究員が彼を肩に掲げ、コンテナを背に辺りを見渡す。金属のひやりとした感覚が背中に走った。



(潜んでる。この周辺に、間違いなく狙撃手が)



こうなると、この裏口からの脱出は諦めた方がいい。大勢で一気に突っ込めば何人かは脱出できるかも知れないが、そんな博打にかけられるほど彼女らの精神は強くなかった。



「ここからは離れた方がいいわ! 行きましょう」



メガネをかけた女二人は研究員は頷き、男の方もうう、と唸りながらも首を縦に降る。3人は元来た道を戻ることになった。



コンテナの影。チェストリグを身につけたツインテールの少女が静かに笑っていた。










「正面玄関や、他に逃げ道につながるような場所には防火シャッターが降ろされている。唯一の出口だと思ったあそこにも狙撃手が配置されている。マズイわ。完全に外部から隔離されてしまった」



先ほど裏口で狙撃された男を引き連れながら、廊下を走るブロンドの髪の女研究員。横のメガネの女研究員が口を開く。



「にしても、ここまで即座に施設のネットワークを丸ごと掌握するなんて、一体どんな凄腕」



その時、傍に妙な気配を感じた。彼女は立ち止まる。





「何? どうかしたの?」



「いや……何か今、誰か通らなかった?」



「何言ってんのよ。早く行くわよ!」



気のせいかと思い、彼女らは去っていた。それを見計らい、何もない場所から突如人影が現る。



「……気づいてないみたいっすね。流石に気配までは消せないのが難点か」




現れたのは誉望だった。念動力により自身を透明化し、研究所内に進入していたのだ。そのまま手渡されたマップを頼りに目的地の扉の前までたどり着いた。鉄製の厳重なロックのかかった扉だ。『彼女』によると、既にロックは解除しているらしい。彼は難なくその開閉ボタンを押した。



空気の抜ける音が響き渡り、扉が徐々に開いていく。現れたのは、白いパジャマを着用した子供たちだった。病院のような白いベッドが並行に並び、何十人もの子供がその上で寝ている。扉の空いた音と、誉望の存在に気づき何人かが目を覚ました。



「お兄ちゃん、誰?」



それを区切りに次々と子供たちは目を覚ましていく。彼らに向かい、誉望は宣言した。



「『スクール』の誉望万化だ。お前たちを、ここから救いに来たぞ」









一方、四方を白い壁に囲まれた実験室をガラス越しに携えたオペレータールームでも、混乱が湧き上がっていた。外部からのクラッキングにより、実験データは全て破壊された上、外部との連絡も取れなくなってしまったのだ。



そこに、先ほどの3人組が帰ってきた。



「おい、お前どうしたんだ?! 肩から血が出てるぞ!」



「裏口から逃げようとしたんだけど駄目だったわ。狙撃手が潜んでる」



「そんな……」



その場の研究員たちは皆悲壮な表情を浮かべた。






その時だった。ドアのある後方の壁が大爆発を起こし、瓦礫と旋風を周囲に撒き散らした。研究員は皆風圧に押され、後ずさり、7名中3名がその場にへたり込んだ。



「な、何……」



ブロンドの髪の女が、粉塵の中からこちらにやってくる人影に目をやる。



「よお。夜遅くまでクソ仕事ご苦労さん。残業大変だなオイ。安心しろ。明日からしばらく休業だ」



皆は目を疑った。こちらに迫り来る男の背中には、神々しく光る6枚の白い翼が顕現していたのだ。青い月の光を凝縮して作られたような翼。そこから放たれる輝きは、冷酷に彼らに降り注いでいる。



「心配しなくても、殺しはしねぇよ。ただ、自覚はしてもらうか。罪のねぇ子供たちを平気で実験と称して弄り、何千人の命を奪いながら平気で日常を生きようとする、お前たちの歪んだ邪悪さを。そのためには、多少、痛い目にあってもらうぜ」



