見上げてごらん、夜空の星を【高森藍子】 (15)


以前の続きのようなものです。
色々とオリジナルが入っています。

表通りの喫茶店【高森藍子】
表通りの喫茶店【高森藍子】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1452956219/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1471230065


「流星群を見に行こう、ね……」

 エンジン音に混じって、無線から呆れたような声が聞こえてきた。

「やっぱり不満か?」

「そうじゃないけど。というか、高速走ってこんなところまで来たら諦めがつくし」

 こんなところ、という言葉に視線だけを辺りに巡らせると、見事に山しか見えない。

「まあまあ、縁ちゃん。つまらなかったらすぐに帰るから、ね?」

「すぐ、って距離でもないと思うんだけどなぁ……そもそも、なんでバイクで来てるの?」

 ほとんどぼやくような口調の縁は、藍子の後ろに乗っている。
 その後ろを走っている俺のバイクにはキャンプ用具が山積みだ。

「あの車はお店のだからね。場所が場所だから公共交通機関は使えないし?」

「いつもはそんなこと気にしないで使ってるくせに。主にお母さん」

「そんなことあったかなー……?」

「はぁ……お母さんもなにを考えてるんだか……」

 娘に呆れられるのはどうなんだ。藍子からの返事はなく、少し気まずい沈黙が流れた。

「藍子、次の交差点右」

「あっ! はい」

 ライトに看板が映り込む。
 一応声をかけると、驚いた声が返ってきた。
 たぶん落ち込んでて見逃してたな。

「天文台?」

「そうそう。ここが目的地だ」


 駐輪場にバイクを停め、スタンドを下ろす。
 で、荷物を載せてるせいでそこまで足が上がらないんだけど。これ、どうしようか。
 乗った時と同じように、無理矢理跨ぐしかないかな。
 それじゃあ、せーのっ。

「お、っと」

 結局、着地で転びそうになった。

「なにしてるの?」

「いや見てたらわかるだろ!? 荷物のせいだって!」

 態勢を整えると同時に、縁の容赦ない言葉が突き刺さる。これ、やっぱり効くな。
 横を見ると、藍子と縁はもうヘルメットを脱いでいた。

「とりあえず、これ降ろすの手伝ってくれ」

「はい」

「うわぁ、夏なのにけっこう重装備」

 テキパキと固定を外していく藍子の横では、縁が毛布を手に取って眺めていた。

「それくらい必要になるんだよ。空いたところに載せてしまうから、ジャケット脱いで」

「うん、わかった」

「こっちは終わりましたよ。それから、これもお願いします」

 縁とジャケットを脱いでいると、藍子が声をかけてきた。
 積んできた荷物は全部降ろせたようだ。自分のジャケットを差し出している。

「お父さん、はい」

「はいよ。んじゃ、ジャケット載せてメットかけて……」

 空いた座席にジャケットを重ねて固定する。ヘルメットも座席の横にかけた。
 地面に置いてある荷物を担いでいく。

「2個は持ちますよ」

「じゃあ私は、シート?」

「そっちは頼む。よし、行こうか」


 天文台の外を半周ほど歩くと、天文台の入り口に到着した。そのまま館内に入る。

「屋上にでも行くの?」

「いや、ここは中を通るだけ」

 観測会が開かれるのは裏の広場だ。今日は館内を通って行くようになっていた。

「あれは望遠鏡? じゃあこっちは?」

 ロビーには古い機材が展示してあった。
 縁がその中の一つ、人が入るくらいの大きさのカプセルのような機械を指差して尋ねる。

「あれは昔使われてたプラネタリウムの投影機だよ。あの形はモリソン型ってやつ。説明が書いてあるからよかったら見て行くか?」

「うん、少しだけ」

 そう言って、縁が投影機に近づいていく。俺と藍子もその後を追った。
 縁は性能と簡単な説明が書いてあるプレートを流し読みして、投影機を上から下まで一通り眺めた後、こちらに振り向いた。

