北条加蓮「ねぇ、志希。失踪、しちゃおうか」 (13)


※登場アイドル
北条加蓮
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一ノ瀬志希
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※短め(7レスの予定)、ダイマ注意

※デレステのストーリー25話(Hotel Moonside)
 31話(薄荷)33話(秘密のトワレ)を見てるといいかも

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「医科歯科大行きで、お願い」

タクシーの運転手さんは、志希の断片的な言い方だけで私たちの行き先を察して、車を出した。

「あの病院、そんなんで通じるんだ」
「うん。『医科歯科大』ってあそこしかないんだって」

ふーん、知らなかった。自分が昔お世話になってた所なのに。
ま、私は入院してた側だから、知らなくてもしょうがないよね。



私と志希は、アイドルのお仕事として、とある大学の学園祭にお呼ばれしていた。
プロデューサーのスケジュールがかみ合わず現地の合流となって、
私たちだけで現場へ向かうために、タクシーを頼んだのだけど。

タクシーが行く幹線道路は、普通の車もトラックもバスもごちゃまぜに詰まってて流れが悪かった。

「大きな道路で、事故でもあったのかな。間に合うかしら」
「あたしが遅刻したら“また失踪したか”なんて思われちゃうかな」
「それは、私もいるから大丈夫でしょ」
「さすが。プロデューサーに“ちゃんと居るだけいいでしょ”って言っただけあるねー」
「……こいつめ」

運転手さんは裏道を探してくれているようだけど、予定通りに着けないかもしれない。
ホント、この仕事もいろいろケチがつくもんだ。




最初に、このお仕事のことを聞いたとき、私は内心“うわぁ”とため息をついた。
行き先の大学は医科歯科大学で、仕事場のキャンパスには、大きな附属病院がくっついてた。

その病院は、なんと私が昔長いこと入院してた病院だった。
顔見知りのナースさんとかもいるよ。

“あの病院の仕事だからって私を使うとは、ちょっと安直じゃない?”
と、私は内心あプロデューサーへ毒づいた。
まぁ、拒否るのもコドモっぽいから、やるんだけど。



それと、今回は私の他にもう一人、医科歯科大に寄越されたアイドルがいる。
前に一回だけ、私とお仕事で一緒になったことがある子――ケミカルアイドル・一ノ瀬志希だ。

JKの制服の上に白衣を羽織って、マッドサイエンティストを演じるこの子は、
今、私の横の座席で、窓の外をぼーっと見ている。



志希は、私が見ているのに気づいているのかいないのか。私には判別がつかない。
ただ、流れの悪い道路を、無言で眺めるまま。

私はそんな志希が、いつもと違う意味でヘンだと思った。
前のお仕事では、主役だった奏が逃げ出すくらい、話の食いつきが良かったのに。
少なくとも、こんな退屈な空間で大人しくしてられる子じゃないのに。



私と組まされてるということは、志希もあの病院に何かゆかりがあるのかな。
それで、私と同じように思うところがあるのかも。

「志希は、今日は白衣着るの? 場所が場所だし、私も着たほうがいいのかな」
「ううん。いつもの白衣は、ナシ。病院だもん。お医者さん以外が着ちゃダメだよ」
「ま、それもそうなんだけど」

言うことはもっともだけど、ケミカルアイドルが白衣脱ぎ捨てちゃうかぁ。

そのせいかも知れない。とにかく何だか、調子が狂ってる。
私は志希のこと、そんなに詳しくない……けど、ぎこちない感じがする。






また、会話がふっつりと途切れた。
志希は相変わらず窓の外に視線を投げ出してる。

志希の横顔を見ながら、私はふと別の可能性に思い当たった。
最初は、私があの病院について思うところがあるから志希もそうなのかな、なんて思ってたけど。
志希のテンションがアンニュイな原因は、別の原因があるんじゃないか。

例えば、一緒に組まされてる私、とか。



あり得なくもない。

志希は、悪気は無いにしてもちょっと飛んでる子だから。例えば、私と初めて組んだお仕事。
奏がメインのステージのバックダンサーで、志希は奏とも絡んだんだけど、
興味本位で深いところまで一気に突っ込んで、奏に距離取られちゃってたっけ。

ああ、それかも。

自分で言うのもなんだけど、私、奏とちょっと似てるところがあるし。
今はタクシーの車内で、あのときの奏みたいにすーっといなくなることができないし。
不用意なところに踏み込まないよう控えてるのかな。



いや、でも。

前に比べれば、私もめんどくさくない子になったつもりだったんだけどな。



「志希は、前に医科歯科大行ったことあるの? 慣れてる風だったけど」

私が切り出すと、志希は窓から私の方に目線をずらして、ちょっとびっくりした顔をしてた。

「私はね、前に体が弱かった頃、あそこにちょっとお世話になってたんだ。
 だからかなのか知らないけど、私に行かせるとか、プロデューサーも安直だよねぇ」

プロデューサーへの愚痴めかして、私は自分の過去を少しだけ語る。

「どうかな。簡単そうな理屈の裏にも、案外もっと深い意味があるのかも知れないよ?」



「意味、ねぇ」

志希の予想しなかった答えに、私は少し間を置いて空返事する。

私、意味とか理由とかそういうの突き詰めて考えるのは、あまりスキじゃない……と思う。
少なくとも、追求しなくてもいいことはあるハズ。

「私だったら、“もう、プロデューサーったらしょうがないな”で済ませちゃうけど。
 志希は気になっちゃう感じ? 化学者の性分ってヤツかな」

私のイメージだと、白衣を着た人は、
とにかくいろんなこと、それこそどうしようもないことにさえ理屈をつけたがる人種だ。
医者と化学者を一緒にしていいかはわからないけど。

「性分――そうかもね。
 化学者ってロマンチストだから、ホントはなんでもないコトも、
 何か意味があるんじゃないかって、つい深読みしちゃうんだ」



やっぱり、まだ志希は気にしてるのかな。

「ま、加蓮ちゃんとあたしが一緒な理由、思ってたよりマシだったかな」
「思ってたより?」

「だって、さっきからじーっと見つめられてたから、
 加蓮ちゃんはてっきりあたしが失踪しないための監視役だと思ってたよ」
「イヤだよ、そんな役目」

もしそうだったら、腹いせで志希と一緒に失踪してしまうかも。




「加蓮ちゃんは、白衣って着たことある?」
「お医者さんごっこしたときに着せてもらった覚えがあるかな。それぐらい」
「お医者さんごっこ?」

志希が妙に良い食いつきしたので、私は言葉を足した。

「ちっちゃい頃の話だよ。
 ムリ言って、お医者さんから白衣と聴診器借りて、お母さんを患者役にして……」

すると志希は、意味深なことを言い出した。

「あぁ、あたしもやった覚えがあるね。
 ごっこだから、病気は治せなかったけど」



私は返事に困った。
言い回しに、含みがありありと見える。

いや、“病気が治る”とか“治らない”とか、
そういうワードで私が勝手に反応してるだけかも。



私が黙ってると、今度は志希が口を開く。

「加蓮ちゃんはさ、あの病院に昔入院してたんだっけ」
「うん、まぁ。それなりに」
「なら、あたしはその逆だね」

逆って、何さ――と私は言いそうになった。
聞いていいかどうかわからないから、言葉に出ないよう押し留めた。

でも、顔には出ちゃってたみたい。

「あの病院、あたしのママが入院してたんだ。
 最初は岩手の病院だったけど、どうにもならなくて、東京に転院したの。
 あたしも日本に居た頃は、お見舞いに通ってたんだ。なーんにもできなかったけど」





「……加蓮ちゃん?」

私は、隣の座席に投げ出されてた志希の手を取った。

「ねぇ、志希。失踪、しちゃおっか」
「加蓮ちゃんったら、あたしのお株を奪いに来たね」

私は冗談半分、本気半分で志希に失踪を持ちかけてた。


「だって、さ」

これは、ないでしょ。プロデューサー。

プロデューサーが私たちのこと知ってて、あの病院へよこしたのか、どうか。
知ってたのなら趣味が悪い。知らなかったのなら頭が悪い。

ない。ない。とにかく、ない。
ちょっとぐらい姿を消してお灸を据えてやらなきゃ。



私が心中でプロデューサーへ嫌味をボコボコ投げつけてると、志希が私の手を握り返してきた。

「ねぇ加蓮ちゃん。失踪するときってさ、フツーはどこへ向かうか、考えないよね」
「……まぁ、目的地が決まってたら、それは失踪とは言わないだろうね」

「でも、あたしは……目的地を決めずエスケープするときでさえ、あの近くを通るのは避けてた。
 さっきまで、その理由を考えてたんだ。何であたしは避けちゃうんだろうな、って。
 だって、ママの病気とあの病院には、ぜんぜん因果関係ないのに」

