【きんいろモザイク】アリス「フランス人形の怪」 (45)

※きんいろモザイク短編

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綾「ふわぁ……」

アリス「眠そうだね、アヤ」

綾「ええ、そうなの……昨日良く眠れなくて」

アリス「悩みごと?」

綾「いいえ、そうじゃないわ」

綾「昨日の夜、テレビでやってた心霊特集を観たら、怖くて眠れなかったの」

アリス「怖いもの苦手なのになんでそんなの観たの……」

綾「テレビを付けたらたまたまやってたのよ」

綾「で、一度見始めたら、その、怖いもの見たさって言うの? 最後まで観たくなっちゃって……」

アリス「うーん、でもなんとなく気持ちが分かるかも」

綾「でしょ? 苦手だけどなぜか観ちゃうのよね」

綾「まあそれで眠れなくなってたらしょうがないんだけど……ふわあ」

アリス「まだしばらく昼休みだし、少し寝たら?」

綾「だ、ダメよ……夢の中で幽霊に殺されるってお話があったもの……」

アリス「寝なかったら寝なかったで死んじゃうよ……」

綾「はぁ……わかってるのよ、こんなのただの作り話ってくらい」

綾「ただどうしても怖いのが止まらなくて……」

綾「この怖がりの性格、どうにかならないかしら?」

アリス「たくさん怖い話を聞いたら慣れて怖くなくなるかも?」

アリス「わたしも、日本に来たときは怖いのがすごくニガテだったんだよ」

アリス「でも、よくシノが夜に怖い話をしてくれて……最近はちょっと怖さに慣れてきたような気がする」

綾「しの……」

綾「でもまあ、確かに一理あるかもしれないわね。人間なんでも慣れって言うし」

綾「それじゃ、アリス、何か怖い話でもしてよ」

アリス「えっ、そんな急に言われても……」

綾「思い立ったが吉日って言うでしょ? 何でもいいから、お願い!」

アリス「うーん、そうだね……じゃあ──」


アリス「……わたしが出会った、あるフランス人形のお話をするね」

*****

 それは、ある休日のこと。


忍「アリス、この近くでフリーマーケットをやっているそうですよ!」

忍「一緒に行きましょう!」


 シノに連れられてやってきたフリーマーケット。

 フリマはイギリスにもあったし、『日本にもあるんだなぁ』くらいのつもりで来てみたけれど、
 少しそこらを回るだけで、きれいな扇子とか、風呂敷とか、いかにも和風なものがたくさん手に入った。


アリス(えへへ、お宝いっぱいゲットしちゃった♪)


 上機嫌で待ち合わせ場所に行ったら、シノもいいものを買ったらしく、にこにこしてわたしを待っていた。


忍「見てくださいアリス、こんなかわいいものと出会ってしまいました!」

 嬉しそうに差し出した手には、フランス人形が握られていた。

忍「この人形、髪をおろしたアリスにそっくりです!」


 シノはそう言って笑った。
 確かに髪は金髪で、わたしのみたいにウェーブがかかってたし、瞳の色もわたしと同じ、青色だった。


アリス「そ、そうかなあ……」


 でも、目がギョロギョロしてて、なんだか不気味な人形だった。
 着ているドレスの色も、ところどころムラのある赤色で、しかも薄黒い……
 なんというか、毒々しい色合いだった。


忍「ああ、何と愛らしい子なんでしょう!」

アリス「……」


 今から思えば、そのときシノはすでに、あの人形に魅入られてたのかもしれない。
 ただ、シノの感性が独特なのは知っての通りだし、そのときは特に奇妙には思わなかった。


忍「名前をつけなくてはいけませんね」

忍「アリス、金髪少女らしい良い名前はありませんか?」

アリス「そうだね……」


 エマ、ルイーズ、サラ、ロザリー、ロマーヌ、マエリス……
 フランス人形らしく、フランスでよく使われるような名前を挙げていく。
 10個ほど挙げたところで、あっ、とシノが声を上げた。

 
忍「そうです! 『アリス2号』にしましょう!」

アリス「名前挙げた意味は!?」


 その日から、シノは熱心に『アリス2号』をかわいがるようになった。

忍「髪をとかしましょうね、アリス2号」

忍「一緒にお風呂に入りましょう、アリス2号」

アリス「お風呂はダメだよ……」


 シノはその人形をひどく気に入ったようだった。
 一日に何度も手入れをしては、まるで人間を相手してるかのように話しかけたり、寝る時も人形を抱いて寝ていたほどだった。
 アリス1号が一緒に暮らしてるのにね。


忍「ごちそうさまでした!」

勇「忍、最近食べるの早いわね」

忍「アリス2号のお洋服が製作途中なので!」

勇「……アリス2号?」

アリス「……」
 
 そんなわけで、わたしはあんまり面白くなかった。
 一度勇に相談してみたけれど、


勇「あら、人形相手にやきもち焼いてるの?」


 なんてからかわれる始末。


勇「まあ、シノのことだし、どうせしばらくすれば飽きちゃうわよ」


 あっさりと返されたので、そういうものなのかも……とわたしも我慢することにしたのだった。

 ところが、日を追うごとにシノの人形への愛はエスカレートしていった。


アリス「シノ、いつまで起きてるの? もう0時だよ?」

忍「もう少し……お洋服が完成しそうなんです」

アリス「今週に入ってからもう三着目だよ?」

忍「まだ足りません……もっと作らないと」

アリス「シノ……」

 
 いつも10時には寝てしまうシノが、真夜中まで人形の世話をするようになった。
 更には宿題もやらずに人形の面倒をみたり、休みの日もずっとミニチュアの衣装を作ったり……


忍「聞いてくださいアリス2号、今日も学校でですね……」

アリス「シノ、わたしともお話しようよー」

忍「すみません、今2号と話してますので……」

アリス「……!」


 ここまで来るとさすがに、何かがおかしいと思った。
 いくらなんでも、人間より人形との会話を優先するなんて……

 わたしは、思い切ってシノを諌めることにした。
 愛おしそうに人形の髪をとかすシノに、声をかける。


アリス「ねえ、シノ? このフランス人形のことなんだけど……」

忍「アリス2号がどうかしましたか?」

アリス「はっきり言って、シノは人形の世話に時間を取られ過ぎだと思う」

忍「えーと……ふふ、もしかしてやきもちですか?」

アリス「そ、そうじゃなくて! だってシノ、この前また宿題やれてなかったよね?」

アリス「そういうの良くないと思う!」

忍「大丈夫ですよ。あのときの宿題はちゃんと、綾ちゃんのを写させてもらって提出しましたから」

アリス「『ちゃんと』に入らないよそれは!」

忍「でも、ほら……見てくださいこの子の金髪!」

忍「アリスの金髪にも勝るとも劣らない魅力で……」

アリス「!」


 そんなの、『自分の魅力は人形以下』と言われたようなものだ。 
 さすがのわたしもカチンと来た。


アリス「わたしよりその人形の方が好きだって言うの!?」

忍「そ、そんなことは……!」

アリス「人形に時間を取られて、家族とも、わたしともまともに話せない……ちゃんと勉強もできない……!」

 
アリス「そんな人形、捨てちゃってよ!!」

忍「アリス……」


 そしてそのまま、わたしは部屋を出ていった。
 ちょっといじわるかな、とも思ったけど……
 そのときはそれだけ怒っていたし、シノがダメになってしまうのではないかと、本気で心配でもあった。


 それから半日ほどして。 

 シノと顔を合わせるのを避けてリビングにいたわたしに、シノがおずおずと声をかけた。


忍「どうやら私はまたしても、無自覚にアリスを傷つけていたようです」

忍「確かに、アリス2号のお世話をするのにかかりきりになって、アリスには構ってあげられませんでしたね……」

忍「ごめんなさい、反省します」

アリス「……シノ」


 意外にも、シノは素直に謝ってくれた。
 そうなると、わたしとしてもそれ以上責め立てる気にはなれない。


忍「約束します。これからはアリスと過ごす時間も大事にして、勉強もしっかりやると」

アリス「シノ……ありがとう」

忍「ですが……」

忍「アリス2号への愛もまた、嘘偽りのないものなのです」

忍「どうか、捨ててしまうのは勘弁してもらえませんか……?」


 やるべきことをちゃんとやるのであれば、人形に対してはどうこう言うこともできない。
 元より、感情が高ぶって思わず出てしまった言葉だし、人形を家に置いておくことはあっさり承諾したのだった。



 ……思いかえせば、それが最大の間違いだったのかもしれない。

 その2日後のこと。
 
 シノはちゃんと約束を守り、勉強時間も、わたしとの時間もちゃんととるようになっていた。
 人形の世話は相変わらず毎日やっていたけれど、かける時間は常識的なものになっていたと思う。
 今までの生活に戻るのも、時間の問題だと思えた。

 そんな中、わたしとシノが部屋で英語の勉強をしていると、顔色を悪くしたイサミが入ってきた。


勇「忍、ちょっといい?」


 強ばった表情。
 何かよくないことがあったんだっていうのが一目でわかった。


忍「ええ、なんでしょう?」


 イサミとシノは部屋を出ていき、廊下で何やら話し始めた。
 抑えた声で聞き取り辛い会話だったけれど、どうもシノの親戚に不幸があったらしい、ということはなんとか分かった。


忍「すみませんアリス、今から親戚のお通夜にいかなくてはならないのですが……」

忍「アリスはどうしますか? 一緒に行きますか?」

アリス「えーと……」


 わたしにとっては会ったことも無い、言ってしまえば無関係の人のお葬式。
 立場上、わたしが参列する必要は無いし、むしろノコノコついて行ったって、なんだか浮いちゃうかもしれない。

 日本のお葬式に興味はあったから、ちょっと行ってみたい……とも思ったけれど、それは失礼に当たるような気がした。


アリス「ううん、お留守番してるよ」

忍「私たちは明日の告別式まで参列するので、今晩はアリス一人になってしまいますが……」

アリス「わたしだってもう17歳だもん、一人で留守番くらいできるよ」

忍「うーん……まあ、愛する子には旅をさせよ、とも言いますもんね」

アリス「シノの子じゃないけどね……」

忍「どうか、お気をつけて」

アリス「シノたちこそ、気を付けて行ってきてね」


 シノたちを見送ると、家の中は静けさに包まれた。
 もう家の外は暗くなっていて、蛍光灯の無機質な光だけが家の中を照らしてる、そんな時間帯。


アリス(そう言えば、一人で夜を越すのって初めてだよ……)


 日本に来てからは当然のこととして、イギリスでもそんな経験は無かった。
 そう考えると、だんだん不安になってくる。
 毎日過ごしてる家なのに、一人になると何故か不気味に感じてしまうのだった。

アリス(……勉強でもしようかな)


 何かに集中していれば、この不安感も紛れるに違いない。
 学校の課題も出ていたし、部屋で勉強に取り掛かることにした。


アリス「……」カリカリ


 けれど、いまいち集中することができない。
 『静かすぎるとダメなタイプ』とでも言うのかな?
 家族の誰かが家の中を歩く音とか、マムがご飯の用意をする音とか、そういう生活音が一切ないと、かえって気持ちがそわそわするのだった。
 聞こえるのは自分がシャーペンを走らせる音と、かすかな蛍光灯のブーンって音だけ。
  
 それに加えて、気になることが一つ……


人形「…………」

アリス(あのフランス人形、ずっとわたしを見てるみたいでやだな……)


 シノの人形が、ちょうどわたしを見つめるような、そんな向きで置かれていた。


 大きな丸い眼が2つ、ぎょろりとわたしを見つめている。
 
 愛情を注がれた物には『魂』が宿るというけれど、
 確かにその人形は、今にも喋り出しそうな、そんな雰囲気をまとっていた。


アリス(……って、考えすぎだよね)


 『幽霊の 正体見たり 枯れ尾花』
 なんて日本のことわざもあるくらいだ。
 変に怖がるからこそ、妙なものが憑いているような、そんな気になってしまうのだろう。


アリス(ちょっと、あっち向いててね)


 人形をそっと持ち上げ、顔が壁を向くように置き直す。
 これで視線も気にならない。


アリス(……立ったついでに、お茶でも入れてこよう)


 元気に鼻歌を歌いながら、お茶とお菓子を用意する。
 思えば、ホームステイに来て以来、完全な自由が許された夜なのだ。
 そう考えると、不安感が薄れ、むしろわくわくした気持ちが沸き起こってくるのだった。


アリス(冷蔵庫に鮭の切り身があったから塩焼きにして、あとは卵焼きと、煮物と……)


 晩ごはんの献立を考えながら、2階の部屋へと戻る。

 ドアを開けると……床に転がっていた人形と、目が合った。

アリス(人形はさっき、机の上に置いておいたはず……)


 置き方が雑だったのだろうか?
 そのせいで何かの拍子に落ちてしまった?

 
アリス(そうだよね、そうとしか考えられない)


 かすかに震える手で、人形をそっとシノの机に戻す。
 お茶を一口飲み、古典の教科書を開いた。


アリス(……枯れ尾花枯れ尾花)

アリス(集中しよう、勉強に……)


 どさり、と音がした。
 振り向くと、床に転がった人形とまたしても目が合った。

アリス「え……」

 
 一瞬思考が止まる。
 まさか人形が自ら……いや、そんなはずはない。


アリス(机が……傾いてるんだ……きっと)

アリス(それなら説明が……)


 わたしの机には、去年の夏祭りで手に入れたビー玉が入っている。
 引き出しから取り出し、シノの机の上に乗せた。
 ……ビー玉は動かない。

 思わず、足元に転がっている人形に目をやる。
 大きな青い眼が、わたしの顔をじっと見つめていた。


アリス(さっきは……『わたしの机から見て』目が合った)

アリス(ならどうして、『真上から見た』今、目が合うの……?)


 血の気が引くのを感じた。
 声にもならない声を上げ、慌てて部屋から飛び出す。

 さすがにそのまま部屋で勉強を続ける気にはなれず、わたしは1階のリビングに移動した。
 テレビを付け、少しうるさいくらいに音量を上げる。


アリス(さっきのは、一体……)

アリス(ううん、勘違いだよ、きっと)

アリス(多分、人形の置き方が雑だったんだ)

アリス(だから重心のバランスが崩れて、勝手に机から転げ落ちちゃっただけ)

アリス(別方向から見て目が合ったのは……人形の目が大きいから、どっちからみてもそう見えただけ、実際は微妙に視線の角度がずれてる)

アリス(それで説明がつく、よね)


 初めのうちはびくびくしていたけれど、その後は特に何事も起きなかったのと、明るいバラエティ番組をBGMにしたこともあって、恐怖心は次第に和らいでいった。


『山田くーん、座布団持ってってー!』

アリス「……あはは」


 晩ごはんを適当に自分で作り、片付けもすませるころには、さっきの出来事は心霊現象でもなんでもない、と確信するまでになっていた。

アリス(さて、そろそろお風呂にでも入ってこようかな)

アリス(着替えを部屋まで取りにいかなきゃいけないけど……まあ、大丈夫だよね)

 
 お腹が膨れると、安心感も増してくる。
 先ほど逃げ出してきた部屋へ行こうと、ソファーから腰をあげた……そのときだった。

 とたとたとた。

 天井の方から足音が聞こえてくる。


アリス「……?」


 気のせいかと、思った。
 あるいは、他の家の生活音が聞こえてきたのかと。
 けれど……

 とたとたとたとた。

 はっきりと、『上』から聞こえてきた。


アリス(この部屋の真上って言うと……)


 まさしく、シノの部屋だった。

アリス(いや、そんな……まさか、ね)


 身体が凍りつく。
 背中を冷や汗が流れていった。


アリス(……いっそ、カレンの家に泊めてもらう?)


 とても魅力的な選択肢に思えた。
 カレンの家なら、二つ返事でOKしてくれるに違いなかった。

 とは言っても、一応留守番を任されている身。
 その上、ホームステイ中の立場であることを考えると、ここで家を空けるのはやや無責任のように思えた。


アリス(カレンの家は、最終手段ってことにしよう)


 いざと言うときの逃げ場があるだけでも、少し元気が湧いてくる。


アリス(一応、確認してみようかな……もし何か異変があればすぐ逃げるってことで)


 リビングを出て、階段に足をかけた、その時。

 電話の呼び出し音が鳴り響いた。

アリス「いっ!」


 変な声が出る。
 玄関口の電話だ。

 取るべきか否か。
 正直、嫌な予感しかしなかった。

 しかしながら、大事な連絡である可能性もある以上、無視することもできない。


アリス(…………)


 迷った末に、わたしは思い切って受話器を取った。


アリス「……もしもし?」

忍『アリス! 元気にしてますか?』

アリス「シノ!」

 この世で一番聞きたかった声、と言っても過言じゃなかった。
 安心のあまり、わたしはほっと息をつく。


忍『一人にしてしまったので、やっぱり心配で……』

アリス「気遣ってくれてありがとう。こっちは……」


 問題ない、とはとても言えない状況だったけれど、
 かと言って『人形が動いてるかもしれない』なんて泣きついたところで、信じてもらえるわけもない。

 あるいは、わたしを心配するあまり、パパやマムに懇願してシノはこっちに帰って来ようとするかもしれない。
 それはそれで迷惑かけるし、わたしからしても色々と良くないことになりそうだった。


アリス「こっちは何も問題ないよ」

忍『そうですか……それは安心しました』


 だから結局、人形の件は何も言わないことに決めた。
 さっき言えなかったお悔やみの言葉だけ、ひとことシノに伝えた。

 そうして電話を切ろうとすると、


忍『ところで、一つ聞いてもいいですか?』


 おずおずとした声。


忍『一緒に寝ようと思って、アリス2号をカバンの中にいれたはずなんです』

忍『でもこちらに着いてから確認したらどこにもいなくって……』


 思わず、受話器を取り落としそうになった。


アリス「ああ……シノの部屋に置いてあったよ」

忍『本当ですか!? よかった……忘れてただけみたいですね』


 口の中がカラカラになるのを感じた。

 そうだよ、シノが忘れ物をするのは珍しいことじゃないんだから。
 自分に言い聞かせた。

 認めたくなかった。
 人形が勝手に移動したなんて。
 もちろん、現実的にそんなことがありえるはずがない。


忍『でも、変ですね……確かにカバンに入れたと思ったのに』

アリス「記憶がごっちゃになってるんだよ……毎日人形に触ってるからさ」

忍『そうかもしれませんね』


 では、明日の夕方には帰りますので。
 そうシノが言ってから、電話が切れた。

 その瞬間。

 がちゃり。

 2階の方から、ドアの開く音が聞こえた。

アリス「……」


 息が止まりそうになる。
 全身から汗が噴き出すのを感じた。


 とん。

 とん。

 とん。


 階段をゆっくりと、一段一段降りる音が、背後から聞こえてくる。


アリス「~~!」

アリス(に、逃げなきゃ……今すぐに!)


 どうして、強がってシノに助けを求めなかったのだろう?
 なんでもっと早くカレンの家に行かなかったのだろう?
 後悔に襲われるも、そんなことを考えている場合ではないと気づく。

 腰が抜けそうになるのをなんとかこらえて、玄関ドアに飛びついた。
 電話が玄関口にあることを、これほど感謝したことは無かった。


 とん。

 とん。

 とん。


 階段を下りる音が、少しずつ近づいてくる。

 腕に力が入らない。
 恐怖で崩れ落ちそうになる身体をなんとか持ち直し、ドアノブを押す。

 がつん。
 何かがひっかかる感覚。開かない。

アリス(…………!)


 そうだった、日本の家屋は引き戸だった。
 落ち着け、あとはドアを開けるだけなんだ。


 とん。

 とん。

 とん。


 がつん。
 またしても開かない。

 ああ、そうか、鍵がかかったままなんだ。
 落ち着け、落ち着け落ち着け、まだ間に合う、まだ間に合う

 鍵を回してもう一度ドアを押す。
 がつん。開かない。

 ドアを引く。
 がつん。開かない。


アリス(……!?!?!???!?!??!?)


 なんで?なんであかないの?
 
 がつん。がつん。がつん。
 なんでなんでどうしてだれかあけてあけてよはやくしないと

 
 
 とん。


 とん。

 とん。


『……つかまえた』


 背後から、声が聞こえた。

**


忍「アリス!」


 シノの声で目が覚める。

 いつの間に眠っていたのか……とぼんやりした記憶をたどり、人形に追い詰められていたことを思い出す。
 そうだ、結局あの後どうなったんだろう……?
 上体を起こそうとして、気付いた。


「……」


 身体が動かない。声も出せない。
 何が起こっているのか理解できない。
 

忍「アリス……やっぱりこの人形、捨ててしまうのですか?」

 浮遊感。
 目の前にシノの顔がある。
 
忍「さすがに捨ててしまうのはかわいそうな気もするのですが……」

 シノの胸が迫る。
 視界が暗転。顔に柔らかい何かを押し付けられる。
 どうやら、抱きしめられたらしい。
 パニックになりかけていた思考が、すこし落ち着く。

 だけど、どうして体が動かないのだろう?

「ダメだよ、シノ」


 聞き覚えのある声。
 ええと、これは誰の声だっけ?

 目の前が再び明るくなる。
 シノの隣にいるのは……


アリス?「言ったでしょ? この人形、やっぱり変なものが憑いてるよ」

アリス?「シノが電話くれたあと、すっごく怖かったんだから……」

忍「でも……」


 『わたし』だ。
 『わたし』がシノと話している。
 じゃあ、今動けなくなっているわたしは?

 そこでようやく気付いた。

 わたしの身体が、あのフランス人形になっている──

アリス?「それにね、シノ……やっぱりわたし思うんだ」

忍「何をですか?」

アリス?「……『アリス』は二人もいらないんだって」


 身体が人形になったことに気づくと同時に、一つ確信する。
 今シノと話してるのは、もともと人形だった『何か』だと。
 わたしと人形の中身が、入れ替わってしまったのだと。
 いや、『入れ替えられた』のだと。


アリス?「わたしがずっとシノの隣にいて、シノを支え続けるよ」

アリス?「だから……ね?」

忍「アリス……!」


 ダメだよシノ、騙されちゃあ。
 その子はわたしじゃないよ。

忍「……そうですね、アリスの言う通りです」

忍「これからは人間のアリスに全ての愛を注ぎます」

アリス?「シノ……嬉しいよ!」


 違う。違うよシノ。
 それは本物のわたしじゃないよ。


アリス?「じゃあかわいそうだけど、この『アリス2号』は処分しようね」


 乱暴に身体を掴まれる。
 関節がおかしな方向に曲げられ、激痛が走った。
 でも、声の一つもあげられない。
 
 助けて。助けてシノ。


忍「……?」

アリス?「どうかしたの、シノ?」

忍「いえ……人形の表情が、変わったような気がして」

忍「それより、今捨ててしまうよりはちゃんとしたお寺で供養してもらったほうがいいのではないでしょうか……」

忍「アリスの言うとおり、妙なものが憑いているのだとしたら……中途半端な処理の仕方ではいけない気がします」

忍「それに今日のところはもう学校に行かないと……」

アリス?「……」


 そうだよシノ。
 ここで捨てられてしまったらわたしは……
 必死で祈り続ける。
 シノに思いが伝わることを信じて。


アリス?「……大丈夫だよ、シノ」

アリス?「すぐに済んで、しかもきっちり処理できる方法があるから」

忍「?」


 『わたし』はわたしを掴んだまま、シノを連れて庭に出た。
 そして懐から取り出したのは……


忍「ライター?」

アリス?「うん……こうするんだよ」


 やめて。
 やめてやめてやめて。
 助けてシノ。
 助けて助けてお願い──



 あついあついあついあついよしの
 いたいよたすけてあついあついあついあつい
 あついあついあついよしのおねがいたすけて
 しのしのしのしのしのしの

 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああ

アリス?「……これで安心だよ、シノ」

忍「……」

アリス?「……やっぱりかわいそう?」

忍「……なんだか、悲鳴が聞こえたような気がして」

アリス?「人形の怨念かもね」

忍「……」

アリス?「でも大丈夫! 全部燃えてなくなっちゃったからね!」

忍「そうですか……」

アリス?「さあ、学校行こ! アヤたちが待ってるよ!」

忍「ええ……」


忍「それにしても……今日のアリスは、何だかいつもと違うような気がします」

アリス?「……」

アリス?「……大丈夫、わたしはわたしだよ」

ギュ

アリス「シノのことが大好きな……アリスだよ」ニコ


*****


アリス「……これでこの話はおしまいだよ」

綾「……」

アリス「シノみたいには上手く話せなかったけ
ど……どうかな?」

綾「え……え……続きは? アリスはどうなったの?」

アリス「続きは無いよ。これでおしまい」

綾「で、でも……」

アリス「……」

綾「……」

アリス「ぷっ、くすくす」

綾「……っ!」ビク

アリス「やだなあアヤ、ただの作り話だよ?」

アリス「だって、常識的に考えてありえないでしょ?」



アリス?「人間と人形が入れ替わる、なんて」

**


陽子「……で、その結果があれか」

綾「……」ビクッ

アリス「アヤ、ホントにあれは作り話だから……」

綾「こ、こないで2号!」

アリス「」

忍「すっかり信じ込んでますね……」

陽子「将来詐欺とかにあっさり騙されそうで心配だよ……」

カレン「そこはほら、ヨーコが末永く守ってあげないと!ウリウリ

陽子「な、なんだよ?」

忍「それにしても、アリスも語り部の腕を上げましたね」

アリス「いやいや、シノの怪談に比べたらこんなのお遊びだよ?」

カレン「私、シノのこわーい話聞いてみたいデース!」


アリス「え……いや、シノのはホントに怖いよ……?」

忍「カレンのリクエストとあれば答えない訳にはいきませんね」

忍「……これは私が昔体験したことなのですが──」


 
 その後、たまたま教室にいたクラスメイトや、シノの話聞きたさにやってきた近くのクラスの子たちも含め、
 シノの怪談を耳にした三十名余りの生徒が恐怖のあまり集団パニックを起こす大惨事になったとさ。


アリス「シノすご~い!」


END

ホラーきんモザssが読みたかったから書いた
誰かお願い

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