男「きよしこの夜」 (20)

男(……1914年)
男(サライェヴォの銃声に始まったこの大戦争を、俺達はクリスマスまでに終わるだろうと信じていた)

男(華々しい戦場で、かっこよく武勲を立てて、故郷に凱旋して)
男(クリスマスにはロンドンの家族と豪華なディナーを食べて、静かな夜を過ごす)

男(クリスマスまでには帰って来る)
男(そう言って、実家を出た)

男(ところが現実はどうだ)
男(塹壕で泥に塗れ、300ヤードの無人地帯の先に陣取るドイツ人が何をしているのかをこそこそと見張り)

男(いざ突撃すれば敵の機関銃にバタバタと殺される)
男(虫を殺すみたいにあっさりと、家畜の屠殺みたいに惨たらしく)

男(敵陣の前に辿り着いても、鉄条網を切る間にまた機関銃に殺される)
男(俺達が戦争の前に想像した華々しい戦場は、いつの間にか消え失せていた)

男(一体誰だ、こんなクソッタレ戦争を始めたのは)
男(一体誰だ、これがクリスマスまでに終わるなんて言ったのは)

男(いつの間にやら今夜は……)
男「……クリスマスか」

英国軍曹「おい、交代だ。歩哨に立て」

男「はい」


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友「なぁ、男よ」

男「なんだよ」

友「この戦争、いつまで続くんだろうなぁ」

男「余計なこと考えんなよ」

友「そうは言ってもよ……」
友「クリスマスまでに終わる筈だったろ? 今日はもうクリスマスじゃねぇか」

男「来年のクリスマスには終わってるよ」

友「何だよ、それじゃもう1年この泥塗れで耐えなきゃならねぇのかよ」
友「あーあ……戦争さえ終わってりゃ今頃ワンズワースの実家でケーキ食ってたのによ」

男「黙れ」

友「へいへい」
友「気難しいドイツ人はクリスマス・イブに何をしてるのかなっと……」

友「……」
友「……なぁ、おい」

男「何だよ」
男「あんまり頭出すなよ。ブチ抜かれるぞ」

友「で、でもよ……あれ、見てみろよ……」

男「ああ?」

友「……あれ、何だろう」
友「ドイツ軍の連中、何立ててんだ……?」

男「光ってるな……」

友「あれは……」
友「クリスマスツリーだ……」

男「……見えんこともないが……」

友「……なぁ、何か聞こえないか?」

男「……」

「……Heil'ge Nacht……♪」

英国中尉「……何だ……?」

英国軍曹「ん、どうしましたか」

英国中尉「何か聞こえないか?」

英国軍曹「……」
英国軍曹「……歌、ですな」

英国中尉「やはり歌か……」
英国中尉「……ドイツ軍陣地からか?」

英国軍曹「そのようです」
英国軍曹「これは……」

「……Alles schla'ft, einsam wacht……♪」

男「『きよしこの夜』……?」

友「ドイツ語だ……」
友「ドイツ軍の連中が歌ってんだ……」

男「クリスマスツリーにクリスマスキャロルか……」
男「……粋なのは結構だが、罠じゃないか?」

友「ちょっとみんなを呼んでくる」

男「おい!」

英国兵A「おぉ、すげぇじゃん!」
英国兵B「あいつら歌上手いな!」

友「な、言ったろ?」

男「お前な……」

「Jesus, der Retter ist da♪」
「……」

英国兵C「……終わったな」
英国兵D「……家に帰りてぇなぁ……」

英国兵E「壕に戻ろうぜ」
英国兵F「寒いしな」

友「ちょっと待てよ、みんな」

英国兵A「なんだ?」

友「こっちも歌い返してやろうぜ!」

男「バカ言うな」

英国兵B「いいじゃねぇか」
英国兵D「その話乗った! 歌おうぜ!」

男「なっ……」

英国兵「きよしこの夜 星は光り♪」
英国兵「救いの御子は まぶねの中に♪」

英国兵「眠りたもう♪」
英国兵「いとやすく♪」

友「さて、どうかな?」

「Herrlich!」パチパチ
「Bravo!」パチパチ

友「へへへ、嬉しいね」

英国中尉「何の騒ぎだ?」

友「あ、小隊長殿」
友「ドイツ人達がクリスマスキャロルを歌っていたので、こちらも歌い返していたんです」

英国中尉「ああ、さっきの……」

英国軍曹「あのな……」

男「ん?」
男「おい、ドイツ兵が出てきたぞ!」

英国軍曹「全員配置につけ!」

ドイツ兵「……」テクテク

英国兵A「あ、歩いてくるぞ……」
英国兵B「……あいつ一人か?」

男「敵兵は敵兵だ、撃つしかないだろ」

友「撃つったって、お前……」
友「あいつ……銃持ってないぞ……?」

ドイツ兵「……」ピタ

英国兵C「……立ち止まった」
英国兵D「何する気だ……?」

英国中尉「50ヤードは離れてるな……何を」

ドイツ兵「……」
ドイツ兵「め……メリークリスマス!」

男「」
友「」

英国兵「」
英国軍曹「」

英国中尉「……え」

ドイツ兵「……」
ドイツ兵「……」

ドイツ兵「……!」