「綺麗だけど、よくわかんないかな」

「だろうな。動いてるとこが見れたらまた違うのかもしれないけど」

 こういう古い型の投影機を使っているところはもう少ない。
 縁もプラネタリウムには行ったことがあるけど、もっとコンパクトな球状の投影機しか見たことがないはずだ。

「外に出る準備はできてるよな?」

「たぶん……あっ、そうだ。縁ちゃん、外に出たらライトはこれを使ってね」

 そう言って、藍子が縁に小さいライトを渡した。

「……? 光が赤い?」

 縁がスイッチを入れて、点いた光を見て首を傾げる。
 薄暗い館内では、拡散する赤い光がよく見えた。

「縁は暗さに目が慣れるまでどれくらいかかるか知ってるか?」

「ううん、知らない」

「だいたい30分から1時間くらいだ。逆に明るさに慣れるのは1分くらい。で、赤い光を使うのは暗さに慣れた目を壊さないからってこと」

「そっか。普通の光を使ったら周りの人にも迷惑だよね」

「よくできました。偉いぞ」

 縁の頭を撫でると、すぐにその手を叩き落とされた。

「痛っ……」

「もう中学生。子供じゃないんだから……」

 けっこう本気でやったな、こいつ。

「……ふふっ」 

「お母さん?」

 俺と縁の横では、藍子が顔を背けて肩を震わせていた。

「ごめんなさい、そうだよなーって思っただけで……すー、はー……ふぅ」

「……お父さん、早く行こ」

 縁が手首を掴んで引っ張ってくる。
 縁は初めて来るところだけど、案内板が立っているから迷うことはない。そのままロビーからホールを通って、外に出た。


「わぁ……」

 時刻は夜の8時。広場では既にたくさんの人が芝生の上に寝て空を見上げていた。
 月明かりと、天文台の建物や周囲の住宅から漏れる光の他にはなにも明かりがない。
 ここまで暗いと、広場に居る人は黒い人影にしか見えない。

「ちょっと場所取るの厳しいか……?」

「どうでしょうか……建物から離れた場所なら空いてるかもしれませんよ?」

「だといいな。縁、危ないからライト点けて。藍子も」

「うん」

「はーい」

 石畳の部分は通路として空けてあるから、移動はしやすい。
 広場の入り口近くから見て回っても、芝生の中に空いている場所はほとんどなかった。

「これは遠くまで行かないと駄目か」

「その分建物から離れて空が広くなりますから……同じことを考えてる人がたくさんいたら埋まってるかもしれませんけど」

「どうかなぁ、家族連れが多いからそこまでガチな人は居ないと思うけど」

 通路の突き当りまで行って、横に折れる。

「ちょっとは人が減ってきたかな?」

「そうですね。これなら見つかりそうです」

 広場の端の方まで来ると、人はまばらになってきていた。

「あそこなんでどうですか?」

 藍子が指さした場所は、3人で寝ても十分すぎるほど広いスペースだった。

「そこでいいか。縁、まずはシートを敷くぞ」

「向きはどっち?」

「南西を頭にして北東を向きたいから……みんなと同じ向きでいいぞ」

「わかった」

 縁がシートを広げる。その上に荷物を置いて、端を整えた。
 シートの上には寝袋を2枚繋げて置き、枕を並べる。


「この上毛布まで用意してあるの? 夏なのに暑くない?」

「と言っても、山は寒いしこれから気温も下がるぞ」

「言われてみれば、ちょっと肌寒いかも。早く入ろ?」

 縁が先に寝袋に潜り込んだ。俺と藍子も縁の両隣りに入る。
 縁が小さい頃はこうやって寝ていたから、かなり懐かしい。

 空を見上げると、月の明かりがあるにも関わらず数十個の星が輝いていた。
 街中ではここまでの星が見えることはないから、縁も楽しめるだろう。
 そう思って横を見ると、縁は目を閉じていた。

「なんで目を瞑ってるんだ?」

「せっかくだから一番綺麗な星空を見たいの。暗いところに慣れるのに時間がかかるんでしょ?」

「いや、これくらいなら慣らさなくてもあんまり関係ないと思うけどなぁ。月も出てるし」

 そう言ったところで、空の端に流れ星が流れた。
 広場にどよめき広がる。

「えっ? なに? なにが起きたの?」

「小さい流れ星が見えたんだよ」

「縁ちゃん、そのままだと流れ星を見逃すよ?」

「うぅ……ずるい……」

 目を閉じたまま縁がふくれる。ややあって、小さく息を吐いた。

「見逃すのは嫌だし、しょうがないか」

 そう言って、ゆっくりと目を開ける。

「…………………………………………………………………………………………………………………………」

 縁はしばらくの間無言だった。

「すっごく綺麗……星って、こんなに見えるものなんだね……」

「街の明かりがないだけで、星空はこんなに変わるんだよ」

「うん、知らなかった」

 都市に住んでいると1等星しか見えないと言ってもいい。
 上弦過ぎの月が出ているが、それでも2等星か3等星までは見えている。
 こんな星空を初めて見た感動は言葉では言い表せないものだろう。