志希は、自分の心のことなのに、不思議そうな口ぶりだった。
そりゃ、理屈の上では、その通りなんだけど……。



「失踪するときは、束縛を離れた自由の身なハズなのに、そこだけは自由じゃない……ヘンなの。

 で、加蓮ちゃんは、どう?
 病気してた頃のコトは、あまり思い出したくなかったみたいだけど」

……うわぁ。あのときと違って物理的な逃げ場がないのに、
私も志希も、勢い任せに深いところまで突っ込んじゃってる。
過去ってのは、伏せることはできても、無かったことにはできないものなのに。

そういえば、過去から逃げちゃダメって言われたこと、あったっけ……。



「私も、退院以来あそこには行ったことないけど、それは……」

それは……どうしてかな。



「……まぁ、ナースさんに『病院は用もないのに来る場所じゃないよ』って追い出されたし」
「ずいぶん素直で殊勝なんだね」

私は志希の手をつねった。

「いたいっ、いたいよ加蓮ちゃーん……」
「今のはアンタが悪いっ」

まったく……今まで志希のことはよく知らなかったけど、
この子もなかなかクセモノかもね。



「冗談はさておき……本音を言っちゃうとね。私のはたいした理由じゃないと思う。
 きっと、入院してた頃の、人生諦めて投げやりになってた自分がスキじゃないだけ」

坊主憎けりゃ……じゃないけど。
自分の過去、特に自分が認めたくない姿については、
それを思い起こさせるものや場所すら避けたくなる。

特に病院は……あそこは無力さにのしかかられることが多いから。

「じゃあ、あたしの話を聞いてなかったとしても、失踪した?」

でも……あそこは私にとって、それだけの場所じゃない。



「私がアイドルに憧れたのは……あの病院のテレビで見てたアイドルの姿からなんだ。
 だから……ま、アイドルのお仕事で行くんだし、堂々とあそこに舞い戻るつもり」
「そっか」

志希は、ネコみたいによく動く丸い目を閉じて、しばし沈黙した。
私は手を握ったままにした。離したら、志希がタクシーの中から消えてしまう気がしたから。


「……白衣」
「えっ?」

おもむろに、志希がまぶたを開いた。

「白衣、着るコトにするよ」
「あれっ、用意してないって言ってたよね」
「借りるっ。志希ちゃんが袖を通した白衣なら、じきに医科歯科大のお宝になるよ♪」
「志希、アンタ大物になるよ……」



私と志希は、タクシーが医科歯科大にたどり着くと、
先に着いてたプロデューサーに嫌味をたっぷりぶつけてスッキリしてからステージに立った。
おかげさまで、ステージは大盛況だった。

これなら、来年もまたいっしょに呼んでもらえるよね。



(おしまい)




(以下ダイマ注意)

祝・秘密のトワレのデレステ実装!

と思って浮かれてたら、ストーリーで志希ママ死亡説
「またデリケートな設定増やしやがったな」と思いつつ、とりあえず書く



志希のソロ『秘密のトワレ』を知らない人は下記をクリック
https://www.youtube.com/watch?v=wD3olymAvN0

加蓮のソロ『薄荷 -ハッカ-』を知らない人は下記アドレスより加蓮の「楽曲試聴」をクリック
http://columbia.jp/idolmaster/cinderella/COCC-16877.html



以下志希のMVスクショ
欲を言えば「清浄なる世界で……ごめんね」のくだりもカットしないで欲しかったが
入れるともっとフルコン難しくなりそうだからカットはしょうがないね

http://i.imgur.com/piJArO0.jpg
http://i.imgur.com/4ivEGxj.jpg
http://i.imgur.com/HxcFE6K.jpg
http://i.imgur.com/CLVWRUt.jpg
http://i.imgur.com/P7pchoP.jpg
http://i.imgur.com/9e3w9vT.jpg
http://i.imgur.com/k5hGY2u.jpg
http://i.imgur.com/bk12zIE.jpg
http://i.imgur.com/L1HKD3b.jpg
http://i.imgur.com/TkJvJ4P.jpg


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