ドイツ兵「プ、プレゼント、フォーユー!」つチョコレート

英国兵「……」

ドイツ兵「……」

男「……」チキッ

友「……やめとけよ」
友「あれ、受け取って来る」

男「バカ言え、危なすぎる」

友「大丈夫だ、なんたって今日はクリスマスなんだからよ」

英国軍曹「おい、待て、友」

友「あ……」

英国軍曹「これを持っていけ」つウィスキー
英国軍曹「折角あちらさんがプレゼントをくれるんだ。何も持って行かないのは失礼だろう」

友「……!」

友「おーい! メリークリスマス!」

ドイツ兵「!」

友「ほら、ウィスキーをプレゼントだ!」

ドイツ兵「あ、ありがとう!」

友「いいってことよ!」
友「それじゃ、交換して、と……」

「「メリークリスマス!」」

英国軍曹「ふむ」

英国中尉「……大丈夫だったようだな」

英国軍曹「さて、俺も行ってこよう」

男「ちょ……!」

英国兵A「ずるいっすよ軍曹!」
英国兵B「俺も行く!」

男「……」
男「いいんですかね、中尉……」

英国中尉「……ま、仕方あるまい」
英国中尉「戦争中とは言っても、今日はクリスマスだ」

「俺の国の煙草だ。英国のもイケるが、こっちのも中々だぜ」

「メリークリスマス、ドイツの戦友」

「お、良い酒持ってんなぁ」

「うちの嫁さんだ。綺麗だろ?」

「シティ・オブ・ロンドンのアルダスゲート? 奇遇だな、俺も戦争が始まるまでその辺りで働いてたんだ」

「あ、その手帳探してたんだ……返してくれるのか? ありがとう……」

「故郷はウェストミンスター? 寺院が有名だよな、一度行ってみたいよ」

――翌朝

男(両軍の将校の合意の元、一時的な休戦協定が結ばれ、戦場掃除が行われた)
男(具体的には、お互いの陣地の間の無人地帯に転がる遺体の回収だ)

友「……」

男「あ、友……」

友「……捕虜になってりゃ良かったんだがな」
友「やっぱり、死んでたよ」

男「……お前の弟のことは残念だったよ」

友「いいさ、仕方ない。戦争なんだからな」
友「ダンケ、埋葬手伝ってくれて」

ドイツ兵「ああ、いいってことよ」

男「……」


男(後で知った事だが、この非公式の休戦は様々な戦線で見られたらしい)
男(戦線によってはサッカーの試合までしたという)

男(俺が居た戦線ではこの数日だけで特に大きな変化はなかったが)
男(戦線によっては年明けまで休戦が続いていたとも言われている)

男(この休戦で俺達英国兵もドイツ兵も殺し合おうという気になれなくなり)
男(当たりもしない弾丸が放たれるようになった)

――数日後

タタタタ パン パン

男「……」

カーンッ

友「おっ、また当てた」

男「……さっきから何やってんだ?」

友「敵に腕のいい奴が居てさ」
友「塹壕のふちに空き缶並べとくと必ず当てるんだよ」

男「へぇ」

友「どんな奴なんだろうな」

男「バカ、頭上げんな」

ビシッ

友「」

男「……友?」

友「」ドサリ

男「お、おい! 友!」
男「……クソッ、ドイツ野郎!」

――1917年

男「ああ、クソ、本当に蒸れるマスクだ……」

ピィィー

「総員着剣!」
「突撃!」

英国兵「「おおおおおー!」

男「うおおおおー!」

ダタタタ タァン タァン
ドカーン

男「ぬおっ」ズザザザ
男「いてて……ん?」

ドイツ兵「」

男(こいつ……あの時の……)

英国小隊長「おい、大丈夫か!」

男「……大丈夫っすよ!」
男「うおおおお!」


男(翌年の春のイーペルでの大規模毒ガス戦を皮切りに)
男(戦争はより凄惨に、より非人間的に変わっていった)

男(クリスマスの奇跡は1914年の一度きり)
男(翌年以降はクリスマスには激しい砲撃が行われ、戦闘は激しさを増した)


男(この大戦争が終わったのは1918年11月のことだった)
男(世界の中心だった筈のヨーロッパは、この戦争であまりにも多くのものを失った)

男(俺も多くの戦友を失い、心の中から何を失った)
男(けれど、俺は決してあのクリスマスのことを忘れない)


男「きよしこの夜」
  おわり

 季節外れにも程があるけどクリスマスの話。
 日本ではあまり馴染みのない第一次世界大戦だけど、ほんの100年前に行われた途轍もなく凄惨な戦争だからね。
 何て言うか、「戦争」って概念が色々変わっちゃった戦争。
 物凄く効率的に人間が殺されるようになった。
 兵器の進化が早過ぎて、戦術側が追い付かなかったり。
 見方によってはクリスマス休戦もその一つなのかもしれない。
 WW1も結構色んな逸話があったりするので、是非調べてみてほしいです、まる。

 因みに書き始めたきっかけはふと聞いたラジオでSEKAI NO OWARIの『Dragon Night』が流れてたからです。

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