「あれがカシオペヤ座で、あれが北斗七星かな?」

 北東の空と北西の空の低いところにある、Wの形をした星座と柄杓のような形をした星座を指差す。
 カシオペヤ座は北半球の空の代表的な星座だ。おおぐま座の腰から尻尾に当たる北斗七星も同様によく知られている。
 この2つはほぼすべての星が2等星で今日は月と反対側の空に昇っているため、はっきりと見えていた。

「それじゃあ、1、2、3、4、5……あれが北極星?」

「正解」

 カシオペヤ座と北斗七星は北極星を探す目印に使われることが多い。
 現在の北極星であるポラリスはこぐま座の一部だが、暗い星が多く星座は見えない。


「みなさん! まもなく北西のあちらの方から国際宇宙ステーションが見えてきます!」

 縁と北の空を眺めていると、拡声器を使った声が聞こえてきた。
 その声に、広場のほとんどの人が一斉に北西の空を向く。
 しばらくして、一際大きく明るく光るオレンジの球が空に昇ってきた。

「宇宙ステーションって見えるんだね。知ってた?」

「知ってはいたけど、今日見れるとは思わなかった。見るのも初めてだ」

「私も、そこまでチェックしてなかったよ」

 話しながら、視線を北の方に巡らせた。
 国際宇宙ステーションは飛行機よりも速いスピードで空を進んでいく。

「じゃあ今日はラッキーだったね。他にも特別なものが見れて」

「本当にな。あとは流れ星が見れたら文句なしだな」

「それは大丈夫だよ。だって今日は流星群だもん」

 自信満々に言い切る縁が微笑ましい。
 それでも、数分にひとつの流れ星が観測されるのが流星群だ。

 特にペルセウス座流星群の活動は活発で、三大流星群のひとつに数えられるほどだ。
 よほどのことがない限りはひとつも流れ星を見れないなんてことは起こらない。
 今日の天気は快晴で、広域で見ても周囲に雲は無し。観測できなくなる可能性は万に一つもない。

 そうしている間に、宇宙ステーションは東の空に沈んでいった。

「そうだな。じゃあ、ペルセウス座流星群について簡単に教えておこうか」

「うん、お願い」

 どうやら天文台の解説は8時前で終了したようだ。
 壁にプロジェクターで簡単な解説や注意事項を載せたスライドを映していたけど、あれを見るよりは直接話した方が早い。

「ペルセウス座を中心に四方八方に流星が流れるからペルセウス座流星群って名前で呼ばれてる。ペルセウス座は今カシオペヤ座の向こうにあって、これから昇ってくるところだ。だから、北の空を中心に東も西も広く眺めるようにした方がいい。あくまで流れ星の跡を伸ばしたらペルセウス座で交わるってだけで、東や西に流れることもよくあるから。こんなところだけど、大丈夫か?」

「大丈夫。見れればなんでもいいから」

「まぁそうだよな。まだひとつも見れてないんだし」

「慣れるまでは大変だから、無理はしないようにね。コツは星座や明るい星に気を取られないように集中することかな? ボーっと見てたら明るい星を見つめてて視界の端で流れてるのに気づかなかった、なんてこともあるから」

「それに、月も出ててかなり明るいから、目に見える流れ星は5分に1個あればいい方かもな。退屈かもしれないけど」

「わかった。頑張ってみるね」


 無言で空を眺めること10分ほど。

 不意に北から南に向かって真っ直ぐに、大きく明るい流星が星空を割った。
 太さも明るさも、1等星の数倍はある。流星痕はくっきりと残って、周囲に粉のような光が散っていくのが見えていた。

