ジャン「ミカサと付き合うまでの十五日間」 (60)

一日目、朝食時、食堂。

昨日もあの野郎はミカサに甲斐甲斐しく世話を焼かれていた。

羨ましい。

どうしたらミカサと親しくなれるのだろうかと悩んだ結果、エレンの真似をしてみることにした。

朝、食堂で叫ぶ。

「俺は調査兵団に入って、巨人共を駆逐する!」

エレンと仲良くなったが、ミカサには舌打ちされた。

何故だ。

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二日目。

マルコに相談してみたが「僕も女の子と付き合ったことはないからわからないよ」とのことだった。

どうしたものかと頭を悩ませているとマルコが提案をしてきた。

「仲良くなったエレンに聞いてみたら? エレンのあの様子だと、ミカサと付き合っているわけでもないんでしょ?」

それは有りかもしれない。

明日頼んでみることにしよう。

三日目。

「は? ミカサと付き合いたい?」

エレンは俺の言葉に怪訝そうな顔をしてきた。

「今まで突っ掛かっておいて虫がいいとは思うが、頼む」

頭を下げると、「わかったよ」とのこと。

本格的に動くのは明日からにする。

四日目。

まずは作戦会議から入る。

「ミカサはどういう男が好みなんだ?」

「筋肉質なやつかな」

「へえ」

日頃の訓練の成果で筋肉には自信がある。

「特に腹筋だ。昔、筋肉の見せ合いをしていた時に、もっと腹筋があったほうがいいって言われたんだ」

あまりの羨ましさに殴りかかりそうになったが我慢する。

早速ミカサに見せてみることにした。

四日目、夕食時、食堂。

「よ、よう」

ミカサの周りにはエレンもアルミンもいない。

昼のうちに二人きりにさせてもらえるように頼んだのだ。

「今日は暑いなぁ」

さりげなくミカサの前で上着を脱ぐ。

自然に二の腕に力を込めて筋肉をアピールしてみるが、ミカサの反応は薄い。

ミカサは腹筋がお気に入りだと言うことを思い出す。

「本当に暑いなぁ」

シャツも脱ぎ捨てて上半身裸になると、腹筋に力を込める。

ちらりとミカサを見ると、今までにない冷たい目でこちらを見ながらぽつりと呟いた。

「変質者」

少し興奮した。

五日目。

エレンに腹筋を見せても駄目だった事を告げる。

「そりゃ、あいつが好きなのは見せ合いだからな。一人で見せ付けても駄目だろう」

なるほど。

五日目、昼食時、食堂。

「今日も暑いなぁ」

さりげなくミカサに近づき、さりげなく上半身裸になる。

昨日と同じ冷たい目つきで見られたが、ここからの俺は昨日とは違う。

「ミカサも暑いだろう?」

はだけさせようとシャツの裾に手をかけた瞬間に見えない角度からハイキックを食らい昏倒した。

目が覚めると女子から強姦魔とのあだ名を付けられかけていた。

土下座しながら弁解することで何とかその事態は避けられた。

六日目。

エレンに他に良い情報はないかと聞くと、「寝るときは服を着ない人が良いらしい」とのこと。

「嘘つけ、この野郎!」

さすがにそれはないだろうと思って怒鳴る。

「本当だって! 昔、暑くて寝苦しいからってパンツ一丁で寝てたら、いつの間にか抱き付かれていたんだ」

羨ましさのあまり気が狂いそうになる。

こいつは一度ぶっ飛ばしても許されるんじゃなかろうか。

「服を着て寝ているときはそんなことはなかったから、それがミカサの好みってことなんじゃないか?」

エレンの言っていることは、理屈に合っている気がする。

早速試してみることにした。

六日目、就寝時。

就寝時間になったので、服を全て脱ぎ捨てる。

エレンと同じと言うのは癪なので、エレンと違ってパンツも脱ぐことにした。

マルコが怯えた目で「どうして脱いでるの!?」と尋ねてきた。

これからミカサが抱きつきに来てくれることを思って満面の笑みを浮かべながらマルコを見ると、マルコは頭から布団を被り「こっちの布団には入ってこないでよ!?」と叫んだ。