皆は目の前の脅威に震え上がり、逃げるどこらかまともな思考すら放棄し、ただその場から動けずにいた。



彼らが意識を失う数秒前、その天使は、不敵に笑った。



そして、蹂躙が始まった。








エンジンの音を鈍く鳴らしながら、一台の大型トラックが、夜の高速道路の上を走っている。運転しているのは、スクールの狙撃手、弓箭猟虎だ。



「ったく。いくら操縦できるとはいえ、か弱い女子にこんな任務任せないでほしいんですが。こんなの誉望さんで十分な気が」



「誉望さんは子供たちを救出をして、心理定規さんと一緒に荷台の彼らの心のケアをしてるんですから。仕方ないですよ」



「そんなのわたくしでも十分じゃないですか。それに、私は狙撃手としてじゃないといまいちモチベーションが上がらないんです」



「いや、猟虎さんに対人の任務は……」





「ん? なんか言いました? 初春さん」



「何でもないです」



そして、助手席に乗っていたのは初春飾利だった。膝下にノートパソコンを置いている。画面の中には、先ほどまでのクラッキングを表す文字列が並んでいる。



「しかし、初春さんもここに入ってもう一週間近くですか。今回も見せてもらいましたよ。流石学園都市有数のハッカーですね」



「いやぁ……役立っているなら幸いです。でも、私の活躍なんかより、何人救えるかの方が大事ですよ」



初春はパソコンを閉じ、助手席から見える学園都市の夜景に目を移した。大小様々な輝きを放つ街の姿に、次第に心に平穏が蘇ってくる。





「初春さん。あんまり思いつめない方がよろしいのでは? 手の届かない場所の理想や悲劇に嘆くより、今あの子たちを救えたっていう現実を喜びましょうよ」



猟虎のフォローに、表情の暗さが少し払拭される。初春はありがとうございますと告げた。



(ホント、話しやすくなったな。猟虎さん。心理定規さんが心の距離調節してくれて助かった)



最初の頃は、佐天がよりタチの悪くなったような異常な距離感で接してきたので、初春はとても鬱陶しがっていた。それを見かねた心理定規が、彼女に助け舟を渡したのだ。






垣根に勧誘された翌日、初春は心理定規のアドレスに返信を送った。『あなたたちがどんな組織なのか、この目で見たい』と。すぐさまスクールのアジトに呼ばれた初春は、彼らの言うこの街の闇、常軌を逸した実験の記録に目を通した。



(あれが、この街の抱えた闇。知らなかった。知りたくもなかった。私は、風紀委員として学園都市の治安維持に貢献していると、ずっと信じていたのに)



今もこうして、思い出す度に悔しさと不甲斐なさで胸が潰れそうになる。人を人とも思わない残酷な科学の上に成り立った、薄皮の平穏の上で正義を振りかざしていたなんて。



彼らの言う通りだ。この街には、風紀委員だけでは太刀打ちできない大きな悪腫が巣食っている。自分の誇りと、何より何の罪もない子供たちを守るため、初春は彼らと共に行動することを決めた。






最初の任務の日。初春はスクールの面々と共に訪れた研究所のシステムを一気に掌握し、あっと言う間に施設の制圧への王手をしかけた。この働きぶりには垣根も予想外だったようだ。



そして10分も経たない内に、その研究所は徹底的に破壊された実験用の機材と、痛めつけられた研究者たちで溢れかえる『ただの箱』同然の施設となった。



だが、怒りに任せた強引な特攻を終えると、初春の身に蘇ったのは戦慄だった。やってしまった。もう後には引けない。自分は今、この街の闇に宣戦布告をしたのだ。いつ命を狙われてもおかしくない、そんな張り詰めた状況に自分を追いやったのだ。



そんな彼女の肩を、任務を終えた垣根は軽く叩いた。



よくやったな。心配すんな。お前の命は、リーダーである俺が守る



彼はそう言い、初春はそこで彼らと別れ、初日の任務は終了した。





(……あの時決めたんです。この人たちを信じようって。この街の闇の中で培った、スクールの望む正義に賭けてみようって)



よく考えてみればおかしな話だ。会って間もない連中と、殺人を犯さないとはいえ限りなく法の範囲を逸脱した行動を取っているなんて。自分の行動は、人からすればあまりに不用心で、善意を信じ過ぎる未熟な情熱の暴走のように思えるかもしれない。



(白井さんや御坂さん。固法先輩。そして、佐天さん。ごめんなさい。今はまだ何も言えないけど、私は、この人たちについて行きます)



それでも、彼女はこの道を選んだ。それが正しいか、間違っていたか、それは後から知ればいい。ただ一つ確かなことは、この街には、不条理に巻き込まれて命を落とす罪なき存在がいるということだ。なら、それを知った上で見過ごすことなど、初春飾利の信じる正義ではなかった。それだけだ。



初春はポケットの中の携帯が震えるのを感じ、取り出した。垣根からのメールだ。任務完了の四文字と、半壊状態の研究所の写真が添付されていた。初春は何も言わず、画面を閉じた。


ひとまずここまで。次は3月始めに投下予定です。




…………………………。



白塗りの世界から徐々に視界が開けてくると、そこは先ほどまでと同じ、夜の第4学区の倉庫街だった。冷たい空気感、夜風の匂い。そして、同じく目の前に、地べたに仰向けになった彼女と、それを見下す彼がいた。