「「「おぉ~~~~~~」」」

 3人の声が重なる。それだけではなく、広場全体から歓声が上がる。
 流星痕が消えると、広場が拍手に包まれた。
 周囲では興奮した様子で囁きが交わされている。

「すごかったっ! 下から上にスッ、って流れて! あんなのが見れるの!?」

 縁が服の袖を引っ張りながら訊いてくる。
 ここまでテンションが高くなっているのは相当珍しい。

「あそこまでのやつは今日もう1個見れるか見れないかだと思うぞ」

「あんなのは今までに何回も見たことがないし、縁ちゃんは初めて見たのがあんなに綺麗な流れ星でよかったね」

「そうなんだ……でも、流れ星は綺麗だったから。今夜はしっかり見てみたい」

 縁は魅入られたように空を見つめている。

「まだあっちの方に月が出てるからあんまり星が見えないけど、縁さえよければ月が沈む頃にはもっといいところに連れていくよ」

「それって、何時頃?」

「だいたい0時だな」

「そっか。今日の夜と明日の全部の予定を空けておけって言ってたのは、このためだったんだね」

 納得したように何度も頷く。

「遅くなるけど、行ってみるか?」

「行ってみたい……けど、徹夜で帰るのは無理だよね……」

「大丈夫。それに明日はお休みなんだから、そのまま朝まで寝ちゃってもいいんだよ。ちゃんと毛布とかいろいろ準備して来たから」

「うん、じゃあ行きたい。行く」

 乗り気になってくれたようでなによりだ。

「それまでは、ここで流星群観測だね」


 天文台主催のペルセウス座流星群観測会は22時で終了した。
 2時間で観測できた流星は10個ほど。
 その中ではやはり最初の光度を超えるものはなかった。

 小さく短い流星ばかりで待っている時間の方が長かったが、縁は楽しんでいたようだ。

 その後は近くのコンビニで時間を潰して、現在の時刻は0時前。
 今していることと言えば……。

「ちょっと急ぐか?」

「えええええ速いですって! もうちょっとゆっくり行きましょうよ!」

「あはははっ! お母さん! GO! GO!」

 街灯もほとんど無いような山道を走っていた。

「でもあとちょっとなんだよなぁ」

「だからゆっくりでいいじゃないですか! こっちには縁ちゃんも乗ってるんですよ!?」

「む、それは聞き捨てならない」

「違うからね? バイクって普通は2人乗りしたら曲がりづらくなるってだけで、一般論だからっ」

 深夜とは思えないテンションで走行すること暫し。着いたのは明かりのない小さな駐車場だ。

「ここ真っ暗だね。でも、ちょっと人が居る?」

「あんまり知られてないところだからな」

 小さな山の山頂につくられたバンガローや広場には20人くらいの人影が見えた。
 田舎にあって行くのに時間がかかり、特に標高が高いわけでもなく、宿泊施設も豪華ではない。
 そういうわけで、ここに来るのは地元の人かわざわざ今日に合わせて宿泊の予約を入れた物好きくらいだ。

 そんな場所にあるから広場からは民家の明かりすら見えず、ここに居るのは流星群観測に来た人ばかりだからバンガローや街灯は切ってある。
 完全に暗闇に覆われていて、ただ星が見たいだけなら最高の環境だ。


「ちょっとこっち照らしてくれるか? 暗くて紐が見えない」

「これでいい?」

「おう、ありがとう」

 縁が傍で手元を照らしてくれる。

「私も手伝いましょうか?」

「藍子もライトを頼めるか?」

「わかりました」

 少しして、明かりが増える。これなら普通に外せそうだ。

「それにしても、うちにこんなライトもあったんだね」

「昔こうやって星を見に行ってた時に使ってたの。縁ちゃんの分は今回新しく買ったけどね」

 どれにしようか散々迷ったのももう10年以上前のことだ。慣れていなかったころを思い出すと懐かしくなってくる。
 今日2度目ということもあって、荷物はそれほど時間をかけずに降ろし終えた。

「あとはこんなのも使えるぞ」

 そう言って、30cmくらいの棒をバッグから引き抜く。

「なに? それ」

「みくライト~」

 スイッチを押すと、ペンライトが赤く光る。側面にはネコミミと尻尾をつけた人のシルエット。

「たしかに赤いけど……赤いんだけど……」

「あ、あはは……」

 縁には微妙に受け入れられないことらしい。
 藍子とは昔、吊るして読書灯のような使い方をしていたから今更だ。


 駐車場から広場の方に歩いていく。
 ここの芝生の上には人がまばらで、どこでも好きな場所を取れそうだ。

「ここら辺でいいよな?」

「いいと思いますよ。他の人達からかなり離れてますし」

 広場では人が等間隔で散らばっていた。その間の適当な場所を選んだ。

「シートの向きはどっち?」

「えーと、あれが北だから……あっちの向きにお願い。って、縁ちゃんはもう北極星がわかるんじゃ……」

「わかるけど、上は見ないの」

「ああ、なるほど。じゃあ早く準備しちゃおうか」

 シートの上に寝袋を置いて、今度は中に毛布も入れる。
 時刻は0時を回り、ずいぶん寒くなって来ていた。
 3人で寝袋の中に入ったが、まだ縁は目を閉じたままだ。

「縁ちゃん、もう見ていいよ」

 藍子の言葉に、縁がゆっくりと目を開く。

「わぁ…………………………」

 小さな感嘆の声を漏らして、空に手を伸ばした。

 月は西の空に沈み、肉眼で見える限界の6等星までの星、数千個が目の前に輝いている。
 さっきは見えなかった天の川も北東から南西に空を横断しているのが見えた。
 今まで見ていた空とは星の数が、空の近さが違う。
 何度見ても圧倒される、雄大な宇宙が広がっていた。