何を言っているのかよくわからない。

七日目。

ミカサは来なかった。

エレンに裸で寝ていても駄目だった事を告げる。

「そりゃ、ミカサに自分が裸で寝ていることを報せないと駄目だろう。黙って裸で寝ててもわかんないし」

なるほど。

七日目、夕食時、食堂。

ミカサに近づこうとすると攻撃態勢をとられてしまうので、遠くからでも聞こえるように大声で叫ぶ。

「昨日は裸で寝たよ!」

「勿論、パンツも履いてないぜ!」

「真っ裸だよ、真っ裸!」

周囲がざわめく中、ミカサの座っている辺りから舌打ちが聞こえてきた。

聞こえたよって意味だろうか。

八日目。

ミカサは来なかった。

エレンに裸で寝ていることを報せても駄目だった事を告げる。

「俺のときはすぐそばで寝てたからな。こっちの布団にも潜り込みやすかったんだろ」

さすがに男子寮までは来づらいか。

それはともかく、とりあえず一発殴らせてほしい。

八日目、消灯後。

全裸で女子寮に向かっていると、教官に見つかった。

「どこへ行くのか」と尋ねてきたので、何とか誤魔化す。

「はっ! 教官に会いに行くところでありました!」

教官はとても怯えた目をして「私にそういう趣味はない」と言い出した。

言っている意味が良くわからない。

九日目、消灯後。

女子寮になんとか忍び込む。

ミカサの部屋を確認するが扉には鍵がかかっていた。

仕方がないので、中庭に回りこみ、ミカサの部屋の窓の下に横たわる。

ミカサが潜り込んで来れるように布団一式も準備してある。

早く朝が来ないかな。

十日目、朝。

窓の開く音で目が覚める。

目を開けると、窓から顔を覗かせたミカサと目が合った。

「おはよう、ミカサ!」

ミカサは冷たいを通り越して何の感情も浮かんでない目で俺を見つめると、一言呟いた。

「変態」

かなり興奮した。

十日目、夜。

一日が過ぎたが、俺が女子寮に忍び込んでいたことは話題にもならなかった。

ミカサは言いふらさなかったようだ。

ミカサは性格も良いのだ。

十一日目。

エレンに駄目だったことを告げる。

「そうかぁ。何とかミカサの気持ちが分かれば良いんだけどな」

ミカサの気持ちか。

「そういや昔、喧嘩した時に母さんにさ。『相手の立場になって考えれば、相手の気持ちがわかるわよ』って言われたことがあるんだ。ミカサの立場になって考えれば何かわかるんじゃねえかな?」

