理髪師「王子様の耳はロバの耳!」(33)

<城>

国王「おぬしがこの国一番と呼ばれている理髪師か」

理髪師「この国で一番かは定かではありませんが、そう呼ばれることもございます」

国王「うむ……謙虚でよろしい」

国王「おぬしには、我が息子の散髪をしてもらいたい」

理髪師「かしこまりました」

国王「こちらへ来てくれたまえ」

国王「ところで……」

理髪師「はい」

国王「これからおぬしが何を見ようとも、決して他言してはならぬ」

国王「もしこの約束を破れば……どうなるかは分かっておるな?」

理髪師「……もちろんです」

国王「よろしい。むろん、報酬はそれに見合うだけ払う」

理髪師「……」

理髪師(王子はもう10歳を超えているはずだが、表舞台に出たことはほとんどない)

理髪師(まさか、とんでもない化け物だったりするんじゃ……)

理髪師「お初にお目にかかります、王子」

王子「やぁ」ボサッ

理髪師(うわっ、ボサボサだ。完全に耳が隠れるほど、髪が伸びちゃってるじゃないか)

理髪師(だが……切りがいがある!)シャキーン

理髪師「それでは王子、これより散髪を開始いたします」

王子「よろしく頼むよ」

理髪師「……」チョキチョキ

理髪師「……」チョキチョキチョキ

理髪師「……」チョキチョキチョキチョキ

理髪師(少し警戒していたが、なんてことはない……普通の髪の毛じゃないか)

理髪師(このままいけば、問題なく散髪が終わりそうだ――)

理髪師「!?」ギョッ

理髪師(なんだ!? なんだこの耳は……!?)

理髪師「お、王子……! この耳は……!?」

王子「あーあ、やっぱり驚くよね」

理髪師「犬……? いや猫……? いや、ロバ……ですか」

王子「そのとおり、ボクの耳はロバの耳なんだ」

理髪師「ロバの耳……!」

理髪師(なるほど……こういうことだったのか)

王子「分かってるよね?」

王子「もしボクの耳のことを誰かにバラしたら……“しけー”だからな」

理髪師「も、もちろんバラしませんとも!」

理髪師(いわれるまでもなく、こんなのバラしたら大変なことになる……)

理髪師(だ、だけど……)

理髪師「か、可愛い……」

理髪師「あの、ちょっとだけ触ってもいいですか?」サワッ

王子「あっ!」ピョコッピョコッ

理髪師「結構敏感なんですね」サワサワ

王子「やめろよ~!」ピョコピョコピョコ

理髪師「し、失礼しました! つい……」

王子「ふん……まぁいいよ。髪を切ってくれたんだし、触るぐらい許してやるよ」

理髪師「――お疲れ様でした、終了です」

王子「あ~、さっぱりした! どうもありがとう!」

理髪師「では今後は、一ヶ月に一度ぐらいのペースで来ますので」

王子「うん、頼んだよ」ピョコッ

理髪師(可愛い……)

それからというもの――

理髪師「王子様、ご機嫌うるわしゅう」

王子「今日もよろしく頼むよ」



理髪師「こんな髪型はいかがです?」

王子「うん、かっこいい! ボク、本の中に出てくる王子みたいだ!」ピョコッ

理髪師(可愛い……!)



王子「近頃、帝国がこの国にちょっかいかけてきてるんだってさ」

王子「ボク、心配だよ……」

理髪師「大丈夫ですよ。きっと陛下たちがなんとかして下さいます」



王子「お前が来てくれるようになってから、毎日が楽しくなったよ。ありがとね!」

理髪師「身に余る光栄でございます」


理髪師は王子の散髪をし続けた。

半年後――

<理髪師の家>

理髪師「……」ウズウズ

理髪師(ああ、しゃべりたい)

理髪師(誰かにしゃべりたい)

理髪師(それに王子も、ずっと引きこもったままじゃ辛いだろう)

理髪師(しかし……しゃべったら私の命はない)

理髪師(だけどしゃべりたい……ええい、もどかしい!)

理髪師(仕方ない。せめて、地面に穴を掘って、そこに叫ぶとするか……)

ザクッザクッザクッ……



理髪師「……これでよし、と」

理髪師「王子様の耳はロバの耳!」

理髪師「王子様の耳はロバの耳~!」

理髪師「王子様の耳はロバの耳~!!」

理髪師「王子様の耳はロバの耳~!!!」

理髪師「ハサミで髪の毛を切ったら、王子様の耳はロバの耳~!!!」

理髪師「あ~、スッキリした!」

理髪師「やっぱり人間、秘密なんて持つもんじゃないな!」

理髪師「これからも、王子の秘密をしゃべりたくなったら、どんどんここで叫ぼう!」

ところが――

草木「クスクスクス……」ザワザワ…

草木「面白い話を聞いたぞ……」ザワザワ…

草木「これは叫ばずにはいられない!」ザワザワ…

草木「王子様の耳はロバの耳~!」

草木「王子様の耳はロバの耳~!」

草木「王子様の耳はロバの耳~!」

草木「ハサミで髪の毛を切ったら、王子様の耳はロバの耳~!」

ザワザワ…… ガヤガヤ……





「ねえねえ、王子様の耳はロバの耳なんですって!」

「オレも聞いた!」

「だから、めったに姿を現さないのかもしれないな」

「でもちょっと見てみたいわね、ロバの耳!」

「もし本当だとしたら、ビックリだよな」

<城>

王子「――どういうことだよ、これは!」

理髪師「いえっ、これは違うんです! 私ではありませんっ!」

王子「でも髪の毛切ったらロバの耳って……お前しかいないじゃないか!」

理髪師「いえっ、それはきっと……なにかの間違いで……」

王子「もういい! 言い訳すんな!」

王子「お前なんかしけーにしてやる!」

理髪師「ひいいっ!」

王子「――なぁんてね」

王子「いつかはバレることだし、かえってスッキリしたよ」

理髪師「へ」

王子「やっぱり人間、秘密なんて持つもんじゃないよね」

王子「それにさ、いつもボクの髪を切ってくれてるお前をしけーにするはずないじゃん」

王子「これからもよろしくね」ピョコッ

理髪師「王子様……」

理髪師(いかん……可愛すぎる!)ハァハァハァ…

王子「おい……目つきが怖いんだけど」

理髪師「失礼しました!」

これをきっかけに、王子は市民の前に姿を現すようになった。



王子「どうも……王子です」ピョコッ



キャーキャー! ワーワー!



「可愛い~!」

「いちいち耳がピョコピョコ動くのが可愛すぎる!」

「まずいな……新しい世界に目覚めてしまいそうだ」

国王「あれだけいっておいたのに約束を破ってしまいおって……」

理髪師「も、申し訳ありません……!」

国王「だが、結果としておぬしのおかげで息子が明るくなったのは事実」

国王「今回の件は不問に処そう」

理髪師「ははーっ! ありがとうございます!」

さて、理髪師と王子は分かり合うことができたのだが――



<城>

大臣「陛下、帝国からトップ同士の会談を要求する書状が届きました!」

大臣「どうやらこちらの返事を待たず、兵を率いて出向いてくる模様です!」

国王「ついに来たか……!」

国王「あの帝国の皇帝についてはほとんど何も知らんが、かなりの野心家と聞く」

国王「おそらく帝国はまともに話し合いをするつもりなどなかろうが……」

国王「なんとか、武力衝突は避ける方向に話を持っていかねばな……」

王子「なんだかこのところ、パパやママや大臣たちが騒がしいんだ」

王子「帝国がこの国を欲しがってるって噂もあるし……」

王子「この国はどうなっちゃうのかな……」

理髪師「大丈夫、王子様が気にすることじゃありませんよ」チョキチョキ

王子「うん……」

理髪師「……」チョキチョキ

理髪師(帝国の武力は強大だ……。我が国とは大人と子供ぐらいの差があると聞く)

理髪師(もし、あの帝国がこの国を狙っているという噂が本当であれば……)

理髪師(この国は滅ぶ……!)チョキチョキ

一週間後――

<城>

国王(帝国のトップか……いったいどんな皇帝なのか……)



敵将軍「女帝陛下、こちらです」ザッ

女帝「狭苦しい城ね~、こんなの半日もあれば落とせちゃうわ」ヒョコッ

国王「なんだね、君は? 皇帝のご息女かね?」

女帝「あら、失礼しちゃうわ。私こそが帝国の皇帝よ」

国王「な……!?」

国王(バカな……まだ子供じゃないか!)

女帝「ああ、子供だからって甘く見ないでね」

女帝「弱冠12歳にして国のトップの大学を卒業し、軍略の天才でもあるの」

女帝「私の頭脳と帝国の軍事力で、成人するまでに全世界を我が物にしてやるわ!」

国王「なんと恐ろしいことを……!」

女帝「ところで、さっそく会談を行いたいんだけど、こっちからの要求はたった一つよ」

女帝「我が帝国に全ての領土を明け渡すか、それとも戦争するか、今この場で決めてちょうだい」

女帝「さ、どうする? 勝負する? 降伏する?」

国王「ぐ、ぐぐぐ……!」

王子「……!」

王子「どうしよう、このままじゃこの国が……!」

理髪師「……」

王子「もし帝国に領土を渡したら、この国の市民はきっと奴隷のような扱いになるに決まってる!」

理髪師「……王子」

王子「?」

理髪師「……私の読みが確かならば、この国を救えるのはあなただけです!」

王子「ボクが!? どうして!?」

理髪師「とにかく……あなたがあの女帝の前に出てみて下さい!」

王子「うん、分かった! ……やってみる!」

女帝「さぁ、早く決めなさいな」

敵将軍「女帝陛下は気が短い。早くせねば、待機させている軍を暴れさせるぞ」

国王「うぐ……ううう……」



王子「待って!」



国王「!? ……お前がなぜここに!?」

女帝「!!?」ビクッ

王子「あの……皇帝さん! 侵略なんて……世界征服なんてやめて下さい!」

女帝「……」

王子「お、お願いします!」ピョコッ

女帝「……」

王子「……?」

女帝「……」

王子「もしもし……?」

女帝「か……」

王子「?」

女帝「可愛すぎるぅぅぅ~~~~~~~~~~!!!」

王子「!?」ビクッ

女帝「ねえねえ、さわっていい? なででいい?」

王子「ちょ、ちょっと……」

女帝「さわらせてぇぇぇぇぇ!」

王子「やめてっ!」ドンッ

女帝「はうっ!」ドサッ

敵将軍「女帝陛下に暴力を! ……貴様!」チャキッ

女帝「お黙り!」キッ

敵将軍「!」ビクッ

王子「あ、あの……」

女帝「なんですか!?」

王子「もし侵略をやめてくれたら……好きなだけさわっていいよ。ボクの耳」

女帝「やめます!」

王子「え?」

女帝「やめます!!!」

敵将軍「ちょっ! 女帝陛下!? なにをおっしゃってるのですか!?」

敵将軍「こんなあっさりと、帝国の天下統一の野望をやめるなど――」

女帝「あ?」ギロッ

将軍「ひいっ!」

女帝「ほら、あんたもご覧なさい! この子を!」

王子「ど、どうも……」ピョコピョコ

敵将軍「……!」ゴクッ…

敵将軍(こりゃあ……すげえ……)

敵将軍「ぜひとも養子に!」

王子「お断りします」

女帝「ある哲学者はいったわ」

女帝「ケモノ耳は最上である、特にロバは極上だ、と……」

王子「聞いたことないけど……」

女帝「と、に、か、く!」

女帝「不束者ですが、これからはよろしくお願いしますね」ペコッ

王子「は、はぁ……こちらこそ」ピョコッ

女帝「かーわーいーいー!」ギュッ

王子「わぁっ、抱きつかないで!」





理髪師(どうやら私の読みは当たっていたようだな……)ホッ…

それから数ヵ月後――

<城>

理髪師「今日は二つの国の正式な和解と同盟が成る記念すべき日です」

理髪師「お二人のヘアスタイルはこの私が、しっかりと整えさせていただきます」

王子「うん! かっこよく決めてよね!」ピョコッ

女帝「私の美しさと彼の可愛さを損なったら、承知しないから!」

理髪師「もちろんでございます」







おわり

以上で終わりです

【訂正】
>>27の一番下の「将軍」は正しくは「敵将軍」です

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