 カシオペヤ座を追ってペルセウス座が北東の空から昇ってきている。
 辺りが暗いからか放射点が高くなったからか、少なくとも数分にひとつの流れ星が空を駆けていた。


「来て、よかった。ありがとう」

 10分ほど経っただろうか。
 上げていた腕をゆっくりと下ろして、縁が呟いた。

「その言葉が聞けただけで十分だ」

「どう? 楽しかった?」

「うん! あ、今って夏の大三角も見れるのかな?」

「今だと…………真上にあるな」

「ええと……あれが、はくちょう座? デネブ? じゃあベガがあっち? アルタイルは……」

 縁がちょうど真上、天頂に位置するはくちょう座とデネブを指差す。
 続いて、すぐ西にあるベガも。

「ベガのそこそこ下だ。ほら、あの辺に」

「あった!」

 わし座のアルタイルはデネブとベガからは少し離れている。
 ベガとアルタイルは織姫と彦星としても知られていて、ちょうど天の川の両岸に位置している。

「はくちょう座が見えるってことは……うちのお店の星も見えるの? アルビレオも」

「あれは、はくちょうのくちばしだから……デネブから天の川に沿って南西に行ってごらん」

「……あれ、かな? あんまりよく見えないね」

「縁ちゃん、これ使ってみて」

 横から、藍子が双眼鏡を渡した。
 天体観測用のものだから、これならはっきりと見えるはずだ。
 縁はその双眼鏡を使うのは初めてだったから、藍子が目幅合わせやピント合わせを手伝った。

「……探しにくい」

「低倍率から上げていくといいぞ。ゆっくり合わせな。星は逃げないんだから」

「うん…………………あっ、見つけた」

 縁が双眼鏡を固定して、倍率を上げて調整をしていく。

「本当に、星が2つあるんだ…………」

 はくちょう座β星、アルビレオは金色の3等星と青色の5等星が寄り添っている二重星だ。
 明るく色が鮮やかで美しいため、かなり有名な星のひとつだ。

 俺たちが跡を継ぐ前からこの名前で、金色の主星はそれ自体か連星だったり、由来を訊くと長い惚気話が始まるわけだが……。


「ねぇ、今日はなんで私を連れてきたの?」

 しばらく他の星も見た後、双眼鏡を目から外して訊いてきた。
 チラリと藍子と目を合わせる。

「縁ちゃんにこんなイベントの楽しさも知ってほしかったってことが半分かな」

「うん、楽しかったよ」

「縁ちゃんは遠出とかにはあんまり興味がないみたいだったから。誰に似たのか知らないけど」

「……昔から藍子には付き合ってただろ」

「私も今日の最初はお父さんとお母さんに付き合ってただけだったし。じゃあこれもお父さんに似たせいだよね?」

「もう、そうやってすぐ引きこもろうとするんだから……」

 拗ねたような藍子の言葉に、縁と二人して笑う。

「もう半分は、縁と一緒に過ごしたかったからだ。中学生になって段々時間もなくなってくるだろうし」

「それは……うん……」

「たまには中学生になったから出来ることも一緒にしたかったんだ。こんな夜中に出かけることなんて今までなかっただろ?」

「初めて、だね。これからこんなことも出来るんだ。世界って、広いな……」

 茫然と星を眺めて、呟く。

「今まで近くだけで満足してたけど、こんな風に遠くに来て、いつもと違う景色を見るのも……楽しいね。もっと、いろんなものを見てみたい」

 縁が興味を持ってくれたならなによりだ。
 このままだと、昔の藍子みたいになるかもしれない。

「……ねぇ、お父さん、お母さん。また、連れてきてね」

「ああ、もちろん」

「ふふっ、いつでも歓迎だよっ」

以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
星空を眺めるなんて十数年していなかったので、今回の流星群をきっかけにして久々に見れてよかったです。綺麗でした。
ただ、天文台の方は家族連ればかりでぼっちにはきつかった……

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom