男「最後くらい、贅沢でも」(6)

深夜。池を望む公園のベンチにある男が紫煙を煙らせて座っていた。

男「…」

男はフラリと立ち上がり、柵のない池に顔を覗かせた。

男「…」

池は深淵のようで身を投げればどこまで沈んでいくのだろうかと男は思った。
男は片足をあげ、その深淵に足を踏み入れようとした所で止めた。

男(ここの池くらいで死ねるわけないか…。どうせ浅いに決まってる。)

男は咥えたタバコを池に放り込んでどこりとベンチに座り直した。

男「…。そうだ、最後くらい…。」

そう言うと男は立ち上がり、公園を後にした。

夜は朝に向かって白んできた。駅にはまだシャッターが降りている。
そのシャッターの前にボストンバッグを携えた男の姿はあった。

男(着替えに、充電器。これだけ持っておけば不自由はないだろう。)

男(それにしても蒸すな…。今日は暑くなりそうだ。)

始発の電車まではあと1時間ほどある。
シャッターの前に男は座り込んだ。

男(旅行なんて生まれて初めてだな…。)

シャツの胸ポケットから煙草を取り出し、男は吸い始めた。
風はなく、ジトリとした暑さが肌に絡みつく。
男は額の汗を手で拭いながら紫煙を纏わせる。

ジャラジャラ ピーピー

券売機の音だけが辺りに響く。券売機からは何枚かの切符が出てきて、それを男は手に取った。

男(青春18きっぷ。青春なんて歳じゃねえけど…。)

切符を駅員に渡すとスタンプが押された。
男が住んでいるのは中央線沿いだ。この時間は鈍行で東京駅に向かう事になる。

駅のホームは静まり返っている。自販機で買った冷えたココアを飲みながら始発を待った。
人は何人か居た。

アナウンスが鳴り響いた後、始発電車がホームに入ってきた。

男「よし、来たか。」

男は勢いをつけ駅のベンチから立ち上がり乱暴にバッグを肩に担いだ。
始発電車はガラガラだった。車両を見渡すと水商売風の女は隅の席でもたれ掛かりながら寝ていて、サラリーマン風の男はバッグを膝に乗せて寝ていた。
男はバッグを両足の間に置いて列の中央の席に座った。
発車ベルが鳴り、始発電車は動き出す。

ガタン…ガタン…

男「はぁ…。」

男(今の時代、スマホが無いと不便だな…。長崎までは…約1日か…。)


男の目的地は長崎だった。

次は~。代々木。代々木です。

男の勤務先の最寄り駅が目の前を過ぎて行った。

男(あーあ…。無断欠席だな…。)

男「ふっ」

男(まあ、これで口うるせえ上司と顔合わせないで済むか。俺が居なくても会社は回るだろう。)

終点の東京まで男は眠る事とした。

東京。東京~。

男「んあ…?着いたか。」

男(あー…。嫌な夢だ…。)

どうやら少し眠っている間に過去の夢を見たようだった。

ガヤガヤ

男(ここまで来ると流石に人が多いな…。)

駅にはキャスター付きバッグを引く外国人や、ビジネススーツを纏った人達で東京駅は溢れていた。
長崎まで行く為、次に乗る電車は東海道本線熱海行きだ。
スマホで時刻表を見るとまだ大分時間はある。
男は売店で朝食と愛煙している煙草を買う事にした。

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