【艦これ】お役に立てるのなら (140)

ゲームとは異なる設定を含みます.
また,全体的に胸糞悪いので,読む人を選ぶと思います.


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1472261466

(飛ばして結構です)
私は以前,もう艦これssは書かないという宣言をしたのですが,ここ数ヶ月,艦これがフラッシュバックしてきたので,書きました.
過去作:欠けた歯車、良質な物【艦これ】

不気味なほどに静かな執務室で機械的にこなす,書類管理.

キリキリと痛む胃を抑え,冷や汗を流しながらも,せっせとこなしていく.

提督の書類作業を手伝うのは,艦娘の一人,朝潮.

艦娘は本来,海に出て戦うか,それに備えて訓練をしている.

しかし朝潮はこの1ヶ月,出撃も,訓練もしていないのだ

コンコン

執務室がノックされ,少女が一人入ってくる.

「失礼します」

朝潮型駆逐艦の2番艦,大潮.先の出撃の旗艦であり,出撃の報告書を提出した.

提督と出撃の話をいくらかした後,朝潮を見下ろしてきた.

「訓練もせず,一日中座っているなんて,良いご身分ですね」

朝潮は歯を噛み締め,溢れそうな涙を飲み込み,消えそうな声で,「ごめんなさい」,といった.

「私に謝まったって,何も変わらない」

大潮は吐き捨てるようにそう言って,執務室から出て行った.

朝潮は涙を噛み締め,書類作業に没頭する.提督の冷たい目線が,頭に刺さった.

いつからこんなことに,なってしまったのだろうか.

ほんの1ヶ月前まではみんなと同じように,出撃と訓練に明け暮れていたのだ.

しかし急に戦績が落ち,出撃が少なくなり,次は訓練さえも少なくなり,

気づけば,一日中,ただ座って書類作業をするだけの毎日となってしまったのだ.

なぜ,こうなってしまったのか.

朝潮は何度も考えたが,いつも,答えは同じだ.

『自分が弱いから』

「寝る」

夜も遅くなり,提督はベッドに入る.

朝潮はまだ作業中だ.

本当に眠くならないと寝付けないし,寝てもすぐに起きてしまう.

提督よりも遅く寝て,早く起きる.

これが朝潮の生活だ.

寝不足は貯まるが,この負担によって,朝潮は少し,貢献している気になれるのだ.

目の前がぼやけ,目の焦点が合わなくなる.

朝潮は灯を消し,隅に置いてあるたたんだ布団を広げ,毛布を一枚かぶる.

眠りにつくとき,頭の中に艦娘の皆の冷たい表情が浮かんでは消え,浮かんでは消える.

姉妹から浴びてきた罵声は絶え間なく朝潮を襲い,朝潮は大粒の涙を流す.

死にたい,消えてしまいたい.

そんな感情が絶え間なく朝潮を襲う.そして,戦場という場におけるその感情の不謹慎さに自己嫌悪し,

朝潮は目を開け,手探りでポケットからカッターを取り出す.

いつから始めたことだろうか.

いつ,知ったことなのだろうか.

朝潮は左腕のアームカバーをめくり,線の入った部分に歯を押し付け,

上下に動かし切れ目を入れていく.

とても痛い.しかしその痛みが,朝潮の心をどこか癒してくれるのだ.

心が落ち着いたらカッターをポケットに姉妹,アームカバーを元に戻し,

深呼吸をしながら,眠りにつく.

目の前が明るくなり,目が覚める.そして時計を見る.

3時間程度の睡眠時間.

朝潮は起き上がり,布団を畳み,ランプをつけ,机に向かう.

相変わらず眠いが,静かで穏やかなこの瞬間は,少し,気が楽だ.

しかしその平穏も,長くは続かない.

少し時間が経てば早朝練習が始まり,提督も起きてくる.

また,夜戦の分の書類が来る時もある.

今日はその日だった.

「失礼します」

駆逐艦の電が,執務室に入ってくる.朝潮は彼女が非常に苦手だ.

朝早くから,胃が痛んでくる.

電は書類を提督に渡した後,わざわざ朝潮の横に来て,耳打ちする.

「いつもご苦労様です」

皮肉のこもったその言葉に,朝潮は思わず,涙を流した.

何度となく言われた皮肉にも関わらず,一言一言が,朝潮の心をえぐるのだ.

かろうじて頷き,目の前の書類を睨みつける.

死にたい,死にたい,死にたい.

戦場という場におけるその感情の不謹慎さに自己嫌悪し,

朝潮はまた,涙を流す.

「朝潮」

提督は冷たく,朝潮の名前を呼ぶ.

泣き顔を悟られぬよう,朝潮は短く,「はい」と答えた.

「お前は臭い.今すぐ,入渠してこい」

朝潮はすみやかに立ち上がり,重い脚を精一杯動かして,執務室から出た.

替えの服は,朝潮型の部屋にある.

この時間に待機してる姉妹は少ないが,居るときは居る.

朝潮は目を伏せて部屋に入り,ロッカーから自分の着替えを取り出し,目を閉じて,すぐにしめる.

足早に部屋を去るが,後ろから罵倒が聞こえてくる.

「役立たず」

「ほんとクズよね」

「私昨日大破したんだ〜」

目を伏せて足早にドッグに向かう.艦娘の治療が主な役割だが,単に体を洗うこともできる.

臭い服を洗濯機に入れ,入室し,手早く体を洗う.水で体を流す頃,後ろから声がかかる.

「朝潮! その傷は何!」

傷.朝潮が習慣的になっている自傷の跡だ.

やるときは暗くてよく見えていなかったが,傷跡はかなり太く,黒く内出血している.

朝潮は体を流し,返事もせず,足早にその場を立ち去った.

「朝潮! ったく,ほんとクズねあなた!」

小走りで執務室に向かうと,途中,艦娘にぶつかって倒れる.

しかもそのぶつかった相手は,戦艦だ.

「出撃も訓練もせずに,悠々とお風呂タイムとは,良い御身分だな」

氷よりも冷たい表情で朝潮を見下し,拳が目の前に迫ってくる.

「ごめんなさい!」

朝潮は戦艦を振りぬき,執務室に走っていく.

戦艦たちの嘲笑が,後ろから聞こえた.

息を切らせて執務室に入ると,そこには,姉妹の荒潮が出撃の報告をしていた.

荒潮の冷たい目線が朝潮の胸に刺さった.

朝潮はすぐに机に向かい,書類作業に没頭する.

「あらあら,どこかの誰かさんのせいで,何言うか忘れちゃったわ〜.では提督,またね〜」

今にも張り裂けそうな胸を抑えて,書類作業に没頭する.

決まった時間になると,朝潮は,提督の食事を取りに行く.この時が朝潮にとって,一番辛い.

食堂に向かい,提督用の食事と,自分用の白米一杯を貰う.

時間が時間なだけに,食堂には多くの艦娘がいるのだ.

「ねぇ見てよ! いつものメイドさんだよ!」

「相変わらず呑気に生きてるクマ」

「ゴーヤもお休みほしいでち」

「あいつの顔見てると,無性に腹が立つんだよな」

「朝潮型の恥さらし」

降り注ぐ罵倒で痛む胸を抑え,朝潮は,執務室に向かう.

こんな毎日を過ごし,出撃も訓練もしようにもできず,ただただ,書類作業に没頭する.

ああ,なぜ自分は生きているのだろうか.

なぜ,戦場に出られないのだろうか.

最後に役に立てるのなら,自分の命など惜しくはない.

朝潮が本当に怖いのは,私だけが生き残り,他の艦娘が死んでしまうこと.

最後まで役立たずとなってしまうことだ.

書類整理をしていると,こんな書類が目につく.

『深海棲艦の発生場所特定』

「えっ!」

朝潮はその報告に目を丸くし,思わず声を上げる.提督が書類を覗きこむ.

「ああ,これか.前々から調査が進んでいたが,ついにわかったのか」

その後提督は鼻で笑い,「まあ,お前には無関係だな」と言った.

朝潮は書類を隅々まで目を通す.深度,規模など,最新のデータがそられていた.

ふっと,朝潮の頭に一つの考えが浮かぶ.

それは朝潮にとって,非常に魅力的であり,また,この地獄のような生活を打開する,確実なものだった.

「欲しけりゃやる.早く仕事しろ」

「えっ! あ,ありがとうございます!」

朝潮は書類を小さく畳み,ポケットに大事にしまった.

その日の夜は,久しぶりに,自傷をしなかった.

朝潮はいつも以上に早く目を覚まし,執務室を出る.

向かうのは工廠.

「明石さん!」

急な呼び出しに驚き,明石は入り口の方を振り向く.

「朝潮ちゃん!? どうしたの? 提督の口づて?」

「いえ? 私個人のお願いです」

朝潮は手を地面に付き,土下座をして,言葉を発した.

「私のために,回天を作っていただけないでしょうか?」

人の間の空気が凍る.

「え……回天って,あの,人間魚雷?」

「はい.先日,深海棲艦の居場所が判明しました.しかし場所が場所なだけに,直接的な攻撃は難しいようです.

しかし,潜水して自爆するという形でなら,直接的に攻撃できるはずです.

お願いです.どうか私のために,回天を作っていただけないでしょうか? お願いします!」

「無理無理.第一,そんなお金がないよ」

「お金なら」

朝潮は自分の通帳を明石に差し出す.

まだ一人前に艦娘として活動していた頃.

将来のため,姉妹のためといって倹約を続けた結果の賜物だ

「……やっぱり無理.そんな,戻ってこれない兵器なんて……」

「お願いします.私は,死ぬのは怖くないです.ただ,最後の最後まで役立たずとなってしまうのが怖いんです.

私が回天で十分な成果を上げられるかはわかりません.でも,きっと上げてみせます.

お願いです! 私のために,回天を作ってください.お願いします!」

その後,明石との口論が数十分続いた.

そして,明石は回天を作ることを承諾した.

「……わかったよ.やるだけやってみるよ」

「本当ですか! ありがとうございます! ありがとうございます!」

朝潮はキラキラした瞳で,繰り返し,明石にお礼を言った.

精神が壊れ,誰もを恐れるようになってしまった少女,朝潮.

あまり外に出ない明石も,一度,その噂は聞いたことがある.

何かに常に怯え,格好は汚く,目の隈は深い.

そんな少女が,一途な瞳でもって,訴えてくるのだ.

回天をつくってほしい,と.

潜水艦は200m程度しか潜らないようにできている.

これは,水中から水上へ攻撃することを想定して作られているからであり,

あまり深く潜っても,「潜水艦」としては役に立たないからだ.

しかし技術的にはもっと深く潜ることはできるし,実際に到達している.

ただ,それで攻撃ができるかは別だ.

装備が限られるし,浮力をいかに確保するかの問題がある.

ただ,「もどってこない」のなら,話は別だ.

明石の主な仕事はアイテムの開発や装備の改修だ.兵器の開発は専門外だ.

しかし,技術や妖精を総動員すれば,オリジナルの兵器を作ることは,技術的に可能である.

提督の許可さえあれば.

「んなもん,許可できるわけないだろう! バカが!」

「お願いです! もう私には,この作戦しかないんです!

人々から戦力とみなされることもなく,ただただ鎮守府に留まる.

こんな毎日を送るくらいなら,私に,戦わせてください.

……これで死なせて,ください……」

提督との口論は,1時間に渡った.

他の艦娘の混乱を防ぐため,できる限り小声で,『回天』の名を出さずに話し合った.

提督は何度も何度も拒絶した.

朝潮は別に,戦力から外したわけではない.

単に,『休暇』を与えていただけだったのだ.

大規模な事故を起こす前に,長期間の休暇を与えていたに過ぎない.

そして,他の艦娘も,それを認めていた.

しかしその判断が,朝潮を更に苦しめていたのだ.

日に日に強くなる強迫観念.被害妄想.

妄想と指摘したところで,こちらの話は通じない.それが妄想というもの.

提督は朝潮の意志をくみ取り,最終的に,回天の開発を許可した.

「私は,死ぬのは怖くないです.ただ,最後の最後まで役立たずとなってしまうのが怖いんです.

最後の最後まで役立たずとして生き,何も貢献できないまま,戦ってきた皆さんが死んでしまう.

それが何よりも怖いんです.

どうか,私に特攻をさせてください.

どうか私に,最後だけは,艦隊のお役にたたせてください」

回天の開発は極秘に行われた.これは,朝潮の希望だった.

「私のことは忘れてほしいのです.

もしこの戦争でこういった作戦が行われたことを知ったら,

艦娘の皆さんは,その罪を背負って,一生を生きてしまいます.

明石さんと司令官には,本当に申し訳ないです.

お二人の間だけにとどめてください.お願いします.

きっと私の,最後のわがままです.おこがましいですが,お願いします」

回天には,簡易的なナビゲーションシステムを搭載した.

これで深海棲艦の住処まで行く時に,多少の助けにはなる.

さらに,前方には,浅瀬での事故防止にカメラも搭載した.

分厚い鋼で作られた,巨大な魚雷.

操作室は狭く,息苦しい.ひとつ間違えれば,一環の終わり.

練習は2度だけ行われた.

深海棲艦のいるくらいの深さまで潜ることはなかったが,潜水艦としての機能は普通に持っていることが確認できた.

あとは運の問題だ.

回天特攻が決まってから,朝潮は活発になった.

何があっても,姉妹に合うことはなかった.それは,『忘れてもらう』という計画の一環だ.

そして,明石の作業室でひっそりと,回天の資料を繰り返し見ては,たまに,遺書を書いた.

それは単なる気を紛らわすためであり,仲間に向けたものではない.

書いてはやめ,書いてはやめを繰り返した.

ただ,破ったり,炭で潰したりといったことはせず,全部を,封筒に入れて残していた.

朝潮も人間.

「忘れてほしい」などと言ったが,何かしら残るかもしれない.

そんな無責任で汚い思いが,朝潮の救いとなっていた.

誰も出撃していなければ,いつでもいっていい.

それが特攻の決まりだった.

監視の艦娘から報告が入ることがあるかも知れないが,300mも潜ればまず安全だ.

本部から送られてきた,深海棲艦の住処の最新の調査状況に目を通し,

何度も作戦をイメージし,

回天の設計図を何度も見なおした.

未練を断つために,封筒は燃やした.

部屋のロッカーは空にした.

私物を全て燃やしきったことを確認して,夜のうちに回天を,簡易基地まで運ぶ.

明石以外の艦娘は,朝潮の姿を,1ヶ月以上見ていない.

それに気づく者もいたが,忙しい毎日.簡単に忘れてしまう.

午前未明.まだ暗い頃.

朝潮は回天に乗り,最後の動作点検をする.

艦娘の人が監視をしているが,早めに深く潜れば問題ない.

このあたりは,練習でやったことだ.

朝潮はふと,自分の今までを振り返る.

戦うために生まれてきて,生まれた頃から艦娘と提督しか知らなかった.

なぜ戦うのか.攻められているから.

いつか深海棲艦がいなくなることを願って,戦い続けた.

親しい仲間が傷つけば,自分も傷ついた.

姉妹が傷つけば,自分のことのように,傷ついた.

そして戦争が終わったら,平和になった世界で,いろんなことをしたかった.

いつか,なんて当てにならない.未来はわからない.

戦場で戦い続けると思っていたのに,気づけば書類作業に追われていた.

大事にしていた姉妹には,嫌われた.

尊敬していた人には,冷たい視線を送られた.

強くなりたい,そう思っていたのに,どこかで崩れてしまった.

朝潮は回天の中でゆっくりと,涙を流す.そして,カメラを通して,周りが少し明るくなっているのを感じた.

出撃.ミスは許されない.

タオルを鉢巻代わりに締め,朝潮は舵を握る.

もう,跡には引けない.ここで引けば,あらゆる人に被害が及ぶのだ.

今まで補助してくれた提督,明石さんが刑を受けるかも知れない.

妹達が差別を受けるかも知れない

今すぐにここから立ち去り,敵を殺して自分も消える.

これが,朝潮の使命である.

なるべく深く潜り,徐々に速度を上げてゆく.

さよなら鎮守府.さよなら皆.

皆さんの未来に,幸がありますように.

監視の艦娘が,一瞬,微弱な反応を受ける.

しかしあまりに微弱で一瞬のことなので,その艦娘は,それを誤作動とみなした.

深海棲艦がいかにして深海で生まれ,地上に被害を加えるのか.

これは開戦以来の最大の謎だった.

しかし,それを知る必要さえも,もうなくなるのだ.

朝潮は徐々に深度をあげていく.

深海棲艦の住処まで,あと半分程度.

これでいなかったらどうしよう.

ふと脳裏によぎる不穏な考え.

朝潮はすぐに結論を出す.

『仕方がない』

回天自体が軋み始めてきた.そして圧力のためか,少々耳が痛い.

深海棲艦の居場所まで,あと,少し.

カメラに光は入らず,ナビのみを便りに進んでいく.

しかしふっと,カメラに白い光が映り込む.

複数の白い光の玉のようなものが,カメラに写り込んでいる.

朝潮はその場で気づいた.

これが,深海棲艦の元の姿なのだ.

水上では恐ろしい姿をしている深海棲艦も,ここでは小さな光の玉.

水に揺られながら,上へ上がっていく.

さらに,目的地には,真っ暗な視界でぼんやりと白く光を放つものが見える.

あれが深海棲艦の住処.

ぼんやりと光り輝く光景は美しく,朝潮はさっきまで持っていた強い目的意識を失ってしまっていた.

今からでも戻ろう.生きていればきっと,いいことがある.

朝潮は目を閉じ,体の力を抜く.

体が震え,温かい涙が出てくる.

「無理だ!」

自分の声に自分で驚き,朝潮はナビゲートとカメラを見つめる.

鎮守府に,朝潮のいた痕跡は何も残っていない.

それに,これは極秘なのだ.今鎮守府に戻れば,警備の艦娘に攻撃されるだろう.

もう,跡には引けない.そもそもこの回天は,戻ることを前提に作られてはいない.

朝潮の急な動きのせいで,軋みが激しくなってように思えた.もう,後には引けないのだ.

引けないのなら,作戦だけは.

朝潮は,ポケットに持っていたカッターナイフを左手に持ち,右手で舵を握る.

そして速度を最高にもっていく.

すさまじい速さで近づいてくる深海棲艦の白い光.

朝潮は震える右手をカッターナイフで刺そうとするが,その左手も不自由だ.

「くそっ!」

朝潮は脇腹に,カッターナイフを刺した.

目の前には無数の白い玉が,不規則に揺らいでいた.

「スクランブルだ! 全員出撃せよ!」

大量の深海棲艦が発生したとの報告を受け,提督はスクランブルを出した.

不特定の場所に出現する深海棲艦.警備の艦娘では手に負えず,一部の民間にまで,被害が及んでしまった.

これほどの大規模な出現は過去に例を見ない.

しかし,制圧にはそれほど時間はかからなかったのだ.

艦娘いわく,深海棲艦側は混乱しており,まともに連携がとれていなかったとのことだ.

提督はこれを受け,作戦の成功を感じた.

それ以降,深海棲艦は現れていない.

また調査によって,深海棲艦の住処が消滅したとの報告がすぐに入ってきた.

深夜.

執務室では明石と提督が椅子に座り,出来事を振り返る.

どう考えても,朝潮の特攻が成功したものであると,双方が一致する.

それは非常に喜ばしいことであるのだが,二人の心には,どこかポッカリと,穴が開いていた.

「……心のどこかで,また会える,なんて思っていました.

だってそうでしょう.実際死を目の前にした時,何がなんでも生きたいと思うでしょう.

この作戦で私は,自分がどれほど汚い人間だったのかを,知った気がします」

提督は黙ったまま,帽子を深くかぶり.手を組んで肘を机の上に乗せ,虚空を見つめている.

「特攻,なんですよ.普通の出撃じゃないんですよ.

もう,帰ってこないんですよ.頭ではわかっていました.でも,心では,わかっていませんでした.

大切な仲間が,こんな形で,いなくなってしまうことが」

提督の頭の中では,今までの朝潮の言葉が,繰り返し繰り返し,こだましていた.

「司令官! ご命令を」

「やだっ、痛いじゃない!」

「お役に立てず,申し訳ありません」

「本当に,本当に……申し訳ありません」

「…………」

「……ごめんなさい」

「司令官,少し,お時間頂いても,よろしいでしょうか」

「お願いです! もう私には,この作戦しかないんです!」

「きっと私の,最後のわがままです.おこがましいですが,お願いします」

そんな願い,聞かなきゃ良かったのに.

提督は,もう取り返しのつかない決定を悔やみながら,涙を流す.

「私は,死ぬのは怖くないです.ただ,最後の最後まで役立たずとなってしまうのが怖いんです.

最後の最後まで役立たずとして生き,何も貢献できないまま,戦ってきた皆さんが死んでしまう.

それが何よりも怖いんです.

どうか,私に特攻をさせてください.

どうか私に,最後だけは,艦隊のお役にたたせてください」

もしも叶うのなら,自分も回天に乗りたい.そんな気分だった.

静かな執務室に響く,波の音.海は静かに波を打つ.

それは今日も明日も変わらない.

大規模出撃から終戦まで,鎮守府のすべての者が,目の回るような忙しさに追われていた.

出撃報告に加えて艤装,備品の事細かな点検.

一部の被害を受けた地域への護衛,修理.

また終戦後は給金が艦娘の健康状態,成長状態などを踏まえて給付される.そのための検査など.

息をつく暇もなく一日が終わり,一日の始まりと共に走り回る.

朝潮は静かに艦隊から,また,この世から消えた.

回天に使われた火薬,鋼材は,適当に辻褄を合わせておいた.

深海棲艦の住処が消滅したことを受けて,終戦が決定した.

艦娘は給金を使って,普通の女子として生きていくことになる.

もちろん,軍隊に再度入るのも自由だ.

艦娘はそれぞれが,それぞれに合った道を見つけ,旅立っていく.

しばらくは姉妹で固まっても,やがて分かれていくだろう.

人生は長い.戦争も長かっただろうが,これからのほうがもっと長い.

艦娘全員に,幸せな人生を送ってもらいたい.

提督はそれを,心の底から望んだ.

「提督さん,今までお世話になったぽい」

「提督,またいつかお会いしましょう」

「司令官.今までありがとう」

提督は一人ひとりに握手をして,見送る.そして,大潮の番

「司令官,今までありがとうございます!」

「ああ,お疲れ様.長女一番艦として,妹達を引っ張って行けよ!」

「はい!」

大潮は泣きながら,提督の手を握る.提督の情報操作はひとまず成功だ.

以下の他の艦娘にも,同義の励ましをして,皆を見送った.

静かになった鎮守府.寂しいが,平和の証だ.

「皆,行ってしまいましたね」

隠れていた明石が,姿を現す.

「ああ.これで,良かったんだよな」

「……はい,きっと」

「お前はこの後,どこに行くんだ?」

「普通に勉強して,普通に就職します.艦娘も社会に出れば,普通の人.

過去の栄光にすがり続けるわけにもいきません」

提督は,キラキラと輝く海を見つめる.

深海棲艦の住処が消滅し,平和が戻った海.

「あのことは,二人だけの秘密だぞ」

「もちろんです.あの人のためにも」

海は今日も明日も,波を打つ.

なんでカンマとコンマなの?

>>49
私がそう設定しているからです.
いつもは直すのですが,今回は忘れてしまったので,もうそのままにしていました.
せっかくなので,これ以降は変換しておくります.
分量的には.現在は45%くらいの位置です

外出してきます.
>>2 にて,変なことを書いてしまいました.フラッシュバックではないです.
最後の過去作以降は全くお話を書けなかったのですが,書けるようになったので書いてみたまでです.

愉悦を感じたい

罵倒の言葉は本当は全部朝潮を気遣った言葉が変換されたものなのか
悲しいなあ

乙です

物語的には悪くないんだけど朝潮が急に戦えなくなったとかみんなに嫌われたとか急にそんな風に書かれてもなぁ
過程を掘り下げつつ説明して欲しかった
話しが急すぎる

,.で書かれるとクソ読み辛い

・大潮型駆逐艦に1番艦が存在しない理由は、建造計画時の事情である。

・朝潮とは幻の1番艦であり、そのためまれに朝潮型と呼ばれることもあるが、大潮型駆逐艦と呼ぶほうが一般的である。

・幻の1番艦朝潮は建造時に設計に重大な欠陥が見つかり、急遽建造が中止された。しかしすでに建造は終盤であったため、型の名称は朝潮型のまま、朝潮は朝潮型1番艦として、姿を消した。

ジリリリリリリ

目覚まし時計が鳴り響く。

「みんな〜! 朝だよ!」

大潮の声でのそのそと起きだす大潮型の姉妹。

大潮、満潮、荒潮、朝雲、山雲、霰、霞の7人姉妹。

「霰! 起きなさい」

「んん……眠い」

初めの数年は、軍部の管轄のもとで年齢相応の義務教育を受ける。

しばらくは、一部の艦娘の仲間たちとは一緒だ。

「ほらっ、さっさとご飯食べて!」

しかし、何から何までを軍部が保証するわけにはいかない。

艦娘の社会復帰を第一に考えて、居住はなるべく、姉妹ごとに独立させている。

そして、一定の年齢に達したら、一部の志願者を除いて、完全に軍部から去るのだ。

「忘れ物ないね! いくよー!」

姉妹が全員家から出るのを確認し、大潮は家に鍵をかける。

向かう先は軍部管轄の簡易教育施設。完全に習熟度別になっており、姉妹でも、クラスが異なる場合がある。

ここで、年齢相応の教育を受け、社会復帰を促すのだ。

いわば、艦娘専門の夜間中学校のようなものだ。

「おはよう、大潮ちゃん」

「おはようございます! 瑞鳳さん」

大潮に続き、元気に挨拶する子、照れながら会釈する子、微笑む子、目を伏せる子。様々だ。

授業が終わると、部活動や委員会活動が行われる。

もちろん、そのまま家に帰る人もいる。

大潮型では、食事は交代で作ることにしている。たいていの姉妹はそうだ。

姉妹はそれぞれ部活動に属したり、また、趣味を楽しんだりしている。

艦娘も戦争が終われば、普通の少女。

自分の好きなように過ごす。

大潮はバスケ部に入り、ジュニアバスケを楽しんでいる。

「てぇーい!」

敵に囲まれた大潮は3Pシュートを放つが、入らない。

「ドンマイ! 大潮!」

同じチームの雷が、大潮を励ます。どこか、艦隊と似た風景。

しかし、ここではあの頃のような恐ろしさはない。そう、戦争は終わったのだ。

大潮は額の汗を拭い、ゲームに戻る。

今日の料理当番は、満潮だ。

「ただいま〜、ご飯できてる?」

「おかえり、もう少し待ってちょうだい」

相変わらず手際は悪いが、料理もだんだんと慣れてきた。

最初の頃は、炊飯器で炊いた米に塩のみというメニューも多かったほど。

今は、味は微妙だが、ご飯におかずに、たまに汁物。

質素ながらも、素敵なご飯が食べられるのだ。

「料理って難しいわよね〜、レシピとか見てもうまくできないし」

「満潮姉さんは雑なのよ〜、料理は心って、言うでしょ」

「う、うるさいわねえ、だいたい何よ! この図書室で借りたお手軽簡単レシピブックって。

近所のスーパーに売ってないものばかりよ!」

「あらあら、ならこの料理部の荒潮が、満潮姉さんに料理を教えましょう」

平和な家庭の風景。ゆったりと流れていく時間。

これが、平和というものなのかと、大潮はしみじみと感じた。

ピンポーン。

玄関のベルが鳴る。

「きっと提督ね!」

ベルを聞くとすぐに、玄関に走ってゆく霞。

戦時中はピリピリしていた霞や満潮も、終わった後は柔らかくなった。

「こんばんは。元気にしているか?」

「今ちょうど夕飯よ」

満潮が自分の皿を持って、玄関まで行く。

「司令官、このキンピラ、私が作ったのよ」

「おお。料理もできるようになったのか」

「……うん」

提督と少し雑談をした後、別れる。

戦争を共にやり抜いたというだけあって、今でも艦娘から信頼されている。

大潮型の部屋に来ると、姉妹たちは早いもの勝ちで、提督と話そうとする。

しかし、大潮は、あまりこの提督と関わりたくなかった。

戦争の頃と同じ提督のはずだが、何かが違う。

うまく言葉で説明できないのだが、何かが違う。

その妙な違和感が、大潮と提督を遠ざけた。

「もう寝るよ〜」

大潮が、蛍光灯の紐に手を伸ばし、電気を消す。

寝る前の大潮型姉妹は、本を読んでいるか、すでに夢うつつとなっているか。

娯楽らしい娯楽は甘い食べ物しか知らない子たち。

大潮は布団に入り、目を閉じる。

この生活になってから2ヶ月が経っている。

最初は中々慣れなかった生活も、すっかり馴染み、

穏やかな日々を過ごしている。

その一方で、何か、妙な違和感を、大潮は拭えずにいた。

戦争が終わり、平和になった世の中。

基本的な教育を受けら、今後、普通の少女として人生を渡ってゆくだろう。

一見すると恵まれた今の生活。しかし、何かが違う。

別に戦争が復活することを望むわけではないし、

可能なら、もう戦いたくはないとすら思っている。

しかし、何かが抜けている。

自分の意識の外で何かが起こっている。

そう感じられて、仕方がないのだ。

翌日。教室で授業を受ける大潮。

しかし授業の内容は中々頭に入ってこない。

自分は何に違和感を抱いているのか。

届きそうで届かない妙な感触が、胸をくすぐり続ける。

ひょっとしたら、全くもってどうでも良いことかもしれない。

それでも知りたい。

「大潮さん、答えはなんですか?」

「……」

「大潮さん!」

「はいっ!?」

「まったくもう、ちゃんと聞いてなさい!」

「はい、ごめんなさい」

「大潮、どうしたのよ、ぼうっとして」

給食の時間。妹の満潮に注意される。

「しっかりしてよね。あなたが頼りなんだから」

頼り。何かが引っかかる、この言葉

「大潮!」

「うわっ! あっ、あー、ごめんごめん。なんかぼうってしてて」

「もう、しっかりしてちょうだい」

「なんか、悩みでもあるの? 大潮」

雷が慰めようとしてくれるが、大潮は、軽く微笑んで、首を振る。

この問題はきっと、自分個人のものだ。大潮はなんとなく、そう思った。

気分が乗らず、部活で何回も失敗をしてしまった。

雷はそのたびに慰めてくれたが。心はさほど動かなかった。

チームメイトに申し訳思うが、なぜか、気分が乗らなかった。

雷の勧めで早めに切り上げ、家に向かう大潮。今日の料理当番は、荒潮だ。

料理部に所属してるためか、姉妹の中でも、料理がうまい。

それを考えると、少し、気分が良くなった。

「ただいま〜」

「あっ、大潮姉さん……ごめんなさい、ちょっと、お料理失敗しちゃって」

「もう、すぐそうやって調子に乗るんだから」

「ごめんね〜、私もまだまだねぇ」

焦げたフライパンを、満潮が洗い、荒潮はスープと野菜炒めを作り始めた。

「ムニエルって、結構難しいのね。あんが焦げちゃったわ〜」

大潮は部屋着に着替えて、居間でぼうっとしている。

拭えそうで、拭えない違和感。

きっとどうでもよいことであろうのに、なぜか気になる。

考えるのをやめようにも、やめられない、妙な違和感。

「はい、お待たせ〜」

「大潮! あんた本当に大丈夫なの?」

「熱、測る?」

気づくと、姉妹が全員揃い、食卓を囲んでいた。

全員の顔を見て、一段と深まる、妙な違和感。

……あれ、なんでこんなに気になるんだろう?

「大潮、ほら体温計」

布団で横になっていると、霞が差し出してくる。

「所詮風邪でも、重くなると辛いって言うでしょ」

「……ありがとう」

霞の優しさも心に響かず、とりあえず体温を測る。

結果はもちろん平熱。

ただ、ぼうっとしているだけだ。

「切り替えないと。長女なんだから」

力めば力むほど、渦巻く違和感。

渦に飲まれて大潮は、眠りに入ってゆく。

ジリリリリリリ

目覚めの悪い朝。大潮はしぶしぶと体をおこす。

非常に気分が悪い。しかし、起きないわけにはいかない。

「みんな、朝だよ」

布団を畳み端に寄せ、昨夜のおかずを冷蔵庫から取り出し、電子レンジで温める。

ぼーっとしている暇はない。大潮型の長女として、妹達を引っ張っていかなくてはならないのだ。

「あれ、あれ……霰のノートがない」

「昨日のうちに、準備しておきなさい!」

そう、長女として。

「大潮お姉ちゃん、大丈夫かなぁ?」

「ここんとこ、なんか、変よねぇ」

「授業中もぼーっとしてるし……何かあったのかしら」

「うふふふ、大潮姉さんも、色々あるのよ、きっと」

大潮はゆっくりとした足取りで、妹達の後ろをついてゆく。

見かねた霞が、大潮の腕をつかむ。

「もう、ちんたら歩いていたら、遅刻しちゃうでしょ」

霞に引っ張られる大潮。

妹に引っ張られる姉。

「ごめん、今日もちょっと、何か調子が良くなくて」

「うん、わかったわ。チームの子には、私から言っとく……無理、してない?」

雷が、心配そうな目で、大潮を見つめる。

「ううん、大丈夫。ごめんね」

大潮はその日、まっすぐ家に帰り、押し入れを漁った。

色々と忙しく、まだ整理のすんでいないものも多い。

大潮は手当たりしだいに、物色する。

すると、埃で汚れたフォトアルバムが目についた。

中を開くと、大潮型の様々な記念写真が目につく。

「なつかしいなぁ〜」

思わず顔がほころびる。ところどころ抜けているのが、また、大潮らしさを表しているように思えた。

初めての出撃、遠征、演習。

改、改II実装、改修。

ついこの間まで、当たり前だったこの風景も、今では懐かしく思える。

「今じゃもう、『艦娘』じゃないんだよな」

艦娘も、日本の英雄的存在も、社会に出ればもうただの女性。

過去の栄光にすがって一生を生きていくことなどできない。

人並みに勉強し、人並みに努力し、人並みに幸せになっていくのだ。

「よし!」

大潮は心に決めた。もう、うじうじと悩みはしないと。

しかも自分には、妹達を引っ張っていく役割があるのだ。うじうじ悩んでいては、妹達に迷惑をかける。

よく分からないことは後回しにして、今、やるべきことをやり遂げよう。

大潮は、そう、心に決めた。

自分意志とは関係なく、時間は淡々と流れていく。

大潮型は全員、基礎教育を終え、それぞれの道へと歩んでいく。

流れるように進学する者、希望を見つけて専門教育を志す者など。

学生の頃は、狭苦しいアパートで7人で暮らしていたが、

徐々に、それぞれに道へと巣立ってゆく。

満潮と荒潮は大学の寮に。

朝雲と山雲は姉妹とは独立して同居している。

大潮、霰、霞は、未だに同居している。

大潮は就職に強い女子大に、

霰はプログラムの専門学校に、

霞は保育士を目指して、専門学校にて勉強中。

妹達を精一杯引っ張ってきた大潮も、

妹達が一人、また一人と巣立っていくうちに、

虚無感、そして以前のような、拭えない違和感を再度抱き始める。

一度、妹達にこの違和感について尋ねたことが合ったのだが、

あまり感じている様子はなかった。

言われてみれば、少し、といった程度のものだった。

「就職決まった」

帰ってくると同時に、霰が柔和な笑顔で、大潮に告げる。

「そう、おめでとう! 私は連絡がまだ先で。多分、大丈夫だと思うんだけど」

「私も、実習成績は良かったから、まあ、大丈夫でしょ」

結果、全員が無事に就職し、皆、一人になっていった。

「大潮さん、合コンしない?」

「ごめん、そういうのちょっと……」

「付き合いわる〜い。一回だけ、ね? 人数足らなくて、困ってるのよ」

「……ごめん、本当に。ごめん」

定時になり、大潮は職場から出る。

「大潮さん、感じ悪いよね〜」

「仕事中もなんか暗いし」

別に嫌いな仕事ではない。

与えられたものを淡々とこなす。そんな単純作業は、結構好きだ。

ただ、自分を優先して、自分のペースで淡々とやっていたら、気づくと同期に馴染めず、

孤独な職場が、だんだんと居づらくなっていった。

「合コンか……」

一度だけでも参加してみようとは思う。そうすればきっと、同期とのギクシャクした関係も、少しは直るかもしれない。

しかし、大潮は提督以外の男性を知らないし、その上で何度か痴漢に合った経験もある。

それが偏見を作り、恋愛に一歩踏み出せずにいた。

また、姉妹とは一人暮らしを初めてから、一度も合っていない。

それが更に大潮の寂しさを促す。

「……誘ってみたいけど、皆忙しいだろうな。」

「かんぱーい!」

ファミレスにて、ソフトドリンクで乾杯する。大潮型姉妹。

集まったのは、大潮、満潮、荒潮の3人。

他の面子は仕事で忙しいらしい。

朝雲と山雲はお互いの家事や仕事の関係で、会いに行くのは色々と難しいようだ。

「初めてだよね、別れてから会うの」

「都合がめったに合わないものね」

話を聞くと、荒潮は銀行に勤め、満潮は外国語の講師として、色々な所に行くという。

「私なんか、外国にいることも多いし」

「銀行も、仕事量が凄く多くて、しょっちゅう残業してるわ」

仕事の話をする二人は、内容とは裏腹にどこか楽しそう。

これで良いのか、まだ、やり直せるのではと、不安になってくる。

「そういえば、この面子で作戦組んだこと、あったよね」

気まずくなり、とっさに話を変える、大潮。

「あー、あったかも」

「戦場も今となっては、懐かしいわねぇ……」

あれ、

あと一人、居たような……

「……あと一人、居なかったっけ?」

「えっ?」

二人が大潮を不審な顔で見る。

「何言ってるの? 第八駆逐隊任務の話でしょ。主要はうちら3人よ」

「作戦に空母とか、重巡の方が混ざったこともあったけど、第八駆逐隊は、私達3人よ。

大潮、満潮、荒潮でしょ」

「あれ……」

満潮が額を抑える。

大潮と同じ、あの、違和感を感じたのだ。

「あと一人、いたような……」

「満潮お姉さんまで……デジャヴって、やつじゃない」

「やっぱり……」

大潮はついに、確信した。

『何かが欠けている』

数年に渡った疑問が、ようやく解けるかもしれない。

「荒潮は、何も気づかないの?」

「え、ええ……あと一人って……特に、何も」

「思い出して! 戦場で過ごした私達姉妹のことを。

何かが、抜けてるの」

大潮は、自分の言葉をきっかけに、あることに気づく。

ついに、その違和感が確信へと変わっていく。

「ロッカー……」

「えっ?」

荒潮は自分で考えるのをやめて、大潮の注目する。

満潮も同様だ

「ロッカーだよ。私達の部屋のロッカー。

今よく思い出してみたら、私の隣に、2つロッカーがあった。

私達姉妹は、7人じゃない」

「ちょ、ちょっと、お姉さんは、何を言っているの?」

「……私は、大潮は、長女じゃない」

大潮は、長女じゃない。

ファミレスを出て、3人は帰路につく。

学生の頃のように、3人でゆっくり話す十分すぎる時間もない。

皆それぞれ、事情を持っている。

「……ごめんね、大声出して」

「大潮、ちょっと疲れてんじゃない?

でも……私も、なんとなくだけど、何かが欠けているような、忘れているような、

そんな気はするわ」

「……ごめんなさい、私はあまり、思い出せないわ」

暗くなった道を、3人で歩く。

こうして過ごす日は、次は、いつ来るのだろうか。

「じゃあ、私達はこっちだから。

大潮お姉さん、なんかあったら、遠慮せず、相談してね」

「大潮、また会いましょう」

荒潮と満潮は駅の雑踏に消えてゆく。

大潮は一人でぽつんと、突っ立つ。

「また、会えるかな……」

「大潮?」
声のする方を振り向くと。そこには霰の姿が。

「霰! 久しぶり!」

「うん……大潮は、何してるの?」

「さっきまで、満潮と荒潮としゃべっていたの」

「ああ、メールの……」

「霰は、どうしたの? こんな時間に」

大潮は霰の格好に目を凝らす。

Yシャツにスーツ。会社員の仕事の格好。

「さっきまで、仕事……うち、軽いブラックだから」

「ごめんね、洗濯までしてもらって」

「大丈夫大丈夫、霰、疲れてるでしょ」

「うん……ありがと」

霰はご飯を買ってきたご飯を黙々と食べている。

「……ちょっと、聞いていい?」

「ん?」

大潮は霰に、あの違和感のことを話した。

霰は少しわかるとは言ったが、それはほんの、微かな感じ。

もしかしたらいたかもしれないけど、よくわからない。

「艦隊といえば……うちの職場に明石さんがいるよ」

「あっ、そうなの。明石さん、懐かしいなぁ。元気そう?

って……元気なわけないか」

「うーん……」

霰は口を動かしながら、天井を見上げる。

「……なんというか、なんか、空っぽな感じ。心がない感じなの。

私の教育係だったんだけど、なんか凄く事務的で、淡々としていて……」

明石と関わることは、大潮型にとって、非常に少ないことだった。

しかし,明石の性格がそんな風ではなかったのは知っている。

過酷な仕事の中で、変わってしまったのだろうと思った。

「霰、よかったら私達、一緒に暮らさない?

私は一人暮らし寂しいし、悪いけど、定時にちゃんと帰れる仕事だから。

どうかな?」

霰は少し考えた後、「時間が取れたら」と答えた。

その日大潮は霰の家に止まった。

「大潮さん、しつこいけど、合コン、どう?

彼氏いないんでしょ?」

またまた合コンの話。しかし、寂しい気持ちはよくわかる。

もしも自分に姉妹が居なかったらと考えると、ぞっとする。

「……うん、行ってみる」

その台詞に、休憩室がざわめく。

「本当!? ありがとう、大潮さん。

じゃあ、明後日の19時ね!」

同期の人は嬉しそうに、休憩室を出て行った。

「大潮さん、合コンとか興味あったんだ」

「てっきり、恋愛に興味ないと思ってた」

その日、大潮は以前よりも、同期の人とよく話した。

話してみると、皆、良い人ばかりだった。

そして、合コンの日。

「よろしくお願いしまーす」

相手がどんな人かは、大潮は知らなかった。

しかし、屈強な体、大きな声。大潮は会った瞬間に感じた。

自衛隊の人だ。

すぐに二人組に別れ、私は余った男性と向かいあっている。

合コンなんて、二度と行きたくない。

ここに来てから、ずっとそう思っていた。

男性は頑張って話しかけてくるのだが、

大潮は全く楽しく感じないし、そのため話をする気もない。

そして、ふと、男性はこういった。

「大潮さん、カンムスって、知ってますか?」

大潮は驚き、目を上げて、その男性を、チラリと見た。

得意そうな顔で、こっちを見てくる。

男性は艦娘の概要をひと通り述べた後、自分の感想を言い始める。

「俺、カンムスって、嘘だったと思うんですよ」

その言葉で、大潮の心に暗い何かが影を作る。

「カンムスは、我ら海の作った生きた兵器。しかしその格好は女性の形。

この時点で胡散臭いっすよね〜

そんでその深海棲艦ってのも、未だ謎の多い硬い生物って、

ラノベの痛い設定かよ! って感じですよね」

男性は間に個人の感想を交えながら、頼んでもないのに色々なことを教えてくれる。

元艦娘の本人から言わせてもらえば、まあ、半分くらいはそのとおりだ。

ただ、男性の個人的な感想は耳が痛い。

「深海棲艦が現れて、カンムス作って、で戦わせて。

そんでもってある日突然、深海棲艦は消えたんですよ。

俺、どう考えても、軍隊が国から金ぶんどるための演出だと思うんすよ。

まあ、俺もその軍隊に勤めてるんですけどね〜」

ああ、そういえばそうやって終わったなと、

大潮は過去をしみじみと振り返る。

急にスクランブルが入って、全員が色々な場所に出撃して、

大量発生した深海棲艦をあっさり倒した。

きょろきょろする深海棲艦に向かって普通に砲撃して、

最後まで避けずに死んで行った。

そんな光景ばかりだった。

「で、そのカンムスってのがですね〜」

「あー、はい」

男性はあいかわらず、艦娘の話をしてくる。

「深海棲艦がいなくなったあと、カンムスは普通の女の子になったと言われています。

まあ、胡散臭い話ですが、これが本当だったら怖いっすよね〜

だってカンムスって人間じゃないんすよ!

自衛隊でも、お前の女はカンムスだ! ってジョークが流行ってますし」

大潮は心を閉じた。

「一回、カンムスの司令やってたっていう上官に、カンムスについて聞いたんすよ。

そしたら、目を閉じて首を振るだけで。

いやまじ、胡散臭いっすよね〜」

もう、帰りたい。

合コンはなんだかんだ終了し、最後に、促されるままにメールのアドレスを交換した。

大潮はもう、断る気力も話す気力もなかった。

適当に別れを告げて、足早に帰っていった。

艦娘は実在するし、深海棲艦も実在する。

艦娘は実際、こうやって普通の人になった。

人と何が違うかなんてよくわからないけど、人として生きている。

そう、私は人だ。

大潮は、最初に鎮守府に来た時のことを思い出す。

ぼんやりとした状態がだんだんと具体的になり、

光が見え、人の姿が見える。

「ようこそ鎮守府へ」

懐かしい、ずっと聞いていない声。提督の声。

「     」

ん?

艦娘として生まれ、息を吸うように、普通に、艦娘として動いていた。

妹もでき、姉として妹を引っ張っていった。

じゃあ、私を引っ張ってくれたのは、誰?

提督? 違う。

もっと近くにいた誰か。

「これで、もう全部だよね」

「うん。大潮姉さん、本当にありがとう」

「大丈夫、大丈夫。姉妹でしょ」

霰の荷物をひと通り、大潮の部屋に運んだ。

今日から、大潮と霰の二人暮らしだ。

「私、めったに家事とかできないけど、よろしくね」

「うん、大丈夫。霰も大変だね〜」

「しかも、たくさん働いても貰えるお金は普通なの。転職しようかなと思うけど、あとが怖い」

空気が重くなってきたので、大潮が話をそらす。

「そういえば、明石さんって、どう?」

「んー……相変わらず、そんな感じ」

「話すことって、ないの?」

「なくはないんだけど……なんというか、すごい他人行儀で

同じ艦隊の明石さんっていうのは、確認したんだけど。

ああ、そういえば、艦娘の明石さんですよねって聞いたら、すごい怯えたような顔で睨まれて、そうですって言われて

ちょっと怖かった」

人生、ほんとうに色々。大潮はまた、しみじみとそう感じた。

そして、明石の艦隊の頃の、僅かな記憶を思い返してみが、

思い出が少なすぎて、姿以外、何も思い出せない。

「久しぶりですね」

「ああ……お前は痩せたな」

「はい、仕事が忙しいので」

「正確には、忙しくしているんだろ」

「……はい」

提督と明石が、プライベートとしてこう会うのは、珍しいことではない。

戦争が終わってから、数カ月に一度はこうして会っている。

「……私、もう狂ってしまいそうなんです。

こんな重いものを、常に背負い続けるなんて……

私はそんなに強くありません。そう、あの子みたいに」

「やめろ」

明石と提督が会うのは、決まって適当なカフェだ。

酒が入り、理性が弱まり、変に暴走するのを防ぐために、

こんなルールを設けていた。
「……あの子、本当に、忘れられましたよね。見事なまでに」

「彼女が望んだ結果だ」

「誰にも覚えられることなく、死んでいく。でも結果は出している」

「人生なんて、そんなもんだ。

千年後には、何も残っていないだろう」

「……本当に、誰も覚えていないんでしょうか?

せめて姉妹の子たちくらいは」

「俺の知る限り、誰も、疑問に思っていない。

思っているのなら、何らかの形で俺のもとに連絡が来るはずだ」


・大潮型駆逐艦に1番艦が存在しない理由は、建造計画時の事情である。

・朝潮とは幻の1番艦であり、そのためまれに朝潮型と呼ばれることもあるが、大潮型駆逐艦と呼ぶほうが一般的である。

・幻の1番艦朝潮は建造時に設計に重大な欠陥が見つかり、急遽建造が中止された。しかしすでに建造は終盤であったため、型の名称は朝潮型のまま、朝潮は朝潮型1番艦として、姿を消した。

ピンポーン。玄関のベルが鳴る。

「こんな時間に……誰だろう」

ドアスコープを覗くと、そこには、私服の提督の姿。

「司令官! お久しぶりです」

「久しぶり。元気そうで何よりだ。艦娘の現状の調査だすぐ帰る。

今は、何をしているんだ?」

大潮は、知る限りの姉妹の状況を全て、提督に話した。

提督は、普通に暮らしていることに、安心した。

「じゃあ、俺はこれで帰る。またな」

「あ、司令官、ちょっと、いいですか?」

「ん?」

大潮はついに、提督に、違和感のことを話す。

何かを忘れているような気がすること。

部屋のロッカーが一つ多かったこと。

実際に並べてみると非常に薄いことではあるが、

提督はそれぞれの話を、真剣に聞いていた。

「司令官、何か、心当たりはありませんか?

なんとなく、気持ちが悪くて……」

提督は柔らかく微笑み、幻の1番艦のことを、話し始めた。

「深海棲艦が現れると同時に、軍部には小さい人型の生物、妖精が現れた。

そしてその妖精の意志をくみ取り、資材を渡す。

するとなんと、少女と兵器を、その妖精は作り出した。

これが、艦娘の話だ。

胡散臭い、非科学的だという輩が海軍には多く居る。

しかし、これは私、そして君たちが実際に目撃したことだ。

非科学的? 知らん。実際にそこで起きたんだ。

起きたことを頭から否定して、何が科学だ」

「妖精が兵器を作る。しかもそれが、深海棲艦に絶大な効果があり、

軍部にとってもメリットが大きいとわかると、

我々は妖精に、性能を指定した上で艦娘を作ってもらったんだ。

それがいわゆる、型だ。大潮型、綾波型といった。

そして、君たち大潮型を作る際に、我々は大きな誤算をしてしまった。

今ここで説明するには長すぎる。当時の開発背景、目的に合わなかったんだ。

しかし開発も終盤。修正を加えることもできない。

そして、その本来、艦娘として作られるはずだったのが、

大潮型0番艦ともいえる、朝潮という艦娘だったんだ。

今でも朝潮型という言葉は一応残っているが、ほぼ死語だ。

そして大潮、君たち艦娘は間違いなく人だが、少し特殊だ。

生まれるはずだった朝潮が意識に介入しても、なんの不思議もない。

きっと、それが今頃になってきているだけだろう。

ちなみに、名簿では朝潮型2番艦大潮となっているが、そういう都合だ。」

大潮は提督の話にいちいち首を振り、

長年の疑問が次々に晴れていく様子を感じた。

部屋に余分なロッカーがあったこと。

姉がいるなどという妄想をしていること。

そして、一部の姉妹とその妄想を共有していること。

全て、その0番艦朝潮が残したものだったのだ。

「わかったか?」

「はい! 非常にスッキリしました! ありがとうございます!」

大潮は提督に最敬礼をして、提督を送りだす。

これで、もう悩む必要がない。

こんなことならもっと早くに提督に聞きに行けば良かったと、大潮は後悔した。

霰との共同生活も慣れはじめ、お互いがそれぞれのペースで、人生を楽しむ。

最近満潮が、本の執筆の仕事を受けたらしい。

荒潮が婚約したらしい。

朝雲と山雲は、よくわからないが元気なようだ。年賀状は毎年来る。

霞は保育士として、子供によくモテるそうだ。

一度散歩の時間を見にいったことがあるのだが、とても楽しそうだった。

霰は相変わらずプログラマ。私は事務職。

ある日、霰が帰ってこなかった。

電話にも出ない。会社に泊まることはほんの稀にあったのだが、連絡がないのは初めてだ。

二日くらい、霰は帰ってこなかった。

会社に電話したが、すぐに切られてしまった。

そしてその日の夜に、霰は帰ってきた。

服はそのままであり、汗の匂いが漂った。

「どうしたの、霰! 心配したんだよ」

「ごめん、寝ていい? あと会社潰れるかも」

「えっ!」

理由を聞きたかったが、聞けなかった。

霰は下着姿のまま布団に入り、すぐに寝てしまった。

もし霰の給料がなくなったら、生活はかなり苦しくなる。

もちろん、失業保険があるが……ただ、事情がわからないと、何もできない。

目を覚ますと、霰はすでに起きていた。そして、出社の準備をしていた。

「おはよう、大潮。じゃあ、行ってきます」

「ちょっと待って、一言でいいから、会社で何があったの」

霰は大潮の顔を見ず、淡々と仕度をする。そして、ポツリと言った。

「明石さんが、会社で自殺未遂を図った」

霰は出社した。大潮は、徐々に、事態を理解した。

そして、強い虚無感に襲われた。

霰はその日も帰ってこなかった。

きっと、明石さんが抜けたために。仕事が切羽詰まっているのだろう。

大潮の職場は相変わらず、普通に、安定している。

大潮は、つい昨日まで、自殺する人は、救いようのない馬鹿だと思っていた。

勝手に絶望して、勝手に死んで、勝手に人に迷惑をかけていく無責任な行動。

良くしてくれた人々全員に対する、裏切り。

それが自殺というものだと、強く思っていた。

しかし、明石の自殺を、知人の自殺を目の前にした時、自殺したという結果よりも、

『なぜ、自殺に至ったのか』という動機が、強く気になった。

霰に、明石がどこに入院しているのかを、メールで聞いた。

どうせわからないというのは、想像がつく。それでも、この方法しかない。

そして、霰からの返信はしばらくなかった。

さらに、家にも帰ってこなかった。会社に電話しても、すぐに切られた。

3日後。霰は以前よりも汚い格好で、帰ってきた。

「もう、あの会社はおしまい。

色んな人が色んな形で消えていって、

下の人にその負荷が回ってくる。

それでも納期は変わらないし、急な変更もいつもどおり。

壊れないわけがないよ」

「明石さんは、そんなにすごい人だったの?」

霰はゆっくりと、首を縦に降る。

「仕事『しか』しないひと。

休憩もとらない、休暇もとらない。

連続出社の最高記録は常に更新。

それでいて、スキルも最高。

本来なら、大きな会社で年単位のプロジェクトとかに参加していても、おかしくないと思う。

……私は知らない世界だけど、興味はあるから。

そんな明石さんが、急にいなくなっちゃったの。

もう、あの会社は終わり。私は無職」

あまり関わらなかったとはいえ、戦場で過ごした仲間。

そんな人の武勇伝を聞いたあとの自殺は、非常に耳が痛い。

それと同時に、将来への不安も出てくる。

貯金はあるが、一生をまかなえるほどでは決してない。

倒産した会社の元社員というのは、どういう扱いになるのか。

色々なことに頭を巡らせていると、ふと、ある疑問がわき、霰に尋ねる。

「霰……あんた、どうやって会社辞めたの?」

霰はご飯をほうばりながら、大潮の目を見て、はっきりと言った。

「バックレた」

「バックレたって、大丈夫なの!」

「うちの会社では日常茶飯事。私もバックレ手順くらい知っている。

さっき辞めることをメールで送ったし、会社側に書類も請求した。

あとは、転職先をみつけるだけ」

「あんた……もう少しいたら、失業者として、就活ができたのに」

「無理。気が狂う前にやめた。あと、これ」

霰は、文字が書きなぐられたメモ帳を大潮に渡す。

「明石さんの、入院している病院。土曜日、行こう」

翌日目覚めると、霰がいた。

ご飯を作っていた。

「おはよう、大潮姉さん」

「おはよう……早いのね」

「癖で目が覚めちゃって……それに、お姉さんにはしばらく迷惑かけるから」

大潮は霰の作った朝食を食べる。霰は朝早く夜遅かったので、

食事は実質、大潮の当番だった。

「味、変じゃない?」

「うん、大丈夫……そんなに気張らなくて、いいんだよ。

気張って体壊すなんて、そっちのほうが、悲しいから」

「ありがと……でも、私も大丈夫だから」

大潮は霰に見送られて、出社する。

一人暮らし以来、初めての経験であり、非常に新鮮な感じだ。

土曜日。明石の病院にお見舞いに行く日。

病院に問い合わせたところ、現在はかなり状態が落ち着いており、

明石が拒否さえしなければ、誰でも見舞いには行けるらしい。

大潮と霰は電車を乗り継ぎ、明石の病院に行く。

某病院精神科病棟。

部屋をノックし、開けると、そこでは、明石と、提督がいた。

「おはようございます。明石さん、それと、司令官」

お見舞いの果物を明石に渡す。

「明石さん、その……具合は、良いのですか?」

「はい。今はかなり落ち着いています。

あの時は、まあ、本当に色々あったので。精神的にも、会社でも……」

そして、霰が明石の手を取る。

「明石さん……ごめんなさい、何も気づかなくて」

霰の突然の謝罪に、明石は狼狽し、否定する。

「ごめんって……霰さんは何も悪くないでしょ」

「いえ……ごめんなさい。自分でもよくわかりませんが、ごめんなさい。ごめんなさい……」

深く俯いたと思うと、霰は、静かに涙を流し始めた。

明石はその姿を、ただ、見ている。

そして、深いため息をついた。

「……提督、もう、隠すの疲れちゃいました。

もう、終わりにしませんか?

嘘を突き通して、何になるんですか」

「落ち着け。彼女たちは、以前に納得してくれた。

次、疑問を抱くなら、その時は、その時考える」

「だから……」

明石は咳をきったように、大粒の涙を流す。

大潮と霰は、何もわからず、その場で突っ立つ。

そして霰に誘導され、病室で明石と提督を二人にした。

提督はそれを横目で確認した。

「私は、強くないんです。

あの時の罪を背負ったまま、生きていくなんて、できません。

初め、会社で霰ちゃんを見た時から、ずっと、胸が苦しいんです。

大潮型、いや、朝潮型の皆のためでしょうが、

私はもう、辛んですよ……

なんで私のことを、考えてはくれないのですか、提督」

「……言ったところで、お前は楽になるのか?」

「なりませんよ! ならないから、私はこうなったんですよ!

仕事で気を紛らわしても、最初はうまくいっても結局だめで、

会社で手首切っちゃって、救急車呼ばれて入院して。

もう、私はどうすればいいんですか。

罪は一生、私を苦しめます。もしかしたら、死んでも苦しめます。

もう、嫌なんです……」

目の前で泣き崩れる明石。かけようにかけられない、慰めの言葉。

提督は目をつぶり、ゆっくりと、当時の言葉を暗唱する。

「私のことは忘れてほしいのです。

もしこの戦争でこういった作戦が行われたことを知ったら、

艦娘の皆さんは、その罪を背負って、一生を生きてしまいます。

明石さんと司令官には、本当に申し訳ないです。

お二人の間だけにとどめてください。お願いします。

きっと私の、最後のわがままです。おこがましいですが、お願いします」

提督はまた、別の言葉を暗唱する。

「私は、死ぬのは怖くないです。ただ、最後の最後まで役立たずとなってしまうのが怖いんです。

最後の最後まで役立たずとして生き、何も貢献できないまま、戦ってきた皆さんが死んでしまう。

それが何よりも怖いんです。

どうか、私に特攻をさせてください。

どうか私に、最後だけは、艦隊のお役にたたせてください」

「彼女は、自身の希望通りに戦い、希望通りに死んでいった。

そして、素晴らしい戦果を上げた。

それだけだ。もう、それで、いいじゃないか」

「提督はいいじゃないですか!

名誉もあるし、お金もあるし、戦争のおかげで階級も上がったし

朝潮ちゃん一人死んだおかげで、そこまで裕福になって。

でも私は、庶民として毎日必死に生きてるんです

その上で、朝潮ちゃんの死が、毎日毎日頭に渦巻いてくるんです。

このストレスがあなたにわかりますか? いや、わかってたまりますか!」

そこで提督は、床を思い切り蹴りつける。

めったに見たことのない、提督の感情的な動作に、明石は思わず身をすくめる。

「……暴力ですか?」

「違う」

「これだから、男の人は」

「違う!」

提督はもう一度、床を蹴る。

「お前に俺の苦悩がわかってたまるか。

海軍訓練生の間では、艦娘はネタにされている。

部下が命を命を懸けて終わらせた戦争に対して、

少し平和になれば、すぐに胡散臭いと言い出す。

そんなもんだ。

はっきり言うが、クズで浅い奴しかいない、そんな場所だ。

朝潮の特攻を語ることも許されず、

慢性的な差別を恐れ、艦娘を肯定し証明することも許されない。

というよりも、できるかもわからない。

しかし何もしなければ、いつしか過去の戦争について責められるかもしれない。

しかし、何もできない。

深海棲艦はもういないし、妖精もいない。あるのは艤装と艦娘。

そして艦娘は細胞レベルで人間と区別がつかないし、艤装はただの兵器だ」

提督はひと通り吐き出し終わった後、小さく、「すまない」という。

明石はそれに、会釈する。

二人の間に長い沈黙が流れる。

「……でも、隠すべきなんでしょうか?」

「朝潮の希望だ」

「でも、それが朝潮ちゃんの本心とは、限りません」

「知らん。しかし朝潮の希望だ。なぜ、我々の推測で、勝手なことができる」

「……ごめんなさい。でも、誰にも覚えられないなんて、あまりに悲しくないですか……

それに、朝潮ちゃんが当時精神的におかしくなっていたのは、提督が何よりもご存知でしょう。

ならば、こちらで修正を加えるというのも、一つの手では」

「死人に口なしと、言うことか?」

「そういうわけではないですが……その」

「朝潮の希望だ。

朝潮の希望通り、全ての証拠を消した。朝潮は、この世にいなかったのだ。

私はこの件に関しては、何も証拠を残していない。徹底的に消した。

姉妹にも、情報を操作した。

まあ、また疑問を抱く時がくれば、考えるが」

「大潮ちゃんたちも、まだ何も知らないのですか?」

「きっと知らないはずだ

さすがに違和感を訴えることはあったが、私がうまく対処した。

記憶の因果をうまくずらせば、記憶の操作は簡単にできる」

「そこまで……」

「朝潮の願いだ。

私は死ぬまで、この秘密は守り続けるつもりだ。

非難されようとも、これが最も善い行為だと、確信している。

そして我々は、ある意味その朝潮が悲しまないような生き方をすべきだと、私は思う」

「……朝潮ちゃんの望む生き方とは、何でしょうか?」

「この際だ、教えるべきだろう。

上官として見てきた、朝潮の姿を

朝潮は本当に強い人だった。

実際、特攻作戦を言い出した時、たとえ心が病んでいようとも、ああ、朝潮らしいなと、感じたものだ」

「司令官と明石さんて、もしかして、恋仲、なのかな?」

「う〜ん……」

霰は少し考えて、答えを出す。

「そうかも。

今日の明石さん、職場なんかよりも、ずっと綺麗だったし」

「そっか〜……恋をすると、綺麗になるって、言うよね」

「大潮、好きな人、いるの?」

「いや、まだいない」

霰は小さく微笑み、言う。

「私も同じ」

行く時は複雑な心境の中で埋もれていたが。

電車から外を見ると、一面に海が広がっている。

「うわぁ、海だ! なつかしいなぁ」

幼いときの自分の姿を、大潮は海と重ねる。

今では社会人でも、子供の頃は艦娘として戦っていた。

その頃の思い出が、ひしひしと蘇る。

「そのうち、海に行かない?」

「うん、行こう。その前に霰は、お仕事見つけないとね」

「うん」

海は今日も波を打つ。

-FIN

閲覧有り難うございました.
またいつかお会いした時は,よろしくお願いします.

いやいやいや、なにこの打ち切りの終わり方というか、結局だらだらやって何もない終わり。

乙です

正直、話としては悪くないんだけど…
朝潮が俺嫁の一人としてはなんでこんなの書いたんだよと凄く思う
もにょるわあ・・・

HTML化依頼済みです.
閲覧してくれた方,コメントをくれた方,ありがとうございます

グッドエンドでもトゥルーエンドでもないまま終わるのか…

なんだこのなげやり
起承でおわって転結どこ行ってんだよこんな途中で放り投げるなら最初から投稿するなよ楽しんでたのに

【書き込みますが,HTML化をよろしくお願いします】
過去作を整理していたら予想以上に多かったので,私の記憶の整理のためにも載せさせてください

電「二重人格……」
提督「艦むすの感情」
艦娘という存在
朝潮は『不安症候群』
朝潮はずっと秘書艦
映画『艦これ』 -平和を守るために
深海の提督さん
お酒の席~恋をする頃
忠犬あさしお
影の薄い思いやり
欠けた歯車、良質な物【艦これ】
【艦これ】お役に立てるのなら

おつおつ
久しぶりだな生きてたのか

>>133
朝潮ちゃんは責任感強いよ立派だよってところをアピールしたかったんじゃね
確かにそれは伝わってきたからこのSSのコンセプトとしては成功なのだろうけど朝潮ちゃんに救いがなくて俺提督も泣いた
やっぱこの作者さんのSSはいつもの朝潮ちゃんとイチャイチャしてる方が好き

明石がどうなろうと提督はしらんってことだな命たとうとするまで追い詰められてたのに

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