相手の立場に、か。

良いこと言うな。

十一日目、訓練後、夕食前。

備品室で女子用の訓練着を調達する。

モップを解き適当に黒く染めてカツラにする。

被ってみると意外としっくり来た。

女子用訓練着も身にまとう。

完璧だ。

しかし、ミカサの気持ちはわからなかった。

仕方がないので、ミカサの行動をトレースすることにした。

十一日目、夕食時、食堂。

「エレン、好き嫌いをしては駄目」

「エレン、食事のときはちゃんと前を向いて椅子に座って」

「サシャ、エレンのパンを盗っては駄目」

「エレン、口の端に食べかすが付いている」

「エレン、噛むときは口を閉じて」

我ながら完璧にミカサに成りきっている。

だが、完璧なはずなのに皆の視線が痛い。

何故だろう。

首を傾げていると肩を叩かれた。

振り向くと、夜叉のような顔をしたミカサが立っていた。

ミカサから俺のほうに来てくれたことに心底喜ぶが、俺は最後まで気を抜かない。

「エレンは誰にも渡さない」

その台詞を言ったのを最後に、俺の記憶は曖昧になっている。

薄れ行く意識の中、アルミンの「ミカサ! それ以上はジャンが死んでしまう!」との声を聞いた気がする。

十二日目、朝。

朝から教官に呼ばれた。

「ジャン・キルシュタイン訓練生。昨夜の食堂での騒ぎは聞いた。どうしてこんなものを作った」

教官が指し示しているのは昨日、俺が作ったカツラだ。

何と答えたらいいか迷った挙句、とりあえず誤魔化すことにした。

「はっ! 教官にプレゼントするためであります!」

カツラをそっと教官に被せる。

意外と似合っていた。

その日は一日食事抜きの挙句、夜中まで営庭を走り続ける羽目になった。

十三日目。

エレンがこんなことを言い出した。

「そういや、ミカサに好きだって伝えてあるのか?」

「そんなこと簡単に言えたら苦労しねえよ」

「ミカサはああ見えて鈍いからな。自分をアピールする前にちゃんと好きだって言わないと伝わらないと思うぜ」

鈍いとかお前が言うな。

でも確かに一理ある。

十四日目。

ミカサを呼び出す。

「何の用?」

緊張するが、意を決して想いを伝える。

「気付いているとは思うが、好きなんだ」

なんとか噛まずに言えた。

ミカサの眼光が鋭くなる。

「やっぱり……」

ごくりと唾を飲み込んで次の言葉を待っていると、ミカサは小さく溜め息をついてから言った。

「考えがまとまらない。また明日、ここに来て」

「ああ、わかった」

即座に断られなかったことに小躍りして喜びそうになったが、ぐっと堪えた。

十四日目、夜。

「エレン! 伝えたぞ!」

「本当か!? どうだった?」

「明日、返事がもらえるそうだ」

「そっか。あいつは嫌ならすぐ断るしな。期待させるわけじゃないけど、付き合える可能性は高いんじゃないか?」

その言葉に思わずガッツポーズをとってしまった。

「喜びすぎだろ」

エレンと笑いあっていると、アルミンが「どうしたの?」と近づいてきた。

「内緒だ」とエレンと二人で肩を組み合いながら言うと、アルミンはなにやら不安そうな顔になっていた。

十五日目、朝。

待ち合わせ場所に行くと、すでにミカサは来ていた。

待たせたことを詫びると、すぐに本題に入った。

「それで、昨日の話なんだが——」

「その前に、確認させて。本当に好きなの?」

大きく頷き、「当たり前だ」と伝えると、ミカサは「そう……」と険しい顔になった。

「エレンと私は家族。エレンには幸せになってほしい」

どうして今エレンの話が出てきたのかわからないが、あいつとは和解して最近は親しくしている。

エレンが幸せになることに勿論文句などない。

「俺もそう思っている」

「だからこそ、エレンには女性と好き合って、幸せな家庭を築いて欲しい。例えその相手が私ではなくても構わない」

エレンの話ばかりなのはなぜだろう。

今は俺とミカサの話で、エレンは関係ないはずだ。

「そんな話は関係ないだろう?」

「ある。ジャンとエレンでは幸せな家庭は築けない」

ああ、そういうことか。

以前、俺とエレンの仲は悪かった。

俺とエレンがいがみ合うようでは、エレンを家族と思っているミカサは俺と簡単に付き合うわけにはいかないんだ。

「なるほどな」

「わかってくれた?」

「ああ。じゃあ、俺とエレンの仲をミカサに見せ付けてやれば問題は解決するってわけだな」

ニコリと微笑みながらそう告げた次の瞬間、「あなたは何もわかっていない」との言葉と共にミカサが俺に襲い掛かってきた。

ろくに抵抗もできずぼこぼこにされ意識が薄れ行く中、どこから見ていたのか飛び出してきた同期たちがミカサを必死に止めているのが見えた。

一日目、朝食時、食堂。

今日もエレンは世話が焼ける。

好き嫌いをするなと食べさせていると、誰かが立ち上がって叫んだ。

「俺は調査兵団に入って、巨人共を駆逐する!」

エレンはそれを聞いて嬉しそうに彼と話をしに行った。

これではますますエレンが調査兵団に入ってしまう。

つい舌打ちをしてしまった。

ところで、今叫んだ彼の名前はなんだったか。

四日目、夕食時、食堂。

「よ、よう」

エレンとアルミンが用事があって不在の時に、この間の彼に話しかけられた。

なんだろうと訝しがっていると、「今日は暑いなぁ」と上着を脱ぎだした。

この人は何をしているのだろうか。

とりあえず放っておこう。

早くエレンが戻ってこないかな。

「本当に暑いなぁ」

気付くと目の前の彼はシャツも脱いで上半身裸になっている。

あまりの光景に呆れ、つい声が漏れる。

「変質者」

四日目、就寝時。

寝ようとしていると、サシャに話しかけられた。

「さっきは大丈夫でした?」

何がだろうと首を傾げていると、「ジャンのことですよ」とのこと。

「急に目の前で脱ぎだしたじゃないですか」

彼の名前はジャンと言うらしい。

「大丈夫」

「ああいうおかしなことをするのは変態ですからね。実害が有りそうなら蹴っ飛ばしちゃって良いんですよ?」

「そうする」とだけ答えて寝ることにした。

五日目、昼食時、食堂。

「今日も暑いなぁ」

また来た。

昨日と同じくジャンは上半身裸になった。

まだ実害はない。

放っておこう。

だが次の瞬間にシャツの裾を掴まれた。

実害が有りそうなので排除することにした。

しばらくして目が覚めたジャンを、周囲の女子が強姦魔と責め立て始めた。

ジャンは必死に「これは違うんだ」と弁解しながら謝り続けている。

何か事情があったのだろうと思ったので、「もう良い」と皆に告げてこの件は終わりになった。

七日目、朝食時、食堂。

エレンの世話を焼いていると、ふとマルコが何かに怯えているのに気付いた。

何かあったのだろうか。

七日目、夕食時、食堂。

ジャンを見かけた。

今度は何をやらかすのだと、つい身構えてしまったが、離れたところに座ったため、気にせずにエレンの世話に没頭する。

しばらくして遠くで誰かが何かを叫び、周囲のざわめきが大きくなった。

近くに座っていたマルコが舌打ちをするのが聞こえた。

何を騒いでいるのだろうか。

まあ、良い。

そんなことよりエレンの世話だ。

九日目、朝。

女子の間で、ジャンが男色家ではないかとの噂が立っていた。

興味のある話題ではなかったので、エレンの世話をしに行くことにする。

十日目、朝。

皆はまだ寝ている。

寝ぼけ眼のまま窓を開けると気持ちの良い風が入ってきた。

ふと気配を感じて下を見ると、ジャンが布団を敷いてそこで寝ていた。

「おはよう、ミカサ!」

なんでこんなところで寝ているんだろう。

おかしな人だ。

サシャが言っていたが、おかしな人のことを変態って言うんだっけ。

「変態」

呟いてみるとジャンが身悶えをした。

十一日目、夕食時、食堂。

「エレン、好き嫌いをしては駄目」

「エレン、食事のときはちゃんと前を向いて椅子に座って」

「サシャ、エレンのパンを盗っては駄目」

「エレン、口の端に食べかすが付いている」

「エレン、噛むときは口を閉じて」

おかしな格好をしたジャンがずっとエレンの世話を焼いている。

それは私の役目だ。

少し腹が立った。

代わってもらおうと肩を叩くと、振り返ったジャンが宣言した。

「エレンは誰にも渡さない」

その言葉にエレンをとられると思って逆上してしまい、我を忘れて飛び掛ってしまった。

アルミンの「ミカサ! それ以上はジャンが死んでしまう!」との叫び声で我に返ると、目の前には倒れ伏し痙攣するジャンの姿があった。

彼には悪いことをした。

十二日目。

ジャンは朝から営庭を走り続けている。

何かやらかしたのだろうか。

「ねえ、ミカサ」

ぼうっとジャンを見ていると、クリスタが声をかけてきた。

「ジャンがエレンのことを好きって本当なのかな?」

そんな馬鹿な。

「だって、ジャンが調査兵団に入るって言ってからすごく仲が良いし。それに昨日の夜も、『エレンは誰にも渡さない』なんて宣言してたでしょ?」

駄目だ、そんなのは駄目だ。

「少し前に流れたジャンが男色家って噂は本当だったのかなぁ……。まあ、そういう愛の形もありなんじゃないかと思うけどね」

他の人はともかく、エレンに限っては無しだ。

エレンはちゃんと家庭を築いて、ちゃんと幸せになるんだ。

それを邪魔するというのなら、何者であろうと容赦はしない。

十四日目。

ジャンに呼び出された。

「何の用?」

尋ねると、ジャンはまっすぐにこちらを見据え、言った。

「気付いているとは思うが、好きなんだ」

クリスタの言ったとおりだった。

ジャンはエレンのことが好きなんだ。

「やっぱり……」

声が漏れてしまう。

これは私からエレンを奪うと言う宣戦布告なのだろうか。

私はどうしたら良い?

決まっている。

エレンを奪うと言うのなら排除するまでだ。

だが、本当にジャンはエレンのことを好きなのだろうか。

一時の気の迷いなのではないだろうか。

「考えがまとまらない。また明日、ここに来て」

祈るように先延ばしにしてしまった。

「ああ、わかった」

明日になって、「やっぱり俺の気のせいだった」、そう言ってくれることを願う。

十五日目、朝。

指定された時間よりだいぶ先に待ち合わせ場所に着いた。

昨夜のうちに決心は固めた。

もしジャンが心変わりしないと言うのならば、その時は——。

「待たせたか? すまん」

ジャンが来た。

「別に」

「それで、昨日の話なんだが——」

いきなり本題に入るようだ。

「その前に、確認させて。本当に好きなの?」

違うと言ってほしい、けれど、ジャンは力強く頷いた。

「当たり前だ」

ジャンの意思は固いようだ。

「そう……」

でもなんとか翻意してもらうしかない。

「エレンと私は家族。エレンには幸せになってほしい」

「俺もそう思っている」

「だからこそ、エレンには女性と好き合って、幸せな家庭を築いて欲しい。例えその相手が私ではなくても構わない」

「そんな話は関係ないだろう?」

「ある。ジャンとエレンでは幸せな家庭は築けない」

ジャンは何か考える素振りをし、短いような長いような時間のあとでぽつりと呟いた。

「なるほどな」

その言葉に少し安堵する。

「わかってくれた?」

「ああ。じゃあ、俺とエレンの仲をミカサに見せ付けてやれば問題は解決するってわけだな」

ジャンは笑いながらそう宣言した。

ああ、駄目だ、駄目だった。

この人に私の言葉は伝わらなかった。

「あなたは何もわかっていない」

そう叫んだあと、頭に血が上った私はジャンに襲い掛かった。

十五日目、昼。

あの後、飛び出してきた同期たちに取り押さえられて我に返った。

ジャンは今、医務室のベッドに寝かされている。

「おい、どういうつもりなんだよ!」

エレンがとても怖い顔で私を睨み付けている。

私は何も言えず、俯くだけ。

「あいつは必死に自分の想いを伝えたのに! どうしてあんなことをしたんだ!?」

私はエレンを幸せにしたかっただけなのに。

「……でも、あれじゃエレンは幸せになれない」

「なんでそこで俺が出て来るんだよ!? お前とジャンの問題だろ!」

「でも私が認めたら! エレンとジャンが付き合って! ……そうなったらエレンは幸せじゃないと思った」

「……お前、なに言ってんだ?」

エレンが訝しげにこちらを見ている。

「なんで俺とジャンが付き合うんだよ。ジャンはお前が好きなんだぞ!」

……え?

よくわからない。

ジャンが私を好き?

そんなことは一言も……。

困ったので、こんなときに一番頼れるアルミンを見ると、青い顔で頭を抱えていた。

「アルミン、何が起こっているのか、私にはわからない」

尋ねるとアルミンは、「僕もようやく何が起こっていたのか理解できたよ……」と呟いた。

「エレン、最近ジャンに、ミカサについて相談を持ちかけられていたんだね?」

アルミンの問いかけにエレンが答える。

「ああ、そうだよ」

「どんなアドバイスをしたの?」

「好みのタイプを聞かれたから、筋肉質なやつって答えた」

そんなことを言った覚えはない。

「ミカサ、そうなの?」

「そういうわけでもない」

「だって、お前は俺にもっと腹筋があったほうがいいって言っただろ? 筋肉の見せ合いをしたときにさ」

「それっていつの話?」

アルミンの質問にエレンは首をかしげながら答える。

「んー、十歳か十一歳くらいの時かな」

その頃なら喧嘩っ早いけど打たれ弱かったエレンに助言をした覚えはある。

「あの頃のエレンのお腹は柔らかかった」

サシャが「ああ、それで……」と呟くのが聞こえた。

「……他にはどんなアドバイスを?」

「夜寝るときは裸のほうが良いって」

今度こそ言った覚えはない。

「そんなことはない」

「昔、俺がパンツ一丁で寝てたら布団の中に潜り込んできただろ!?」

「エレンが風邪を引くといけないと思っただけ。寝るときはちゃんと寝巻きを着るべき」

視線の端でマルコが「信じていたよ、ジャン……」と半泣きになっているのが見えた。

「……あとは?」

「母さんに言われた言葉を思い出して、相手の立場になって考えろって」

「それであの謎の女装か。……こればっかりはジャンが悪いね」

「その後は、ちゃんと好きだって伝えたほうが良いって言った。ミカサは鈍いから単にアピールしても伝わらねえって」

鈍いとは心外だ。

「エレンにだけは鈍いと言われたくない」

「なんでだよ!?」

「まあまあ……。それでジャンから好きだって告白されたのに、ミカサはジャンがエレンを好きだって勘違いしたわけだ」

黙って頷く。

「どうしてそんな勘違いを?」

返答に窮していると、クリスタが手を挙げながら「それは私のせいかも……」と言った。

「クリスタのせい?」

「その……、一時期ジャンが男色家だって噂があって、それで『エレンは誰にも渡さない』なんて言ったからてっきり……」

クリスタの言葉にアルミンが私を見る。

頷いてやると、アルミンは盛大に溜め息をついた。

「ミカサ、ジャンも半分くらいは悪いけど、勘違いをして暴力を振るったんだからちゃんと謝りにいくんだよ?」

「わかっている……。ちゃんと謝罪する」

「それで、どうするの?」

思わず首を傾げる。

「どうする、とは?」

「ジャンからの告白だよ。ジャンは君が好きだって告げたんだ。ちゃんと返事をしてあげなきゃ」

そうか。

私は告白されたのだ。

悪い気分ではない。

——けれど。

「私はエレンを守らなければならない。だから、ジャンと付き合ったりとかは、できない」

そういった次の瞬間、エレンに胸倉を掴まれた。

「馬鹿かお前!? そんな理由でジャンを振ったら、二度と口をきかねえからな!」

「エレン!」

アルミンの制止に、エレンが手を放す。

「俺のことは抜きで、ちゃんと考えてやれよ。ちゃんと考えて、それで駄目なら仕方ねえけどよ」

「……わかった」

エレンのことは抜きで、ちゃんと考える、か……。

十五日目、夜。

「痛え……」

目を覚ますと医務室のベッドの上だった。

どうしてこんなところに、と考えかけ、ミカサにやられたことを思い出す。

「ああ……。俺は振られたのか」

こんな、殴りたくなるほどに嫌いならそう言ってくれれば良かったのに。

涙が零れる。

「くそっ。エレンには駄目だったって言わないとな……」

せっかくいろいろ手伝ってくれたのに。

……あいつは一緒に泣いてくれるだろうか。

とりあえず部屋に戻ろうと身を起こしたところで、ノックの音が聞こえた。

返事をしないうちに扉が開き、ミカサが入ってきた。

驚いていると、ミカサは俯き加減に近寄ってきて、謝罪の言葉を口にした。

「殴ってしまってごめんなさい」

「いや、良いよ。俺のことが嫌いなのは仕方ないさ。こっちこそ悪かったな。色々と……」

「私はジャンのことは嫌いではない」

……ん?

今、ミカサはなんと言った?

「俺のこと、嫌いじゃないのか? じゃあなんであんなに殴ってきたんだ?」

俺の言葉にミカサはますます俯く。

「少し、勘違いをしていた。ジャンがエレンを好きなんだって」

「はああぁぁぁ!? なんでそうなるんだ!?」

俺のもっともな質問に、ミカサはたどたどしくもそう考えた経緯を答えてくれた。

「本当に、ごめんなさい」

ミカサの謝罪に適当に頷きながら頭を抱える。

恋は盲目とは言うが、そんなレベルではない。

よく考えなくても自分がやっていたことは変質者のそれではないか。

「何で俺、あんなことしてたんだろ」

誰も答えられはしないだろう。

自分にだってわからないのだから。

頭を抱え続けていると、ミカサが言う。

「私はなにがあってもエレンを守る。エレンを死なせないよう、失わないよう、エレンの傍に居続ける」

エレン、エレン、か……。

「私にとってはエレンが一番。ジャンとエレンが喧嘩をしたらエレンの味方をする。どちらか一人しか助けられないのならエレンを助ける。ジャンが憲兵団に行っても、エレンが調査兵団に行くのなら私はそれについていく。エレンが別れろと言えば、ジャンと別れる」

ん?

「それで良ければジャンと付き合うことは構わない」

「マジか……?」

ミカサは頷く。

「俺のことがエレンの次くらいには好きってことなのか?」

「エレンの次はアルミン」

んん?

「ジャンのことは特別好きではない。けれど嫌いでもない。だから付き合うに吝かではない」

「ええっと、つまり今はそんな好きでもないけど、とりあえずお試しで付き合うってことか?」

「そういうこと。けれど最優先はエレン」

「あ、そう」

「ちゃんと考えろと言われ、ちゃんと考えた結果。エレンのことは抜きで考えろと言われたけど、それは無理だった」

なんとも釈然としないが、振られるよりはましだろう。

……ましだよな?

「そういうことなら、これからよろしく」と頭を下げると、ミカサも「こちらこそ」と応えてくれた。



「ところで、誰にちゃんと考えろって言われたんだ?」

「エレン」

まあ、そうだろうな。

今度、ミカサに殴られるのを覚悟でエレンを一発ぶん殴っておこう。






終わり

ジャンに良い思いをしてもらおうと思ったらこうなった。

皆も変態行為には気をつけてください。

本当は三十日間だったのを長くなると思って削って半分にしてしまった。

削りすぎて失敗だったかもしれない。



アルミン「襲い来るモノ」

ハンジ「あなたの言葉を胸に、私は生きていく」

ライナー「俺は、こんなことには負けない」

アニ「陽だまりを歩く」

エレン「お前らやる気出せよ!」

エレン「涼しき夏、暖かき冬」

ミカサ「残酷で美しく、淡々とした世界」

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