「ここは…………」



初春は視線の先の彼を見る。彼の顔は、前より少し悲しみの薄れた表情だった。



「この世界はあそこから始まったんだ。あの時、研究員のジジイにあいつを殺されなかった世界。という前提でな」



初春は声のする右横を向いた。目の前の彼の未来。垣根帝督がそこにいた。



「ちゃんと見てろ。あれが俺の抱いた幻想の末路だ」





彼に誘導され、初春は視線を前に移した。



「全部、嘘だったのか?」



あの時と同じ言葉を、彼は口にする。



「仲間を研究員共に殺されたってのも、この街の闇が憎いってのも、俺と、俺と過ごした時間も、俺に着いて行くっていったのも、あの笑顔も涙も、全部嘘だったのか? 全部、俺をはめて、殺すためだったのか?」



「それはーーー」



周囲に邪魔者は誰1人としていない。彼女は今、その答えを口にしようとした。












「ーーーぷっ」












彼女の口から発されたのは、言葉ではなかった。



「ぷっ、アハハハハハハ! え? 何ぃ? 何て? アハハハハハハハハハッ! ハッハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハッ!!!」



彼女はただひたすら、笑い続けた。彼にとってそれは、どんな返答よりも残酷な答えだった。



「何、笑ってんだよ」



彼は怒りと恥ずかしさと嘆きが混じった、震えた声で聞く。彼女はそれを無視して笑い続け、しばらくしてその爆笑の跡を顔に残し、上半身を起こす。



そして、鞄から拳銃を取り出し、それを自分のこめかみに押し付けて彼に言った。





「出来るだけ、アンタを絶望させて暗部に堕とすように。それが私に与えられた指令よ。さあ、どれが嘘か、教えてあげるわ。何が知りたい? さっきのキス? 負わされた怪我? 楽しいデート? それとも、私の死んだ仲間たちのこと?」



彼女はそう言ってまた笑い出した。彼は魂を抜かれたように足元をふらつかせ、彼女から遠ざかろうと後ずさり始める。



「…………ッ……」



初春は口元を押さえ、その光景を苦しそうに見ていた。隣の垣根は石像のように無表情だが、視線の先の呆けた顔の彼を見ると、何も言われなくてもその胸中を図るには十分だった。



彼女が放った言葉の1つが脳に鉤爪を立てた。彼は震えた声で、言う。





「死んだ、仲間たち?」



「あら? それがお望み?」



彼女は嘲笑し、告げた。



「あそこで私以外は実験で死んだって言ってたでしょ? あれ、本当は私がやったのよ」



彼の瞳が、重い影に閉ざされた。





「と言っても、実験に失敗して半身不随になったり、体が奇形化したり、脳に障害が出て使い物にならなくなった『死に損ない』の処理って形でだけどね。研究者共が煙たがってやりたがらない仕事を、率先して引き受けたまでよ。でも、昔の人間って偉いわね。ガス室に集めてちゃちゃっと殺すのが一番効率的だって、既に証明しちゃってるんだから」



自分が成し遂げた仕事を誇らしく語るその姿に、かつて自分の前で罪悪感に苛まれ、優しい涙を零した少女の姿は微塵も残っていないと、彼は確信していた。



「じゃあ、その首のマークは……」



「自分で付けたに決まってるでしょ? 誰があんな不良品共と臭い飯食いたがるのよ」



余りにも弱者を見下し切ったその物言いに、遠くから眺めている初春は眉間を歪め、拳を握った。





「……何で」



「アレイスターの為よ」



彼女は即答する。



「親に捨てられたも同然でこの街に来て、イかれた実験の末に貼られたレッテルは『無能力者』。ふざけんじゃないわよ。どいつもこいつも私をバカにしやがって。掌から風だ雷だ出すのがそんなに偉いのかよ。くっだらない。何としてでも私は自分の価値を証明したいのよ」



彼女は怒りを顔に滲ませた。劣等感と自尊心がせめぎ合い生まれた、歪んだ怒りだ。





「私はすぐに力を求めて、暗部に堕ちた。そこであらゆる技術を習得したの。能力になんて頼らなくても、私は強いことを知らしめる為にね。そして、ついにこの街の頂点。学園都市統括理事長アレイスター・クロウリーに会うことができた」



彼女は頬を赤らめた、牝の表情で彼に告げた。



「衝撃だった。それはもう、あんたなんか目じゃないくらいにね。私は思ったの。ああ、私の人生は、この人に捧げる為にあったんだって。あの人の持つ、途方も無い力に私は惚れたの。あの人の為なら私はどんなことでもするわ。嘘だろうと、殺人だろうと、好きでもない男とのキスだろうとね」



彼は目はもう、何も見ようとしていなかった。初春には痛いほど分かった。彼はきっと、この現実を存在しないものに、しようとしているのだと。





「嘘だ」



「ホントガキね。アンタ」



彼女の引き金を握る指に、力が入る。



「言ったでしょ? この『作戦』は、あんたを限りなく絶望させて暗部に堕とすのが目的なのよ。本当は何も知らないまま、私をあいつらに殺させるつもりだったんだけどね。でも、今のアンタを見てると、こっちの方が良かったのかもしれないわ」



彼女は恐れのない笑みを浮かべる。



「止めろ」



「大体さ」



彼女は彼に告げる。





「肝心の襲撃場所を私に選ばせたり、偉そうなこと言った割には『たった』2年で根を上げ出したり、あんたのやること成すことには『芯』がないのよ。結局、自分が気持ちよければそれでいいんでしょ? 周りにいいように見られたいだけの自意識過剰なガキが、この街を救うなんて笑わせるんじゃないわよ」



彼女は息を吸い、もう一度強く、こめかみに銃口を当てた。



「止めろ! お前が居なくなったら、俺は」



「知らねぇよ。そんなの」



それを最期に、彼女の頭を銃声と銃弾が貫いた。脳髄と鮮血を撒き散らしながら、彼女の体は重力に吸われ、再び地べたに仰向けに横たわった。



「ッ……………………」



初春は目を覆った。その惨劇も、それを目の当たりにした彼の姿も、もう、見たくなかった。





だが彼女の頭を垣根は横から掴み、無理やり顔を上げさせた。



「ッ、や、ぃや…………」



「イヤじゃねぇよ。いいか? しっかりと見ろ。これが俺の過去なんだよ。どうしようもなかった、惨めな結末なんだよ。ホラ、ちゃんと見ろ!」



その声は冷静で、どこか荒んでいて、そして哀しげだった。



彼女の亡骸を見下す彼は、口を半開きにして、何かを言おうとしている。だが、どんな言葉もこの絶望を表現できないことを分かっている。彼はそれでも何かを言わずにはいられない。



「違う」



彼はようやく一言口にした。





「違う。違う。違う! 違う違う違う違う! 違う!違うッ!」



一度溢れ出したら、もう止まらない。彼は壊れたレコーダーのように、何度も同じ言葉を繰り返した。






「……止めろ! 違う! 俺が、俺が望んだのは…………」






彼はそう言って、背中から6枚の翼を展開させた。その翼の周囲に黄金の絹の糸のようなものが揺蕩い、空間に天使の歌のような荘厳な音が轟き始める。初春は知っている。これは、太陽の門の前で発動しかけていた、世界改変の前兆だ。





彼の翼が根元から、ゆっくりと黄金色に染まって行くのを見ながら、隣の垣根は口を開いた。



「分かっただろ? 俺が引き下がれない理由を。俺にはもう、何も残っていないんだよ」



初春は垣根を見る。冷静に、過去の自分を見つめるその瞳が、何よりも孤独でひ弱に感じられた。



「この街がある限り、間違いなく『ああいうこと』は繰り返される。もう、そんなのは御免なんだよ。分かったら初春、邪魔をしないでくれ」



垣根は静かにそう言って、初春に背中を見せ、この場を去り出した。それを目で追う暇もなく、翼の輝きが最大限になり、目の前が再びホワイトアウトした。



寸前。初春の視線が、黄金の翼を持つ彼の視線と重なった。彼は初春を認識できないにも関わらず、何かを訴えるように彼女を見ていた。





一方通行が隣の繭が見つめていると、突如発光し出した繭が内側から緩やかに解けていき、その中から解放された初春が、膝から地面に着地した。



「……………初春さん」



高架下の広場からそれを確認した垣根は、彼女の名前を呟いた。一方、道路上でそれを見ていた彼が口を開く。



「これで十分か?」



初春はハァ、ハァと息を荒げ、両手を地面に付き、項垂れている。汗が一雫、コンクリートの地面に落ちた。



そして初春は、顔を上げて壁越しの彼を見た。





「ッ、何だその目は」



彼女の瞳は、ただ真っ直ぐに彼を見ていた。その目に宿っているものの全てを彼は理解しきれなかったが、そこに自分が望んだものは混じっていないことは明らかだった。



彼はたまらず何かを言おうとしたが、自身の体に白い糸が絡みつき、その動きを封じ込めたことにより、言葉を繋げることができなくなった。



そして、彼の体は高架下から音速で追突してきた垣根の拳に押し出され、数十メートル先の空中へと吹き飛んだ。跡地に残った垣根は、初春を見る。



垣根はゆっくり微笑んだ。



初春はそっと頷いた。





一瞬の、しかし確かな邂逅の後、垣根は吹き飛ばした彼を追い、銀色の翼を震わせて飛翔した。



「……垣根さん、勝てますかね?」



初春は隣の一方通行に聞く。



「さァな。だが、ある程度の算段は聞いた」



その言葉の後、僅かな沈黙が生まれる。初春は彼を見た。



「……本当に、やる気なのかあの野郎」









彼は顔を歪ませ、翼を駆使しバランスを整え、迫り来る垣根を迎撃する準備を整える。



「クソがッ! 失せろッ!」



彼は掌を垣根にかざした。5秒前の次元からの不可侵の攻撃により、垣根の体は、だるま落としのようにバラバラになる。



しかし彼の周囲に、先ほどと同じような繊維が集結している。彼は顔に動揺を浮かべ、そして自身の真上を見た。



「こっちだ」





無傷の垣根が、翼の先端をこちらに向けて突撃してきている。垣根の制御下にある状態の彼は、的同然の、蹂躙されるのを待つだけの存在だ。圧倒的有利の攻勢から垣根は彼を狩ろうとする。



そこで垣根は振り返り、背後から襲撃をかけてきた『2人目』の彼の黄金の翼を、銀色の翼で迎え撃った。翼の先端同士が激突し、拮抗したまま両者は睨み合う。




「2度も同じ手は通用しませんよ」



そう言う垣根の背後で、白い糸に絡まった彼が蝋燭が溶けるようにドロドロになり、消滅した。



「ハッ。だが追撃をかまさねぇ辺り、お前の分身の限界は、真の科学の世界の拡張も含めると4人までってことか? いや、それもブラフかもしれねぇな。何にせよ、しぶとい野郎だ」





彼は、忌々しげに垣根を睨む。



「さあ? ご想像にお任せします。それと、この私にしぶといだなんて今更じゃありませんか?」



垣根は鋭い目で彼を睨み返しながらも、口元には細い笑みを浮かべている。



「だな。全く、ムカつく野郎だ。お前も、あのガキも」



あのガキ。その言葉に垣根の眉がぴくりと動いた。



「ムカつく、というのは、どこか彼女に期待してしまっている自分がいるからじゃないですか?」






垣根はそう言って、また不敵に笑った。彼は沸騰したように顔を憤怒に濁らせ、5秒前の次元に干渉し、垣根に翼の斬撃の嵐を浴びせた。垣根の体はテッシュを破くように散り散りになっていく。



「その怒りが、答えのようなものですよ」



既に背後に作られていた『2人目』の垣根の言葉に、彼は歯を食いしばる。



「きっと、『2回目』の世界でも、貴方と彼女は同じような結末を辿ったのでしょう。貴方は初春さんにその全てを伝えた。だが彼女は折れなかった。彼女はまだ、貴方に希望を見出している」



彼は勢いよく振り返り、翼で垣根を横から一刀両断する。





「私もですよ」



すぐさま『3人目』が背後に回り込み、語りかける。彼は破裂しそうな怒りに震える。



「貴方はきっとやり直せる。そう信じているんだ。それを拒み続けているのは、偏に貴方が光の世界を恐れているだけだ。『人を殺した自分が許されるはずがない』『一度折れた自分がやり直せるはずがない』貴方はそうやって自分をーーー」



「ウルセェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」



彼は咆哮し、掌から再現した黒翼を噴出させ垣根にぶつけた。吹き飛ばされた垣根は再び中央の高速道路の上に落下し、仰向けに横たわった。その体は卵の殻を砕いたかのようにヒビだらけだ。





「どの視点から説教垂れてやがんだコラァッ! やり直せるだぁ? 虫酸が走るんだよ! クソみてぇに薄っぺらい希望をチラつかせやがって。んなモンに惑わされてたまるか! テメェの不始末くらいテメェでつけるんだよ。この街さえなかったことにすれば、俺も、俺以外の奴らもきっと」



「笑わせるな」



低く、冷たい声で垣根はそう言い、全身を再生させながら立ち上がる。




「貴方が自分の弱さと、犯した罪にとことん向き合おうとしたならば、そんな安易な答えは生まれないはずだ。自分以外の人間も救われる? 自分の正当化に、他人の不幸を利用するな。貴方はただ、逃げ出したいだけだろ」



その言葉に、彼は唸り、憎悪に滾った拳を握りしめる。





「『もしも』の世界に逃げられるなら、誰だってそうしたい。でも、本来それは出来ないんですよ。だからこそ皆、自分の弱さも、過ちも、後悔も全部引き連れて、それでも何とか生きようとしているんだ。貴方がやろうしていることは、そんな『覚悟』への冒涜以外の何物でもない!」



垣根は右足を、強く前に踏み出した。壁の向こうの一方通行は、それを静かに見守る。



「逃げ切らせてたまるか」



全身を再生し切った垣根は、6枚の銀色の翼を背中に広げる。



「そんな腑抜けた答え、私は絶対に認めない。足掻いて、苦しんで、その末に絞り出したものがそれだと言うのなら、真っ向からそれを否定してやるまでだ。自分を何一つ省みないまま、『もしも』の世界に逃げて満足しようとするのなら、そのふざけた幻想は私がぶち殺す」



垣根は迷わぬ意志を瞳に乗せ、彼を睨んだ。





「カッコつけてんじゃねぇよ」



彼は怨嗟の声を口から吐き出す。



「大層なこと言いやがって! お前の方こそ、本当は怖くて仕方ないだけだろ!? 学園都市が存在しない世界を作り上げれば、お前の存在は完全に消滅する。そもそも俺が肉体を失くすことがなくなるからな。それが怖いだけだろ! アァッ?!」



彼が発する罵倒を受けても、垣根の瞳が揺らぐことはなかった。



「……やってみろよ」



彼は空中で静止したまま、そう言う。



「そこまで言うなら見せてみろよ。お前の意地を。こいつを喰らっても尚、んなナメたことが言えんのならなぁッ!」





それと同時に、彼の翼が根元から、黄金を更に超えた輝きすぎるほど輝くプラチナに変色していった。一方通行は、その翼の色に目を見開く。



「その翼……真の科学の世界と同じ領域の力、ですね」



「ああ。その世界に根付いた天使、『エイワス』の力だよ。学園都市のクソどもに利用されてる間、そいつの存在に触れる機会があってな。何とか再現しようとしたんだが、魔神クラスの難易度で随分時間がかかったもんだ。だが、もうじき終わる。完璧な力をふるえるまで、後30秒もねぇよ」



プラチナの翼がキィィンと鳴動し、眼下の垣根に照準を定める。



「同じ次元の力だ。お前にこいつを防ぐことはできない。発動を許せば最後、お前は必ず死ぬ。それまでに俺を食い止めてみせろよ虫ケラ。やれるモンなら、な」





垣根は上空の彼を見つめる。翼の輝きはまるで太陽のようで、この空間全てに等しく異常な光の波動を浴びさせている。伸びた背後の陰に誓いを立てるように、垣根は左足を後ろに下げ、来るべき瞬間に備えた。



「決着をつけましょう」



垣根の言葉に、彼は口元を歪ませ、告げた。



「残り10秒」



それが合図だった。垣根は瞬時に彼との間合いを詰め、彼を制御下に置いて身動きを封じ、その胸元を拳で貫いた。彼の体はその傷口から、砂の城に水をかけたかのようにボロボロと崩れていった。





「残り6秒」



背後に強烈な光。『2人目』の彼がプラチナの翼を掲げ、不敵に笑っている。




「無駄だ!」



垣根は再び真の科学の世界を拡張させ、彼を封じ込めようとする。



だがそれよりも先に、過去からの攻撃により垣根の体は縦に真っ二つに切断された。



「グッ……」



「ほら、残り4秒」





プラチナの翼の輝きが更に増していく。鋭利な先端がこちらを冷酷に見つめるのを見て、垣根は、フッと笑った。



同時に、彼の周囲に真の科学の世界が展開される。蜘蛛の巣のように白い糸が張り巡らされた2メートル四方の空間の中で、彼は無表情、切り裂かれた垣根を見つめる。



垣根は自分の半身を再生させ、そしてもう2人の分身を創造した。計3人となった垣根は、彼の周囲を取り囲む。



「この空間を『お前』と考えると、生み出せる分身は5人までか」



垣根は問いに答えず、3方向からの、合計18枚の銀色の翼で、彼を切り刻もうとした。後2秒。これが、最後の攻撃だった。





だが突如、彼を縛り付けていた空間は消滅し、3人の垣根は過去からの攻撃により翼を粉々に砕かれた。垣根は、表情を凍らせる。



(まさ、か、あの時!)



脳裏をよぎったのは、自分を槍で貫いたあの瞬間。



(既に、能力を読み取られていたのか!)



少なくともそうとしか考えられない目の前の現実に答えるように、彼は笑みを浮かべた。



「同じ未元物質で、できないとでも思ったか? おかげで3秒ほどなら制御可能だ。切り札は、とっておくべきだろ?」



3秒。その一瞬が、最後の勝敗を分けた瞬間だった。



タイムリミットが訪れた。





「ここでお別れだ」



彼の翼がこれまでで最大の輝きを放った。瞬きの間もなく、3人の垣根の体は、紙吹雪のように散り散りになった。



「垣根さん!」



壁の外から、決着の瞬間を眺めていた初春が悲痛に叫んだ。



粉砕された垣根が、徐々に空中に溶けていき、完璧に消滅していく様を見届けた彼は、歓喜を滲ませた声で呟いた。



「勝った…………」









日が傾き、茜色になった太陽が海面に光の道筋を刻んでいく光景を、東京湾のとある港から一方通行は眺めていた。背後にはトタンで覆われた倉庫がぽっかりと扉を開け、その奥に影をもたらしている。



彼は振り返る。倉庫の手前には、目を閉じた初春が座り込み、壁際にもたれかかっている。額の傷は、ベクトル操作で細胞を活性化させて癒着させた。彼女は寝息を立て、静かにそこにいる。



そして両者の間に、6枚の翼から羽毛を散らし、垣根が上空から降り立ってきた。



一方通行は垣根と目を合わし、また海の方面へと振り返った。垣根は初春を見る。





「もうしばらくしたら起きるだろ。その時に、ちゃンと伝えてやれ」



一方通行は背中越しの彼に向けてそう言った。



「申し訳ありません。貴方に、心苦しい役目を負わせてしまった」



「気にすンじゃねェ。嫌われ役は性に合ってる」



垣根は一方通行の方へ向く。



「アイツはどうなった?」



彼の質問に、垣根は憂いた笑みを浮かべて答える。







「最期は、私の手で葬られることを望みました。この手で彼を貫き、未元物質のネットワークの中へと吸収した」



そう言って垣根はまた、自分の掌に視線を落とした。



「戻ってくる可能性は、あるのか?」



彼は首を横に降る。



「私が未元物質の統率者である限り、彼の人格は、ネットワーク上のデータに過ぎない。戻ってくることはまずないでしょう」



波の音が、両者の間に虚しく響く。一方通行は何も言わず、垣根は、しばしの沈黙の後事実を告げた。



「生身の内臓が消滅した今、『人間』垣根帝督は、完全に死にました」



そうか。と一方通行は返した。





垣根はまたしばし沈黙する。脳内に、アレイスターが言っていたあの言葉が浮上してきたらだ。



(どうした第1位。彼を救いたいのか?)



垣根はゆっくりと、言葉を切り出す。



「一方通行。貴方本当は………」



「アァ?」



一方通行は上半身を振り返らせ、赤い瞳で彼を睨んだ。その反応に、垣根は笑う。





「……いえ、貴方と私の関係に、それは無粋だった」



ただ、と垣根は言う。



「これだけは言わせてほしい。ありがとう。本当に」



その言葉に、一方通行はハッとため息をもらした。



「行きますか」



垣根はそう言い、初春の方へと歩き出し、彼女を抱き上げた。一方通行も彼に続き、そちらへ歩き出す。



道中、彼はまた海の方面を向いた。





「…………………………」



海は太陽を飲み込み、その表面を赤く焦がしていく。そこにはもう、船の墓場の姿はない。戦闘機と戦艦の爆撃により、海底深くに沈んでいる。それでも彼は、かつてそこにあったはずのそれを思い浮かべ、ただ海を見つめた。



ポケットの中の携帯電話が震えた。彼はそれを取り出し、応答する。



『あなたー? もうそろそろ帰ってくるの? ってミサカはミサカは待ちきれない思いを伝えてみる!』



電話の向こうには、自分が守るべき最愛の少女の声がした。彼は彼女の姿と、そこにいる、大切な人たちの顔を思い浮かべて答えた。



「アァ。もう終わった。今から帰る」





…………………………。



少し前に、本で読んだことがある。



エジプト神話の神々の1人、ネフェルティムと言う美しい花の神のことを。


彼は頭に睡蓮の花を携えていた。



その花の香りは、エジプト神話を代表する神、太陽神ラーに捧げられた。彼が冥界の深くで復活を待つ間、花は絶えず花弁の中に彼を内包し、活力を与え続けたという。



そして、復活を遂げたラーは、蓮の花の上で神々しく輝いたそうだ。









一週間後、垣根と初春は、互いが始めて出会ったカフェのオープンテラスに居た。時刻は午後4時を過ぎ、太陽は茜色になりつつある。



テーブルの上には、初春が注文した大型甘味パフェがある。彼女はそれをスプーンで掬い、満面の笑みで頬張り続ける。



「ん~、やっぱり美味しい! あ、垣根さんも食べます?」



初春はスプーンに乗ったパフェを彼の口元に運んだ。垣根は微笑む。



「遠慮しておきます。貴方が全部食べればいい」



彼女はまた笑顔で、分かりましたと答えた。彼女の周りには、張り詰めた陽気さが漂っている。





お待たせしました、と言いながら店員は垣根の注文を持ってきた。バラの香りが漂うダージリンティーが机の上に置かれ、彼はありがとうと告げる。



垣根はカップを持ち、鼻先へと近づけ花の香りを味わい、そして一口すする。カップを皿の上に戻し、彼は暖かいため息を吐いた。



(あのことを思い出した時、思わず笑ってしまった。頭に花なんて、正に目の前の彼女だ)



初春は依然と、幸せそうにパフェを食べている。垣根はそんな彼女の姿を見ながら、思索に耽る。





(もう1つ、笑ってしまったことがある。太陽神ラーは数ある形態の1つとして、夜明け前、蓮の花に包まれている時は、スカラベの姿をしたケプリと言う神になるらしい)



古代、スカラベは神聖な甲虫として崇められていた。スカラベが転がす糞球が、沈んではまた登る太陽の運行と同一視されていたからだ。



そのことからスカラベは、復活と再生の象徴とされていたようだ。



(花から生まれ出る、復活と再生の象徴の虫、か)



垣根は思い出して、また微笑む。



(初春さん。貴女は紛れもない花だ。汚れた泥土を吸い上げても尚、美しく咲こうとする立派な花だ。ならば私は、そんな貴女に勇気を貰い、復活を遂げた一匹の虫だ)





ずっと、この関係を何と呼べばいいのか分からなかった。最低の出会いから始まった、この奇妙な関係は、名付けるのにはあまりにも複雑だった。



男と女でもない。



被害者と加害者でもない。



(ようやく見つけた気がしますよ。貴方と私の、絆の名前を)



例えるなら、そう。





「花と虫」



垣根の言葉に、初春はパフェを頬張る手を止め、彼を見た。



「垣根さん、何か言いました?」



「いえ、何でもありません」



垣根はそう言い、また手前の紅茶を軽くすすった。



やがてカップを皿に置いた彼は、初春に向かい語り出す。





「初春さん。まずは、今日時間を取っていただいて感謝します。そして、謝らなければいけない。私は結局、彼を救い出すことができなかった」



あの日、眠りから目覚めた初春に全てを伝えた。彼女はただ頷き、一言も喋らず、終始顔を埋めていた。垣根はその時のことを思い出し、彼女に謝罪する。



初春は黙っていたが、すぐに顔に笑顔を戻す。



「嫌だなぁ。垣根さんが謝ることじゃないですよ。仕方なかったことなんですから」



その笑顔の真意を理解している垣根は、一切表情を緩めない。



「それに、あの人は最後まで、救われることを拒んでた。きっと、私なんかが何言っても意味がなかったんですよ。だから垣根さんも、そんな顔しないでください」



それは違う。と垣根は素早く返す。





「貴女は最後まで、彼を救おうとした。その想いはきっと彼に伝わっていたはずだ。でなければ、あんな涙は流さない。違いますか?」



初春は笑顔を続けるが、次第にそこに暗い影が混ざり始める。



「分からないですよ」



彼女は顔を下に向ける。



「確かめようにももう、あの人はいないんですから」



その言葉に、垣根は答える。



「そうだ。彼はもうこの世界にはいない」



彼女の顔から笑顔が消えた。それを見た垣根は、そっと手を伸ばす。



「だが、ここに『もしも』の世界がある。もし、あの時彼が死ななかった後の世界が」





その言葉に、初春は顔を上げた。自分に向かって伸びた垣根の掌から、万年筆ほどの大きさの、軍神の槍が発されていた。



「垣根さん、それ…………」



「彼を吸収した際、彼が記憶していた軍神の槍のデータを元に、新たに作り上げたものです。これで私も、魔神の力を制御できるようになった。後は法則制御と組み合わされば、彼が行なったような過去改変を行える」



ただ、と垣根は続ける。



「幻想殺しをこの身に宿らせた後遺症が少し、発生しましてね。法則制御の力を、安定して使うことが出来なくなってしまった。このまま過去改変をしても、おそらく5分もしないうちにバランスを崩し、元の世界に戻ることになるでしょう」



5分。初春はその言葉を繰り返す。





「これが所詮、幻想なことは分かっています。だがそれでも、私は貴女に伝えたい。貴女がどれだけ、彼を、垣根帝督を、救ってくれたのかを」



あり得たかもしれない世界。



たった5分の間の幻想。



そんなものに縋ったって、現実が変わるわけじゃない。



そんなことは彼女にも分かっている。



だが、それでも彼女は、彼が差し出した手に、触れようと手を伸ばした。



世界が白に染まり、生まれ変わる。


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